司の言葉に、女はこの人はいったい何を言っているのかといった表情を浮かべていたが、司は構わず言った。
「牧野先生。あなたは6歳年下の若林和彦の想いに応えることは出来ないと言った。それなら俺ならどうだと訊いたんだが?」
冬の東京の日暮れは早く窓の外は夕暮れが始まろうとしていた。
ビルの最上階にある副社長応接室の大きな四角い窓の外には夕映えの赤い空が広がっていた。だが司の前に座る女の顔はその夕映えの空の色を写しはしなかった。つまり司の言葉に対し顔を赤らめるということはないということだが、司には無言の力というものがある。それは彼が訊いたことに対し、訊かれた相手は必ず答えなければならないという意味で彼の言葉を無視することはできなかった。
だから牧野つくしも答えるはずだ。そんな思いから彼は目の前に座る女をじっと見つめ返される言葉を待っていた。
「あの道明寺副社長。俺ならどうだとはいったい…..」
真面目な顔でそう言う牧野つくしは、人工的な美しさを持たない女。
そしてかつて司の周りにいた女たちが欲しがる社会的地位や財産には関心がない学問一筋で研究に夢中な女。
そんな女の必要以上に司と接しないという態度が、司との間にきっちりと線を引くその無関心さが彼の琴線に触れた。
そして結婚願望が見受けられない女を自分に惚れさせる。今までそんなことを考えたことすらなかった司がそんなことを考えた時点で気付くべき気持ちがあった。
つまりそれは恋に落ちるということだ。だがそれに気づいた司に曖昧な気持ちは必要なかった。そして心の中には今まで感じたことがない不全感があった。だからそれを解消したかった。
「言葉通りだが?」
「あのですから言葉通りって….」
「俺のことをどう思うかと訊いている」
それは他人が自分のことをどう思おうと気に留めたこともなければ、他者を思い通りに操ることが出来る男が今まで使ったことがなかった言葉。
そして世間で言われる恋というものに囚われたことはなく、女からは永遠に自由でいるはずだった己の口から出た言葉に笑いたくなる思いだった。
司には司の法則があった。
女は平気で嘘をつき男を騙す生き物だという法則が。
だから今まで仕事以外で女が傍で話しをすることをうるさいとしか思わなかった。
だがたった今その法則は破られた。落ち着いた様子でサメのことを話す声を耳障りだとは感じず、むしろ冴えた声をもっと訊きたいと思えた。
司は驚いた顔をして自分を見つめる女にもう一度言った。
「俺は今まで女に自分をどう思うか訊いたことがない。だが俺は訊きたい。俺のことをどう思う?それからはっきり言おう。俺は真っ逆さまに恋に落ちた。つまり俺は牧野つくしに惚れたってことだ」
その言葉が女にとって全く予期せぬ言葉だと分かるのは、黒い瞳が大きく開かれ、頬が薄っすらと朱に染まったからだ。
だがそれ以上に驚いたのは、相手が貝のように口を閉ざしてしまったからだ。
司よりひとつ年下の女は、大学の准教授であり学生の前で講義もすれば、ひと前で自分の研究成果の発表もする。だから決して喋り慣れていないとは言えず、むしろ語彙は豊富なはずだ。だが今司の前にいる女は、まるでゴツゴツとした硬い殻を持つ牡蠣のように口を閉ざしていた。
「牧野先生。俺の質問に答えてくれないか?俺のことをどう思っているかを」
口を閉ざしているが、俺のことをどう思うかと口にするたび頬がさらに赤く染まる。
そしてそれが30も半ばの女の姿には思えず若く見えるのは、今まで司の周りにいた女たちが持っていた上昇志向や野心や欲望といったものが感じられないからか。
とにかく司は牧野つくしが口を開くのを待ったが、その顔に浮かんでいるのは戸惑いで、無言で司の視線を受け止めていた。
そして司は、牧野つくしが6歳年下の若林和彦と付き合うつもりはないと言ったことから、青春ドラマのごとき、ひとりの女をふたりの男が奪い合うといったことにはならないと分かっていた。それに司に自分のことをどう思うと訊かれた女は贅沢な立場に置かれることを認識したはずだ。そしてそのことを喜ばない女はいないはずだ。
「牧野先生。俺はあなたがどう思おうと惚れた女に自分の思いを伝えることを止めるつもりはない。初めて会った時は随分と不躾な態度を取ったと思われたかもしれないが、俺のような立場になれば人の言葉の真偽を確かめる必要がある。だから少しばかり態度が悪かったかもしれない。まあその点はこれから改めるが_」
「あの道明寺副社長。どう思うかとおっしゃられてもお気持ちは嬉しいのですが、今の私は誰かと付き合いたいという気持ちがありません」
と、司の言葉を遮るように話はじめたのは、司から思いを告げられたことを喜ぶ態度ではなかった。
そしてそこから感じられるのは、司と若林和彦のふたりの男を手玉に取ろうといった態度ではなく、ただ純粋に困るといった姿勢だ。
「あのでも副社長のことが嫌いだとか、そういった意味ではないんです。ただ私は…」
「男という生き物が嫌いか?」
「いえ。そうではなく….」
司は牧野つくしが言葉に詰まったことに、男嫌いではないかと思い訊いたが即座に否定され、それなら、という顔をして見せた。
「それなら何の問題がある?」
司は立ち上った。そしてテーブルの横をまわって、牧野つくしの座っている3人掛けのソファに腿が触れるくらい接近して腰を降ろした。女は目で司の行動を追っていたが、驚いた様子で座ったままじっと動かない。そして隣に座った司を大きく見開いた目でじっと見つめているが、その態度はすくんだと言っていいはずで、警戒心と困惑と戸惑いの入り混じったその表情になんとも言えず気がそそられた。
「俺のことが嫌いでもなければ、男が嫌いなわけでもない。それならこれから俺を知ってくれればいい」
司は女の唇を食い入るように見つめた。
そして固まったように身動きできなくなっている牧野つくしの身体を両腕で挟むようにしてソファの背に手を着くと、ゆっくりと顔を近づけ唇を塞いだ。

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「牧野先生。あなたは6歳年下の若林和彦の想いに応えることは出来ないと言った。それなら俺ならどうだと訊いたんだが?」
冬の東京の日暮れは早く窓の外は夕暮れが始まろうとしていた。
ビルの最上階にある副社長応接室の大きな四角い窓の外には夕映えの赤い空が広がっていた。だが司の前に座る女の顔はその夕映えの空の色を写しはしなかった。つまり司の言葉に対し顔を赤らめるということはないということだが、司には無言の力というものがある。それは彼が訊いたことに対し、訊かれた相手は必ず答えなければならないという意味で彼の言葉を無視することはできなかった。
だから牧野つくしも答えるはずだ。そんな思いから彼は目の前に座る女をじっと見つめ返される言葉を待っていた。
「あの道明寺副社長。俺ならどうだとはいったい…..」
真面目な顔でそう言う牧野つくしは、人工的な美しさを持たない女。
そしてかつて司の周りにいた女たちが欲しがる社会的地位や財産には関心がない学問一筋で研究に夢中な女。
そんな女の必要以上に司と接しないという態度が、司との間にきっちりと線を引くその無関心さが彼の琴線に触れた。
そして結婚願望が見受けられない女を自分に惚れさせる。今までそんなことを考えたことすらなかった司がそんなことを考えた時点で気付くべき気持ちがあった。
つまりそれは恋に落ちるということだ。だがそれに気づいた司に曖昧な気持ちは必要なかった。そして心の中には今まで感じたことがない不全感があった。だからそれを解消したかった。
「言葉通りだが?」
「あのですから言葉通りって….」
「俺のことをどう思うかと訊いている」
それは他人が自分のことをどう思おうと気に留めたこともなければ、他者を思い通りに操ることが出来る男が今まで使ったことがなかった言葉。
そして世間で言われる恋というものに囚われたことはなく、女からは永遠に自由でいるはずだった己の口から出た言葉に笑いたくなる思いだった。
司には司の法則があった。
女は平気で嘘をつき男を騙す生き物だという法則が。
だから今まで仕事以外で女が傍で話しをすることをうるさいとしか思わなかった。
だがたった今その法則は破られた。落ち着いた様子でサメのことを話す声を耳障りだとは感じず、むしろ冴えた声をもっと訊きたいと思えた。
司は驚いた顔をして自分を見つめる女にもう一度言った。
「俺は今まで女に自分をどう思うか訊いたことがない。だが俺は訊きたい。俺のことをどう思う?それからはっきり言おう。俺は真っ逆さまに恋に落ちた。つまり俺は牧野つくしに惚れたってことだ」
その言葉が女にとって全く予期せぬ言葉だと分かるのは、黒い瞳が大きく開かれ、頬が薄っすらと朱に染まったからだ。
だがそれ以上に驚いたのは、相手が貝のように口を閉ざしてしまったからだ。
司よりひとつ年下の女は、大学の准教授であり学生の前で講義もすれば、ひと前で自分の研究成果の発表もする。だから決して喋り慣れていないとは言えず、むしろ語彙は豊富なはずだ。だが今司の前にいる女は、まるでゴツゴツとした硬い殻を持つ牡蠣のように口を閉ざしていた。
「牧野先生。俺の質問に答えてくれないか?俺のことをどう思っているかを」
口を閉ざしているが、俺のことをどう思うかと口にするたび頬がさらに赤く染まる。
そしてそれが30も半ばの女の姿には思えず若く見えるのは、今まで司の周りにいた女たちが持っていた上昇志向や野心や欲望といったものが感じられないからか。
とにかく司は牧野つくしが口を開くのを待ったが、その顔に浮かんでいるのは戸惑いで、無言で司の視線を受け止めていた。
そして司は、牧野つくしが6歳年下の若林和彦と付き合うつもりはないと言ったことから、青春ドラマのごとき、ひとりの女をふたりの男が奪い合うといったことにはならないと分かっていた。それに司に自分のことをどう思うと訊かれた女は贅沢な立場に置かれることを認識したはずだ。そしてそのことを喜ばない女はいないはずだ。
「牧野先生。俺はあなたがどう思おうと惚れた女に自分の思いを伝えることを止めるつもりはない。初めて会った時は随分と不躾な態度を取ったと思われたかもしれないが、俺のような立場になれば人の言葉の真偽を確かめる必要がある。だから少しばかり態度が悪かったかもしれない。まあその点はこれから改めるが_」
「あの道明寺副社長。どう思うかとおっしゃられてもお気持ちは嬉しいのですが、今の私は誰かと付き合いたいという気持ちがありません」
と、司の言葉を遮るように話はじめたのは、司から思いを告げられたことを喜ぶ態度ではなかった。
そしてそこから感じられるのは、司と若林和彦のふたりの男を手玉に取ろうといった態度ではなく、ただ純粋に困るといった姿勢だ。
「あのでも副社長のことが嫌いだとか、そういった意味ではないんです。ただ私は…」
「男という生き物が嫌いか?」
「いえ。そうではなく….」
司は牧野つくしが言葉に詰まったことに、男嫌いではないかと思い訊いたが即座に否定され、それなら、という顔をして見せた。
「それなら何の問題がある?」
司は立ち上った。そしてテーブルの横をまわって、牧野つくしの座っている3人掛けのソファに腿が触れるくらい接近して腰を降ろした。女は目で司の行動を追っていたが、驚いた様子で座ったままじっと動かない。そして隣に座った司を大きく見開いた目でじっと見つめているが、その態度はすくんだと言っていいはずで、警戒心と困惑と戸惑いの入り混じったその表情になんとも言えず気がそそられた。
「俺のことが嫌いでもなければ、男が嫌いなわけでもない。それならこれから俺を知ってくれればいい」
司は女の唇を食い入るように見つめた。
そして固まったように身動きできなくなっている牧野つくしの身体を両腕で挟むようにしてソファの背に手を着くと、ゆっくりと顔を近づけ唇を塞いだ。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
真っ逆さまに恋に落ちた男。でもこれがきっと初恋。
そしてはじめて女性を好きになった男の行動は突然のキス!(笑)
その行動はまさにサメかもしれませんね?何しろサメは交尾をする時は噛みつきながらですからねぇ(笑)
さて、ここから先は駆け引きが始まるのでしょうか。
桜子の言っていた「私のせいで」の言葉の意味もありますし、司の突然の告白と行動につくしはどうするのでしょう。
そして高森真理子と若林和彦の存在と、もうひとりの司。
どうなるんでしょうねぇ~。
コメント有難うございました^^
おはようございます^^
真っ逆さまに恋に落ちた男。でもこれがきっと初恋。
そしてはじめて女性を好きになった男の行動は突然のキス!(笑)
その行動はまさにサメかもしれませんね?何しろサメは交尾をする時は噛みつきながらですからねぇ(笑)
さて、ここから先は駆け引きが始まるのでしょうか。
桜子の言っていた「私のせいで」の言葉の意味もありますし、司の突然の告白と行動につくしはどうするのでしょう。
そして高森真理子と若林和彦の存在と、もうひとりの司。
どうなるんでしょうねぇ~。
コメント有難うございました^^
アカシア
2019.01.06 22:25 | 編集
