父さんオオカミは殺された母さんオオカミの復讐を遂げた。
それは、人間が森の入口に立ち、他の動物を狙っていた時だった。父さんオオカミは後ろからそっと忍び寄り人間の首に噛みつき息の根を止めた。
だがその時、父さんオオカミも人間に殺され仔オオカミはひとりぼっちになった。
両親を人間に殺され、ひとりぼっちになった仔オオカミ。
遠吠えをしても応えてくれる声はなく、だが森の中のどこかに仲間がいるのではないかと探し歩いたこともあった。けれど他のオオカミに出会うことはなかった。
いつもひとりぼっちで自分と話していることが多かった。孤独だった。
暖かい被毛に覆われていても、夜の空気に感じられる冷たさに身体が震えることがあった。
母さんオオカミも父さんオオカミもいなくなり、ふえあえる相手が欲しかった。
特別な相手が欲しかった。
だが今は一人だとしても、いつか父さんオオカミと母さんオオカミが出会ったように、この森のどこかにいるメスのオオカミと出会うことが出来るのではないかと思っていた。
やがて仔オオカミの身体も父さんオオカミと同じくらい大きくなり、その姿は森の王者と呼ばれる大きな灰色オオカミに成長し、多くの動物から恐れられる存在になった。
そして大人になったオオカミは、両親を殺した人間を憎んでいた。
自分をひとりぼっちにした人間が憎かった。
だから人間が森に入れば後をつけ襲い殺していた。
だが彼はある日気付いた。
川の水面に映る自分の姿がオオカミではなく、自分が憎んでいる人間の姿に変わっていたことに。
だが何故自分が人間に変わることが出来るのか。父さんも母さんもいない今、誰もその理由を教えてくれることはなかった。
そして春になりオオカミは背が高く端正な顔の青年になり森の中を歩いていた。
腕も足も筋肉はオオカミの時とは違い太く逞しかった。
青年オオカミは森の外れに建つ小さな家まで歩いて来た。そこに古い家があることは、随分と前から知っていたが人がいる気配はなかった。
だがある日その家の窓に花模様の布が掛けられ、煙突から煙がゆったりと立ち昇り、玄関のドアが開けっぱなしになり、そこから人間が出て来るのを見た。
青年オオカミは母さんオオカミの腹を焼いた銃を持つ人間を憎んでいた。
父さんオオカミを死に追いやることになった人間を憎んでいた。
それに人間は俺たちの仲間を殺した。ただ平和に暮らす森の住人を意味もなく殺していた。
だから人間を憎み、森に入って来た人間を殺す時以外は人間に近づくことはなかった。
そして森の外れの小さな家に住む事を決めた人間がどんな人間だか分からないが、その人間もオオカミを捕まえて殺そうとするはずだ。
それなら、と青年オオカミは考えた。
殺される前にあの人間を殺さなければならないと。殺して自分の腹の中に収めてやろうと思った。だがその前にその人間がどんな人間かを知るため観察しようと決めた。
するとそこに住み始めたのは黒い髪と白い顔をした背の低い女だと知った。
長い髪をロープのように編み、井戸から水をくみ上げては家の中へ運んでいく女。
時に少しだけ森の中に入り、食べることが出来る植物を探している女。
大地に落ちている木の枝を拾う女の黒い瞳は時に周りの様子を気にしていた。
青年オオカミは時々ここに来て森の木々の間から見える女の姿を、息をこらえ、ただ見つめた。
そして暫くそこにいて、それからゆっくりと離れたが、母さんオオカミとも森の動物とも違う初めて見る人間の女は美しかった。胸が苦しかった。
そして思った。あの女がオオカミだったら良かったのにと。
もしかしたらあの女が、一匹狼と呼ばれ、たったひとりで過ごす自分の傍にいてくれる女ではないかと。愛が欲しい頃合いを迎えた自分の傍にいてくれる女ではないかと思った。
だが相手は人間の女。いずれ殺してしまわなければならないのだから恋をする相手ではなかった。
青年オオカミは森の中へ帰ると、ねぐらにしている洞窟に戻り眠るために目をつむった。
だが真夜中に瞼の上へ降りてくる白い顔があった。
そして眼を覚ますと耳をすませ、鼻をひくつかせた。
微かに音が聞こえていた。
微かに匂いが感じられた。
青年オオカミは身を起こし立ち上がると、森を抜けあの家に向かっていた。
何キロもの距離を一気に駆け抜けた丘の上から見下ろした森の外れの小さな家は、数名の男たちに取り囲まれ燃えていた。
あの女はどうしたのか。いずれ殺すつもりでいたのだから焼け死んだならそれでいいはずだ。だが何故かそうは思わなかった。
青年オオカミは丘を駆け降りると燃え盛る炎の中に飛び込んでいた。

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それは、人間が森の入口に立ち、他の動物を狙っていた時だった。父さんオオカミは後ろからそっと忍び寄り人間の首に噛みつき息の根を止めた。
だがその時、父さんオオカミも人間に殺され仔オオカミはひとりぼっちになった。
両親を人間に殺され、ひとりぼっちになった仔オオカミ。
遠吠えをしても応えてくれる声はなく、だが森の中のどこかに仲間がいるのではないかと探し歩いたこともあった。けれど他のオオカミに出会うことはなかった。
いつもひとりぼっちで自分と話していることが多かった。孤独だった。
暖かい被毛に覆われていても、夜の空気に感じられる冷たさに身体が震えることがあった。
母さんオオカミも父さんオオカミもいなくなり、ふえあえる相手が欲しかった。
特別な相手が欲しかった。
だが今は一人だとしても、いつか父さんオオカミと母さんオオカミが出会ったように、この森のどこかにいるメスのオオカミと出会うことが出来るのではないかと思っていた。
やがて仔オオカミの身体も父さんオオカミと同じくらい大きくなり、その姿は森の王者と呼ばれる大きな灰色オオカミに成長し、多くの動物から恐れられる存在になった。
そして大人になったオオカミは、両親を殺した人間を憎んでいた。
自分をひとりぼっちにした人間が憎かった。
だから人間が森に入れば後をつけ襲い殺していた。
だが彼はある日気付いた。
川の水面に映る自分の姿がオオカミではなく、自分が憎んでいる人間の姿に変わっていたことに。
だが何故自分が人間に変わることが出来るのか。父さんも母さんもいない今、誰もその理由を教えてくれることはなかった。
そして春になりオオカミは背が高く端正な顔の青年になり森の中を歩いていた。
腕も足も筋肉はオオカミの時とは違い太く逞しかった。
青年オオカミは森の外れに建つ小さな家まで歩いて来た。そこに古い家があることは、随分と前から知っていたが人がいる気配はなかった。
だがある日その家の窓に花模様の布が掛けられ、煙突から煙がゆったりと立ち昇り、玄関のドアが開けっぱなしになり、そこから人間が出て来るのを見た。
青年オオカミは母さんオオカミの腹を焼いた銃を持つ人間を憎んでいた。
父さんオオカミを死に追いやることになった人間を憎んでいた。
それに人間は俺たちの仲間を殺した。ただ平和に暮らす森の住人を意味もなく殺していた。
だから人間を憎み、森に入って来た人間を殺す時以外は人間に近づくことはなかった。
そして森の外れの小さな家に住む事を決めた人間がどんな人間だか分からないが、その人間もオオカミを捕まえて殺そうとするはずだ。
それなら、と青年オオカミは考えた。
殺される前にあの人間を殺さなければならないと。殺して自分の腹の中に収めてやろうと思った。だがその前にその人間がどんな人間かを知るため観察しようと決めた。
するとそこに住み始めたのは黒い髪と白い顔をした背の低い女だと知った。
長い髪をロープのように編み、井戸から水をくみ上げては家の中へ運んでいく女。
時に少しだけ森の中に入り、食べることが出来る植物を探している女。
大地に落ちている木の枝を拾う女の黒い瞳は時に周りの様子を気にしていた。
青年オオカミは時々ここに来て森の木々の間から見える女の姿を、息をこらえ、ただ見つめた。
そして暫くそこにいて、それからゆっくりと離れたが、母さんオオカミとも森の動物とも違う初めて見る人間の女は美しかった。胸が苦しかった。
そして思った。あの女がオオカミだったら良かったのにと。
もしかしたらあの女が、一匹狼と呼ばれ、たったひとりで過ごす自分の傍にいてくれる女ではないかと。愛が欲しい頃合いを迎えた自分の傍にいてくれる女ではないかと思った。
だが相手は人間の女。いずれ殺してしまわなければならないのだから恋をする相手ではなかった。
青年オオカミは森の中へ帰ると、ねぐらにしている洞窟に戻り眠るために目をつむった。
だが真夜中に瞼の上へ降りてくる白い顔があった。
そして眼を覚ますと耳をすませ、鼻をひくつかせた。
微かに音が聞こえていた。
微かに匂いが感じられた。
青年オオカミは身を起こし立ち上がると、森を抜けあの家に向かっていた。
何キロもの距離を一気に駆け抜けた丘の上から見下ろした森の外れの小さな家は、数名の男たちに取り囲まれ燃えていた。
あの女はどうしたのか。いずれ殺すつもりでいたのだから焼け死んだならそれでいいはずだ。だが何故かそうは思わなかった。
青年オオカミは丘を駆け降りると燃え盛る炎の中に飛び込んでいた。

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コメント
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司*****E様
おはようございます^^
今年のクリスマスのお話はファンタジー....(汗)
え~あと1話読んでいただいて、ということになりそうです。
ついに今年でサンタクロース卒業なんですね?
つまり小太りで赤と白の服を着た老人の役も終わり。ミッション完了ですから是非ともバレないようにお願いします!
でも来年からは少し寂しいですね?
最後のお仕事。無事終了することをお祈りしております!(*^^*)
おはようございます^^
今年のクリスマスのお話はファンタジー....(汗)
え~あと1話読んでいただいて、ということになりそうです。
ついに今年でサンタクロース卒業なんですね?
つまり小太りで赤と白の服を着た老人の役も終わり。ミッション完了ですから是非ともバレないようにお願いします!
でも来年からは少し寂しいですね?
最後のお仕事。無事終了することをお祈りしております!(*^^*)
アカシア
2018.12.24 21:26 | 編集
