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2018
12.16

理想の恋の見つけ方 46

『若林和彦の思いに応えるつもりか?』

隣に座っている男性は知人ではないし、友人でもなければ同僚でもない。
つまりそれは個人的なことを話すほど親しい間柄ではないということだが、それなら一体どの言葉が二人の関係を表す言葉として相応しいのかと考えた。すると思い浮かんだのは週に一度電話で話をするあの人と同じではないかという思い。

だがその人は見知らぬ他人であり、顔も知らなければ何をしている人かも知らなかった。
だからその人がどんな人物であるか判断出来る材料は声と話す内容だけで、それが本当か嘘かも分からないのだから、少なくとも道明寺司の方が夜の電話のあの人よりも近い関係にあると言えた。

それでも、和彦の恋ごころは、道明寺司と話すことではない。
何しろつくしと道明寺ホールディングスの副社長との関係はビジネスであり、個人的な繋がりなど何もないのだから答える必要はないはずだ。
だがそれでも無下に返事をすることは憚られ、副社長の言葉を頭の中でフィルターにかけてから質問に答えようとしていた。

「すみません。個人的な話をお聞かせしてしまいましたが、和彦君は、いえ若林君は懐かしさでああいったことを言ったんだと思います。彼は男子校でしたし身近にいた女性と言えば家庭教師の私やお手伝いさんといったところですから、そういった環境の中で目を向ける対象が少なかったこともあったと思います。それに初恋と言っていましたが、初恋は初めて異性に対する好奇心を抱くことだと思います。中学時代というのは、そういうことを覚える時代だと思います。それに彼は真面目な少年でしたから、たまたま身近にいた私に好奇心を持ち初恋の相手だと思い込んでいるのでしょう」

大人になった和彦は好感の持てる男性だが、初恋の人に対する想いというのは美化されていることが殆どで彼の思いは一方的で筋違いの感情だ。そしてそれは思春期の男の子なら誰もが経験することであり、初恋でしたと告白されても応えに窮するしかなかった。
そして恋人がいないなら付き合って欲しいと言われたが、弟よりも年下で6歳年が離れた男性の想いに応えることは出来なかった。そしてあの場にいた道明寺副社長は、まさか同伴した女が愛の告白を受けるとは考えてもいなかったはずで、そのことに興味を抱いたとしても仕方がないのだが、具体的な言葉は避け言葉を継いだ。

「若林君は素敵な男性です。だから私のように年上の女性よりも同じ年頃の女性の方がお似合いだと思います」

つくしはその言葉を言った後、道明寺司が一瞬見せた表情の意味が分からなかった。
だが若林和彦に関する話はそれで終わったことから、得心がいったということだろう。
そしてマンションの前でリムジンが止ると、挨拶をして車を降りた。






***






「それにしても若林建設の若林専務からこんなに沢山ダイビング器材が送られてくるなんて」

研究室に届いた10個の段ボール箱の中身は、ダイビング用のウエットスーツとマスクとシュノーケルとフィンが詰められていて、副島研究室にいる学生の数からすれば十分だった。
そしてそれは水中土木を得意とする若林建設になら当然あるものだとしても、これだけの数となればかなりの金額であることは間違いなく、先日いくつかうちで用意出来ますと言ってはいたが、専務の和彦がつくしの為に自腹で揃えてくれたのだろう。

「ねえ、牧野先輩。若林専務とは家庭教師と教え子の関係だったそうですが、本当にそれだけの関係ですか?」

三条桜子は、研究室に届けられた箱とつくしの顔を見比べながら訊いた。

「道明寺副社長に同伴して行ったパーティーでかつての教え子と15年振りに会うなんてドラマみたいですけど、本当なんですよね?それにしてもいくらあの頃お世話になったからって、こんなことしますか?そりゃあお金持ちの男性のすることは理解不能なところがあります。それはあの道明寺副社長の寄付からしてもそうでしたから。でも若林専務のこの行為は明らかに何かあります。つまりそれは好意を抱いていなければ出来なことです。
だからかつての教え子は、中学生の頃の若林専務は、牧野先輩に好意を抱いていたということですよね?そしてそれは今もってことじゃないですか?」

いくつか質問を重ねてくる桜子に、つくしは黙っていたが、自分が言ったことが図星であることは勘の鋭い女にはお見通しで納得したように言葉を継いだ。

「それにしても今まで先輩の周りには男性の影なんて全くと言っていいほどなかったのに、道明寺副社長といい若林建設の専務といい、なんだか急に身辺が騒がしくなってきましたよね?それも二人とも華やかな男性ですよ。若林建設の専務の写真、ネットで見ましたけどいい感じじゃないですか。6歳年下とは言え先輩は若く見えますから隣に並んでも年の差を感じさせませんし、今は姉さん女房も当たり前のようにいます。それに若林専務は道明寺副社長と違って明らかに牧野先輩に好意を抱いていて、その点は今ひとつはっきりしない道明寺副社長よりも確実です。女は自分から好きになるよりも、好きになられた方が大切にされて幸せになれます。6歳の年の差を気にすることはありませんよ!」

桜子は、つくしが何も言わないことをいいことに、想像力だけで物事を運んでいこうとする。そして今まではそれを訊き流していたが、和彦が本気ならそうはいかなかった。
それに今まで桜子には繰り返し言って来たことだが、他人の世話よりも自分のことを何とかしなさいと言いたかった。
だが三条桜子は、私のことなら心配しないで下さい。を繰り返すだけで一向につくしの恋人探しを諦めようとはしなかった。

「桜子。もういいから。そんなに私の事ばかり気にかけてくれなくてもいいから。本当にもういいから。それに結婚だけが人生じゃないし、今の世の中男性がいなくても女性ひとりで生きていけるから。それに私にはサメの研究があるし、大学に来れば若い学生たちと触れ合うことが出来るし寂しなんて思わないから。それに今の生活に何の不満もないから」

「でも先輩は私のせいで_」

いつも強気の桜子が言葉に詰まることなど滅多にないが、時に感情が高ぶることもあるのが桜子だ。そして今はあの事を思い出すのだろう。だがつくしは桜子が自分のせいだと言うが、それは違うと何度も言っていた。しかし桜子にすれば、そうではないと言うのだろう。
けれど、つくしはいつも言うが、あれは桜子のせいではない。そして今はそれを繰り返し言ういつもの流れになっていた。

「何言ってるのよ桜子。私のせいでって何が桜子のせい?いつも言うけど過去を振り返ったところで何もいいことなんてないでしょ?それに済んだことは気にしないの。それが私のモットーよ。だから桜子もそうしなきゃ。私のことを気にしてくれるのは嬉しいけど、桜子がそんなんじゃこの研究室に締まりがなくなるでしょ?桜子はいつも凛としてここを取り仕切ってくれなきゃ。副島研究室は桜子があっての研究室よ。副島教授も私も秘書の桜子を頼りにしてるのよ。だから桜子が生き生きしてくれなきゃ困るじゃない。桜子が落ち込んでる姿なんて見たくないから。ね?ほら、他の箱も開けなきゃ。それにしても若林君どうしてこんなに送って来たのかしらね?」

そう言ったつくしが別の段ボールの中から取り出したのは、ウエットスーツでもダイビング器材でもなく、見るからに高級そうな白い箱でサイズはコピー用紙でいえばA3といったところに赤色のリボンが掛けられていた。
そして丁寧にリボンを解き箱を開けてみれば、中から出てきたのは、淡い水色の柔らかな手触りのマフラー。そして添えられていたカードには、『先日の再会を祝して。いいお返事を待っています。和彦』と書かれていた。





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コメント
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dot 2018.12.16 07:17 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
若林君!行動が早い!(笑)
それにしても沢山のダイビングセット。助かりますよねぇ。
でも彼の想いを知るつくしにしてみれば、受け取りにくいかもしれませんよね?
そして高級感溢れる箱から出て来た淡い水色のマフラー。桜子はこれで和彦の想いをちゃんと理解しました!
そんな桜子の言葉に見えるのは.....
過去に何かが起こっていた!何だったんでしょう。それについては明らかになる日が来るはずです。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.12.16 22:40 | 編集
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