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2018
11.08

理想の恋の見つけ方 19

まさか明日会うことになっている女から仕事の話を訊いてもらってもいいですかと心の裡を訊かされることになるとは思いもしなかった。
司は個人が特定できる事は言わない。相手のプライバシーを詮索しない。匿名性を重んじようと言ったが女の求めに応じ年齢だけは告げた。
だがそんな女から今度は自分の仕事について話がしたいと言ってきた。
それは仕事にまつわる愚痴や不満をだらだらと打ちあけ、相手が耳を傾けてくれることが望みなのか。寡黙に話を訊く男と凡庸な優しさを求めているのか。それとも司の意見を求めるような話なのか。
暫くの沈黙の後、女が口を開くのを待った。

『ごめんなさ。あなたは….いえ、私たちは個人的なことは話さないと約束をしています。ですからなるべく具体的なことはお伝えしないで話したいと思います。私の仕事は….教育に関係することです。それで最近色々とあってと言うか。いえ、決してそのことが問題があるとか残念といったことではないんです。でも初めは残念だと思ったんですが、そこから嬉しいことがあったんです』

司は牧野つくしが口にした残念なことと嬉しいことが自分の研究に対することだと分かっていた。
そして残念なことが財団から助成金を受けることが出来なかったことであり、嬉しいことは司が個人的に援助をしようと言ったことだと推測出来るが、そのことについて何か思うことがあるのか。真面目な性格の牧野つくしは決して饒舌ではなく、次々と話題を提供するような女ではないことから、司は先を促すように「それは良かったですね。それでその嬉しいことに何かあったんですか」と訊いた。

『はい。あったというか……あの私はこれまで仕事には真面目に取り組んで来ました。でも私の仕事は金銭を貰ってする仕事というよりも自分の好奇心、つまり自分の興味を仕事にしたようなものなんです。だから私個人としては仕事をしてお金を頂けるという大変ありがたい仕事なんです。でもそれを続ける為にはお金が必要だということを感じさせられたと言えばいいのか、普段はお金に対しそこまでの必要性を感じていないのですが、今回はそういったことを考えなければならない状況でした』

牧野つくしの言葉の意味は司の思っていた通り、財団からの助成金が貰えなかったことを言っていた。

「なるほど。教育という仕事は未来がある子供たちを育てる。そして探求心を育てる仕事です。あなたはその仕事が自分の好奇心や興味の上に成り立っていることが悪いことのように思われるんですか?だがどんな仕事をするにしてもそれに見合う対価を受け取るべきだ。それに教育を受けるにもお金がかかるように、何かを極めようとするとお金が必要とされることがあります。こんな言い方をすれば身も蓋もないでしょうけど、どんなに綺麗事を言ったとしても生きて行くためにはお金が必要だということです。そのために厳しい道を選ぶ人もいるでしょう。それに何かを犠牲にする人もいるはずです。それにどんな仕事でも結果を必要としない仕事はありません。仕事は結果が全てですから」

司はビジネスに於いて相手の心理を読むことをするが、女の心理など考えたことはなかった。だから今の彼の言葉は寡黙に話を訊く男でもなければ、凡庸な優しさを感じさせる男の言葉でもなかったが、果たして相手が求めていたのはどんな言葉なのか。
そして決して会うことはないとは言っているが、牧野つくしの職業も年齢を知っている以上、稚拙な言葉を返そうとは思わなかった。だがつい押しの強い性質が出そうになり、今は紳士的に接することを演じなければと思いそれに相応しい言葉を探していた。

『ええ。そうですよね。あなたの言っていることはもっともだと思います。何かを続けていくためには、お金が必要になることもありますよね。私もその有難味はよく分かっているつもりです。ですが_』

「どうかしましたか?」

『はい。世の中には捨てる神あれば拾う神ありではありませんが、思いがけないこともあるんだなって。そんな事が今日あったんです』

「そうですか。それは良かったですね」

そこで司は、話のいきがかり上、牧野つくしが興味を持っていると言ったサメの話をすることにした。それは前回の電話でサメの話を訊いたとき牧野つくしに対する興味と相まって面白いと感じ、サメについて自分なりに調べたことがあった。

「ひとつ質問してもいいですか?私はあなたがサメに興味があると訊いて調べてみました。常に深海にいる大型の生物は、深海ザメとダイオウイカくらいしかいないと言われていますが同じ深海に棲む生物ならサメよりもダイオウイカの方が興味深いと思いませんか?」

ダイオウイカはここ数年話題の生物で、人の目に触れる機会も増えたが、知らない人間が多かったのも事実だ。
そしてあの面接で何故サメを研究対象にしたのかと今と似た様な質問をしたが、あの時は高校生の頃図書館で見た本でサメに興味を持ったと言ったが果たして今夜はなんと答えるのか。

『ええ。ダイオウイカも興味深い生物だと思います。でもイカには気持ちが向かなかったと言うか….。私はイカではなくサメのカッコ良さに惹かれたんです。サメは人を襲う生き物だと思われていますけど、そうではないんです。それはこの前もお話しましたよね?』

「ええ。人を襲うサメは5本の指で足りるそうですね」

『そうです。ホホジロザメやイタチザメ、オオジロザメといった一部のサメなんです』

サメの話になると取り留めがないというのか。他に心を惑わすものがないというのか。素人にしては詳し過ぎる話をする牧野つくしはやはり学者先生であると感じた。そして司にしてみればそれは分かり切っていることだが、それでも女は自分の職業が秘密にされていると思うのは、おめでたい人間だと言えた。

そして何故イカに興味を持たなかったのかと訊けば、サメの方がカッコいいからという当時高校生だったことを考えれば、らしいと言えばらしい率直な答えだ。だがそれが面接のとき語られることはなかったが、そのことが本音と建て前の建前の方であり、サメがカッコよかったという本音が語られなかったことは、悪意のない本音であり許されるものだ。

そんな女は電話の時間は30分と決めているのか。10時半になると話に区切りをつけ最後に、「明日は仕事で人と会う約束があるんですが、その人はサメのような人だと言われています。でも私はサメが怖いとは思いません。彼らも生きる為に努力をしていますから」と言ったが、司はサメのような人間が自分のことを指していることは分かっていた。
そして電話を切るまで自分とは全く正反対の身体が弱く殆ど外出することがない男のイメージで接し続けたが、サメは怖くないと言った女は、明日はどんな態度を見せるのか。司は暫く携帯の画面を眺めていたが、机の上に置くと椅子から立ち上った。





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コメント
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dot 2018.11.08 06:25 | 編集
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dot 2018.11.08 12:37 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
電話の相手が見知らぬ他人と思っているのはつくしだけ。司は相手がつくしだと知って会話をしていますので、彼女のことを考えながら言葉を返していますが、女には裏表があると思っている男は、つくしに対してはどう思っているのでしょうねぇ。
そして明日はどんな会話がされるのでしょうねぇ。
大人ならではの本音と建て前が繰り広げられるのか。それとも?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.11.08 22:17 | 編集
コ**リ様
こんにちは。了解致しました。
こちらこそよろしくお願い致します(低頭)
ダイオウイカ!そうです。登場させました!(笑)
それにしても司がダイオウイカという単語を口にするとは‼(笑)
そしてイカよりサメの方がカッコいいと思った高校生の頃のつくしですが、比較したのがイカとタコじゃなくて良かった(笑)
そんな女はサメ司におめでたいと思われているようです。
「仕事は結果」と言われましたが研究職はその結果が出ないことが殆どですからねぇ。
そしてサメ司との電話はこの後どう変化するのか。
それは今後の二人の状況によると思いますが果たして?
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.11.08 22:33 | 編集
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