南に大きく開かれた窓の向こうのテラスは初夏の陽射しを浴びてタイルの白さが眩しいくらいだ。その向こうにはアクアマリンに輝くインド洋が見える。
二人はテラス窓の近くにあるテーブルに案内された。
庶民的な親しみがもてるような服装のつくしはそのレストランの客層に見られる服装に少しだけ安堵を覚えた。
彼が連れて行ってくれるようなレストランだからともっと大仰なところを想像していた。
「昔と全然変わってねぇなぁ、ここは」
司は椅子に腰かけながら懐かしそうに言った。
「昔ここにサーフィンをしに来たことがある」
「サーフィン?」
つくしが興味深げに聞いた。
「ああ、高校のころだな。このあたりは結構有名なスポットが多いんだぜ?これから夏だし、11月から5月がベストシーズンだな」
司はメニューを開きながら話しを続けた。
「あんときは総二郎とあきらと類と来たな」
「え?花沢さんがサーフィンですか?」
つくしはあの花沢さんがと言う表情をしていた。
「あ?あいつはサーフィンなんてしねぇな。類はビーチチェアで本を読んでたな」
司は類は何を考えているんだかというように言った。
「浜辺で読書?花沢さんらしいというか・・でも想像がつくところがおかしいですね?」
「だろ?なに読んでんだって聞いたら三国志だとよ!なんでこんなところで三国志なんだって聞いたら類のやつ、なんて言ったと思う?」
「なんですか?」
つくしは興味をかきたてられて言った。
「暇つぶしに読むのにちょうどいい巻数の多さだからだとよ!」
その口調は笑っているようだった。
「えっ?じゃあ花沢さんは全巻持ってきたってこと?」
つくしは笑い転げそうになった。
「じゃねぇの?あと意外だろうけどこのあたりにはワイナリーもあってよ。類はそっちに興味があったみたいだな」
司は気持ちをこめるでもなくさらりと言ってのけた。
つくしはもっと司のことが知りたいと思い笑顔を返してくれるかと思いながら言った。
「高校生のときの道明寺さんってどんな・・・」
つくしは興味ありげにそこまで言ってから司の顔がかげるのを見た。
あの頃はいい思い出なんてひとつも無かった。
「ガキの頃の俺は・・」と司が忌々しそうにいいかけたとき、つくしが話しはじめた。
「道明寺さん、英徳でしたよね?きっと素敵な高校時代を過ごしたんでしょうね?」
つくしは憧れをこめて言った。
「英徳って言ったら日本で一・二を争うほどのセレブの集まる学園ですものね。
滋さんは永林出身だけど大学が一緒だったんですけど彼女の高校時代の話しを聞いてびっくりして。
私は都立高だったんです。土曜も授業があったりして・・でも勉強は嫌いじゃなかったから良かったんですが、アルバイトもしていたので遊んでいる時間もあまりなくて・・」
つくしはそう話しながらも司の表情がみるみる変わっていくのがわかった。
「でも幼なじみが同じバイト先にいたのでバイト帰りにお茶したりしたことも・・」
つくしがそこまで話をしたとき、司の表情は読み取れなくなっていた。
テラスに吹きつけた風が二人のあいだを通り抜けた。
司はじっと黙りこむと一気に殺気立った顔つきになった。
つくしは自分がしゃべりすぎたかと戸惑った。
司はなにかを思い出したかのように飢えた獣のような表情を見せた。
「俺はいい思い出なんてねぇな」
口調はとげとげしく、氷のように冷やかに感じられた。
「それに俺には・・」
司はつくしの目を見据えると冷たい黒い瞳で射るように見つめた。
「下手したら前科者になる可能性だってあったかもな」
司はそう言うと急にふざけたようでいて、挑むように眉を吊りあげた。
そうすることで司は自分を現実に引き戻していた。
つくしはちょっと口ごもってから聞いた。
「・・手に負えなかった・・ってこと?」
つくしは司が答えるまえにウエイターがオーダーを取りにきたので司の言葉が本当だったのか冗談だったのか聞くことが出来なかった。
そして司がオーダーをしているあいだ、さっきの司の言葉は冗談まじりに本当のことを言ったのだろうかと考えていた。
そう言えば以前、週刊誌に書いてあるようなことはでたらめだから信用するなと言われたことがあったが彼について何か書いていたことがあったのだろうか?
*******
とりとめのない話しをしながら食後に出されたコーヒーを飲んでいたとき司が言った。
「牧野・・類になにか言われてないか?」
「花沢さん?」
つくしはコーヒーのカップ越しに司を見た。
「いいえ。なにかあるんですか?」
「牧野は類とコンサートに行ってたよな?」
司はつとめて感情を交えないように言った。
「そういえば、支社ちょ、道明寺さんとは花沢物産が後援しているコンサートでお会いしましたよね?」
「そうだったな」
司はつぶやいた。
「大使館も辞めたのであれから花沢さんと会うことがなくて・・」
つくしは間延びしたように答えた。
「牧野はクラッシックが好きなのか?」
「特にとういうわけでもないんです。途中で寝てしまいそうになることも・・」
と言って笑った。
「道明寺さんは?どんな音楽が好きなんですか?」
「俺か?」
司は少し間をおいて言った。
「・・ジャズだな」
「ふふふ。男の人はジャズが好きですよね?」
「なんだよ!牧野、そりゃどういう意味だよ?」
司はすぐに言葉を返した。
「だって、ジャズなら歌詞を理解する必要がないですもんね?」
つくしは軽くふざけるように言った。
「ニューヨークにいた頃はよく聴きに行ってたんだ!」
とこめかみに青筋をたてて言った。
「でも意外。道明寺さんがジャズを聴いてるイメージがわかないっていうか・・・」
つくしはそこまで言うとちょっと非難するように司を見ながら言葉を続けた。
「あ、もしかしてそこでまたお酒を飲みながら煙草を吸いまくってたんでしょ?さては煙草目的?」
そう言うとつくしは顔をしかめて見せた。
そして司の目を見つめていたつくしが笑い出した。
めったにどきりとすることのない司だがつくしの笑い顔に自分の顔も知らず知らずのうちにほほ笑みを浮かべているのがわかった。
***
俺は自分が信用できないでいた。
さっきは自制を失いそうになった。
牧野が俺の過去を知ったらどうする?
別に隠しているわけじゃない。
知りたきゃ調べればわかることもある。
けど牧野に嫌われたくない。少なくとも今のところは。
いや、これから先も嫌われたくない。
俺は自分の心を欺くことはできないから過去の悪行は黙っていることにした。
だから俺にガキの頃があったなんて誰にも言わせないことにした。

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二人はテラス窓の近くにあるテーブルに案内された。
庶民的な親しみがもてるような服装のつくしはそのレストランの客層に見られる服装に少しだけ安堵を覚えた。
彼が連れて行ってくれるようなレストランだからともっと大仰なところを想像していた。
「昔と全然変わってねぇなぁ、ここは」
司は椅子に腰かけながら懐かしそうに言った。
「昔ここにサーフィンをしに来たことがある」
「サーフィン?」
つくしが興味深げに聞いた。
「ああ、高校のころだな。このあたりは結構有名なスポットが多いんだぜ?これから夏だし、11月から5月がベストシーズンだな」
司はメニューを開きながら話しを続けた。
「あんときは総二郎とあきらと類と来たな」
「え?花沢さんがサーフィンですか?」
つくしはあの花沢さんがと言う表情をしていた。
「あ?あいつはサーフィンなんてしねぇな。類はビーチチェアで本を読んでたな」
司は類は何を考えているんだかというように言った。
「浜辺で読書?花沢さんらしいというか・・でも想像がつくところがおかしいですね?」
「だろ?なに読んでんだって聞いたら三国志だとよ!なんでこんなところで三国志なんだって聞いたら類のやつ、なんて言ったと思う?」
「なんですか?」
つくしは興味をかきたてられて言った。
「暇つぶしに読むのにちょうどいい巻数の多さだからだとよ!」
その口調は笑っているようだった。
「えっ?じゃあ花沢さんは全巻持ってきたってこと?」
つくしは笑い転げそうになった。
「じゃねぇの?あと意外だろうけどこのあたりにはワイナリーもあってよ。類はそっちに興味があったみたいだな」
司は気持ちをこめるでもなくさらりと言ってのけた。
つくしはもっと司のことが知りたいと思い笑顔を返してくれるかと思いながら言った。
「高校生のときの道明寺さんってどんな・・・」
つくしは興味ありげにそこまで言ってから司の顔がかげるのを見た。
あの頃はいい思い出なんてひとつも無かった。
「ガキの頃の俺は・・」と司が忌々しそうにいいかけたとき、つくしが話しはじめた。
「道明寺さん、英徳でしたよね?きっと素敵な高校時代を過ごしたんでしょうね?」
つくしは憧れをこめて言った。
「英徳って言ったら日本で一・二を争うほどのセレブの集まる学園ですものね。
滋さんは永林出身だけど大学が一緒だったんですけど彼女の高校時代の話しを聞いてびっくりして。
私は都立高だったんです。土曜も授業があったりして・・でも勉強は嫌いじゃなかったから良かったんですが、アルバイトもしていたので遊んでいる時間もあまりなくて・・」
つくしはそう話しながらも司の表情がみるみる変わっていくのがわかった。
「でも幼なじみが同じバイト先にいたのでバイト帰りにお茶したりしたことも・・」
つくしがそこまで話をしたとき、司の表情は読み取れなくなっていた。
テラスに吹きつけた風が二人のあいだを通り抜けた。
司はじっと黙りこむと一気に殺気立った顔つきになった。
つくしは自分がしゃべりすぎたかと戸惑った。
司はなにかを思い出したかのように飢えた獣のような表情を見せた。
「俺はいい思い出なんてねぇな」
口調はとげとげしく、氷のように冷やかに感じられた。
「それに俺には・・」
司はつくしの目を見据えると冷たい黒い瞳で射るように見つめた。
「下手したら前科者になる可能性だってあったかもな」
司はそう言うと急にふざけたようでいて、挑むように眉を吊りあげた。
そうすることで司は自分を現実に引き戻していた。
つくしはちょっと口ごもってから聞いた。
「・・手に負えなかった・・ってこと?」
つくしは司が答えるまえにウエイターがオーダーを取りにきたので司の言葉が本当だったのか冗談だったのか聞くことが出来なかった。
そして司がオーダーをしているあいだ、さっきの司の言葉は冗談まじりに本当のことを言ったのだろうかと考えていた。
そう言えば以前、週刊誌に書いてあるようなことはでたらめだから信用するなと言われたことがあったが彼について何か書いていたことがあったのだろうか?
*******
とりとめのない話しをしながら食後に出されたコーヒーを飲んでいたとき司が言った。
「牧野・・類になにか言われてないか?」
「花沢さん?」
つくしはコーヒーのカップ越しに司を見た。
「いいえ。なにかあるんですか?」
「牧野は類とコンサートに行ってたよな?」
司はつとめて感情を交えないように言った。
「そういえば、支社ちょ、道明寺さんとは花沢物産が後援しているコンサートでお会いしましたよね?」
「そうだったな」
司はつぶやいた。
「大使館も辞めたのであれから花沢さんと会うことがなくて・・」
つくしは間延びしたように答えた。
「牧野はクラッシックが好きなのか?」
「特にとういうわけでもないんです。途中で寝てしまいそうになることも・・」
と言って笑った。
「道明寺さんは?どんな音楽が好きなんですか?」
「俺か?」
司は少し間をおいて言った。
「・・ジャズだな」
「ふふふ。男の人はジャズが好きですよね?」
「なんだよ!牧野、そりゃどういう意味だよ?」
司はすぐに言葉を返した。
「だって、ジャズなら歌詞を理解する必要がないですもんね?」
つくしは軽くふざけるように言った。
「ニューヨークにいた頃はよく聴きに行ってたんだ!」
とこめかみに青筋をたてて言った。
「でも意外。道明寺さんがジャズを聴いてるイメージがわかないっていうか・・・」
つくしはそこまで言うとちょっと非難するように司を見ながら言葉を続けた。
「あ、もしかしてそこでまたお酒を飲みながら煙草を吸いまくってたんでしょ?さては煙草目的?」
そう言うとつくしは顔をしかめて見せた。
そして司の目を見つめていたつくしが笑い出した。
めったにどきりとすることのない司だがつくしの笑い顔に自分の顔も知らず知らずのうちにほほ笑みを浮かべているのがわかった。
***
俺は自分が信用できないでいた。
さっきは自制を失いそうになった。
牧野が俺の過去を知ったらどうする?
別に隠しているわけじゃない。
知りたきゃ調べればわかることもある。
けど牧野に嫌われたくない。少なくとも今のところは。
いや、これから先も嫌われたくない。
俺は自分の心を欺くことはできないから過去の悪行は黙っていることにした。
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