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2018
11.06

理想の恋の見つけ方 18

「本人に代わりますので少しお待ちいただけますか?」

興奮気味に喋っていた桜子は電話を保留にすると慌てた様子で言った。

「牧野先輩!大変です。道明寺副社長の秘書の方から電話です。先輩の研究は財団の選考には漏れましたが副社長が個人での援助を考えていらっしゃるそうです。その件でお話がしたいとおっしゃられています。ほら先輩早く電話に出て下さい。待たせると失礼になりますから!」

そう言われたつくしは思案する間もなく受話器を取った。

「お待たせいたしました。牧野です」

受話器の向こうから聞こえるのは男性の声。西田と名乗った秘書の男性は、牧野准教授のサメの研究について副社長が個人的に援助を考えています。つきましてはそちらにお伺いしてお話をしたいと思っております。と言ってつくしの都合を聞いてきた。

「あの。それは本当ですか?あの私の研究にお金を出して下さるというのは本当ですか?」

『はい。財団の研究助成事業の選考については残念な結果となりましたが、副社長はサメの可能性について興味があるとおっしゃっています。あなたのお話は大変興味深いと申しております。そういったことから副社長は個人的に援助したいと考えていらっしゃいます。
いかがでしょう。大変急で申し訳ないのですが明日の午後そちらの研究室を訪問させていただきたいと申しておりますがご都合の方はよろしいでしょうか?』

「はぁ….。あのでも…」

と言葉に詰まるつくしの隣で受話器に顔を寄せて耳を押し付け、つくしと秘書の会話を聞いていた桜子は、手にしていた紙に文字を書くとつくしに見せた。

『はい、もちろん、喜んで、お待ちしています』

そして『いいって言って下さい!』と口の形は言っていたが、眉間に皺が寄ったその顔は、切羽詰まったとでも言えばいいのか、とにかく真剣な表情だった。
そしてその勢いに押されたわけではないが、桜子が書いた文字を読むように「はい。もちろん構いません。喜んでお待ちしております」と返事をしていた。

『それでは明日の午後。13時にお伺いさせていただくということでよろしいでしょうか?』

よろしいも何も断る理由もなければ、駄目ですなど言えるはずがなかった。
何しろ受話器を握っているのはつくしの手でも、秘書の話を訊いているのはつくしだけではない。桜子の耳も秘書の言葉をひと言も聞き漏らすまいとしていたからだ。
それにしても明日訪問したいという随分と急な話もさることながら、副社長である道明寺司がサメに興味を抱いたということも意外だと言えば意外だったが、いざ我に返って考えてみれば感心を持ってもらえることは大変喜ばしいことだ。
そうなるとゆっくりなどしていられないはずだ。

「先輩。この部屋。片付けましょう。散らかり過ぎです」

電話を切ると桜子は書類や本が無造作に置かれた机や棚の上に目を向けたが、確かにこの部屋は雑然としていた。

「企業のトップは整理整頓がされた部屋が好きです。投げ出された本とか、レポートとか、積まれた学術書は見ていてあまり感心できるものではありません。ちゃんと元あった場所に戻して下さいね。それからその身なりですけど、明日はスーツなりなんなりもう少しちゃんとした服装で来て下さいね。まあそのロングスカートが悪いとはいいませんけど、やっぱりスーツの方がいいと思いますよ」

そう言われたつくしは、自分の服装に目を落としたが、普段履くのはロングスカートかパンツ。そしてかしこまった場所で身に着けるのは黒のパンツスーツ。となると、先日面接で着た黒のパンツスーツにするか。それともチャコールグレーのパンツスーツにするか。
さすがにいつも同じ黒のスーツというのも、服を持ってないように思われるから、チャコールグレーにすることに決めたが、道明寺副社長がそこまで気にしているかと言えば、そんなことはどうでもいいと思っているはずだ。
何しろ副社長は研究に興味があるからここに来る訳で、つくしの服装など関心はないはずだ。

それにしても企業経営に携わる人間は、こうも簡単に物事を決断することが出来るのかと感心した。
何しろおしなべて言えることだが、研究というのは亀の歩みと称されるものが殆どで、一朝一夕には成就しないからだ。だがビジネスの世界は1分1秒を争うこともある。即決を求められる状況も多い。だから行動するなら寸暇を惜しんでということになるのだろうか。

「ねえ、桜子。でも道明寺副社長が私の研究に興味があるって言っても私はゲノム解析、遺伝子分析をしてる訳じゃないのよ?サメの生態よ?行動観察を研究しているのよ?それなのに興味を抱いてくれたことは間違いじゃないわよね?」

先日の話の中で、人間にはないサメの遺伝子の可能性について話をしたが、そのことで何か誤解を与えてしまったのではないだろうか。

「先輩。いえ牧野准教授。いいですか。ゲノム解析だろうが、行動観察だろうが、もし仮にこの状況が道明寺副社長の気まぐれだとすれば、その気まぐれが取り消されないうちに、気が変わらないうちに援助してもらうことが重要です。何しろお金持ちは気まぐれですから、今日言った言葉が明日になったら変わってるということもよくあります。だから早く確約を取り付けるに越したことはありません。つまり明日ここに来たいと言われたらそうすることが我々、つまりこの研究室にとってベストということです。迷ったり悩んだり何か考える暇があるなら片付けましょうよ」

そう言って桜子はその椅子に掛けて頂くなら上の物を移動して下さい。
それから綺麗に拭いて下さいね。
それからそこ。顕微鏡はどこか別の場所に移して下さいね。
テキパキと指示を出す桜子は、鬼軍曹とまでは言わないが、教授でさえ彼女の言葉には逆らえないのだからつくしも逆らえなかった。

「あ、それから明日は美味しいコーヒーを用意しますから。何しろ道明寺副社長はコーヒーの好みには煩いと書いてありましたから」

週刊誌の情報から得た知識なのか。桜子はそう言ってつくしに雑巾を渡した。













司はあくびをし、シルクのネクタイを緩めると脚を伸ばした。
携帯電話の着信音が鳴り番号を確かめた。
牧野つくしに匿名で週に一度電話で話をしようと提案し、女はそれを受け入れたが、あれから一週間が経とうとする頃、電話を掛けてきたのは夜の10時で前回と同じ時刻。どうやら牧野つくしはその時間が互いにベストな時間ではないかと決めたようだ。
そして司にしては珍しくこの時間家にいて、呼び出し音を4回数えて電話に出た。

「あの。今晩は。私です。今大丈夫ですか?」

『ええ。問題ありませんよ。それよりお元気でしたか?』

「はい。元気でした。あなたは?」

『私も同じです。相変らずの生活です』

司はそう言うと前回は少し慎重になりながらも、やがてサメの話をした女が今日はどんな事を話すのかと考えていた。
女は相手の男が司だと知らないが、司は相手が牧野つくしだと知っている。
実験的とも言えるこの状況は一人の女の本音と外に見せる顏はどう違うのかを知ることが出来る機会だが、喋ると無知と幼稚さが目立つ女が多い中、面接に来た時の話ぶりから牧野つくしの頭の良さは分かった。
だがそれは学問の世界の話であり、相手の男の素性を疑いもせず信じる女の態度は世間からすればお人好しだ。
だがその反面。気難しく面倒な部分も持ち合わせているとも感じた。それは研究者と呼ばれる人間に多くみられる研究に没頭すると周りが見えなくなるというものだ。

そして牧野つくしとは明日会うことになっているだけに、少し迷った様子で仕事の話をしてもいいですか?と問われ一体何を話すのかと思いながらどうぞ、と言った。





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コメント
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dot 2018.11.06 05:57 | 編集
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dot 2018.11.06 07:03 | 編集
このコメントは管理者の承認待ちです
dot 2018.11.07 04:34 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
桜子は秘書からの電話に天にも昇る気分(笑)
確かにそうだったでしょうねぇ。
そして電話を切ると明日の準備です(笑)
つくしは司に電話をかけましたが顔の見えない相手でも真面目な彼女の言葉は、やはり真面目でした(笑)
お話進んでいますので、御覧の通りとなりました。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.11.08 21:49 | 編集
ま**ん様
おはようございます^^
財団の助成金選考から漏れたつくし。
そんな彼女に朗報が‼
しかし司が個人的に援助をするのは、サメに興味というよりも、つくしという少し変わった女に興味があったといった方が大きいでしょうねぇ。何はともあれ二人は会うことになっていますので、二人の行動を見守りたいと思います。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.11.08 21:57 | 編集
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