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2018
11.04

理想の恋の見つけ方 16

産地直送の野菜。いや水揚げされたばかりの深海魚といった言葉の方が正しいはずだ。
財団の研究助成事業の面接。
司の前に現れた女は緊張が隠せないといった表情を浮かべていたが、彼はそんな女に視線を向けた。そして女が着ている黒いスーツは先日と同じだと思いながら大きな楕円のテーブルを挟んだ向うに腰を降ろした姿を眺めていた。

肩口で切り揃えられた黒髪。前髪は横に流し両サイドは耳にかけていた。
すると広い額を見ることが出来たがそれは知性の表れ。黒い大きな瞳の上に施された薄化粧と同じく抑えられたピンクの口紅。真面目な面差しはあの日と同じで色気は感じられなかったが、こうし眺めていると緊張感と共にどうしても助成金が欲しいといった強い思いが感じられた。

秘書は司がこの面接に臨むとは思わなかったようだ。
今まで司は財団の仕事には関わってはこなかった。今回はじめて財団の面接に臨むが、前回の面接は会議が流れた時間が社長の指示で財団の面接に回されたが、財団の仕事は仕事とは考えておらず息抜きのようなものだった。
だが今回は自ら牧野つくしの面接に臨むことを決めた。
それは女が間違い電話の相手だったという偶然と懸命に自分の思いを伝える姿に、仕事に私情を持ち込まない男が取った異例ともいえる行動。そんな男が意識的に視線を注ぐ相手は深海ザメの研究をする准教授。その顔が司に向けられていて目が合った。

司は声のトーンを1段階落とし口を開いた。

「牧野さん。今日はエレベーターの調子は良かったようで時間通りお越しいただけたようですね。とは言えエレベーターの故障は我社の責任です。あれからこのビルのエレベーターのすべてを点検しましたのであなたが閉じ込められることは少なくとも今日はないはずだ」

その言葉に女は小さく笑みを浮かべ、「ありがとうございます。その節は大変失礼いたしました」と言った。

「さて、では早速ですがあなたの研究について伺います。専門的なことは選考委員の先生方にお任せします。私は深海ザメについては詳しくありません。ですから基本的な事をお伺いしたいと思います。何故あなたは深海ザメの研究を?」

司はそこまで言って牧野つくしは彼が間違い電話の相手であり、週に1度話をしようといった相手だとは気づいていないようだと感じた。それは声のトーンを変えていたこともだが、電話の声はしゃがれた声であり機械を通して聞こえる声は生の声とは違うからだ。

「はい。意外に知られていませんが、日本近海には多くのサメがいます。それも駿河湾には多くの深海ザメが棲息しています。そのことを知ったのは高校生の時、図書館で見た本です。
サメは人に怖がられる生物です。でもそんなサメにも色々な種類がいることを知りました。それにサメは人を襲うだけの生物ではない。おっとりとしたサメもいます。たとえばそれはジンベイザメですが、彼らは温厚で臆病な性格です。そこからサメについて知りたいと思いました。サメは頂点捕食者あるいは高次捕食者と言われ海の食物連鎖のトップにいる生物です。サメは長寿で自分より下位の生物を食べることにより生物濃縮といった形で色々なものを自分の身体に蓄積していきます。そのサメを調べることによって海の汚染がどのような状況に置かれているのかを知りたいと思ったんです。それに深海は地球上でもっとも謎に包まれた場所ですからそこに棲む生物を調べる価値はあると思います」

女はそこで一旦口を閉じ、続きを話すかどうかを決めかねていた。
それは選考委員ではない司が彼女の話にどれだけ興味を持っているかということだが、彼がじっと彼女を見つめ、どうぞ続きをと言ったことで女は言葉を継いだ。

「サメやエイなどの軟骨魚類は浮き袋を持ちません。その代わり肝臓を海水より軽い油脂で満たし浮力を得ています。その中でも深海で暮らしている深海ザメの肝臓は非常に大きく、油脂は古くから肝油として活用され、今では医療品やサプリメントとして利用されています。
実はサメは捨てるところがないと言われるほど有効活用できる生物なんです。その中でも一番有名なのはフカヒレですが骨からはコンドロイチンが取れます。しかし肝臓が大きいため有機化合物が貯まり易いということもあります。過去に水銀の害が問題になりサメは頂点捕食者であり長寿であることから水銀を蓄積しているのではと言われた頃もありました。
そんなサメの生態を観察することは環境変化を知ることになりますし、意味があることだと思います。それにサメを研究することで人間にはないサメの遺伝子が将来何かの役に立つことがあるかもしれません。つまりサメは人間の生活の役に立つ生き物だと考えています」

司は牧野つくしが彼の目をしっかりと見据えサメについて話す様子は、少なくとも表面上はという意味でなかなか度胸があると感じた。
だが心の中ではなんとか助成金を受け取りたいという渇望があるはずだ。
そしてその態度が言葉に現れているということだが、それに対し司はやはりビジネス口調で答えた。

「そうですか。私は研究についてはよく分かりません。ですが財団の趣旨としては、未来のある若い研究者の力になりたいと研究助成事業を行っています。あなたはご自分の研究について最終的には何を目的としていますか?」

この質問は言葉だけのものではない。
司の強い視線を浴びれば殆どの相手は圧倒されたようになる。そして質問の本質とは沿わない言葉が返されることがある。
司のビジネスの相手は男ばかりであり、女がビジネスで冷たい視線を浴びることはない。
だが牧野つくしはそんな司の視線にも怯むことなく見返して来た。

「はい。どの研究でも言えることだと思いますが、研究者はみな自分の研究の成果を社会に還元出来ればと思って研究しているはずです。研究の成果が出るか出ないかは分かりませんし、私のようなサメの研究者は今の段階でその研究が何か特別なことに役立つとは思っていません。でも何らかの形で社会に還元できるといいと思っています。それが海の環境を守ることかもしれませんし、サメの生態を研究することで食物連鎖が保たれ、ある生物が増えすぎたことにより魚や貝が取れなくなったということにならないようにするのも社会貢献、社会に還元できる事のひとつだと思っています」



司はそれ以上何かを聞くことはなかった。そこからは先は選考委員の審査に任せるつもりで彼らと牧野つくしとのやり取りを聞いていたが、ビジネスと違い研究というのは先が見えないことが多いということだけは理解していたが、それでも研究を続けることに情熱を燃やす女は真面目だということだけは間違いないようだ。

そして牧野つくしの話を聞いているうちに、認めるのはしゃくだが女の研究は面白そうだと思えるようになった。
それはある意味司の周りにいなかったタイプの女の仕事ぶりを見て見たいという気にさせられたということだが、これがいいことなのか。それとも悪いことなのか。
今の司には答えが出せなかったが、牧野つくしと過ごす時間が退屈ではないはずだと感じていた。





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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
dot 2018.11.04 10:40 | 編集
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dot 2018.11.04 20:41 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
さて司はサメの研究に興味を抱いた様子。そしてつくしにも。
それに対して研究一筋の女はそうでもないようです(笑)
そんなつくしは研究助成金を受けることが出来るのでしょうか。

深海ザメの肝臓の話をしていた!凄い偶然ですね?
駿河湾もですが、相模湾、東京湾にも深海ザメはいます。
人間の開発行為が届かない深海は謎に包まれた場所ですから、色々な深海ザメがいるようです。
それにしても、つくし。サメが好きだとは!(笑)
ビジネス界のサメのことも好きになって下さいね!
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.11.04 22:25 | 編集
さ***ん様
研究者の方は素朴な疑問を追い続ける。面倒な研究も面倒だと思わないと訊きます。
そうですよね。生半可な根性で研究は続けられないと思います。
いつか自分の研究の成果が社会に還元出来れば....そんな思いを持って地道に研究を続けられているのが研究者だと思います。

甘くて美味しい肝油ドロップ!
小学生の頃栄養補助食品として給食に付いていました(笑)でも食べ過ぎるとよくないと言われていました。
そして夏休み前には缶で購入することが可能となり、それを一日一個食べるんですが、一個以上食べていました!(笑)
懐かしいです(笑)
え?サバ缶に飽きた?酢も大事ですよね。年令と共に色々と必要な成分が増えて来ますからねぇ(笑)

さて道明寺ホールディングス。健康食品や美容食品、医療関係と幅広く手掛けることになるのでしょうか(笑)
そして助成金は受けられるのか。
え?このふたりは本当に恋に落ちるのか?
う~ん。理想の恋を見つけることが出来れば、落ちてくれるのでしょうねぇ(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.11.04 22:54 | 編集
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