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2018
10.24

理想の恋の見つけ方 7

厳しい表情に片眉が癖のある髪の生え際まで吊り上がれば怒っているということは一目瞭然で、つくしの頭の中では自分の発言にパニックが広がったが、道明寺司の背中に扉が閉まるのを見ると彼の後を追って廊下へ出た。だがほんの数秒扉を開けるのが遅れただけのはずだが、男はすでにかなり離れた場所にいた。

「待って下さい。あの、道明寺さん、道明寺副社長!」

つくしは言いながら走って後を追いかけたが、人の話に耳を貸さない男はまるでつくしの言葉が聞えないように足を止めることはなかった。

「お願いです。待って下さい!」

そう言ってやっと追いついたのはエレベーターの前。
だがそれはつくしが乗って来たエレベーターとはまた別のエレベーターの前だった。

「道明寺副社長…あの、先程の言葉はどういう意味でしょうか。面接を放棄って私はそんなつもりはありません。せっかく掴んだチャンスなんです。だから今日だって早くからこのビルの中にいました。それに遅れるつもりもありませんでした。いえ、その事はもう分かっていただいたんでした。それから先程の私の発言ですが、気分を害されるようなことを言ってしまったことはお詫びします」

つくしは懸命に話しかけたが、相手は扉の方を向いたままで彼女を見ようとはしなかった。

「あの道明寺副社長….」

「お前は普段から他人が気分を害するようなことを平気で言う人間か?」

つくしの方を向いた男は冷やかに言った。

「え?」

「違うか?もしそうなら感情を抑えることを学んだ方がいいんじゃねぇのか?教育機関に身を置く人間が感情的にものを言うのはどうかと思うが?それとも闘争心剥き出しでかかって来るサメを研究している人間は、相手を見れば食われる前に攻撃することを良しとしてるってことか?」

急に砕けた口調で喋り始めた男は、つくしに向かって一歩踏み出した。

「あの、おっしゃってる意味が分からないんですけど….」

「それともアレか?俺のことをバカだが感だけは鋭いサメだとでも思ったか?」

「あの….」

つくしが思わず後ずさりしたのは、男が動きを止めなかったからだ。
そしてふたりの間の距離が縮まっているのは彼女が後ずさりした分、相手が近づいて来るからだが、気付けば壁を背に立っていた。そしてその時男が動きを止めた。少なくともつくしはそう思った。だがそれは一瞬のことで、壁を背にしたつくしの顔の横に大きな手が突かれるとその手を見た。そして男が口を開くと視線を男に向けたが、すぐ目の前に顔があってつくしは息を飲んだ。そして飲んだまま息をすることが出来なかった。いや。出来ないのではない。男の顔が近すぎて息をすることを忘れていた。そしてその近さは体熱が伝わって来るほどの近さだ。

「サメは第六感を持っているそうだが、それが奴らを海の支配者でいることを助けている。だがビジネスの世界は感だけじゃ生き残ることは出来ない。まさにサメのような凶暴さも必要だ。だからサメと例えられるのは悪くはない。だが脳みそがサメ並だと言われるのは、心外だな。牧野先生」

つくしは男が話している間身体が固まったようにじっとして男の視線を受け止めることしか出来なかった。だがまさか男がサメに第六感があると言われていることを知っていることが意外だった。

それは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感に続く第六感という意味だが、サメには電気刺激、磁気を感知する能力がある。
生物は生きている間は身体から微弱な電気を発しているが、サメはこの電気を感知し砂の中に隠れている生物や光りの届かない深海にいる生物を捕食している。
それにしても道明寺司がそんなことを知っていたとすれば凄いことだが、もし知ったのがつくしの論文に目を通してくれたからだとすれば、まだ望みはあるはずだ。

そして目の前で酷薄な唇が動く様子を見ていたが、片方の口角が上がったのは錯覚だったかもしれないがそう見えた。
だが次の瞬間、男の口元には笑みが浮かんだ。だがその笑みはバカにしたような笑みだ。

「口は災いの元と言うが、どうやら牧野先生は男に対して対等だという気持ちが大きいようだが違うか?ま、俺は気が強い女は嫌いじゃない。自分の意見が言える女は悪くない。だがひと前で他人をバカにするような言葉は慎んだ方がいい」

つくしは、そんなことはない。
他人をバカにするようなことを普段から言っていると思われることは、それこそ心外だった。
だから何か言おうと口を開いたが、すぐには言葉が出ず開いたことをすぐに後悔した。
そして口を閉じたが、たった今目の前で吐き出された息を呑み込んでしまったが、それがとても親密な間柄に感じられ心臓が奔走し目の前の男を意識せずにはいられなかった。

道明寺司を意識している。
いや意識どころではない。
この状況で意識するなと言う方が無理だ。
そして世間では洗練されていると言われる男に対し感じているのは、傲慢という思い。
だが洗練と傲慢という言葉は一緒にあってもおかしくないと言われているが、目の前の男はまさにそれを具現化していた。
何しろ道明寺財閥の後継者は優秀で外見が同年齢の男性たちと比べても秀でていることを認めない訳にはいかなかった。
そしてこの男の洗練さレベルについて言うなら、仮にだが缶ビールを飲まなければならなくなった場合でも缶から直接は飲まずグラスに注いでからでないと飲まないと言うはずだ。

「どうかしたか?何か言いたいことがあれば言えばいい。何しろ牧野先生の考え方の根底にあるのは、思ったことは隠すことなく正直に言うことがモットーだ」

厭味ったらしいその言い方に痛いところを突かれたと思った。
確かにもっと若い頃、思ったことがそのまま口から出る事が癖だった。
だが今はもう30代も半ば。10代ではない。それに諸々の問題を抱える大人の女はたとえ目の前に___ダメだ。思考が停止するではないがこの近さで物事を考えることは難しかった。
それに財団の助成金を受けることが出来るかどうかという時に、道明寺司と言い争うことは避けたかった。
普段ならこんなことはないのだが、つい感情的になった自分が悪かったのだ。
それにしても道明寺司のこの傲慢さは頭にくる。それでもつくしは大人としての態度を優先して何も言わなかった。

「どうした?牧野先生は言葉が出ないか?出ないなら出るようにしてやろうか?」

「え?」

思考を巡らせていたつくしは、男の言葉が一瞬理解出来なかった。
だが理解する間もなく男の唇が近づいてくるのが分かった。
そしてキスされると思った瞬間目を閉じていた。
だが男の唇はつくしの唇に重なることはなく、ただ静かな息遣いだけがそこにあった。
それが男のものなのか。それともつくしのものなのか。つくしはそっと目を開けじっと自分を見つめる男と目を合わせた。
だが微かな音が聞こえると男は離れ、つくしに背を向けると降りて来たエレベーターに乗り込んだ。
そしてこちらを振り向いた男は呆然としているつくしに言った。

「受付に行け」

その短い言葉の後、エレベーターの扉は閉まったが、何故かその場には低い笑い声が残されたような気がしていた。





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コメント
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dot 2018.10.24 05:55 | 編集
司*****E様
おはようございます^^
司はサメの第六感と言われる電気刺激や磁気を感じ取る能力を知っていましたが、これはつくしの論文から得た知識なのでしょうか。
ねちっこい司(笑)
どうしてつくしにはそんな態度を取るのでしょうね?興味を持ったのでしょうか?(笑)
壁ドンされた‼しかもキスされそうになった‼
そんなことをされたら意識しちゃいますよね?(笑)
そして受付けに行け。と言われたということは、許されたんでしょうね。
今のつくしは助成金のことで頭がいっぱいですが、そのうち司のことが頭を占めるようになるのでしょうかねぇ。
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.10.24 22:34 | 編集
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dot 2018.10.25 15:03 | 編集
さ***ん様
つくしに余裕がないのに対し、腹が立つくらい余裕がある司。
そしてそんな男は、やらしいもの言いをする(笑)
でもつくしの論文に目を通しているのか、サメのことにも詳しい。
そして経済界のサメは壁ドンをする。
キスしそうでしない。サメ司、獲物で遊んでいる!(≧▽≦)
そうかもしれません。そして自覚がなく獲物つくしに引き寄せられているのかもしれないですね?(笑)
つくしは捕食魚なのか。偉そうな男にムッとするつくしは、サメに食われるのでしょうか?
それにしても偉そうな男ですね?(笑)
コメント有難うございました^^
アカシアdot 2018.10.25 22:25 | 編集
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dot 2018.10.26 10:29 | 編集
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