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2023
02.26

金持ちの御曹司~違う、そうじゃない~<中編>

それにしても恋人はどうして司の言葉を信じないのか。
だが、それらのことを別としても思うことがある。
それは恋人が何故あの時間、あの場所にいたのかということ。
恋人は会社員で平日のあの時間は仕事中だったはずだ。
だからあのことが何故か仕組まれたような気がしてならない。
誰かが司と恋人との間に揉め事を起こし、ふたりの仲を引き裂こうとしているのではないか。
もしかして母親の楓か?
いや。そんなはずはない。
かつて恋人のことを認めなかった母親も今では彼女のことを知り、その人間性を認めている。だから母親が司と恋人の仲を邪魔することはない。
それなら誰が?ということになるが、今はそれよりも恋人の誤解を解くのが先だ。
だから司は仕事の間に日本に電話をした。
しかし恋人は電話に出てはくれなかった。
メールを送っても返事はなかった。
そして今夜の司は社長である楓の命令でパーティーに出ることになっていたが、朝からスケジュールの変更があり忙しく食事が取れなかった。だから何も口にしていなかった。
すると秘書の西田が移動中の車の中で「支社長。どうぞこちらをお召し上がりください」と言って箱を差し出した。
差し出された箱の中身はクッキー。
西田はニューヨークでは色々な物が流行るが、今この街で流行っているのがこのクッキーだと言った。そして「それからこちらのクッキーは失われた恋が戻ると言われているそうです」と言葉を継いだ。
司は迷信やまじないを信じる人間ではない。
それに西田もそんな人間ではない。
だが西田は自分が仕える男が恋人に相手にされない状況に思うことがあったのかもしれない。それは慰めようという思い。だから司は秘書の気持を汲んでクッキーをつまむと口に入れた。




***




「司くん。久し振りだね。元気そうでなりよりだ。それからその節は世話になったね」

パーティー会場で声をかけてきたのは、ニューヨークで会社を経営する日本人男性。

「平岡社長もお元気そうでなによりです。こちらこそ、その節は大変お世話になりました」

司はビジネスマンだ。
だからその節が、どの節だろうと取りあえず挨拶を返した。

「ところで司くん。今日は娘が一緒なんだが紹介させてくれないか」

司は大人になった。
だから娘を紹介させてくれと言われて露骨に嫌だとは言わない。
ただ自分には恋人がいて他の女に興味がないことを伝えるだけだ。
だから「申し訳けないのですが、私には_」と言いかけたところで誰かが名前を呼んだ。

「ツカサ!」

司の名前を呼んで近づいてきたのは小柄なブロンドの女。
そして次に「ツカサ!」と呼んで近づいてきたのは大柄の赤毛の女。
それにもうひとりダークブランの髪の女も「ツカサ!」と名前を呼んで近づいてきたが、司は三人の女に見覚えがなかった。
だが三人の女達は眉を上げて司に迫ってきた。

司がこれまで浴びてきたのは思わせぶりな視線や、望みをこめた眼差し。
それにさりげない様子で近づいてくる偶然を装った出会いだ。
だが今、三人の女達から感じられるのは、司の額に銃を突き付けて引き金を引いてやろうかという思い。そしてここはアメリカだ。だから女達が手にしている口紅しか入らないようなクラッチバッグの中に銃が入っていて、突然額の真ん中に銃口が押し付けられてもおかしくはない。
だがそれにしても、何故三人の女達は怒りに満ちた顔で自分に迫ってくるのか。

そして司は直感的に後ろを振り向いた。
すると振り向いた司の背後には女が10人くらい立っていた。
その中でひときわ目を惹くのは、眉間に皺を寄せた真っ赤なロングドレスの女。黒髪で背が高くドレスの中に射程距離の長いライフルを隠していてもおかしくないようなその女が言った。

「ツカサ!あなたの本命は誰なのか。ここではっきり聞かせてちょうだい!」

司は言葉が出なかった。
それはこの状況が理解できなくて言語中枢が一時的に凍り付いたから。
だがすぐにシナプスは機能し始めた。
そして「お、お前ら一体なんなんだよ!」と言った。
すると女達は口々に言った。

「ちょっと!何よそれ!」
「ツカサ!あなた愛してるのは私だけだって言ったじゃない!」
「なんですって!ツカサ!あなた私と結婚するって言ったわよね!?」
「バカなことを言わないでよ!ツカサは私と結婚するのよ!」
「バカはアンタの方でしょ!」
「うるさいわね!代用品は黙ってなさい!」
「誰が代用品ですって!」
「なによ!このメギツネ女!」
「サソリ女!」

司はゾッとした。
司はそういう男じゃない。
はじめて愛した人は今の恋人で、それ以来他の女を好きになったことはない。
当然だが他の女と寝たこともない。
だからこの状況は悪い夢だ。
司は修羅場と化したパーティー会場から逃げ出した。




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2023
02.20

金持ちの御曹司~違う、そうじゃない~<前編>

「違う、違う。そうじゃない。そうじゃない!まて、待ってくれ!誤解だ!」

男は叫んだが女は背中を向け去って行った。

叫んだ男は金も権力も持つ男。
体脂肪が4.8パーセントしかない男。
おかしいくらい濃くて長い睫毛を持つ男。
そして、コンプレックスなど無いと言われる男。
つまり男は男性的魅力を持つ男で神の憐憫の情を必要としない男。
そんな男が恋人にフラれた。

そしてそんな男の前にいるのは心配する男。
面白そうに笑う男
それから喜ぶ男だ。

「おい司。お前、牧野に何をした?」

「わはは!司。お前、ついに牧野にフラれたか!」

「ふーん。司、牧野にフラれたんだ。じゃ俺、シャンパン持って牧野んとこ行かなきゃ」

最後の言葉を発した男はかつての司の恋のライバル。
だから司はその男が立ち上がろうとしたところで睨んだ。

「それにしてもお前。何でフラれた?」

それは三人の男達の誰もが知りたいこと。
だが司は口を閉ざしたまま開かなかった。
しかしそれでは問題は解決しない。

「………た」

「は?何だって?」

「あいつに見られた」

「見られたって…..何を見られたんだ?」

「だから他の女とキスしているところを見られた」

「おいお前….他の女とキスって…..」

「やるじゃん司。ついにお前も牧野以外の女とキスしたいと思ったってわけか」

「へえ….司が牧野以外の女とキスねえ」

司は牧野つくしと知り合う前まで挨拶のひとつとしてキスを受け入れていたことがあった。
だが好きでキスをしたことはなく、女たちが勝手に唇を合わせていただけ。
だから彼女を知って他の女とのキスは気持ちの悪いものになった。
それ以来彼女以外の女と唇を重ねたことはない。
そんな司にキスしてきたのはニューヨーク留学時代の同窓生。
父親はフランス人のダイヤモンド商で母親は日本人。
そして女性は新進気鋭のジュエリーデザイナー。

司は恋人に特別なジュエリーを贈ることを決めた。
それは二人が出逢ったことを記念するためのもの。
だからその制作を同窓生の女性に依頼した。
だが何故その女性に依頼したか。それは女性が建築学を学び独創的でありながら、繊細かつ女性らしさを意識させるデザインを得意としているから。
だから司は女性に恋人のことを話し、彼女をイメージしたジュエリーを作らせた。
そして仕上がったと連絡を受けた司は待ち合わせをした店で、そのジュエリーを受け取り、女性に礼を言ってふたりで店の外に出たが、彼女はフランス人の習慣で別れ際に司の頬にキスをした。だがそれは頬を合わせてリップ音を立てる「ビズ」というフランスでは定番中の定番の挨拶であり唇はどこにも触れていない。だがその瞬間を見た恋人はふたりがキスをしていると誤解をした。そして、よりにもよって司が喜んで女のキスを受け入れ、女を抱きしめようとしていると勘違いをした。

司は背中を向けて走り出した恋人を追いかけた。
追いついて腕を掴んで振り向かせた。
だが振り払われた。
そして浮気をしていると疑って決めつけた。

本来、恋人はやきもち焼きかと言われれば、そうではない。
恋人は、さっぱりとした性格をしている。
だが、こと恋愛に関してはいじいじと考え込む。
だから居もしない女の話を勝手にこじらせて、ひとりで思い詰めていく恐れがある。
挙句の果てに考え過ぎてどうすればいいのか分からなくなってしまう。
そして渡るはずの石橋を叩いても渡ることを止め、別の橋を渡ろうとする。
それはかつて司と恋人の間に起きた雨の日の別れ。

だから今回のことは説明すれば分かってくれるはずなのだが事実を話したくなかった。
何故ならこれは秘密にしておきたいプレゼント。
だから司は幼馴染みである三人の男達にどうすれば彼女の誤解を解くことができるか訊くことにした。そして聖書に出て来る東方の三賢者よろしく問題を解決する知恵を授けてくれることを期待したのだが、彼らから返されたのは、「司よ。お前もいい年をした大人だろ?自分の身に降りかかった災難は自分で解決しろ」だった。

司は恋人以外の女に1ミリたりとも興味を持ったことはない。
それに司は誰かと違って何人もの女と同時に付き合えるような器用な男ではない。
だから司は、あれは誤解だと説明しようとした。
しかし、恋人は電話にも出てくれなければ会ってもくれなかった。
そしてそれから数日後、司は恋人に会えないまま仕事でニューヨークへ向かった。



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