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2022
07.31

夏はドラマチック 9

彼女がゆっくりとまばたきをした。
だがすぐに顏をしかめ呟いた。

「まさか….あなたあの時の顏だけがいいバカ男?」

司は彼女があの時と同じ言葉を口にしたことに笑いだしそうになった。
それは彼女が司のことを覚えていることを知ったからだ。

「でもどうして?何故あなたがここに?」

と、言った彼女は表情が険しくなったが、その反応に司は笑った。

「どうしてだと思う?」

「どうしてって、そんなこと聞かれても分かるわけないでしょ?」

その口ぶりは司が笑ったことに対しムッとしていた。

「分かるわけないか。だがお前の言うとおりだ。まさか俺も10年経って会えるとは思ってもなかった」

本当にこうして初恋の相手に会えるとは思っていなかった。
だから嬉しさがこみ上げ思わず笑ったのだが、彼女の思いは司とはほど遠いものだ。

「もしかしてあなたあの時の仕返しをするつもりじゃないでしょうね?
もしそうだとして10年も私のことを付け狙っていたなら_」

「違う。俺は仕返しなど考えたことはなかった。それにストーカーじゃない。だがもう一度会いたいと思っていた」

司は彼女の言葉を遮った。
そして揺るぎない視線で彼女を見つめ、一番伝えたいことを言った。

「何故会いたかったか?俺は俺の腹に強烈な痛みを与えた女のことが忘れることが出来なかった。それはお前を好きになったからだ。お前に惚れたからだ。だが言っておく。俺は惚れやすい男じゃない。簡単に人を好きになる男じゃない。俺はお前に出逢うまで女を好きになったことがなかった。だから初め自分の中に湧き上がった不可解な感情、つまり経験したことがない感情が何であるかが分からなかった。だがある日気付いた。その感情は人を好きになったときに湧き上がるものだってな。そして俺は今までその思いを心の底に隠していた。だがこうして会えたからには思いを伝えたいと思った。牧野つくし。俺と付き合ってくれ」

司は今、自分の告白を聞いた彼女の頬に赤味が差すのを見ていた。そして、しっかりと閉じられた唇に付いた細い髪の毛先を取り除きたいと思った。手を伸ばして黒いフレームの伊達メガネを外し、取り除いた髪を優しく耳にかけてやりたいと思った。
だが彼女は明らかに司のことを不審者と見ている。だからそんな素振りでも見せようものなら、今度は腹ではなく顏を殴られるだろう。だが司は真剣だ。だから言い終えると息を詰めて彼女の言葉を待った。

「ええっと…..」

彼女は司の突然の告白に驚き言葉に詰まっていた。
だが少し間を置くと慎重に言葉を選びつつ、言った。

「あの、道明寺さんとおっしゃいましたよね?あなたのお気持ちは大変嬉しく思います。
ですが今の私はどなたともお付き合いをする気がないの。だからごめんなさい」

それは予想通りの答えで訊かなくても分っていた。
だから司は「そうか」と答えた。すると彼女はその答えにホッとした表情を浮かべた。
それは彼が立ち去るだろうという思いからだ。
だが司は手を伸ばし彼女の唇に付いた髪の毛先を指先でつまんで取り除いた。
そしてその行動に驚いている彼女を前に、テーブルに置かれているスプーンを手に取ると、パフェのクリームをひと掬いして彼女の口元に優しく運んだ。

「早く食わなきゃ溶けるぞ。好きなんだろ?キャラメルパフェ」





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2022
07.25

夏はドラマチック 8

覚えていない___

思っていた通りの答えが返ってきた。
だが口調は丁寧で柔らか。
しかしそれは王女の立場がそうさせているのだろう。
司はあのとき彼女の右手が腹に加えた衝撃を忘れてはいない。
あれは力強いパンチで司が一瞬息を呑んだ隙に彼女は走って逃げたが、その逃げ足も速く見失った。つまり王女は優雅に見える外見とは違い本来は元気で威勢のいいということ。
そして司はそれまで自分に興味を示さない女に会ったことがなかった。それに自分に刃向かう人間に会ったことがなかった。だから生意気な態度と腹に喰らったパンチに怒りが湧いた。
だが時間が経つにつれ、怒りよりも彼女に対し別の感情があることに気付いた。と、同時に彼女が王女であることを知ったが、二度と会うことはなかった。

だが今、その彼女が礼儀正しい顏に困惑の表情を浮かべて目の前にいる。
しかし司のことを全く覚えていないということはないはずだ。
何しろ彼女は司に腹にパンチを見舞ったのだ。その相手を覚えてないなどないはずで、何らかの印象を残しているはずだ。

司はそれを確かめようと口を開きかけた。
そのとき「お待たせいたしました!こちらキャラメルパフェでございます」と言って店員がパフェを運んでくるとテーブルに置いた。そして店員は彼女と司が向き合っているのを見ると、司と彼女をちらちらと見比べた。だから司は、「すまないが席を移る。さっき頼んだコーヒーはこっちのテーブルに運んでくれ」と言った。すると彼女は身をこわばらせ周囲を見回した。
それはボディガードを探している顏。だがいつもいるはずの人間が何故かそこにいなかった。

司は椅子を引くと彼女の前に座った。
すると彼女は司に視線を戻し「ちょっと!勝手に座らないで!」と言って睨んだ。
だが司はその言葉を無視した。
そんな司に「あなた、10年前に会ったって言ったけど一体誰なの?」と言った彼女の声が先程の言葉よりも少し控えめなのは周りの注意を引きたくないから。
そして慎重に司の顏を見つめる様子から、記憶の中から必死に司の顏を思い出そうとしていると感じた。だがやはり思い出せないようだ。

「俺か?俺は道明寺司だ」

司は再び名前を言った。
だがあのときは英徳の生徒なら当然のように自分の名前を知っていると思い名を名乗ることはなかった。しかし彼女は英徳の生徒ではなかった。だから司の事を知らなかった。だから何度名前を言っても意味はないのだが__

「あなたの名前はさっき訊いたわ。そうじゃなくて__」

「慌てるな。説明する。俺は10年前、英徳学園の図書館でお前から腹にパンチを受けた男だ。何故パンチを受ける羽目になったか?それはお前を勉強だけが取り柄のブス女だと言ったからだ」




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2022
07.21

夏はドラマチック 7

王女であるつくしは、生きるために働くことはないが王室の唯一の後継者となったことから、こなさなければならない多くの公務を抱えていた。
昨日の午前中は慈善団体や教育関連団体の代表者との面会。
午後からは宮殿に迎えた外国からの賓客をもてなすため常に笑顔でいた。
そして夜は晩餐会だったが、それらの公務はこれまで何度も繰り返してきたこと。だから慣れていた。それに公務に対しては国民の幸せのためという信念をもって臨んでいる。だから苦ではなかった。だが最近側近の西田に結婚しろと執拗に言われウンザリしていた。
だからこそ、王女としての公務のないこの日が来るのを心待ちにしていた。
それはお気に入りの喫茶店でパフェを食べること。それが今のつくしにとってリフレッシュが出来る唯一の時間。疲れには甘い物というが、まさにその通りであり、長いスプーンですくい取る生クリームの甘さは脳に幸せを運んでくれる。だからもうすぐ運ばれてくるはずのパフェを心待ちにしているのだが、そんなつくしのテーブルの前にひとりの男が立った。

つくしは変装までとはいかないが、この店に来る時は黒いフレームの丸眼鏡をかけ外見の印象を変えていた。だからこれまで、つくしがこの国の王女だと気づかれることはなかった。それに王女がひとりで街中を……..厳密にはボディガードが近くにいるのだが、喫茶店で呑気にパフェを食べているなど誰が思うだろう。
けれど、もしかすると目の前に立った男性はつくしが誰であるか気が付いたのかもしれない。だから慎重に感情を押し殺した顏を上げ男性が口を開くのを待った。

「つくし王女」

つくしは名前を呼ばれ返事をすべきかどうか迷った。
それは、まやかしの微笑みを浮べ人違いだと言い切ることも出来るからだ。
だが男性はつくしが口を開く前に言った。

「俺の名前は道明寺司」

つくしは名前を名乗られ、その名前に心当たりがあるか思い出そうとした。
だが心当たりがない。それに記憶にない。

「覚えていなかもしれないが俺たちは過去に会っている」

過去に会っていると言われたが、やはりその名前に心当たりもなければ顏も見覚えがない。
だが王女であるつくしは非礼な態度を取ることは出来ない。だから相手が会っているという以上、何とか思い出そうとした。しかし思い出すことは出来なかった。

「会ったのは10年前だ」

「10年前?」

「ああ」

つくしは10年前と言われて、ますます思い出すことが出来なかった。
何しろ10年前からこれまで大勢の人間に会ってきた。それは言葉を交わした相手から、ただ挨拶を交わしただけの相手まで含まれる。だから余程強い印象を与えた人物でなければ覚えていない。

「ごめんなさい。申し訳ないのだけど覚えていないわ」



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2022
07.17

夏はドラマチック 6

罠にかけられるのが嫌で女と長続きしたことがない。
それに自分から女を口説いたことがない。
そんな司が酒を浴びるほど飲んで口にしたという一度くらい女を口説いてみたいの言葉。
だが司はそんな言葉を口にした記憶はない。けれど、もしかするとそれは心の奥にあった王女に対する思いがそう言わせたのかもしれない。
何しろ相手は王女。司が容易に近づくことが出来ない相手。だから初恋は叶わないものだと諦めていたからだ。だがしかし王女の側近が近づくことを許した。だからこのチャンスを逃す訳にはいかなかった。

司は彼女がこちらに気付いていないのをいいことに、席に着いた彼女をひたすら見つめ続けた。いや、気付くもなにも過去に会ったのは一度だけ。だから彼女は司のことを覚えていない。それは10年という年月は一度しか会ったことがない誰かを完全に忘れてしまえるほど長い年月だから。
だが司は小さな鼻をツンと上に向けた生意気なひとつ年下の少女のことを忘れたことはなかった。あのとき心に忍び込んだ少女は、これまでずっとそこにいた。

ウエイトレスが彼女の前に水の入ったグラスを置いた。
そして注文を聞くと背を向けた。
司は立ち上った。そして彼女を視界にとらえたまま、テーブルをよけ大股で歩き出した。
そんな司に向けられるのは女性客の視線。だがその視線は無視。
今の司は彼女の視界に入ることだけを望んでいた。

司は彼女のテーブルの前で立ち止まると、ぴたりと足を止めた。
すると彼女は顏を上げ司を見たが、黒曜石の瞳には警戒心が浮かんでいた。



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2022
07.11

夏はドラマチック 5

「こちらが王女様のお気に入りのお店です。王女様はこの店のパフェが大好物です。
ですから2週間に一度の割合で店を訪問してお召し上がりになられます」

渡されたのは王女のお気に入りの店の地図
司は西田の王女を誘惑して欲しいという頼みを引き受けた。
それは今でも初恋の相手である王女のことが好きだから。
だから他の誰かに代わりをさせることなど出来なかった。

「それから、こちらが王女様のスケジュールです」

次に渡されたのは王女の直近のスケジュール。
西田の話では、スケジュールが空白の日に王女はその店に足を運ぶと言った。
そして今日の王女のスケジュールは空白。だから司はその店にいて3杯目の濃いコーヒーを飲み終えたところだ。

ちらりと腕時計を見る。
時間は午後3時半。
つまり昼からコーヒー3杯で3時間半もここにいる。
だが、今日彼女は現れないのかもしれないと考え始めた。
しかし判断を誤ってこのチャンスをふいにしたくなかった。もしかすると、あと30分待てば彼女が来るかもしれない。だからコーヒーをもう一杯頼むことにした。
その時だった。

「いらっしゃいませ!」

司はその声に店の入口を見た。
するとそこには変装しているつもりなのか。黒いフレームの丸眼鏡をかけた彼女がいた。

司はゆっくりと彼女の全身を眺めた。
あの時は冬で飾り気のないセーターを着ていたが、夏の今も飾り気のないブラウスにスカート。だが三つ編みだった長い黒髪は肩の長さになり、歩く度に顏の周りで軽やかに揺れていた。つまりそれは大人っぽいスタイルということだが、長い時を経て会う彼女は綺麗だった。



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2022
07.06

夏はドラマチック 4

自宅に戻った司は強い酒を飲み、頭の中を整理しようとした。
バーで西田の口から王女を誘惑して欲しいという言葉を訊き、むせそうになった。
そして親友たちから、お前がその立場にピッタリだと言われ脇腹を殴られたような気がした。

「まさかな…….」

親友たちには話さなかったが司は王女を知っていた。
いや。少し言葉を交わしただけでは知っているとは言えない。
それに王女は司のことを覚えていないだろう。

司が王女と会ったのは17歳のとき。
初めて出会った日のことは覚えている。
司が通っていた高校は小学校から大学まで全ての学校課程のある一貫校。
だから図書館も大きく立派なものがあるが、司は誰もいないその場所に置かれたソファで寝ていた。
そこに現れた王女は、目が覚めた司と視線が合うと、「お休み中のところごめんなさい。私が探している本がこの辺りにあるの。見つけたらすぐに立ち去るわ」と言った。

司は出会ったそのとき彼女が王女だとは知らなかった。
何しろお付きの人間はおらず、たったひとり。それに服装は飾り気のないセーター。
そして長い黒髪を三つ編みにしていた。だからここの学生だと思った。王女など思いもしなかった。

だが彼女には凛とした雰囲気があった。
それに司を見て頬を染めることもなければ、周りにいる女達のように色目を使ってくることもなかった。むしろ探している本以外は無関心といった態度で二度と司の方を見ようとしなかった。
だから司は自分に興味を示さない彼女に興味を抱いた。
何年生の誰なのか。

だがその日、司は機嫌が悪かった。
それは着たくもないスーツを無理矢理着せられたから。
だから意地悪な笑みを浮べて言った。

「お前、勉強だけが取り柄のブス女か」

すると彼女は司をじっと見つめて言った。

「じゃああなたは顏だけがいいバカ男ね」

「なんだと!お前誰に向かってそんな口を訊いてると思ってるんだ!」

司は自分を侮辱する人間に会ったことがない。
だから身体を起こすと立ち上がったが、背の高い司にすれば彼女は背が低く小さな子供のようだった。
だが彼女は司に臆することなく小さな鼻をツンと上に向けて言った。

「あら、ごめんなさい、顏だけがいいバカ男じゃなくて図書館は勉強する場所なのにそこで寝ているバカ男かしら?」

「なんだと……..」

司は一歩前へ出た。
すると司はその瞬間、胃に衝撃を感じた。
それは彼女の右手が司の腹に加えた衝撃。
そして彼女は司に背中を向けて駆け出した。

「テメェ、待ちやがれ!」

司は彼女を追った。だが書架の間を駆け抜ける彼女に追いつくことは出来ず、彼女は図書館の外へ出た。そして見失った。
だが司は、この学園の生徒ならすぐに見つけることが出来るという思いから、それ以上追わなかった。捜さなかった。
だが見つけることは出来なかった。それもそのはずだ。彼女はこの学園の生徒ではなかったのだから。それに彼女はこの国の王女。
そして、そんな彼女が司の初恋の人だった。




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2022
07.04

夏はドラマチック 3

「それってつまり王女様を誘惑して欲しいという意味ですか?」

あきらは真剣な顏で訊いた。

「はい。王女様は今年の12月で26歳になられます。しかしご結婚の意思がございません。
つまりこのままでは直系の子孫が生まれることがないということです」

西田はひと呼吸おくと言葉を継いだ。

「我が国は直系の方が国を継ぐことが決められています。王子であった弟君が亡くなられた今、王女様が結婚をなさならいということは、この先この国を継ぐ者がいない。そのことが意味するのは、この国が隣国の一部になってしまうということなのです」

「この国が隣国の一部になるってどうして?」

総二郎の言葉には好奇心が覗いていた。

「はい。我が国は遠い昔、国の一部が隣国に占領されたことがあります。しかし奪還したという歴史がございます。そのとき我が国は隣国と条約を結んだのです。いえ、正確には結ばされたといった方が正しいのですが、こののち君主は直系の子孫に限る。そしてもし直系の子孫がいない場合は隣国の旗の下に入ると。とても友好的とは言えない条約ですから、どうしても王女様には結婚してお世継ぎをお生みいただかなければならないのです」

「ふぅん。なんだかよくわからない約束だけど、王女様が結婚して子供を作らなければこの国は隣の国に統合されてしまうってことか。それは大変だね」

類は女性に興味はないが政治にも興味がない。
だからその声は平坦だ。
だが「でもいいかも」と言って司に向けた瞳には面白そうな光が浮かんだ。

「ねえ司。王女様を誘惑して欲しいって話。お前に丁度いいんじゃない?」

類の悪戯っぽいその声に、あきらと総二郎も声を揃えて言った。

「おい類。お前いいこと言うな。そうだな。この役目、司にピッタリだ。おあつらえ向きだ」

「まったくだ。この役目は司にうってつけだ」

「おい待て!なんで俺がうってつけなんだよ!」

司は親友たちの言葉に不服を唱えた。

「だってさ、お前この前言ったよな?」

「またその話か。言っておくが俺は言ってない!」

司は総二郎を睨んだ。

「いや俺たちはちゃんと聞いた。アレは訊き間違えなんかじゃなかった。
司、お前はあの時こう言った。罠にかけられるのが嫌で女と長続きしたことがない。それに自分から女を口説いたことがない。だから一度くらい女を口説いてみたいってな」

司はそんなことを言った覚えはなかった。
だが四人で酒を浴びるほど飲んだ日に、そんな言葉を口にしたらしい。

「だから司。お前が王女様を口説け。誘惑しろ」

「おい総二郎。口説け誘惑しろというが、その意味を分かって言ってるのか?」

「ああ分かってる。お前が王女様と結婚して永遠のエスコート役になればいいって話だ」




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