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2021
12.30

花束に添えて 4

司は病院の中にある喫茶室にいた。

「はじめまして。牧野駿です。あなたが僕の父親なんですね。よかった。宇宙人じゃなくて」

牧野駿は自然な表情でそう言ったが、司が答えないでいると再び口を開いた。

「道明寺さん?あなたが僕の父親なんですよね?」

司は彼女の面影を宿す息子を見つめていた。
だから駿の言葉にハッとして「あ、ああ。私が君の父親だ」と答えた。

タバコが吸える年まで成長した息子。
眉や目は司に似ているが、鼻から顎にかけての線は司が知る彼女の面影と重なる。
そうだ。写真で見るより今こうして本人を前にすれば、息子の中に彼女の存在を強く感じることができる。それは息子の成長過程を知らなくても、そのたたずまいから彼女が育てた子供は母親の性格を受け継ぎ真面目だということ。
だがそう思う司は、これまで血や家族という言葉から遠く離れた場所にいた。
だから、自分の血を分けた息子を前に言葉を探していたが、我が子は司の視線を真正面から受け止めていた。それは司が愛した人と同じ強い眼差し。
その眼差しが小さく頷くと言った。

「僕は自分の父親が誰であっても受け入れるつもりでいました。
それは、たとえその人が、ろくでもない人間だとしても、僕の中には紛れもなくその人の血が流れているからです。どんな人でも僕の父親であることは変えられない事実なのですから」

司は駿が口にした、ろくでもない人間という言葉が胸に刺さった。
それは息子が高校生の頃の司の行いを知っているのではないかという思い。
学園の支配者と呼ばれイジメを繰り返していた男は駿の母親に出会うまで、正にろくでもない人間だった。

「僕は小学生の頃、母に父親のことを訊きました。すると母は父親は宇宙人だと言いました。
その時は僕が子供だからふざけていると思いました。でも母にとって僕の父親のことは避けたい話だったことは間違いありません。それは今のあなたの立場を考えれば分かるからです」

司の今の立場。それは9万人の社員を抱える道明寺ホールディングスの社長。
生まれた時から全てを手にしていた男は何不自由ない生活を送っていた。
敷かれたレールの上を走ることを拒んだこともあったが、ビジネスの世界に足を踏み入れれば血がそうさせるのか。勝利と成功を勝ち取る面白さを知った。
そして前社長の母親以上に道明寺に成長と発展をもたらした。

「思い返せば僕が母に父親のことを訊いた当時、あなたは道明寺財閥の後継者として前途洋々な立場にいた。それにあなたは母の記憶がなかったんですよね?つまり僕という存在がいることを知らなかった。だから母は小学生とはいえ僕が自分の父親はあなただと誰かに話してしまうことで、あなたの将来に傷が付くことを心配した。そして、やがて思春期を迎えた僕は母が僕の父親のことを言いたがらないのは、父親に妻子がいるからだと考えました。それに望まない妊娠をしたからではないかとも考えました。だから僕はもう母に父親のことを訊くことはしませんでした」

司は目頭が熱くなるのを感じた。
それは、記憶を失っていたとはいえ、深い感動の中で命を授けたはずの我が子に、そんなことを考えさせてしまったことが悔やまれてならなかったから。
そして息子が味わった日々に、本来なら共に過ごせた時間を過ごせなかったことに、後ろめたさと罪悪感を抱いた。

「でも暫く経って望まない妊娠だったのなら、母は僕の父親のことは忌まわしいものであり消し去りたい過去であることから死んでいると言ったはずだと思うようになりました。だけどそうではなかった。母は僕を愛情を持って育ててくれた。だからやっぱり僕の父親だという人は他の女性と結婚して、どこかで生きていると考えるようになりました。結ばれることが許されない相手だったのだと思うようになりました。そして父親の方から会いたいと言わない限り、僕は父親に会えないのだと思いました。
だから秘書の西田さんと椿伯母さんが現れて僕の父親が道明寺ホールディングスの社長の道明寺司…..あなただと訊いた時は正直驚きました」

司は我が子の口から語られる言葉に流れた年月の長さを感じた。
だが、こうして息子がいることを知り、その息子が伝えられた出生の秘密を受け入れていることを知ったが、二十歳を迎える我が子は母親の手を離れ、ひとりの人間として自立しているのを感じた。
そして司は、息子をそんな人間に育ててくれた彼女に感謝の気持ちしかなかった。

「駿……..駿と呼んでもいいか?」

司は躊躇いながら訊いた。

「……いいよ………父さん」

一瞬の間の後に返されたのは砕けた口調のいいよ。
そして父さんという言葉。
長い間我が子の存在を知らなかった司は、掛けられたその言葉に胸が震えた。

「ありがとう。駿」

そして彼女のことを思い出した今、彼女に伝えたい思いがある。
それはどんなに時が流れても変わらない思い。

「それから頼みがある。私はお母さんに会いたいんだが、会ってくれるだろうか」




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2021
12.27

花束に添えて 3

新千歳空港には11時過ぎに着いた。
ロビーには先に北海道入りしていた西田がいて、司が手にしていたコートを預かった。

「ご子息様は、駿様はつくし様が入院している病院にいらっしゃいます」

ロビーから一歩外に出た司は、車までの短い距離だったが頬に冷たい風を感じた。
だが空は北の大地に相応しい大きな青空が広がっていた。
そして肺に吸い込んだ空気は東京とは違い澄んでいた。

司は車の後部座席で目を閉じた。
そして姉の言葉を反芻していた。






「つくしちゃん、心臓の手術をすることになったの」

姉の言葉に司の心臓は凍り付いた。

「職場の健康診断で異常が見つかってね。調べてみたら心臓の近くに腫瘍が見つかったそうよ。それからその腫瘍が何であるかは胸を開いてみないと分からないと言われたらしいわ。だから自分に何かあったら駿のことを頼むって私に連絡をしてきたの」

彼女は万が一のことを考え姉に甥の存在を知らせた。
それはいつか司が彼女のことを思い出したとき、この世に同じ血を持つ人間がいることを伝えて欲しいということ。
司は自分に息子がいることが嬉しかった。
彼女が自分の子供を産んで育ててくれたことが嬉しかった。
だが息子は母親と自分を棄てた男を憎んでいるのではないか。
だからいくら血の繋がりがあったとしても、一度も会ったことがない男が突然目の前に現れ父親だと名乗って受け入れてられるとは思っていなかった。
だから会うのが怖かった。

だが姉はそんな弟の心の裡を知っていた。
椿は司の秘書の西田を北海道に向かわせた。と、同時に椿自身も北海道に飛ぶと彼女に会い駿と会った。駿の伯母として司と母親の間に起こったことを話し、父親である司が失われた記憶を取り戻したとき、駿の存在を告げてもいいかを訊いた。
すると駿はこう答えたという。

「会いたいです。僕の父親だという人に。だって僕は母から父親は宇宙人だって聞かされましたから」

宇宙人という言葉にクスッと笑いそうになったが、司に会いたいと言ってくれた息子。
そして自分の命は神の采配で決まると思っている彼女。
息子にも会いたいが彼女にも会いたい。
会って彼女のことを思い出したと伝えたい。
だが既に息子が伝えているかもしれない。
もしそうなら彼女は今病院のベッドの上で何を思っているだろうか。
閉じた瞼に彼女の顏が浮かんできた。



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2021
12.26

花束に添えて 2

自分に子供がいる。
それも大学生の息子が。
司は暴漢に刺され記憶の一部を失っていると言われていた。
だが失われた記憶が何であるかは分からなかった。
ただ、時々夢の中にひとりの女性の姿を見ることがあった。
それは焼け付く陽射しの中で揺れる人影。
その人影が誰であるか認識したのは3日前。
そして姉の口から突然こぼれた言葉で、はじめて自分に子供がいることを知った。

「司。私もこの事実を知ったのは、つい最近よ。だけど今日まで言わなかったのは、記憶を取り戻していないアンタに言っても、他人事だといって耳を貸さないことが分かっていたからよ」

そう言われた司は確かにそうだと思った。
何しろ司は一度も結婚をしたことがない。
それに女を抱く時は細心の注意を払っていた。
だから血を分けた子供がいると言われても、何をバカなことをと一蹴しただろう。
だが今は一度も会ったことがない少年の影が頭をかすめた。
それは夢の中に現れた女性に似た姿。

「それからアンタの息子の名前は駿。牧野駿。分かるわよね?母親が誰か」

勿論だ。母親の名前は牧野つくし。
彼女は司の初恋の人。
高校生の頃、付き合っていたが、司が彼女のことを忘れたことで二人の仲は終わりを迎えた。
いや。司の方が一方的に彼女を棄てたと言っていい。
はじめは何も見えなかった恋。
だが付き合いを深めたふたりは、やがて未来を語るようになった。
愛を重ねはしたが注意していた。だから彼女が妊娠していたとは思いもしなかった。

「つくしちゃんはアンタがつくしちゃんのことを忘れたことで英徳を辞めて姿を消したの。
だから私は心配したわ。つくしちゃんを探したわ。だけど見つけることが出来なかった。
けれど何かあって姿を消したことは分かる。それでご両親に私で出来ることがあれば手助けしたいから、つくしちゃんの居場所を教えて欲しいと言ったの。でもご両親は、娘は親戚の元で元気に暮らしている。だから心配しないで欲しい。それから娘のことは探さないで欲しいと言ったの。だからそう言われた以上、私もそれ以上探すことはしなかった」

彼女の両親は娘が妊娠していることを知り驚いたはずだ。
そしてどうすればいいか考えた末、産むことを決めた娘を好奇の目から守るため、彼女に関心を払わない土地に転居させたのだろう。

「司。この子がアンタの息子よ」

姉はそう言うと、男の子が写った写真を司に渡した。
それは司が初めて見る我が子の姿。
ひと目見て彼女が産んだ子だと分かる面影があった。
だが切れ長の目は姉と自分に似ている。
それに癖のある髪の毛は自分と同じ。
道明寺家の人間は皆、背が高いが、どうやら我が子もそのようで、司と息子を結ぶ糸は確かにそこにあった。

「来年二十歳を迎えるそうよ。それからここがつくしちゃんのいる場所」

司は渡された紙に目を落とした後、顏を上げると姉に訊いた。

「姉貴…….ここは?」

「つくしちゃん、入院しているの」



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2021
12.25

花束に添えて 1

「お前のかーちゃん、出ぇべーそ!」

「うるせぇ!俺の母ちゃんは出べそなんかじゃねぇ!俺の母ちゃんの腹はスベスベしてキレイだ!」

「へえ~そうかよ、でもなんでお前。母ちゃんの腹がスベスベしてるって知ってんだよ?」

「知ってるって……そりゃ風呂に入ってるとき見たんだよ!」

「お前4年生なのにまだ母ちゃんと一緒に風呂入ってんのかよ?乳離れ出来ねえガキだな!」

「うるせぇ!一緒に風呂なんか入ってねえよ!俺が見たのは昔だ。ガキの頃、見たから知ってんだよ!それに出べそは、お前の母ちゃんじゃねえのかよ!いいか。俺の母ちゃんはお前の母ちゃんと違ってヘソなんか出てねえんだよ!」

駿はそう叫ぶと走ってアパートに帰った。
そして階段を駆け上がり廊下の一番奥の部屋の前に立つと、セーターの襟元から内側に下げていた鍵を取り出し部屋の中に入った。

「ただいま!」

だが返事はない。それは部屋の中は誰もいないから。
だから靴を脱いだ駿は部屋に入るとランドセルを床に置いてから洗面所へ向かった。
そして手を洗い、うがいをするとテーブルの上に置かれている紙を見た。

『駿へ 学校どうだった?今日のおやつはドーナツよ。戸棚に入っているから食べてね。
それから今日は少し遅くなるかもしれないけど、晩御飯までには帰れると思うから』

駿の母親は近所のスーパーの総菜売り場で働いている。
だから駿が学校から帰っても家にはいない。
その代わり、いつもこうして、手紙とおやつを置いて仕事に行く。
そしてクリスマスのシーズンになると忙しい。
それはクリスマスを祝う人たちがスーパーでクリスマス用に調理された料理を買うから。
だからこの季節はいつもより早く家を出て、帰りもいつもよりも遅い。だが駿は家に母親がいないことを寂しとは思わなかった。何故なら駿は母親が帰ってくるまでにすることがあるから。それは宿題を終えること。それに洗濯物を畳むこと。そして窓辺に飾ってあるポインセチアに水をやるという役目があった。

今年、母親は真っ赤な植物の鉢植えを買ってきた。
駿はその植物の世話を任されたが、メキシコが原産のポインセチアは乾燥ぎみに育てる植物。だが駿は葉がしおれているからと、水をやり過ぎて枯らせてしまった。すると母親は二つ目を買ってきた。だから今度は水をやり過ぎないようにした。それに、ポインセチアは暖かさが必要であることから、しっかりと日に当てることにも気を配り、今では葉っぱはスクスクと成長していた。

そしてポインセチアの隣には母親が飾った小さなクリスマスツリーがある。
そのツリーは駿が物心ついた頃から家にあるツリー。
飾りはキラキラしたボール。どこかで貰ってきた布で出来た小さなサンタクロースとトナカイ。そして、てんぺんには銀色の星が瞬いていた。

駿は小学4年生だ。だからサンタクロースを信じてはいない。それでも去年まで朝起きると枕元に箱が置いてあった。そしてその中には欲しいと思っていたラジコンが入っていた。
だからその時は喜んだ。嬉しかった。
だが4年生の今は、母親が無理をして高価なおもちゃを買ってくれたことを知っている。
だから欲しいものを聞かれたとき、特にないと答えた。いや。そう答えれば母親は駿が子供なりに遠慮してそう言っているのだと思う。本当は欲しい物があるのに健気な強がりで我慢していると思うだろう。だから今年のクリスマスにはドライバーセット、プラスやマイナスのドライバーがセットになったものが欲しいと言ったが、それはネジを緩めたり締めたりするための道具。
母親は、「なにそれ?本当にそんなものが欲しいの?」と訊いたが、駿は本当にそれが欲しかった。だが何故駿はそんなものが欲しいのか。
それは組み立て式の家具を母親の代わりに組み立てるために必要だからだ。

他の家ではそういった作業は父親の仕事と言われている。
だが駿には父親がいない。
それは母親が未婚で彼を産んだから。
そしてこれまで父親という人物に会ったことがない。
だが訊いたことがある。
それはちょうど朝食を食べ終えた母親が駿より先に仕事に出掛ける前だった。

「母ちゃん。俺の父ちゃんって誰?」

すると母親は一瞬の間を置き答えた。

「あのね。駿のお父さんは宇宙から来た人でね。お母さんとお父さんは恋におちたんだけど、ある日、出身地の星に戻らなきゃならなくなって帰っちゃったの。お母さんはその時お腹に駿がいることが分からなくてね。お父さんが星に戻ってから知ったの。だからお父さんに駿が生まれたことを伝えられずにいるの」

「母ちゃん。言っとくが俺はその辺のバカな子供じゃない。だから俺の父ちゃんが宇宙人だなんて、そんな子供騙しは言わないでくれ!」

「あはは!バレちゃった!やっぱり駿は賢いから騙されないわねえ」

その日の前の夜。テレビでは宇宙人と人間が恋におちる映画を放送していた。
だから母親はその映画の話を駿にしたのだ。
それが10年近く昔に母親と交わされた会話。
母親はそれ以上、駿の父親について何も言わなかった。
だが思春期を迎えた駿は考えた。自分に父親がいないのは、写真一枚すらないのは、母親が相手のことを話さないのは、相手が妻子ある男性だから。
だから父親を探し出して会いたいと望んでも、父親に妻子がいれば駿の存在は迷惑であり、会うことを拒否されるだろう。
それに母親は父親と恋におちたと言ったが、もしかすると望まない妊娠で駿を出産することになったのかもしれない。だから駿は父親を探さなかった。

ところがつい一週間前。
ひとりの男性が駿の前に現れた。

「牧野駿さんですね。わたくし、こう言う者です」

と言って差し出された名刺に書かれた名前は西田紘一。

「わたくしは道明寺ホールディングス社長、道明寺司の秘書をしております」



こちらのお話は短編です。
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2021
12.19

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 138』話をUPしました。


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2021
12.13

金持ちの御曹司~純愛ラプソディ~

「あたし。昨日きのこの山を買ったの」

「え?もしかしてあんた、きのこ派?」

「うん。軸のカリッとした食感が大好きなの!」

「へえ、そうなんだ。あたしは断然たけのこの里。子供の頃からあのサクサク感に手が止まらなくなるわ!」



司は恋人の部署を訪ねたが彼女に会えなかった。
そして執務室に戻る途中で女性社員の会話を耳にした。それは社員の中には、きのこ栽培の山や、たけのこを育てるための土地を持つ人間がいるということ。

司の会社の給料は他社よりも高いと言われている。
だから社員の中に、きのこを栽培するための山や、たけのこが取れる里山を所有している人間が居ても不思議ではない。それに社員が農業に興味を持つことは悪いことではない。
それは世界的にSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれるなか、山や畑を耕すことが食糧の供給や新たな雇用を生み出し、地域農業の発展や自然環境の保持に貢献することになるからだ。
そして道明寺ホールディングスも、明日の地球のためにSDGsを推進している。だから社員たちが環境問題に目を向け、里山に出掛けることは会社としても喜ばしいことだ。

司は執務室に戻るとスーツの上着を脱いだ。
そして椅子に腰掛けると、パソコンに向かい仕事をしようとした。
だがしかし、女性社員の言葉が気になっていた。
それは、きのこの軸はカリッとしているということ。きのこの軸はカリッとなどしておらず柔らかい。だから首を傾げた。それに、たけのこのサクサク感という言葉にも疑問を持った。
だがまあいい。司はたけのこに興味はない。それに司が食べた、たけのこ料理で美味いと思ったのは恋人が作ってくれた天ぷらくらいだ。

だがきのこについては一言ある。司が食べるきのこと言えばマツタケ。
そのマツタケを始めて恋人と一緒に食べたとき司の股間は焦げついた。
それは恋人がマツタケのカサの部分を口に入れるとき、まばゆい黒い瞳が物憂げなものに変わったからだ。そのとき司の頭の中に浮かんだのは、彼女が司の前に膝をつき、自身を口に含んだ姿。彼女の口が動くたび、司が持っているソレを味わっている彼女の姿が頭の中に広がり欲望が昂まってスラックスの中のものが疼くと、身体中が男性ホルモンでいっぱいになった。

そしてそれは少年時代に想像すらしなかった大人の光景。
そういった行為は好きな女以外とするつもりのなかった司は、一糸まとわぬ姿で、つまりあられもない姿で彼女がそういった行為をするところを想像すると、血がドクドクと打ちつけだし体温が急激に上がるのを感じた。そして、マツタケを食べ終わった恋人に「どうしたの?顏が赤いけど大丈夫?熱でもあるんじゃない?」と言われると「大丈夫だ。なんでもない」と答え、その光景を打ち消した。

それでも暫くはマツタケの大きな「カサ」。
その裏にある「ヒダ」。
そしてヒダの裏にある細かい「スジ」。
それを味わう恋人の姿が頭の中から離れなかった。
だが大人なった恋人は唇を司と溶け合わせ望みを叶えてくれた。
だから今は十代の青二才のような妄想は必要ない。
だがそれでも夢を見ることがある。












ホテルの部屋の扉を開けると、そこに若い女が立っていた。

「お客さん私を呼ぶのは初めてね?でも大丈夫。私たち、きっと素敵な時間が過ごせるわ」

女は司の隣をすり抜け部屋に入るとコートを脱いだ。
すると微かな香水の香りがした。それは今まで司が嗅いだことがない匂い。
そして胸が大きく開いたジャケットから白い肌を覗かせていたが、ジャケットの下にブラウスの類を着ていないことは一目で分かった。そしてピッタリとしたミニスカートから覗く足はストッキングを履いていなかった。

「私の名前はつくし。だからつくしって呼んで」

自分のことをつくしと呼べと言った女。だがそんなふざけた名前が本当の名前ではないことはすぐに分かった。それは濃い口紅やアイラインを塗った女がコールガールだからだ。
それに司は女を呼んだ覚えはない。
しかし女は当然といった顏でそこにいて、「それで?あなたは何が望み?何をして欲しいの?」と訊いた。

司は、これは罠ではないかと思った。
それは司が今日ここにいることを知っているのは、限られた人間だけだからだ。

司は明日の取締役会で道明寺ホールディングスの副社長に就任する。
だが、社長の息子である司が会社の跡を継ぐことを気に入らない人間が社内にいることは知っている。だから彼らは司を罠にかけ、スキャンダルを捏造し、マスコミに公表することで、その座から追い落そうとしているのだ。

司を罠にかけようとしているのは常務一派。
常務一派は会社の機密情報を持ち出しライバル企業に売った。
司はその情報を耳にすると証拠を掴んだ。そして明日の取締役会で証拠を突きつけるつもりだ。だから彼らはそれを阻止するために女を送り込んだのだ。

「ねえ?どうして欲しいの?」

女はそう言って司に近づき、ハイヒールを履いた片足を伸ばして司の爪先に触れると、なまめかしく微笑んだ。
司は正真正銘の男だが女には不自由していない。
それに女にもセックスに溺れたことはない。
だから女を部屋から追い出すのは簡単だ。
そして女が浮かべている微笑が仕事としての微笑みであり本心からの笑みでないことは分かっている。
それでも司は常務一派の手に乗るのも悪くないと思った。それは司の方が誘惑の手を使い慣れているからだ。だから女がどれくらいの手管を持っているのか。お手並み拝見といこうと思った。

司はにんまりとした。

「何でもするって?」

「ええ。あなたの望むことは何でも。だから何でも言って」

女は意味ありげに言うと、司の腕に手を伸ばし、爪で腕を撫で下ろした。











「ああ!」

つくしと名乗った女は裸になると背後から司の猛攻撃を受けて叫んでいた。
精力旺盛な男は女に息づかいを整える暇を与えなかった。
はじめは服を脱ぐことなく女にしゃぶらせるだけにしようと思った。
どんなやり方で司を楽しませてくれるのかお手並み拝見といこうと思った。
だが裸になった女が纏う香水とは違う匂いに、女の身体の奥深くにある子宮を手に入れたいと思った。過去に抱かれたどんな男よりも強烈に燃え上がらせたいと思った。

「ああ、お願い…….もっと…….もっとして…..」

司を求めて女が腰を突き出す。
だから司は容赦なく腰を打ちつけた。

「これが好きか?」

「ええ……好き…….」

「そうか。感じるか」

「ええ…….感じるわ……凄くいい…..」

「それならもっとしてやる」

司は更に激しく腰を打ちつけた。

「あッ!はあッ!__あ、あ、あ!…ああっん!ああ……」

司に突き上げられる度に女は喘ぎ顏をのけ反らす。
そして唸るか悶えることしか出来なかった。
だから司は腰を回しながら尚更激しく腰を振った。
強弱を付け、ゆっくりと、じらすように、深く突き上げた。
すると女は、もっと欲しいとみだらに腰をくねらせた。
司はそんな女の尻から手を離し身体を引いた。
女はそれが気に入らなかったようで不満の声を上げた。
そして司に向かって挑発的に腰を高く上げた。
それは司を誘惑する命を受けていたはずの女が男の獲物に変わった瞬間であり、獲物は司に喰われることを望んでいた。だから司は女の腹部から剃られることなくある豊かな黒毛に手を這わせると、脚の間に指を差し入れ性器をゆっくりともてあそんだが、貪欲な陰部はグッショリと濡れて司の指を深く呑み込み捉えた。

「もっと欲しいのか?」

司は女の中で指を回し感じやすい箇所を突いた。
すると愛液がさらに溢れた。

「ええ…..お願い…….」

「お願い?どんな願いだ?」

「どんなって…….あなたが欲しいの……」

「あなたが欲しい?それじゃ分かんねぇな」

司は背後から獲物になった女に冷たく言った。
そして女の右の尻を叩いた。

「言えよ。何が欲しいか。どこに何が欲しいか言うんだ。そうすりゃ今まで行ったことがないところにお前を連れていってやる。それからお嬢さん。物事はそううまくはいかないものだ。だからあんたをここに送り込んだ男に言うんだな。私は男を喜ばせるどころか、私の方が喜ばされました。快楽の奴隷になりましたってな」

すると女は言った。

「ええ…….分かった…..伝えるわ……だから……お願い。あなたの大きなモノを入れて!あなたのペニスを私のアヌスに入れて!」



おい!ちょっと待て!
いつの間にか寝ていた司は目を覚ましギョッとした。

司が恋人と愛し合うようになってから随分と経つが、そういった行為は経験したことがないが、こんな夢を見るということは恋人が司にアナル・セックスを求めているということなのか?

司は長い間、恋人とは純愛関係にあった。
それは日本とアメリカという遠距離恋愛であることもあったが、性に奥手だった恋人の気持を大切にしていたからだ。
だからふたりが結ばれたのは、司がアメリカで暮らすようになって2年後のクリスマス。
司は日本から会いに来た恋人と結ばれた。それ以来恋人と愛し合う中でオーラル・セックスは経験したことがあるが夢に見たようなセックスはしたことがない。
と、なると今見た夢は司の肩の一方に乗った悪魔のささやきに違いない。そしてもう片方の肩に乗った天使は止めることなく焦る司を見て笑っているはずだ。




「失礼いたします」

司は執務室に入ってきた西田の声に顏をそちらに向けた。

「支社長。お届けものがございます」

司は西田の言葉に片眉を上げた。
それは先を促す仕草。

「牧野様からこちらをどうぞとのことです」

疲れには甘い物がいいと言う恋人は、いつも差し入れをしてくれるが、西田が司の机の上に置いたのは、『きのこの山』と『たけのこの里』と書かれた小さな箱。

「西田。何だ。これは?」

「はい。こちらはチョコレート菓子でございます」

西田はそう言うと執務室を出て行った。
司は、きのこの山と書かれた箱を手に取ると開けた。
すると出てきたのは、カサがチョコレートで軸がクラッカーでできた、きのこの形をした菓子。
そしてもう一方の、たけのこの里と書かれた箱を開けると、チョコレートとビスケットでできた、たけのこの形をした菓子がある。
司は、そのとき少し前に耳にした女性社員たちの会話の内容が理解出来た。


「あたし。昨日きのこの山を買ったの」
「え?もしかしてあんた、きのこ派?」
「うん。軸のカリッとした食感が大好きなの!」
「そうなんだ。あたしは断然たけのこの里。子供の頃からあのサクサク感に手が止まらなくなるわ!」


司はまず、たけのこの形をした菓子をつまみ口に入れた。
するとチョコレートと一緒にサクサクとした食感を感じた。
そして同じように、きのこの形をした菓子をつまんだ。
だが口に入れる前にそれをじっと見た。
それは大きなカサも無ければ、その裏にあるはずのヒダも、そしてヒダの裏にある細かいスジも無い小さなきのこ。
その小さなきのこを恋人が食べる姿を想像しながら「俺のきのこは、こんなにちっちゃくねぇぞ」と呟いてから口に運んだ。そしてつい今しがた見た夢を振り返ったが、もし恋人が今まで行ったことがないところにどうしても行きたいと言うなら連れていくが、強引にことを運べばブン殴られることは分かっていた。

それにしても何故あんな夢を見たのか。
もしかすると、やはり恋人はソレを求めているのか。
だから司にこんな夢を見させたのか。
いや。それは違う。
恋人はそこまで性に奔放ではない。
だとすれば、これは自分の欲望なのか。

司は欲望やセックスが悪いとは思わない。
裸になって抱き合いたいと思うことを悪いとは思わない。
何故ならそれらは、身体の内側から溢れる相手を思う気持の表れだから。
それに心の思いを口で伝えると同時に身体で伝え合うことは恋人同士には必要だ。
それは命がけの恋をした相手となら尚更のことであり、二度と離したくないと思える相手と永遠に繋がっていたいという思いは純粋な愛だ。
だから司の恋人に対しての思いは常に純愛。
そうだ。ふたりの愛は純愛であり誰にも邪魔されることなく自由に愛し合うことができる狂詩曲(ラプソディ)だ。

司は再び小さなきのこをつまんだ。
そして今度はじっくりと見ることなく口に入れると「さてと。仕事に取り掛かるとするか」と言ってパソコンを叩き始めた。





「金持ちの御曹司」 こちらのお話が100作品目になります。
まさか100作も書くとは思いもしませんでしたが、これまで100作品にお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
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2021
12.06

記念日 最終話

Category: 記念日(完)
「おばあ様とおじい様の馴れ初めって、おばあ様のアプローチから始まったのね」

「ええ。そう。おじい様と顏を合わせたのはこの部屋。仕組まれたお見合いだったけれど、今のあなたと同じ年で大学生だったわたくしが、おじい様にひとめ惚れしたの。そして出会ったその日に結婚を前提とした話をしたわ」

孫の澪を前にした楓はそう言うとアルバムを捲った。

「それから昔のおじい様はキザだったわ」

「キザ?」

「ええ、そう。あなたのお父さんの司も、おじい様の骨格を受け継いでいてスーツがよく似合うわ。でもね。司と同じくらい背が高かったおじい様も欧米人と同じスーツの似合う稀有な日本人男性だったわ。それからこれは初めてふたりでニューヨークに行ったときの写真よ」

アルバムの中の男性は三つ揃いのスーツに中折れ帽を姿で若い楓の隣に立っていた。
そしてアルバムを捲るたびに思い出される情景。
楓は懐かしそうに昔の写真を見ていた。

二人は楓が大学を卒業するのを待って結婚した。そして楓は子供が出来るまで夫と共に海外を飛び回った。だが楓は妻という符号を首からぶら下げ、夫の後ろを歩くだけの人間にはなりたくなかった。だから夫のビジネスを支えることを決めると経済について勉強を始めた。夫の側近から経営や財務状況を学ぶことは勿論、講師を呼びビジネスの専門知識を学ぶと、道明寺に入社した。
そして暫くして道明寺家の跡取りである道明寺慶の妻として最も重要な役割を果たした。
それは子供を産むこと。華族の家に生まれた楓は代々続く家に嫁ぐ意味を知っている。
だから妊娠が分かった時は嬉しかったと同時にホッとした。

長女の椿が生まれた頃は暫く家にいた。だが長男の司が生まれて後、楓は早々に仕事に戻った。本当はもう少し息子の傍に居たかった。けれどビジネスは待ってくれない。
それは楓が道明寺家のビジネスに係わるようになり、能力が認められると、彼女を必要とする場面が増えたから。だから日本を離れることが増えた。
だが、帰国するたびに息子の成長した姿を心に刻んだ。

しかし、子供の成長は早い。
娘はあっと言う間に中等部に入学し、つい数年前まで、あどけない顏をしていた息子は初等部に入学した。
娘の椿は聡明だと言われ、周りの人間の手を煩わせることはなかった。
だが息子の司は____親の言葉に耳を塞ぐ時代は誰にでもあるとはいえ、手の付けられない少年になった。


やがて高等部に進んだ息子の前にひとりの少女が現れた。
そして息子はその少女に夢中になったが、どこにでもいる外見の少女の家庭は裕福ではなかった。
楓はその少女が気に入らなかった。
だから楓は息子と少女を引き離そうと画策をした。
だが少女は楓に刃向かった。人の心は金では買えないと言った。

楓は道明寺の将来を考えたとき、少女の存在が道明寺のためになるとは思えなかった。
しかし、あの当時病を患っていた夫は言った。

「幸い私は好きな女性と一緒になれたお蔭でここまで来ることが出来た。
だから司の人生にもそういった女性が必要だ。それに今は自由恋愛は貧乏人のすることだと言う時代ではない。政略結婚で名ばかりの夫婦でいるよりも、言いたいことを言い合える相手の方がいい。それに私は彼女に無限の可能性を感じている。私達の人生に則している女性よりも彼女のような女性の方が司には適しているように思える。苦労を苦労とも思わず前向きに生きてきた彼女は、この先何があっても司を支えてくれるはずだ」

楓は夫の言葉を信じることにした。
だから二人に条件を出した。
息子にはアメリカの大学を卒業すること。
そして道明寺の跡継ぎとして楓の下で学ぶように言った。
少女には息子と結婚するなら、道明寺家に相応しい人間になりなさいと言った。
するとふたりは楓の出した条件に従った。

結婚したふたりの間にはふたりの男の子とひとりの女の子がいる。
今、楓と一緒に古いアルバムを見ているのは女の子だが、その風貌は楓に似ていると言われていた。

「ねえ、それでおじい様は『では今から始めようか』って言ったのよね?」

孫の澪は祖母の楓が初めて話す夫との出会いに興味津々だ。

「ええ。そうよ」

楓は、あの日の事を昨日のことのように覚えていた。

「それで?何を始めたの?」

あの日。夫はあなたに恋をしたと言った楓を「今から始めよう」と言って引き寄せると車まで連れて行った。
そして、向かった先は思いもしない場所。

「あのここは……..?」

楓が怪訝な顏を向けると「空腹は身体に良くない」と言った。
恥ずかしいことだが、長い廊下で男の後を歩いているときお腹が鳴ったのだ。
だがまさか、前を歩く男の耳にその音が届いていたとは思いもしなかった。

息子の司は鍋が好きだというが、楓の夫の好物はすき焼きだ。
だから夫は楓を連れ、すき焼き店を訪れたが、店に入る前に「君はすき焼きが嫌いか?」と訊いた。
楓は好きだと答えた。すると「そうか。君と私の間には少なくともひとつは共通点があるようだ」と言って笑ったが、他にも共通点があることが分かった。
それはデザートとして出された和菓子。ふたりとも、きな粉の上に黒蜜がかけられた、わらび餅が好きだということが分かった。



「それにしても今から始めようって言って食事に連れて行くなんて、おじい様って面白いわね!」
澪はそう言って笑い、「だから今日はすき焼きなのね!」と言った。
その時、部屋の扉が開いた。

「楓。仕度は出来たのか?」

「ええ。出来ていますわ」

「それならそろそろ行こう。澪。行ってくるよ」

「行ってらっしゃい。おじい様。おばあ様。記念日楽しんで来てね!」


誰にでもある記念日。
それは思い出の詰まった日。
今日はふたりが出会った日。つまり夫婦の記念日だ。
だから楓は、あの頃のふたりの姿が収められたアルバムを携え、思い出のすき焼き店に行く。
そして、ふたりでアルバムを捲りながらあの頃のことを話す。
それが、ここ数年のこの日の過ごし方だ。

「奥さん。どうぞ」

楓は夫が差し出した腕を見た。
銀色の髪にこげ茶色のツイードのジャケットを着た夫は知的な紳士だ。
楓はその人と一緒に人生を歩んできた。
そして、これからも一緒に歩んで行く。
だから楓は「ええ」と言って差し出された腕に腕を絡めたが、夫の腕はあの頃と同じで力強かった。





< 完 > *記念日*
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2021
12.04

記念日 7

Category: 記念日(完)
楓は長い廊下を歩く男の後ろ姿を見ていた。
男は結婚するなら好きな人と、と言ったがそういった女性がいるのだろうか。
楓は恋をしたことがない。
それに好きな人もいない。
だから人を好きになる気持が分からなかった。
だが今、奇妙なことに目の前を歩く男に興味を持った。
楓の周りにはいないタイプの男に未知の世界を感じた。
胸の奥が熱くなるのを感じた。
そして短い笑いだったが、男の笑顔に引き込まれた。

「あの!」

「何?」

男は立ち止まって振り向いた。

「あなたは結婚するなら好きな人と言いましたよね?」

楓が挑戦的な目をしながら訊くと、男は「そうだが?」と言って片方の眉を上げた。
楓には、その態度が訊きたいことがあるなら訊けと言っているように思えた。
だから、「それならあなたは好きな人がいるんですか?」と訊いた。
すると男は、「君にはどう見える?私に好きな女性がいるように見えるか?」と言った。
だから楓は「分かりません。だから訊いているんです」と答えたが、男は楓の言葉に面白そうにクスクス笑って答えた。

「いや。いない。今のところはね。だが私は政略結婚をするつもりはない。人生は一度だけだ。だからこそ心から好きな人と一緒に生きたいと思っている」

男はそう言うと「他に何か訊きたいことは?」と言った。だから楓は「いいえ。ありません」と言ってから、ひと呼吸置いた。そして「好きな女性がいないなら私を好きになって下さい」と言った。

男は楓の言葉にまた笑った。

「どうやら君は燃え盛る情熱を胸の内に秘めるタイプらしい。君は自分の気持を伝えることなく相手の気持を自分に向けさせようとしているが、私を好きになってというなら私は君の気持が訊きたい。だから聴かせてくれ。君の気持を」

そう言われた楓は背の高い男と目を合わせると言った。

「私はたった今、あなたに恋をしました。あなたのことがもっと知りたいと思うようになりました」

すると男の顏に優しい笑みが広がった。
そして楓を見つめながら低い声で、「そうか。分かった。では言っておこう。私のことを素性の知れた安全な男だと思っているなら、それは大間違いだ。私は道明寺の跡取りだ。つまり平凡で退屈な人生は送れない。それでもいいのかな?」と言った。
だから楓は「ええ。構いません」と、はっきりとした声で答えた。

男はそんな楓を真剣な表情を浮かべて見た。

「覚悟は出来ていると?」

「はい」

「長く続く人生の時間を私と共に過ごすことになるが、いいんだね?」

「はい」

「では今から始めようか」

男はそう言うと楓を引き寄せた。



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2021
12.02

記念日 6

Category: 記念日(完)
「久我楓です」と名乗った楓は礼をした。

「道明寺慶です」

男は頭を下げなかった。そして発せられたのは力のある声。
道明寺亘の孫は非の打ちどころがないほど整った顏に猛禽類の目で楓をじっと見ていた。
やがて視線は頭のてっぺんから足先へと降ろされたが、品定めでもしているのか。その態度は不躾だ。
それに男は見るからに前へ前へと行くタイプの人間。だから楓の視界の中で遠くにいたと思われた男が、すぐ近くまで来たとき思わず一歩後ろに退いたが、それ以上後ろに下がるつもりはない。

「君が祖父の友人のお孫さんか」

「ええ。そうですがそれが何か?」

「それが何か…..か」と男は言ったが、その表情から感情は読み取れなかった。
そして男は少し間を置いて、「どうやらあなたは気の強いお嬢さんのようだ」と言った。
楓はたった7歳年上の男から子ども扱いされムッとした。
それに男に言われなくても自分の性格は分っているつもりだ。

楓は思ったことは全部はっきりと口や行動に出す。だがそんな楓に対し周りの人間は気が強いではなく、芯がしっかりしているという言葉を使う。だから初めて会った男に話を始めるや否や気が強いと言われ気分を害した。
それに祖父に箱を元の持ち主に返して欲しいと言われここに来たが、それが見合いをさせるための口実だったことを知り腹が立っていた。
だから、楓は不愉快な気持を表情に表そうとした。
だが何故か上手くできなかった。

「君は学生さん?」

男の声は冷静だ。

「ええ。そうです」

「そうか。年は二十歳くらい?」

いきなり女性に年齢を聞くのも失礼な話だ。
だが男は楓の年齢を知らなかったようだがズバリ言い当てた。

「ええ。そうです」

「専攻は文学?」

「ええ。そうです」

「君は何を聞いても、ええ。そうです、と答えるのか?」

「いいえ。不躾な態度を取る人に対してだけです」

「不躾?」

「ええ。あなたは私のことを気が強いと言いました。でも会ったばかりなのに私のことが分かるとは思えません。それに初対面で相手のことを決めつけるのは失礼です」

楓がそう言うと、「ハハッ!」と男は短く笑った。
「君はおもしろい人だ。それに率直だ。そんな君に言っておく。二十歳なら恋に憧れる年齢だろう。だから私のようなおじさんと見合いをさせられることに反発するのは当然だ。
だが安心していい。私はまだ結婚する気がない。祖父が君のおじいさんとこういったことを仕組んだのは、外国暮らしの孫がこのまま独身を通すことを心配しているからだ。
だが心配しなくてもいずれ結婚する。ただし、その時は好きな人とね」男はそこまで言うと「わざわざ済まなかった」と楓に向かって頭を下げた。そして玄関まで送ろうと言った。



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