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2021
09.27

作文

Category: 作文
司は仕事を終えると子供たちが寝ている時間に帰宅した。

「お帰り司!ねえ、訊いて!凄いのよ。巧(たくみ)が作文コンクールで入賞したの!」

「作文コンクール?」

「そうなの。新聞社が主催する子供作文コンクールで入賞したの!商品は賞状と図書カード1万円分!これで巧は好きな乗り物図鑑が買えるって大喜びよ!」

英徳の初等部に通う巧は乗り物が大好きだ。
それは道明寺家のジェットから街中を走るバスまで。とにかく幼い頃から乗り物と名が付くものには興味があった。だから巧の部屋には、それらの模型が幾つも並んでいた。
それにしても乗り物に関係する本が欲しいということだが、本なら幾らでも買ってやるが、独立心が旺盛だった母親の影響なのか。どうやら巧は自力で欲しいものを手に入れることが喜びらしい。
そして巧は幼稚舎の頃、絵画コンクールで動物を描いた絵が入賞したことがあったが、もしかすると息子には芸術的才能だけではなく文学的な才能もあるのかもしれない。それなら親としてそれらの才能を伸ばしてやりたいと思うのだが、息子の母親から「巧の将来はあの子が自分で決めるわ。習い事ばっかりさせたらアンタの子供の頃みたいになっちゃうわよ」と言われ押し付けることはしなかった。



「それで?巧はどんなことを書いたんだ?」

司は息子が書いた作文の内容が知りたかった。
一体どんなことを書いて入賞したのか。
だから妻にその作文を見せてくれと言った。

「ここよ。ここにあるわ。と言っても原本は新聞社にあってこれはコピーだけど。はいどうぞ」

妻から手渡された作文のタイトルは『僕のお父さん』。
どうやら息子は司のことを書いたらしい。
母親ではなく父親について書いた息子。
そのことに嬉しい気持が湧き上がったが、普段息子は司の何を見ているか。
どんな風に父親のことを見ているのか気になった。
だから司は興味を持って『僕のお父さん』という題が付けられた作文に目を通し始めた。



『僕のお父さんは会社を経営していてCEOと呼ばれています。
CEOの意味は最高経営責任者です。つまり会社の全ての責任はお父さんにあります。
だからお父さんは毎日朝早く会社に行きます。そして夜も僕が寝ている時間に帰ってくることがあります。だから会えない日もあります』

司は息子がCEOという言葉を知っていて父親の立場を理解していることが嬉しかった。
だが子供たちが寝ている間に邸を出て会社へ行き、眠りについた後で邸に戻ることについては申し訳ないという思いがしていた。

『でも日曜日のお父さんは僕と遊んでくれます。僕の好きな飛行機を見るため空港に連れて行ってくれます。そして空港の中でパフェを食べさせてくれます。だから普段会えなくても平気です。この前もウミガメの絵が描かれた飛行機を空港の展望デッキから一緒に見ました。そのときお父さんは「うちの池にいるカメは時々空を見上げることがあるが、それは空に憧れてるからだ。だからこれから空を泳いで目的地まで行けるカメは嬉しそうに笑ってるな」と言いました。そうです。僕たちが見ている飛行機のウミガメは笑っていました。そして僕はお父さんと一緒に笑顔を浮かべて空に昇って行くウミガメを見送りました』

あれは世界最大の旅客機の見学に行ったときのこと。
あのとき司は、うちにあるジェットにも何か絵を描かせるか?と言ったが息子は、
「お父さんのイメージじゃないから止めて」と言った。そして「それからお父さんは出張でよく海外に行くから絵が描いている飛行機を見かけると思うけど、あれは直接描かれているんじゃなくて殆どがデカールって絵が描かれているシートを貼るラッピングなんだ。
それから飛行機は塗料を塗ったりラッピングをすると機体が重くなるから、その分燃料代がかかるんだ。だから経済的なのは何も書いてない白い機体なんだ」と教えられたが、流石マニアは違うと思った。


『そんな優しいお父さんですが、会社では厳しいCEO、最高経営責任者だということを知っています。でも僕の中でのCEOは最高経営責任者という意味ではありません。
何故ならお父さんは、ちょっといい感じなところがあるからです。だから僕の中でのCEOは、『ちょっといい感じのお父さん』という意味です』

「おい、CEOがちょっといい感じのお父さんって…..巧、あいつ何を書いてんだ?」

「ふふふ。面白いわよね。巧の感性って」

「感性って、お前なあ….」

「まあいいから、いいから。読んであげて」

司は妻にそう言われて続きを読み始めた。


『僕のお父さんのちょっといい感じなところは、お母さんとのことです。仕事に対してはとても厳しいと言われているお父さんですが、お母さんにはいい感じです。つまり言葉を変えて言えば、お父さんはお母さんが大好きだということです。
そんなお父さんは僕や弟や妹の前では自分のことを「お父さん」と言います。
でも僕たちがいなくなってお母さんと二人だけの時は「俺」と言います。
僕はこの違いを考えました。すると分かったのです。お父さんは僕たちの前では親だけど、お母さんの前では、ただの男の人だってことがです。
だからお父さんはお母さんと二人だけの時はお母さんに甘えています。

ある日、僕は夜中にトイレに起きました。その日もお父さんは僕が起きている時間には帰ってきませんでした。寝る前にお母さんからも、「今日のお父さんは遠くに行っているから帰りはとても遅いの。だから寝なさい」と言われていました。
でもトイレに起きたとき、お父さんが帰ってきていることが分かりました。
だから僕は灯りが漏れているリビングへ行きました。そして静かにドアを開けました。
そこにいたのはお父さんとお母さんで二人ともソファに座っていました。でも広い部屋なので二人とも僕に気が付きませんでした。それに話の内容は聞えませんでした。
でもお父さんはうつむいていました。そんなお父さんをお母さんが抱きしめていました。
その時のお父さんは黒い上着に黒いズボンを履いていました。そしてネクタイも黒でした。

僕には弟と妹がいます。
それに僕は初等部の4年生です。
だから僕はもうお母さんに甘えることはありません。
それなのにお父さんはお母さんに甘えていました。でも僕はそれでもいいと思いました。
だってお父さんは毎日大変な仕事をしているからです。
それにお父さんはいつも僕たち家族を守ってくれているからです。そんなお父さんも誰かに守ってもらいたい時があってもいいと思うからです。

それから僕の髪はお父さんによく似ていてクルクルしているので、お父さんにしょっちゅう髪の毛をくしゃくしゃにされます。
それを見たお母さんは、「お父さんがそうするのは巧のことが好きだからよ。お父さんは巧の髪の毛をくしゃくしゃにしながら巧の中に小さい頃の自分を見ているの。巧が1年生の時は自分が1年生だった頃を思い出していたわ。だから今は4年生になった巧に4年生の自分を重ねているの」と言いました。
それにニューヨークにいる、おばあ様からも「巧くんはお父さんそっくりね」と言われます。
そして僕は将来お父さんのような人間になりたいと思います。
つまりそれはCEO、ちょっといい感じのお父さんということです。
そして僕は大人になったら、お父さんと同じように世界を飛び回る仕事をしたいです。お父さんの仕事を手伝いたいです。それに、お父さんと同じように子供の髪の毛をくしゃくしゃにしたいです』


司は息子が大きくなるにつれ父親らしさというものは何かについて考えたことがある。
それは息子との関係性や父親としての役割について。
何しろ自分が巧と同じ年頃、母親もだが父親も傍にいなかった。だから何をすれば父親だと言えるのか分からなかった。だが妻は言った。

「大丈夫よ。私も司も初心者だけどなんとかなるわ!」

確かになんとかなっている。
だがなんとかなっているのは妻の力が大きいからだ。
それに支えてくれる人がいるから今の司がある。
そしてあの夜、妻が司を抱きしめている姿を息子に見られていたとは思いもしなかったが、あの日は台湾で暮らしていた恩義のある人の葬儀に参列して戻って来たところだった。
その人は会社が大変なとき手を差し伸べてくれた人だ。

「司、良かったわね!」

作文を読み終えた司に妻は言った。

「何が良かったって?」

「だから巧は大人になったら司の仕事を手伝いたいそうよ」

司は妻のその言葉に黙ってにっこりと、最高の笑顔を浮かべた。
だが次の言葉に顏をしかめムッとした。

「でも本当に良かったわ。CEOがちょっとエッチなお父さんじゃなくて!」





< 完 > *作文*
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2021
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2021
09.14

コーヒーの味

Category: コーヒーの味
車が世田谷の邸を出ると司はプルタブを引いた。

「社長。そちらの缶コーヒーはまだ沢山あるんですか?」

「ああ。ある。沢山ある。毎日飲んでもまだ暫くはある」

「そうですか……社長のお気に入りのコーヒーはドリップされたブルーマウンテンのブラックだということは存じております。それに社長は缶コーヒーがあまり好きではないことも訊いております」

2週間の休暇を取らせた西田の代わりの若い秘書は気の毒そうに言ったが、その通りだ。
司はコーヒー党だが缶に入ったコーヒーを殆ど飲んだことがない。
それは、どんなに美味しいと言われるコーヒーでも、缶に入れられることで司の繊細な味覚は金属の味を感じるからだ。

それにしてもこの缶コーヒーは甘い。
だがそれもそのはずだ。何しろ缶には微糖という文字が書かれている。
しかし、司にはこの缶コーヒーを飲まなければいけない理由があった。








「司。じゃあこれお願いね」

数日前、車に乗ろうとした司に手渡された缶コーヒー。
その日から司は缶コーヒーを手に車に乗り込むようになったが、それは妻から頼まれたからだ。

「実は缶コーヒーが大量にあるんだけど飲むのを手伝って欲しいの」

仕事から帰った司はパントリーの棚に並べられた缶コーヒーを見せられたが、あるのは同じ銘柄ばかりで、ざっと見たところ20本近くあるようだ。いや、奥にはもっとあるような気がした。
だが妻も子供たちも普段缶コーヒーを飲まない。だから何故ここにこんなに缶コーヒーがあるのか理由を訊いた。
すると、「澪(みお)が好きなアイドルがこの缶コーヒーのCMに出てるからなの」と言う返事が返ってきた。

澪とは司と妻つくしとの間に生まれた三人兄弟の末っ子だが、中学生の娘に好きなアイドル、つまり芸能人がいるということを知ったのは、この時だ。

「実はこの缶コーヒー6缶ひとセットで、その箱についているバーコードを切り取って送ったら抽選でそのアイドルのオリジナルクオカードが当たるらしいの」

世間が言うベストセラー商品とはハードユーザーがひたすら買いまくるからで売れるのであって、興味がない人間は買わない。だから、ここにある缶コーヒーをベストセラー商品と呼ぶのなら、それはひとりの人間が大量に買っているからに過ぎないのだが、まさか自分の娘がそんなハードユーザーのうちのひとりになるとは思いもしなかった。

そして司はクオカードと言われるものが何であるか知らない。
だが、娘はそのアイドルの姿が印刷されたカードが欲しいがために、小遣いの中からそのコーヒーを買い応募していると妻は言った。

しかし娘はコーヒー党ではなく紅茶党。だから自分では飲まずに母親や兄たちに飲んで欲しいと言っているようだが、母親もさすがに自分達で消費することは難しいと考えた。だから父親である司にも飲んで欲しいと言った次第だ。

それにしても、何故母親はこれまでこのことを黙っていたのか。
だが見当はつく。それは父親である司が好きなアイドルのクオカードとやらのため、自分では飲みもしない物を大量に買っている娘を叱るのではないかと思っているからだ。
だが、まさにその通りだ。
だから司はその思いを妻に言った。

「司、そう言うけど、これはあの子が自分のお小遣いの範囲で買ったものだから叱らないで欲しいの」

確かに自分の小遣いの範囲内で何を買おうと構わない。
だがやはりこういった金の使い方は褒められたものではないのだが、自分が娘と同じ中学生だった頃のことを思い出すと厳格な態度は取れそうになかった。

そして、この缶コーヒーを出している飲料メーカーの社長は司もよく知る男。
つまり父親に頼めば娘の望みは簡単に叶う。それは缶コーヒーに限らず全てに於いてだが、どうやら妻の話から娘は父親の力を借りたくないようだ。

「それにあの子は司に頼めばなんとかなることは知っているわ。
でも親に頼んで手に入れるんじゃなくて自分の力で手に入れたいのよ。まあ、これは力というよりも運だけど。
それから司は知らないでしょうけど、あの子。これまでも懸賞に応募してるの。ほら。司も食べた今年のあの子からのバレンタインチョコ。あの子の手作りチョコレート。あれは板チョコを溶かして作ったもので、そのチョコのCMにもあの子のお気に入りのアイドルが出ていて懸賞があって応募したの。でも残念ながらハズレちゃったみたいだけど、懸賞に応募するのが好きなのは私に似たのかもしれないわね」

思い出されるのは妻が中学生の頃の話。
パンの袋に付いている点数を集めて皿を貰ったという話。それにオーブントースターが当たったという話。どちらもパン会社のものだが、毎日食べるものだから点数が集まりやすかったと言った。
それにディズニーランドの入場券を当てたことがあると言った。だが妻は娘のようにわざわざそのために商品を買ったのではない。

「ねえ、澪を怒らないで。私は違ったけど中学生の女の子がアイドルに夢中なることはごく普通よ」

司は男だ。
男親だ。だから男の子の考えそうなことなら分かる。
息子たちが小さい頃、秘密基地が欲しいと言ったことがあった。
だから庭に宇宙が舞台のアメリカ映画に出て来る秘密基地と寸分たがわぬ基地を作ったことがあった。すると息子たちは大喜びした。
だが娘となると、やはり男親が理解するのは難しいのか。
それでも司は娘が幼い頃から遠足、運動会、音楽会、学芸会と行事があるたびに母親と一緒に参加してきた。
だから娘のことはよく分かっていると思っていた。

だがいつのクリスマスだったか、クリスマスに何が欲しいか訊いたとき、シルバニアファミリーの家が欲しいと言われた。だからその家族のために邸の近くに大きな家を建てた。すると娘は違うと言って大泣きした。
そして妻に「あんたは任せとけって言うから、ちゃんと説明しなかった私が悪かった。
あのね、シルバニアファミリーは動物の人形の家族なの。澪が欲しいのは、その人形たちの家なの。つまり澪が欲しいのはドールハウスなの」と呆れられた。
だから父親である司は娘のことはよく分かっていると思っていても、やはり娘については母親が一番理解しているのかもしれない。

しかし、思春期真っただ中の娘に反抗的な態度はない。
その幸せを思えば甘い缶コーヒーがなんだと言うのだ。
それにニキビ面した青臭い男子学生と付き合うくらいなら、アイドルに憧れている方が余程いい。
だが妻は、「いつかあの子にも本当に好きな人が現れるわ。そうしたら快くあの子の好きになった人を迎え入れてあげるのが私たちの役目。あの子には私たちのような思いをさせたくないもの。それにしても澪はどんな男性を好きになるのかしらねえ。結婚式には金屏風の前で花束贈呈されるのかしらね?」と言って思い出したようにクスッと笑った。


「社長。そう言えば我社の子会社のCMにその缶コーヒーのCMに出ている男性アイドルが起用されるそうですよ」

若い秘書は缶コーヒーを飲み終えた司に言った。

「どの会社だ?」

「ええっと、確か__」

司は秘書から、どの子会社かを訊き出すと、すべき事を決めた。
それはポスターは勿論のこと様々な種類の販促品を作らせることだ。

「そう言えば社長。あの男性アイドル。社長の若い頃に似ているって女性社員の間では噂になっているんですよ」

司の頬は緩んだ。
悪い気はしない。
そしてある話が頭の中を過った。
それは女性が父親似の男性に惹かれるという話。
司の機嫌は一気に良くなった。
と、同時に甘いと思われていたコーヒーも悪くはないと思った。


夕方。執務室にいる司に妻からメールが届いた。
タイトルは、『クオカード当選!』
そして、『澪、大喜び!』と知らされたが、司は『良かったな』とそっけなく返信した。
そんな司が携帯を置いて見たのは、デスクの上に置かれた6缶ひとセットの缶コーヒー。
秘書に買いに行かせたそれは10パック。
バーコードは全て切り取られていた。

司は缶を手に取った。そしてプルタブを引くと、ひと口飲んだ。
やはり司は甘いコーヒーは苦手だ。
だからその甘さに顏をしかめた。
だがもうひと口飲むと、「まったく父親ってのは」と言って笑った。




< 完 > *コーヒーの味*
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2021
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