皆様こんにちは。
いつも当ブログをご訪問下さりありがとうございます。
そして年の瀬のお忙しいところに、お時間をいただきご訪問下さったことに御礼申し上げます。
さて本日の記事は年末のご挨拶となります。
皆様の今年一年はどのような一年だったでしょうか。
コロナ禍で不可抗力なことも多く大変な年だったとおっしゃる方もいらっしゃるのではないでしょうか。アカシアも今年がこのような年になるとは思いもしませんでした。
そしてアカシアが毎年願うのは健康でありますようになのですが、今年はその健康を守るためにマスクが欠かせない状況となりました。
そんな今年にアカシアは言いたいです。
「今年はもういいです!」
春先にはトイレットペーパー難民。そして次はマスク難民。手洗いとアルコール消毒液の使い過ぎで手が荒れ真夏もハンドクリームを大量消費。
そしてマスク生活に慣れたとはいえ、会話の相手が言っていることが聞き取りにくい時も多々ありました。そんな時には聞き返すことになるのですが、それでも分からない時もあります。
しかしそのうち聞き返すことが面倒になり、会話の内容から、さほど聞き返す必要がないと判断してそのままスルー(笑)
すみません。もう完全に愚痴ですね(笑)
そんな今年も残すところ数日となりましたが、願うのは1日でも早く日常を取り戻すことが出来ますようにということ。
そして来年は希望のある年になって欲しいという思いでいます。
さて、こちらのお部屋ですが、只今こちらでは連載はございません。
しかし別のお部屋のお話が滞っています。あちらのお話はプロットがありラストは決まっています。ただ、これまで筆が重い状態でした。ですが来年はあちらのお話を終わらせるべく頑張りたいと思います。と、言いながらも、こちらのお部屋でも短編を書くと思います。
ただし内容は年齢を重ねたふたりや、彼らの家族のお話になると思いますので、ご趣味に合わないと思われる方はお読みにならないようにお願いいたします。
それでは最後になりましたが、今年もお読みいただき、ありがとうございました。
そして皆様の2021年が笑顔の多い一年でありますように。
30日から元日にかけて寒さが厳しいようです。皆様どうぞご自愛下さいませ。
andante*アンダンテ*
アカシア

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さて本日の記事は年末のご挨拶となります。
皆様の今年一年はどのような一年だったでしょうか。
コロナ禍で不可抗力なことも多く大変な年だったとおっしゃる方もいらっしゃるのではないでしょうか。アカシアも今年がこのような年になるとは思いもしませんでした。
そしてアカシアが毎年願うのは健康でありますようになのですが、今年はその健康を守るためにマスクが欠かせない状況となりました。
そんな今年にアカシアは言いたいです。
「今年はもういいです!」
春先にはトイレットペーパー難民。そして次はマスク難民。手洗いとアルコール消毒液の使い過ぎで手が荒れ真夏もハンドクリームを大量消費。
そしてマスク生活に慣れたとはいえ、会話の相手が言っていることが聞き取りにくい時も多々ありました。そんな時には聞き返すことになるのですが、それでも分からない時もあります。
しかしそのうち聞き返すことが面倒になり、会話の内容から、さほど聞き返す必要がないと判断してそのままスルー(笑)
すみません。もう完全に愚痴ですね(笑)
そんな今年も残すところ数日となりましたが、願うのは1日でも早く日常を取り戻すことが出来ますようにということ。
そして来年は希望のある年になって欲しいという思いでいます。
さて、こちらのお部屋ですが、只今こちらでは連載はございません。
しかし別のお部屋のお話が滞っています。あちらのお話はプロットがありラストは決まっています。ただ、これまで筆が重い状態でした。ですが来年はあちらのお話を終わらせるべく頑張りたいと思います。と、言いながらも、こちらのお部屋でも短編を書くと思います。
ただし内容は年齢を重ねたふたりや、彼らの家族のお話になると思いますので、ご趣味に合わないと思われる方はお読みにならないようにお願いいたします。
それでは最後になりましたが、今年もお読みいただき、ありがとうございました。
そして皆様の2021年が笑顔の多い一年でありますように。
30日から元日にかけて寒さが厳しいようです。皆様どうぞご自愛下さいませ。
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Christmas Story 2020
「今年はどんな年だった?」
そう訊かれたらあなたはどう答えますか?
ここにいる男はきっとこう答えるはずだ。
「今年は色々なことがあって大変だった。春も夏も満喫できなかった。それに秋すら楽しめなかった。それなのに季節はもう冬か」
そして男は言った。
「だから冬くらいは楽しもうじゃないか」
すると女は男に言った。
「じゃあ今年は家の中で楽しめることをしようね!」
「おい……なんで俺が脱税発覚で追徴金を払うはめになる?」
「なんでって言われてもルーレットを回して出た数だけ進んだ升目にそう書いてあるんだもの。だから文句言わずに書いている通り支払って」
「パパ。ゲームでもルールはルールよ。決められたことを守らなきゃゲームにならないでしょ?だからちゃんと払ってよね?」
「そうだよ、父さん。ルールは守らなきゃ。それに納税は国民の義務だって先生も言ってたよ!」
「わかった!払う…..払えばいいんだろ!ったくなんで俺が……」
司はブツブツと言いながらもゲームの中で使われているドル紙幣で追徴金を支払った。
司には娘と息子の二人の子供がいて英徳の初等部に通っている。
6年生の12歳の娘は生徒会長で人に命令することに慣れているが、それは道明寺の血だと思っている。
そして2年生の8歳の息子は数字に強く頭の回転が速いが、それは妻の血で、そんな子供たちと億万長者を目指す『人生ゲーム』というボードゲームをしていた。
妻いわく『人生ゲーム』はアメリカ発祥のゲームで子供の頃に遊んだ人間も多いと言う。
だが司はそのゲームで遊んだことがない。何しろ彼は億万長者どころかそれ以上の金持ちの家に生まれた男だ。そんな男が億万長者のレベルを目指すゲームをして何が楽しいというのか。だが妻は子供の頃、家族でこのゲームを楽しみ金持ちになった夢を見たと言う。
だからこの先どんなミッションが書かれたマスがあるのかと妻に訊けば、
「このゲームはね、人生には山あり谷あり。何が起こるか分からない。それを疑似体験するゲームなの。だから衝撃的な内容が書かれている升目もあるけど、宝くじで一等が当たるとか世界一周旅行に出発するとか家を買うとかが書いてあるわね。あとクルーザーを買うとか、それから金鉱を発見するとか夢のあることが書かれた升目が結構あるの。でもね、中にはシリアスなものもあって家族が罪を犯して捕まるとかもあるの。それから面白いところではミイラのコレクションを博物館に預けるとかあるわね」と言った。
司は地球儀を俯瞰とまで言わないが世界一周は何度したか分からないくらいした。
それに世田谷の一等地に広大な邸を構えていることもだが、日本国内だけでなく世界各国に別荘も持っている。そしてクルーザーも金鉱も持っている。資産は宝くじなど到底足元にも及ばないほどある。家族が罪を犯して捕まったことは無いが、ミイラのコレクションに似たようなもので、じいさんが集めた甲冑のコレクションならある。だからゲームでの疑似体験など必要ない。
それに人生とは山あり谷ありで何が起こるか分からないと言うが、司の人生に山はあっても谷はない。いや、谷はあったが、その谷に長く留まることはしなかった。そして山は高いほど乗り越え甲斐があると感じ乗り越えてきた。そして妻と結婚した。
「いち、にい、さん、し….やった!私、ノーベル賞を受賞するですって!」
「ママ。凄い!よかったね!」
「本当だね!母さんノーベル賞を受賞なんて凄いや!」
「えへへ…..ノーベル賞を受賞して賞金もらっちゃった」
と、ゲームが用意した架空の物語に喜ぶ妻と子供たち。
そして次に娘がルーレットを回して出た数字の数だけ進んだマスに書かれているのは、『エベレスト登山に成功する』
すると娘は「エベレストかあ。でも私まだ富士山にも登ったことがないから富士山登山に成功の方がいいな」と言った。
そして次にルーレットを回した息子が進んだマスに書かれていたのは、『ロールスロイスを買う』
すると息子は「ロールスロイス?それ父さん持ってるよね?だったら要らないや。だって同じ車が2台あっても仕方ないよね?」と言った。
娘も息子も現実的な言葉を口にするが、それは地に足が着いた生活を心がける妻の教育の賜物だ。だが人生をゲームで疑似体験するならもっと破天荒でもいいはずだ。
「じゃあ次。父さんの番だよ?」
息子に言われ回ってきた司の番。
ルーレットを回し止まった数字の数だけ升目を進んだ。
するとそこに書かれていたのは、『先祖代々の土地を売る』
「おい、ちょっと待て!俺はさっき脱税発覚で追徴金を払ったばかりだぞ?それなのに今度は先祖代々の土地を売るだと?なんで俺ばっかりこんなミッションなんだ?」
すると娘は「でもパパは追徴金払ってお金がないんでしょ?だから土地を売ればちょうどいいんじゃない?はいパパ。ほらこれ。土地を売ったお金よ」と言って司にドル紙幣を渡した。
次に妻がルーレットを回して進んだ升目に書かれていたのは『火星からの使者が来る』という意味不明の文言。
すると妻は「実は言ってなかったけど私土星人じゃなくて火星人なの。だから時々火星から親戚が来るの」と言って笑ったが、子供たちは母親の私土星人じゃなくての言葉にきょとんとしていた。
だが司は妻の言葉に彼女に土星のネックレスを渡した夜のことを思い出していた。
そして次にルーレットを回した息子が進んだ升目に書かれていたのは『牧場の跡継ぎになる』
娘は『逃げたサーカスの像を見つける』といった現実とはかけ離れたものばかり。
だが次に司が回したルーレットの数字が示した升目に書かれていたのは『離婚して子供を手放し、慰謝料を払う』という現実的な文言。
「父さん。母さんと離婚するの?」息子は心配そう言ったが、娘はと言えば、「パパ。離婚するならちゃんとママに慰謝料払ってよね?あ、それから書いてないけど月々の養育費の支払いも忘れないでね。それと親子の面会は月に一度でいい?」と明るく言った。
「……….」
面白くない。
楽しくない。
このゲームの楽しさが全く分からない。理解できない。
それにこのゲームは悪意に満ちている。
だがそう思う司をよそに妻は、「それにしても司って俺は強運の持ち主だって言うわりには、このゲームに関しては悪運の方が強いのかもしれないわね?」と言って笑った。
冬休み。
短くても子供たちにとっては待ちわびていた休み。
それはクリスマスがあるからだが、サンタクロースを信じているのは息子だけで、娘はすでにサンタクロースが父親だと知っていて、こう言った。
「パパ。目が覚めちゃうからプレゼントを置く時は静かに置いて」
あれは3年前の真夜中の出来事。
司は娘が欲しいと言っていた巨大なエンペラーペンギンのぬいぐるみを寝ている娘の枕元に置こうとして床に落とした。
だが柔らかいぬいぐるみを落としただけで娘は目を覚まさなかった。けれど実はそうではなかったのだ。目を覚ました娘はあのとき父親がサンタクロースだと知ったのだ。
そして来年中等部に進学する娘は、いつの間にかおしゃれに気を遣うようになっていて、希望したプレゼントはブーツ。前もって試着をしているようで、サイズとブランドを母親に伝えていた。
そして息子へのクリスマスプレゼントはラジコンカー。妻はサンタクロースが間違えないようにと何かから切り抜いた写真を司に見せてくれた。
「はーい。じゃあゲームは終わり。楽しかったわね!じゃあご飯にしましょうか」
そして食事は笑いながらするのが道明寺家の決まり事になったのは、司が結婚した女性がそうすると決めたからだ。
「食事は誰かとお喋りしながら食べるから美味しく思えるんじゃない?」
お喋りも味付けのひとつだという妻。
だが守るべきマナーは、しっかりと教えていた。
「口に食べ物が入っている時はお喋りしちゃだめよ」
食卓に並ぶ料理は妻が作る時とコックが作る時との半々になる。
それは妻も働いているから。彼女は財団法人道明寺美術館で理事のひとりとして働いていた。
肉汁が溢れるハンバーグは子供たちの好物。司の好きな出汁巻き卵は初めて食べた時と同じ味。里芋の煮っ転がしは結婚するまで食べたことがなかったが、ほくほくとして美味い。
そしてきんぴらレンコンや、ベーコンのエノキ巻きは弁当に入ることもある。
「いただきまーす!」
と元気に言ったのは息子だが、その息子はピーマンが苦手だ。
だから皿の端に除けられている緑の野菜を箸で摘まんで取ってやるのが司の務めだ。
だがそのチャンスを逃すこともある。すると息子は母親から、「ピーマンも食べなきゃダメでしょ?」と言われると恨めしそうに司を見て、「え~だっておいしくないもん」と言う。
「あんたねえ、パパに向かって言ったらバレるでしょ?」と、娘は言ったが、「もうバレてるわよ。父さんが母さんの目を盗んでピーマンを取ってるの。何しろ母さんは火星人だから背中にも目があるんだからね?」と妻は答えた。
家族と食べる美味い夕食。
そこには距離の誓いキャッチボールのような会話が常にある。
そして家族で分け合う笑いがある。
それはクリスマスでなくてもいつでもそこにある光景。
「ほら、駄目よ。ピーマンもちゃんと食べなさい。でないとサンタさん。クリスマスプレゼント持ってきてくれないわよ?」
「えー!ダメだよ!そんなの!……..でもそれよりもサンタさん。プレゼント間違えずに持ってきてくれるかな?」
「大丈夫。サンタさんには優秀なアシスタントが付いてるから絶対に間違えないわよ。それにピーマン食べたらラジコンカーが貰えるなんて凄いことだと思うけど?」
「そうだよね……」息子はそう言うとピーマンに箸を伸ばし、ひとつだけ摘まむと口に運んだ。それから眼をつぶって食べた。そして食べ終わると慌ててお茶を口にしていた。
「ちゃんと食べたの?偉いわね!これでサンタさんがラジコンカーを持って来てくれることは間違いないからね!」
と母親に言われた息子は司に向かってVサインをした。
家は司の一番落ち着く場所。
だらしなくシャツをはだけていても、髪がボサボサでも家族は何も言わない。
それは、いつもスーツ姿でいる男の家族だけが見ることが出来る夫であり父親の姿だからだ。
それに家族は本当の道明寺司を知っている。妻には甘く妻の願いは絶対に叶える男で、子供たちが望むことは、彼らがそれを叶えるための努力に手を貸す男だということを。
そして男は妻に優しい眼差しを向け愛おしそうに匂いを嗅ぐ。
それは凶暴と言われる肉食動物が甘える姿。強面とは違うクールな顏をした男がそんな姿を見せるのは妻の前だけだが、ふたりが出会った頃、未来がこんな風になるとは思わなかった。
かつての司は家族というものに対してなんの感情もなかった。
自分の代で道明寺という家を終わらせればいいと思っていた。
生きた証などこの世に残すなど考えたこともなかった。
だが好きな女性と結婚して子供を持ち家庭を築くと、家族の存在が自分に力を与えてくれることを知った。
そして自分が親となって知ったことがある。
それは子供と喧嘩をしても親の自分が子供を嫌いになることは無いということ。
つまり自分が若かった頃、いくら母親と仲が悪くても母親は母親なりに司のことを愛していたのだということ。それを知ったとき自分には『親の心、子知らず』の部分があったのだと気付いた。
だが、そう思う司に母親は言った。
「親も子供の気持ちがわからないこともあるわ」
司は自分が子供たちにとっていい親なのか。悪い親なのか。
口に出して訊いたことはない。
ただ、子供たちが自分の生きた証としていてくれればいい。
そしてかつては、どうでもいいと言っていた邸が我が家の始まりであり、ここで家族と一緒に暮らせることに幸せを感じていた。
「ねえ司。クリスマスプレゼント。ちゃんと枕元に置いてね?」
「ああ。心配するな。ちゃんと置いてくる」
クリスマスの日。司はサンタクロースの格好はしないが、プレゼントを楽しみに待っているふたりの子供のため、ブーツの入った箱とラジコンカーの箱を抱え東の角部屋を出た。
< 完 > * 我が家の始まり *

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そう訊かれたらあなたはどう答えますか?
ここにいる男はきっとこう答えるはずだ。
「今年は色々なことがあって大変だった。春も夏も満喫できなかった。それに秋すら楽しめなかった。それなのに季節はもう冬か」
そして男は言った。
「だから冬くらいは楽しもうじゃないか」
すると女は男に言った。
「じゃあ今年は家の中で楽しめることをしようね!」
「おい……なんで俺が脱税発覚で追徴金を払うはめになる?」
「なんでって言われてもルーレットを回して出た数だけ進んだ升目にそう書いてあるんだもの。だから文句言わずに書いている通り支払って」
「パパ。ゲームでもルールはルールよ。決められたことを守らなきゃゲームにならないでしょ?だからちゃんと払ってよね?」
「そうだよ、父さん。ルールは守らなきゃ。それに納税は国民の義務だって先生も言ってたよ!」
「わかった!払う…..払えばいいんだろ!ったくなんで俺が……」
司はブツブツと言いながらもゲームの中で使われているドル紙幣で追徴金を支払った。
司には娘と息子の二人の子供がいて英徳の初等部に通っている。
6年生の12歳の娘は生徒会長で人に命令することに慣れているが、それは道明寺の血だと思っている。
そして2年生の8歳の息子は数字に強く頭の回転が速いが、それは妻の血で、そんな子供たちと億万長者を目指す『人生ゲーム』というボードゲームをしていた。
妻いわく『人生ゲーム』はアメリカ発祥のゲームで子供の頃に遊んだ人間も多いと言う。
だが司はそのゲームで遊んだことがない。何しろ彼は億万長者どころかそれ以上の金持ちの家に生まれた男だ。そんな男が億万長者のレベルを目指すゲームをして何が楽しいというのか。だが妻は子供の頃、家族でこのゲームを楽しみ金持ちになった夢を見たと言う。
だからこの先どんなミッションが書かれたマスがあるのかと妻に訊けば、
「このゲームはね、人生には山あり谷あり。何が起こるか分からない。それを疑似体験するゲームなの。だから衝撃的な内容が書かれている升目もあるけど、宝くじで一等が当たるとか世界一周旅行に出発するとか家を買うとかが書いてあるわね。あとクルーザーを買うとか、それから金鉱を発見するとか夢のあることが書かれた升目が結構あるの。でもね、中にはシリアスなものもあって家族が罪を犯して捕まるとかもあるの。それから面白いところではミイラのコレクションを博物館に預けるとかあるわね」と言った。
司は地球儀を俯瞰とまで言わないが世界一周は何度したか分からないくらいした。
それに世田谷の一等地に広大な邸を構えていることもだが、日本国内だけでなく世界各国に別荘も持っている。そしてクルーザーも金鉱も持っている。資産は宝くじなど到底足元にも及ばないほどある。家族が罪を犯して捕まったことは無いが、ミイラのコレクションに似たようなもので、じいさんが集めた甲冑のコレクションならある。だからゲームでの疑似体験など必要ない。
それに人生とは山あり谷ありで何が起こるか分からないと言うが、司の人生に山はあっても谷はない。いや、谷はあったが、その谷に長く留まることはしなかった。そして山は高いほど乗り越え甲斐があると感じ乗り越えてきた。そして妻と結婚した。
「いち、にい、さん、し….やった!私、ノーベル賞を受賞するですって!」
「ママ。凄い!よかったね!」
「本当だね!母さんノーベル賞を受賞なんて凄いや!」
「えへへ…..ノーベル賞を受賞して賞金もらっちゃった」
と、ゲームが用意した架空の物語に喜ぶ妻と子供たち。
そして次に娘がルーレットを回して出た数字の数だけ進んだマスに書かれているのは、『エベレスト登山に成功する』
すると娘は「エベレストかあ。でも私まだ富士山にも登ったことがないから富士山登山に成功の方がいいな」と言った。
そして次にルーレットを回した息子が進んだマスに書かれていたのは、『ロールスロイスを買う』
すると息子は「ロールスロイス?それ父さん持ってるよね?だったら要らないや。だって同じ車が2台あっても仕方ないよね?」と言った。
娘も息子も現実的な言葉を口にするが、それは地に足が着いた生活を心がける妻の教育の賜物だ。だが人生をゲームで疑似体験するならもっと破天荒でもいいはずだ。
「じゃあ次。父さんの番だよ?」
息子に言われ回ってきた司の番。
ルーレットを回し止まった数字の数だけ升目を進んだ。
するとそこに書かれていたのは、『先祖代々の土地を売る』
「おい、ちょっと待て!俺はさっき脱税発覚で追徴金を払ったばかりだぞ?それなのに今度は先祖代々の土地を売るだと?なんで俺ばっかりこんなミッションなんだ?」
すると娘は「でもパパは追徴金払ってお金がないんでしょ?だから土地を売ればちょうどいいんじゃない?はいパパ。ほらこれ。土地を売ったお金よ」と言って司にドル紙幣を渡した。
次に妻がルーレットを回して進んだ升目に書かれていたのは『火星からの使者が来る』という意味不明の文言。
すると妻は「実は言ってなかったけど私土星人じゃなくて火星人なの。だから時々火星から親戚が来るの」と言って笑ったが、子供たちは母親の私土星人じゃなくての言葉にきょとんとしていた。
だが司は妻の言葉に彼女に土星のネックレスを渡した夜のことを思い出していた。
そして次にルーレットを回した息子が進んだ升目に書かれていたのは『牧場の跡継ぎになる』
娘は『逃げたサーカスの像を見つける』といった現実とはかけ離れたものばかり。
だが次に司が回したルーレットの数字が示した升目に書かれていたのは『離婚して子供を手放し、慰謝料を払う』という現実的な文言。
「父さん。母さんと離婚するの?」息子は心配そう言ったが、娘はと言えば、「パパ。離婚するならちゃんとママに慰謝料払ってよね?あ、それから書いてないけど月々の養育費の支払いも忘れないでね。それと親子の面会は月に一度でいい?」と明るく言った。
「……….」
面白くない。
楽しくない。
このゲームの楽しさが全く分からない。理解できない。
それにこのゲームは悪意に満ちている。
だがそう思う司をよそに妻は、「それにしても司って俺は強運の持ち主だって言うわりには、このゲームに関しては悪運の方が強いのかもしれないわね?」と言って笑った。
冬休み。
短くても子供たちにとっては待ちわびていた休み。
それはクリスマスがあるからだが、サンタクロースを信じているのは息子だけで、娘はすでにサンタクロースが父親だと知っていて、こう言った。
「パパ。目が覚めちゃうからプレゼントを置く時は静かに置いて」
あれは3年前の真夜中の出来事。
司は娘が欲しいと言っていた巨大なエンペラーペンギンのぬいぐるみを寝ている娘の枕元に置こうとして床に落とした。
だが柔らかいぬいぐるみを落としただけで娘は目を覚まさなかった。けれど実はそうではなかったのだ。目を覚ました娘はあのとき父親がサンタクロースだと知ったのだ。
そして来年中等部に進学する娘は、いつの間にかおしゃれに気を遣うようになっていて、希望したプレゼントはブーツ。前もって試着をしているようで、サイズとブランドを母親に伝えていた。
そして息子へのクリスマスプレゼントはラジコンカー。妻はサンタクロースが間違えないようにと何かから切り抜いた写真を司に見せてくれた。
「はーい。じゃあゲームは終わり。楽しかったわね!じゃあご飯にしましょうか」
そして食事は笑いながらするのが道明寺家の決まり事になったのは、司が結婚した女性がそうすると決めたからだ。
「食事は誰かとお喋りしながら食べるから美味しく思えるんじゃない?」
お喋りも味付けのひとつだという妻。
だが守るべきマナーは、しっかりと教えていた。
「口に食べ物が入っている時はお喋りしちゃだめよ」
食卓に並ぶ料理は妻が作る時とコックが作る時との半々になる。
それは妻も働いているから。彼女は財団法人道明寺美術館で理事のひとりとして働いていた。
肉汁が溢れるハンバーグは子供たちの好物。司の好きな出汁巻き卵は初めて食べた時と同じ味。里芋の煮っ転がしは結婚するまで食べたことがなかったが、ほくほくとして美味い。
そしてきんぴらレンコンや、ベーコンのエノキ巻きは弁当に入ることもある。
「いただきまーす!」
と元気に言ったのは息子だが、その息子はピーマンが苦手だ。
だから皿の端に除けられている緑の野菜を箸で摘まんで取ってやるのが司の務めだ。
だがそのチャンスを逃すこともある。すると息子は母親から、「ピーマンも食べなきゃダメでしょ?」と言われると恨めしそうに司を見て、「え~だっておいしくないもん」と言う。
「あんたねえ、パパに向かって言ったらバレるでしょ?」と、娘は言ったが、「もうバレてるわよ。父さんが母さんの目を盗んでピーマンを取ってるの。何しろ母さんは火星人だから背中にも目があるんだからね?」と妻は答えた。
家族と食べる美味い夕食。
そこには距離の誓いキャッチボールのような会話が常にある。
そして家族で分け合う笑いがある。
それはクリスマスでなくてもいつでもそこにある光景。
「ほら、駄目よ。ピーマンもちゃんと食べなさい。でないとサンタさん。クリスマスプレゼント持ってきてくれないわよ?」
「えー!ダメだよ!そんなの!……..でもそれよりもサンタさん。プレゼント間違えずに持ってきてくれるかな?」
「大丈夫。サンタさんには優秀なアシスタントが付いてるから絶対に間違えないわよ。それにピーマン食べたらラジコンカーが貰えるなんて凄いことだと思うけど?」
「そうだよね……」息子はそう言うとピーマンに箸を伸ばし、ひとつだけ摘まむと口に運んだ。それから眼をつぶって食べた。そして食べ終わると慌ててお茶を口にしていた。
「ちゃんと食べたの?偉いわね!これでサンタさんがラジコンカーを持って来てくれることは間違いないからね!」
と母親に言われた息子は司に向かってVサインをした。
家は司の一番落ち着く場所。
だらしなくシャツをはだけていても、髪がボサボサでも家族は何も言わない。
それは、いつもスーツ姿でいる男の家族だけが見ることが出来る夫であり父親の姿だからだ。
それに家族は本当の道明寺司を知っている。妻には甘く妻の願いは絶対に叶える男で、子供たちが望むことは、彼らがそれを叶えるための努力に手を貸す男だということを。
そして男は妻に優しい眼差しを向け愛おしそうに匂いを嗅ぐ。
それは凶暴と言われる肉食動物が甘える姿。強面とは違うクールな顏をした男がそんな姿を見せるのは妻の前だけだが、ふたりが出会った頃、未来がこんな風になるとは思わなかった。
かつての司は家族というものに対してなんの感情もなかった。
自分の代で道明寺という家を終わらせればいいと思っていた。
生きた証などこの世に残すなど考えたこともなかった。
だが好きな女性と結婚して子供を持ち家庭を築くと、家族の存在が自分に力を与えてくれることを知った。
そして自分が親となって知ったことがある。
それは子供と喧嘩をしても親の自分が子供を嫌いになることは無いということ。
つまり自分が若かった頃、いくら母親と仲が悪くても母親は母親なりに司のことを愛していたのだということ。それを知ったとき自分には『親の心、子知らず』の部分があったのだと気付いた。
だが、そう思う司に母親は言った。
「親も子供の気持ちがわからないこともあるわ」
司は自分が子供たちにとっていい親なのか。悪い親なのか。
口に出して訊いたことはない。
ただ、子供たちが自分の生きた証としていてくれればいい。
そしてかつては、どうでもいいと言っていた邸が我が家の始まりであり、ここで家族と一緒に暮らせることに幸せを感じていた。
「ねえ司。クリスマスプレゼント。ちゃんと枕元に置いてね?」
「ああ。心配するな。ちゃんと置いてくる」
クリスマスの日。司はサンタクロースの格好はしないが、プレゼントを楽しみに待っているふたりの子供のため、ブーツの入った箱とラジコンカーの箱を抱え東の角部屋を出た。
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木枯らし1号が吹いた翌日だったが晩秋の東京は暖かかった。
祐は孫の巧が庭で遊んでいるところを眺めていた。
最近の巧は昆虫に興味があるらしく草むらの中を探していたが、見つからないのか、諦めて立ち上がると祐の方へ戻ってきた。そして言った。
「ねえグランパ?」
「なんだい?」
「グランパのポケットの中。何か入ってるの?」
「ポケット?」
「うん。だってグランパ。ポケットから手を出さないよね?ママが言ってた。ひと前でポケットの中に手を入れているのは失礼だって」
孫は祐の右ポケットを見ていた。いや。孫は祐の行動を見ていた。
そして母親に言われたことを気にしていて祐がポケットの中に手を入れている理由を考えていた。それは中に何か入っているのではないかということだ。
「そうか。ママにそう言われたか」
「うん。言われたよ」
「実はグランパのポケットの中には宝物が入ってるんだ。だから今それを握ってる」
「宝物?」
「そうだよ。グランパにとっては大切な宝物だ」
「わあ!グランパの宝物って何?見たいよ!見せて!」
「わかった。じゃあ見せてあげよう」
と言った祐がポケットの中から出したのは息子が英徳学園の初等部で着ていた制服のボタン。英徳の校章が入ったそれをタマが制服から外して祐に送って来たのは息子が中等部に入学した時だ。
「これは巧のパパが英徳の初等部の時の制服のボタンだよ。グランパはパパと離れていた時間が長かったからこのボタンをパパだと思って持っていたんだよ。その癖が今でも抜けなくて持ち歩いている。グランパにとってこのボタンはお守りみたいなものだよ」
「ふう~ん。じゃあ僕も初等部に入学したらパパにボタンをあげなきゃね!」
と言われた祐は慌てた。
孫は来年の春に初等部に入学する。
その孫が真新しい制服から早々にボタンをちぎって父親にあげてしまうと思ったからだ。
そしてそんなことをすれば巧は母親に叱られるだろう。
「巧。巧はそんなことしなくてもいいんだよ。巧のパパはいつもお家に帰って来るだろ?だからボタンをあげなくても大丈夫だ。さっきも言ったようにグランパはパパと離れて暮らしていたからパパの代わりになるものが必要だったんだよ」
「そっか。グランパはパパと離れて外国に住んでたからボタンが欲しかったんだね?でもパパは僕と一緒に住んでるから必要ないんだね?」
「そうだよ。巧のパパはグランパとは違う。巧と離れて暮らすことは絶対にしないからボタンは必要ないんだよ」
祐は去年の孫の誕生日以来、孫に会いに来ることが増えた。
祐にとって孫はビタミンで会えば元気を貰える。
自分を見つめる瞳はキラキラと輝き好奇心が旺盛だ。
そして年を取り人生の終わりが近づいてきた男は孫と息子を重ねて見ることが増え、孫の言葉を息子に置き換えることもあった。
息子というのは若い頃は父親に冷たい。だが年を取ると変わる。それは男として父親の気持ちというものが理解できるようになるからだと言われている。
けれど祐は親として大したことをしてこなかったが、親になった息子には、あの頃の祐とは全く違う親としての姿があった。
そしてニューヨークと東京を行き来するうちに、息子の口から語られたのは、数少ない祐と一緒に過ごした時のこと。
それは祐が東京での短い滞在を終えニューヨークに戻る日。当初関西方面に向かうと思われていた台風が進路を変え関東地方を直撃した。台風は思いのほか速度が遅く、予定時刻になってもジェットを飛ばすことが出来なかった。
そして東京が台風の暴風圏を抜けるのは明日で、勢力を増した台風によって邸は停電して暗闇に包まれた。だがすぐに自家発電で灯りは灯った。しかしそれは幼い息子にとって初めて経験する停電だった。
その話が出たとき、息子は言った。
「あのとき親父はこの邸は台風なんぞで吹き飛ぶことはないと言ったが、まだ小さかった俺はあのとき本気で心配した。けど台風のせいでジェットが飛ばなかったことが嬉しかったんだぜ」
子供は不安なとき真っ先に見るのは親の顏だ。
ろくに子育てをしてこなかった祐がそれを理解出来るようになったのは、孫とこうして一緒に過ごす時間が増えたからだ。
巧が祖父の祐と父親の息子と一緒にいるとき、どうしたらいいのか分からない時どちらを見るかと言えば、やはり父親である息子なのだ。だから親は傍にいて子供が向ける視線を受け止めてやるべきなのだ。だから台風で不安なとき、珍しく傍にいた父親の顏を見て安心したのだ。
そして息子は我が子を叱っても褒める。だから巧は父親を好きで尊敬している。
そんな息子の口癖は、「巧。大丈夫だ。俺がついてる。だから心配するな」
それは祐が一度も口にしたことがない言葉だが、息子は自然とその言葉を口にしていた。
そしてその言葉の前には、「どんな時も」という言葉が付く。そんな息子から感じられるのは、我が子をひとりにすることはしないという強い思い。
巧が大きくなって怖いものの種類が変わっても息子は我が子の傍にいるだろう。
そしてそれが本来の父親の姿なのだ。
「巧。昆虫はいたのか?」
「あ!パパ!ダメだよ。全然いないよ。やっぱり寒くなるとダメだね?」
「そうだな。昆虫も暖かい場所の方が好きだからな」
庭に出て来た息子はそう言って我が子の頭を撫でた。
そして巧はそんな父親を見上げ嬉しそうにしていた。
「巧。ママが呼んでるぞ。シェフが巧の好きなケーキを焼いてくれたそうだ」
「わあ!本当?やった!フロッケン…ザー……ええっと……ケーキの名前忘れちゃった」
「名前はいいから行きなさい。パパはおじいちゃんと話して行くから」
「うん!分かった!」
巧はそう言って邸の方へ駈け出そうとした。
だが振り向いて父親に言った。
「あ、そうだ。パパ知ってる?グランパはポケットの中に宝物を持ってるんだって!僕見せてもらったんだよ。パパの制服のボタンなんだって!」
ふたりは自分達親子の遺伝子を確実に受け継いでいる巧が邸の方へ駆けて行く姿を見つめていた。だがその足の速さは父親の司よりも母親に似ていた。
「巧はフロッケンザーネトルテが好きなのか?」
祐が言うと息子は「ああ。もともとシュークリームが好きだったが、今はシェフが作ったドイツのシュー菓子が気に入ってる。巧は俺と違って甘い物が好きだ」
「そうか。つくしさんに似て甘いものには目がないか。それで?話があるそうだが仕事のことか?」
「いいや。仕事の話じゃない。クローゼットの奥から懐かしい物が出て来たから親父に見せようと思ってな」
と言った息子がポケットの中から取り出し手のひらに乗せて祐に見せたのは、見覚えのある時計。タマから制服のボタンを貰うよりも前に、「タマ。これを卒業祝いに司に渡してくれないか」と言って渡したものだ。
「….まだ持っていたのか」
「ああ。それで?親父は俺の制服のボタンを持ってるそうだな?」
「これはわたしの宝物だ」
と言って祐はポケットの中からボタンを取り出すと息子と同じように手のひらに乗せると見せた。
「親父はこの時計をタマに渡したとき、時の船に流されるなと伝えてくれと言ったそうだな?」
「ああ。言った」
祐は確かにそう言った。
船は何も無くてもゆらゆらと揺れながら少しずつ前へ進んでいる。
だが何かがあれば、その船はあっという間に流され気が付けば知らない場所に運ばれている。そして何故自分はここにいるのかと思考を巡らせ、元の場所へ戻りたいと望む。だが時の船は前へ進むことは出来ても後ろへ下がることは出来ない。それは人生と同じ。
祐は既にあの頃の息子が荒れた思春期の真っただ中にいることは知っていた。
だが傍にいない父親は、そんな息子に対して何も出来なかった。
そんな祐は一度しかない青春時代を無駄にするなという意味を込め時計を贈った。
けれど、その時計が息子の腕に嵌められたかどうかを知ることはなかった。
だが今ふたりの男が見ているのは、互いがそれを受け取った時の情景。
ひとりは我が子の成長を喜びながらも、手のひらに乗せた小さなボタンに自分が一緒に過ごすことのなかった時を感じていた。
そしてもうひとりは、そっけない態度で箱から時計を取り出し一瞥したたけで、箱に放り込んだ。だが東の角部屋に戻ると再び箱を開け時計を取り出すと手首に嵌めていた。
そんなふたりだったが、あの頃は互いに気に掛けながらも歩み寄ることはなかった。
「親父。今夜一杯やらないか?」
「いいな。そうしよう」
親子の時間と孫との時間は、どちらも祐にとっては大切な時間。
それは息子にとっても同じ。
だから、ふたりはそれぞれの宝物をポケットの中に入れると肩を並べ邸へ向かったが、祐は小さな声で息子に言われた。
「長生きしてくれよ。親父」
だから祐は「ああ」と頷いた。

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祐は孫の巧が庭で遊んでいるところを眺めていた。
最近の巧は昆虫に興味があるらしく草むらの中を探していたが、見つからないのか、諦めて立ち上がると祐の方へ戻ってきた。そして言った。
「ねえグランパ?」
「なんだい?」
「グランパのポケットの中。何か入ってるの?」
「ポケット?」
「うん。だってグランパ。ポケットから手を出さないよね?ママが言ってた。ひと前でポケットの中に手を入れているのは失礼だって」
孫は祐の右ポケットを見ていた。いや。孫は祐の行動を見ていた。
そして母親に言われたことを気にしていて祐がポケットの中に手を入れている理由を考えていた。それは中に何か入っているのではないかということだ。
「そうか。ママにそう言われたか」
「うん。言われたよ」
「実はグランパのポケットの中には宝物が入ってるんだ。だから今それを握ってる」
「宝物?」
「そうだよ。グランパにとっては大切な宝物だ」
「わあ!グランパの宝物って何?見たいよ!見せて!」
「わかった。じゃあ見せてあげよう」
と言った祐がポケットの中から出したのは息子が英徳学園の初等部で着ていた制服のボタン。英徳の校章が入ったそれをタマが制服から外して祐に送って来たのは息子が中等部に入学した時だ。
「これは巧のパパが英徳の初等部の時の制服のボタンだよ。グランパはパパと離れていた時間が長かったからこのボタンをパパだと思って持っていたんだよ。その癖が今でも抜けなくて持ち歩いている。グランパにとってこのボタンはお守りみたいなものだよ」
「ふう~ん。じゃあ僕も初等部に入学したらパパにボタンをあげなきゃね!」
と言われた祐は慌てた。
孫は来年の春に初等部に入学する。
その孫が真新しい制服から早々にボタンをちぎって父親にあげてしまうと思ったからだ。
そしてそんなことをすれば巧は母親に叱られるだろう。
「巧。巧はそんなことしなくてもいいんだよ。巧のパパはいつもお家に帰って来るだろ?だからボタンをあげなくても大丈夫だ。さっきも言ったようにグランパはパパと離れて暮らしていたからパパの代わりになるものが必要だったんだよ」
「そっか。グランパはパパと離れて外国に住んでたからボタンが欲しかったんだね?でもパパは僕と一緒に住んでるから必要ないんだね?」
「そうだよ。巧のパパはグランパとは違う。巧と離れて暮らすことは絶対にしないからボタンは必要ないんだよ」
祐は去年の孫の誕生日以来、孫に会いに来ることが増えた。
祐にとって孫はビタミンで会えば元気を貰える。
自分を見つめる瞳はキラキラと輝き好奇心が旺盛だ。
そして年を取り人生の終わりが近づいてきた男は孫と息子を重ねて見ることが増え、孫の言葉を息子に置き換えることもあった。
息子というのは若い頃は父親に冷たい。だが年を取ると変わる。それは男として父親の気持ちというものが理解できるようになるからだと言われている。
けれど祐は親として大したことをしてこなかったが、親になった息子には、あの頃の祐とは全く違う親としての姿があった。
そしてニューヨークと東京を行き来するうちに、息子の口から語られたのは、数少ない祐と一緒に過ごした時のこと。
それは祐が東京での短い滞在を終えニューヨークに戻る日。当初関西方面に向かうと思われていた台風が進路を変え関東地方を直撃した。台風は思いのほか速度が遅く、予定時刻になってもジェットを飛ばすことが出来なかった。
そして東京が台風の暴風圏を抜けるのは明日で、勢力を増した台風によって邸は停電して暗闇に包まれた。だがすぐに自家発電で灯りは灯った。しかしそれは幼い息子にとって初めて経験する停電だった。
その話が出たとき、息子は言った。
「あのとき親父はこの邸は台風なんぞで吹き飛ぶことはないと言ったが、まだ小さかった俺はあのとき本気で心配した。けど台風のせいでジェットが飛ばなかったことが嬉しかったんだぜ」
子供は不安なとき真っ先に見るのは親の顏だ。
ろくに子育てをしてこなかった祐がそれを理解出来るようになったのは、孫とこうして一緒に過ごす時間が増えたからだ。
巧が祖父の祐と父親の息子と一緒にいるとき、どうしたらいいのか分からない時どちらを見るかと言えば、やはり父親である息子なのだ。だから親は傍にいて子供が向ける視線を受け止めてやるべきなのだ。だから台風で不安なとき、珍しく傍にいた父親の顏を見て安心したのだ。
そして息子は我が子を叱っても褒める。だから巧は父親を好きで尊敬している。
そんな息子の口癖は、「巧。大丈夫だ。俺がついてる。だから心配するな」
それは祐が一度も口にしたことがない言葉だが、息子は自然とその言葉を口にしていた。
そしてその言葉の前には、「どんな時も」という言葉が付く。そんな息子から感じられるのは、我が子をひとりにすることはしないという強い思い。
巧が大きくなって怖いものの種類が変わっても息子は我が子の傍にいるだろう。
そしてそれが本来の父親の姿なのだ。
「巧。昆虫はいたのか?」
「あ!パパ!ダメだよ。全然いないよ。やっぱり寒くなるとダメだね?」
「そうだな。昆虫も暖かい場所の方が好きだからな」
庭に出て来た息子はそう言って我が子の頭を撫でた。
そして巧はそんな父親を見上げ嬉しそうにしていた。
「巧。ママが呼んでるぞ。シェフが巧の好きなケーキを焼いてくれたそうだ」
「わあ!本当?やった!フロッケン…ザー……ええっと……ケーキの名前忘れちゃった」
「名前はいいから行きなさい。パパはおじいちゃんと話して行くから」
「うん!分かった!」
巧はそう言って邸の方へ駈け出そうとした。
だが振り向いて父親に言った。
「あ、そうだ。パパ知ってる?グランパはポケットの中に宝物を持ってるんだって!僕見せてもらったんだよ。パパの制服のボタンなんだって!」
ふたりは自分達親子の遺伝子を確実に受け継いでいる巧が邸の方へ駆けて行く姿を見つめていた。だがその足の速さは父親の司よりも母親に似ていた。
「巧はフロッケンザーネトルテが好きなのか?」
祐が言うと息子は「ああ。もともとシュークリームが好きだったが、今はシェフが作ったドイツのシュー菓子が気に入ってる。巧は俺と違って甘い物が好きだ」
「そうか。つくしさんに似て甘いものには目がないか。それで?話があるそうだが仕事のことか?」
「いいや。仕事の話じゃない。クローゼットの奥から懐かしい物が出て来たから親父に見せようと思ってな」
と言った息子がポケットの中から取り出し手のひらに乗せて祐に見せたのは、見覚えのある時計。タマから制服のボタンを貰うよりも前に、「タマ。これを卒業祝いに司に渡してくれないか」と言って渡したものだ。
「….まだ持っていたのか」
「ああ。それで?親父は俺の制服のボタンを持ってるそうだな?」
「これはわたしの宝物だ」
と言って祐はポケットの中からボタンを取り出すと息子と同じように手のひらに乗せると見せた。
「親父はこの時計をタマに渡したとき、時の船に流されるなと伝えてくれと言ったそうだな?」
「ああ。言った」
祐は確かにそう言った。
船は何も無くてもゆらゆらと揺れながら少しずつ前へ進んでいる。
だが何かがあれば、その船はあっという間に流され気が付けば知らない場所に運ばれている。そして何故自分はここにいるのかと思考を巡らせ、元の場所へ戻りたいと望む。だが時の船は前へ進むことは出来ても後ろへ下がることは出来ない。それは人生と同じ。
祐は既にあの頃の息子が荒れた思春期の真っただ中にいることは知っていた。
だが傍にいない父親は、そんな息子に対して何も出来なかった。
そんな祐は一度しかない青春時代を無駄にするなという意味を込め時計を贈った。
けれど、その時計が息子の腕に嵌められたかどうかを知ることはなかった。
だが今ふたりの男が見ているのは、互いがそれを受け取った時の情景。
ひとりは我が子の成長を喜びながらも、手のひらに乗せた小さなボタンに自分が一緒に過ごすことのなかった時を感じていた。
そしてもうひとりは、そっけない態度で箱から時計を取り出し一瞥したたけで、箱に放り込んだ。だが東の角部屋に戻ると再び箱を開け時計を取り出すと手首に嵌めていた。
そんなふたりだったが、あの頃は互いに気に掛けながらも歩み寄ることはなかった。
「親父。今夜一杯やらないか?」
「いいな。そうしよう」
親子の時間と孫との時間は、どちらも祐にとっては大切な時間。
それは息子にとっても同じ。
だから、ふたりはそれぞれの宝物をポケットの中に入れると肩を並べ邸へ向かったが、祐は小さな声で息子に言われた。
「長生きしてくれよ。親父」
だから祐は「ああ」と頷いた。

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ノックの音がした。
いつもなら祐の返事を待ってから開けられる扉だが、待つことなく開かれた扉の向こうにいたのは妻の楓だ。
「あなた!大変です。今、東京のつくしさんから電話があって巧が、あの子が交通事故に遭って怪我をしたそうです!」
祐が短い沈黙を破って声を出したのと、妻が続けようとしていた言葉は重なったが、「怪我はどの程度なんだ?どこで事故に遭った?」と訊いた祐の張り上げた声が妻の言葉を遮った。
「横断歩道で信号が変わるのを待っていたとき持っていた風船が手から離れたの。その風船を追いかけて道路に出たところに車が来て跳ねられたそうよ。怪我の様子は詳しくは分からないけど命に係わるものではないって言ってるわ。あなた、つくしさんを責めないで下さい。つくしさんはちゃんとあの子の手を握っていたんですから。それにあの年頃の男の子は目の前の事に夢中になると周りのことが目に入らなくなるわ」
妻の話を訊いた祐は立ち上った。
そして、「東京に行く。出発の準備をするようパイロットに伝えてくれ」と言って部屋を出た。
どの国へ行こうと旅仕度を必要としない男はジェットに乗ると歯を噛みしめていた。
そして動転している自分を感じていた。だから目を閉じたが気持ちは落ち着かなかった。
そして頭の中に浮かんだのは、息子が刺され生死の境を彷徨った時のこと。あの時アメリカを離れることが出来なかった祐は妻に全てを任せたが、気丈でしっかり者の妻は、取り乱すことなく東京へ向かった。
だが果たして機内ではどうだったのか。自分の息子が重体で集中治療室にいることに平常心ではいられなかったはずだ。それにあの頃の妻はビジネスに徹していたとはいえ、その感情は母親としての方が大きかったはずだ。
そして祐は、我が子によく似た孫が事故に遭ったとの知らせに、居ても立っても居られなくなり東京に行くと言ったが、命に別状がないなら慌てることはないのだが、この思いは息子が重体になったとき駆けつけることが出来なかったことに対しての贖罪の気持ちなのかもしれない。
そうだ。あのとき、息子のことを母親だけに任せた自分は孫に息子の姿を重ねている。
そう思う祐は孫の命に別状がないとしても、ジェットが一分一秒でも早く東京に着く事を願った。
明け方の東京の空は鉛色の雲に覆われていたが、その雲の切れ間から機内に陽が差し込んで来た。
東京に着いた祐は迎えの車に乗った。
運転手は長年道明寺家に仕える木下という男で祐もよく知る男だ。
その男が運転する車で病院に向かうと思った。ところが車は世田谷の邸に行くという。
「木下。巧は邸にいるのか?」
「はい。巧坊ちゃまはお邸にいらっしゃいます」
「事故に遭ったんだぞ?病院にいなくても大丈夫なのか?入院は必要ないのか?」
「はい。わたくしは詳しくは存じませんが司様もつくし奥様もお邸にいらっしゃいます」
祐は孫の両親が共に子供の傍にいることにホッとした。
それはかつて息子が入院したとき、自分が息子のことを母親任せにして父親としての役割を果たさなかったのとは違うからだ。
つまりそれは息子が自分の親を反面教師にしているということ。息子は自分の両親がビジネスを優先して我が子を顧みなかったのとは違い、我が子に何かあれば全てを投げ打って傍にいる男なのだ。
子供は親がいなくても育つというが、それは身体だけだ。
心を育てるには親が傍にいてやる必要がある。それは優しさや自立心を養い、社会性を身に付けるには親が傍にいて身を持って教える必要があるということ。
だが親子の距離は1万キロ以上離れていることが当たり前となり、祐も楓もそれをすることはなかった。しかし、息子はそれを身に付けた。
それは好きな女性が出来たから。大切な人を守って生きていくために自分を変え、そして変わった。
だから祐はそんな息子を自慢に思うも、今の息子にとって父親とは一体どういった存在なのか。ほとんど傍にいることがなかった男は同じ血が流れているだけの存在とでも思っているのではないか。
だが遠い昔。
あれは夏だ。
息子が4歳の頃。
鎌倉にある道明寺の菩提寺からの帰り、家族四人で鎌倉の別荘へ行った。
広い庭を持つ別荘からは海が一望できる。姉の椿はまぶしい陽射しを浴びて、日に焼けるからと言って中に入ったが、司は外がいい。庭がいいと言った。だから祐は付き添って隣に立っていた。
そんな祐の隣で海を行く船を見ていた息子は、「大きいね!あれに乗ったらどこに行くんだろう?父さん、あんなに大きな船に乗ったことがある?」と言った。
息子が言った言葉は覚えている。
だが祐は自分がどんな言葉を返したかは思い出せずにいた。もしかすると、うちにも大きな船があるぞ。とでも言ったかもしれない。
けれど、日が沈むまでそこにいたのは覚えている。そして息子は海と船が好きだと言った。
あの時の息子は水平線の向こう、海に沈みゆく太陽に魅せられたのか、「あんな大きな太陽初めて見た!父さん。あの太陽が次に昇って来るまでここにいるんだよね?」と嬉しそう言ったが、あれが家族4人で出掛けた最初で最後の家族旅行だ。
いや、あれは墓参りであり旅行ではなかった。だが何故鎌倉の別荘に泊まったのか。記憶を巡らせていた時、車は交差点の赤信号で止まった。その交差点を曲がればすぐに邸だ。
その時だった。
『司。あの船の行先は地球の裏側だ。それに父さんは昔、船で遠い国に行ったことがある。いつかお前も世界中を旅する時が来るぞ』という声が聞こえた。
それは若い頃の自分の声。思い出せなかった我が子の問いかけに対する返事が頭の中に聞こえ、息子が幼少期の頃の風景が頭に浮かぶ。
そして何故鎌倉の別荘に泊まったのかを思い出した。
あの日は、祐と楓が子供たちを日本に残しニューヨークへ移る前日だったのだ。だから暫く訪れることが出来ない墓に参るため鎌倉を訪れ別荘に泊まることにしたのだ。
それは息子と過ごした数少ない思い出。
思い出したのだからもう二度と忘れることはない。
だが息子の心にはあの時の風景が今でもあるだろうか。
もしあるなら、あの風景の中には父親である祐がいる。だがあの日から幼い息子に抱えさせたものは期待ではなく義務。そして今なら分かるが背負わせたものの大きさに潰れてしまってもおかしくはなかったのだ。だから息子は潰れる代わりに荒れたのだ。
だがそんな息子も、いつの間にか人生を背負った男の顏になった。
車が邸の車寄せに着くと、すぐに後部座席のドアが開かれた。
「お帰りなさいませ。大旦那様」と言ったのは、今は亡きタマと同年代の執事。
そして聞こえて来たのは、バタバタと走る小さな足音と「おじいちゃん!来てくれたんだね!」の声。祐の目の前に現れたのは交通事故で怪我をしたはずの孫の巧。
その孫が「やったぁ!」と声を弾ませ祐の前でぴょんぴょん跳ねていた。
そして次に現れたのは孫の母親であり息子の妻。
「お父様、おはようございます。いらっしゃいませ!」
社交辞令ではなく心からの歓迎の言葉の後で申し訳なさそうな顏をして言ったのは謝罪の言葉。
「すみません。嘘をついて。ご覧のように巧は交通事故には遭ってません。すごく元気です」
「おじいちゃん!ママ謝ってるけど嘘ついたの?嘘つきはダメなんだよね?ママは僕には嘘ついたらダメだって言うけど自分は嘘ついてるんだね!」
祐は孫の顏と孫の母親の顏を見ながら全てを理解したが、まさか妻の楓が芝居をするとは思わなかった。
「親父。やっと来る気になったか」
「司…..」
祐の前に現れた息子は休みなのか。ラフな服装でそこにいた。
「おふくろは親父は忙しいから巧の誕生会には来れないって言ったが、何わだかまってんだ?俺はガキの頃のことをいつまでも引きずって生きる男じゃねえぞ。大体親父はいい年して昔のこと気にし過ぎなんだよ。おふくろを見てみろよ。あの変わり身の早さ。親父も知ってるだろうが、おふくろは反省とか後悔とかって言葉は絶対に言わない女だ。そんなおふくろは昔のことなんてとっくに忘れて今じゃつくしさん、つくしさんだ。なあつくし」
その言葉から分かるのは、祐が息子との間に距離を感じていたのと同じように、息子も父親との間に距離を感じていたということ。だが息子はそれを解消しようとしていた。
そしてニコニコと笑っている息子の妻は孫から「ママ、わだかまりって何?」と訊かれたが、5歳の子供に、わだかまりの意味が、こだわりだと説明しても分からない。
だから別の言い方をしていた。
「わだかまりっていうのはね、巧のおじいちゃんがパパとの思い出を大切にしてるってことなの。おじいちゃんとパパは親子だから考えてることは大体分かるんだけど、男の人はそれを伝えることが下手なの。それにパパもおじいちゃんのことをとても大切に思ってるの。
だからおじいちゃんとパパは今まで以上に沢山の思い出を作ることに決めたの。その思い出の中で一番大切なのは巧のことなのよ?だから巧。おじいちゃんとパパが楽しい思い出を沢山作るために助けて欲しいの」
巧は分かったような、分かっていないような顏をしたが、母親の言ったそれが幼稚舎のお遊戯会で桃太郎の役をやった時と同じくらい大切なことだと言われれば、すぐに理解出来た。
「親父。誕生会にはおふくろも来る。それからつくしの両親もな。だから巧のためにも楽しんでくれ」
人生の最後は死で終る。
それは誰もが平等に迎える最後。
そして人生というロウソクの長さは生まれた時に決まっている。
だから、したいことがあるならその炎が燃え尽きる前にしなければならない。
祐が今したいこと。それは孫に誕生日プレゼントを渡すこと。
だがその前に孫に頼みたいことがあった。
だからそれを口にした。
「巧、今日からおじいちゃんのことはグランパと呼んでくれないか?」
「グランパ?」
「そうだ。英語でおじいちゃんって意味だ」
「分かったよ。僕英語習ってるけど、その言葉はまだ習ってない。だけど覚えたよ、おじいちゃん!じゃなくてグランパ!」
< 完 > * グランパ *

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いつもなら祐の返事を待ってから開けられる扉だが、待つことなく開かれた扉の向こうにいたのは妻の楓だ。
「あなた!大変です。今、東京のつくしさんから電話があって巧が、あの子が交通事故に遭って怪我をしたそうです!」
祐が短い沈黙を破って声を出したのと、妻が続けようとしていた言葉は重なったが、「怪我はどの程度なんだ?どこで事故に遭った?」と訊いた祐の張り上げた声が妻の言葉を遮った。
「横断歩道で信号が変わるのを待っていたとき持っていた風船が手から離れたの。その風船を追いかけて道路に出たところに車が来て跳ねられたそうよ。怪我の様子は詳しくは分からないけど命に係わるものではないって言ってるわ。あなた、つくしさんを責めないで下さい。つくしさんはちゃんとあの子の手を握っていたんですから。それにあの年頃の男の子は目の前の事に夢中になると周りのことが目に入らなくなるわ」
妻の話を訊いた祐は立ち上った。
そして、「東京に行く。出発の準備をするようパイロットに伝えてくれ」と言って部屋を出た。
どの国へ行こうと旅仕度を必要としない男はジェットに乗ると歯を噛みしめていた。
そして動転している自分を感じていた。だから目を閉じたが気持ちは落ち着かなかった。
そして頭の中に浮かんだのは、息子が刺され生死の境を彷徨った時のこと。あの時アメリカを離れることが出来なかった祐は妻に全てを任せたが、気丈でしっかり者の妻は、取り乱すことなく東京へ向かった。
だが果たして機内ではどうだったのか。自分の息子が重体で集中治療室にいることに平常心ではいられなかったはずだ。それにあの頃の妻はビジネスに徹していたとはいえ、その感情は母親としての方が大きかったはずだ。
そして祐は、我が子によく似た孫が事故に遭ったとの知らせに、居ても立っても居られなくなり東京に行くと言ったが、命に別状がないなら慌てることはないのだが、この思いは息子が重体になったとき駆けつけることが出来なかったことに対しての贖罪の気持ちなのかもしれない。
そうだ。あのとき、息子のことを母親だけに任せた自分は孫に息子の姿を重ねている。
そう思う祐は孫の命に別状がないとしても、ジェットが一分一秒でも早く東京に着く事を願った。
明け方の東京の空は鉛色の雲に覆われていたが、その雲の切れ間から機内に陽が差し込んで来た。
東京に着いた祐は迎えの車に乗った。
運転手は長年道明寺家に仕える木下という男で祐もよく知る男だ。
その男が運転する車で病院に向かうと思った。ところが車は世田谷の邸に行くという。
「木下。巧は邸にいるのか?」
「はい。巧坊ちゃまはお邸にいらっしゃいます」
「事故に遭ったんだぞ?病院にいなくても大丈夫なのか?入院は必要ないのか?」
「はい。わたくしは詳しくは存じませんが司様もつくし奥様もお邸にいらっしゃいます」
祐は孫の両親が共に子供の傍にいることにホッとした。
それはかつて息子が入院したとき、自分が息子のことを母親任せにして父親としての役割を果たさなかったのとは違うからだ。
つまりそれは息子が自分の親を反面教師にしているということ。息子は自分の両親がビジネスを優先して我が子を顧みなかったのとは違い、我が子に何かあれば全てを投げ打って傍にいる男なのだ。
子供は親がいなくても育つというが、それは身体だけだ。
心を育てるには親が傍にいてやる必要がある。それは優しさや自立心を養い、社会性を身に付けるには親が傍にいて身を持って教える必要があるということ。
だが親子の距離は1万キロ以上離れていることが当たり前となり、祐も楓もそれをすることはなかった。しかし、息子はそれを身に付けた。
それは好きな女性が出来たから。大切な人を守って生きていくために自分を変え、そして変わった。
だから祐はそんな息子を自慢に思うも、今の息子にとって父親とは一体どういった存在なのか。ほとんど傍にいることがなかった男は同じ血が流れているだけの存在とでも思っているのではないか。
だが遠い昔。
あれは夏だ。
息子が4歳の頃。
鎌倉にある道明寺の菩提寺からの帰り、家族四人で鎌倉の別荘へ行った。
広い庭を持つ別荘からは海が一望できる。姉の椿はまぶしい陽射しを浴びて、日に焼けるからと言って中に入ったが、司は外がいい。庭がいいと言った。だから祐は付き添って隣に立っていた。
そんな祐の隣で海を行く船を見ていた息子は、「大きいね!あれに乗ったらどこに行くんだろう?父さん、あんなに大きな船に乗ったことがある?」と言った。
息子が言った言葉は覚えている。
だが祐は自分がどんな言葉を返したかは思い出せずにいた。もしかすると、うちにも大きな船があるぞ。とでも言ったかもしれない。
けれど、日が沈むまでそこにいたのは覚えている。そして息子は海と船が好きだと言った。
あの時の息子は水平線の向こう、海に沈みゆく太陽に魅せられたのか、「あんな大きな太陽初めて見た!父さん。あの太陽が次に昇って来るまでここにいるんだよね?」と嬉しそう言ったが、あれが家族4人で出掛けた最初で最後の家族旅行だ。
いや、あれは墓参りであり旅行ではなかった。だが何故鎌倉の別荘に泊まったのか。記憶を巡らせていた時、車は交差点の赤信号で止まった。その交差点を曲がればすぐに邸だ。
その時だった。
『司。あの船の行先は地球の裏側だ。それに父さんは昔、船で遠い国に行ったことがある。いつかお前も世界中を旅する時が来るぞ』という声が聞こえた。
それは若い頃の自分の声。思い出せなかった我が子の問いかけに対する返事が頭の中に聞こえ、息子が幼少期の頃の風景が頭に浮かぶ。
そして何故鎌倉の別荘に泊まったのかを思い出した。
あの日は、祐と楓が子供たちを日本に残しニューヨークへ移る前日だったのだ。だから暫く訪れることが出来ない墓に参るため鎌倉を訪れ別荘に泊まることにしたのだ。
それは息子と過ごした数少ない思い出。
思い出したのだからもう二度と忘れることはない。
だが息子の心にはあの時の風景が今でもあるだろうか。
もしあるなら、あの風景の中には父親である祐がいる。だがあの日から幼い息子に抱えさせたものは期待ではなく義務。そして今なら分かるが背負わせたものの大きさに潰れてしまってもおかしくはなかったのだ。だから息子は潰れる代わりに荒れたのだ。
だがそんな息子も、いつの間にか人生を背負った男の顏になった。
車が邸の車寄せに着くと、すぐに後部座席のドアが開かれた。
「お帰りなさいませ。大旦那様」と言ったのは、今は亡きタマと同年代の執事。
そして聞こえて来たのは、バタバタと走る小さな足音と「おじいちゃん!来てくれたんだね!」の声。祐の目の前に現れたのは交通事故で怪我をしたはずの孫の巧。
その孫が「やったぁ!」と声を弾ませ祐の前でぴょんぴょん跳ねていた。
そして次に現れたのは孫の母親であり息子の妻。
「お父様、おはようございます。いらっしゃいませ!」
社交辞令ではなく心からの歓迎の言葉の後で申し訳なさそうな顏をして言ったのは謝罪の言葉。
「すみません。嘘をついて。ご覧のように巧は交通事故には遭ってません。すごく元気です」
「おじいちゃん!ママ謝ってるけど嘘ついたの?嘘つきはダメなんだよね?ママは僕には嘘ついたらダメだって言うけど自分は嘘ついてるんだね!」
祐は孫の顏と孫の母親の顏を見ながら全てを理解したが、まさか妻の楓が芝居をするとは思わなかった。
「親父。やっと来る気になったか」
「司…..」
祐の前に現れた息子は休みなのか。ラフな服装でそこにいた。
「おふくろは親父は忙しいから巧の誕生会には来れないって言ったが、何わだかまってんだ?俺はガキの頃のことをいつまでも引きずって生きる男じゃねえぞ。大体親父はいい年して昔のこと気にし過ぎなんだよ。おふくろを見てみろよ。あの変わり身の早さ。親父も知ってるだろうが、おふくろは反省とか後悔とかって言葉は絶対に言わない女だ。そんなおふくろは昔のことなんてとっくに忘れて今じゃつくしさん、つくしさんだ。なあつくし」
その言葉から分かるのは、祐が息子との間に距離を感じていたのと同じように、息子も父親との間に距離を感じていたということ。だが息子はそれを解消しようとしていた。
そしてニコニコと笑っている息子の妻は孫から「ママ、わだかまりって何?」と訊かれたが、5歳の子供に、わだかまりの意味が、こだわりだと説明しても分からない。
だから別の言い方をしていた。
「わだかまりっていうのはね、巧のおじいちゃんがパパとの思い出を大切にしてるってことなの。おじいちゃんとパパは親子だから考えてることは大体分かるんだけど、男の人はそれを伝えることが下手なの。それにパパもおじいちゃんのことをとても大切に思ってるの。
だからおじいちゃんとパパは今まで以上に沢山の思い出を作ることに決めたの。その思い出の中で一番大切なのは巧のことなのよ?だから巧。おじいちゃんとパパが楽しい思い出を沢山作るために助けて欲しいの」
巧は分かったような、分かっていないような顏をしたが、母親の言ったそれが幼稚舎のお遊戯会で桃太郎の役をやった時と同じくらい大切なことだと言われれば、すぐに理解出来た。
「親父。誕生会にはおふくろも来る。それからつくしの両親もな。だから巧のためにも楽しんでくれ」
人生の最後は死で終る。
それは誰もが平等に迎える最後。
そして人生というロウソクの長さは生まれた時に決まっている。
だから、したいことがあるならその炎が燃え尽きる前にしなければならない。
祐が今したいこと。それは孫に誕生日プレゼントを渡すこと。
だがその前に孫に頼みたいことがあった。
だからそれを口にした。
「巧、今日からおじいちゃんのことはグランパと呼んでくれないか?」
「グランパ?」
「そうだ。英語でおじいちゃんって意味だ」
「分かったよ。僕英語習ってるけど、その言葉はまだ習ってない。だけど覚えたよ、おじいちゃん!じゃなくてグランパ!」
< 完 > * グランパ *

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Comment:10
昭和の父親は子供に対して厳しいのが当たり前だった。
それは道明寺の家に生まれた自分の父親も同じ。だから自分が子供を授かったときも同じように接してしまった。だが今ではそれを深く後悔していた。
息子の司は幼い頃こそ可愛らしい子供だった。しかし祐と楓が揃ってニューヨークで暮らし始めると、日本に残された息子の世話は娘の椿と使用人の手に託された。
やがて反抗期を迎えた息子は冷え冷えとした表情を浮かべるようになり、平気で他人に暴力を振るようになった。
そんなときは父親の祐が息子の頬を張るべきだった。だが祐は仕事を理由に息子を顧みることはなかった。
それは子供の教育は母親任せになり、本来なら父親である自分の責任になることも全てが母親の責任になったということ。
だから母親は自分の責任を果たすため、息子に対して厳しく接した。
そして息子は母親を憎むようになったが、それは息子の教育に係わろうとしなかった祐のせいだ。
だがそんな息子にも守りたい人が出来ると、荒れていた少年時代は終わりを迎えたが、丁度その頃、祐は病を患い生死の境を彷徨った。
やがて息子は病に伏した父親のために道明寺を継ぐことを決め、心に決めた少女を東京に残しニューヨークに渡り、自分がなすべきことをやり遂げ結果を残した。
後で知ったことだが、毅然とした態度で道明寺の跡取りとして家を継ぐことをテレビで宣言した息子は、少女を迎えに行くと言った。
息子の母親は、その時の我が子は未来を見据えていた。息子の瞳には、それまでとは違い強い意思が感じられたと言った。
祐はそんな息子を誇らしく思った。だが家族という言葉から遠すぎる場所で暮らしてきた男は、病から回復しても父親として何をすればいいかが分からなかった。
祐は執務室の書棚の中から一冊の本を手にすると腰を下ろした。
それは『お父さんとお母さんとボク』という絵本。孫に会い行った楓から、巧が気に入っている絵本なのよと言って渡されだが、開くとそこには父親と母親の姿が描かれていて、その間に彼らと手を繋いだ男の子の姿があった。
家族は遊園地にいた。そして父親は男の子に何に乗りたいのかと訊いているが、男の子は考えた後、全部に乗りたいと答えた。すると父親は分かったと言って男の子の目を見て笑った。
それから父親と男の子は、母親が「怖いから無理!」といったジェットコースターに乗った。
だが母親はメリーゴーラウンドなら大丈夫と言った。だから男の子は母親と木馬に乗ってカメラを構えている父親に手を振った。
男の子の顏は笑顔。父親と母親の顏も笑顔。三人は遊園地の中で持参した弁当を食べ、アイスクリームを食べポップコーンを食べると再び様々なアトラクションを楽しんだ。
祐は息子と遊園地へ行くどころか、そういった時間を持ったことがない。
だから彼らの笑顔がどこから来るのか分からなかった。
そして祐が息子と遊園地へ行ったとしても、かつて子供が苦手な父親が頑張ってあやしていると思われていたように、無理をしているようにしか見えないはずだ。
それに小学生の息子との会話は、祐が「元気にしているのか」「学校には行っているのか」と訊けば、息子から返されたのは「うん」でありそれだけで終わっていた。
だが親なのだからもっと会話をするべきだった。しかし祐は滅多に会わない我が子に何を言えばいいのかが分からなかった。
やがて、ふたりの間に沈黙が流れると、姉の椿と一緒に息子の世話をしていたタマが話しを引き取って始めた。
「坊ちゃんは元気にしていらっしゃいます。学校も真面目に行っていらっしゃいます。背の高さは4年生の中で一番高いんですよ」
決して自らのことを自分の口から話そうとはしなかった息子。
だが息子は父親と会って何かを感じ、何かを思っていたはずだ。
だが親の祐が滅多に会わない我が子に何を言えばいいのか分からなかったのと同じで、息子にすれば、同じように年に数回しか会わない親に向かって何を話せばいいのか分からなかったのだろう。
だから、この絵本の中の子供とは違い、あの時の息子の顏に笑顔が浮かぶことも無ければ、口から笑い声が漏れることも無かった。

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それは道明寺の家に生まれた自分の父親も同じ。だから自分が子供を授かったときも同じように接してしまった。だが今ではそれを深く後悔していた。
息子の司は幼い頃こそ可愛らしい子供だった。しかし祐と楓が揃ってニューヨークで暮らし始めると、日本に残された息子の世話は娘の椿と使用人の手に託された。
やがて反抗期を迎えた息子は冷え冷えとした表情を浮かべるようになり、平気で他人に暴力を振るようになった。
そんなときは父親の祐が息子の頬を張るべきだった。だが祐は仕事を理由に息子を顧みることはなかった。
それは子供の教育は母親任せになり、本来なら父親である自分の責任になることも全てが母親の責任になったということ。
だから母親は自分の責任を果たすため、息子に対して厳しく接した。
そして息子は母親を憎むようになったが、それは息子の教育に係わろうとしなかった祐のせいだ。
だがそんな息子にも守りたい人が出来ると、荒れていた少年時代は終わりを迎えたが、丁度その頃、祐は病を患い生死の境を彷徨った。
やがて息子は病に伏した父親のために道明寺を継ぐことを決め、心に決めた少女を東京に残しニューヨークに渡り、自分がなすべきことをやり遂げ結果を残した。
後で知ったことだが、毅然とした態度で道明寺の跡取りとして家を継ぐことをテレビで宣言した息子は、少女を迎えに行くと言った。
息子の母親は、その時の我が子は未来を見据えていた。息子の瞳には、それまでとは違い強い意思が感じられたと言った。
祐はそんな息子を誇らしく思った。だが家族という言葉から遠すぎる場所で暮らしてきた男は、病から回復しても父親として何をすればいいかが分からなかった。
祐は執務室の書棚の中から一冊の本を手にすると腰を下ろした。
それは『お父さんとお母さんとボク』という絵本。孫に会い行った楓から、巧が気に入っている絵本なのよと言って渡されだが、開くとそこには父親と母親の姿が描かれていて、その間に彼らと手を繋いだ男の子の姿があった。
家族は遊園地にいた。そして父親は男の子に何に乗りたいのかと訊いているが、男の子は考えた後、全部に乗りたいと答えた。すると父親は分かったと言って男の子の目を見て笑った。
それから父親と男の子は、母親が「怖いから無理!」といったジェットコースターに乗った。
だが母親はメリーゴーラウンドなら大丈夫と言った。だから男の子は母親と木馬に乗ってカメラを構えている父親に手を振った。
男の子の顏は笑顔。父親と母親の顏も笑顔。三人は遊園地の中で持参した弁当を食べ、アイスクリームを食べポップコーンを食べると再び様々なアトラクションを楽しんだ。
祐は息子と遊園地へ行くどころか、そういった時間を持ったことがない。
だから彼らの笑顔がどこから来るのか分からなかった。
そして祐が息子と遊園地へ行ったとしても、かつて子供が苦手な父親が頑張ってあやしていると思われていたように、無理をしているようにしか見えないはずだ。
それに小学生の息子との会話は、祐が「元気にしているのか」「学校には行っているのか」と訊けば、息子から返されたのは「うん」でありそれだけで終わっていた。
だが親なのだからもっと会話をするべきだった。しかし祐は滅多に会わない我が子に何を言えばいいのかが分からなかった。
やがて、ふたりの間に沈黙が流れると、姉の椿と一緒に息子の世話をしていたタマが話しを引き取って始めた。
「坊ちゃんは元気にしていらっしゃいます。学校も真面目に行っていらっしゃいます。背の高さは4年生の中で一番高いんですよ」
決して自らのことを自分の口から話そうとはしなかった息子。
だが息子は父親と会って何かを感じ、何かを思っていたはずだ。
だが親の祐が滅多に会わない我が子に何を言えばいいのか分からなかったのと同じで、息子にすれば、同じように年に数回しか会わない親に向かって何を話せばいいのか分からなかったのだろう。
だから、この絵本の中の子供とは違い、あの時の息子の顏に笑顔が浮かぶことも無ければ、口から笑い声が漏れることも無かった。

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クールでジェントルでミステリアス。
エレガントでソフィスティケートされているが力強い存在。
そう言い表されるのは道明寺財閥の総帥である道明寺祐(たすく)。
彼は生粋のニューヨーカーに見えるが実は典型的な日本男児で昭和の男だ。
そしてふたりの子供の父親だが、子供たちが幼かった頃デレデレと愛情を示したことがない。だからそんな男が子供たちと一緒にいる時の姿は、子供が苦手な父親が頑張ってあやしている。周りからはそう思われていた。
だがそんな祐が孫に誕生日プレゼントを買った。
そしてそれをリビングのテーブルの上に置き眺めていたが、問題はそれをどうやって渡すかだ。何しろ彼はニューヨークに住んでいて孫は東京。だが何を悩む必要があるのか。渡したければプレゼントを抱えてジェットに乗り会いに行けばいいだけの話だ。
「あなた。そのプレゼントですけど、ご自分でお持ちになればいいじゃないですか?」
お茶を飲みながら妻の楓にそう言われた男は、まさにそうしようとしていたところだと言いたかった。
だが何故か口をついたのは、「忙しい。送ることにする」
「あなた…..忙しいと言っても週末の予定はキャンセルしたと秘書から訊きました。
わたくしは今年あの子の誕生会に行くことが出来ませんからプレゼントはつくしさんに預けてきました。だけどあなたは東京に行くために予定をキャンセルされたのではないのですか?」
実はそうだ。今週末の予定は妻が知るよりもずっと早くキャンセルしていた。
そして妻の言う誕生会とは息子の時のように盛大なパーティーではなく家族だけで祝う小さな催し。そして息子の妻であり孫の母親からは、時間が許せばぜひ来て下さいと言われていた。
「それに巧も大きくなりました。もう5歳です。七五三用の紋付き袴を用意しなければ。
それにしても子供の成長は本当に早いわ。ほらこの写真を見て下さい。司の小さい頃によく似てるでしょう?」
そう言った妻の楓は何かと理由をつけて東京に足を運び孫に会い、その成長をつぶさに見て来た。
そして妻が見せてくれた写真の男の子は、少し前まで、ふっくらとした頬をした幼子だったが今は息子の幼い頃に似ていた。
「それに巧は、おじいちゃんは元気って訊くんですよ?あの子も祖母のわたくしばかりが会いに来て祖父のあなたが会いにこないことを不思議思っています。だからプレゼントを持って東京に行かれてはいかがですか?」
孫が生まれたとき東京にいたのは妻の楓。
祐はビジネスでどうしてもニューヨークを離れることが出来なかった。
そして祐が孫に会うのは年に二度ほど。
そんな祐は5歳になる孫に会いたいが息子との間に距離を感じていた。
だからプレゼントは送ると言い「仕事をする。執務室に行く」と言って立ち上った。

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エレガントでソフィスティケートされているが力強い存在。
そう言い表されるのは道明寺財閥の総帥である道明寺祐(たすく)。
彼は生粋のニューヨーカーに見えるが実は典型的な日本男児で昭和の男だ。
そしてふたりの子供の父親だが、子供たちが幼かった頃デレデレと愛情を示したことがない。だからそんな男が子供たちと一緒にいる時の姿は、子供が苦手な父親が頑張ってあやしている。周りからはそう思われていた。
だがそんな祐が孫に誕生日プレゼントを買った。
そしてそれをリビングのテーブルの上に置き眺めていたが、問題はそれをどうやって渡すかだ。何しろ彼はニューヨークに住んでいて孫は東京。だが何を悩む必要があるのか。渡したければプレゼントを抱えてジェットに乗り会いに行けばいいだけの話だ。
「あなた。そのプレゼントですけど、ご自分でお持ちになればいいじゃないですか?」
お茶を飲みながら妻の楓にそう言われた男は、まさにそうしようとしていたところだと言いたかった。
だが何故か口をついたのは、「忙しい。送ることにする」
「あなた…..忙しいと言っても週末の予定はキャンセルしたと秘書から訊きました。
わたくしは今年あの子の誕生会に行くことが出来ませんからプレゼントはつくしさんに預けてきました。だけどあなたは東京に行くために予定をキャンセルされたのではないのですか?」
実はそうだ。今週末の予定は妻が知るよりもずっと早くキャンセルしていた。
そして妻の言う誕生会とは息子の時のように盛大なパーティーではなく家族だけで祝う小さな催し。そして息子の妻であり孫の母親からは、時間が許せばぜひ来て下さいと言われていた。
「それに巧も大きくなりました。もう5歳です。七五三用の紋付き袴を用意しなければ。
それにしても子供の成長は本当に早いわ。ほらこの写真を見て下さい。司の小さい頃によく似てるでしょう?」
そう言った妻の楓は何かと理由をつけて東京に足を運び孫に会い、その成長をつぶさに見て来た。
そして妻が見せてくれた写真の男の子は、少し前まで、ふっくらとした頬をした幼子だったが今は息子の幼い頃に似ていた。
「それに巧は、おじいちゃんは元気って訊くんですよ?あの子も祖母のわたくしばかりが会いに来て祖父のあなたが会いにこないことを不思議思っています。だからプレゼントを持って東京に行かれてはいかがですか?」
孫が生まれたとき東京にいたのは妻の楓。
祐はビジネスでどうしてもニューヨークを離れることが出来なかった。
そして祐が孫に会うのは年に二度ほど。
そんな祐は5歳になる孫に会いたいが息子との間に距離を感じていた。
だからプレゼントは送ると言い「仕事をする。執務室に行く」と言って立ち上った。

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司は船が港に着くとデコレーションケーキを運ぶように大切に女を船から降ろした。
だが彼が抱えた女は壊れやすいケーキではない。自分が何を求めているかを知っている自立した女だ。それに箱を開けなくても女がどんなに甘いかを知っている。
だがそれは彼女のことを思い出してからではない。自分のことを思い出さない男の元を訪れ身体を重ねていた頃からその甘さの虜になっていた。それは潜在意識の中にあった過去に一度だけ彼女と愛し合った記憶が、彼女を自分に添う女だと認め激しく欲していたからだ。だから、愛人にならないかと言ったのは彼女を離したくない思いがそう言わせたのだと今なら分かる。
『新婚旅行はどこにする?』
そう訊いた男に恋人はハワイがいいと答えた。
だから3ヶ月後ふたりは真っ青な海と空のこの場所に来た。しかし船の乗客はふたり以外に誰もいない。だがそれもそのはずだ。何しろここは男のものなのだから。
急いで準備をした結婚式は友人達のおかげで滞りなく行われたが、タキシードとウエディングドレスの男女は祭壇で誓いの言葉とキスを交わしてから披露宴が終るまでの間、とにかく見つめ合う時間が長かった。
特に花婿が花嫁に向ける眼差から感じられるのは、溢れんばかりの愛。
この女は俺のもの。そう目が告げていた。
そんなふたりは、披露宴を心から楽しんだ。
「司。強情な牧野をよくぞ口説き落とした」と、あきらがグラスを手に祝杯をあげれば、言われた男は涼しい顏で、「真実の愛は誰にも邪魔されることはない」と答えたが、「俺に言わせたらその愛を思い出すのに12年もかかった男は間抜けだと思うけど」と言った男は昔から司に対して辛辣なことを言う類だ。
「ま、雨降って地固まるじゃねえけど、司が生きている間に牧野のことを思い出したことを褒めてやろうぜ」と言った総二郎は、類の言葉に眉間に皺を寄せている司の肩を叩いた。
だが司には冷ややかな類が「よかったね。牧野。おめでとう。でも婚姻届けはまだ出してないよね?もし気が変わったなら止めてもいいんだよ?」と花嫁に笑いかければ、「おい、類。司を刺激するな」とあきらは言ったが、司と類は花嫁を間に挟んで見合ったまま、双方とも目をそらさない。
だから総二郎が「お前らは相変わらずのようだが今日の主役は牧野で今日は牧野にとって人生で最高の晴れの日だ。いつまでも昔みたいな態度じゃ牧野にシャンパンをぶっかけられるぞ」と諫めた。
すると類は「分かってるよ。今日は牧野の大切な日だ。だから俺は最高にきれいな花嫁に会えた嬉しい気持ちを表せればそれで充分さ」と穏やかに言った。
だがそんな類に対し司は、「類。言っとくが、この美しさは俺のものだ。たとえ天変地異が起きても牧野は絶対にお前に渡さない」と言って睨みつけた。
「おいおい司。そんなにむきになるな。お前は類とは長い付き合いだ。いい加減類のユーモア感覚を理解しろ。類が牧野に抱いているのは友情だぞ?」あきらはそう言って笑った。
だが言われた司は気に入らないといった態度だ。
「あきら。俺にユーモアの感覚は必要ない。特に類のユーモアはな」
言われたあきらにすれば、そんな司に慣れたもので、
「司、お前は類に対して身も蓋もない言い方をするが、類のユーモアが牧野を笑わせることもあったんだぞ。特にお前が牧野のことを忘れて学園から去った直後の牧野は酷く落ち込んだ。そのとき牧野を支えたのは類だ」と諭すように言った。
司にとって唯一無二の存在だった女性を支えたのが類。
そんな類に感謝こそすれ嫉妬する気持ちなど持つべきではないと頭では理解している。
それに類は司にとっては幼馴染みで親友だ。だが類はよき友であると同時にライバルでもある。だからつい敵対的な態度を取ってしまう。
「いいか?司。誤解がないように言っておくが牧野も類に対して友情以外の感情などなかった。それはお前のことが好きだったからだ。自分のことをすっかり忘れてアメリカに旅立ったお前のことがな」
「もういいよ、あきら。司は度量が狭いんだからさ」
「なんだと?」
「もうやめてよ、ふたりとも」
花嫁にそう言われた男たちは花婿を除いて、すまないといった風に肩をすくめてみせた。
そして総二郎とあきらと類は、花婿が花嫁からげんこつでお腹を殴られても笑っている姿に、12年の歳月を経ても、このふたりはあの頃のままなのだと感じていた。
「それで?奥さん。どうやってベッドへ行きたい?」
プールに面したテラスで食事をしながらハワイの日没を堪能したふたりは、互いの身体から温もりを感じることを望んでいた。
「そうねえ….やっぱり抱かれて寝室に入るのがロマンティックかも」
「抱かれてかあ….実は船から降りるときお前を抱えて降りたが、あのとき腰を痛めたらしい」
「え?嘘!ちょっと大丈夫?」
「どうだろうな。俺もおっさんと呼ばれてもおかしくない歳だからな。そろそろ腰を労わった方がいいかもしれねえ….」
そう言われた女の顏には心配が浮かんでいたが、
「確かスーツケースの中に湿布があったはず。何しろうちはスポーツ用品会社だから運動選手との付き合いで彼らから湿布とかもらうことがあるのよ。それに海外に行く時は頭痛薬と風邪薬と湿布は持ち歩くようにしてるから_」と言い始めた。
だから司は「ククッ」と低い声で笑った。
「ちょっと!何がそんなにおかしいのよ?それに笑い事じゃないわよ?肩とか腰とか痛いと思ったらすぐ湿布よ。手当は大事なんだからね?待ってね。すぐに_」
と言って部屋の中に入ろうとした。
だから司は妻の名前を呼んだ。
「つくし」
「うん?なに」と言って振り向いた妻の顏にはやはり心配が浮かんでいた。
「冗談だ」
「え?」妻は目をぱちくりさせた。
「だから嘘だ。冗談だ。俺の腰は問題ない。痛めちゃいねえよ。だから心配するな。夫の役目はちゃんと果たすから。それにしてもお前の顏。マジで心配したって顏してた」
司は陽気な笑い声を上げたが、湿布を取りに行こうと部屋の中に入ろうとしていた女は、つかつかと戻って来ると司の前に立った。
そして司が着ているシャツを掴むと、自分よりもずっと背が高い夫を見上げた。
だから司は「悪かったな。心配させて」と言って両手で妻の頬に触れようとした。
だが次の瞬間、身体が後ろに倒れるのを感じた。
そして司は派手な水音を立てプールに落ちた。
「まいったな…..」
水から顏を出した司は気にさわった風もなく笑った。
そしてそんな夫を見て笑っている妻に「来いよ」と言って手を差し出し、「このプールはひとりで入るのには広すぎるだろ?それに俺とお前は水につかるなら一緒だろ?」と言った。
妻は一瞬躊躇ったものの、夫の言葉の意味を理解すると、勢いよくプールに飛び込んだ。
だが足が底に着かないことに気付くと慌てて両手で司の身体に掴まった。
「そうね。あの島で底なし池に落ちたとき、私はあんたと離れないと誓ったんだもの。水の中で抱き合ったとき、あんたを失いたくないと感じた。もう離れるのは嫌だと感じたわ」
賢い眼差しを司に向ける女は12年前に思いを馳せていた。
「ああ。あの島で俺たちは自分達の一生を決めた。ただ12年もお前を忘れた俺は類が言ったように間抜けな男だが、この先お前をひとりにすることはないと誓える」
そう言った司は月明りに照らされ光り輝く妻に「死ぬまでずっと一緒だ。いや。死んだ後もお前を放しはしない」と言って唇を重ねた。
< 完 > * Love Affair *

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だがそれは彼女のことを思い出してからではない。自分のことを思い出さない男の元を訪れ身体を重ねていた頃からその甘さの虜になっていた。それは潜在意識の中にあった過去に一度だけ彼女と愛し合った記憶が、彼女を自分に添う女だと認め激しく欲していたからだ。だから、愛人にならないかと言ったのは彼女を離したくない思いがそう言わせたのだと今なら分かる。
『新婚旅行はどこにする?』
そう訊いた男に恋人はハワイがいいと答えた。
だから3ヶ月後ふたりは真っ青な海と空のこの場所に来た。しかし船の乗客はふたり以外に誰もいない。だがそれもそのはずだ。何しろここは男のものなのだから。
急いで準備をした結婚式は友人達のおかげで滞りなく行われたが、タキシードとウエディングドレスの男女は祭壇で誓いの言葉とキスを交わしてから披露宴が終るまでの間、とにかく見つめ合う時間が長かった。
特に花婿が花嫁に向ける眼差から感じられるのは、溢れんばかりの愛。
この女は俺のもの。そう目が告げていた。
そんなふたりは、披露宴を心から楽しんだ。
「司。強情な牧野をよくぞ口説き落とした」と、あきらがグラスを手に祝杯をあげれば、言われた男は涼しい顏で、「真実の愛は誰にも邪魔されることはない」と答えたが、「俺に言わせたらその愛を思い出すのに12年もかかった男は間抜けだと思うけど」と言った男は昔から司に対して辛辣なことを言う類だ。
「ま、雨降って地固まるじゃねえけど、司が生きている間に牧野のことを思い出したことを褒めてやろうぜ」と言った総二郎は、類の言葉に眉間に皺を寄せている司の肩を叩いた。
だが司には冷ややかな類が「よかったね。牧野。おめでとう。でも婚姻届けはまだ出してないよね?もし気が変わったなら止めてもいいんだよ?」と花嫁に笑いかければ、「おい、類。司を刺激するな」とあきらは言ったが、司と類は花嫁を間に挟んで見合ったまま、双方とも目をそらさない。
だから総二郎が「お前らは相変わらずのようだが今日の主役は牧野で今日は牧野にとって人生で最高の晴れの日だ。いつまでも昔みたいな態度じゃ牧野にシャンパンをぶっかけられるぞ」と諫めた。
すると類は「分かってるよ。今日は牧野の大切な日だ。だから俺は最高にきれいな花嫁に会えた嬉しい気持ちを表せればそれで充分さ」と穏やかに言った。
だがそんな類に対し司は、「類。言っとくが、この美しさは俺のものだ。たとえ天変地異が起きても牧野は絶対にお前に渡さない」と言って睨みつけた。
「おいおい司。そんなにむきになるな。お前は類とは長い付き合いだ。いい加減類のユーモア感覚を理解しろ。類が牧野に抱いているのは友情だぞ?」あきらはそう言って笑った。
だが言われた司は気に入らないといった態度だ。
「あきら。俺にユーモアの感覚は必要ない。特に類のユーモアはな」
言われたあきらにすれば、そんな司に慣れたもので、
「司、お前は類に対して身も蓋もない言い方をするが、類のユーモアが牧野を笑わせることもあったんだぞ。特にお前が牧野のことを忘れて学園から去った直後の牧野は酷く落ち込んだ。そのとき牧野を支えたのは類だ」と諭すように言った。
司にとって唯一無二の存在だった女性を支えたのが類。
そんな類に感謝こそすれ嫉妬する気持ちなど持つべきではないと頭では理解している。
それに類は司にとっては幼馴染みで親友だ。だが類はよき友であると同時にライバルでもある。だからつい敵対的な態度を取ってしまう。
「いいか?司。誤解がないように言っておくが牧野も類に対して友情以外の感情などなかった。それはお前のことが好きだったからだ。自分のことをすっかり忘れてアメリカに旅立ったお前のことがな」
「もういいよ、あきら。司は度量が狭いんだからさ」
「なんだと?」
「もうやめてよ、ふたりとも」
花嫁にそう言われた男たちは花婿を除いて、すまないといった風に肩をすくめてみせた。
そして総二郎とあきらと類は、花婿が花嫁からげんこつでお腹を殴られても笑っている姿に、12年の歳月を経ても、このふたりはあの頃のままなのだと感じていた。
「それで?奥さん。どうやってベッドへ行きたい?」
プールに面したテラスで食事をしながらハワイの日没を堪能したふたりは、互いの身体から温もりを感じることを望んでいた。
「そうねえ….やっぱり抱かれて寝室に入るのがロマンティックかも」
「抱かれてかあ….実は船から降りるときお前を抱えて降りたが、あのとき腰を痛めたらしい」
「え?嘘!ちょっと大丈夫?」
「どうだろうな。俺もおっさんと呼ばれてもおかしくない歳だからな。そろそろ腰を労わった方がいいかもしれねえ….」
そう言われた女の顏には心配が浮かんでいたが、
「確かスーツケースの中に湿布があったはず。何しろうちはスポーツ用品会社だから運動選手との付き合いで彼らから湿布とかもらうことがあるのよ。それに海外に行く時は頭痛薬と風邪薬と湿布は持ち歩くようにしてるから_」と言い始めた。
だから司は「ククッ」と低い声で笑った。
「ちょっと!何がそんなにおかしいのよ?それに笑い事じゃないわよ?肩とか腰とか痛いと思ったらすぐ湿布よ。手当は大事なんだからね?待ってね。すぐに_」
と言って部屋の中に入ろうとした。
だから司は妻の名前を呼んだ。
「つくし」
「うん?なに」と言って振り向いた妻の顏にはやはり心配が浮かんでいた。
「冗談だ」
「え?」妻は目をぱちくりさせた。
「だから嘘だ。冗談だ。俺の腰は問題ない。痛めちゃいねえよ。だから心配するな。夫の役目はちゃんと果たすから。それにしてもお前の顏。マジで心配したって顏してた」
司は陽気な笑い声を上げたが、湿布を取りに行こうと部屋の中に入ろうとしていた女は、つかつかと戻って来ると司の前に立った。
そして司が着ているシャツを掴むと、自分よりもずっと背が高い夫を見上げた。
だから司は「悪かったな。心配させて」と言って両手で妻の頬に触れようとした。
だが次の瞬間、身体が後ろに倒れるのを感じた。
そして司は派手な水音を立てプールに落ちた。
「まいったな…..」
水から顏を出した司は気にさわった風もなく笑った。
そしてそんな夫を見て笑っている妻に「来いよ」と言って手を差し出し、「このプールはひとりで入るのには広すぎるだろ?それに俺とお前は水につかるなら一緒だろ?」と言った。
妻は一瞬躊躇ったものの、夫の言葉の意味を理解すると、勢いよくプールに飛び込んだ。
だが足が底に着かないことに気付くと慌てて両手で司の身体に掴まった。
「そうね。あの島で底なし池に落ちたとき、私はあんたと離れないと誓ったんだもの。水の中で抱き合ったとき、あんたを失いたくないと感じた。もう離れるのは嫌だと感じたわ」
賢い眼差しを司に向ける女は12年前に思いを馳せていた。
「ああ。あの島で俺たちは自分達の一生を決めた。ただ12年もお前を忘れた俺は類が言ったように間抜けな男だが、この先お前をひとりにすることはないと誓える」
そう言った司は月明りに照らされ光り輝く妻に「死ぬまでずっと一緒だ。いや。死んだ後もお前を放しはしない」と言って唇を重ねた。
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「お久しぶりね。牧野さん。と言っても久しぶりと言うには長い年月が経っているわね」
そんな挨拶をした女性の顏に笑みはなかった。
恋人に連れられニューヨークに飛んだつくしは、かつて追い返された広い邸の客間でひとりの女性と向き合っていた。それは女性が息子から告げられた結婚の意思についてふたりだけで話がしたいと言ったからだ。
「あなたは12年も司のことを思っていた。つまりあなたは息子のために女性として一番いい時を無駄に過ごしたのね」
目の前に座った女性の冷たい表情と声には慣れているつもりだった。
だが最後に会ったのは12年前。だから大人になり社会人として世間を知ったつくしは、こうして再び鉄の女と呼ばれている女性と対峙すれば、道明寺の社長である女性から自分に向けられる視線にあの頃以上の冷たさを感じていた。
けれどあの頃、酷薄さを感じた女性も確実に年を取った。12年分の年を取った。
それは手入れされていても少しくすんだ皮膚の色や、あの頃にはなかった目尻の皺が重ねた年齢を感じさせたからだ。
「あなたは司があなたのことを思い出さなければ一生独身でいるつもりだったの?それとも司を追いかけるつもりだったの?」
我が子から牧野つくしと結婚すると訊かされた女性は、ノーともダメだとも言わずそう訊いた。
「一生独身でいたかどうかは分かりませんが干支がひと回りしたところで忘れることに決めていました。その前に司さんがお見合いをして結婚をすることを訊いて彼の傍で過ごすことを決めました。私はその中で司さんが私のことを思い出すことを望んでいました。でも思い出しませんでした。それに私には到底出来ないことを求められたので離れることを決めました」
道明寺楓のことだ。
見合いをすることが決まっていた息子の傍にいた女のことは耳に入っていたはずだ。
そしてその女が牧野つくしだということも知っていたはずだ。
だが、そのことが気に入らなければどんな手を使っても早々に排除していたはずだ。だがそれはなかった。
「それでベトナム行きを決めたということかしら?」
「はい。ベトナムで彼のことを忘れて仕事に人生を捧げようと思いました」
「仕事に人生を捧げる?随分と大袈裟ね?それで司のことは忘れることが出来たのかしら?あの子があなたのことを思い出してベトナムへ行ったとき、あなたはあの子を相手にしなかったそうだけど?」
その言葉に、やはり道明寺楓はふたりのことを知っていたのだと思った。
「はい。一度ケジメをつけた気持ちでしたから今更という思いがありました。だから好きな気持ちを隠して素っ気無い態度を取りました。でも分かっていたんです。多分私は一生彼を愛し続けるだろうと。たとえ彼が結婚しても私は彼の姿を一生見つめ続けることになるだろうって….」
道明寺楓はつくしの言葉に暫く時間を置いて「そう。それならあの子が結婚しても愛人になればあの子の傍にいることが出来るわよ」と言った。
ふたりの結婚に対してノーともダメだとも言わない女性は、やはり息子の結婚相手としてつくしは相応しくないと言っているのか。そして愛人の立場でなら傍にいてもいいと言うのか。
だがつくしは自分の倫理観に反してまで好きな男性の傍にいることは出来ない。
だから愛人にはなれない。
「私は愛人にはなれません。結婚した彼の….奥様を悲しませることは出来ません。それに私は愛する人のことは一人占めしたいからです。誰かと彼を分かち合うことは出来ません」
つくしは恋人にも言ったことと同じことを言った。
「そうかしら?私はあなたが愛人向きだと思えるわ」
その言葉の意味は、やはりつくしを息子の伴侶として認めないということなのか。
それに結婚を約束した相手の母親から愛人向きだと言われるということは、あの頃と同じでお金目当てだと思っているのか。
「何故わたくしがあなたを愛人向きだと思うのか。理由を訊きたい?」
「はい」
「それはあなたが真面目だからよ」
そう言われたが、真面目だから愛人向きの意味が分からない。
だが道明寺楓の冷たい表情と声が少しだけ変わったのは、目だけが薄く笑ったからだ。
そしてそれはつくしが初めて見た顏だ。
「世の中の愛人の殆どがお金目当て。だから彼女たちはお金が無くなれば男性から離れていくわ。それは女性も男性から遊ばれることを分かってそういった関係でいたから。だけど相手と金銭的なことで繋がっていない愛人は逆に自分が相手を養うことをするわ。妻という立場にいなくても何があっても相手の傍にいる。つまり本当の愛人になる一番の条件は真面目なこと。特に妻子のある大企業の経営者の愛人になるためには真面目さが必要ね。現にわたくしが知っている愛人と呼ばれる女性たちは真面目よ。奥様もそんな女性たちの存在を認めているわ。
牧野さん。あなたは真面目でひたむきだわ。それに自堕落なところがない。だから愛人向きなのよ」
真面目だと褒められるのは嬉しいが、まさか結婚したい男の母親に愛人になることを勧められるとは思わなかった。
「わたくしが言いたいのは人間の本性は困難な時にこそ出るということ。
たとえ愛人と呼ばれる立場でも愛する人が窮地に陥れば自分が持っているものを手放すことを厭わない女性もいるわ。それは愛している人を支えたいから。男性にお金がなくてもその人の傍にいて支えたいという思いがそうさせるのでしょうけど、それが男性への愛の証。
牧野さん。あなたはこの12年間、苦しい思いをしたのでしょう?何しろ司の女性関係は控えめとは言えなかったのだから。それでもあなたはあの子のことを思っていた。そしてあの子があなたのことを思い出せばきっとあなたの元へ駆けつける。それだけは分かっていたわ。だから一生に一度。わたくしが親としてあの子にしてやることが出来るのは、あなたとの結婚を認めることのようね?」
そこで道明寺楓の唇は無言になったが、その唇は息子と似ていた。
そして最後に溜めていた言葉を口にしたように思えた。
「それにしてもあのプライドが高い息子があなたのことになると周りが見えなくなるのは昔も今も変わらないわね。ホテルでのこと。支配人から訊いたわ。あなたを追いかけ回したそうね?それからあの子。あなたとの結婚を認めないなら会社を辞めてあなたの愛人になるそうよ?あなたはそんな司とでも一緒にいたいのかしら?」
道明寺楓はそう言ったが、今度は目だけではなく口元にも薄い笑みが浮かんでいた。
「はい。一緒にいたいです。それに彼ひとりくらい養えます。それから私は雑草と呼ばれた女です。だからどんな環境でも逞しく生きていく自信があります」
「それで?」
「それでって何が?」
「だから俺との結婚についてなんて言ってた?」
部屋を出たつくしを廊下で待っていた恋人は急かすように訊いた。
だからわざと勿体ぶって見せた。
「そうねえ……」
「そうねえって焦らすな。早く言え」
「あんたは私と結婚出来ないなら会社を辞めて私の愛人になるって言ってるけど、それでもいいかって訊かれた。だからはい。って答えたわ。そうしたら頷いてくれたわ」
「そうか!これで俺たちも夫婦になれるな」
「そうね。並の夫婦じゃないかもしれないけど、それはまた別の話よね?」
「つくし。俺たちは並の夫婦じゃない。何しろ俺たちが結婚するまでかかった時間は並じゃないからだ。ただ本当ならもっと前に俺たちは結ばれていたはずだ。だから12年もかかったのは俺が悪いとしか言えねえ。だが俺はお前を12年も待たせた分だけ最高の夫になる自信がある」
臆面もなく自分は最高の夫になると言った男は「それで?新婚旅行はどこにする?」と言うと最愛の人を抱き上げた。

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そんな挨拶をした女性の顏に笑みはなかった。
恋人に連れられニューヨークに飛んだつくしは、かつて追い返された広い邸の客間でひとりの女性と向き合っていた。それは女性が息子から告げられた結婚の意思についてふたりだけで話がしたいと言ったからだ。
「あなたは12年も司のことを思っていた。つまりあなたは息子のために女性として一番いい時を無駄に過ごしたのね」
目の前に座った女性の冷たい表情と声には慣れているつもりだった。
だが最後に会ったのは12年前。だから大人になり社会人として世間を知ったつくしは、こうして再び鉄の女と呼ばれている女性と対峙すれば、道明寺の社長である女性から自分に向けられる視線にあの頃以上の冷たさを感じていた。
けれどあの頃、酷薄さを感じた女性も確実に年を取った。12年分の年を取った。
それは手入れされていても少しくすんだ皮膚の色や、あの頃にはなかった目尻の皺が重ねた年齢を感じさせたからだ。
「あなたは司があなたのことを思い出さなければ一生独身でいるつもりだったの?それとも司を追いかけるつもりだったの?」
我が子から牧野つくしと結婚すると訊かされた女性は、ノーともダメだとも言わずそう訊いた。
「一生独身でいたかどうかは分かりませんが干支がひと回りしたところで忘れることに決めていました。その前に司さんがお見合いをして結婚をすることを訊いて彼の傍で過ごすことを決めました。私はその中で司さんが私のことを思い出すことを望んでいました。でも思い出しませんでした。それに私には到底出来ないことを求められたので離れることを決めました」
道明寺楓のことだ。
見合いをすることが決まっていた息子の傍にいた女のことは耳に入っていたはずだ。
そしてその女が牧野つくしだということも知っていたはずだ。
だが、そのことが気に入らなければどんな手を使っても早々に排除していたはずだ。だがそれはなかった。
「それでベトナム行きを決めたということかしら?」
「はい。ベトナムで彼のことを忘れて仕事に人生を捧げようと思いました」
「仕事に人生を捧げる?随分と大袈裟ね?それで司のことは忘れることが出来たのかしら?あの子があなたのことを思い出してベトナムへ行ったとき、あなたはあの子を相手にしなかったそうだけど?」
その言葉に、やはり道明寺楓はふたりのことを知っていたのだと思った。
「はい。一度ケジメをつけた気持ちでしたから今更という思いがありました。だから好きな気持ちを隠して素っ気無い態度を取りました。でも分かっていたんです。多分私は一生彼を愛し続けるだろうと。たとえ彼が結婚しても私は彼の姿を一生見つめ続けることになるだろうって….」
道明寺楓はつくしの言葉に暫く時間を置いて「そう。それならあの子が結婚しても愛人になればあの子の傍にいることが出来るわよ」と言った。
ふたりの結婚に対してノーともダメだとも言わない女性は、やはり息子の結婚相手としてつくしは相応しくないと言っているのか。そして愛人の立場でなら傍にいてもいいと言うのか。
だがつくしは自分の倫理観に反してまで好きな男性の傍にいることは出来ない。
だから愛人にはなれない。
「私は愛人にはなれません。結婚した彼の….奥様を悲しませることは出来ません。それに私は愛する人のことは一人占めしたいからです。誰かと彼を分かち合うことは出来ません」
つくしは恋人にも言ったことと同じことを言った。
「そうかしら?私はあなたが愛人向きだと思えるわ」
その言葉の意味は、やはりつくしを息子の伴侶として認めないということなのか。
それに結婚を約束した相手の母親から愛人向きだと言われるということは、あの頃と同じでお金目当てだと思っているのか。
「何故わたくしがあなたを愛人向きだと思うのか。理由を訊きたい?」
「はい」
「それはあなたが真面目だからよ」
そう言われたが、真面目だから愛人向きの意味が分からない。
だが道明寺楓の冷たい表情と声が少しだけ変わったのは、目だけが薄く笑ったからだ。
そしてそれはつくしが初めて見た顏だ。
「世の中の愛人の殆どがお金目当て。だから彼女たちはお金が無くなれば男性から離れていくわ。それは女性も男性から遊ばれることを分かってそういった関係でいたから。だけど相手と金銭的なことで繋がっていない愛人は逆に自分が相手を養うことをするわ。妻という立場にいなくても何があっても相手の傍にいる。つまり本当の愛人になる一番の条件は真面目なこと。特に妻子のある大企業の経営者の愛人になるためには真面目さが必要ね。現にわたくしが知っている愛人と呼ばれる女性たちは真面目よ。奥様もそんな女性たちの存在を認めているわ。
牧野さん。あなたは真面目でひたむきだわ。それに自堕落なところがない。だから愛人向きなのよ」
真面目だと褒められるのは嬉しいが、まさか結婚したい男の母親に愛人になることを勧められるとは思わなかった。
「わたくしが言いたいのは人間の本性は困難な時にこそ出るということ。
たとえ愛人と呼ばれる立場でも愛する人が窮地に陥れば自分が持っているものを手放すことを厭わない女性もいるわ。それは愛している人を支えたいから。男性にお金がなくてもその人の傍にいて支えたいという思いがそうさせるのでしょうけど、それが男性への愛の証。
牧野さん。あなたはこの12年間、苦しい思いをしたのでしょう?何しろ司の女性関係は控えめとは言えなかったのだから。それでもあなたはあの子のことを思っていた。そしてあの子があなたのことを思い出せばきっとあなたの元へ駆けつける。それだけは分かっていたわ。だから一生に一度。わたくしが親としてあの子にしてやることが出来るのは、あなたとの結婚を認めることのようね?」
そこで道明寺楓の唇は無言になったが、その唇は息子と似ていた。
そして最後に溜めていた言葉を口にしたように思えた。
「それにしてもあのプライドが高い息子があなたのことになると周りが見えなくなるのは昔も今も変わらないわね。ホテルでのこと。支配人から訊いたわ。あなたを追いかけ回したそうね?それからあの子。あなたとの結婚を認めないなら会社を辞めてあなたの愛人になるそうよ?あなたはそんな司とでも一緒にいたいのかしら?」
道明寺楓はそう言ったが、今度は目だけではなく口元にも薄い笑みが浮かんでいた。
「はい。一緒にいたいです。それに彼ひとりくらい養えます。それから私は雑草と呼ばれた女です。だからどんな環境でも逞しく生きていく自信があります」
「それで?」
「それでって何が?」
「だから俺との結婚についてなんて言ってた?」
部屋を出たつくしを廊下で待っていた恋人は急かすように訊いた。
だからわざと勿体ぶって見せた。
「そうねえ……」
「そうねえって焦らすな。早く言え」
「あんたは私と結婚出来ないなら会社を辞めて私の愛人になるって言ってるけど、それでもいいかって訊かれた。だからはい。って答えたわ。そうしたら頷いてくれたわ」
「そうか!これで俺たちも夫婦になれるな」
「そうね。並の夫婦じゃないかもしれないけど、それはまた別の話よね?」
「つくし。俺たちは並の夫婦じゃない。何しろ俺たちが結婚するまでかかった時間は並じゃないからだ。ただ本当ならもっと前に俺たちは結ばれていたはずだ。だから12年もかかったのは俺が悪いとしか言えねえ。だが俺はお前を12年も待たせた分だけ最高の夫になる自信がある」
臆面もなく自分は最高の夫になると言った男は「それで?新婚旅行はどこにする?」と言うと最愛の人を抱き上げた。

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『もう一度俺と恋愛をしてくれ』
あれから12年の歳月が流れ30代を迎えようとしている女は嵐のようだったふたりの恋愛をもう一度繰り返すつもりはない。だから「いやよ。あんたとの恋愛なんてもう二度といや」と言った。
その瞬間、司の胸に痛みが走った。その痛みは雨が降る夜に別れを告げられた時に感じた痛みと同じ。去って行く女を見つめながら、ひとり雨の中に佇んでいた司は打ちひしがれていたが、まさにあの時と同じ痛みがフラッシュバックした。
司の思いは伝わらなかった。
牧野つくしの心の入口は固く閉ざされたまま開かれることはなかった。
だが、わずかな沈黙の後、決意するように言ったのは、「でも結婚ならしてもいい」
司はとっさに意味が分からなかった。
自分の瞳を捉えた女の意図をはかりかねた。
だがひとつだけ言えるのは、女は昔と違って言いたいことははっきりと口にするということ。だから自分が何か言うよりも彼女に言いたいことがあるなら言ってもらおう。ここでやっとこれまで口にされることがなかった思いが語られるのではないかという思いから司は黙って彼女を見つめていた。
するとついさっきまでとは打って変わり落ち着いた口調で言った。
「あんたは私と恋愛したいって言ったわよね?でも私は昔と同じで甘えるのが苦手な女よ。
これまで仕事一辺倒で営業にいた時は男性からは可愛げがないって言われた。でも意地があった。それが何に対しての意地かって言われたら生きることへの意地。でもそれは死にたいとかいうことじゃない。ただ自分を忘れた男のことを忘れきれなかった女が何かを目標にしなければ倒れてしまうと気付いたとき、仕事に力を入れた。仕事を一生懸命していればいつか自分を忘れた男のことも忘れると思った。でもどうしてかな。簡単には忘れられなくて。それにいつかその人は自分の世界に返って来るって思ってた。
でも見合いをして結婚することになったって訊いたとき、最後の最後に自分の力で忘れられた女の記憶を呼び覚まそうとした。でもいくら身体を重ねてもダメだった」
司は話を訊きながら牧野つくしがどれほど自分のことを思っていてくれたのかを改めて知った。
「私って自分ではサバサバしてる性格だと思ってた。だけどそうじゃなかった。
あんたのことをしつこい男だって言ったけど、私も同じよね?だって12年もあんたのことが忘れられなかったんだもの。そんな私と恋愛したいって言うなら、その先にあるのは結婚になるわよ?それでもいいなら__」
司は牧野つくしが全てを言い終わらないうちに抱きしめていた。
それは消化しようとしていた司への思いが消えることなく留まってくれたことが嬉しかったから。そして彼女の口から語られたのは、誰にも言えなかった心の奥底にあった思いだ。
「お前のその提案。喜んで受け入れる。記憶が戻った時にも言ったはずだが俺はお前と結婚したい。俺の思いは12年前と変わってない。それにお前が甘えるのが苦手でもいい。俺が好きになった牧野つくしは男にベタベタするのが苦手な女だった。だがそんな女も可愛げがあった。それは俺だけが感じることが出来る可愛さで他人が知る必要なない。だがお前のどこが魅力的だと言われたら生意気なところだと言おう。俺がそう思える女は世界でただひとりお前だけだが、生意気で俺を困らせるところが愛おしいと思えるんだから俺は心底お前に惚れているってことだ」
司は抱きしめた女を更にきつく抱いた。
ふたりが付き合い始めた頃、対等な付き合いがしたいと言った女がいた。そして今のふたりは対等かと言えば、彼女を忘れた司の方が分が悪い。そんな男は大きなことは言えない立場だったが、牧野つくしを愛する熱量はあの頃と同じ。いや離れていた分だけ重量が増している。
そして司は彼女のためにしなければならないことがある。
「牧野。俺は定められたレールを踏み外すことが出来ない。けどそのレールを自分仕様に変えることは出来る。それに俺たちはもう子供じゃない。大人の男と女だ。母親とのことはケジメをつける。そして結婚を認めさせる。だから俺と結婚してくれ」
司はそこまで言うと、腕の中にいる女の顏が見たくて腕を緩めた。すると女は司を見上げたが、そこには少し前にはなかった穏やかな空気が感じられた。そして大きな目からは今しも涙がこぼれ落ちそうで、瞳はいつもよりも大きくなっている。
「ねえ、訊いて」
「何だ?」
「あんたが遠い世界から戻って来たら言おうと思ってたことがあるの」
遠い世界とはよく言ったものだ。
まさに司は別世界にいた。
そんな男が何か言われるとすれば、「どうして忘れたのよ。なんでもっと早く思い出さないのよ」と責められるだろうということ。
だが彼女の口から出たのは、それとは真逆の言葉。
「私の思い出が消えてしまわないうちに戻ってきてくれてありがとう」
それはもしかすると一生思い出さないかもしれないと覚悟していたという意味。
司はその言葉を訊いて、自分の腕の中にある温もりを何があっても二度と離すまいと決めた。

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あれから12年の歳月が流れ30代を迎えようとしている女は嵐のようだったふたりの恋愛をもう一度繰り返すつもりはない。だから「いやよ。あんたとの恋愛なんてもう二度といや」と言った。
その瞬間、司の胸に痛みが走った。その痛みは雨が降る夜に別れを告げられた時に感じた痛みと同じ。去って行く女を見つめながら、ひとり雨の中に佇んでいた司は打ちひしがれていたが、まさにあの時と同じ痛みがフラッシュバックした。
司の思いは伝わらなかった。
牧野つくしの心の入口は固く閉ざされたまま開かれることはなかった。
だが、わずかな沈黙の後、決意するように言ったのは、「でも結婚ならしてもいい」
司はとっさに意味が分からなかった。
自分の瞳を捉えた女の意図をはかりかねた。
だがひとつだけ言えるのは、女は昔と違って言いたいことははっきりと口にするということ。だから自分が何か言うよりも彼女に言いたいことがあるなら言ってもらおう。ここでやっとこれまで口にされることがなかった思いが語られるのではないかという思いから司は黙って彼女を見つめていた。
するとついさっきまでとは打って変わり落ち着いた口調で言った。
「あんたは私と恋愛したいって言ったわよね?でも私は昔と同じで甘えるのが苦手な女よ。
これまで仕事一辺倒で営業にいた時は男性からは可愛げがないって言われた。でも意地があった。それが何に対しての意地かって言われたら生きることへの意地。でもそれは死にたいとかいうことじゃない。ただ自分を忘れた男のことを忘れきれなかった女が何かを目標にしなければ倒れてしまうと気付いたとき、仕事に力を入れた。仕事を一生懸命していればいつか自分を忘れた男のことも忘れると思った。でもどうしてかな。簡単には忘れられなくて。それにいつかその人は自分の世界に返って来るって思ってた。
でも見合いをして結婚することになったって訊いたとき、最後の最後に自分の力で忘れられた女の記憶を呼び覚まそうとした。でもいくら身体を重ねてもダメだった」
司は話を訊きながら牧野つくしがどれほど自分のことを思っていてくれたのかを改めて知った。
「私って自分ではサバサバしてる性格だと思ってた。だけどそうじゃなかった。
あんたのことをしつこい男だって言ったけど、私も同じよね?だって12年もあんたのことが忘れられなかったんだもの。そんな私と恋愛したいって言うなら、その先にあるのは結婚になるわよ?それでもいいなら__」
司は牧野つくしが全てを言い終わらないうちに抱きしめていた。
それは消化しようとしていた司への思いが消えることなく留まってくれたことが嬉しかったから。そして彼女の口から語られたのは、誰にも言えなかった心の奥底にあった思いだ。
「お前のその提案。喜んで受け入れる。記憶が戻った時にも言ったはずだが俺はお前と結婚したい。俺の思いは12年前と変わってない。それにお前が甘えるのが苦手でもいい。俺が好きになった牧野つくしは男にベタベタするのが苦手な女だった。だがそんな女も可愛げがあった。それは俺だけが感じることが出来る可愛さで他人が知る必要なない。だがお前のどこが魅力的だと言われたら生意気なところだと言おう。俺がそう思える女は世界でただひとりお前だけだが、生意気で俺を困らせるところが愛おしいと思えるんだから俺は心底お前に惚れているってことだ」
司は抱きしめた女を更にきつく抱いた。
ふたりが付き合い始めた頃、対等な付き合いがしたいと言った女がいた。そして今のふたりは対等かと言えば、彼女を忘れた司の方が分が悪い。そんな男は大きなことは言えない立場だったが、牧野つくしを愛する熱量はあの頃と同じ。いや離れていた分だけ重量が増している。
そして司は彼女のためにしなければならないことがある。
「牧野。俺は定められたレールを踏み外すことが出来ない。けどそのレールを自分仕様に変えることは出来る。それに俺たちはもう子供じゃない。大人の男と女だ。母親とのことはケジメをつける。そして結婚を認めさせる。だから俺と結婚してくれ」
司はそこまで言うと、腕の中にいる女の顏が見たくて腕を緩めた。すると女は司を見上げたが、そこには少し前にはなかった穏やかな空気が感じられた。そして大きな目からは今しも涙がこぼれ落ちそうで、瞳はいつもよりも大きくなっている。
「ねえ、訊いて」
「何だ?」
「あんたが遠い世界から戻って来たら言おうと思ってたことがあるの」
遠い世界とはよく言ったものだ。
まさに司は別世界にいた。
そんな男が何か言われるとすれば、「どうして忘れたのよ。なんでもっと早く思い出さないのよ」と責められるだろうということ。
だが彼女の口から出たのは、それとは真逆の言葉。
「私の思い出が消えてしまわないうちに戻ってきてくれてありがとう」
それはもしかすると一生思い出さないかもしれないと覚悟していたという意味。
司はその言葉を訊いて、自分の腕の中にある温もりを何があっても二度と離すまいと決めた。

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