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2020
11.27

Love Affair 25

新作シューズの発表会は、会社が道明寺グループの企業になったことでメープルの部屋を貸切られて行われた。
だから、つくしが走っているのは本来なら静かなホテルの館内。
だが今は男と女の声がうるさいほど響いていた。

「牧野!待て!」

「嫌よ!待たない!」

設備管理部の男性従業員は館内設備の点検のため廊下にいたが、突然後ろから聞こえて来た大きな声と足音に何事かと振り返った。
するとそこには自分の方に向かって必死な表情で駆けて来る女性の姿があった。
だから従業員は何事かという思いで「お客様。どうかなさいましたか?」と声をかけようとした。だが女性は「どいて!」と言うとあっという間に自分の隣を通り過ぎた。そして角の向うからもうひとりが駆けて来たが、その人物も「どけ!」と言ってあっという間に自分の横を通り過ぎた。

メープルは高級ホテルで宿泊客は一般的なホテルとは違い裕福な人間ばかり。
だから男性従業員はこれまで廊下を走り回るような客を見たことがなかった。
だからこそ館内を走る男女の姿に何かあったのではないかと思った。
それにふたりの関係が分からなくても女性が男性から逃げていることは一目瞭然だ。
だからこれはただごとではないと感じ携帯電話を取り出すと保安部に連絡をした。

「もしもし?施設管理部の森です。7階の廊下を走る男女がいます。
どうやら女性は男性から逃げているようで、何かトラブルでもあったように感じられます」

しかし聞こえてきたのは、「了解しました。ですがそちらの男性は問題ありません。男性は道明寺副社長です」
ここは道明寺グループのホテルだ。だから保安部の人間は副社長が自分の持ち物であるホテルの館内を走り回っても問題ないと言っていた。だから森も「そうか。副社長はお忙しい方だ。女性の後を追いかけてまでされる仕事があるということか」と納得していた。






***





いくら広いホテルとは言え、いずれ逃げても捕まることは目に見えていた。
つくしは非常階段の扉を開け、下へ駆け降りていたが2階分降りた踊り場で腕を掴まれ男に捕まった。
そして壁を背に男と対峙していた。

「何なのよ?人のこと追いかけて回して迷惑なのよ。それに大体あんたは昔からしつこいのよ!」

「ああ。俺はしつこい男だ。お前がどこへ行こうと追いかけて行くと言ったはずだ。そこが例え地獄だろうとお前がいる場所ならそこへ行く!俺はお前のことが好きなんだからな」

「お生憎様。私は地獄へ行く予定はないわ。私は死んだら天国に行くの!」

「地獄はものの例えだ。お前が天国に行くなら俺も天国へ行く!それにお前がいる場所が俺のいる場所だ」

「残念でした!あんたは過去の極悪非道が祟って天国には入れてもらえないわ!」

「地獄の沙汰も金次第だ。俺は金を積んでもお前について行く!」

「無理よ!地獄ならあんたの金も物を言うかもしれないけど、天国の神様はあんたの金を受け取らないわ!」

「受け取らねえって言うなら押し付けてやる。それはお前に対しても同じだ。俺は牧野つくしがいない人生は考えられない。嫌でも俺を受け取ってもらう。だから俺はお前が俺を受け入れてくれるまで愛人でもいいからお前の傍にいる。俺は絶対にお前の傍を離れない。あのとき、船から降りたときお前の手を掴むことが出来なかったが、今はここでこうしてお前をしっかりと掴んで離さないと誓える」

司は何とか自分の気持ちを分かってもらいたい一心で牧野つくしの心の入口を探していた。
だが硬い表情をした女の心の入口は簡単には見つからなかった。
そして彼女が少し間を置き諭すように言ったのは過去の出来事。

「ねえ。よく訊いて。たとえ私があんたを受け入れたとしても、あんたのお母さんは許してくれないわよ?あんたは道明寺財閥の道明寺司として生きることが決められている。敷かれたレールを外れることが許されない人間なの。だからお見合いを断ったとしてもまた次の話を持ってくるわ」

あの頃。二人が付き合いを始めるにあたって母親のことが一番の問題だった。
司の母親は息子をビジネスと道具と考えていた。だから牧野つくしとの交際を認めなかった。そして見合い相手を連れてきて二人の仲を裂こうとした。
だがそのことが牧野つくしの口から出たということは、母親のことが解決すればいいということなのか。
それに牧野つくしという女は真っ直ぐな人と成りであるから、真摯に向き合えば司のことを受け入れるはずだ。だがあの頃と違い大人になった女はかなり手強い。
それでも、司はなんとしても彼女を手に入れたい。そんな司は過去の彼女との経験から心と言葉は裏腹な部分があることも知っている。

「牧野。俺は道明寺から離れることが出来ない。お前の言った通り敷かれたレールを走る男だ。だがな。敷かれたレールを自分仕様に変えることは出来る。だから今の俺が走っているのは敷かれたレールであっても決められたレールじゃない。俺は自分の考えでビジネスをしている。決して母親の言いなりじゃない」

敷かれたレールを自分仕様に変える。
それは容易なことではなかった。だが司は親の言いなりに物事を進める男ではない。
だから気の迷いで受けることにした見合いも結局断った。そして司は牧野つくしのことを思い出したのだ。

「ロードやトラックを走るランナーにはゴールがある。だが経営者にはゴールがない。その立場は常に闘うことが求められる孤独な戦士だ。けど俺はお前のことを思い出すまで孤独とは思わなかった。それに誰かに傍にいて欲しいと思ったことはなかった。だがお前のことを思い出してから、お前が俺の傍にいないことが苦しい。さっきは感情的になっちまったが、この思いは本当だ」

司はそこまで言うと、ひと呼吸置いた。
そして静かに自分を見つめる女に言った。

「お前の所のシューズはアスリートを支えている。それと同じでお前が俺の傍にいてくれるなら俺はその孤独から解放される。だから牧野。もう一度俺と恋愛をしてくれ」




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2020
11.24

金持ちの御曹司~骨まで愛して~<後編>

司の眼下で動いているのは黒髪の小さな頭。
それは、ひざまづいた女が自分の腰に顏を押し付けている姿。
その黒髪に指を埋めて引き寄せたいと思いながら、そうすることを抑えているのは、「触らないで」と言われているから。

司は恋人が突然部屋を訪ねて来たことを喜んだ。だが恋人は酔っていて、部屋に入ると暑いと言ってスーツの上を脱ぎ、スカートを床に落としブラウスも脱いだ。
キャミソールを脱ぎ捨てブラのストラップを片方おろし、もう片方も同じようにおろした。
そして恋人はその姿で司の前に立つと膝をついたが、胸は誘うようにツンと突き出していた。それから司のスラックスに手を伸ばし、ベルトのバックルを緩め始めた。

恋人同士になって時間が経つふたり。
こうした行為に初めはぎこちなかった指先も今はそうではない。
だが恋人は性に奔放ではない。
女の自分から求めることは恥ずかしいことだという思いがある。
だから酔っているとは言え、今夜のこの行為は普段が普段だけに大胆な行為に思えた。
それに酔っているにしても口数が少ない。いや。少ない以前に殆ど喋ろうとしない。
心配になった司は「牧野?……どうした?」と訊いたが恋人は「黙って」と言ってスラックスのファスナーを下ろした。

「黙って」と言われても恋人の様子がいつもと違えば心配になる。だがそう思う男の中には、もうひとりの男がいて、いつもは控えめな恋人が進んで自分を求めているのだから、それを楽しめ。身を任せろと言う。
それは黒いブリーフの下で隆々とした姿を見せることを望んでいるペニスも同じで、もうひとりの男の言う通り楽しませてもらえと言っていた。
だから、ブリーフの上からフェザータッチで触れられ欲望が下半身を走り抜けた。
そして恋人はスラックスと一緒に下着を下ろしたが、膝立ちのまま目の前で願いを乞うように屹立したペニスをじっと見ているだけで触れようとはしない。
それは焦らしているのか。もしそうなら、まるで拷問だ。それに待たされているうちに走り抜けた欲望が膨らむ。それなら自ら腰を押し付けるか?それとも頭を引き寄せるか?
司は動かず恋人の行動を待っている。だが少しだけ髪に触れると恋人は、いざなわれたようにペニスを掴んだ。

待たされた分だけ硬度と質量を増した勃起したペニス。
恋人は顏を近づけていき、熱い息を吹きかけると口の中に含んだ。

「ああ…..」

思わず漏れた声。
その声に反応したように頭が上下に動き舌が動く。濡れた口の中は何度も司をキツク締め付けた身体の奥深くとは違う暖かさがある。司はそんな恋人の口で何度かいかされたことがある。
だから今夜も欲望の証を隅々まで味わってもらいたい。舌と唇で愛されたい。激しく吸われたい。

「つくし….」

責められているとき司の口を突くのは恋人の下の名前。
その恋人に馬乗りになられ、屈服させられることに歓びを感じることがある。
だから今夜も自分の身体の上で腰を持ち上げて下ろす上下運動をさせたい。自身がヌラヌラと出入りする様子を下から眺めたい。恍惚の表情を浮かべて身体をのけ反らす恋人を見たい。
だが最後は恋人の身体を組み敷いて激しく身体をぶつけるのは司だ。
けれど恋人は司を咥えたまま股間から離れようとしない。

「つくし?」

と名前を呼んだが頭を上げない。

「おい?」

顏を上げない恋人に司は再び声をかけた。
だが恋人はむさぼるように司のペニスを吸っていて、それは痛みを感じるほどだ。
これはおかしい。司は異変に気付いた。

「おい!つくし!どうした?」

その呼びかけにやっと顏を上げた恋人は言った。

「私。妊娠したの。だからカルシウムが必要なの。ミルクを飲まないとダメなの。だからあなたのミルクが欲しいの。全部ちょうだい?全部くれたら離してあげる。でもお腹の子はあなたの子供じゃないわ」

と言った恋人の顏に浮かんでいたのは冷たい笑顔。
そして恋人は再び司のペニスを咥えると、ちぎれるほど激しく吸い始めた。












「おい!司!起きろ!お前魚肉ソーセージ片手に居眠りか?いくらノックしても返事がねえから心配するじゃねえか」

と言って執務室に現れたのは西門総二郎。
目覚めた司は汗をかいていた。そして恐る恐る自分の股間に手を触れた。
大丈夫。ペニスはちゃんとある。それを確認して平静を取り戻した。

「ああ?ちょっと疲れててな」

「そうか。お前も忙しい男だからな。身体には気を付けろ。それにしてもお前が魚肉ソーセージを手にしている光景を目の当たりにするとは思わなかったが、もしかしてお前釣りの餌として買ったのか。俺も最近釣りを始めたんだが海老で鯛を釣るじゃねえけど、魚肉ソーセージでも結構いい獲物が釣れる。それで?いつ釣りに行くつもりだ?俺も一緒に行ってもいいか?」

司は釣りに出る予定はない。
それよりもおかしな夢を見たことで寝覚めが悪かった。

「いや。釣りの予定はない。それに俺は釣りに興味はない」

「そうか…..だとすれば、もしかしてお前、そのソーセージ見てイヤラシイことでも考えてたとか?」

総二郎はニヤリと笑った。

「イヤラシイこと?」

「ああ。牧野がこのソーセージを食べようとした時の顏だよ。女がコレを咥える顏は自分のモノを咥える顏と同じでイヤラシイかってことだよ」

「阿呆!俺のモノはこんなソーセージとは比べものにならないくらい立派だ!」














「ただいま、道明寺!」

「おう。お帰り。電話くれりゃあ駅まで迎えに行ってやったのに」

「え?近いんだからいいわよ。それよりこれお土産」

「サンキュー」

恋人は出張に出ると必ず司に土産を買って来る。
そしてふたりは土産を食べながら出張先での話をする。
そして今回の出張土産として恋人が司に差し出した箱に書かれているのは「パイ」の二文字。
だがその文字の前に書かれている三文字に首を傾げた。

「うなぎ…..パイ?」

「そう。これね、うなぎパイって言うパイなの。あんたは知らないと思うけどこれ結構有名なお菓子なの。それに私コレ大好きなの」

恋人はこういった地方の土産に詳しい。
そして今回の出張先は静岡。静岡といえばうなぎが有名だが、そのうなぎをパイにする?
つまりこの箱の中には黒光りをする長くクネクネとした魚類がパイに形を変えて入っている?
だがあの生き物はどんな姿でパイになったのか。パイで想像するのはアップルパイだ。だから生地の中にはリンゴのように切り分けたうなぎが入っているのか?
それとも、甘い菓子ではなく肉が詰められたミートパイやキッシュのようなものなのか。
そうだ。イギリス料理のキドニーパイは牛や羊の腎臓が詰められている。だからうなぎパイもうなぎが詰められているのだろう。
だが恋人がキドニーパイを好きだとは思えなかった。それに司もキドニーパイは苦手だ。
何しろモツの煮込みがパイ生地に包まれている料理はイギリスでも好き嫌いが別れる料理なのだから。だから司は訊くことにした。

「おい、牧野。お前本当にこのパイが好きなのか?」

「え?うん。このパイはね。パイはパイでもアップルパイみたいに中に包み込んだパイじゃなくて薄い焼き菓子なの。ナッツと蜂蜜がいい感じで使われていて、いくらでも食べることが出来るの」

と言われ、箱の中身は司が思っていたうなぎ版キドニーパイは消えた。
だがそう言われると「うなぎ」の存在がどこへ行ったのかが気になった。
だがその箱を眺めているうちに他のことも気になった。
それは『夜のお菓子』という文字。
そこで司はこの菓子には恋人からのメッセージが込められていることに気付いた。
恥ずかしがり屋の恋人は口には出さないが、今夜はこの菓子を食べてナニしようと言っていることに。

「なんだ。牧野。お前も好きだな。….ったくお前はどれだけ俺のことが好きなんだよ」

「え?え?何?何ちょっと!何やってんのよ!ちょっと!」

司はスーツの上着を脱いでカーディガンを着ようとしている恋人の服を脱がせ始めた。

「何ってナニして欲しいんだろ?だからお前。うなぎの菓子を買って来たんだろ?夜のお菓子って書いてあるってことは、これ食べて精力付けろって意味だろ?それにお前は魚肉ソーセージが好きでカルシウム不足なんだろ?」

「はあ?魚肉ソーセージ?何よそれ?あ!でも最近お弁当に入れてるわね?でもカルシウム不足って何よ?それにうなぎパイの夜のお菓子の意味はね__」

司はごちゃごちゃ言う恋人の口を唇で塞いだ。
そして出張で疲れているはずの恋人の身体を抱上げた男は、足裏のマッサージは後にすることにして、裸になると夢の中とは違い恋人に歓喜の声を上げさせていた。




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2020
11.23

金持ちの御曹司~骨まで愛して~<前編>

司の日曜の予定。
それはほぼといっていいほど決まっていて恋人とのデート。
そして夜はナニをする。
そう決まってナニをする。
ナニ以外考えられない。









「ダメよ道明寺…..あっ、ダメだってば!」

「ダメなもんか。お前、ココが一番感じるんだろ?」

「あっ!あっ……ん….ダメ!」

「牧野。お前の口は嘘つきだ。ダメだって言うが身体は正直だぜ?」

司は恋人の反応を見ながら、もっと声が訊きたいと華奢な身体を掴む手に力を入れた。

「どうだ?感じるか?」

「…..うっ…いい…」

「気持ちいいのか?」

「うん…..ああッ!…..でもダメよ…..そ、そんなに激しくしないで!」

「こういったものは激しいもんだ。痛いからいいんだ。けど痛くても気持ちいいんだろ?
それに痛みと快楽は表裏一体だ。苦痛の裏側に快楽がある。それにここは痛みに耐えられる場所だ。ああ、それから言っておくがここに触れることが許されるのは俺だけだ。他の男になんぞ絶対に触らせねえからな」

と言った男は身体を動かし恋人に悲鳴を上げさせた。

「ほら、もっとヤッてやるよ。ここがいいんだろ?どうだ?こうか?こうか?ほら言えよ。もっとして欲しいんだろ?」

と言った男は強張ったふくらはぎと、反り返った足の先を見た。
恋人がそんな風になるのは感じているから。
だが、次の瞬間怒られた。

「ちょっと!力入れすぎだってば!」

今、男の指が触れているのは、恋人の足の指の間。そこを指で押していた。
そして次に足裏のツボを押していたが再び悲鳴が上がった。
だが司は手加減するつもりはない。
何しろ足は第二の心臓と呼ばれる大事な場所。そして心臓から一番遠い足の裏は血流が停滞しやすい。そんな足裏の血行が悪くなれば全身の血行も悪くなる。だから最愛の人の身体の血の流れを良くするためマッサージやツボを刺激するのは恋人である司の役目であり、この役目を誰かに譲るつもりは毛頭ない。










「ねえ聞いて。あたし今ハマってる食べ物があるの」

「え?何?タピオカ?」

「違うわよ。タピオカはもう古いわよ」

「じゃあ何?パンケーキ?カステラ?バームクーヘン?プリン?」

「違う。あたしが今ハマってるのはね、魚肉ソーセージよ」

「魚肉ソーセージ?」

「そう。あれって子供のおやつのイメージがあるけどアレ1本に大人が1日に必要なカルシウムの半分が含まれてるんだって。だから身体のために食べることにしたんだけど、魚肉ソーセージなんて練り製品で、かまぼこみたいなものだってバカにしてたの。でも食べてみたら意外と美味しくてびっくりしちゃった。それに小腹が空いた時にも簡単に食べることが出来るし、賞味期限が長いから非常食としてもいいのよ。あ、そう言えばこの前スーパーで牧野さんに会ったんだけど彼女も買ってたわよ?もしかすると彼女、骨粗しょう症のことも考えて買ったのかも」

「へえ。牧野さんが?骨粗しょう症のこともだけど、彼女の頭の良さは魚肉ソーセージを食べているからかしらね?じゃあ私も食べてみようなか。それに私、魚も殆ど食べないし牛乳も嫌いだからカルシウムを取るにはちょうどいいかも」







司は社内で女子社員の会話を耳にしたが、そこで初めて魚肉ソーセージという言葉を訊いた。そして恋人もそれを買ったことを知った。
だが魚肉ソーセージがどんなものなのか知らなかった。だがソーセージという言葉から、どんな食べ物か想像出来たが味を想像することが出来なかった。

「おい。西田。お前は魚肉ソーセージを知ってるか?」

司は執務室に戻ると早速西田に訊いた。

「魚肉ソーセージでございますか?勿論存じております。魚肉ソーセージはスケトウダラなどの魚のすり身とペースト状にした小麦やでん粉などを混ぜたものをソーセージと同じようにケーシングして加熱殺菌したものです。我々の世代ではあれがソーセージと勘違いしていた人間も大勢おりました」

と言った秘書はどこか懐かしそうな顏をした。
司はそんな西田に魚肉ソーセージを用意するように言ったが、それは細いものと太いものがあると言った。
そして西田は太い方を用意したと言ったが、赤いパッケージを破り取り出したソレは15センチほどの長さでオレンジ色のフィルムに包まれていて、司の知るソーセージではなかった。
何しろフィルムを剥がして出てきたのは薄いピンク色の物体。まるで消しゴムのようなコレをソーセージと呼ぶには語弊があると思った。

「支社長。召し上がらないのですか?」

司はフィルムが剥かれたピンク色の物体をじっと見ていた。

「あいつが買ったというから興味を持ったんだが、これ動物の餌じゃねえのか?本当に人間が食っても問題がないのか?」

喰えと言われても見たことのないソレを口に入れることに抵抗があった。

「そうでしたか。牧野様が魚肉ソーセージを….」
秘書は呟くと、「ご安心下さい。こちらは魚のすり身ですので本物のソーセージとは全く別の味ですが紛れもなく人間の食べ物です。それにこちらはカルシウムの特定保健用食品の指定を受けております」と言ったが、やはり司は口に入れることが躊躇われた。
そして西田が執務室を出て行くと、手に持ったそれを顏の前に近づけ匂いをかいだが、これといった匂いはなかった。
だが手を動かすと弾力があるソレがゆらゆらと揺れる様子を見ていると瞼が重くなるのを感じた。




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2020
11.22

Love Affair 24

立ち上った男はマイクを手に会場の一番後ろにいるつくしに視線を向けた。
そして暫く見つめた後、記者たちに視線を向けた。

「わたくし事ですがお話したいことがあります。これは私の人生にかかわる話ですがご興味のある方はどうぞそのままお座り下さい」

その言葉に会場はざわついた。
道明寺司が自らの人生にかかわる話をマスコミの前で語る。
ビジネスに関してのインタビューは受けたことがあっても、自らについて語ることのなかった男は一体何を話すというのか。もしかするとこれは大きな記事になるかもしれない。ここにいる誰もがそう思った。だから発表会が終っても立ち上がる記者はいなかった。そして一体何が語られるのかと固唾を飲んだ。
だが進行役の広報課長は副社長の突然の行動に慌てた。しかし男が喋り出すと静かに一歩後ろへ下がった。

「皆さんはジョナサン・テイラー氏の話をどう思われましたか。
彼は大切な家族が病を患ったことで競技から離れる決断をして家族の傍に寄り添った。
そして家族が病を克服した後に競技に戻ることにした。それは彼の家族にとっても非常に喜ばしいことでしょう。何故なら家族は自分のために彼が競技生活を諦めることほど辛いことはありませんから。しかし、どんな時も家族は自分を支えてくれる。そして自分の存在が家族を支えている。それが家族の在り方であり彼の考え方です。だから競技に復帰したのは自分のためでもあり家族のためでもある。そして家族の愛が無償の愛だとしてもそれに甘えることなく、共に支え合い一方通行にならないところがジョナサン・テイラー氏の家族の素晴らしいところです。私はそんなテイラー氏の家族に憧れます」

そこまで言った男は記者たちに向けていた視線をつくしに向け言葉を継いだ。

「私は好きな女性がいます。その女性は高校生の頃に恋をした初恋の女性です。私は彼女と結婚したいと思いました。しかし私たちは諸般の事情により数ヶ月付き合っただけで別れてしまいました。ですが再会をして私は今でも彼女のことが好きであることに気付きました」

男の口から語られた好きな女性がいる。
そしてその女性は高校生の頃の初恋の人。
記者たちは、まさかそんな話がここで訊けるとは思ってもいなかった。だから皆、色めき立った。
何しろ道明寺司と言えば若い頃から女性にモテた。それは英徳だけに限らなかった。
それに男が道明寺財閥の後継者でなくても、男には人を惹き付ける何かがあった。立っているだけで絵になる男は振り切ったかっこよさがあった。そして男は高校を卒業すると進学のため渡米したが、男に向けられる視線はどこにいても変わらなかった。
やがて年齢を重ねた男の周りには最高の美女と呼ばれる女たちがいた。そんな男の口から語られたのは高校生の頃に出会った初恋の女性に再会してあの頃の恋心が甦ったということ。
そしてその前に語られたジョナサン・テイラーの家族に憧れているという言葉の意味は、道明寺司はその女性と結婚したい。家族を持ちたいということなのか。

「あのう……それは週刊誌の一緒に写っていた女性でしょうか?」

女性の記者が躊躇いながら訊いた。

「そうです。皆さんの中には御覧になられた方もいらっしゃると思いますが、ある週刊誌に私が女性と一緒にいる写真が載りました。その女性こそ私の初恋の女性です。そして今でも好きな女性です。学生時代に彼女と出会ったのは運命でした。私は彼女と初めて会った日のことを昨日のことのように覚えています。つまり私はどんなに時間が経っても彼女のことを忘れたことはなかったということです」

つくしに向けられていた視線は記者の質問に答える時だけ外されていた。
そして質問した女性記者は男から見つめられ頬を赤く染めボーっとした顏をしていたが、そのとき会場に声が響いた。「嘘つき!嘘ばっかり言わないでよ!」の声に記者たちはその声のする方へ一斉に振り向いた。
するとそこにいる小柄な女性が仁王立ちで道明寺司を睨んでいた。
そして今度は男が女性に向かって「何が嘘だ?俺は本当のことを言っている」と言った。
だから記者たちは男の方を向いたが女性から「私のことを忘れたことがなかったっていうけど、あんた私のことずっと忘れてたじゃない!」と声が飛び再び顏を女性に向けた。

そしてそこから先は男と女が言葉を発するたびに記者たちの顏はテニスの試合を観戦するように行ったり来たりしていた。

「牧野。いいか。よく訊け。俺がお前のことを忘れていたのはわざとじゃない。それに俺が刺されたのは事故だ。その後でお前のことを忘れたのは予期できなかった事故だ」

「そんなこと分かってるわよ!わざとだったら海ちゃんとイチャイチャしてたあんたのこと殺してたわ!」

「お前....俺を殺すだと?」と言って眉をひそめた男は「それは刺されたあの時、いっそのこと死んでいればよかったってことか?」と言葉を継いだ。

「ええ。そうよ。その方が世の中のためになったかもね?だってあんたは暴君だったもの!だからあんたが死んだら喜ぶ人が大勢いたはずよ!」

「テメェ……」

「ほら見なさいよ。いい年をした大人の男が女性に向かってテメェって何よ?結局あんたは今でも暴君なのよ!人の会社を買収する。配置転換する。住むところも勝手に決める。人の人生を何だと思ってるのよ?それに週刊誌に記事を載せたのはこの女は自分の物だって言いたかっただけでしょ?あんたは私のことを愛しているんじゃない。あの頃が懐かしいだけなのよ!だってそうでしょ?あんたは12年も私のことを忘れていたのよ?それなのに思い出した途端私のことが好きだなんておかしいじゃない!」

「おかしい?言ってみろよ?どこがおかしい?俺は自分の心に嘘をつくことはしない。
お前のことを思い出した瞬間。あの頃と同じでお前への愛が心の奥から湧き上がった。
だからお前にその思いを伝えようとしてる。それなのにお前はあの頃と同じように俺から逃げている。牧野。何故逃げる?何故俺と向き合おうとしない?」

「逃げる?人聞きの悪いこと言わないでくれる?いい?私は逃げてるんじゃないの。私はもうあんたのことを好きじゃない。だから拒否しているの!あんたとのことはもう終わったの。だから周りをうろつかれたら迷惑なのよ!」

「何が迷惑なものか!お前は今でも俺のことが好きだ。三条もあきらもそう言った。あのふたりはこれまでのお前のことを知っている。あいつらは牧野つくしは俺のことが好きだと言った!」

「あのふたりはあんたの味方なの。だからそう言うのよ!大体桜子は昔からあんたの考えに同調することが当たり前なのよ!」

「それにお前は俺の頭の中にあるお前の記憶と取り戻すために三条の会社から派遣されてきた女を演じた。そこまでして俺に思い出して欲しかったってことは俺のことを思っていたからだろ?」

「あのね。前も言ったと思うけど、“あの時”あんたのことを思っていたとしても、今はもう違う。私はあんたの提案を断ったとき、あんたのことは忘れることにしたの。あんたが私のことを忘れたようにね!」

会場の端と端で繰り広げられる口論。
そして睨み合う男と女。
ふたりの間にいる記者たちは道明寺司に向かって“あんた”と言うことが出来る女性の名前が牧野つくしだと知った。だから彼らは自分達が手にしている通信端末を用いて彼女の情報を手に入れようとした。
だが「牧野つくし」と入力して出て来たのは、この会社の広報課にいる女性だということだけでそれ以上の情報は出てこなかった。ということは、道明寺司の初恋の相手はモデルでも女優でもない。どこかの名家の令嬢でもなければ政治家の娘でもない。どこにでもいる普通の女性ということになる。
そして今、ここにあるのは静寂。男と女は先ほどまでの激しい言い合いとは打って変わって静かに息をしていたが、記者たちも同じように息を殺し次に口を開くのはどちらなのか待っていた。

「牧野。許してくれ。お前を忘れたことを許して欲しい。もう二度とお前のことを忘れないと誓う。もしここでこいつらを前にお前に愛を誓えというならそうしよう」

「なによ…..今更….」

「今更でも何更でもいい。俺はお前のことが好きなんだから」

さあ。牧野つくしはどう答えるのか。
記者たちは彼女の出方を待っていた。
だが牧野つくしは何も答えない。その代わりくるりと背を向けると新作シューズの発表会となっていた部屋の扉を開け出て行こうとしていた。
だがそれを見た男の行動は早かった。「おい!どこへ行く?!逃げるな!」と言うと、すぐに彼女を追いかけて部屋を出て行った。




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2020
11.19

Love Affair 23

「それでは皆様。この度当社のイメージキャラクターに就任されたジョナサン・テイラー氏をお招きしたいと思います。どうぞ拍手をもってお迎え下さい!」

進行役を務める広報課長の言葉と共に新作シューズの発表会に現れたジョナサン・テイラーは、にこやかな笑顔で手を振りながら拍手に応えた。
そして用意されていた席に着くと隣に座った通訳から何かを囁かれ了解した様子で頷いた。

「そして本日は当社の親会社である道明寺ホールディングスの道明寺副社長にもご同席をいただいております。副社長はテイラー氏の力強い走りのファンでございます。
そのテイラー氏が病気になったご家族のために競技生活にピリオドを打ったことを大変残念に思われておりました。そしてテイラー氏が現役に復帰するなら是非力を貸したいとおっしゃいました。そして当社がテイラー氏のスポンサーになることを後押しして下さいました。そういったこともあり道明寺副社長から本日の発表会には是非出席したいとの申し出がありテイラー氏の隣の席へお座りいただいております」

と、紹介を受けた男は、ひと言ご挨拶をお願いします。と言われるとテーブルに置かれていたマイクを手に立ち上がった。

「お集りの皆様。本日はお忙し中、新作シューズの発表会にお越し下さり誠にありがとうございます」

広報課に席を置くつくしは会場の一番後ろから男の様子を見ていたが、記者会見慣れしている男は会場を見渡す余裕があった。そしてつくしに気付くと口角を上げた。

週刊誌の記事のことは眉間にたて皺を刻んだが無視をした。
マンションでは極力男と会わないように注意していた。
だが男は専用エレベーターでペントハウスに出入りをする。だからエレベーターの中で会うことはない。それに部屋の前で待ち伏せをされることもなかった。

そして社内に週刊誌の写真の女性がつくしだと気付いた人間がいたとしても、営業課の後輩以外にその話をしてくる人間はいなかった。
それは会社を買収した道明寺司と牧野つくしが親しい間柄なら、牧野つくしにふたりの関係を問えば、そのことが道明寺司にまで伝わる。すると余計な詮索をしたと思われ自分の立場が危うくなるのではないか。社員たちはそんな風に思った。だからふたりのことは触れてはいけないことだと捉え、訊いてはいけないことになった。そしてそれは暗黙の了解として社内に広まった。だから週刊誌の記事のことで誰かに何かを言われることはなかった。

それにしてもこの男は何を企んでいるのか。
何がジョナサン・テイラーのファンだ。この男は陸上競技になど興味はない。
それに男がオリンピックの金メダリストとしてのテイラーの名前は知っていたとしても、病気の家族のために走ることを止めたことなど知るはずがない。きっとこの会見を担当している広報課長が勝手に言っているだけだ。

それにグループ会社のひとつに過ぎないスポーツ用品の会社の新作シューズの発表会にわざわざ顏を出すのはどう考えてもおかしい。
そして取材に来ているのは、スポーツ雑誌の記者や、新聞のスポーツ面を担当する運動部の記者やスポーツ用品業界の人間だ。
そんな彼らは、まさかここに道明寺司がいるとは思いもしなかったはずだ。
だから男が現れると会場はざわついた。そして女性記者からは感嘆の声が漏れた。

そして男の挨拶が終ると、ジョナサン・テイラーに質問が飛んだ。
再びアスリートとして走ることを決めたとき、どんなことを考えましたか?
病を克服した家族は、あなたが再び競技を始めることを悦びましたか?
次のオリンピックでも金メダルを取ることが出来ると思いますか?
シューズの履き心地はどうですか?

質問に答えるジョナサン・テイラーの隣にいる男は、じっとつくしを見ている。
だが隣のテイラーが記者の質問におどけたような態度を取れば笑う。
そんな男は挨拶の中で今日の主役はジョナサン・テイラーと新作シューズであることを強調していた。
それはここで場違いな質問をしようものなら、容赦はしないということを言外に示していた。
だから、誰も男に質問をすることはなかった。

だが進行役の広報課長が「それでは、以上をもちましてジョナサン・テイラー氏を招いての新作シューズの発表会を終了させていただきます」と言ったところで、男がおもむろに立ち上った。




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2020
11.17

Love Affair 22

「牧野さん。ジョナサン・テイラーがうちの招きで来日するって本当ですか?それにうちの会社を訪問するって本当ですか?」

社員食堂でつくしに話しかけて来たのは、かつてつくしが働いていた営業課の後輩社員だ。
そしてジョナサン・テイラーは前回のオリンピック陸上100メートルで金メダルを取ったアメリカ人。家族の病気を理由に引退をしたが、次のオリンピックに出ることを目標に現役復帰した。そんなジョナサンは会社が契約したイメージキャラクターの中で一番の大物と言われる陸上界のスーパースターだ。そしてジョナサンと契約を結んだことで、彼をイメージしたシューズが売り出されることになったが、来日はそのプロモーションのためだ。

「それにしても驚いたのは道明寺司も一緒に来ることです。あの道明寺司がですよ?彼はうちの親会社の副社長だし、うちの会社がジョナサン・テイラーと契約出来たのは、道明寺グループに入ったから出来たことだと分かっています。でもわざわざ道明寺司が来るってことは彼、ジョナサン・テイラーのファンなのでしょうか?」

あの男がジョナサン・テイラーのファンかどうか知らないが、会社が道明寺の傘下に入ったことで資金面のテコ入れがされ、莫大な契約金が必要なジョナサン・テイラーのような大物アスリートと契約出来た。
そして、これまでと違い他社に負けない華やかで大掛かりな広告を打つことが出来るようになった。大型のスポーツ用品量販店でのシューズ売り場は広がった。積極的な販売攻勢をかけることが出来るようになった。

だがあの男がつくしの働いている会社に資金を注入したのは、つくしの気を引くためだ。
それに営業から広報に異動になったのも広報なら自分がつくしに会うための理由をそれほど考える必要がないからだ。そしてあの男は目的のためなら手段を選ばないところがある。

だがつくしと一緒に朝食を食べることはどうやら諦めたようだ。
しかしその代わり会社から帰ってくるとコンシェルジュから渡されるものがあった。
それは翌朝の朝食用にと定期的にメープルから届けられるようになった焼き立てのロールパン。
受け取らなければ処分されることは目に見えている。だから食べ物を粗末にすることは出来ないつくしは代金を支払って受け取ることにした。

それにしてもあの男は何を企んでいるのか。ジョナサン・テイラーとイメージキャラクター契約を結べたことは嬉しいが、そのジョナサン・テイラーが社を訪問するとき一緒に来るというのは絶対に何かあるはずだ。

「そう言えば牧野さんって道明寺副社長とひとつ違いで英徳に通っていたんですよね?もしかしてお知り合いですか?」

「まさか。とんでもない。私はあの男…じゃない道明寺副社長とは顔見知りでもなければ全く接点もなかったわ」

「そうなんですか?……でもベトナムにいたとき親しく会っていたんですよね?」

と言って控えめに見せられたのは週刊誌。
そこにはベトナムの路上にいるふたりの姿が載っていた。

「これ今日発売の週刊誌なんですけど、この女性は牧野さんですよね?」

いつの間にこんな写真が撮られたのか。望遠で撮られた写真だがピントは綺麗に合っている。そしてタイトルは『道明寺財閥の御曹司の休日。ベトナムで密会か?』
だがこの写真は週刊誌の記者がわざわざベトナムまであの男を追いかけてきて撮った写真ではないように思えた。
それなら何か。恐らくだがこれはあの男が誰かに撮らせ、男はそれを週刊誌に載せる手配をしたに違いないと思った。そうだ。あの男ならやりかねない。あの男もある意味でつくしと同じでこうと思ったことは必ず遣り遂げるという意思の持ち主だ。だからこうして週刊誌に自分達のことを載せ、つくしとのことを公けにして囲い込もうとしているのだ。

「こんなことを言ったら失礼かもしれませんけど牧野さんって地味ですけど凄い人なんですね?だって道明寺司副社長と見つめ合うって普通の女性じゃ出来ませんよ。
それから相手が道明寺副社長ですから隠したい気持も分かりますが、道明寺副社長と一緒にいることを隠すことは無理なんじゃないですか。道明寺副社長は派手でどこにいても目立つ存在ですから。でも安心して下さい。社内でこの写真の女性が牧野さんだと気付いている人間はまだ少ないですから。でもそれも時間の問題かもしれませんね?それにしてもお二人はどういう関係なんですか?もしかして恋人同士だったとか?」

営業課の後輩は質問を重ね聴いてきたが、
「まさか。恋人同士だなんて冗談じゃないわ。それにどうもこうも関係なんてないわよ。同じ英徳出身でも道明寺副社長は私にとっては通りすがりの他人。この写真も偶然の産物よ。これは道を訊かれた時の写真で私はこの人とは何の関係もないわ」
と冷静な口調で言い切ったが、信じていないのは明らかだ。

そして後輩は、そんなつくしに「よかったらどうぞ」と週刊誌を渡した。
だからそれを右手に握りしめ社員食堂を後にすると、ズンズンと廊下を歩いていた。

あの男がジョナサン・テイラーに会いたいならそうすればいい。
それにここはあの男が買った会社だ。だから来たい時に来て帰りたい時に帰ればいい。
そして、ここで何かするつもりなら受けて立つつもりだ。
それにしても自分から週刊誌に写真を持ち込むなど昔の男からは考えられないことだ。
そして、こういった行為を匂わせと言うのだとすれば、これは遠回しというよりも直接的過ぎる。それに誰に嗅ぎ付けて欲しいと言うのか。
いや。嗅ぎ付けて欲しいのではない。
ただ一方的にこの女は自分の物だと言いたいだけだ。





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2020
11.15

Love Affair 21

「そうか。お前。えのきとアスパラを間違えたのか!それにしても牧野が海って女の名前まで出したってことは、あいつあの時のこと今でも相当根に持ってるってことだな」

あきらは訪ねてきた男の話を訊いて大笑いした。
そんなあきらの前にいる男は、片肘をついた姿勢でソファに腰掛けムッとした表情を浮かべていた。

「それにしても、どんな女も欲しいと言えばすぐに手に入れることが出来る男も牧野つくしには弱いのは昔と変わってねえよな。けど肝心なところでミスるのも昔と変わってねえな。
おい、覚えてるか?あろうことか、お前はデートに誘おうとした牧野に向かって、どてっ腹に穴を開けてやるって言ったことがあったよな?」

司はあきらが懐かしそうに話す様子を見ていたが、そんなことは覚えていない。
だがあきらの言う通り自分は変わってない。牧野つくしのことを思い出した途端、彼女に一直線だ。他の女は欲しくない。彼女だけが欲しい。

「それにしても牧野は身体を張ってお前の記憶を取り戻そうとした。つまり文字通り身体の関係を持ってお前の傍にいた。けどお前は3ヶ月経っても牧野のことを思い出さない。
それに見合いをして結婚することになっていたお前は事もあろうか牧野に愛人になれと言った。いいか。司。いくらお前があいつのことを思い出してなくても、牧野が愛人を持とうとするお前に幻滅するのは当然と言えば当然だ。なにしろあいつは曲がったことが嫌いな女だ。人の倫理に反することはまずしない。
その証拠に昔のあいつは俺たちの悪行を許さなかった。それに俺が人妻と関係を持っていることを知った牧野の目は冷たかった。そんなあいつだから結婚するお前の愛人になることは無理だとお前の前から去ってお前を忘れることにしたんだろうが、それにしてもなんでお前はあいつのことを思い出さなかったんだろうな」

あきらが言った通り牧野つくしは3ヶ月司のものだった。その間に彼女のことを思い出さなかったのが悔やまれる。
そして司は牧野つくしの記憶を失っている間、他の女と関係を持った。
あきらの言う通りでどんな女でも欲しいと言えばすぐに手に入れることが出来た。
だが牧野つくしが彼の前に現れてから他の女を欲しいとは思わなかった。
それは肌を重ねることで司の細胞が忘れていた女のことを思い出したから、牧野つくし以外の女を欲しいと思わなかったのだと思いたい。しかし、その思いは歪められ愛人という言葉となって口を突いた。

「けど安心しろ、あいつは、牧野はお前のことが今でも好きだ。絶対にそうだ。考えてもみろ。12年も思っていた男を簡単に忘れることが出来ると思うか?今のあいつは自分の気持をどうすればいいか分からないはずだ。つまりお前のことは終わったと言ってもまだ終わってないはずだ。だから司。あいつのお前への愛は冷凍保存状態だと思え。だから急ぐな。時間をかけて溶かせ。あいつがお前との関係を始めるまでも時間がかかったことを思い出せ」

司はあきらの話を訊きながら、あの頃のことを思い出していた。
自分を振り向いてくれない女を追いかけていた自分の姿を。

「だがな、司。時間をかけすぎるのも良くない。肝心なところは素早くだぞ。でないと牧野は考えちまう。あいつに考える時間を与えるとそのことがループしちまうからな。
けどいいか。牧野は付き合っている間よりも遥かに長い時間お前のことを思っていた。だからお前が他の女と付き合っていたことも知っているが、辛かったと思うぞ。だからそのことをくれぐれも忘れるな。
それから牧野は大きな幸せを求める女じゃない。あいつはささやかな、小さな幸せで満足する女だ。だからお前の気持を押し付けすぎるな」

彼女の性格は分かっている。考え始めるとそのことに囚われすぎて結論が先送りになってしまうことを。だがそんな女も社会に出て働くようになれば淡々とした態度も身に付けていて司を拒絶したが、それは彼女のことを忘れた司が悪いのだから仕方がない。
そして司はこれまで女がいたことは否定しない。
だが司が恋をした女は彼が持つ金やステータスに興味を示さなかった。
そんな女は大人になってもあの頃と同じで金に興味はない。
だからそんな女を再び振り向かせるため司は金や地位ではなく自分自身を与えることを決めた。愛人になって傍にいることを決めた。尽くす男になると決めた。

「それにしても、お前が愛人になると言った時の牧野の顏が見たかったぜ。
道明寺財閥の道明寺司が愛人にして欲しいと言うんだ。相手の女が牧野じゃなかったら泣いて喜んだはずだ。けど牧野のことだ。眉間に皺でも寄せてたんじゃねえのか?」
と言ったあきらは、「それで?次はどうするんだ?」と訊いた。

「次か?」

「ああ。次だ。あいつが働いている会社を買収して日本へ帰国させた。それに牧野をお前の部屋の下に住まわせることには成功した。それから仕事は営業から広報に異動させたんだろ?広報と言えば外部と接触する機会は多い。お前のことだ。何か考えてんだろ?」

「まあな」




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2020
11.14

Love Affair 20

「牧野。朝飯を一緒に食おう」

土曜日の朝早くから部屋のチャイムが鳴った。
インターフォンの画面に映し出されたのは上のフロアの住人。
かつて朝が苦手だった男だが今は違うようだ。
無視しようと思ったが、出なければいつまでもチャイムが鳴らされることは既に経験済みだ。それにこの部屋を用意したのはこの男で恐らくだが合鍵を持っていることは間違いない。つまり出なければ踏み込まれる可能性がある。
だからそうなる前に扉を開けたが、そこにいる男は食材を抱えた使用人とメープルのコックを従えていた。

「あのねえ。この前も言ったけど何で私があんたと一緒に朝ご飯を食べなきゃならないのよ」

それはこの部屋で暮らし始めた翌日の朝の出来事。
男はチャイムを鳴らした。だがつくしは無視をした。すると男は執拗に鳴らし続けた。
だから仕方なく応答して扉を開けた。すると男の後ろには今日と同じように食材を抱えた使用人とコックがいた。そして「メシ。一緒に食わないか?」と言ったが、あの時は既に食事を済ませちょうど出掛けるところだった。だから「朝食は済んだの。それにもう出かけるから」と言って男を押しのけエレベーターに向かった。
だが今日は、あの日よりも早い時間に現れた。

「何でって俺はお前の愛人だ。だからお前にメシを食わせ養う義務があるだろ?」

つくしは男の後ろに立つ使用人とコックに向けていた視線を男に向けた。

「あのねえ。私は働いてちゃんとお給料をもらってるの。この部屋があんたの物だとしても、あんたに養われなくても自分で生きていくことが出来るの。それに今までもそうして来た。
だからあんたに朝ご飯を食べさせてもらう理由はないしあんたが私を養う義務もない。
だから朝っぱらから訪ねてきて食事を一緒に食べようって言うの、止めてくれる?」

ここに住むことにしたのは引っ越すのが面倒だからだが、タダで住んでいるのではない。
つくしはベトナムへ転勤する前に暮らしていた賃貸マンションと同じだけの家賃を男に支払うことを決めると、男にそれを受け取ることを認めさせた。だからここは借りているのであって、つくしは男に養われてはいない。
それに男を愛人として受け入れてもいない。
だが男はそんなつくしの言葉を無視して言った。

「遠慮するな。今日は今朝焼いたばかりのロールパンを持ってきた」

と男が言うと、コックは手にしていたバスケットの覆いを取りパンを見せた。
すると、それまで微かに漂っていた小麦の香ばしい匂いが玄関に広がった。

「それにうちのコックの作る朝食は美味いぞ。チーズとハムとマッシュルームが入ったオムレツはふんわりして口の中でとろける美味さだ。それから今日のスープだがアスパラガスのスープを用意した。お前、アスパラ好きだろ?昔お前が作ってくれた弁当の中にベーコンに巻かれたアスパラがあったよな?」

「ベーコンに巻かれたアスパラ?」

「そうだ。学校の屋上で食べた弁当の中に入っていただろ?あれは美味かった」

学校の屋上で食べた弁当。
それは、ふたりが付き合い始めて間もない頃、つくしが作った弁当を英徳の屋上で食べた時のことを言っていた。

「ベーコンに巻かれたアスパラが美味しかったの?」

「そうだ。お前が作ってくれたアスパラのベーコン巻きは俺がこれまで食べたどんなアスパラ料理よりも美味かった」

「本当に?」

「ああ。本当だ。あれ以上に美味いアスパラ料理は食べたことがない」

男はそう言うと真剣な表情でつくしを見つめている。
だがあのときベーコンに巻かれていたのはアスパラではない。
あのときベーコンに巻かれていたのは…..

「......違うわよ」

「違う?」

「そうよ。あのとき私が巻いていたのはアスパラじゃない。私はアスパラなんて巻いてないの」
と、言ったつくしは思い出すような感じで目を細めたが、すぐに男に視線を合わせた。

「えのきよ」

「えのき?」

男の言い方からして、えのきが何であるか理解していないのは明らかだ。
そしてそれはあの時と同じだ。

「そうよ。私はベーコンでえのきを巻いたの。あの時あんたは、えのきを見てイソギンチャクかと訊いたわ。それにコレ食えるのかって訊いたの。だからあんたが美味しいって言ったのは私が作ったお弁当じゃない……あんたが美味しいって言ったのは海ちゃんが作ったお弁当よ!」と、言って男を玄関から押し出し扉を閉めた。

「何が思い出したよ…..えのきとアスパラは全然違うわよ」




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2020
11.12

Love Affair 19

「ここがお前の部屋だ。どうだ?気に入ったか?」

と訊かれたが、つくしは口を開くこともなければ眉ひとつ動かすことなく案内された部屋を見ていた。
そこは男が暮らすペントハウスのひとつ下のフロアにある部屋。
本来ならこのフロアには他にも部屋があるはずだが、男が全ての部屋を買い取りつくし専用のフロアに変えた。
部屋の中は豪華ではなくシンプルで上品な家具が配置されているが、このマンションも家具も飾られている調度品も、どう考えてもただの会社員の給料で賄えるものではない。
だが男はつくしの愛人になる。手当の要らない愛人として尽くすと言った。
その手始めとして自分と同じマンションに部屋を用意したと言うが、それは愛人本来の役目を果たすためだと言った。

「どうした?ここじゃ不満か?」

「………….」

「そうか。不満か。それなら俺の部屋で一緒に暮らすか?」

「嫌よ」

「嫌か。それにしても即答だな」

「ええ。悪い?それに何であんたと一緒に暮らさなきゃならないのよ?」

「何でって、そんなの決まってるだろうが。一緒に暮らせばお前が欲求不満に陥る前に相手をすることが出来る。何しろ俺はお前の愛人だ。その役目を果たすためには一緒に暮らすのがベストだと思うが?」

つくしは言葉を失ったわけではないが敢えて何も言わなかった。
それに言ったところで男には偏執的なところがあって何でも自分に都合がいいように解釈をする。だから余計なことは言わないことにした。反論することはしなかった。
そして男が用意した部屋に住むことにしたが、それはベトナムから発送された荷物がすべてここに運ばれているからだ。
だが荷物と言っても日本を発つ前に持ち物の整理をしたこともあり洋服や最低限生活に必要なものだ。それらは桜子の所へ送られていたはずだったが、ここにあるのは桜子の仕業だ。

桜子はつくしから帰国することになったと連絡を受けると、
『先輩。良かったですね?道明寺さんが思い出してくれて。私、道明寺さんから先輩のこと思い出したって連絡を受けたとき嬉しくて泣いちゃいました。本当に良かったですね!』
と言って電話口の向こうで本当に泣いていた。
そんな桜子だから、つくしから送られて来た荷物も男から指示されて、いそいそとここに運んだに違いない。

そして、つくしが勤務するスポーツ用品会社は道明寺の傘下に入った。
イメージキャラクターが弱いと言われていた会社だったが広告代理店が大手に代わると、すぐに有名なサッカー選手や前回のオリンピックで金メダルを取った美人マラソン選手。それに陸上の世界記録保持者とスポンサー契約を結んだ。と、同時に宣材に経費が掛けられ、販売促進の景品グレードが上がった。

そして日本に戻ったつくしは、これまでと同じ営業の仕事に戻るかと思えば、何故か広報部に配属になった。

「ねえ」

つくしは隣に立つ男に言った。

「どうした?やっぱり俺と暮らすか?」

「暮らさないわよ。それよりあんた、私を広報に配属させるように圧力をかけたでしょ?」

その言葉に男はニヤリと笑った。

「知らねえな」

知らないはずがない。
絶対この男が手を回したはずだ。
だがこの男に何を言ったところで会社は道明寺の傘下に入ったのだから言うだけ無駄だ。

「そう?知らないのね?それなら別にいいわ。でもこれだけは言っておくわ。あのとき言ったのは物の例えで私はあんたを愛人にした覚えはないから」

つくしがベトナムで男に言ったのは、東京で暮らしている人間がどうやったらこの国で暮らしている女の愛人の役目が果たせるのかということ。
すると男は、そう言った女に不自由はさせないと言ったが、そんな会話が交わされる前から、つくしが働いている会社を傘下に収めることも、東京に呼び戻すことも決めていたのだから、この男が何かをしようと決めた時、他人の話を訊くことはない。
だから仕方なく男の用意した部屋で暮らすことを受け入れたが、この男のペースに流されるわけにはいかない。

「牧野。お前は物の例えだとしても俺にとっては例えじゃない。俺はお前の愛人になるのを諦めない。それに言ったはずだ。愛人だけで終わるつもりはない。いずれ夫になるつもりだってな。何しろお前は身体を張って俺の失われた記憶を取り戻そうとした。それは俺のことを愛しているからだ。お前は俺たちのことを過去にはしていない。それに口では愛してないと言うがお前は俺を愛している。だから俺をお前の愛人にして自由に使ってもらえれば本望だ」

と、言った男は顏を近づけると「ほら。この部屋の鍵だ」と言ってつくしに渡した。





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2020
11.10

Love Affair 18

つくしは唖然として男を見ていた。
男はつくしに対して責任があると言ったが、それは彼女の身体に対しての責任。
その身体は自分以外の男に抱かれることを望まないはずだと言い切った。
それにしてもこの男は昔から自信過剰な人間だったが、自分が抱いていた女が12年も忘れていた女だったと思い出した途端のその言い方は昔と同じ横柄で変わっていない。
そして、つくしが他の男に抱かれることを望まないと言い切ったが、その自信はどこから来るのか。それにつくしの12年を知らないのに、よくもそんなことが言えるものだ。

「自分の身体じゃないのに随分と自信がある言い方ね?でもね。あたしがあんた以外の男を受け付けないと思ってるなら大きな間違いよ。それに私が12年間あんたのことを思っていたとしても、もう終わったの。だからあんたのことはもう何とも思ってない。その証拠にこの国に来てすぐに男と寝たわ。あんた以外の男に抱かれたわ」

つくしは一気に言って自分を見下ろす男に笑みを向けた。

「ほう。そうか。それは良かったな。俺以外の男と寝たか。で?良かったか?」

男はつくしを見下ろしながら言った。

「ええ。良かったわよ」

「そうか。それで?何回いかせてもらった?」

「何回?」

「そうだ。その男に何回いかせてもらった?」

「そんなことあんたに関係ないでしょ?」

「いいから言えよ」

男はしつこく訊いた。
多分答えるまで何度でも訊くだろう。
だから、「うるさいわね……3回よ」と言い淀みながら答えた。

「たった3回か?」

「そうよ。3回よ。悪い?3回で充分よ。だって彼すごく私を愛してくれたもの」

男がたった3回と言ったのは、自分はそれ以上つくしをいかせたという自負があるからだ。
そして男が満足して眠るのは明け方で眠らせてもらえないこともあった。
そんな男がつくしに求めたのはベッドの相手で彼女を愛していたのではない。
だから愛されたことを口にした。愛のあるセックスをしたのだと言った。
すると男はニヤリと笑った。

「嘘だ。お前は誰ともやってない」

「嘘だってどうして分かるのよ?」

「お前はそんな女じゃない」

「そんな女って何よ?」

「誰とでも簡単に寝る女だ。それに三条はお前に男がいなかったことを知っている。それはこの国で暮らし始めてからも変わらなかったと言った」

つくしは桜子とは常に連絡を取り合っていた。
そして三条桜子という女は、かつて恋敵とみなしたつくしを排除するために罠を仕掛けるような女だったが、味方となってからはつくしに惚れたと言って、まるで杯を交わした仲のように尽くしてくれる。つまりそれは、つくしの私生活が桜子に筒抜けになっているということで、それはベトナムに来ても変わらなかった。

「牧野」

つくしは答えなかった。

「牧野」

再び名前を呼ばれても答えなかった。
その代わり静かに呼吸をしてから口を開いた。

「あのね。私に男がいなくてもあんたを愛人にするつもりはない。あんたとのことはもう終わったの。だから帰って。それにあんたは、やり手の副社長でしょ?そんな忙しい身の男はベトナムで油を売ってないでさっさと東京に帰りなさいよ。それに愛人になるって言うけど東京で暮らしている人間がどうやったらベトナムに住む女の愛人の役目が果たせるのよ?仮に私が愛人のあんたと寝たいと思ってもこの国にいないなら意味がないでしょ?それとも東京から通いの愛人をしてくれるわけ?」

つくしは値踏みするように男の頭のてっぺんから足の先まで視線を這わせた。
それは桜子の会社から男の暇潰しの相手として派遣された初日に男が見せた態度と同じだ。
あの日、何でもいいから話せと言われ、過去の自分達のことを話し始めた。
すると、話がつまらないから帰れと言った。だが派遣先から初日の1時間で帰らされたら今後仕事を回してもらえなくなる。だからどんな要望にも応えると言った。すると男は、たった今つくしが向けた視線と同じで値踏みした。

「そのことだが心配するな。お前に不自由はさせない」

と、言った男は、つくしの顏をじっと見つめ少し間を置いてから言った。

「具体的な交渉に入るのはこれからだが、お前の会社は近いうちに道明寺の傘下に入ることになる。お前が働いているスポーツ用品会社はアメリカやドイツの会社に比べて世界的な知名度が低い。それに売り上げが低迷している。それは有名アスリートのスポンサーになっていないからだ。イメージキャラクターが弱いからだ。だが心配するな。うちの傘下に入ればそういった方面にも金をかけることが出来る。つまり今よりも売り上げが伸びるということだ。
それにお前のところの社長も自分の会社の製品を身に付けた人間が世界で活躍している姿を見るのは誇らしく思うはずだ」

男が言うように、ここ数年つくしの会社は売り上げが低迷している。
それにイメージキャラクターが弱いのも事実だ。世界的なアスリートとスポンサー契約をしたいが金額が折り合わず難しいのが現実だ。
そんな会社が道明寺に買収される?
それは会社がグローバル市場、つまり世界に向かって飛躍を遂げることが約束されるということだ。
そして男が言ったように社長はそれを喜ぶだろう。
だが道明寺の傘下に入るということは、直接的ではないにしろ、つくしはこの男から給料をもらうことになる。
健康保険はこの男の会社の健康保険組合に加入することになる。
と、言うことは、まさかとは思うが___

「ああ。お前が考えている通りだ。お前はベトナムから日本に戻ることになる。だから美味いフォーが食べたいなら今のうちに食べておけ。それから俺はお前の愛人になるのを諦めない。だから愛人の務めとして東京でのお前の住まいを用意した。俺の部屋の下のフロアだが気に入るはずだ」




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