「….つくしか。面白い名前だ」
司は女の背後に立ち鏡の中で目を合わせるとクックッと笑った。
妖しい香りを漂わせるこの場所は男の部屋。
司は美容整形外科医として一流の腕を持つ男。
彼の元にはハリウッドの大女優はもちろん大物政治家まで大勢の人間が美しくなりたい、若返りたい。老いた姿を世間に見せたくないと訪れるが、彼らは容姿にコンプレックスがあるのではない。自分が醜いと悲観しているのではない。その姿には彼らなりの美しさや見た目の素晴らしさがあった。
それならなんのために司の元を訪れるのか。
それは隣の芝生は青いと同じで何でも他人のものはよく見えるということ。だから他人と自分を比較してより良いものが欲しいと司の元を訪れていた。
もっときれいになりたい。
もっと美しくなりたい。
若々しい姿でいたい。
ただ、それだけで自分の身体にメスを入れることを躊躇わない人間たち。
そして皆こう言う。
今以上に美しく作り替えて欲しいと__。
だから司は彼らの願いを叶えるが、それは一度でも身体にメスを入れた人間の尽きる事のない欲望。
顏の一部分を治せば、次はここを治して欲しい。ここの脂肪を取って、ここを大きくしてこの顏に合う身体を作って欲しいときりがない。
だが司は美容整形外科だ。だから彼らの望み通り手術台に乗った身体が麻酔で動かなくなれば銀色のメスを握る手は迷うことなく肉を切り骨を削る。
そして目覚めた彼らは間違いのない美しさを手に入れる。
だが出来上がった美しさは永遠のものではない。年を取ればその美しさは自然なものとは異なった形で老いて行く。そして彼らはまた司の元を訪れるが、それを悪いとは言わない。
何しろ美容整形は保険が適用されないことからの現金払い。
だから一流の美容整形外科と言われる男の洗練された腕に支払われる金額は大きかった。
そんな男は独身だが恋人はいない。それに愛人もいない。
だから男が純粋な気晴らしのために呼んだ女はコールガール。
とはいえ、その女は彼だけに用意された女。
身体に別の男の色が染み付いていない女。
男は低い声で女の名前を呼んだが、その声はセクシーで女を惹き付ける声をしていた。
そして経験を積んだ男の目が女の顏と身体をゆっくりと眺めまわしたが、それは美容整形外科医の目。
もしメスが入っていれば一目で分かる。見破ることが出来る。
だが司の前に立ち鏡を見ている女の顏にその痕跡はなったが、身体は服を脱ぐまで分からない。
つまり豊胸や脂肪吸引といったものをしている可能性はあるが、身体の線を強調しない、ゆったりとしたワンピースからその身体を推し量ることは出来なかった。
だが胸のふくらみが小さいことは見て取れた。
「服を脱げ」
そう言った司の唇の端がかすかに上を向いた。
女は言われた通り着ていたワンピースを脱いだが、下着はシンプルな白で飾り気が無かった。
司は裸になると女の身体を自分の身体で押すようにしてベッドに倒した。
男の指は長くて美しいと言われる指。
その指が女の乳首に触れ、下腹部へと滑ったが、目の前の身体にメスが入った痕跡はなく滑らかで美しい身体をしていたが、それはまさに無垢な純白といっていい身体だった。
そして処女だとういう女。
「お前。本当に初めてか?」
その言葉に女は小さく「え、ええ」と言ったがその声には戸惑いが感じられたが、もし処女が本当なら司が初めての男になる。だから緊張しているのか。
だが女の言葉を全て信じるほど司はバカではない。それに司は好きなだけ女に無理強い出来る。だから抱く前に無垢だという女に淫らなポーズを取らせてみたいと思った。
それは裸の女の身体など見慣れた男の奇妙な欲望だ。
司は女を抱き上げると風呂場に連れていった。
鏡の前に腰を据えると、両膝の上に女を座らせ、それからアスレチックジムに置かれている器具のように膝を大きく広げ薄い陰毛に隠れていたピンク色の性器を露出させたが、それは卑猥で淫靡な光景。
だから女は恥ずかしいのか。顏は紅潮し目は伏せられていた。
「なるほど。ここはそれほど使われてないように見える」
女の言葉が本当なら、そこはまだ誰も踏み入れたことがない純潔を示す薄い膜が張られている場所。目で見て確かめるには女の股の間に顏を突っ込むことになるが、そうするよりも鏡の前で自分のあられもない姿を見せる方が楽しそうだ。
だからその存在を確かめるため指を1本挿れた。
「ああっ!!」
声が上がると同時に開かれた大きな黒い瞳。
その瞳は揺れていて、指の先には処女の証と言われる膜が確かにあった。
だが処女膜は人の手によって再生することが出来る。だから本物の処女かどうか分からなかった。
けれど、今こうして鏡の前で男の手で開脚された姿は、快楽にふけった経験があるようには思えなかった。
それに司が指を挿れた瞬間、身体が強張り鏡の中の女の顏は歪んで指を締め付け、親指で神経が集まった小さな蕾を愛撫し、こすれば締め付けが強くなり更に身体が強張った。
そして漏れる喘ぎ声。
「ハアっ…」
「どうした?気持いいか?それならもっとしてやろうか?」
司は指を締め付ける場所の探索を始めたが、いっそのことこの指で膜を突き破ろうかと思うも、楽しみは後に取っておくではないが、感じやすい襞を指で弄び続けた。
するとこれまで強張っていた身体が弛緩してきたのが感じられた。
「….は…ああっ…」
指で中を掻き混ぜて抜くと同時に溢れた生あたたかい液体が手のひらまで流れ司を刺激した。
それは男のはっきりとした性欲の表れである硬くそそり立つペニス。
大きく膨らんだ亀頭。そしてその先端に光る雫。
それらが女を欲しいと言っていた。
「つくし。鏡を見ろ。ここを見ろ」
言うと女と鏡の中で目を合わせたが、広げられた足の間にあるそこは、ぬらぬらと光りピンクが艶めいていた。
「お前のここはこれから俺のものになる。ここを何度も俺が出入りしてお前は俺の女になる。今はピンクだが使えば使うほど濃くなる。つまりここは俺の色に染まってくる。
お前はきっとこれが好きになる。それからお前のここはうっ血したようになって俺を欲しがるようになる。挿れて欲しいと強請るようになる」
司は女の腰を持ち上げると、一気に素早くペニスを女の身体に収めながら座らせた。
「あぁぁ__っっ!」
膜が破られたと同時に上がる叫び声と反り返る背中。
だからその身体を掴み、容赦なく女の腰を上下させた。
「….は….あっ……あっ….」
膜の向こうにあるのは狭い胎内。
その最奥にある場所を目指し普段なら取らない体位で女を責めた。
「どうだ?感じるか?俺を感じるか?」
「…..ぁ…..っつあ….はぁぁ…….あん!ああっ!」
女は苦痛なのか。快楽なのか。
言葉にならない喘ぎ声を上げているが、司を包み込んだ胎内はねじ込まれた異物に纏わりつき濡らしていく。
「そうか。お前はこれが好きか?こうされるのが好きなんだな」
司は女の腰に手を掛け、もっと深く、さらに深く女の中へ入ろうと身体を持ち上げては引き下ろしていた。
「あっ!あっ!ん…..ああっ!」
女はすすり泣くような喘ぎ声を上げるだけで司の問いに答えることはなかったが、今は話すことも考えることも出来ないのだろう。それに鏡に映った女の顏は嫌いだとは言ってはいない。
だからもっと激しく突き上げたが、突き上げるたびに揺れる小さな胸の先端は固く尖り、脚の間から聞こえるヌチャヌチャとした水音は、一層湿り気を増しグチョグチョという音に変わった。
「ハァ….っああっ!」
「いいぞ。いい。お前の身体は俺に合うように作られてる」
事実司の身体は身体の奥から女を求める蠢きを止めることが出来なかった。
それに女の身体を持ち上げるたびに迸る液体が女のものか。それとも司のものか。そんなことはどうでもいいとペニスは飢えた獣のような凶暴さで女を突き上げ続けた。
「はぁ、ああっ!あっ!アッ、アッ!ああっ_____!」
女がイッたのが分かった。
だから司も女の悲鳴がのぼりつめたその先をのぼり、手を離すと女の顏に触れ、喘ぎ声を吸い取るように唇を重ねた。
「支社長」
司はその声に現実に引き戻されパッと瞳を開いた。
そして目の前に現れた秘書に毒づいたが、秘書は司の機嫌が良かろうが悪かろうが関係ないといった態度で言った。
「書類に目を通していただけたのでしょうか?」
「あ?ああ。全部見た」
「ありがとうございます」
秘書はそう言うと司の前に湯気の立つコーヒーを置いた。
だからそのコーヒーを口に運んだが、思った以上に熱く再び毒づいたが、秘書はそんな司に言った。
「ところで牧野様は最近ドイツ語教室に通い始めました」
「ドイツ語教室?」
それは初耳だった。
「はい。牧野様は仰いました。オリンピックが延期になったことでチャンスが出来た。この状況を前向きに捉えたいからドイツ語を習うことにしたと」
今年開催予定だったオリンピックが来年に延期になったことは周知の事実だが、何故秘書は司が知らない恋人の思いを知っている?
「牧野様は小川様が話す言葉を理解したい。出来ることなら言葉を習得して来年ボランティアとして参加したいと仰いました。
それから支社長が出張から戻られた時には少しでもドイツ語で会話が出来ればと毎日のように通われているそうです。何しろ支社長はドイツ語をお話になられますので、ご自分もと思われたようです。それに支社長を驚かそうと思われたようです」
隠し事が苦手な女の隠し事が言語学習だったことは確かに驚いた。
「それに我社は手厚い福利厚生があり自己啓発を社員に勧めております。
語学習得手当が年間30万。健康増進手当も年間3万まで補助が出ます。牧野様はその語学習得手当を申請されております。ちなみにその教室の教師はドイツ人女性で彼女のご自宅が教室となっております」
と言って秘書は書類を差し出したが、そこに書かれていた住所はあのマンションの住所。
それにしてもいつも冷静な秘書は司の頭の中までお見通しなのか。
恋人の素行を気にしている男に求めていた答えを示していた。
そして恋人が理解したいと言った小川様の小川というのはドイツ語では「バッハ」。
そこにはオリンピックを楽しみにしていた恋人の気持が見て取れた。
「ちなみに牧野様が学習を始めたのは支社長がドイツへご出張される少し前からですが、さすがティーン・オブ・ジャパンの準優勝者。集中力は素晴らしいものがあります」
その言葉に恋人が心ここにあらずといった状況だったのを理解した。
何しろ恋人はこうと決めたら、それを自分のものにすることに努力を惜しまない女なのだから。
今年東京で開催される予定だったオリンピックが諸般の事情で延期になったことは残念だが、来年の楽しみが出来たと思えばいい。
それにきっとその頃には延期されることになった理由も去り世界は落ち着いているはずだ。
そう思う司の健康法は好きな人に会って、その人の笑顔を見ること。
その人と一緒に食事をして笑い合うこと。
そして、心の免疫力を高めるのは恋人の存在。
彼女がいるだけで世の中のすべてのことがバラ色に見える。
「西田。アイツを迎えに行く。車を用意しろ」
だから会ったら言おう。
『 Ich libe dich 』(イッヒ リーベ ディッヒ)
ドイツ語で愛してると。

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妖しい香りを漂わせるこの場所は男の部屋。
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だが司は美容整形外科だ。だから彼らの望み通り手術台に乗った身体が麻酔で動かなくなれば銀色のメスを握る手は迷うことなく肉を切り骨を削る。
そして目覚めた彼らは間違いのない美しさを手に入れる。
だが出来上がった美しさは永遠のものではない。年を取ればその美しさは自然なものとは異なった形で老いて行く。そして彼らはまた司の元を訪れるが、それを悪いとは言わない。
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身体に別の男の色が染み付いていない女。
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だが胸のふくらみが小さいことは見て取れた。
「服を脱げ」
そう言った司の唇の端がかすかに上を向いた。
女は言われた通り着ていたワンピースを脱いだが、下着はシンプルな白で飾り気が無かった。
司は裸になると女の身体を自分の身体で押すようにしてベッドに倒した。
男の指は長くて美しいと言われる指。
その指が女の乳首に触れ、下腹部へと滑ったが、目の前の身体にメスが入った痕跡はなく滑らかで美しい身体をしていたが、それはまさに無垢な純白といっていい身体だった。
そして処女だとういう女。
「お前。本当に初めてか?」
その言葉に女は小さく「え、ええ」と言ったがその声には戸惑いが感じられたが、もし処女が本当なら司が初めての男になる。だから緊張しているのか。
だが女の言葉を全て信じるほど司はバカではない。それに司は好きなだけ女に無理強い出来る。だから抱く前に無垢だという女に淫らなポーズを取らせてみたいと思った。
それは裸の女の身体など見慣れた男の奇妙な欲望だ。
司は女を抱き上げると風呂場に連れていった。
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「なるほど。ここはそれほど使われてないように見える」
女の言葉が本当なら、そこはまだ誰も踏み入れたことがない純潔を示す薄い膜が張られている場所。目で見て確かめるには女の股の間に顏を突っ込むことになるが、そうするよりも鏡の前で自分のあられもない姿を見せる方が楽しそうだ。
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「ああっ!!」
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その瞳は揺れていて、指の先には処女の証と言われる膜が確かにあった。
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けれど、今こうして鏡の前で男の手で開脚された姿は、快楽にふけった経験があるようには思えなかった。
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そして漏れる喘ぎ声。
「ハアっ…」
「どうした?気持いいか?それならもっとしてやろうか?」
司は指を締め付ける場所の探索を始めたが、いっそのことこの指で膜を突き破ろうかと思うも、楽しみは後に取っておくではないが、感じやすい襞を指で弄び続けた。
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「….は…ああっ…」
指で中を掻き混ぜて抜くと同時に溢れた生あたたかい液体が手のひらまで流れ司を刺激した。
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「つくし。鏡を見ろ。ここを見ろ」
言うと女と鏡の中で目を合わせたが、広げられた足の間にあるそこは、ぬらぬらと光りピンクが艶めいていた。
「お前のここはこれから俺のものになる。ここを何度も俺が出入りしてお前は俺の女になる。今はピンクだが使えば使うほど濃くなる。つまりここは俺の色に染まってくる。
お前はきっとこれが好きになる。それからお前のここはうっ血したようになって俺を欲しがるようになる。挿れて欲しいと強請るようになる」
司は女の腰を持ち上げると、一気に素早くペニスを女の身体に収めながら座らせた。
「あぁぁ__っっ!」
膜が破られたと同時に上がる叫び声と反り返る背中。
だからその身体を掴み、容赦なく女の腰を上下させた。
「….は….あっ……あっ….」
膜の向こうにあるのは狭い胎内。
その最奥にある場所を目指し普段なら取らない体位で女を責めた。
「どうだ?感じるか?俺を感じるか?」
「…..ぁ…..っつあ….はぁぁ…….あん!ああっ!」
女は苦痛なのか。快楽なのか。
言葉にならない喘ぎ声を上げているが、司を包み込んだ胎内はねじ込まれた異物に纏わりつき濡らしていく。
「そうか。お前はこれが好きか?こうされるのが好きなんだな」
司は女の腰に手を掛け、もっと深く、さらに深く女の中へ入ろうと身体を持ち上げては引き下ろしていた。
「あっ!あっ!ん…..ああっ!」
女はすすり泣くような喘ぎ声を上げるだけで司の問いに答えることはなかったが、今は話すことも考えることも出来ないのだろう。それに鏡に映った女の顏は嫌いだとは言ってはいない。
だからもっと激しく突き上げたが、突き上げるたびに揺れる小さな胸の先端は固く尖り、脚の間から聞こえるヌチャヌチャとした水音は、一層湿り気を増しグチョグチョという音に変わった。
「ハァ….っああっ!」
「いいぞ。いい。お前の身体は俺に合うように作られてる」
事実司の身体は身体の奥から女を求める蠢きを止めることが出来なかった。
それに女の身体を持ち上げるたびに迸る液体が女のものか。それとも司のものか。そんなことはどうでもいいとペニスは飢えた獣のような凶暴さで女を突き上げ続けた。
「はぁ、ああっ!あっ!アッ、アッ!ああっ_____!」
女がイッたのが分かった。
だから司も女の悲鳴がのぼりつめたその先をのぼり、手を離すと女の顏に触れ、喘ぎ声を吸い取るように唇を重ねた。
「支社長」
司はその声に現実に引き戻されパッと瞳を開いた。
そして目の前に現れた秘書に毒づいたが、秘書は司の機嫌が良かろうが悪かろうが関係ないといった態度で言った。
「書類に目を通していただけたのでしょうか?」
「あ?ああ。全部見た」
「ありがとうございます」
秘書はそう言うと司の前に湯気の立つコーヒーを置いた。
だからそのコーヒーを口に運んだが、思った以上に熱く再び毒づいたが、秘書はそんな司に言った。
「ところで牧野様は最近ドイツ語教室に通い始めました」
「ドイツ語教室?」
それは初耳だった。
「はい。牧野様は仰いました。オリンピックが延期になったことでチャンスが出来た。この状況を前向きに捉えたいからドイツ語を習うことにしたと」
今年開催予定だったオリンピックが来年に延期になったことは周知の事実だが、何故秘書は司が知らない恋人の思いを知っている?
「牧野様は小川様が話す言葉を理解したい。出来ることなら言葉を習得して来年ボランティアとして参加したいと仰いました。
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隠し事が苦手な女の隠し事が言語学習だったことは確かに驚いた。
「それに我社は手厚い福利厚生があり自己啓発を社員に勧めております。
語学習得手当が年間30万。健康増進手当も年間3万まで補助が出ます。牧野様はその語学習得手当を申請されております。ちなみにその教室の教師はドイツ人女性で彼女のご自宅が教室となっております」
と言って秘書は書類を差し出したが、そこに書かれていた住所はあのマンションの住所。
それにしてもいつも冷静な秘書は司の頭の中までお見通しなのか。
恋人の素行を気にしている男に求めていた答えを示していた。
そして恋人が理解したいと言った小川様の小川というのはドイツ語では「バッハ」。
そこにはオリンピックを楽しみにしていた恋人の気持が見て取れた。
「ちなみに牧野様が学習を始めたのは支社長がドイツへご出張される少し前からですが、さすがティーン・オブ・ジャパンの準優勝者。集中力は素晴らしいものがあります」
その言葉に恋人が心ここにあらずといった状況だったのを理解した。
何しろ恋人はこうと決めたら、それを自分のものにすることに努力を惜しまない女なのだから。
今年東京で開催される予定だったオリンピックが諸般の事情で延期になったことは残念だが、来年の楽しみが出来たと思えばいい。
それにきっとその頃には延期されることになった理由も去り世界は落ち着いているはずだ。
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そして、心の免疫力を高めるのは恋人の存在。
彼女がいるだけで世の中のすべてのことがバラ色に見える。
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Comment:8
妄想に酔いしれる癖がある男。
彼は日本で最もサングラスが似合う男三人のうちの一人だと言われるが、そんな男が黒いメガネの奥からひとりの女性を見つめていた。
「怪しい」
「だから何が怪しいんだ?」
「何がって見りゃ分かるだろ?」
「いや。司。怪しいってどこが怪しいんだ?それにお前が言う怪しいってのは当てにならねえことが多いからな。だから何が怪しいか具体的に言え。それに俺に言わせりゃ俺らの方がよっぽど怪しいぞ」
あきらは親友から大変なことが起きた。すぐに来てくれてと言われ仕事が終わると親友の執務室に駆けつけるように立ち寄ったが、そこで昔テレビで見た刑事ドラマの刑事がかけるようなサングラスを渡され、行くぞと言われた。
それにしても、ド派手なカーアクションで有名な、なんとか軍団の団長のようにいきなりショットガンをぶっ放すようなことはしないだろうが、「いいか。俺たちの行動は極秘だ。だから俺のことはタカと呼べ。お前のことはユージと呼ぶ」と意味不明なことを言われた。
だが親友のジャケットの袖口から覗くダブルカフスの手が拳銃を持てば、まさに横浜を舞台にしていた、あぶないと言われた刑事のドラマのようだと思った。
だからあきらの脳裡に流れたのはそのドラマのオープニングの曲だった。
それにしても、日暮れにサングラスをかけたスーツ姿の男ふたりが女の後を付けるなど怪しいことこの上ない。それも地下鉄の階段を降りる女の後を追うサングラス姿の男など下手をすれば職務質問をされてもおかしくない状況だが、ホームに降りたふたりの男は女が電車に乗り込むと女とは別の車両に乗り込んだ。やがて女が3つ目の駅で降りると同じように降りた。
そして地上に出た女の後をつけたが、女は瀟洒なマンションに入った。
「おい。司。牧野はこのマンションに何の用があるんだ?」
ふたりの男が尾行していたのは司の恋人の牧野つくし。
「あきら....いや、ユージ。俺は司じゃない。タカだ。それにそれを俺に訊くな」
「訊くなって言われても、俺はお前にこうして連れ出されてここにいるんだ。だから何があったかくらいは教えてくれたっていいはずだ」
「あいつ、愛しの彼氏が2週間の出張から戻って来たってのにそっけない」
あきらは何事かと思ったが、やはりそんなことかと思った。
それにしてもこの男は何年たってもひとりの女に夢中で、その女のこととなるとビジネスそっちのけになるのだから周りにいる人間はたまったもんじゃないと思った。
だがあきらはそんな男とは幼馴染みで親友だ。だから男の思いに付き合うことにした。
「司…..じゃないタカ。牧野は元々ベタベタするのが苦手な女だ。だからそっけないのは性分だ」
そんな女は男に甘えるのが下手で物事を真剣に考え過ぎる。
だからある意味で優柔不断な面があった。そして恋に臆病な女だった。
そしてそんな女を好きになった男は周囲を気にすることなく真っ直ぐに女に向かっていく男。初めての恋になりふり構わない男。格差社会の頂点にいる男の恋路の過程には乗り越えなければならない苦難もあったが純粋だった。
そして男は未だに彼女のことになると目の色が変わる。
「けどな。あいつ、俺からの電話に出なかった。それにメールを送ったが返事がない。思えば出張に行く前、キスしてる時あいつは考え事をしていた。心ここにあらずで頭の中に俺以外のことがあった。だから俺を避けてるように思えてならねえ」
司は、そう言うと恋人が入っていったマンションのエントランスを見つめていたが、オートロックのマンションへの訪問は慣れた形の訪問に思えた。
「おい、牧野がお前を避けてるって言うが、お前まさか牧野が浮気をしてるとでも思ってるのか?だから俺たちは牧野を尾行したのか?」
あきらは親友の恋人の牧野つくしが浮気をしているということに、まさか。嘘だろ。という思いで言った。それにあの牧野つくしが司を裏切るとは思えなかった。
「俺は牧野が浮気するような女だとは思えねえ。電話に出なかったのもメールに返事がなかったのも携帯を家に忘れてきたからだ。それにキスしてる時、考え事をしていたのは歯が痛かったからでキスどころじゃなかったんじゃねえのか?きっと歯医者の予約しなきゃとか考えてたんだ。それからお前が避けてると感じたのは、きっとニンニク料理を食べた後で自分自身が臭かったから避けたんじゃねえのか?」
あきらは諭すではないが、司の気持ちをなだめるためにそう言ったが、言われた本人はマンションのエントランスを直視したままじっとしていた。
「それにな、司….いや、タカ。大丈夫だ。牧野はお前を裏切ってない。あいつはひとりの男と付き合いながら、他の男と付き合うような器用さはない。俺や総二郎と違ってあいつはお前と同じで二股は絶対無理だ」
とは言え高校生の頃。類と牧野が海辺でキスをしているところを見た男がいた。
そんなあきらの思考が伝わったかのように隣にいる男は「いや、だが類のことがある」と言ったが、あれは随分と昔の話で今はそんなことはない。
だが何故か男は恋人の不実を疑っていた。
「それでこれからどうする?このままここで牧野が出て来るのを待つのか?」
「いや。今日は帰る」
「おお。そうしろ。きっとこのマンションには牧野の友達が住んでて、もちろんその友達は女で、その友達に会うためにここに来たんだ。それにもしここでお前が待ってることをアイツが知ったら、あたしのことを尾行してたのって怒るぞ?だから帰ろう。そうだ。帰った方がいい」
司はあきらと別れると、やり残した仕事を片付けるため車を呼び会社に帰ったが、あきらを呼び出したのは、決定的な瞬間をひとりで目撃するのが怖かったからかもしれない。
それはどんなに金持ちだとしても、カッコいい男と言われても、彼の心を掴んで離さない唯一無二の女性が自分ではない他の男のことが好きということを知るのが怖かったから。
つまり強気だと言われる男も、こと恋人のことに関してだけは気弱になることがあるということだ。
そして広がる妄想が司を縛り付けた。
それは目の前に置かれたストローの袋。
それにしても何故ここにストローの袋がある?
そう言えば出掛ける前に野菜ジュースを持って来させたが、その時にストローが付けられていたことを思い出した。
そして思い出した。いつだったか。あきらはその袋をよじって人の型をふたつ作るとそれを重ね合わせた。
そしてニヤッと笑って「面白いものを見せてやるよ」と言うと重ねた人の形をした袋に水を垂らした。するとよじられた袋は水を含んで膨れ男と女が愛し合うように、くねり始めた。
あの時はそれを見て笑ったが、今ストローの袋でそんなものを作られたらテーブルごと破壊してしまうはずだ。
寝ても覚めても彼女が好き。
だから自分の知らない彼女の行動が胸を切り裂く。
彼女のことになると冷静さが失われ不安だけが心に残る。
そしてその不安が司を呑み込み良からぬ妄想が脳裡に浮かんだ。
それはストローの袋のようにあのマンションのどこかの部屋で男と女が重なる姿。
司の知らない男の背中になまめかし声を上げて爪を立てる恋人の姿。
汗ばんだ身体で男に抱かれている恋人の姿。
「冗談じゃねえぞ!」
司は声を荒げるとストローの袋をちぎってゴミ箱に捨てた。
そして良からぬ妄想を打ち消すため目を閉じた。

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彼は日本で最もサングラスが似合う男三人のうちの一人だと言われるが、そんな男が黒いメガネの奥からひとりの女性を見つめていた。
「怪しい」
「だから何が怪しいんだ?」
「何がって見りゃ分かるだろ?」
「いや。司。怪しいってどこが怪しいんだ?それにお前が言う怪しいってのは当てにならねえことが多いからな。だから何が怪しいか具体的に言え。それに俺に言わせりゃ俺らの方がよっぽど怪しいぞ」
あきらは親友から大変なことが起きた。すぐに来てくれてと言われ仕事が終わると親友の執務室に駆けつけるように立ち寄ったが、そこで昔テレビで見た刑事ドラマの刑事がかけるようなサングラスを渡され、行くぞと言われた。
それにしても、ド派手なカーアクションで有名な、なんとか軍団の団長のようにいきなりショットガンをぶっ放すようなことはしないだろうが、「いいか。俺たちの行動は極秘だ。だから俺のことはタカと呼べ。お前のことはユージと呼ぶ」と意味不明なことを言われた。
だが親友のジャケットの袖口から覗くダブルカフスの手が拳銃を持てば、まさに横浜を舞台にしていた、あぶないと言われた刑事のドラマのようだと思った。
だからあきらの脳裡に流れたのはそのドラマのオープニングの曲だった。
それにしても、日暮れにサングラスをかけたスーツ姿の男ふたりが女の後を付けるなど怪しいことこの上ない。それも地下鉄の階段を降りる女の後を追うサングラス姿の男など下手をすれば職務質問をされてもおかしくない状況だが、ホームに降りたふたりの男は女が電車に乗り込むと女とは別の車両に乗り込んだ。やがて女が3つ目の駅で降りると同じように降りた。
そして地上に出た女の後をつけたが、女は瀟洒なマンションに入った。
「おい。司。牧野はこのマンションに何の用があるんだ?」
ふたりの男が尾行していたのは司の恋人の牧野つくし。
「あきら....いや、ユージ。俺は司じゃない。タカだ。それにそれを俺に訊くな」
「訊くなって言われても、俺はお前にこうして連れ出されてここにいるんだ。だから何があったかくらいは教えてくれたっていいはずだ」
「あいつ、愛しの彼氏が2週間の出張から戻って来たってのにそっけない」
あきらは何事かと思ったが、やはりそんなことかと思った。
それにしてもこの男は何年たってもひとりの女に夢中で、その女のこととなるとビジネスそっちのけになるのだから周りにいる人間はたまったもんじゃないと思った。
だがあきらはそんな男とは幼馴染みで親友だ。だから男の思いに付き合うことにした。
「司…..じゃないタカ。牧野は元々ベタベタするのが苦手な女だ。だからそっけないのは性分だ」
そんな女は男に甘えるのが下手で物事を真剣に考え過ぎる。
だからある意味で優柔不断な面があった。そして恋に臆病な女だった。
そしてそんな女を好きになった男は周囲を気にすることなく真っ直ぐに女に向かっていく男。初めての恋になりふり構わない男。格差社会の頂点にいる男の恋路の過程には乗り越えなければならない苦難もあったが純粋だった。
そして男は未だに彼女のことになると目の色が変わる。
「けどな。あいつ、俺からの電話に出なかった。それにメールを送ったが返事がない。思えば出張に行く前、キスしてる時あいつは考え事をしていた。心ここにあらずで頭の中に俺以外のことがあった。だから俺を避けてるように思えてならねえ」
司は、そう言うと恋人が入っていったマンションのエントランスを見つめていたが、オートロックのマンションへの訪問は慣れた形の訪問に思えた。
「おい、牧野がお前を避けてるって言うが、お前まさか牧野が浮気をしてるとでも思ってるのか?だから俺たちは牧野を尾行したのか?」
あきらは親友の恋人の牧野つくしが浮気をしているということに、まさか。嘘だろ。という思いで言った。それにあの牧野つくしが司を裏切るとは思えなかった。
「俺は牧野が浮気するような女だとは思えねえ。電話に出なかったのもメールに返事がなかったのも携帯を家に忘れてきたからだ。それにキスしてる時、考え事をしていたのは歯が痛かったからでキスどころじゃなかったんじゃねえのか?きっと歯医者の予約しなきゃとか考えてたんだ。それからお前が避けてると感じたのは、きっとニンニク料理を食べた後で自分自身が臭かったから避けたんじゃねえのか?」
あきらは諭すではないが、司の気持ちをなだめるためにそう言ったが、言われた本人はマンションのエントランスを直視したままじっとしていた。
「それにな、司….いや、タカ。大丈夫だ。牧野はお前を裏切ってない。あいつはひとりの男と付き合いながら、他の男と付き合うような器用さはない。俺や総二郎と違ってあいつはお前と同じで二股は絶対無理だ」
とは言え高校生の頃。類と牧野が海辺でキスをしているところを見た男がいた。
そんなあきらの思考が伝わったかのように隣にいる男は「いや、だが類のことがある」と言ったが、あれは随分と昔の話で今はそんなことはない。
だが何故か男は恋人の不実を疑っていた。
「それでこれからどうする?このままここで牧野が出て来るのを待つのか?」
「いや。今日は帰る」
「おお。そうしろ。きっとこのマンションには牧野の友達が住んでて、もちろんその友達は女で、その友達に会うためにここに来たんだ。それにもしここでお前が待ってることをアイツが知ったら、あたしのことを尾行してたのって怒るぞ?だから帰ろう。そうだ。帰った方がいい」
司はあきらと別れると、やり残した仕事を片付けるため車を呼び会社に帰ったが、あきらを呼び出したのは、決定的な瞬間をひとりで目撃するのが怖かったからかもしれない。
それはどんなに金持ちだとしても、カッコいい男と言われても、彼の心を掴んで離さない唯一無二の女性が自分ではない他の男のことが好きということを知るのが怖かったから。
つまり強気だと言われる男も、こと恋人のことに関してだけは気弱になることがあるということだ。
そして広がる妄想が司を縛り付けた。
それは目の前に置かれたストローの袋。
それにしても何故ここにストローの袋がある?
そう言えば出掛ける前に野菜ジュースを持って来させたが、その時にストローが付けられていたことを思い出した。
そして思い出した。いつだったか。あきらはその袋をよじって人の型をふたつ作るとそれを重ね合わせた。
そしてニヤッと笑って「面白いものを見せてやるよ」と言うと重ねた人の形をした袋に水を垂らした。するとよじられた袋は水を含んで膨れ男と女が愛し合うように、くねり始めた。
あの時はそれを見て笑ったが、今ストローの袋でそんなものを作られたらテーブルごと破壊してしまうはずだ。
寝ても覚めても彼女が好き。
だから自分の知らない彼女の行動が胸を切り裂く。
彼女のことになると冷静さが失われ不安だけが心に残る。
そしてその不安が司を呑み込み良からぬ妄想が脳裡に浮かんだ。
それはストローの袋のようにあのマンションのどこかの部屋で男と女が重なる姿。
司の知らない男の背中になまめかし声を上げて爪を立てる恋人の姿。
汗ばんだ身体で男に抱かれている恋人の姿。
「冗談じゃねえぞ!」
司は声を荒げるとストローの袋をちぎってゴミ箱に捨てた。
そして良からぬ妄想を打ち消すため目を閉じた。

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「おかえり!」
これまで人の気配がなかった部屋の奥から聞こえた声に司の心は和んだ。と、同時に漂うアップルパイの匂い。
世間で言ういい年をした男と女の交際は、彼女が仕事を辞めニューヨークに渡り一緒に暮らし始めたことで前へ進んだが、それは交際期間半年を経ての婚約だ。
カザフスタンを引き払いニューヨークの司のペントハウスで暮らすようになった女は、司の婚約者として発表されるとパーティーに出席することが増えたが、初めて華やかな姿で現れたとき、その姿はあの頃にはなかった大人の女の可愛らしさがあった。
そんな女の姿に見惚れていると、「どう?見直した?」と言ったが「ああ。馬子にも衣裳とはこのことか?」と言うとドレス姿の女は怒った顏をしたが、その顏も愛おしかった。
とにかく一切合切が愛おしく思えた。
司が16年前に好きになった女は、あの頃から志を立てて生きてきた女で、それを漢字ひと文字で表すなら操という字になるが、彼女がその字が持つ別の意味も立てていたことを知った。
それはふたりが付き合い始めて3ヶ月が経った頃。
性的に成熟していてもおかしくはない年齢の女は、かつて司の周りにいた同世代の女たちとは違った。
それは、あの頃から奥手と言われていた本人が「言っておくことがあるの。がっかりさせたならゴメン」と言って知ったが、それは男性経験がないということ。
そのことを知ったとき、がっかりどころか彼女を知るのは自分だけだと思うとそれだけで心が満たされたが、それは男という生き物が持つエゴを満たしたに過ぎず、お前以外の女は欲しくないと言っていた己の過去が甦ると、これまでの自分の行動を恥じた。
だから「ごめんな」という言葉が口を突いた。
恋には下心があり愛は真心があると言われるが、相手を愛おしいという気持ちにあるのは二度とその人を悲しませたくないという思い。
そんな思いを抱きながら彼女を抱いた。初めてだという相手に明け方少しだけ眠っただけで、ほぼ一晩中抱いたが性欲がそこまで高まったのは初めてで止めどなかった。
初めこそ目を閉じ苦し気な息を吐いていた姿も、躊躇うことなく司の首に回された腕に、ぴったりと密着して身体を揺らせば、ため息とも喘ぎとも取れる声が漏れ司を煽った。
だが初めてを考え慎重に扱ったが、佳境に入ると彼女が初めてであることを忘れた。
そうなると司の身体は彼女を求めることを止めなかった。
司を包み込んだ熱い感触と彼女がイク瞬間を感じながら身体をぶつけ追いかけ、過熱し過ぎた下半身が隔たれることがなく解き放たれた瞬間、己の細胞の全てが彼女の中に注ぎ込まれたことが嬉しかった。
司は避妊しなかった。けれど彼女は何も言わなかった。
だがそれは彼女に余裕がないからだと分かっていた。
この瞬間彼女の身体に自分の種が根付けばいいと思った。
いや、思っただけではない。強く望んだ。断ち切れない絆を結びたいと願った。
だから昼であろうと夜であろうと、彼女と愛し合いたいと思った。
だが聞かなければならなかった。
だから「大丈夫か?」と言ったが、見上げる瞳は「大丈夫だから」と答えた。
そのとき司の口を突いたのは、「愛してる」の言葉。誰よりも牧野つくしを愛してる。
そして返されたのは同じ「愛してる」の言葉。
これまでも大勢の女から言われたその言葉。だがこれまで女たちの口から放たれたその言葉は空疎で何も感じなかった。
だが今は違う。好きな人から言われるその言葉はこの世に存在するどんなものよりも重みがあった。
司は彼女の身体を己の身体の上に引き上げるとしっかりと抱いたが、胸に顏を埋めた姿は激しく愛され疲れたのか。小さな寝息を立て始めていたが、少年と少女だったふたりは、こうして愛し合うことで再び互いの存在を確固たるものに変えた。
そんな誰よりも愛しいと思える人。
その人の寝顔を見つめることが許された男は、やがて同じように眠りについた。
「ニューヨークの冬はこれからが本番だ」
ふたりは自由の女神が見えるマンハッタンの南端にある公園を散歩していたが、立ち止まった男が黒のカシミアのコートに最愛の人をすっぽりと包んで見たのは夕暮れのニューヨークの景色。
冷たくなった風に吹かれながら海に沈む夕日を眺めていたが、彼女のことを忘れなければ12年前にこの街の大学を卒業した男は、こうして彼女を抱いてこの景色を見ていたはずだ。
だが過去を振り返ったところで過去は変えることは出来ない。
けれど途切れた恋の糸はまたこうして結ばれた。
そして大人になったふたりは、躊躇うことなく手を繋ぐことが出来た。
けれど、司が差し出した手を握ったその姿には、あの時掴めなかった手を取ることが出来たことへの切ない思いがあるのではないか。
司も掴むことが出来なかった少女の手をしっかりと握ると、顏を見合わせて笑ったが、誰もいないところでは、泣いていた少女がいたのではないかと思った。
だから司は一緒に暮らすようになってから俺がお前を忘れてから泣いたかと訊いた。
すると少し黙り込んだ彼女は静かに口を開いた
「泣いたわよ。あんなことになって泣かない人間がいると思う?あの島でやっと自分の気持ちに素直になれて離れたくないって言った。アンタもずっと一緒にいるって言った。でもアンタはあたしを忘れてニューヨークへ行った。あたしのことなんて頭の片隅にもなかった」
あの島とはふたりの恋の行方を心配した友人が用意した島。
その島への旅でふたりは互いの気持ちを確かめ合った。
だがその旅を終え港に着いたふたりを待っていたのは、財閥に恨みを持つ男の刃。
ふたりが感じた幸福感はあっと言う間に消えそこには悲劇だけが残された。
「ひとりになって泣いた。周りに優しくされるほど辛かった。大丈夫だって言ったけど、それは我慢をしていただけ。自分を卑下すると涙が出るから常に上だけを見ていた」
司はその言葉に息が詰まってかける言葉を失った。
いくら強気の態度を見せてもやはり寂しかったのだ。
そして女は大きな目からぽろぽろと涙を流して泣いた。
それから司に抱きついて声を上げて泣いたが、その姿はニューヨークに行かないで。もう離れるのは嫌だと言って司に抱きついて泣いた姿に重なり胸が痛んだ。
だから強く抱きしめると「大丈夫だ。俺はもうどこにも行かねえ。ずっとお前の傍にいる」と言ったが、涙でぐちゃぐちゃになった顏が余りにも愛らしくて笑った。
するとそれを見た女は「笑わないでよ!」と泣きながら怒った。
そして抱きしめられた女は「道明寺のバカ!」と言って司の足を蹴った。
だから司は抱きしめたまま「俺が悪かった」と謝った。
間もなく太陽は海の彼方に沈むが、これまで一日が終ることがこんなにも意味を持つとは思いもしなかった。
陳腐な表現だとしても、彼女のことを思い出すまで感じることがなかったホッとする瞬間というのは、愛する人が傍にいるこういう時間のことを言うのだと思った。
「牧野」
「なに?」
「お前。覚えてるか?お前がこの街に俺を迎えに来た時のことを」
司は母親から彼女を守るためにニューヨークへ行くことを決めた。
そんな司を追いかけて来た彼女を追い返したが、最後に空港で交わした言葉は、約束は守るからだったが、ふたりの間で交わされていた約束は鍋をしよう。
「うん。覚えてる。鍋でしょ?ふたりで鍋をしようって約束したわ」
ふたりはその鍋の最中にさらわれた。
そしてあの事件が起きた。だからふたりの鍋の約束は未完のままだ。
「そうだ。その鍋だが寒くなって来た。だからあの約束を果たすには丁度いいんじゃねえの?」
その言葉に彼女は笑って頷いた。
「いいわよ。じゃあ今夜は鍋ね!そうと決まったら買い物しなきゃ。お豆腐はあるけど長ネギが無いわね。あ、でもニューヨークのスーパーでも長ネギ売ってる?それからつみれも作らなくちゃ。あ、でもイワシはないから__」
「牧野」
司は食材の心配をしている女の言葉を遮った。
「あの時の約束が果たせるならどんな鍋でもいい。お前が作る鍋なら中身はなんでもいいんだ。たとえ中にチョコレートが入ろうが、アップルパイが入ろうが中身に意味があるんじゃない。俺たちの鍋はふたりで食うことに意味があるんだ」
「そうよね.....どんな鍋でもあたし達が食べる鍋はふたりが美味しいと思えばそれでいいのよね?」
同意しながらも少しだけ間をおいて答えた彼女。
今のふたりの脳裡にあるのは、古びた狭いアパートの、ほとんど家具のない部屋におかれたテーブルの上で湯気を立てている鍋。
ふたりでスーパーに買い物に行って揃えた食材で作った鍋を美味いと言った男の姿に女は喜んだ。
けれど、守ってやりたかったのに、守ってやれなかった、の言葉に永遠の別れを感じた女はうつむいた。
「じゃあ今夜の夕食は鍋に決定!そうと決まったら早く帰って準備しなくちゃ。つみれは鶏肉で作るわね。それから道明寺。あの時と同じように手伝ってくれるでしょ?」
「ああ。勿論だ」
ふたりは手を繋ぐと黄昏に背を向けた。
司は結び合うように指を絡めると、その指を唇に運んだ。
そしてそこに嵌められている指輪にキスをしたが、夫婦になるまでの間は恋を楽しもうと決めていた。
あの頃出来なかった恋の続きを。
< 完 > *また、恋がはじまる*

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短編で終わる予定が長くなってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。
これまで人の気配がなかった部屋の奥から聞こえた声に司の心は和んだ。と、同時に漂うアップルパイの匂い。
世間で言ういい年をした男と女の交際は、彼女が仕事を辞めニューヨークに渡り一緒に暮らし始めたことで前へ進んだが、それは交際期間半年を経ての婚約だ。
カザフスタンを引き払いニューヨークの司のペントハウスで暮らすようになった女は、司の婚約者として発表されるとパーティーに出席することが増えたが、初めて華やかな姿で現れたとき、その姿はあの頃にはなかった大人の女の可愛らしさがあった。
そんな女の姿に見惚れていると、「どう?見直した?」と言ったが「ああ。馬子にも衣裳とはこのことか?」と言うとドレス姿の女は怒った顏をしたが、その顏も愛おしかった。
とにかく一切合切が愛おしく思えた。
司が16年前に好きになった女は、あの頃から志を立てて生きてきた女で、それを漢字ひと文字で表すなら操という字になるが、彼女がその字が持つ別の意味も立てていたことを知った。
それはふたりが付き合い始めて3ヶ月が経った頃。
性的に成熟していてもおかしくはない年齢の女は、かつて司の周りにいた同世代の女たちとは違った。
それは、あの頃から奥手と言われていた本人が「言っておくことがあるの。がっかりさせたならゴメン」と言って知ったが、それは男性経験がないということ。
そのことを知ったとき、がっかりどころか彼女を知るのは自分だけだと思うとそれだけで心が満たされたが、それは男という生き物が持つエゴを満たしたに過ぎず、お前以外の女は欲しくないと言っていた己の過去が甦ると、これまでの自分の行動を恥じた。
だから「ごめんな」という言葉が口を突いた。
恋には下心があり愛は真心があると言われるが、相手を愛おしいという気持ちにあるのは二度とその人を悲しませたくないという思い。
そんな思いを抱きながら彼女を抱いた。初めてだという相手に明け方少しだけ眠っただけで、ほぼ一晩中抱いたが性欲がそこまで高まったのは初めてで止めどなかった。
初めこそ目を閉じ苦し気な息を吐いていた姿も、躊躇うことなく司の首に回された腕に、ぴったりと密着して身体を揺らせば、ため息とも喘ぎとも取れる声が漏れ司を煽った。
だが初めてを考え慎重に扱ったが、佳境に入ると彼女が初めてであることを忘れた。
そうなると司の身体は彼女を求めることを止めなかった。
司を包み込んだ熱い感触と彼女がイク瞬間を感じながら身体をぶつけ追いかけ、過熱し過ぎた下半身が隔たれることがなく解き放たれた瞬間、己の細胞の全てが彼女の中に注ぎ込まれたことが嬉しかった。
司は避妊しなかった。けれど彼女は何も言わなかった。
だがそれは彼女に余裕がないからだと分かっていた。
この瞬間彼女の身体に自分の種が根付けばいいと思った。
いや、思っただけではない。強く望んだ。断ち切れない絆を結びたいと願った。
だから昼であろうと夜であろうと、彼女と愛し合いたいと思った。
だが聞かなければならなかった。
だから「大丈夫か?」と言ったが、見上げる瞳は「大丈夫だから」と答えた。
そのとき司の口を突いたのは、「愛してる」の言葉。誰よりも牧野つくしを愛してる。
そして返されたのは同じ「愛してる」の言葉。
これまでも大勢の女から言われたその言葉。だがこれまで女たちの口から放たれたその言葉は空疎で何も感じなかった。
だが今は違う。好きな人から言われるその言葉はこの世に存在するどんなものよりも重みがあった。
司は彼女の身体を己の身体の上に引き上げるとしっかりと抱いたが、胸に顏を埋めた姿は激しく愛され疲れたのか。小さな寝息を立て始めていたが、少年と少女だったふたりは、こうして愛し合うことで再び互いの存在を確固たるものに変えた。
そんな誰よりも愛しいと思える人。
その人の寝顔を見つめることが許された男は、やがて同じように眠りについた。
「ニューヨークの冬はこれからが本番だ」
ふたりは自由の女神が見えるマンハッタンの南端にある公園を散歩していたが、立ち止まった男が黒のカシミアのコートに最愛の人をすっぽりと包んで見たのは夕暮れのニューヨークの景色。
冷たくなった風に吹かれながら海に沈む夕日を眺めていたが、彼女のことを忘れなければ12年前にこの街の大学を卒業した男は、こうして彼女を抱いてこの景色を見ていたはずだ。
だが過去を振り返ったところで過去は変えることは出来ない。
けれど途切れた恋の糸はまたこうして結ばれた。
そして大人になったふたりは、躊躇うことなく手を繋ぐことが出来た。
けれど、司が差し出した手を握ったその姿には、あの時掴めなかった手を取ることが出来たことへの切ない思いがあるのではないか。
司も掴むことが出来なかった少女の手をしっかりと握ると、顏を見合わせて笑ったが、誰もいないところでは、泣いていた少女がいたのではないかと思った。
だから司は一緒に暮らすようになってから俺がお前を忘れてから泣いたかと訊いた。
すると少し黙り込んだ彼女は静かに口を開いた
「泣いたわよ。あんなことになって泣かない人間がいると思う?あの島でやっと自分の気持ちに素直になれて離れたくないって言った。アンタもずっと一緒にいるって言った。でもアンタはあたしを忘れてニューヨークへ行った。あたしのことなんて頭の片隅にもなかった」
あの島とはふたりの恋の行方を心配した友人が用意した島。
その島への旅でふたりは互いの気持ちを確かめ合った。
だがその旅を終え港に着いたふたりを待っていたのは、財閥に恨みを持つ男の刃。
ふたりが感じた幸福感はあっと言う間に消えそこには悲劇だけが残された。
「ひとりになって泣いた。周りに優しくされるほど辛かった。大丈夫だって言ったけど、それは我慢をしていただけ。自分を卑下すると涙が出るから常に上だけを見ていた」
司はその言葉に息が詰まってかける言葉を失った。
いくら強気の態度を見せてもやはり寂しかったのだ。
そして女は大きな目からぽろぽろと涙を流して泣いた。
それから司に抱きついて声を上げて泣いたが、その姿はニューヨークに行かないで。もう離れるのは嫌だと言って司に抱きついて泣いた姿に重なり胸が痛んだ。
だから強く抱きしめると「大丈夫だ。俺はもうどこにも行かねえ。ずっとお前の傍にいる」と言ったが、涙でぐちゃぐちゃになった顏が余りにも愛らしくて笑った。
するとそれを見た女は「笑わないでよ!」と泣きながら怒った。
そして抱きしめられた女は「道明寺のバカ!」と言って司の足を蹴った。
だから司は抱きしめたまま「俺が悪かった」と謝った。
間もなく太陽は海の彼方に沈むが、これまで一日が終ることがこんなにも意味を持つとは思いもしなかった。
陳腐な表現だとしても、彼女のことを思い出すまで感じることがなかったホッとする瞬間というのは、愛する人が傍にいるこういう時間のことを言うのだと思った。
「牧野」
「なに?」
「お前。覚えてるか?お前がこの街に俺を迎えに来た時のことを」
司は母親から彼女を守るためにニューヨークへ行くことを決めた。
そんな司を追いかけて来た彼女を追い返したが、最後に空港で交わした言葉は、約束は守るからだったが、ふたりの間で交わされていた約束は鍋をしよう。
「うん。覚えてる。鍋でしょ?ふたりで鍋をしようって約束したわ」
ふたりはその鍋の最中にさらわれた。
そしてあの事件が起きた。だからふたりの鍋の約束は未完のままだ。
「そうだ。その鍋だが寒くなって来た。だからあの約束を果たすには丁度いいんじゃねえの?」
その言葉に彼女は笑って頷いた。
「いいわよ。じゃあ今夜は鍋ね!そうと決まったら買い物しなきゃ。お豆腐はあるけど長ネギが無いわね。あ、でもニューヨークのスーパーでも長ネギ売ってる?それからつみれも作らなくちゃ。あ、でもイワシはないから__」
「牧野」
司は食材の心配をしている女の言葉を遮った。
「あの時の約束が果たせるならどんな鍋でもいい。お前が作る鍋なら中身はなんでもいいんだ。たとえ中にチョコレートが入ろうが、アップルパイが入ろうが中身に意味があるんじゃない。俺たちの鍋はふたりで食うことに意味があるんだ」
「そうよね.....どんな鍋でもあたし達が食べる鍋はふたりが美味しいと思えばそれでいいのよね?」
同意しながらも少しだけ間をおいて答えた彼女。
今のふたりの脳裡にあるのは、古びた狭いアパートの、ほとんど家具のない部屋におかれたテーブルの上で湯気を立てている鍋。
ふたりでスーパーに買い物に行って揃えた食材で作った鍋を美味いと言った男の姿に女は喜んだ。
けれど、守ってやりたかったのに、守ってやれなかった、の言葉に永遠の別れを感じた女はうつむいた。
「じゃあ今夜の夕食は鍋に決定!そうと決まったら早く帰って準備しなくちゃ。つみれは鶏肉で作るわね。それから道明寺。あの時と同じように手伝ってくれるでしょ?」
「ああ。勿論だ」
ふたりは手を繋ぐと黄昏に背を向けた。
司は結び合うように指を絡めると、その指を唇に運んだ。
そしてそこに嵌められている指輪にキスをしたが、夫婦になるまでの間は恋を楽しもうと決めていた。
あの頃出来なかった恋の続きを。
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つくしの前にいる道明寺司という男は、確かにあの頃とは違う。
それは年を重ね大人になったからなのか。
それとも自分が持つ力の使い方を知っているからなのか。
ふたりの付き合い方はつくしのペースに合わると言いながら…..いや。合わせているように見えるだけで、物事の流れは確実に男のペースで進んでいた。
キルギスの邸にとどまったのはたった1日。
「お前が焼いたアップルパイを俺にも食べさせてくれ」その言葉に頷き付き合うことを了承すると、長いくちづけをした男はつくしの手を取り、「戻るぞ」と言って待たせてあった車に乗り込むと空港に向かい、キルギスを後にしてカザフスタンに戻ったが空の上で彼女の手を取り言った。
「牧野。俺たちの関係は16年前に一旦途切れたがまたこうして元に戻った。
過ぎたことを悔やんでも仕方がないことだが、俺とお前は過去を共有することが出来なかった。けど俺もお前も年を重ねた男と女だ。互いに人生について考えなきゃならん年齢だ。
だから言う。分かっていると思うが俺は俺たちの付き合いをただの付き合いにするつもりはない。俺が朝、目覚めたときに最初に見たいのはお前だ。隣にいて欲しいのはお前だ。
つまり俺たちの付き合いは結婚を前提だってことだ。
それから姉貴から訊かされただろうが、母親のことは気にしなくていい。
まず、いい年をした息子の人生の伴侶に対して母親がとやかく言う方がどうかしている。
それに俺は誰に文句を言われることがないほど道明寺の業績を上げてきた。だからこそ母親に意見をさし挟まれる筋はないと思ってる。
まあ、母親はお前のことに関しては何も文句はないはずだ。何しろいつまでも結婚しない息子に痺れを切らしたと言った方が正しいかもしれねえけど、お前のことは認めてるから心配するな。それに過去にお前には助けられたことがあっただろ?だからあんな母親だが見るところは見てる。結局相手の家に金があろうがなかろうが、身分がどうのは関係ない。
それにどんなに外側から力をかけたところで、人が相手を求めるのは生理的レベルだ。理屈じゃない本能が相手を見極める。人が人を欲しがるのは本能が動かす感情のレベルがどれだけ高いかだ。はっきり言ってこの16年の俺の感情のレベルは最低だった。つまり俺の本能は長い間眠っていた。だが目覚めた瞬間からお前を求めて動きだした。だから16年前の約束を果たす」
男はそう言うと、「それからこれはお前のものだ」と言ってつくしが返すつもりでベンチに置いたネックレスを彼女の手に握らせた。
「今のお前には子供っぽいかもしれねえけど、これは俺が初めてお前に贈ったものだ。だから出来れば大切にして欲しい」
つくしは、男の話を訊いていたが、とにかく男はよく喋った。
それはまるでつくしの口から否定的な言葉が出ることを恐れているように思えたが、道明寺司という男には昔と変わらない部分があった。
それは彼女の気持ちを尊重しようと言ったことだ。
「牧野。果てしない空の下でこうしてまたお前に会えたことは俺にとって幸運だったとしか言えない。それに俺は結婚を前提にと言ったが、お前の考えを尊重する。
これから付き合って行く中でやっぱり俺とは一緒にはやっていけないと思うなら言ってくれ。けどそうなると俺はお前を諦めることをしなきゃならんが、簡単にお前を諦めることは出来んだろうよ」
それは少しだけ悲し気に聴こえた。
だが継がれた言葉は力強く響いた。
「ただ、待って欲しい。時間が欲しいと言われれば俺は待つ。
俺にとって1週間は秒に過ぎない。つまり3カ月待つのは12秒で半年なら24秒。1年は48秒だ。そのくらい俺は待つことが出来る。だってそうだろ?俺たちの間には16年という時間が流れた。それに比べたら半年も1年も大差はない。それに人生を迷わない人間はいない。だから俺は待つ。お前の人生に俺を迎え入れてくれる日を」
そしてそこまで言った男は最後にこう付け加えた。
「ただ俺は間違った人生を送るつもりはない。それからお前に伝えておきたいことがある。
お前が俺と結婚するつもりがないって言うなら母親は荒れるだろうよ。お前も知っての通り、あの母親は自分の目的のためならどんなことでもする。それがビジネスだけでなく道明寺家の存続にかかわってくるとなれば尚更だ。もしかするとカザフスタンに乗り込んでくるかもしれん。そうだな……大金を持って現れて俺と結婚してやってくれって脅すかもな」
かつて息子と別れてくれと言って大金を持ってつくしの前に現れた道明寺楓は、瞬きひとつせずにつくしを正視していたが、今度は逆の意味であの時の状況が繰り返されるということ。
そんな脅しともとれる言葉を放った男はニヤッと笑った。
だが男が言いたかったことは待つということ。
それに忙しい男がカザフスタンに来たことで、仕事が滞ってしまっていることは察することが出来る。だから『俺は待つ。ニューヨークでお前を』と言って彼女を自宅まで送り届けるとキスを残し車に戻った。
そしてふたりの交際は男がニューヨークとアルマトイの間を行き来することで始まったが、男は地球を俯瞰するビジネスをしていることから距離がふたりの交際を妨げているとは感じなかった。
実際に男は中央アジアでのビジネスに絡み、カザフスタンを訪れることが多かった。
それは石油や天然ガスというかつて道明寺グループにはなかった分野の開発に力を入れているからだが、その時、通訳として呼ばれたが、もしかすると男はロシア語を理解しているのではないかと思った。
それは、何度目かの通訳をしていて気づいたこと。
かつて左耳に開けられていたピアスの穴はとっくに塞がっているが、あの頃と変わらずキレイな横顏は通訳者であるつくしには馴染みのものになった。
そんな顏のつくしに見える側の目尻に皺が寄ったのは、つくしが相手の言葉を日本語で伝える前だ。
人には本物の笑顔と偽物の笑顔がある。
それは愛想笑いと心からの笑い。本当の笑顔は目元に皺が寄ると言われていて、偽物の笑顔は目の周りに変化はなく口許だけで作られる。
つまりそれは目が笑っていないということだが、ビジネスの場に於いて作られる笑顔は口許だけの場合が殆どだが、あの時、男は相手がロシア語で言った笑い話をつくしが通訳する前に理解して心から笑ったということになる。
だから「もしかしてロシア語が分かるの?」と訊いた。
すると男は「ああ」と答えた。そして「ビジネスに於いては知らないフリをしている方がいいんだ。相手は俺がロシア語を理解できないと思うからこそ油断して俺に知られたくない話をすることもある。それはうちにとっての大きな情報だ。だから俺がロシア語を理解出来ることは誰にも言うなよ」と言葉を継いだが、それは正論であり、バカほど知識をひけらかし、賢い人間は知らないフリをすることで得ることや身を守ることが出来ると言うが、この男は後者のようだ。
そしてそんな男は、つくしの口から時々漏れる未整理な言葉も理解していた。
「お前の口から漏れる言葉に暗号解読表は必要ない。ま、かつてのソビエトのスパイもお前の口から漏れた言葉の意味を知っても不思議に思うだけだろうがな」
ひとり言を呟く癖は相変らずで、気付けば男に笑われていた。
そして、つくしは男がロシア語を理解していることを知ってから、相手の言葉を正確に伝える必要はなくなり、彼女の通訳としての役目は形だけのものになった。
だがロシア語を理解できない道明寺副社長の通訳として同席している以上、通訳として左斜め後ろという定位置に座り、正しい姿勢で男の耳元に言葉を伝えると男は頷いたが、その姿は通訳を通して語られた相手の言葉に頷いたように見えた。
だが、実のところそれはつくしの問いかけに応えている姿。
つくしが男の耳元に伝えたのは、「ねえ。昨日の夜アップルパイを焼いたの。だから食べるでしょ?」
男がつくしの元を訪れるたびに焼かれるアップルパイ。
今ではふたりにとっては欠かせないデザート。
「それからね。来月末で日本語学校の仕事を辞めることに決めたから」
その言葉に男は左後ろを振り返った。
そして立ち上ると彼女をきつく抱きしめた。

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それは年を重ね大人になったからなのか。
それとも自分が持つ力の使い方を知っているからなのか。
ふたりの付き合い方はつくしのペースに合わると言いながら…..いや。合わせているように見えるだけで、物事の流れは確実に男のペースで進んでいた。
キルギスの邸にとどまったのはたった1日。
「お前が焼いたアップルパイを俺にも食べさせてくれ」その言葉に頷き付き合うことを了承すると、長いくちづけをした男はつくしの手を取り、「戻るぞ」と言って待たせてあった車に乗り込むと空港に向かい、キルギスを後にしてカザフスタンに戻ったが空の上で彼女の手を取り言った。
「牧野。俺たちの関係は16年前に一旦途切れたがまたこうして元に戻った。
過ぎたことを悔やんでも仕方がないことだが、俺とお前は過去を共有することが出来なかった。けど俺もお前も年を重ねた男と女だ。互いに人生について考えなきゃならん年齢だ。
だから言う。分かっていると思うが俺は俺たちの付き合いをただの付き合いにするつもりはない。俺が朝、目覚めたときに最初に見たいのはお前だ。隣にいて欲しいのはお前だ。
つまり俺たちの付き合いは結婚を前提だってことだ。
それから姉貴から訊かされただろうが、母親のことは気にしなくていい。
まず、いい年をした息子の人生の伴侶に対して母親がとやかく言う方がどうかしている。
それに俺は誰に文句を言われることがないほど道明寺の業績を上げてきた。だからこそ母親に意見をさし挟まれる筋はないと思ってる。
まあ、母親はお前のことに関しては何も文句はないはずだ。何しろいつまでも結婚しない息子に痺れを切らしたと言った方が正しいかもしれねえけど、お前のことは認めてるから心配するな。それに過去にお前には助けられたことがあっただろ?だからあんな母親だが見るところは見てる。結局相手の家に金があろうがなかろうが、身分がどうのは関係ない。
それにどんなに外側から力をかけたところで、人が相手を求めるのは生理的レベルだ。理屈じゃない本能が相手を見極める。人が人を欲しがるのは本能が動かす感情のレベルがどれだけ高いかだ。はっきり言ってこの16年の俺の感情のレベルは最低だった。つまり俺の本能は長い間眠っていた。だが目覚めた瞬間からお前を求めて動きだした。だから16年前の約束を果たす」
男はそう言うと、「それからこれはお前のものだ」と言ってつくしが返すつもりでベンチに置いたネックレスを彼女の手に握らせた。
「今のお前には子供っぽいかもしれねえけど、これは俺が初めてお前に贈ったものだ。だから出来れば大切にして欲しい」
つくしは、男の話を訊いていたが、とにかく男はよく喋った。
それはまるでつくしの口から否定的な言葉が出ることを恐れているように思えたが、道明寺司という男には昔と変わらない部分があった。
それは彼女の気持ちを尊重しようと言ったことだ。
「牧野。果てしない空の下でこうしてまたお前に会えたことは俺にとって幸運だったとしか言えない。それに俺は結婚を前提にと言ったが、お前の考えを尊重する。
これから付き合って行く中でやっぱり俺とは一緒にはやっていけないと思うなら言ってくれ。けどそうなると俺はお前を諦めることをしなきゃならんが、簡単にお前を諦めることは出来んだろうよ」
それは少しだけ悲し気に聴こえた。
だが継がれた言葉は力強く響いた。
「ただ、待って欲しい。時間が欲しいと言われれば俺は待つ。
俺にとって1週間は秒に過ぎない。つまり3カ月待つのは12秒で半年なら24秒。1年は48秒だ。そのくらい俺は待つことが出来る。だってそうだろ?俺たちの間には16年という時間が流れた。それに比べたら半年も1年も大差はない。それに人生を迷わない人間はいない。だから俺は待つ。お前の人生に俺を迎え入れてくれる日を」
そしてそこまで言った男は最後にこう付け加えた。
「ただ俺は間違った人生を送るつもりはない。それからお前に伝えておきたいことがある。
お前が俺と結婚するつもりがないって言うなら母親は荒れるだろうよ。お前も知っての通り、あの母親は自分の目的のためならどんなことでもする。それがビジネスだけでなく道明寺家の存続にかかわってくるとなれば尚更だ。もしかするとカザフスタンに乗り込んでくるかもしれん。そうだな……大金を持って現れて俺と結婚してやってくれって脅すかもな」
かつて息子と別れてくれと言って大金を持ってつくしの前に現れた道明寺楓は、瞬きひとつせずにつくしを正視していたが、今度は逆の意味であの時の状況が繰り返されるということ。
そんな脅しともとれる言葉を放った男はニヤッと笑った。
だが男が言いたかったことは待つということ。
それに忙しい男がカザフスタンに来たことで、仕事が滞ってしまっていることは察することが出来る。だから『俺は待つ。ニューヨークでお前を』と言って彼女を自宅まで送り届けるとキスを残し車に戻った。
そしてふたりの交際は男がニューヨークとアルマトイの間を行き来することで始まったが、男は地球を俯瞰するビジネスをしていることから距離がふたりの交際を妨げているとは感じなかった。
実際に男は中央アジアでのビジネスに絡み、カザフスタンを訪れることが多かった。
それは石油や天然ガスというかつて道明寺グループにはなかった分野の開発に力を入れているからだが、その時、通訳として呼ばれたが、もしかすると男はロシア語を理解しているのではないかと思った。
それは、何度目かの通訳をしていて気づいたこと。
かつて左耳に開けられていたピアスの穴はとっくに塞がっているが、あの頃と変わらずキレイな横顏は通訳者であるつくしには馴染みのものになった。
そんな顏のつくしに見える側の目尻に皺が寄ったのは、つくしが相手の言葉を日本語で伝える前だ。
人には本物の笑顔と偽物の笑顔がある。
それは愛想笑いと心からの笑い。本当の笑顔は目元に皺が寄ると言われていて、偽物の笑顔は目の周りに変化はなく口許だけで作られる。
つまりそれは目が笑っていないということだが、ビジネスの場に於いて作られる笑顔は口許だけの場合が殆どだが、あの時、男は相手がロシア語で言った笑い話をつくしが通訳する前に理解して心から笑ったということになる。
だから「もしかしてロシア語が分かるの?」と訊いた。
すると男は「ああ」と答えた。そして「ビジネスに於いては知らないフリをしている方がいいんだ。相手は俺がロシア語を理解できないと思うからこそ油断して俺に知られたくない話をすることもある。それはうちにとっての大きな情報だ。だから俺がロシア語を理解出来ることは誰にも言うなよ」と言葉を継いだが、それは正論であり、バカほど知識をひけらかし、賢い人間は知らないフリをすることで得ることや身を守ることが出来ると言うが、この男は後者のようだ。
そしてそんな男は、つくしの口から時々漏れる未整理な言葉も理解していた。
「お前の口から漏れる言葉に暗号解読表は必要ない。ま、かつてのソビエトのスパイもお前の口から漏れた言葉の意味を知っても不思議に思うだけだろうがな」
ひとり言を呟く癖は相変らずで、気付けば男に笑われていた。
そして、つくしは男がロシア語を理解していることを知ってから、相手の言葉を正確に伝える必要はなくなり、彼女の通訳としての役目は形だけのものになった。
だがロシア語を理解できない道明寺副社長の通訳として同席している以上、通訳として左斜め後ろという定位置に座り、正しい姿勢で男の耳元に言葉を伝えると男は頷いたが、その姿は通訳を通して語られた相手の言葉に頷いたように見えた。
だが、実のところそれはつくしの問いかけに応えている姿。
つくしが男の耳元に伝えたのは、「ねえ。昨日の夜アップルパイを焼いたの。だから食べるでしょ?」
男がつくしの元を訪れるたびに焼かれるアップルパイ。
今ではふたりにとっては欠かせないデザート。
「それからね。来月末で日本語学校の仕事を辞めることに決めたから」
その言葉に男は左後ろを振り返った。
そして立ち上ると彼女をきつく抱きしめた。

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「最後にもう一度言おう。3年生の皆さん。卒業おめでとう。人生は一度だけです。その人生を存分に楽しんで下さい」
司は我が子の卒業式に来賓として出席したが、今は妻とふたりでリビングのソファに腰を降ろしコーヒーを飲んでいた。
今日は司が英徳学園を卒業してから27年目の春。
18歳の少年が今は45歳になり息子は18歳になったが、息子は司と同じ英徳に入学し無事高等部を卒業した。
息子は司が18歳の頃と同じで背は185センチあり、癖のある髪に鋭い目をしていた。
だが同じなのは外見だけで性格は全く違う。
息子の性格はどちらかといえば妻に似ていた。それは物事に対する取り組み方だが、息子は物事を考える時は慎重に考える。だが時に周りの誰もが思いもしないような大胆な行動を取ることがあるが、それは司の性質を受け継いでいると言えた。
そんな息子について妻は言った。
「ねえ、巧は好きな女の子がいるみたいよ?でもまだ想いは伝えてないみたい」
司はそう言われ息子が恋をしていることを知った。
子供も高校生になると幼かった頃のように何でも親に話すことはない。
だから司も息子の恋愛事情について知らなかったが、自分が同じ年頃だったことを思えば、恋のひとつやふたつしていたとしてもおかしくはない。だから「そうか」という思いだった。
司は目の前に好きな女がいれば、すぐにでも抱きしめたいと思っていたが息子はどうなのか。
そんな我が子のことを一番知っているのは母親なのかもしれない。
だから母親は嬉しそうに言った。
「あの子、卒業式の後で制服の第二ボタン欲しいって言われると思う?」
「制服の第二ボタン?」
「そうよ。ほら、卒業式が終ったら好きな人の第二ボタンを貰うっていうアレよ」
司はアレと言われても妻の話が全く分からなかった。だから訊いた。
するとこう言われた。
「卒業式が終ったらね、女の子は卒業する好きな男の子の制服の第二ボタンを貰う風習があるの。
どうして第二ボタンなのかは色んな説があるけど、その中のひとつは第二ボタンが1番心臓に近いからハートを掴むって意味があるからなの。つまり好きな人の心を掴みたいってことだけど、巧の心を掴みたいって思う女の子がいると思う?巧が好きな女の子が巧のことを好きだといいんだけど」
我が子が恋の行方について話す妻は嬉しそうだが、司は妻の話を訊きながら27年前を思い出していた。
そこに見えるのはひとりの女性を手に入れるため、それまでの生き方を変えることを決めた男の姿であり、定めがあるならその定めを乗り越え、好きな人を幸せにする力を手に入れるために離れ離れになる恋を選んだ男の姿だが、その人の誕生日にたった数分会うためにジェットを飛ばし、キスだけを残し立ち去ったこともあった。
「でも第二ボタンの風習は詰襟の学生服の風習なのよね。英徳はブレザーだから第二ボタンじゃなくてネクタイかもしれないわね?つまりネクタイを下さいってことだけど、もし卒業式の後で巧がネクタイを締めてなかったら、好きな女の子から告白されたってことになるわね?ねえ。司。巧の恋。上手くいくといいわね?もしかするとプロムでその女の子と踊るかもしれないわね?」
卒業式のあとに行われる英徳のプロムは小社交界と言われる華やかさがあるが、司がプロムで思い出すのは、
『4年後いい男になって戻ってきたら、あたしがあんたを幸せにしてあげてもいいよ』と言った少女の姿。
そしてその少女は言葉の通り司を幸せにしてくれた。
結婚したふたりの間には三人の子供がいて、その中で一番年長の子供が巧だ。
ふたりにとってはじめての子供は男の子。その次も男の子。そして三番目が女の子だがどこの子も可愛い。
だがやはり最初に生まれた子には特別な思いがある。
それは二人が手探りで始めた育児だからだが、実際に司が手伝ったことと言えば、オムツを替えることとミルクをあげることくらいだったが、妻はそれだけでも充分。あたしにはタマさんもいるからと言って笑った。
だからせめてという訳ではないが学校行事には積極的に参加した。
運動会があれば走った。時間が許す限り参観日にも足を運んだ。それは自分が子供だった頃に親にしてもらえなかったこと。
教室で後ろを振り返ったとき、そこにいたのは父でも母でもなく司の世話をしていた老婆。
司は老婆のことが好きだった。けれどそこに見たかったのは両親の姿だ。
だが生活の殆どを海外で過ごしていた両親は、仕事で忙しいといって学校行事に参加することはなかった。
だから親になった司は子供たちに親のいない寂しさを味合わせたくはないという思いがあった。それに子供たちがどんな日常を過ごしているのか気になったが、三人とも司のように問題を起こすことなく育ってくれた。
司はかつて自分にあったような期待をかけて息子を育てることはしなかった。
息子には息子の人生を歩んで欲しかった。だから息子には道明寺司の息子ではなく、ひとりの男として自分の人生を歩んで欲しいと思っている。
そんな長男は高等部の卒業式を迎えたが、これからは親の手を離れ大人の男として自分の行動に責任を持つ事になる。
「それでね。あたしも中学のとき友達から第二ボタンを貰うから付いて来て欲しいって言われて体育館の裏に付いて行ったことがあったの。あ、でも少し離れた場所にいたから現場は見てないんだけどね。なんかあたしまでドキドキしちゃった」
司は妻の語りを訊きながら思い出にひたっていたが、ふと思った。
それは、司が出席することが出来なかった卒業式の後こと。
妻が言ったように制服の第二ボタンの風習が英徳にもあったなら、司のことを好きだと言った女は詰襟の学生服の第二ボタンに匹敵するネクタイを欲しがらなければおかしいということ。だが妻は司にそういったものを欲しがらなかった。
「つくし」
「なに?」
「お前、俺が卒業したとき、俺の制服のネクタイを欲しいと思わなかったのか?」
「え?」
「え、じゃねえだろ?何でお前は俺にネクタイをくれって言わなかった?」
「何よ突然。それに何でって司は制服着てなかったじゃない?」
「着てなかったからってそれで済ませるつもりか?」
「済ませるもなにも実際そうでしょ?それにあたしが司の制服姿を見たのは一度だけなんだからね?」
そう言われて初めて気づいたが、司の記憶にある制服姿の自分は、妻に制服デートをしようと言われた時だけで他は全く覚えがなかった。
「それでも欲しがれよ。ニューヨークに旅立つ俺の代わりにネクタイが俺だと思えばいいだろ?」
「あのねえ。ネクタイが俺っていうけど普段身に付けてないものをもらっても嬉しくないわよ」
言われてみれば確かにそうだ。
もし司が妻の立場だとすれば、妻が身に付けたことがないものを妻だと思えと言われても、妻の匂いもしなければ妻の汗が染み付いていないものを受け入れることは出来ない。
だが思ったのは、卒業式の日に制服を着て来たという類は、「これ俺だと思って大切にして欲しい」と言って妻にネクタイを渡したのではないかということ。
何しろ類は妻のことが好きだった。だから叶わなかった恋に未練があって自らネクタイを外し渡したのではないか。27年前のことだが、そんな思いが頭の中に湧き上がった。
「つくし。お前、卒業式の日、類からネクタイを貰わなかったか?」
「はあ?」
「だから、俺がプロムに行くまでの間に類からネクタイを貰わなかったか?」
すると妻は司の言葉に呆れたように言った。
「あのねえ。何を言い出すかと思ったら、どうしてあたしが類からネクタイを貰わなきゃならないのよ?」
「だってそうだろうが。類はお前のことが好きだった。だから卒業の記念だとかなんとか言ってお前にネクタイを貰って欲しいと言わなかったか?」
「もう、いい加減にしてよね?類があたしのことが好きだったのは遠い昔の話で今は違うわよ」
妻はそう言ったが司はその話を信じていなかった。
何故ならあの男は未だに独身だからだ。
「それよりも今は巧のことよ。巧はネクタイ無しで帰ってくるかしらね?もしかしてプロムに行くのはその子とダンスをする約束をしているからじゃない?もしそうだとしたらどんな女の子なのかしらね?」
パーティーは好きじゃないという息子だが、妻に言わせればそんな息子がプロムに出るのは好きな女性とダンスを踊りたいから。
もし妻の言う通りだとすれば、息子はその女の子のことを本気で好きだということになるが、恋に興味がなかった男の本気の恋ほど恐ろしいものはない。
それは、Blood will tell. 血は争えないからだ。
司はあの時、プロムには遅れて到着した。だから妻とワルツを踊ることがなかった。
それが今でも心残りだ。何しろ人生の中で一度しかない卒業のセレモニー。
出来ることならあの時間をもう一度と思う。
「つくし」
「何?」
「あの時、俺たちはワルツを踊ることは出来なかったな」
英徳の生徒の誰もが憧れる男のダンスをする姿は、そこになかった。
ただそこにいたのは、愛している女と離れ遠い場所で暮らすことを選んだ男が、旅立ちの前にしっかりとその女を抱きしめている姿だ。
「そうね。あたしは司からドレスを貰ったけど、破れて着ることはなかった。
それに司は渡米前で忙しくて遅れてきたし、あたしたちがあの時過ごした時間は短かったわよね。でもあれから司とは何度もダンスをしたわ。それはあたしが卒業する時に司がニューヨークから来てくれた時もだけど、誕生日も踊ったわ。大学を卒業する時も。それに結婚式も。だから今はちゃんと踊れるわ」
道明寺ホールディングス社長道明寺司の妻としてこれまで夫と踊ったダンスは数知れず。
だが初めの頃ステップを間違えて足を踏むことが多かった。
司はソファから立ち上ると向かいの席に座る妻の手を取った。
子供の人生の節目である卒業に自分達が歩んで来た人生を振り返る。
それはどの親もすることかもしれないが、司は27年前のあの日に踏む事が出来なかったステップを踏む事を決めた。
だがそのステップはあの時流れていた優雅なワルツではない。
18歳の少年ではなく45歳の男が踊りたいのはチークダンス。
あの時、「宣戦布告だな、やってもらおうじゃん」と言った男は、瞳に涙を浮かべた恋人を見ていたが、その先に見えたのはふたりで過ごす未来の風景。
春は失うものもあれば、得るものもあるが司が見たのは得るものだけ。
そして心の中で言ったのは、頑張るからな、待ってろよ。
司は妻の身体を引き寄せた。
そして「踊ろう。あの時踊れなかったダンスを」と言って頬を寄せた。
< 完 > *春を往け(はるをゆけ)*
こちらのお話は、先日皆様からいただいた沢山の拍手とコメントの御礼として書かせていただきましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。そして、今までこうして書き続けることが出来たのも皆様のおかげです。ありがとうございました。 アカシア

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司は我が子の卒業式に来賓として出席したが、今は妻とふたりでリビングのソファに腰を降ろしコーヒーを飲んでいた。
今日は司が英徳学園を卒業してから27年目の春。
18歳の少年が今は45歳になり息子は18歳になったが、息子は司と同じ英徳に入学し無事高等部を卒業した。
息子は司が18歳の頃と同じで背は185センチあり、癖のある髪に鋭い目をしていた。
だが同じなのは外見だけで性格は全く違う。
息子の性格はどちらかといえば妻に似ていた。それは物事に対する取り組み方だが、息子は物事を考える時は慎重に考える。だが時に周りの誰もが思いもしないような大胆な行動を取ることがあるが、それは司の性質を受け継いでいると言えた。
そんな息子について妻は言った。
「ねえ、巧は好きな女の子がいるみたいよ?でもまだ想いは伝えてないみたい」
司はそう言われ息子が恋をしていることを知った。
子供も高校生になると幼かった頃のように何でも親に話すことはない。
だから司も息子の恋愛事情について知らなかったが、自分が同じ年頃だったことを思えば、恋のひとつやふたつしていたとしてもおかしくはない。だから「そうか」という思いだった。
司は目の前に好きな女がいれば、すぐにでも抱きしめたいと思っていたが息子はどうなのか。
そんな我が子のことを一番知っているのは母親なのかもしれない。
だから母親は嬉しそうに言った。
「あの子、卒業式の後で制服の第二ボタン欲しいって言われると思う?」
「制服の第二ボタン?」
「そうよ。ほら、卒業式が終ったら好きな人の第二ボタンを貰うっていうアレよ」
司はアレと言われても妻の話が全く分からなかった。だから訊いた。
するとこう言われた。
「卒業式が終ったらね、女の子は卒業する好きな男の子の制服の第二ボタンを貰う風習があるの。
どうして第二ボタンなのかは色んな説があるけど、その中のひとつは第二ボタンが1番心臓に近いからハートを掴むって意味があるからなの。つまり好きな人の心を掴みたいってことだけど、巧の心を掴みたいって思う女の子がいると思う?巧が好きな女の子が巧のことを好きだといいんだけど」
我が子が恋の行方について話す妻は嬉しそうだが、司は妻の話を訊きながら27年前を思い出していた。
そこに見えるのはひとりの女性を手に入れるため、それまでの生き方を変えることを決めた男の姿であり、定めがあるならその定めを乗り越え、好きな人を幸せにする力を手に入れるために離れ離れになる恋を選んだ男の姿だが、その人の誕生日にたった数分会うためにジェットを飛ばし、キスだけを残し立ち去ったこともあった。
「でも第二ボタンの風習は詰襟の学生服の風習なのよね。英徳はブレザーだから第二ボタンじゃなくてネクタイかもしれないわね?つまりネクタイを下さいってことだけど、もし卒業式の後で巧がネクタイを締めてなかったら、好きな女の子から告白されたってことになるわね?ねえ。司。巧の恋。上手くいくといいわね?もしかするとプロムでその女の子と踊るかもしれないわね?」
卒業式のあとに行われる英徳のプロムは小社交界と言われる華やかさがあるが、司がプロムで思い出すのは、
『4年後いい男になって戻ってきたら、あたしがあんたを幸せにしてあげてもいいよ』と言った少女の姿。
そしてその少女は言葉の通り司を幸せにしてくれた。
結婚したふたりの間には三人の子供がいて、その中で一番年長の子供が巧だ。
ふたりにとってはじめての子供は男の子。その次も男の子。そして三番目が女の子だがどこの子も可愛い。
だがやはり最初に生まれた子には特別な思いがある。
それは二人が手探りで始めた育児だからだが、実際に司が手伝ったことと言えば、オムツを替えることとミルクをあげることくらいだったが、妻はそれだけでも充分。あたしにはタマさんもいるからと言って笑った。
だからせめてという訳ではないが学校行事には積極的に参加した。
運動会があれば走った。時間が許す限り参観日にも足を運んだ。それは自分が子供だった頃に親にしてもらえなかったこと。
教室で後ろを振り返ったとき、そこにいたのは父でも母でもなく司の世話をしていた老婆。
司は老婆のことが好きだった。けれどそこに見たかったのは両親の姿だ。
だが生活の殆どを海外で過ごしていた両親は、仕事で忙しいといって学校行事に参加することはなかった。
だから親になった司は子供たちに親のいない寂しさを味合わせたくはないという思いがあった。それに子供たちがどんな日常を過ごしているのか気になったが、三人とも司のように問題を起こすことなく育ってくれた。
司はかつて自分にあったような期待をかけて息子を育てることはしなかった。
息子には息子の人生を歩んで欲しかった。だから息子には道明寺司の息子ではなく、ひとりの男として自分の人生を歩んで欲しいと思っている。
そんな長男は高等部の卒業式を迎えたが、これからは親の手を離れ大人の男として自分の行動に責任を持つ事になる。
「それでね。あたしも中学のとき友達から第二ボタンを貰うから付いて来て欲しいって言われて体育館の裏に付いて行ったことがあったの。あ、でも少し離れた場所にいたから現場は見てないんだけどね。なんかあたしまでドキドキしちゃった」
司は妻の語りを訊きながら思い出にひたっていたが、ふと思った。
それは、司が出席することが出来なかった卒業式の後こと。
妻が言ったように制服の第二ボタンの風習が英徳にもあったなら、司のことを好きだと言った女は詰襟の学生服の第二ボタンに匹敵するネクタイを欲しがらなければおかしいということ。だが妻は司にそういったものを欲しがらなかった。
「つくし」
「なに?」
「お前、俺が卒業したとき、俺の制服のネクタイを欲しいと思わなかったのか?」
「え?」
「え、じゃねえだろ?何でお前は俺にネクタイをくれって言わなかった?」
「何よ突然。それに何でって司は制服着てなかったじゃない?」
「着てなかったからってそれで済ませるつもりか?」
「済ませるもなにも実際そうでしょ?それにあたしが司の制服姿を見たのは一度だけなんだからね?」
そう言われて初めて気づいたが、司の記憶にある制服姿の自分は、妻に制服デートをしようと言われた時だけで他は全く覚えがなかった。
「それでも欲しがれよ。ニューヨークに旅立つ俺の代わりにネクタイが俺だと思えばいいだろ?」
「あのねえ。ネクタイが俺っていうけど普段身に付けてないものをもらっても嬉しくないわよ」
言われてみれば確かにそうだ。
もし司が妻の立場だとすれば、妻が身に付けたことがないものを妻だと思えと言われても、妻の匂いもしなければ妻の汗が染み付いていないものを受け入れることは出来ない。
だが思ったのは、卒業式の日に制服を着て来たという類は、「これ俺だと思って大切にして欲しい」と言って妻にネクタイを渡したのではないかということ。
何しろ類は妻のことが好きだった。だから叶わなかった恋に未練があって自らネクタイを外し渡したのではないか。27年前のことだが、そんな思いが頭の中に湧き上がった。
「つくし。お前、卒業式の日、類からネクタイを貰わなかったか?」
「はあ?」
「だから、俺がプロムに行くまでの間に類からネクタイを貰わなかったか?」
すると妻は司の言葉に呆れたように言った。
「あのねえ。何を言い出すかと思ったら、どうしてあたしが類からネクタイを貰わなきゃならないのよ?」
「だってそうだろうが。類はお前のことが好きだった。だから卒業の記念だとかなんとか言ってお前にネクタイを貰って欲しいと言わなかったか?」
「もう、いい加減にしてよね?類があたしのことが好きだったのは遠い昔の話で今は違うわよ」
妻はそう言ったが司はその話を信じていなかった。
何故ならあの男は未だに独身だからだ。
「それよりも今は巧のことよ。巧はネクタイ無しで帰ってくるかしらね?もしかしてプロムに行くのはその子とダンスをする約束をしているからじゃない?もしそうだとしたらどんな女の子なのかしらね?」
パーティーは好きじゃないという息子だが、妻に言わせればそんな息子がプロムに出るのは好きな女性とダンスを踊りたいから。
もし妻の言う通りだとすれば、息子はその女の子のことを本気で好きだということになるが、恋に興味がなかった男の本気の恋ほど恐ろしいものはない。
それは、Blood will tell. 血は争えないからだ。
司はあの時、プロムには遅れて到着した。だから妻とワルツを踊ることがなかった。
それが今でも心残りだ。何しろ人生の中で一度しかない卒業のセレモニー。
出来ることならあの時間をもう一度と思う。
「つくし」
「何?」
「あの時、俺たちはワルツを踊ることは出来なかったな」
英徳の生徒の誰もが憧れる男のダンスをする姿は、そこになかった。
ただそこにいたのは、愛している女と離れ遠い場所で暮らすことを選んだ男が、旅立ちの前にしっかりとその女を抱きしめている姿だ。
「そうね。あたしは司からドレスを貰ったけど、破れて着ることはなかった。
それに司は渡米前で忙しくて遅れてきたし、あたしたちがあの時過ごした時間は短かったわよね。でもあれから司とは何度もダンスをしたわ。それはあたしが卒業する時に司がニューヨークから来てくれた時もだけど、誕生日も踊ったわ。大学を卒業する時も。それに結婚式も。だから今はちゃんと踊れるわ」
道明寺ホールディングス社長道明寺司の妻としてこれまで夫と踊ったダンスは数知れず。
だが初めの頃ステップを間違えて足を踏むことが多かった。
司はソファから立ち上ると向かいの席に座る妻の手を取った。
子供の人生の節目である卒業に自分達が歩んで来た人生を振り返る。
それはどの親もすることかもしれないが、司は27年前のあの日に踏む事が出来なかったステップを踏む事を決めた。
だがそのステップはあの時流れていた優雅なワルツではない。
18歳の少年ではなく45歳の男が踊りたいのはチークダンス。
あの時、「宣戦布告だな、やってもらおうじゃん」と言った男は、瞳に涙を浮かべた恋人を見ていたが、その先に見えたのはふたりで過ごす未来の風景。
春は失うものもあれば、得るものもあるが司が見たのは得るものだけ。
そして心の中で言ったのは、頑張るからな、待ってろよ。
司は妻の身体を引き寄せた。
そして「踊ろう。あの時踊れなかったダンスを」と言って頬を寄せた。
< 完 > *春を往け(はるをゆけ)*
こちらのお話は、先日皆様からいただいた沢山の拍手とコメントの御礼として書かせていただきましたが、楽しんでいただけたなら幸いです。そして、今までこうして書き続けることが出来たのも皆様のおかげです。ありがとうございました。 アカシア

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扉をノックする音がして、どうぞと言うと男が入ってきたが、彼女の顏を見ると少し間を置いてから言った。
「朝食は姉貴と済ませたそうだな」
「え?……うん…..」
「そうか。ちゃんと食べたのか?」
「うん…」
「美味かったか?」
「……え、ええ….」
司の問いかけに、どこか曖昧に答えた女は彼から目を逸らした。
司は彼女と朝食を共にしようと思っていた。
だがニューヨークからかかってきた電話が至急を要する案件と言われ、その対応に追われ共にすることは出来なかった。
そしてその間にロスから来た姉が彼女と朝食を共にしたことを使用人から訊いた。
「そうか。美味かったか….。昨日はよく眠れたか?」
「うん…..」
「何か足りないものはないか?」
「え?」
「だから足りないものだ」
「ないわ….ありがとう」
「そうか。何か必要なものがあったら言ってくれ」
どんなに自信家で強い男でも頭が上がらない人間はいる。
司の場合それは姉の椿。椿は弟が恋をした相手の女性を気に入った。
妹と呼んで可愛がった。そして彼女との恋が実るように手を尽くしてくれた。
だがその恋は司が彼女を忘れてしまったことで実ることはなかった。けれど、姉はふたりの恋に区切りをつけることをしなかった。
『このネックレスに見覚えはない?何か感じない?』と言った姉に司は、見覚えもなければ何も感じないと冷たく答えたが、姉は『これはアンタにとって大切なものだから大事にしなさいよ』と言った。
やがてその意味が分かったとき、出来ることなら自分で自分の頭を蹴りたい気持ちになった。
姉は朝食を済ませると司に会いに来て言った。
『司。頑張りなさい。私にはつくしちゃんがアンタのことを昔の男だからって切り捨てたとは思えないの。だからちゃんと話をしなさい。いい?ちゃんとよ?』
姉が言った「ちゃんと話をする」いい年をした男はその言葉の意味を理解している。
それは、誠心誠意彼女に伝えなければならない自分の気持ちだ。
だがふたりの間には張りつめた空気があった。
けれど、今の彼女はこれまでのように強く何かを主張しようとはしない。むしろ、司が何か言うのを待っているように思えた。
だが司も、これまでのように勝手な思いだけを伝えるつもりはない。
それに姉の言葉通りなら、彼女の心の奥にあるものを訊く事の方が重要だと思えた。
だが、会話よりも頻繁に流れる沈黙に、司には彼女が会話の入口を探しているように思えた。
そして彼女が手にしているのは司が置いていたネックレスの箱。
16年前に牧野つくしにプレゼントしたネックレスは二度彼に返された。
一度目は雨の夜を経た後。漁村で暮らし始めた彼女を迎えに行きはしたが、ギクシャクしたふたりの仲は元の関係に戻ることは無理だと返されたが、返されるくらいなら必要ないと川に投げ捨てた。
二度目は司が彼女を忘れ、別の女を傍に置いたことで別れを決め返しに来たが、本来なら彼女の元にあったはずのネックレス。それを手にしている彼女は何を思うのか。
そして司も彼女と同じで会話の入口を探していた。
いや、探しているのは会話の入口ではなく、心の入口といった方が正しい。
だから「牧野。話がしたいんだがいいか?」と言って彼女の答えを待った。
ふたりの間に流れた16年の歳月。
再会は中央アジアのカザフスタン。そこから隣国のキルギスへ移動したが、ふたりは春を迎えたビシュケクでチューリップが咲き揃った庭にいた。
広壮な邸宅はソビエト崩壊後に作られた建物で、持ち主は司の友人のひとりであるロシア人実業家。友人はこの建物をエルミタージュ美術館に似せて作ったと言ったが、エルミタージュはベルサイユ宮殿を真似て作られていることから、この建物はフランスの建築物の匂いがした。
そしてこの場所を貸して欲しいと言った司に二つ返事で応じたが、「ビジネスか?」と訊きた友人に「いや」と答えると「なら、女絡みか?」と付け加え、「上手くやれよ」と言った。
どんな形にせよ、ふたりだけでの時間を持つことを望んだ男が選んだこの場所には、色とりどりのチューリップが咲いているが、チューリップと言えばオランダが有名だがオランダは生産地であり、原産地はトルコからイラン、そして中央アジア一帯。だからキルギスでは品種改良される前の野生のチューリップを数多く目にすることが出来た。
そこを歩こうと誘ったのは司だが、彼女の表情が硬いのは16年ぶりに会った男の行動がそうさせたと分かっているが、真摯な態度で彼女に臨むことを決めた男の顏も硬かった。
「牧野。座らないか?」
司は庭に置かれているベンチの前で言った。
「え?」
その言葉から感じられるのは明らかな戸惑いと緊張だが、座って話すということは腰を据えて話をするということ。つまり話が長くなるということ。
だが、彼女は「いいわ」と言って木製のベンチに座ったが、それは司が彼女に話したいことがあるように彼女も司に話したいことがあるということ。
そして横並びに座るということは、目を合わせることがない。だから彼女が座ることに同意をしたように思えた。
司は再会してから強気な態度を取り続けていたが、16年たって現れた男に今更だと言った彼女に簡単に受け入れられるとは思ってはいない。
だが司が彼女のことを忘れたのは、彼が望んだからではない。
けれど、見舞いに来た彼女が傍にいることを拒否したのは司だ。
そして座ってはみたが、ふたりの間に3分くらいの沈黙が流れた。
「道明寺….」
彼女の方が先に口を開いた。
「あのね、あたしたちは16年会わなかった。お互いその間に色んなことがあった。
アンタがあたしを忘れて海ちゃんを傍に置いて、それから別れてアメリカに行って大学へ通いながら道明寺の仕事を始めたけど、あたしはまだアンタがいつかあたしのことを思い出すとどこかで期待していたの。でもあたしも大学を卒業して就職して分かったの。それはアンタのお母さんがあたしたちの付き合いに反対した理由をね。
あたしには義務も責任もない。あたしの人生はあたしのもので、あたしが死んでも誰かに迷惑をかけることもなければ誰かが困ることもない。だけどアンタは違う。アンタが死んだら困る人間は大勢いて道明寺司の代わりになる人間は他にはいないってことをね。
だから道明寺司が必要としているのは、あたしのようにどこにでもいる人間じゃない。
アンタに相応しいのは誰もが振り返って見るような人。アンタの隣にいても自らが輝いている人。それでもあたしは簡単にアンタのことを忘れることは出来なかった。
でも10年経って自分の世界を変えようと思った。だから会社を辞めて海外で日本語を教える仕事に就く事にしたの。アンタはもうあたしのことを思い出すこともなければ、あたしはアンタに追いつくことは出来ないって分かったから……」
彼女の口から語られたのは、時が経てば経つほど際立つ人生の違い。
道明寺の副社長の地位にいる男と、ただの会社員では立場が違い過ぎる。
平凡な容姿の女が華やかな外見を持つ男の隣に並べば滑稽さが感じられるということ。
「カザフスタンに渡る日が正式に決まったとき、荷物の整理をしながら考えた。
あたしは、これまで日本でしか暮らしたことがなかったけど、これからは海外でたくましく生きていこうって。これまでのことをリセットして新しい人生を歩んで行こうって。
ちょうど春で桜の花が咲いている頃だったから、次ぎに東京で桜を見ることが出来るのはいつになるのかって考えたからお花見に出かけた。そこで桜の花を見上げて思った。
悲しんでも寂しがっても仕方がない。人生は一度だけ。立ち止まってる時間があるなら前に進もうってね。それに人って寂しさに慣れちゃうと、それが当たり前になっちゃうのよ。
だからお姉さんはあたしのことを思い出したアンタの気持ちを汲んで欲しいって言ったけど、アンタとのことは過去のことで今更やり直すことは出来ない。だからやっぱりこれは返すわ」
そう言った彼女は隣に座る司との間にコートのポケットから取り出したネックレスが入った箱を置いた。
「『昨日より遠いものはない。明日より近いものはない』この言葉は1000年以上前からカザフスタンで言われている言葉よ。あたしはこの言葉を訊いたとき、今日をどう生きるかで人生が幸せかどうかを決めることが出来ると思ったの。過ぎた過去は遠くにあって考えたところで変えようもない。でも明日はすぐそこにあって、これから迎える明日は自分の手でどうにでも変えることが出来る。だから前を向いて行こうと決めたの」
司は黙って隣に座っている彼女の話を訊いていたが、それは強がりの中にある哀しい別れの記憶で16年の歳月が身にしみているように思えた。
それに司に忘れられた彼女の顏に浮かんだのは寂しそうな笑顔だったはずだ。
だが寂しさに慣れるとそれが当たり前になるという言葉に彼女の本当の気持ちが込められていると感じた。
司に忘れられたことが運命だと思うなら忘れる努力をしなくてもいつの間にか司のことは忘れたはずだ。
だが彼女は運命ではないと感じたから忘れる努力をして、諦めきれない気持ちを無理矢理抑え込んでいるように思えた。
だから司はやり直せると感じていた。
互いに前を向いたままの会話は一方通行で互いの顏は見えなかったが、だからこそ、本音を語ってくれるような気がした。
「牧野。俺は座して待つ男じゃないことはお前も知ってるはずだ。俺がお前を思う気持ちはお前に言わせれば今更で我儘な男の思いかもしれねえ。
それに俺の周り大勢の女がいたことは否定しない。けどそれは過去の話で俺の心の場所はお前の心の傍であって他の誰でもない。俺はお前のことを思い出してからは何の迷いもない。
それにしても俺に相応しいのは誰もが振り返る女だの、自らが輝いているだの言ったがお前の考え方はあの頃と同じだな。いいか?俺の傍にいていいのは、俺が心から愛している女で俺が認めた女じゃなけりゃ傍にいることは許されない。今、俺が傍にいて欲しいのはお前だ」
司にとって牧野つくしという女は、その存在に不思議さというものがある。
それは、何をしなくてもいい。
傍にいてくれるだけでいいということ。
「だがな牧野。お前が俺の傍にいたくないって言うなら、俺をお前の傍にいさせてくれ。
ま、お前が嫌だと言って逃げたとしても、世界中のどこにいてもそこへ会いに行く。離れるつもりはない。ああ?仕事の心配は必要ない。今の世の中、どこを拠点にしても仕事は出来る。それに出来ないなら出来るようにすればいいだけだ。これから先もカザフスタンにいるなら、俺が引っ越してくればいいだけの話だ。
牧野。お前の声だけが俺の心を軽くさせた。お前の微笑みが俺を人として生かした。人として生きていくためにはお前が必要だ。
それにお前、さっき言ったよな?アンタが死んだら困る人間は大勢いて道明寺司の代わりになる人間は他にはいないってな。それは俺の命は世界経済に影響を与えるってことだろ?俺はお前がいないと生きている意味がないって昔言ったよな?だから大勢の人間に迷惑をかけないためには、俺にはお前の存在が必要で、いなきゃ世間に迷惑がかかるってこと。つまりお前が俺を見捨てるってことは世界経済に混乱を及ぼすことになるってことだ。
ああ、そうだな。ウォールストリートジャーナルにこんな記事が載るぞ?
『道明寺財閥の後継者はひとりの女のために世界経済を崩壊させた』ってな。
それからタブロイド紙にはこんな記事も載るだろうよ。『道明寺財閥の後継者の心を手玉に取る悪女』いや、こんな記事も出るか?『御曹司の純愛を踏みにじった女、牧野つくし』当然だがそこにはお前の顏写真も掲載される」
司は彼女が立ち上って自分の前に立つと、じっと自分を見つめる瞳を見返した。
「どうした?牧野。ただ考えてるだけじゃどうにもならねぇことがあることは分かってるはずだ。まだ俺に言いたいことがあるなら言えよ。吐き出せ。お前のことだ。色んなことを心の中に閉じ込めてんだろ?」
司は彼女の感情を煽った。
そうでもしなければ彼女が心の奥底に隠している言葉を口に出すことはないと思ったから。
「誰が後継者の心を手玉に取る悪女よ…勝手なこと言わないでよ!」
怒りに燃えたような強い視線は司のことを井の中の蛙だと言った時と同じだ。
それは司が惚れた牧野つくしの強い意思が感じられる視線。
誰もが司に媚びへつらう学園の中にいて、ただひとり司に歯向かった女の言葉は彼の心に響いて染み込んだ。
「勝手なのは生まれつきだ」
「そんなの分かってるわよ!それになによ….心を手玉に取られたのはあたしの方よ!
勝手に好きになっといて、勝手に忘れて、勝手にニューヨークに行って….思い出したからって突然現れて……今更なによ….だいたいアンタは我儘なのよ…..」
司に怒りをぶつけている女の声は震えていた。
だが表情は無人島で、もう離れるのは嫌だと言った時と同じで大きな黒い瞳は水気をはらんで膨らんでいた。
そしてそこにあるのは簡単には好きだと言わなかった唇だ。
だから今も簡単に許すという言葉が貰えないことは分かっている。
それに『勝手に忘れて_』その言葉が胸に突き刺さった。
だが、彼女のその顔に見え隠れする思いは理解することが出来た。
司は目の前に立つ女が一歩後ろに引いて立ち去ろうとしたころで、立ち上がると指を彼女のうなじに巻きつけ引き寄せ抱きしめた。
「我儘で悪かったな。我儘だからお前以外の女は考えられない。お前がいないと生きていけねえ。生きてる意味がない。だから俺のこと許してくれ」
「ダメ!許さないから!」
抱き寄せた腕の中からくぐもって聞こえる声はまだ怒っていた。
だが司には分かる。
彼女のその怒りは司が彼女を忘れたことに対してではないことを。
だから問い返した口調は心持ち笑いを含んでいた。
「お前なあ……何が許せねえんだよ?」
勿論、司は許してもらえるならどんなことでもするつもりでいた。
土下座しろというならするつもりでいた。
「あたしより睫毛が長いことよ! 」
「はあ?」
「それにその睫毛がびっしり生えてることもよ!」
「お前….俺を許せない基準が睫毛か?」
意味不明の言葉を返す女は、司が腕を緩めると顔を上げたが瞳からは涙が溢れていた。
「それにあたしは美人じゃない….」
「またその話か?美しいかどうかの基準はお前じゃなく俺にある」
「それにあたしはどこにでもいる女で特別な女じゃないわ」
「特別かどうかは俺が決める」
「そ、それにあたしの寝顔は酷いわ」
「お前の寝顔はあんまり見たことがねえけど、寝顔が酷いのは俺も同じだろ?」
高校生だったふたりは、添い寝をしたことはあっても男女の関係には程遠かった。
「でもどう考えてもアンタにあたしは似合わないわよ。だって….」
結局彼女が言いたいのは、自分は司に似合いの女ではないということ。
だから司は彼女が自身を卑下しようとする言葉を遮った。
「牧野、何度も言わせるな。俺に似合うかどうかは俺が決める。
いいか?棘のないバラは意味がない。バラは棘があるからバラで簡単に人の手に取られることを嫌うから棘がある。俺にとってお前はバラだ。刺々しいから誰の手にも触れられなかったバラだ。そんなお前はどんな時もお前らしくいればいい。お前にはお前の良さがある。それが俺にしか理解出来ないものだとしてもいい。むしろ俺はお前の良さが分かるのは俺だけでいいと思ってるくらいだがな」
その声は、もうこれ以上泣かなくていいと言っていた。
それに司はもうこれ以上彼女を泣かせたくはなかった。
だから「それよりも牧野。お前高橋にアップルパイを食べさせたことがあるそうだが、俺にもお前が焼いたアップルパイを食べさせてくれ」と言って返事を待った。
すると彼女は小さく頷いたが、そこに涙で膨らんだ瞳はなかった。
だから司は何か言いたげな唇に唇を重ねたが、そこは涙の味が残っていた。

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「朝食は姉貴と済ませたそうだな」
「え?……うん…..」
「そうか。ちゃんと食べたのか?」
「うん…」
「美味かったか?」
「……え、ええ….」
司の問いかけに、どこか曖昧に答えた女は彼から目を逸らした。
司は彼女と朝食を共にしようと思っていた。
だがニューヨークからかかってきた電話が至急を要する案件と言われ、その対応に追われ共にすることは出来なかった。
そしてその間にロスから来た姉が彼女と朝食を共にしたことを使用人から訊いた。
「そうか。美味かったか….。昨日はよく眠れたか?」
「うん…..」
「何か足りないものはないか?」
「え?」
「だから足りないものだ」
「ないわ….ありがとう」
「そうか。何か必要なものがあったら言ってくれ」
どんなに自信家で強い男でも頭が上がらない人間はいる。
司の場合それは姉の椿。椿は弟が恋をした相手の女性を気に入った。
妹と呼んで可愛がった。そして彼女との恋が実るように手を尽くしてくれた。
だがその恋は司が彼女を忘れてしまったことで実ることはなかった。けれど、姉はふたりの恋に区切りをつけることをしなかった。
『このネックレスに見覚えはない?何か感じない?』と言った姉に司は、見覚えもなければ何も感じないと冷たく答えたが、姉は『これはアンタにとって大切なものだから大事にしなさいよ』と言った。
やがてその意味が分かったとき、出来ることなら自分で自分の頭を蹴りたい気持ちになった。
姉は朝食を済ませると司に会いに来て言った。
『司。頑張りなさい。私にはつくしちゃんがアンタのことを昔の男だからって切り捨てたとは思えないの。だからちゃんと話をしなさい。いい?ちゃんとよ?』
姉が言った「ちゃんと話をする」いい年をした男はその言葉の意味を理解している。
それは、誠心誠意彼女に伝えなければならない自分の気持ちだ。
だがふたりの間には張りつめた空気があった。
けれど、今の彼女はこれまでのように強く何かを主張しようとはしない。むしろ、司が何か言うのを待っているように思えた。
だが司も、これまでのように勝手な思いだけを伝えるつもりはない。
それに姉の言葉通りなら、彼女の心の奥にあるものを訊く事の方が重要だと思えた。
だが、会話よりも頻繁に流れる沈黙に、司には彼女が会話の入口を探しているように思えた。
そして彼女が手にしているのは司が置いていたネックレスの箱。
16年前に牧野つくしにプレゼントしたネックレスは二度彼に返された。
一度目は雨の夜を経た後。漁村で暮らし始めた彼女を迎えに行きはしたが、ギクシャクしたふたりの仲は元の関係に戻ることは無理だと返されたが、返されるくらいなら必要ないと川に投げ捨てた。
二度目は司が彼女を忘れ、別の女を傍に置いたことで別れを決め返しに来たが、本来なら彼女の元にあったはずのネックレス。それを手にしている彼女は何を思うのか。
そして司も彼女と同じで会話の入口を探していた。
いや、探しているのは会話の入口ではなく、心の入口といった方が正しい。
だから「牧野。話がしたいんだがいいか?」と言って彼女の答えを待った。
ふたりの間に流れた16年の歳月。
再会は中央アジアのカザフスタン。そこから隣国のキルギスへ移動したが、ふたりは春を迎えたビシュケクでチューリップが咲き揃った庭にいた。
広壮な邸宅はソビエト崩壊後に作られた建物で、持ち主は司の友人のひとりであるロシア人実業家。友人はこの建物をエルミタージュ美術館に似せて作ったと言ったが、エルミタージュはベルサイユ宮殿を真似て作られていることから、この建物はフランスの建築物の匂いがした。
そしてこの場所を貸して欲しいと言った司に二つ返事で応じたが、「ビジネスか?」と訊きた友人に「いや」と答えると「なら、女絡みか?」と付け加え、「上手くやれよ」と言った。
どんな形にせよ、ふたりだけでの時間を持つことを望んだ男が選んだこの場所には、色とりどりのチューリップが咲いているが、チューリップと言えばオランダが有名だがオランダは生産地であり、原産地はトルコからイラン、そして中央アジア一帯。だからキルギスでは品種改良される前の野生のチューリップを数多く目にすることが出来た。
そこを歩こうと誘ったのは司だが、彼女の表情が硬いのは16年ぶりに会った男の行動がそうさせたと分かっているが、真摯な態度で彼女に臨むことを決めた男の顏も硬かった。
「牧野。座らないか?」
司は庭に置かれているベンチの前で言った。
「え?」
その言葉から感じられるのは明らかな戸惑いと緊張だが、座って話すということは腰を据えて話をするということ。つまり話が長くなるということ。
だが、彼女は「いいわ」と言って木製のベンチに座ったが、それは司が彼女に話したいことがあるように彼女も司に話したいことがあるということ。
そして横並びに座るということは、目を合わせることがない。だから彼女が座ることに同意をしたように思えた。
司は再会してから強気な態度を取り続けていたが、16年たって現れた男に今更だと言った彼女に簡単に受け入れられるとは思ってはいない。
だが司が彼女のことを忘れたのは、彼が望んだからではない。
けれど、見舞いに来た彼女が傍にいることを拒否したのは司だ。
そして座ってはみたが、ふたりの間に3分くらいの沈黙が流れた。
「道明寺….」
彼女の方が先に口を開いた。
「あのね、あたしたちは16年会わなかった。お互いその間に色んなことがあった。
アンタがあたしを忘れて海ちゃんを傍に置いて、それから別れてアメリカに行って大学へ通いながら道明寺の仕事を始めたけど、あたしはまだアンタがいつかあたしのことを思い出すとどこかで期待していたの。でもあたしも大学を卒業して就職して分かったの。それはアンタのお母さんがあたしたちの付き合いに反対した理由をね。
あたしには義務も責任もない。あたしの人生はあたしのもので、あたしが死んでも誰かに迷惑をかけることもなければ誰かが困ることもない。だけどアンタは違う。アンタが死んだら困る人間は大勢いて道明寺司の代わりになる人間は他にはいないってことをね。
だから道明寺司が必要としているのは、あたしのようにどこにでもいる人間じゃない。
アンタに相応しいのは誰もが振り返って見るような人。アンタの隣にいても自らが輝いている人。それでもあたしは簡単にアンタのことを忘れることは出来なかった。
でも10年経って自分の世界を変えようと思った。だから会社を辞めて海外で日本語を教える仕事に就く事にしたの。アンタはもうあたしのことを思い出すこともなければ、あたしはアンタに追いつくことは出来ないって分かったから……」
彼女の口から語られたのは、時が経てば経つほど際立つ人生の違い。
道明寺の副社長の地位にいる男と、ただの会社員では立場が違い過ぎる。
平凡な容姿の女が華やかな外見を持つ男の隣に並べば滑稽さが感じられるということ。
「カザフスタンに渡る日が正式に決まったとき、荷物の整理をしながら考えた。
あたしは、これまで日本でしか暮らしたことがなかったけど、これからは海外でたくましく生きていこうって。これまでのことをリセットして新しい人生を歩んで行こうって。
ちょうど春で桜の花が咲いている頃だったから、次ぎに東京で桜を見ることが出来るのはいつになるのかって考えたからお花見に出かけた。そこで桜の花を見上げて思った。
悲しんでも寂しがっても仕方がない。人生は一度だけ。立ち止まってる時間があるなら前に進もうってね。それに人って寂しさに慣れちゃうと、それが当たり前になっちゃうのよ。
だからお姉さんはあたしのことを思い出したアンタの気持ちを汲んで欲しいって言ったけど、アンタとのことは過去のことで今更やり直すことは出来ない。だからやっぱりこれは返すわ」
そう言った彼女は隣に座る司との間にコートのポケットから取り出したネックレスが入った箱を置いた。
「『昨日より遠いものはない。明日より近いものはない』この言葉は1000年以上前からカザフスタンで言われている言葉よ。あたしはこの言葉を訊いたとき、今日をどう生きるかで人生が幸せかどうかを決めることが出来ると思ったの。過ぎた過去は遠くにあって考えたところで変えようもない。でも明日はすぐそこにあって、これから迎える明日は自分の手でどうにでも変えることが出来る。だから前を向いて行こうと決めたの」
司は黙って隣に座っている彼女の話を訊いていたが、それは強がりの中にある哀しい別れの記憶で16年の歳月が身にしみているように思えた。
それに司に忘れられた彼女の顏に浮かんだのは寂しそうな笑顔だったはずだ。
だが寂しさに慣れるとそれが当たり前になるという言葉に彼女の本当の気持ちが込められていると感じた。
司に忘れられたことが運命だと思うなら忘れる努力をしなくてもいつの間にか司のことは忘れたはずだ。
だが彼女は運命ではないと感じたから忘れる努力をして、諦めきれない気持ちを無理矢理抑え込んでいるように思えた。
だから司はやり直せると感じていた。
互いに前を向いたままの会話は一方通行で互いの顏は見えなかったが、だからこそ、本音を語ってくれるような気がした。
「牧野。俺は座して待つ男じゃないことはお前も知ってるはずだ。俺がお前を思う気持ちはお前に言わせれば今更で我儘な男の思いかもしれねえ。
それに俺の周り大勢の女がいたことは否定しない。けどそれは過去の話で俺の心の場所はお前の心の傍であって他の誰でもない。俺はお前のことを思い出してからは何の迷いもない。
それにしても俺に相応しいのは誰もが振り返る女だの、自らが輝いているだの言ったがお前の考え方はあの頃と同じだな。いいか?俺の傍にいていいのは、俺が心から愛している女で俺が認めた女じゃなけりゃ傍にいることは許されない。今、俺が傍にいて欲しいのはお前だ」
司にとって牧野つくしという女は、その存在に不思議さというものがある。
それは、何をしなくてもいい。
傍にいてくれるだけでいいということ。
「だがな牧野。お前が俺の傍にいたくないって言うなら、俺をお前の傍にいさせてくれ。
ま、お前が嫌だと言って逃げたとしても、世界中のどこにいてもそこへ会いに行く。離れるつもりはない。ああ?仕事の心配は必要ない。今の世の中、どこを拠点にしても仕事は出来る。それに出来ないなら出来るようにすればいいだけだ。これから先もカザフスタンにいるなら、俺が引っ越してくればいいだけの話だ。
牧野。お前の声だけが俺の心を軽くさせた。お前の微笑みが俺を人として生かした。人として生きていくためにはお前が必要だ。
それにお前、さっき言ったよな?アンタが死んだら困る人間は大勢いて道明寺司の代わりになる人間は他にはいないってな。それは俺の命は世界経済に影響を与えるってことだろ?俺はお前がいないと生きている意味がないって昔言ったよな?だから大勢の人間に迷惑をかけないためには、俺にはお前の存在が必要で、いなきゃ世間に迷惑がかかるってこと。つまりお前が俺を見捨てるってことは世界経済に混乱を及ぼすことになるってことだ。
ああ、そうだな。ウォールストリートジャーナルにこんな記事が載るぞ?
『道明寺財閥の後継者はひとりの女のために世界経済を崩壊させた』ってな。
それからタブロイド紙にはこんな記事も載るだろうよ。『道明寺財閥の後継者の心を手玉に取る悪女』いや、こんな記事も出るか?『御曹司の純愛を踏みにじった女、牧野つくし』当然だがそこにはお前の顏写真も掲載される」
司は彼女が立ち上って自分の前に立つと、じっと自分を見つめる瞳を見返した。
「どうした?牧野。ただ考えてるだけじゃどうにもならねぇことがあることは分かってるはずだ。まだ俺に言いたいことがあるなら言えよ。吐き出せ。お前のことだ。色んなことを心の中に閉じ込めてんだろ?」
司は彼女の感情を煽った。
そうでもしなければ彼女が心の奥底に隠している言葉を口に出すことはないと思ったから。
「誰が後継者の心を手玉に取る悪女よ…勝手なこと言わないでよ!」
怒りに燃えたような強い視線は司のことを井の中の蛙だと言った時と同じだ。
それは司が惚れた牧野つくしの強い意思が感じられる視線。
誰もが司に媚びへつらう学園の中にいて、ただひとり司に歯向かった女の言葉は彼の心に響いて染み込んだ。
「勝手なのは生まれつきだ」
「そんなの分かってるわよ!それになによ….心を手玉に取られたのはあたしの方よ!
勝手に好きになっといて、勝手に忘れて、勝手にニューヨークに行って….思い出したからって突然現れて……今更なによ….だいたいアンタは我儘なのよ…..」
司に怒りをぶつけている女の声は震えていた。
だが表情は無人島で、もう離れるのは嫌だと言った時と同じで大きな黒い瞳は水気をはらんで膨らんでいた。
そしてそこにあるのは簡単には好きだと言わなかった唇だ。
だから今も簡単に許すという言葉が貰えないことは分かっている。
それに『勝手に忘れて_』その言葉が胸に突き刺さった。
だが、彼女のその顔に見え隠れする思いは理解することが出来た。
司は目の前に立つ女が一歩後ろに引いて立ち去ろうとしたころで、立ち上がると指を彼女のうなじに巻きつけ引き寄せ抱きしめた。
「我儘で悪かったな。我儘だからお前以外の女は考えられない。お前がいないと生きていけねえ。生きてる意味がない。だから俺のこと許してくれ」
「ダメ!許さないから!」
抱き寄せた腕の中からくぐもって聞こえる声はまだ怒っていた。
だが司には分かる。
彼女のその怒りは司が彼女を忘れたことに対してではないことを。
だから問い返した口調は心持ち笑いを含んでいた。
「お前なあ……何が許せねえんだよ?」
勿論、司は許してもらえるならどんなことでもするつもりでいた。
土下座しろというならするつもりでいた。
「あたしより睫毛が長いことよ! 」
「はあ?」
「それにその睫毛がびっしり生えてることもよ!」
「お前….俺を許せない基準が睫毛か?」
意味不明の言葉を返す女は、司が腕を緩めると顔を上げたが瞳からは涙が溢れていた。
「それにあたしは美人じゃない….」
「またその話か?美しいかどうかの基準はお前じゃなく俺にある」
「それにあたしはどこにでもいる女で特別な女じゃないわ」
「特別かどうかは俺が決める」
「そ、それにあたしの寝顔は酷いわ」
「お前の寝顔はあんまり見たことがねえけど、寝顔が酷いのは俺も同じだろ?」
高校生だったふたりは、添い寝をしたことはあっても男女の関係には程遠かった。
「でもどう考えてもアンタにあたしは似合わないわよ。だって….」
結局彼女が言いたいのは、自分は司に似合いの女ではないということ。
だから司は彼女が自身を卑下しようとする言葉を遮った。
「牧野、何度も言わせるな。俺に似合うかどうかは俺が決める。
いいか?棘のないバラは意味がない。バラは棘があるからバラで簡単に人の手に取られることを嫌うから棘がある。俺にとってお前はバラだ。刺々しいから誰の手にも触れられなかったバラだ。そんなお前はどんな時もお前らしくいればいい。お前にはお前の良さがある。それが俺にしか理解出来ないものだとしてもいい。むしろ俺はお前の良さが分かるのは俺だけでいいと思ってるくらいだがな」
その声は、もうこれ以上泣かなくていいと言っていた。
それに司はもうこれ以上彼女を泣かせたくはなかった。
だから「それよりも牧野。お前高橋にアップルパイを食べさせたことがあるそうだが、俺にもお前が焼いたアップルパイを食べさせてくれ」と言って返事を待った。
すると彼女は小さく頷いたが、そこに涙で膨らんだ瞳はなかった。
だから司は何か言いたげな唇に唇を重ねたが、そこは涙の味が残っていた。

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Comment:2
「アイツ….持ってたんだ」
つくしが手にしているのは、かつて男が見覚えが無いと言ったネックレス。
それは記憶の中に正しく位置付けられていて、男は、これは女性に買った初めてのプレゼントだと言った。
当時、道明寺邸に使用人として住み込んでいたつくしは、天体観測だと言われ男と共に夜空を眺めた。あのとき、キスされて床に押し倒されたが、キスされたことは嫌ではなかった。
ただ、いきなりロマンティックな局面に遭遇したことで慌てたが、こうして16年たって思うのは、あの日が恋のはじまりだったのかもしれないということ。
あのことをきっかけに自分の心に向き合うことを決め、2ケ月限定とはいえつき合うことを決めたのだから。
だが、ふたりは甘いラブストリーに縁がなかった。
だから、いくら男があの頃の記憶を蘇らせたとしても甘い記憶はないはずだ。
つまり、あの男が言う今も変わらない気持ちというのは、ただの情なのかもしれない。
情を恋だと勘違いしているのかもしれない。
何しろ恋は勘違いから始まると言われているのだからきっとそうだ。
「…….そうよ。気持はあの頃と変わらないなんて、あの男の勘違いよ」
それに未成年の恋は、はしかのようなものだ。
それは、10代の頃に付き合っていた男女の結ばれた確率の低さからも分かるが、多感な10代の頃に出会ったふたりの恋が運命の恋として結婚に繋がるのは、漫画やドラマや映画の世界だけの話で現実にあるとすれば余程ふたりの絆が強かった。もしくは本物の運命で結ばれている場合だけだ。
本物の運命。
もしふたりの間に本物の運命があると言うなら、神様は16年もつくしのことを忘れる男を彼女の運命の男として用意していたということになるが、それもどうかと思う。
けれど別れた恋人と数年経って再会し、よりが戻ったという話もある。
ただ、つくしの場合は別れたのではなく忘れられたということだが、この違いをどう取ればいいのか。
あの頃のつくしは、甘えるのが苦手で女らしさを出すことが嫌だった。
何かにつけ「あたしはそんな女じゃない」という態度を取り続けた。
素直になれない自分というのがいて意地を張っていた。歯向かってばかりいた。
そんな女が素直になれたのは、あの無人島だったが、16年経てば今もあの頃と同じで誰かに頼って生きることを望まない女がいた。
だがそれは自分の性格だと思っている。
それにくすぶっている気持ちを吐き出さずに吸い込んでしまう癖は昔のまま。
だから時々心の声が呟きになる。
「今更何なのよ….突然現れて好きだって言って….それにこんなところまで連れてきて….何がチャンスをくれよ…..」
つくしは、ネックレスの箱をテーブルの上に戻すと、ベッドルームへ向かった。
「つくしちゃん久し振り!」
「お、お姉さん!?」
翌朝部屋の扉を叩く音にあの男かと思えば、そこにいたのは男の姉。
男がつくしのことを忘れても、姉である椿は、まるで親戚のように彼女のことを気遣い、盆暮れ正月にはロスから贈り物が届いた。
だが、その気遣いが逆につくしの心を苦しめた。
それは弟思いの姉がつくしと話をする時必ず口にする言葉は、『ごめんね』だったから。
だが椿が悪いのではない。
それに男が悪いのでもない。
それなら恨みを持たれた道明寺財閥が悪いのか。
いや。そうではない。男の中にあったつくしの記憶が無くなったことは誰が悪いというものではない。
だから、そこまで気を遣って欲しくなかった。
けれど、つくしがカザフスタンで暮らすようになると、まるで彼女の気持ちを察したように、贈り物が届く回数が減り年に一度だけになったが、それはつくしの誕生日。
寒い国に暮らすつくしのために送られて来たのは、ダウンコートやムートンのブーツといった防寒具で実用的なそれらは嬉しかった。
椿はつくしの横を抜け部屋の中に入ってくると、「はいこれロスのお土産」と言って箱を差し出したが、それはこれまでも送られてきたことがあるチョコレートの箱。
「それにしても本当に久し振りよね?元気そうで良かったわ。つくしちゃん朝食まだよね?すぐに用意させるから一緒に食べましょう?」と言ったが、これは一体……
「あの。お姉さん?どうしてここに?」
「驚いた?実は司からつくしちゃんのことを思い出したって電話があってね?
つくしちゃんの心を自分に振り向けるためならどんなことでもするつもりだって言ったの。
それで会いに行くって言うから、てっきりカザフスタンにいると思うじゃない?それなのにキルギスにいるって言うから驚いたわ」
椿は言うと内線電話を見つけ手に取った。
そして英語でこの部屋に朝食を用意するように言ってから振り返った。
「ゴメンね。つくしちゃん。司がつくしちゃんを通訳としてこの国に連れて来たのはあの子の衝動なんでしょ?まあそれは仕方ないわよね。何しろ司はイノシシみたいに猪突猛進だから思い立ったら行動に移さないといられない性格だから。でもね、つくしちゃん。愛情に関してはオオカミよ。一度つがいになったら絶対に浮気なんかしないから。それにオオカミは群れで生活する動物でしょ?今のあの子なら自分の群れを守る力、つまり自分の大切な物を守る力は充分あるから何も心配はいらないわ」
つくしは椿が言っている意味が分からなかった。
「つくしちゃん。私ね、司がつくしちゃんのことを思い出して、つくしちゃんと一緒にキルギスにいるって訊いて、ここは私の出番だと思ったの。だから急いで飛んで来たの。
ほら、褒められた習慣じゃないけどこの国には誘拐婚の習慣があるでしょ?一族総出で誘拐してきた女性を説得して結婚させる習慣。私はつくしちゃんが妹になることは大賛成。この気持ちは16年前から同じよ。だからつくしちゃんを説得しに来たの。それから安心して。お母様も賛成しているから」
椿の母親。それは鉄の女と呼ばれる道明寺楓
つまり男の母親でもあるが、ふたりの交際に反対していた魔女が賛成している?
それはにわかには信じがたい言葉で耳を疑った。
いや、それ以前に椿がキルギスの伝統的な結婚方法を実行しようとしていることもだが、姉弟で罪を犯すことを何とも思っていないことに、この姉弟にはつくしが持つ常識は通用しないことを今更ながら理解した。
「あのね、つくしちゃん。母はあの当時司とつくしちゃんが付き合うことに反対していたけど、今は違うのよ?ひとり息子の司は女性と付き合うけど結婚する気は全くないでしょ?だからこのままじゃ家系が絶える。お母様はそれを心配しているの。ホント、うちの母親は勝手よね?でもね。本当はそれだけじゃないの。だってあの司がひとりの女性のために自分を変えようとした。自分を抑えようとしたのは後にも先にもつくしちゃんだけだもの。だから母も大人になった司を見てつくしちゃんとのことを考えたのよ。
つまりね。司の秘書の西田もだけど、道明寺のカザフスタンの駐在事務所に赴任させた社員のことも母が関係してるのよ?それにしてもまさかつくしちゃんが中央アジアの国に行くとは思いもしなかったけど」
椿の言うまさかは、つくしにとってもまさかだ。
そして椿は相変わらずよく喋り、つくしに口を挟ませようとはしない。
「でもね。分かるわ。司とは縁のない土地に行きたかったのよね?でもアルマトイには道明寺の駐在事務所があったのよ。仮にカザフスタンに駐在事務所がなかったら作ってたと思うけど、とにかく母も私も日本を出たつくしちゃんのことを見守ってたの。いつか司が自分を取り戻したとき、きっとまたつくしちゃんのことを求めるって分かってたから。
それにしても16年もかかるなんて、あの子バカじゃない?」
椿は様々な言葉で弟をなじった。
けれど、弟思いの姉はひといき息つくと諭すようにつくしに言った。
「つくしちゃん。あの子があなたのことに気付くのに時間はかかったけど、今の司の気持ちはあの頃と同じなの。だからもう一度司を見て欲しいの。でもつくしちゃんのことをこれだけ待たせたんだから、この先あの子にどんなことをしてもいいわ。殴っても蹴っても構わない。沢山お金を使わせてもいいわ。16年もあなたのことを忘れたあの子を簡単に許さなくていい。でもあの子を見捨てないでやって欲しいの。もう一度あの子を好きになって欲しいの。あの子と恋をして欲しいの。本音を言えばあの子を支えて欲しいの。出来ればこれから先の人生を一緒に歩んで欲しいの。あの子は人前では強気な態度を取るけどひとりになれば寂しがり屋よ。それは姉の私だから分かるの。何しろあの子を育てたのは私だから。
それに経営者は孤独な職業よ。どんなに周りに頭のいい人間がいて、どんなに支えてくれていても、最後の最後に決断するのはあの子。つくしちゃんにはそんなあの子の心の拠り所でいて欲しいの。支えて欲しいの。もちろんそれは出来ればの話だけど……」
一旦言葉を切った椿は、そこで少し沈黙した。
「それにつくしちゃんは….ごめね。これは姉の私の独りよがりな思いかもしれないけど、私はつくしちゃんが日本で過ごした11年を見てきたけど大学生の頃はアルバイトに励んで休日に過ごすことと言えば、ひとりで買い物に出掛けたりお友達とお茶をしたり。動物園に行ったりだった。それに社会人になってからも同じ。だから年頃の女性にしては余りにも寂しいって言ったら間違っているかもしれないけど、弟のことは別として男性の影がないことを心配もしたわ。それにF3との付き合いも遠のいたって言うのかしら。つくしちゃんはあの子たちといると司のことを思い出すから付き合いを止めたんだと気付いたわ」
椿は窓辺の丸テーブルの上に置かれている箱に気付くと言った。
「それからあのネックレスだけどあれは長い間私が保管していたの。でも2年前、司にこれ覚えてるって訊いたの。当然だけどその時はそんなもの知るかって全く興味を示さなかったわ。
でも物には魂が宿るって言うでしょ?丹念に作られたものや、思い入れがあるものには特にそう。あのネックレスは司がつくしちゃんのために特注で作らせたものでしょ?そんなネックレスにはつくしちゃんのことを好きだというあの頃の司の思いが込められている。だから私はネックレスがあの頃の司の思いを蘇らせてくれることを祈ってあの子の傍に置く事にしたの。ほら。あの子は占いでいうところの土星人でしょ?だから土星を形どっているネックレスをラッキーアイテムとして執務室に置きなさいって言ってね」
あのとき男は言った。
俺たちは土星人で運命共同体だと。
だから哀しいことがあればそれを分かち合おう。嬉しいことがあればその喜びを倍にしようと。だがそれらを分かち合うことは実際には出来なかった。
「それから司がつくしちゃんのことを思い出したのは執務室よ。きっとあのネックレスが語りかけたんだと思うの。自分がいるのはこんなところじゃない。自分がいる場所は牧野つくしの傍だってね。だから私は司をカザフスタンに行かせたのはあのネックレスだと思ってるの。あのネックレスに込められたあの頃の司のつくしちゃんに対する思いが司の記憶を蘇らせ導いたんだわ。でもそうと分かってたらもっと早くあの子の傍にネックレスを置いていたわ」
椿は後悔と自責の念にかられたように言ったが、あのネックレスにそんな力があるとは思えなかった。
けれど、人が何かに頼りたいと思うことを否定することは出来ない。
「それにあのネックレスは止まってしまったふたりの運命の歯車を動かそうとしている。そう感じたの。だからつくしちゃん….司のこと。もう一度考えてくれないかしら?」

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皆様、沢山の拍手とコメントをありがとうございました。
個別にお返事を差し上げたい思いなのですが、こちらで失礼いたします。
皆様からの沢山のご感想と共に、どのような思いでアカシアの話を読んで下さっているかを知りパワーをいただきました。
つきましては、こちらの話を終えるように筆を進めたいと思います。
その後ですが、こちらのお部屋では短い話をと考えております。
そしてゆっくりとですが、別部屋の話も進めていきたいと思います。
コロナ疲れもある中、お気遣い下さった皆様ありがとうございました。
アカシア
つくしが手にしているのは、かつて男が見覚えが無いと言ったネックレス。
それは記憶の中に正しく位置付けられていて、男は、これは女性に買った初めてのプレゼントだと言った。
当時、道明寺邸に使用人として住み込んでいたつくしは、天体観測だと言われ男と共に夜空を眺めた。あのとき、キスされて床に押し倒されたが、キスされたことは嫌ではなかった。
ただ、いきなりロマンティックな局面に遭遇したことで慌てたが、こうして16年たって思うのは、あの日が恋のはじまりだったのかもしれないということ。
あのことをきっかけに自分の心に向き合うことを決め、2ケ月限定とはいえつき合うことを決めたのだから。
だが、ふたりは甘いラブストリーに縁がなかった。
だから、いくら男があの頃の記憶を蘇らせたとしても甘い記憶はないはずだ。
つまり、あの男が言う今も変わらない気持ちというのは、ただの情なのかもしれない。
情を恋だと勘違いしているのかもしれない。
何しろ恋は勘違いから始まると言われているのだからきっとそうだ。
「…….そうよ。気持はあの頃と変わらないなんて、あの男の勘違いよ」
それに未成年の恋は、はしかのようなものだ。
それは、10代の頃に付き合っていた男女の結ばれた確率の低さからも分かるが、多感な10代の頃に出会ったふたりの恋が運命の恋として結婚に繋がるのは、漫画やドラマや映画の世界だけの話で現実にあるとすれば余程ふたりの絆が強かった。もしくは本物の運命で結ばれている場合だけだ。
本物の運命。
もしふたりの間に本物の運命があると言うなら、神様は16年もつくしのことを忘れる男を彼女の運命の男として用意していたということになるが、それもどうかと思う。
けれど別れた恋人と数年経って再会し、よりが戻ったという話もある。
ただ、つくしの場合は別れたのではなく忘れられたということだが、この違いをどう取ればいいのか。
あの頃のつくしは、甘えるのが苦手で女らしさを出すことが嫌だった。
何かにつけ「あたしはそんな女じゃない」という態度を取り続けた。
素直になれない自分というのがいて意地を張っていた。歯向かってばかりいた。
そんな女が素直になれたのは、あの無人島だったが、16年経てば今もあの頃と同じで誰かに頼って生きることを望まない女がいた。
だがそれは自分の性格だと思っている。
それにくすぶっている気持ちを吐き出さずに吸い込んでしまう癖は昔のまま。
だから時々心の声が呟きになる。
「今更何なのよ….突然現れて好きだって言って….それにこんなところまで連れてきて….何がチャンスをくれよ…..」
つくしは、ネックレスの箱をテーブルの上に戻すと、ベッドルームへ向かった。
「つくしちゃん久し振り!」
「お、お姉さん!?」
翌朝部屋の扉を叩く音にあの男かと思えば、そこにいたのは男の姉。
男がつくしのことを忘れても、姉である椿は、まるで親戚のように彼女のことを気遣い、盆暮れ正月にはロスから贈り物が届いた。
だが、その気遣いが逆につくしの心を苦しめた。
それは弟思いの姉がつくしと話をする時必ず口にする言葉は、『ごめんね』だったから。
だが椿が悪いのではない。
それに男が悪いのでもない。
それなら恨みを持たれた道明寺財閥が悪いのか。
いや。そうではない。男の中にあったつくしの記憶が無くなったことは誰が悪いというものではない。
だから、そこまで気を遣って欲しくなかった。
けれど、つくしがカザフスタンで暮らすようになると、まるで彼女の気持ちを察したように、贈り物が届く回数が減り年に一度だけになったが、それはつくしの誕生日。
寒い国に暮らすつくしのために送られて来たのは、ダウンコートやムートンのブーツといった防寒具で実用的なそれらは嬉しかった。
椿はつくしの横を抜け部屋の中に入ってくると、「はいこれロスのお土産」と言って箱を差し出したが、それはこれまでも送られてきたことがあるチョコレートの箱。
「それにしても本当に久し振りよね?元気そうで良かったわ。つくしちゃん朝食まだよね?すぐに用意させるから一緒に食べましょう?」と言ったが、これは一体……
「あの。お姉さん?どうしてここに?」
「驚いた?実は司からつくしちゃんのことを思い出したって電話があってね?
つくしちゃんの心を自分に振り向けるためならどんなことでもするつもりだって言ったの。
それで会いに行くって言うから、てっきりカザフスタンにいると思うじゃない?それなのにキルギスにいるって言うから驚いたわ」
椿は言うと内線電話を見つけ手に取った。
そして英語でこの部屋に朝食を用意するように言ってから振り返った。
「ゴメンね。つくしちゃん。司がつくしちゃんを通訳としてこの国に連れて来たのはあの子の衝動なんでしょ?まあそれは仕方ないわよね。何しろ司はイノシシみたいに猪突猛進だから思い立ったら行動に移さないといられない性格だから。でもね、つくしちゃん。愛情に関してはオオカミよ。一度つがいになったら絶対に浮気なんかしないから。それにオオカミは群れで生活する動物でしょ?今のあの子なら自分の群れを守る力、つまり自分の大切な物を守る力は充分あるから何も心配はいらないわ」
つくしは椿が言っている意味が分からなかった。
「つくしちゃん。私ね、司がつくしちゃんのことを思い出して、つくしちゃんと一緒にキルギスにいるって訊いて、ここは私の出番だと思ったの。だから急いで飛んで来たの。
ほら、褒められた習慣じゃないけどこの国には誘拐婚の習慣があるでしょ?一族総出で誘拐してきた女性を説得して結婚させる習慣。私はつくしちゃんが妹になることは大賛成。この気持ちは16年前から同じよ。だからつくしちゃんを説得しに来たの。それから安心して。お母様も賛成しているから」
椿の母親。それは鉄の女と呼ばれる道明寺楓
つまり男の母親でもあるが、ふたりの交際に反対していた魔女が賛成している?
それはにわかには信じがたい言葉で耳を疑った。
いや、それ以前に椿がキルギスの伝統的な結婚方法を実行しようとしていることもだが、姉弟で罪を犯すことを何とも思っていないことに、この姉弟にはつくしが持つ常識は通用しないことを今更ながら理解した。
「あのね、つくしちゃん。母はあの当時司とつくしちゃんが付き合うことに反対していたけど、今は違うのよ?ひとり息子の司は女性と付き合うけど結婚する気は全くないでしょ?だからこのままじゃ家系が絶える。お母様はそれを心配しているの。ホント、うちの母親は勝手よね?でもね。本当はそれだけじゃないの。だってあの司がひとりの女性のために自分を変えようとした。自分を抑えようとしたのは後にも先にもつくしちゃんだけだもの。だから母も大人になった司を見てつくしちゃんとのことを考えたのよ。
つまりね。司の秘書の西田もだけど、道明寺のカザフスタンの駐在事務所に赴任させた社員のことも母が関係してるのよ?それにしてもまさかつくしちゃんが中央アジアの国に行くとは思いもしなかったけど」
椿の言うまさかは、つくしにとってもまさかだ。
そして椿は相変わらずよく喋り、つくしに口を挟ませようとはしない。
「でもね。分かるわ。司とは縁のない土地に行きたかったのよね?でもアルマトイには道明寺の駐在事務所があったのよ。仮にカザフスタンに駐在事務所がなかったら作ってたと思うけど、とにかく母も私も日本を出たつくしちゃんのことを見守ってたの。いつか司が自分を取り戻したとき、きっとまたつくしちゃんのことを求めるって分かってたから。
それにしても16年もかかるなんて、あの子バカじゃない?」
椿は様々な言葉で弟をなじった。
けれど、弟思いの姉はひといき息つくと諭すようにつくしに言った。
「つくしちゃん。あの子があなたのことに気付くのに時間はかかったけど、今の司の気持ちはあの頃と同じなの。だからもう一度司を見て欲しいの。でもつくしちゃんのことをこれだけ待たせたんだから、この先あの子にどんなことをしてもいいわ。殴っても蹴っても構わない。沢山お金を使わせてもいいわ。16年もあなたのことを忘れたあの子を簡単に許さなくていい。でもあの子を見捨てないでやって欲しいの。もう一度あの子を好きになって欲しいの。あの子と恋をして欲しいの。本音を言えばあの子を支えて欲しいの。出来ればこれから先の人生を一緒に歩んで欲しいの。あの子は人前では強気な態度を取るけどひとりになれば寂しがり屋よ。それは姉の私だから分かるの。何しろあの子を育てたのは私だから。
それに経営者は孤独な職業よ。どんなに周りに頭のいい人間がいて、どんなに支えてくれていても、最後の最後に決断するのはあの子。つくしちゃんにはそんなあの子の心の拠り所でいて欲しいの。支えて欲しいの。もちろんそれは出来ればの話だけど……」
一旦言葉を切った椿は、そこで少し沈黙した。
「それにつくしちゃんは….ごめね。これは姉の私の独りよがりな思いかもしれないけど、私はつくしちゃんが日本で過ごした11年を見てきたけど大学生の頃はアルバイトに励んで休日に過ごすことと言えば、ひとりで買い物に出掛けたりお友達とお茶をしたり。動物園に行ったりだった。それに社会人になってからも同じ。だから年頃の女性にしては余りにも寂しいって言ったら間違っているかもしれないけど、弟のことは別として男性の影がないことを心配もしたわ。それにF3との付き合いも遠のいたって言うのかしら。つくしちゃんはあの子たちといると司のことを思い出すから付き合いを止めたんだと気付いたわ」
椿は窓辺の丸テーブルの上に置かれている箱に気付くと言った。
「それからあのネックレスだけどあれは長い間私が保管していたの。でも2年前、司にこれ覚えてるって訊いたの。当然だけどその時はそんなもの知るかって全く興味を示さなかったわ。
でも物には魂が宿るって言うでしょ?丹念に作られたものや、思い入れがあるものには特にそう。あのネックレスは司がつくしちゃんのために特注で作らせたものでしょ?そんなネックレスにはつくしちゃんのことを好きだというあの頃の司の思いが込められている。だから私はネックレスがあの頃の司の思いを蘇らせてくれることを祈ってあの子の傍に置く事にしたの。ほら。あの子は占いでいうところの土星人でしょ?だから土星を形どっているネックレスをラッキーアイテムとして執務室に置きなさいって言ってね」
あのとき男は言った。
俺たちは土星人で運命共同体だと。
だから哀しいことがあればそれを分かち合おう。嬉しいことがあればその喜びを倍にしようと。だがそれらを分かち合うことは実際には出来なかった。
「それから司がつくしちゃんのことを思い出したのは執務室よ。きっとあのネックレスが語りかけたんだと思うの。自分がいるのはこんなところじゃない。自分がいる場所は牧野つくしの傍だってね。だから私は司をカザフスタンに行かせたのはあのネックレスだと思ってるの。あのネックレスに込められたあの頃の司のつくしちゃんに対する思いが司の記憶を蘇らせ導いたんだわ。でもそうと分かってたらもっと早くあの子の傍にネックレスを置いていたわ」
椿は後悔と自責の念にかられたように言ったが、あのネックレスにそんな力があるとは思えなかった。
けれど、人が何かに頼りたいと思うことを否定することは出来ない。
「それにあのネックレスは止まってしまったふたりの運命の歯車を動かそうとしている。そう感じたの。だからつくしちゃん….司のこと。もう一度考えてくれないかしら?」

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皆様、沢山の拍手とコメントをありがとうございました。
個別にお返事を差し上げたい思いなのですが、こちらで失礼いたします。
皆様からの沢山のご感想と共に、どのような思いでアカシアの話を読んで下さっているかを知りパワーをいただきました。
つきましては、こちらの話を終えるように筆を進めたいと思います。
その後ですが、こちらのお部屋では短い話をと考えております。
そしてゆっくりとですが、別部屋の話も進めていきたいと思います。
コロナ疲れもある中、お気遣い下さった皆様ありがとうございました。
アカシア
Comment:9
皆様こんにちは。
大変ご無沙汰しております。
いつもお忙しい中、当ブログにお越し下さいましてありがとうございます。
新型コロナウィルス感染拡大で閉塞感が感じられる昨今、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
感染予防のためのマスクも入手困難で不安を覚えている方も多いと思います。
そういった状況ですので、感染の被害が少なく、少しでも早く終息することを願うのですが、アカシアはと言えば、危うく紙難民になるところを、なんとか免れた次第です。
そうです。週末に買えばいいと思っていたトイレットペーパーが店頭から消えているという状況に遭遇しました。これは買い置きすることを怠っていたアカシアが悪いとしか言いようがありませんでした。
そんな今のこの状況に色々と気が滅入ることもありますが、気分転換に新しい話を書いてみようと思い、『また、恋が始まる』を書き始めました。
そしてこちらは短編のつもりで書き始めた話ですが少々長くなっています。
さて本日こちらの記事で書かせて頂きたいのは当ブログについてです。
こちらのブログは趣味の範囲で書いているものです。
そしてこれまでも書かせて頂いたことがありますが、当ブログは筆者の好みの関係上、若くないふたりがいるということ。著しくイメージを損なう話があるということ。そしてシリアスな話も多いということ。それは記憶を失った男の行動が酷いと言うことや、主人公が亡くなるといった話もあるということです。
このようなことから、アカシアの話に不快感を抱く方もいらっしゃると思います。
実際そのようなコメントも頂いています。
しかしながら、書き始めた話は最後まで書きたいと思っておりますので、趣味嗜好が合わない。アカシアの話に魅力を感じないと思われる方は、恐れ入りますが静かにページを閉じていただくようお願い申し上げます。
以上が本日のお願いとなります。
最後になりましたが、いつもお読みいただきありがとうございます。
本日が皆様にとって素敵な一日でありますように。
アカシア拝
追伸:執筆のモチベーションを維持してくれるコメントをお寄せ下さる皆様、いつもありがとうございます。

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大変ご無沙汰しております。
いつもお忙しい中、当ブログにお越し下さいましてありがとうございます。
新型コロナウィルス感染拡大で閉塞感が感じられる昨今、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
感染予防のためのマスクも入手困難で不安を覚えている方も多いと思います。
そういった状況ですので、感染の被害が少なく、少しでも早く終息することを願うのですが、アカシアはと言えば、危うく紙難民になるところを、なんとか免れた次第です。
そうです。週末に買えばいいと思っていたトイレットペーパーが店頭から消えているという状況に遭遇しました。これは買い置きすることを怠っていたアカシアが悪いとしか言いようがありませんでした。
そんな今のこの状況に色々と気が滅入ることもありますが、気分転換に新しい話を書いてみようと思い、『また、恋が始まる』を書き始めました。
そしてこちらは短編のつもりで書き始めた話ですが少々長くなっています。
さて本日こちらの記事で書かせて頂きたいのは当ブログについてです。
こちらのブログは趣味の範囲で書いているものです。
そしてこれまでも書かせて頂いたことがありますが、当ブログは筆者の好みの関係上、若くないふたりがいるということ。著しくイメージを損なう話があるということ。そしてシリアスな話も多いということ。それは記憶を失った男の行動が酷いと言うことや、主人公が亡くなるといった話もあるということです。
このようなことから、アカシアの話に不快感を抱く方もいらっしゃると思います。
実際そのようなコメントも頂いています。
しかしながら、書き始めた話は最後まで書きたいと思っておりますので、趣味嗜好が合わない。アカシアの話に魅力を感じないと思われる方は、恐れ入りますが静かにページを閉じていただくようお願い申し上げます。
以上が本日のお願いとなります。
最後になりましたが、いつもお読みいただきありがとうございます。
本日が皆様にとって素敵な一日でありますように。
アカシア拝
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