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「どきなさい」
そう言ったのは見るからに高級だと分かる黒い服を着た女性。
真っ黒な髪はきっちりと結われ、化粧は非の打ちどころがないといえるほど完璧に仕上げられ、その雰囲気は、まさに優雅という言葉が相応しいと言えた。
そしてその言葉にもう一言付け加えるなら冷たいという言葉。
それが道明寺楓を形容する鉄の女と同じ意味を持つことは誰もが知っているが、そんな女性も二人の子供の母親で、結婚してロサンゼルスで暮らす娘と高校生の息子がいた。
気丈な性格で夫が病に倒れた後に事業を継ぎ、後継者である息子が一人前になるまでは彼女が財閥の舵を取ると言われていたが、肝心な息子は気性が激しく手に負えないことは誰もが知るところであり、財閥の未来は不透明だと言われていた。
だからその不透明さを透明に変えるため、財閥にただひとつたりなかった石油事業を必要だと考えた母親は、息子を政略結婚させることで財閥の未来を変えようとしていた。
だがそんなことを思う楓の前に現れたのはひとりの少女。
息子はその少女を愛しているといって結婚したいと言った。しかし、その娘は息子の結婚相手に相応しいとは言えなかった。だから楓は息子の前から少女を排除しようとした。
少女のことを薄汚いドブネズミと卑下した。
だが少女は生意気にも言った。「あなたは最低です。世の中にはお金よりも大切なものがある」と____
だが人生とは不思議なもので、まさか自分がその少女を息子の伴侶として認める日が来るとは思わなかった。
そしてある日、結婚した二人は楓の前でこう言った。
「赤ちゃんが出来ました」
「おばあ様!早く!」
楓はあの時、息子の妻のお腹の中にいた赤ん坊の祖母になった。
生まれたのは髪の毛がクルクルと巻いる我が子によく似た活発な男の子。
4歳の孫が楓の手をひっぱり連れて行こうとしているのは、家族が過ごすリビングルーム。
楓は普段ニューヨークで暮らしていて世田谷の邸を訪れたのは久し振りだった。
「ほら!おばあ様見て!これ凄いよね?ハロウィンだからママが作ってくれたんだよ!
これヘンゼルとグレーテルに出てくる家だよ!ヘンゼルとグレーテルは森で悪い魔女に捕まっちゃうんだ。でも悪い魔女は最後にパンを焼く釜で焼かれて死んじゃうんだ」
楓はそこにあるヘクセンハウスを見た。
ヘクセンハウスとはドイツ語で直訳すると魔女の家という意味。
元々グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』に登場するお菓子の家を指す言葉だが、それがいつの間にかお菓子で作ったミニチュアの家のこともヘクセンハウスと呼ぶようになったが、楓の前にあるのは文字通りテーブルの上に乗ったお菓子の家だ。
そして楓は孫が悪い魔女という言葉を口にしたとき思わず笑った。
何故なら楓は孫の母親がかつて彼女のことを魔女と呼んでいたことを知っているからだが、それは懐かしい昔話であり、あの当時手を焼いていた息子も今では自慢の息子だ。
だがもしかするとこのお菓子の家は嫁の楓に対する嫌味かと思った。
「ねえ、おばあ様。これ全部食べれるんだって!ママこんなの作れるなんて凄いよね?」
「そうね。ママはお菓子作りが上手ね?」
「うん!ママはクッキーが一番得意だって言ってた。だからこの家の壁も屋根もママが焼いたクッキーで出来てるよ。それに屋根が茶色いのはチョコレートがかかってるからだよ。
それから白いのは雪なんだ。その雪もとっても甘い雪でアイシングってやつなんだって!」
楓の前でお菓子の家について説明をしてくれる孫は、ハロウィンのお菓子を貰うことを楽しみにしているが、道明寺家の子供が近所の家を訪ねてお菓子を貰うことなど出来るはずもなく、父親の友人達の家を訪ね用意されている菓子を貰っていた。
「ねえおばあ様。明日は僕と一緒にお菓子を貰いに行ってくれるんだよね?僕がお菓子をくれないと悪戯するぞって言うから、今までママがしてくれたようにおばあ様も僕の後ろに立って見てて欲しいんだ!」
楓は息子から二番目の子供がお腹にいて、つわりが酷い息子の嫁の代わりにお菓子を貰う孫に付き添ってくれないかと言われていた。
だからいいわよと答えた。
そして海賊の衣装を着た孫と一緒に車に乗り込むと目的の場所へ向かった。
「総二郎おじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」
楓は孫を連れ茶道家元の息子にして無類の女好きだが、我が子の幼馴染みである西門総二郎の邸を訪れた。すると楓の付き添いに総二郎の笑顔は引きつっていたが、「今年はおばあ様と一緒か?よかったな」と言った。
「あきらおじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」
次に訪れた美作商事の専務、美作あきらの邸でも、あきらの顔は笑いながらもやはり引きつっていたが、「お母さんの具合はどうだ?まだ具合が悪そうか?」と言って母親のことを心配していた。
「類おじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」
最後に訪れた花沢物産の後継者であり副社長の類は、表情を変えることなく暫く楓をじっと見つめると言った。
「おばさん。その恰好、お似合いです」
「そうかしら?」
楓は片眉を上げながら言ったが、楓のことをおばさんと呼ぶのは類だけだ。
そして楓は3人のうち誰が楓の装いを口にするだろうと思っていたが、それが息子の幼馴染みの中でも一番考えていることが分かりにくいと言われる類だとは思いもしなかったが、マイペースを貫きながらも着実に仕事の成果を挙げる花沢類が嫌いではない。
そして類から似合うと言われた楓の格好は、これを巧のために着て欲しいと息子が用意していた黒いドレス。そしてドレスと一緒に用意されていたのは、てっぺんが尖った黒い帽子と老木で出来た長い杖。
それは誰が見ても魔女の姿で、楓は黒い帽子を被り手に杖を持ち立っていた。
「はい。おばさんによくお似合いです。それにしてもおばさんのように息子には厳しかった人も孫には違うんですね?」
孫は可愛い。
目の中に入れても痛くないとはよく言ったもので、楓も孫を持って初めて知った。
そして孫という存在は、楓の心に安らぎを与え、孫になら何をされても何を言われても受け入れることが出来る。
もし孫がニューヨークのビルが欲しいと言えば買ってやるし、孫のためなら楓の持つ権力の全てを使ってどんなことでも叶えてやるつもりだ。
「ええ。司は厳しく育てたわ。その結果はあなたも知っての通り。あの子はつくしさんに会わなければ今頃どうなっていたかしらね?考えるのも恐ろしいわ」
楓はそこで自分の傍に立つ男の子が、類から貰った大きな袋の中を覗いて、「やったー!類おじさんのお菓子の中にはフランスのチョコレートが入ってるよ!」とはしゃいでいる様子を見ていた。
「孫は、巧は司とは全く違う存在よ。この子はわたくしの血を受け継いでいるけどわたくしには似てないわ。それに外見は司が子供の頃にそっくりとだけど性格は全く違うわ。
見てちょうだい。この子のコロコロ変わる豊かな表情。司がこの子と同じ年頃の頃にはいつもムスッとしてたわ。それにこの子はつくしさんの慎重さと司の大胆さを併せ持つ性格ね。
あなたは知っていると思うけど、つくしさんは考え始めるとこれでいいのか。彼女はうじうじと考えることが多かったでしょ?だから最終的な結論に辿り着くまでが長いのよ。そしてこの子もそういった所があるわ」
実際楓が二人の結婚を認めてから、尻込みしたとは言わないが色々と悩んだのは彼女の方だ。
「でも司は何かに向かって進む時は一生懸命で脇目も振らないわ。あの子はつくしさんと結婚するため課されたことを確実にこなしていった。ビジネスには真摯に取り組んだわ。
巧はそんな父親と母親のものの考え方を受け継いでいるわ。つまりこの子は時々後ろを振り返るような子。今日だってわたくしがちゃんと付いて来ているかを振り返って確認する子よ。司と違って独りよがりではないわ。周りのことを気遣う子。でも司は我儘で周りのことなんてお構いなしだった。そうでしょ?」
楓はそう言って孫が被っている海賊の帽子の傾きを直した。
「そうですね。司は独善的なところがありましたから。でも牧野に出会ってから変わりましたけどね。それにしても、おばさん。その恰好本当によくお似合いですよ」
「そう?まさかこの年になってこんな恰好をするとは思いもしなかったけど、似合うと言ってくれたのはあなたが初めてよ」
「ええ。とても。それに巧くんの後ろに控えているあなたの姿は威圧感があり過ぎですよ。
それに鉄の女と呼ばれたおばさんが持つ杖は世の中の全てを変えてしまいそうな気がします。そして僕はその杖でカエルに変えられてしまうでしょう」
楓はそう言われ少し気取った様子で帽子に手をやった。
類の言葉には嫌味とも取れる言葉が含まれていたが気にはならなかった。
むしろ魔女のコスチュームが似合うと言われ何故か嬉しかった。
「花沢物産の副社長をカエルに変えるのも面白そうね?それで?もしわたくしがあなたをカエルに変えたとして誰があなたを人間に戻してくれるのかしらね?」
楓はかつて類が牧野つくしのことが好きだったという話を訊いていた。
だから口調こそやさしいが、もし類が息子の妻であり孫の母親を奪おうというなら絶対に解けない魔法で永遠にカエルのままにしておくつもりだ。
「おばさん。心配しないで下さい。僕が牧野の事を好きだったのは随分と昔の話で今は司の奥さんとしか見ていませんから。それに僕の牧野に恋をしていると思ったのは長い人生の中の一瞬でおばさんが気にすることではありませんから」
類はそう言って微笑んだが、花沢類は策士であり油断が出来ない男だ。
だから楓は類の微笑みを受け入れながらも、その目は類をじっと見つめた。
「おばあ様!類おじさんをカエルに変えちゃダメだよ!だっておじさんはカエルが苦手なんだから!」
楓は、祖母を見上げて言った巧に目を落とすと今度は類を見た。
「あらそう。あなたカエルが苦手なの?」
「ええ。実はそうなんです。だから僕をカエルに変えるのは止めて下さい。それに僕をカエルから人間に戻してくれる人が現れるかどうか分かりませんから。となると僕は一生をカエルで終えることになる。だから僕に魔法をかけるのは止めて下さい」
と、言った類は真面目な顏をしていた。
「ねえ、おばあ様」
「なあに?」
「さっき類おじさんと話していたおばあ様って本物の魔女みたいに見えたよ!」
「本当?」
「うん……ちょっと怖い顔してたから。でもおばあ様は悪い魔女じゃないよ。いい魔女だよ!」
「いい魔女?」
「そうだよ。シンデレラがお城の舞踏会に行くことが出来るようにカボチャの馬車を用意してくれるやさしい魔女だよ」
楓は車の中で貰ったお菓子を大事そうに膝に抱えた孫の姿に頬がゆるみ、自分のことをいい魔女だという孫を微笑みを浮かべて見た。
そして巧の笑顔に幼かった頃の我が子の姿を見たような気がした。
それは我が子幼かった頃に一緒に過ごすことがなかったとしても、その笑顔を直接見ることがなかったとしても、いつも心の中には、今、目の前で見ている笑顔があった。
だがそれは我が子の成長を見ることが出来なかった自分が生み出した幻だったとしても、今ここでこうして孫が浮かべる微笑と、我が子が浮かべていた微笑みは同じだったはずだと思った。
「巧。おばあ様はあなたのためなら、悪い魔女にもなれるわ。それに魔女はどんな願いでも叶えてあげることが出来るのよ。でもその代わり悪い子にはその子を懲らしめる魔法をかけるわ。だから悪い事をしちゃダメ。ママの言うことをちゃんと聞いていい子でいなきゃダメよ。今のママは巧の弟か妹がお腹の中にいて大変なんですもの」
「うん。分かってるよ。だってパパも凄く心配してるよ。朝だって起きて来なくていいっていつも言ってるから。でもママは頑張って起きてくるんだ。僕はひとりで服も着れるし歯も磨けるし、ちゃんとハンカチを持って出かけることも出来るから大丈夫だって言うんだけどママは心配性なんだって!」
ママは心配性。
だが親なら誰でもそうだ。
我が子を想い心配するのは当たり前だ。
楓も我が子が命を失うかもしれないというとき、仕事を放り出してニューヨークから駆け付けたが、太平洋の上を飛行する機内で一秒でもいいから早く息子の傍に行きたいと望んだ。
「そうね。ママは心配性ね?でも巧は自分のことは自分で出来るのね?偉いわね?さあ、お家に帰ったら頂いたお菓子を開けて食べましょうね?」
「うん!おばあ様も一緒に食べようよ!」
「あら。おばあ様にも分けてくれるの?巧は優しいわね?」
楓は愛情表現が苦手だった。
自分は子供を褒めることも可愛がることも出来ない性格だと思っていた。
だがそれは孫が生まれるまでの話で、孫が生まれてからの彼女は変わった。
それに自分をおばあ様と慕ってくれる孫は本当に可愛い。
その存在を愛おしく思えば思うほど顏には自然に笑みが広がる。
そしてこの瞬間は、かけがえのない大切な時間であり、こんなに愛らしい孫を生んでくれた息子の妻に対しての今の気持ちは感謝しかなかった。
「でもね、巧。ご夕食の前にお菓子を食べたらママに怒られるから、おばあ様のお部屋でこっそりいただきましょうね?」
そう言った楓は孫の柔らかな頬に触れたが、かつて孫の母親からは魔女と言われ、世間からは日本経済を牛耳る鉄の女と言われた女の顔にも、今は優しい祖母の微笑みが浮かんでいた。
< 完 >*魔女のハロウィン*

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そう言ったのは見るからに高級だと分かる黒い服を着た女性。
真っ黒な髪はきっちりと結われ、化粧は非の打ちどころがないといえるほど完璧に仕上げられ、その雰囲気は、まさに優雅という言葉が相応しいと言えた。
そしてその言葉にもう一言付け加えるなら冷たいという言葉。
それが道明寺楓を形容する鉄の女と同じ意味を持つことは誰もが知っているが、そんな女性も二人の子供の母親で、結婚してロサンゼルスで暮らす娘と高校生の息子がいた。
気丈な性格で夫が病に倒れた後に事業を継ぎ、後継者である息子が一人前になるまでは彼女が財閥の舵を取ると言われていたが、肝心な息子は気性が激しく手に負えないことは誰もが知るところであり、財閥の未来は不透明だと言われていた。
だからその不透明さを透明に変えるため、財閥にただひとつたりなかった石油事業を必要だと考えた母親は、息子を政略結婚させることで財閥の未来を変えようとしていた。
だがそんなことを思う楓の前に現れたのはひとりの少女。
息子はその少女を愛しているといって結婚したいと言った。しかし、その娘は息子の結婚相手に相応しいとは言えなかった。だから楓は息子の前から少女を排除しようとした。
少女のことを薄汚いドブネズミと卑下した。
だが少女は生意気にも言った。「あなたは最低です。世の中にはお金よりも大切なものがある」と____
だが人生とは不思議なもので、まさか自分がその少女を息子の伴侶として認める日が来るとは思わなかった。
そしてある日、結婚した二人は楓の前でこう言った。
「赤ちゃんが出来ました」
「おばあ様!早く!」
楓はあの時、息子の妻のお腹の中にいた赤ん坊の祖母になった。
生まれたのは髪の毛がクルクルと巻いる我が子によく似た活発な男の子。
4歳の孫が楓の手をひっぱり連れて行こうとしているのは、家族が過ごすリビングルーム。
楓は普段ニューヨークで暮らしていて世田谷の邸を訪れたのは久し振りだった。
「ほら!おばあ様見て!これ凄いよね?ハロウィンだからママが作ってくれたんだよ!
これヘンゼルとグレーテルに出てくる家だよ!ヘンゼルとグレーテルは森で悪い魔女に捕まっちゃうんだ。でも悪い魔女は最後にパンを焼く釜で焼かれて死んじゃうんだ」
楓はそこにあるヘクセンハウスを見た。
ヘクセンハウスとはドイツ語で直訳すると魔女の家という意味。
元々グリム童話の『ヘンゼルとグレーテル』に登場するお菓子の家を指す言葉だが、それがいつの間にかお菓子で作ったミニチュアの家のこともヘクセンハウスと呼ぶようになったが、楓の前にあるのは文字通りテーブルの上に乗ったお菓子の家だ。
そして楓は孫が悪い魔女という言葉を口にしたとき思わず笑った。
何故なら楓は孫の母親がかつて彼女のことを魔女と呼んでいたことを知っているからだが、それは懐かしい昔話であり、あの当時手を焼いていた息子も今では自慢の息子だ。
だがもしかするとこのお菓子の家は嫁の楓に対する嫌味かと思った。
「ねえ、おばあ様。これ全部食べれるんだって!ママこんなの作れるなんて凄いよね?」
「そうね。ママはお菓子作りが上手ね?」
「うん!ママはクッキーが一番得意だって言ってた。だからこの家の壁も屋根もママが焼いたクッキーで出来てるよ。それに屋根が茶色いのはチョコレートがかかってるからだよ。
それから白いのは雪なんだ。その雪もとっても甘い雪でアイシングってやつなんだって!」
楓の前でお菓子の家について説明をしてくれる孫は、ハロウィンのお菓子を貰うことを楽しみにしているが、道明寺家の子供が近所の家を訪ねてお菓子を貰うことなど出来るはずもなく、父親の友人達の家を訪ね用意されている菓子を貰っていた。
「ねえおばあ様。明日は僕と一緒にお菓子を貰いに行ってくれるんだよね?僕がお菓子をくれないと悪戯するぞって言うから、今までママがしてくれたようにおばあ様も僕の後ろに立って見てて欲しいんだ!」
楓は息子から二番目の子供がお腹にいて、つわりが酷い息子の嫁の代わりにお菓子を貰う孫に付き添ってくれないかと言われていた。
だからいいわよと答えた。
そして海賊の衣装を着た孫と一緒に車に乗り込むと目的の場所へ向かった。
「総二郎おじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」
楓は孫を連れ茶道家元の息子にして無類の女好きだが、我が子の幼馴染みである西門総二郎の邸を訪れた。すると楓の付き添いに総二郎の笑顔は引きつっていたが、「今年はおばあ様と一緒か?よかったな」と言った。
「あきらおじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」
次に訪れた美作商事の専務、美作あきらの邸でも、あきらの顔は笑いながらもやはり引きつっていたが、「お母さんの具合はどうだ?まだ具合が悪そうか?」と言って母親のことを心配していた。
「類おじさん!お菓子を頂戴!くれないと悪戯するぞ!」
最後に訪れた花沢物産の後継者であり副社長の類は、表情を変えることなく暫く楓をじっと見つめると言った。
「おばさん。その恰好、お似合いです」
「そうかしら?」
楓は片眉を上げながら言ったが、楓のことをおばさんと呼ぶのは類だけだ。
そして楓は3人のうち誰が楓の装いを口にするだろうと思っていたが、それが息子の幼馴染みの中でも一番考えていることが分かりにくいと言われる類だとは思いもしなかったが、マイペースを貫きながらも着実に仕事の成果を挙げる花沢類が嫌いではない。
そして類から似合うと言われた楓の格好は、これを巧のために着て欲しいと息子が用意していた黒いドレス。そしてドレスと一緒に用意されていたのは、てっぺんが尖った黒い帽子と老木で出来た長い杖。
それは誰が見ても魔女の姿で、楓は黒い帽子を被り手に杖を持ち立っていた。
「はい。おばさんによくお似合いです。それにしてもおばさんのように息子には厳しかった人も孫には違うんですね?」
孫は可愛い。
目の中に入れても痛くないとはよく言ったもので、楓も孫を持って初めて知った。
そして孫という存在は、楓の心に安らぎを与え、孫になら何をされても何を言われても受け入れることが出来る。
もし孫がニューヨークのビルが欲しいと言えば買ってやるし、孫のためなら楓の持つ権力の全てを使ってどんなことでも叶えてやるつもりだ。
「ええ。司は厳しく育てたわ。その結果はあなたも知っての通り。あの子はつくしさんに会わなければ今頃どうなっていたかしらね?考えるのも恐ろしいわ」
楓はそこで自分の傍に立つ男の子が、類から貰った大きな袋の中を覗いて、「やったー!類おじさんのお菓子の中にはフランスのチョコレートが入ってるよ!」とはしゃいでいる様子を見ていた。
「孫は、巧は司とは全く違う存在よ。この子はわたくしの血を受け継いでいるけどわたくしには似てないわ。それに外見は司が子供の頃にそっくりとだけど性格は全く違うわ。
見てちょうだい。この子のコロコロ変わる豊かな表情。司がこの子と同じ年頃の頃にはいつもムスッとしてたわ。それにこの子はつくしさんの慎重さと司の大胆さを併せ持つ性格ね。
あなたは知っていると思うけど、つくしさんは考え始めるとこれでいいのか。彼女はうじうじと考えることが多かったでしょ?だから最終的な結論に辿り着くまでが長いのよ。そしてこの子もそういった所があるわ」
実際楓が二人の結婚を認めてから、尻込みしたとは言わないが色々と悩んだのは彼女の方だ。
「でも司は何かに向かって進む時は一生懸命で脇目も振らないわ。あの子はつくしさんと結婚するため課されたことを確実にこなしていった。ビジネスには真摯に取り組んだわ。
巧はそんな父親と母親のものの考え方を受け継いでいるわ。つまりこの子は時々後ろを振り返るような子。今日だってわたくしがちゃんと付いて来ているかを振り返って確認する子よ。司と違って独りよがりではないわ。周りのことを気遣う子。でも司は我儘で周りのことなんてお構いなしだった。そうでしょ?」
楓はそう言って孫が被っている海賊の帽子の傾きを直した。
「そうですね。司は独善的なところがありましたから。でも牧野に出会ってから変わりましたけどね。それにしても、おばさん。その恰好本当によくお似合いですよ」
「そう?まさかこの年になってこんな恰好をするとは思いもしなかったけど、似合うと言ってくれたのはあなたが初めてよ」
「ええ。とても。それに巧くんの後ろに控えているあなたの姿は威圧感があり過ぎですよ。
それに鉄の女と呼ばれたおばさんが持つ杖は世の中の全てを変えてしまいそうな気がします。そして僕はその杖でカエルに変えられてしまうでしょう」
楓はそう言われ少し気取った様子で帽子に手をやった。
類の言葉には嫌味とも取れる言葉が含まれていたが気にはならなかった。
むしろ魔女のコスチュームが似合うと言われ何故か嬉しかった。
「花沢物産の副社長をカエルに変えるのも面白そうね?それで?もしわたくしがあなたをカエルに変えたとして誰があなたを人間に戻してくれるのかしらね?」
楓はかつて類が牧野つくしのことが好きだったという話を訊いていた。
だから口調こそやさしいが、もし類が息子の妻であり孫の母親を奪おうというなら絶対に解けない魔法で永遠にカエルのままにしておくつもりだ。
「おばさん。心配しないで下さい。僕が牧野の事を好きだったのは随分と昔の話で今は司の奥さんとしか見ていませんから。それに僕の牧野に恋をしていると思ったのは長い人生の中の一瞬でおばさんが気にすることではありませんから」
類はそう言って微笑んだが、花沢類は策士であり油断が出来ない男だ。
だから楓は類の微笑みを受け入れながらも、その目は類をじっと見つめた。
「おばあ様!類おじさんをカエルに変えちゃダメだよ!だっておじさんはカエルが苦手なんだから!」
楓は、祖母を見上げて言った巧に目を落とすと今度は類を見た。
「あらそう。あなたカエルが苦手なの?」
「ええ。実はそうなんです。だから僕をカエルに変えるのは止めて下さい。それに僕をカエルから人間に戻してくれる人が現れるかどうか分かりませんから。となると僕は一生をカエルで終えることになる。だから僕に魔法をかけるのは止めて下さい」
と、言った類は真面目な顏をしていた。
「ねえ、おばあ様」
「なあに?」
「さっき類おじさんと話していたおばあ様って本物の魔女みたいに見えたよ!」
「本当?」
「うん……ちょっと怖い顔してたから。でもおばあ様は悪い魔女じゃないよ。いい魔女だよ!」
「いい魔女?」
「そうだよ。シンデレラがお城の舞踏会に行くことが出来るようにカボチャの馬車を用意してくれるやさしい魔女だよ」
楓は車の中で貰ったお菓子を大事そうに膝に抱えた孫の姿に頬がゆるみ、自分のことをいい魔女だという孫を微笑みを浮かべて見た。
そして巧の笑顔に幼かった頃の我が子の姿を見たような気がした。
それは我が子幼かった頃に一緒に過ごすことがなかったとしても、その笑顔を直接見ることがなかったとしても、いつも心の中には、今、目の前で見ている笑顔があった。
だがそれは我が子の成長を見ることが出来なかった自分が生み出した幻だったとしても、今ここでこうして孫が浮かべる微笑と、我が子が浮かべていた微笑みは同じだったはずだと思った。
「巧。おばあ様はあなたのためなら、悪い魔女にもなれるわ。それに魔女はどんな願いでも叶えてあげることが出来るのよ。でもその代わり悪い子にはその子を懲らしめる魔法をかけるわ。だから悪い事をしちゃダメ。ママの言うことをちゃんと聞いていい子でいなきゃダメよ。今のママは巧の弟か妹がお腹の中にいて大変なんですもの」
「うん。分かってるよ。だってパパも凄く心配してるよ。朝だって起きて来なくていいっていつも言ってるから。でもママは頑張って起きてくるんだ。僕はひとりで服も着れるし歯も磨けるし、ちゃんとハンカチを持って出かけることも出来るから大丈夫だって言うんだけどママは心配性なんだって!」
ママは心配性。
だが親なら誰でもそうだ。
我が子を想い心配するのは当たり前だ。
楓も我が子が命を失うかもしれないというとき、仕事を放り出してニューヨークから駆け付けたが、太平洋の上を飛行する機内で一秒でもいいから早く息子の傍に行きたいと望んだ。
「そうね。ママは心配性ね?でも巧は自分のことは自分で出来るのね?偉いわね?さあ、お家に帰ったら頂いたお菓子を開けて食べましょうね?」
「うん!おばあ様も一緒に食べようよ!」
「あら。おばあ様にも分けてくれるの?巧は優しいわね?」
楓は愛情表現が苦手だった。
自分は子供を褒めることも可愛がることも出来ない性格だと思っていた。
だがそれは孫が生まれるまでの話で、孫が生まれてからの彼女は変わった。
それに自分をおばあ様と慕ってくれる孫は本当に可愛い。
その存在を愛おしく思えば思うほど顏には自然に笑みが広がる。
そしてこの瞬間は、かけがえのない大切な時間であり、こんなに愛らしい孫を生んでくれた息子の妻に対しての今の気持ちは感謝しかなかった。
「でもね、巧。ご夕食の前にお菓子を食べたらママに怒られるから、おばあ様のお部屋でこっそりいただきましょうね?」
そう言った楓は孫の柔らかな頬に触れたが、かつて孫の母親からは魔女と言われ、世間からは日本経済を牛耳る鉄の女と言われた女の顔にも、今は優しい祖母の微笑みが浮かんでいた。
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司は教師で牧野つくしは生徒。
当然だがどこの高校も教師と生徒の恋愛は禁止されている。
だから彼女が卒業するまで自分の気持ちを告げるつもりはなかった。
だが言ったことをなかったことにするつもりはない。
そして司は牧野つくしに自分の気持ちを告げたが、彼女からは何の言葉も返っては来なかった。だから思いを封印し教師と生徒として接することを決めると、歳月は緩やかに流れて行った。
練習はいつもグランドでラガーシャツを着た大勢の生徒が一緒だった。
だが今日の少女は学校指定のジャージに白いTシャツ。
そして司も同じようにジャージ姿。
司は牧野つくしにラグビーの個人指導をすることにした。
だから自宅に呼んだが、そこは世田谷の大豪邸。
広い庭にはテニスコートやバスケットコートがあるのは勿論、ラグビーのゴールポストも立っていた。
そんな司の邸で行われているのは、自室に用意されたホワイトボードを前にした講義で、司はペンをボードに走らせながら説明していた。
「タックルは体当たりで相手を倒すことが出来る。たが素早さも必要だ。
ただ、肩より上をタックルすることは違反だ。だから気を付けろ。でないとファウルを取られるからな。相手の身体の低い場所を狙え。相手の腰に絡み付くようにして押し倒せ。ゲームの流れを変えるナイスタックルを心掛けろ」
そう言った司はペンを置くと、
「よし。これから実践だ。牧野。低い位置から俺を狙え。俺が教師だからといって遠慮するな。タックルして俺を押し倒してみろ!」
司はそう言ってから「よし!来い!」と言って両手を広げ、つくしが体当たりして来るのを待った。
だが司の指導で素直で真面目でシャイな少女に戻った牧野つくしは、司に体当たりすることを躊躇っていた。
「道明寺先生。無理です。あたし不良だったけど男の人とそういった関係になったことがないんです。だから男の人に抱きつくのは無理です」
と真顔で言った少女は恥ずかしそうに頬を染めた。
「牧野。タックルは男に抱きつく行為じゃない。それに俺を男と思うな。俺のことは永林の大河原だと思え!英徳のライバル校の永林の大河原滋だ。あの生意気な女にタックルをするところを想像しろ!」
司はそう言って再び両手を広げ、つくしが体当たりしてくるのを待った。
だがやはり目の前の少女は恥ずかしそうにしていた。
「そうか。どうしても男の俺に体当たりすることは出来ないか?だがな。そんなことじゃああの女を倒すことは出来んぞ!だが出来ないというなら仕方がない。それなら俺がお前にタックルをしてやり方を教えるから身体で覚えるんだ。それからタックルは生身の身体でぶつかり合うプレーだ。中途半端なタックルをすれば相手に怪我をさせることになる。だから俺はお前に怪我をさせないために裸になる」
司はそう言ってジャージを脱ぎブリーフ姿になった。
そして服を脱いだ男が手にしているのは、テーブルの上に置かれていた果物かごの中から掴んだマンゴー。
「牧野。この楕円の形は少し小さいがラグビーボールの形に似ている。だからこれを使って練習する。お前はこのマンゴーをボールだと思って持て。絶対に俺に取られないようにしろ」
目の前の少女は、言われた通り赤いマンゴーを手にすると胸元に抱えた。
「よし。いいぞ。俺のタックルからそのマンゴーを守れ!」
司は言うと、つくしの足もと狙うようにタックルをした。
そして少女の身体を床に押し倒すと、いとも簡単にマンゴーを奪い取ったが、熟れている実が潰れると当然だが下にいる彼女のジャージとTシャツにマンゴーの汁がかかった。
「牧野大変だ!お前のジャージとTシャツにマンゴーの汁が付いた。悪かった。すぐに洗わせるから脱げ」
と言った司はつくしの着ているジャージとTシャツを脱がしにかかった。
「先生?!」
「牧野。大丈夫だ。安心しろ。このジャージとTシャツを洗濯するだけだ。何もしやしない」
だが司はTシャツを脱いだ牧野つくしの姿に少女ではなく女を感じた。
司は牧野つくしのことが好きだ。だが今は教師と生徒の間柄だ。だから自制していた。
けれど司の手についていたマンゴーのオレンジ色の汁が白い肌を伝う様子に、その身体についた濃厚な果汁を舐めたくなった。
いや、果汁だけではなく他のものも。
そしてそこにあるのは男としての欲望___
「せ、先生?!」
司は牧野つくしの身体を抱え上げると、部屋の奥にあるベッドへ運んだ。
そして着ていた下着を脱がせ自身のブリーフを脱ぎ捨てると、のしかかりマンゴーの汁が付いた肌に唇を寄せ舐め取った。
「あっ!」
司は牧野つくしに欲望を感じ激しいセックスがしたかった。
だから指先に付いたマンゴーの汁を胸の頂に擦りつけると、そこを口に含んだ。
「ああ!!先生!!ダメ…..あっ…ん…」
司は舌で乳首を舐め唇で挟み噛んだ。
胸の膨らみは小ぶりで控えめだがマンゴーの汁で甘かった。
だから片方の乳首からもう片方へと移動して舌と指でいたぶり続けると、あえぎ声をつのらせた少女は首を左右に激しく振りはじめ、もっとお願いと懇願した。
だから司は顏を上げ、濡れそぼった乳首の上でニヤリとした。
「牧野。俺が欲しいのか?」
だが少女は怖いのか。さっきとは別の意味で首を振った。
だから司は言った。
「お前は男と経験がないと言ったが、経験なんてこれから積めばいい。俺とな」
「先生…..」
少女の頬は、ほのかに朱色に染まった。
それは司が欲しいという意思表示。
「牧野…」
「先生。つくしって呼んで」
司はそう言われ微笑んだ。
そしてこれから起こることに期待をして名前を呼んだ。
「ああ。分かった。つくし__」
その時だった。
いきなり部屋の扉が開き、ズカズカと入って来たのは司の恩師である西田。
「道明寺!お前は何をやってんだ!お前は教師だろうが!それなのに教え子に手を出すとはどういうつもりだ!俺はお前をそんな風に教育した覚えはない!」
司は恩師のいきなりの登場に驚いた。
だから少女の身体に布団をかけてからベッドから降りたが、司の前に立つ西田は言った。
「俺は今からお前を殴る!」
「先生。違うんだ。俺たちは愛し合って__」
と言いかけたが、西田の右手の拳は司の頬を殴った。
「支社長。お目覚めですか?それにしてもそちらのマンゴーは甘く危険な香りがいたします」
司は右手を頬に添えたまま目が覚めた。
執務室の応接テーブルの上に置かれているのは宮崎から送られて来たマンゴー。
果物の女王だという果実は、恋人が好きだということから内緒で取り寄せ会社に送らせた。
そうしなければ、高いのに勿体ないと言うからだ。
だから自宅に帰るまでそこにあった。
「マンゴーの香りは精神を安定させ、リラックスさせる効果があると言われています。さぞやいい夢を見られたことでしょう」
と西田は言ったが、司は西田に殴られた夢を見たばかりで、どこが精神を安定させリラックスをさせるだと思った。
それにしてもまさか夢に西田が出てくるとは思わなかった。
何しろ今まで夢に西田が出て来たことなどなかったからだが、今までのこともあり言いたいことがあった。
「西田。お前はどうしていつもいいところで邪魔をする?お前は嫌がらせの名人か?」
そう言われた西田は何のことか全く分からないといった様子で、「そうですか。お役に立てて幸いでございます」と言って書類を置いて出ていったが、その書類は恋人のいる海外事業本部からの書類。
そこには牧野つくしの名前があって、司は思わずその文字を指でなぞっていた。
そして思った。
夢の跡をなぞることをするのではないが、今夜マンゴーを食べたあと、その甘い果汁を恋人の胸の頂で味わうのも悪くない。そしてその先にあるものを探検するのも悪くないと思った。
つまりふたりでマンゴーを使った独創的な愛し方をする。
そのひとつとして司の身体についたマンゴーの果汁を舐めてもらう。
だが舐めてもらうのは果汁だけでなく、他のものも。
そう思うと、これからの仕事も捗るような気がした。
そして夜が来るのが待ち遠しかった。

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当然だがどこの高校も教師と生徒の恋愛は禁止されている。
だから彼女が卒業するまで自分の気持ちを告げるつもりはなかった。
だが言ったことをなかったことにするつもりはない。
そして司は牧野つくしに自分の気持ちを告げたが、彼女からは何の言葉も返っては来なかった。だから思いを封印し教師と生徒として接することを決めると、歳月は緩やかに流れて行った。
練習はいつもグランドでラガーシャツを着た大勢の生徒が一緒だった。
だが今日の少女は学校指定のジャージに白いTシャツ。
そして司も同じようにジャージ姿。
司は牧野つくしにラグビーの個人指導をすることにした。
だから自宅に呼んだが、そこは世田谷の大豪邸。
広い庭にはテニスコートやバスケットコートがあるのは勿論、ラグビーのゴールポストも立っていた。
そんな司の邸で行われているのは、自室に用意されたホワイトボードを前にした講義で、司はペンをボードに走らせながら説明していた。
「タックルは体当たりで相手を倒すことが出来る。たが素早さも必要だ。
ただ、肩より上をタックルすることは違反だ。だから気を付けろ。でないとファウルを取られるからな。相手の身体の低い場所を狙え。相手の腰に絡み付くようにして押し倒せ。ゲームの流れを変えるナイスタックルを心掛けろ」
そう言った司はペンを置くと、
「よし。これから実践だ。牧野。低い位置から俺を狙え。俺が教師だからといって遠慮するな。タックルして俺を押し倒してみろ!」
司はそう言ってから「よし!来い!」と言って両手を広げ、つくしが体当たりして来るのを待った。
だが司の指導で素直で真面目でシャイな少女に戻った牧野つくしは、司に体当たりすることを躊躇っていた。
「道明寺先生。無理です。あたし不良だったけど男の人とそういった関係になったことがないんです。だから男の人に抱きつくのは無理です」
と真顔で言った少女は恥ずかしそうに頬を染めた。
「牧野。タックルは男に抱きつく行為じゃない。それに俺を男と思うな。俺のことは永林の大河原だと思え!英徳のライバル校の永林の大河原滋だ。あの生意気な女にタックルをするところを想像しろ!」
司はそう言って再び両手を広げ、つくしが体当たりしてくるのを待った。
だがやはり目の前の少女は恥ずかしそうにしていた。
「そうか。どうしても男の俺に体当たりすることは出来ないか?だがな。そんなことじゃああの女を倒すことは出来んぞ!だが出来ないというなら仕方がない。それなら俺がお前にタックルをしてやり方を教えるから身体で覚えるんだ。それからタックルは生身の身体でぶつかり合うプレーだ。中途半端なタックルをすれば相手に怪我をさせることになる。だから俺はお前に怪我をさせないために裸になる」
司はそう言ってジャージを脱ぎブリーフ姿になった。
そして服を脱いだ男が手にしているのは、テーブルの上に置かれていた果物かごの中から掴んだマンゴー。
「牧野。この楕円の形は少し小さいがラグビーボールの形に似ている。だからこれを使って練習する。お前はこのマンゴーをボールだと思って持て。絶対に俺に取られないようにしろ」
目の前の少女は、言われた通り赤いマンゴーを手にすると胸元に抱えた。
「よし。いいぞ。俺のタックルからそのマンゴーを守れ!」
司は言うと、つくしの足もと狙うようにタックルをした。
そして少女の身体を床に押し倒すと、いとも簡単にマンゴーを奪い取ったが、熟れている実が潰れると当然だが下にいる彼女のジャージとTシャツにマンゴーの汁がかかった。
「牧野大変だ!お前のジャージとTシャツにマンゴーの汁が付いた。悪かった。すぐに洗わせるから脱げ」
と言った司はつくしの着ているジャージとTシャツを脱がしにかかった。
「先生?!」
「牧野。大丈夫だ。安心しろ。このジャージとTシャツを洗濯するだけだ。何もしやしない」
だが司はTシャツを脱いだ牧野つくしの姿に少女ではなく女を感じた。
司は牧野つくしのことが好きだ。だが今は教師と生徒の間柄だ。だから自制していた。
けれど司の手についていたマンゴーのオレンジ色の汁が白い肌を伝う様子に、その身体についた濃厚な果汁を舐めたくなった。
いや、果汁だけではなく他のものも。
そしてそこにあるのは男としての欲望___
「せ、先生?!」
司は牧野つくしの身体を抱え上げると、部屋の奥にあるベッドへ運んだ。
そして着ていた下着を脱がせ自身のブリーフを脱ぎ捨てると、のしかかりマンゴーの汁が付いた肌に唇を寄せ舐め取った。
「あっ!」
司は牧野つくしに欲望を感じ激しいセックスがしたかった。
だから指先に付いたマンゴーの汁を胸の頂に擦りつけると、そこを口に含んだ。
「ああ!!先生!!ダメ…..あっ…ん…」
司は舌で乳首を舐め唇で挟み噛んだ。
胸の膨らみは小ぶりで控えめだがマンゴーの汁で甘かった。
だから片方の乳首からもう片方へと移動して舌と指でいたぶり続けると、あえぎ声をつのらせた少女は首を左右に激しく振りはじめ、もっとお願いと懇願した。
だから司は顏を上げ、濡れそぼった乳首の上でニヤリとした。
「牧野。俺が欲しいのか?」
だが少女は怖いのか。さっきとは別の意味で首を振った。
だから司は言った。
「お前は男と経験がないと言ったが、経験なんてこれから積めばいい。俺とな」
「先生…..」
少女の頬は、ほのかに朱色に染まった。
それは司が欲しいという意思表示。
「牧野…」
「先生。つくしって呼んで」
司はそう言われ微笑んだ。
そしてこれから起こることに期待をして名前を呼んだ。
「ああ。分かった。つくし__」
その時だった。
いきなり部屋の扉が開き、ズカズカと入って来たのは司の恩師である西田。
「道明寺!お前は何をやってんだ!お前は教師だろうが!それなのに教え子に手を出すとはどういうつもりだ!俺はお前をそんな風に教育した覚えはない!」
司は恩師のいきなりの登場に驚いた。
だから少女の身体に布団をかけてからベッドから降りたが、司の前に立つ西田は言った。
「俺は今からお前を殴る!」
「先生。違うんだ。俺たちは愛し合って__」
と言いかけたが、西田の右手の拳は司の頬を殴った。
「支社長。お目覚めですか?それにしてもそちらのマンゴーは甘く危険な香りがいたします」
司は右手を頬に添えたまま目が覚めた。
執務室の応接テーブルの上に置かれているのは宮崎から送られて来たマンゴー。
果物の女王だという果実は、恋人が好きだということから内緒で取り寄せ会社に送らせた。
そうしなければ、高いのに勿体ないと言うからだ。
だから自宅に帰るまでそこにあった。
「マンゴーの香りは精神を安定させ、リラックスさせる効果があると言われています。さぞやいい夢を見られたことでしょう」
と西田は言ったが、司は西田に殴られた夢を見たばかりで、どこが精神を安定させリラックスをさせるだと思った。
それにしてもまさか夢に西田が出てくるとは思わなかった。
何しろ今まで夢に西田が出て来たことなどなかったからだが、今までのこともあり言いたいことがあった。
「西田。お前はどうしていつもいいところで邪魔をする?お前は嫌がらせの名人か?」
そう言われた西田は何のことか全く分からないといった様子で、「そうですか。お役に立てて幸いでございます」と言って書類を置いて出ていったが、その書類は恋人のいる海外事業本部からの書類。
そこには牧野つくしの名前があって、司は思わずその文字を指でなぞっていた。
そして思った。
夢の跡をなぞることをするのではないが、今夜マンゴーを食べたあと、その甘い果汁を恋人の胸の頂で味わうのも悪くない。そしてその先にあるものを探検するのも悪くないと思った。
つまりふたりでマンゴーを使った独創的な愛し方をする。
そのひとつとして司の身体についたマンゴーの果汁を舐めてもらう。
だが舐めてもらうのは果汁だけでなく、他のものも。
そう思うと、これからの仕事も捗るような気がした。
そして夜が来るのが待ち遠しかった。

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大人向けのお話です。
未成年者の方、またはそのようなお話が苦手な方はお控え下さい。
*******************************
男はメガネをかければ男前があがると言われるが、司がメガネをかければキャーキャー言われることは間違いない。
だが司の恋人はメガネをかけた男をまじまじと見つめ言った。
「なんだか賢そうに見えるんだけど」
だから司は言った。
「あのな。お前の日本語は間違ってる。賢そうに見えるじゃなくて俺は元々賢いんだよ!」
そしてメガネを外す様子は萌えの対象であることは言わずもがなで、そんな男が変わらぬ日常から抜け出すために必要としているのは豊かな想像力。
その想像力を鍛えることを日々している男は、恋人と一緒に過ごした休日を思い出していた。
ふたりは、4年ごとに開催されるラグビーワールドカップの日本大会で快進撃を続ける日本チームを応援するため横浜にいた。
そしてふたりが観戦した試合は、ふたりの声援、いや日本中の熱い声援を受けて見事な勝利を収めたが、それはジャージの胸に桜のエンブレムを付けていることから「ブレイブ・ブロッサムズ(Brave Blossoms)、勇猛な桜戦士」の愛称に恥じない素晴らしい試合だった。
そして司は、そこでラグビーの試合を初めて見た恋人がラグビーのファンになったと言ったことから想像力が働いた。
それは荒廃した英徳学園高等部を舞台に繰り広げられる学園ドラマ。
「道明寺先生。我が学園は資産家の子弟の教育をする歴史と伝統を誇る学園です。
ですが中には問題児もいます。そんな生徒の親は学園に対して多大な寄付をしています。
ですから退学させる訳にはいかないんです。我々はその生徒たちが卒業するまで何をする訳でもなく時間が経つのを待つしかないんです。そんな生徒たちの集まりが女子ラグビー部です。まあラグビー部といっても実体はないに等しいといいますか…..。
とにかくあの部は学園の問題児の中でも一番と言われる牧野つくしがいます。ですがあの子は元来頭の良い子で成績も優秀でした。初等部の頃はスチュワーデスになるのが夢だと言っていました。しかし両親が離婚して父親が新しい妻を迎えるとガラリと変わりました。それはまるで規則正しく積み上がっていた積み木をくずしたようなものです。恐らく義理の母親と合わないのでしょう。生活態度が乱れ、学園でも反抗的な態度を取るようになり他校の生徒と喧嘩をするようになり不良少女とよばれるようになりました。これ以上今のような状態が続くと我が学園としても非常に困るといいますか……とにかく手を焼いている次第です」
司は、かつて企業のラグビー部に所属し全日本代表選手に選ばれたことがあったが、引退後、高校教師として別の高校で体育の教師として働いていた。
だがある日、司はひとりの男と知り合った。その男は英徳学園の校長でラグビーの大ファンであることから、司が社会人ラグビーで活躍していたことを知っていて、その経歴を是非わが学園のラグビー部で発揮して欲しいと乞われ英徳学園へ赴任することになった。
英徳学園の女子ラグビー部は、牧野つくしが中等部にいた頃に立ち上げたという部。
校長は実体はないに等しいと言ったが、司は校長が言いたいことを理解していた。
それは、かつて自分もそういった学生時代があったからだ。
部活という名で部室を占領し、酒を飲み、タバコをふかしていた。
校内でバイクを乗り回し、置いてある消火器の中身を教室中にまき散らし、窓ガラスを叩き割り椅子や机を放り出した。
だがそんな司が更生し高校の体育教師になったのは、ある男と出会ったからだ。
その男の名前は西田。
何があっても表情を変えない、笑わない男は髪を後ろに撫で付け、メガネをかけ、荒廃を極めていた司のいる高校に赴任して来ると、ラグビー界では無名で廃部寸前だった部を愛と勇気と希望を持って僅かな年月で全国優勝を果たすまでに建て直した。
そして司は、その優勝を果たした時の部員のひとりだ。
あの頃の司は危険で凶暴と言われていた。
触れれば切れる刃物のような人間で、近寄ることが出来るのは、幼馴染みの男達だけだった。
そんな司が西田と出会うことがなければ、まともな人生を歩むことはなかっただろう。
そして司は牧野つくしという少女と接して知った。
それはかつての司と同じで危険で凶暴ではあるが、彼女は翼が折れたエンジェルでありその黒い瞳の奥には輝きが宿っていることを。
そしてその瞳には何事も遣り遂げるという意志の強さが感じられた。
だから司は牧野つくしという少女を立ち直らせることに決めた。
健全な心と身体を取り戻してやりたいと思った。
愛を口移しで伝えたいと思った。
いや、身体全体を使って伝えたいと思った。
「牧野。いいか?よく聞くんだ。この世の中には様々な悩みを抱えた人間が大勢いる。お前は新しく母親になった女性との関係が上手くいかないことから反抗的な態度を取るようになった。弟は母親と暮らし父親は新しく妻になった女性に夢中だ。だから俺はお前が寂しさからそんな態度を取るようになったと思っている。そうだろ牧野?違うか?いや、違わないはずだ。だがな、牧野。寂しいのはお前だけじゃない。それにお前は愛に飢えている。だがお前はひとりじゃない。俺はお前のことが好きだ。だから俺が愛を与えてやる!」

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未成年者の方、またはそのようなお話が苦手な方はお控え下さい。
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男はメガネをかければ男前があがると言われるが、司がメガネをかければキャーキャー言われることは間違いない。
だが司の恋人はメガネをかけた男をまじまじと見つめ言った。
「なんだか賢そうに見えるんだけど」
だから司は言った。
「あのな。お前の日本語は間違ってる。賢そうに見えるじゃなくて俺は元々賢いんだよ!」
そしてメガネを外す様子は萌えの対象であることは言わずもがなで、そんな男が変わらぬ日常から抜け出すために必要としているのは豊かな想像力。
その想像力を鍛えることを日々している男は、恋人と一緒に過ごした休日を思い出していた。
ふたりは、4年ごとに開催されるラグビーワールドカップの日本大会で快進撃を続ける日本チームを応援するため横浜にいた。
そしてふたりが観戦した試合は、ふたりの声援、いや日本中の熱い声援を受けて見事な勝利を収めたが、それはジャージの胸に桜のエンブレムを付けていることから「ブレイブ・ブロッサムズ(Brave Blossoms)、勇猛な桜戦士」の愛称に恥じない素晴らしい試合だった。
そして司は、そこでラグビーの試合を初めて見た恋人がラグビーのファンになったと言ったことから想像力が働いた。
それは荒廃した英徳学園高等部を舞台に繰り広げられる学園ドラマ。
「道明寺先生。我が学園は資産家の子弟の教育をする歴史と伝統を誇る学園です。
ですが中には問題児もいます。そんな生徒の親は学園に対して多大な寄付をしています。
ですから退学させる訳にはいかないんです。我々はその生徒たちが卒業するまで何をする訳でもなく時間が経つのを待つしかないんです。そんな生徒たちの集まりが女子ラグビー部です。まあラグビー部といっても実体はないに等しいといいますか…..。
とにかくあの部は学園の問題児の中でも一番と言われる牧野つくしがいます。ですがあの子は元来頭の良い子で成績も優秀でした。初等部の頃はスチュワーデスになるのが夢だと言っていました。しかし両親が離婚して父親が新しい妻を迎えるとガラリと変わりました。それはまるで規則正しく積み上がっていた積み木をくずしたようなものです。恐らく義理の母親と合わないのでしょう。生活態度が乱れ、学園でも反抗的な態度を取るようになり他校の生徒と喧嘩をするようになり不良少女とよばれるようになりました。これ以上今のような状態が続くと我が学園としても非常に困るといいますか……とにかく手を焼いている次第です」
司は、かつて企業のラグビー部に所属し全日本代表選手に選ばれたことがあったが、引退後、高校教師として別の高校で体育の教師として働いていた。
だがある日、司はひとりの男と知り合った。その男は英徳学園の校長でラグビーの大ファンであることから、司が社会人ラグビーで活躍していたことを知っていて、その経歴を是非わが学園のラグビー部で発揮して欲しいと乞われ英徳学園へ赴任することになった。
英徳学園の女子ラグビー部は、牧野つくしが中等部にいた頃に立ち上げたという部。
校長は実体はないに等しいと言ったが、司は校長が言いたいことを理解していた。
それは、かつて自分もそういった学生時代があったからだ。
部活という名で部室を占領し、酒を飲み、タバコをふかしていた。
校内でバイクを乗り回し、置いてある消火器の中身を教室中にまき散らし、窓ガラスを叩き割り椅子や机を放り出した。
だがそんな司が更生し高校の体育教師になったのは、ある男と出会ったからだ。
その男の名前は西田。
何があっても表情を変えない、笑わない男は髪を後ろに撫で付け、メガネをかけ、荒廃を極めていた司のいる高校に赴任して来ると、ラグビー界では無名で廃部寸前だった部を愛と勇気と希望を持って僅かな年月で全国優勝を果たすまでに建て直した。
そして司は、その優勝を果たした時の部員のひとりだ。
あの頃の司は危険で凶暴と言われていた。
触れれば切れる刃物のような人間で、近寄ることが出来るのは、幼馴染みの男達だけだった。
そんな司が西田と出会うことがなければ、まともな人生を歩むことはなかっただろう。
そして司は牧野つくしという少女と接して知った。
それはかつての司と同じで危険で凶暴ではあるが、彼女は翼が折れたエンジェルでありその黒い瞳の奥には輝きが宿っていることを。
そしてその瞳には何事も遣り遂げるという意志の強さが感じられた。
だから司は牧野つくしという少女を立ち直らせることに決めた。
健全な心と身体を取り戻してやりたいと思った。
愛を口移しで伝えたいと思った。
いや、身体全体を使って伝えたいと思った。
「牧野。いいか?よく聞くんだ。この世の中には様々な悩みを抱えた人間が大勢いる。お前は新しく母親になった女性との関係が上手くいかないことから反抗的な態度を取るようになった。弟は母親と暮らし父親は新しく妻になった女性に夢中だ。だから俺はお前が寂しさからそんな態度を取るようになったと思っている。そうだろ牧野?違うか?いや、違わないはずだ。だがな、牧野。寂しいのはお前だけじゃない。それにお前は愛に飢えている。だがお前はひとりじゃない。俺はお前のことが好きだ。だから俺が愛を与えてやる!」

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