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2019
08.31

風の手枕 2

司は普段運転手付きの車に乗ることからカーナビの機能を必要としない生活を送っていた。
それに自分で運転する時も走り慣れた場所が多く利用したことがない。
だから、聞こえてきた『目的地へのルート案内を始めます』の柔らかな女性の声に思わず返事をしていた。

「よろしくな」

するとナビは『こちらこそ。どうぞよろしくお願いします』と返事をした。

司はその言葉に片眉を上げた。
どうやら最新のカーナビは人の言葉を認識するように作られているようだが、技術は日進月歩であり機械が人と会話を交わすことは、さほど驚くことではない。
何しろ話しかけるだけで、照明やテレビの操作ができる人工知能を持つロボットは今の世の中には幾らでも溢れているのだから。
だからカーナビにそういった機能が備わっていても不思議ではないのだが、司は今まで使ったことがない機能だ。そんなことから感心しながら再びナビに話しかけた。

「目的地まではあとどれくらいで着く?」

『はい。目的地まであと1時間半ほどで着きます』

とナビは答えたが、機械とは言えその声は優しい女性の声であり、こうして会話が出来る機能を備えたナビゲーションシステムを不快とは思えず悪くはなく面白いと思えた。
だから司は再び話しかけた。

「そうか。それなら目的地に着くまで観光案内をしてくれないか?」

『観光案内ですか?』

「ああ。そうだ。目的地を訪れるのは随分と久し振りだ。だからそこに着くまでの道案内もだが観光案内もしてくれ」

司がそう言うとナビは黙ったが、それは考える時間なのだろう。
だから司も何も言わず暫く黙っていた。
すると、『分かりました。では、これから目的地に到着するまでの間、観光案内をさせていただきます』とナビは言ってこの先に何があるか。何が美味いかといった話を始めたが、その案内の仕方はまるで血の通った人間のようで、機械の音声もここまでくると技術の進歩を感心するしかなかった。

それに機械は人の機嫌を取ることはない。
媚びへつらう態度を取ることはない。
だからいつも自分の周りにいる人間とは違い対等な態度を取るところが気に入った。
つまり、どんなに機械が進歩しても、相手の地位や立場といったものを認識することは出来ず、司が口を挟まない限り喋りを続けているナビのその姿は好ましかった。

そしてひとりで車に乗ることが滅多にない男は、車内という狭い空間でナビの話を訊きながら、目に映る景色を楽しみ、時折窓を開け外の空気を感じひとりの時間を楽しみ始めたが、改めて思うのは誰にも邪魔されない自由な時間というのは素晴らしいものだということ。
そして眼下に広がる摩天楼で繰り広げられるビジネスの揉め事を数多く見て来た男は、山並みの風景に心が洗われた。
国破れて山河ありという言葉があるが、こうして目にする風景はまさにそれだと感じられた。
だが数日前から風邪気味だったことから、少し頭痛がして頭を軽く振ったが、運転には問題はなかった。

そのときナビの声が耳に入った。

『まもなく2キロ先、左方向、諏訪インター出口で降りて下さい』

次のインターで降りろと指示があり、司は左にハンドルを切り高速道路を降りると県道を走り始めたが、『ここから先は道なりですがカーブが続きます。運転には充分注意して下さい』
ナビはそう言って司に注意を促した。
だから司は、分かったと答えた。

そしてハンドル操作を続ける男を邪魔しないようにとでも言うのか。
黙ってしまったナビに司は何か音楽をかけてくれないかと言った。
すると、『わかりました。どのような音楽がお好きですか?お気に入りの歌手はいますか?』と訊いて来たが司は音楽に拘りはない。
それに気に入った歌手というのもいない。
だから、「いや。特に拘りはない。お勧めの曲があればそれを流してくれ。但し最近流行りの賑やかな曲は止めてくれ」と言った。
するとナビは少し沈黙をしたあと、『わかりました』と言って音楽を流し始めたが、その曲は聞き覚えのある懐かしい曲だった。



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2019
08.30

風の手枕 1

<風の手枕(たまくら)>









司は西田と運転手の心配そうな顔を横目にハンドルを握った。
いつもは運転手がハンドルを握ることから、それは久し振りの運転になるが、会社まで運ばせた車は、後部座席にしか座ることがない大型車とは違い高機能かつ高性能で最新装備のスポーツタイプの新車だ。

司の側近とも言える秘書は、「こちらの車にはGPS機能が付いています。警備会社に通報されるシステムが付いています。不測の事態に陥った時には、すぐにボタンを押して下さい」と言うと「それから_」と言葉を継いだが司は、「ああ。分かったからもういい。心配するな」と言ってエンジンをかけると窓を閉めアクセルを踏んだ。

GPS機能が付いている。
つまり高い空の上から司の居場所は監視されていて、どこにいるのかがすぐわかるということ。だがそれは道明寺ホールディングスの社長である司の立場を考えれば仕方がないことなのかもしれない。だからそれについては譲歩した。
その代わり誰も付いて来るなと念を押してはいたが、バックミラーで後ろを確認した。
見覚えのある車は付いて来てはいなかった。
いやだが全く見覚えのない見当違いの車が後をついてくるかもしれないと思ったが、司の後ろを付いて来る車はなかった。
だからハンドルを握り直し運転に専念することにした。












司は今日の午後から休暇に入った。
だから午前中着ていたスーツからラフな服装に着替えていたが休暇はたった3日。
自由になる時間は短かったが、その時間の中で自ら車を運転して向かう場所は信州の別荘。
心配する秘書のために行き先だけは告げていた。

高原にあるその別荘は祖父の代からのものであり、かなりの面積を持つ場所に建てられていて、自生の白樺やモミの木。糸杉や楓が別荘の敷地の輪郭に沿うように生えていることから、外から建物の様子を窺い知ることは出来なかった。
そして司がその場所を訪れるのは久し振りだ。

高速道路に入ると見える景色は矢のように過ぎて行くが、暫く走った後、休憩を取ろうとサービスエリアに入った。
信州は都内とは違い季節の移ろいが早い。
空は澄み渡っていて一片の雲もない。だが午後の陽射しは少し傾き始め、涼しい風が吹いて秋の気配が近づいてくるのが感じられた。だがそれでも夏鳥であるカッコウの鳴き声が聞こえ、その声を耳に残し車に戻ったが、季節が変化する兆しは確実に訪れていた。
そしてエンジンをかけハンドルを握ったところでふと思った。
それは視線の先にあるディスプレイ。新車に装備されている最新のカーナビだ。

司はカーナビを使うことは殆どない。
それは自分で運転することが少ないこともあるが、たまに運転するとしても遠出をすることはないからだ。
だが今日の司は時間に囚われることなく気ままにドライブを楽しみたいという思いがあった。
何故なら普段経営者として大企業の舵取りをする男に自由な時間というのは無いに等しい。
それに秘書によって決められた時間割をこなすことが、司の仕事だとすれば秘書に手綱を握られていると言ってもいい。
そういったことから、もぎ取ったひとりの時間をカーナビとは言え人の声に邪魔されたくない思いがあった。
だから、ここまで来るのにディスプレイが映し出すのは現在地だけであり、カーナビは沈黙を続け何かを喋ることはなかった。

だがここに来てカーナビを使ってみようと思った。
この車の最新機能を試したくなった。
目的地まで最適なルートを提供するカーナビ。
最新のカーナビは道案内だけではなく、情報サイトと連動していて望めば観光施設やカフェやレストランといったものまで案内してくれると言う。
以前別荘を訪れてから随分と経っていた。だからこれから通る道筋に新しい何かが出来ているのではないかという思いから道案内をさせることにした。


初めて乗る車だとしても操作はどれも変わりはしない。
それに司は機械が苦手というわけではない。だからタッチパネルに触れ目的地である別荘の住所を入力した。
するとディスプレイから声が聞こえた。


『目的地へのルート案内を始めます』

カーナビの女性の声は、そう言って案内を始めたが、中央道の車の流れは田舎より都会に向いていて道は空いていた。



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2019
08.25

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 23話』をUPしました。


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2019
08.23

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 22話』をUPしました。



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2019
08.19

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 21話』をUPしました。



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2019
08.17

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 20話』をUPしました。



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2019
08.14

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 19話』をUPしました。



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2019
08.12

『Love and Tenderness』更新のお知らせ

『Deception 18話』をUPしました。


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08.10

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『Deception 17話』をUPしました。



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2019
08.08

父の課題 <後編> ~続・理想の恋の見つけ方~

Category: 父の課題
『イケメンは年を取ってもイケメンか?』という夏休みの自由研究のため司が我が子からお願いされたのは子供時代の写真が見たいということ。
厳密に言えば中等部と高等部の頃の写真。
だがその頃の司は写真を撮られることを嫌った。だから当時の写真と言われてもなかった。
だからどうすればいいか思考を巡らせた結果、思い付いたのは、英徳の制服を着て写真を撮り、若く見えるように加工するということだ。




「司。事情は分かった。それならお前だけ制服を着て写ればいいだろ?それなのになんで俺らまで制服を着なきゃなんねぇんだ?」

あきらと総二郎は司から航のことで緊急事態だと電話を貰い、それぞれの仕事を抜け出し急いで駆け付けたのは写真スタジオ。
そんな二人の前にあるラックには英徳学園の制服が掛けられていた。

「なんでってお前ら航がかわいくねぇのかよ?」

「司。航がかわいくねぇのかって言われれば航はかわいいぞ?けどなんで俺らまで英徳の制服を着さされるのか。その理由が分かんねぇだけど?」

「だから俺ひとりが写った写真よりお前らが一緒に写ってる方が自然だろうが」

「いや。写真スタジオで撮ること自体が不自然だと思うぞ。それに航はお前の中学高校時代の写真が見たいんだろ?それならお前だけが制服を着て写真に収まればいい話であってなんで俺らまで制服を着る必要があるのかって話だ。それに百歩譲って制服を着て写真を撮るにしても、俺らは制服を着て学園に通ったことはなかったぞ?それなのになんで制服を着なきゃなんねえんだ?なあ総二郎?」

あきらは、そう言って隣に立つ総二郎を見た。

「本当だぜ。司は親バカだとは思ってたが、何もこんなことまでする必要ねぇだろ?航には正直に話せ。お前のお父さんは大の写真嫌いでまともな写真は一枚もないってな。
それにお前のお父さんは制服を着て学園に通うようなまともな人間じゃなかった。いや。それ以前にまともに通ったことがない。それに他の生徒と目が合っただけでそいつを殴るような男で学園の支配者と呼ばれた恐ろしい男だったってな」

総二郎はそう言ってあきらに同調した。

「バカなことを言うな。航にそんなことが言えるか!いいから総二郎もあきらも着替えてポーズを決めろ!」

司はそう言ってスーツの上着を脱ぎネクタイを外した。

「いやだがな司。何が嬉しくて四十を過ぎたおっさんが高校の制服を着なきゃなんねぇんだよ?大体ポーズを決めるってどんなポーズを取れっていうんだよ?それに高校生のフリをするなら別に私服でもかまわねぇだろ?それを修正でも加工でもすりゃあ済む話だろ?」

と、そこまで言ったあきらは、司の眼が恐ろしいほど真剣で、これ以上断れば目の前の男が無理矢理服を脱がせるという暴挙に出る気配を感じ取った。
何しろ親バカ司は我が子のお願いに弱い。そしてこれが夏休みの宿題である自由研究のためだと言われれば、分かった。と返事をする以外なかったことをあきらは理解していた。
それに父親が少年時代まともに学校にも通わない男だったと知ることは、今後の息子の成長に何某かの影響を与えることになるのではないか。そう考えているのがヒシヒシと伝わってきた。
だから高校生らしくきちんと制服を着た姿の写真を我が子に見せたいという思いも分かるような気がした。
それにあきらは、まともに結婚するとは思わなかった男の結婚と子育てを祝福した手前、嫌とは言えない部分もあった。

「ああ、もう分かった!分かった!しょうがねぇなあ着ればいいんだろうが!着れば!」

「おい、あきら。お前本気で言ってるのか?コスプレじゃあるまいし、この年になって英徳の制服を着るってのは_」

そこまで言った総二郎も司の鋭い眼光に「仕方ねぇな。航のためだ。着てやるよ。ただしカッコよく撮ってくれよ?それからこの写真は絶対に世間には公表するな」と渋々だが同意した。











「ねえねえ。お父さんの中等部と高等部の頃って今とあまり変わらないね?それに総二郎おじさんとあきらおじさんも今と同じだね?」

「そうか?」

「うん!お父さんもおじさんたちも全然年取ってないよね?それにお父さんって、やっぱりみんなが言うとおりでイケメンだよね?それに僕思ったよ。イケメンって呼ばれる人は子供の頃からイケメンなんだね?」

父と子は写真を見ながらごく普通に話をしているが、写真の中にいる四十を過ぎた三人の男達の顔は不自然に笑っていた。
そして、これまでの事情を知る母親は二人の話を訊きながら苦笑いを浮かべていた。
だが司は我が子が父親を尊敬したような眼で見つめる姿に頬を緩めていた。

「あ!そう言えば今日パリにいる類おじさんから手紙が届いたんだ。僕ね、類おじさんにおじさんの中学生の頃の写真が見たいって手紙を書いたんだ。だから類おじさん写真を送ってきれくれたんだと思うんだ」

司は我が子のその言葉に緩んでいた表情が引き締まった。

「航。その手紙はどこにある?」

「え?僕の部屋にあるよ?」

司はそこで立ち上がると、ちょっとトイレに行ってくる。と言って部屋を出ると走って航の部屋へ向かうと扉を開けた。
そして我が子の机の上に置かれている開封前の手紙を手に取った。

宛名は道明寺航様。
差出人は花沢類。
それを見た司は封を切ろうとした。だがこれは私信であり親とは言え我が子宛に届いた手紙を勝手に開けることは出来なかった。
だからその手紙を手に急いで航の元に戻ると、「航。類からの手紙。開けてみないか?父さんも類の写真が見たいんだ」
そう言ったのは、実は嫌な予感がしたからだ。
何しろ類は悪戯好きで司が慌てるところを見るのが好きな悪魔のような男だ。
だからこの封筒の中には類の写真だけではなく、自分が知らないうちに撮られた写真が入っている。そしてその写真には鋭い目をした男が写っている。そんな気がしていた。

「いいよ」

司は我が子が封筒を開けるのを待った。
そして中から取り出されたのは二枚の写真。
一枚目は中学生の類が制服を着たもの。

そしてもう一枚は_______











「わあ!お父さんだ!お父さんカッコいい!」

それは、高校生の頃の写真だが、仲間四人でカナダの別荘に行った時に写されたもの。
雪山を前にスノーボードを手にした男は司だ。
そしてその顏は笑っていた。

「お父さんカッコいいよ。やっぱりイケメンは幾つになってもイケメンだね?凄いなあ。お父さんって!昔も今もイケメンでいるお父さんは僕の自慢だよ!」





司は我が子の夏休みの自由研究の手伝いが出来たことに満足していた。
そして課題を克服したことに満足していた。
それは『イケメンは年を取ってもイケメンか』という問いに対しての答え。
つまりイケメンは年を取ってもイケメンであり続けているということ。
だからこれから先も、少なくとも我が子が成人に達するまでイケメンと呼ばれるための努力をしようと思った。

そしてこらからも、子供たちの手本として生き、家族のため健康で長生きすることを心に誓った。



< 完 > *父の課題*
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