花嫁の両親は娘が連れてきた結婚相手が大財閥の跡取りと訊いて腰を抜かした。
父親は典型的なサラリーマンで母親は専業主婦。道明寺という名前を知らないわけではなかったが、二人の思いは、まさかうちの娘が。のひと言に集約されていた。
そして会社員の弟は、義理の兄になる人が道明寺司だと訊いて両親と同じように驚いたが、真剣な表情で、「姉は頭はいいんですが不器用なところがあります。それにおっちょこちょいなところもあります。そんな姉ですがよろしくお願いします」と頭を下げた。
そして今。両親は身体に馴染まないモーニングと黒の留袖姿で教会の最前列に座り、祭壇の前に立つ娘の後姿を見つめていたが、牧師が「この男女が夫婦であることをここに宣言いたします」と言うと式は終わり緊張が解けた。
振り向いた花嫁の姿は、ステンドグラスから差し込む陽光に照らされ輝いて見えた。
それはその笑顔が美しかったから。
そして隣に立つ男性の精悍な顔立ちは、大切な人を娶ったことへの満足さと、妻となった女性に対して責任を負ったことを表していた。
新郎新婦共に30代の半ばであり、二人とも派手な式を望まなかった。
だから披露宴も親族と親しい人を招いてのもので、媒酌人や来賓の長い挨拶といったものは無く、乾杯も食事もスムーズに行われた。
そして、婚約をしてから結婚するまでの1年の間に、花嫁は脚の傷痕を無くすための手術を受けた。
医師からは、完全に傷痕を無くすことは出来ないと言われていたが、あれから半年経った今、長い傷痕は薄っすらとしたものに変わり、よく見なければ、そこに傷痕があったとは思えない肌があった。そしてそのことを一番喜んだのは本人だが、共に喜びを分かち合ったのは夫となる司だ。
どんな手術も100パーセント確実だとは言えず、リスクが伴うことは理解していて、実際に手術を終えるまで気を抜くことは出来なかった。
だからこそ、今では薄っすらと感じられるだけになった傷痕に寄せる思いはひとしおだった。
やがて披露宴が終り、花嫁の周りにいるのは三条桜子と美作あきらと西門総二郎と花沢類。
三人の男性は司の幼馴染みで親友だが、司の婚約者に初めて会ったのは、紹介した人がいると言われメープルで食事をした時。そして司と総二郎とあきらが席を外したとき類が口にしたのは、「司に大切だと思う女性が現れるとは思わなかったよ」
花沢物産の専務は、三人の中でも一番司と親しいと言われていた。
だが類も忙しい男で今はパリに暮らしていた。だから、司が婚約したというニュースはネットのニュースとあきらからの電話で知った。
「司の心は氷で覆われていて、それを溶かすことが出来る女性はいないと思っていたからね。でも司は本当に興味を持ったことに対しては強引だから君のことが気になり出したら強引だったんじゃない?だって子共の頃からの癖が今もそのままだしね?」
「癖?」
つくしは、幼馴染みが口にした婚約者の子供の頃の癖に興味を持った。
「そう。あいつはお山の大将だったから、自分が気になる物事に対してマウントを取りたがる癖があるんだ。俺たちがまだ幼稚舎に通っていた頃の話だけど俺が大切にしていたクマのぬいぐるみを司が取り上げた。それは俺の興味がクマのぬいぐるみに向けられているのが許せなかったからなんだ。ああ見えて子供の頃の司は寂しがり屋で独占欲が強くて独善的な子供だった。それは俺たちみんなそうだったけど、特に司は両親の不在が多かったから親からの愛情を与えられなかったって言えばいいのかな。自分だけを見て欲しいって気持ちが強くてね。あんな大きな図体だけど寂しがり屋だったんだ。あ、でも心配しなくていいよ。独善的なところは大人になってから改善されたから。だけど、こうして二人で話しているところをアイツが見たら眉間に皺を寄せて俺につっかかって来るはずだよ。つまり独占欲の強さはあの頃以上だと思うから」
あの時の言葉通り、披露宴を終え三人の男性と話しをしているつくしに近づいて来た夫となった男は、幼馴染みの男たちを睨みつけた。
「類。お前はそれ以上つくしに近づくな。それからあきらも総二郎も男としての見た目は悪くない。それなのに決まった女がいないのは何でだ?完璧な男三人の誰ひとりとして恋人がいないってのは異常だ。お前ら女に対しての考え方が恐ろしく凝り固まっていて満足する女が見つからないのか?それとも結婚する気がないのか?けど、お前らもいい年なんだからいい加減考えろ」
三人の男たちは、まさか仲間内で司が一番に結婚するとは思わなかったこともだが、その男の口から女に対しての考え方が恐ろしく凝り固まっているや、お前らも早く結婚しろと言われるとは思いもしなかった。
そして類の前に立った花婿が彼に軽くパンチを繰り出した時、それを軽く避けた男は苦笑いを浮かべ花嫁に訳知り顔で微笑んだ。
だからつくしも思わず笑ったが、それを見た夫が花嫁の腰に腕を回しタキシードを着た身体にしっかりと引き寄せた態度は、どう考えてもやきもち焼きの夫の姿に見えた。
そして披露宴を終えた二人が向かったのは、二人が暮らすことになった司のペントハウス。
照明が落とされた部屋で二人がしたのはスローな音楽に合わせたダンス。
それは音楽に合わせて揺れているだけだが、長い一日の終わりにやっと持つことが出来た二人だけの時間を楽しんでいた。
だがやがて音楽が終ると、夫となった男は妻の身体を少しだけ離し顏を見つめた。
「愛してる」
それは低い声で囁かれた言葉。
「これほど一人の女を愛せるとは思いもしなかった」
見つめる顏は真剣で笑う場面ではないはずだが、つくしは思わず笑っていた。
それは思い出し笑いだが、披露宴の挨拶の中で夫となった男の口から「共に白髪になるまで添い遂げる」という言葉が出るとは思いもしなかったからだ。
「ねえ?」
「何だ?」
「サメが共に白髪になるまで添い遂げるって訊いたことがないんだけど?」
その言葉に男は笑いながら答えた。
「確かに白髪のサメがいるなら見て見たいものだ。まあ俺がサメの中で初めて白髪になるのも悪くはない。つまりお前は世界で初めて白髪になったサメを研究する学者だ」
司はそこで妻の目をまっすぐにのぞき込めるように膝を曲げ、彼女の顏の高さに視線を合わせた。
「お前に会えて本当に良かった。もしお前に出会わなければ俺は死ぬまで一人だったろうよ。つくし。お前はいつの間にか俺にとってはなくてはならない女になった」
そこまで言った司は、大きな手で妻のヒップを包んで持ち上げ、今度は自分の目線の高さに彼女の顏を合わせ言った。
「奥さん。これからよろしくな」
そして持ち上げられた妻は、夫の背中で足首を組むと恥ずかしそうに「うん」と言った。
< 完 > *理想の恋の見つけ方*

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本日で完結となります。
長らくお付き合いをいただき、ありがとうございました。
父親は典型的なサラリーマンで母親は専業主婦。道明寺という名前を知らないわけではなかったが、二人の思いは、まさかうちの娘が。のひと言に集約されていた。
そして会社員の弟は、義理の兄になる人が道明寺司だと訊いて両親と同じように驚いたが、真剣な表情で、「姉は頭はいいんですが不器用なところがあります。それにおっちょこちょいなところもあります。そんな姉ですがよろしくお願いします」と頭を下げた。
そして今。両親は身体に馴染まないモーニングと黒の留袖姿で教会の最前列に座り、祭壇の前に立つ娘の後姿を見つめていたが、牧師が「この男女が夫婦であることをここに宣言いたします」と言うと式は終わり緊張が解けた。
振り向いた花嫁の姿は、ステンドグラスから差し込む陽光に照らされ輝いて見えた。
それはその笑顔が美しかったから。
そして隣に立つ男性の精悍な顔立ちは、大切な人を娶ったことへの満足さと、妻となった女性に対して責任を負ったことを表していた。
新郎新婦共に30代の半ばであり、二人とも派手な式を望まなかった。
だから披露宴も親族と親しい人を招いてのもので、媒酌人や来賓の長い挨拶といったものは無く、乾杯も食事もスムーズに行われた。
そして、婚約をしてから結婚するまでの1年の間に、花嫁は脚の傷痕を無くすための手術を受けた。
医師からは、完全に傷痕を無くすことは出来ないと言われていたが、あれから半年経った今、長い傷痕は薄っすらとしたものに変わり、よく見なければ、そこに傷痕があったとは思えない肌があった。そしてそのことを一番喜んだのは本人だが、共に喜びを分かち合ったのは夫となる司だ。
どんな手術も100パーセント確実だとは言えず、リスクが伴うことは理解していて、実際に手術を終えるまで気を抜くことは出来なかった。
だからこそ、今では薄っすらと感じられるだけになった傷痕に寄せる思いはひとしおだった。
やがて披露宴が終り、花嫁の周りにいるのは三条桜子と美作あきらと西門総二郎と花沢類。
三人の男性は司の幼馴染みで親友だが、司の婚約者に初めて会ったのは、紹介した人がいると言われメープルで食事をした時。そして司と総二郎とあきらが席を外したとき類が口にしたのは、「司に大切だと思う女性が現れるとは思わなかったよ」
花沢物産の専務は、三人の中でも一番司と親しいと言われていた。
だが類も忙しい男で今はパリに暮らしていた。だから、司が婚約したというニュースはネットのニュースとあきらからの電話で知った。
「司の心は氷で覆われていて、それを溶かすことが出来る女性はいないと思っていたからね。でも司は本当に興味を持ったことに対しては強引だから君のことが気になり出したら強引だったんじゃない?だって子共の頃からの癖が今もそのままだしね?」
「癖?」
つくしは、幼馴染みが口にした婚約者の子供の頃の癖に興味を持った。
「そう。あいつはお山の大将だったから、自分が気になる物事に対してマウントを取りたがる癖があるんだ。俺たちがまだ幼稚舎に通っていた頃の話だけど俺が大切にしていたクマのぬいぐるみを司が取り上げた。それは俺の興味がクマのぬいぐるみに向けられているのが許せなかったからなんだ。ああ見えて子供の頃の司は寂しがり屋で独占欲が強くて独善的な子供だった。それは俺たちみんなそうだったけど、特に司は両親の不在が多かったから親からの愛情を与えられなかったって言えばいいのかな。自分だけを見て欲しいって気持ちが強くてね。あんな大きな図体だけど寂しがり屋だったんだ。あ、でも心配しなくていいよ。独善的なところは大人になってから改善されたから。だけど、こうして二人で話しているところをアイツが見たら眉間に皺を寄せて俺につっかかって来るはずだよ。つまり独占欲の強さはあの頃以上だと思うから」
あの時の言葉通り、披露宴を終え三人の男性と話しをしているつくしに近づいて来た夫となった男は、幼馴染みの男たちを睨みつけた。
「類。お前はそれ以上つくしに近づくな。それからあきらも総二郎も男としての見た目は悪くない。それなのに決まった女がいないのは何でだ?完璧な男三人の誰ひとりとして恋人がいないってのは異常だ。お前ら女に対しての考え方が恐ろしく凝り固まっていて満足する女が見つからないのか?それとも結婚する気がないのか?けど、お前らもいい年なんだからいい加減考えろ」
三人の男たちは、まさか仲間内で司が一番に結婚するとは思わなかったこともだが、その男の口から女に対しての考え方が恐ろしく凝り固まっているや、お前らも早く結婚しろと言われるとは思いもしなかった。
そして類の前に立った花婿が彼に軽くパンチを繰り出した時、それを軽く避けた男は苦笑いを浮かべ花嫁に訳知り顔で微笑んだ。
だからつくしも思わず笑ったが、それを見た夫が花嫁の腰に腕を回しタキシードを着た身体にしっかりと引き寄せた態度は、どう考えてもやきもち焼きの夫の姿に見えた。
そして披露宴を終えた二人が向かったのは、二人が暮らすことになった司のペントハウス。
照明が落とされた部屋で二人がしたのはスローな音楽に合わせたダンス。
それは音楽に合わせて揺れているだけだが、長い一日の終わりにやっと持つことが出来た二人だけの時間を楽しんでいた。
だがやがて音楽が終ると、夫となった男は妻の身体を少しだけ離し顏を見つめた。
「愛してる」
それは低い声で囁かれた言葉。
「これほど一人の女を愛せるとは思いもしなかった」
見つめる顏は真剣で笑う場面ではないはずだが、つくしは思わず笑っていた。
それは思い出し笑いだが、披露宴の挨拶の中で夫となった男の口から「共に白髪になるまで添い遂げる」という言葉が出るとは思いもしなかったからだ。
「ねえ?」
「何だ?」
「サメが共に白髪になるまで添い遂げるって訊いたことがないんだけど?」
その言葉に男は笑いながら答えた。
「確かに白髪のサメがいるなら見て見たいものだ。まあ俺がサメの中で初めて白髪になるのも悪くはない。つまりお前は世界で初めて白髪になったサメを研究する学者だ」
司はそこで妻の目をまっすぐにのぞき込めるように膝を曲げ、彼女の顏の高さに視線を合わせた。
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そこまで言った司は、大きな手で妻のヒップを包んで持ち上げ、今度は自分の目線の高さに彼女の顏を合わせ言った。
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Comment:19
立ち上ることが出来ず倒れていた四宮圭一は、襟首を掴まれ連れて行かれたが、司はその前に凍るような冷たい声で脅しの言葉を囁きかけるのを忘れなかった。
その言葉が男を震え上がらせたのは確かで、青ざめていた顏は生気を失い土気色に変わった。
そして司は四宮圭一の顏を殴った後、つくしの身体を気遣った。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。平気。大丈夫だから…それより司は大丈夫?」
大丈夫だと言ってコーヒーをかけられた司を心配したが、身体が震えているのが見て取れた。
だから司は彼女の膝の下に腕を入れ抱き上げ、自分は大丈夫だと答えた。
そして今は、彼女が何故病院を訪れたのかを知りたかった。
司と婚約をしてからスカートを履くことが多くなった女が外科を訪れたのは、古傷が痛むからなのか。そのこと以外に外科を訪れる理由が見当たらなかった。
だから司は訊いた。
「傷が痛むのか?」
「え?」
「脚の傷が痛むのか?だから医者に会いに来たのか?」
10年以上前に出来た傷だとしても痛みを感じることがあるはずだ。
だから司はそれを心配していた。そしてもし痛みを感じるなら万全の態勢で治療を受けさせるつもりでいた。
「違うわ。そうじゃないの。私が診察を受けに来たのは傷が痛むからじゃない。脚の傷の痛みはないわ。だから違うの」
「それなら何でだ?」
口調が緊張気味になったのは、脚の傷ではないと言われ、それなら他に何か心配事でもあるのか。
その思いから再び訊いた。
「それならどうして外科を受診した?」
つくしは婚約者の緊張を感じ取った。
だから病院を訪れた理由を正直に答えることにした。
それは、女性医師にも言われたが、大事なことは二人で決めていくことにしたから。
そして夫となる人には自分の考えをはっきりと伝える必要があると認識していたからだ。
「脚の傷痕を治そうと思うの。先生もそれが出来るとおっしゃったの。でも全く痕跡が無くなるわけじゃないの」
傷痕のために男性を遠ざけ心を開こうとしなかった。
言い換えればそれがコンプレックスになっていたから。そしてその傷痕は治そうと思えば、もっと早くに治療することが出来たことは薄々だが分かっていた。けれど、それをしなかったのは、そうしたい明確な理由が無かったから。
だが今のつくしは、好きな人のために綺麗になりたいという思いがあった。だから以前お世話になった女性医師の元を訪れた。
そして今、自分を抱えている男性にその思いを打ち明けたが、反応は思っていたものとは全く別のものだった。
「俺はお前が病院を訪れたと訊いてどこか悪いんじゃないかと思った。けど三条はお前が病院に行った理由を教えてはくれなかった。だから心配になってここまで来て外科を受診したと知って脚の傷のことだと思った。時間が経ってはいるが痛みが出たと思った」
司はそこまで言って自分が思っていたこととは違った理由で外科を受診していたことに、とりあえず安堵したことを伝えた。
そして婚約者の女性の口から語られた脚の傷痕を治すという言葉に、もしかすると自分のために受けたくもない手術を受けようとしているのではないかと感じた。
だから自分の思いを伝える口調は諭すようになった。
「つくし。俺は先天的なものだろうが後天的なものだろうがお前の傷痕を気にしたことはない。それに傷を恥じだとは思わない。俺はあの男と違って人を外見で見る人間を軽蔑している。それは他人が俺を見る目がそうだったのと同じだ。俺の内面を見る人間はいなかった。俺の周りにいたのは俺がどんな人間だろうと構わない人間ばかりだった。つまり必要とされてたのは人間性じゃなかった。大人になってからも同じで俺の周りに集まってくる女は人工的な言葉と表情を持っていた。顏や身体にメスが入っている女は自然とそうなってくるもんだが、そんな女が大勢いた。けどお前の感情は決して作られたものじゃない。だからお前が傷痕を消したいと思うなら反対はしない。だがな。身体にメスを入れるということは痛みを伴うんだぞ?それにどんなに名医だと言われてもリスクはある」
それはただ事実を伝えているだけで、手術を受けることを反対だとも賛成だとも言わなかった。
「リスクがあることは分かってるわ」
かつて司は、彼女が望むならアメリカにいる世界最高の腕を持つ美容整形外科医の診察を受けさせてもいいと思った。けれど、彼の口から出た言葉はかつての自分の思いを否定していた。
「それに俺は完璧な人間を求めてるわけじゃない。俺が惚れたのは今のままの牧野つくしだ。それに完璧な美しさなら俺が持ってる」
その言葉に司に抱きかかえられた女は笑った。
「何だ?何がそんなにおかしい?」
司は人が真剣に話している時に笑う女にムッとした。
「だって完璧な美しさは俺が持ってるって、堂々と言う司がおかしくて」
司は、それは今更だろと言いたかった。
そして口の端を小さく歪めて笑みを浮かべた。
だが彼女と知り合ってから自分の外見を気にしたことは無かった。
何しろサメの研究者である女は人間の男よりもサメの方に興味があった。
そして牧野つくしは、司を多額の寄付をしてくれた男として見ていただけで、どんな女も裏表があり金がある男をたぶらかそうとするはずだという彼の思いを覆した。
そしてグラスの中身をぶちまけられる経験をしたのは、彼女が初めてだった。
だがそれは司が電話で偽名を名乗り他人のフリをして彼女と会話をしていたことに腹を立てたからであり、その否は司にあった。
だから、あの時のことを口に出せば、「女を甘く見ると痛い目を見るということよ」と言われた。
それに牧野つくしという女は、人に媚びを売る人間ではなく自分というものをしっかりと持つ女だ。そして司は彼女の保護者ではないのだから彼女の意思を尊重するつもりだ。傷痕を消したいというなら反対はしない。
「いいだろう。俺はお前の意思を尊重する。手術を受けたいなら受けるべきだ。それに手術を受けたからといって俺たちの関係が変わることはない」
司は自分の思いをきっぱりと言うと、彼を見上げる女の唇に唇を重ねた。

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その言葉が男を震え上がらせたのは確かで、青ざめていた顏は生気を失い土気色に変わった。
そして司は四宮圭一の顏を殴った後、つくしの身体を気遣った。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。平気。大丈夫だから…それより司は大丈夫?」
大丈夫だと言ってコーヒーをかけられた司を心配したが、身体が震えているのが見て取れた。
だから司は彼女の膝の下に腕を入れ抱き上げ、自分は大丈夫だと答えた。
そして今は、彼女が何故病院を訪れたのかを知りたかった。
司と婚約をしてからスカートを履くことが多くなった女が外科を訪れたのは、古傷が痛むからなのか。そのこと以外に外科を訪れる理由が見当たらなかった。
だから司は訊いた。
「傷が痛むのか?」
「え?」
「脚の傷が痛むのか?だから医者に会いに来たのか?」
10年以上前に出来た傷だとしても痛みを感じることがあるはずだ。
だから司はそれを心配していた。そしてもし痛みを感じるなら万全の態勢で治療を受けさせるつもりでいた。
「違うわ。そうじゃないの。私が診察を受けに来たのは傷が痛むからじゃない。脚の傷の痛みはないわ。だから違うの」
「それなら何でだ?」
口調が緊張気味になったのは、脚の傷ではないと言われ、それなら他に何か心配事でもあるのか。
その思いから再び訊いた。
「それならどうして外科を受診した?」
つくしは婚約者の緊張を感じ取った。
だから病院を訪れた理由を正直に答えることにした。
それは、女性医師にも言われたが、大事なことは二人で決めていくことにしたから。
そして夫となる人には自分の考えをはっきりと伝える必要があると認識していたからだ。
「脚の傷痕を治そうと思うの。先生もそれが出来るとおっしゃったの。でも全く痕跡が無くなるわけじゃないの」
傷痕のために男性を遠ざけ心を開こうとしなかった。
言い換えればそれがコンプレックスになっていたから。そしてその傷痕は治そうと思えば、もっと早くに治療することが出来たことは薄々だが分かっていた。けれど、それをしなかったのは、そうしたい明確な理由が無かったから。
だが今のつくしは、好きな人のために綺麗になりたいという思いがあった。だから以前お世話になった女性医師の元を訪れた。
そして今、自分を抱えている男性にその思いを打ち明けたが、反応は思っていたものとは全く別のものだった。
「俺はお前が病院を訪れたと訊いてどこか悪いんじゃないかと思った。けど三条はお前が病院に行った理由を教えてはくれなかった。だから心配になってここまで来て外科を受診したと知って脚の傷のことだと思った。時間が経ってはいるが痛みが出たと思った」
司はそこまで言って自分が思っていたこととは違った理由で外科を受診していたことに、とりあえず安堵したことを伝えた。
そして婚約者の女性の口から語られた脚の傷痕を治すという言葉に、もしかすると自分のために受けたくもない手術を受けようとしているのではないかと感じた。
だから自分の思いを伝える口調は諭すようになった。
「つくし。俺は先天的なものだろうが後天的なものだろうがお前の傷痕を気にしたことはない。それに傷を恥じだとは思わない。俺はあの男と違って人を外見で見る人間を軽蔑している。それは他人が俺を見る目がそうだったのと同じだ。俺の内面を見る人間はいなかった。俺の周りにいたのは俺がどんな人間だろうと構わない人間ばかりだった。つまり必要とされてたのは人間性じゃなかった。大人になってからも同じで俺の周りに集まってくる女は人工的な言葉と表情を持っていた。顏や身体にメスが入っている女は自然とそうなってくるもんだが、そんな女が大勢いた。けどお前の感情は決して作られたものじゃない。だからお前が傷痕を消したいと思うなら反対はしない。だがな。身体にメスを入れるということは痛みを伴うんだぞ?それにどんなに名医だと言われてもリスクはある」
それはただ事実を伝えているだけで、手術を受けることを反対だとも賛成だとも言わなかった。
「リスクがあることは分かってるわ」
かつて司は、彼女が望むならアメリカにいる世界最高の腕を持つ美容整形外科医の診察を受けさせてもいいと思った。けれど、彼の口から出た言葉はかつての自分の思いを否定していた。
「それに俺は完璧な人間を求めてるわけじゃない。俺が惚れたのは今のままの牧野つくしだ。それに完璧な美しさなら俺が持ってる」
その言葉に司に抱きかかえられた女は笑った。
「何だ?何がそんなにおかしい?」
司は人が真剣に話している時に笑う女にムッとした。
「だって完璧な美しさは俺が持ってるって、堂々と言う司がおかしくて」
司は、それは今更だろと言いたかった。
そして口の端を小さく歪めて笑みを浮かべた。
だが彼女と知り合ってから自分の外見を気にしたことは無かった。
何しろサメの研究者である女は人間の男よりもサメの方に興味があった。
そして牧野つくしは、司を多額の寄付をしてくれた男として見ていただけで、どんな女も裏表があり金がある男をたぶらかそうとするはずだという彼の思いを覆した。
そしてグラスの中身をぶちまけられる経験をしたのは、彼女が初めてだった。
だがそれは司が電話で偽名を名乗り他人のフリをして彼女と会話をしていたことに腹を立てたからであり、その否は司にあった。
だから、あの時のことを口に出せば、「女を甘く見ると痛い目を見るということよ」と言われた。
それに牧野つくしという女は、人に媚びを売る人間ではなく自分というものをしっかりと持つ女だ。そして司は彼女の保護者ではないのだから彼女の意思を尊重するつもりだ。傷痕を消したいというなら反対はしない。
「いいだろう。俺はお前の意思を尊重する。手術を受けたいなら受けるべきだ。それに手術を受けたからといって俺たちの関係が変わることはない」
司は自分の思いをきっぱりと言うと、彼を見上げる女の唇に唇を重ねた。

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男性から結婚してくれと言われたことは今までなかった。
そしてその男性の母親からも同じことを言われるとは思いもしなかった。
つくしは脚に大きな傷を負ったとき人生計画というものを立てていた。
それは、ひとりで生きていくこと。
だから正直なところ、こういった幸せが訪れるとは思ってもいなかった。
そして婚約者となった男性は脚の傷跡を気にすることはないと言った。それに彼自身も気にしていないと言った。けれど、つくしがこれから向かうのは外科医の所だ。
恋人と結婚することになり外科医の診察を受けることを決めた。
その人は以前つくしが図書館の書庫に閉じ込められ足を捻挫した時に見てくれた道明寺系列の病院の女性医師。
そして医師に訊きたいことはただひとつ。それはこの傷跡を治すことが出来るかということ。
だが何故診察を受けることにしたのか。それはいくら夫となる人が気にしないと言っても、つくしが気にしていたからだ。
すると、医師から形成外科手術が出来ると言われた。
「傷は治癒して何年も経っているわ。だからあなたの脚にある傷跡を消す事は出来る。でも完全にという訳にはいかない。全く痕跡が無いとは言えないわ。だから手術を受けるならそのことを承知して欲しいの」
そして女性医師は少しの沈黙の後、自分の顏を真っ直ぐに見つめるつくしに優しい笑顔を浮べ言葉を継いだ。
「牧野さん。彼のためにという思いがそうさせるのかしら?でも道明寺副社長はあなたの脚の傷を気にしてはいないはずよ?それでも手術を受けたいと思うのね?だったら彼に相談した方がいいわ。だって二人は婚約をした。だから彼に自分の考えをきちんと伝えてからの方がいいわ。それにこれから先もだけど大事なことは二人で決めていくことになるんでしょ?だったら尚更自分が何をしたいのか。どうしたいのかをちゃんと伝えた方がいいわ」
それはもちろん分かっている。
だから女性医師の言った通り、自分の考えを伝えるつもりだが、その前に手術が出来るかどうかを確認する必要があった。
そして愛されていることが分かっているから診察を受ける決心がついた。
それは女性なら誰でもが思う好きな人のために綺麗になりたいという思いがそうさせた。
つくしは診察室を出ると会計を済ませる前に喉を潤そうと思い、自動販売機が置かれている場所へ向かった。そこは長い廊下の端にある休憩コーナー。そこでコーヒーを飲もうと考えていたが、そこにはスーツ姿の先客が1人だけいて、取り出し口から湯気の立つ紙コップを取り出そうとしていた。
だから少し離れた後ろで待っていたが、紙コップを手に振り向いたのは大学時代に付き合い脚の傷跡を理由に別れた四宮圭一だった。
「つくし?」
「四宮君?」
二人同時に口を開いたが、つくしとは別の大学の学生だった四宮圭一とは別れて以来一度も会うことがなかった。
そして彼があれからどうしているか知らなかったが、まさか病院で会うとは思いもしなかった。
だが何を話せばいいのか。そう考えたところで話すことなど何もなかった。
だからつくしは黙っていたが、四宮圭一は睨みつけるような眼差しで口を開いた。
「大学准教授、牧野つくしか....。お前道明寺司と婚約したそうだな。お前はあの男に俺たちが昔付き合っていたことがあるって言ったのか?お前の傷跡が元で俺たちが別れたって言ったのか?俺に傷つけられたって言ったんだろ?なあ、そうだろ?だから道明寺司は俺が纏めた契約を、契約寸前までいった保険契約を反故にした!あの契約は補償額が百億を超えるがそれだけ大きな契約だったんだぞ?その契約を失った俺はニューヨークにいられなくなった!」
つくしはいきなり捲し立てられるように言われ圭一が何を言っているのか意味が分からなかった。
だが目の前にいる男は湯気の立つ紙コップを握り締めたままつくしに近づいて来た。
香るのは淹れたてのコーヒーの匂い。
「四宮君?何の話をしているのか私には_」
「黙れ!俺は道明寺司にお前が気に入らないって言われた理由が全く分からなかった。けどお前があの男の婚約者だって知ってその理由が分かった。今の俺だって経済誌くらいは読む。いいか?俺は海外事業部で、ニューヨークで大きな契約を纏めることが出来れば昇進は確実だった。それなのに今の俺はただの営業部門で契約者の保険手続きの仕事をさせられている。俺が保険会社に入社したのは、こんな仕事をするためじゃない。俺はあの契約失ったおかげで左遷されてこのざまだ!何で俺が営業所で生保レディの仕事をやらなきゃなんねぇんだよ!今日も入院してるじいさんの契約の説明に呼び出された!」
今つくしの目の前にいる男は、相手に話す隙を与えず話し続け、つくしに対して怒鳴り立てていた。
そしてその話の内容から、四宮圭一が保険会社に勤めていると知ったが、道明寺司の名前が出たところで婚約者が、かつてつくしの心を傷つけた男に報復をしたことに気付いた。
「いいか?俺がこうなったのはお前のせいだ!お前が道明寺司に俺のことを告げ口したからだ!」
そこまで言った圭一は笑みを浮かべた。
だがそれは怒りに満ちた笑み。
「それにしても道明寺司は脚に醜い傷跡を持つ女でもいいって?あの男ならどんなに綺麗な女でもモノに出来るってのに何でお前みたいな女を好きになった?確かにお前は頭がいい。けど男は頭の良さより身体だ。内面が第一で外見がどうでもいいなんてのは嘘だ。抱く女の身体に醜い傷跡があってもそれで良いって?あの男は世間の噂とは違って変わった趣味の持ち主か?」
「四宮君、あのね私は何も言ってない_」
「うるさい!黙ってろ!」
つくしは口を挟ませてもらえなかった。
そして圭一の口調から恐怖を感じた。
だから近づいて来る男から遠ざかろうと後ろへ下がったが、背中が当たったのは壁だった。
「俺の将来はお前が壊した。そうだろ?お前が、お前が俺のことを悪く言ったからだ!」
「あの四宮君__」
「黙ってろって言ったのに分かんねぇのかよ!」
ただでさえ鋭い口調になっている男性に、平静とは程遠い表情をした男性に冷静さを求める方が無理なのかもしれない。
つまり、これ以上何か言ったとしても、いや。何か言おうとしても聞き入れてもらえないと分かった。と、同時に今の自分が非常に危険な状態に置かれていることに気付いた。
背中に感じられるのは壁。目の前はかつて付き合っていた男性だが、その男性は冷静さを失っていて、その感情は、はらわたが煮えくり返るような怒り。
そしてその時、圭一の顏に浮かんだのは黒い影。
その影が握っていた紙コップの中身をつくしに向かって放った。
だが熱く黒い液体がつくしにかかることはなかった。
彼女の前に飛び込んで来たのは背の高い男性。その男性が熱いコーヒーからつくしを守った。
そしてつくしの目の前に立つその男性が圭一を殴ったことが分かったのは、ドサッと音がして呻き声が聞こえたからだ。
「俺の女にコーヒーをかけるとは随分といい根性してるな」
司が大学に電話をかけて三条桜子と話をしたのは1時間前。
講義と講義の間に出掛けて来ると言った女の行く先が病院だと訊いて何かあったのかと心配した。だがそうではないと訊かされた。けれど、どういった理由で病院を訪れることになったのかは訊かされなかった。だから司は自ら病院に出向いて来た。そして自らの立場を利用してつくしが外科医の元を訪れたことを知ると診察を終えた彼女を探した。
すると廊下の端から男の怒鳴り声が聞こえ、そこへ向かったが、よもや道明寺系列の病院で四宮圭一の顔を見るとは思っていなかった。
そして男と一緒にいるのが婚約者の女性だと分かると、男がその手に握った紙コップでしようとしていることを察知し、目に怒りの炎を燃やして駆け出し二人の間に入った。
スーツの背中に熱さを感じることはなかった。
だがもし司が二人の間に入らなければ、牧野つくしは熱いコーヒーを浴びせかけられていた。そして火傷を負うことになったはずだ。
心を傷付けた男から身体に火傷という傷を負わされる。
だから司の怒りの塊は固めたた拳で男を殴っただけでは済まなかったが、目の前に倒れた男の顏は青ざめ敵に回してはいけない男を敵に回し、本気で怒らせてしまったことを知って恐怖に怯えていた。
ビジネスに天性の才能がある男は、暴力に対しての才能もある。
だが彼女が見ているここでその才能を発揮する必要はない。
ただ、自分の言動を抑えることが出来なかった四宮圭一の人生は、この時点で終わったと言えた。

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そしてその男性の母親からも同じことを言われるとは思いもしなかった。
つくしは脚に大きな傷を負ったとき人生計画というものを立てていた。
それは、ひとりで生きていくこと。
だから正直なところ、こういった幸せが訪れるとは思ってもいなかった。
そして婚約者となった男性は脚の傷跡を気にすることはないと言った。それに彼自身も気にしていないと言った。けれど、つくしがこれから向かうのは外科医の所だ。
恋人と結婚することになり外科医の診察を受けることを決めた。
その人は以前つくしが図書館の書庫に閉じ込められ足を捻挫した時に見てくれた道明寺系列の病院の女性医師。
そして医師に訊きたいことはただひとつ。それはこの傷跡を治すことが出来るかということ。
だが何故診察を受けることにしたのか。それはいくら夫となる人が気にしないと言っても、つくしが気にしていたからだ。
すると、医師から形成外科手術が出来ると言われた。
「傷は治癒して何年も経っているわ。だからあなたの脚にある傷跡を消す事は出来る。でも完全にという訳にはいかない。全く痕跡が無いとは言えないわ。だから手術を受けるならそのことを承知して欲しいの」
そして女性医師は少しの沈黙の後、自分の顏を真っ直ぐに見つめるつくしに優しい笑顔を浮べ言葉を継いだ。
「牧野さん。彼のためにという思いがそうさせるのかしら?でも道明寺副社長はあなたの脚の傷を気にしてはいないはずよ?それでも手術を受けたいと思うのね?だったら彼に相談した方がいいわ。だって二人は婚約をした。だから彼に自分の考えをきちんと伝えてからの方がいいわ。それにこれから先もだけど大事なことは二人で決めていくことになるんでしょ?だったら尚更自分が何をしたいのか。どうしたいのかをちゃんと伝えた方がいいわ」
それはもちろん分かっている。
だから女性医師の言った通り、自分の考えを伝えるつもりだが、その前に手術が出来るかどうかを確認する必要があった。
そして愛されていることが分かっているから診察を受ける決心がついた。
それは女性なら誰でもが思う好きな人のために綺麗になりたいという思いがそうさせた。
つくしは診察室を出ると会計を済ませる前に喉を潤そうと思い、自動販売機が置かれている場所へ向かった。そこは長い廊下の端にある休憩コーナー。そこでコーヒーを飲もうと考えていたが、そこにはスーツ姿の先客が1人だけいて、取り出し口から湯気の立つ紙コップを取り出そうとしていた。
だから少し離れた後ろで待っていたが、紙コップを手に振り向いたのは大学時代に付き合い脚の傷跡を理由に別れた四宮圭一だった。
「つくし?」
「四宮君?」
二人同時に口を開いたが、つくしとは別の大学の学生だった四宮圭一とは別れて以来一度も会うことがなかった。
そして彼があれからどうしているか知らなかったが、まさか病院で会うとは思いもしなかった。
だが何を話せばいいのか。そう考えたところで話すことなど何もなかった。
だからつくしは黙っていたが、四宮圭一は睨みつけるような眼差しで口を開いた。
「大学准教授、牧野つくしか....。お前道明寺司と婚約したそうだな。お前はあの男に俺たちが昔付き合っていたことがあるって言ったのか?お前の傷跡が元で俺たちが別れたって言ったのか?俺に傷つけられたって言ったんだろ?なあ、そうだろ?だから道明寺司は俺が纏めた契約を、契約寸前までいった保険契約を反故にした!あの契約は補償額が百億を超えるがそれだけ大きな契約だったんだぞ?その契約を失った俺はニューヨークにいられなくなった!」
つくしはいきなり捲し立てられるように言われ圭一が何を言っているのか意味が分からなかった。
だが目の前にいる男は湯気の立つ紙コップを握り締めたままつくしに近づいて来た。
香るのは淹れたてのコーヒーの匂い。
「四宮君?何の話をしているのか私には_」
「黙れ!俺は道明寺司にお前が気に入らないって言われた理由が全く分からなかった。けどお前があの男の婚約者だって知ってその理由が分かった。今の俺だって経済誌くらいは読む。いいか?俺は海外事業部で、ニューヨークで大きな契約を纏めることが出来れば昇進は確実だった。それなのに今の俺はただの営業部門で契約者の保険手続きの仕事をさせられている。俺が保険会社に入社したのは、こんな仕事をするためじゃない。俺はあの契約失ったおかげで左遷されてこのざまだ!何で俺が営業所で生保レディの仕事をやらなきゃなんねぇんだよ!今日も入院してるじいさんの契約の説明に呼び出された!」
今つくしの目の前にいる男は、相手に話す隙を与えず話し続け、つくしに対して怒鳴り立てていた。
そしてその話の内容から、四宮圭一が保険会社に勤めていると知ったが、道明寺司の名前が出たところで婚約者が、かつてつくしの心を傷つけた男に報復をしたことに気付いた。
「いいか?俺がこうなったのはお前のせいだ!お前が道明寺司に俺のことを告げ口したからだ!」
そこまで言った圭一は笑みを浮かべた。
だがそれは怒りに満ちた笑み。
「それにしても道明寺司は脚に醜い傷跡を持つ女でもいいって?あの男ならどんなに綺麗な女でもモノに出来るってのに何でお前みたいな女を好きになった?確かにお前は頭がいい。けど男は頭の良さより身体だ。内面が第一で外見がどうでもいいなんてのは嘘だ。抱く女の身体に醜い傷跡があってもそれで良いって?あの男は世間の噂とは違って変わった趣味の持ち主か?」
「四宮君、あのね私は何も言ってない_」
「うるさい!黙ってろ!」
つくしは口を挟ませてもらえなかった。
そして圭一の口調から恐怖を感じた。
だから近づいて来る男から遠ざかろうと後ろへ下がったが、背中が当たったのは壁だった。
「俺の将来はお前が壊した。そうだろ?お前が、お前が俺のことを悪く言ったからだ!」
「あの四宮君__」
「黙ってろって言ったのに分かんねぇのかよ!」
ただでさえ鋭い口調になっている男性に、平静とは程遠い表情をした男性に冷静さを求める方が無理なのかもしれない。
つまり、これ以上何か言ったとしても、いや。何か言おうとしても聞き入れてもらえないと分かった。と、同時に今の自分が非常に危険な状態に置かれていることに気付いた。
背中に感じられるのは壁。目の前はかつて付き合っていた男性だが、その男性は冷静さを失っていて、その感情は、はらわたが煮えくり返るような怒り。
そしてその時、圭一の顏に浮かんだのは黒い影。
その影が握っていた紙コップの中身をつくしに向かって放った。
だが熱く黒い液体がつくしにかかることはなかった。
彼女の前に飛び込んで来たのは背の高い男性。その男性が熱いコーヒーからつくしを守った。
そしてつくしの目の前に立つその男性が圭一を殴ったことが分かったのは、ドサッと音がして呻き声が聞こえたからだ。
「俺の女にコーヒーをかけるとは随分といい根性してるな」
司が大学に電話をかけて三条桜子と話をしたのは1時間前。
講義と講義の間に出掛けて来ると言った女の行く先が病院だと訊いて何かあったのかと心配した。だがそうではないと訊かされた。けれど、どういった理由で病院を訪れることになったのかは訊かされなかった。だから司は自ら病院に出向いて来た。そして自らの立場を利用してつくしが外科医の元を訪れたことを知ると診察を終えた彼女を探した。
すると廊下の端から男の怒鳴り声が聞こえ、そこへ向かったが、よもや道明寺系列の病院で四宮圭一の顔を見るとは思っていなかった。
そして男と一緒にいるのが婚約者の女性だと分かると、男がその手に握った紙コップでしようとしていることを察知し、目に怒りの炎を燃やして駆け出し二人の間に入った。
スーツの背中に熱さを感じることはなかった。
だがもし司が二人の間に入らなければ、牧野つくしは熱いコーヒーを浴びせかけられていた。そして火傷を負うことになったはずだ。
心を傷付けた男から身体に火傷という傷を負わされる。
だから司の怒りの塊は固めたた拳で男を殴っただけでは済まなかったが、目の前に倒れた男の顏は青ざめ敵に回してはいけない男を敵に回し、本気で怒らせてしまったことを知って恐怖に怯えていた。
ビジネスに天性の才能がある男は、暴力に対しての才能もある。
だが彼女が見ているここでその才能を発揮する必要はない。
ただ、自分の言動を抑えることが出来なかった四宮圭一の人生は、この時点で終わったと言えた。

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「今までお前が女に夢中になった姿を見たことがなかったが、まさか結婚まで考えていたとはな。それにしても、女は信じられねぇって女性不信を公言していた男がここまで変わるってのが不思議だが、彼女に会ってお前は変わったってことか。それにしてもお前がひとりの女に夢中になるとは昔のことを思えば信じられねぇけどお前は本気なんだな?」
あきらは、親友の執務室を訪ねると、道明寺司が牧野つくしと婚約をしたという記事が載った雑誌を男の前に置いた。
それは週刊誌ではなく経済誌の中でも一流と言われる雑誌。
二人の馴れ初めは電話だと書かれていたが、それは間違い電話から始まった恋だと書かれていた。
「これを読むと嘘つき男の策略とはどこにも書かれてない。むしろ随分とロマンチックに書かれているが、彼女から中華料理のデリバリーを頼まれた時、運命を感じたってのは大嘘だ。何しろお前があの電話を受けた時、俺はお前と一緒に車の中にいたが、お前は怪訝な顔をして運命どころか迷惑な間違い電話に顏をしかめてたぞ?」
「そうだったか?」
「ああ。そうだ。お前はムッとしていた」
あきらは、そう言って笑ったが、司は笑われて結構という態度でいた。
その反応は、恋愛経験が豊富なあきらから見ても分かる精神的に満たされている男の心の余裕というものだが、そんな態度が取れるのは心も身体も満たされているからこそだ。
そしてあきらは、それをどこか羨ましく感じたが、今まで女のことで笑顔を見せたことがない男が頬を緩めた姿は新鮮だった。
「それにしてもお前は女に対して決めたルールがあったはずだが、牧野つくし先生に会ってからは、そのルールもことごとく崩れたってわけだ」
道明寺司の女に対するルール。
それは恋や愛のルールではない。
そのルールとは、女と寝ても絶対に好きになることはないということ。
だからあきらは、そんな男が女と婚約をしたというニュースに、親友が人を愛することを知ったのだと分かった。
「あきら。俺はルールを曲げたわけじゃない。俺がしたのは少し修正を加えただけだ」
「修正ねぇ。ま、物は言いようだが、まさか俺たちの仲間内で一番初めに結婚するのがお前になるとは思いもしなかったがな」
過去には一生結婚するつもりはないといった態度があったが、不思議なもので今あきらの前にいる男は、今まで使うことがなかった顏の筋肉を使っていた。
それは、今までなら無駄だと言われた表情だが、婚約者のことを語る顏には笑顔があった。
「言っておくが俺は勢いに流されて結婚を決めたわけじゃない。それにあいつに何かをして欲しいから結婚を決めたわけじゃない。ただ傍にいて欲しいから結婚する。理由はそれだけだ」
あきらは、司の言葉に本当にこの男は変わったと感じた。
そして恋をして結婚を決めた親友に対して羨ましいという思いを抱いた。本物の恋をした男に嫉妬を感じたが、それは自分が本物の恋をしていない。結婚したいと思える相手に出会えないからだが、人の出会いというのは分からないものだと思えた。
「なるほど。道明寺司もついに結婚か。永遠の愛を約束したいから結婚する。俺だったらこの記事のタイトルをそう付けるが、ま、そういうことだろ?司?」
どこか笑ったような口ぶりになったのは、男の机の上に飾られた不釣り合いな写真立ての中身がサメだったからだ。
インディゴブルーのしなやかな流線形の身体を持つ恐ろしくも美しいサメ。
それは、婚約者である牧野つくしが深海ザメの研究者であることが関係していることは間違いないのだが、何故その写真が飾られているのか。
だからあきらは訊いた。
「おい。司。ところで何でサメの写真を飾ってんだ?」
すると男はニヤリと笑った。
「いい写真だろ?これは世界で最も美しいと言われるサメだ。サメは恐ろしいと思われているが案外そうでもない。危害が加えられない限り人を襲うことはない。だがサメはどんなに遠くにいる獲物でも、その存在を感じ取ることが出来る。そしてそこまで泳いで行くことが出来る。それに深く潜ることも出来る」
あきらはそこまで訊いて、この写真は司を表していることに気付いた。
経済界のサメと呼ばれる男は、鋭い歯を持ちビジネスの世界では切れ者と言われるが、その鋭さとは別の第六感を持ち合わせていた。
そしてその第六感が牧野つくしの行方を探してあきらに電話をかけてくると、あきらとの会話にヒントを得てすぐさま行動に移し川上真理子に拉致された牧野つくしの居所を見つけ出した。
それはまさに、どんなに遠くにいる獲物でも、その存在を感じ取り獲物のいる場所へ辿り着くことが出来るということ。
だがこの場合獲物というのは敵ではなく牧野つくし。
サメは獲物を殺すのではなく守るためにそこへ行き自ら危険の中に飛び込んで行った。
「そうか。この写真は彼女からのプレゼントだな?それにこのサメはお前だな」
あきらのその言葉に司は「ああ」と言ったが、その顏には、あきらが見たことがない優しい表情が浮かんでいたが、道明寺司に今までそんな表情をさせた女はいなかった。
だからあきらは本物の恋をした司が羨ましいのだ。
だがあきらは、かつて仲間内で一番凶暴だと言われた男が幸せになることを心から祝福することが出来た。
それは、あきらが自分のことを司の兄だと冗談交じりに口にしていたあの頃の癖が今でも抜けずにいるからだとしても、やはり道明寺司という男は、あきらにとっては親友であり兄弟だからだ。だから親友の幸せは自分の幸せだと感じていた。
「司。これから先、牧野つくしはお前のような男が傍にいてくれるなら心強いはずだ。何しろ道明寺司が夫だとすれば、どんなに広い海だろうが危険な海だろうが他の魚に襲われる心配はないんだからな」

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あきらは、親友の執務室を訪ねると、道明寺司が牧野つくしと婚約をしたという記事が載った雑誌を男の前に置いた。
それは週刊誌ではなく経済誌の中でも一流と言われる雑誌。
二人の馴れ初めは電話だと書かれていたが、それは間違い電話から始まった恋だと書かれていた。
「これを読むと嘘つき男の策略とはどこにも書かれてない。むしろ随分とロマンチックに書かれているが、彼女から中華料理のデリバリーを頼まれた時、運命を感じたってのは大嘘だ。何しろお前があの電話を受けた時、俺はお前と一緒に車の中にいたが、お前は怪訝な顔をして運命どころか迷惑な間違い電話に顏をしかめてたぞ?」
「そうだったか?」
「ああ。そうだ。お前はムッとしていた」
あきらは、そう言って笑ったが、司は笑われて結構という態度でいた。
その反応は、恋愛経験が豊富なあきらから見ても分かる精神的に満たされている男の心の余裕というものだが、そんな態度が取れるのは心も身体も満たされているからこそだ。
そしてあきらは、それをどこか羨ましく感じたが、今まで女のことで笑顔を見せたことがない男が頬を緩めた姿は新鮮だった。
「それにしてもお前は女に対して決めたルールがあったはずだが、牧野つくし先生に会ってからは、そのルールもことごとく崩れたってわけだ」
道明寺司の女に対するルール。
それは恋や愛のルールではない。
そのルールとは、女と寝ても絶対に好きになることはないということ。
だからあきらは、そんな男が女と婚約をしたというニュースに、親友が人を愛することを知ったのだと分かった。
「あきら。俺はルールを曲げたわけじゃない。俺がしたのは少し修正を加えただけだ」
「修正ねぇ。ま、物は言いようだが、まさか俺たちの仲間内で一番初めに結婚するのがお前になるとは思いもしなかったがな」
過去には一生結婚するつもりはないといった態度があったが、不思議なもので今あきらの前にいる男は、今まで使うことがなかった顏の筋肉を使っていた。
それは、今までなら無駄だと言われた表情だが、婚約者のことを語る顏には笑顔があった。
「言っておくが俺は勢いに流されて結婚を決めたわけじゃない。それにあいつに何かをして欲しいから結婚を決めたわけじゃない。ただ傍にいて欲しいから結婚する。理由はそれだけだ」
あきらは、司の言葉に本当にこの男は変わったと感じた。
そして恋をして結婚を決めた親友に対して羨ましいという思いを抱いた。本物の恋をした男に嫉妬を感じたが、それは自分が本物の恋をしていない。結婚したいと思える相手に出会えないからだが、人の出会いというのは分からないものだと思えた。
「なるほど。道明寺司もついに結婚か。永遠の愛を約束したいから結婚する。俺だったらこの記事のタイトルをそう付けるが、ま、そういうことだろ?司?」
どこか笑ったような口ぶりになったのは、男の机の上に飾られた不釣り合いな写真立ての中身がサメだったからだ。
インディゴブルーのしなやかな流線形の身体を持つ恐ろしくも美しいサメ。
それは、婚約者である牧野つくしが深海ザメの研究者であることが関係していることは間違いないのだが、何故その写真が飾られているのか。
だからあきらは訊いた。
「おい。司。ところで何でサメの写真を飾ってんだ?」
すると男はニヤリと笑った。
「いい写真だろ?これは世界で最も美しいと言われるサメだ。サメは恐ろしいと思われているが案外そうでもない。危害が加えられない限り人を襲うことはない。だがサメはどんなに遠くにいる獲物でも、その存在を感じ取ることが出来る。そしてそこまで泳いで行くことが出来る。それに深く潜ることも出来る」
あきらはそこまで訊いて、この写真は司を表していることに気付いた。
経済界のサメと呼ばれる男は、鋭い歯を持ちビジネスの世界では切れ者と言われるが、その鋭さとは別の第六感を持ち合わせていた。
そしてその第六感が牧野つくしの行方を探してあきらに電話をかけてくると、あきらとの会話にヒントを得てすぐさま行動に移し川上真理子に拉致された牧野つくしの居所を見つけ出した。
それはまさに、どんなに遠くにいる獲物でも、その存在を感じ取り獲物のいる場所へ辿り着くことが出来るということ。
だがこの場合獲物というのは敵ではなく牧野つくし。
サメは獲物を殺すのではなく守るためにそこへ行き自ら危険の中に飛び込んで行った。
「そうか。この写真は彼女からのプレゼントだな?それにこのサメはお前だな」
あきらのその言葉に司は「ああ」と言ったが、その顏には、あきらが見たことがない優しい表情が浮かんでいたが、道明寺司に今までそんな表情をさせた女はいなかった。
だからあきらは本物の恋をした司が羨ましいのだ。
だがあきらは、かつて仲間内で一番凶暴だと言われた男が幸せになることを心から祝福することが出来た。
それは、あきらが自分のことを司の兄だと冗談交じりに口にしていたあの頃の癖が今でも抜けずにいるからだとしても、やはり道明寺司という男は、あきらにとっては親友であり兄弟だからだ。だから親友の幸せは自分の幸せだと感じていた。
「司。これから先、牧野つくしはお前のような男が傍にいてくれるなら心強いはずだ。何しろ道明寺司が夫だとすれば、どんなに広い海だろうが危険な海だろうが他の魚に襲われる心配はないんだからな」

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1週間のヨーロッパ出張から戻り自宅マンションに着くと、司はネクタイを緩めスーツの上着を脱ぎ捨てた。
出張の途中で連絡を取った恋人に、何か変わったことはないかと訊いたとき、司の母親に会ったと訊かされた。
司が女と付き合い始めた。
女性関係については過去に何度も週刊誌に書かれたことがあったが、牧野つくしとの関係を書いた記事はない。それなら秘書から伝わったか。姉から伝わったか。それとも母親が独自に調べたのか。
姉の椿が話したとは考えていなかった。だから秘書か母親かと考えた時、母親だと思った。
何しろ母親の道明寺楓はビジネスの上では社長であり、副社長である司のスケジュールを知ることは造作もない。
ボストンへ女を同伴していることを知った母親は彼女のことを調べたはずだ。
女がいることが知られたことは驚くことではないのだが、会いに来たというところが気になった。
道明寺という巨大企業の経営者である母親は、当然だが多方面に強い影響力を持つ。
そして冷静な分析力を持つ女は何らかの思惑を持って人に会う。
だからもし、母親が息子の人生の決断を妨げるなら司にも考えがあった。
だがどちらにしても、近いうちに彼女のことは話をするつもりだっただけに、司の出張の間に日本を訪れ牧野つくしに会った母親の行動の真意を探る必要があった。
決して良好とは言えない親子関係があったが、今まで司の女性関係に関して口出しをしたことがない母親。
だが牧野つくしに関しては行動が早い。
だから恋人に母親に嫌なことを言われなかったかと訊いたが、電話の向こうから聞こえた声はいつもと変わらなかった。
だが何かあったとしても、感情や思ったことを内に秘める性格の彼女が正直に言うとは思えなかった。
それなら今の司がすることはただひとつ。
だから「今戻った。これから会えないか」と電話をした。
そして母親に何を言われたのか訊くこともだが、帰国してからでいいと持ち越していた結婚についての返事が知りたかった。もしその答えがノーだとすれば、結婚を承諾させるためにすることは決まっていた。
それは何度もキスをして言葉の限りを尽くして自分の気持ちを伝えることだが、母親が何を言ったかを知るまでは落ち着かない気持ちでいた。
司が会いたいと言ってつくしの部屋を訪れたのは午後8時。
簡単な食事を用意してくれた女性はラフな服装で現れた彼にお疲れ様と言った。
「大丈夫だったか?」
「大丈夫だったって何が?」
「だから俺の母親のことだ。電話じゃ何もなかったって言ったが色々言われたはずだ」
「お母様のこと?」
と、返されたが司が言いたいことを分かっているはずで、言葉のやり取りは、まるで焦らしているように思えた。
そしてその態度は想像に反して、落ち着いていた。
だから単刀直入に言った。
「ああ。俺の母親だが、俺たちの親子関係は決していいとは言えない関係だ。だから俺が付き合っている相手が気に入らないと言って来たならお前は気にするな。母親は_」
と、言いかけたところで司の言葉は遮られた。
「もし何かを心配しているとしても、私はお母様に何も言われてないわ」
それはまるで諭すような言い方。
「お母様は司が心配しているようなことは言わなかった。それよりも息子と結婚して欲しいと言われたわ。だから私もよろしくお願いしますと答えたの」
継がれたのは明快な答え。
だが自分より先に母親に返事をする女を生意気だと思ったが、返事の順序をとやかく言うよりも、司は惚れた女を手に入れることが出来る満足の方が大きかった。

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出張の途中で連絡を取った恋人に、何か変わったことはないかと訊いたとき、司の母親に会ったと訊かされた。
司が女と付き合い始めた。
女性関係については過去に何度も週刊誌に書かれたことがあったが、牧野つくしとの関係を書いた記事はない。それなら秘書から伝わったか。姉から伝わったか。それとも母親が独自に調べたのか。
姉の椿が話したとは考えていなかった。だから秘書か母親かと考えた時、母親だと思った。
何しろ母親の道明寺楓はビジネスの上では社長であり、副社長である司のスケジュールを知ることは造作もない。
ボストンへ女を同伴していることを知った母親は彼女のことを調べたはずだ。
女がいることが知られたことは驚くことではないのだが、会いに来たというところが気になった。
道明寺という巨大企業の経営者である母親は、当然だが多方面に強い影響力を持つ。
そして冷静な分析力を持つ女は何らかの思惑を持って人に会う。
だからもし、母親が息子の人生の決断を妨げるなら司にも考えがあった。
だがどちらにしても、近いうちに彼女のことは話をするつもりだっただけに、司の出張の間に日本を訪れ牧野つくしに会った母親の行動の真意を探る必要があった。
決して良好とは言えない親子関係があったが、今まで司の女性関係に関して口出しをしたことがない母親。
だが牧野つくしに関しては行動が早い。
だから恋人に母親に嫌なことを言われなかったかと訊いたが、電話の向こうから聞こえた声はいつもと変わらなかった。
だが何かあったとしても、感情や思ったことを内に秘める性格の彼女が正直に言うとは思えなかった。
それなら今の司がすることはただひとつ。
だから「今戻った。これから会えないか」と電話をした。
そして母親に何を言われたのか訊くこともだが、帰国してからでいいと持ち越していた結婚についての返事が知りたかった。もしその答えがノーだとすれば、結婚を承諾させるためにすることは決まっていた。
それは何度もキスをして言葉の限りを尽くして自分の気持ちを伝えることだが、母親が何を言ったかを知るまでは落ち着かない気持ちでいた。
司が会いたいと言ってつくしの部屋を訪れたのは午後8時。
簡単な食事を用意してくれた女性はラフな服装で現れた彼にお疲れ様と言った。
「大丈夫だったか?」
「大丈夫だったって何が?」
「だから俺の母親のことだ。電話じゃ何もなかったって言ったが色々言われたはずだ」
「お母様のこと?」
と、返されたが司が言いたいことを分かっているはずで、言葉のやり取りは、まるで焦らしているように思えた。
そしてその態度は想像に反して、落ち着いていた。
だから単刀直入に言った。
「ああ。俺の母親だが、俺たちの親子関係は決していいとは言えない関係だ。だから俺が付き合っている相手が気に入らないと言って来たならお前は気にするな。母親は_」
と、言いかけたところで司の言葉は遮られた。
「もし何かを心配しているとしても、私はお母様に何も言われてないわ」
それはまるで諭すような言い方。
「お母様は司が心配しているようなことは言わなかった。それよりも息子と結婚して欲しいと言われたわ。だから私もよろしくお願いしますと答えたの」
継がれたのは明快な答え。
だが自分より先に母親に返事をする女を生意気だと思ったが、返事の順序をとやかく言うよりも、司は惚れた女を手に入れることが出来る満足の方が大きかった。

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1年で最も昼が長い夏至。
夏という字から、その日が夏であるように思えるが、まだ梅雨は明けてはおらず、南から湿った空気が流れ込んで雨が降る日が続いていた。
だがジェットから見るその日の空は、夏空と見まがうばかりの青い空が広がっていて、街の景色は完璧な夏を思わせた。
男が1万キロを飛び越えて降り立った街の名は東京。
そこは男の故郷であり恋人が住む街。
時刻はもう間もなく13時を迎えるところだった。
男はこの日、心の真ん中を占める最愛の人にあることを伝える為にここに来た。
それはこの日が男にとって意味のある日だから。
かつてこの日に二人は、夫婦岩で有名な伊勢の二見興玉(ふたみおきたま)神社を訪れ、大勢の男女が海水に身を沈め、みそぎをする様子と岩と岩の間から昇る朝日を見た。
それは夫婦の末長い幸せを祈る契の神事。
男と女はまだ結婚してはいなかったが、縁結びのパワースポットと言われるその場所で近い未来の結婚を約束した。
だがそれから3年の歳月が流れ、会うこともままならない日々が続いていた。
会社で重責を担う男と、ごく普通の会社員の女。
二人の間には全く違う時の流れがあった。
だが男が東京に降り立ったのは、その時の流れを変える時が来たからだ。
だからその思いを抱えた男は昼下がりのビジネス街で昼食を食べ終えた女が現れるのを待っていた。
そして彼の前に現れた女はテイクアウトのコーヒーを片手に彼を見ると驚いた顔をした。
「え?どうしたの?なんで?なんでアンタがここにいるの?」
「なんでだと思う?」
「え?全然分かんないんだけど….」
と言って彼をじっと見る女に司は言った。
「会いたかったから会いに来た」
「え?どういうこと?アンタまさかあの時みたいに昼休みを使って来たなんて言わないわよね?」
それは女がまだ大学生で男の方も大学生と会社の跡取りとしての仕事をこなしていた頃の話。
清掃のアルバイトをしていた女は足を滑らせ頭を打った。
そして病院に運び込まれたと連絡を受けた男は、すぐさまジェットに乗り込み東京を目指した。
あの時、ミラノにいた男は昼休みを使って会いに来たと言ったが、その昼休みの時間の長さに二人は笑った。
あれから歳月は流れ、女は大学を卒業し働いていた。
そして男はビジネスの才能を開花させると次々に任される事業を軌道に乗せた。
生まれ持っていたと言われるその才能は、母親から受け継がれたと言われているが、男自身もビジネスを成功させるための努力は怠らなかった。
それは自分のためでも会社のためでもない。
それは愛する人を守る力が欲しかったから。
自分が力を持てば、その分だけ女を守ることが出来るからだ。
だがビジネスを成功させればさせるほど忙しさが増し、自分の時間というものを持つことが難しくなった。
そして、無理矢理もぎ取ったと言えるこの時間はミラノからではなくニューヨークからもたらされた時間。
今の男の生活の拠点はニューヨークだ。
それにこの時間はあの時とは違い昼休みではない。
「あほう。今の俺はあの頃の俺とは違う」
「え?じゃあどういうこと?どうしてアンタがここにいるの?」
「ごちゃごちゃとうるせぇな。そんなに俺がここにいることが不満か?」
「そんなこと言ってないわよ。ただ突然現れたからびっくりしたって言うのか。驚いたっていうのか…」
今までの二人に与えられた時間は長くて3日。
短い時は数時間というもの。
だから女が驚いた顔をして男を見ても仕方がない。
そしてその驚いた顔の裏にあるのは、「どれくらいここにいることが出来るの?」の言葉。
だが今の男はその思いに答えるよりも言いたいことがあった。
「あほか。お前は。びっくりも驚いたも同じ意味だろうが。それに俺たちが会うのに理由が必要か?理由がなきゃ俺たちは会っちゃいけねぇのか?」
その言葉に女は首を横に振ったが怪訝な顔をしていた。
だがそれもそのはずだ。
昨日の夜の電話ではニューヨークにいたはずの男が、東京に来ることも伝えず突然目の前に現れるのだから驚いて当然だ。
けれど男はその驚いた顔が笑顔に変わる瞬間を見たかった。
「俺がここに来たのは日本に来てお前に言わなきゃいけない用事があるからだ」
男は女が手にしていたコーヒーを取り上げた。
するとそこに黒服の男が現れ男の手に握られた紙コップを受け取った。
そして男は女の前に手のひらを差し出した。
「お前、昔俺が言ったことを忘れてねぇよな?俺はお前を手にいれなきゃ一生安心することはねぇってな。だから今度こそお前を手に入れに来た。牧野。待たせたな。お前を迎えに来た」
それは迷いがない眼差しと強い声。
差し出された手のひらの中央にあるのは、金色の金属で出来た根付カエル。
「これ…..」
「そうだ。このカエルはあの神社でお前が俺に買ってくれたお守りだ」
それは、かつて二人が夏至の日に訪れた二見興玉神社で御祭神の使いとされるカエルをお守りとして販売していたものを買ったが、カエルに「帰る」という意味を重ね、大切な人が無事に帰るようにという願いが込められていた。
女は男の健康と安全を祈りそのお守りを買い男に渡した。
そして男はそのカエルを大切にしてきた。
だから金色のカエルは、あの日のままの輝きで男の手の上にあった。
甘えたり、甘えられたりするのが苦手な性格の司の恋人の瞳は揺れていた。
それは涙でその瞳が滲んでいたから。
「無事帰る。俺はまたこうしてお前の元に帰ってきた。今までも何度もそうして来た。けどこれからは向うで、ニューヨークで俺の帰りを待っていてくれないか?だから牧野。受け取ってくれるよな。このカエルを」
そっと伸ばされた手と、「うん」と言ったのは同時。
司はその手を取ると自分の手で包んだ。
そしてもう二度と離さないと言った。
プリズムの季節にはまだ早かったが、ここから二人にとっての夏が始まるはずだ。
そしてこれから毎年迎える夏は、梅雨のない青空の下での夏。
そこで二人は新しい暮らしと未来を築いていくことを決めた。
だが未来は何が待っているか分からない。
それは誰にも分からなかったが、二人は一緒にいられるだけで幸せだ。
だから顏を寄せ、指を絡めると優しいキスをした。
< 完 > *それが夏のはじまり*

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夏という字から、その日が夏であるように思えるが、まだ梅雨は明けてはおらず、南から湿った空気が流れ込んで雨が降る日が続いていた。
だがジェットから見るその日の空は、夏空と見まがうばかりの青い空が広がっていて、街の景色は完璧な夏を思わせた。
男が1万キロを飛び越えて降り立った街の名は東京。
そこは男の故郷であり恋人が住む街。
時刻はもう間もなく13時を迎えるところだった。
男はこの日、心の真ん中を占める最愛の人にあることを伝える為にここに来た。
それはこの日が男にとって意味のある日だから。
かつてこの日に二人は、夫婦岩で有名な伊勢の二見興玉(ふたみおきたま)神社を訪れ、大勢の男女が海水に身を沈め、みそぎをする様子と岩と岩の間から昇る朝日を見た。
それは夫婦の末長い幸せを祈る契の神事。
男と女はまだ結婚してはいなかったが、縁結びのパワースポットと言われるその場所で近い未来の結婚を約束した。
だがそれから3年の歳月が流れ、会うこともままならない日々が続いていた。
会社で重責を担う男と、ごく普通の会社員の女。
二人の間には全く違う時の流れがあった。
だが男が東京に降り立ったのは、その時の流れを変える時が来たからだ。
だからその思いを抱えた男は昼下がりのビジネス街で昼食を食べ終えた女が現れるのを待っていた。
そして彼の前に現れた女はテイクアウトのコーヒーを片手に彼を見ると驚いた顔をした。
「え?どうしたの?なんで?なんでアンタがここにいるの?」
「なんでだと思う?」
「え?全然分かんないんだけど….」
と言って彼をじっと見る女に司は言った。
「会いたかったから会いに来た」
「え?どういうこと?アンタまさかあの時みたいに昼休みを使って来たなんて言わないわよね?」
それは女がまだ大学生で男の方も大学生と会社の跡取りとしての仕事をこなしていた頃の話。
清掃のアルバイトをしていた女は足を滑らせ頭を打った。
そして病院に運び込まれたと連絡を受けた男は、すぐさまジェットに乗り込み東京を目指した。
あの時、ミラノにいた男は昼休みを使って会いに来たと言ったが、その昼休みの時間の長さに二人は笑った。
あれから歳月は流れ、女は大学を卒業し働いていた。
そして男はビジネスの才能を開花させると次々に任される事業を軌道に乗せた。
生まれ持っていたと言われるその才能は、母親から受け継がれたと言われているが、男自身もビジネスを成功させるための努力は怠らなかった。
それは自分のためでも会社のためでもない。
それは愛する人を守る力が欲しかったから。
自分が力を持てば、その分だけ女を守ることが出来るからだ。
だがビジネスを成功させればさせるほど忙しさが増し、自分の時間というものを持つことが難しくなった。
そして、無理矢理もぎ取ったと言えるこの時間はミラノからではなくニューヨークからもたらされた時間。
今の男の生活の拠点はニューヨークだ。
それにこの時間はあの時とは違い昼休みではない。
「あほう。今の俺はあの頃の俺とは違う」
「え?じゃあどういうこと?どうしてアンタがここにいるの?」
「ごちゃごちゃとうるせぇな。そんなに俺がここにいることが不満か?」
「そんなこと言ってないわよ。ただ突然現れたからびっくりしたって言うのか。驚いたっていうのか…」
今までの二人に与えられた時間は長くて3日。
短い時は数時間というもの。
だから女が驚いた顔をして男を見ても仕方がない。
そしてその驚いた顔の裏にあるのは、「どれくらいここにいることが出来るの?」の言葉。
だが今の男はその思いに答えるよりも言いたいことがあった。
「あほか。お前は。びっくりも驚いたも同じ意味だろうが。それに俺たちが会うのに理由が必要か?理由がなきゃ俺たちは会っちゃいけねぇのか?」
その言葉に女は首を横に振ったが怪訝な顔をしていた。
だがそれもそのはずだ。
昨日の夜の電話ではニューヨークにいたはずの男が、東京に来ることも伝えず突然目の前に現れるのだから驚いて当然だ。
けれど男はその驚いた顔が笑顔に変わる瞬間を見たかった。
「俺がここに来たのは日本に来てお前に言わなきゃいけない用事があるからだ」
男は女が手にしていたコーヒーを取り上げた。
するとそこに黒服の男が現れ男の手に握られた紙コップを受け取った。
そして男は女の前に手のひらを差し出した。
「お前、昔俺が言ったことを忘れてねぇよな?俺はお前を手にいれなきゃ一生安心することはねぇってな。だから今度こそお前を手に入れに来た。牧野。待たせたな。お前を迎えに来た」
それは迷いがない眼差しと強い声。
差し出された手のひらの中央にあるのは、金色の金属で出来た根付カエル。
「これ…..」
「そうだ。このカエルはあの神社でお前が俺に買ってくれたお守りだ」
それは、かつて二人が夏至の日に訪れた二見興玉神社で御祭神の使いとされるカエルをお守りとして販売していたものを買ったが、カエルに「帰る」という意味を重ね、大切な人が無事に帰るようにという願いが込められていた。
女は男の健康と安全を祈りそのお守りを買い男に渡した。
そして男はそのカエルを大切にしてきた。
だから金色のカエルは、あの日のままの輝きで男の手の上にあった。
甘えたり、甘えられたりするのが苦手な性格の司の恋人の瞳は揺れていた。
それは涙でその瞳が滲んでいたから。
「無事帰る。俺はまたこうしてお前の元に帰ってきた。今までも何度もそうして来た。けどこれからは向うで、ニューヨークで俺の帰りを待っていてくれないか?だから牧野。受け取ってくれるよな。このカエルを」
そっと伸ばされた手と、「うん」と言ったのは同時。
司はその手を取ると自分の手で包んだ。
そしてもう二度と離さないと言った。
プリズムの季節にはまだ早かったが、ここから二人にとっての夏が始まるはずだ。
そしてこれから毎年迎える夏は、梅雨のない青空の下での夏。
そこで二人は新しい暮らしと未来を築いていくことを決めた。
だが未来は何が待っているか分からない。
それは誰にも分からなかったが、二人は一緒にいられるだけで幸せだ。
だから顏を寄せ、指を絡めると優しいキスをした。
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「あの、胸をはって妻になるって…..」
「あら?あなたは司と結婚するつもりはないのかしら?」
「あのまだ私たちは付き合いを始めたばかりで、結婚については_」
「あらそう。話し合ってないとおっしゃるのかしら?」
「いえ….そうではなくて、その…」
つくしは目の前の女性を大企業の経営者ではなく恋人の母親という目で見ているが、それでも今の自分は、まるで重役会議に提出された書類のように思えた。
そういった書類は数名の役員が目を通し、それから社長である女性の前に提出されるが、隅々まで目を通すことで、あら探しをする訳ではないが、文言の全てをチェックしてミスがないかを探す。だから、この面会に懐疑的な思いがあった。
それは、本当に母親が我が子とその恋人に対しての祝福を持っての面会なのかということ。
それに、ここでこうして受け答えをする中で揚げ足を取ることが無いとは言えず、返す言葉を選ぼうとしていた。
だがそれ以前にプロポーズをした本人に対し、まだ返事をしていな状況で母親に対して自分の気持ちを述べることが正しい順序だとは思えなかった。
「随分と言いにくそうにしているわね?はっきり言っていただいていいのよ?わたくしはあなたが司と結婚することに反対はないわ。むしろそうしていただいた方がいいの。それにあの子だって一時的な欲望と愛情の違いは分かっているはずよ。でもその違いをあの子に教えたのはあなたでしょ?牧野さん?」
その言葉は面白がっているような言い方。
そして微笑みとは言えない弱い微笑だった笑みは、つくしの内面を読んだとばかり、
「心配しなくていいのよ?私はあなたを噛み殺すつもりはないわ。それにあなたは海洋生物学者であって心理学者じゃないわ。だからあなたが今見て訊いていることは、そのまま受け取ってもらえばいいのよ?それからこれはビジネスではなく人の感情の話をしているの。司はあなたに弁解や釈明をしたかもしれないけれど、あなたはわたくしに対してそういった話をする必要はないわ」
道明寺楓は教授の副島と幼馴染みだと言った。だから弁解や釈明の言葉に含まれるのは、つくしの脚の傷のことを言っているのだと分かった。
つまりそれは、道明寺楓はつくしの人柄を調べたと言ったが、それ以外のことも全てを知っているということだ。
そしてその時、つくしの頭の中を過ったのは副島の態度だ。
それは、つくしが道明寺司から5千万の寄付を受けることになった時の事や、熱心にボストンへ行くことを勧めた時のことだ。
つまり道明寺司との出会いは仕組まれていたということ。
そしてその事と同時に頭を過ったのは、道明寺財団の研究助成事業に申し込み、最終審査まで残り面接まで辿り着いたことについてだ。
それは自分の研究が残ったのは正当な審査の結果ではなく、副島と道明寺楓の関係から通過したものではないかということ。もしそうなら研究者としてのプライドは地に落ち、今まで研鑽を積んで来たことが無駄に思えてしまうはずだ。
「牧野さん。あなたは考えていることが顔に出やすい人ね?それにあなたはうわべと中身とに落差がある人間ではないわ。だからあなたの心理状態を判断することは簡単ね?訊きたいことがある。そうよね?だったら今あなたの頭の中にあることを言ってちょうだい」
そこまで言われたなら思っていることを口にしてもいいはずだ。
だからつくしは訊いた。
「あの。私は道明寺財団の研究助成事業に申し込みをしました。そして最終審査まで残りました。それはもしかしてあなたと副島教授との関係から便宜が図られていたということでしょうか?もしそうなら私は_」
「牧野さん。それは違うわ。あなたの研究は正当な審査を受けて最終審査まで残ったの。決してわたくしと副島との関係から便宜が図られたのではないわ。ただ、あなたの面接にあの子を向かわせたのはわたくし。それはあの子にまともな女性と付き合って欲しいと思ったかったからよ?でもあなたとあの子はわたくしと副島が考えていたとは別の方法で知り合っていた。だけどまさかそこに高森真理子が絡んで来るとは思いもしなかったわ。けれどあの一件であの子があなたのことを真剣に考えていることが分かったわ。
でもあなたは過去に起きたことで自分を小さな箱に押し込めようとしていた。だからあなたには、その箱から出てもらえるようにしなければならなかった。ここまで言えば頭のいいあなたのことだから分かるわよね?」
小さな箱と形容したそれは自分の気持ちを確かめるのが怖い。
恋に対して臆病という名がつけられた高い壁に囲まれた場所。
そしてそこへ自分を押し込めようとしていたつくしの前に現れたのは__
「もしかして椿さんですか?」
「ええそうよ。あの子の姉よ。あなたもご存知の通りわたくしは司の母親としての務めは果たしてはこなかった。その代わりに椿が、娘があの子の面倒を見てくれたの。それに姉である椿は弟が可愛いわ。弟がまともな恋愛を始めたならその手伝いをしたいと思うのが椿という人間なの。だからわたくしの話を訊いて行動を起こしてくれたわ」
つくしは、ここまでの話の中で自分の恋に道明寺楓と椿。そして教授の副島が係わっていることを知ったが、何故か不思議なことだが落ち着いてその話を訊くことが出来た。
だがまさか教授の副島が二人を結び付けようとしているとは頭の片隅にもなかった。
そして道明寺楓も。
けれど今ここで、自分の思いを恋人の母親に伝えるのも悪くはないと思った。
だから、やや口角を上げている道明寺楓の目をしっかりと見返して言ったが、その女性は全てを言わなくても分かるはずだ。
「私は司さんのことが好きです。だからよろしくお願いします」

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「あら?あなたは司と結婚するつもりはないのかしら?」
「あのまだ私たちは付き合いを始めたばかりで、結婚については_」
「あらそう。話し合ってないとおっしゃるのかしら?」
「いえ….そうではなくて、その…」
つくしは目の前の女性を大企業の経営者ではなく恋人の母親という目で見ているが、それでも今の自分は、まるで重役会議に提出された書類のように思えた。
そういった書類は数名の役員が目を通し、それから社長である女性の前に提出されるが、隅々まで目を通すことで、あら探しをする訳ではないが、文言の全てをチェックしてミスがないかを探す。だから、この面会に懐疑的な思いがあった。
それは、本当に母親が我が子とその恋人に対しての祝福を持っての面会なのかということ。
それに、ここでこうして受け答えをする中で揚げ足を取ることが無いとは言えず、返す言葉を選ぼうとしていた。
だがそれ以前にプロポーズをした本人に対し、まだ返事をしていな状況で母親に対して自分の気持ちを述べることが正しい順序だとは思えなかった。
「随分と言いにくそうにしているわね?はっきり言っていただいていいのよ?わたくしはあなたが司と結婚することに反対はないわ。むしろそうしていただいた方がいいの。それにあの子だって一時的な欲望と愛情の違いは分かっているはずよ。でもその違いをあの子に教えたのはあなたでしょ?牧野さん?」
その言葉は面白がっているような言い方。
そして微笑みとは言えない弱い微笑だった笑みは、つくしの内面を読んだとばかり、
「心配しなくていいのよ?私はあなたを噛み殺すつもりはないわ。それにあなたは海洋生物学者であって心理学者じゃないわ。だからあなたが今見て訊いていることは、そのまま受け取ってもらえばいいのよ?それからこれはビジネスではなく人の感情の話をしているの。司はあなたに弁解や釈明をしたかもしれないけれど、あなたはわたくしに対してそういった話をする必要はないわ」
道明寺楓は教授の副島と幼馴染みだと言った。だから弁解や釈明の言葉に含まれるのは、つくしの脚の傷のことを言っているのだと分かった。
つまりそれは、道明寺楓はつくしの人柄を調べたと言ったが、それ以外のことも全てを知っているということだ。
そしてその時、つくしの頭の中を過ったのは副島の態度だ。
それは、つくしが道明寺司から5千万の寄付を受けることになった時の事や、熱心にボストンへ行くことを勧めた時のことだ。
つまり道明寺司との出会いは仕組まれていたということ。
そしてその事と同時に頭を過ったのは、道明寺財団の研究助成事業に申し込み、最終審査まで残り面接まで辿り着いたことについてだ。
それは自分の研究が残ったのは正当な審査の結果ではなく、副島と道明寺楓の関係から通過したものではないかということ。もしそうなら研究者としてのプライドは地に落ち、今まで研鑽を積んで来たことが無駄に思えてしまうはずだ。
「牧野さん。あなたは考えていることが顔に出やすい人ね?それにあなたはうわべと中身とに落差がある人間ではないわ。だからあなたの心理状態を判断することは簡単ね?訊きたいことがある。そうよね?だったら今あなたの頭の中にあることを言ってちょうだい」
そこまで言われたなら思っていることを口にしてもいいはずだ。
だからつくしは訊いた。
「あの。私は道明寺財団の研究助成事業に申し込みをしました。そして最終審査まで残りました。それはもしかしてあなたと副島教授との関係から便宜が図られていたということでしょうか?もしそうなら私は_」
「牧野さん。それは違うわ。あなたの研究は正当な審査を受けて最終審査まで残ったの。決してわたくしと副島との関係から便宜が図られたのではないわ。ただ、あなたの面接にあの子を向かわせたのはわたくし。それはあの子にまともな女性と付き合って欲しいと思ったかったからよ?でもあなたとあの子はわたくしと副島が考えていたとは別の方法で知り合っていた。だけどまさかそこに高森真理子が絡んで来るとは思いもしなかったわ。けれどあの一件であの子があなたのことを真剣に考えていることが分かったわ。
でもあなたは過去に起きたことで自分を小さな箱に押し込めようとしていた。だからあなたには、その箱から出てもらえるようにしなければならなかった。ここまで言えば頭のいいあなたのことだから分かるわよね?」
小さな箱と形容したそれは自分の気持ちを確かめるのが怖い。
恋に対して臆病という名がつけられた高い壁に囲まれた場所。
そしてそこへ自分を押し込めようとしていたつくしの前に現れたのは__
「もしかして椿さんですか?」
「ええそうよ。あの子の姉よ。あなたもご存知の通りわたくしは司の母親としての務めは果たしてはこなかった。その代わりに椿が、娘があの子の面倒を見てくれたの。それに姉である椿は弟が可愛いわ。弟がまともな恋愛を始めたならその手伝いをしたいと思うのが椿という人間なの。だからわたくしの話を訊いて行動を起こしてくれたわ」
つくしは、ここまでの話の中で自分の恋に道明寺楓と椿。そして教授の副島が係わっていることを知ったが、何故か不思議なことだが落ち着いてその話を訊くことが出来た。
だがまさか教授の副島が二人を結び付けようとしているとは頭の片隅にもなかった。
そして道明寺楓も。
けれど今ここで、自分の思いを恋人の母親に伝えるのも悪くはないと思った。
だから、やや口角を上げている道明寺楓の目をしっかりと見返して言ったが、その女性は全てを言わなくても分かるはずだ。
「私は司さんのことが好きです。だからよろしくお願いします」

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つくしはレストランの個室という場所を初めて利用するが、そこで神経質にスカートを撫で付けていた。
普段日常的に履いているスカートは足首まであるロングスカートで、大学に行く時はパンツが殆どだが今日はスカートを履いていた。
だがそのスカートはいつものスカートではない。
アンサンブルのスーツは見る者が見ればフランスの有名デザイナーの特徴的なデザインであることが見て取れるからだ。
だがそれはつくしが買ったものではない。恋人となった男性からプレゼントされたものだ。
そして緊張しているのは、これから会う人が恋人の母親だからだ。
息子である副社長が1週間の予定でヨーロッパ出張に出かけたその日に、かかって来た電話は、メープルのレストランで会いたいというもの。
道明寺楓は、道明寺ホールディングスの社長であり道明寺財団の理事長だ。
もちろん、他にも多くの肩書があるはずだが、つくしが知るのはそこまでであり、今までそれ以上のことを知ろうなど思いもしなかった。
だが今となっては、もっと道明寺楓のことを知ってから会うべきだったのかもしれない。
それにしてもまだ付き合いだして間もない恋人の母親が会いたいと言って来るとは思いもしなかった。
けれど考えてみれば、つくしの恋人は世界的企業である道明寺ホールディングスの社長の息子であり副社長で後継者だ。だから息子が付き合っている相手を気にするのは当然なのかもしれない。
そして、つくしより少し遅れて来た女性は、予め約束をしているのだから、自己紹介は必要ないといった態度で席に着くとこう言った。
「司の母親です___訊いてらっしゃるわね、わたくしのこと」
「え?ええ。お伺いしています」
確かに訊いていた。
母親は幼い子供たちを日本に残し、海外生活をしていたということ。
我が子に会うのは年に数回で育児は使用人任せ。そして息子は娘である姉が面倒を見ていたと訊いた。だからこうして会う前は、我が子に愛情を降り注ぐタイプではないと思っていた。
もっとも、話に訊いているだけで実際にこうして会うと、また別のものを感じたが、能面のように表情を変えない女性の口元は険しく結ばれていることから、つくしが感じたまた別のものは勘違いだったということになる。そしてその口元から何を言おうとしているのか想像することが出来た。
それは、息子がどんな付き合いをしようと構わないわ。
いい年をした息子の付き合いに干渉する暇はないわ。
けれど、結婚するとなれば違うわ。
夢を見るのは勝手です。だけどあの子の言葉に意味を見出そうとは思わないことね。
あなたはあの子に相応しいとは言えないわ。
いくら高価な服を着たところであなたには似合わないわ。
だってあなたはただの大学の准教授ですもの。
それにあの子に棄てられる前に別れた方があなたのためよ?
だから早くあの子のことは忘れて他の別の男性を見つけなさい。別れていただくためのお金なら充分な金額をお支払いするわ。
つまり、この面会は息子と別れて欲しいと言うためであり、楽しく食事をしようというのではないと感じた。
つくしは恋人から結婚してくれと言われていた。
「男の金や外見を気にすることがない女は俺の周りにはいない。だから俺は理想の女に出逢ったと思った。俺たちの付き合いは短いが時間は関係ないと思っている」
ヨーロッパ出張の前に言われたそれはプロポーズの言葉。
けれど、返事はヨーロッパから戻ってから訊かせてくれと言われた。
それは、つくしの性格を分かっての言葉。
そして恋人が母親に自分の意思を伝えているとすれば、彼の心の中では、つくしの返事を待たずに結婚することは決まっているということになる。
だから母親は早急に手を打つ必要があると判断し会いに来たと言っていい。
「あの…..」
じっと自分を見つめる年上の女性に何を言えばいいのか。
言葉を選んでいたが、言いかけた言葉を引き取ったのは女性の方だった。
「あの子は、司は綺麗な女性ばかりと付き合って来たわ。でもあの子は根本的に女性に対しては無関心だわ。それに真面目な恋をしたことがないわ。でもそれもそのはず。だってあの子の周りにいたのは綺麗だけで意味のあることを話す女性はいなかったんですもの。それに彼女たちの欲しいものは、ただひとつだけ。道明寺という名前に付いて来るお金。つまり札束ということよ」
道明寺楓の言葉は、つくしの事も札束を積めば簡単に別れる女だと思っているということなのか。そんな思いが表情に出たのか。年上の女性はつくしへの思いを口にした。
「牧野さん。あなたのことは調べさせてもらったわ」
その言葉の後に道明寺楓の顔に浮かんだのは、微笑とは呼べない弱い微笑。
それが感情を表に出さないと言われている女性ならではの微笑みなら、その微笑みが色づいたように思えた。
いや。勝手な思い込みだけで色づいてはいないのかもしれない。
それに、相手は日本経済を牛耳っていると言われる女性だ。ただの准教授が太刀打ち出来る相手ではない。
だから目の前の女性の顔に浮かんだように見えた微かな微笑みは、目の錯覚だったのかもしれない。そして「調べさせてもらった」の言葉に後に続くのは、つくしが想像している通りの言葉だとすれば、それは出来ないと断らなければならない。
だからつくしは、「あの、今日は一体どういったお話でしょう。私は_」と言いかけたところで遮られた。
「牧野さん。訊いて下さらないかしら?あなたは堅実な生活を送っている。だからわたくしはあなたが札束を積めば別れる女性だとは考えてないわ」
それは、てっきりお金で息子と別れて欲しいと言われると考えていたから思いもしなかった言葉。そして継がれた言葉は、それ以上に思いもしなかった言葉だった。
「わたくしがあなたのことを調べさせてもらったという言葉の意味は、あなたの人柄をという意味よ。わたくしは副島肇とは幼馴染みなの。だからあなたのことは彼から訊いて知っているの。彼はあなたがとても研究熱心で真面目な女性だと言っていたわ」
教授の副島と道明寺楓が幼馴染み?
その意外とも言える関係が意味することは一体何なのか。
「だからあなたには胸をはって司の妻になってもらいたいの」

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普段日常的に履いているスカートは足首まであるロングスカートで、大学に行く時はパンツが殆どだが今日はスカートを履いていた。
だがそのスカートはいつものスカートではない。
アンサンブルのスーツは見る者が見ればフランスの有名デザイナーの特徴的なデザインであることが見て取れるからだ。
だがそれはつくしが買ったものではない。恋人となった男性からプレゼントされたものだ。
そして緊張しているのは、これから会う人が恋人の母親だからだ。
息子である副社長が1週間の予定でヨーロッパ出張に出かけたその日に、かかって来た電話は、メープルのレストランで会いたいというもの。
道明寺楓は、道明寺ホールディングスの社長であり道明寺財団の理事長だ。
もちろん、他にも多くの肩書があるはずだが、つくしが知るのはそこまでであり、今までそれ以上のことを知ろうなど思いもしなかった。
だが今となっては、もっと道明寺楓のことを知ってから会うべきだったのかもしれない。
それにしてもまだ付き合いだして間もない恋人の母親が会いたいと言って来るとは思いもしなかった。
けれど考えてみれば、つくしの恋人は世界的企業である道明寺ホールディングスの社長の息子であり副社長で後継者だ。だから息子が付き合っている相手を気にするのは当然なのかもしれない。
そして、つくしより少し遅れて来た女性は、予め約束をしているのだから、自己紹介は必要ないといった態度で席に着くとこう言った。
「司の母親です___訊いてらっしゃるわね、わたくしのこと」
「え?ええ。お伺いしています」
確かに訊いていた。
母親は幼い子供たちを日本に残し、海外生活をしていたということ。
我が子に会うのは年に数回で育児は使用人任せ。そして息子は娘である姉が面倒を見ていたと訊いた。だからこうして会う前は、我が子に愛情を降り注ぐタイプではないと思っていた。
もっとも、話に訊いているだけで実際にこうして会うと、また別のものを感じたが、能面のように表情を変えない女性の口元は険しく結ばれていることから、つくしが感じたまた別のものは勘違いだったということになる。そしてその口元から何を言おうとしているのか想像することが出来た。
それは、息子がどんな付き合いをしようと構わないわ。
いい年をした息子の付き合いに干渉する暇はないわ。
けれど、結婚するとなれば違うわ。
夢を見るのは勝手です。だけどあの子の言葉に意味を見出そうとは思わないことね。
あなたはあの子に相応しいとは言えないわ。
いくら高価な服を着たところであなたには似合わないわ。
だってあなたはただの大学の准教授ですもの。
それにあの子に棄てられる前に別れた方があなたのためよ?
だから早くあの子のことは忘れて他の別の男性を見つけなさい。別れていただくためのお金なら充分な金額をお支払いするわ。
つまり、この面会は息子と別れて欲しいと言うためであり、楽しく食事をしようというのではないと感じた。
つくしは恋人から結婚してくれと言われていた。
「男の金や外見を気にすることがない女は俺の周りにはいない。だから俺は理想の女に出逢ったと思った。俺たちの付き合いは短いが時間は関係ないと思っている」
ヨーロッパ出張の前に言われたそれはプロポーズの言葉。
けれど、返事はヨーロッパから戻ってから訊かせてくれと言われた。
それは、つくしの性格を分かっての言葉。
そして恋人が母親に自分の意思を伝えているとすれば、彼の心の中では、つくしの返事を待たずに結婚することは決まっているということになる。
だから母親は早急に手を打つ必要があると判断し会いに来たと言っていい。
「あの…..」
じっと自分を見つめる年上の女性に何を言えばいいのか。
言葉を選んでいたが、言いかけた言葉を引き取ったのは女性の方だった。
「あの子は、司は綺麗な女性ばかりと付き合って来たわ。でもあの子は根本的に女性に対しては無関心だわ。それに真面目な恋をしたことがないわ。でもそれもそのはず。だってあの子の周りにいたのは綺麗だけで意味のあることを話す女性はいなかったんですもの。それに彼女たちの欲しいものは、ただひとつだけ。道明寺という名前に付いて来るお金。つまり札束ということよ」
道明寺楓の言葉は、つくしの事も札束を積めば簡単に別れる女だと思っているということなのか。そんな思いが表情に出たのか。年上の女性はつくしへの思いを口にした。
「牧野さん。あなたのことは調べさせてもらったわ」
その言葉の後に道明寺楓の顔に浮かんだのは、微笑とは呼べない弱い微笑。
それが感情を表に出さないと言われている女性ならではの微笑みなら、その微笑みが色づいたように思えた。
いや。勝手な思い込みだけで色づいてはいないのかもしれない。
それに、相手は日本経済を牛耳っていると言われる女性だ。ただの准教授が太刀打ち出来る相手ではない。
だから目の前の女性の顔に浮かんだように見えた微かな微笑みは、目の錯覚だったのかもしれない。そして「調べさせてもらった」の言葉に後に続くのは、つくしが想像している通りの言葉だとすれば、それは出来ないと断らなければならない。
だからつくしは、「あの、今日は一体どういったお話でしょう。私は_」と言いかけたところで遮られた。
「牧野さん。訊いて下さらないかしら?あなたは堅実な生活を送っている。だからわたくしはあなたが札束を積めば別れる女性だとは考えてないわ」
それは、てっきりお金で息子と別れて欲しいと言われると考えていたから思いもしなかった言葉。そして継がれた言葉は、それ以上に思いもしなかった言葉だった。
「わたくしがあなたのことを調べさせてもらったという言葉の意味は、あなたの人柄をという意味よ。わたくしは副島肇とは幼馴染みなの。だからあなたのことは彼から訊いて知っているの。彼はあなたがとても研究熱心で真面目な女性だと言っていたわ」
教授の副島と道明寺楓が幼馴染み?
その意外とも言える関係が意味することは一体何なのか。
「だからあなたには胸をはって司の妻になってもらいたいの」

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「それにしても彼女が拉致されることになるとは思わなかったわ」
『何もかもが筋書き通りに行くとは限らないよ。人生は紆余曲折を経てこそ生きている意味がある。だから今となっては笑い話だけどあれで良かったんだと思うよ』
「そうね。考えてみればそうかもしれないわね?だってあの子は必死になって彼女の行方を探したんですもの。だからわたくしはあの件であの子が牧野さんに対して本気だと確信したわ」
『それから以前君と食事をした時、僕は牧野君は恋愛には疎い。何故男性を遠ざけているのか分からないという話をしたと思うんだが、彼女がそうしていたのは、もしかすると若い頃に負った傷のせいなのかもしれないな。いや僕は忘れていた訳じゃないが気にしたことが無かったから、それについては何も思わなかったんだが、牧野君の足には大きな傷跡がある。
とは言え僕は直接それを見た訳じゃないんだが、それは大学生の頃モーターボートのスクリューがあたって出来た傷だよ。今思えばそれが牧野君を男性から遠ざける材料になっていた気がするんだが、君の息子は、司君は、そのことを知っても気に留めることはなかったようだ』
「そうね。報告によれば二人はニューヨークのあの子の部屋で一緒に過ごした。つまりそういうことですもの。それからあの子の姉を、娘をあの二人の元へ行かせたの。そこで牧野さんの息子に対しての気持ちを揺さぶったわ。そうすることで彼女が息子に対してどんな感情を抱いているか知ることが出来たわ」
『そうか。それにしても君がそこまでしていたとは知らなかったよ』
「あら。あなただって司が彼女をボストンへ誘った時、牧野さんの背中を押したでしょ?だからわたくしが取った行動はそれと同じ。だってわたくしたちは同じ気持ちだってことでしょ?」
『いや。だが君はやっぱり凄いよ。さすが道明寺財閥の一番高い場所にいる人間は違うね?僕が君の幼馴染みじゃなかったら、こうして口を利いてもらえるか分からないが、今の君は神社の境内で僕と遊んでいた頃の君以上に自分の考えを押し通す力があるからね?だってあの当時の君は幼くて可愛い顔をしていたが、やっぱり自分のやりたいことは、はっきりと口にしていたよ』
東京から遠く離れたニューヨークにいる楓は、幼い頃に暮らした葉山での幼馴染みであり、牧野つくしが所属する研究室の主宰である教授の副島肇との電話を終えると受話器を置いた。
そして指でコツコツとデスクを叩きながら考えていた。
ニューヨークの街の景色を一望できる場所にある道明寺ホールディングスビルの最上階にある社長室の椅子は座り心地のいい椅子。だがそれは物質的なことであって巨大な企業を統括する立場になれば、その椅子は権力を持つ者が座る椅子であると同時に責任を担う椅子だ。
だが、その椅子に座ることになる息子は、女性と付き合いはしても結婚する気がなかった。
そんな息子に対しての母としての想いは、世間に大勢いる独身の息子を持つ母親なら誰もが思うことと同じことを考えていた。
それは、早く結婚して欲しいということ。だから副島肇に息子が興味を持つような女性を紹介して欲しいと言ったが、それが牧野つくしだった。そして道明寺財団の研究助成事業に応募してきた牧野つくしと息子が出会うように仕組んだ。
楓は彼女が気に入った。
頭がいいこともだが、自分の仕事に対しての前向きな態度と自立心が旺盛なところや、芯の強い性格、言い換えれば意志が強いということになるが、それに加え堅実な生活態度は好ましかった。
そして意志が強いということは、頑固だということだが楓もそうだ。牧野つくしは、意志が強いという点は楓と似ていた。
楓は、そのことを不思議だと思った。
母性愛がないと言われた楓だったが、そんな楓と似た意志の強さを持つ女性を望んだ息子に血の繋がりを感じた。
だから楓は牧野つくしの後押しをするつもりでいたが、息子に高森開発の持っている土地を手に入れるように言ったことから事態は思わぬ方向へ向かった。
だが、母親譲りの冷酷さを持つと言われている我が子は、副社長としての仕事をこなし土地を手に入れた。
それにしても、高森開発を潰されたことを恨んだ高森元社長夫人が取った行動は不愉快だった。
けれど、頭を強く殴られたことで脳を損傷した女性がこれ以上二人を悩ますことはない。
楓は結婚していながら他の男に色目を使うような女を軽蔑していた。
それに自分の美しさばかりを強調する女は、年を取れば、わざとらしい仕草ばかりが目立つただの年老いた女になる。そんな女が息子を支えることが出来るとは考えていなかった。
そして二人がボストンへ向かうことになり、この国で何らかの進展があるものと期待をした。
だが楓は待つだけの女ではない。
成果が欲しいなら動くことが必要だ。だから娘の椿をこの話に巻き込んだ。
そして牧野つくしは、椿の言葉で自分の気持ちに気付いた。
つまり、ここまでは楓の望み通りに運んだということになる。
楓はインターコムのボタンを押した。
「近いうちに東京に行くわ。スケジュールを調整してちょうだい」

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『何もかもが筋書き通りに行くとは限らないよ。人生は紆余曲折を経てこそ生きている意味がある。だから今となっては笑い話だけどあれで良かったんだと思うよ』
「そうね。考えてみればそうかもしれないわね?だってあの子は必死になって彼女の行方を探したんですもの。だからわたくしはあの件であの子が牧野さんに対して本気だと確信したわ」
『それから以前君と食事をした時、僕は牧野君は恋愛には疎い。何故男性を遠ざけているのか分からないという話をしたと思うんだが、彼女がそうしていたのは、もしかすると若い頃に負った傷のせいなのかもしれないな。いや僕は忘れていた訳じゃないが気にしたことが無かったから、それについては何も思わなかったんだが、牧野君の足には大きな傷跡がある。
とは言え僕は直接それを見た訳じゃないんだが、それは大学生の頃モーターボートのスクリューがあたって出来た傷だよ。今思えばそれが牧野君を男性から遠ざける材料になっていた気がするんだが、君の息子は、司君は、そのことを知っても気に留めることはなかったようだ』
「そうね。報告によれば二人はニューヨークのあの子の部屋で一緒に過ごした。つまりそういうことですもの。それからあの子の姉を、娘をあの二人の元へ行かせたの。そこで牧野さんの息子に対しての気持ちを揺さぶったわ。そうすることで彼女が息子に対してどんな感情を抱いているか知ることが出来たわ」
『そうか。それにしても君がそこまでしていたとは知らなかったよ』
「あら。あなただって司が彼女をボストンへ誘った時、牧野さんの背中を押したでしょ?だからわたくしが取った行動はそれと同じ。だってわたくしたちは同じ気持ちだってことでしょ?」
『いや。だが君はやっぱり凄いよ。さすが道明寺財閥の一番高い場所にいる人間は違うね?僕が君の幼馴染みじゃなかったら、こうして口を利いてもらえるか分からないが、今の君は神社の境内で僕と遊んでいた頃の君以上に自分の考えを押し通す力があるからね?だってあの当時の君は幼くて可愛い顔をしていたが、やっぱり自分のやりたいことは、はっきりと口にしていたよ』
東京から遠く離れたニューヨークにいる楓は、幼い頃に暮らした葉山での幼馴染みであり、牧野つくしが所属する研究室の主宰である教授の副島肇との電話を終えると受話器を置いた。
そして指でコツコツとデスクを叩きながら考えていた。
ニューヨークの街の景色を一望できる場所にある道明寺ホールディングスビルの最上階にある社長室の椅子は座り心地のいい椅子。だがそれは物質的なことであって巨大な企業を統括する立場になれば、その椅子は権力を持つ者が座る椅子であると同時に責任を担う椅子だ。
だが、その椅子に座ることになる息子は、女性と付き合いはしても結婚する気がなかった。
そんな息子に対しての母としての想いは、世間に大勢いる独身の息子を持つ母親なら誰もが思うことと同じことを考えていた。
それは、早く結婚して欲しいということ。だから副島肇に息子が興味を持つような女性を紹介して欲しいと言ったが、それが牧野つくしだった。そして道明寺財団の研究助成事業に応募してきた牧野つくしと息子が出会うように仕組んだ。
楓は彼女が気に入った。
頭がいいこともだが、自分の仕事に対しての前向きな態度と自立心が旺盛なところや、芯の強い性格、言い換えれば意志が強いということになるが、それに加え堅実な生活態度は好ましかった。
そして意志が強いということは、頑固だということだが楓もそうだ。牧野つくしは、意志が強いという点は楓と似ていた。
楓は、そのことを不思議だと思った。
母性愛がないと言われた楓だったが、そんな楓と似た意志の強さを持つ女性を望んだ息子に血の繋がりを感じた。
だから楓は牧野つくしの後押しをするつもりでいたが、息子に高森開発の持っている土地を手に入れるように言ったことから事態は思わぬ方向へ向かった。
だが、母親譲りの冷酷さを持つと言われている我が子は、副社長としての仕事をこなし土地を手に入れた。
それにしても、高森開発を潰されたことを恨んだ高森元社長夫人が取った行動は不愉快だった。
けれど、頭を強く殴られたことで脳を損傷した女性がこれ以上二人を悩ますことはない。
楓は結婚していながら他の男に色目を使うような女を軽蔑していた。
それに自分の美しさばかりを強調する女は、年を取れば、わざとらしい仕草ばかりが目立つただの年老いた女になる。そんな女が息子を支えることが出来るとは考えていなかった。
そして二人がボストンへ向かうことになり、この国で何らかの進展があるものと期待をした。
だが楓は待つだけの女ではない。
成果が欲しいなら動くことが必要だ。だから娘の椿をこの話に巻き込んだ。
そして牧野つくしは、椿の言葉で自分の気持ちに気付いた。
つまり、ここまでは楓の望み通りに運んだということになる。
楓はインターコムのボタンを押した。
「近いうちに東京に行くわ。スケジュールを調整してちょうだい」

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Comment:2
世界には色々な形の愛がある。
そして恋煩いという病に取りつかれた男が取った行動は女を自分だけのものにすること。
金も地位も権力も。そして美貌も持つ男に振り向く女は多い。
だが司が欲しいのは目の前の女だけ。
だから司は目の前の女から目を離さなかった。
自分の肩までしかない華奢な身体。
艶のある黒髪と黒い大きな瞳。
薄い色の口紅を付けた唇。
初めて牧野つくしを見た時から身体が疼き、彼女を思い淫らなことを想像していた。
司の部屋の壁には牧野つくしの写真が何枚も貼られ、彼女が食品分析官の仕事用に会社で使っている白衣が司のベッドの上にあった。
それは会社のロッカーの中にあった医者が患者の診察をする時と同じ白衣。
その白衣は人の形に広げられ、裸になった司は白衣の腰の部分に尻を落とした姿勢で座り、彼女を思い悦楽の表情を浮かべ、自身の怒張したものを握り締め、上下に激しく擦ることを繰り返していた。
それは健康な男なら、していてもおかしくはない本能に従ってする行為だが、どんな女も手に入れることが出来ると言われる男の想いは、彼女だけに向けられていて他の女は欲しくはなかった。代用品で済ませるつもりはなく、白く吹き上げるものを注ぎ込みたいのは彼女の中だけ。それがこれから叶えられると思うと下半身の疼きが止められなかった。
司はすぐ目の前にいる女の香りを吸い込んだ。
それは今まで白衣から香っていた匂いとは別の匂い。
実際に匂う女の香りは優しい香りがした。
そしてこれから行われるあらゆる局面を想像した。
司の下に裸で横たわる女の白い肌を蹂躙する己の姿を。
深く突く度に喘ぎ声を上げる女の姿を。
大きく開かせた両脚の間の濡れて滑りやすくなった場所から香る匂いを吸い込み、そこを舐め吸い上げ最後に挿入する姿を。そして脚を開かせた女を上に跨らせ、下から激しく突き上げ可愛らしい胸が揺れる姿を眺めることを。
「牧野つくし。俺はお前が欲しい。お前の中に入りたい。だから大人しく俺を受け入れろ」
司は逃げようとする女を掴まえ寝室へ運び込みベッドの上へ寝かせると、素早くズボンと下着を脱いで豹を思わせる素早い身のこなしで女の上に跨った。そして身体をよじり弓なりになり逃げようとする女の身体を押さえつけた。
「い、いや…止めて。止めて下さい!」
「ダメだ。止めることは出来ない。俺はお前が欲しい」
司は抵抗する女の服を乱暴に脱がせ一瞬にして裸にした。そして両手をベッドの上にあったスカーフで縛り頭の上に縫い付け難なく女の身動きを封じた。
「ああ牧野.....なんて綺麗なんだ。俺は今までこんなに綺麗な裸を見たことがない。俺はお前が欲しくて仕事が手につかなかった。お前のことを考えるだけで硬く、熱くなって頭がおかしくなりそうだった」
そう言った男の身体の下半身は天に向かって真っすぐに屹立していて、今にも弾けそうに膨らんでいた。
「いや….嫌っ!止めて!道明寺副社長!私はあなたなんか欲しくな__」
司は、「欲しくない」の言葉を言わせなかった。
自分を否定する言葉を訊きたくなかった。だから容赦のないキスをして唇を塞いだ。
そして片手をきつく閉じられた脚の間に入れ、臆することなく指を1本奥へと挿し入れた。
「__!」
女は頭を左右に振り司の唇から逃れようとした。だが司はそうはさせなかった。
優しくない指は内側の敏感な襞を擦り湿らせ潤いを引き出そうとした。
そして徐々に潤いを増して来ると指を2本に増やし余すことなく探り始めた。
すると初めこそ歓迎しなかったそこは司の指に吸い付き締め付け甘い蜜を流し始めた。
だが司を受け入れるにはまだ狭い。だから司は唇を離し、広げられた脚の間に腰を据え、細い足首を掴み、膝を折り曲げ胸に当たるようにすると、隠されていた場所を目の前にさらけ出した。
「や、止めて!嫌っ!お願い離して!」
司の前にあるのはピンク色をした二枚貝が閉じられた姿。そこは開けられることを待っている鍵穴だった。そして鍵となってそこに入れたいのは己の高ぶり。
「止めて欲しいって?お前は嫌だと言っても身体は俺を求めて涎を流してる。見ろよコレを」
司は目の前の陰部を濡らす蜜を指先で掬い女の前に差し出した。
「いやらしいな。こんなに俺の指を濡らすんだからな」
それはサラサラとした水ではないヌメリを含んだ蜜。
そして彼女の羞恥を煽ると指先の残り香を嗅いだ。
「お前の匂いがする。だがこうした方がもっと匂いを感じることが出来る」
と言って目の前にさらけ出された蜜を流す場所に顔を近づけ唇を付けた。
すると華奢な身体が反り返った。だが唇を離しはしなかった。
それどころか折り曲げた膝を容赦なく押さえつけ、ゆっくりと時間をかけ濡れた舌でいたぶるように舐め、膨れた蕾を口に含み転がし攻めた。
「はぁ......あっ!…んぁあ!止めて…ダメ!….あっ!…あぁ…あああ!!」
司は頭の上で聞える声に舌を上下に滑らせピチャピチャと音を立てて舐め、襞の奥を味わうように舌を入れると、今度は引き出し蕾の先を舌先でチロチロと触れてから、息を吹きかけると唇で挟んだ。熱い息も愛撫そのもので繰り返される行為に大きく押し開かれた股は震え始めた。
「こんなことされたら正気じゃいられないって?いいぞ。それならもっとしてやるよ。俺はお前の正気を奪いたい。我を失った姿を見たい。俺が欲しいっていうお前の姿が見たい」
司はその言葉通り再び口を付けると巧に容赦なく甘美な攻めを続けたが、絶頂に導くことはしなかった。
それは相手に求めさせたいから。
だから欲しいというまで徹底的に攻めた。
舌を使い舐め回し、唇で挟み甘噛みをし、指で螺旋を描きながら奥まで入れ、内壁を擦り女の頭の中をカラッポにさせようとした。
それは熟練した舌の動き。細長くても力強い蛇の舌のような貪欲さで奥へ入ると執拗にいたぶり、牧野つくしのジュースを吸った。
そして司が触れている一点だけが知覚を感じるようにさせた。
「あ…だ、だめ…..」
だが本人の意志とは別にさっきまで何とか抵抗しようとしていた身体は司の舌を、唇を、指を受け入れたのが分かった。股の震えは痙攣となり足の指先がキュッと丸まったからだ。
それは感じている証拠。淡いピンク色に染まった身体はこれ以上ないほど熱を帯びていた。
だから司は顔を上げると女の蜜で濡れた唇を舐め、口元に笑みを浮かべた。
「欲しいか?」
司は今にもはち切れそうなほど昂ったものを握り、すっかり潤っている場所に当て先端で擦った。
「これが欲しいか?」
だが女は首を横に振った。
つまりそれは嫌だということ。
だが司はそれを認めることは出来なかった。
この女の全てを自分のものにしたい。俺のものだと主張したい。誰にも渡したくない。
だからここまで来て自分を否定する女を許さないという思いから、司は躊躇うことなく一気に根元まで貫いた。
すると女はアッと息を呑み、苦しそうに呻いた。そして痛い、止めてと言った。
だが女は手を縛られた状態で司を押しのけることも出来なければ彼を叩くことも出来なかった。
司は身動きできない女を突くのを止めなかった。
太くて長いものは身体を広げ、出入りを繰り返して容赦のないテクニックを使った。
「ああ、いい…..牧野….最高だ」
初めはゆっくりとしていた腰の振りも、やがて速く荒々しい動きに変わった。
そして腰を振るたびに滑りが良くなり、渇望が止めらない身体を満足させようと抽出を繰り返すが、なめらかさを増したそこは司を最奥まで引き込んだ。
「牧野…すげぇいい….お前のここは俺を咥え込んで喜んでる」
司は快楽の中に身を落とすと、速度を上げて腰を振った。
打ちつけるように腰をぶつけ、螺旋を描きドリルのように動いて突き立てることを止めなかった。
「ここはお前の鍵穴だ。どこを押せば快楽への扉が開くか俺だけが知っている。この穴に入ることが許されるのは俺だけだ。他の男はここに入ることは出来ないし許されない。お前の身体を味わうのは俺だけになる。それにお前の身体に残る俺の唇の痕と俺の匂いは他の男を寄せ付けることを許さない」
激しく突くたびに叫び声を上げる女は、司の大きさからなのか。苦しげな鋭い悲鳴を上げているが、司は自分と同じ感覚を味わって欲しいと、ぎりぎりのところまで抜くと今度はゆっくりと挿れた。
「大丈夫だ。お前もすぐによくなる」
司は、そう言って今度は優しくなだめながら腰を動かしたが女は涙を浮かべて言った。
「止めて….お願い…….初めてなの….」
その言葉に司は動きを止め女の顔を呆然と見た。
まさか今時いい年をした女が初めてだとは思わなかった。
「ああ…牧野。そうだったのか?お前、初めてだったのか?」
司の両手は女の腰から離れ彼女の頬を包んだ。それから縛っていたスカーフを解き、女の中に自身を入れたまま、力の抜けた身体を抱き起すとしっかりと抱いた。
抜かなかったのは、一度なかに入ったら抜け出すことが出来ないほど気持ちがよかったから。そして司はこの温もりを味わう初めての男だったことを知り、貴重な掘り出し物を見つけたことに気付いた。
「牧野。俺はお前を大切にする。だから俺の恋人になってくれ。一生大事にする。二度とこんなことはしない。だから俺の恋人になってくれ」
そして司は女が口を開く前に優しくキスをすると、涙をキスで拭きとった。
究極のエレガンスに言葉はいらないと言われるが、今の司は言葉を発することが躊躇われた。
いやそうではない。快感に打ち震えた男は言葉を発することが出来なかった。
最近の牧野絡みの夢は、いつも途中でぶった切られ完遂することが出来ないか、司にとって嬉しい展開ではないものが多かった。だからこの夢はある意味で男の征服欲を満たしてくれた。
だが今はそんなことで満足している場合ではない。
こんな夢を見ることになった問題を解決しなければならない。
それは司が勝手につくしの部屋の鍵を変えた件だ。
牧野はまだ怒っていて、口を利いてはくれない。
電話をかけてもいつも留守番電話になっていて出てくれない。
メールを送っても返事は来ない。
それに社内で見かけても無視される。
「俺はどうしたらいいんだ?」
その時だった。
執務室の扉をノックする音がした。
「失礼いたします。支社長。牧野様がお見えです」
西田の後ろから現れたのは司の最愛の人で喧嘩中の恋人。
その恋人は、司の傍まで来ると言った。
「ごめん。道明寺。私…言い過ぎたかも。道明寺は私のことを心配してくれたのよね?近くのマンションで空き巣被害があったって訊いて心配になったのよね?よく考えてみたら道明寺のしてくれたことは私の安全のためだもの。言い過ぎてゴメンね」
その言葉は司を天にも昇る気持ちにさせた。
まさに地獄から天国。天使が頭の上でファンファーレを鳴らし、くす玉が割られ中から鳩が飛び出した。
そして今、目の前にいるのは天使かと見紛うばかりのかわいい女。
司が悪いことをすれば悪いと怒るが、自分が悪いと思えば素直に謝るところは昔と変わらない司の恋人。
だから司も謝った。
「俺も勝手に鍵を変えちまって悪かったと思ってる」
「うん。そうよね。前もって言ってくれたら私も驚かなかったと思うけど、何も言われなかったし…..。だから出張から帰ったら鍵が開かないって驚くのは当たり前よね?」
恋人の言葉は正しい。だから司は立ち上ると、「そうだな。お前の言う通りだ。すまなかった」と言って彼女を抱きしめた。
百年先も愛を誓う。君は僕の全てと歌ったアイドルグループがいるが、司は百年どころか二百年先でも三百年先でも愛を誓える。いや未来を誓うというなら過去も語らなければならないはずだが、司は千年前から彼女を愛していたはずだ。
つまりそれは人生とは円を描いていて、人は死んでもまた再び同じ人生を繰り返すと言うドイツの哲学者ニーチェの永劫回帰を実践したということだが、二人は同じ土星人であり広い宇宙の中で二人が出会うことは初めから決められていて、ニーチェよりも遥かに昔から決まっていたに過ぎないと考えていた。
そして幸せだと改めて思うのは、現世に於いても無事めぐり逢い一緒に過ごせていること。
だから時に喧嘩をしても二人は離れることはない。
司はそれを最愛の人に伝えたいという思いで更に強くつくしを抱きしめた。

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そして恋煩いという病に取りつかれた男が取った行動は女を自分だけのものにすること。
金も地位も権力も。そして美貌も持つ男に振り向く女は多い。
だが司が欲しいのは目の前の女だけ。
だから司は目の前の女から目を離さなかった。
自分の肩までしかない華奢な身体。
艶のある黒髪と黒い大きな瞳。
薄い色の口紅を付けた唇。
初めて牧野つくしを見た時から身体が疼き、彼女を思い淫らなことを想像していた。
司の部屋の壁には牧野つくしの写真が何枚も貼られ、彼女が食品分析官の仕事用に会社で使っている白衣が司のベッドの上にあった。
それは会社のロッカーの中にあった医者が患者の診察をする時と同じ白衣。
その白衣は人の形に広げられ、裸になった司は白衣の腰の部分に尻を落とした姿勢で座り、彼女を思い悦楽の表情を浮かべ、自身の怒張したものを握り締め、上下に激しく擦ることを繰り返していた。
それは健康な男なら、していてもおかしくはない本能に従ってする行為だが、どんな女も手に入れることが出来ると言われる男の想いは、彼女だけに向けられていて他の女は欲しくはなかった。代用品で済ませるつもりはなく、白く吹き上げるものを注ぎ込みたいのは彼女の中だけ。それがこれから叶えられると思うと下半身の疼きが止められなかった。
司はすぐ目の前にいる女の香りを吸い込んだ。
それは今まで白衣から香っていた匂いとは別の匂い。
実際に匂う女の香りは優しい香りがした。
そしてこれから行われるあらゆる局面を想像した。
司の下に裸で横たわる女の白い肌を蹂躙する己の姿を。
深く突く度に喘ぎ声を上げる女の姿を。
大きく開かせた両脚の間の濡れて滑りやすくなった場所から香る匂いを吸い込み、そこを舐め吸い上げ最後に挿入する姿を。そして脚を開かせた女を上に跨らせ、下から激しく突き上げ可愛らしい胸が揺れる姿を眺めることを。
「牧野つくし。俺はお前が欲しい。お前の中に入りたい。だから大人しく俺を受け入れろ」
司は逃げようとする女を掴まえ寝室へ運び込みベッドの上へ寝かせると、素早くズボンと下着を脱いで豹を思わせる素早い身のこなしで女の上に跨った。そして身体をよじり弓なりになり逃げようとする女の身体を押さえつけた。
「い、いや…止めて。止めて下さい!」
「ダメだ。止めることは出来ない。俺はお前が欲しい」
司は抵抗する女の服を乱暴に脱がせ一瞬にして裸にした。そして両手をベッドの上にあったスカーフで縛り頭の上に縫い付け難なく女の身動きを封じた。
「ああ牧野.....なんて綺麗なんだ。俺は今までこんなに綺麗な裸を見たことがない。俺はお前が欲しくて仕事が手につかなかった。お前のことを考えるだけで硬く、熱くなって頭がおかしくなりそうだった」
そう言った男の身体の下半身は天に向かって真っすぐに屹立していて、今にも弾けそうに膨らんでいた。
「いや….嫌っ!止めて!道明寺副社長!私はあなたなんか欲しくな__」
司は、「欲しくない」の言葉を言わせなかった。
自分を否定する言葉を訊きたくなかった。だから容赦のないキスをして唇を塞いだ。
そして片手をきつく閉じられた脚の間に入れ、臆することなく指を1本奥へと挿し入れた。
「__!」
女は頭を左右に振り司の唇から逃れようとした。だが司はそうはさせなかった。
優しくない指は内側の敏感な襞を擦り湿らせ潤いを引き出そうとした。
そして徐々に潤いを増して来ると指を2本に増やし余すことなく探り始めた。
すると初めこそ歓迎しなかったそこは司の指に吸い付き締め付け甘い蜜を流し始めた。
だが司を受け入れるにはまだ狭い。だから司は唇を離し、広げられた脚の間に腰を据え、細い足首を掴み、膝を折り曲げ胸に当たるようにすると、隠されていた場所を目の前にさらけ出した。
「や、止めて!嫌っ!お願い離して!」
司の前にあるのはピンク色をした二枚貝が閉じられた姿。そこは開けられることを待っている鍵穴だった。そして鍵となってそこに入れたいのは己の高ぶり。
「止めて欲しいって?お前は嫌だと言っても身体は俺を求めて涎を流してる。見ろよコレを」
司は目の前の陰部を濡らす蜜を指先で掬い女の前に差し出した。
「いやらしいな。こんなに俺の指を濡らすんだからな」
それはサラサラとした水ではないヌメリを含んだ蜜。
そして彼女の羞恥を煽ると指先の残り香を嗅いだ。
「お前の匂いがする。だがこうした方がもっと匂いを感じることが出来る」
と言って目の前にさらけ出された蜜を流す場所に顔を近づけ唇を付けた。
すると華奢な身体が反り返った。だが唇を離しはしなかった。
それどころか折り曲げた膝を容赦なく押さえつけ、ゆっくりと時間をかけ濡れた舌でいたぶるように舐め、膨れた蕾を口に含み転がし攻めた。
「はぁ......あっ!…んぁあ!止めて…ダメ!….あっ!…あぁ…あああ!!」
司は頭の上で聞える声に舌を上下に滑らせピチャピチャと音を立てて舐め、襞の奥を味わうように舌を入れると、今度は引き出し蕾の先を舌先でチロチロと触れてから、息を吹きかけると唇で挟んだ。熱い息も愛撫そのもので繰り返される行為に大きく押し開かれた股は震え始めた。
「こんなことされたら正気じゃいられないって?いいぞ。それならもっとしてやるよ。俺はお前の正気を奪いたい。我を失った姿を見たい。俺が欲しいっていうお前の姿が見たい」
司はその言葉通り再び口を付けると巧に容赦なく甘美な攻めを続けたが、絶頂に導くことはしなかった。
それは相手に求めさせたいから。
だから欲しいというまで徹底的に攻めた。
舌を使い舐め回し、唇で挟み甘噛みをし、指で螺旋を描きながら奥まで入れ、内壁を擦り女の頭の中をカラッポにさせようとした。
それは熟練した舌の動き。細長くても力強い蛇の舌のような貪欲さで奥へ入ると執拗にいたぶり、牧野つくしのジュースを吸った。
そして司が触れている一点だけが知覚を感じるようにさせた。
「あ…だ、だめ…..」
だが本人の意志とは別にさっきまで何とか抵抗しようとしていた身体は司の舌を、唇を、指を受け入れたのが分かった。股の震えは痙攣となり足の指先がキュッと丸まったからだ。
それは感じている証拠。淡いピンク色に染まった身体はこれ以上ないほど熱を帯びていた。
だから司は顔を上げると女の蜜で濡れた唇を舐め、口元に笑みを浮かべた。
「欲しいか?」
司は今にもはち切れそうなほど昂ったものを握り、すっかり潤っている場所に当て先端で擦った。
「これが欲しいか?」
だが女は首を横に振った。
つまりそれは嫌だということ。
だが司はそれを認めることは出来なかった。
この女の全てを自分のものにしたい。俺のものだと主張したい。誰にも渡したくない。
だからここまで来て自分を否定する女を許さないという思いから、司は躊躇うことなく一気に根元まで貫いた。
すると女はアッと息を呑み、苦しそうに呻いた。そして痛い、止めてと言った。
だが女は手を縛られた状態で司を押しのけることも出来なければ彼を叩くことも出来なかった。
司は身動きできない女を突くのを止めなかった。
太くて長いものは身体を広げ、出入りを繰り返して容赦のないテクニックを使った。
「ああ、いい…..牧野….最高だ」
初めはゆっくりとしていた腰の振りも、やがて速く荒々しい動きに変わった。
そして腰を振るたびに滑りが良くなり、渇望が止めらない身体を満足させようと抽出を繰り返すが、なめらかさを増したそこは司を最奥まで引き込んだ。
「牧野…すげぇいい….お前のここは俺を咥え込んで喜んでる」
司は快楽の中に身を落とすと、速度を上げて腰を振った。
打ちつけるように腰をぶつけ、螺旋を描きドリルのように動いて突き立てることを止めなかった。
「ここはお前の鍵穴だ。どこを押せば快楽への扉が開くか俺だけが知っている。この穴に入ることが許されるのは俺だけだ。他の男はここに入ることは出来ないし許されない。お前の身体を味わうのは俺だけになる。それにお前の身体に残る俺の唇の痕と俺の匂いは他の男を寄せ付けることを許さない」
激しく突くたびに叫び声を上げる女は、司の大きさからなのか。苦しげな鋭い悲鳴を上げているが、司は自分と同じ感覚を味わって欲しいと、ぎりぎりのところまで抜くと今度はゆっくりと挿れた。
「大丈夫だ。お前もすぐによくなる」
司は、そう言って今度は優しくなだめながら腰を動かしたが女は涙を浮かべて言った。
「止めて….お願い…….初めてなの….」
その言葉に司は動きを止め女の顔を呆然と見た。
まさか今時いい年をした女が初めてだとは思わなかった。
「ああ…牧野。そうだったのか?お前、初めてだったのか?」
司の両手は女の腰から離れ彼女の頬を包んだ。それから縛っていたスカーフを解き、女の中に自身を入れたまま、力の抜けた身体を抱き起すとしっかりと抱いた。
抜かなかったのは、一度なかに入ったら抜け出すことが出来ないほど気持ちがよかったから。そして司はこの温もりを味わう初めての男だったことを知り、貴重な掘り出し物を見つけたことに気付いた。
「牧野。俺はお前を大切にする。だから俺の恋人になってくれ。一生大事にする。二度とこんなことはしない。だから俺の恋人になってくれ」
そして司は女が口を開く前に優しくキスをすると、涙をキスで拭きとった。
究極のエレガンスに言葉はいらないと言われるが、今の司は言葉を発することが躊躇われた。
いやそうではない。快感に打ち震えた男は言葉を発することが出来なかった。
最近の牧野絡みの夢は、いつも途中でぶった切られ完遂することが出来ないか、司にとって嬉しい展開ではないものが多かった。だからこの夢はある意味で男の征服欲を満たしてくれた。
だが今はそんなことで満足している場合ではない。
こんな夢を見ることになった問題を解決しなければならない。
それは司が勝手につくしの部屋の鍵を変えた件だ。
牧野はまだ怒っていて、口を利いてはくれない。
電話をかけてもいつも留守番電話になっていて出てくれない。
メールを送っても返事は来ない。
それに社内で見かけても無視される。
「俺はどうしたらいいんだ?」
その時だった。
執務室の扉をノックする音がした。
「失礼いたします。支社長。牧野様がお見えです」
西田の後ろから現れたのは司の最愛の人で喧嘩中の恋人。
その恋人は、司の傍まで来ると言った。
「ごめん。道明寺。私…言い過ぎたかも。道明寺は私のことを心配してくれたのよね?近くのマンションで空き巣被害があったって訊いて心配になったのよね?よく考えてみたら道明寺のしてくれたことは私の安全のためだもの。言い過ぎてゴメンね」
その言葉は司を天にも昇る気持ちにさせた。
まさに地獄から天国。天使が頭の上でファンファーレを鳴らし、くす玉が割られ中から鳩が飛び出した。
そして今、目の前にいるのは天使かと見紛うばかりのかわいい女。
司が悪いことをすれば悪いと怒るが、自分が悪いと思えば素直に謝るところは昔と変わらない司の恋人。
だから司も謝った。
「俺も勝手に鍵を変えちまって悪かったと思ってる」
「うん。そうよね。前もって言ってくれたら私も驚かなかったと思うけど、何も言われなかったし…..。だから出張から帰ったら鍵が開かないって驚くのは当たり前よね?」
恋人の言葉は正しい。だから司は立ち上ると、「そうだな。お前の言う通りだ。すまなかった」と言って彼女を抱きしめた。
百年先も愛を誓う。君は僕の全てと歌ったアイドルグループがいるが、司は百年どころか二百年先でも三百年先でも愛を誓える。いや未来を誓うというなら過去も語らなければならないはずだが、司は千年前から彼女を愛していたはずだ。
つまりそれは人生とは円を描いていて、人は死んでもまた再び同じ人生を繰り返すと言うドイツの哲学者ニーチェの永劫回帰を実践したということだが、二人は同じ土星人であり広い宇宙の中で二人が出会うことは初めから決められていて、ニーチェよりも遥かに昔から決まっていたに過ぎないと考えていた。
そして幸せだと改めて思うのは、現世に於いても無事めぐり逢い一緒に過ごせていること。
だから時に喧嘩をしても二人は離れることはない。
司はそれを最愛の人に伝えたいという思いで更に強くつくしを抱きしめた。

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