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2019
05.31

理想の恋の見つけ方 137

つくしの隣に立つ男は圧倒的な経済力と権力を持つ男。
その男の姉から弟のことを考えて欲しいと言われた。
そして弟が他の誰かと付き合っているところを想像して欲しいと言われたが、そのことを嫌だと感じれば、つくしの気持ちは道明寺司に向けられていることになる。
そして頭に浮かんだのは、美しい女性と腕を組んで歩く男の姿。二人は瀟洒な建物の中に消えて行った。
その時つくしの心に浮かんだ想い。
それは___


「どうする?博物館に戻るか?」

「え?」

「ニューヨークに来たのは博物館に行くためじゃなかったか?」

そう声をかけられ隣に立つ男を見上げた。そうだ。この街に来たのは博物館に行くためであり他に目的はない。だから言われた通り博物館へ戻ればいいという思いから口を開いた。
だが出たのは博物館へ戻る、の言葉ではなく咳払い。それは意味のない行為だが口にする言葉に躊躇いがあるから出たと言えた。だからひと呼吸置いて口を開いた。
だがそれは弟想いの姉の気持ちにほだされたのではない。



「博物館にはプラネタリウムが併設されてるの。もしよかったらだけど___」

司は暫く黙っていた。
プラネタリウムに一緒にいかないか?
それは思いもしない言葉だったからだ。
それに姉がどんな話をしたにしろ、牧野つくしがプラネタリウムという暗闇包まれた場所で司の隣に座り時間を過ごそうという気になったことに驚いた。
司が彼女と一緒の時間を過ごしたいと願っても、簡単にはいかなかった。だが姉はいとも簡単にその願いを叶えてくれた。
いったい姉は何を言ったのか。だが何を言ったにしろ姉が投げたボールを彼女が、牧野つくしが受け取ったということだ。そして今度はそのボールを司に投げた。そして彼女は司の言葉を待っていた。


「プラネタリウムか。ガキの頃姉貴に連れられて一度だけ行ったことがある。そうは言っても何十年も前の話だ。それに上を見上げてぼんやりとしていたに過ぎなかったが、まるで自分も宇宙に浮かんでいるような不思議な感覚で心が休まる場所だったことを覚えてる。それから時間はあっという間に流れたってこともな」

司は遠い昔を懐かしむように答えたが、その言葉の中にはプラネタリウムに行くとも行かないとも具体的な言葉はなかった。そしてまた暫く黙ったままでいた。
だから隣に立った女は断れたと思ったのか。司の傍から離れようとした。
だから司は女の手を掴んで言った。

「行こう。プラネタリウムに」









用意している言葉とそうではない言葉の違いは何か。
だが今は黙って宇宙を旅する事に決めた。
つくしはプラネタリウムが好きだ。
海の中の動物を研究者する人間が宇宙に興味を抱くのは、宇宙も深海と同じで人類の未知なる世界という点では同じだからだ。
それにプラネタリウムは映画のように感情を伴わせるものではなく静かに上を向いているだけでいい。静かに移ろう季節のように夜更けから夜明けへと流れていく星空を黙って眺めている時間は、疲れた頭に安らぎを与えてくれるがそれが良かった。だからプラネタリウムにはひとりで行く。
だが今は隣にいる男性のことを気にしていた。
そしてここに来ようと言ったのはつくしだ。その理由はここなら二人して前を。いや顔を見ることなく上を向いていればいいからだ。
つまりここなら向き合う必要がないということだが、何故それを願ったのか。
道明寺司はつくしの傷跡を受け入れると言った。
だが全てを見た訳ではない。付き合うようになればいずれ男女の関係を結ぶことになるが、見る勇気はあるかということを訊きたかった。

そして男女の関係が生まれてはじめてのものになることを伝えることになるが、それでもいいかと訊かなければならなかった。
だから向き合うことがない暗闇を選んだ。それは面と向かって性にまつわる問題を口にすることが恥ずかしいという思いがあるからだ。
そしてこうして暗闇の中、満天の星空を見上げながら、こんなことを考えている自分が恋をしていることを、それも絶対に好きにならないと思っていた相手を好きになってしまったことを認めなければならなかった。

それにしても心が捉えられた瞬間というのはいつだったのか。
脚に傷を負い短い恋を失い、それから恋愛の真似事さえしてこなかった女の心は頑なだった。だが椿の言った、『少しでも司の事が気になる。だけど自分の気持ちが分からないなら、その時はあの子が別の誰かと付き合っていたらどう思うかを想像して欲しいの。その時もし嫌だと感じるならあなたの気持ちは司に向けられていると思うわ。つまりそれは恋だと思うの』
その言葉に隣に座った男性が他の誰かと付き合っていることを想像したとき嫌だと感じた。

つまりそれは恋。

つくしは椿の言葉で自分が恋におちたことを知った。




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2019
05.30

理想の恋の見つけ方 136

つくしは椿に返す言葉がうまく見つけられなかった。
そして椿の最後の言葉を否定する自信がなかった。
それは、『あの子が別の誰かと付き合っていたらどう思うかを想像して欲しいの。その時もし嫌だと感じるならあなたの気持ちは司に向けられていると思うわ。つまりそれは恋だと思うの』。

つまりそれは恋__。

だがそんなはずはないと思った。
他人のフリをして電話をするような男を好きになるはずがない。
けれど杉村と名乗った男性に対しては好意を持ったことは間違いない。
だが道明寺司が杉村であることを知り、ホテルのラウンジでグラスの底に残っていた氷と多少の水を浴びせ平手打ちをしたが、そこから先、道明寺司は常に身近にいた。
図書館の書庫に閉じ込められ捻挫したつくしを病院に運び、自宅と大学の送り迎えの手配をしてくれた。それに川上真理子に拉致されたつくしを見つけることに力を尽くし、海に投げ込まれる前に助けてくれた距離を置こうとするたび近づいて来る男。
そんな男が誰かと付き合うことを想像しろと言われ、美しい女性と腕を組んで歩く姿が脳裡に浮かんだ。
ニューヨークの街角に止まった黒く大きな車から降りた二人が瀟洒な建物の中に消えて行く姿が___。



「___牧野さん?牧野さん?」

「え?あ、すみません、ちょっと考え事をしていて」

「いいのよ。だって突然現れた姉と名乗る女から弟のことを考えて欲しいって言われて何も考えない方がおかしいもの。それにごめんなさいね。私は弟のこととなるとついあの子がまだ私のスカートの端を掴んで泣いていた頃のことが思い出されちゃって….」

椿はそう言ってクスッと笑った。

「あ、でも誤解しないでね?弟はシスコンでもなければ、私が弟に対して異常な愛情を抱いている訳でもないのよ。ただ私たちは広い大きな邸の中で、たった二人の血縁だったから、自然と寄り添っていることが多かったってだけよ。それにね。今では立派な経営者だとしても弟はいつまでたっても弟なのよ。姉弟ってそんなものなのよ」

つくしは、椿の言いたいことは理解出来た。
何故なら自分にも弟がいて、姉の立場からすれば、どれだけ大人になったとしても弟は弟でありそれ以外の何ものでもないのだから。
そして椿は椿の流儀で弟のことを心から思っているということが伝わって来た。

それにしも、つくしの前で弟のことを語る女性は、つくしに対して好意的だ。
高圧的ではなく笑みを絶やさない女性は、お金持ちの女性特有と言われる嫌味はなく親しみやすさを出していた。
それに道明寺司の姉だけのことはある。人を惹き付ける力というのは、誰もマネが出来ないと思った。そしてこの人のことは信じられると思った。語られる言葉に嘘はないと思った。
けれど、道明寺司のことは___

「それからあの子。自分のことを完全無欠だとは思ってないわ。あの子は別の人間になりたいこともあったはず。でもあの子はそれが出来ないことを受け入れたわ。弟はああ見えて繊細な部分もあるの」

椿はそう言うとつくしから視線を外した。

「あら、司が戻って来るわ。ごめんなさいね。なんだか私ばかり喋って。それに勝手なことばかり言って。でもあなたに会えて良かったわ。あなたのその真剣な目は私の話をしっかりと訊いてくれたもの。思いがけない出会いだったけどあなたに会えて本当に良かったわ」

椿の話はそこで終わった。
そして近づいて来た弟に、「遅かったわね?」と言うと再びナイフとフォークを手に取った。












「あら。雨が降り出したようね?あなたたちこれからどうするの?また博物館に戻るのかしら?」

ホテルのエントランスで車に乗り込もうとする椿は、涼やかな風が吹き始めた空を見上げ、それから弟とその隣に立つつくしに視線を向けた。

「この雨。あまり激しくならなければいいわね。それから司。私は牧野さんのことが好きよ。応援するわ。だから頑張りなさい」



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2019
05.29

理想の恋の見つけ方 135

椿の、もしよかったらという言葉は枕詞に過ぎず、姉が食事をしようと言ったら断れないことを司は理解していた。
何しろ海外に暮らす母親に代わり司の成長を見守って来たのは姉であり、その姉は弟に対し強い態度で接することもあったが、それは深い愛情があってのことだと今では分かっていた。
そしてそんな理由から姉に対しては頭が上がらない男は、今のこの状況での姉のその強さが有難いと思えた。




三人はセントラルパークのすぐ傍にあるプラザホテルのレストランの奥まったテーブルいた。
司と椿が並んで座り、椿の正面につくしが座った状態でもっぱら椿が喋っていた。
それは司の子供の頃の話から現在に至るまでだが、姉の記憶力の良さには舌を巻く。
つまり司には覚えがない小さなことまで記憶には刻まれているということになるが、その口振りは言葉を選んで話すというよりも、ありのままの弟を知って欲しいといった風で飾られることがない言葉は姉が弟を売り込んでいると言えた。

それを世間は老婆心と呼ぶが、弟の世話を焼くことが当たり前だった頃から変わらない姉の思いに不満はなかった。
そして姉は時折挟まれる牧野つくしの言葉から彼女の感情を読み取ろうとしていた。
だが突然現れた司の姉に対し、どのような態度を取ればいいのかといった気持ちは、困惑ぎみの表情に現れていた。



「ねえ。牧野さん。司はあなたのことが好きだと言ったわ。あなたは弟のことを何とも思ってないの?弟を庇うわけじゃないけど、この子の女性関係は週刊誌に書かれることもあるけどそれは嘘が多いのよ?姉の私が言うのは何だけど、この子はこの外見だからモテない方がおかしいの。それに立場が立場で名前も知られているから近づいてくる女性も多いわ。だからこの子は自分から女性を好きになったことはないわ。つまり真剣なお付き合いはしたことがない子なの。だからもしかしてあなたに対して至らない点があったのかしら?私にはそう思えるんだけど?どう違うかしら?」

椿はそこまで言うと、隣に座る司を見て目を細めた。
その態度は弟の取るべき態度に言いたいことがあるということ。

「司。アンタは牧野さんのことが好きだって言ったけど、ちゃんと誠意を見せてるんでしょうね?いい?女性って言うのはアンタが考えるほど優しくないのよ?ちゃんとした態度で牧野さんに接することが出来なきゃ彼女はアンタのことを好きになってはくれないわよ?
アンタは今まで女性で苦労したことがないから押しの一手なのかもしれないけど彼女に対してちゃんと接しなさいよ?いい?」

そして握りこぶしを作ると弟の頭をコツンと叩いた。
だがそれは本気ではなく、どうしようもない弟といった態度で愛情が込められていた。

「姉貴__」

司が言いかけたところでポケットの中の携帯が鳴った。
ディスプレイに表示された内容を見て、電話をかける必要があると言い司は席を立った。





椿は弟が席を立つと手にしていたナイフとフォークを置いた。
そして正面に座るつくしを見た。

「ねえ牧野さん。あなたたち二人の間に何かがあったとしても、私はそこまでは訊かないわ。でもその代わり私の話を聞いて欲しいの」

それに対し、つくしが黙ってうなずくと椿は悪戯っぽく笑ってから言葉を継いだ。

「弟はプレイボーイだ。エゴイストで冷たい男って言われてるけど、そうじゃないわ。あの子は庭で怪我をした鳩を介抱したことがあったわ。子供の頃は本当に優しい子だったのよ?でも成長するにつれ周りの人間の態度が信じられなくなってね。周りの人間が自分の顔色を窺ってることに気付くと表情が無くなったわ。笑わなくなったの。つまり心の裡を他人に見せることを止めたの。世間は自分を道明寺家の跡取りとしか見ないって。個人として接してくれる人間はいないって。それに子供って嫌になるくらい正直な年頃があるじゃない?いわれなき差別と言ったらおかしいかもしれないけど、お金持ちだから差別されるようになったわ。それにあの子も、うちの家はお金がある家だって分かってからはお金にものを言わせるじゃないけど、ある特定の人間の心はお金でなんとでもなることに気付いたわ。だからお金で友達を作ろうとしたことがあったの。でもお金で釣られる友達なんて本当の友達じゃないわよね?だからそれに気づくと付き合いを止めたわ。
その代わりあの子は暴力的になったの。どうして暴力をふるうようになったのか。満たされない気持ちがあったとしか言えないけど、大人になってから訊いたら本人いわくイラついていたからだそうよ。それが成長するにつれてますますひどくなってね?一番ひどかったのは高校生の頃だった。自分の容姿や道明寺の名とは無関係に自分を見てくれる人間はいないってね。だから司は他人を信じることがなかなかできない人間になったわ。でもね。本当の自分を受け入れてもらいたいって欲求はあるのよ?だから相手がどういう気持ちで自分を受け入れようとしているのか確かめずにはいられないの。
だからあなたを傷つけるようなことをしたとすれば、ごめんなさいね。それは司の不器用さだと思って欲しいの」

椿の話の中には、つくしが本人から訊かされた部分もあった。
そして何も言わない訳にはいかないこの状況に「昔荒れていたという話は訊いています」と答えた。
すると、「そう。あの子あなたには心の扉を開いたってことね」と言われたが、何故姉の立場でここまで言うのか。そんな思いからつくしは訊いた。

「あの。どうしてお姉さんが謝るんですか?副社長が何かしたとしてもお姉さんには関係ない話ですよね?」

「そうよね?いい年をした弟の恋の応援を姉である私がすること自体がおかしいわよね?
でも私はあの子が本気で恋をしたなら応援したいの。それにあの子の考えてることは分かるわ。それからあの子がしたこともね?あの子はあなたを傷つけたでしょ?だから姉である私を頼ってきた。その証拠が今ここでこうして食事をしているってことよ。それに牧野さん。私は姉だけどあの子を育てたのは私だと思ってる。だからあの子のことはよく分かるの。それが長い間会わなくても分かり合える血の繋がりってものなの。あの子はあなたを傷つけたことを、すまなかったって思ってる。でもどうすればあなたの心を自分に向けさせることが出来るか分からないのよ。だってあの子は恋をしたことがないんですもの」

椿はそこで一旦言葉を区切った。
そして真剣な顔をして言葉を継いだ。

「だから私に免じてあの子のことを考えて欲しいの。司のことは姉である私が保証するわ。あの子は私に嘘をついたことはないの。だからあの子の口から出たあなたのことが好きだという気持ちに嘘はないわ。それからあなたは言葉ほど司のことに興味がないとは思えないの。それにね。これはあなたの気持ちには当てはまらないかもしれないけど、少しでも司の事が気になる。だけど自分の気持ちが分からないなら、その時はあの子が別の誰かと付き合っていたらどう思うかを想像して欲しいの。その時もし嫌だと感じるならあなたの気持ちは司に向けられていると思うわ。つまりそれは恋だと思うの」



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2019
05.27

金持ちの御曹司~Sexy Sniper~<後編>

セックスはセックスでしかなく、それは欲望を吐き出すための手段。
前戯をする必要はなく、脚を開かせ中に入ればいいだけの話だ。
だから司は今まで女を抱く時はいつもそうしていた。
そして司に抱かれることを望む女は誰もが裸で彼を待っていた。
だが今の司は女の服を脱がせる過程を楽しみたいと思った。
一枚ずつゆっくりと服を取り去り、徐々にあらわになっていく女の身体。
欲望をそそられたとしても、すぐに中に入れるつもりはなかった。

だが何故そうしないのか。
それは女がスナイパーという今まで抱いたことがない職業の女だからか。
いや違う。一切口を開こうとしない女の態度に、好きにすればいいわという態度に、そのまま中に入るより女の気持ちを高めていくことを決めたからだ。

「どうした?何か言えよ?」

だが女は口を開こうとはせず、ただ黙ったまま司の顔を見上げていた。

「いいぜ。ダンマリを決め込むのも今だけだ」

司はかがみ込むとスカートをたくし上げ、ストッキングに包まれた脚をあらわにしたが、そこに現れたのはガーターストッキング。

「黒のガーターか。いい趣味だ」

それを右脚。そして左脚と、ゆっくりと時間をかけ脱がせ始めた。
そこに現れたのは白くしなやかでほっそりとした脚。
目立つことを嫌う狙撃手という仕事柄なのか。手の爪に色はなかったが足先に塗られた赤いペディキュアは真面目に思えた女の別の一面なのか。
ふと、その時頭を過ったこの女はどんな人生を歩んで来たのかということ。
何があってこの女はスナイパーという仕事を選んだのか。
もしかすると司と同じ世の中の人間に絶望するという病巣を抱えているのではないか。
そんな思いが感じられた。だが今はこれから裸にする女をどう味わうかを考える方が先だった。

暗くもなく明るくもない部屋の中で輝くように見える女の白い脚。
その脚を開けば薄い布に覆われている女そのものがそこにある。
欲しければその布を剥ぎ取ってすぐにでも入れることが出来る。だが今の司は時間をかけ女の気持ちを高めることを選んだ。
だから華奢な甲を掴み爪先を舐め始めた。
すると女が息をのむのが聞こえた。そしてもう片方の爪先がキュと丸まったのが分かった。
つまりその行為に感じているということ。その瞬間司は決めた。今夜は女に歓びを与え続け自分の快楽は後回しにすることを。



司は爪先から甲、足首。ふくらはぎへと舌を這わせながら時に唇でつまんだ。
指先を太腿の内側へ這わせ、薄い布に触れると濡れていた。
クロッチの横から指を1本入れ確かめたがその瞬間、喘ぎ声が聞こえ、この声をもっと聴きたい。この部屋の中をその声と叫び声で満たしたいという気持ちになった。
だから次は何をするべきか決まっていた。

女の腰を持ち上げファスナーを降ろしスカートを引き下ろし取り去った。
腰から下に付けているのは、黒のパンティとガーターベルトだけ。だが上半身は白いブラウスに黒のスーツの上着。全てがさらけ出された裸よりもそそられるその光景。
ニヤリと笑みを浮かべた司は、自身のスーツの上着を脱ぎ捨てると、次に女の上着を脱がせようとした。
だがその瞬間。女の脚が大きく開かれ司の身体を挟むと彼の手を掴み、自分の方へ引き寄せた。いや。引き寄せたのではない。脚で挟まれた司の身体はベッドに押し倒され、女が上に乗っていた。

「どう?女に上に乗られる気分は?」

それは初めて訊く女の声。
司の身体の上に跨り、少し生意気な表情を浮かべる女はどこか得意そうに言った。

女は乗るものであり、乗られるのは初めてだったが悪い気はしなかった。
だが相手はスナイパー。丸腰とはいえ油断は出来なかった。
それでも司は相手の出方を楽しむことにした。それは女がその気になったなら、やってもらおうじゃねぇかということ。

「いいんじゃねぇの?お前がその気になったんなら楽しませてくれ」

その言葉に薄っすらと笑みを浮かべた女は上着を脱ぐと、自分の腰に添えられている司の手を取り躊躇うことなく自分の胸に導いた。
それはブラウスのボタンを外せという意志表示。
だから司は言われた通りにブラウスのボタンを外し、フロントホックのブラのボタンを外した。
そこに現れたのはピンク色をした小さな蕾。
だからその蕾を指で擦った。
すると司の身体を挟んでいた太腿がキュッと締まり彼を締め付け、腹の上に乗った女の潤いを帯びた部分がさらに濡れたのが分かった。

「お前のソコは、すっかり濡れてんじゃねぇの?」

意地悪く言った男に女は笑った。

「そうよ?悪い?」

そう答えた女は、司の頬に手を添え顔を近づけると、「だからあなたが欲しい」と耳元で小さな声だが、はっきりと言った。
だから司は女の頭に手を乗せ「俺もだ」と答えた。
すると「そう?じゃあ」と答えた女は、髪に飾られていた髪飾りを司の首に突き立てた。









「おい!ちょっと待て!なんで俺があいつに殺されなきゃなんねぇんだよ!冗談じゃねぇぞ!」

司は冷や汗をかいていた。
それこそ首から下にたっぷりと汗をかき、汗腺がない。汗をかかないのではないかと言われる顏には玉のような汗が浮かんでいた。

女スナイパー。
牧野つくし。
狙撃はしなかったが、ベッドの中で男の命を奪う女。
もしかすると初めからそのつもりでいたのか?
わざと掴まえさせて男のベッドに入り込み命を狙う?
つまり確実に命を奪うためなら身体を張ることも厭わないということ。
その存在はとてつもなく恐ろしい女。
まさに可愛い顔をした悪魔と言ってもいい。

だが司は夢の中に現れた牧野つくしもいいと思った。
つまりそれは妄想に憧れるということ。だがそれを実際に行うとなるとハードルが高いことが殆どだ。それに夢や妄想は現実的ではない。

それに今回の夢についてだが、話の内容は別として司はつくしの為なら死んでも構わないと思っている。彼女のために命を張るのが恋人である司の役目だからだ。
けれど、やはり暗殺されることだけは勘弁してほしい。
それに司が牧野つくしを残して死ぬことはない。
だがもし何らかの理由で死んだら彼女に纏わりついて彼女が天に召されるまでずっと傍にいる。そして二人して天に召されたなら、そこからまた二人で新たな人生をスタートすればいい。


「失礼いたします」

ノックの後、現れた秘書は支社長である男の叫び声を無視していた。
そしてこう言った。

「支社長。そろそろお仕度を下さい。今夜は来日中のアメリカ合衆国大統領との会食がございます。ご安心下さい。警備体制は万全です。訊くところによれば各所に狙撃手を配置しているとか」

司は狙撃手という言葉にドキッとした。
それはつい先ほど見た夢に牧野つくしという名の狙撃手が出て来て司の命を狙っていたからだ。

司は恋のスナイパーになら狙われてもいいと思った。
弾丸は恋で狙撃手は牧野つくし。
そして17歳の時に牧野つくしにハートを撃ち抜かれた男は彼女の虜だ。





溢れる牧野つくしへの情熱。
歪みない牧野つくしへの愛情。
司は牧野つくしなしでは存在することが出来ない。
そんな男に秘書が引いているとしても関係なかった。
今夜の会食は、さっさと切り上げて帰りたい。
早く帰って彼女を抱きたい。
今はただ、その思いで一杯だった。




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2019
05.26

金持ちの御曹司~Sexy Sniper~<前編>

時代が変わっても誰も追いつくことが出来ない男、道明寺司を100パーセントの範囲内で考えると内訳は何になるか?
そんなアンケートが女子社員の間で出回ったと訊いた。
そしてその結果はこうだ。

男のエロスを感じる 95パーセント
男のセクシーさを感じる 95パーセント
男のワイルドさを感じる 85パーセント
男の洗練さを感じる 93パーセント

合計368パーセントであり400パーセントには少し足りないが、まあいい。
そしてこの数字を見て分かるのは、司を100パーセントの範囲内に押し込めるのは無理ということ。
つまり彼は規格外の男で彼ほどの男は世間にはいないということが証明された。

実際世間は司を美術館に展示された国宝を眺めるよう見る。
ちなみに今日の装いは黒のスーツに白いシャツにパープルのネクタイ。
そんなスーツ姿でしなさそうなことを平然とする男に向けられる視線は憧れ。
そしてそのアンケートに付随するように書かれていたのは、

『男性のどんな仕草にキュンと来ますか?』

その回答は、
「ネクタイをキュキュって締める姿がたまらない。でもネクタイを緩める姿も好き」
「ワイシャツの袖を捲り上げて仕事をする姿」
「いつも眼鏡をかけている男性が眼鏡を外し自分をじっと見つめる姿」
「車を運転する姿」
「真剣な表情でキーボードを叩く姿」
「時に見せる少年のような姿」

司は上から順番に目を通していたが、その中に水に濡れた髪という答えはなかった。
だが司の恋人は彼の濡れ髪の姿にキュンと来る。
それはクルクルと巻いた髪がストレートに変わることから見慣れない男の姿にキュンと来るということ。
だがそれは本人の口から訊いたのではない。

あれはまだ高校生だった頃。
滋と三条を伴った牧野が司の邸を訪れプールに入れと言った。
だから司は彼女の望み通り水着に着替えプールに入った。
そして50メートルプールを一往復した後、水面から顔を出した司を見た女の顔は赤らんだ。
だがあれ以来、意味もなくプールへ入れとは言われなくなり、それが寂しいような気もしていた。だからある時、恋人をプールサイドに立たせ、犬神家の真似をして水面から足を突き出してみたら怒られた。

そしてアンケートの回答が最後に来たときその文字に目を止めた。
そこに書かれていたのは、

「ライフルを構えた男の姿にキュンと来る」

それはなかなかワイルドな回答。
だが面白いと思った。
















「ここから誰を狙ってんだか知らねぇが仕留めるつもりならあと5ミリ右に構えた方がいいんじゃねぇのか?」

その言葉に振り返った女が見たのは黒ずくめの男の姿。
そしてその背後には武器を持った男達が4人いた。
だが何故男が黒を着ているのか。
その理由は黒は血の色が目立たない色だから。
そして女の服も黒のスーツだった。

女のライフルの先が向けられていたのは司の執務室。
だがそこに司はいなかった。何故なら司は女の後ろにいて彼女を見つめていたからだ。

司が狙撃手に狙われている。
その情報が耳に入ったのは1週間前。狙撃手が女であると分かったのは1時間前。
そしてその女がここにいると連絡が入ったのは20分前。
だから司は自らその女を捕まえるべくここに来た。
それに女の狙撃手と訊いてその顔が見たいと思った。
眼光鋭くクールな顔をした美女といったタイプを想像していた。
だがそこにいた女は小柄で眼が大きな黒髪の女。
とても狙撃手には見えず、長い銃身を持つその姿はどこにでもいるOLといった感じだった。

「お前。誰に雇われた?花沢類か?それとも美作あきらか?いや、西門総二郎か?」

それは司の会社のライバル企業の跡取りたち。
類は花沢物産の副社長だが、司は類から契約寸前だった英国での洋上風力発電所建設の契約を奪った。
あきらは美作商事の専務だが、そのあきらからはチリの鉱山でのプラント建設の契約を奪った。
そしてプレイボーイで名を馳せる西門開発の常務である西門総二郎からはマジで付き合っていた女を奪った。
そんな理由から三人の男たちは司を恨んでいた。

「言うつもりはないか?そうか。それならそれでも構わねぇが狙撃はミリ単位でズレただけで仕損じる。だから今度狙うならもう少し注意した方がいい。ま、そうは言ってもお前が俺の頭に銃弾を撃ち込むことは出来ないはずだ」

司は女を捕まえるとタワーマンションの最上階にある自分の部屋へ連れ帰った。
そして激しくキスをするとベッドに押さえつけた。

「お前の名前は?」

「………」

「そうか。言いたくないか?いや言うつもりはないってことか?だがな。お前の身元は割れている。お前の名前は牧野つくし。今売り出し中の新進気鋭のスナイパー。それにしても見るからに真面目そうな女がどうして狙撃手になったか知らねぇが__」

司はそこで言葉を区切った。
そして上から女を見下ろし言った。

「今夜は俺の相手をしてもらうぜ。女スナイパーさんよ」



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2019
05.25

理想の恋の見つけ方 134

「司?アンタこんな所で何してるのよ?」

「姉貴?」

「驚いたわよ。さっきからアンタに似てる後姿の男がいると思って見てたんだけど、まさかこんな場所にいるとは思わないでしょ?だから他人の空似かと思ったけど、やっぱりアンタだったわ」

司の方こそ、まさかロスに住む姉にニューヨークで会うとは思いもしなかった。
それも姉の言う通り博物館という司には似合わない場所にいるのだから、姉も驚いて当然だと思った。

「新聞見たわよ。ボストンの会社。アンタにしては随分と時間がかかったみたいだけど無事買収が終わったそうね?夫も喜んでいたけど、私からもおめでとうと言わせてもらうわ」

司の姉、椿の夫はホテル王と言われアメリカ国内はもとより海外にも巨大ホテルをいくつも所有している。そして日系3世の夫が経営するホテルは、かつて道明寺グループのメープルとはライバルだと言われていたが、椿との結婚により業務提携契約が結ばれた。

「それで?アンタこんな所で何してるのよ?仕事はいいの?それとも息抜きかしら?でも息抜きに博物館ってアンタらしくないわね?ああ私?私は今日予定していたお友達との約束がキャンセルになったからここに足を運んだの」

司の姉はそう言って彼の隣に立つ女に視線を向けた。

「ところでそちらの方は?どなたかしら?私は司の姉の須藤椿よ。よろしくね?」

椿はいい年をした弟が結婚しないでいることを心配していた。
だから弟の傍にいる女性が誰であるかが気になった。
そして世界中で唯一司のことをアンタと呼ぶことが出来る姉は深い洞察力を持ち、幼かった弟の面倒を見て来たことだけのことはあり、大人になってからは感情を面に出さないと言われる弟の顔から心の裡を読むことが出来た。
だから感じたことを口にした。

「あなたもしかして司の恋人かしら?」

「いいえ。違います。私は道明寺副社長のブレーンであり恋人ではありません」

椿の質問に間髪を入れずに答えた女はそのまま自己紹介をした。

「私は大学で海洋生物の研究をしている牧野つくしと申します。専門は深海ザメで副社長の学術分野に於けるブレーンの一人です。こちらでこうしてご一緒させていただいているのは、副社長のボストン行きに際し同じ州内にある海洋生物学の研究施設への訪問をご提案下さったことで同行させていただいたに過ぎません。ですからおっしゃるような関係ではありません」

椿は、つくしを見た瞬間、明らかに今まで弟の周りにいた女性たちとは違うと感じたが、まさか目の前の女性が大学で深海ザメの研究をしているとは思いもしなかった。
そしてどういった経緯で二人が出会ったとしても弟の態度と彼女の態度は、彼女が言った以上の関係に思えた。

「あらそうなの?それは残念だわ。今までのこの子はお付き合いしてきた女性とこういった場所に、つまり博物館のような場所に足を運ぶことはなかったはずだから、てっきりここでデートでもしているかと思ったの。だから本当に残念だわ」

椿はつくしに向かってそこまで言うと、今度は司に向かって言った。

「私はついにアンタが結婚を視野にいれて付き合いを始めたのかと思ったけど違うのね?」

「いいや。そうじゃない。俺は彼女のことを単なるブレーンだとは考えてない。俺は彼女の事が好きだ。だから口説いてるところだ」

司は姉の性格を理解しているからこその発言をした。
それは、姉である椿は弟が惚れた女のことが気に入ったも同然のことを口にしたからだ。
そしてそれが事実であるとすれば姉の行動力に頼ることは悪くないと考えた。
何しろ椿という人間は、思い立ったら即行動という思考の持ち主で、人の話を訊かないところがあるからだ。だから牧野つくしの司に向けられる頑なな心を少しでも解く事が出来るなら、司の秘密も悪い癖も全てを知りつくした姉の弟に対する大袈裟な愛情表現を彼女に話してもらっても構わないと思っていた。

つまりそれは姉の母性を利用するということ。
それに牧野つくしが司のことを嫌いだと言ったとしても、椿を嫌いになるとは思えないからだ。
何故なら姉は道明寺家の長女でありながら、若い頃は権威というものに反発を抱き、好きな男が出来たと言って家出をしたことがあるような女だからだ。
そして女同士ということから司の言葉よりも椿の言葉なら、たとえそれが弟を嘲るような言葉だったとしても受け入れられるような気がしていた。

「あら!そうだったの?私の勘は間違ってなかったってことね?私はアンタがいい加減まともな恋をしてくれることを願ってたのよ?だから凄く嬉しいわ!」

その言葉に司は姉と弟の連帯感というものが発揮されたと感じた。
それは、椿の情熱は加速を始めると一直線に目的に向けられ、とどまることを知らないということ。
そして次に放った言葉はここから先は私に任せなさいと言っているようにも思えた。

「ねえ。そろそろお昼でしょ?もしよかったらだけど3人で一緒に食事をしない?」



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2019
05.23

理想の恋の見つけ方 133

博物館の中は暑くもなければ寒くもない。
温度管理がされたこの場所に流れる風はないが、その代わりあるのは乾いた空気。
その乾いた空気の中に感じられる男の香りはつくしの鼻腔をくすぐっていた。

本来なら館内を一緒に見て回る義務はないはずだが、連れて来てもらっている以上あっちへ行ってなど言えるはずもなく、相手が離れていくことを待つしかなかったが、つくしの傍を離れない男は時々質問を投げかけてくる。
そしてそれを無視することは出来ない女は答えを返していたが、頭の中にあるのは、ついさっき言われた言葉だ。

それは、他の男がしたことで俺を批判的な目で見るな。
つまりそれは、世の中の全ての男が女の外見だけを重んじている訳ではないという意味だが、いくらそう言われても、あの当時付き合っていた恋人と別れて以来、誰とも付き合ったことがない女に男の気持ちなど分かるはずがなかった。

けれど道明寺司の指摘が間違っているとは言えないことも分かっている。
それは、世の中には目に見える見えないに関わらず大きな傷を抱えて生きている人間が大勢いて、彼らがそれぞれに人生に折り合いをつけて生きているということ。
しかし、誰がただの傷跡ではなく気味の悪い傷跡を喜んで見たいというのか。
それに、いつまでたっても消し去れない記憶というものが、心のどこかにあることは自分でも分かっていた。

それは、お前は深海の岩場に隠れたシーラカンスだと言った男の言葉を認めることになるが、言葉を返すことも話題をそらすことをしなかった女の脚の傷に、あれ以上触れようとしないのだから、少なくとも今のこの状態でいれるならそれでいいと思った。

何しろこうして一緒にいるのは今日だけだ。
明日からの予定は消えたが、これ以上この男と一緒に過ごすつもりはない。それにまた何か贈り物を寄越すなら、部屋番号は分かったのだからフロントに預け渡してもらうように言えばいいはずだ。

それにしても、今のつくしは一挙手一投足を見られているような気がしていた。
だが脚の傷のことを言われるまでは、そこまで気にしてはいなかった。それでも今は確実に気にしていた。
それに分かっている。自分が脚の傷を気にし過ぎていることも。
そして道明寺司という男を意識し過ぎていることも分かっている。
分かっていながら、分からないフリをしている自分がいることも知っている。
だから接し方を考えたが、どう接すればいいのか分からなかった。だが海洋生物学者である准教授としての立場なら対等に接することが出来た。だから博物館を一緒に巡ることに対し逡巡することはなかった。

けれど隣にいる男のつくしに対しての言葉は、今まで自分自身が見たくないと蓋をしていた感情に針を突き立てる。
そして針を突き立てられたその感情は人から否定されることが怖いという感情だ。
だが道明寺司はつくしの過去を否定しないと言った。
自分の前にあるのは常に現在で過去はどうでもいいと言った。

そう考えていたところで、後ろから声を掛けられた。
だがそれはつくしに対してではない。
その声は道明寺司の名前を呼んだ。



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2019
05.22

理想の恋の見つけ方 132

二人の触れそうで触れることがない距離で言われた小さなかすり傷とは、右の骨盤の辺りから膝にかけて残るボートのスクリューによって負った傷。
だがそれはかすり傷というには大きすぎる傷で跡を残していた。

しかし、その傷がある場所がひと目に晒されることはない。
それでも恋人だった男性とはその傷が元で別れた。
そしてその時つくしは現実を受け入れた。
それは、いつかつくしのことを好きになってくれる男性がいたとしても、傷跡まで受け入れてくれる男性はいないということ。

当然だが男女の仲になれば身体を相手の前に無防備に晒し肌を触れ合わすことになる。
そのとき相手がどんな表情を浮かべるのか。嫌悪の顔か。それとも哀れみの顔か。
どちらにしても、そんな顔は見たくはなかった。
だから桜子が紹介してくる男性に対しても積極的になることはなかった。

そして思い出されるのは、どこか後ろめたそうに別れを告げたあの時の恋人の顔。
だからその顔を打ち消すように目を閉じた。そしてギュッと固く閉じ、そしてまた開くと小声で言った。

「小さなかすり傷なんかじゃない..…私の脚にあるのはかすり傷なんかじゃない。醜い傷跡だわ」

道明寺司は傷の全容を見たのではない。
だから見えるものが全てではないと言えるのだ。
そして、つくしの心の中に踏み込んでこようとする男に対し言葉よりも感情の方が先に立ったが、平静さを保つことが出来たのは、ここが博物館で周りにあるのは海の生物に関係する展示であり、自分のテリトリーとも言える場所だからこそ落ち着いた気持ちでいることが出来た。それでもやはり感情というのは時に抑えきれないこともある。
だからその思いが口を突いた。

「あなたに何が分かるって言うんですか?分かったような口を訊くのは止めて下さい。それにあなたのような容姿の人にそんなことを言われても心に響きません」

つくしの隣にいる長身の男の姿は、ルネッサンス期に作られた傷ひとつない聖者像に匹敵すると言われ、女性達の目を惹き付ける美貌を持っている。だからそんな人に身体に負った傷の何が分かるのかと言いたかった。

「それに私は_」

「いいか。牧野つくし」

司は牧野つくしが次の言葉を口にする前に言葉を挟んだ。

「これは今までも言ったことだが他人のフリをして電話をしていた俺に対し信頼をしろと言ってもそう簡単にはいかないことは分かっている。だが他の男がしたことで俺を批判的な目で見ることは腹が立つ。お前は俺が他の男がしたことと同じことをすると思っているようだがそれは違う」

司は牧野つくしの傷跡の全てを見たわけではないが、どんなに酷いと言われる傷跡でも気にすることはない。
それにどんな傷跡も消すことが出来る世界最高の腕を持つ美容整形外科医を知っている。
だがだからといって司が傷跡を消す手筈を整えてやると言ったとしても、消えない事実と向き合って生きて来た女はそのことを受け入れはしないはずだ。
そう思うのは、牧野つくしという女が自分の力で生きることが美徳だと考える女だと今では理解しているからだ。

合理的という言葉が相応しかった司の男女の付き合いは、言い換えれば会えばセックスをするだけの関係。
それに司が付き合って来た女達は潮時という言葉を理解していた。だから別れに際し面倒なことになったことはなかったが、中には一生遊んで暮らせるパスポートが欲しいという女もいて、そのパスポート欲しさに生まれ持った身体にメスを入れる女もいた。
つまり美しさというのは金で買えるということ。
そして美しさを金で買った女は、さも司のことを考えて美を手に入れたようなことを口にする。だが所詮それはツラの皮一枚の話であり、心の中が変わることはなければ私欲にまみれた女達の心の中に愛というものは存在しなかった。

心の傷と身体の傷。
今の医学のレベルからすれば身体の傷はどうにでもなる。
だが心の傷は身体に負った傷よりも深刻なダメージを与える。
それは軽薄な男によって傷つけられた心の傷。
それを癒すことが出来る男でなければ、牧野つくしを手にいれることは出来ない。
だがそれは今まで女に惚れたことがなかった司にとっては簡単なことではなかった。




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2019
05.20

金持ちの御曹司~不機嫌な赤い薔薇~<後編>

牧野つくしのこととなると目の色を変える男が急いで向かった海外事業本部に牧野つくしの姿はなかった。
それならどこにいる?
司のその疑問に答えた男は牧野の上司で頭が禿げた男。
牧野が向かった先は海外事業部の資料室だと言ったが、司はこのビルのどこに資料室があるのか知らなかった。だから禿げ頭の男に言った。

「それでその資料室はどこにある?」

すると海外事業部の資料室は地下2階にある一室だと言った。
そこは地下駐車場のひとつ上のフロアで各部署の資料室があると言ったが、それは長い歴史を誇る会社ならではのデータ化されていない古い資料が山のようにある場所で、倉庫同然の場所だと言った。

「倉庫同然?」

「は、はい。ですから支社長自らが足を運ばれる場所ではございません。もし牧野さんにご用でしたら私が呼びに行ってまいります」

と言ったが司は断った。そして倉庫同然という言葉にニヤッとした。
そこは女ひとりで行くには無用心な場所とも言えるが、ここは天下の道明寺。
そこで何かが起こるはずはなく、だがだからと言って起こらないとも限らない。
だが司の恋人は腕っぷしが強い。右腕のパンチはライト級のボクサー並。右足のハイキックはムエタイの女子チャンピオンに勝るとも劣らないと言われていた。そんなキックを司が浴びたのは高校生の頃だったが、あのキックで恋に落ちたと言っても過言ではなかった。

司はエレベーターで窓のない密閉された地下2階の廊下に降り立つと海外事業部の資料室を探した。
そしてある扉の前で止るとドアノブを回した。だが鍵がかかっていて開かなかった。
だからドアをガンガン叩いてみたが、中から誰かが出てくることはなかった。
するとそこへ巡回中の警備員が現れた。

「おい。背が160位で眼がデカくて髪が肩まである女を見なかったか?」

すると警備員は、「その女性ならついさっき資料をかかえてエレベーターで上に上がりました」と言った。

司は資料室につくしが居なかったことを少し残念に思ったが、エレベーターに乗り海外事業本部へ戻ることにした。
そしてそこでつくしを掴まえ彼女の今の気持ちを確かめるではなかったが、もしかして今でも司がつくしのことを忘れ、彼女が作った弁当を他の女が作ったと信じた男に腹を立てているのではないかと思った。
そしてお前なんか知らねぇといって追い返したことも実は今でも根に持っていて、それが潜在意識として残っていたことから思念となって司の夢に現れたのではないかと思った。

「いや。だがあいつは過去を根に持つような女じゃない。それに類にしたってそうだ。あいつは俺たちにとってはダチ以外の何ものでもない」

と、ひとりごちたが、それでも類にしても、まだ心のどこかに牧野に対する思いを秘めていたとしてもおかしくない。つまり牧野と同じで意識の奥深くに眠らせている思いがあるということ。だからそんな二人の思いが司の夢に現れたとしたら、いつかそれが現実になるのではないかと思った。

「いや。まさかそんなことはないはずだ」

と口に出すも、それでも一度頭の中に巣食った思いは簡単には消えそうになかった。
だから早々に牧野を掴まえて本人の口から愛してるのは司だけ。という言葉を訊かなければ落ち着いて仕事など出来るはずがなかった。

だから司は、再びつくしの部署に行った。
だがそこにつくしの姿は無かった。

「牧野はどこだ?」

すると禿げの部長は、「も、申し訳ございません。一度戻って来たのですがその時、支社長がお探ししていると伝えたんですが今度は総務課へ提出する書類があるからと、つい先ほど向かったところです」

司はその言葉に、つくしが自分を避けているのではないかと感じた。
つまりそれは、司には会いたくないということ。
だが何故司に会いたくないというのか?
それを考えるとモヤモヤとしたものが心に湧き上がると同時に、二日前の夜から翌日の朝にかけての記憶をたどって、自分がつくしの気に入らない何かをしたのではないかと考えた。

あの夜は激しい愛の行為で眠らせる時間を与えることはなかった。声が枯れるほど司の名前を叫ばせ、司もつくしの名前を何度も何度も呼んだ。柔らかく濡れた場所を撫でまわし、歓喜の声を上げさせ高みに押し上げると、腰を両手で掴み、脚を開かせ強く腰を押し付けた。
その瞬間司の背中に突き立てられた爪の後は今でもくっきりと残っていて、あの時の二人は互いに全てを与えあった。

そんな夜を過ごしたのが二日前。
それから会ってはいなかったが、考えてみても思い当たるふしはなかった。
だから、「牧野?何が気に入らない?俺が何かしたか?」
と、ひとりごちると、総務課へ足を向けることにしたが、今度は悠長に廊下を歩くことはせず走った。そして扉が閉まりそうになっていたエレベーターに飛び乗ると中にいた男は驚いた顔をしたが、「総務課はどこだ?」と問われるとすぐにボタンを押した。そして「こちらが総務課のフロアです」と言われエレベーターから降りると再び廊下を走った。
そして「牧野はいるか?」と言って息せき切って現れた男に総務課全員が首を横に振った。






執務室を飛び出してから1時間。
司は牧野つくしに会えずにいた。
海外事業本部からまず地下の資料室へ行き、そこから再び海外事業本部を経由して40階にある総務課へ行き、今度は見かけた者がいるという34階の都市開発本部へ行くと次は19階の物流事業本部へ行った。そして25階にある宇宙航空機本部へも行ったが会えなかった。
そして会えないまま時間が過ぎ仕方なく執務室に戻ったが、ここは自分の会社で、このビルは自分の会社のビルで、自分は支社長で、牧野つくしは彼の会社の社員で給料を払っているのは司で、そして彼は彼女の恋人だ。
それなのに何故会えない?このビルの中にいることは確かだがどうして会うことが出来ない?それはつまり意図的に避けられているということか?
そしてそれが意味するのは、司は牧野つくしに嫌われたということになる。

「まさか….類か?」

そんな思いが再び頭を過ったが、そんなことは無いはずだとその思いを追い払うように頭を振った。
その時ノックの音がした。
そして入れという司の言葉を待たずに扉が開けられた。

「支社長。よろしいでしょうか?」

何がよろしいのか。よろしくないのか。
今の司は、つくしを失うかもしれないという思いから何も考えられなかった。
そして不機嫌だった。
だから司は立ち上ると西田に背を向け窓の外に視線を向けたが、背後に聞こえた音は男の靴音ではなく軽やかな足音。
そして、「道明寺?何かあったの?西田さんから私を探してるって連絡を受けたんだけど」と明るい声と扉が閉められる音がした。

司は振り返った。
そしてそこにいる人物が誰であるか知ると司の足はその人の元へ向かっていた。

「やだ。どうしたの道明寺?」

それは司がつくしを抱きしめたから。
そしてその声は苦しそうにしていたが、それでも笑っていた。
そうだ。笑いながら「ちょっと苦しいってば!」と言った。

「どこ行ってたんだよ!」

「え?どこって仕事してたわよ?今日は忙しくて上から下まで走り回ってるんだからね?」

真面目で努力家で、当然だが司よりも小さな女は、そう言って司の腕の中から彼の顔を見上げた。

「俺はどこに行ってもお前に会えなくて、お前が類と結婚するって知ってショックでどうにかなりそうだったんだぞ?」

「はぁ?何おかしなこと言ってるのよ?どうして私が類と結婚しなきゃならないのよ?」

「どうしてって、それはだな…..と、とにかく仕事をしてたんならそれでいい」

「もう本当に道明寺は時々訳の分からないことを言うから西田さんも大変よね?」

そう言った女は、司のデスクの足もとに置かれた段ボール箱に目を止めた。
そして司の腕から抜け出し蓋の間から覗く表紙に目を輝かせると一冊だけ取り出し手に取るとページをめくりながら言った。

「これ『花より団子』じゃない?なに道明寺この本どうしたの?ねえ、もしかして全巻揃ってるの?私この漫画のファンだったの。うわ~懐かしい!でもうち貧乏だから漫画なんて買えなくてね。優紀から借りて読んでたの」と言って笑った。

そう言えば。と司は、この漫画を西田に用意させた理由を思い出し、そして恋人の口からファンだったと訊かされたからには訊かなければならないことがあったことを思い出した。
それは、牧野つくしは、道暗寺司と花川数という男のどちらを理想の恋人と考えていたかということだ。

「なあ。牧野?」

「ん?なに?」

司の呼びかけに本をめくる手を止めた女は彼を見た。

「お前。この漫画に出てくる男。つまりクセが強い男とそうじゃない男のどっちが好きだったんだ?」

「あ。道暗寺司と花川数ね?この二人の名前って道明寺と花沢類に似てるって思ったけど、世の中にはびっくりするくらい似てる人がいるって言うでしょ?だからこの漫画の二人は道明寺と花沢類に思えて仕方がないの。だってなんだかこの主人公の女の子の家族もうちの家族とよく似てるし、それにこの女の子って__」

「牧野。いいからどっちの男が好きだったんだ?」

司は早くつくしの返事が訊きたくて言葉を遮り訊いた。

「どっちだと思う?」

笑顔で司を見上げる女は静かに言ったが、その口ぶりは彼が聞きたい言葉を知っているはずだと思った。
何故ならそれは、牧野つくしは司の顔に浮かぶ不安な表情を知っているからだ。







「私が好きだったのはクセの強い男よ」











どんな高級なデートよりも二人でいれればそれでいいという女は、司に抱きしめられると苦しい、離してよ!と言ったが司は離さなかった。
そして出来れば今日はこのままずっと抱きしめていたかった。


司は牧野つくしと一緒にいると魂が救済され精神が浄化される。
彼女のことは生きるパワースポットであり、彼女さえいれば嫌なことも辛いことも悩みも全てが解決する。
そして今はただ、あちこちに唇を付けて、その身体を味わいたい思いでいた。
そして今のこの感情はなんだ?と問われれば、ただ幸せだと答えるはずだ。



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2019
05.19

金持ちの御曹司~不機嫌な赤い薔薇~<前編>

暴君。
俺様。
理不尽。
と書いて道明寺司と読む。

かつてそう言われていた男は今では道明寺ホールディングス日本支社の支社長だが、そんな男に過去を振り返る時間を持つことがあったか訊けば無かったと答えるはずだ。
だが今は過去を振り返るべきだと思ったのは、時代が変化を迎えたからだ。
そうだ。時代は変わったのだから思考も新時代に合わせ変えなければならないはずだ。
だから、ビルの最上階にある執務室から遥か彼方に見える景色を見つめながら高校時代の恋人との色々を振り返っていたが少し前に耳にした話を思い出していた。





「ねえ香織。理想の恋人を漫画の主人公にたとえると誰?」

「そうねぇ......私の場合花より団子の主人公!道暗寺司かな?」

「あ~懐かしい!花より団子!一世を風靡したわよね。それにあれテレビドラマにもなったけどイケメン4人の男子高校生と貧乏な女の子の話よね?」

「そうなの!私ね、あの漫画が大好きで学生時代ハマってたの。一番好きな場面はね、道暗寺司が好きな女の子に雨の中で別れを告げられたときの彼が切なくてね。それも彼の母親の陰謀のせいでそうなったでしょ?だから可哀想でその続きが気になって眠れなかったわ」

「あったわねぇ。そんな場面。そう言えばあの漫画。道暗寺司派と花川数派で別れてたわよね?私は数が好きでね。女の子と数が結ばれるといいなって思ってたの。それに数のサラサラした髪とビー玉のような瞳って形容される目が大好きだったの。だってキラキラとして透明感があっていかにも王子様って感じでしょ?それに比べて道暗寺司って金持ちだけど人としてどうなのってタイプだったじゃない?いかにも俺様だし暴君だし。それにあのクセの強い髪型のどこがいいのか分かんないわ」

「そう?私はあのクセの強さが好きよ。それに時代はクセの強さを求めてたのよ。
ほら、お笑い芸人も言ってるじゃない?クセが強いんじゃって。そのクセの強さが道暗寺司の魅力なのよ。それにあのクセが強い髪型がいいのよ。暴君で俺様でも主人公の女の子を思うあの一途さがいいのよ。金持ちパワー全開で彼女のためならどんなことも出来る男なんてそうはいないわよ?」

「でもさあ。世界的規模の金持ちの家の跡取り息子と貧乏な家の娘の物語なんて漫画だからあり得る話しでしょ?現実の世界に置き換えて考えたら絶対上手くいかないわよ。それにしてもあの女の子。美人じゃないのにどうしてモテるのかしらね?金持ちの男って自分に無いものが欲しいってこと?」

「そうねぇ。そうなのかもしれないわね。人って無い物ねだりの動物だから」






司はその話を訊いて思った。
金持の男と貧乏な女。
カッコいい男とそうでもない女。
それって俺と牧野の話じゃん、と。
だからすぐにググってみたが、そこに出て来たのは女達が話していた通りイケメン高校生と貧乏な女が主人公の漫画のストーリー。
だが花川数という男がクセが強い主人公と人気を分け合っていたと言ったが、英徳学園での人気は司の方が圧倒的であり、そこは違うと言えた。

それにしても『花より団子』という漫画が女達の間で人気があったとは知らなかった。
そして女達は牧野つくしと同世代ということは、あいつもその漫画を知っていてもおかしくない。いやだが学生時代の牧野はバイトに明け暮れ漫画を読む暇はなかったはずだ。それにあいつは勉強家で漫画を読み更けるタイプではない。
だがもし牧野がその漫画のファンだとすれば、自分も読んでおく必要があると感じた。
だから司は秘書を呼ぶと言った。

「西田。お前『花より団子』って漫画を知ってるか?どうやら女達が好んで読んでいた漫画らしいが訊いたことがあるか?」

「支社長。私は漫画というものを読んだことがございません。それに、私が学生時代は蛍雪時代を愛読しておりました」

「蛍雪時代?なんだよそれは?」

「はい。蛍雪時代とは大学受験生向けの雑誌でございます。今のようにインターネットもなければ全国展開の大手予備校がなかった時代。私はその雑誌から大学に関する様々な情報を得ておりました。特に私のように地方在住の者にとりましては、あの雑誌は_」

「西田。もういい。お前の話はいい。とにかくその『花より団子』って漫画を持って来い」

司は西田の話を途中で遮り革の椅子に背中を預けると目を閉じた。
漫画の世界の主人公に憧れる女。
そんな女が世の中に多いというなら、牧野も憧れの主人公という男がいたはずだ。
そして『花より団子』の主人公はクセの強い男だといったが、もし牧野つくしの理想の恋人が、その男ではなく花川数だったらどうすればいい?

それにしても花川数という名前は花沢類によく似ている。
川と沢はどちらも水を表す漢字。
そして水で思い浮かべるイメージと言えば、清らかとか爽やかとか清々しいとか。
現に類は見た目が爽やかと言われ女からモテることは間違いない。
それに数と類。似た様な見た目の漢字で、司は子供の頃、類の名前を数と書いて姉に笑われた。
そして二人は友人ではあったが、牧野つくしに出会ってからはライバルだったことがあった。
だから牧野が、花川数が好きだったと言えば司はその漫画を燃やしてやるつもりでいた。










司は日本にいる類から届いた結婚式の案内を手にニューヨークの空港にいた。
激しい雷雨のため離発着を見合わせている。
そんなアナウンスと共に遅延の表示が並ぶ出発案内表示器を見ていた。
いつもなら自家用機での移動だが、メンテナンスとなれば民間機を利用するしかなかった。
くつろいでいたファーストクラス専用のラウンジを出ると、一般客で溢れる待合の椅子に腰を下ろした。それは単なる気まぐれから出た行動だが、後ろから聞こえてくる日本語の会話が耳に入り、声の持ち主である二人の男は興味深い話を始めた。

「おい。そう言えば物産の専務が結婚するって話。本当なのか?」

「ああ。どうやら本当らしい」

それは司が出席する類の結婚式に関するもの。
だが司は類の結婚相手を知らなかった。
日本を出て10年。出張で訪れることがあっても忙しさで類や他にいる幼馴染みの仲間たちと飲む機会も殆どといっていいほど無かった。
そして言葉は悪いが類が誰と結婚しようと興味がなかった。だからまさかここで類の女について訊かされるとは思わなかったが、相手がどんな女なのか知るいい機会だと耳を傾けた。

「そうか。噂には聞いていたが本当だったのか。でもあの専務は女嫌いだから一生独身でいるって訊いていたが気が変わったってことか?それで相手はどんな女だ?」

「いや実はな。話すと長い話になるんだが相手が訳アリと言うか、色々あったようだ」

「何だよ?訳アリとか色々とかって」

「女には高校生の頃付き合ってた恋人がいたが、その男が記憶障害になって女のことを忘れてアメリカに渡ったらしい。それでも女はその男のことが忘れられずずっと思ってた。そんな哀しみを抱えた女を傍で支えていたのが専務らしい。それから女はいつの日か恋人が自分のことを思い出して会いに来てくれると思ってたらしいが10年経った今でも思い出してはもらえなかった。それで10年もたったし、その男のことを忘れることにしたのか専務の思いを受け止めることにしたのか。とにかく専務からのプロポーズを受け入れたって話だ」

「そうか。専務の結婚相手は今どき珍しいくらい一途な女だったってことか。だが専務もそれに匹敵するな。だってそうだろ?他の男のことを思う女を10年も支え続けたんだから凄い男だな」

「ああ。あの専務は何を考えているのか分からないタイプだと言われるが、その女に対しては自分の思いを貫き通したってことだな」

「それにしてもまさか花沢物産の専務がうちの社員と結婚するとは思いもしなかった」

「ああ。俺も驚いた。何しろ相手は隣の部署の牧野だぞ。驚くなって方が無理だ」

「え?あの牧野か?あの地味でさえないって言われてる牧野が花沢物産の専務と結婚?!」

司は牧野という名前を訊いて後ろを振り向いた。
それは何故かその名前に聞き覚えがあったからだ。
そして話をしていた男達に訊いた。

「誰が誰と結婚するって?」

話をしていた二人の男は振り向いた男に驚いた。
それは何故その人がここにいるのかという意味でだが、司の凄みが効いた口調に言葉が詰まった。

「ど、道明寺副社長?ど、どうしてここに副社長が?」

司は二人の男達の胸に輝く道明寺の社章に目を落とし、さっき言った事と同じことを訊いた。

「だ、誰と誰って、あの、花沢物産の花沢類さんと、う、うちの会社の牧野つくしさんです」

そのとき司は牧野つくしという名に突然頭の中に10年前のことが甦った。
それは10年前、牧野つくしと船を降りたところで刺され、彼女のことだけを忘れたことを。好きだといった女のことを忘れ、彼女を捨て日本を後にしたことを。
司は、そのことを思い出し悲痛な叫び声を上げ、牧野つくしが類と結婚するということに断末魔の声を上げていた。









「失礼致します。支社長。何があったか存じませんが、そのように叫び声を上げられては困ります。それから『花より団子』をお持ちいたしました。こちらは書店から届けさせましたが37巻もございましてかなりの重さがございます。それにこれだけの本を読むとなればかなりの時間を要します。まさかとは思いますが仕事中に読むということはお控えいただきませんと業務に差し支えます」

司は段ボール箱を抱え、ごちゃごちゃと言う西田には目もくれず執務室を飛び出した。
それはたった今、夢で見たあり得たかもしれない未来を打ち消すことが必要だったからだ。




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