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2019
03.18

理想の恋の見つけ方 97

つくしは酒に弱いことを自覚している。
だがどうしても飲みたい時もある。
それは道明寺司に騙されていたことで傷ついたからなのか。
それとも嘘をつかれていたことに腹が立っているのか。
どちらにしても騙すも嘘をつくも言葉としての意味は同じこと。そして騙され嘘をつかれた自分がバカだとしか言えなかった。

だから昨日はおいしい料理を食べて憂さを晴らしたかった。
そして丁度研究室を訪ねて来た若林和彦と桜子と3人で雑誌に掲載されていたイタリア料理の店へ出かけ、ワイングラスを2杯空にしたところで火照った顔で化粧室に行った。
そこまでは覚えている。だがそこから先の記憶がない。

そして目覚めた部屋の中は明るかった。
だが今の状態がいつもの朝と同じかと言われれば違うと言えた。
それは頭が痛いということと、喉が渇いて仕方がないということだが、その理由は簡単だった。いつもなら1杯がいいところのワインを2杯も飲んだのだから頭が痛くなるのは当然だ。それに喉が渇くのはアルコールのせいだということも分かっている。

そして、てっきりここが自宅だと思っていたが、目覚めたここが自分の部屋ではなく、見覚えのない場所だと気付いたとき、昨日の夜の記憶を取り戻そうとしたが、化粧室に行った先の記憶は戻ってはこなかった。
と、同時に頭の痛みとはまた別の痛みが感じられ、それがアルコールのせいではないと気付くに時間はかからなかった。

「何これ…..」

つくしは両手両足を縛られた状態でベッドに横たわっていた。
その瞬間押し寄せたのは何故自分がこんな目に合っているのかという思い。
その思いがそのまま口をついた。

「ちょっと待って….これ一体どういうこと?」

すると、今が朝だと思っていることが確実だとは思えなくなっていた。
つまり二日酔い状態で両手両足を縛られた状態の女に時間の感覚などなく、ここにこうしているが、ここがどこであるかと同時に今が何時かということが全く分からなかった。
それにこの状況にどんな結論が出せるというのか。出せるとすれば誘拐されたということと、まさか自分がという思いだ。
何しろ牧野つくしは、ただの大学准教授で金持ちでもなければ盗み取られるような高度な科学的な研究をしているのではない。生理学や医学分野でノーベル賞を取るような研究をしているのではない。専門は海洋生物学で研究テーマは深海ザメの生態学的研究であり、世界的に注目される分野ではない。研究費に事欠くただの准教授で誘拐したところで何の利益にもならないはずだ。
だからどうして自分がこんな目に合うのかが分からなかった。

その時だった。
部屋の扉が開き、ひとりの女性が入って来た。






***







「それで?」

『はい。30分の間に店の裏の道を走った車は多くはありません。それから他の店の防犯カメラの中にあの道を通過した車のナンバーを映しているものがあります。今その画像を分析して所有者を調べていますが時間がかかります』

「どれくらいかかる?」

『1時間もあれば可能かと』

「急げ。時間は一分一秒でも早い方がいい」

『それから川上真理子ですが、今日は店には出ていません。それに店に届けている自宅となっている場所はデタラメです。そこに住んでいる形跡はありません』

司は車内でかかって来た電話に出ると報告を受けていた。
川上真理子が牧野つくしを誘拐した。そのことは疑念であり確固たる証拠はない。
だがビジネスの世界で培われた直感というものは、あなどれない。
だからその直感を信じて行動していたが、早急に手を打つ必要がある。もし。いや。犯人が川上真理子なら悪知恵を働かせたということだが、狡猾な女狐は司に向けられるはずの敵意を牧野つくしに向けた。それはいみじくも牧野つくしが司の急所であることを知っていたと言ってもいい。

『それから客の方ですが、足しげく通っている男がいます。石田という名で地方の建設会社の跡取りです』

車内は運転手の他に警護の人間が二人乗っているが、無駄口を叩く者はいない。
そしてそこに緊張感が感じられるのは、司が怒りの感情を抱いているからだ。

『その石田という男ですが、今日は地元にいません。会社には出てなかったようです』

「つまりその男は_」

『東京にいる可能性が高いと思われます』

「川上真理子と一緒だと?」

『はい。恐らくそうだと思われます。これから写真を転送しますが、1ヶ月前に銀座のクラブで撮られた写真です。川上真理子の隣にいる男がそうです』

司はタブレット端末に送られてきた写真を見た。
そこに写っているのは一見して気の弱そうな男。女の言うことならどんな命令でも訊くといったタイプだ。
つまりあきらが言っていた言葉に訛りのある男とは、この男のことだと確信した。

「川上真理子の所在もだが、この男の居場所を突き止めろ」



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2019
03.17

理想の恋の見つけ方 96

「副社長。ここのレストランは化粧室の向こうに裏口があります。普段そこは施錠されていて従業員以外の出入りはありませんが、内側からは誰でも開けることが出来ます」

裏口の向こうは一方通行で車1台が通れる道。
華やかだと言われる六本木の裏通りは意外にも静かだった。
化粧室に行くと言った女は、荷物を残した状態で姿を消した。
だがそれは自らの意志で消えたのではない。

「裏口の防犯カメラを確認しましたが、男性がひとりと女性が二人出ていく様子が確認出来ました。ただ、中央にいる女性は足元がふらついているのか、両脇を男性と女性が抱えるようにしています。その様子からその女性は意識が朦朧としていると思われます」

東京タワーを頭上に仰ぐ六本木は、どこへ行くにも交通の便がいい。
交差点は五つの方向に別れ車の流れを止めることはない。
そしてここは夜になれば様々な人種と幅広い年齢の人間が集まってくる場所だ。そんな場所で悪酔いした女が友人に支えられて歩いている姿はよくある光景だ。そして女はどこかで車に乗せられたはずだがタクシーではない。それは防犯上の理由から車内の様子が録画されていることがあるからだ。

「この30分の間にこの界隈を通行した車を調べろ。ここは一方通行だ。防犯カメラの角度によってはナンバーも分かるはずだ。それから川上真理子の所在を調べろ。目撃者を見つけろ。どんなことでもいい。女が二人と男がひとりだが女は変装している可能性もある」

司が指示を出すと男たちは、すぐに行動に移した。

「まさか…..牧野先輩が連れ去られたってことですか?でもどうして?」

桜子が女性のボディーガードと飛び込んだ女性用化粧室には誰もいなかった。

「川上真理子だ。あの女が牧野つくしを連れ去ったはずだ」

「道明寺副社長。川上真理子って誰ですか?」

和彦はそう訊いたが、「川上真理子は高森真理子だ。高森開発の社長だった高森隆三の妻だった女だ」と訊かされピンと来たようだが「でもどうして牧野さんが?」と言った。

「理由か?それは俺が高森開発を潰したと恨んでいるからだ」

「でもあの会社は現職の大臣に借用書無しで4億の金を貸した。それが法に触れたのは勿論ですが、そのことをきっかけに色々なことが明るみになりました。その中には粉飾決算の話もありました。だからあの会社が潰れたのは決して道明寺副社長のせいではないはずです。それに高森真理子が気に入った男性社員を自分専用の運転手にしていたという話もありました。不正経理と多くのスキャンダルがあの会社をダメにしたことは誰もが知ることです。だからどうして高森真理子が牧野さんを連れ去る必要が__。そうか….。道明寺副社長は高森隆三の誕生パーティーの時、牧野さんを同伴されていましたが、高森真理子は牧野さんが道明寺副社長の恋人だと思っている。そういうことですね?」

和彦がかつて家庭教師をしていたつくしと再会したのは、高森邸で行われたパーティーだったが、あの時のつくしは司の同伴者だった。

「そうだ。あの時、牧野つくしをパートナーとして同行した。その時あの女は勝手に勘違いしたんだろうが、ま、俺としては、女除けのために同行したことは間違いない」

あの頃の司は、間違い電話から始まった関係を利用して牧野つくしの本性を暴こうとしていた。それはどんな女も裏表がある。女は平気で嘘をつく生き物だということを暴こうとしていた。
そんな状況のなか、司は高森開発が持つ駅前の土地を手に入れる為に招待されていた隆三の誕生パーティーへ出向き真理子に会った。
そしてその後。社長の高森隆三に会う為に訪れた会社で待っていたのは真理子で、馴れ馴れしく司の隣に座り身体を寄せ、あの土地は売るつもりはない。あの土地の開発がしたいなら自分の所と組めと言って来た。だから高森開発と現職の大臣との関係もだが、真理子が自分達夫婦の性癖のため社員に手を出していること。そして監査法人を巻き込んだ大掛かりな経理操作がされていることを知っていると告げた。

「待って下さい。じゃあ先輩は道明寺副社長に対して恨みを持つ高森真理子って人に誘拐されたってことですか?それって先輩は何の関係もありませんよね?」

「そうだ。牧野つくしは全く関係ない」

嫉妬や羨望といった感情は人間誰しもが一度は持つ感情だが、恨みは自分が不幸になったことに対しての感情であり悪意に満ちている。
そしてそれが向けられた人間はそのことに気付かないことが殆どだ。

「信じられない…..。先輩はあなたに心が傷つけられたばかりなのに、また傷付くってことですか。それも今度は心だけじゃなくて身体に危害が加えられる可能性があるってことですよね?」

「ああ。図書館で書庫に閉じ込められことも、あの女が関係しているはずだ。あの女は俺に会社を潰され贅沢な暮らしを奪われたと思っている。それに自分に靡かない男はいないと思うような女だ。そんなプライドの高い女のプライドを踏みつけた男に対する恨みから誰かを使って俺の代わりに牧野つくしを傷つけようとしているはずだ。だが心配するな。絶対にそんなことはさせない」

司はきわめて現実的な性格だ。
感情に左右されないことが自慢とも言えた。
だが今のこの状況は彼の感情を激しく揺さぶった。

司は携帯電話を取り出すと電話をかけた。

「あきらか?俺だ。お前が川上真理子を見たバーはどこだ?___そうか。それから一緒にいた相手の男は訛りがあったそうだな?___わかった。___悪いが今忙しい。全てが終ったらまた電話する」

そして電話を切ると裏口から外へ出たところに止まっていた車に乗った。



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2019
03.16

理想の恋の見つけ方 95

「それにしても牧野さん遅いですね?三条さん女性用の化粧室ってこんなに混んでるものなんですか?」

和彦の言葉に時計を見た桜子は確かに時間がかかり過ぎると感じていた。

「そう言えば遅いわね......。かなり早いペースで飲んでたから、もしかして飲みすぎて気分でも悪くなったのかしら。ちょっと様子を見て来るわ」と言って席を立ったが、司はそんな桜子に言った。

「手洗いに行ったのは何分前だ?」

「え?何分前って道明寺副社長がいらっしゃる前ですけど?」

司が桜子と和彦のいるテーブルで話し始めてから少なくとも10分は経っていた。
女は男と違い化粧室で長い時間を過ごすことが多い。それは司も経験上知っている。だが10分以上その場所に留まるならそれなりの理由がある。そのひとつは酒を飲みすぎたことで気分が悪くなるということ。だが司のアンテナに引っ掛かったのは、理恵という名で銀座のクラブでホステスをしている高森開発の社長だった男の妻、いや今は離婚して名前が変わった川上真理子のこと。
そして司の勘というのは外れたことがなかった。

「おい。この店の中で派手な女を見なかったか?年は牧野つくしと同じだが年上に見える。つんとすました鼻っ柱の強い女で見るからに気が強そうな女だ」

派手な服装で派手な匂いをまき散らす女は、夫がいながら司に色目を使い傍に近づいて来ただけで気分が悪くなった。

「いいえ。そんな女性は見ませんでしたけど」

桜子がすかさず返事をしたのは、自身も気が強いと言われていることから、同じタイプの女性には敏感だからだ。だがそんな女をこの店では見かけなかった。

「ここの化粧室はどこだ?」

「え?私もここに来たのは初めてで_」

この店に行きたいと言って雑誌の切り抜きを出したのはつくしで、桜子はこの店がイタリアンという以外何も知らなかった。

「道明寺副社長。僕は以前このレストランが別の店だった頃に来たことがあります。化粧室は向うです」

和彦はビルの1階にあるこの場所には、以前同じ洋風の造りだがフランス料理の店があり来たことがあると言い、化粧室はかなり奥まった所にあると言った。

「どうしたんですか?道明寺副社長?」

司は三条桜子にそう言われたが、答えることなく化粧室に向かって駆け出していた。
この時、他のテーブルにいた男女が席を立ち同じように化粧室に向かったが、それは司が牧野つくしに付けたボディーガードだ。そして他にも入口にいた数名の男が同じように店の奥に向かったのを見ると、桜子と和彦は互いに目で何かを確かめると彼らの後に続いた。







***







「理恵ちゃん。その人をどうするつもり?」

「どうする?」

「そうだよ。理恵ちゃんの知り合いだって言うし、気分が悪そうだから送って行くって言ったけど本当に知り合いだよね?」

石田は後部座席に理恵と眠る女性を乗せた車を運転していたが、バックミラーで理恵と目を合わせると訊いた。

「勿論よ。彼女の名前は牧野つくし。年は私と同じ年よ。それに住まいも知ってるわ」

「そうか。それならいいんだ。いや、別に変な意味で訊いたんじゃないんだ。ただ、その….なんとなくそう思っただけだから」

「石田さん。私と牧野つくしは本当に知り合いよ。ただ最近はご無沙汰しているだけなの。だから石田さんが何を心配しているのか知らないけど大丈夫よ」

理恵こと真理子はハンドルを握る石田にそう言うと、ニッコリと笑顔を浮かべたが、その言葉は嘘だ。
真理子は転んでもただでは起きない精神の持ち主だ。道明寺司によって奪われた生活や財産を取り戻すことが出来ないなら、あの男が大切にしているものを壊せばいい。
そのためには、美しいと言われた顔を効果的に使い、真理子の為に足しげく店に通う石田の手を借りることにした。

そして真理子は臆病ではない。だが石田は決して気が強いとは言えず、どちらかと言えばお人好しだ。
だから危険な流れになれば逃げだす恐れがあったが、真理子にとって石田は使いやすい都合のいい男だ。

「ねえ石田さん。もう少し急いで欲しいの」

と後部座席から耳元に口を近づけ言った真理子の声に、石田は隣の車線を走る空車のタクシーを追い越していた。




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2019
03.15

理想の恋の見つけ方 94

「三条さん。牧野さんは道明寺副社長と何かあったんですか?」

和彦は桜子がはっきりとは口にしなかったが、何かあったのだと感じていた。
だから改めてその思いを口にしたが、束の間の沈黙の後、返されたのは、
「男って口では良い事ばかり言っても結局本心は何を考えてるのか分からないわ」だった。

それから桜子は赤ワインの入ったグラスを口に運んだが、戸惑っている若林和彦に、
「先輩はね、薄情者に傷つけられたことがあったの。だから男性とは常に一定の距離をおいてきたの。それをあの人が….うんうん。道明寺副社長じゃないわ。道明寺副社長だけど道明寺副社長じゃない人に傷つけられたの」と言葉を継いだ。

「それって一体どういう意味ですか?」

桜子の口調から、和彦は桜子が道明寺司に対し腹を立てていることは分かるのだが、その具体的な理由は分からなかった。だから訊いたが、「そうね。詳しくは言えないけど、とにかく道明寺副社長は非難されるだけのことをしたってことなのよ」と答えた。
そして、店の入口がざわついているのに気付いた和彦がそちらに視線を向けると、黒い服を着た支配人らしき男性が慌てて走っていく様子を見たが、それから少しして入口から姿を現した人物にハッとした。

「あの、三条さん」

「何?」

桜子はグラスを手にしたまま和彦を見たが、すぐに和彦の視線が向けられている方へと顔を向けると、視線の先にいる人物がこちらへ向かって来ることに気付いた。
すると、それまでとは全く違う真剣な顔になり、やがて近づいて来た人物がテーブルの傍で立ち止まると対峙するように数秒間無言の視線をぶつけ合ったが、どちらも視線を逸らさなかった。そしてその人物の堂々とした姿は、恋愛という勝負に勝つ意欲がある男の姿で、ビジネスに対しても新たな勝負を挑むことが日常の男ならではの態度があった。










「ここに牧野つくしがいるはずだが?」

「あら道明寺副社長。偶然ですね?こちらでお食事ですか?でもここは道明寺副社長がお見えになるには庶民的だと思いますけど?それともたまにはこういった一般的なお店で食事をするのも悪くはないということでしょうか?」

司は牧野つくしが三条桜子と若林和彦と六本木のレストランへ向かい、そこで食事をしていると連絡を受けた。そして桜子と和彦を見つけると彼らのテーブルへ向かい桜子に声をかけた。
だがその三条桜子の口調は冷たく、取り方によっては邪慳とも言えたが、それは予期していたことだった。
だが同じテーブルにいる若林和彦が司の姿に、ほとんどそれとはわからぬほどだったが、微かに挨拶ともいえる態度を取った。
司は、それを受けると桜子に視線を戻した。

「いや。食事をしに来たんじゃない。牧野つくしに会いに来た」

司にとって牧野つくしの友人でもあり教授秘書の女は味方にもなれば敵にもなる。
そして味方につければ助けになることは間違いなく、一時は味方になった。
だが今の三条桜子にとって司は敵であり、彼を見る目は牧野つくしが司を関わろうとしないことを望んでいると言ってはいるが、司は牧野つくしに会わなければならなかった。
それに司がここに来た理由など分かっているはずだが、それでも敢えて訊いてくるのは、無視をされるよりもマシだったが、秘書の女はそれを考えるふうもなく司に向かって言った。

「道明寺副社長は牧野先輩の行動は把握していらっしゃるということでしょうけど、先輩にどういったご用ですか?」

「用か?三条さん。あんたの顔は言わなくても分かってるって顔だが?」

桜子という名と、その人格がまるで合っていないほど気が強い女の司に向けられる態度は敵愾心の表れ。そしてそれは、本人の口から語られた過去に起きた事故に対する贖罪の気持ちがそうさせていると分かってはいるが、三条桜子という女は司の前では雛を守る親鳥のごとく厳しかった。

「ええ。勿論です。私は以前言いましたよね?道明寺副社長は女性にとって男性には見られたくないものを見られた女性にどう言葉をかけるおつもりですかと。でもあなたはそれ以前の許せない行動を取りましたね?私は先輩が人を見る目がないとは思いません。でも見抜ける目がなかったと言えばいいのか……。でも仕方がありませんよね?だって相手はあなたなんですから。道明寺副社長。あなたのようにビジネスに秀でた男性ならただ一方的に好意を抱くようになった女性を騙そうと思えば簡単に騙すことが出来るはずですものね?それに私が知る先輩は人を信じやすい、猜疑心がなさすぎなことが唯一の欠点とも言えるんですから」

猜疑心がなさすぎる。
それは司も思ったことだが、逆に無防備だからこそ、そんな女に惹かれた。

「ああ。牧野つくしは電話の相手が俺だったことにショックを受けた。いや、衝撃を受けた。だから彼女から受けた平手打ちは当然のことだと思ってる。それによくもぬけぬけと会いに来ることが出来たと言われれば、その通りだと答えるしかない」

「そうですか。自覚してらっしゃるなら、この言葉を加えてもいいですよね?恥じ知らずという言葉も」

「あんた。手厳しいな」

辛辣とも言える言葉は、やはり冷めた口調で司の不実を暴いたように聞こえるが、牧野つくしに嘘をついていたのは事実なのだから言われた言葉を受け止めるしかなかった。
だがだから司は牧野つくしに会って今の自分の気持ちを伝えようとしていた。

「でもそうじゃないですか?道明寺副社長。あなたは嘘をついて牧野つくしと電話で親しくなった。私は先輩の過去についてお話ししましたよね?そしてあの時は、さも分かったような態度を取られましたけど、あの態度は見せかけだったということですか?心に傷がある女をからかいたかったということですか?牧野つくしという女性は決してひと前にしゃしゃり出ることはしません。それにつくしという名前から雑草のようだと思われるかもしれませんが、秘すれば花というタイプです。だかから、電話の男性に会うことを楽しみにしていたはずです。先輩にとってはとても勇気がいることだったはずです。それなのに道明寺副社長あなたは…..」

桜子は、そこまで言って重々しい息をついた。
それは目の前の男を公然と侮辱していても、その男はそれを当然だと受け止めているからだが、それでも言いたいことは言わせてもらうと言葉を継いだ。

「それにあなたのような男性の前には無限に女性が現れるはずです。あなたは女性に拒否されるような男性じゃありません。だから何も牧野つくしに固執する必要はないんじゃないですか?」

司の前に無限に現れる女たち。
彼が望めば毎晩女を変えることも出来る。だがそれは肉体という表面的レベルだけの話であり、それも相手の方から近づいてくることから関係を持ったに過ぎず、人として相手の女を好きになるというのではない。それに女に感情を上下させられたことはない。だが牧野つくしは違った。
そして、牧野つくしが電話の男に会おうと決めた理由が、容姿など気にしない自分に興味を持った男だから。つまり二人とも本当の自分を受け入れてもらえる人を探しているということだ。だからこそ司は彼女に会って自分が杉村と名乗り夜の電話の男を演じていたのかを話したかった。

「三条さん。俺が牧野つくしに惚れたのは嘘じゃない。彼女が意志の強い女だってことはこの前の平手打ちで充分理解した。今までは女という生き物の存在に重きを置いたことはない。だが牧野つくしは違う。だから彼女に謝りたい。あの凛とした黒い瞳が真面目にサメのことを話す姿が愛おしいと思えるのは可笑しいか?」

司の言葉に桜子は答えなかった。
だがその代わり口を挟んだのは若林和彦だ。

「…….あの。道明寺副社長。可笑しくなないですよ。と、いうよりも重症です」

「重症?」

「ええ。恋をするということはそういうことじゃないですか?僕は男ですからあなたの言いたいことは少なくとも理解出来ます。ああ、それから誤解がないようにお伝えしておきますが、僕は牧野さんにフラれました。でも好きな人の瞳がキラキラ輝く様子は見ていて楽しいですし嬉しいです。生きていく上での喜怒哀楽はあって当然ですがでも嘘はダメです。
それに嘘が楽しめるのは映画や小説の中だからで、実生活の上での嘘は楽しいものではないはずです。僕は道明寺副社長がどんな嘘をついたのか詳しくは知りません。でも意図的にしろ、そうでないにしろついた嘘はいずれバレます。それに人は嘘をついたまま生きることは出来ない。苦しいと思うから嘘をついたことを詫びるんです」

若林和彦は司より7歳年下だが、年の割りには真っ当なことを言っていると司は思った。
そして継いだ言葉は、意外にも司を擁護する言葉だった。

「三条さん。道明寺副社長がここまでおっしゃるのは、自分がついた嘘に対して後悔してるってことじゃないですか?そうじゃなければここまでおっしゃらないでしょう」

それにしても何故若林和彦は司を擁護するのか。
そしてその思いは三条桜子も同じだった。

「若林さん。あなたはどっちの味方なの?あなたは男性だから道明寺副社長の気持ちが分かるなんて言わないで欲しいんだけど。私は牧野先輩が傷ついて欲しくなかったの。だからこの人に_」

「三条さん。男がどういう生き物か知ってますか?一度こうだと決めたことを迷ってはダメなんです。それはビジネスを進めていく上でも人生にも言えることなんですが相手が人間となると見誤ることもあります。僕は牧野さんが初恋の人で再会してから直ぐに思いを伝えました。でも牧野さんが僕を見る目は、あくまでも教え子なんです。中学生の頃の僕を見ている。そう感じました。カフェテリアに道明寺副社長が現れたとき、その姿は傲慢でしたが男としては堂々としていました。その時僕はああ、この人には勝てないと思ったんです。それに言葉では言えない何かがあるんです。人にはそれぞれ生まれ持ったものがあります。それは目に見えないものです。つまりそれは能力と運というものですが、そのどちらも持っている人間がいるとすれば、それは道明寺副社長です」


和彦は、そこで一端話を区切り苦笑した。

「どうして僕がここまで言うのかですか?だって初恋の人には幸せになって欲しいじゃないですか。それに道明寺司と同じ女性を好きになって取り合ったとなれば凄いことです。それにどんな男性でも真心を込めて話をすれば、どんなに酷い嘘をついていたとしても、牧野さんなら分ってくれると思います。彼女はそういう人間ですから」



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2019
03.11

金持ちの御曹司~両手に幸せを~<後編>

眉間の皺が二枚目の顔を壊すと言われたことがあるが、今の司は眉間に皺が寄ろうと、こめかみに青筋が浮かぼうと関係なかった。
愛しい人が泣いていた。
その言葉に海外事業本部で何かあったのではないか。
それが気になった司は、どうにかして最愛の人の傍に行きたかった。
だから考えた。どうすれば彼女の傍へ行くことが出来るか。
そしてひらめいたのは変装すること。
だが何に変装すればいい?
癖のある髪をストレートにし、西田から銀縁メガネを借りて口ひげでも付けるか?
アラブの民族衣装を着てアラビア半島出身のビジネスマンになるか?
それとも最近東京拘置所を出たカリスマ経営者のように青い帽子を目深に被り反射材付きの作業着を着てマスクに眼鏡ならどうだ?
いや。ダメだ。ダメだ。そんなことでは簡単にバレる。
何しろ司は誰かと間違えることがないほど唯一無二の存在であり、どんなに変装したところで、その類まれな存在とオーラを消すことは無理だと言われているからだ。
それならどうすれば怪しまれることなく彼女の元に近づける?
そして考え付いたのが着ぐるみを着ること。そして社内にあったのはピンクのウサギ。
願わくばトラやオオカミの着ぐるみを希望したいところだが、この際そんなことは言ってはいられなかった。

「ねえ。ウサギさん。もしかして、あなた去年広報に入った高橋君じゃない?ね?そうでしょ?それにしても高橋君も一番若いからってまさか着ぐるみを着せられて社内を歩くことになるとは思いもしなかったわよね?」

広報の高橋。
誰だ?そいつは?
牧野はその男と親しいのか?
もしかしてこの着ぐるみはその男が着ていたのか?

まあいい。
それよりもどうして牧野が泣いていたのかを確かめる必要がある。
牧野。何があった?どうしてトイレで泣いていた?
牧野。お前のその黒い瞳から涙が零れ落ちることほど辛いことはない。
牧野。だからブラックな上司に何かされたなら俺がそいつを極寒の地に飛ばしてやるから安心しろ。


「それにしても、あとは宜しくって言われてもねぇ....。じゃあ私の傍で仕事を見ていてくれる?でもあなたがその格好で椅子に座ってるのも不思議だけど、あなたのその姿でしてもらえる仕事はないから、見ていてもらうしかないのが現状なの」

と言って司の愛しい人は誰もいない会議室に入り、「これはね。インドネシアのガス開発に関する資料なの。うちの会社は今でこそ石油やガス事業にも積極的だけど、昔はそうじゃなかったの。それから石油と言えば中東ばかりに目が行くけどインドネシアの海底油田採掘事業は欧米だけじゃなくて中国の企業も力を入れてるの。だから日本も負けるわけにはいかないのよ」

牧野はそう言って手を動かしながらウサギに話をしていたが、司はつくしが仕事をする様子を初めて見た。
いや。厳密に言えば、こんなにも間近で彼女が仕事をしている様子を見るのは初めてだった。
そして話す内容は、相手が広報の高橋と思っていることから、その男にも理解できるように話をしていた。

「広報と海外事業本部じゃ仕事の内容が全然違うと思うけど、高橋君がこうして私の仕事を知るのも勉強になるかもしれないわね」

と言いながら下を向いた女は資料を整えていた。
牧野つくしが真面目な社員であることは間違いない。それは誰もが認めることだが、良い仕事をするということは、表面には見えないところでも努力しているということ。仕事というのは見えないところでの下準備が大切なことが多いが、牧野はそういったことをコツコツと仕上げていくことが出来る。実際目の前で資料を整えている姿は、例え傍にウサギの着ぐるみがいても気にしてはいなかった。

そして司は、そんな様子のつくしを見ながら考える。
何故自分がウサギの着ぐるみを着てまで彼女の傍に行きたいと考えたかを。
それは牧野がトイレで泣いていたという女子社員の話を訊いたからだ。だから何故彼女が泣いていたのかを調べなければならなかった。

だかその時だった。下を向いていた牧野が、「はぁ〜」と辛そうに息を吐いた。
そして鼻をすすり顔を上向けると、やはり辛そうに目を閉じたが、その時、目尻からすぅーっと一筋の涙が流れたのが見て取れた。

牧野が泣いている。
それも仕事をしながら涙を流すとは、よほど何があったということになる。
司は慌てた。いや。司ではない着ぐるみのウサギは慌てた。
そして立ち上がり正面に座る彼女の傍に行こうとした。だがそこで顔をウサギに向けた女は、ひと言言った。

「ゴメンね。私今年から花粉症になったみたいの。おかげで鼻水が出るし涙も出るの。辛いわね、花粉症って」







花粉症を乗り切る方法としてベストなのは、花粉を身体に付けないこと。
服装はツルリとしていて花粉が落ちやすい素材を身に付ける。
ナイロン仕様の帽子を被り、メガネをかけ、マスクをすること。
その姿はまさに、先日東京拘置所を出たカリスマ経営者と言われた男の服装。それが花粉を寄せ付けないベストな服装。つまりあの時の男の服装は変装ではなく、花粉症だから、この季節に適した服装だったのだと納得した。

そして司は、そこでウサギの頭を脱ぎ捨てた。

「ど、道明寺?!あんた何やってんのよ?!」

司を見る牧野つくしの顔に浮かぶのは驚きと同時に呆れた表情。

「何やってるって、お前が泣いてるって訊いたから心配した」

「心配したって....だからって何であんたがウサギの着ぐるみを着てここにいるのよ?」

「何でって用もないのにお前の所に来るなって言うから変装した。これなら俺だって分かんねぇだろ?」

「そ、それは確かに分からないけど、だからって何でウサギの着ぐるみなのよ?」

「何でウサギか?それは西田が用意してくれたのがこのウサギだから仕方がねぇだろうが」

秘書の西田は司がつくしの事を考え始めると仕事が手につかなくなることを知っている。
そこで、つくしの傍に行きたいと言う男の為に用意したのがウサギの着ぐるみ。
これなら中に誰が入っているのか分からないと言った西田の言葉に納得した司はウサギを着たが、秘書はどこか楽しんでいるところがあった。
それはウサギの着ぐるみを着た男を見たかったということだが、それでも司は、つくしの傍に行けるならどんな格好だろうが構わなかった。
そしてつくしが泣いていた理由が花粉症になったからということに安心して近づこうとしたが、そこで止められた。

「待って道明寺。そのウサギ広報の高橋君が入ってると思ってたから言わなかったけど、ちゃんと手入れされてたの?毛むくじゃらの着ぐるみって埃っぽいし花粉が沢山付いてるような気がするの。だからなんだか鼻がムズムズするのよ。だからそれ以上近づかないで」

司はつくしの傍に行きたかったからウサギの着ぐるみを着た。
それなのに、近づかないでと言われショックを受けた。
だがここまで来て好きな女の傍に寄れないことほど歯がゆいことはない。だから近づくなと言われたが、それならこれはどうだと着ぐるみを脱ごうとした。
だが着ぐるみは一人では脱げなかった。背中にあるファスナーに手が届かず脱ぐことは出来なかった。

「牧野。背中のファスナーを下げてくれ」

「嫌よ。会議室でウサギを脱いでどうするつもりなのよ?それにその着ぐるみの中はちゃんと着てるの?」

着ぐるみの中の腕や足は素肌が直に着ぐるみに触れてはいるが、Tシャツと短パンを着ていた。
だから、その姿でつくしを抱きしめたかった。

「ねえ道明寺。私が泣いていたのは花粉症で道明寺が心配するようなことはないから。それにここでウサギを脱ぐ必要はないでしょ?だから頭を被って執務室に戻ってよ!」

「けど俺はお前が泣いてるって訊いたから心配してお前に会いに来たんだ!彼女が泣いてたら心配するのが彼氏だろうが!」

だから司はウサギの着ぐるみを着たまま、つくしを抱きしめた。

「牧野。俺はお前が心配なんだ。この俺をここまで心配症にさせるのはお前だけだ」

そこは会社の会議室。
ウサギの司は、つくしを抱き上げ会議室のテーブルの上に押し倒し熱いキスをした。
そして次第に激しい欲望が沸き上がり、つくしのブラウスを引き裂いていた。
今の司は、ここが会議室で自分がこの会社の支社長であることは頭の片隅にもなく、ただつくしが欲しい。それだけの思いでスカートをたくし上げ下着をむしり取った。

「牧野....好きだ。俺はお前のことが好きだ。好きで好きで気が狂いそうになることがある」

と言った男はつくしの身体の上にのしかかった。
だかその瞬間会議室の扉が開き、誰が大声で叫んだ。

「きゃーっ!大変よ!牧野さんがウサギに襲われてるわ!誰か警察を呼んで!」

すると警察が踏み込んできて、司は両腕を掴まれつくしから引き離された。

「おい何をする!離せ!俺はこの女の恋人だ!それにこの会社の支社長だぞ!そんな俺が恋人とイチャついて何が悪い!おいこら手を離せ!離さねぇとブッ殺すぞ!」











そこで司は目が覚めた。
するとそこにいたのは、秘書の西田と牧野つくし。

「支社長。大丈夫ですか?」

「道明寺。大丈夫?」

見える景色は執務室の天井。
そして司はソファの上で横になっていた。

「ああ。なんかすげぇおかしな夢を見た」

「そうですか。それにしても毎年この季節になると、お疲れがたまると言いますか。激務になりますので睡眠時間も充分ではないと思いますが、それでもきちんと体調管理はして頂きませんと」

「西田さんごめんなさい。私が悪いんです。日曜日ゆっくり休めばって言ったんですが、どうしても出掛けるって」


年度末の3月は忙しい。だが司は、つくしが友人の結婚式の二次会に行くと言うので、自分もパートナーとして行くと言った。
それは光に対して風があるように、神に対して悪魔がいるように、牧野つくしの傍にはいつも道明寺司がいるということを世界に向かって叫びたかったから。
それに結婚式の二次会というものは、相手のいない男女の婚活の場だと訊いていたから、つくしをひとりで行かせることは出来ないと思った。だから司はパートナーとして同行した。
そして幸せな友人の様子を見ることで二人の未来もこうだということを言いたかった。
だから二次会が終わった後、花嫁が持っていた両手いっぱいの花束と同じだけの花を彼女に捧げ心を込めてこう言った。

「俺ほどの男は世界中のどこを探してもいないはずだ。俺ほどお前を愛している男はな」





司は時々突拍子もない夢を見ることがある。
それは牧野つくしについて。
つまりそれは心の中にある彼女の存在がいかに大きいかということを示していた。

人は心に支えがあれば生きていける。だがその支えがなければ悲しいくらい簡単に自分が自分ではいられなくなってしまう。司は一度それを経験したが、それは彼女のことを忘れた時のこと。
そして牧野つくしを知る前の司は、中身が空っぽと言っていいほど人に対しての興味がない人間だった。だが今は違う。彼女を知り愛し合うようになり人を知った。
そして司は二度と昔の自分に戻りたいとは思わなかった。
そんな思いで両手を彼女に向かって伸ばした。
両手で掴むことが出来る幸せは、その手のぬくもりと温かい笑顔。
理屈抜きで言ってもらえる好きという言葉。
牧野つくしが、牧野つくしらしくいることが司の幸せ。

「どうしたの?道明寺?私はここにいるから大丈夫よ」

そして今の司は両手に有り余るほどの幸せを手にしていた。




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2019
03.10

金持ちの御曹司~両手に幸せを~<前編>

「ねえ。さっきトイレで見たんだけどね?」

「え?なに?なに?何を見たの?」

「それがさぁ……さっきトイレに入ったら牧野さんが泣いてたのよ!だからびっくりしちゃって….」

「え?牧野さんがトイレで泣いてた?何それ一体どういうこと?何かあったの?」

「知らないわよぉ。でも明らかに泣いた後で眼も鼻も赤かったの。でも彼女はそれを必死に隠そうとしてたけど、あれは絶対に泣いた後だったわ!うん。断言できるわ!」

「でもさぁあの牧野さんがトイレで泣くなんてよっぽどの何かがあったってことよね?…..もしかして部長に何か言われたとか?」

「まさか!あの牧田部長が牧野さんを泣かすようなことを言うと思う?部長って髪の毛は薄いけど女子社員を泣かすような物の言い方はしない人よ?」

「そうよね…....髪の毛薄いけど牧田又蔵部長は女の子には優しいものね。だとしたら誰よ?誰が牧野さんを泣かせたのよ?」

「うん….それが思いつかないのよね。だって海外事業本部ってさ、チームワーク重視よ?だからもし誰かがミスしても酷く叱るってことはないのよ。それよりもどうしてミスをしたかの根本を解決し問題をクリアにしていく。そんな体質の部署だからあの中の誰かに何かを言われたから泣いていたとは考えにくいのよ」

「ふ~ん。海外事業本部ってそうなんだ」

「そうよ。だってあの事業部は支社長の眼が光ってるって噂があるの。だからパワハラとかセクハラとか絶対に許されない部署よ?だからこそ牧野さんがトイレで泣いていたってことは何かあったんじゃないかって思うのが当たり前でしょ?」

「そうよね…..会社のトイレで女子社員が泣く理由は仕事以外ないわよね…..」









司は決して暇を持て余しているのではない。
だが何故か足は牧野つくしが仕事をするフロアへ向いていた。そして何気なくエレベーターを降り、何の気なしに廊下を歩いていたが、曲がり角に差し掛かった時、飲料の自動販売機が設置された休憩室から聴こえた「牧野」と言う名前に足が止まった。そして中で談笑する女達の話題が人気アイドルグループの活動中止前のコンサートがどうのこうのと別のものに変わるまでそこにいた。


道明寺ホールディングス株式会社日本支社。支社長道明寺司。
人生に恋は必要ない。恋ほど男がバカになるものはない。女は醜い生き物と言っていた男がひとりの女性と恋におちたのは高校生の頃。
そしてそれ以来ずっとその女性のことを愛していて、彼女が悲しむ顔など見たくなかった。
だから牧野がトイレで泣いていたという話に胸が張り裂けそうになり、我が事以上に哀しみが溢れた。


「….牧野が泣いていた」

最愛の人が会社のトイレで泣く。
司に対してはS体質ではないかという女だが心の奥には少女がいる。
だからそんな女が会社で泣くということは、紛れもなく社内で何かがあったということ。
だがその何かは、女性社員たちの会話でも分からなかった。だから司は真相を確かめるべく、その足で海外事業本部へ向かおうとした。

「牧野…何があったんだ?」

だがそこでいつも彼女から言われていることを思い出した。

『道明寺。会社で二人の関係は絶対に秘密だからね?だから用もないのに私の部署に来ないでくれる?』

司は道明寺財閥の後継者で、道明寺ホールディングスの次期社長で、イケメンで金持ちで独身で背が185センチある。
そんな男は今すぐ彼女の傍に行きたい。這いつくばってでも行きたい。五体投地しても行きたいのに、その人から言われた用もないのに私の部署に来ないでくれる?が呪文の様に彼の足を廊下に引き留めた。

「牧野。俺は一体どうすればいいんだ?」

司は悩んだ。
彼女との約束は出来る限り守りたい。
それに男として一度決めた約束をそう簡単に破る訳にはいかなかった。
だが最愛の人がトイレで泣いていたということに心のざわめきが止められなかった。
つまり、こんな状況で仕事なんぞ手につくはずがない。

















「部長。何ですかその….ウサギは?」

「いや。私もよく分からんのだが、さっきいきなり広報室からこのウサギをそちらの事業部に預けますのでよろしくと言われたんだが、どうしたらいいものか困ってるんだよ」

「どうしたらって部長、ウサギの着ぐるみですよ?どうしてうちの事業部にウサギの着ぐるみが預けられるんですか?」

海外事業部長に呼ばれたつくしが応接室で見たピンク色のウサギの着ぐるみは、大きな耳がピンと伸びた状態で部長の隣でじっとしていた。

「いやそれが広報部長もはっきり言わんのだよ。とにかくこのウサギの着ぐるみをそちらに預けますからよろしくとしか言わないんだ。だが確かこのウサギは何年か前の社員の健康増進キャンペーンの時のマスコットとして使われていたような気がするんだよ。うちは社員の健康管理には気を使っている。健康寿命を延ばそう。適度な運動。適切な食生活。禁煙。生活習慣病の予防をすることが社員の健康に繋がると私も会社のサポートのおかげでなんとか禁煙に成功したんだが……。まあとにかくこのウサギを眠らせておくのは勿体ない。海外事業部に預けるからそちらで何か使い道を考えてくれってことだ」

「は、はぁ……」

「そこでだ牧野くん。このウサギの世話は君にお願いしたい」

「はぁ?」

「いや、だから君がこのウサギの面倒を見てくれないか?」

「面倒を見るって…..部長。ウサギと言っても本物じゃないんですよ?ニンジンを与えるとか遊んでやれとかじゃなくてこのウサギ……いえ、こちらのウサギの中には誰か人が入っている訳ですから、その人の面倒を見ろということですか?」

つくしは海外事業部長の隣でじっとしているウサギを見たが、ウサギは何の反応も示すことなく、ただじっと彼女の方を見ていた。

「そうだな。そういうことになる。だからよろしく頼むよ。私はこれから会議に出なきゃならないのでね」

「え?ちょっと牧田部長?待って下さい!頼んだよってウサギの着ぐるみ相手にどうすればいいんですか!それにこの中の人は誰なんですか?広報室から来たってことは広報の人なんですか?ちょっと部長!!」

と言ったが部長はおおらかに「じゃあ頼んだよ牧野くん!あとはよろしく!」と笑って応接室からとっとと逃げて行った。

「もう…..信じられない。何なのよ一体。それに着ぐるみの世話だなんて何をすればいいのよ….」

つくしは目の前のウサギの眼を見たが、プラスチックで出来た眼は当たり前のように反応がない。

「ねえ。それよりあなた誰?広報室の人なの?」

と、つくしはウサギに訊いたが眼と同じで反応はなかった。
だがここは応接室で誰もいないのだからウサギが普通に口を利いても良さそうなものだが、中に入っている人間は何も答えなかった。

「あのね。ウサギさん。あなたは誰なのよ?別にここはイベント会場じゃないんだから喋ってもいいのよ?それにしてもどうして海外事業本部にピンクのウサギが居るのか不思議でしょうがないわよ。ねえ?あなたもそう思うでしょ?それにしても広報も預けますからそちらで使い道を考えてくれって全く意味不明よ」

つくしはひとしきりブツブツと文句を言ったが、やがて諦めたように、
「いつまでもここに居てもしょうがないわね。じゃあウサギさん。私について来てくれる?」
と言うとウサギを従えて部屋を出た。



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2019
03.09

理想の恋の見つけ方 93

「えっ?....どうしたの?」

「牧野先生。じゃない牧野さん。それから三条さんもお久しぶりです。お二人ともお元気でしたか?突然お邪魔して驚かれたと思いますが、今夜ご予定がなければお二人と一緒に食事に行けたらと思い立ち寄らせていただきました」

と言って現れたのは、つくしが大学生の頃、家庭教師のアルバイトをしていた6歳年下の若林和彦。若林建設の専務は、アジアのインフラ整備需要拡大に対応し長期出張していたベトナムから戻ったところだと言った。

「ここの大学。空港からの帰り道にあるので立ち寄りやすいんです。それから、お二人を誘いに来たことに他意はないですから安心して下さい。ただ前回お訪ねした時、言いましたよね?僕が今度食事に誘った時は恋愛感情は抜きだから付き合って欲しいって。だから今日誘いに来ました」

前回和彦がつくしを訪ねて来たのは、ロシアからの出張帰りだと言ってチョコレートを土産に持ってきた。そして二人はカフェテリアに場所を移し、つくしのことを好きだと言う和彦の気持ちに応えることは出来ないと言ったが、そのとき道明寺司が現れ、和彦はつくしの態度に、つくしには好きな人がいて、その人が道明寺司だと誤解して立ち去った。

「と言っても無理にとは言いません。急な事ですので、お二人にも都合というものがあるでしょうし、僕と食事をしたくないと思われるなら断っていただいても___」

「行きます!若林さん。私と先輩を食事に連れていって下さい。今夜は二人で食事に行く予定でしたが、喜んでお付き合いさせていただきます!」

桜子は、丁度これから女二人で食事に繰り出そうとしていた所を和彦に誘われ、女同士で不満を吐き出すよりも、自分達より若い男性を間に挟み楽しく飲む方がいいと思えた。
それに桜子から見て若林和彦は好青年と言えた。かつての家庭教師だった年上の女性に好意を抱いていることを隠すことがなく、自分の考えていることを誤魔化そうとするところが皆無だと思えた。だから和彦の誘いに喜んで答えた。

「若林さん。私も先輩もお腹が空いています。美味しい物を沢山食べたいと思ってます。それに最近嫌なことがあって飲みたい気分なんです。だから連れて行って下さい!」

そんな桜子の言葉に、「えっ?ええ...美味しい物をご馳走するのは勿論そのつもりです。でも本当にいいんですか?」

和彦は桜子の言葉につくしの方を見たが、椅子に腰かけている女は、下を向き膝の上に抱えているトートバッグの中をかき回していたが、取り出したのは雑誌の切り抜き。

「和彦君。私、この店に行ってみたいの。連れて行ってくれる?」














本来なら地下鉄を使い六本木に行くはずだが、和彦の車は二人の女性を乗せると早々に目当ての店に着いた。
人気のイタリアンの店は予約をしていなかったが、運が良かったのか。それとも時間が早かったからなのか。待つことも断られることもなく席に案内された。

4人掛のテーブルでつくしと向かい合って座った和彦は、ワインが飲みたいと言うつくしの言葉にトスカーナ産の赤ワインを注文し、それからメニューを決め乾杯して賑やかに食事を始めたが、酒に弱いと言う女が初めから飛ばし気味にワインを飲んだ。

そして、はじめこそ笑みを崩さなかったつくしも、やがて酔いが手伝ったのか、ひと言、「最低」と呻くように言ったが、それから鼻をすすり上げると、

「何が経済界のサメよ!...何が道明寺司よ...いったい何なのよ!あの男大ウソつきの最低男よ!」

と毅然と言って、泣きはじめたが、それは電話一本でつくしの心を掴み、会うことでつくしの心を壊した男に対しての感情だ。

「あの三条さん。牧野さんは道明寺副社長と何かあったんですか?」

「うん。ちょっとね...」

桜子は静かに言ったが、桜子から見れば坊っちゃん育ちを絵に描いたような若林和彦は屈折したものがない。
そして泣き出した女を見て、どうしたらいいのかと考えているようだが、つくしが言わない限り自分の口から二人の間に起きた事を話そうとは思わなかった。
だから本人を慰める言葉しか言わなかった。

「先輩あんな男のことで泣かないで下さい。先輩は人として模範的な女性です。あんな男のことなんて早く忘れて下さい」

「分かってるわよ」

と返事が返ってきたが、酒に弱い女は、「ちょっと化粧室に行って来る」と言って席を立った。




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2019
03.07

理想の恋の見つけ方 92

「先輩大丈夫ですか?」

「え?何が?」

「何がって、あの週刊誌の記事のことです。やっぱりまだ気にしてるんですよね?」

「そんなことないわよ。どうして私が気にしなきゃならないのよ?」

「だって先輩道明寺副社長に騙されてたんですよね?本当に酷い話です。私は道明寺副社長が正直でストレートに自分を押し出してくることに、好きな女性のためならどんなことでもする人だと思ったんです。だから怪我をした先輩のことを気遣ってくれた道明寺副社長のことを贔屓目に見ていました。だけど今はもうそんな目で見れません。先輩のことを好きだって言っておきながら、裏で別の人間を装って電話の関係を続けていたんですから見損ないました。それにいくらお金持ちで外見がいいからって自惚れるのもいい加減にしろって言いたいですよ!」

騙されていた。
その言葉が胸の奥を締め付けた。
だから日曜日の昼間。都心の一等地にあるホテルメープルで男性を平手打ちにしてグラスの中に残っていた氷をぶっかけた。
それはこれまでの人生の中で初めての経験だったが、待ち合わせの相手が道明寺司だったことは、無防備な状態でいたところに落とされた爆弾と言えた。

つくしは桜子に道明寺司のことを全て話した。
それは間違い電話から始まった週に一度電話で話をしていた男性と会う約束をして二人は会ったが、待ち合わせの場所に現れたが道明寺司で彼は別の人間を装い、つくしと電話をしていたこと。そして恐らくだが、つくしの研究に寄付を決めたのは、間違い電話の相手が自分の財団の研究助成事業に応募してきた女と同じである偶然を別の形に変えて楽しむことに決めたということ。だがそれは臆測でしかなかったが、それ以外のことが頭に浮かぶことはなかった。

そして何故桜子に全てを話すことに決めたのか。
それは二人が会った日曜の翌日、つまり月曜日に道明寺副社長から研究室に電話がかかり、伝言を預かっていると言われたから。そしてそれは、つくしの自宅や携帯に電話をかけたところで彼女が出るつもりがないことを見越して大学にかけて来たということだが、その時つくしは研究室におらず、桜子にどんな伝言なのか訊いた。

「道明寺副社長からの伝言ですか?足の具合はどうですかって。心配して下さってるようですよ?」

と、嬉しそうに言ったが、それは桜子がつくしを気に掛け、道明寺司を気に掛け二人の関係が深まることが良いことだと考えているからだ。
だから日曜日に起こったことを話し、正当な理由がない限り、それは5千万の寄付を受けていることから、仕事上必要となることがあれば対応するが、それ以外道明寺司と関わりたくないことを伝えた。


「それにしてもまさか先輩が電話で知り合った男性に会おうという気になるとは思いもしませんでした。だって相手はどこの誰だが分からないんですよ?危険の方が大きいことは理解していたんですよね?でも待ち合わせがメープルのラウンジならひと目も多いですし、何かあったとしても大丈夫という安心感があったから会いに行ったんでしょうけど、それにしても先輩にしてみれば随分と勇気がある行動を取りましたね?」

勇気ある行動。
あの時、心に浮かんだのは自分を変えたいという思いと杉村という男性に会いたいという思いだけ。その思いがつくしの足をメープルへ運ばせた。
そしてそこに現れたのは杉村ではなく道明寺司。人を操り人形のように操れるとでも思ったのか。自分が嘘をついていたことを認め謝罪すれば許されるとでも思ったのか。堂々とした態度で現れた。だからその態度に腹が立った。

だが誰もが認める世界的企業の副社長は平手打ちをされても当然のことだといった態度だった。それにしても、普段落ち着いていると言われる自分が男性を平手打ちにしたことは、信じられない思いがしたが、つまりそれは余程腹が立ったということだ。
そして翌朝の月曜日。目覚めは最悪でまるでフルマラソンを完走すればこんな気分なのかというほど疲れていた。
そして週末の金曜日。
長いと感じた一週間がやっと終わり、今夜はこれから桜子と食事に行くことになっていて帰り支度をしていた。

「ねぇ、桜子」

「何ですか?」

「学問の世界は広いって言われてるけど、私は狭い世界に生きる方が向いているのかもしれないわね」

「…..先輩。先輩を騙していた道明寺副社長は最低ですけど、先輩は狭い世界には生きていません。先輩は世界中に研究仲間がいるじゃありませんか。学ぶ海。学海(がっかい)という言葉がありますけど、学問の世界は海の様に広いという意味です。その言葉は海が研究のフィールドの先輩に相応しい言葉じゃないですか。先輩は決して狭い世界に生きているんじゃありません。先輩の世界は広いです。だから道明寺副社長みたいな男がいても気にする必要はありません。好きな女に平気で嘘がつける男は先輩には必要ありません。無防備な女心を弄ぶような男は女の敵です!」

と桜子は言うと、「私は自分に見る目がなかったことが悔しいです」と呟いた。
そして今度は声高らかに、「道明寺副社長のわら人形でも作って釘を打ちつけてやりましょうか!嘘をついた男の口に釘を打ってやりましょうよ!」

と言ったが、その時研究室の扉をノックする音がした。



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2019
03.05

理想の恋の見つけ方 91

プライドの高さは人一倍強いと言われる男が大勢のひと前で頬を平手打ちにされる。
その記事が載った週刊誌があきらの前にあった。
だが流石に道明寺司という名前までは具体的に書かれていないのは、圧力がかかったか。
それとも出版社の忖度が働いたのか。
どちらにしても、記事の内容については当の本人が一番良く知っているはずで、あきらは真偽を確かめるべく司に会いに来た。

「それで司。この記事はお前のことだよな?名前こそ具体的じゃないが、ここに書かれているホテルMも経済界のサメと呼ばれる男D氏にしてもどう考えてもお前だな」

あきらは、記事の写真は粒子が荒く白黒だが司が日曜に惚れた女に会って事実を話すと言っていたことからこの写真が親友であることに確信を持っていた。
そして記事に書かれている男が平手打ちにされ、グラスの中をぶちまけられるという行為が、男女の痴話喧嘩なのか。それとも別れ話の結末なのか。
記事は記者が取材したものではなく、あくまでも伝聞であり臆測でしか書かれていなかったが、あきらは、この二人の様子が痴話喧嘩でもなければ別れ話の結末でもないことを知っている。何しろまだ二人は付き合ってもいないのだから別れ話の結末と言われれば、それは違う。だがどちらにしても終ったものとして捉えていることは正しいと思えた。

「お前。女に平手打ちをされたのは初めてだよな?」

あきらは司の姉椿が弟を平手打ちする姿は見たことがあったが、姉以外の女が親友の頬を打つ姿など見たこともなければ想像すらしたことがない。だから訊いたが、男の顔が少しだけ腫れているように見えるのは、女の力が強かったということだ。
だが親友はあきらの問い掛けに答えはしなかった。だからあきらは記事に書かれている他のことを司に訊いた。

「司。お前胸に赤いバラの花を挿していたそうだが、お前らしいというか。まあお前だから似合うんだろうが、そんな恰好でお前が現れればどこの女も胸のバラが自分に差し出されるものと思っているはずだ。だが学者先生はその花を受け取らなかった。そう言うことだろ?まあそれは仕方がない話だよな。何しろお前は嘘をついていた。だからその女が怒るのは当たり前だ」

司はパソコンを使いながら、あきらの話を聞いていたが指の動きを止め、あきらを見た。

「分かってる。だからその嘘を自分の言葉で埋めるために会うことに決めた。だが平手打ちを喰らった」

司の頬を打った手は女にしては強さが感じられたが、それはそれだけ怒りの気持ちが手に込められていたということ。
そしてグラスの中に残されていた氷と水がぶちまけられたのは、顔も見たくないという表れだ。

「そうだろうよ。お前が肝心の言葉を言う前に女の怒りは頂点に達したはずだ。だから平手打ちを喰らったんだろ?それにしても、学者先生はお前の口から出る言葉を何でもはい、そうですか。分かりましたと言う女じゃないってことだ。つまりお前は出方を間違えてるってことだが、今まで女に対して非情だったことへのしっぺ返しが来た。それに今までのお前の人生で女が心に棲んだことは無かったことを考えてみれば、学者先生の扱い方について間違ってるんじゃねぇのか?」

司はそう言われたが、何が間違っているのか分からなかった。
だからあきらに訊いた。

「何が間違ってるって?」

「だからビジネスはシビアなものだ。非情で結構。高森開発が持っていた駅前の土地を手に入れてオフィスタワーを建てるには非情さが必要だ。だが恋はビジネスと同じって訳にはいかねぇ。相手は人間だ。心がある。そこをよく考えてみろ」

あきらは、そう言うと一服つけてもいいか?と言って煙草に火を点け、
「ここだけだぜ。ゆっくり煙草が吸えるのは。うちのビル。ついに全館禁煙になった」と言って灰皿に灰を落とした。

「なあ司。お前自分自身を弁護するならその前に誠心誠意相手に尽くせ。何をされても、いや、この場合相手はお前を避けるはずだ。だがどんなに避けられても煩がれても彼女に尽くせ。自分がどんな人間か分かってもらえ。そうする以外にはない。お前は今まで贅沢な人生を歩んで来た。どんなに綺麗ないい女でも別れを決めた女を顧みることはなかった。だから今のお前は自分が顧みられないことにショックを受けているはずだ。だが狙いを定めたなら学者先生に惚れたなら天命を待つな」










あきらは帰ったが週刊誌は応接テーブルの上に残されていた。
司はあきらに言われなくてもそのつもりだ。
誰が天命など待つものか。
それに自分が顧みられなかったことにショックなど受けてはいない。

司は弱い女は嫌いだ。
自分を持つ女が好きだ。
それに気の強さと自立心というものは違う。
だから平手打ちの強さが、司に臆することなく向かって来るその強さは自立心の表れであり、それが好ましいと思えた。
だが自立心は旺盛だが、足に深い傷跡を持つ女は自分は恋には向かないと思っている。
それでも、電話の男には違った。会おうと言った言葉に少し考えたが会うと答えた。
それは相手が杉村という男だから会おうと決めたのだが、その気持ちは少なくとも杉村に思いを寄せていたということ。だから杉村と司が同一人物であることに驚いたに過ぎないはずだ。

確かに初めは女の本性が知りたくて他人を装った。
だが牧野つくしの本性が知りたいと思ったのは、初めて会った時、そうしなければならないという思いが働いたということだ。つまり牧野つくしは出会うべくして出会った相手だということ。

司はインターコムのボタンを押した。

「西田。今夜の会食はキャンセルしてくれ」




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2019
03.04

理想の恋の見つけ方 90

「杉村だ。俺が電話の男の杉村だ」

司は胸のポケットに飾ってあったバラの花を取るとテーブルの上に置かれている『進化と適応』の上に置いた。そして彼女が何か言うのを待った。
それは周囲にいる人間からすればハッとする光景。ラウンジに居合わせた客は道明寺司がメープルのラウンジに現れたことにまず驚いた。何故ならここは彼のホテルではあるが、彼のような人間が日曜日の昼間に大勢の人がいるラウンジで誰かと会うなど思いもしないからだ。
そして彼が迷うことなくひとりの女性の元へ歩み寄ったとき客の視線はその女性に向けられたが、そこに流れた数秒の無言の時間はラウンジにいる人間の全てが黙って二人を見ているということ。
それは単なる興味から来るものなのだが、そんな興味を抱かせるだけの人間が彼らの前にいるのだから見るなという方が無理だ。

そして司の視線は牧野つくしに向けられているが、そこに見たのは戸惑いの表情であり訳が分からないと言った顔。だがそれは一瞬のことで、すぐに彼女の身体が緊張するのが分かった。そして表情が冷たく強張ったものに変わったのは全てを理解したということだ。

司は自分が牧野つくしと会うことを決めた時点で得るものと失うものを計算した。
そして失うものよりも得るものの方が大きいはずだと思った。
それは嘘をついていたことを謝り、どうして自分が他人のフリをして彼女と電話の関係を続けたのかの理由を説明すれば理解してもらえると思ったからだ。
だから見つめ合った数秒が過ぎ司が口を開こうとしたとき冷たい声が流れ出した。


「いいえ。杉村さんじゃないわ。あなたは杉村さんじゃない。道明寺副社長。あなたは道明寺司ですよね?…..こんなことをして楽しいですか?別人のフリをしたり、私の研究に興味があるようなフリをしたり、私のことを好きだと言ったり..….私みたいな人間をからかうのは楽しいですか?……..一体あなたは…..」

電話では打ち解けていた女の顔は硬く、そしてそれは准教授として司に接していた時にも見られなかった顔。冷静さを保ってはいるが声が震えたようになり言葉は所々で詰まり最後まで続かなかった。だから司は口を開いた。

「牧野_」

だが名前を言いかけたとき、目の前の牧野つくしは立ち上がると司の眼をじっと見た。
そして最後に吐き出されたのは、「…..最低….」の言葉。
だから司は同意の言葉を言いかけた。

「ああ。俺は最_」

だが同意する間もなく牧野つくしの平手打ちが頬に飛んで来た。
それは女にしては強い力で頭が大きく横に動いた。
そしてラウンジで息をのんだ大勢の客を尻目に今度はテーブルに置かれたグラスを掴み中に残っていた氷を司の顔に向かってぶちまけた。
水が無い分、濡れることは無かったが、それでも氷から溶け出した水がグラスの底にあってそれがスーツに散った。

都会の人間は他人に興味はない。物見高くないと言われるが、恐らくことのことはすぐに広まるはずだ。何しろ今目の前で繰り広げられていることは滅多に見られない光景であり、その当事者はこのホテルの母体である道明寺ホールディングスの副社長である道明寺司だからだ。

だが司は構わなかった。それに女に殴られることが不名誉だとか醜態だとは思わなかった。
それは、今まで恋をしたことがなかった男が恋をした女がどんな女であるかを世間に知ってもらうには丁度いいからだ。
それにこの状況は、二人が痴話げんかをしていると思ってもらいたいくらいだった。
そして司は言葉を失っている女に言った。

「俺は嘘をついた。だから今のは当然のことをされたと思っている。けど俺はお前のことは本気だ。その気持ちに嘘はない。これは杉村じゃなく俺が言っている。この道明寺司が」

だが目の前に立つ女は司の頬を打った手に握られたままだったグラスをテーブルに置くと椅子に置かれていた鞄を手に取った。
そして今度は震えることなく、ゆっくりと確かな声で司に言った。

「道明寺副社長。別人格の人間を演じるのがお上手ですね。それだけの演技力があれば他の女性でもいいんじゃないですか?」

その確かな声は静かな表情に変わった女の口から出た声。
そして司は、女の手が赤いバラを取り払い『進化と適応』を鞄に入れる様子を見ていた。

「私はあなたに興味はありません。前にも言いましたよね?それに遊びなら他の女性として下さい」

「俺は本気だと言ったが聞こえなかったか?」

「いえ。聞こえました。だから何ですか?この俺が、道明寺という大きな会社の副社長の俺が言うんだから嘘はないと?でもあなたは嘘をついていたじゃありませんか?それも数ヶ月に渡ってです。あなたは間違い電話をかけた女が財団の研究助成事業に応募した女と同一人物だと知ったのはいつですか?どのタイミングで私が間違い電話の女と同一人物であるか知ったか知りませんけど、とにかくあなたは私と電話の女が同じであることは知っていたんですよね?だってあなたのような立場の人が間違い電話をかけて来ただけの女に興味を抱くことはないはずです。だから私と電話で話をすることを望んだのは何らかの意図を持っていたということですよね?それにしても身体が弱い男を装うことには抵抗があったでしょうね?だってあなたはどう見ても健康そうです。それにしゃがれた声まで…..。でも私の方もいい加減気づいても良かったんですよね。それなのに気付かなかったんですから、先入観というのは恐ろしいということです。私はよく言われます。相手の言うことを鵜呑みにしてはダメだって。全ての人が真実を語っているとは限らないって。過去にはお人好しだって言われることもありました。今はそれを悔しいほど実感しています」

今では理路整然とした口調でまっすぐ司を見つめ話す女は、冷静さを取り戻し、ついさっき平手打ちをした女とは違い准教授の顔をしていた。
司は、これ以上ここで何か言ったとしても、牧野つくしは聞く耳を持たないと分かっていた。
それに流石にこれ以上のことをここで話し込みたくはなかった。
だからここを出て他の場所で話をしようと言った。

「詳しい話は別の場所でしないか?」

「いえ。結構です」

鞄を手にした女は、これ以上話はしたくないといった風で言葉を継いだ。

「道明寺副社長。私の研究に5千万を出して下さったのは私をからかう為のお金ですか?あなたにとって5千万は大したお金ではないのでしょうけど、返せとおっしゃるならお返しします」

「いや。返す必要なない」

「そうですか。ではあのお金は研究費用として使わせていただいていいんですね?私の研究は凶暴な深海ザメの研究ですけど、あなたは経済界のサメでしたよね?誰があなたのことをそう呼び始めたのか知りませんが、サメは獲物を弄ぶことはせず一気に仕留めます。あなたもそうなんでしょうけど、目新しい獲物はからかいたくなるということですね?」

司は牧野つくしに嫌味を言われても仕方がないのだが、そこで一通り語った彼女の表情が変わったのを見た。それは怒ったところでエネルギーの無駄とでもいうのか。小さく息を吐いた後の表情。

「もういいです。きっとあなたは退屈だったんですよね?だからたまたま間違い電話をかけてきた相手が財団の研究助成事業に申し込みをした人物と同じだったことで何か面白いことが出来るとでも考えたんですよね?」

「いや。そうじゃない。俺の話を訊いて欲しい。だから場所を変えよう」

司はそう言ったが、彼女が口にしたことは紛れもない事実なのだが、その話をこれからしようとしたが、牧野つくしは首を横に振った。

「すみません。道明寺副社長。私は今あなたのお話を訊きたいという気になれません。大変申し訳ないんですがこれで失礼させて頂きます。今後お仕事の件で何かありましたら、ご寄付を頂いている以上きちんと対応させていただきます」

そして鞄を手にラウンジから出て行った。












時計の針は午後2時5分を差していて、思ったよりも早く家に帰ってきたと思った。
池に石を投げ込めば波が広がるが、少し前に頭の中に広がったのは混乱という名の波。
その波に押し流されるように自宅に戻った。
そして部屋に入れば電話のメッセージランプが点滅していることに気付き再生ボタンを押した。

『道明寺だ。まき_』

名前を訊いた時点でメッセージを止めたが、道明寺司にすれば家の電話番号を調べることなど簡単なことだと思った。そして留守番電話を通して聞こえた声は、今まで携帯電話から聞こえていた声と同じはずだ。だがまさか杉村が道明寺司だとは思いもしなかった。
そして耳に残った声は、つくしの名前を呼んでいるのが分かったが、その先を聞こうという気にはなれなかった。だからメッセージは消去した。
そして今感じること。それは今日は疲れたということ。
ただそれだけだった。



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