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2018
06.30

出逢いは嵐のように 56

ニューヨーク滞在最後の日は、どう表現すればいいのか分からない一日だった。

つくしがシャワーを浴びたのは、自分の部屋へ戻ってからだったが、前日着ていた服が消えていた以上、何か着るものがなければ部屋まで戻ることは出来ず、考えあぐねた結果、廊下で早川に出会わないことを願い、シーツを身体に巻き付け戻ることに決めたところで、男がバスルームから出て来た。そして着る物がないのと言ってバスローブを出してもらった。

だがその時男はニヤリと笑って、
「俺は裸で歩き回ってもらっても構わないが?」
と言われたが絶対に無理だ。
ベッドの上で裸で会話をすること事態がはじめてだと言うのに、そんな度胸があるはずがない。

そしてはじめて見る濡れた髪の姿は、男の色気というのだろうか。
クルクルと巻いていた髪が水に濡れストレートになっただけなのだが、印象が変わっていた。それにバスローブの胸元から覗く肌はまだ濡れていて、艶めかしさが感じられ、その姿に見惚れていた。

今は結ばれているローブの紐が解かれれば、たくましい胸が現れる。
それを想像した瞬間、顔が赤くなるのを感じたが、頭に浮かんだその姿を振り払い、部屋に戻ってシャワーを浴びて着替えをしたいと言えば、
「どうした?部屋へ戻るのか?シャワーならここで浴びてもいいんだぞ?」と言われベッドの端に腰を下ろした男に抱き寄せられ唇を重ねられ、濃厚なキスをされた。

やがて唇が離れ、瞳を見入るようにじっと見つめられれば、数時間前の二人の姿が思い出され返事をすることが出来なかったが、慌てて首を横に振った。

「俺たちは恋人同士だろ?何も恥ずかしがることはないはずだ」

そう言われても、恋人初心者マークの女は昨日の夜のことで照れない訳にはいかなかった。
そしてこの会話をピロートークとは言わないだろうが、こうした時間をどう過ごせばいいのか分からず固まった。気の利いた会話が求められているとしても出来なかった。
そして、まるで思考を読んだように笑って言われた。

「いいぞ。自分の部屋でシャワーを浴びてこい。この部屋じゃ落ち着かないんだろ?それにお前は仕事とプライベートは分ける人間だ。それはついこの前までの態度で分かってるつもりだ。こういったことに戸惑いもあるはずだ。だがな、俺たちは本物の恋人だ。俺に遠慮をする必要はない。それに俺もお前に遠慮はしないつもりだ。俺はお前に男と女が愛し合うってことを教えてやるつもりだ」

そう言われ再びキスをされれば、つくしは頷くしかなかった。
そして再び抱き寄せられれば、目を閉じて静かに抱きしめられていた。







それが今朝の出来事だ。
そして今日が終る時間。
ニューヨーク最後の夜は、100万ドルの夜景と言われるこの街の景色を上空から見ると言われ、ヘリコプターでの夜景遊覧に連れて行かれた。

「凄い….100万ドルの夜景ってこういう夜景を言うのね」

いつまでも暮れなかった初夏の空も、夜の色に染まっていた。
そして不夜城と呼ばれる場所の光りから、高層ビルのライトアップまで眩い光りがニューヨークの街全体を包んでいた。

道明寺ニューヨーク本社のヘリポートから飛び立ったヘリは個人所有で、中はかなりの広さがあった。
自由の女神を旋回し、ハドソン川をさかのぼりセントラルパーク上空を横切り、イーストリバーを南下しながらエンパイアステートビルのライトアップを見下ろし、マンハッタンを一周するように飛行したが、飛んでいる間は目の前に広がる景色に心を奪われ、何も考えることなく、ただ煌めく街の美しさに感動していた。

「本当にきれいよね.....」

「ヘリは初めてか?」

呟いたつくしに司が耳元で囁いた。
隣の席に座り、寄せた顔はつくしの頬につくほどで、そちらに顔を向ければ唇がそこにあるはずだ。
だから顔を横に振り向けることは出来なかった。そうすれば間違いなくキスされることは分かっていたからだ。そして耳元で囁かれた瞬間から、窓から見える景色に見惚れているフリをしていた。

恋人と呼ばれる関係になれば、何の遠慮もなく相手に触れることが出来るはずだが、つくしは自分から触れるということが出来ずにいた。この年まで経験がなく過ごした女は、急に豪華な餌を差し出されても、これ本当に食べてもいいの?と食べることを戸惑う犬のように躊躇いがあった。
だが相手は違った。堂々とした態度でつくしの手を握っていた。

「え?うん。ヘリなんて乗ることないから…..」

「そうか。ヘリはいいぞ。近距離の移動には便利だ。渋滞を気にすることなく時間の無駄もないからな」

つくしは訊きながら隣に座った男性のライフスタイルの中には、プライベートジェットもだが、こういった乗り物で簡単に移動することが当たり前で、間違っても空港で一般客に交じって搭乗の列に並ぶことは絶対にないと思った。
それに道明寺司のそんな姿は想像できなかった。現に渡米する時も、滑走路に止められたジェットに車が横付けされると、ほんの二、三歩で滑走路を横切り乗り込んだ。

そんな人を好きになった女は、勘違いだけはしないようにと自分自身に言い聞かせていた。
結婚相手を探してはいないと言われたが、それはつくしも同じだと、ただ恋を楽しみたいと答えた。
大人の二人は、いつかは終わりを迎えるということを、未来はないことを理解して付き合い始めた。だから恩恵を受けることがあったとしても、それは恋人という関係の上に成り立つものであって、いつかは終わりを迎える。

それでも、自分が口にした通り、恋を楽しんでいるのかと問われれば、まだ始まったばかりだと言うのに、胸の中にあるのはまた別の思い。
そして優しくされればされるほど、心は求めても決して与えられないものを欲しがるような気がしていた。
だが今は、そんなことを考えても仕方がない。
自分のことは自分で責任を取るのが大人だ。たとえば、プールへ飛び込んで足が着かなかったとしても、自力で這い上がる力を持っているのが大人だ。それに恋を楽しむと決めた以上、起こりもしない、ありもしないことを考えたところで何になるというのだ。
そして、恋愛偏差値が低かった女の恋の相手が世界的企業の跡取りだとしても、それはたまたまだ。
ただ、はっきりしているのは、いつかこの人にさようならを言う日が来るということだ。
だからそれまでは恋人でいてくれる人と楽しめばいい。
けれど、そうは言っても恋に奥手と言われて来た女の気持は時に揺らぐこともある。

「ね、ねえ。あそこに見えるビル。ニューヨーク本社じゃない?こうやって上から見ると下から見上げるのとは全然違うのね?」

マンハッタンを一周してきたはずのヘリから見える景色に向かって、握られていない手で眼下に見える建物を指差したが、夜空に林立する高層ビルはどれもよく似ている。それに初めてこの街に来たつくしが、さして特徴のないビルを見分けることなど出来るはずもなく、さっぱり分からなかったが、空の上の密室ともいえる空間での甘い空気に慣れない女は、その空気を変えようとしていた。

「どのビルだ?」

だが訊いたばかりに、つくしが指差した窓の外を見ようと身体を寄せて来た恋人の顔は、ますますつくしの顔に近づいた。そして温かな息が頬にかかった。
その息が、昨日の夜ベッドでつくしを抱いていた時の熱い息と重なった。そして熱い息はたちまち、頭の中で喘ぎ声に変わっていた。

つくしは自分がどんな顔をしているのか分からないが、頬は赤く染まっているはずだ。
いい年をして頬を赤く染めることを恥ずかしいと思うが、こればかりは幾つになっても変わらないのだから今更だ。
そして勝手に想像を豊かにしたばかりに、上気した顔を隠すように訊いた。

「あ、あれよ。あれ。あのビル…」

「ああ。あれか?あれは違うな」

「じゃあ、どのビルがニューヨーク本社?」

と、訊いたところで、うっかり声の主を見てしまった。
目が合った。いや。目が合ったというより捉えられたと言った方が正しはずだ。そして心拍数が上がった。多分この近さなら心臓の鼓動が聞えているはずだ。動揺しているのが感じられるはずだ。
ここはアメリカで相手はアメリカ生活が長い男だ。
それに対しつくしは純日本人的考え方の持ち主で、こういった甘い雰囲気はどうも苦手だ。
だがそんな女にお構いなしといった男は意味ありげな笑みを口元に浮かべて言った。

「空の上だ。見てる人間はいないはずだ」

すると、すぐ隣にあった顔が傾けられると唇を塞がれていた。





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2018
06.29

出逢いは嵐のように 55

独身男性の部屋で思い浮かぶのは弟の部屋だ。
東京の大学を卒業し、長野の農協への就職が決まり引っ越しをするとき、手伝いとして行ったことがあったが、パイプベッドに二人掛けのソファと木製のテーブル。テレビと小さな冷蔵庫とカラーボックスで出来た本棚といった部屋だった。

そして男の独り暮らしと言えば、無味乾燥という言葉か、掃除がろくにされてない乱雑な部屋といった言葉で表されるのが殆どだ。
実際、暫くして弟と電話で話したとき、『部屋の掃除もろくにしてなくて、散らかったままだ』と言われたことがあった。そしてその時の会話の締めくくりは、『綺麗にしとかなきゃ彼女呼べないわよ?』だった。

だがつくしが目覚めた部屋は、男性らしい内装が施された美しい部屋だった。
モノトーンの配色は華美ではないが、それでも豪華に感じられるのは、置かれている家具や調度品が価値のあるものだからだろう。
そしてつくしに用意されたゲストルームもそうだったが、どの部屋にもバスルームがあることから、同じベッドに寝ていた男が隣にいないのは、シャワーを浴びているのだろう。


自分の部屋へ戻った方がいいのだろうか。
そう思ったつくしは身体を起し床に落ちているはずの服を探したが見当たらなかった。
どこかへ消えてしまった服の行先が早川の手元なら、つくしがこの部屋にいる意味は理解している。だが早川は気にしないだろう。けれど、つくしにしてみれば大いに気になる。
それはまるで悪さをした子供が後ろめたい気持ちを抱えているようなもので、気恥ずかしさで一杯だ。

だがそれよりも、身体のあちこちが痛みを訴えていたが、服を脱がされ、身体に這わされる大きな手に翻弄されながら、どこに触れようと、どんなことをされようと構わなかった。早く結ばれたいと思った。指が動くたびに、漏れ出してしまう声を押さえようとした。そしてあの一瞬は身体が二つに裂けてしまうのではないかと感じた。

あの時の男の目は何日も食べ物にありつけなかった獣が、ようやく見つけた獲物を喰らおうとする目だった。獣の力は強く捕まれば逃げることは出来ない。勿論逃げるつもりはなかったが、突然襲った鋭い痛みに声を上げそうになり、身体は侵入して来たものに抗い苦痛を訴えた。

そして男は女に経験がないことを知ると、荒い呼吸を繰り返しながらも、優しさが感じられ、まるでつくしの身体を壊れ物のように扱いながらも、激しい動きを繰り返し、苦しそうに呻くとつくしの上で脱力した。その広い背中を抱きしめると、呼吸と共に筋肉が動くのが感じられた。裸の胸の感触は熱く汗で濡れていたが、気持ち悪いとは思わなかった。
そして汗の匂いと共に感じられた男性らしさの匂いは、あの人だけが纏う香りと混ざり合っていた。
その匂いと共に身体の奥に残る疼痛が愛された名残りなのだろう。
そしてつくしにとってのはじめての愛の交歓は鋭い痛みを伴うもので、女性としては遅い経験だとしても、その意味の大きさを理解した。
好きな人となら、痛みも甘い痺れに変わるということを。







***







司はシャワーを浴びながら茫洋とした思考の中で考えた。
濡れそぼった癖のある黒髪は、ストレートになり頭に張り付いていた。
ベッドの上には牧野つくしが眠っているが、女がはじめてだと気付いたのは、柔らかな腹部をひと思いに貫いた瞬間だった。

痛いとは口にしなかった。だが痛かったはずだ。その顔は苦しそうに歪んでいた。
男を知らなかった牧野つくしは、白石隆信の愛人ではなかった。
妻のいる男と不倫をするふしだらな女ではなかった。
それならいったい牧野つくしは何者だ?
だがその答えは既に出ていた。
軽蔑される対象でも、憎まれる対象でもない。ただ奥手の女ということだ。

はじめこそ慣れない身体だったが、やがて指や唇の愛撫に応えるようになった。
柔らかな唇を塞ぐ時間が長くなったが、求めるものが女の上げる声だと気付けば、唇を離し声を上げさせた。そして舌を誰のものでもなかった白い身体の隅々まで貪欲に這わせ、飢えたキスで責めながら子宮の奥深くを激しく突きテクニックの限りを尽くし執拗に女を抱いた。

女を貫く前までは、抱くことに残忍な満足感があった。
だが快感に溺れたのは女の方だったのか。それとも司なのか。
司を迎え入れた身体の奥深くは、彼を包み込んだままぴくぴくと震えて衝撃に耐えているように感じられたが、前後に動き続けることを止めることは出来なかった。疼きが止められなかった。その時、司が掴んだ柔らかな腰には指の跡がはっきりと残っているはずだ。

そして、たった一度しかないはじめての経験は、女にとってどんなものだったのか。
司ははじめての女というのを抱いたことがない。だからはじめての女というのは、相手のことをどう感じどう思うのか分からなかった。

司は頭上を仰ぎ、シャワーをふんだんに浴びながら固く目を閉じた。
脳裡に浮かんだ全ての光景が彼の心に深く刻まれていたが、生々しい記憶はつい数時間前の出来事だ。痛みに耐えながらこのまま続けてと言った女は、司が触れるたび声を上げ彼を求めていた。そして司も女を求め続けた。純粋に女が欲しかった。全てが欲しかった。
そう思った刹那。牧野つくしに対する愛おしさが湧き上がった。
牧野つくしに対する考えは、何もかもが変わってしまった。
気付けば悪意のこもった感情は、なくなっていた。そしてこれまでどんな女にも感じたことがない思いを感じた。自分には無縁だと思っていた感情がそこにあった。
それは気付かぬうちに、いや。いつの頃からか心の中にあった女に対しての思い。
つまりそれは、牧野つくしという女を好きになっていたという感情だ。


だが司は姪から牧野つくしを誘惑して捨ててくれと頼まれ近づいた。
けれどその問題は解決したはずだ。そうだ。問題はどこにもない。白石隆信の愛人と言われる女は別にいる。牧野つくしではないことは確かだ。真実は別にある。だからその真実を探せばいい。そうすれば牧野つくしが姪の結婚生活を脅かしている女ではないことが証明される。

それに牧野つくしは司がお前に惚れたと嘘をついて近づいたことを知らない。だが今となっては関係ないはずだ。二人はこうして恋人同士になり嘘は真実になったのだから。
それにしても、まさか自分がこんな風に感じるようになるとは思わなかった。だが認めざるを得ない。嵐が吹き荒れるようにこの感情を止めることは出来ないのだから。


司はシャワーを止めた。
そしてバスローブを着ると扉を開け、バスルームを出た。





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2018
06.27

出逢いは嵐のように 54

司が女を抱くのは2年振りだった。
付き合っていた女に「あなたと話すより秘書と話す回数の方が多い」と言われ別れたのは、この街を去る1年前。そしてニューヨークから日本に居を移して1年と少しになるが女は居なかった。

この2年間。男としての欲求が無いという訳ではなかった。だからといって持て余しているといった訳でもない。だが、そういった気にならなかったと言えば嘘になるのだが、女とはあっさりとした関係でいたいと思う男に合う相手がいなかっただけだ。

そんなとき、姪の美奈から夫の愛人を誘惑し遠ざけてくれと言われ、願いを叶えることにした。
そして愛人と思われる女は、労せずして司の手の中に落ちたが、迷いのない黒い瞳はベッドに横たわった姿で司を見上げていた。
それは司が欲しいという言葉を口にしない女に、その気持ちを態度で示せ、の言葉に向けられた熱く輝く視線だ。

司はスーツ姿の女がベッドの上に横たわった姿など見た事がなかった。
過去に付き合って来た女は、自分で脱ぐか、バスローブ姿でいるか。どちらにしてもすぐ事に及ぶことが出来る状態で彼の前にいた。そして着ているものを脱ぎ捨てると彼の上着を脱がせ、待ちきれないといったように長い爪でシャツのボタンを外していた。

肌が合うという言葉があるが、そういった女はいなかった。
汗や体液といったものが互いの身体を流れても、皮膚と皮膚の間にあるのは、ただの性欲であり相手の全てを自分のものにしたいといった気にはならなかった。
ただ最後に付き合った女は、飽きのこない身体をしていた。

だが今夜は違った。
司はスーツの上着を、ネクタイを床に落としベッドに乗り上げ女の身体を跨いだ。
制服のようなスーツを着た女は、堅苦しさを感じさせる服の下にどんな身体を隠しているのか。細い身体は豊満とは言えず、手首も力を入れれば簡単に折れるほど細い。
色白なのは分かるが、見えない部分もその色のままなのか。その色の白さと黒い髪のコントラストはシーツの上でどう見えるのか。
愛らしい顔をしているが、美人とはいえない顔はどんな表情で男に抱かれるのか知りたいと思った。

白石隆信がどんな愛し方をしたのか知らないが、司の愛し方は巧だと言われていた。
だが彼自身が女の身体にどっぷりと漬かることはなかった。
所詮女の身体はどれも同じ。
達することがあってもその瞬間口にする言葉は愛の言葉ではなくただの咆哮だ。

司が過去に付き合った女は、セックスに於いて男が主体性を持つことが当たり前だと考えない女が多かった。それはあわよくば彼の子供を妊娠して結婚に持ち込もうと考えるからだ。
つまり狙いを定めた男と結婚するための手段としては古典的な方法だが、避妊具に細工をすることもある。そんな理由から司は自分の用意したもの以外は使わなかった。ピルを飲んでいるからという言葉も信じたことはなかった。

だから吐き出されたものが相手の体内に残ることはなく、避妊には気を遣っていた。
それが結婚したくない男の身を守るための当たり前の考えだ。
そして牧野つくしとのセックスも同じだ。

愛されていると信じている女は、そのことをどう思うのか。
だが結婚相手を探しているのではないと告げている以上、当然のことだと思うはずだ。

そして司は、今すぐ女の着ている堅苦しいスーツを脱がせてしまいたいといった欲求に駆られていた。
その思いからブラウスのボタンを外し、上着と一緒に肩から脱がせ、腰に手を回しスカートのファスナーを下ろし取り去った。スリップ姿になった女は恥ずかしそうな顔をしたが、司の両手はスリップをたくし上げ頭から脱がせた。
そして両手でストッキングを下ろすことをしたが、ガーターベルトを付けた女は見たことがあるが、太腿から腰まで全てを包んだストッキングを履いた女に出会ったことはなく、笑みが浮かんだ。

「随分とガードが固いんだな」

その言葉に服を脱がされることに顔を赤く染めていた女は、身体全体にその赤味が広がった。そしてブラが取り去られ、パンティを脱がされる女は、ただ司の顔をじっと見つめていたが、一連のその動きは司にとっては珍しいことだが決して嫌ではなかった。

今まで欲しがってくるのはいつも女の方であり、裸の身体は惜しげなく彼の前にあった。
だが今は司が自らの手で服を脱がせ裸にした女の身体は、潤いと滑らかさが感じられ、パールのような輝きを放っていた。そして黒い大きな瞳を持つ女はじっとしたまま動こうとはしなかった。

その大人しさを疑問に思ったが、今までの女が積極的過ぎだったのか、と思うと同時に司の頭を過ったのは、白石隆信はこの輝く白い肌に溺れたのかということ。そして隆信と牧野つくしが愛し合う光景。その光景が過った途端、訳の分からない思いが込み上げたがすぐに打ち消した。

この女は白石隆信の愛人だ。
金がある男の愛人で姪の結婚生活を脅かしている女だ。
ただ司とは初めてだということから、大人しくしているに過ぎない。行為を始めれば慣れた動きをするはずだ。そうなれば久し振りの女の身体を楽しめばいい。
そして司は姪の夫である男がどんな愛し方をしていたとしても、負けない自信があった。


司はシャツを脱ぎ、スラックスとブリーフを脱ぎ捨て女の上に覆いかぶさった。
唇を近づけたのは、華奢な鎖骨。そしてそこから胸の膨らみへと唇を滑らせ、つんと尖った先端を舌先で味わい口に含んだ。その途端「あっ」と短く上がった声。
そして左右の手はシーツを握り締め、身体を弓のように反らした。

もう片方の乳房にも同じような刺激を与えだが、今度は呻き声を上げながら細い指が司の黒髪の中へ差し入れられ頭を掴んだ。
そしてそのまま両方の乳房を代わるがわる口で弄び、女の口から漏れる喘ぎ声を訊きながら秘めやかな部分に指を這わせ中に滑り込ませたが、その瞬間、柔らかな身体が異物に反応するように跳ねた。それは感度が鋭い証拠だ。はじめはきつかったその場所もだんだんといい具合に濡れはじめ、指を2本に増やし緩急を付けながら抜き差しを繰り返した。
そして女が息が止まるように喘ぎはじめたとき、両脚を掴み、股を大きく広げその中心に顔を埋めた。

「あっ!」

舌が触れた途端甲高い声が上がり、全身が強張った。
どうやら白石隆信は牧野つくしの陰部を舐める趣味はなかったということか。
だがそれは司にとっても他のどの女にもしたことがない行為。だが牧野つくしに対しては躊躇いがなかった。

膣もクリトリスも舌と唇を激しく動かせば感度の良さは抜群だ。
そして他の男が与えたことがない歓びを与えることに優越感を覚えた。
舌を動かす度に漏れる嗚咽は喘ぎ声と混ざり感極まってというところだ。それと同時に中から溢れてくる分泌液の味は樹液の甘さが感じられた。
そして十分な潤いを確かめたところで司は避妊具をつけるため一旦身体を離し、それから柔らかな下腹部を硬く屹立したペニスでひと思いに貫いた。

「いっ…」

その瞬間、聞こえる声は歓喜に満ちた声のはずだ。
だが司が耳にしたのは、今まで抱いた女たちの口からは零れたことがない声。
それは人が苦痛を感じた時、漏れる声。
その瞬間頭を過ったのは、まさかという思い。そしてその思いが口をつき身体の動きを止めた。

「まさかお前….はじめてか?」

司が見つめる女の黒い瞳は潤んでいて、口を開かなくても訊きたい答えは伝わった。
司は震える女の奥から出ようとした。だが女は覆いかぶさった司の背中に回していた手に力を入れた。

「いいの。このまま続けて……お願い」

それはつくしに訪れた嵐だった。
今まで経験したことがない人生の大きなうねり。
女性なら誰もが経験したいと思う男性との一夜の始まりが嵐のように過ぎるとしても、それでよかった。経験がないことを補うことは出来ないが、愛されていることが嬉しいと感じていた。
だから止めて欲しくなかった。続けて欲しかった。これが永遠に続く恋でないなら尚更のことこの男性が欲しかった。













司は姪の言葉を疑うことをしなかった。
姪の訴えを鵜呑みにしていた。
白石隆信の愛人が男を知らないわけがない。
だが司が抱いた女は、はじめてだった。
その意味は、牧野つくしは姪の夫の愛人ではないということだ。

そしてその時あきらが言った言葉が甦った。

『極端なほどの身内思いは禁物だぞ。時に血の繋がりってのは身贔屓が強すぎることもある。つまりそれは先入観の元ってことだからな』

司は腕の中で眠る女の顔を見た。
自分が軽蔑や怒りの対象だったとは知らない女の顔を。
痛みに耐えながらこのまま続けてと言った女の顔を。
そして実際その通りにした男は、女を罰したいという思いとは正反対の思いが心の中にあることに気付いた。

その時だった。女が司の胸に頬を寄せすがりつくような仕草を見せた。
目が覚めたのかとどきりとしたが、そうではなく無意識の動作だった。
司は右手で、そっとなだめるように女の髪を撫でながら、じっと天井を見つめていた。






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2018
06.26

出逢いは嵐のように 53

『俺が欲しいなら自分で来てくれ』

そんな言葉がさらりと言えるのは、外国映画の中の俳優くらいだと思っていた。
だが道明寺司は、イケメン俳優だといってもいいほどの顔なのだから、その言葉が似合わないとは言えなかった。

つくしは勇気を出してという言葉を自分に対して使ったことはない。
自分自身を頑張れといって励まさなければならないほどの恋をしたことがない。
それは受動型の恋しかしてこなかったからだが、今初めて自分から動くことを決めた。
惚れたと言ってきた男性を好きになった。だから抱きしめられたとき嫌ではなかった。
そしてつくしの心を動かしたのは、自分でも説明のつかない理由といったものなのかもしれないが、今なら夜が味方をしてくれるように思えた。だからといって朝になって後悔するとは考えられなかった。

それにいい年をした大人の女が後悔するとすれば、今この一歩を踏み出さなかったことだ。
恋を楽しみたいと言った女は、この瞬間を踏み出すことをしなければ一生後悔するような気がしていた。

けれどこの恋は永遠に続く恋だとは考えていない。
そのことは相手にも言われ自分でも言った。なにしろ相手は世界に名だたる財閥の後継者であり、今が身分の違いを言う世の中ではないにしろ、それは表面上のことだけであり、実際はそうではないことを知っている。そして自分が彼のような男性に相応しいと言われる人間ではないことも分かっている。夢を見たところで世の中のそういったことが簡単に変わるとは思っていない。それに飽きたら捨てられることになるだろう。

それでも____

つくしは道明寺司が去った後を見ながら思う。
それでもニューヨークの空の下で誰かが魔法をかけたとすれば、それでもいいではないか。
たとえ短い恋であったとしても、以前のように恋をしない女でいるよりも遥かにいい。
だってそれは自分の人生の中ではじめて訪れた恋をする気持ちなのだから。
それに思いはひとつの方向へ引き寄せられているのだから、否定をすれば嘘になる。
それなら、躊躇うことなどないはずだ。
そう胸に問いかければ答えは決まった。




つくしは、まっすぐ司の部屋へ向かった。
そこは早川から教えらえていた主寝室と言われるこのペントハウスの中で一番奥にある部屋。その部屋の前で立ち止まると躊躇うことなくすぐに扉をノックした。
そうしなければ、拳を作った手はいつまでもそのままで、扉を叩くことは出来ないはずだ。
そして扉が内側から開かれたとき、怖気づいてしまう自分がいたが口を開いた。

「答えが出たの」









『答えが出たの』

そこから先の言葉はなくても暗黙の思いは司に伝わった。
司は、おもしろい。と考える。これで美奈の願いが叶うからだ。
つまり司と男女の関係を結ぶということは、白石隆信とは別れることを決めたのだろう。
だがこれからセックスをするという女の顔は真面目で真剣だ。新しい男との関係に躊躇いがあるとしても、そんない真剣な顔をする必要はないはずだ。

司が初めて女を抱いてから随分と経つが、女はひとり知ればどの女も同じだ。
性格はそれぞれだが身体的特徴、つまり生態学的にはどの女も同じで、胸があり男を受け入れる場所があるというだけで、どんなに美しいと言われる女に身体を重ねても何も変わりはしなかった。

若い頃から女遊びが激しかった悪友たちからは、女との関係は遊びだと割り切れ。
息抜きだと考えろと言われたことがあった。
どうせ俺たちは名家の娘と結婚して子孫を残すことが求められるんだ。だから本気になる恋は出来ねぇんだよ。俺たちの男女関係はある種のゲームみたいなもんだ。つまり初めから終わりが決まってるってこと。

だがそう言っている彼らもまだ誰も結婚はしていなかった。
もちろん司も結婚する気はない。それは牧野つくしにも言った。
二人はただ付き合うだけで、男と女の関係を結ぶだけだということを。


司は扉の前から離れ、後ろへ下がり、少し離れた場所に立ち女が部屋の中に入り近づいて来るのを待った。

「俺が欲しい。それでいいんだな?」

女は頷いたが部屋の中へ足を踏み入れようとはしなかった。

「どうした?入れ。それともここじゃなくて別の場所がいいのか?」

笑いを含んだ声はこれから先のゲームがどんなものになるのかを想像していた。
女が一歩足を踏み入れれば、そこは司のテリトリーだ。牧野つくしという獲物は彼の手に落ちた。そして自分は動かずに獲物が近づいて来るのを待っていた。欲しければ自分の意志でここまで来いというように。
そして女は部屋の中に足を踏み入れ一歩、また一歩と彼に近づき、距離を縮め正面で立ち止まった。
だが何も言わず、ただ司を見つめていた。

「言葉にしてくれ。態度で見せてくれ」

そう言われた女は少し動揺したようだが、決心したように背伸びをして司の首に両腕を巻き付け彼の身体を引き寄せようと試みた。
だが二人の身長差はかなりあり、思い通りにはいかなかった。それを恥ずかしいと思ったのか。手を引っ込めようとした。
だが司はその手を掴み少し身体を屈めると、自分の首の後ろへ回させた。

「こうしたかったんだろ?それで?これから先はどうするんだ?」

態度で見せてくれの言葉は行動を求めている。
だからつくしはキスをしようと試みた。だが自分からは動こうとしない相手の唇を下から狙うという行為は、テレビや映画のようにきれいに出来ると思ったら大きな間違いだった。
意外に難しく狙ったはずの唇ではなく、顎にキスをしてしまい、スマートな大人の女性を演じようとしたが無理だった。

つくしは恥ずかしかった。
恋を楽しみたいといった女が、キスも満足に出来ないとすれば、目の前の男は幻滅するはずだ。これでは不器用な恋人の見本のようなものだ。
つくしは司の首に回していた手を離した。そしてごめんなさいと謝り下を向いた。

だがその時だった。

「愛し合うならベッドがいいだろ?」と言われ、身体がふわりと浮き上がり、床からすくい上げられると抱えられた。
そして言葉通りの場所へ運ばれて行った。





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2018
06.25

出逢いは嵐のように 52

強張った手を引き抜こうとしたが、簡単には引き抜くことが出来そうにないと感じて止めた。そして神経が研ぎ澄まされ、自分の心臓の音が聞こえてくるようだった。

心はイエスと言っている。だが自分にはまだ無理だ。
心は望んでいたとしても身体の準備が出来ていない。
それを口に出して言うべきだが、なんと言えばいいのか。
35歳の女が過去に何もなかったと知れば不気味なはずだ。もしかすると何か問題を抱えているのか。そう思われたとしてもおかしくはない。

そしてつくしとは違い場数を踏んだことが感じられる身体の動きは、流れるようなエスコートをする。手を握られたまま、リビングルームまで連れて行かれ、もう片方の手が闇に包まれた場所に明かりを灯した。そしてその時やっと手が離されたが、静かに離された手は闇夜行く船を安全な港にいざなうような手だったが、ここまで連れて来るために、握っていた手だとすれば、もういいということか。
そしてその手が離された途端、どこか寂しいような気がしていた。
するとその思いが伝わったように言われた。


「心の声は何て言ってる?」

「えっ?」
司はクスリと笑った。
「今夜お前はどうしたい?」

「どうしたいって….」

つくしは言葉に詰まった。
どうしたい。
その言葉に込められているのは、今晩同じベッドで過ごすのかという意味だが、つくしは言葉を継ぐ事が出来ず黙っていた。

「決めるのはお前だ。迷ってるんだろ?」

今夜どうしたいのか自分で決めろ。
それは自分の意志はどうなのかということだが、相手がつくしの経験のなさを知らないとしても、無理強いされないことがつくしにとってどれだけ重要なことか。

若ければ男性との行為も今ほど深く考えなかったかもしれない。
だが自分ではこの年まで経験がないということが恥ずかしいことと思わなくても、やはり35歳の女が何も経験がないことを知れば、無気味に思い、何か問題を抱えているのではないかと思うこともだが、つまらない人間だと思うかもしれない。

だが男性に全く縁のない浮世離れした生活を送ってきた訳ではない。それに、人生の半分を終えようとしている年齢の今、地味だと言われる女は、二つの黒い瞳に見つめられながら言葉の意味を考えていた。

つくしの人生には幾つかの転機があり、もし今夜がその転機のひとつだとすれば離された手をもう一度取ればいいはずだ。いや違うはずだ。男性が恋人に求める態度は、首に腕を捲きつけ、抱きつくようにキスをすることだ。
だが今のつくしにそうすることが出来るかと言えば、経験不足の頭には恥ずかしさといった方が先に立ち、簡単には出来そうにはなかった。

「あの、私は_」

「迷ってるなら止めろ。俺は無理矢理女を抱いて喜ぶ男じゃない。
それに相手が与えようとしないものを奪ってまで女が欲しいって男じゃない」

心を読まれていることが分かった。
そこまで言われれば、この場所から後ずさることを許されたということだ。
今夜はご馳走様でしたの言葉だけで自分の部屋へ戻ればいいはずだ。
だが、たった今言いかけた言葉を口に出さずに終わることは出来ない。伝えなくてはいけないことのように感じられた。
それに近い将来経験がないことは分かることなのだから伝えた方がいいはずだ。
未熟な女があなたの恋人ですがそれでもいいですかと。
だが、言おうと口を開きかけた時には抱きしめられていた。

「どうだ?俺が欲しいか?欲しいならこのままベッドだ。無理強いはしないが、俺はお前を抱きたい」

抱きしめられ耳元で低く甘い声でそう囁かれれば、うんと言いそうになったが躊躇った。
言えなかった。
そして何も言わずにいると、

「どうだ?まだ答えは出ないか?」

と訊かれたが、抱きしめられたままの姿勢でただ動かずじっとしている女は、答えを探していたが、頭の上でククッと笑われると顔がカッと赤くなるのが感じられた。
何しろ相手は女性に不自由したことがないと言われる男性だ。
その容姿は見事なまでに美しい。いや。男性に美しいという言葉は似合わないかもしれないが、実際美しい男性なのだからその言葉でもいいはずだ。そんな男性に抱きしめられ、耳元で囁かれればイエスと答える以外ないはずだ。

だがつくしの心を動かしたのは、そういった外見でもなければ、財力でもない。
そしてお前を抱きたい、の言葉に答えを出せと言われても、経験のない女は何と返事をすればいいか分からなかった。すると今度は、またびっくりするようなセリフを口にした。

「部屋で待ってる。無理強いはしない。俺が欲しいなら自分で来てくれ」

と言って身体を静かに離しリビングを後にした。





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2018
06.24

金持ちの御曹司~Between the Sheets~

大人向けのお話です。
なお、こちらのお話しは著しくイメージを損なう恐れがあります。
未成年者の方、またそのようなお話が苦手な方はお控え下さい。
******************************









妖美な大人な男が時折見せるキラキラとした表情というのは、傍からみて微笑ましい思いがする。それは司がひとりの女性のことを思い、自分の世界に深く浸っている時に見せる表情。
だがそれを見ることが出来るのは、秘書か彼の友人だけなのだが、彼らも時にマジかそれは。と言ったこともある。

そしてそんな男にエロ可愛いとエロかっこいい。どっちの言葉がいいかと問えば、それは牧野つくし次第と答えるはずだ。だが司はエロかっこいいと言う言葉が気に入っていた。


跨ってもいいか?
挟んでもいいか?
動いてもいいか?
この言葉だけ訊けば何を想像する?

絡まってもいいか?
舐めてもいいか?
奥深くなってもいいか?
この言葉だけでイキそうになるのはどんな痴態を想像する?
そしてピストン運動、上下運動という言葉に反応するのは誰だ?

もちろんその言葉の全ては牧野つくしに向けられていて、二人だけの甘い夜といったものが司の望みを叶えてくれる。
だがその甘い夜の行為に入ろうとする時間。深夜枠で放送されるドラマに牧野は嵌っていた。

女というのはテレビドラマが好きだ。
だがそんなものは架空の物語であり絵空事だ。
どうせドラマにするなら自分たちの高校時代の事を物語にしたものを見る方が余程楽しいはずだ。だが二人にとっては、楽しいだけじゃない事もあった。


そしてあいつが嵌っているドラマとは。
主人公は30代の男が二人と50代の男がひとり。
年齢的に言っておっさんと呼ばれる年齢の男達が繰り広げる恋愛ドラマは、30代の男と50代の男が30代の男を取り合う話だ。
つまりそれは、男同士の恋愛を描いた話。

司は生まれながらの性に囚われない生き方を世間がとやかく言うことではないと思っている。それは出自にも言えることであり、金持ちであろうが、貧乏だろうが、家柄がなんであろうと恋をした者同士の気持がひとつになればそれでいいはずだ。

それにニューヨークではごく当たり前に受け入れられていたことであり、年に一度LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)の祭典といったものもあり、彼らのシンボルである虹色の旗が掲げられ声高に愛を叫ぶが、恋愛はどんな形でもあり得るものだと思っていた。
だから司はそんなドラマを嫌悪することはない。それにつくしが楽しみにしているドラマなら、そのドラマが終るまで待つつもりでいた。
だが深夜枠の1時間は長い。疲れが溜まっていた男は、ソファでいとしい女の隣に座りウトウトしはじめていた。








司は世田谷の邸の東の角部屋にいた。
だがさっきまでそこにいたはずのつくしはおらず、手あたり次第に彼女を探して扉を開けて歩いていた。

司は世田谷の邸にどれ程の部屋があるのか知らなかった。
そして邸の中には入り組んだ迷路のような場所もあり、もしかするとつくしは迷子になったのではないかと思った。

「牧野!どこにいる?」

そう言いながら部屋の扉を開けて歩いたが、つくしは見つからなかった。
そして暫く探し歩いたが、やはり見つからず角部屋に戻り扉を開けた。
するとそこには総二郎とあきらがソファに座っていた。

「何だ。お前らか。どうした何か用か?」

「なんだよ。用がなきゃ来ちゃ駄目か?」

総二郎はそう言って立ち上った。
するとあきらも同じように立ち上がった。

「なあ。司。俺たちお前に大事な話がある。それは牧野にも関係することだ」

「なんだよ。大事な話ってのは。それに牧野に関係あるってどう言うことだ?それより牧野を見なかったか?あいつさっきまでここにいたんだが、部屋を出て行ったきり戻ってこねぇ。だから探しに行ったんだがお前ら見なかったか?」

「ああ、牧野ならここに戻って来たが、帰ってもらった」

「そうだ。牧野には悪いと思ったがこんな話し。あいつは訊きたくねぇだろうと思ってな」

司は怪訝な顔して二人を見たが、親友二人がつくしに訊かせたくない話しというなら、重要な話のはずだ。何か大変なことが起こったのか。もしかするとここにいない類の身に何かが起きたのか。そうなるとつくしの耳には入れたくない話もあるのだろう。何しろ類とつくしは心の友だと言っているくらいで、類の立ち位置は司とはまた別の次元の話になる。
そしてそのことを司も認めていた。だから類の身に何かあったとすれば、つくしが傷付く事になるから二人はつくしを帰らせたのか。そんな思いから司は訊いた。

「おい。まさか類に何かあったのか?」

「いや。類は元気だ。あいつはパリで元気に暮らしてる」

「そうか。ならいい。それなら牧野を帰らせるって何があった?」

司は真剣な表情を浮かべた二人に訊いた。

「…..実はな、司」

と、まず口を開いたのは総二郎だ。

「俺とあきらはお前について話し合った。話すべきか話さないでこのままで行くべきかをな」

そして次に口を開いたのはあきらだ。

「司。俺と総二郎は長い間考えた。そこで紳士協定を結んだ。お前の幸せのためなら俺たちは犠牲になっても仕方がないってな。けどな。やっぱいざお前が牧野と結婚するとなると気持ちがざわつくんだ」

そこであきらは総二郎に視線を向け、二人の男は目を合わせた。視線は保たれたが、やがて二人は頷き合うと視線は司に向けられた。

「司、よく訊いてくれ。実はな。俺とあきらは昔からお前のことが好きだった。類も同じだったはずだ。けどあいつはお前と牧野の幸せを望んだ。だからパリで暮らすことに決めた。
パリの空の下でお前の幸せを祈ると言って身を引いた。けど、俺たちはやっぱ諦めきれねぇ」

「俺も総二郎と同じだ。お前を諦めることは出来そうにない。俺がマダムに走ったのは、母親と妹たちのせいだってことになってるが、実はお前のせいだ。お前のその冷たさが俺を不倫に走らせた。俺は子供の頃からお前に会うと心臓がドキドキして脈が速くなった。それにお前が女嫌いなのは、男が好きなのかと思ったこともあった。けど牧野に会ってお前は変わった。お前覚えてるか?高校生の頃、俺たち仲間で南の島へ行ったとき、俺がお前にカクテルを作って渡したのを。あのカクテルの名前はビトゥイーン・ザ・シーツだ。ベッドに入ってって意味で牧野に渡せって言ったが、本当はお前に飲ませたかった。あのカクテルは俺の気持だったんだ」

あきらの目には苦痛が宿っていた。
そして切々と訴える言葉には司に対する深い思いが溢れていた。

「俺もだ。俺は大勢の女と一期一会だと言って会っていたが、それはお前への気持を誤魔化すためだ。本気の恋はしない。女遊びはお前のことを忘れるためだ。どんなに美しいと言われる女を抱いてもお前の代わりにはならねぇんだよ…..司。俺が愛した唯一の人間は……司。お前だ。お前だけだ」

あきらと総二郎は、それぞれに自分たちの思いを告げた。
つまり二人は幼い頃から司を愛していたということだ。
そして総二郎は司に迫った。

「司。牧野と結婚するのは仕方がない。お前の心にはあいつしかいないってことも分ってる。けどその前にお前を抱かせてくれ。一度だけでいい。そうすれば俺もあきらもお前を諦めることが出来る」

総二郎はそう言うと、あきらと一緒に司の左右の腕を掴んだ。

「おい!止めろ!お前ら何考えてる!どうかしたんじゃねぇのか!離せ!おい!」

「悪いな司。俺たちの思いを受け止めてもらいたい。だからこうするしかないんだ」

あきらは言うとポケットからハンカチを取り出し司の口を塞いだ。









「さすが司だな。薬を含ませたハンカチくらいじゃ完全に意識飛ばすことは出来ねぇな」

「ああ。そうだな。コイツの意識を飛ばせるのは牧野だけだ。悔しいが俺たちじゃ司の意識を持ってくことは無理だ」

だが意識が朦朧としている男は力が抜けた身体を二人の男に抱えられると、ベッドへ運ばれた。

「…..ああ、司」
あきらが呻く。
「俺はどれだけお前のここにキスしたかったか….」
あきらは開いたシャツの襟元から覗くまっすぐで美しい鎖骨に唇を寄せた。

「あきら。俺だって司のこの胸にどれだけキスがしたかったか」

総二郎は司のシャツのボタンを外し胸の上部の輝く肌に唇を寄せた。

二人の男はそれぞれ魅力的で総二郎が凄腕プレイボーイと呼ばれる反面、あきらは癒し系マダムキラーと呼ばれていた。そしてそれぞれ得意な分野があるが、あきらのセックスは自分の満足よりも相手の満足を優先し、総二郎は自分も楽しみ相手にも楽しむことを求めた。
そんな二人が、いや類もいれて三人の男は幼い頃から一人の男を間に火花を散らしていたことを司は知らなかった。
そして類がいなくなった今、ふたりの男は一緒に司の胸を愛撫していた。

「….おい、やめろ二人とも….」

司は朦朧とした意識の中、なんとか声を上げた。

「嫌だ。俺はお前が牧野と結婚する前にどうしてもお前を愛したい。司。牧野には絶対に言わない。これは俺たちだけの秘密だ。もちろん類にも言わない。だから安心しろ」

あきらは言うと司の鎖骨に再びキスをした。
そしてふたりは人形の服を脱がすように司の服を脱がせた。シャツを取り、ベルトのバックルを外し、ファスナーを下ろし、ズボンを脱がせた。そして二人は裸になり司の黒のボクサーブリーフを脱がせると、あきらが司のペニスを軽く握った。そして手を上下に動かした。

「司。覚えてるか。まだ牧野と何も無かった頃。お前はこんな立派なモノを持っていたのに宝の持ち腐れだって言われたことを。けどな。俺はあの頃宝の持ち腐れでもいいと思っていた。本当はこれがどこかの女を喜ばせることになる前に俺を喜ばせて欲しかった」

「俺はお前を引き裂きたかった。お前のアヌスを俺でいっぱいにしたかった。女に突っ込むよりもお前の中に入れたかった」

総二郎は睾丸を弄びながらかすれた声で言った。

「ああ…司。お前の宝はこんなにデカい。これが俺に突っ込まれるところを何度想像したことか」

あきらは自分の手で大きくした司のペニスに興奮して呻いた。
そしてかがみこんで、自らの口で司の亀頭を咥えこんだ。

「…..う….っ…やめろ….あきら….」

だが司は薬のせいで身体の自由が効かず、あきらに腰をベッドに押さえつけられた姿勢で、短い黒髪が下半身で動いているのを眺めることしか出来なかった。
そしてあきらは、男だからこそ分かる弱点というものを上手く突いていた。先端だけを舐めたと思えば、喉の奥深くまで呑み込み舌先を何度も往復させ、根元から唇を滑らせ吸う。
そしてわざと音を訊かせるようにしながら、ゆっくりと執拗な動きを繰り返す。その度に司の腰が持ち上がりそうになり呻き声が上がる。

「…はっ….」

そして総二郎は、司の頭の後ろに回り上半身が動かないように肩を抑えていた。

「司。お前は牧野と幸せになればいい。けどその前に俺たちを幸せにしてくれ。一度だけでいい。二度目があるとは思ってない。だから今夜を俺たちにくれ。な?司?感じてくれ俺たちの愛を。お前に対する俺たちの愛は永遠だ。お前が恍惚に呻く顏が見たい。ただそれだけだ」

言うと総二郎は司に顔を近づけると唇に唇を寄せた。

「うっ….総二郎、や….めろっ!…..なに考えてんだお前ら…..どうかしちまったんじゃねぇのか!…..クソッ….あきら….やめろ…..やめてくれ!」

「あきら!もっと舌を使え!司がイキそうだ。お前のテクニックでイカせてやれ!」

総二郎はあきらに叫んだ。
その瞬間、あきらの動きは激しくなり、司の口は大きく開き、呼吸が早くなり、全身の筋肉がこわばった。
そしてその瞬間、司は歯を食いしばりながらイッた。












「うわっ!止めろ!なんだよこれは!」

司は一気に覚醒した。
気付けば、ソファの上でつくしの膝に頭を乗せていて、見上げればつくしは眠っていた。
そしてテレビの画面はとっくに消されていたが、悪夢を見たとしか言えなかった。
それにしてもまさか総二郎とあきらに襲われる夢を見ようとは思いもしなかった。
嫌な汗が額から流れたが、夢であって良かったという思いがまずあった。そして自分が今いる場所は、司のマンションのリビングのソファの上であること。そしてつくしの膝枕でいることにホッとしていた。

「….あれ司?目が覚めたの?」

そう言ってつくしは目を擦り、ぼんやりとした顔で司を見下ろした。

「ああ。なんかすげぇ厭な夢を見た」

「ほんとだ。汗びっしょりだね?熱とかないよね?」

と言って司の額に小さな掌を乗せた。

「うん。大丈夫みたい。それで厭な夢ってどんな夢だったの?」

そっと言いながら、小さな手がやさしく頭を撫でた。

「いや…..よく覚えてねぇけどとにかく厭な夢だった」

どんな夢がよく覚えているが、とてもではないがあきらと総二郎に襲われたなど話せる内容ではなかった。だからよく覚えてないと言ったが、目がわずかに泳いだことは間違いない。
そしてあんな夢を見たのは、見ていた男同士の恋愛ドラマの影響が大きかったのか。だがつくしは夢ってそんなものなのよね。目覚めるとすぐに忘れるものなのよね。と言って笑っていた。

そして口直しという訳ではないが、悪い夢を追い払うためには、いい夢を見ることが必要だ。
司はつくしを抱上げるとベッドルームへ向かったが、首に手を回してくる女は恥ずかしそうに頬を染めていたが、幾つになっても、何度愛し合っても頬を染める姿は、高校生の頃と変わらず愛おしかった。
そして上目遣いに見上げる姿は、彼女の得意な表情。
その表情に息が出来ないほどの愛を感じる。そして息が出来ないほどの愛とは、息継ぎが出来ない水泳のような状態を言う。
だが司は泳ぐのは得意だ。だから息が出来ないほどの愛はいくらでも続けることが出来る。
延々と牧野つくしという大海原を泳いでいたいと思う。

そして司はそれほどつくしを愛しているから、彼女を見るたび呼吸が早まる。
彼女だけに向けられる剥き出しの欲望は性的欲望。

「ねえ?それで本当はどんな夢見たの?あたしが覚えてるって訊いたら目が泳いでた。だから覚えてるんでしょ?ねえ。教えてよ?」

「言わねぇよ」

「そっか。言わねぇじゃなくて、言えねぇでしょ?あ!まさかイヤラシイ夢見てたんじゃないでしょうね?だから汗かいてたとか?」

「へぇ。訊きたいわけ?お前もしかして俺の夢にヤキモチやいてるのか?」

「ま、まさか。そんなことないわよ。夢を見るのは自由だもの。どんな夢をみようと構わないわよ?….でもそれにあたしが出てたら嬉しいけどね?」

「お前出てたぞ?でもさっさといなくなった。いつの間にか消えてた。言っとくけどな。俺の夢に出て来るんなら責任を持って最後まで出てろ。中途半端な登場の仕方をするな」

「そんなこと言われても….だって司の夢だもん。あたしの意志は関係なく出てるんだから、最後まで出て欲しかったら司がそう願わなきゃ出てられないでしょ?」

それはもっともな言い分で、どちらにしても愛しい人とは夢の中でも一緒にいたいと思う男は、我儘だがそれが司という男だ。
だからつくしも分かったもので、そんな男の態度にも馴れたものだ。
そしてベッドの上では素直になる女は、愛し合った後は恥ずかしそうにシーツの間に潜り込む。
その姿がまた愛おしくて何度でも愛し合いたいと思う。
つまり一晩中ということになり、翌日は身体中にキスマークを付けた姿でいるということだ。だが司も慣れたもので、明日が何曜日かということは頭に入れている。
そして明日は日曜日だということで遠慮するつもりはなかった。

耳を甘噛みして、首にキスをする。
つくしの身体はブルっと震えた。
そこから後は二人の間に愛してる以外意味のある言葉は交わされなかった。





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2018
06.23

出逢いは嵐のように 51

アメリカ本社ビルの正面玄関は、終業時間の午後6時には閉める決まりになっている。
だからそれ以降ビルに出入りする者は、通用口を通ることになるが、そこは日中よりも厳しいセキュリティチェックを受ける。
それは地下にある駐車場への出入りも同じで、9.11アメリカ同時多発テロ事件以降ますます強化されたが、副社長である司は別だ。そして彼に同行する西田も同じでボディチェックは行われないが、牧野つくしは屈強な警備員に拘束されたことがあった。

それは女の歩く速度が遅かったため起きたことだ。
司の車の乗り降りは地下にある駐車場で行われ、そこから役員専用のエレベーターに乗るのだが、ある日、司から遅れ車から降りた女は、既にエレベーターの扉の前にいた彼の元へ走って駆け寄ろうとしたとき警備員に止められた。

一見大人しそうに見える小柄女性とはいえ、テロリストに男も女も性別は関係ない。
その細い身体に爆発物を巻き付けているかもしれない。もしかすると駐車場に潜んでいた暴漢でナイフを懐に隠し持ち、体当たりしようとしているのかもしれない。
その恰好がスーツ姿だとしても、変装した女テロリストかもしれないといった疑いが持たれたことがあった。なにしろ女は西田と違い見かけたことがない顔だったからだ。

そしてそれとは別に女の問題というものは、それなりに地位を築いた人間には例外なく付いて来ると言われ、どんなに綺麗に別れたとしても、相手はそうではない。つまり別れた女が捨てられたと思い込み、そのことを恨みに思い潜んでいるということも考えられ、牧野つくしはそんな女と間違えられた。だが司から見れば、牧野つくしが別れた男に何かするような女には見えなかった。
それにもし襲い掛かってきたとしても、女の細い腕など一捻りすれば折れてしまうだろう。

そしてその日は、グンターと牧野つくしが会った翌日だった。
司はあの日。牧野つくしへの態度は冷たかった。いや、それは単にビジネスライクだっただけのこと。だから女を置き去りとまでは言わないが、確かに女のことを顧みずそういった態度を取ったことがあった。だが今夜は同じ速度で歩き、丁寧にエスコートした。
そしてその様子を見たあの時牧野つくしを拘束した警備員は、ほほ笑みを浮かべていた。





数分後、車の後部座席に収まった二人が向かったのは、ニューヨークでも隠れ家的存在と言われるレストラン。落ち着いた雰囲気のその店は、フレンチだが日本との繋がりの深い店で、シェフは東京で日本料理の修行をしたことがある予約が困難と言われる店だ。
そんな店でボーイに案内され二人は窓際のテーブルに座った。

だが席に着くまでの間、お堅い制服のようなスーツ姿の女と、アジア人にしては長身で引き締まった身体を持つ男に視線が向けられたが、男に向けられたのは熱い視線。それに対し女に向けられた視線は無遠慮で値踏みする視線。司はその時、遠慮がちに隣を歩く女の腰に腕を軽く添えた。
そうすることで女に向けられていた視線は興味を失ったのか。目の前の皿に向けられ誰も二人を見なかった。だが女の身体はビクンと跳ねた。


恋人となって初めての食事というものが、今までの食事とどう違うのか。
人間が生きていく上で欠かすことの出来ない食べるという行為。だが元々食べることに興味がない男にすれば、誰と一緒に食べようと食事は食事であり、味に変わりはなかった。

だがおいしを口にする女の食べっぷりは、過去司の周りにいた拒食症気味の女たちとは全く異なるのだが、幸せそうに食事をする姿に嫌悪感はなく、不思議なことだが食べ物の味がしなかった男の舌にも味が感じられた。

そして美味いか?と訊けば、必ず「はい、とても」と言葉を返すが、こうして二人でいることは、当初計画していた二人の関係の上では当然あることだが、司が女を誘惑して虜にして捨てるという思惑とは違い、相手から一時的な関係でもいいと言われたことは意外だったが、最終的に白石隆信との関係が切れるならそれで目的は果たされたと思っていいはずだ。

将来の約束はいらない。義務も必要ない。恋を楽しみたいといった女。
だがいきなりセックスは出来ないといった女。その女に司はにこやかな笑みを浮かべたが、奇妙なことに食事を楽しんでいる自分がいた。と、同時にベッドの上でこの女はどんな風になるのかということを考えていた。いきなりは無理だと言ったが、そう時間はかからないはずだ。だがそのいきなりが無理だというのは、白石隆信に別れを告げてからということなのか。
だとすれば、帰国してからということになるのか。

「あの、副社長….」

司はその呼びかけに食事とは別のことを考え始めていた思考を止めた。
そして女が言いかけた言葉が何であれ頭の中にあった言葉が口をついた。

「その呼び方は距離を感じるな。俺たちは付き合い始めたはずだ。その呼び方は止めてくれ」

司が過去に付き合った女は、皆勝手に名前で呼んでいた。
相手は日本人ではなかったのだから、当然かもしれないが気に留めたこともなかった。
だから余計そうなのか。仮にも付き合い始めた女に名前ではなく、副社長と呼ばれることに違和感と苛立ちがあった。それはグンター・カールソンのことをグンターと呼び捨てにしていたこともあるはずだ。付き合ってもいない男のことを親しげにファーストネームで呼ぶ女に対して訳のわからない感情が副社長という役職名ではない呼び方を求めた。

「でも副社長以外なんと呼べばいいのか…」

と言って、ええっと、という顔をした女に司は躊躇うことなく答えた。

「司って呼べばいいだろ。自分の男に何を遠慮する必要がある?」

「でも、私たちは仕事上では上司と部下です」

その声は真面目な声色だ。
恋を楽しみたいと言った女だが、男と女の関係になっても上司と部下に拘るのか。だが顔は真剣だ。だが今はまだ始まったばかりであり、相手のペースに合わせるのも面白そうだと思うが、ゲームをするつもりはない。

それに恋を楽しむというのは、セックスを楽しみたいといった言葉も含むはずだ。当然女のそのつもりのはずだ。それにもしゲームだとしても長いゲームをしたいとは思わない。それにゲームなら司が勝つに決まっている。ビジネスに於いても女との関係でもノーという言葉は訊いたことがないのだから恋愛ゲームの勝負は彼の勝ちだ。

「だから?」

名前を呼ぶことを躊躇う女に司は片方の眉を上げた。

「仕事とプライベートは別だろ?」

と司は一蹴したが、次には穏やかな声でおかしそうに言葉を継いだ。

「司だ。俺の名前は司。だから二人だけの時は司だ」









司と呼べと言われた女は、だからと言ってすぐにその名前を呼ぶことは出来なかった。

「道明寺さん。今夜はご馳走さまでした」

だから道明寺さんと呼ばせて下さいと言った。それならと司は牧野と呼んでいたそのままの呼び方をすると言った。

そして大人の男女の間では、バカみたいに時間をかけることはないのが普通だ。
それはつまり身体の関係を持つということだが、いつだったが桜子が何かの話ついでに言ったことがあった。

『勿論気持ちも大切ですが、寝てみないと分からないじゃないですか。弾みというか勢いも必要なんですよ。でも若い男性と違ってそれなりの年齢になれば、年相応に経験もありますし遊びも知ってますからガツガツしません。だから得意じゃなくても大丈夫です』

得意じゃなくても大丈夫の言葉。
得意も何も数少ない交際の中でそういった関係になったことは一度もなかった。
だが経済学部の男性と付き合っていたとき、求められたことがあったが何故かその気にならなかった。やがて二股をかけていたことが発覚し別れてしまった。
そして経験がないことを桜子は知らない。

桜子は他人の過去を詮索することはない。言いたければ話せばいいし、話したくなければ話さなくていい。それが大人の女だと言ったことがある。だが桜子の勘は鋭く、相手が話さなくても心を読むことが得意だ。
そしてこう言葉を継いだ。

『自責の念にかられたように過去の話をする人もいますが、過去は変えられません。だから過去に囚われる必要はないんです。精神は自由でいなくちゃ恋なんて出来ませんから。それに年齢なんて関係ないんですからね?』

それは桜子の数多い恋愛経験がそういったことを言わせるのだろう。

そしてつくしは、過去の経験がないのだから、これから先のことを考えたとき気付いた。
食事を終え、ペントハウスに辿り着いたとき、車を降りてからずっと握られていた手が強張ったのだ。そして相手も手の中の強張りを感じたはずだ。
いきなりは無理だと言ったが、この街で同じ屋根の下で過ごす夜は今夜と明日だけだ。
そして心は急にスピードを上げて走り出した列車の乗客のようにざわめき始めていた。
それは恋を楽しみたいといった気持ちがそうさせるのか。
だからつくしは自分の心に問いかけた。今夜どうしたいのかと。
そして出た答えは、身体はノーでも心はイエスだった。





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2018
06.21

出逢いは嵐のように 50

女性経験が豊富で結婚に興味がない男が、女の方から一時的な関係でも構わないと言われることは、願ったり叶ったりの話のはずだが、それにしても、今まで女からそんな言葉を言われたことはなく正直面食らった。
そして策を弄して男を罠にかけるといったことはしない女のその態度は、潔ささえ感じられた。

司が牧野つくしと姪の夫である白石隆信についての報告を求めたのは、朝の早い時間。
だが、有能な秘書は夕方には牧野つくしについての詳しい報告と、白石隆信のここ1週間の様子を知らせてきた。
そして牧野つくしについての報告は、以前手に入れたものよりも詳しく書かれていた。

家族構成は、今は亡き両親と長野の農協で営農指導員として働く弟。
その弟も真面目な性格で結婚し家庭を築いていた。
そして大学時代の交友関係。その中には女が話したように法学部の男と、経済学部の男が存在したが、法学部の男は弁護士になり父親の法律事務所で働いている。
そして経済学部の二股をかけていたという男は、中堅どころの広告代理店で働いていた。

そして過去に付き合った男はこの二人だと言ったが、確かに社会人になってから付き合っていた男はいないと書かれていた。

そしてパソコンの画像はジーンズにカットソー姿の大学生の牧野つくし。
髪はショートカットで今よりも短く、顎より少し下の長さで両サイドは耳にかけている。
化粧っ気はほとんどなく、人の好さそうな顔をしていた。

やがて大学を卒業した女は、入社後社会人として企業人の意識が芽生えたのか。
社内報に載った歓迎会で写された姿は笑っている画像だが、それは控えめな笑顔といった感じだ。
真面目に働く牧野つくしの評判はよく、期待に応える仕事をする女は貴重な人材といった評価がついていた。やがて同期入社の社員たちのうち、女子社員は結婚して会社を去ったが、牧野つくしは35歳になっても独身で働いていた。

美奈によれば隆信と付き合っているのは1年前からということになるのだが、勤怠管理システムの記録が嘘をつくことは出来ず、過去1年の女の仕事は忙しく、どうしてもしなければならないという残業も多かった。

隆信との逢瀬を重ねていたとすれば、その時間はいつだったのか。
二人の接点は何なのか?二人はどこで知り合ったのか?
1年前牧野つくしはスポーツクラブへ通っていたと書かれているが、隆信はそのクラブへ通ってはいない。
それに営業ではない女は一日中社内といった状況だ。社外に出るとすれば、昼休みか帰宅の時だが、隆信は役員として秘書が付いていて、勝手気ままに動くということは出来ない。
過去1年の隆信の出張履歴を見るが、それに合わせ女が休みを取った形跡もない。

それでも、日曜や祝日には、接待ゴルフだと言って家を出ることもある。
早い時間に車が迎えに来てゴルフクラブを積み込めば、行き先はゴルフ場だと思う。
だがゴルフに行くと言って家を出たが、実際には行かなかった日もあったと考えられる。
と、なると、その日が牧野つくしのマンションに向かったということになるのだろうが、無理矢理作った休日に女の部屋で会っていたということなのか。
それならマンションの防犯カメラの映像を確認すれば分かるはずだが、警察でもない限り、画像を見せろというのは簡単にはいかないはずだが、管理人を丸め込めばいい。
金で解決できる問題は金を使えばいい。有能な秘書は司の意を汲み既に動いているはずだ。

そして牧野つくしが日本を離れている今、偶然なのか隆信は地方都市のマンション建設現場の視察に出かけていて東京にはいない。
今の段階で報告を見る限り、牧野つくしと白石隆信の接点は見当たらなかった。
だがどんなに注意しても隙といったものは必ずある。嘘はいつかバレる。
いや。ごく稀にバレないこともあるが、美奈は妻という立場から夫の異変に気付いたが、こうして牧野つくしを調べている自分は、まるで浮気をした妻の素行調査をしているようだ。だがそれは結婚を望まない男には実際にはあり得ないことだ。
だがこうして女の写真を眺めていると、若い頃の牧野つくしには自然に惹き付けられるものがあった。

そして歓迎会から少し後でグンター・カールソンと出会うことになった訳だが、二人が出会った頃の自分は何をしていたか。
経営の根幹を担う人物として歩き始めた男に、心を許せる女はいなかった。
恋をすることなど考えたこともなく、ビジネスのことだけを考えていた。
だが牧野つくしとグンター・カールソンはその頃知り合い、そして再び出会い友情の絆を結んだようだが、こうしてあの男のことが頭を過ったということは、あの男に嫉妬を感じているとでもいうのか。牧野つくしとは切れることのない友情というものを結んだカールソンに対しての嫉妬なのか。判断がつかなかった。



司はパソコンに送られてきていた報告にひと通り目を通すと、目を閉じ暫くじっとしていた。
朝食を取る習慣のない男は、朝っぱらから美味そうに食事をする女を目の前にコーヒーを飲み、西田から渡された書類に目を通した。
そして時間が来るとペントハウスを後にしたが、車内で今夜牧野つくしと一緒に食事をとる約束をした。それは恋を楽しみたいと言った女と恋人としての初めての食事。
何か食べたい物があるかと訊いたが特にないと言われ、邸から来るシェフの料理が美味いと言った。それならペントハウスでゆっくり食事をするのもいいかと思うも、せっかくのニューヨークだ。レストランでの食事にしようと言った。


閉じていた目を開き、時計を見ると7時を過ぎていた。
約束の時間がある訳ではないが、ニューヨーク滞在は今夜を含めあと二日。
今夜は今までとは違う夜になるはずだ。
そしてその後に男女の仲になるとすれば、いきなりは嫌だと言った女が望んだということになる。

司はパソコンの電源を切ると立ち上った。
そして広い執務室を横切ると、部屋の扉を開け廊下へ出た。





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2018
06.20

出逢いは嵐のように 49

ニューヨーク滞在もあと二日となった。
今日は秘書見習いとして副社長に付き従い出社する予定だ。
昨夜はあれから二人の間に時間と空間が出来たことが、気持ちを落ち着かせるためにも良かったはずだ。
それは付き合うことを決めたキスだけの夜の時間。
その言葉通りでキス以外何もなかったが、つくしの頭の中では、自分が口にした言葉から、そうでないものまで色々なことが渦巻いていた。

恋愛に関する過去の経験は片手でも足りる数しかないというのに、相手は経験豊富な男性だ。そんな男性を相手にいったい自分はどうしてしまったのか。
いつもなら用心を促す声といったものが頭の中に聞こえ、友人には石橋を叩いて渡る前に叩き壊してしまうのではと言われるほど恋や男性については慎重だったはずだ。
それにここ何年も男性を前にしてもドキドキすることなどなかった。
実際副社長から惚れたと言われた時も、戸惑いと困惑の方が先に立つばかりで、まさか自分がこんな風になるとは思いもしなかった。
こんな事を考えるとは思いもしなかった。

もし今ここに三条桜子がいたら、何と言うだろう。
つくしの行動に驚いた後、こんなことを言うはずだ。

『秋の花火ですね。季節を間違えて打ち上がったとしか言えませんね。それも去年の夏に使い切れずに残っていたロケット花火。つまり忘れられていた花火に火を点けてみたら燃え上がったって感じでしょうか』

昨日の夜は、あれから部屋に戻りベッドに入ったが、眠りに落ちることが出来ず、寝返りばかりをうっていた。そしてついに夜明け前には起き出して早々に支度をしたが、どんな顔で会えばいいのか。
どんな顔をして朝食を食べればいいのか。
だがいつまでも部屋の中で考えていたところで何がどうなるものではない。
それに自分の態度と言葉に責任を持つのが大人の女だ。

それにしても、つくしの立場で道明寺副社長と付き合うということは、無謀のような気もするが、だんだんと惹かれていく自分がいた。
そしてそれは、グンターと会いながら頭の中で副社長のことを考えていた自分がいたからで、もしグンターと会わなければ気付かなかったことなのかもしれない。
そしてその後に起きた男に襲われそうになったことが、こうして一歩踏み出すきっかけとなったことは間違いないと言える。
胸が早鐘を打ったのはそれからなのだから。

そして傷付いた靴の代わりに新しい靴を用意してくれたのは、気まぐれだとしても嬉しかった。
ニューヨーク滞在があと二日となった今、もうあの靴を履くことはない。
だから靴が入れられていた箱の中にあった靴用の袋に納めたが、柔らかな本革の靴は、正確な値段は分からないが、ブランドの名前からして最低でも1000ドルはするはずだ。きっと桜子ならこの靴について詳しいはずだ。そしてつくしがそんな高い靴を買うことがないと知っている女は、絶対に訊くはずだ。
その靴。いただいたんですね?と。


つくしは、バスルームまで行くと、鏡を見て髪にブラシをかけた。
真っ黒な髪は、落ち着いて見えるが華やかさには欠ける。いつか桜子が少し茶色にしてみますか、と言ったことがあったが似合わないからと断った。
けれど、副社長と付き合うならもう少しおしゃれにした方がいいのだろうか。それとも、長い金髪の女性と交際したことがあると言われる男性は、髪の色には拘らないのか。
髪をとかし終えると、口紅を取り出した。
淡いピンクは春の色だが、つくしは年中この色だ。季節によって色を変えるといったことはしない。けれど、初夏のニューヨークの街角でビビッドなピンクを塗った女性を大勢見た。すると淡い色というのはこの街に似合わないような気がしてきた。

赤い口紅が似合わないことは分かっている。だが、ビビッドなピンクも唇が浮いてしまうだろう。それなら明るいピンクならどうだろうか。鏡を見ながら考えたが、今更顔立ちが変わることはないのだから、やはり淡いピンクが自分の顔には合っているのだろう。
そう思いながら口紅を塗った。そして鏡から少し離れスーツの皺を伸ばした。
今まで自分がどう見えるなど気にしたことはなかった。
だが、今は気になっていた。












司はシャワーを浴び、バスローブを羽織るとベッドに腰を下ろした。
昨日の夜は、いきなりセックスをするのは嫌だと言って顔が赤くなった女がゲストルームに引き上げるのを見送った。

それにしても過去の楽しかったと言えない恋愛のことを、バカ正直に答えた女は、グンター・カールソンのように金がある男に言い寄られたことを自惚れることもなければ、おかしな見栄を張るといったこともなかった。
そして司と付き合うことを決めたと言ったが、自分の立場は分かっている。
そして二人の間に結婚というゴールが無いことを納得した上での付き合いだと言った。
つまりそれは、然るべき時が来たら別れることを承知で付き合うということだ。

そして司と恋を楽しみたいと言った女は、1年に渡る白石隆信との関係を清算するということだ。そうでなければ司と付き合うことは出来ないはずだ。
それに司も他の男と女を共有するつもりはない。昨日の夜はキスだけで終わったが、牧野つくしを抱くときは、他の男のことなど思い出させないほど燃えるような愛の行為になるはずだ。


それにしても、受動型の恋愛しか経験したことがないというのなら、白石隆信との関係は、隆信の方から声をかけたということか。
道明寺系列の不動産会社の役員である隆信と、産業機械専門商社の女の接点はどこにあったのか。牧野つくしが話した過去に嘘が挟み込まれていたとは思えないが、確証は得ていない。
司はスマホを手に取ると西田に電話をした。

「牧野つくしのことだが詳しく調べろ。......それと白石隆信の最近の様子を連絡させろ」





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2018
06.19

出逢いは嵐のように 48

美奈のこととは別に心の中に居座りそうな何かの正体を知りたかった。
湧き上がっている思いを確かめたかった。
控えめに味見をするようなキスをして、唇を離し女の顔を見れば、瞼を閉じたままの状態でいた。そしてその様子はまるで次のキスを待っているように思えたが、やがて瞳が開かれると黒い瞳は司の顔をボーっと見つめていた。
そして突然何かに気付いたように口を開いた。

「あ、あの_」

だが司は言いかけた女の言葉を遮った。

「何も言わなくていい。感じればそれで」

柔らかな唇は、司が遮ったことで半開きの状態だ。その唇に顔を近づけ再び唇を重ねようとしたとき、二人の息が交じり合うのが感じられた。
すると二人とも一瞬息を止めたが、司は片手で女の顎を掴み、もう片方で身体を引き寄せ唇を重ねたが今度のキスは味見ではない。しっかりと唇を合わせ、舌を差し入れた。
そして司は舌を女の舌に絡めようとした。だがその途端、女の身体に力が入り小さな手が司の胸を押しているのが感じられた。

司はその手を無視してキスを続けようとした。
だが執拗に胸を押し返す小さな手は司のネクタイを掴むと強く引っ張った。だから仕方なく顔を上げたが見下ろす女の顔は真っ赤だった。

「ち…..ちょっと待って!い、いきなり_」

「フレンチキス。恋人になるならこのくらいはするはずだが?それに俺は男と女の間にプラトニックな関係があるとは思わない男だ。付き合うってことは、身体の関係を含めた上のことを言うがお前は違うのか?」

そう言って再び唇を寄せようとしたが、小さな手は再び司の胸を押し返そうとしていた。
だが、いくら押し返したところで厚い胸板に敵うはずはないのだが、女は分からないのか。
なんとか唇を阻止しようとしている様子が可笑しかった。
そしてその手の感触は嫌なものではなく、シャツを通して感じられる手の温もりはフェザータッチといったところだ。

司にとってセックスは相手が好きという感情がなくても出来るものだが、性的に飢えている若者とは違い行き着く先が分からないという状況に陥ったことはない。
そして司は女に溺れ自分を見失うことはないという自信がある。
実際今までもそうであり、牧野つくしに対し抱いている感情が何にしろ、それだけは確かなはずだ。
それに単純な動物的欲望を抑えることがいいことだとは考えてはいない。
だがだからといって手あたり次第という男ではない。
だが御座なりな態度を取ることがほとんどだったはずだ。

そしてこれから牧野つくしと付き合うことは、自分自身が興味を抱き、今までに感じたことがない理解出来ない感情が何であるかを確かめたいという思いと、遠い昔の恋愛話をしたが、それ以外の話はしなかった女に嘘があるかどうかを確かめるためだ。
だから女を抱くことで理解出来ない感情が何であるのか分かるなら、すぐにでも抱きたいと思った。だがその前に女に伝えておくことがあった。
道明寺司と付き合うということは、どういうことかを。


「それから二人が付き合うにあたって言っておきたいことがある」

司はそう言って女の顔をじっと見た。

「俺は付き合ってくれと言ったが結婚相手を探している訳じゃない。将来を約束する関係じゃないがそれでもいいんだな?」

司の問いかけに女は押し黙った。
それは司と付き合うことで、手に入れる物の大きさを測っていて、期待外れだというなら彼との付き合いを考えるはずだ。
だが美奈の夫を捨てさせるためにこうしているのだから、付き合いを止めると言われては困るのだ。
ところがそうではなかった。
牧野つくしの口からは止めるという言葉は出なかった。

「副社長。私は誰かの付属品でいることはしたくありません。今までも誰かの付属品でいたことはありません。自分の足で立って生きてきました。こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、私は副社長のお金には興味はありません。恋愛は受動型ですが人生は受動型ではありません。人に何かをやってもらいたいといった人間ではないと思ってます。
それに副社長の立場から言えば、私との結婚を考えてないとおっしゃられても当然だと思います。立場が違いすぎますから。
それから私は男女交際が結婚を前提でなければ駄目だと考える人間ではありません。
今の私は恋に飛び込んでみたいんです。今までこんな気持ちになった人はいません。…だから副社長との恋を楽しみたいんです」

恋を楽しみたい。
そんな思いもしなかった言葉を訊かされ、司を見つめる黒い瞳に垣間見えたのは、恥ずかしそうにしながらも、恋を夢見る少女ではないがキラキラとした輝きだった。
そして牧野つくしが言った言葉は、何故かすんなりと受け止めることが出来た。

「分かった。それなら早速_」

「ちょっと待って!でも違うの!」

急に慌ててくだけた口調になったのは、司が再び彼女にキスをしようとしたからだ。

「あの、私たち付き合うことに決めたとしても、いきなり….その…..」

恥ずかしそうに言葉を探す様子と、なぜだか知らないが、いちいち赤くなる顔やコロコロと変わる表情に吸い寄せられる。そして司は牧野つくしが何を言いたいのか理解した。
だから言葉を継いだのは司だ。

「いきなりセックスは嫌か?」

その言葉に小さく頷く女の意志は司に伝わった。
だがそれが強い意志なのかと言えば、そうなのだろう。
だがいい年をした大人の男が手を繋ぐだけの付き合いで満足するとは考えてはいないようだ。
ただ、いきなりが嫌だというだけで、きっかけなりそれなりの時間が経てば男の腕の中に飛び込んでくるはずだ。そして司にはそうさせる自信がある。

「分かった。そんなに警戒するな。今夜は俺たちが付き合うことに決めたキスだけの夜ってことだな」

と口にしながら、いずれ身体の関係を結ぶことは間違いないが、壁は簡単に乗り越えられると分かった男は、牧野つくしの赤く染まった顔に笑顔を向けていた。





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