2018
02.28

時の轍 2

Category: 時の轍(完)
母の骨を分けて欲しいと言って来た道明寺悠。
その人物が社長を務める会社は周子にもすぐに分かった。
道明寺HDと言えば、日本だけでなく世界展開をする大企業で誰もが知る会社だ。
そして道明寺悠という名前も訊いたことはあるが、顔はよく知らなかった。
だが目の前に現れた本人は、理知的な顔立ちで頭の良さを感じさせた。そして二枚目という言葉があるが、その言葉は彼のためにある言葉だと感じた。


「どうみょうじ…さんですか」

珍しい名前だがよく知られた名前を声に出し読み、相手の顔をじっと見つめた。

「申し訳ない。私は先ほどからあなたのお母様の骨を分けて欲しいを口にするだけで理由を申し上げるのが後回しになってしまった」

そう言って道明寺悠は少し黙ったが、それからすぐに口を開いた。

「私の父にあなたのお母様の骨を分けて頂きたい。その理由は父とあなたのお母様が昔….二人が高校生の頃ですが付き合っていたからです。つまり二人は恋人同士だった。だから父はあなたのお母様の骨が欲しいと、亡くなったかつての恋人の骨を、ほんの少しの骨でいいから分けて欲しいと望んでいるんです。ですがこんな話をされても気味が悪いはずだ。
それに昔の恋人の骨が欲しいと言う男など、私があなたの立場だとしても簡単にはい分かりましたと言えるはずがない。ですから私も正直なところここに来ることを迷いました。ご家族がどう思われるか考えました。ですが、やはり父の想いを汲んでやることが私の仕事だと、息子である私の勤めだと思いこうしてお願いに上がりました。ああ、申し遅れましたが私の父の名前は道明寺司と言います」


突然聞かされた母の昔の恋人の話。
それも相手は道明寺財閥の道明寺司。
道明寺悠の父親なのだから、道明寺司が父親なのだろうとは思っていたが、正直驚いた。
何しろ道明寺と言えば大企業であることは勿論だが日本で一、二を争う財閥。
日本経済の重要な部分を占める産業には必ずその名を頂く会社が含まれている。
そして日本だけではなく、世界的な規模の会社であることは間違いないのだが、一時財閥の経営状態が急速に悪化したことがあったという。だがその時、他に頼ることなく自主再建の道を選び、苦しいながらも再建を果たし、財閥の危機を救ったのが道明寺司だ。
その道明寺司は数年前第一線を退き、今目の前にいる息子に後進を譲った。それ以来表に出て来ることが無くなった。
そんな男性と母がかつて恋人同士だったとは正直信じられない思いがするが、目の前の男性はそうだと言う。


「ここに手紙があります。これはあなたのお母様が私の父に送った手紙です。
御覧のように色が変わって来ていますから、もう随分と昔の手紙ですが父は大切に保管していました」

そう言ってテーブルの上へ置かれた封筒には、今は見かけることのない金額の切手が貼られ、道明寺司様と書かれ、時の流れを感じさせるように黄ばんでいた。
そしてその手紙が何であるか。はっきりとは言わなかったが、恋人だった男女の間に交わされた手紙だというなら、所謂ラブレターのようなものなのだろう。
そしてそれを二人の関係を証明するものとして持参したというのだろうか。

「この住所は鎌倉にあるうちの別荘のものです。父はこの別荘が気に入っていました。5年前に社長の座を退いてからはずっとそちらで暮らしています。それは恐らくあなたのお母様との思い出があるからでしょう」

母との思い出がある場所。
だがその場所にいったいどんな思い出があるというのか。
ただでさえ突然現れた男性に、あなたの母親は自分の父親とかつて恋愛関係にあり、その父親が恋人だった母の骨を欲しがっていると言われ戸惑っているというのに、二人の想い出の場所の話をされ何をどう答えればいいのか分からなかった。
そして社長の座を息子に譲った5年前と言えば母が亡くなった年だが、何か関係があるのだろうか。
そんな私の思いが伝わったのか、彼は言った。

「5年前社長の座を退いたのはあなたのお母様がお亡くなりになったからです。彼女が亡くなった事がこたえたとしか思えませんでした。ある日私を呼び、社長の座を降りると言い世田谷から鎌倉へ住まいを移すと言いました。元々父は仕事以外の場所ではひきこもることが多かった。孤独を愛する人でした。ですから以前からよく一人で鎌倉の別荘へ足を運んでいましたが、あなたのお母様が亡くなってからは都内で暮らすよりも鎌倉の方が気持ちも落ち着くのでしょう。すっかり隠居して鎌倉の御大と呼ばれるようになりましたが、父はそれで良かったようです」

道明寺司が社長の座を退いたのが、1人の女性の死がきっかけだということは、にわかには信じがたい話しだが、身近にいる息子が言うならそうなのだろう。

「それから娘であるあなたにはショックかもしれませんがこちらの封筒の消印からして、あなたのお母様と父との付き合いは、あなたのお父様と結婚してからも続いていたようです」

どうぞ。
と言った彼は、封筒を手に取ることなくじっとしている私に読むように勧め、少し席を外しますのでと言い立ち上がった。





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2018
02.27

時の轍 1

Category: 時の轍(完)
<時の轍(わだち)>
こちらのお話は明るいお話ではありません。
お読みになる方はその点をご留意下さい。
なお、このお話は短編です。
**********************









「お願いがあります。あなたのお母様の骨を私の父に分けて頂けませんか?」

ある日そう言って尋ねて来たのは、周子と同じ年頃の男性だった。

それは桜の花が咲き始めた頃。
川を渡る風を暖かく感じ始めた3月のよく晴れた木曜の午後だった。








亡くなった母親の骨を分けて欲しい。
その言葉は日本語だが、どこか理解できない未知の言葉のように感じられた。
それは見ず知らずの男性の口から出る言葉としては、どう考えても非常識だからだ。
それに何故その男性の父親が私の母の骨を欲しがるのか分からなかった。
それにもしそうだとしても、骨を分けて欲しいという父親本人が来ればいいはずだ。

それにしても、何故私の母の骨を欲しがるのか。
だが考えられることがあった。
それは身寄りがないと言っていた母の親戚といった血縁者が母を見つけだし、分骨して欲しいといったことだ。それなら目の前に現れた男性は母の血縁者で彼の言葉も納得できるような気がするが、それ以外の理由が思いつかなかった。



母の名前は西野つくしと言う。
5年前56歳で亡くなった。
それは母の誕生日の2週間前。風呂場の脱衣所で倒れているのを見つけたが、その時はすでに遅かった。死因はいわゆる突然死。心不全と言われるものだった。

私の家は代々医者の家系であり、母よりも早く亡くなった父も開業医で私も医者だ。
実家はやはり医者になった兄が継ぎ、私は都内の大学病院で内科医として働いている。
そして母は、兄が結婚したのを機に家を出て、父が残した遺産で近くにマンションを買い一人暮らしをしていた。

何故そうしたのか。
母はそう訊いた私にこう答えた。

「お嫁さんに気を遣わせたくないし、私はひとりの方が気が楽だから」

だがある日、何度電話をしても電話に出ないことから心配して尋ねたところ、倒れている母を発見した。私は医者だが医者でも助けることが出来ない。手の施しようがないことがあるが、母のことはまさにその通りだった。

あの時、生前から母がよく言っていた言葉を思い出した。

「死ぬ時は誰にも迷惑を掛けることなく逝きたいから」

だが実際にその通りになり母の願いは叶えられたのだと思ったが、残された私は寂しかった。そして何故もっと早く連絡を取らなかったのかと悔やんだ。


医者の妻でありながら、質素で地味な生活が身に付いていた母。
よく笑いよく動き回る人で、そして身体が丈夫なのが自慢だと言った母。
とはいえその言葉は果たして本当だったのか。と思うが命の長さがどれくらいあるかということは誰にも分らない。だから母の命はあの日が決められた日だったのだ。

そんな母の骨を別けて欲しいという男性。

「いきなり尋ねて来てこのようなことを言って驚かれたでしょうね。本当に申し訳ないと思っています。ですが、手紙を書こうにもどうも説明するには難しいと思いましてね。それにどちらにしてもお会いしなければ話は進みませんので、こうしてお尋ねしたということです」

ダークスーツを着たその男性は、午前の外来診察が終わり午後の診療が休みの木曜。
カルテの整理をしているとき、医局を尋ねて来くると名刺を差し出した。
背の高い男の立ち姿はサラリーマンとは思えない雰囲気があった。そして細身だがどこか迫力がある身体をしていると感じた。

端正な顔は初対面の相手を圧倒するだけの力があり、ウェーブがかかった黒髪に、突き刺さるような鋭い瞳の色は漆黒。背広も靴も高級品。左手首にはゴールドの薄い時計がはめられていた。

そして名刺を掴む指先はきれいに手入れがされていて、まるで外科医の指先のようだと感じた。もしかすると同業者かと一瞬思ったが、受け取った名刺に書かれていたのは、<道明寺ホールディングス株式会社、代表取締役社長 道明寺悠>。都内の住所と電話番号が印刷されていた。
そしてその男性は、病院内のカフェテリアでテーブルを挟んだ真正面の席に座り私の顔をじっと見つめていた。


「何故私があなたのお母様の骨を分けてほしいか。理由が知りたいと思われるのは当然です。それにあなたが驚かれるのも無理はありません。そういう私も常識に外れたことをしていると思っています。ですがどうしても分けて頂きたいんです。あなたのお母様の骨を」






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2018
02.25

金持ちの御曹司~Lover Come Back To Me~

大人向けのお話です。
未成年者の方、またはそのようなお話が苦手な方はお控え下さい。
*******************************







「ねえ。玲子の課の牧野さんって転職を考えてるの?」

「え?どうして?」

「うん。この前彼女が就職雑誌?転職雑誌?とにかくそんな雑誌を持ってるのを見たの。でもね、それがどんな雑誌だったかって聞かれたらはっきり見えなかったから分らなかったの。何しろ彼女もすぐにその雑誌を隠したから。とにかく就職だか転職だか書いてたの。あんた何か訊いてないの?」

「うんうん。何も訊いてないわ。だって牧野さん先月も天然ガスの輸入の件でインドネシアに行ってたのよ?それに牧野さんみたいに責任感が強い女性が今の仕事を投げ出して転職するなんて信じられないわ。だってそれが意味するってことは、うちの会社の仕事よりも魅力的な仕事を見つけたってことでしょ?」

「うん。だって牧野さんって頭がいいから今の仕事じゃ物足りないって感じたんじゃない?だから転職を考えてるとか」

「でもまさか・・・だって牧野さんって・・・うちの会社に彼氏がいるって噂よ?」

「あ、その噂訊いたことがある。でも彼女言わないのよね?それにそれは噂で本当かどうか分からないしね?あ!もしかすると転職するのってその噂の彼氏と別れて会社に居づらくなったとか?で、うち辞めて転職するとか?」

「そうよね・・・彼氏がどこの誰だか知らないけど、もしかすると案外近くにいて、仕事し辛くなったとか。で、転職?」

「う~ん。でも彼女そのくらいのことで転職考えると思う?」

「じゃあさ。そうじゃなくてもヘッドハンティングされたとか?」

「え?どこの会社に?」

「ほら。花沢物産とか。牧野さん昔、物産の御曹司と一緒のところ週刊誌に撮られたことがあったじゃない?ただの友人だったらしいけど、案外物産に転職とか?」

「やだ。もしかするとその友人だって言う御曹司。専務の花沢類さんだっけ?その人が新しい彼氏だったりして!それで物産に転職することにしたとか?」

「え~!そうなの?もしそうなら玉の輿じゃない!」

「ほんとよ!もしそうなら牧野さん凄いわね!」








・・・・おい。
誰か今の話しは嘘だと言ってくれ。
幻聴だと言ってくれ。
でなきゃ夢だと言ってくれ。


ピンストライプの紺地のスーツを着て、白いワイシャツにワインレッドのネクタイ。
髪は緩やかな癖のある黒。顔立ちは整い過ぎて形容する言葉に困る美貌の男。
だがもし言えというなら、クールさを感じさせながらも背徳の色を漂わせ、扇情的でありながら退廃的な男。それが彼。道明寺HD日本支社長、道明寺司。
そんな男は廊下の曲がり角で立ち止まり社員たちの会話を耳にした。

司はその場で崩れ落ちそうになる身体をなんとか支え、役員専用エレベーターに乗り、執務室まで戻ったが、途中エレベーターの中で壁に背中を預けていなければしゃがみ込んでいたかもしれない。
そして最上階のフロアに辿り着き、やっとの思いで執務室の重い扉を開け、デスクまで戻ると革の椅子にドサリと身体を預けたが、目の前にある書類の束を見る気はしなかった。

一体どういうことだ。
女たちの立ち話を耳にしたばかりに司の人生の根幹である牧野つくしの存在がぐらついたものになっていた。

牧野が会社を辞める?
あいつが転職を考えている?
類の会社にヘッドハンティングされただと?
そんなバカなことがあるか?
いや。ない。絶対にない。
何かの間違いに決まってる。
あってたまるか!!
そうだ!そんなことがあるか!


だが最近の牧野は時々上の空だったことがある。
かと思えば深刻な顔をしていたことがあった。
まさか・・・俺と会いながら類のことを考えていたのか?
いや。牧野はそんな女じゃない。
高校生の頃、類ではなく俺を選んでから俺一筋の女だ。
まじめで努力家で人生は常に前を向いて歩く女だ。
そんな女が俺に隠れて類と・・・。
ある訳がない。

それにあいつがここを辞めるなんてことがあるか?!
考えてもみろ。ここは天下の道明寺HDだぞ?
難関と言われる試験を突破して入社した会社だぞ?
それがどうして類の会社に転職する?
何が気に入らない?
給料が気に入らないなんてことはまずない。
あいつは給料よりも仕事のやりがいが一番だ。
それなら一体何が気に入らない?

まさか・・・
俺のことが厭になった?俺が気に入らない?
だが何が気に入らない?
まさか顔か?
確かに顔は人並み以上にいいと言われているが、気に入らないも何もあいつは生まれ持ったものに文句は言わない。
それなら金か?ああ。金は掃いて捨てるほどある。
だがもし金があることが気に入らないなら寄付でもなんでもすればいい。
なんなら燃やしてもいい。
それとも嫉妬深さに嫌気がさしたのか?
いや。嫉妬深さは愛の深さで今更のはずだ。
それにあいつもそれが俺の愛だと分かっているはずだ。
それなら一体・・
まさか・・・愛し方が足りないからか?

司はつい先日つくしと抱き合った夜のことを思い出していた。
あの日はメープルのスィートで優しく抱いたがそれが不満だったということか?
そうか。あいつはアレが物足りなかったってことか。
だからあいつは転職しようと考えているのか。
そうか。愛し方が足りなかったか。
けどなんでそんなことで転職を考える?

まあ、いい。

そんなことより司は解決方法を見つけたとばかり安堵した。
愛し方が足りないならいくらでも愛してやるつもりだから。
そして目を閉じ今夜どんな風に愛してやるかを考えていた。






***








ホテルの部屋は司専用の部屋。
時に大人の時間を過ごし、時にビジネスの疲れを取るための場所。
司は背後からつくしのコートを脱がせるとソファの上へ放った。
そして彼自身も着ていたスーツの上着を脱ぎ、その下のワイシャツも脱ぎ上半身裸になった。

発達した大胸筋と見事なまでに6つに割れた腹筋はつくしにとっても見慣れた風景。
だが今日の司はいつもと違った。
いつもなら優しく彼女を見つめる瞳は険しさを加えていた。
その表情は高校生の頃の顔。
まだつくしと付き合う前の男の顔。
冷酷さと凶暴さを併せ持つ男の顔。そして声は低く口調も荒々しくなっていた。

「今夜はお前の身体を舐めてやる。ああ。心配するな。すみずみまで全部舐めてやる。全てをな」

司はそう言ってテーブルの上に用意されていた液体の入ったボトルを取った。

「この前は俺の愛し方が足りなかったようだ。だから今夜は楽しませてやる。きっちり愛してやる」

え?なに?と意図が掴めない顔をした女に司は言った。

「これか?これは口に入れても問題ないんだと。俺たちは今までこんなものは使ったことがなかったが、愛し方にバリエーションが必要だろ?」

司は言うと、つくしの身体を掴み、ベッドへ運び、あっと言う間に着ているものを全て剥ぎ取った。そして彼自身も裸になり全裸になった女の身体の上へ跨り見下ろした。

「今夜はお前のケツの穴までじっくりかわいがってやる。心配しなくてもいい。あっという間にイカせてやる」

右手に持ったボトルの蓋をとり、ヌルヌルとした中身をつくしの臍の上へ垂らし、大きな手でゆっくりとのばし始めたが、女は一体何をされるのかといった顔で司を見上げていた。

「牧野。心配するな。今夜はこれをたっぷり塗ってお前の全てを愛してやる」

司は言うと、人差し指についた液体を音を立てしゃぶったが、それは味を確かめると同時に、見せつけるように、わざとゆっくりと舐めるといった行為。

「・・道明寺?身体が熱いわ・・どうしたの?い、いつもと違うわ?」

「そうだ。いつもと違って当然だ。これは催淫ローションだ。ああ。けど心配しなくていい。身体に害はないそうだ。お前はただ楽しめばいい。お前は何もする必要ない」

司は閉じていたつくしの両足を掴んで大きく開かせ、太腿を肩に担いだ。

「だめ!やめ・・ああっ!」

つくしはいきなりの行為に叫んだが、言い終わらないうちに司の唇が、舌が奥深く入り込み秘肉を貪り始めた。そして躊躇なく指を蜜壺の中に入れ、出しては入れを始めた。
そこはくちゅくちゅと粘着質な音を立て、蜜が溢れ出し貪欲に指を呑み込んでいくが、スピードを上げ、中の壁を擦れば喘ぐ声が高くなる。そして指を1本から2本、3本へと増やせば叫び声が漏れる。

「・・あっ・・はあっ・・道明寺っ!」

「どうした?・・・もっとして欲しいのか?それとももっとゆっくりして欲しいのか?」

司は抽出を繰り返すが、イヤイヤと首を振る女は、上げた叫び声が恥ずかしかったのか、今度は声を出さないようにと必死で歯をくいしばる。
だが股は全開状態で今更だろと言いたいが、言わない女に司は言わせたかった。

もっとしてと。

あんたが欲しいと。

あんたじゃなきゃ駄目だと。

そして司はつくしを離すつもりはない。

「言えよ。お前俺が欲しいんだろ?」

だが言わない女を司は苛めた。
手厚いもてなしとも言える長い舌を使って爪先から頭の先までじっくりと舐め上げ、何度もイカせ、そして最後に秘肉の最奥へたぎったモノを分け入らせ、腰を振った。
そして女が上りつめそうになるたびに、引き抜きストップをかける。
お願いと言わせたいから。
あんたが欲しいと言わせたいから。

「どうみょうじ・・・」

はあはあと荒い呼吸を繰り返し呼んだ名前は啼かされ過ぎて掠れていた。

「どうした?何が欲しい?これか?ん?」

司は低音の甘い囁きで言って腰を掴み奥深く突き入れた。
中をいっぱいに満たし、それから引き、また突いてを繰り返し女に我を失わせた。
そして後ろからも挿入し、結合した部分を指で弄び逃がさなかった。

「お願いっ・・道明寺っ!あんたが・・欲しいの!」

「ああ。分かってる。幾らでもやる。お前が要らねぇって言ってもやる。お前は俺から一生離れられない。そうだろ?」

お前は俺から離れられない。

それは俺も同じだ。
俺は牧野つくしから離れられない。
二人は一緒じゃなきゃ駄目になる。
お前はその意味が分かってるのか。
お前が俺の人生をどうにでも出来るってことが分ってるのか?
俺の命も、この身体も、それに道明寺という会社も全てお前の手の中にあるってことを分かっているのか?

二人はひとつでなきゃ生きて行けない。
なあ?そうだろ?
司はそんな思いから女の中に熱い想いを注ぎ込んだ。










一年は365日。これは誰にでも平等に訪れる歳月だ。
その中で司が謝罪した回数はいったいどれくらいあるのか?
まだ年が始まったばかりだというのに、早速謝らなければならない男がここにいた。
だが何故そうなったのか。それは大きな勘違いがあったからだ。
冷や汗をかき、平身低頭とまではいかないが、頭を下げた相手は勿論恋人に対してだ。
その人以外司が頭を下げる相手はいないのだから。

つくしが転職する。会社を辞めると勝手に思い込んだ男は、セックスで繋ぎとめようと彼女を翻弄した。本来なら決してしないことをして苛めるように愛した。
そして司の隣で横たわる女は、その話しを訊きムッとしていた。

「牧野。悪かった。そんなに怒ンなよ・・」

「ダメ。許さないから。そんなにあたしを辞めさせたいの?」

「ンな訳ねぇだろ?お前が会社を辞めるって言うなら俺も辞める」

「バカね?あんたが辞めれる訳ないでしょ?あんたはこの会社の後継者。未来の社長なんだから辞めれないの」

「それならお前も辞めるな。俺と一緒にいろ。でなきゃ俺も辞めてやる。どんなことをしてもな」

「だから、あたしはこの会社を辞めるつもりはないの!あの本は転職雑誌じゃないのよ?あれは就職活動をしている学生向きの雑誌。先輩社員の話を乗せてるだけなの。それにあたしの記事が載ってるから出版社の人が送って来てくれただけ。それを持ってただけなの!道明寺が勝手に勘違いしただけなのよ?」

司は脳内で必死に言葉を変換した。
牧野つくしが就職活動をする学生向けの雑誌に出ている。
それは「この会社に入社してよかった」という記事。

「本当か?」

「本当よ?さっきから言ってるでしょ?だからね、愛し方が足りないとかそんなこと全然ないから。あたしを信じて」


『あたしを信じて』

その言葉は遠い昔にも言われた言葉。
バスに乗った女を追いかけた男は、彼女が別の男と会うことに不安を抱いた。
もしかすると戻ってこないのではないかと。
そしてその時、言われたのが「あたしを信じて待っていて」だった。

「本当にもう・・道明寺はあの頃と同じね?」

「悪かったな。あの頃と同じで」

司は呆れたように言われ、子供扱いされたと感じムッとした。
だがつくしも司と同じだと言った。

「うんうん。いいの。あたしの気持もあの頃と同じ。道明寺のことが好きだって分かった時から気持ちは全然変わらないから」

そしてつくしは言った。

『あんた無しでは生きていられないから』

その言葉は司が求めていた言葉。
その言葉さえあれば何もいらない。
いつも自分からは愛してるとは言わない女の心からの気持。
今はその言葉が訊けただけで充分。
彼女への愛が人生の中で一番大切だから。


司は目の前の女の唇にキスをした。
今は少し腫れたようになった唇に。
それは、司が激しいキスを繰り返したから。

司はつくしの身体をぎゅっと抱きしめ「悪かった。ごめん」と言い足元の布団を二人の身体の上へ引き上げた。
いつも謝るのは司の方。
だが何故かそれが心地いい。
拗ねられるのも、怒られるのも、相手が牧野つくしだから愛おしい。
だが悲しませる。泣かせる。といったことだけはしたくない。
そして悪者になるのは自分だと司は決めていた。
だって、彼女が怒る姿も好きだから。
つまりそれは、どんな牧野つくしも好きだということだ。

司はもう寝るぞと言い再びぎゅっと抱きしめていた。
それから愛してるつくし。俺にはお前だけだと囁いた。




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2018
02.24

Wonderful Life ~恋におちる確率 番外編~

我が子の誕生を待ちわびる父親というのは、周りから見ればそれは嬉しそうな表情を浮かべるが、道明寺HDのトップとなった男のその顔に浮かんでいるのは、それとはまた別の表情。
だがそれは決して哀しいとか辛いといった表情ではない。
それなら一体どんな表情が浮かんでいるのか。

それは高齢初産ということもあり、早めに入院した妻に不満があるのではない。
大事を取ってのことでそれを勧めたのは司だ。
だから決してそのことを後悔している訳ではない。
むしろそれで良かったはずだ。自分がいない時何かあって大変だからだ。
だが何故これを夫に託すのか。
どうしてこれを男に託すのか。
こんなものは、女の友人に預ければいいはずだ。


それなのに、

「司。明日から入院するからこれお願いね?」

と言って渡された横幅30センチ、奥行き22センチ、高さ15センチほどのホーローで出来た四角い白い箱。いつも台所の片隅にひっそりと置かれたそれは、大理石で出来たキッチンカウンターの上に鎮座していた。

今では道明寺家の食卓に欠かせないものを供給してくれる小さな箱の名は「ぬか床」。
漬物のひとつであるぬか漬けを作るため、米ぬかを乳酸菌発酵させたその存在に司は頭を痛めていた。何故なら一日一度は手を入れかき混ぜろと言われたからだ。

訊けばぬか床は、育てる、飼育するといった言葉が似合うと言われ、箱の中には発酵に欠かせない乳酸菌がうごめいているという。そしてぬか床は育てているうちに愛着がわくと言うが、つまり妻にとってこのぬか床は愛着のあるものだということだ。
結婚と同時にぬか床を作り、今では丁度いい塩梅だと言われるぬか床。
温度管理も大切だと言われ、20度から25度といった人間が快適といわれる温度が菌たちにも最適だと言われているが、その中に手を突っ込む勇気がまだ持てなかった。



「大丈夫。しっとりとしてふかふかで柔らかくて気持がいいから」

そんなことを言う妻。
だがどう見てもふかふかといった感じには見えなかった。
それに司にとってしっとりとしてふかふかで柔らかいという言葉は、ぬか床に対して使われるものではなく、妻の柔らかな身体に対して使われるものだ。

それなのに、

「全体に空気が入るように底の方からかき混ぜてね」

つまり下から上へとかき混ぜろ。だが優しく丁寧にやれ。
と言うことは、手首までしっかりと入れなければならないということだ。
それならば、絶対にバスを使う前にやるべきだと決定した。
だが困った。
なぜかこの中に手を入れることが躊躇われる。
だが理由を訊かれても答えようがない。それに人間誰しもそういった存在のものがあるはずだ。何しろ今目の前に見えるのは、ねっとりとした泥のようにしか見えず、そしてこの中に億単位の微生物がいるなら、ぬか床がうごめいて見えるのは気のせいではない。だが毎日手をかけてやらないと死んでしまうと言われれば、責任は司にあるということになる。

たかがぬか床。

されどぬか床。

それにしてもまさか司は自分がこんなにもぬか床に躊躇いを覚えるとは思わなかった。
それに世間が知れば不思議に思うはずだ。
いや知られるはずはないのだが、道明寺HDの社長ともあろう男が、ぬか床に手を突っ込むことを躊躇っているということを。いやそれ以前に何故道明寺司がぬか床の管理をしなければならないのか不思議に思うはずだ。
だがそれは愛しい人からの頼まれものだから嫌とは言えなかった。

そんなことから司は西田にこのぬか床を専務秘書の野上に預かってもらえないかと言った。
何しろ西田と野上は熟年の愛を育んでいる最中。
50代の野上ならぬか床の扱いにも精通しているように思えたからだ。
だが西田からダメだと断られた。

「社長。失礼ですがこちらのぬか床は奥様が大切にされているぬか床ではありませんか?ここは奥様の手だけが入る。奥様の心がこのぬか床にはあるのではないでしょうか?恐らくこちらのぬか床は奥様にとって我が子同然の存在。真心を込めかき混ぜることで、菌たちも奥様の期待に応えてくれるというものです。そんなぬか床に赤の他人が手を入れるなどとんでもございません。それに奥様もこちらのぬか床に手を入れてもいいと思っているのは社長だけのはずです。そうでなければお友達にお預けになられたはずです」

と、もっともらしいことを言われれば、預かってくれとは言えなかった。

司は毎日妻がそれを混ぜる後ろ姿を見て来た。
だから妻がどんなにぬか床を大切にしていたかを理解出来た。だがどうしてもその中に手を突っ込むことが躊躇われ、次に助けを求めたのはあきらだ。



『はあ?なんだそりゃ?』

電話に出たあきらは、掴みどころのない男の話からでも、その中に含まれた言いたいことを理解した。
なにしろあきらは幼馴染みであり親友だ。今は立派な経営者となった男が若干日本語が不自由だと言われていた頃から、理解力のない人間なら理解出来ない男の言葉に含まれる気持を汲み取ることをしてきた。

『そうか。おまえの言いたいことは分かった。ぬか床に手を突っ込むことが躊躇われるってことだろ?』

そうだと言った司に電話口のあきらは大笑いした。

『それにしても、世界中の女に見せてやりてぇよ!お前がぬか床に手を入れる姿を!』

「うるせぇ!それより直接手を突っ込まなきゃなんねぇのか?他にいい方法はねぇのか?スプーンで混ぜたらダメか?」

『ああ。ぬか床を混ぜるなら直接手を入れる以外ねぇぞ?それにしてもお前がぬかの中に手を突っ込むことをそんなに躊躇うとは思わなかった。まあ確かに、ぬかに手を入れれば、ぬか臭くなることは確かだ。それに突っ込むなら夜の方がいいのは確かだな。朝そんなモンに手をいれたら一日中匂うかもしれねぇからな』

あきらは母親がぬか漬けに嵌ったことがあると言った。
だから知識としてはあると言う。そしてその頃は、朝食は和食で必ずぬか漬けが添えられていたと言う。

『なあ司。ぬか床はヨーグルトと同じようなものだ。色が違うだけだ。だからそんなに神経質になる必要はねぇと思うがな。まあお前は昔からどこか潔癖なところがあったが、いいか司。それは奥さんが大切にしてるぬか床だ。ちゃんと毎日混ぜてやれ。たとえそれがお前の美学に逆らうとしても、誰が見てる訳でもねぇだろ?それに奥さんが退院してきてぬか床が親父の靴下のような臭いになってたらショックだぞ?』

「なんだよ?その親父の靴下って」

そんな言葉があきらの口から飛び出し、司はなぜそんなたとえが出るのかと訊いた。

『ああ。ぬか床の管理を失敗するとそんな臭いがするらしいからな。お前も気をつけろ?お前の靴下の臭いがどんなんだか知らねぇけど、お前も子供が生まれたら親父になるんだ。そうなるとお前の靴下も親父臭いってことになるけどな?ま、お前のように全てがパーフェクトな男でも出来ないことがひとつくらいあってもいいんじゃねぇの?けど今回はそうはいかねぇよな?奥さんの大切なぬか床だからな。ま、頑張れよ!じゃあな!』

「おい!あきらちょっと待て!クソッ。あいつ切りやがった!」

あきらは、笑うだけ笑いさっさと電話を切った。




司は、キッチンカウンターの上で彼の手で混ぜられることを待つぬか床に目を落しじっと見つめた。そして覚悟を決めた。
いつまでもこうしていても埒が明かないのだと。
こうなったら意を決してぬかの中に手を突っ込むしかないと。
あきらも言ったようにこのぬか床に手を入れていいのは、妻と自分以外許されないのだからやらなければならないということだ。
それに道明寺司の辞書には不可能という文字はないと言われている。
そうだ。やってやれないことはない。
いや。やらなければならない。
たとえそれがビジネスには全く関係ない未知の領域だとしても。


「よし、やってやろうじゃねぇの」

覚悟を決めネクタイを緩め、シャツの袖口のカフスを外し、捲り上げた。
だが今見下ろしている四角いホーロー容器の中に得体のしれない生き物が棲み付いていないとしても、実際このぬか床の底がどうなっているのか知らないのだから、やはりもしかするとエイリアンのような生き物が司に向かって飛び出してくるかもしれない。
だが今やらなくていつやると言うのだ。愛しい妻に一日に一度必ず混ぜろと言われたのだ。
司はざわめく気持ちを抑え恐る恐る手を入れた。





クチュ・・・

「・・・・」


そこはなんとも言えないヒンヤリとした感触。
すぐに指先がつるつるとした冷たいものに触れたがそれは容器の底。
それから恐る恐るゆっくりとぬかを混ぜる。
そこは確かにふかふかとした感触があった。
そして何度か混ぜ、ぬか床の表面を平らにすれば、ふかふかとした感触と共にぷちぷちといった下から微かに押し上げてくるような感覚がある。
それはつまり発酵しているという感触。

「・・・やべぇ・・・なんか気持ちいい」

司はこの感触が癖になりそうだと感じた。
それからは毎晩、妻の病室に立ち寄り、自宅へ戻るとぬか床を混ぜ、そして今では慣れた手つきでぬか床の表面を丁寧に整えていた。








世界一カッコイイと言われる男と奥手の女との間に生まれたのは男の子。
それは司にとって有り余るほどの幸運の日。
分娩室の外で息を、緊張を押し殺し、妻の声や医者の声とは別に弱々しくも逞しい声が上がり、扉が開き看護師が出て来て「無事にお生まれになられましたよ」と声をかけた瞬間、彼の顔に浮かんだのは安堵と歓びとこの世で感じられる全ての感情。
そして大きな声で泣いていた我が子が眩しそうに目を開いたとき、その瞳が見たのは微笑みを浮かべた父親の顔。

「パパだぞ?俺がお前のパパだ」

司はこの世界に産まれて来た我が子に父親として挨拶をした。
愛妻以外の女に興味のない男が一番大切なのはもちろん妻だが、それと同じくらい我が子のことは大切。
産まれた瞬間から愛されている子供はすでに司の心を奪っていた。
そして我が子を抱いたそのとき、大きな幸せを手に入れたことと同時に気付いたのは、我が子の肌の柔らかさが毎日混ぜているぬか床と同じ様にふわふわと柔らかな感触であることだ。

司はふと思った。
今の自分なら我が子の世話も出来ると。
自信があると。
何故そう思ったのか。
毎日ぬか床の世話をしてきた男は、それまで何かの世話をしたことがなかった。
だが妻が入院してからは、生き物だと言われているぬか床の世話を完璧にしてきたからだ。
だから子どもの世話も出来ると思うのだが、ぬか床と息子を一緒にするなと怒られるかもしれないが、腕の中で自分を見つめる我が子の顔に浮かぶのは、全面的な信頼。
その信頼をこれから先もずっと向けられる親になりたい。
そして小さくて無防備な命が立派に成長するまでどんなことをしても守っていく。
息子が父親の足あとをたどるなら、息子が誇りに思える親でいたい。

司の結婚してからの人生は些細なことなど笑い飛ばすことが出来るほど充実していた。
そしてすぐに思い浮かんだ。
息子が生まれた今、次は妻によく似た可愛らしい女の子が欲しいと。

自分の人生の中で家族という存在に重きを置いたことはなかった。
妻に会うまでならそんな未来など考えもしなかった。
だが今は子供達が自分の腕の中へ駆け寄って来る姿が目に浮かんでいた。

「つくし。よく頑張って産んでくれた」

司は言葉に表せないほどの感情と共に我が子を抱いたままベッドに寝ている妻を見下ろした。そして優しく微笑む妻に息子の姿を見せた。

「どうだ?俺にそっくりだろ?」

そうは言ったがその顔がどちらに似ているかなどまだ分からない。
だが額は知性が感じられる広さがあった。

「そうね?きっと司にそっくりになるわ。美男子で背が高くて頭がよくて。それから女の子にモテるわね?」

「ああ。そうだ、いい男になることは間違いない。だから次は可愛い女の子が欲しい」

その時、妻が一瞬ギョッとした顔になったのを見た。だから司は直ぐにじゃなくてもいいと言ったが、彼女はその言葉を信じてはいない。
医者がいいと言えば毎日のように求められるのは目に見えているからだ。









小さな細い身体が産み出した命は、司のこれからの人生を変えてくれるはずだ。
今まで彼が知らなかった新しい世界を見せてくれる。
それが大家族になるのも大歓迎だ。
賑やかな家庭というのは彼が幼い頃は無かったものであり、経験したことはないが、家族が増えるたび、笑顔が増えるたび幸福が増えるはずだ。
そしてこれからの毎日に笑いが絶えなければもっといい。
それに少なくともぬか床については笑いながら褒めてもらえるはずだ。

司が始めた素晴らしい人生はこの先もずっと続いていく。

二人の命がある限り永遠に。




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応援有難うございます。
Comment:8
2018
02.22

御礼とお知らせ

皆様こんにちは。
いつも当ブログをご訪問いただき、ありがとうございます。
前回のご挨拶は寒さが厳しく雪が多い季節でしたが、今はもう花粉が飛び始めたといった話を耳にするようになりました。
花粉症の皆様には辛い季節がやってまいりましたね?
アカシアも、時に目が痒い、鼻がムズムズするといった症状に見舞われますが幸い重度なものではありませんので助かります。

さて、早速ではございますが、この度は「恋におちる確率」の連載にお付き合いをいただき、ありがとうございました。ラブコメ路線のお話しでしたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
そしていつも沢山の拍手、コメントをありがとうございます。
お話しを書いていく上でモチベーションを保つことは重要なことなのですが、時に低下することもあり、またイマジネーションが足りないといったこともありますが、皆様の応援が書く上での励みとなりました。本当にいつもありがとうございます(低頭)

さて、今後の予定ですが、月末、そして年度末の3月を迎えます。
振り返れば昨年の今頃も同じようなご挨拶でしたが、今年も同じ状況であり、コンスタントな投稿といったものは厳しい状況です。

そういったことから長編連載は未定ですが次回は「恋におちる確率 番外編」と「短編」を投稿予定です。
そして「短編」は拙宅をお読みの方はご存知だと思いますが、必ずしも明るいお話しではありません。
何故か明るめのお話しの後は、シリアステイストの強いお話しになる傾向が見られます。
そしてそのようなお話しは原作とはかなりかけ離れており、皆様がお持ちの二人のイメージが損なわれる恐れもありますので、それでもいいよ。の方のみお読み下さいませ。
そして当ブログ、色々な坊ちゃんがおりますが、幾分大人仕様となる場合もありますので、ご注意下さい。

それでは皆様、暦の上ではすでに春とは言えまだまだ油断できない気候です。
お身体ご自愛なさってお過ごし下さいませ。
最後になりましたが、いつもお読みいただき、ありがとうございます。


andante*アンダンテ*
   アカシア

追伸:コメントの返信は後程させていただきますので、お時間を下さいませ。

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Comment:14
2018
02.21

恋におちる確率 最終話

「それでは社長。本日はこれで失礼致します」

「ああ。西田ご苦労だった」






身長は185センチ。
体重は67キロ。
肩幅はあり胸板も厚い。だがウエストは引き締まっている。
若い頃から変わらないと言われる体型を維持している男は小さな女を抱きしめ、ただいまと言ってキスをした。

ずば抜けた容姿を持つ男は結婚を機に副社長から社長に就任した。
二人が結婚したのはウィーンの遊園地でデートをしてから1年後。
久美子の言うロマンスの神様の明確なルールに期せずして従っていた。

そして子供が欲しいなら早い方がいいと久美子は言ったが、彼女が言うとおり、つくしのお腹の中には赤ちゃんがいる。
もうすぐ6か月で安定期。
順調に育っていますと言われ安心していた。

そして司は、寝る時は妻を後ろから抱きかかえ、膨らんだお腹に手を回す。
彼女が風呂に入ると言えば、1人で入るなと反対する。
それは以前うっかり寝てしまったことがあったからだ。

ある日、風呂に入ったがなかなか出てこない妻を心配し、バスルームを覗いてみれば、バスタブの縁に頭を乗せ、スヤスヤと眠っている姿を見つけ、慌てて抱え上げた経緯がある。
風呂場で寝るということは、溺死する危険が高いからだ。

昔、妻がまだ秘書だった頃、酔った彼女をペントハウスへ連れ帰ったことがあったが、あの時も酒に酔った状態で風呂に入り、溺れてしまうことを懸念したからだが、まさか本当にこんな事態を経験するとは思いもしなかった。

そして結婚して知ったことだが、妻はどこでも簡単に寝てしまうという癖がある。
だから今では、うっかり寝てしまう妻を心配し極力一緒に風呂に入ると言う。
それに今は自分だけの身体ではない。お腹には赤ん坊がいるのだから夫が大事を取るのは当たり前だ。
そんな男は、ボディシャンプーを手にとり泡立てると丁寧に妻の身体を洗っていく。
勿論、髪の毛を洗う時も、シャンプーを丁寧に洗い流し、最後は大きなタオルで彼女を拭いていく。

司はその容貌と財力から結婚相手としては最高だと言われていたが、夫にするには不向きだと言われていた。だが結婚してみれば、その言葉が嘘であることが分るはずだ。
実態は、実にこまごまと妊娠中の妻の世話を焼きたがる男だった。





そして何気ない日常の生活が幸せだと気付かない人間も多いが、彼は違う。
どんな些細なことでも、二人で会話を交わすことで、会社では感じられることのない安らぎといったものを得ることが出来る。

かつてクロワッサンとコーヒーという組み合わせを、朝食として食べろと言われ、面倒くさそうな顔をしたことがあった。
だが今では毎朝6時半に起き、朝食を食べるのだが、結婚するまでろくに朝食を取ったことがなかった男は、今では毎朝妻が作った食事を美味そうに食べていた。

それは、炊き立てのご飯、紅鮭の切り身、ほうれん草のお浸し、切り干し大根、卵焼き、あげとネギと豆腐のお味噌汁。そして人参ときゅうりのぬか漬け。という豪華な食材は全くないごく質素な食事だが、これが一般的朝食なのよ、と言われ今ではご飯をお代わりするほどになっていた。

そんな時、交わされる会話はごく他愛もない話しだが、急に思い出したように話しをすることがある。

「訊こうと思って忘れてたんだが、どうしてネクタイを結ぶのが上手いんだ?」

それは、以前から訊きたいと思っていた疑問。
司がコーヒーカップの欠片で掌を切ってしまったとき、ネクタイを結んでもらったが、形の良い結び目、ティンプルを作ったことがあった。あの時、男のネクタイを結び馴れていることに、そういった関係の男がいたのかと思ったが、後で聞けば付き合った男はいたが、男と女の関係になることなく別れたと知った。
今ではどうでもいいことだが、それでも何故綺麗な結び目を作ることが出来るのかといった疑問は残っていた。

「ああ、あれね?大学時代結婚式場でバイトしてたの。そこで勉強させてもらったの。
だってね?お客さんの中には結び方が下手な人も多くてね。直して欲しいって言ってくる人も多かったの。だから今でもそのお掛けで上手く結べるの」

「ふーん。そうか。俺はてっきり昔の男に結び方を教えてもらったのかと思った」

「もしそうだったら嫉妬する?」

「ありもしないことに嫉妬してもしょうがねぇだろ?そんなモンしねぇよ」

茶碗を手にして箸を持つ男は、そう言って余裕の笑みを浮かべる。

「へぇ。そう?でも新堂社長が毎日のようにメールをして来た頃、あたしのメール見たでしょ?」

菱信興産の専務だった新堂巧は、父親が社長の座を退き、今では司と同じ社長の立場で経営を任されていた。そんな男は、彼女に一目惚れをしたといい、毎日のようにメールが送られて来ていた。

その内容は、デートの誘いばかりで、腹が立った男は、つくしになりすまし、あなたなんか嫌いだという内容のメールを送ろうかと考えたほどだ。
そして司は、自分が彼女のメールを見たことをバレていたか。と思ったが、もっともらしい顔つきで言った。

「お前宛のメール?そんなモン見てねぇな。なんで俺が他人のメールを盗み見るようなガキ臭いことをする必要がある?」

「そう?あの頃、ちょうど同じ部屋で仕事をしてたことがあったでしょ?朝出社したら、執務室にあたし用のデスクが用意されていてそこで仕事をしたことがあったけど、席を外して戻ってきたらどうもおかしいのよね?だって戻ってきたら未開封だったメールまで勝手に開かれているんだもの」

「それはお前の気のせいだろ?」

どこまでも否定する男は、自分に都合の悪いことは絶対に認めようとしない。
そして都合よく話しをすり替える。

「それより、西田だがあいつどうやら専務秘書の野上と付き合い始めたらしい」

「え?野上さんと?」

野上は専務秘書になって11年になるが、つくしが司の秘書として異動してきたとき、手取り足取り秘書の仕事について教えてくれた大先輩だ。
その野上が司の秘書である西田と付き合うとは想像すら出来なかったが、考えてみれば野上は50代前半。西田も同年代。そしてどちらも独身で結婚歴はなく、道明寺HDの秘書課勤務一筋。真面目な熟年男女の恋を悪いとは思わない。


「それにしても、あの西田が野上と付き合うとはな。あいつら職場恋愛してそのまま結婚するかもしれねぇな。それにしてもあの年で今更結婚しようと思うか?」

「いいんじゃない?年は関係ないの。女はね、たとえおばあちゃんになっても愛し、愛されることで幸せになれるの。だから二人が本気ならいいと思うけど?」

もし結婚するとすれば、50代で初婚となる二人。
それが悪いとは誰も言えないはずだ。
人は30歳で自立し、40歳は不惑の年と言われ、50歳で天命を知ると言う。
それなら、50代の二人は自分の生涯に於ける使命を見極めていて、秘書としての天命を果たしているということだ。だがそんな二人の職場結婚となると、野上は専務秘書を辞めるのだろうか。だがつくしはそうは思わなかった。
野上雅子なら、仕事と家庭のバランスを取ることも上手く出来るような気がしていた。

「そうだな。別に恋をするのに年齢は関係ねぇな。俺とお前もこの年で初めての子供が生まれるんだ。人のことをとやかく言う権利はねぇよな」

と言ってキュウリのぬか漬けへ箸を伸ばす男は、結婚した当初、ぬか床は生き物だから、毎日お世話してあげないと死んじゃうの。と言われその中に手を入れ混ぜる女を恐怖の顔で見た。

何故なら毎日世話をするという独特の匂いを放つ黄土色の物体の中には、司の知らない小さな動物が住んでいると思っていた。それが台所の片隅に置かれた容器の中で蠢き、時に顔を出す。そんな情景が頭に浮かび、気味が悪いと思った。
もしかすると、二人が就寝中に蓋が開かれ、中からその動物が出て来るのではないかとさえ思った。
だが実際には、目に見えない微生物が住んでいるのだが、ぬか漬けという存在すら知らなかったのだから、妻は得体のしれない動物を飼い始めたのかと思っていた。

だが今では、漬物はぬかで漬けた物が一番美味いと言う男。
そして台所に置かれた小さなぬか床に毎日手を入れる妻の手が、きめが細かくすべすべとしているのは、ぬか床のおかげだと知り、その容器は魔法の容器だと思えるようになった。





人は、どれくらいの愛情といったもので、こうも簡単に人間が変わるのか。
世間から見れば、美男が美女を手に入れたといった図ではない二人。
女はごく普通の会社員だった。そんな彼女と結婚することを世間は不思議に思った。
そしてかつての司は、愛や恋といったものは頭の片隅にさえなく、女は女であることを利用すればいいと考えていた男だ。
若い頃から周りには、真摯な心を持つ人間はおらず、はっきり言って女という存在は、何かを踏み越えてまで自分の手にしたいというものではなかった。
だが好きになった女のためなら、いい夫であり、いい父親になりたいといった思いが彼の心の中を占めていた。
そして夫としての自覚、父親になることへの自覚。どちらもあるつもりだが、それが不十分なら言って欲しい。
だからその想いを口にした。

「俺がお前に出来るのは、お前を幸せにすること。それから生まれて来る子供を幸せにすること。逆にお前が俺に出来るのは、俺を幸せにすること。つまり夫婦っていうのはそういうものだろ?だが俺の自覚が足りないなら言ってくれ」

人は他人同士で知り合い、恋に落ち、恋人同士になり、夫婦になり、やがて家族になる。
結婚までの過程が長いからいいという訳でもなく、短いことが悪い訳でもない。

そして恋というものにはいつ落ちるかわからない。
ただ、恋に落ちるにあたって過去は必要ない。
これからが二人の前にあればいい。
だが司は過去を彼女に話した。
それは訊いて欲しかったから。
彼女には過去の自分を知っておいて欲しかったから。
本当の自分を理解して欲しいといった思いが働いたから。


そして誰もが誰かを愛する時があるように、二人にとってのその時は30代半ば。
出会った全く見ず知らずの二人が恋に落ちる確率は低いものだったとしても、家族となった今は永遠に幸せでいられる確率は100%だと言える。

だが確率は偶然性を持つものだ。
けれどどんなに低い確率だとしても、その確率を信じて賭けをする人間もいる。
そして確率を語るとき、その現象が起こることを期待する。勝負に勝つことを期待する。たとえそれが低い確率だとしても、神の気まぐれといったこともあるからだ。

それなら二人が恋に落ちる確率はどれくらいのものだったのか。
出逢いは偶発的ではなく、完全なる必然として出会うべくして出会った。
地球上にいる大勢の人間の中からたった二人の人間が出会うことは決まっていた。
だから出会ってからの二人は、恋に落ちる確率を自ずと高めていったのかもしれない。

何しろ、二人が出会ったあのフロアは神々のフロアと呼ばれていることから、二人を結び付けようとする神様がそこかしこにいたはずだ。
そしてそれは、55階のロマンスの神様が計画したことだから誰にも変えられない。
と言うことは、二人は出会えば恋に落ちる運命だったのだから、確率は関係なかったということだ。

恋におちる確率。
それはたった一度の人生の中で、かけがえのない人に会える確率。
誰もが持つ確率ではあるが、司とつくしにってその確率は数字では表せないほど大きなものだった。
そしてこれからは、出会えたことに感謝して生きて行く。
産まれて来る子供と共にその先に繋がる未来を見つめながら。





< 完 > *恋におちる確率*

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本日にて完結でございます。長らくおつき合い頂きありがとうございました(低頭)。
Comment:18
2018
02.19

恋におちる確率 73

「牧野さん。横を向いて下さらない?」

つくしは、挨拶を済ませるとすぐ横を向かなければならなかった。

「いいわね」

いきなりいいわね。と言われたが一体何がいいのか?
道明寺HD社長の道明寺楓は日本支社の最上階で副社長である息子の執務室にいた。
それは突然の出来事。NYから東京を経由し北京へ向かうという楓のスケジュールに、副社長である我が子と会う予定はなかった。だが楓は我が子が結婚を前提に付き合っている女性に会うため日本支社へ足を向けた。

かつて楓の第二秘書をしていた専務秘書の野上から牧野つくしのことは訊いてはいたが、彼女の報告は確かだと感じていた。そして食品事業部コーヒー三課にいたつくしが淹れたコーヒーを味わっていた。



「社長。彼女のどこがいいと仰っているのでしょうか?」

司はそう聞いたが、その声はまるで会議の最中の声のようにビジネスライクだ。

「意思の強そうな顎。だらしなくはないわ。何事もやってのけるだけの力が感じられる。仕事に対してのモチベーションは常に高い」

楓はそう言って、もういいわ、こちらを向いて頂戴と言った。

「牧野さん。あなた司と結婚を前提に付き合っているそうね?息子から聞いているわ。それからあなたわたくしが反対すると思っているでしょ?でもご心配なく。わたくしはいい年をしたこの子の決めた人生に口出しはしません。
それなのにわざわざ司が前もってわたくしに言ったのは、自分がいかに本気かということを言いたかったのでしょう。わたくしはこの子の母親ですから、言いたいことは理解できます。
それにわたくしたち経営者はどんなにいい洋服を着ている人間でも、その下を見る力を養っているわ。つまり表面をいくら綺麗に着飾ったとしても無駄だということよ?例えばマリアのようにね?」

つくしの前でそう話す女性は全てを知っているといった態度だ。
だがそれはもっともだ。彼女がつくしとマリアが会っていることを司に伝えたのだから。
そして道明寺楓について知っていることと言えば、社長であり司の母親という事実だけだ。

そして道明寺楓が息子とはどんな親子関係にあるのか。
幼い頃は子供を返り見ることのない母親だったと言うが、今はいったいどんな親子関係なのか。司は語りたがらなかったが、それが流儀だとしても、プライドの高いこの親子はそれでも分かり合えているのだろう。

「それからあなた菱信興産の新堂専務からお付き合いして欲しいと言われていたそうね?でも断った。あの会社も大きな会社で見通しは明るい会社よ。それに新堂巧の方が司よりも優しいはず。それでもあなたは彼より司の方がいいのね?」

親子関係とは、子供がいくつになっても親にとって子供は子供だ。
会話では子供扱いしてなくても、心の中では子供として扱っているはずだ。それでも社会的に成功した大人はその感情を表に出すことはない。だがどんな親も敵を前にすれば、鷹のように高い位置から相手を見下ろし、弱点を探し出し、そして急降下して息の根を止める。

だがしかし道明寺楓が我が子を守る鷹だとは思えないが、何かあればどんなことをしても我が子を守ろうとするはずだ。
そんな女が訊いた新堂巧より司の方がいいのね?の言葉は少なくとも我が子の方が別の男よりも優れていることを自慢しているようにも思える。

そして、楓にとって目の前のつくしは未熟な女と映るかもしれない。
だが息子の決めた人生に口出しはしないと言った。そしてうちの子でいいのね?と返事を促されているのだから、つくしは答えないわけにはいかない。


「確かに新堂さんから真剣に付き合いたいと言われましたが、新堂さんは違うんです。何が違うと言われても違うんです。ですからそうとしかお答えできません。それに私は副社長から運命の人間だと言われました。副社長は出会った相手に軽々しくそんな言葉を言う人ではありません。だから私はその言葉を信じています」

「そう。牧野さんあなた司に運命の人間と言われたの?」

「はい」

これが息子の結婚相手の面接だとすれば、厳しいことを言われたとしても覚悟は出来ている。だがそういった言葉は今のところ訊かれなかった。

「司は….この子は社会に出てこうして仕事をしていくことで、自分が何をしなければならないかを知ったわ。それまでは…訊いているわね?司が幼い頃、わたくしがこの子を顧みることなくビジネスに力を入れていたことを。そのせいで手の付けられない子供時代があったことを。だからこの子の若い頃は楽しいとは言えなかったはず。でも大人になれば、自分の立場をわきまえるようになったわ。だからこうしてビジネスでは一流と言われる男になった。でも女性関係の方は、どういう訳かいい加減だったわ。もしかすると反動かもしれないわね?何しろわたくしはこの子がまだ高校生の頃、結婚相手を用意したわ。道明寺に見合うような家柄の娘たちをね?」

その話しは訊いていた。
外見の賛美と財力があることと、血筋だけを重視されモノ扱いされたことを。
そして財閥の跡取りとして結婚相手を決められそうになったと言うことを。

「でも計画どおりには進まなかった。この子が拒否するのは分かっていたけれど、それは酷いやり方で拒否したわ。今ここで言ってもどうしようもない事ばかりだから言わないでおくわ。何しろこの子はわたくしの事をババァ呼ばわりでしたからね。親を親とも思わない子供だったわ。でもそれは、わたくしにも非があったと認めないわけにはいかなかったわ」

楓は息子が結婚しないことを、あの時の復讐ではないかと思うこともあった。
財閥の繁栄を求めるため、好きでもない女を宛がおうとした母親への復讐ではないかと。
何しろ、高校生の頃の司は道明寺の家が潰れても構わない、俺の代で潰れてしまえばいいと言っていたのだから。

「昔ばなしはもういいだろ?俺が悪かった頃の話はこいつも知ってる。こいつに隠し立てするようなことはない。全部話をした」

「そう。それならいいわ。後で訊いて驚かれたら困るもの」

司は突然現れた母親がつくしと話しがしたいと言ったとき、母親が何を言い出すのか心配した。だが母親の口から語られたことは、彼自身が既に話していたことで、つくしも知ることだ。だから憮然として母親を見たが、楓は軽く受け流した。

「人生は何もかも計画通りには進まない。特に人には心があるから尚更ね。人の心は頭で考えたようにはいかないもの。でもわたくしは、それに気付くのが遅れたの。だからそれ以来この子の人生には口出しはしなかったわ。それに男だからそれなりに色々とあるわ。そんなこの子がスイスで見せた表情は今まで見たことがないものだったわ」

楓は牧野つくしと侯爵令嬢のマリアが一緒の写真を目にした息子が、今まで見たことがないほど真剣な眼差しだったことを思い出していた。

「牧野さん。あなたこの子と結婚する気があるなら、それ相応の覚悟はあるということね?何しろ会社の経営といったものは決して楽ではないわ。会社は常に前進あるのみ。それは船が決して後ろに下がらないのと同じ。それに大勢の従業員に対しての責任といったものが経営者にはある。司に何かあったとしても一緒に同じ道を歩む覚悟はあるかしら?」

人生はいいことばかりではない。
楓が言いたいのはそういったことだ。

「はい。私は彼に運命の人間だと言われましたから共に同じ道を歩みます。『人間の運命は人間の手中にある』という言葉がありますが、運命というのは、その人が決めることで、運がいいとか悪いとか自分以外の人間に責任を転嫁するなと言います。私は自分で決めたことは何事も逃げることなく、正面からぶつかって行く人生を歩んできたつもりです。ですから彼と一緒に生きていくならそのつもりです」

つくしは何の抵抗もなくその言葉が言えた。
そして目の前の女性に対して怖いとか、恐ろしいといったことは思わなかった。
何故なら今目の前にいるその人は、社長ではなく母親の顔をしていると感じたからだ。

「その言葉、サルトルね。専務秘書の野上もあなたは頭がいいと言っていたけど本当ね?野上は若い頃わたくしの秘書をしていたの。彼女が言ったわ。副社長の秘書になった女性は賢い女性だと」

楓はそれ以上言わなかった。
それは牧野つくしについての人物評価が終ったということだ。

「そろそろ時間のようね。北京に行かなくては。牧野さん失礼するわ。副社長をよろしく」

つくしは楓が執務室を出て行く姿に頭を下げ、司は目を細めただけで何もしなかったし言わなかった。
だがその顔に浮かんでいたのは、10代の少年が親を見送るときのような、『またな、お袋』といった表情。
司にとって道明寺楓は母親であり社長だが、今までは社長としての色合いが濃かった。
だがこの瞬間どこか不自然さが残るがそれでも親と子としての空気があった。
互いにプライドが高いため、言葉にすることはなくても、そこには確かに親と子だけに感じられる何かがあった。










「ふぅ…緊張した。社長に会うのは今日が初めてで、それも司のお母様として会うわけでしょ?足が震えたわ。でも、やっぱりよく似ている。親子だから当然だけど、目元や口元。捉えたら逸らすことを許さない視線の鋭さとかそっくりね?」

つくしは司が黙ったまま何かを考えている姿に気付くと言葉を継いだ。

「どうしたの?」

「.…人の心が頭で考えたようにはいかない。まさか社長の口からそんな言葉が出るとはな」

思いもしない言葉を言われたが、それが遠い昔、息子を財閥の駒として結婚を画策していた頃への贖罪のように聞こえたのは気のせいではないはずだ。

「でもその通りでしょ?人の心を自由に操ることなんて誰にも出来ないでしょ?」

「いいや。それは違うな。俺の心はお前に囚われた。だからお前は俺の心を自由に操ることが出来る」

そんな言葉を執務室でいう男は、もはや恋におちた男ところではない。
ただ一人の女性の前でなら、ひざまずいてもいいと思える男だ。
実際男はソファから立ち上がると、隣に座っていたつくしの手を取り立ち上がらせた。そして自身は彼女の前に片膝をつき、上着のポッケットから指輪を取り出した。

「つくし。結婚してくれ。ウィーンで言った言葉もそうだが、お前は俺の運命の人間だ。つまり俺からは逃げられない運命だ。だから受け取ってくれ。本当はウィーンで渡したかったが間に合わなかった。渡すなら最高の物を渡したいと思ってな。それが届いたのが今日だ。それも社長が来る前に届いたんだが縁起がいいんだか悪いんだか。けど社長の話を訊いたろ?副社長をよろしくってな。あの言葉の意味は俺のこと頼むってことだ」


女はプロポーズされたとき、喜んで笑うものだとつくしは思っていた。
だが気付くと瞳の表面には涙が浮かんでいた。

「おい。こんなことで泣くな。涙ってのは哀しいとき流すものだ。嬉しいなら笑え。お前俺と一緒に生きて行くんだろ?」

それは楓に向かって言った言葉。
覚悟は出来ている。何があっても彼と一緒にいようと決めた。

つくしはひざまずいた司を見下ろしていた。
道明寺司をこんな形で見下ろすことが出来る女が他にどこにいるというのか。
それを思えば、口許に笑みが浮かんだ。
そしてそんな女の顔を見て満足そうに笑う男がいた。

「つくし。早くしろ。手を出せ」

そう言われた女は、うん。と言って左手を差し出した。




*サルトル・・・・ジャン=ポール・サルトル。フランス人の哲学者

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2018
02.18

恋におちる確率 72

久美子の反応は予想出来た。
だがそれは予想以上の反応だった。

「ちょっとつくし!あんた道明寺副社長と寝たの!?」

「久美子!声が大きいってば!」

ドイツのお土産があるからと言って久美子を呼び出したつくしは、行きつけの居酒屋の個室で、正面に座る久美子を声が大きいと窘めた。

「だってつくし…まさか本当にあんたと副社長が恋人同士になるなんて!…ま、あたしもそんなことを口にしたけど実際そうなってみると信じられないっていうのか….つくしの彼氏が道明寺副社長って…なんて言えばいいの?まあ何も言うことないけど、ただ驚くだけだわ」

恋愛に疎いと言われた女が、秘書として自分の仕えている男と恋仲になる。
それは久美子が予想したことだったが、まさか本当にそんなことになるとはつくし自身も思いもしなかった。
そして出張中のドイツで起きた事件のことを話したが、聞き上手な久美子は、つくしが司とそういった関係になったことを簡単に訊き出していた。

「ねぇつくし。あんたいつの間にか副社長のことを好きになったって言ったけど、副社長もそうだったんでしょ?それって相思相愛だったってことよね?それにしてもこの急激な展開って凄すぎるわよ!きっかけは新堂さんがつくしにモーションかけて来たことが副社長のアンテナにひっかかったってことよね?ほら、オスって自分の縄張りに他のオスが入り込むことを許せないでしょ?それと同じでさ、新堂さんの思いを知ってから副社長も自分の気持に気付いたってことよね?それにしても結婚を前提に付き合うって言われたんでしょ?それってシンデレラストーリーそのものね?さしずめ昔の女のマリアが意地悪な義理の姉妹って役割で、その女の存在も副社長にとっては大きかったってことだもの。それにしても今までどっちかって言えば堅かったつくしがドイツに行った途端、身も心も柔らかくなったのね?」

ドイツ人のグリム兄弟によって書かれた『シンデレラ』。
義理の家族に苛められる貧しい少女が王子様に見初められ、王妃になるという物語。
それ以来お金持ちの男性に見初められ結婚する女性のことをシンデレラと言うが、久美子はつくしがそのシンデレラだという。そして身も心も柔らかくなったと言ったが、言われてみればそうなのかもしれない。今までのつくしは仕事ができる真面目な女だと言われ、堅物で女としての反応は鈍いと言われていた。

「……ところでつくし。教えてよ?」

「何を?」

「これって凄く興味があることなんだけどね?」

「うん」

「副社長…どうだった?」

「どうだったって何が?」

「つくしったら今更カマトトぶらないでよね?だから、どうだったって言ったら決まってるじゃない。身体の相性よ、身体の。つくしは随分と久し振りだと思うから忘れた感覚だと思うの。それに正直久し振りすぎで痛みを感じたはずよ?大丈夫だった?」

身体の相性….。
随分とあけすけな話だが、久美子はこういった話にオープンだ。
だからいつも久美子から自分の彼氏がどうだとか聞かされるたび困惑していた。
何しろ未経験の女はそういった話についていくことは出来ず、適当にごまかすしかなかった。だが別に未経験であることを隠そうとしたのではない。ただ訊かれなかったから話さなかった。それに自ら話すことではないから言わなかった。

それに大丈夫も何も初めての経験で痛くないはずがない。
それでも耐えられない痛みだとは思えなくなったのは、どの段階だったのか。だがそんなこと覚えているはずもなく、ただ大きな背中に抱きつき声を上げていただけだ。それから後は火傷のようにヒリヒリとした痛みが感じられたが、眠りにつくまでまるで償いでもするように優しく抱いてくれた。

「ちょっとつくし。もしかして思い出してるわけ?ウィーンでの魅惑の一夜を!思い出すのもいいけど、早く教えてよ!副社長ってやっぱり素敵だった?あの身体…ってあたしは裸を見たことがないから分らないけど、きっと逞しくてしなやかで、お腹なんか6つに割れてて思わず顔を寄せたくなるんじゃない?ねえ?で、どうだったのよ?」

そして、つくしの前でどうだったのかと訊く久美子は、早く教えて欲しいといった顔で返事を促した。

「うん…大丈夫だった….」

と、じっと見つめる久美子の前で何気ない風を装った。

「ふうん…..大丈夫だったねぇ….」

久美子は相変わらずじっとつくしの目を見つめているが、つくしの答えに真顔になると、さっきとは打って変わり静に言葉を継いだ。

「ねえつくし。もしかして今まで経験がなかった?男と寝たことがなかったんじゃない?もしかすると副社長が初めての相手?」

えっ?といった顔をしたつくしにやっぱりね、と言った久美子は優しく笑った。

「そっか。やっぱりね。だってつくしはそういった話しは全然しないでしょ?あたしが開けっ広げなのかもしれないけど、あたしが話しても自分の意見は言わなかった。それに自分の過去の経験でこんなことがあったとかって話しもないし、どちらかと言えば気まずそうだったもの。だからもしかしたらって思ったんだけど違う?」

「…..うん……」

つくしは躊躇いながらも答えた。
耳年増ではないが、久美子の話から男性に関する知識を仕入れていたといってはなんだが、そういったものなのかと訊いていた。だから別に経験者のふりをしていた訳ではないのだが、まさか久美子も自分の周りに30過ぎて未経験の女が存在したとは思わなかったようだ。

「それで?結婚を前提に付き合いたいって言われたんでしょ?つくしは副社長と結婚したいと思ってるの?」

「久美子。あたしね、言われたの。生きている間に自分の運命の人間、自分にベストな人間に出会えたことが人生の成功だって。それがあたしのことだって」

「つくし凄いじゃない!あの道明寺副社長がそんな言葉を言うなんて!その言葉ってプロポーズよね?もう結婚するしかないわね。だってウィーンで遊園地に行ったんでしょ?ロマンスの神様は遊園地に行った二人は1年後には結婚するって言ってるもの」

久美子の言うロマンスの神様は、遊園地に行った二人は1年後に結婚するという明確なルールがあるらしい。

「でもね、つくし。男と女が結婚するには相手の家族から認めてもらうことが重要よ?何しろ相手はあの道明寺司。うちの副社長で道明寺財閥の跡取り。母親は社長の道明寺楓。なかなか手強そうよ?」

久美子はそう言ったが、ドイツで司が駆けつけて来てくれたのは、道明寺楓から見せられた写真だったと言った。そして母親は自分がしなければならないことをしなさいと言ったという。その言葉の意味を考えたとき、彼は何を思ったのか。

そして観覧車の中で言われた『結婚を前提に』の言葉は本気だ。
一緒に過ごす時間が増えれば増えるほど彼が何を求めているのか感じられるものがあった。
幼い頃から豊な生活をしてきた人で、物に対しての所有欲は薄いのだが、自分が本当に大切にしたいという人間に対しての所有欲は間違いなくある。
だから今日こうして久美子と会うことにも嫉妬ではないが、場所はどこだ、何時に終わるのかとしきりに気にしていた。

「ねえつくし。あんたも35歳になったんだから、母親になるならそろそろよ?早い方がいいに決まってるわ。だから悩んじゃダメよ。どうせつまらない事で悩むのは目に見えてるわ。悩んでる暇があるなら、早く副社長と結婚しなさいよ」

「久美子。久美子だって同じ年でしょ?どうして結婚しないの?あたし一度聞きたかったの。久美子みたいにモテる女がどうしていつまでもひとりなのか不思議に思ってた」

つくしは素朴な疑問を口にした。
久美子の性格は大雑把で細かいことは気にしない。
そして美人で若い頃からモデルにならないかとスカウトされたことがあったと言う。
つくしと二人一緒にいれば、間違いなく人の目は彼女に向けられ、こうして居酒屋で注文を取りにくる店員も久美子へ視線を向ける。
そんな親友がなぜいつまでもひとりなのか。

「つくし。外見だけがいいならマネキンでも買えばいいのよ。そんな男なんて願い下げ。それにあたしは外見じゃなくて頭で勝負したいから道明寺に就職することを決めたの。自分の実力を試したいから。だいたい顔だけでちやほやされる人間なんて容姿が衰えた途端どうなるか分る?あの人、若い頃は美人だったけど、中身はカラッポ。あの人お飾りなのよ?って言われちゃうわけ。でもその点うちの会社は顔で選ばないからね。容姿が衰えたからって関係ないでしょ?道明寺は能力第一主義。だからいつかあたしの外見じゃなくて内面を気に入ってくれる人が現れるまでバリバリ働くわ」

久美子の話は、司が話した彼自身の子供の頃の話に似ていた。
だが彼の場合は外見だけではなかったが、久美子と同じで人間の本質を見ては貰えなかったと言った。

「それにね。美人はなかなか幸せになれないのよ?だってロマンスの神様は女性だから美人には冷たいの。だからってつくしが美人じゃないなんて言ってないからね?つくしは可愛い。そうね…ウサギかな?ほら、ナキウサギ。寒い所に住んでるちっちゃくて掌に乗るハムスターみたいなウサギ。でもあのウサギは空気が綺麗な場所じゃないと死んじゃうのよね。あたしが思うに副社長はそんなつくしに惚れちゃったのね?副社長は黒豹だけどちっちゃなウサギが気に入ったのね?」

黒豹とウサギの組み合わせ。
その気になれば咀嚼せず丸呑み出来る小さなウサギ。
だがつくしは自分が小さくてか弱いウサギだとは思っていない。
つくしだって久美子と同じで道明寺という会社に入社したのは、バリバリ仕事がしたかったからだ。事実社会に出て13年。一人前に働き、給料をもらって生活していた。
そんな中で出会ったビルの最上階の住人は副社長で出会いは険悪だった。
やがて上司と秘書という立場でスタートした二人の関係。
初めの頃は、からかわれていると感じることもあった。だが仕事だから気にしなかった。

やがて話しに夢中になっていた二人は、個室の襖が開いたことに気付かなかった。
だがつくしの真正面で、襖へ顔を向けていた久美子の箸先から鶏の唐揚げがポロリと落ちた。










「つくし。迎えに来たぞ」

つくしは名前を呼ばれ顔をそちらへ向けた。
そこにいたのは、道明寺司。
大きくて切れ長の優しい目を持つつくしの恋人は、彼女だけに見せる笑顔を向けていた。
当然だがそれを見た久美子は言葉を失った。
ひと前で笑うことなど絶対にないと言われる副社長が笑っているのだから。
そしてそんな男は今ではどうかすると常につくしの傍にいたがる。

そんな男が、
「おいつくし。これ」
と言って差し出してきた茶色の紙袋が入った半透明のビニール袋。
受け取って触れると柔らかく温かい。

「なあに?」

「来る途中買った。お前甘いものが好きだろ?鯛焼きだ。鯛焼き」

「ほんと?嬉しい!ありがとう!」

「お前が汚そうな店で焼いてる鯛焼きが美味いって言うから、わざわざ汚そうな店で買ったんだ。だから絶対に美味いはずだ。それからお前の行きつけだって言う中華料理屋、いつ連れて行ってくれるんだ?美味いんだろ?そこの酢豚定食ってヤツ。それからこれはお前の友だちの分だ」

司は久美子に目をやり、手にしていたもうひとつの袋を差し出した。

「え?久美子の分まで買ってきてくれたの?」

「ああ。しかし女はどうしてこんな甘いモンが食べれるのか不思議だがな。こんなの食ったら胸焼けどころじゃねぇけどな」

久美子は今目の前で繰り広げられている男と女の会話が信じられずにいた。
鯛焼きを買って女を迎えに来た男の姿を。
無意味な笑顔が嫌いという副社長の顔に浮かんだ笑顔と、その男が鯛焼きを買う姿が想像出来なかった。

世界的企業道明寺HD副社長、道明寺司。
上等なスーツに黒のロングコートを着た男が1個180円ほどの鯛焼きの入った半透明のビニール袋を提げている姿を見た人間は、世界広しとしても久美子だけのはずだ。
いや、目の前の親友は今までも買ってもらったことがあるはずだ。
何しろ彼女に言われ、汚そうな店を選んだというのだから。

それにしても、久美子が受け取った袋の中にはいったい幾つの鯛焼きが入っているのか。
重さから最低でも10個は入っていそうだ。これをひとりで食べるには何日かかるのか?
そんな久美子の思いをよそに、目の前の二人は中華料理屋の話をしていた。
杏仁豆腐が付いたら1200円になるという酢豚定食の話を。

「あ。じゃあ久美子。帰るね?よかったら一緒に乗って行く?」

「うんうん。いい。鯛焼き貰ったから」

と車に乗るのを断る理由としては、意味不明の言葉を発したが、それしか言えなかった。
それにあの副社長に鯛焼きを貰ったことで充分だった。
それにしても、人生は思いもしないことが起こるというが、つくづく実感した。
副社長と秘書の恋。まさにロマンス小説のような展開。

久美子は、今日見た思わぬ光景の記念に、この鯛焼きは冷凍にしておこうと考えた。
そうすれば、一度に沢山食べなくてもいいこともあるが、幸せのお裾分けをしてもらえたような気がするからだ。だからこの鯛焼きは幸せの鯛焼きとでも呼ぶことにする。
それにしても、久美子が知らないうちにどうやら二人の関係は良い方へと進んでいるようだ。なにしろ二人が並んだ後ろ姿は、長い間付き合った恋人同士のようなさり気なさが感じられた。

「あたしも帰ろっと」

と、久美子は鯛焼きの入ったビニール袋の温もりを両手で包んだ。












「それにしても今年は雪がよく降るな」

「ホントね」

二人が店を出たとき、外は雪が降り始めていた。
司は自分のコートの前を広げるとつくしを背中から包んだ。
小さな女はコートを着ていても司にとってはまだ小さかった。
だから、彼の腕の中に余裕で収まった。

「ちょっと。鯛焼きが潰れちゃうじゃない!」

「お前は俺よりも鯛焼きの方が大切だって言うのか?」

それは、眉間に力を集め、こめかみに静脈を浮き上がらせた顏。
鯛焼きにまで嫉妬をする男を誰が想像するだろうか?

「だって餡が出ちゃったら可哀想じゃない!」

と言って鯛焼きの皮からはみ出る餡を心配する女。

「ああ、分かった。それなら鯛焼き屋ごと買ってやるから、そこで気が済むまで鯛焼きを食べればいいだろ?どこの鯛焼き屋がいいんだ?お前のお気に入りの店を買い上げてやる」

「もう!すぐそう言うこと言うんだから….そんなこと言うなら司にも食べてもらうからね?餡がお腹からはみ出した鯛を!」

道明寺HDの副社長は小さな女に文句を言うが、もちろん本気で言っているのではない。
ただ、じゃれたいだけ。だが餡が沢山詰まった鯛焼きは食べたくない。特に腹から餡がはみ出した鯛の姿は魚そのものの腹が裂けた訳ではないが、どうも嫌な気分になる。
だが、そんな鯛焼きでも彼女が食べさせてくれるなら食べてもいいと思う。

「お前が食べさせてくれるなら食べてもいい。但し口移しで」

と言ってみる。

「いいわよ」

つくしは得意気に同意した。

その言葉に司はやぶ蛇になったといった顔をした。
だがすぐにその顔は、好きな人の前だから見せることが出来る種類の、相手を安心させる笑顔に変わっていた。




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2018
02.16

恋におちる確率 71

「支度が出来たなら行くか?」

昼食を済ませた二人は、車に乗りウィーンの市内観光に出掛けた。
天気は晴れ、空気は冷たく気温は低い。
だがどんなに外が冷やかでも、恋人同士は寒さなど関係ない。逆に寒ければ寒いほど、傍に寄り互いの手を取り合うチャンスが増えるというもので、それがたとえ手袋越しだとしても関係ない。繋いだ手の温もりは上質な革を通しても感じられるのだから。

つくしは昼食の前、風呂に入ってこいと司に勧められた。
それは身体の痛みを少しでも和らげることが出来るなら、といった気遣いだと分かっていた。だから大きなバスタブに湯を張り、用意されていたバラの香りの入浴剤を入れ身を浸した。
そして入浴を終え、ベッドルームに戻ったとき、ベッドの上にいくつもの箱が積み上げられているのを見つけ、一番上の箱を開けてみたが、そこにあったのは黒い下着。
それは久美子がプレゼントしてくれた下着とは比べものにならないほどデザイン性が高い高級ランジェリー。そして箱には、イタリア製であることを示すブランド名が書かれていた。

ブラとパンティとスリップはセットでバラの模様がレースで施され、実用的というよりも、恋人に見せるため、夜の下着と呼ばれる妖艶さが感じられる下着。
そして次の箱を開けてみればやはり下着が入っていたが、色はゴールドの輝きを持つベージュ。だがそれをベージュと呼ぶには華やかな色で、シャンパンゴールドと呼ばれる色だ。
そして黒よりもデザインが大人しかった。

それが、つくしがベージュの下着が好きなのかといった思いから選ばれたとすれば、当たっていた。事実つくしの持つ下着はベージュばかりなのだから。
そしてこれがベッドの上に用意された理由は明白だ。
この下着を身に付けて欲しい。それが恋人の願いなら躊躇うことなく身に付けた。
ただし、シャンパンゴールドの方を。

それにしても、普段着の道明寺司の姿というのは、どんな姿なのか。
いつも一分の隙もなく仕立てられたビジネススーツを着こなした姿ばかりで、普段着でいる姿を見た者は少ない。いや。もしかするといないかもしれない。
だがつくしの前に現れた男は、ビジネススーツよりも、フォーマルな服装よりもずっと素敵に見えた。

それは副社長であることや、大財閥の後継者ということを取り払えば、自分よりもひとつ年上の男性の穏やかな日常の風景といった姿。ビジネスとは違うカシミアのコートの下に着た紺色のセーターは暖かな風合いが感じられ、マフラーを首に捲いた男は若さが感じられた。そしてしばしその姿に目を留める。

「どうした?俺の顔に何か付いているか?」

「えっ!?うんうん。な、何も付いてないわよ?目と鼻と口以外は」

「当たり前だ。それ以外の物が付いてたらおかしだろ。….そうか。お前俺に見惚れてたんだろ?俺が余りにもいい男過ぎて見惚れてたんだろ?」

「な、何言ってるのよ!そ、そんなことないわよ!ただ普段着なんて見たことがないから珍しいなって思っただけよ!」

「ふーん。そうか。まあ別にいい。けどな見惚れてたなら見惚れてたって正直に言えよ?」

「べ、別に見惚れてなんか…..」

だが実は見惚れていた。
かつて見ていた副社長としての男から恋人となった男のその仕草を。
優しさと共に力強さを感じさせる眼差しを。
185センチある身長に長い脚を持つ男が小さな女の歩幅に合わせて歩く姿を。
外には感じさせない過去の姿を。
そして思う。この人はビジネスシーンと今こうしている時とどちらが本当の道明寺司なのかと。けれど、どちらもこの人だ。そしてつくしの前ではただの男だ。
そんな男とプライベートでは対等な立場でいられたらと思っている。

それにしても明日は誕生日だが、まさかウィーンで誕生日を迎えるとは思いもしなかった。
それに日本を発つとき、まさか二人の関係がこうなるとは思いもしなかった。だからプレゼントは用意してない。

だがつくしは、誕生日にクリーム色のマフラーを贈られた。
だがそれは秘書としての労をねぎらうものだと言われ気にするなと言われた。
けれど今の二人の関係はあの頃とは違う。だから何か贈りたい気持ちはあるが、何を贈ればいいのか思いつかない。そして用意する時間がない。

それに、本来ならドイツ出張は二日前に終わり、今頃は日本で仕事をしているはずだったが突然行き先を変更し、ウィーンに立ち寄った。だがこの街も今日一日だけであり、明日は帰国の途につく。そんな二人の自由な時間はあと半日だ。
その間に何かと思うのだが、何しろ相手は何でも持っている人だ。
それに何が喜ばれるのか分からない。そして今のつくしに出来ることは、美味しいコーヒーを淹れることだが、それでは余りにもお粗末のような気がする。

どうしよう….。

久美子に相談すればアドバイスが貰えるような気がするが、話せば二人の関係が知られてしまう。でも久美子はプレゼントのセンスがいい。それに久美子なら男性に何を贈れば喜ばれるか分るはずだ。
つくしの頭の中にはそんな思いが巡り始めた。

「久美子に電話しようかな….日本は仕事終わってる時間だし….」

そしてつい口に出てしまい慌てて口を閉じる。

「つくし?どうした?何ブツブツ言ってるんだ?行くぞ?」

「え?あ、ご、ごめん。すぐ行く!」








午後からの観光は、時間が短いこともあり駆け足となったが、ハプスブルク家を象徴する広大な宮殿や、パリのルーブル美術館に引けをとらないと言われる世界屈指のコレクションを持つ美術史美術館。そして街の中心部にあり、ハプスブルグ家の歴代当主の墓があるシュテファン大聖堂を巡った。

そして二人が最後に訪れたのは、市民の憩いの森であるプラーター公園の一角にある遊園地。そこには、映画『第三の男』で世界的に有名な大観覧車がある。

ウィーンのトレードマークと言われるこの大観覧車に乗れば、ウィーンという街と恋におちると言われ、古風な外見は100年以上の歴史を持ち、電車の車両を短くしたような赤い木製のゴンドラがぶら下がっているが、広さは小部屋ほどあり、そこから街のパノラマを見ることが出来る。

司はそのゴンドラのひとつを貸し切っていた。
この街に恋におちると言われる大観覧車の中から、恋におちた男と女が夜景を眺めるため。
そして彼女が喜ぶ顔が見たかったから。




「どうしたのこれ?」

「どうしたのって見ての通りだ。ここの観覧車のゴンドラは貸切ることが出来るが、ここでウェディングパーティーをすることも、カクテルパーティーを開くことも出来る」

司は貸切ったゴンドラの中にテーブルを用意させ、ディナーを用意させた。
だが給仕は要らないと断ったが料理が冷めないように工夫をさせた。
そしてその料理を保温された容器から取り出し始めたが、つくしは手伝いを申し出ると司と一緒に料理を取り出した。そして笑った。

「どうした?」

「なんだか夜のピクニックみたい」

「ピクニックか?」

「そう。ピクニック。行ったことない?お弁当を作って野山へ行くの。でも勿論昼間よ?」

「うちはそんな家庭じゃなかったからピクニックってやつには行った記憶がない。けどお前がこれをピクニックと言うなら俺にとってはこれが初めてのピクニックだ」

二人の手でピクニックにしては豪華すぎる料理が並べられたが、それがどんな料理だろうと別に構わなかった。それに大観覧車のゴンドラの中で食事をするという意外性をつくしは楽しんだ。
だが頭を過るのは、やはり明日が道明寺司の誕生日ということだ。
このままではプレゼントを用意する暇はなさそうだ。こうなったら恋人として先に謝っておく方がいい。決して好きな人の誕生日を忘れているのではないと。

「あのね、明日司の誕生日でしょ?でもプレゼント用意出来てないの。何しろこんな状況になるなんて考えてもなかったから….」

ドイツで急速に深まった二人の関係。
だからプレゼントは用意していないと正直に答えた。

だが司は彼女から何か貰いたいとは思っていない。
何しろもうプレゼントは貰ったから。

「俺はお前から大切な贈り物をもらった」

女の初めてを貰える男が世の中にどれくらいいるのか知らないが、司の周りには、つくしとは違いノリでセックスをする女はいくらでもいた。一夜限りでもいいから抱いて欲しいという女は大勢いた。そんな現実を過ごした男にとって女の初めては大切な贈り物だと感じていた。だからその大切な贈り物を貰えたことが彼女からの誕生日祝いだと捉えていた。

「つくし。世の中で運命の人に出会う確率はどれくらいか知ってるか?」

つくしは知らないと首を振った。

「この広い世の中で運命の人に出会う確率は0.0000034%だ。俺はその確率でお前に出会えたと思っている。人が生きて行く中で出会えて良かったと思える人間はそういないはずだ。だが俺はお前と出会えて良かったと思う。だから俺はお前との出会いを大切にしたい。お前が川に落とされる確率は….俺が傍にいる限りないはずだが….あの時は命に別状はないと訊いて強張っていた身体が緩んだ。生きていてくれてよかったと思った。もし俺があの場所に着くのが遅ければ、お前は川に沈んでたかもしれねぇ」

司はつくしがマリアによって突き落とされた一瞬が今でも目に浮ぶ。
そしてもし、自分があの場所に着くのが遅れていれば、どうなったか分からない。

「人生の成功はビジネスだという人間が殆どだが、俺はそうは思わない。生きている間に自分の運命の人間。つまり自分にとってベストな人間に出会えたことが人生の成功だ。だがどんなに探してもベストな人間を見つけられない人間も多いはずだ。そんな人間は間違った相手を選ぶ。そして傷付け合うようになる。俺はお前とはそんなことにならないはずだ。
運命の出会いは運命として受け入れることがこれから先の人生を豊かにするはずだ。だから俺たちの付き合いだが結婚を前提に考えてくれ」




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2018
02.15

恋におちる確率 70

恋愛へ発展するにはいくつかのパターンがある。
友達みたいな流れからいつの間にか恋が始まる。
ただの知り合いや同僚でも好意的に接してくれる人には共感できる。
全く知らない人でも、盛り上がりが感じられる。一緒にいて和むといったところから、この人いいなぁという気持になる。
つまりただの友達。ただの知り合い。そして全く知らない人でもある日突然恋人に変わることがある。そしてどんなことも始まりはひどく他愛のないもの。
恋愛というのは火が付けば一気に燃え上がるのが恋愛と言われている。

だが司は相手に合わせ、時間をかけ進めてもいいと思った。
それは、彼女が初めてだと知ったから。
だが二人の関係は、乾いた木に火を点ければ一気に燃え上がるのと同じだった。
胸が小さくてごめん、と言ったが、女の価値は胸の大きさや外見の美しさで決まるものではない。
だが肌は吸い付くような感触で、華奢ながら抱き心地が良かった。
そして、男にとって価値のある女というのは、心の中にどれだけ優しい気持ちを感じさせてくれるか。そして自分の中に取り込んでしまいたいと思える女だ。


一夜明けたとき、二人は抱き合い同じ布団にくるまれ眠っていた。
いつ寝たのか全く分からなかったが、目覚めたときは薄明りが感じられた。
それは外の天気がいいということだ。

カーテンを開けに立ったが、背後で気持ちよさそうに寝ている女は、身体中が痛むはずだ。
司はベッドに戻り、女の隣に潜り込み、片肘をつき見下ろした。
昨夜、明日は市内観光に行こうと言ったが、夜の行為が身体に及ぼした影響は大きいはずだ。
それなら今日はどこにも行かずベッドの中で過ごしてもいい。
今の司は彼女の身体を第一に考えていた。





「おはよう…司」

目を覚ました女はおずおずと口を開いた。

「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫」
「本当か?」
「本当に大丈夫だから」

と、つくしは笑ったが、いきなり訊かれた言葉の意味は十分理解している。
それは、35歳でバージンの身体が、使い慣れない動きに悲鳴を上げてないかということだ。
大丈夫と答えたが、本当は身体のそこかしこが痛かった。
まず脚が痛い。普段絶対にしないような恰好をしたのだから、それは仕方ない。
それから身体中の筋肉が痛い。そして身体の奥深くに感じられる鈍痛。
それが愛し合った証であることは分かっているが、それでも、まさかこんなに痛むとは思わなかった。それは、隣で上体を起し見下ろしている男性によってもたらされた行為の結果だが、愛しているから抱かれたかった。
愛されたい思いから彼の胸に飛び込む形で抱き合った。
だから後悔はない。

「腹が空いてるだろ?何しろ昨日はあまり食べてない上に、激しい運動をすれば腹も減ってるはずだ」

「えっ?…うん.....今何時?」

つくしは、恥かしそうに布団を首まで引き上げた。
裸でいることに羞恥を覚えたからだ。

「今か?太陽が昇ってる時間だ」
「だから、時計の時間は?」
「どうした?そんなに時間が気になるのか?」
「だって...こんなに明るいのにいつまでもベッドで寝てるなんて出来ないもの。それに今日は市内観光って言ってたでしょ?」

昨日まだ二人がベッドに入る前、明日は市内観光に行こうと言われ、つくしは初めてのウィーンでどんなことをして過ごすのか楽しみにしていた。だから時間が気になった。

「ああ、観光は止めた。だからこのまま寝てろ。昨日はあれだけのことをしたんだ。お前は身体が痛いはずだ。だから寝てろ」

司はつくしの身体を第一に考え、無理をさせたくないとそう答えた。

「あのね、司。ウィーンには一度は来たいと思ってたの。だから予定通り観光に連れて行って?身体は大丈夫だから。ね?」

せっかくウィーンまで来たのだから、街を歩いてみたい。
恋人になって初めてのデートがウィーンだということが嬉しい。
それに日本に戻れば、表向きは副社長と秘書といった関係を保たなければならないが、 ここなら少なくとも周りの人間の目を気にする必要はないはずだ。

「いいや。違うはずだ。今はそうやって寝てるからまだマシなだけだ。歩いてみろ。それこそどう考えても不自然な歩き方になるはずだ。….そうだな。脚の間に何か挟んだ状態のガニ股歩きになるはずだ。見る人間が見れば、いかにも激しいのをヤリましたって恰好だ」

切れ長の目が面白そうに笑う。

「そ、そんなことないわ…ちゃんと歩けるわ」

「いいや。絶対そうだ。おまえ股関節が硬そうだ。あの恰好はひっくり返ったカエルが_」

つくしは傍にある枕を取って司に向かって投げた。

「おい。止めてくれ。俺は事実を言ったまでだ。そうか。そこまで否定するなら今すぐベッドから起き上がって歩いてみろ。お前が普通に歩けるかどうか見てやる」

と、言ってニヤッと笑う。

「そ、そんなこと言われてもき、着るものがないんだから起き上がれないわ」

頬を赤く染めた女は恥ずかしそうに言う。
だが今更何を恥ずかしがる?
と思うが、いくら身体の関係が出来たとしても、彼女は相手の男の前を裸で歩き回る女ではない。
だがその反面、ここで抱いて欲しいと素直に言ったのは、あれは初めて見たオペラの感動に精神が舞い上がっていたと考えてもいいはずだ。

「ああそうだったな。お前のバスローブはあんな所に落ちてる。誰かに持って来てもらうしかねぇよな?」

司は言いながらニヤニヤ笑いが止まらない。

「ねえ。それなら司が持ってきて!だって司はバスローブを着てるじゃない。あたしは何も身に付けてないのよ?」

バスローブは、ベッドから4メートルほど離れた床に落ちていて、朝の光りが差し込む部屋で裸の身体を晒すのが恥かしいのか、黒い目大きく開き、そう訴える女は首まで引き上げた布団を更に上へ引き上げようとしていた。
司はそんな女に意地悪をしたくなった。
それは、まるで小学生が好きな女の子をからかう姿。

「そういやぁお前、最中に色々と口走ってたぞ?」

「く、口走る?」

「ああ。なんて言ってたか教えてやろうか」

「な、なによ?あたし何も口走ってなんかないわ」

「『司そこはダメ。息が出来ない。重い。もっとお願い、司いい!』だったか?」

「そ、そんなこと言う訳ないじゃない!」

あの道明寺司が声色を真似て喋る姿を見るとは、つくしも思わなかった。
それにもっとお願いとは絶対に言ってない。あれ以上愛されたら身体がバラバラになるような気がしたからだ。

「へぇ。お前言ってないって?随分と自信があるようだが確かなんだろうな?」

「…確かって…」

そこまで言われたら自信がない。

「じゃあ反対に訊くけど、あたしが言ったこと覚えてるなんて随分と冷静ね?一生懸命さが足りなかったんじゃない?夢中になってたら相手の言葉なんて覚えてないんじゃない?」

つくしは自分でも何を言ってるの。と思いながらも口にしていた。
セックス初心者の自分が、世界中の女に欲しがられる男相手にそんな口を利くことは、喧嘩を売っているようなものだ。だが口をついてしまった言葉は取り消せない。

「そうか….。一生懸命さが足らなかったか。それは悪かった。俺は女に愛し方が足りないと言われたのは初めてだが悪かったな。お前が初めてだから遠慮したのが悪かったってことか。俺は女と愛し合うときは容赦しないほど激しいと言われてるんだが、手加減したのが悪かったってことか。道具も使わなかったし、縛りもしなかったからな。だがこの街でも道具はすぐ揃う。今夜からキツイのをやってやろうか。なあ、つくし?」

司はわざと声のトーンを落とし、残忍な顔を作った。
それは黒い微笑を浮かべた支配者の顔。
そしてつくしが首まで引き上げている布団を引き離そうと手をかけた。
だが彼女は必死の形相で布団を掴んでいた。その様子は何するのよ!と大きな瞳が訴え、ともすれば泣きそうな顔になる。
司は愛する人を泣かせることはしたくない。それに初めてを終えたばかりの女にセックスを強要したいとは考えてない。それにサディスティックな趣味もない。だがまさか自分の恋人がそういった趣味の持ち主だと知り、ショックを受けたような顔になるとは思いもしなかった。


「冗談だ。冗談。つくし、冗談だ」

司は、布団を首の位置で握っているつくしの手を掴み笑った。

「そんなに硬くなるな。俺はお前の意思がない限り、お前を抱こうとは思わねぇ。いくら恋人同士でも無理やりやって楽しい訳ねぇだろ?それは愛し合うとは言わねぇはずだ。それに言っとくが俺にはああいった趣味はない。だから心配するな」


仕事は出来るが恋に奥手の女。
30過ぎた女の純真さとでもいうのか。
司の恋人は素直で一直線。だが時に生意気なことを言う。

そんな女が愛おしく、睫毛に触れるか触れないあたりまで唇を近づけ「俺はお前を大切にしたい。それに守ってやりたい」と小声で言い「そんなヘンな顔するな。困った犬だぞ、その顔は。...ああ分かった。お前がどうしても観光がしたなら昼メシ食ってから出かけるとするか」と言って笑い眉間に寄った皺にキスをした。




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