愛という言葉を口にすることが恥ずかしかった少女は、大人になる過程で否応なく学んだことがある。人を本気で好きになるということは、どれだけ苦しいかということを。
それは彼から教わった。あの山荘で交わされた言葉や眼差しは、憎しみに満ちたものから、やがて愛に変わったが、再会し、間もない頃の男の目は途方もなく暗く、なんの感情も交錯することがなかった。
それは相手がどれだけ傷つこうと構わないといった目だった。
男のプライドが云々では片がつかない、憎しみ以上の哀しみを感じさせる目だと気付いたとき、自分が傷付けてしまった男の心の傷の深さを知った。
あの雨の日に無神経な言葉で愛する人を傷つけた自分が許せなかったが、頭の中に刻んだ記憶を過去のものに出来たとき、彼の純粋な思いをあの頃よりもずっと貴重なものとして受け取った。そしてあの頃ひたむきだった男のその態度は、これから先もずっと頭の中に刻みつけられるはずだ。
もう10代の少女ではない。20代も後半だ。
そしてあきらかに今までの人生とのへだたりを感じ始めていた。
今までもしっかりと目を開いて歩いて来た。
前を向いて。
そしてこれからも人生は続いて行く。
二人の人生が。
だからこそ、目の前にあることに向かい合いたいと感じていた。
道明寺楓から会いたいと言われたが、断る理由は見当たらない。
彼らの常識と違う女だと言われてもいい。再び笑われたとしてもいい。過去に何度も冷笑のまとにされて来た。それならただ立ち尽くして時が過ぎるのを待っていることがいいとは言えないはずだ。話しが通じる相手ではないとしても、向うから会いたいと言ってきたのだ。
つくしは是非会って話をしたいと思った。
再会して傷付いた心は許し合えることを二人とも知った。
そして、二人が会うことがなければ、これから会う人物にも出会うことはなかったはずだ。
もし、その人とも分かり合えるなら、それを願わずにはいられなかった。
都心のランドマーク的存在とも言えるホテルメープル。
財閥のホテルの中では、NYのホテルと同じ旗艦店の一つと言われているこの場所に足を踏み入れるのは初めてだ。
高級ホテルとして名を馳せるメープルは、宿泊する客層も他のホテルとは違っていた。世界各国のVIPは勿論、お忍びで訪れるお金持ちもよく利用すると言われていた。それは客のプライバシーを完璧に守ると言われていることにあった。
そのため政治家の利用が多いと聞いたことがあるが、それが財閥と政治家との間になんらかの関係があるとすれば、USBメモリの存在する意味が分かるような気がした。
正面入り口前に静かに滑り込んだリムジンが止った途端、すぐに制服姿のドアマンが優雅にドアを開け、つくしを丁寧に出迎えてくれた。そして、その場に立つひとりの男性がつくしに挨拶をした。
「ようこそお越し下さいました。牧野様」
楓の秘書と名乗った男性は、丁寧にお辞儀をし、どうぞこちらへと案内をした。
つくしは大きく息を吸って吐き出した。
これから嵐の真っただ中に飛び込んで行く。そんな気持ちでいた。それでも出来るだけ自然に振る舞おう。そう思うがやはり鉄の女に会うのは緊張した。
贅を尽くしたロビーを横切り、プライベートと書かれた扉を抜け、上層階直通のエレベーターに乗った。上昇する箱の中は、秘書とつくしと彼女の警護にあたる人間だけが乗っていた。
ロビーを横切る短い間、周りに目をやる余裕はなかったが、それでもこのホテルの高級感を感じることは出来た。
落ち着いた照明のなか、流れる空気は静かで大声で話す客などおらず、このホテルが経営者の本質が反映されているのだとすれば、ラグジュアリーでありエレガントな雰囲気は道明寺楓そのものだということだ。
最上階への扉は短い音と共に開くと、目の前に長い廊下が続き、その最奥にある部屋が道明寺楓の執務する社長室だと案内された。
社長は直ぐに参りますので、お掛けになって少しお待ち下さい。
秘書はそう言うと、扉を閉め出て行った。
メープルの社長室は執務デスクの他にあると言えば、応接セットだけだ。
そんな場所に通されれば、座る場所はその応接セットなのだろうが、座ることが躊躇われた。
道明寺楓は居丈高な女性だ。そんな女性に見下ろされることは今更だが、座って待つより立って待つことを選んでいた。
何もない執務室は、普段この部屋が使われていないことを物語っていた。
道明寺楓も普段はNYで暮らしているのだから当然のこと。あの当時も日本にいることは殆どといっていいほどなく、海外で忙しくしていた人だった。そんな女性はあの頃、ひとり息子の交際相手を排除するといった使命感に囚われていた。それだけに、今回のこの面会の意味はいったいなんなのか。だがどんな意味があろうと、つくしの心は決まっていた。
突然扉が開き、10年振りに会う人がつくしの前に姿を現した。
「お久しぶりね、牧野さん。どうぞおかけになって頂戴」
だがつくしは、楓が腰を下ろすまで座らなかった。それは社会人としての当然のマナーではあるが、この女性の前で座ると、なぜか教師に叱られている子供のように感じてしまいそうだと思った。
あの頃と変わらぬ体型を保ち、顔立ちもやはりあの頃と同じままで余計な肉などついておらず、息子と同じで貴族的な横顔の女性はどこにでもいるありふれた女性ではない。あの頃と同じで目立つ女性だ。そしてビジネスは非情なもの。親子であろうとビジネスはビジネスだといった考え方をする女性。
そんな女性が息子が不幸になるのは忍びないなどといった発言をするのだろうか。
確かに道明寺から聞かされた言葉は、にわかには信じ難い思いがある。目の前にいる女性は、どう見ても母親というより、ビジネスウーマンとしての生き方を選び生きていたあの頃と同じ女性にしか見えなかった。
だがあれから年を取り、過去の愛憎をすべて帳消しにしたいといった心理に陥ったのだろうか。
しかしこの女性がデスクの前で鬱々と考えるとはとても思えなかった。
楓が腰を下ろすと、つくしはテーブルを挟んだソファの向かい側に座ったが、緊張して身を固くしていた。
かつて目の前に座る女性の口から出た言葉は、非難と攻撃だけだったのだから。
「牧野さん。珈琲を用意させたわ。どうぞ召し上がって。飲みながらゆっくり話しがしたいわ」
今、この部屋の中に漂う香りは、毎朝部屋中に満ちている香りと同じ香りがした。
それは母親が飲む珈琲も、息子が飲む珈琲と同じ種類だということだ。
今では飽きることのないこの香りがつくしは好きになっていた。
そしてこれから交わされる会話が、この珈琲と同じで好ましいことだといいのだが。そう思わずにはいられなかった。

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それは彼から教わった。あの山荘で交わされた言葉や眼差しは、憎しみに満ちたものから、やがて愛に変わったが、再会し、間もない頃の男の目は途方もなく暗く、なんの感情も交錯することがなかった。
それは相手がどれだけ傷つこうと構わないといった目だった。
男のプライドが云々では片がつかない、憎しみ以上の哀しみを感じさせる目だと気付いたとき、自分が傷付けてしまった男の心の傷の深さを知った。
あの雨の日に無神経な言葉で愛する人を傷つけた自分が許せなかったが、頭の中に刻んだ記憶を過去のものに出来たとき、彼の純粋な思いをあの頃よりもずっと貴重なものとして受け取った。そしてあの頃ひたむきだった男のその態度は、これから先もずっと頭の中に刻みつけられるはずだ。
もう10代の少女ではない。20代も後半だ。
そしてあきらかに今までの人生とのへだたりを感じ始めていた。
今までもしっかりと目を開いて歩いて来た。
前を向いて。
そしてこれからも人生は続いて行く。
二人の人生が。
だからこそ、目の前にあることに向かい合いたいと感じていた。
道明寺楓から会いたいと言われたが、断る理由は見当たらない。
彼らの常識と違う女だと言われてもいい。再び笑われたとしてもいい。過去に何度も冷笑のまとにされて来た。それならただ立ち尽くして時が過ぎるのを待っていることがいいとは言えないはずだ。話しが通じる相手ではないとしても、向うから会いたいと言ってきたのだ。
つくしは是非会って話をしたいと思った。
再会して傷付いた心は許し合えることを二人とも知った。
そして、二人が会うことがなければ、これから会う人物にも出会うことはなかったはずだ。
もし、その人とも分かり合えるなら、それを願わずにはいられなかった。
都心のランドマーク的存在とも言えるホテルメープル。
財閥のホテルの中では、NYのホテルと同じ旗艦店の一つと言われているこの場所に足を踏み入れるのは初めてだ。
高級ホテルとして名を馳せるメープルは、宿泊する客層も他のホテルとは違っていた。世界各国のVIPは勿論、お忍びで訪れるお金持ちもよく利用すると言われていた。それは客のプライバシーを完璧に守ると言われていることにあった。
そのため政治家の利用が多いと聞いたことがあるが、それが財閥と政治家との間になんらかの関係があるとすれば、USBメモリの存在する意味が分かるような気がした。
正面入り口前に静かに滑り込んだリムジンが止った途端、すぐに制服姿のドアマンが優雅にドアを開け、つくしを丁寧に出迎えてくれた。そして、その場に立つひとりの男性がつくしに挨拶をした。
「ようこそお越し下さいました。牧野様」
楓の秘書と名乗った男性は、丁寧にお辞儀をし、どうぞこちらへと案内をした。
つくしは大きく息を吸って吐き出した。
これから嵐の真っただ中に飛び込んで行く。そんな気持ちでいた。それでも出来るだけ自然に振る舞おう。そう思うがやはり鉄の女に会うのは緊張した。
贅を尽くしたロビーを横切り、プライベートと書かれた扉を抜け、上層階直通のエレベーターに乗った。上昇する箱の中は、秘書とつくしと彼女の警護にあたる人間だけが乗っていた。
ロビーを横切る短い間、周りに目をやる余裕はなかったが、それでもこのホテルの高級感を感じることは出来た。
落ち着いた照明のなか、流れる空気は静かで大声で話す客などおらず、このホテルが経営者の本質が反映されているのだとすれば、ラグジュアリーでありエレガントな雰囲気は道明寺楓そのものだということだ。
最上階への扉は短い音と共に開くと、目の前に長い廊下が続き、その最奥にある部屋が道明寺楓の執務する社長室だと案内された。
社長は直ぐに参りますので、お掛けになって少しお待ち下さい。
秘書はそう言うと、扉を閉め出て行った。
メープルの社長室は執務デスクの他にあると言えば、応接セットだけだ。
そんな場所に通されれば、座る場所はその応接セットなのだろうが、座ることが躊躇われた。
道明寺楓は居丈高な女性だ。そんな女性に見下ろされることは今更だが、座って待つより立って待つことを選んでいた。
何もない執務室は、普段この部屋が使われていないことを物語っていた。
道明寺楓も普段はNYで暮らしているのだから当然のこと。あの当時も日本にいることは殆どといっていいほどなく、海外で忙しくしていた人だった。そんな女性はあの頃、ひとり息子の交際相手を排除するといった使命感に囚われていた。それだけに、今回のこの面会の意味はいったいなんなのか。だがどんな意味があろうと、つくしの心は決まっていた。
突然扉が開き、10年振りに会う人がつくしの前に姿を現した。
「お久しぶりね、牧野さん。どうぞおかけになって頂戴」
だがつくしは、楓が腰を下ろすまで座らなかった。それは社会人としての当然のマナーではあるが、この女性の前で座ると、なぜか教師に叱られている子供のように感じてしまいそうだと思った。
あの頃と変わらぬ体型を保ち、顔立ちもやはりあの頃と同じままで余計な肉などついておらず、息子と同じで貴族的な横顔の女性はどこにでもいるありふれた女性ではない。あの頃と同じで目立つ女性だ。そしてビジネスは非情なもの。親子であろうとビジネスはビジネスだといった考え方をする女性。
そんな女性が息子が不幸になるのは忍びないなどといった発言をするのだろうか。
確かに道明寺から聞かされた言葉は、にわかには信じ難い思いがある。目の前にいる女性は、どう見ても母親というより、ビジネスウーマンとしての生き方を選び生きていたあの頃と同じ女性にしか見えなかった。
だがあれから年を取り、過去の愛憎をすべて帳消しにしたいといった心理に陥ったのだろうか。
しかしこの女性がデスクの前で鬱々と考えるとはとても思えなかった。
楓が腰を下ろすと、つくしはテーブルを挟んだソファの向かい側に座ったが、緊張して身を固くしていた。
かつて目の前に座る女性の口から出た言葉は、非難と攻撃だけだったのだから。
「牧野さん。珈琲を用意させたわ。どうぞ召し上がって。飲みながらゆっくり話しがしたいわ」
今、この部屋の中に漂う香りは、毎朝部屋中に満ちている香りと同じ香りがした。
それは母親が飲む珈琲も、息子が飲む珈琲と同じ種類だということだ。
今では飽きることのないこの香りがつくしは好きになっていた。
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今の二人は本来の自分たちを取り戻していた。
雨の日に別れてしまったあの頃と違い、大人になった二人は心に深く思い残すものがあったとしても、互いに伝えなければならないことは、伝えることが出来るようになっていた。
つくしは司の口から語られる言葉を静かに聞いていた。
それは、司の父親である道明寺貴の叙勲祝賀パーティーに彼と一緒に出るという話だ。
司の母親である楓からの召集令状とまでは言わないが、出席を求められたつくし。
彼女が楓に会ったのは、10年前息子と別れて欲しいと大金を持って現れたことがあったがそれ以来会ってはいない。
だがもちろんテレビや新聞、雑誌で見たことはあった。
初めて楓に会ったとき、その攻撃的な態度は、彼女がこうと決めたことは、完遂されなければならないといった硬い決意が感じられた。
息子とその恋人を別れさせるため、ありとあらゆる手を尽くす。
そして目的は達成されなければ気が済まないといった姿勢が感じられた。それは息子である司にも言えることで、つくしに対しての姿勢がそうであったように、道明寺家の人間の特徴なのだろうかと思えるほどだった。
それにしても、何故楓はつくしをパーティーに同伴するよう求めたのだろうか。
あの頃、散々嫌われ、嫌がらせを受けたというのに何故?
それは、何かが変わったということだろうか?
テーブルに並べられた料理が片づけられ、二人はソファに腰を下ろし、食後の珈琲を飲んでいた。料理は司が庶民の味と称したものが並べられ、
「相変らずおまえの料理は訳の分かんねぇものがある」
と、言いながらも箸を運んだのは、懐かしさがあってのことかもしれないが、それでもつくしは嬉しかった。そしてこれが家庭の団欒といったものであると、司が理解してくれたと思えばそれだけでも良かった。
「ねえ・・どうしてお母さんはあたしをパーティーに同伴しなさいだなんてことを言ったの?」
当時魔女だと思えた女性からの命令とも言える言葉の意味が知りたいと思っていた。
あの頃、身の程知らずと誹られた少女は、今は大人になったが、それでも投げつけられた言葉は今でも心の奥に残っていた。
「いや、俺にも理由は分かんねぇ。あの女が俺たちに何を求めてるんだか知らねぇが、おまえの身に起こったことも、俺がして来たことも全てお見通しなんだとよ・・で、おまえに会いたいそうだ。おまえ、どうする?会うつもりは無いっていうなら、会う必要ねぇぞ。それにあの女のことだ、またおまえに何か言って、おまえが俺の前から消えるようなことがあったら困るからな・・まあ、そうは言っても今のおまえがここから抜け出せるとは思えねぇけどな」
確かに二人が暮らし始めたマンションの警備は厳重だ。
通院の為外出することがあるが、つくしが一人だけで外出することは無い。
それに司がどれほどつくしのことを大切に思っているかということを、彼女自身も充分理解していた。
それにしても、つくしに会いたいと言ってきた司の母親。
その真意を測りかねていた。
「で、どうするつもりだ?嫌なら断ってもいいんだぞ?」
つくしにとって道明寺楓という人物は、計り知れないほどの権力を持つ女性だ。
元華族の家から道明寺家に嫁いで来たと聞いていた。それだけに、あの態度も納得できるものでもあるが、再び会うことを考えれば、戸惑うなという方が無理だ。
だが、今になれば楓の気持ちも理解出来た。つくしも今は何も知らない少女ではない。
道明寺財閥という巨大な企業を統率する男の妻に、ひとり息子の恋人が気に入らないと言われても、それはある意味仕方がないことだと思えた。
それに、どこの家庭の母親でも多かれ少なかれ、そう思うのはあたり前だ。
「あたし、会うわ。お母さんに・・」
無言のうちに数秒が過ぎていた。
その沈黙の意味は何なのか。
つくしは司が黙った意味が分かっていた。無理をするな。いつの日か会う事になるとしても、今は無理して会う必要はない。そう言いたいのだということが伝わって来た。
だが前を向いて歩くことを決めた。だから進まなければならない道があるなら、避けて通ることなく進まなければならないはずだ。
人は相手が自分を嫌っていることは、わかるものだ。だから嫌われているなら、嫌っているその人に自ら近づく必要はないのではないか。そう言われればそうかもしれない。だが会いたいと思った。強くなることも必要だが、人に対して優しさを持つことも必要だ。相手がこちらを嫌っていたとして、だからと言って同じように嫌う必要があるとは思えなかった。
それにまだ少女だったつくしには、大人だった司の母親について理解できなかった部分もあったはずだ。
かつて射るようにつくしを見た目には、蔑みが感じられ怖かった。
だが、道明寺楓は司の母親だ。好きな人の母親を嫌いでいることは難しい。
それにいくら楓が幼少期に息子を顧みることがなかったからといって、全く心をしめていないと言えば嘘になるはずだ。子煩悩とは言えないとしても、子供のことが全く心の中にない親はいないはずだ。
だが今でも蔑みを持って見られるのだろうか。
息子が選んだ相手が気に入らないといった目で見られるのだろうか。
でも会いたいと思った。
自分のことを認めて欲しいと思うからではない。共に10年の年月を経た今、道明寺楓という人物が昔のままなのか。それが知りたいと思った。
そして、楓の目から見える自分の姿はどうなのか知りたかった。
何を言われるとしても構わない。二人一緒に歩いて行くと決めたのだから、何を言われたとしても、受け入れるつもりでいる。
「おまえ、本当にいいのか?あの女は昔のままだぞ?思いやりとか理解とかって言葉は持ち合わせてねぇ。あの女は物事は自分のやり方でやることが当然だと考えてる女だ。・・ったく何を考えてパーティーにおまえを同伴しろなんて言ったのか知らねぇが、何か魂胆があるはずだ」
強大な力を持って財閥を動かして来た司の両親。だが父親はトップの座から降りた。
しかし楓は父親より若い50代で鉄の女は健在だ。そしてメープルの経営を任され采配を振っており、したたかな女で力がある。幼い頃からそんな女の母親としての態度など見たことなどなく、生まれて真っ先に触れたのが本当にあの女だろうかと思うことさえあった。
「それに、あの女は自分の言動が他人にどう影響を与えるかなんて頭にない女だ。つくし・・俺はまたあの女が何か言っておまえが傷つくのは見たくねぇ」
司はつくしに傷ついて欲しくなかった。
髪の毛一本でさえも。
今の彼女は決して何ものにも負けないだけの強さを持つとしても、彼にとってはダイヤモンドの輝きを持つ女性だとしても、これ以上傷ついて欲しくなかった。
だがつくしは会うという。
「・・あたしあの人に会ってみたいの。会ってあたしの今の気持ちを伝えたいの。あの頃と変わらないって・・。それにあたしね、あんたのお母さんがそんなに言うほど悪い人だとは思えないの。どんな親でも子供に対しての愛情は絶対あるから・・ただそれを上手く表すことが出来ない人もいるはずよ」
「つくし・・あの女が俺に愛情を持ってるかっていえば、そんなモン端っから無かった。それに何を考えてんだか知らねぇが、俺がこれ以上不幸になるのを見るのは忍びない・・そんなことを突然言い出した。どう考えてもおかしいだろうが。子供に対する愛情が急に湧き上がったっていうなら、それがどうかと思うのが普通だ」
つくしは過去を思い出していた。
確かに道明寺楓という女性は、我が子に対して愛情深いといった女性ではなかった。
強い女性だとは感じたが、温かみより冷たさが感じられる女性だと、人を寄せ付けようとしない頑なさを感じたことは記憶にある。
そしてあのとき、二人の間にあるものが、とてつもなく大きな川に感じられた。
決して渡ることが出来ない激しく流れる川。
そんな川の向うとこちら側では見える景色が違うのと同じで、二人には全く別の物語が用意されていたはずだ。
決して交わることがなかった二人の人生が。
だが人生は交差し、新しい物語が始まった。その物語がハッピーエンドで終わることを望むなら、物語の登場人物全員が幸せであって欲しいと願いうのはおかしいのだろうか。
「あのね、これから二人の全てが始まるなら、けじめはきちんとつけたいの。誰にだって人生の物語があるはず。お母さんにだってお母さんの人生があったはず・・だから今が昔と違っていると思わない?あたしにはそう思えるの。だから会ってくる、お母さんに」
司はつくしの言葉に顎を引き締め、厳しい表情になった。
そして言い出したら聞かない頑固な女の顔に表れたものを見た。
『お人好しだって言われてもいい。あたしは自分の信じることを信じるの』
つくしの目はそう言っていた。それはあの頃も見たことがある目。
かつて見慣れたその表情。強い意思が感じられ、言い出したら聞かないところがあった少女の凛とした眼差し。
目の前にいる女は、司には分からない何かがある。理解出来そうで出来ない何かが。
それは昔からそうだった。司の知らない何か確固したものがつくしにはいつもあった。
牧野つくしという女には_。
「・・そうか。おまえがそこまで言うんなら会ってこい。会ってあん時の恨みがあるなら言ってやれ。よくも愛しい男と引き離すようなことをしてくれたってな。俺の親だからって気にするな。まあ昔のおまえはそうだったけどな」
ニヤッと笑った顔は不遜そのもの。
本来なら余程のことがないと感情が出ることがない男と言われていた司。
だが今では、つくしの前では感情そのままが出るようになっていた。
「いいか。もうおまえは小娘じゃねぇんだ。あの頃と違う。それにおまえには俺がついてる。言いたいことがあるなら言ってこい」
あの頃と同じ傲慢さを持つ男は、立ち上り、つくしの傍まで来ると軽々と彼女の身体を抱えキスをした。
それは不意打ちではない口づけ。
愛を重ねることに躊躇はないはずだ。
無意識に開いたつくしの唇は司の唇を受け入れていた。

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雨の日に別れてしまったあの頃と違い、大人になった二人は心に深く思い残すものがあったとしても、互いに伝えなければならないことは、伝えることが出来るようになっていた。
つくしは司の口から語られる言葉を静かに聞いていた。
それは、司の父親である道明寺貴の叙勲祝賀パーティーに彼と一緒に出るという話だ。
司の母親である楓からの召集令状とまでは言わないが、出席を求められたつくし。
彼女が楓に会ったのは、10年前息子と別れて欲しいと大金を持って現れたことがあったがそれ以来会ってはいない。
だがもちろんテレビや新聞、雑誌で見たことはあった。
初めて楓に会ったとき、その攻撃的な態度は、彼女がこうと決めたことは、完遂されなければならないといった硬い決意が感じられた。
息子とその恋人を別れさせるため、ありとあらゆる手を尽くす。
そして目的は達成されなければ気が済まないといった姿勢が感じられた。それは息子である司にも言えることで、つくしに対しての姿勢がそうであったように、道明寺家の人間の特徴なのだろうかと思えるほどだった。
それにしても、何故楓はつくしをパーティーに同伴するよう求めたのだろうか。
あの頃、散々嫌われ、嫌がらせを受けたというのに何故?
それは、何かが変わったということだろうか?
テーブルに並べられた料理が片づけられ、二人はソファに腰を下ろし、食後の珈琲を飲んでいた。料理は司が庶民の味と称したものが並べられ、
「相変らずおまえの料理は訳の分かんねぇものがある」
と、言いながらも箸を運んだのは、懐かしさがあってのことかもしれないが、それでもつくしは嬉しかった。そしてこれが家庭の団欒といったものであると、司が理解してくれたと思えばそれだけでも良かった。
「ねえ・・どうしてお母さんはあたしをパーティーに同伴しなさいだなんてことを言ったの?」
当時魔女だと思えた女性からの命令とも言える言葉の意味が知りたいと思っていた。
あの頃、身の程知らずと誹られた少女は、今は大人になったが、それでも投げつけられた言葉は今でも心の奥に残っていた。
「いや、俺にも理由は分かんねぇ。あの女が俺たちに何を求めてるんだか知らねぇが、おまえの身に起こったことも、俺がして来たことも全てお見通しなんだとよ・・で、おまえに会いたいそうだ。おまえ、どうする?会うつもりは無いっていうなら、会う必要ねぇぞ。それにあの女のことだ、またおまえに何か言って、おまえが俺の前から消えるようなことがあったら困るからな・・まあ、そうは言っても今のおまえがここから抜け出せるとは思えねぇけどな」
確かに二人が暮らし始めたマンションの警備は厳重だ。
通院の為外出することがあるが、つくしが一人だけで外出することは無い。
それに司がどれほどつくしのことを大切に思っているかということを、彼女自身も充分理解していた。
それにしても、つくしに会いたいと言ってきた司の母親。
その真意を測りかねていた。
「で、どうするつもりだ?嫌なら断ってもいいんだぞ?」
つくしにとって道明寺楓という人物は、計り知れないほどの権力を持つ女性だ。
元華族の家から道明寺家に嫁いで来たと聞いていた。それだけに、あの態度も納得できるものでもあるが、再び会うことを考えれば、戸惑うなという方が無理だ。
だが、今になれば楓の気持ちも理解出来た。つくしも今は何も知らない少女ではない。
道明寺財閥という巨大な企業を統率する男の妻に、ひとり息子の恋人が気に入らないと言われても、それはある意味仕方がないことだと思えた。
それに、どこの家庭の母親でも多かれ少なかれ、そう思うのはあたり前だ。
「あたし、会うわ。お母さんに・・」
無言のうちに数秒が過ぎていた。
その沈黙の意味は何なのか。
つくしは司が黙った意味が分かっていた。無理をするな。いつの日か会う事になるとしても、今は無理して会う必要はない。そう言いたいのだということが伝わって来た。
だが前を向いて歩くことを決めた。だから進まなければならない道があるなら、避けて通ることなく進まなければならないはずだ。
人は相手が自分を嫌っていることは、わかるものだ。だから嫌われているなら、嫌っているその人に自ら近づく必要はないのではないか。そう言われればそうかもしれない。だが会いたいと思った。強くなることも必要だが、人に対して優しさを持つことも必要だ。相手がこちらを嫌っていたとして、だからと言って同じように嫌う必要があるとは思えなかった。
それにまだ少女だったつくしには、大人だった司の母親について理解できなかった部分もあったはずだ。
かつて射るようにつくしを見た目には、蔑みが感じられ怖かった。
だが、道明寺楓は司の母親だ。好きな人の母親を嫌いでいることは難しい。
それにいくら楓が幼少期に息子を顧みることがなかったからといって、全く心をしめていないと言えば嘘になるはずだ。子煩悩とは言えないとしても、子供のことが全く心の中にない親はいないはずだ。
だが今でも蔑みを持って見られるのだろうか。
息子が選んだ相手が気に入らないといった目で見られるのだろうか。
でも会いたいと思った。
自分のことを認めて欲しいと思うからではない。共に10年の年月を経た今、道明寺楓という人物が昔のままなのか。それが知りたいと思った。
そして、楓の目から見える自分の姿はどうなのか知りたかった。
何を言われるとしても構わない。二人一緒に歩いて行くと決めたのだから、何を言われたとしても、受け入れるつもりでいる。
「おまえ、本当にいいのか?あの女は昔のままだぞ?思いやりとか理解とかって言葉は持ち合わせてねぇ。あの女は物事は自分のやり方でやることが当然だと考えてる女だ。・・ったく何を考えてパーティーにおまえを同伴しろなんて言ったのか知らねぇが、何か魂胆があるはずだ」
強大な力を持って財閥を動かして来た司の両親。だが父親はトップの座から降りた。
しかし楓は父親より若い50代で鉄の女は健在だ。そしてメープルの経営を任され采配を振っており、したたかな女で力がある。幼い頃からそんな女の母親としての態度など見たことなどなく、生まれて真っ先に触れたのが本当にあの女だろうかと思うことさえあった。
「それに、あの女は自分の言動が他人にどう影響を与えるかなんて頭にない女だ。つくし・・俺はまたあの女が何か言っておまえが傷つくのは見たくねぇ」
司はつくしに傷ついて欲しくなかった。
髪の毛一本でさえも。
今の彼女は決して何ものにも負けないだけの強さを持つとしても、彼にとってはダイヤモンドの輝きを持つ女性だとしても、これ以上傷ついて欲しくなかった。
だがつくしは会うという。
「・・あたしあの人に会ってみたいの。会ってあたしの今の気持ちを伝えたいの。あの頃と変わらないって・・。それにあたしね、あんたのお母さんがそんなに言うほど悪い人だとは思えないの。どんな親でも子供に対しての愛情は絶対あるから・・ただそれを上手く表すことが出来ない人もいるはずよ」
「つくし・・あの女が俺に愛情を持ってるかっていえば、そんなモン端っから無かった。それに何を考えてんだか知らねぇが、俺がこれ以上不幸になるのを見るのは忍びない・・そんなことを突然言い出した。どう考えてもおかしいだろうが。子供に対する愛情が急に湧き上がったっていうなら、それがどうかと思うのが普通だ」
つくしは過去を思い出していた。
確かに道明寺楓という女性は、我が子に対して愛情深いといった女性ではなかった。
強い女性だとは感じたが、温かみより冷たさが感じられる女性だと、人を寄せ付けようとしない頑なさを感じたことは記憶にある。
そしてあのとき、二人の間にあるものが、とてつもなく大きな川に感じられた。
決して渡ることが出来ない激しく流れる川。
そんな川の向うとこちら側では見える景色が違うのと同じで、二人には全く別の物語が用意されていたはずだ。
決して交わることがなかった二人の人生が。
だが人生は交差し、新しい物語が始まった。その物語がハッピーエンドで終わることを望むなら、物語の登場人物全員が幸せであって欲しいと願いうのはおかしいのだろうか。
「あのね、これから二人の全てが始まるなら、けじめはきちんとつけたいの。誰にだって人生の物語があるはず。お母さんにだってお母さんの人生があったはず・・だから今が昔と違っていると思わない?あたしにはそう思えるの。だから会ってくる、お母さんに」
司はつくしの言葉に顎を引き締め、厳しい表情になった。
そして言い出したら聞かない頑固な女の顔に表れたものを見た。
『お人好しだって言われてもいい。あたしは自分の信じることを信じるの』
つくしの目はそう言っていた。それはあの頃も見たことがある目。
かつて見慣れたその表情。強い意思が感じられ、言い出したら聞かないところがあった少女の凛とした眼差し。
目の前にいる女は、司には分からない何かがある。理解出来そうで出来ない何かが。
それは昔からそうだった。司の知らない何か確固したものがつくしにはいつもあった。
牧野つくしという女には_。
「・・そうか。おまえがそこまで言うんなら会ってこい。会ってあん時の恨みがあるなら言ってやれ。よくも愛しい男と引き離すようなことをしてくれたってな。俺の親だからって気にするな。まあ昔のおまえはそうだったけどな」
ニヤッと笑った顔は不遜そのもの。
本来なら余程のことがないと感情が出ることがない男と言われていた司。
だが今では、つくしの前では感情そのままが出るようになっていた。
「いいか。もうおまえは小娘じゃねぇんだ。あの頃と違う。それにおまえには俺がついてる。言いたいことがあるなら言ってこい」
あの頃と同じ傲慢さを持つ男は、立ち上り、つくしの傍まで来ると軽々と彼女の身体を抱えキスをした。
それは不意打ちではない口づけ。
愛を重ねることに躊躇はないはずだ。
無意識に開いたつくしの唇は司の唇を受け入れていた。

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Comment:4
*大人向けのお話しです。
未成年者の方、もしくはそういったお話が苦手な方は、お控え下さい。
「明日の朝6時までに仕上げてくれ」
何か不満なことがあるのかと上がる眉。
声は背中がぞくりとするほど深みのある低音。
世界的金持ちの御曹司と呼ばれ、呆れるほど金があり、第三世界のどこかの国より個人資産が多いと言われている男。
そして誰もが見惚れるほどハンサムな男。
世界的セクシーな男。
黒い癖のある髪に指を差し込みたいと願う女は数知れず、すらりと長い手足と厚い胸板を持つその身体に、老若男女問わず抱きしめられたいと思うはずだ。
事実彼は男にも人気があった。
何しろクールビューティー司様とまで言われる美丈夫だ。人気がないはずがない。
そしてその世界でも抱かれたい男ナンバーワンに名前が上がったことがある。
だが果たしてそのことを男が知っているかどうか疑問が残るところだ。
そんな男の感情のこもらない冷静な声は、翌日の朝6時までに報告書を仕上げて持って来いと言ってきた。
言った男の顔つきは、それ以上変わらない。
と、いうよりも反応を示さない。しかしその表情こそ深い意味がある。企業トップに立つ人間が、すぐに感情をあらわにすることは決していいことだとは言えない。
相手に自分の考えを読まれることなくビジネスを進めていくことが重要だからだ。
彼の立場から言えば、部下からの報告も表情を消して聞いているはずだ。そしてそのことを習慣として身に付けている。だが決して感情を出さないとうわけではない。その表情は一瞬で変わる。
女を喜ばすことなど今まで考えてもいなかった男。
女など低俗な生き物で、蔑む対象とまで言っていた男。
だが今その考えは全否定されていた。ある女性と出会い、人生観が変わった。
今の彼は献身的とも言える愛を示すことが出来る。
だがそれは人によっては迷惑な場合もある。
信じられないことだが、実際迷惑だと言われたことがあった。
男が捧げるのは、心、一途な愛、思考、そして身体。
その中でも一番与えたがっているのは、己の身体。
そして捧げたい相手の名前は・・・
司の会社の海外事業本部にいる牧野つくし。
高校時代、彼女に出会ったときの司は、一瞬で魂が結ばれたように感じていた。
ただし、そう感じたのは司だけで彼女は違った。
そこから始まった文字通り魂をかけた恋。細胞レベルの恋。細胞が彼女を求めて止まなかった。それが人生の中でどれほどの重要度かと言われれば最高レベルの重要度で、常に高度警戒態勢を保っていた。つまり、彼女がどこにいるか。何をしているか。常に司のアンテナは彼女に向けられていた。そして彼女に自分を認めてもらう為にどれだけ努力したことか・・・。
まさに司の青春は、彼女を振り向かせるためだけに費やされたと言ってもいいだろう。
そんな彼女と相思相愛となり早数年。
いつになったら結婚してくれるんだ!
そんな思いが日に日に強くなるが、その願いは未だに叶えられずにいた。
だからこそ、いつも激しい妄想が頭を過るのだが、最近妄想の幅を広げ過ぎたことに気付いた。
もっと身近なことでもいいはずだ。
だから汚い仕事をさせてやる。
そう思う男が考えたのは、新入社員の牧野つくしに、朝6時に報告書を提出させるため会社に残れと命令すること。
日の入りから日の出まで。
支社長執務室で。
俺の目の前で書き上げろ。
つまり朝まで執務室に二人きりの状態。
そして最上階のフロアは彼だけのもの。
秘書室も、給湯室も、会議室も、廊下さえも彼だけのもの。
夜の帳が下り、世界が暗闇に包まれたとき、道明寺ビルの最上階の一室だけに灯る明かり。
そこで繰り広げられる男と女のストーリー。
それはめくるめく愛の宴となるはずだ。
と、なると、頭を過るのは、上司と部下の不適切な関係その1。
司の頭の中にはいくつもの関係が思い浮かぶのだが、その1は初心にかえること。
今のこの状況で高校時代に果たせなかったといえば、夕闇迫る廊下で彼女をモノにしようとしたあの日。だがあれは確かにマズかった。いくら彼女が欲しかったとはいえ、あの行為は怖がらせた以外の何ものでもなく、ひたすら泣かれ、慰めるしかなかった。だがアレは想い出として抱きしめるとして、その記憶を塗り替えたい思いがある。
地球上に35億の男がいたとしても、彼女に触れることが出来るのは司だけ。
間違っても他の男に渡すつもりはない。
彼女が落とした書類を拾うのは彼だけ。
そして味のしなくなったガムのように捨てられることは絶対ないはずだ。
その辺の男と、数百億円の取引をまとめる男とではレベルが違うはずだ。
「・・あの、支社長。明日の6時までに・・ですか?」
「ああ。大変申し訳ないんだが、わたしは7時にはNYへ向かうんだが、その前にどうしても欲しい」
「・・そうですか・・わかりました」
つくしは支社長の為なら深夜残業も仕方がないと、自分のフロアに戻ろうとした。
「ああ、牧野さん、わざわざ海外事業本部まで戻ることはない。あそこはもう誰もいないんだろ?そうなるといくら社内だとしても不用心だ。女性ひとり広いフロアにいて何かあっては困るからね。わたしとしても心配だ。ここを使えばいい」
心配そうな口調で言われ、つくしは迷った。
「・・いえ・・でも・・」
「気にすることはない。広い部屋だ。君はあのデスクを使えばいい」
司は執務室にある普段は使われていないが、秘書が使うことがあるデスクを示した。
つくしは支社長である司がそこまで心配してくれていることに心を打たれ、やがて時間も忘れるほど懸命に仕事に打ち込んでいた。
司はその姿を見て堕落した喜びを感じたかった。
彼女は美味いコーヒーを淹れることが出来ると聞いた。
上司と部下の不適切な関係その1は変更だ。
「牧野さん。すまないがコーヒーを淹れてくれないか?」
「も、申し訳ございません」
つくしは口ごもった。
「気が付きませんでした。すぐにご用意いたします」
「いや。構わないよ。ゆっくり準備してくれ。給湯室には秘書がわたし専用の豆を用意してくれているからそれを使ってくれないか?」
司は部屋を出て給湯室に向かったつくしを見送った。
そして笑みを抑えることが出来なかった。
誰もが支社長は女に目をくれることなく、仕事ひと筋だと思っている事は知っていた。
いつも完璧な姿で仕事に挑む男としか見ていないということも。
そんな男が仕事を二の次にし、これから女とコトに及ぼうとしているなど誰も考えもしないはずだ。
だが今夜は必ず目的を達成させてやる。
司は執務室を出ると、つくしがいる給湯室へと向かった。
そして彼女がコーヒーを淹れている背中へと近づいた。
まるで獲物を狙う黒豹のように、そっと用心深く。
欲しいと思うものを目の前にし、足音を忍ばせて_。
「牧野―」
「あ、支社長。もうすぐですから_」
つくしは声をかけられ振り向いた。
途端、両腕を取られ、頭の高い位置まで上げられ、壁に押さえつけられた。
そして司に唇を奪われていた。
「・・んっ!!!」
「牧野・・俺はおまえにキスしたくてたまらなかった。おまえのその唇が開くたびにキスしたかった」
「・・し、支社長っ?!」
「俺は初めておまえを見た時からおまえが欲しくてたまらなかった。欲しくてな・・」
司はつくしの身体を壁に押し付けたまま、再び唇を奪った。
そして、つくしのブラウスに手を掛けるとボタンを外すことなく引き裂き、ブラジャーを押し上げ、胸を空気に晒した。
そして乳房を掴み、ツンと尖った乳首を掌で擦った。
「支社長!?や、止めて!・・ん・・あっ!!や、止めて・・駄目です!止めて下さい!!」
「心配するな。服なんかどうでもいい。いくらでも買ってやる」
司は再び唇を奪い、舌を使って唇を開かせ舌を入れた。
そして、泣きそうな女の舌を自らの舌に絡め、片手でつくしの両手首を掴み、頭の上に縫い付け、もう片方の手でスカートをたくしあげ、ストッキングと下着を引き裂いた。
ビリリッ!
「支社長!!ダメです!や、止めて下さい!!」
「なんでだ?俺はおまえが好きだ。おまえが欲しくてたまんねぇ・・それが悪いのか?まきの・・・おまえは俺の女になるんだ。俺と結婚しろ」
司は命令するように言った。
「だ、ダメ・・ダメです。だって支社長は・・支社長はあたしとは立場が違い過ぎます!」
「何が違う?・・ああ、そうだなおまえは女で俺は男だ。だから男と女が違うってなら、それをおまえに教えてやる」
司は疼いて早く出してくれと訴える自身を押し付け、首筋に唇を寄せ囁いた。
「どうだ?これがおまえを欲しがってる男の証だ。おまえの濡れたソコに入りたいって言うことを聞かない我儘息子だ。牧野・・なあ、濡れてんだろ?俺が欲しくて濡れてるはずだ。それが嘘じゃねぇって証拠に俺のスラックスにシミを作ってるのはおまえだ」
司は服を脱がなかった。ネクタイも上着もそのまま、ベルトを緩め、スラックスのファスナーを下ろし、ひざを使って膝を割り、太腿を押し広げ、そして壁に押し付けたつくしを持ち上げた。
「牧野、おまえはこれから俺の女になる」
濡れた襞に司の先端があたり、つくしの息が止った。
「これからおまえを奪ってやる。おまえを犯し続け、俺のモノ以外咥えさせねぇようにしてやる。俺の身体以外受け付けねぇ身体にしてやるよ。これから毎晩こうしてヤッてやる。おまえは一生俺のものだ!」
司は一気にたぎったモノを押し込んだ。
「いやああっっつ!!」
悲鳴が上がり、苦しそうな喘ぎ声がしたが、司は抜こうとはしなかった。
深く突き立てたモノは濡れた襞の中で締め付けられ、益々大きくなり、痛みを感じるほどだ。だが腰をふる前に確かめておきたいことがある。
「今俺に何をして欲しいか言うんだ・・なあ?欲しいんだろ?俺が?言えよ?俺が欲しいって。動いてほしいんだろうが。おまえのここは俺を欲しいって言ってるじゃねぇか」
本当なら深く、力強く、押して引いて、唇を舐めてを繰り返したいが、なんとか堪えていた。
「言えよ。俺が欲しいって・・動いてくれって言え。まきの・・俺に奪って欲しいって言ってくれ!!俺はおまえのことが好きだ!!」
「し、支社長・・どうみょうじ・・」
司に魅入られた女は、自分がどうしたらいいのか戸惑っていた。
「・・牧野・・心配することは何もない・・俺がおまえを一生守ってやる・・だから・・俺のものになってくれ・・」
突然変わった優しい声。そして優しい口づけ。だが我慢が出来なくなった男は、激しく腰を打ちつけ始めていた。
「おまえが・・嫌だって言っても毎日ヤッてやる。・・毎日上に乗ってやる!絶対におまえを離さねぇ!」
「・・ど、どうみょ・・じ?・・道明寺?」
「あっ?!な、なんだ?」
思わず声が裏返った司。
「コーヒー淹れたけど?」
「・・ああ。そ、そうだったな・・」
「どうしたの?ぼんやりして?」
「いや・・なんでもねぇ・・」
まさか給湯室でおまえを襲ったなんてことが言えるはずがない。
無理いって残業させている男は、つくしを目の前にうっかり妄想世界に走っていた。
「・・?変な道明寺。ねぇ、コーヒー淹れたけど飲むでしょ?」
「あ、ああ・・サンキュ・・」
だがカップを受け取ろうとした瞬間、つくしの手からカップが滑り落ち、司の太腿にコーヒーがぶちまけられた。
「・・っ!!・・あちぃぃぃぃい!!!」
「ど、道明寺!?た、大変・・火傷しちゃう。冷やさなきゃ!早く、脱いで!それ、ズボン早く脱いで!」
司の大切な部分に極めて近い場所にぶちまけられた淹れたてのコーヒー。
これは何かの罰なのか?
妄想の中、折角牧野が淹れてくれたコーヒーそっちのけで襲った罰なのか?
だが、つくしから早くズボンを脱げと言われたことに口元が緩む男。
「道明寺!!?何してるのよ?早く脱いで!脱いで冷やさなきゃ!」
「お、おおう・・そうだ。そうだな・・」
司はベルトを外し、ファスナーを下ろし、スラックスを下げた。
そして椅子に腰かけた彼の前にひざまづくように座ったつくしに、解放したい思いが叶えられそうな気がし、腰を突き出し、思わず言い出しそうになっていた。
『 そのまま俺を可愛がってくれ 』
「道明寺、ほらこれ!・・西田さんから借りてきたから・・秘書室ってなんでも置いてあるのね?」
「・・・!!」
司は言葉を失った。今度は冷えすぎたほどの保冷剤が当てられていた。
タマが、あのタマではなく、別のタマが縮む程の冷たさに声が出なかった。
・・やっぱりこれは罰なのか?
神聖なる執務室で仕事中に卑猥な妄想をした罰なのか?
仕事中に思考を脱線させたことへの罰なのか?
だが、今司の太腿に触れている手の感触は心地いい。冷たさで萎えかけたモノが立ち上がりそうになるほどいい気持だ。
だが司は学習した。
淹れたてのコーヒーが太腿にぶちまけられると非常に熱いということを。
そして本能のままに妄想を繰り返したところで本物の前には敵わないということを。
なぜなら、司の前にひざまづいている女は、心配そうに彼を見上げてくれているから。
今では愛しい人はいつも傍にいて、彼のことを心配してくれていた。
『ごめんね、道明寺』と言って。
それだけで、どんなことも許せる男。
例え火傷させられるほど熱いコーヒーをぶっかけられても、構わなかった。
そして牧野つくしの口から放たれる言葉なら、どんなことでもYESと言ってしまう男。
今の司はそんな自分に満足だった。
何しろ司は、地球上にいる35億の男たちよりつくしに優しい男でいたいから、彼女の言いなりだと言われても全く構わなかった。
それに、35億いる男になんか負けるはずがない。
だって、道明寺司は牧野つくしのことを、誰よりも愛しているのだから。
そんな男に生まれて・・・よかった!!

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「明日の朝6時までに仕上げてくれ」
何か不満なことがあるのかと上がる眉。
声は背中がぞくりとするほど深みのある低音。
世界的金持ちの御曹司と呼ばれ、呆れるほど金があり、第三世界のどこかの国より個人資産が多いと言われている男。
そして誰もが見惚れるほどハンサムな男。
世界的セクシーな男。
黒い癖のある髪に指を差し込みたいと願う女は数知れず、すらりと長い手足と厚い胸板を持つその身体に、老若男女問わず抱きしめられたいと思うはずだ。
事実彼は男にも人気があった。
何しろクールビューティー司様とまで言われる美丈夫だ。人気がないはずがない。
そしてその世界でも抱かれたい男ナンバーワンに名前が上がったことがある。
だが果たしてそのことを男が知っているかどうか疑問が残るところだ。
そんな男の感情のこもらない冷静な声は、翌日の朝6時までに報告書を仕上げて持って来いと言ってきた。
言った男の顔つきは、それ以上変わらない。
と、いうよりも反応を示さない。しかしその表情こそ深い意味がある。企業トップに立つ人間が、すぐに感情をあらわにすることは決していいことだとは言えない。
相手に自分の考えを読まれることなくビジネスを進めていくことが重要だからだ。
彼の立場から言えば、部下からの報告も表情を消して聞いているはずだ。そしてそのことを習慣として身に付けている。だが決して感情を出さないとうわけではない。その表情は一瞬で変わる。
女を喜ばすことなど今まで考えてもいなかった男。
女など低俗な生き物で、蔑む対象とまで言っていた男。
だが今その考えは全否定されていた。ある女性と出会い、人生観が変わった。
今の彼は献身的とも言える愛を示すことが出来る。
だがそれは人によっては迷惑な場合もある。
信じられないことだが、実際迷惑だと言われたことがあった。
男が捧げるのは、心、一途な愛、思考、そして身体。
その中でも一番与えたがっているのは、己の身体。
そして捧げたい相手の名前は・・・
司の会社の海外事業本部にいる牧野つくし。
高校時代、彼女に出会ったときの司は、一瞬で魂が結ばれたように感じていた。
ただし、そう感じたのは司だけで彼女は違った。
そこから始まった文字通り魂をかけた恋。細胞レベルの恋。細胞が彼女を求めて止まなかった。それが人生の中でどれほどの重要度かと言われれば最高レベルの重要度で、常に高度警戒態勢を保っていた。つまり、彼女がどこにいるか。何をしているか。常に司のアンテナは彼女に向けられていた。そして彼女に自分を認めてもらう為にどれだけ努力したことか・・・。
まさに司の青春は、彼女を振り向かせるためだけに費やされたと言ってもいいだろう。
そんな彼女と相思相愛となり早数年。
いつになったら結婚してくれるんだ!
そんな思いが日に日に強くなるが、その願いは未だに叶えられずにいた。
だからこそ、いつも激しい妄想が頭を過るのだが、最近妄想の幅を広げ過ぎたことに気付いた。
もっと身近なことでもいいはずだ。
だから汚い仕事をさせてやる。
そう思う男が考えたのは、新入社員の牧野つくしに、朝6時に報告書を提出させるため会社に残れと命令すること。
日の入りから日の出まで。
支社長執務室で。
俺の目の前で書き上げろ。
つまり朝まで執務室に二人きりの状態。
そして最上階のフロアは彼だけのもの。
秘書室も、給湯室も、会議室も、廊下さえも彼だけのもの。
夜の帳が下り、世界が暗闇に包まれたとき、道明寺ビルの最上階の一室だけに灯る明かり。
そこで繰り広げられる男と女のストーリー。
それはめくるめく愛の宴となるはずだ。
と、なると、頭を過るのは、上司と部下の不適切な関係その1。
司の頭の中にはいくつもの関係が思い浮かぶのだが、その1は初心にかえること。
今のこの状況で高校時代に果たせなかったといえば、夕闇迫る廊下で彼女をモノにしようとしたあの日。だがあれは確かにマズかった。いくら彼女が欲しかったとはいえ、あの行為は怖がらせた以外の何ものでもなく、ひたすら泣かれ、慰めるしかなかった。だがアレは想い出として抱きしめるとして、その記憶を塗り替えたい思いがある。
地球上に35億の男がいたとしても、彼女に触れることが出来るのは司だけ。
間違っても他の男に渡すつもりはない。
彼女が落とした書類を拾うのは彼だけ。
そして味のしなくなったガムのように捨てられることは絶対ないはずだ。
その辺の男と、数百億円の取引をまとめる男とではレベルが違うはずだ。
「・・あの、支社長。明日の6時までに・・ですか?」
「ああ。大変申し訳ないんだが、わたしは7時にはNYへ向かうんだが、その前にどうしても欲しい」
「・・そうですか・・わかりました」
つくしは支社長の為なら深夜残業も仕方がないと、自分のフロアに戻ろうとした。
「ああ、牧野さん、わざわざ海外事業本部まで戻ることはない。あそこはもう誰もいないんだろ?そうなるといくら社内だとしても不用心だ。女性ひとり広いフロアにいて何かあっては困るからね。わたしとしても心配だ。ここを使えばいい」
心配そうな口調で言われ、つくしは迷った。
「・・いえ・・でも・・」
「気にすることはない。広い部屋だ。君はあのデスクを使えばいい」
司は執務室にある普段は使われていないが、秘書が使うことがあるデスクを示した。
つくしは支社長である司がそこまで心配してくれていることに心を打たれ、やがて時間も忘れるほど懸命に仕事に打ち込んでいた。
司はその姿を見て堕落した喜びを感じたかった。
彼女は美味いコーヒーを淹れることが出来ると聞いた。
上司と部下の不適切な関係その1は変更だ。
「牧野さん。すまないがコーヒーを淹れてくれないか?」
「も、申し訳ございません」
つくしは口ごもった。
「気が付きませんでした。すぐにご用意いたします」
「いや。構わないよ。ゆっくり準備してくれ。給湯室には秘書がわたし専用の豆を用意してくれているからそれを使ってくれないか?」
司は部屋を出て給湯室に向かったつくしを見送った。
そして笑みを抑えることが出来なかった。
誰もが支社長は女に目をくれることなく、仕事ひと筋だと思っている事は知っていた。
いつも完璧な姿で仕事に挑む男としか見ていないということも。
そんな男が仕事を二の次にし、これから女とコトに及ぼうとしているなど誰も考えもしないはずだ。
だが今夜は必ず目的を達成させてやる。
司は執務室を出ると、つくしがいる給湯室へと向かった。
そして彼女がコーヒーを淹れている背中へと近づいた。
まるで獲物を狙う黒豹のように、そっと用心深く。
欲しいと思うものを目の前にし、足音を忍ばせて_。
「牧野―」
「あ、支社長。もうすぐですから_」
つくしは声をかけられ振り向いた。
途端、両腕を取られ、頭の高い位置まで上げられ、壁に押さえつけられた。
そして司に唇を奪われていた。
「・・んっ!!!」
「牧野・・俺はおまえにキスしたくてたまらなかった。おまえのその唇が開くたびにキスしたかった」
「・・し、支社長っ?!」
「俺は初めておまえを見た時からおまえが欲しくてたまらなかった。欲しくてな・・」
司はつくしの身体を壁に押し付けたまま、再び唇を奪った。
そして、つくしのブラウスに手を掛けるとボタンを外すことなく引き裂き、ブラジャーを押し上げ、胸を空気に晒した。
そして乳房を掴み、ツンと尖った乳首を掌で擦った。
「支社長!?や、止めて!・・ん・・あっ!!や、止めて・・駄目です!止めて下さい!!」
「心配するな。服なんかどうでもいい。いくらでも買ってやる」
司は再び唇を奪い、舌を使って唇を開かせ舌を入れた。
そして、泣きそうな女の舌を自らの舌に絡め、片手でつくしの両手首を掴み、頭の上に縫い付け、もう片方の手でスカートをたくしあげ、ストッキングと下着を引き裂いた。
ビリリッ!
「支社長!!ダメです!や、止めて下さい!!」
「なんでだ?俺はおまえが好きだ。おまえが欲しくてたまんねぇ・・それが悪いのか?まきの・・・おまえは俺の女になるんだ。俺と結婚しろ」
司は命令するように言った。
「だ、ダメ・・ダメです。だって支社長は・・支社長はあたしとは立場が違い過ぎます!」
「何が違う?・・ああ、そうだなおまえは女で俺は男だ。だから男と女が違うってなら、それをおまえに教えてやる」
司は疼いて早く出してくれと訴える自身を押し付け、首筋に唇を寄せ囁いた。
「どうだ?これがおまえを欲しがってる男の証だ。おまえの濡れたソコに入りたいって言うことを聞かない我儘息子だ。牧野・・なあ、濡れてんだろ?俺が欲しくて濡れてるはずだ。それが嘘じゃねぇって証拠に俺のスラックスにシミを作ってるのはおまえだ」
司は服を脱がなかった。ネクタイも上着もそのまま、ベルトを緩め、スラックスのファスナーを下ろし、ひざを使って膝を割り、太腿を押し広げ、そして壁に押し付けたつくしを持ち上げた。
「牧野、おまえはこれから俺の女になる」
濡れた襞に司の先端があたり、つくしの息が止った。
「これからおまえを奪ってやる。おまえを犯し続け、俺のモノ以外咥えさせねぇようにしてやる。俺の身体以外受け付けねぇ身体にしてやるよ。これから毎晩こうしてヤッてやる。おまえは一生俺のものだ!」
司は一気にたぎったモノを押し込んだ。
「いやああっっつ!!」
悲鳴が上がり、苦しそうな喘ぎ声がしたが、司は抜こうとはしなかった。
深く突き立てたモノは濡れた襞の中で締め付けられ、益々大きくなり、痛みを感じるほどだ。だが腰をふる前に確かめておきたいことがある。
「今俺に何をして欲しいか言うんだ・・なあ?欲しいんだろ?俺が?言えよ?俺が欲しいって。動いてほしいんだろうが。おまえのここは俺を欲しいって言ってるじゃねぇか」
本当なら深く、力強く、押して引いて、唇を舐めてを繰り返したいが、なんとか堪えていた。
「言えよ。俺が欲しいって・・動いてくれって言え。まきの・・俺に奪って欲しいって言ってくれ!!俺はおまえのことが好きだ!!」
「し、支社長・・どうみょうじ・・」
司に魅入られた女は、自分がどうしたらいいのか戸惑っていた。
「・・牧野・・心配することは何もない・・俺がおまえを一生守ってやる・・だから・・俺のものになってくれ・・」
突然変わった優しい声。そして優しい口づけ。だが我慢が出来なくなった男は、激しく腰を打ちつけ始めていた。
「おまえが・・嫌だって言っても毎日ヤッてやる。・・毎日上に乗ってやる!絶対におまえを離さねぇ!」
「・・ど、どうみょ・・じ?・・道明寺?」
「あっ?!な、なんだ?」
思わず声が裏返った司。
「コーヒー淹れたけど?」
「・・ああ。そ、そうだったな・・」
「どうしたの?ぼんやりして?」
「いや・・なんでもねぇ・・」
まさか給湯室でおまえを襲ったなんてことが言えるはずがない。
無理いって残業させている男は、つくしを目の前にうっかり妄想世界に走っていた。
「・・?変な道明寺。ねぇ、コーヒー淹れたけど飲むでしょ?」
「あ、ああ・・サンキュ・・」
だがカップを受け取ろうとした瞬間、つくしの手からカップが滑り落ち、司の太腿にコーヒーがぶちまけられた。
「・・っ!!・・あちぃぃぃぃい!!!」
「ど、道明寺!?た、大変・・火傷しちゃう。冷やさなきゃ!早く、脱いで!それ、ズボン早く脱いで!」
司の大切な部分に極めて近い場所にぶちまけられた淹れたてのコーヒー。
これは何かの罰なのか?
妄想の中、折角牧野が淹れてくれたコーヒーそっちのけで襲った罰なのか?
だが、つくしから早くズボンを脱げと言われたことに口元が緩む男。
「道明寺!!?何してるのよ?早く脱いで!脱いで冷やさなきゃ!」
「お、おおう・・そうだ。そうだな・・」
司はベルトを外し、ファスナーを下ろし、スラックスを下げた。
そして椅子に腰かけた彼の前にひざまづくように座ったつくしに、解放したい思いが叶えられそうな気がし、腰を突き出し、思わず言い出しそうになっていた。
『 そのまま俺を可愛がってくれ 』
「道明寺、ほらこれ!・・西田さんから借りてきたから・・秘書室ってなんでも置いてあるのね?」
「・・・!!」
司は言葉を失った。今度は冷えすぎたほどの保冷剤が当てられていた。
タマが、あのタマではなく、別のタマが縮む程の冷たさに声が出なかった。
・・やっぱりこれは罰なのか?
神聖なる執務室で仕事中に卑猥な妄想をした罰なのか?
仕事中に思考を脱線させたことへの罰なのか?
だが、今司の太腿に触れている手の感触は心地いい。冷たさで萎えかけたモノが立ち上がりそうになるほどいい気持だ。
だが司は学習した。
淹れたてのコーヒーが太腿にぶちまけられると非常に熱いということを。
そして本能のままに妄想を繰り返したところで本物の前には敵わないということを。
なぜなら、司の前にひざまづいている女は、心配そうに彼を見上げてくれているから。
今では愛しい人はいつも傍にいて、彼のことを心配してくれていた。
『ごめんね、道明寺』と言って。
それだけで、どんなことも許せる男。
例え火傷させられるほど熱いコーヒーをぶっかけられても、構わなかった。
そして牧野つくしの口から放たれる言葉なら、どんなことでもYESと言ってしまう男。
今の司はそんな自分に満足だった。
何しろ司は、地球上にいる35億の男たちよりつくしに優しい男でいたいから、彼女の言いなりだと言われても全く構わなかった。
それに、35億いる男になんか負けるはずがない。
だって、道明寺司は牧野つくしのことを、誰よりも愛しているのだから。
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Comment:8
母親との確執がないとは言えないが、現在進行形の敵意が存在するのは父親だ。
過去は忘れ前を向く。それを優先するなら、母親は今の状況に感謝するべきだ。
本来なら母親の戯言など、穴に向かって言えとでも言ってやりたいほどだが、初めてあの女の言葉に耳を傾けた。
にわかには信じ難い母親の言葉。
牧野つくしと一緒にパーティーに出ろ。
道明寺貴は、長年日本経済の発展に貢献した労により、叙勲にて旭日大綬章が贈られているが、楓は、その授章を祝ったパーティーにつくしを同伴し、父親に会わせなさいと言った。
貴が受賞した勲章は、経済人が貰えるとすれば最高位の勲章だ。
叙勲の受賞年齢は、70歳以上が対象とされているが、貴の場合まだその年齢に達してない。
だが最近では70歳に拘らなくてもいいのではないか?そんな声もある。
そして危険性の高い職務や精神的、肉体的に苦労の多い職務は55歳以上が対象となっているが、貴の仕事は55歳以上が対象になる職業ではない。それだけに60代での受賞は、異例ともいえる若さでのことだ。
貴はつい最近まで道明寺財閥の会長だった男だ。そして過去に経団連会長などを務めた人物だけあって、出席者は、一部上場企業の社長クラスから、政界のお歴々がごろごろいるようなパーティーになるはずだ。そんなところに牧野つくしを同伴すれば、それはまさに司の花嫁候補かと言われるはずだ。
『 道明寺財閥後継者、女性を伴い父親の叙勲祝賀パーティーに出席 』
『 道明寺司氏の婚約者か?いよいよ結婚か? 』
そんな見出しが新聞各紙を飾ってもいいということか?
そして、大きく取り上げられることは、父親に対しての牽制ともなるはずだ。
メープルの最上階にあるバーは、夜も遅い時間のせいか、混んでなかった。
男たちがいるのは一番奥のテーブルだ。他の席からは隔離されたスペースとなっていたが、3人は着いたばかりで、テーブルの上には一杯目のグラスが置かれていた。
「しかし司のおふくろさんはいったい何を考えてるんだ?」
あきらがスーツのポケットから取り出した封筒は、道明寺HDの社章が透かし模様となった封筒。中には、貴の叙勲祝賀パーティーへの招待状が入っていた。
会場はメープルでも一番大きな宴会場となっており、その規模から察すると、かなりの人数が集まるパーティーであること分かるが、道明寺楓はそんな場所につくしを同伴しろと言った。
「・・その封筒俺んちにも来てたな。・・あれだろ?牧野を会わせてあいつの良さを理解させようとしてんじゃねぇのか?」
海外から帰国したばかりの総二郎は生あくび混じりに、あきらが手にしていた封筒を受け取って、中から招待状を取り出した。
「でもな、あいつの良さっても司のおふくろさん自体が分かってねぇんじゃねぇの?だってまともに話なんてしたことねぇだろ?それになんで急に牧野と司との関係を認めようとするんだ?」
あきらはテーブルに置かれた薄めのウィスキーの水割りを口に運び、総二郎を見やった。
すると総二郎もそうだな。なんかおかしいよな。と納得し頷いていた。
気性の激しい男が好きになった女は、鉄の女からは蔑まれていた。二人の仲を応援したのは男の親友たちだけで、他に誰も味方になる者などいなかった。結果として別れる羽目になったのだが、二人に残酷な別れを用意したのは、男の親だった。
明日も仕事だとあきらは気を遣い、深酒をすることを控えているが、ある意味自由人の総二郎は、明日は関係ないと濃い水割りを口にした。
「いや。財閥の将来が不安なんだろ?親父さんが自らじゃねぇにしても、銃ぶっ放すようじゃ、どうにかしてるしな。流石に司のかーちゃんも人殺しの手伝いまでは出来ねぇってことだろ?つまりだ、司のかーちゃんの倫理基準ってのは、まともだったってことだ。・・それにしても疑惑の銃弾じゃねぇが、司の親父さんは、いくら牧野が自分の基準に合わねぇからってあそこまでするってのは異常だろ。司のかーちゃんはそれを正したいって思ったんじゃねぇの?」
「だから直接会わせて牧野の良さを理解させるってことか・・」
そんな簡単にことが済むとは考えられないのだが、それならいったい何を考えてあの父親とつくしを会わせようとしているのか。あきらも総二郎も鉄の女が何を考えているのか、と思えど分からなかった。
「それにしても鉄の女は自分の夫より、息子の方を選んだか。家も大事だが、その前に息子がおかしくなったらヤバイもんな」
「そりゃあそうだろ。夫婦ってのは結婚しても所詮赤の他人だ。子供を通して繋がってるようなもんだ。夫婦は離婚すればそれこそ即他人だけど子供は違うからな。でもあの鉄の女がいったい何がどうして息子の不幸が見てられねぇなんて言葉を吐いた?」
楓の口から出たその言葉は、司にしてもいったい何が言いたいのかと考えずにはいられなかった。元はと言えば司の不幸の始まりは、あの両親の元、道明寺の家に生まれたことから始まるが、それでもその人生の中で、一瞬の輝きとも言える牧野つくしという少女に出会ったことは、彼にとっての幸福のひとコマだった。だがその幸せを真っ先に壊そうとしたのは、母親の楓だ。
「司、おまえ、それでそのパーティーに牧野を連れて行くのか?」
バーに集まった男たちは、司の返事を待った。
「ああ、連れて行く。堂々とあの男の前にあいつと出てやる。流石に大勢の人間がいる前で何かしようってことはねぇだろ?はっきりと言ってやるつもりだ。俺は好きな女と一緒にいることを選ぶってな。それに何かするつもりなら、その場でUSBの中身を公開してやるよ」
父親を会長職から追いやり、つくしに何かすればUSBの中身を公開する。
もし仮に、政界のお歴々が溢れるパーティー会場でそんなことをすれば、貴の面目など丸潰れだ。まるで祝賀会に泥を塗るかの行為。それに祝賀どころではない。政治家官僚たちを巻き込んだ一大スキャンダルとなり、新聞紙面を飾るはずだ。それに、取り上げられることはないにしろ、やんわりと受賞を辞退しろ、返却しろと言われるはずだ。そして政治家からはそっぽを向かれ、財界の出席者もいい顔はしないはずだ。何しろどの面子も、表向きクリーンを装っている手前、非難こそすれ、同情などしないだろう。そして、これ幸いと財閥潰にかかる輩がいてもおかしくない。何しろ前例は山ほどある。どんな大きな企業だろうと、不祥事に歯止めが効かなくなることもあるからだ。そしてそこを起点に次から次へと、探られたくもない腹を探られることにもなりかねない。
「・・そうか。流石にパーティー会場で何かするってこともねぇだろうし、いいかもな。・・だけど牧野は大丈夫なのか?もしかすると両親の事故はおまえの父親が仕組んだことかもしれねぇんだぞ?」
牧野つくしの両親の事故。USBメモリを巡っての疑惑。
限りなく黒いに近い事案だ。
「・・それから狙撃の件もある・・おまえ本当に牧野を連れて親父さんの前に出る気か?」
あきらはつくしの精神を慮った。いくら過去は気にしないと言った女だとしても、自分を殺せと狙わせた男に会うことに、躊躇いがあるはずだ。
「でも考えようによれば、和解もあり得るってことだろ?意外と会ってみれば、気が合うかもしれねぇぞ?何しろ司の父親は牧野のことはよく知らねぇ訳で、ある意味食わず嫌いだろ?あいつの良さってのを知らないわけだから、おまえが分からせればいいってことだ。聞いた話だが、牧野は仕事も出来る女だったらしいぞ。それになかなか可愛いいところもある。今はあの頃のような勇ましさはねぇけど、それは逆に女らしくなったってことだろ?それにしても、よく類が手ぇ出さなかったよな?」
総二郎は軽口を叩いたつもりだが、類の名前に司の表情が変わり、口が滑ったとばかりの顔をした。
「しかし、皮肉な話だよな。最初は敵だって思ってたおふくろさんが、何を思ったのか司の味方みてぇな形でおまえが牧野を同伴してパーティーに出ろなんて何を考えてるんだか。なんか裏があるみてぇで恐ろしいな?」
あきらの言葉に頷く総二郎。
だが司は違った。
「裏があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい。逆にこんなチャンスを貰ったことを感謝してぇくらいだ。あの男と正面切ってケリをつけてやるよ。大勢の招待客がいるんだ。何かしようだなんて、そんな気は起こらねぇはずだ。勲章だかなんだか知らねぇが、金はあの世まで持って行けねぇけど、名誉なら抱えていけるんだからいいんじゃねぇの?さぞあの男も満足だろうよ」
牧野つくしとの未来を考えたとき、乗り越えなければならないのは、己の父親だ。
それは、破滅的な人生を歩んでいた己を解放するため、どうしても乗り越えなければならなかった。
そうしなければ、未来はないと司は思えた。
そしてそれは、つくしの為でもあった。

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過去は忘れ前を向く。それを優先するなら、母親は今の状況に感謝するべきだ。
本来なら母親の戯言など、穴に向かって言えとでも言ってやりたいほどだが、初めてあの女の言葉に耳を傾けた。
にわかには信じ難い母親の言葉。
牧野つくしと一緒にパーティーに出ろ。
道明寺貴は、長年日本経済の発展に貢献した労により、叙勲にて旭日大綬章が贈られているが、楓は、その授章を祝ったパーティーにつくしを同伴し、父親に会わせなさいと言った。
貴が受賞した勲章は、経済人が貰えるとすれば最高位の勲章だ。
叙勲の受賞年齢は、70歳以上が対象とされているが、貴の場合まだその年齢に達してない。
だが最近では70歳に拘らなくてもいいのではないか?そんな声もある。
そして危険性の高い職務や精神的、肉体的に苦労の多い職務は55歳以上が対象となっているが、貴の仕事は55歳以上が対象になる職業ではない。それだけに60代での受賞は、異例ともいえる若さでのことだ。
貴はつい最近まで道明寺財閥の会長だった男だ。そして過去に経団連会長などを務めた人物だけあって、出席者は、一部上場企業の社長クラスから、政界のお歴々がごろごろいるようなパーティーになるはずだ。そんなところに牧野つくしを同伴すれば、それはまさに司の花嫁候補かと言われるはずだ。
『 道明寺財閥後継者、女性を伴い父親の叙勲祝賀パーティーに出席 』
『 道明寺司氏の婚約者か?いよいよ結婚か? 』
そんな見出しが新聞各紙を飾ってもいいということか?
そして、大きく取り上げられることは、父親に対しての牽制ともなるはずだ。
メープルの最上階にあるバーは、夜も遅い時間のせいか、混んでなかった。
男たちがいるのは一番奥のテーブルだ。他の席からは隔離されたスペースとなっていたが、3人は着いたばかりで、テーブルの上には一杯目のグラスが置かれていた。
「しかし司のおふくろさんはいったい何を考えてるんだ?」
あきらがスーツのポケットから取り出した封筒は、道明寺HDの社章が透かし模様となった封筒。中には、貴の叙勲祝賀パーティーへの招待状が入っていた。
会場はメープルでも一番大きな宴会場となっており、その規模から察すると、かなりの人数が集まるパーティーであること分かるが、道明寺楓はそんな場所につくしを同伴しろと言った。
「・・その封筒俺んちにも来てたな。・・あれだろ?牧野を会わせてあいつの良さを理解させようとしてんじゃねぇのか?」
海外から帰国したばかりの総二郎は生あくび混じりに、あきらが手にしていた封筒を受け取って、中から招待状を取り出した。
「でもな、あいつの良さっても司のおふくろさん自体が分かってねぇんじゃねぇの?だってまともに話なんてしたことねぇだろ?それになんで急に牧野と司との関係を認めようとするんだ?」
あきらはテーブルに置かれた薄めのウィスキーの水割りを口に運び、総二郎を見やった。
すると総二郎もそうだな。なんかおかしいよな。と納得し頷いていた。
気性の激しい男が好きになった女は、鉄の女からは蔑まれていた。二人の仲を応援したのは男の親友たちだけで、他に誰も味方になる者などいなかった。結果として別れる羽目になったのだが、二人に残酷な別れを用意したのは、男の親だった。
明日も仕事だとあきらは気を遣い、深酒をすることを控えているが、ある意味自由人の総二郎は、明日は関係ないと濃い水割りを口にした。
「いや。財閥の将来が不安なんだろ?親父さんが自らじゃねぇにしても、銃ぶっ放すようじゃ、どうにかしてるしな。流石に司のかーちゃんも人殺しの手伝いまでは出来ねぇってことだろ?つまりだ、司のかーちゃんの倫理基準ってのは、まともだったってことだ。・・それにしても疑惑の銃弾じゃねぇが、司の親父さんは、いくら牧野が自分の基準に合わねぇからってあそこまでするってのは異常だろ。司のかーちゃんはそれを正したいって思ったんじゃねぇの?」
「だから直接会わせて牧野の良さを理解させるってことか・・」
そんな簡単にことが済むとは考えられないのだが、それならいったい何を考えてあの父親とつくしを会わせようとしているのか。あきらも総二郎も鉄の女が何を考えているのか、と思えど分からなかった。
「それにしても鉄の女は自分の夫より、息子の方を選んだか。家も大事だが、その前に息子がおかしくなったらヤバイもんな」
「そりゃあそうだろ。夫婦ってのは結婚しても所詮赤の他人だ。子供を通して繋がってるようなもんだ。夫婦は離婚すればそれこそ即他人だけど子供は違うからな。でもあの鉄の女がいったい何がどうして息子の不幸が見てられねぇなんて言葉を吐いた?」
楓の口から出たその言葉は、司にしてもいったい何が言いたいのかと考えずにはいられなかった。元はと言えば司の不幸の始まりは、あの両親の元、道明寺の家に生まれたことから始まるが、それでもその人生の中で、一瞬の輝きとも言える牧野つくしという少女に出会ったことは、彼にとっての幸福のひとコマだった。だがその幸せを真っ先に壊そうとしたのは、母親の楓だ。
「司、おまえ、それでそのパーティーに牧野を連れて行くのか?」
バーに集まった男たちは、司の返事を待った。
「ああ、連れて行く。堂々とあの男の前にあいつと出てやる。流石に大勢の人間がいる前で何かしようってことはねぇだろ?はっきりと言ってやるつもりだ。俺は好きな女と一緒にいることを選ぶってな。それに何かするつもりなら、その場でUSBの中身を公開してやるよ」
父親を会長職から追いやり、つくしに何かすればUSBの中身を公開する。
もし仮に、政界のお歴々が溢れるパーティー会場でそんなことをすれば、貴の面目など丸潰れだ。まるで祝賀会に泥を塗るかの行為。それに祝賀どころではない。政治家官僚たちを巻き込んだ一大スキャンダルとなり、新聞紙面を飾るはずだ。それに、取り上げられることはないにしろ、やんわりと受賞を辞退しろ、返却しろと言われるはずだ。そして政治家からはそっぽを向かれ、財界の出席者もいい顔はしないはずだ。何しろどの面子も、表向きクリーンを装っている手前、非難こそすれ、同情などしないだろう。そして、これ幸いと財閥潰にかかる輩がいてもおかしくない。何しろ前例は山ほどある。どんな大きな企業だろうと、不祥事に歯止めが効かなくなることもあるからだ。そしてそこを起点に次から次へと、探られたくもない腹を探られることにもなりかねない。
「・・そうか。流石にパーティー会場で何かするってこともねぇだろうし、いいかもな。・・だけど牧野は大丈夫なのか?もしかすると両親の事故はおまえの父親が仕組んだことかもしれねぇんだぞ?」
牧野つくしの両親の事故。USBメモリを巡っての疑惑。
限りなく黒いに近い事案だ。
「・・それから狙撃の件もある・・おまえ本当に牧野を連れて親父さんの前に出る気か?」
あきらはつくしの精神を慮った。いくら過去は気にしないと言った女だとしても、自分を殺せと狙わせた男に会うことに、躊躇いがあるはずだ。
「でも考えようによれば、和解もあり得るってことだろ?意外と会ってみれば、気が合うかもしれねぇぞ?何しろ司の父親は牧野のことはよく知らねぇ訳で、ある意味食わず嫌いだろ?あいつの良さってのを知らないわけだから、おまえが分からせればいいってことだ。聞いた話だが、牧野は仕事も出来る女だったらしいぞ。それになかなか可愛いいところもある。今はあの頃のような勇ましさはねぇけど、それは逆に女らしくなったってことだろ?それにしても、よく類が手ぇ出さなかったよな?」
総二郎は軽口を叩いたつもりだが、類の名前に司の表情が変わり、口が滑ったとばかりの顔をした。
「しかし、皮肉な話だよな。最初は敵だって思ってたおふくろさんが、何を思ったのか司の味方みてぇな形でおまえが牧野を同伴してパーティーに出ろなんて何を考えてるんだか。なんか裏があるみてぇで恐ろしいな?」
あきらの言葉に頷く総二郎。
だが司は違った。
「裏があろうがなかろうが、そんなことはどうでもいい。逆にこんなチャンスを貰ったことを感謝してぇくらいだ。あの男と正面切ってケリをつけてやるよ。大勢の招待客がいるんだ。何かしようだなんて、そんな気は起こらねぇはずだ。勲章だかなんだか知らねぇが、金はあの世まで持って行けねぇけど、名誉なら抱えていけるんだからいいんじゃねぇの?さぞあの男も満足だろうよ」
牧野つくしとの未来を考えたとき、乗り越えなければならないのは、己の父親だ。
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Comment:7
人は意識的に外に見せているものと、内側は違う。
それは誰でも言えるはずだ。
人の本当の心を知ろうとすれば、相手の懐のより深くに身を置かねば知ることはない。
今までそんなことをして来たことはなかった。それは我が子に対してもそうだ。
そして彼女自身されたこともなかった。
だがそれを知ってなんの意味があるのだろう。他人に見せようとしない心を深く知る意味はなんなのか。そして、見せたくないものを、無理矢理知ろうとするのは何故なのか?
それは、多分愛と呼ばれる感情なのだろう。自分でない誰かを愛する。それが人生の全てのように思う人間は世間に多い。だがそれに囚われてしまったばかりに、人生を駄目にする人間が多いのも確かだ。そして人の心は移りやすい。いつまでも同じ人間に固執する人間の方が稀なのではないだろうか。
だが、息子は、固執した。
ただひとつの愛に。
楓は、家同士の約束で貴と結婚し、望まれていた男の子を産んだ。
財閥の中のホテル部門の経営を任されているが、司の母親でもある。
これまでの楓にとって手に負えない難題は何であったかと聞かれれば、ホテル経営ではなく、息子である司のことだった。
親のいない子供時代を過ごした息子が、一人の少女と出会った。
牧野つくしという名の少女に。そしてその少女に恋をした。
貧しい家庭に育った少女は、産まれながらに手にしていたものが何かあったのかと問われれば、親の愛情ではないだろうか。あの子の両親も少なくとも若いころは、金に貪欲とは言えない暮らしをしていたはずだ。そして、結婚したばかりの若い夫婦というのは、家族を増やす夢を見るはずだ。
家族を増やし、そしてその子供らに愛情を注ぐことが本来の家庭の在り方だろう。
だが金銭的な面での苦労が絶えない家庭だった。
あの少女は貧しい家の土に育った雑草だと自分を揶揄したが、痩せた土からでも育つ雑草は、明るく前向きに生きることを是非とし、何かいさぎよい勢いを持った少女だった。
そんな少女に大きな瞳で見返された時のことを、今でも思い出すことが出来る。
世の中にあるありとあらゆる最高の物を手にすることが出来る息子の選んだ相手は、道端の石にも等しい少女。そんな少女を好きになった息子は、それまでの生き方を変えようとした。
あの子は、司はあの頃、牧野つくしと出会ってから、意志の闘いを挑んで来た。
彼女のためなら道明寺の家を捨てていいといった態度。楓はその闘いに応じた。
そして二人の恋を終わらせようとした。だが出来なかった。
だが夫が二人を別れさせることに成功し、その後の息子は、夫の期待通りの人間として財閥のトップを担える男へと変わっていた。冷酷非情な男としてビジネスの世界を生き抜いて来た。
そして、道明寺という大きな企業を担う男には、そのパートナーとなる妻は選ばれた人間でなくてはならない。そんな考えは夫にもあった。
渡米して間もない頃、スイスの大手製薬会社社長令嬢が、司の子供を妊娠したことがあった。
産まれることは無かったが、血筋の良さでは問題ない娘だと言われていた。
あの製薬会社は多くの特許を有し縁組は願ってもないことだった。だがあの子が結婚する気がないのはわかっていた。司にとって女は性の捌け口であって、家柄がとんなに良くても、容姿が優れていても評価の対象にさえならなかった。
牧野つくし以外は。
あれからもう10年が経つ。だが息子はあの少女を忘れることがなかった。
司もあの娘、牧野つくしもあの頃の想いを抱えたまま大人になり、再会した。ただし、その再会の方法は問題になりかねない犯罪行為だ。
牧野つくしを監禁し、彼女に子供を産ませようとしていた。異常とも言える行為は、気が狂ったとしか言えなかった。まさに狂気とも言える恋だ。
世田谷の邸の地下に監禁した牧野つくしに会おうとしたが、会う事は出来なかった。
あれから息子の行動の報告を受けていたが、牧野つくしを世田谷の邸から山荘に移し、度々訪れていたのは知っている。
そんな中、彼女は狙撃された。
そしてそれから司のあの娘に対する気持ちは変わっていた。
息子の人生の重要なページといったものが、10年前、二人が共に過ごした短い時間だとすれば、この10年の人生は、破り捨てたいはずだ。
あの子にとってのこの10年はいったい何だったのか。
あてのない虚無の世界を漂っていた10年だったのかもしれない。
それは、支配者の配下にある場合のみ生存出来る世界。
道明寺財閥という巨大な支配者の下にいた男の10年だったはずだ。
帰国した楓は数日後、司に会う約束を取り付けた。
親子であれ、どちらも忙しい身分。実の息子であっても、秘書の頭越しに本人と会う約束を取り付けることは出来なかった。そしてそれは、ともすれば時間を割くつもりはないのかと思えるほど待たされた末の面会だった。
「いったい何の用があってわざわざ東京くんだりまで来たんだか知らねぇが、あんたのその顔は何でもお見通しって顔だな」
社長執務室に現れた母親に対し、冷やかな声の開口一番がその言葉。
司は執務デスクの椅子に腰掛け脚を組み、煙草を吸い、楓を睨みつけていた。
どんなに離れていても、その女性から漂ってくるのは、揺るぎない自信と気高さ。
普通の親子関係ではない二人の間に流れる空気は冷たく、緊張感が感じられた。
司は数ヶ月前、世田谷の邸を訪れた楓に会っていたが、目の前にいる母親が何をしに来たのかとは問わなかった。
つくしが銃創を負い、そして一緒に暮らし始めたことが、知られているのは当然のこと。今まで何も言ってこなかった方が不思議なくらいだ。
だが彼が言いたいことは決まっていた。
「あんた、あいつが銃で撃たれたこと知ってたんだろ?今まで何も言ってこなかってことは、知ってて高みの見物ってところか?あんたもあいつが死ねばいいと思ってた口か?それにあんた知ってんだろ?誰があいつを狙わせたか。それともあの男が失敗したから今度はあんたが何かするつもりか?・・あんたらどこまであいつが気に入らねぇって?」
牧野つくしが五月蠅い虫のようだと、目をくれようともしなかった。
いつも自分たちの仲を邪魔してきた母親が、今度はいったい何をするのか?
そう考えるのは当然だ。そして次に口を開いたとき、母親の口から放たれる言葉は決まっているはずだ。
『そのとおりよ。気に入らないわ。あんな女とは別れなさい』と。
「黙ってねぇで言いたいことがあるなら言えばいい。その為にここに来たんだろ?あんたもあの男も、牧野つくしに対して気に入らねぇことばかりだろうからな」
久し振りに会った母親だとしても、喜びなど微塵もない刺々しい冷淡な態度。
人を威圧する態度はどちらもそうだが、司のその態度は、楓の上をいっていた。
「司。聞きなさい。わたくしは何もするつもりはないわ。それにもしあれが、あの人の指示だとしても、わたくしは関与などしていません」
何もするつもりはない・・
以外な言葉に司は耳を疑った。
「信じられねぇな」
「わたくしは良い事だろうが悪いことだろうが嘘は言いません」
「フン。どの口が言ってんだか分かったもんじゃねぇな。あんた、10年前あいつに対して何をしたか忘れたわけじゃねぇよな?」
10年前、まず二人の交際に反対し、仲を裂こうとしたのは母親だ。
身分が違う、氏素性の知れない貧しい家庭の娘など言語道断だと切り捨てた。
司の姉は、親が決めた相手と結婚した。相手はロスに住む大金持ちの男性で、利害関係が一致し、メリットがある相手だ。それは戦略的な婚姻。そんな結婚は、司の住む世界ではあたり前のこととして受け止められていた。
それに対し牧野つくしは、財閥に利益などもたらさない貧しい家の娘。絶対に認めるわけにはいかないと、楓は言い放った。
それから二人の交際に対しての妨害が始まった。やがて母親の手に負えなくなれば、父親が乗り出して来た。将来の財閥当主の運命に道端の石は関係ないと、つくしの周りの人間にまで怒りがぶつけられることになり、金に目が眩んだ女が司を捨てたといった印象を与えると、女に対し憎悪を植えつけることをした。そしてそのことを信じた男は、彼女を憎みながら生きてきた。我が子の心を捻じ曲げるあの男の行動が、果たして父親と言えるのだろうか。
平気で我が子の恋を打ち砕く、冷淡な男に対する今の感情は、憎悪以外なにものでもない。
楓は司の問いに答えなかった。
だが別の言葉が口をついていた。
「あなた、あんなことをしたのが自分の父親だとして、今後もその男とかかわりたいと思うかしら?それにその家族との関係はどう考えてるのかしら?」
「その家族ってのが自分のことを言ってるなら、俺には家族なんて初めからいなかったんだ。かかわりもなにも関係ねぇんだわ。それにあの男にこれ以上かかわるつもりはない」
「そう。わかったわ。では正直に言いましょう。流石に今回のことは、正直驚きました」
貴のとった行動は、楓の理解を越えていた。
「まさかあの人が・・牧野さんを殺そうとするとは思わなかったわ。・・もちろん、USBメモリのこともあるでしょうけど、わたくしは道明寺楓であり、企業人であるけど、あなたの母親です」
楓の口から出たあなたの母親といった言葉。
司にしてみれば、今更優しい言葉をかけたりする行為は通じない。
「たとえあなたがわたくしとの血の繋がりを否定したくても、あなたはわたくしの血を別けた子供です」
父親も同じことを言った。
おまえの身体はわたしの血で出来ていると。
「司・・あなたはあの人の血だけを受け継いでいるわけではないわ。わたくしの血も受け継いでいる。こんなことを言っても今更だと思うかもしれないわね。でもあなたがこれ以上不幸になるのは見たくないわ。・・あなたはわたくしがお腹を痛めて産んだ子ですもの。それにあなたの父親は、あなたとは血の繋がりがあってもわたくしとは血は繋がってない。わたくしとあの人は、所詮他人・・。一番近いところにいる他人よ。わたくしの言いたいことは分かるかしら?」
夫は他人。
だが家族。
家族の定義とは、いったいなんであるのか?
子はかすがいという言葉はあるが、道明寺楓にとって貴は単なるビジネスパートナーだ。
その貴が取った行動は、あまりにも常軌を逸している。牧野つくしを殺そうとするなど、財閥の会長であった男が考えることではないからだ。それにもし、牧野つくしに何かあれば、司自身が壊れてしまうかもしれない。そんな想いが感じられるようになったのは、司がつくしを失いそうになった時の状況を聞かされたからだ。手に入れた彼女を再び失うことになれば、今度は後を追ってしまうのではないか。そう感じさせる何かがあった。
そして、息子が自分の父親を殺めてしまう恐れがあると感じていた。楓とて我が子を犯罪者にしたくない。
「・・俺のことを不幸だなんてよく言えるな?てめぇが不幸の元凶を作ったんだろうが」
道明寺の家に生まれ堕ちたことが不幸そのものだ。時を戻せるものなら、ごく普通の少年時代が送れる環境に生まれたいと願う。この数ヶ月、そんな気持ちに何度も陥った。過去を振り返っては、自分の生きて来た人生を考えた。いったい自分はこの10年何をして来たのか。
「司。牧野さんのこと・・そうね、女性としてデリケートな問題を抱えているのは知っています」
いきなり母親の口から語りだされた言葉。
司はどうして知っているのかとは聞かなかった。
財閥の病院へ入院していれば、医療記録を手に入れることは簡単だからだ。
「卵巣がひとつしかなくても妊娠は出来るはずよ」
「・・あんた、いったい何が言いたい?まさか俺とあいつの結婚の仲立ちでもしようってか?」
楓はいったい何が言いたいのか?
まさかとは思うが、母親として己の息子に懺悔でもしようとしているのか?
喜怒哀楽を表情に乗せることなど滅多となく、能面のような顔をした女が母親であり、感情などない鉄の女。その女がいったい何を考えているかなどわかるはずもないのだが、その口から語られる言葉に耳を疑った。
「赤ん坊が生まれると言うことはそれだけで周りを変えることが出来る。赤ん坊が生まれると奇跡が起こることがあるわ。すべてが許される・・そんなことがあるの。それを起こすことが出来るのは母親しかいないわ。今度メープルでパーティーがあります。それに二人で参加なさい。そしてあの人に・・父親に、彼女を会わせなさい」

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人の本当の心を知ろうとすれば、相手の懐のより深くに身を置かねば知ることはない。
今までそんなことをして来たことはなかった。それは我が子に対してもそうだ。
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だがそれを知ってなんの意味があるのだろう。他人に見せようとしない心を深く知る意味はなんなのか。そして、見せたくないものを、無理矢理知ろうとするのは何故なのか?
それは、多分愛と呼ばれる感情なのだろう。自分でない誰かを愛する。それが人生の全てのように思う人間は世間に多い。だがそれに囚われてしまったばかりに、人生を駄目にする人間が多いのも確かだ。そして人の心は移りやすい。いつまでも同じ人間に固執する人間の方が稀なのではないだろうか。
だが、息子は、固執した。
ただひとつの愛に。
楓は、家同士の約束で貴と結婚し、望まれていた男の子を産んだ。
財閥の中のホテル部門の経営を任されているが、司の母親でもある。
これまでの楓にとって手に負えない難題は何であったかと聞かれれば、ホテル経営ではなく、息子である司のことだった。
親のいない子供時代を過ごした息子が、一人の少女と出会った。
牧野つくしという名の少女に。そしてその少女に恋をした。
貧しい家庭に育った少女は、産まれながらに手にしていたものが何かあったのかと問われれば、親の愛情ではないだろうか。あの子の両親も少なくとも若いころは、金に貪欲とは言えない暮らしをしていたはずだ。そして、結婚したばかりの若い夫婦というのは、家族を増やす夢を見るはずだ。
家族を増やし、そしてその子供らに愛情を注ぐことが本来の家庭の在り方だろう。
だが金銭的な面での苦労が絶えない家庭だった。
あの少女は貧しい家の土に育った雑草だと自分を揶揄したが、痩せた土からでも育つ雑草は、明るく前向きに生きることを是非とし、何かいさぎよい勢いを持った少女だった。
そんな少女に大きな瞳で見返された時のことを、今でも思い出すことが出来る。
世の中にあるありとあらゆる最高の物を手にすることが出来る息子の選んだ相手は、道端の石にも等しい少女。そんな少女を好きになった息子は、それまでの生き方を変えようとした。
あの子は、司はあの頃、牧野つくしと出会ってから、意志の闘いを挑んで来た。
彼女のためなら道明寺の家を捨てていいといった態度。楓はその闘いに応じた。
そして二人の恋を終わらせようとした。だが出来なかった。
だが夫が二人を別れさせることに成功し、その後の息子は、夫の期待通りの人間として財閥のトップを担える男へと変わっていた。冷酷非情な男としてビジネスの世界を生き抜いて来た。
そして、道明寺という大きな企業を担う男には、そのパートナーとなる妻は選ばれた人間でなくてはならない。そんな考えは夫にもあった。
渡米して間もない頃、スイスの大手製薬会社社長令嬢が、司の子供を妊娠したことがあった。
産まれることは無かったが、血筋の良さでは問題ない娘だと言われていた。
あの製薬会社は多くの特許を有し縁組は願ってもないことだった。だがあの子が結婚する気がないのはわかっていた。司にとって女は性の捌け口であって、家柄がとんなに良くても、容姿が優れていても評価の対象にさえならなかった。
牧野つくし以外は。
あれからもう10年が経つ。だが息子はあの少女を忘れることがなかった。
司もあの娘、牧野つくしもあの頃の想いを抱えたまま大人になり、再会した。ただし、その再会の方法は問題になりかねない犯罪行為だ。
牧野つくしを監禁し、彼女に子供を産ませようとしていた。異常とも言える行為は、気が狂ったとしか言えなかった。まさに狂気とも言える恋だ。
世田谷の邸の地下に監禁した牧野つくしに会おうとしたが、会う事は出来なかった。
あれから息子の行動の報告を受けていたが、牧野つくしを世田谷の邸から山荘に移し、度々訪れていたのは知っている。
そんな中、彼女は狙撃された。
そしてそれから司のあの娘に対する気持ちは変わっていた。
息子の人生の重要なページといったものが、10年前、二人が共に過ごした短い時間だとすれば、この10年の人生は、破り捨てたいはずだ。
あの子にとってのこの10年はいったい何だったのか。
あてのない虚無の世界を漂っていた10年だったのかもしれない。
それは、支配者の配下にある場合のみ生存出来る世界。
道明寺財閥という巨大な支配者の下にいた男の10年だったはずだ。
帰国した楓は数日後、司に会う約束を取り付けた。
親子であれ、どちらも忙しい身分。実の息子であっても、秘書の頭越しに本人と会う約束を取り付けることは出来なかった。そしてそれは、ともすれば時間を割くつもりはないのかと思えるほど待たされた末の面会だった。
「いったい何の用があってわざわざ東京くんだりまで来たんだか知らねぇが、あんたのその顔は何でもお見通しって顔だな」
社長執務室に現れた母親に対し、冷やかな声の開口一番がその言葉。
司は執務デスクの椅子に腰掛け脚を組み、煙草を吸い、楓を睨みつけていた。
どんなに離れていても、その女性から漂ってくるのは、揺るぎない自信と気高さ。
普通の親子関係ではない二人の間に流れる空気は冷たく、緊張感が感じられた。
司は数ヶ月前、世田谷の邸を訪れた楓に会っていたが、目の前にいる母親が何をしに来たのかとは問わなかった。
つくしが銃創を負い、そして一緒に暮らし始めたことが、知られているのは当然のこと。今まで何も言ってこなかった方が不思議なくらいだ。
だが彼が言いたいことは決まっていた。
「あんた、あいつが銃で撃たれたこと知ってたんだろ?今まで何も言ってこなかってことは、知ってて高みの見物ってところか?あんたもあいつが死ねばいいと思ってた口か?それにあんた知ってんだろ?誰があいつを狙わせたか。それともあの男が失敗したから今度はあんたが何かするつもりか?・・あんたらどこまであいつが気に入らねぇって?」
牧野つくしが五月蠅い虫のようだと、目をくれようともしなかった。
いつも自分たちの仲を邪魔してきた母親が、今度はいったい何をするのか?
そう考えるのは当然だ。そして次に口を開いたとき、母親の口から放たれる言葉は決まっているはずだ。
『そのとおりよ。気に入らないわ。あんな女とは別れなさい』と。
「黙ってねぇで言いたいことがあるなら言えばいい。その為にここに来たんだろ?あんたもあの男も、牧野つくしに対して気に入らねぇことばかりだろうからな」
久し振りに会った母親だとしても、喜びなど微塵もない刺々しい冷淡な態度。
人を威圧する態度はどちらもそうだが、司のその態度は、楓の上をいっていた。
「司。聞きなさい。わたくしは何もするつもりはないわ。それにもしあれが、あの人の指示だとしても、わたくしは関与などしていません」
何もするつもりはない・・
以外な言葉に司は耳を疑った。
「信じられねぇな」
「わたくしは良い事だろうが悪いことだろうが嘘は言いません」
「フン。どの口が言ってんだか分かったもんじゃねぇな。あんた、10年前あいつに対して何をしたか忘れたわけじゃねぇよな?」
10年前、まず二人の交際に反対し、仲を裂こうとしたのは母親だ。
身分が違う、氏素性の知れない貧しい家庭の娘など言語道断だと切り捨てた。
司の姉は、親が決めた相手と結婚した。相手はロスに住む大金持ちの男性で、利害関係が一致し、メリットがある相手だ。それは戦略的な婚姻。そんな結婚は、司の住む世界ではあたり前のこととして受け止められていた。
それに対し牧野つくしは、財閥に利益などもたらさない貧しい家の娘。絶対に認めるわけにはいかないと、楓は言い放った。
それから二人の交際に対しての妨害が始まった。やがて母親の手に負えなくなれば、父親が乗り出して来た。将来の財閥当主の運命に道端の石は関係ないと、つくしの周りの人間にまで怒りがぶつけられることになり、金に目が眩んだ女が司を捨てたといった印象を与えると、女に対し憎悪を植えつけることをした。そしてそのことを信じた男は、彼女を憎みながら生きてきた。我が子の心を捻じ曲げるあの男の行動が、果たして父親と言えるのだろうか。
平気で我が子の恋を打ち砕く、冷淡な男に対する今の感情は、憎悪以外なにものでもない。
楓は司の問いに答えなかった。
だが別の言葉が口をついていた。
「あなた、あんなことをしたのが自分の父親だとして、今後もその男とかかわりたいと思うかしら?それにその家族との関係はどう考えてるのかしら?」
「その家族ってのが自分のことを言ってるなら、俺には家族なんて初めからいなかったんだ。かかわりもなにも関係ねぇんだわ。それにあの男にこれ以上かかわるつもりはない」
「そう。わかったわ。では正直に言いましょう。流石に今回のことは、正直驚きました」
貴のとった行動は、楓の理解を越えていた。
「まさかあの人が・・牧野さんを殺そうとするとは思わなかったわ。・・もちろん、USBメモリのこともあるでしょうけど、わたくしは道明寺楓であり、企業人であるけど、あなたの母親です」
楓の口から出たあなたの母親といった言葉。
司にしてみれば、今更優しい言葉をかけたりする行為は通じない。
「たとえあなたがわたくしとの血の繋がりを否定したくても、あなたはわたくしの血を別けた子供です」
父親も同じことを言った。
おまえの身体はわたしの血で出来ていると。
「司・・あなたはあの人の血だけを受け継いでいるわけではないわ。わたくしの血も受け継いでいる。こんなことを言っても今更だと思うかもしれないわね。でもあなたがこれ以上不幸になるのは見たくないわ。・・あなたはわたくしがお腹を痛めて産んだ子ですもの。それにあなたの父親は、あなたとは血の繋がりがあってもわたくしとは血は繋がってない。わたくしとあの人は、所詮他人・・。一番近いところにいる他人よ。わたくしの言いたいことは分かるかしら?」
夫は他人。
だが家族。
家族の定義とは、いったいなんであるのか?
子はかすがいという言葉はあるが、道明寺楓にとって貴は単なるビジネスパートナーだ。
その貴が取った行動は、あまりにも常軌を逸している。牧野つくしを殺そうとするなど、財閥の会長であった男が考えることではないからだ。それにもし、牧野つくしに何かあれば、司自身が壊れてしまうかもしれない。そんな想いが感じられるようになったのは、司がつくしを失いそうになった時の状況を聞かされたからだ。手に入れた彼女を再び失うことになれば、今度は後を追ってしまうのではないか。そう感じさせる何かがあった。
そして、息子が自分の父親を殺めてしまう恐れがあると感じていた。楓とて我が子を犯罪者にしたくない。
「・・俺のことを不幸だなんてよく言えるな?てめぇが不幸の元凶を作ったんだろうが」
道明寺の家に生まれ堕ちたことが不幸そのものだ。時を戻せるものなら、ごく普通の少年時代が送れる環境に生まれたいと願う。この数ヶ月、そんな気持ちに何度も陥った。過去を振り返っては、自分の生きて来た人生を考えた。いったい自分はこの10年何をして来たのか。
「司。牧野さんのこと・・そうね、女性としてデリケートな問題を抱えているのは知っています」
いきなり母親の口から語りだされた言葉。
司はどうして知っているのかとは聞かなかった。
財閥の病院へ入院していれば、医療記録を手に入れることは簡単だからだ。
「卵巣がひとつしかなくても妊娠は出来るはずよ」
「・・あんた、いったい何が言いたい?まさか俺とあいつの結婚の仲立ちでもしようってか?」
楓はいったい何が言いたいのか?
まさかとは思うが、母親として己の息子に懺悔でもしようとしているのか?
喜怒哀楽を表情に乗せることなど滅多となく、能面のような顔をした女が母親であり、感情などない鉄の女。その女がいったい何を考えているかなどわかるはずもないのだが、その口から語られる言葉に耳を疑った。
「赤ん坊が生まれると言うことはそれだけで周りを変えることが出来る。赤ん坊が生まれると奇跡が起こることがあるわ。すべてが許される・・そんなことがあるの。それを起こすことが出来るのは母親しかいないわ。今度メープルでパーティーがあります。それに二人で参加なさい。そしてあの人に・・父親に、彼女を会わせなさい」

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*性的表現があります。
未成年者の方、もしくはそういったお話が苦手な方は、お控え下さい。
全てを浄化したように抱き合ったあの日。
バスルームから出て来た彼女を再び抱いた。
身の丈に合わないバスローブを着た姿が、頼りなさげな子供のように感じられ、すぐにでも抱きしめ守ってやりたいと、司はつくしの目だけを見て気持ちを伝えた。
こっちへ来いと_。
言葉は口にせずとも、思いが伝わることが、今の二人にはあたり前のことだと感じていた。シャワーの湯で温まった身体は柔らかく、司と同じ香りのするその肌が、彼の求める全てを与えてくれた。
それは、司にとって最高の贈り物だ。求めて止まなかった女の、身体の最奥の柔らかな襞に包まれることが、どれだけ幸せなことか。
司は、つくしを膝の上に乗せ抱きしめた。
自分の思いを伝えるために。
「・・つくし・・ひと晩中でもおまえが欲しい。どんだけ抱いても抱きたりねぇ。俺が過去に抱いた女は、おまえを抱くための予行演習だ・・まあ羽目を外し過ぎたこともあったが・・俺にとって他の女なんて女じゃねぇから気にするな」
司の言い訳とも取れる言葉。
かつて、青いと言われた男に濃密に愛されたつくしは、頬を染め、思わず口にしていた。
『あの・・どのくらい・・これまで・・その・・』
何人の女性と経験をしたのか?
考えがつい口に出てしまう女は、聞くべきことではないと思いながらも、高校生の頃とあまりにも変わってしまった男に聞いていた。だが、やっぱり答えなくていい。と慌てて言葉を継いだ。
好きな男の過去の女性関係を聞くことは、勇気がいることだ。10年間、新聞や雑誌の記事からある程度は知っていたとはいえ、司のようにハイスペックだと言われる男の過去は、詳しく聞かない方がいいかもしれない。
「・・要するにあれだ・・今までの経験は俺の為じゃなくて、おまえの為だったってことだ。・・だいいち俺がおまえ以外で満足するわけねーだろうが」
脛に傷を持つ自覚のある男は、言うべき言葉を探し、これまでの女性関係を答えにくそうに答えたが、バスローブの内側に滑り込まされた男の手は、脱がせることだけを考えていた。
「なあ・・もういいじゃねぇか・・おまえ過去は気にしねぇって言っただろ?」
確かにつくしはそう言った。
過去は過去。気にしても仕方がないと。
「つーか、気になるってなら、俺が今から気になんねぇようにしてやる」
昔からぐだぐだ考える癖のある女に考える暇を与えてたまるか。俺の愛を疑うのか?
司はそんな思いから、大切な宝物を包んでいるバスローブを脱がせ、身体を持ち上げ、腰を跨がせ、シャワーの湯と体温でぬくもった場所に、たぎった性器を挿し込み、座ったまま下からゆっくりと突き上げ始めた。
「や・・あっ・・」
腰を跨いだ身体をグッと引き寄せ、柳腰を掴み、ゆったりとリズムを刻む。
繋がった二人の間に指を差し入れ、尖った花芽を擦り、大きく膨らんでくるそれを摘まむ。
「・・おまえのココ・・かわいいな・・それにすげぇ濡れてる・・」
「ああっ!・・・つ、つかさ・・」
前へ、後ろへ、大きく揺れる身体が不安定なのか、しっかりとしがみつき上げた声は、素直に名前を呼ぶ。
10年前、名前を呼ぶだけで顔を赤らめた少女。
だが、今は愛する男の名前を素直に言えた。
より深い所で結び付こうと、ベッドに押し倒し、ぐっと腰を突き入れた。
奥まで激しく突かれた女の身体が、ベッドの上へと上がるのを掴み、再び激しく突き始めた。
やにわに行動に出た男に、割れ目から溢れ出した蜜が、滑らかに性器を呑み込むのを手伝っていた。
「つくし_」
突き上げ唇にキスをし、出してもう一度突き、
「俺はおまえを_」
突き上げ再び唇にキスをし、更に最奥まで突き、
「二度と_」
さらに激しく突き上げると、唇に噛みつくようにキスをした。
「離さねぇから・・」
しっかりと身体を掴んでいなければ、身体が跳ね上がってしまうほどの強い突き。
「ああっ・・ああっ・・あん!!」
その激しさにあえぎ声は高く上がった。
激しくすればするほど、高く上がる声。
その度に、形のいい胸が揺れ、内部が引き締まって襞が性器に絡み付き、蜜が溢れ出る。
「それに・・俺はおまえ以外の女なんて必要ねぇから」
腰の高さを変えると、さらに激しく突き始めた。
挿れて、濡れて、出して、そして挿れて・・・
抜き差しするたび立つ卑猥な水音と、蜜に濡れた性器がヌラヌラと出入りする様が、視覚を刺激し、腰の動きを早めていた。
容赦のない激しさで子宮の中を擦り、ヌメリを出させ、既に先端から溢れ出したものと混ぜ合わせ、中へ注ぎ込む。息があがり、空気を求め喘いでも、突くことが止められない。永遠に繋がっていたい。そう想い狂ったように求めてしまうのは、10年会えなかった想いだ。
腰を掴む手に力がはいり、痕が残るかと思えど、我慢できなき欲求を抑えることが出来ずにいた。挿し込まれたものが、何度精を放っても、新しい欲求が湧き上がって来て、止めることは出来ない。それは過去の愛と未来への愛。
司は、つくしの肌がバラ色に染まり、意識が朦朧とするまで愛することを続けた。
「・・俺は・・大バカ野郎だった・・けどな・・そんな俺はもういねぇ・・俺には、おまえだけだ」
司にとって大切な女性へ注がれるのは強烈な愛。
激しい性格と言われる男の愛し方は、共に壊れるまで愛し合いたいといった思い。
囁かれる言葉は疑うことなき真実。
過去が気になるなら、気にならなくなるまで愛してやる。
しつこいくらいに愛してやる。
何しろ俺はしつこい男だからな。これから先も永遠にしつこい男でいてやる。
それに俺はおまえのものだ。
おまえが俺のものであると同じで、俺のものは何もかもおまえのものだ。
こんな俺でも受け入れてくれるなら、永遠に傍にいてくれ。
高い場所から飛び降りろと言うなら、一緒に飛び降りてやる。
橋を渡れと言うなら、一緒に渡ってやる。
渡れない橋はない。渡れない橋があるなら壊してやる。
だから永遠に一緒にいてくれ。
穢れてしまった人生の中で、唯一穢れてないのはおまえだけだから・・・
歯を食いしばり、なお一層力を込め、押し込むことを止めない男はしっかりと腰を掴み、つくしを見た。
「俺を見ろ・・。俺を見てくれ。・・俺を受け入れることが出来るのはおまえだけだ・・」
パッと見開かれた大きな瞳が司を見た。
そして、彼の名前を呼んだ。
「つかさ・・愛してる・・」
「俺も・・・つくし・・」
互いの名前を叫び、何度も絶頂を迎え、言葉通り夜が明けるまで離しはしなかった。
こうして、あの日から愛し合うことを止めることは、なかった。
だが、今はあの男のことを考えなければならない。
司の取った行動が跳ね返ってくるのは、彼女だ。
それはあの頃からいつもそうだった。好きになったのは司の方だというのに、責められるのは彼女。そんな彼女をどんなに守ろうとしても、当時高校生だった男の使える力など限られていた。だが今は違う。
もうこれ以上、傷ついて欲しくない。
司が社長執務室に帰社したのは、夕方近くになってからだ。
高層ビルのてっぺんから見える景色は、春を過ぎ、陽射しの長さが感じられる季節になろうとしていた。周囲の建物を見下ろすほどの高さがあるビルは、当時の社長だった司の父親が建てたビル。それは、肥大化する財閥の象徴と言われていた。
その男は、血統を重んじるといい、競走馬の話でもするように息子のことを語る。
道明寺に相応しい娘と結婚して子供を作れ。牧野つくしが好きなら愛人にしろ。
その言葉で浮かんだイメージが司の頭の中を過った。
それは二人の間に出来た子供を抱くつくしの姿。過去、NYで一度女を妊娠させたことがあった。あれは若さゆえの過ちと今なら言える。子供は生まれてくることはなかったが、あの時の女が生んだ子供ならあの男は認めただろうか?
相手はどこかの会社の社長令嬢だったか・・
それすらももう記憶の中から消えようとしていた。それに今となっては終った話しだ。
あの当時父親になるなど考えたこともない。仮に父親になったとしても、自分と同じDNAを持つ生き物程度と思ったはずだ。父親の見本となる男がいないのだ。そんな男が親という立場を理解することは、無理だったはずだ。
だが人生に親の存在がなくとも、人間は成長するが、目に見える世界に、幻滅だけが重ねられた幼少期だった。どの世界が正常であるかなど分かるはずもなく、家庭の温かさといったものに無縁だった男が、思考の中に子供の存在が描けるはずがない。
だが、今は描くことが出来る。
彼女との間に出来た子供を描くことが出来る。自分が与えられなかった家庭の温かさ、家族の温もりといったものを子供に与えてやりたいと思う。
人間は勝手な生き物だな、と思わずひとりごちる。
つくしと愛し合うようになるまで、良心の呵責も道徳心も持ち合わせていなかった男の、まさに身勝手とも言える思い。
だがそう思えるのも、人の心は、何一つとして予想することが出来ないからだ。
自分の子供を抱いている彼女を、思い浮かべることが出来る。
子供が産めないかもしれないと言ったが、卵巣が片方しかなくても、子供を産む事ができる。
それを証明してやりたい。そんなことで悩むなといってやりたい。
例え子供が出来なかったとしても、それでも構わない。
彼女と一生過ごすことが出来るなら。

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バスルームから出て来た彼女を再び抱いた。
身の丈に合わないバスローブを着た姿が、頼りなさげな子供のように感じられ、すぐにでも抱きしめ守ってやりたいと、司はつくしの目だけを見て気持ちを伝えた。
こっちへ来いと_。
言葉は口にせずとも、思いが伝わることが、今の二人にはあたり前のことだと感じていた。シャワーの湯で温まった身体は柔らかく、司と同じ香りのするその肌が、彼の求める全てを与えてくれた。
それは、司にとって最高の贈り物だ。求めて止まなかった女の、身体の最奥の柔らかな襞に包まれることが、どれだけ幸せなことか。
司は、つくしを膝の上に乗せ抱きしめた。
自分の思いを伝えるために。
「・・つくし・・ひと晩中でもおまえが欲しい。どんだけ抱いても抱きたりねぇ。俺が過去に抱いた女は、おまえを抱くための予行演習だ・・まあ羽目を外し過ぎたこともあったが・・俺にとって他の女なんて女じゃねぇから気にするな」
司の言い訳とも取れる言葉。
かつて、青いと言われた男に濃密に愛されたつくしは、頬を染め、思わず口にしていた。
『あの・・どのくらい・・これまで・・その・・』
何人の女性と経験をしたのか?
考えがつい口に出てしまう女は、聞くべきことではないと思いながらも、高校生の頃とあまりにも変わってしまった男に聞いていた。だが、やっぱり答えなくていい。と慌てて言葉を継いだ。
好きな男の過去の女性関係を聞くことは、勇気がいることだ。10年間、新聞や雑誌の記事からある程度は知っていたとはいえ、司のようにハイスペックだと言われる男の過去は、詳しく聞かない方がいいかもしれない。
「・・要するにあれだ・・今までの経験は俺の為じゃなくて、おまえの為だったってことだ。・・だいいち俺がおまえ以外で満足するわけねーだろうが」
脛に傷を持つ自覚のある男は、言うべき言葉を探し、これまでの女性関係を答えにくそうに答えたが、バスローブの内側に滑り込まされた男の手は、脱がせることだけを考えていた。
「なあ・・もういいじゃねぇか・・おまえ過去は気にしねぇって言っただろ?」
確かにつくしはそう言った。
過去は過去。気にしても仕方がないと。
「つーか、気になるってなら、俺が今から気になんねぇようにしてやる」
昔からぐだぐだ考える癖のある女に考える暇を与えてたまるか。俺の愛を疑うのか?
司はそんな思いから、大切な宝物を包んでいるバスローブを脱がせ、身体を持ち上げ、腰を跨がせ、シャワーの湯と体温でぬくもった場所に、たぎった性器を挿し込み、座ったまま下からゆっくりと突き上げ始めた。
「や・・あっ・・」
腰を跨いだ身体をグッと引き寄せ、柳腰を掴み、ゆったりとリズムを刻む。
繋がった二人の間に指を差し入れ、尖った花芽を擦り、大きく膨らんでくるそれを摘まむ。
「・・おまえのココ・・かわいいな・・それにすげぇ濡れてる・・」
「ああっ!・・・つ、つかさ・・」
前へ、後ろへ、大きく揺れる身体が不安定なのか、しっかりとしがみつき上げた声は、素直に名前を呼ぶ。
10年前、名前を呼ぶだけで顔を赤らめた少女。
だが、今は愛する男の名前を素直に言えた。
より深い所で結び付こうと、ベッドに押し倒し、ぐっと腰を突き入れた。
奥まで激しく突かれた女の身体が、ベッドの上へと上がるのを掴み、再び激しく突き始めた。
やにわに行動に出た男に、割れ目から溢れ出した蜜が、滑らかに性器を呑み込むのを手伝っていた。
「つくし_」
突き上げ唇にキスをし、出してもう一度突き、
「俺はおまえを_」
突き上げ再び唇にキスをし、更に最奥まで突き、
「二度と_」
さらに激しく突き上げると、唇に噛みつくようにキスをした。
「離さねぇから・・」
しっかりと身体を掴んでいなければ、身体が跳ね上がってしまうほどの強い突き。
「ああっ・・ああっ・・あん!!」
その激しさにあえぎ声は高く上がった。
激しくすればするほど、高く上がる声。
その度に、形のいい胸が揺れ、内部が引き締まって襞が性器に絡み付き、蜜が溢れ出る。
「それに・・俺はおまえ以外の女なんて必要ねぇから」
腰の高さを変えると、さらに激しく突き始めた。
挿れて、濡れて、出して、そして挿れて・・・
抜き差しするたび立つ卑猥な水音と、蜜に濡れた性器がヌラヌラと出入りする様が、視覚を刺激し、腰の動きを早めていた。
容赦のない激しさで子宮の中を擦り、ヌメリを出させ、既に先端から溢れ出したものと混ぜ合わせ、中へ注ぎ込む。息があがり、空気を求め喘いでも、突くことが止められない。永遠に繋がっていたい。そう想い狂ったように求めてしまうのは、10年会えなかった想いだ。
腰を掴む手に力がはいり、痕が残るかと思えど、我慢できなき欲求を抑えることが出来ずにいた。挿し込まれたものが、何度精を放っても、新しい欲求が湧き上がって来て、止めることは出来ない。それは過去の愛と未来への愛。
司は、つくしの肌がバラ色に染まり、意識が朦朧とするまで愛することを続けた。
「・・俺は・・大バカ野郎だった・・けどな・・そんな俺はもういねぇ・・俺には、おまえだけだ」
司にとって大切な女性へ注がれるのは強烈な愛。
激しい性格と言われる男の愛し方は、共に壊れるまで愛し合いたいといった思い。
囁かれる言葉は疑うことなき真実。
過去が気になるなら、気にならなくなるまで愛してやる。
しつこいくらいに愛してやる。
何しろ俺はしつこい男だからな。これから先も永遠にしつこい男でいてやる。
それに俺はおまえのものだ。
おまえが俺のものであると同じで、俺のものは何もかもおまえのものだ。
こんな俺でも受け入れてくれるなら、永遠に傍にいてくれ。
高い場所から飛び降りろと言うなら、一緒に飛び降りてやる。
橋を渡れと言うなら、一緒に渡ってやる。
渡れない橋はない。渡れない橋があるなら壊してやる。
だから永遠に一緒にいてくれ。
穢れてしまった人生の中で、唯一穢れてないのはおまえだけだから・・・
歯を食いしばり、なお一層力を込め、押し込むことを止めない男はしっかりと腰を掴み、つくしを見た。
「俺を見ろ・・。俺を見てくれ。・・俺を受け入れることが出来るのはおまえだけだ・・」
パッと見開かれた大きな瞳が司を見た。
そして、彼の名前を呼んだ。
「つかさ・・愛してる・・」
「俺も・・・つくし・・」
互いの名前を叫び、何度も絶頂を迎え、言葉通り夜が明けるまで離しはしなかった。
こうして、あの日から愛し合うことを止めることは、なかった。
だが、今はあの男のことを考えなければならない。
司の取った行動が跳ね返ってくるのは、彼女だ。
それはあの頃からいつもそうだった。好きになったのは司の方だというのに、責められるのは彼女。そんな彼女をどんなに守ろうとしても、当時高校生だった男の使える力など限られていた。だが今は違う。
もうこれ以上、傷ついて欲しくない。
司が社長執務室に帰社したのは、夕方近くになってからだ。
高層ビルのてっぺんから見える景色は、春を過ぎ、陽射しの長さが感じられる季節になろうとしていた。周囲の建物を見下ろすほどの高さがあるビルは、当時の社長だった司の父親が建てたビル。それは、肥大化する財閥の象徴と言われていた。
その男は、血統を重んじるといい、競走馬の話でもするように息子のことを語る。
道明寺に相応しい娘と結婚して子供を作れ。牧野つくしが好きなら愛人にしろ。
その言葉で浮かんだイメージが司の頭の中を過った。
それは二人の間に出来た子供を抱くつくしの姿。過去、NYで一度女を妊娠させたことがあった。あれは若さゆえの過ちと今なら言える。子供は生まれてくることはなかったが、あの時の女が生んだ子供ならあの男は認めただろうか?
相手はどこかの会社の社長令嬢だったか・・
それすらももう記憶の中から消えようとしていた。それに今となっては終った話しだ。
あの当時父親になるなど考えたこともない。仮に父親になったとしても、自分と同じDNAを持つ生き物程度と思ったはずだ。父親の見本となる男がいないのだ。そんな男が親という立場を理解することは、無理だったはずだ。
だが人生に親の存在がなくとも、人間は成長するが、目に見える世界に、幻滅だけが重ねられた幼少期だった。どの世界が正常であるかなど分かるはずもなく、家庭の温かさといったものに無縁だった男が、思考の中に子供の存在が描けるはずがない。
だが、今は描くことが出来る。
彼女との間に出来た子供を描くことが出来る。自分が与えられなかった家庭の温かさ、家族の温もりといったものを子供に与えてやりたいと思う。
人間は勝手な生き物だな、と思わずひとりごちる。
つくしと愛し合うようになるまで、良心の呵責も道徳心も持ち合わせていなかった男の、まさに身勝手とも言える思い。
だがそう思えるのも、人の心は、何一つとして予想することが出来ないからだ。
自分の子供を抱いている彼女を、思い浮かべることが出来る。
子供が産めないかもしれないと言ったが、卵巣が片方しかなくても、子供を産む事ができる。
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例え子供が出来なかったとしても、それでも構わない。
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貴は会長職を退いた。
財閥の経営に大きな影響力を持っていた男の突然の辞任。
司が社長になるまでは、オーナー社長であり、実力のある経営者だった男の突然の行動は、社長から会長職へと退いた以上の驚きだった。それは貴が道明寺の大株主であることもあるが、やはり道明寺貴の名は、政財界に於いて重みがある名前であることを意味していた。その貴が突然辞任したのだ。役員もそうだが彼にかかわりがあった人間は、そのニュースを驚きを持って受け止めた。
そしてついに息子の司が本当の権力の座に就いたと言われた。
だが、常勤役員の大多数は貴が社長だった頃からいる人間だ。例え職を退いたとしても、役員会での話しの内容は貴まで筒抜けだった。つまり、影響力はまだ充分あるということだ。
薄いウイスキーの水割りを呑む男は、東京の邸での司との会話を思い出し、はらわたが煮えくり返っていた。
親を脅迫するとは何事だ。その言葉に返されたのが、『脅迫するなんてとんでもない。注意喚起をしたまでですよ』と言われ、舐めたことを、と思いながら相手の急所を突くことに、熟達した男になったものだと苦々しく思いながらも、息子の非情さを心の中では喜んだ。
親の喉を平気でかっ斬るようなことをする息子を。
そして親子であろうと、平気で対決的な姿勢を取る男となったことを。
貴は、無意識に唇の端を引き上げていた。
牧野つくしの為にそこまでする息子が、その娘と一緒に暮らし始めたと報告を受けたが、驚くことではなかった。
退院した後、行く場所がないあの娘が司と暮らすことは、わかっていた。
だが入籍をしたわけではない。ただ一緒に暮らし始めたといったところに、どちらの意思が働いたのか。それは恐らく娘の方だろう。司なら迷うことなく籍を入れるはずだ。
しかし、一緒に暮らし始めたということは、子供が出来る可能性を考えなければならない。
道明寺家のために後継者は必要だが、あの娘は道明寺の格式に合わない。
司はあの娘に産ませた子供を道明寺の跡取りにすると言ったが、山荘に監禁していた間、妊娠したといった話しはなかった。
娘を自分の元へ縛り付けるため子供を作る。そして親の認めない女との間に子供を作ることで、道明寺という家に復讐してやると言った息子。
それが、妙なる復讐になると_。
だが子供は出来なかった。
司には子供を作る能力はある、と、なるとやはり娘の方に問題があるのか?
あの娘以外と寝る気はないと言い、他の女と子供を作れと言うならパイプカットをすると言った息子は、自分自身を人質にした。そして会社の存続を望むなら、あの娘に手出しするなと脅してきた。
「・・会長。頼まれていたものをお持ちいたしました」
「わたしはもう会長でもなんでもない」
貴は平坦な声で言ったが、秘書から他の呼び名で呼ばれることを考えたことは無かった。
旦那様と呼ぶのは、ビジネスに関係していない使用人だけだ。
NYのペントハウスにいる貴の元へ届けられたのは、牧野つくしの医療記録。
財閥の病院に入院していた人間の医療記録を手に入れることは、貴にしてみれば簡単なことだ。
間接的にしか知らない娘。
写真でしかお目にかかったことはないが、この娘の何がいったい司を惹き付けるのか。
表紙に添えられた写真は、入院中に撮られたものだ。
司に付き添われ中庭を散歩している娘。
黒髪に色が白く、華奢な身体つきの娘。
とてもではないが、男の虚栄心を満足させるような女には見えない。
だが司は高校生の頃からこの娘に心を奪われていた。
貴は受け取った報告書を開いていた。
***
楓は手にしていた書類をデスクの上に投げ出し、机の上に肘をつき、秘書を見上げた。
「それで?司と牧野つくしの件はどうなってるの?」
「はい。退院されたあと、お二人は社長のマンションで一緒に生活を始められました」
「・・そう。それで主人は・・どうしてるの?」
「はい。NYのペントハウスにお帰りになられました。今夜はそちらへ泊られるそうです」
「そう。・・もういいわ。下がって」
楓は司が高校生の頃、付き合い始めた牧野つくしと会っていた。
『俺の大事な女』と言って誕生祝に連れて来た娘。
交際を止めるようにと直接彼女に話をした。だが受け入れようとせず、次に金を提示し、別れさせようとしたが、何者にも負けないといった強い瞳で見返して来た少女は、息子と別れることを断った。
今考えてもあの娘は強い子だった。そして気概のある娘だった。
だが息子の父親によって別れさせられた。
楓は、司が牧野つくしを世田谷の邸に監禁してから、息子の動向を報告させ、状況を把握していた。
あの子は10年間あの娘と会うことはなかった。だが再会してからは、異常な執着を見せ、邸の地下に監禁し、そして山荘に監禁した。
やがて命を狙われるまでになっていた。
あの人がどんな手を使っても、司と牧野つくしを別れさせようとしたのは知っている。
あの娘が命を狙われたのも、あの人の指示だ。
同じ街に住む夫婦と言えど、家族としての機能は無く、ビジネスパートナーとしての関係しかない貴と楓。家同士が決めた結婚をし、濃密な関係などなく、水のない井戸のように乾ききった関係だ。
だが道明寺貴は優秀な人間だ。優秀で用心深い。
それはビジネスだけではない。人を動かす術も熟知している。政治家や官僚、国家権力に至るまで幅広い影響力を持っている。それには金が絡んでいることは間違いない。賄賂の受け渡しがあったことは容易に想像がつく。なにしろ、財閥と政治家との癒着は昔からあった。そしてそのことの一端が露呈しようとしたとき、何らかの手を打ったはずだ。それがなんであったとしても、あの人は説明することはない。
それはリスクの拡散を防ぐ意味もあるはずだ。
知られたくない秘密が漏れるのを防ぎたいと思うなら、人に話さないことが一番だからだ。
だがいくら用心深くても、漏れるときは漏れる。役員室が並ぶ最上階で、怪文書が出回った話しが耳に入った。その内容は本当の話だろう。そしてその文書を貼り出したのは司だ。
あの子が手を打ったに違いない。あの娘の為に。
あの頃、あの娘の為なら道明寺の家を捨てるとまで言った息子。あの頃の言葉を実践してはないが、10年後の再会は、思わぬ形であの子の願いを叶えたようだ。今は共に暮らしていると報告を受けた。
楓は数ヶ月前、世田谷の邸で司と交わした会話を思い返した。
あの娘に自分の子供を産ませると言い放ち、道明寺の家を継がせると言った。
あのときの目は牧野つくしを憎み、親を憎む目だったが、少なくとも今は、あの娘に対する目は違うはずだ。17歳の頃から二度と笑わず、誰も愛さず、この先何が起ころうが関係ないといった目つきになった息子。ビジネスだけは親の望み通りの働き、いや、それ以上の働きだったが、人ではなかった。だが今は、ひとつだけ明らかなことがあるはずだ。
楓は秘書に通じるボタンを押し、伝えた。
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財閥の経営に大きな影響力を持っていた男の突然の辞任。
司が社長になるまでは、オーナー社長であり、実力のある経営者だった男の突然の行動は、社長から会長職へと退いた以上の驚きだった。それは貴が道明寺の大株主であることもあるが、やはり道明寺貴の名は、政財界に於いて重みがある名前であることを意味していた。その貴が突然辞任したのだ。役員もそうだが彼にかかわりがあった人間は、そのニュースを驚きを持って受け止めた。
そしてついに息子の司が本当の権力の座に就いたと言われた。
だが、常勤役員の大多数は貴が社長だった頃からいる人間だ。例え職を退いたとしても、役員会での話しの内容は貴まで筒抜けだった。つまり、影響力はまだ充分あるということだ。
薄いウイスキーの水割りを呑む男は、東京の邸での司との会話を思い出し、はらわたが煮えくり返っていた。
親を脅迫するとは何事だ。その言葉に返されたのが、『脅迫するなんてとんでもない。注意喚起をしたまでですよ』と言われ、舐めたことを、と思いながら相手の急所を突くことに、熟達した男になったものだと苦々しく思いながらも、息子の非情さを心の中では喜んだ。
親の喉を平気でかっ斬るようなことをする息子を。
そして親子であろうと、平気で対決的な姿勢を取る男となったことを。
貴は、無意識に唇の端を引き上げていた。
牧野つくしの為にそこまでする息子が、その娘と一緒に暮らし始めたと報告を受けたが、驚くことではなかった。
退院した後、行く場所がないあの娘が司と暮らすことは、わかっていた。
だが入籍をしたわけではない。ただ一緒に暮らし始めたといったところに、どちらの意思が働いたのか。それは恐らく娘の方だろう。司なら迷うことなく籍を入れるはずだ。
しかし、一緒に暮らし始めたということは、子供が出来る可能性を考えなければならない。
道明寺家のために後継者は必要だが、あの娘は道明寺の格式に合わない。
司はあの娘に産ませた子供を道明寺の跡取りにすると言ったが、山荘に監禁していた間、妊娠したといった話しはなかった。
娘を自分の元へ縛り付けるため子供を作る。そして親の認めない女との間に子供を作ることで、道明寺という家に復讐してやると言った息子。
それが、妙なる復讐になると_。
だが子供は出来なかった。
司には子供を作る能力はある、と、なるとやはり娘の方に問題があるのか?
あの娘以外と寝る気はないと言い、他の女と子供を作れと言うならパイプカットをすると言った息子は、自分自身を人質にした。そして会社の存続を望むなら、あの娘に手出しするなと脅してきた。
「・・会長。頼まれていたものをお持ちいたしました」
「わたしはもう会長でもなんでもない」
貴は平坦な声で言ったが、秘書から他の呼び名で呼ばれることを考えたことは無かった。
旦那様と呼ぶのは、ビジネスに関係していない使用人だけだ。
NYのペントハウスにいる貴の元へ届けられたのは、牧野つくしの医療記録。
財閥の病院に入院していた人間の医療記録を手に入れることは、貴にしてみれば簡単なことだ。
間接的にしか知らない娘。
写真でしかお目にかかったことはないが、この娘の何がいったい司を惹き付けるのか。
表紙に添えられた写真は、入院中に撮られたものだ。
司に付き添われ中庭を散歩している娘。
黒髪に色が白く、華奢な身体つきの娘。
とてもではないが、男の虚栄心を満足させるような女には見えない。
だが司は高校生の頃からこの娘に心を奪われていた。
貴は受け取った報告書を開いていた。
***
楓は手にしていた書類をデスクの上に投げ出し、机の上に肘をつき、秘書を見上げた。
「それで?司と牧野つくしの件はどうなってるの?」
「はい。退院されたあと、お二人は社長のマンションで一緒に生活を始められました」
「・・そう。それで主人は・・どうしてるの?」
「はい。NYのペントハウスにお帰りになられました。今夜はそちらへ泊られるそうです」
「そう。・・もういいわ。下がって」
楓は司が高校生の頃、付き合い始めた牧野つくしと会っていた。
『俺の大事な女』と言って誕生祝に連れて来た娘。
交際を止めるようにと直接彼女に話をした。だが受け入れようとせず、次に金を提示し、別れさせようとしたが、何者にも負けないといった強い瞳で見返して来た少女は、息子と別れることを断った。
今考えてもあの娘は強い子だった。そして気概のある娘だった。
だが息子の父親によって別れさせられた。
楓は、司が牧野つくしを世田谷の邸に監禁してから、息子の動向を報告させ、状況を把握していた。
あの子は10年間あの娘と会うことはなかった。だが再会してからは、異常な執着を見せ、邸の地下に監禁し、そして山荘に監禁した。
やがて命を狙われるまでになっていた。
あの人がどんな手を使っても、司と牧野つくしを別れさせようとしたのは知っている。
あの娘が命を狙われたのも、あの人の指示だ。
同じ街に住む夫婦と言えど、家族としての機能は無く、ビジネスパートナーとしての関係しかない貴と楓。家同士が決めた結婚をし、濃密な関係などなく、水のない井戸のように乾ききった関係だ。
だが道明寺貴は優秀な人間だ。優秀で用心深い。
それはビジネスだけではない。人を動かす術も熟知している。政治家や官僚、国家権力に至るまで幅広い影響力を持っている。それには金が絡んでいることは間違いない。賄賂の受け渡しがあったことは容易に想像がつく。なにしろ、財閥と政治家との癒着は昔からあった。そしてそのことの一端が露呈しようとしたとき、何らかの手を打ったはずだ。それがなんであったとしても、あの人は説明することはない。
それはリスクの拡散を防ぐ意味もあるはずだ。
知られたくない秘密が漏れるのを防ぎたいと思うなら、人に話さないことが一番だからだ。
だがいくら用心深くても、漏れるときは漏れる。役員室が並ぶ最上階で、怪文書が出回った話しが耳に入った。その内容は本当の話だろう。そしてその文書を貼り出したのは司だ。
あの子が手を打ったに違いない。あの娘の為に。
あの頃、あの娘の為なら道明寺の家を捨てるとまで言った息子。あの頃の言葉を実践してはないが、10年後の再会は、思わぬ形であの子の願いを叶えたようだ。今は共に暮らしていると報告を受けた。
楓は数ヶ月前、世田谷の邸で司と交わした会話を思い返した。
あの娘に自分の子供を産ませると言い放ち、道明寺の家を継がせると言った。
あのときの目は牧野つくしを憎み、親を憎む目だったが、少なくとも今は、あの娘に対する目は違うはずだ。17歳の頃から二度と笑わず、誰も愛さず、この先何が起ころうが関係ないといった目つきになった息子。ビジネスだけは親の望み通りの働き、いや、それ以上の働きだったが、人ではなかった。だが今は、ひとつだけ明らかなことがあるはずだ。
楓は秘書に通じるボタンを押し、伝えた。
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*性的表現があります。
未成年者の方、もしくは、そのようなお話しが苦手な方はお控え下さい。
息を止め抱きしめる。
それがこの瞬間の正しい行いに思えていた。
司は自分の心臓の鼓動が早く打つのに驚き軽く笑った。今まで何度抱いてもそうはならなかった己の胸。だが胸に押し当てられた彼女の温もりが、たったそれだけのことだと言うのに、そんなひどく単純な行為が鼓動を早めていた。
これまでの人生の中、ビジネスに於いてどんな状況に置かれようが、心臓が鼓動を早めたことなどなかった。今、彼が感じているそれは、単なる胸の筋肉の収縮ではない。この胸の鼓動は、心の中の気持ちの表れ。少年時代に感じた魂の緊張。そして、そうさせるのは彼女だけ。彼を心底怯えさせることが出来るのも、その魂を揺さぶることが出来るのも彼女だけ。
魂などないと思われていた男でも、心の奥底にはガラスケースに入れられた魂があり、注意深く封印されてはいたが、本音を吐露し続けていた。
淋しいと_。
淋しさで狂ってしまいそうだと_。
だがこの10年、鋼のような心だと言われていた男は、その鋼を刃物とし、他人を傷つけた。
司の人生の言葉に愛といった言葉はなく、棘を含んだ口調に他人を敬う言葉もなく、聞く者を冷たい気持ちにさせる言葉ばかりだった。そして、彼女に言った言葉の数々を思い出し、その言葉にあまりにも嫌悪を感じると、自身を罵倒しなければならないと嘲笑した。
だが今の彼が口にする言葉は、その声は、優しい音色を含み彼自身を幸福にさせる言葉。
それは、この瞬間彼が愛している唯一のものが腕の中にあったからだ。
魂が求めて止まなかった愛し人。
この世で欲しかったたった一人の人。そんな人を抱いているからこの鼓動は起こるのだ。
もし今この瞬間、時を止めることが出来るなら止めてしまいたい。
今夜が身も心も解き放つ夜だとすれば、その夜が永遠に続いて欲しい。
そして出会ってから今日までの日を振り返ることが出来るなら、何を一番に思う?
それは、何度も何度も頭に浮かんだ、さよならと告げられたあの夜。
晴れた午後がいつしか雨雲に覆われ、ザアザアと激しく降る雨となった夜。
世界の全てがどうでもいいと思ったあの雨の夜。
そんな中、感情の全てを剥き出しにし、放った言葉のひとつひとつが思い出されていた。
一人の男として見たことがあるか_。
全てを取っ払って、ただの男として見たことが一度だってあるか_。
高揚していた胸の高まりは、届けられたはずの想いは、雨と共に流されて行った。
そこから先は、ありもしない暗い迷路に自ら滑り込み、そして地の底へと堕ちていった。
人生は虚無だけがあり、後悔も満足もない。やがて好きだった女への憎しみを覚え、そしてそれが渇望へと変わっていた。
どうしても忘れられず、引き寄せられてしまったのは、やはり運命。そして手に入れた女性。今は、ひざまずいて近寄りたいほどの愛しさが溢れ、予想を超す力で、気持ちが彼女に縛り付けられていくのが感じられる。
それは、あの頃以上に彼女を愛しているからだ。
そして愛されていると知ったからだ。
決められていたレールの上を走るのを辞めた男の遅すぎた恋かもしれない。だが、それでも掴んだその手を二度と離したくない。
今ならふたり疑うことなくひとつになれるはずだ。
何を疑うことがないのかと聞かれれば、それは互いを想う気持ちはあの頃と変わらないということだ。
幾度季節が廻ろうと、どれほどの時が流れようと、あの頃の想いは変わらない。
そしてこうしてこのまま、ただ抱きしめていたい。
そう思えど、身体は正直なもので、スラックスの中の、自分の性器がどういう状態であるか確かめなくとも分かっている。
血が騒ぐといえば大袈裟かもしれないが、胸の中がざわめくのが抑えられなかった。
司はつくしの目だけを見て、その思いを伝えた。
おまえが欲しいと。
おまえを抱きたいと。
そして愛したいと。
だが無理矢理抱くことはしたくない。
今まで、無理矢理犯す強姦のかたちをとっていた。肉体だけを弄び、突き立て、それを愉しんでいた。彼女への感情は、男が女に抱く感情以上のものを含んでおり、自分を捨てた女を支配することの楽しさを感じていたこともあった。
復讐心の強さだけがあった山荘での性交。そして、そこにいたのは大きな過ちに気付かず、何を目にしても真実など知ろうともしなかった男がいた。父親と同じ、自分以外の人間を相手にするとき、必ずと言っていいほど心の中に湧き上がる傲慢さを持ち、狩りに失敗したことがない獣の冷淡さを持つ男。それは、今まで誰にも自分の獲物を奪われたことがない、逆に他人の物を奪い取って、栄養としていく獣だ。それが財閥の姿であり司の姿だった。
本当なら、もっと言葉を重ね、時間を重ねるべきだ。
そして傷ついたその身体を労わってやることが必要なはずだ。
だがどうしても、今夜、彼女が欲しい。
この身体を使い、愛を伝えたい。
言葉はなくとも、互いの心の中は、見えている。
この瞬間、二人の心にあるのは同じ思い。それは互いの愛を相手に伝えたいといった思い。
今の司は、あの時と同じ、全てを取っ払って、かつて二人の間にあった幸福な時間ともいえるあの数ヶ月の何分の一でもいいから欲しかった。
そしてその想いは、ようやく叶えられようとしていた。
重ね合わせた唇に、愛の言葉は乗せられていたのだから。
遠い昔の初恋は、たった今、司の腕に大切に抱かれベッドルームへ運ばれた。
「・・まきの・・俺は・・おまえが・・おまえを愛させてくれ・・」
「・・道明寺の胸に触れたい・・触れさせてくれる?」
共に口から出た言葉がおかしく、今更だろといった顔した司。
10年前、彼の世界に思いもよらぬ形で侵入してきた少女の面影を残す女性の顔は、少し恥ずかしそうにほほ笑んだ。
だがあの頃と違い大人になったそのほほ笑みは、かつて童顔だと思われていた顔を年相応に見せた。そして未だどこか成熟しきれてない少女の雰囲気がある、そんな彼女の無垢を容赦なく奪ったのは司だ。優しく愛されるべき女性を無理矢理犯した。
自由を奪い、縛りつけ、奪った。
それはまるで己の人生がそうであるのと同じように自由を奪った。
だが二人の止まったままの時を、止ったままの時計を動かしたい。
触れたいと言った胸のシャツのボタンを外す行為を彼女にして欲しい。
その指先がシャツを滑る姿が見たい。
少しくらいの我儘なら許されるはずだ。
司は少し意地悪な目でつくしを見た。
「・・おまえが外してくれないか?」
既にネクタイは外され、一番上のボタンは外されていた。
離れていたつくしの顔が近づき、25センチ下に見えるつむじと、細い指が上から2番目のボタンにかけられ、ゆっくりと外された。そして次のボタンへと進み、やがてシャツを滑る指先は、スラックスに押し込まれた場所まで辿りつく。
だが、はだけたシャツから覗く、見事に割れた腹筋に、指先はそれ以上進めないと戸惑っていた。
「・・ボタンはまだあるぞ?」
とは言え、それ以上進む勇気がないようだ。
そんな態度に今更だろ、の思いがあるが、これまで行われた行為は、決して合意の上ではなかった行為。それは、愛し合ったものではなく、性による暴力。男の一方的な交わり。
自分自身が許せなかった。だが、そんな疚(やま)しさを抱えた男を受け入れてくれる女は、司にとって何よりも大切な女性だ。
司は、動きを止めた指を掴み、ゆっくりと持ち上げ、口に含んだ。
驚いて逃げようとする指を歯で掴まえ、唇で包み込み、湿った舌で舐め、しゃぶった。
そして愛おしそうにきつく吸った。やがてその行為は5本の指全てに行われ、それは、獣が捕らえた獲物を、どこから喰らおうかといった姿に似ていた。
秀麗な男が女の指を咥えるといった姿を見た人間がいるとすれば、それはつくしが初めてのはずだ。視線はつくしをじっと見据え、指先を愛おしげにしゃぶる姿は妖艶で、身体中の全神経がその指先に集まり、疼きを感じられた。
攻撃的で破滅的な美しさを持つ男。
その気になれば、どんな美女も手に入る男。
富も名声も併せ持つ男。
そんな男が、たったひとつだけ手に入らなかったのは、今彼が愛おしそうに舐める指を持つ女性。司にとっての特別な人は、その指先まで愛おしいのだ。
そして、特別な人から愛された人間は、愛を返すことを知った。
それは愛する人の想いを知ったからだ。
もう決して一人にはならないと知ったからだ。
彼は彼女無く生きていくことは出来ない。
孤独の影は10年間司に付き纏っていたが、今はもう、その影は消えた。
司に吸われ、湿った指は戻ってきたが、つくしの女の部分は濡らされていた。
何度抱かれても、自らが濡れたことなどなかった女の身体。だが、今は自身の内側が熱を持ち、目の前にいる男を欲していた。
スーツの上を脱いだ男は、途中まで外されたワイシャツの最後のボタンを外し、自ら全てを脱ぎ捨てた。
そして、裸になった男の手は、女のカーディガンを床に落とし、ワンピースのファスナーを下ろし、足元に落とした。それからスリップになった女を、切れ長の目で見つめた。
本当にいいのか、と。
その問いに、潤んだ目で返されたのは、スリップの両肩紐を落し、下着も取った姿。
つくしは、戸惑うことなく司の目に裸体を晒した。
丸みのある可愛らしい乳房がツンと上を向き、誇らしげに司を見たが、肌は入院生活の間、陽射しに触れなかった人間の独特の白さがあった。そして身体に残る銃弾による傷が痛々しかった。
司はつくしをベッドに横にならせ、自分も乗り上げた。
初めて抱いたとき、腹部に残る手術の傷痕には気づかなかったが、よく見れば薄く色が残る箇所があった。そこに向かって降ろされた唇は、愛おしげにキスをし、舐めた。
そしてまだ生々しく残る傷痕に唇を落し、優しくキスをした。
「・・つかさ・・」
ベッドで初めて呼ばれた名前。そして彼に向かって伸ばされた細い腕。
司は、つくしの胸に覆いかぶさったが、自分の体重で押しつぶすことがないようにと気遣った。
優しくしたい。苦痛を与えたくない。
本来なら女のはじめては、優しくしなければならなかった。
だが闇の底に暮らしていた男は、彼女のはじめてを、苦痛を与えるだけに変えてしまった。
司は女を抱いて切なさなど感じたことはなかった。だが今、それを感じていた。
身体の傷はやがて消える日が来る。もしそうでなければ、傷痕を消す手術もある。
だが、心に付けられた傷は消えることはない。
だが彼女は言った。
許すと。
過ぎたことを気にしても仕方がないと。
最悪の道明寺はもういないんでしょ?と。
司の唇は、もう二度と彼女を貶めるような言葉を口にすることはない。
その手も身体も、もう二度と彼女を傷つけることはない。
そして、愛のないセックスは、もう必要ない。
だがその代わり、彼女を全身全霊で愛することは出来る。
「・・あっ・・・」
喉の渇きを潤したい。
スラックスの中で、とどめていた生き物は、はっきりとした意思持ち彼女を欲しがった。
だが今夜は、彼女に快楽の忘我を味合わせることが目的だ。そして彼女を喜ばせたかった。
司が繰り返して来た行為は、男のエゴ。本来なら彼女にそれを押し付けることは、するべきではなかった。と、思えど、彼女に手を触れないでいることは出来ないのだから、なすべきことは決まっていた。
歓びだけを、本来ならそれだけを受け取るべき身体を愛したい。
体温の高い男は、白い身体が徐々に赤味を増していく姿を愉しんだ。
決して押しつぶさないようにと、だが確実に身体を固定するように、閉じられていた脚の間に身体を置き、唇を重ね、その首に舌を這わせた。そして、抱え込まれるように掴まれた頭を徐々に下げた。肩を甘噛みし、唇でなぞり、やがて舌が左右の胸の頂きをなぶり、唇が含み、吸った。そして噛んだ。
「はっ・・あっ・・ん・・」
途端、女の身体を震わせる波がおき、その波は下半身へと伝わった。
そして白い乳房を食べ、頭をゆっくりと下へ動かし、両手は柔らかく曲線を描く身体をゆっくり下へと這った。尖らせた舌先で、臍を舐め、そしてまろやかな丸みを持つ臀部を掴み引き寄せた。両ひざの裏に手をかけ、脚を大きく開かせ膝を曲げ、胸元まで持ち上げ隠されていた全てをさらけ出す。
「ああっ!!・・ダメっ・・!!そんなこと・・っ!!」
司はその声を聞きながら、何も言わなかった。
唇がつくしの下半身の一番柔らかい場所を味わっていたからだ。
その場所は、彼自身を何度も包み込んだ柔らかい襞がある温もり。
大切に守るべき果実が実り、それがわずかな舌の動きにも反応すると、震えながら甘い蜜を流す場所。そして女らしい濃厚な香りがする場所。
その場所を、巧妙に舌をくねらせながら、じっくりと味わった。
「やぁ・・ああっ・・ああっ!」
過去にもその場所に口づけたことがある。だがそれは、やさしさの欠片もない、女を煽るだけの野蛮な行為。よじる身体を、腰を押さえつけ凌辱ともいえる行為。
だが今は違う。春の雨が草木を芽吹かせるように、その場所にある花芽を咲かせたい。
そして子供を産むことが出来ないかもしれないと言ったつくしを慰め、癒したい。
そんな思いから指で寛げ、蜜が溢れる芯をなめまわし、吸い上げ、敏感な突起を転がした。
「・・あ・・んっ・・あっ!!・・だめぇ・・」
駄目だと上がる声が、司に何をして欲しいとは言わなくとも、彼には分かる。
決してそれが過去の女との経験のせいではない。
他の女にそんなことをしたことはない。
だが、彼女には、牧野つくしには望んで求めていた。
彼女の全てが欲しい。
世界で一番欲しい人。
もっとその声が聞きたい。
そして彼女が快楽に震える姿が司に歓びを与えていた。
舌はその声を上げさせるために、さらに強く動く。
「ああっ!!・・や・・ダメ・・・やっ・・つか・・!!」
あの頃、こうして抱き合う夢を見たことがあった。
それは少年の夢想とでも言えばいいだろう。
だが、初心な彼女を無理矢理抱くことが出来るはずもなく、ただ手を握るだけでも良かった。
重ねた手の温もりと、その小ささに守るべき人は彼女だと知った時でもあった。
そしてぎこちなく、寄せられた唇が嬉しかった。
青いと言われた二人の恋。
遠回りしたが、もう決して離れることはない。
芯から溢れてくる蜜をさらに味わおうと、2本の指を差し入れ、きつく絞められる感触を楽しみ、敏感な突起を吸い上げた。
「・・・・っ・・ああっん・・ああん・・ああっ!!」
「・・欲しいか?」
下半身から聞こえた声は、羞恥に赤く染まった女の顔をさらに赤くした。
口をつく呼吸は、喘ぎとなり、返事にはならなかった。
「・・つくし・・・俺が欲しいか?」
本来の機能を果たしたいと待つ高まりは、彼女の中に入りたがっていた。
返事は無いが、荒い息遣いと見つめる目が訴えていることは、ひとつだけ。
あの頃と変わらず初心な女は、言葉にして出すことを躊躇っていた。
だが、男を駆り立てる仕草はなくとも、その目が、その口が、そして彼女の全てが伝えていた。
あんたが欲しいと。
目の前で艶めかしく濡れ、男を誘う香りが立ち昇るその場所が、先ほどまで舌で味わった甘美な場所を、欲しいと求める己の分身が、ほんの少しだけでもと先を急ぐ。
だが今夜は己の欲望のためでなく、彼女に最大の歓びを与えたい。
「・・つかさ・・」
やがて小さな声が遠慮がちに名前を呼ぶ。
「・・おねがい・・司が・・欲しい・・」
今まで抱いたどの女も口にしたその言葉。
女にしてみれば、金があり、地位があり、美貌があればそれでいい。求めるのはそれだけで、心を求められた訳ではない。その言葉通り望むものを与えることをしたが、それは動物的行為で男の生理を解消するだけの行為。
性を結合するだけの関係は誰でもよかった。
だが、心を繋ぎ合わせることは簡単ではない。
司の心を掴んで離さなかった少女。
だが今はひとりの大人の女性。
その女性が欲しいと言っていた。
その表情は心からの想い。
心から好きな人と結ばれる人間は、世界中でどれだけいるのか?
胸が締め付けられた。こうして抱き合うことを夢見ていた。
「・・・俺を・・・俺を全部・・やるよ・・」
二人の時はこれから始まる。
あの日、一度は終わった関係は、これからまた始まる。
首に回された細い腕は彼の身体を抱き寄せた。
既に何度も繰り返された行為だが、こうして強く求められるのは初めてのこと。
司は自身の先端が、まるで意志を持ったようにその場所を求めているのを感じていた。
だが呻きたくなる声を抑え、脚をさらに広げ抱え上げると、先端を深くうずめた。
「ああっ!!」
ぐっと締め付けられたが、暫く動かず彼女に呼吸をさせ、じっと見つめていた。
身勝手に奪ったことを思い出し、あの時彼女の顔に現れた悲痛を思い出し、苦しい息づかいをコントロールし、動き出すことをしなかった。
「・・あのときのこと・・許してくれるのか?」
再び聞かずにはいられなかった。許すとは言われたが、それでも無理矢理奪ったことへの後悔はある。
「・・愛してる・・道明寺・・だから道明寺は・・道明寺でいてくれたらいい・・」
囁かれた言葉が自分らしく生きればいいと言っていた。
それは司の顔に浮かんだ、苦悩を感じてのことなのか、それともまた別の意味なのか。
だが今はどちらにしても、彼女の瞳はもう何も言わないで愛してくれたらいい。太陽の輝きにも似た黒い大きな瞳は、そう言っているように思えた。
司は慎重にゆっくりと動きだし、やがて腰を勢いよく打ちつけ始めた。
息を荒げ、キスを繰り返しながら二人だけが訪れることが出来る世界へ向けて。
だがそれは欲望ではなく、愛のため。彼女の中に愛を注ぎたい。ただその想いだけ。
そして彼女に歓びを与えるためだけに。
「・・・あっ・・ああ・・・・あ・・」
肩をつかむ指が食い込んだ。
強く、決して離さないと。
歓びを与えようとした男は、逆に彼女から歓びを与えられていた。
深く突くたび、もう離したくないと襞が司自身を咥えこみ離そうとしない。
「・・く・・・つくし・・」
これは夢ではなく現実。
心も身体も全てをさらけ出し、互いの汗が混じり合い、唾液も体液も全てが混じり合いひとつになる。二人して溶け合ってしまってもいいとさえ思えるほどの甘美な拷問。司はいっそう激しく突き始めた。
「・・・愛してる!・・つくし・・・おまえに・・会えて・・よかった・・」
激しい息遣いの中、放った言葉は、自分を求めてくれる、ただの男として求めてくれる女性に向けた感謝の言葉。そして、そんな女性に再び巡り合えたことを神に感謝していた。
かつて自分を捨てたと女を憎み、激しい執着心を持っていた男は、自分の中に閉じ込めていたあの頃の少年と出会っていた。
司の10年は、失意と孤独に囲まれ暗闇に暮らしたが、どんなに時が経とうが変わらぬものはただひとつ。
牧野つくしだけを愛していたこと。
彼女以外欲しくなかったこと。
そして、彼女も他の誰も愛さなかったこと。
身も心も解き放つ夜といったものを感じたのは、はじめてだ。
今なら長い間、分からなかったことも全てが分かる。
自分に死が訪れるときまで、付き合わなければならない押し付けられた運命は必要ない。
降りしきる雨のなか、なすすべもなく立ち尽くしていた男の10年は、今夜終わった。

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未成年者の方、もしくは、そのようなお話しが苦手な方はお控え下さい。
息を止め抱きしめる。
それがこの瞬間の正しい行いに思えていた。
司は自分の心臓の鼓動が早く打つのに驚き軽く笑った。今まで何度抱いてもそうはならなかった己の胸。だが胸に押し当てられた彼女の温もりが、たったそれだけのことだと言うのに、そんなひどく単純な行為が鼓動を早めていた。
これまでの人生の中、ビジネスに於いてどんな状況に置かれようが、心臓が鼓動を早めたことなどなかった。今、彼が感じているそれは、単なる胸の筋肉の収縮ではない。この胸の鼓動は、心の中の気持ちの表れ。少年時代に感じた魂の緊張。そして、そうさせるのは彼女だけ。彼を心底怯えさせることが出来るのも、その魂を揺さぶることが出来るのも彼女だけ。
魂などないと思われていた男でも、心の奥底にはガラスケースに入れられた魂があり、注意深く封印されてはいたが、本音を吐露し続けていた。
淋しいと_。
淋しさで狂ってしまいそうだと_。
だがこの10年、鋼のような心だと言われていた男は、その鋼を刃物とし、他人を傷つけた。
司の人生の言葉に愛といった言葉はなく、棘を含んだ口調に他人を敬う言葉もなく、聞く者を冷たい気持ちにさせる言葉ばかりだった。そして、彼女に言った言葉の数々を思い出し、その言葉にあまりにも嫌悪を感じると、自身を罵倒しなければならないと嘲笑した。
だが今の彼が口にする言葉は、その声は、優しい音色を含み彼自身を幸福にさせる言葉。
それは、この瞬間彼が愛している唯一のものが腕の中にあったからだ。
魂が求めて止まなかった愛し人。
この世で欲しかったたった一人の人。そんな人を抱いているからこの鼓動は起こるのだ。
もし今この瞬間、時を止めることが出来るなら止めてしまいたい。
今夜が身も心も解き放つ夜だとすれば、その夜が永遠に続いて欲しい。
そして出会ってから今日までの日を振り返ることが出来るなら、何を一番に思う?
それは、何度も何度も頭に浮かんだ、さよならと告げられたあの夜。
晴れた午後がいつしか雨雲に覆われ、ザアザアと激しく降る雨となった夜。
世界の全てがどうでもいいと思ったあの雨の夜。
そんな中、感情の全てを剥き出しにし、放った言葉のひとつひとつが思い出されていた。
一人の男として見たことがあるか_。
全てを取っ払って、ただの男として見たことが一度だってあるか_。
高揚していた胸の高まりは、届けられたはずの想いは、雨と共に流されて行った。
そこから先は、ありもしない暗い迷路に自ら滑り込み、そして地の底へと堕ちていった。
人生は虚無だけがあり、後悔も満足もない。やがて好きだった女への憎しみを覚え、そしてそれが渇望へと変わっていた。
どうしても忘れられず、引き寄せられてしまったのは、やはり運命。そして手に入れた女性。今は、ひざまずいて近寄りたいほどの愛しさが溢れ、予想を超す力で、気持ちが彼女に縛り付けられていくのが感じられる。
それは、あの頃以上に彼女を愛しているからだ。
そして愛されていると知ったからだ。
決められていたレールの上を走るのを辞めた男の遅すぎた恋かもしれない。だが、それでも掴んだその手を二度と離したくない。
今ならふたり疑うことなくひとつになれるはずだ。
何を疑うことがないのかと聞かれれば、それは互いを想う気持ちはあの頃と変わらないということだ。
幾度季節が廻ろうと、どれほどの時が流れようと、あの頃の想いは変わらない。
そしてこうしてこのまま、ただ抱きしめていたい。
そう思えど、身体は正直なもので、スラックスの中の、自分の性器がどういう状態であるか確かめなくとも分かっている。
血が騒ぐといえば大袈裟かもしれないが、胸の中がざわめくのが抑えられなかった。
司はつくしの目だけを見て、その思いを伝えた。
おまえが欲しいと。
おまえを抱きたいと。
そして愛したいと。
だが無理矢理抱くことはしたくない。
今まで、無理矢理犯す強姦のかたちをとっていた。肉体だけを弄び、突き立て、それを愉しんでいた。彼女への感情は、男が女に抱く感情以上のものを含んでおり、自分を捨てた女を支配することの楽しさを感じていたこともあった。
復讐心の強さだけがあった山荘での性交。そして、そこにいたのは大きな過ちに気付かず、何を目にしても真実など知ろうともしなかった男がいた。父親と同じ、自分以外の人間を相手にするとき、必ずと言っていいほど心の中に湧き上がる傲慢さを持ち、狩りに失敗したことがない獣の冷淡さを持つ男。それは、今まで誰にも自分の獲物を奪われたことがない、逆に他人の物を奪い取って、栄養としていく獣だ。それが財閥の姿であり司の姿だった。
本当なら、もっと言葉を重ね、時間を重ねるべきだ。
そして傷ついたその身体を労わってやることが必要なはずだ。
だがどうしても、今夜、彼女が欲しい。
この身体を使い、愛を伝えたい。
言葉はなくとも、互いの心の中は、見えている。
この瞬間、二人の心にあるのは同じ思い。それは互いの愛を相手に伝えたいといった思い。
今の司は、あの時と同じ、全てを取っ払って、かつて二人の間にあった幸福な時間ともいえるあの数ヶ月の何分の一でもいいから欲しかった。
そしてその想いは、ようやく叶えられようとしていた。
重ね合わせた唇に、愛の言葉は乗せられていたのだから。
遠い昔の初恋は、たった今、司の腕に大切に抱かれベッドルームへ運ばれた。
「・・まきの・・俺は・・おまえが・・おまえを愛させてくれ・・」
「・・道明寺の胸に触れたい・・触れさせてくれる?」
共に口から出た言葉がおかしく、今更だろといった顔した司。
10年前、彼の世界に思いもよらぬ形で侵入してきた少女の面影を残す女性の顔は、少し恥ずかしそうにほほ笑んだ。
だがあの頃と違い大人になったそのほほ笑みは、かつて童顔だと思われていた顔を年相応に見せた。そして未だどこか成熟しきれてない少女の雰囲気がある、そんな彼女の無垢を容赦なく奪ったのは司だ。優しく愛されるべき女性を無理矢理犯した。
自由を奪い、縛りつけ、奪った。
それはまるで己の人生がそうであるのと同じように自由を奪った。
だが二人の止まったままの時を、止ったままの時計を動かしたい。
触れたいと言った胸のシャツのボタンを外す行為を彼女にして欲しい。
その指先がシャツを滑る姿が見たい。
少しくらいの我儘なら許されるはずだ。
司は少し意地悪な目でつくしを見た。
「・・おまえが外してくれないか?」
既にネクタイは外され、一番上のボタンは外されていた。
離れていたつくしの顔が近づき、25センチ下に見えるつむじと、細い指が上から2番目のボタンにかけられ、ゆっくりと外された。そして次のボタンへと進み、やがてシャツを滑る指先は、スラックスに押し込まれた場所まで辿りつく。
だが、はだけたシャツから覗く、見事に割れた腹筋に、指先はそれ以上進めないと戸惑っていた。
「・・ボタンはまだあるぞ?」
とは言え、それ以上進む勇気がないようだ。
そんな態度に今更だろ、の思いがあるが、これまで行われた行為は、決して合意の上ではなかった行為。それは、愛し合ったものではなく、性による暴力。男の一方的な交わり。
自分自身が許せなかった。だが、そんな疚(やま)しさを抱えた男を受け入れてくれる女は、司にとって何よりも大切な女性だ。
司は、動きを止めた指を掴み、ゆっくりと持ち上げ、口に含んだ。
驚いて逃げようとする指を歯で掴まえ、唇で包み込み、湿った舌で舐め、しゃぶった。
そして愛おしそうにきつく吸った。やがてその行為は5本の指全てに行われ、それは、獣が捕らえた獲物を、どこから喰らおうかといった姿に似ていた。
秀麗な男が女の指を咥えるといった姿を見た人間がいるとすれば、それはつくしが初めてのはずだ。視線はつくしをじっと見据え、指先を愛おしげにしゃぶる姿は妖艶で、身体中の全神経がその指先に集まり、疼きを感じられた。
攻撃的で破滅的な美しさを持つ男。
その気になれば、どんな美女も手に入る男。
富も名声も併せ持つ男。
そんな男が、たったひとつだけ手に入らなかったのは、今彼が愛おしそうに舐める指を持つ女性。司にとっての特別な人は、その指先まで愛おしいのだ。
そして、特別な人から愛された人間は、愛を返すことを知った。
それは愛する人の想いを知ったからだ。
もう決して一人にはならないと知ったからだ。
彼は彼女無く生きていくことは出来ない。
孤独の影は10年間司に付き纏っていたが、今はもう、その影は消えた。
司に吸われ、湿った指は戻ってきたが、つくしの女の部分は濡らされていた。
何度抱かれても、自らが濡れたことなどなかった女の身体。だが、今は自身の内側が熱を持ち、目の前にいる男を欲していた。
スーツの上を脱いだ男は、途中まで外されたワイシャツの最後のボタンを外し、自ら全てを脱ぎ捨てた。
そして、裸になった男の手は、女のカーディガンを床に落とし、ワンピースのファスナーを下ろし、足元に落とした。それからスリップになった女を、切れ長の目で見つめた。
本当にいいのか、と。
その問いに、潤んだ目で返されたのは、スリップの両肩紐を落し、下着も取った姿。
つくしは、戸惑うことなく司の目に裸体を晒した。
丸みのある可愛らしい乳房がツンと上を向き、誇らしげに司を見たが、肌は入院生活の間、陽射しに触れなかった人間の独特の白さがあった。そして身体に残る銃弾による傷が痛々しかった。
司はつくしをベッドに横にならせ、自分も乗り上げた。
初めて抱いたとき、腹部に残る手術の傷痕には気づかなかったが、よく見れば薄く色が残る箇所があった。そこに向かって降ろされた唇は、愛おしげにキスをし、舐めた。
そしてまだ生々しく残る傷痕に唇を落し、優しくキスをした。
「・・つかさ・・」
ベッドで初めて呼ばれた名前。そして彼に向かって伸ばされた細い腕。
司は、つくしの胸に覆いかぶさったが、自分の体重で押しつぶすことがないようにと気遣った。
優しくしたい。苦痛を与えたくない。
本来なら女のはじめては、優しくしなければならなかった。
だが闇の底に暮らしていた男は、彼女のはじめてを、苦痛を与えるだけに変えてしまった。
司は女を抱いて切なさなど感じたことはなかった。だが今、それを感じていた。
身体の傷はやがて消える日が来る。もしそうでなければ、傷痕を消す手術もある。
だが、心に付けられた傷は消えることはない。
だが彼女は言った。
許すと。
過ぎたことを気にしても仕方がないと。
最悪の道明寺はもういないんでしょ?と。
司の唇は、もう二度と彼女を貶めるような言葉を口にすることはない。
その手も身体も、もう二度と彼女を傷つけることはない。
そして、愛のないセックスは、もう必要ない。
だがその代わり、彼女を全身全霊で愛することは出来る。
「・・あっ・・・」
喉の渇きを潤したい。
スラックスの中で、とどめていた生き物は、はっきりとした意思持ち彼女を欲しがった。
だが今夜は、彼女に快楽の忘我を味合わせることが目的だ。そして彼女を喜ばせたかった。
司が繰り返して来た行為は、男のエゴ。本来なら彼女にそれを押し付けることは、するべきではなかった。と、思えど、彼女に手を触れないでいることは出来ないのだから、なすべきことは決まっていた。
歓びだけを、本来ならそれだけを受け取るべき身体を愛したい。
体温の高い男は、白い身体が徐々に赤味を増していく姿を愉しんだ。
決して押しつぶさないようにと、だが確実に身体を固定するように、閉じられていた脚の間に身体を置き、唇を重ね、その首に舌を這わせた。そして、抱え込まれるように掴まれた頭を徐々に下げた。肩を甘噛みし、唇でなぞり、やがて舌が左右の胸の頂きをなぶり、唇が含み、吸った。そして噛んだ。
「はっ・・あっ・・ん・・」
途端、女の身体を震わせる波がおき、その波は下半身へと伝わった。
そして白い乳房を食べ、頭をゆっくりと下へ動かし、両手は柔らかく曲線を描く身体をゆっくり下へと這った。尖らせた舌先で、臍を舐め、そしてまろやかな丸みを持つ臀部を掴み引き寄せた。両ひざの裏に手をかけ、脚を大きく開かせ膝を曲げ、胸元まで持ち上げ隠されていた全てをさらけ出す。
「ああっ!!・・ダメっ・・!!そんなこと・・っ!!」
司はその声を聞きながら、何も言わなかった。
唇がつくしの下半身の一番柔らかい場所を味わっていたからだ。
その場所は、彼自身を何度も包み込んだ柔らかい襞がある温もり。
大切に守るべき果実が実り、それがわずかな舌の動きにも反応すると、震えながら甘い蜜を流す場所。そして女らしい濃厚な香りがする場所。
その場所を、巧妙に舌をくねらせながら、じっくりと味わった。
「やぁ・・ああっ・・ああっ!」
過去にもその場所に口づけたことがある。だがそれは、やさしさの欠片もない、女を煽るだけの野蛮な行為。よじる身体を、腰を押さえつけ凌辱ともいえる行為。
だが今は違う。春の雨が草木を芽吹かせるように、その場所にある花芽を咲かせたい。
そして子供を産むことが出来ないかもしれないと言ったつくしを慰め、癒したい。
そんな思いから指で寛げ、蜜が溢れる芯をなめまわし、吸い上げ、敏感な突起を転がした。
「・・あ・・んっ・・あっ!!・・だめぇ・・」
駄目だと上がる声が、司に何をして欲しいとは言わなくとも、彼には分かる。
決してそれが過去の女との経験のせいではない。
他の女にそんなことをしたことはない。
だが、彼女には、牧野つくしには望んで求めていた。
彼女の全てが欲しい。
世界で一番欲しい人。
もっとその声が聞きたい。
そして彼女が快楽に震える姿が司に歓びを与えていた。
舌はその声を上げさせるために、さらに強く動く。
「ああっ!!・・や・・ダメ・・・やっ・・つか・・!!」
あの頃、こうして抱き合う夢を見たことがあった。
それは少年の夢想とでも言えばいいだろう。
だが、初心な彼女を無理矢理抱くことが出来るはずもなく、ただ手を握るだけでも良かった。
重ねた手の温もりと、その小ささに守るべき人は彼女だと知った時でもあった。
そしてぎこちなく、寄せられた唇が嬉しかった。
青いと言われた二人の恋。
遠回りしたが、もう決して離れることはない。
芯から溢れてくる蜜をさらに味わおうと、2本の指を差し入れ、きつく絞められる感触を楽しみ、敏感な突起を吸い上げた。
「・・・・っ・・ああっん・・ああん・・ああっ!!」
「・・欲しいか?」
下半身から聞こえた声は、羞恥に赤く染まった女の顔をさらに赤くした。
口をつく呼吸は、喘ぎとなり、返事にはならなかった。
「・・つくし・・・俺が欲しいか?」
本来の機能を果たしたいと待つ高まりは、彼女の中に入りたがっていた。
返事は無いが、荒い息遣いと見つめる目が訴えていることは、ひとつだけ。
あの頃と変わらず初心な女は、言葉にして出すことを躊躇っていた。
だが、男を駆り立てる仕草はなくとも、その目が、その口が、そして彼女の全てが伝えていた。
あんたが欲しいと。
目の前で艶めかしく濡れ、男を誘う香りが立ち昇るその場所が、先ほどまで舌で味わった甘美な場所を、欲しいと求める己の分身が、ほんの少しだけでもと先を急ぐ。
だが今夜は己の欲望のためでなく、彼女に最大の歓びを与えたい。
「・・つかさ・・」
やがて小さな声が遠慮がちに名前を呼ぶ。
「・・おねがい・・司が・・欲しい・・」
今まで抱いたどの女も口にしたその言葉。
女にしてみれば、金があり、地位があり、美貌があればそれでいい。求めるのはそれだけで、心を求められた訳ではない。その言葉通り望むものを与えることをしたが、それは動物的行為で男の生理を解消するだけの行為。
性を結合するだけの関係は誰でもよかった。
だが、心を繋ぎ合わせることは簡単ではない。
司の心を掴んで離さなかった少女。
だが今はひとりの大人の女性。
その女性が欲しいと言っていた。
その表情は心からの想い。
心から好きな人と結ばれる人間は、世界中でどれだけいるのか?
胸が締め付けられた。こうして抱き合うことを夢見ていた。
「・・・俺を・・・俺を全部・・やるよ・・」
二人の時はこれから始まる。
あの日、一度は終わった関係は、これからまた始まる。
首に回された細い腕は彼の身体を抱き寄せた。
既に何度も繰り返された行為だが、こうして強く求められるのは初めてのこと。
司は自身の先端が、まるで意志を持ったようにその場所を求めているのを感じていた。
だが呻きたくなる声を抑え、脚をさらに広げ抱え上げると、先端を深くうずめた。
「ああっ!!」
ぐっと締め付けられたが、暫く動かず彼女に呼吸をさせ、じっと見つめていた。
身勝手に奪ったことを思い出し、あの時彼女の顔に現れた悲痛を思い出し、苦しい息づかいをコントロールし、動き出すことをしなかった。
「・・あのときのこと・・許してくれるのか?」
再び聞かずにはいられなかった。許すとは言われたが、それでも無理矢理奪ったことへの後悔はある。
「・・愛してる・・道明寺・・だから道明寺は・・道明寺でいてくれたらいい・・」
囁かれた言葉が自分らしく生きればいいと言っていた。
それは司の顔に浮かんだ、苦悩を感じてのことなのか、それともまた別の意味なのか。
だが今はどちらにしても、彼女の瞳はもう何も言わないで愛してくれたらいい。太陽の輝きにも似た黒い大きな瞳は、そう言っているように思えた。
司は慎重にゆっくりと動きだし、やがて腰を勢いよく打ちつけ始めた。
息を荒げ、キスを繰り返しながら二人だけが訪れることが出来る世界へ向けて。
だがそれは欲望ではなく、愛のため。彼女の中に愛を注ぎたい。ただその想いだけ。
そして彼女に歓びを与えるためだけに。
「・・・あっ・・ああ・・・・あ・・」
肩をつかむ指が食い込んだ。
強く、決して離さないと。
歓びを与えようとした男は、逆に彼女から歓びを与えられていた。
深く突くたび、もう離したくないと襞が司自身を咥えこみ離そうとしない。
「・・く・・・つくし・・」
これは夢ではなく現実。
心も身体も全てをさらけ出し、互いの汗が混じり合い、唾液も体液も全てが混じり合いひとつになる。二人して溶け合ってしまってもいいとさえ思えるほどの甘美な拷問。司はいっそう激しく突き始めた。
「・・・愛してる!・・つくし・・・おまえに・・会えて・・よかった・・」
激しい息遣いの中、放った言葉は、自分を求めてくれる、ただの男として求めてくれる女性に向けた感謝の言葉。そして、そんな女性に再び巡り合えたことを神に感謝していた。
かつて自分を捨てたと女を憎み、激しい執着心を持っていた男は、自分の中に閉じ込めていたあの頃の少年と出会っていた。
司の10年は、失意と孤独に囲まれ暗闇に暮らしたが、どんなに時が経とうが変わらぬものはただひとつ。
牧野つくしだけを愛していたこと。
彼女以外欲しくなかったこと。
そして、彼女も他の誰も愛さなかったこと。
身も心も解き放つ夜といったものを感じたのは、はじめてだ。
今なら長い間、分からなかったことも全てが分かる。
自分に死が訪れるときまで、付き合わなければならない押し付けられた運命は必要ない。
降りしきる雨のなか、なすすべもなく立ち尽くしていた男の10年は、今夜終わった。

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二人っきりになった部屋は、空調が止ったように感じられたが、どちらかが動けばその空気はまた再び動き出すはずだ。
黙ったまま見つめ合う二人は、何を言えばいいのか迷っていた。
思えば二人がこんな風に見つめ合ったことがあっただろうか。
躊躇いながら言葉を選ぶような顔で、手を伸ばせば触れる場所にいるが、それでも簡単に手を伸ばすことが出来ない特別な空間。
そうだ。
こうなることは本当なら特別なことだったはずだ。
相手の身体を強引に奪うといった行為ではなく、大人になった二人には出会いの方法が他にあったはずだ。
だがNYで暮らしていた男は、自分の行為が当然だと思っていた。決められたレールの上を走る男は目に映るものが全てで、知らないことなどないと奢っていた。
求めていた愛が与えられなかった男の心は、10年間で崩れていく一方で、魂は地の底へ落ちた。そんな男は、今はただ身に覚えのある行為に、自分の方から口を開くのが躊躇われていた。
だが今夜はどうしても彼女の腕に抱かれ眠りたい。
それが性的な欲求なのか、心が求めるものなのか。
ただ抱きしめてもらいたいと思う反面欲しくてたまらないと思うのは、身勝手な思いなのだろうか。
だが何を考えたとしても、魂と身体が欲しがるのは目の前にいる女性だ。
17歳の高校生が恋をした。
聞えてくる声とその姿に恋をした。それが愛であり、目に見えない何かを求めていた男には憧れの存在だった。
屈折した思いとも言える言葉しか口にしなかった男の求めた女性は、他人に迷惑をかけないよう、目立たないよう学生生活を送る少女だった。
そんな少女を果たせぬ恋だと、叶わぬ恋だと思わず追いかけていたあの頃。それは短い夢だと言われれば、そうなのかもしれなかった。
そしてその夢のような世界に別れを告げ、別の世界で生きてきた。だがずっと憧れていた彼女がやっと傍に、これからはずっと傍にいてくれる。
過去に二人の間に起きたひとつひとつに気持ちを傾ける。
そこに見えたのは、コロコロと笑う笑顔の少女。
長い髪をなびかせ駆け抜ける姿を捕まえようと、駆け出したこともあった。
だがいつも捕まえることは出来なかった。
逃げ足が速く、気づけばいつも置いてけぼりを食っていた。だが振り返って向けられた笑顔を忘れることはなかった。眩しかった。暗闇に住む男にとってあの笑顔はどんな人工的な光りよりも眩しかった。心も身体も奪われた瞬間というのは、あの瞬間だった。そしてその時から始まった恋は今、目の前にある。
あの頃、司にだけ向けられていた輝いた笑顔が、今は大人の表情だとしても、瞼に浮かぶのはあの日。雨の日の別れの数時間前に過ごした風景。
透き通るような、それでいて眩しく感じられたあの日の風景。
きらきらと光る青春のひとコマとも言える若かったあの日。
その日々が今、彼の目の前に浮かんでいた。
あの日が帰らない幻の風景だとしても_。
「・・あの・・道明寺・・」
戸惑いながら先に口を開いたのは彼女の方だ。
その声の微かな変化も感じとれる自分がどれだけ彼女を愛しているか。
滑稽なほどだが、それが二人の距離が近づいたしるしだと分かっている。
何か言いたいのは感じた。
それなら彼女が喋る言葉を、聞き漏らすことがないよう、一言一句記憶の手帳に書き記したい気持ちがある。だがもしその唇から零れる言葉に迷いや否定があるなら言わないで欲しい。
「・・聞いて欲しいの・・」
どこか迷っているように語りかけてきた言葉が怖かった。
男と女が繰り返してきた行為が今は怖いと思えた。
彼女に出会うまでのそれは所詮欲にまみれた行為。意味をなさないただの交接。
だが今は違う。
彼女が欲しいが、苦痛しか与えてこなかった行為を歓びへと変えることが出来るのか?
それが怖かった。司にとってセックスは相手に快楽を与える行為ではなかったからだ。
ただ男の生理を満たすたけの行為だったからだ。
だが今は彼女のために何が出来るかを考えていた。
男として彼女を愛することが出来るかどうかと_。
世界的企業トップが、ゆらゆらと揺れる不安定な場所に立ち、身の置き所がないといった姿で考えを巡らす姿は、人間性が欠如していると言われた男にしては、さぞ滑稽だろう。
「・・ああ。どうした?気分が悪いのか?それなら横になるか?」
肉体の欲望を抑え、思わず唾を呑んだ司の喉仏が上下し、二人の視線は絡まり合った。
だがつくしは首を横に振った。
そして迷いながらも口を開いた。
「・・あたしね・・子供が・・産めないかもしれないの・・」
唐突に語り始めたその言葉。
司は一瞬何を話し始めたかと思ったが、つくしの顔は真剣だ。
そしてその表情は何かを決心していた。
「こんな話、してもいいのかわからないんだけど、話しておきたいの。・・いつだったか・・あたしに子供を産ませて道明寺の家を継がせるなんてこと言ってたでしょ?」
確かに言った。
それは自分元から離さない、逃がさないため。道明寺の家に縛り付けるための手段として子供を産ませると言った。
そしてつくしを嫌悪していた両親への復讐といった意味を込め、彼女に子供を産ませ、その子供を道明寺の跡継ぎにしてやると言った。
「・・あたし・・卵巣が片方無いの」
束の間の沈黙が流れ、司を見つめる目は真剣だった。
男である司でも分かる生殖機能についての話。
ゆっくりと語られるのは、言葉を選んでいるからだ。
「就職してから会社の健康診断で再検査の指示が出て、それで検査してもらったら片方の卵巣に腫瘍が出来ててね・・摘出しなきゃならなくなったの」
健康診断で要検査の指示が出たとき何かの間違いだと思った。
だが検査の結果、左側の卵巣に直径5センチの腫瘍が見つかり、手術で左側の卵巣を全摘出した。
そして手術後暫く、治療薬の副作用もあり体調が優れないこともあったが今はもう問題ない。だが、年に一度の検診は欠かしたことはない。
「先生は片方摘出しても妊娠しづらくなることはないけど、ハンディはあるって言われたの。それから片方に腫瘍が出来るともう片方にも再発する可能性があるって_」
立ち上った司はテーブルを回り、椅子に座ったまま見上げるつくしの腕を掴み、立ち上がらせた。彼の大きな手は、つくしの手を掴むと掌にキスをした。そして身体を抱きしめ、彼女の首の横に顔を埋め、コーヒーの混じった息で優しく囁いた。
「・・あれは、あの時の俺は・・おまえが欲しくて仕方が無かった。離したくなかった。・・逃がさねぇつもりで言った。だから子供を産ませて道明寺の家に、俺の傍に縛りつけてやるつもりだった・・」
彼女に対して後悔しなければならない言葉は沢山あると今更ながら気づく。
復讐だと言いながら、彼女が欲しくて欲しくて、誰にも触れさせない、渡さないと監禁した。
だが、それはかつて胸の中に抱きしめていた小さなウサギのぬいぐるみがそうであったと同じ。彼女の存在が、かけがえのないものだと心の中では気づいていたはずだ。にもかかわらず、気持ちも言葉も不要と、身体だけを貪る獣がいた。
「・・道明寺・・だからね・・あたしは・・。そんなあたしでも道明寺の傍にいてもいい?」
何を言いたいのか。だが言わんとすることは理解出来る。
子供が出来ないかもしれない女だが、それでも一緒にいてもいいか。そう言いたいのだ。
「俺はおまえに子供が出来ようが出来まいが関係ねぇよ・・」
本当に関係なかった。
彼女が傍にいてくれるならそれで良かった。
暗闇にいた自分を陽の光りの元へ連れ出してくれた、たった一人の人。
出会ったのは運命で必然のこと。
穢れきって堕落を楽しみ、地の底に堕ちた男が、やっと触れることが許された神聖なるもの。それが彼女だ。
「おまえは何もしなくていい。何も持ってなくてもいい。ただ俺の傍にいてくれたらそれでいい」
それはちっぽけな望み。
愛する人が傍にいてくれたら、それでいい。
だがそう言ったあと、司は慌てて言葉を継いだ。
「・・いや・・傍にいるだけじゃ駄目だな・・やっぱ・・」
その言葉に抱きしめていたつくしの身体がビクンと動く。
「おい、誤解すんじゃねぇぞ?」
と、司は慌てて否定し、彼女の肩に埋めていた顔を上げ、つくしを見た。
「・・俺はおまえに傍にいて欲しい。それは・・これから毎日俺と同じベッドで目覚めるってことだ」
同じベッドで目覚めること。
それは同じ夜を過ごすこと。
毎晩同じ夜を共に過ごしたい。彼の目はそう伝えていた。
「・・・道明寺・・」
見る見るうちに黒い大きな瞳が潤み、やがて大きな涙の粒がポタリと落ちた。
遠い昔雨に濡れた夜、あの日も同じような涙を流したはずだ。
そして今流れる涙が、司の目には『いいわ』と言っているように思えた。
「あたしも・・そのつもりだった。一緒に朝を迎えられたらと思っていた。でもあたしは・・」
唇を震わせながらの言葉。それは決して自分が何かした訳ではないが、病気になったことを悔やんでいる表情だ。
「くだらねぇこと言うな。おまえの身体がどうだろが関係ねぇ。おまえは子供を産む機械じゃねぇだろ?」
その言葉は司自身にも言えた。父親から自分の遺伝子を受け継ぐ子供を作れと言われ、おまえの存在意義は次の世代の子供を残すことだとはっきり言われた。
「・・言っとくが俺は執念深い。それに一度自分のものになったものは決して離さねぇ執着心の強い男だ。何しろ10年前に振られた女を未だに愛してる男だ。そんな男が一度好きになった女を手放すわけねぇだろうが」
それでもいいのか?司はそう言っていた。
そしてその問いかけに黙って頷き返し、司の胸に額を押し付けたつくしの姿があった。
司は『バカかおまえは?俺がどんだけおまえを愛してるか分かってねぇな』と、口にし、つくしの身体を抱きしめた。優しく、力強く。だが決して乱暴ではなく『愛してる』だけを繰り返しながら髪の毛を優しく撫でていた。
そんな司に『ありがとう・・』そう呟いたつくし。
胸板の上、押し付けられた顔は丁度心臓の真上。
触れた彼女の熱に、まだ何も知らなかった少年時代と同じように胸は早鐘を打っていた。
あの日、本当ならこうして抱きしめたかった。
雨に濡れた互いの身体に腕を回し、行かないでくれ。愛してるの言葉を唇に乗せたかった。
だが今、まさにあの日の思いが叶おうとしていた。
司はつくしの身体を抱き上げ、唇を重ねた。そして離してはまた重ねていた。
ただそれを繰り返す男。
言葉がなくても、互いの心の中は、それで充分見えていた。
抱いていいかとも、いいわとも言わなくても、重ね合わせた唇に、愛の言葉は乗せられていた。

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思えば二人がこんな風に見つめ合ったことがあっただろうか。
躊躇いながら言葉を選ぶような顔で、手を伸ばせば触れる場所にいるが、それでも簡単に手を伸ばすことが出来ない特別な空間。
そうだ。
こうなることは本当なら特別なことだったはずだ。
相手の身体を強引に奪うといった行為ではなく、大人になった二人には出会いの方法が他にあったはずだ。
だがNYで暮らしていた男は、自分の行為が当然だと思っていた。決められたレールの上を走る男は目に映るものが全てで、知らないことなどないと奢っていた。
求めていた愛が与えられなかった男の心は、10年間で崩れていく一方で、魂は地の底へ落ちた。そんな男は、今はただ身に覚えのある行為に、自分の方から口を開くのが躊躇われていた。
だが今夜はどうしても彼女の腕に抱かれ眠りたい。
それが性的な欲求なのか、心が求めるものなのか。
ただ抱きしめてもらいたいと思う反面欲しくてたまらないと思うのは、身勝手な思いなのだろうか。
だが何を考えたとしても、魂と身体が欲しがるのは目の前にいる女性だ。
17歳の高校生が恋をした。
聞えてくる声とその姿に恋をした。それが愛であり、目に見えない何かを求めていた男には憧れの存在だった。
屈折した思いとも言える言葉しか口にしなかった男の求めた女性は、他人に迷惑をかけないよう、目立たないよう学生生活を送る少女だった。
そんな少女を果たせぬ恋だと、叶わぬ恋だと思わず追いかけていたあの頃。それは短い夢だと言われれば、そうなのかもしれなかった。
そしてその夢のような世界に別れを告げ、別の世界で生きてきた。だがずっと憧れていた彼女がやっと傍に、これからはずっと傍にいてくれる。
過去に二人の間に起きたひとつひとつに気持ちを傾ける。
そこに見えたのは、コロコロと笑う笑顔の少女。
長い髪をなびかせ駆け抜ける姿を捕まえようと、駆け出したこともあった。
だがいつも捕まえることは出来なかった。
逃げ足が速く、気づけばいつも置いてけぼりを食っていた。だが振り返って向けられた笑顔を忘れることはなかった。眩しかった。暗闇に住む男にとってあの笑顔はどんな人工的な光りよりも眩しかった。心も身体も奪われた瞬間というのは、あの瞬間だった。そしてその時から始まった恋は今、目の前にある。
あの頃、司にだけ向けられていた輝いた笑顔が、今は大人の表情だとしても、瞼に浮かぶのはあの日。雨の日の別れの数時間前に過ごした風景。
透き通るような、それでいて眩しく感じられたあの日の風景。
きらきらと光る青春のひとコマとも言える若かったあの日。
その日々が今、彼の目の前に浮かんでいた。
あの日が帰らない幻の風景だとしても_。
「・・あの・・道明寺・・」
戸惑いながら先に口を開いたのは彼女の方だ。
その声の微かな変化も感じとれる自分がどれだけ彼女を愛しているか。
滑稽なほどだが、それが二人の距離が近づいたしるしだと分かっている。
何か言いたいのは感じた。
それなら彼女が喋る言葉を、聞き漏らすことがないよう、一言一句記憶の手帳に書き記したい気持ちがある。だがもしその唇から零れる言葉に迷いや否定があるなら言わないで欲しい。
「・・聞いて欲しいの・・」
どこか迷っているように語りかけてきた言葉が怖かった。
男と女が繰り返してきた行為が今は怖いと思えた。
彼女に出会うまでのそれは所詮欲にまみれた行為。意味をなさないただの交接。
だが今は違う。
彼女が欲しいが、苦痛しか与えてこなかった行為を歓びへと変えることが出来るのか?
それが怖かった。司にとってセックスは相手に快楽を与える行為ではなかったからだ。
ただ男の生理を満たすたけの行為だったからだ。
だが今は彼女のために何が出来るかを考えていた。
男として彼女を愛することが出来るかどうかと_。
世界的企業トップが、ゆらゆらと揺れる不安定な場所に立ち、身の置き所がないといった姿で考えを巡らす姿は、人間性が欠如していると言われた男にしては、さぞ滑稽だろう。
「・・ああ。どうした?気分が悪いのか?それなら横になるか?」
肉体の欲望を抑え、思わず唾を呑んだ司の喉仏が上下し、二人の視線は絡まり合った。
だがつくしは首を横に振った。
そして迷いながらも口を開いた。
「・・あたしね・・子供が・・産めないかもしれないの・・」
唐突に語り始めたその言葉。
司は一瞬何を話し始めたかと思ったが、つくしの顔は真剣だ。
そしてその表情は何かを決心していた。
「こんな話、してもいいのかわからないんだけど、話しておきたいの。・・いつだったか・・あたしに子供を産ませて道明寺の家を継がせるなんてこと言ってたでしょ?」
確かに言った。
それは自分元から離さない、逃がさないため。道明寺の家に縛り付けるための手段として子供を産ませると言った。
そしてつくしを嫌悪していた両親への復讐といった意味を込め、彼女に子供を産ませ、その子供を道明寺の跡継ぎにしてやると言った。
「・・あたし・・卵巣が片方無いの」
束の間の沈黙が流れ、司を見つめる目は真剣だった。
男である司でも分かる生殖機能についての話。
ゆっくりと語られるのは、言葉を選んでいるからだ。
「就職してから会社の健康診断で再検査の指示が出て、それで検査してもらったら片方の卵巣に腫瘍が出来ててね・・摘出しなきゃならなくなったの」
健康診断で要検査の指示が出たとき何かの間違いだと思った。
だが検査の結果、左側の卵巣に直径5センチの腫瘍が見つかり、手術で左側の卵巣を全摘出した。
そして手術後暫く、治療薬の副作用もあり体調が優れないこともあったが今はもう問題ない。だが、年に一度の検診は欠かしたことはない。
「先生は片方摘出しても妊娠しづらくなることはないけど、ハンディはあるって言われたの。それから片方に腫瘍が出来るともう片方にも再発する可能性があるって_」
立ち上った司はテーブルを回り、椅子に座ったまま見上げるつくしの腕を掴み、立ち上がらせた。彼の大きな手は、つくしの手を掴むと掌にキスをした。そして身体を抱きしめ、彼女の首の横に顔を埋め、コーヒーの混じった息で優しく囁いた。
「・・あれは、あの時の俺は・・おまえが欲しくて仕方が無かった。離したくなかった。・・逃がさねぇつもりで言った。だから子供を産ませて道明寺の家に、俺の傍に縛りつけてやるつもりだった・・」
彼女に対して後悔しなければならない言葉は沢山あると今更ながら気づく。
復讐だと言いながら、彼女が欲しくて欲しくて、誰にも触れさせない、渡さないと監禁した。
だが、それはかつて胸の中に抱きしめていた小さなウサギのぬいぐるみがそうであったと同じ。彼女の存在が、かけがえのないものだと心の中では気づいていたはずだ。にもかかわらず、気持ちも言葉も不要と、身体だけを貪る獣がいた。
「・・道明寺・・だからね・・あたしは・・。そんなあたしでも道明寺の傍にいてもいい?」
何を言いたいのか。だが言わんとすることは理解出来る。
子供が出来ないかもしれない女だが、それでも一緒にいてもいいか。そう言いたいのだ。
「俺はおまえに子供が出来ようが出来まいが関係ねぇよ・・」
本当に関係なかった。
彼女が傍にいてくれるならそれで良かった。
暗闇にいた自分を陽の光りの元へ連れ出してくれた、たった一人の人。
出会ったのは運命で必然のこと。
穢れきって堕落を楽しみ、地の底に堕ちた男が、やっと触れることが許された神聖なるもの。それが彼女だ。
「おまえは何もしなくていい。何も持ってなくてもいい。ただ俺の傍にいてくれたらそれでいい」
それはちっぽけな望み。
愛する人が傍にいてくれたら、それでいい。
だがそう言ったあと、司は慌てて言葉を継いだ。
「・・いや・・傍にいるだけじゃ駄目だな・・やっぱ・・」
その言葉に抱きしめていたつくしの身体がビクンと動く。
「おい、誤解すんじゃねぇぞ?」
と、司は慌てて否定し、彼女の肩に埋めていた顔を上げ、つくしを見た。
「・・俺はおまえに傍にいて欲しい。それは・・これから毎日俺と同じベッドで目覚めるってことだ」
同じベッドで目覚めること。
それは同じ夜を過ごすこと。
毎晩同じ夜を共に過ごしたい。彼の目はそう伝えていた。
「・・・道明寺・・」
見る見るうちに黒い大きな瞳が潤み、やがて大きな涙の粒がポタリと落ちた。
遠い昔雨に濡れた夜、あの日も同じような涙を流したはずだ。
そして今流れる涙が、司の目には『いいわ』と言っているように思えた。
「あたしも・・そのつもりだった。一緒に朝を迎えられたらと思っていた。でもあたしは・・」
唇を震わせながらの言葉。それは決して自分が何かした訳ではないが、病気になったことを悔やんでいる表情だ。
「くだらねぇこと言うな。おまえの身体がどうだろが関係ねぇ。おまえは子供を産む機械じゃねぇだろ?」
その言葉は司自身にも言えた。父親から自分の遺伝子を受け継ぐ子供を作れと言われ、おまえの存在意義は次の世代の子供を残すことだとはっきり言われた。
「・・言っとくが俺は執念深い。それに一度自分のものになったものは決して離さねぇ執着心の強い男だ。何しろ10年前に振られた女を未だに愛してる男だ。そんな男が一度好きになった女を手放すわけねぇだろうが」
それでもいいのか?司はそう言っていた。
そしてその問いかけに黙って頷き返し、司の胸に額を押し付けたつくしの姿があった。
司は『バカかおまえは?俺がどんだけおまえを愛してるか分かってねぇな』と、口にし、つくしの身体を抱きしめた。優しく、力強く。だが決して乱暴ではなく『愛してる』だけを繰り返しながら髪の毛を優しく撫でていた。
そんな司に『ありがとう・・』そう呟いたつくし。
胸板の上、押し付けられた顔は丁度心臓の真上。
触れた彼女の熱に、まだ何も知らなかった少年時代と同じように胸は早鐘を打っていた。
あの日、本当ならこうして抱きしめたかった。
雨に濡れた互いの身体に腕を回し、行かないでくれ。愛してるの言葉を唇に乗せたかった。
だが今、まさにあの日の思いが叶おうとしていた。
司はつくしの身体を抱き上げ、唇を重ねた。そして離してはまた重ねていた。
ただそれを繰り返す男。
言葉がなくても、互いの心の中は、それで充分見えていた。
抱いていいかとも、いいわとも言わなくても、重ね合わせた唇に、愛の言葉は乗せられていた。

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真っ白い冬は去り、晴れた春の午後。
通り過ぎる春風は外の景色を春色に変えていた。
司はリムジンの後部座席に乗り込むと、つくしと並んで座り手を握っていた。
すべてが自分のものだといった仕草は、病院を後にする瞬間から現れていた。
誰にも指一本触れさせないといった空気は、見送りに出た医師や看護師たちの誰もが感じることが出来た。もう二度と辛い思いはさせない。何があろうが彼女を守る。その意志は固かった。
その横顔は冷たく、エゴイスティックな美しさがあった。
もちろん、彼の顔は誰のもでもなく、彼だけのものだろう。だが、その顔が優しく微笑む相手がいるとすれば、それは優しく寄り添った女性だけ。
世界中を敵に回しても、彼女を守ってみせる。
そう思わせる牡の強さが感じられた。
退院する彼女に用意した洋服は、長袖のブルーのワンピース。そして揃いのカーディガン。
胸元には、やっと彼女の胸元に戻った土星を模ったネックレスがあった。
そのネックレスにそっと手を触れ、居場所を確認したのは贈り主である司。取り上げていたその輝きは、これからはずっと彼女の胸元を飾ってくれるはずだ。
物に価値を見出さないと言った女が、唯一大切にしていたジュエリーは、今の彼女には幼過ぎるデザインかもしれない。だが、その価値は永遠に変わることのない愛の証。たとえ別れても好きだったからこそ、つくしの手元にあったネックレスだ。もう決してその場所を離れることはないはずだ。
車が向かった先は、世田谷にある道明寺邸ではなく、病院にも会社にも近い高層マンション。財閥が所有するこの建物は、エントランスには警備員が常駐し、監視カメラもある。人の出入りは記録され、指紋認証を行わなければ中に入ることは出来ない仕組みだ。
そして、厳重な入居審査を受けた人間でなければ住む事が許されなかった。
それはプライバシーを守りたい多くの人間にとって、あって当然の審査だ。レポーターやパパラッチから身を守りたい。そう思う人間は多く、財閥が身元の確かな人間にしか居住を許さないことを歓迎していた。
NY時代、騒々しいレポーターから大声で投げかけられる質問の相手などしたことはない。
名誉棄損となる記事があったとしても、気に留めたことはない。だがつくしの場合そうはいかない。司と関わることで、彼女に興味を持たれることは避けたかった。
父親が訪れることがある世田谷の邸に住まわせることは、初めから考えていなかった。警備体制が万全だとしても、それは外部からの侵入に対してであり、内側から起こされるアクションについては想定外だ。たとえ邸が今は司のものであっても、貴の代からいる使用人の中には、司より貴の命令に従う者がいたとしてもおかしくはないからだ。
今思えば、邸の地下に監禁していた頃、もし父親があの邸を訪れたいたとすれば、と思えば恐怖さえ覚えていた。
何年経とうが軟化することのない父親のつくしに対する考え。
何がいったいそうさせるのか。USBメモリの件は別としても、そう思わずにはいられなかった。だがあの男に人間らしい感情があるとは思えず、道明寺のブランドを守るため、会長職を自ら退いた男はNYへ戻ったが、それで決着がついたとは思ってない。だからこそ、傍にいて守る必要があった。
少し痩せ、頬骨が目立つようになっていたつくし。
司と一緒に車を降り、最上階のフロアでエレベーターを降りた途端、嬉しそうな声に出迎えられた。
「つくし・・退院おめでとう・・あんた本当に元気になって良かったよ・・」
「タマさん!」
つくしは目の前に現れた老婆を前屈みになって抱きしめた。
見舞いに来てくれた病院で、ベッドに横になっていたときは気づかなかったが、タマは年と共に小さくなっていた。だが老婆も、自分を抱きしめる女性をしっかりと抱き返していた。
「タマさん・・どうしてここに?」
「どうもこうもないよ。坊っちゃんからあんたの世話を頼まれたんだよ・・さあさあ中へお入り。お腹が空いただろ?どうせ病院で出されるものなんて知れてるからね?あんたが好きそうなものを用意したから沢山お食べ」
まるで遠方からお腹を空かせて訪ねて来た孫を迎えるような言葉。
老婆にとって孫のような存在である司の愛する人は、彼女にとっても孫だ。
「それからつくし。きちんと体力をつけて、もう少し肉をつけて坊っちゃんが抱き甲斐のある身体になんな」
と、言われ、それは孫に対し言う言葉かとつくしは顔を赤らめた。
入院生活で痩せたことは否めなかったが、自分たちがそういった関係にあることを、あからさまに言われ恥ずかしかった。だがかつてタマは、子供を作って既成事実さえ出来れば大丈夫だからね。と言ったことがあった。
「ああ。タマの言う通りだ。おまえちょっと痩せすぎだ。もっと食って出るとこ出してもらった方が楽しめるからな」
おどけて言う秀麗な顔がニヤッと笑い、つくしの肩に腕をまわし、抱く手に力をこめた。
もちろん司の言葉は冗談だ。つくしは入院生活で痩せる前から痩せていた。
それは山荘での監禁生活がそうさせたことは分かっている。
司が無理矢理連れて行ったあの山荘。精神的な不安が身体の不調も招いたはずだ。
隔離された場所での異常ともいえる行為と不安が、体重が落ちる結果を招いたと分かっている。
例え許されたとしても、全てが司のせいだ。今は、その罪を押しとどめるため、深く息を吸い込み、冗談めかした口を開く。
「・・けど、おまえのその顔で胸がデカいってのもなんかアンバランスだな・・。牧野つくしで思い浮かべるのは胸のない女だろ?」
笑いを堪えるタマと顔を赤らめるつくし。
「そ、それもそうね・・でもあ、あたし今から沢山食べて・・太って・・太ってみせるからね!今度から牧野つくしっていえば、胸のデカい女だって代名詞になるくらい大きな胸になってみせるから!」
「そうだよ、つくし。沢山食べてグラマーになって坊っちゃんを悩殺してやんな。いいかい?坊っちゃんが他の女に見向きもしないようなスタイルになっておやり」
長い睫毛の男は、切れ長の目を細め、なんとも言いようがない表情を浮かべ、二人の会話を聞いていた。それは10年振りに、こうして会話が弾んだことが嬉しかった表れだ。他愛のない会話だが、そんな会話を交わすことのなかった男の心に、明るさを運んでくれる声をいつまでも聞いていたいと思っていた。どんな言葉でも、彼女の口を通せば心地よい音楽のように聞こえてしまうのは、長い間、その声を待ちわびていたからだ。
かつて生意気なことを言ったこともある口は、司の世界を変えてくれた。
言葉ひとつで人生が変わる。
愛する人からの言葉ひとつで・・・。
それを10年前、そして今も経験していた。
「タマ、もういいから早くメシ。食わせてやってくれ。・・こいつ昔と同じで腹減ってると機嫌が悪くなる一方だ」
タマがつくしの為に用意したのは、鯖の味噌煮がメインの和食。
豆腐やワカメの入った味噌汁に、蛸とキュウリやミョウガの酢の物。きんぴらごぼうと蓮根のはさみ揚げ。そしてほうれん草の白和えといったつくしが昔からよく食べていた料理。
それは家族で食卓を囲んで食べる家庭料理だ。そして梅干しとたくあんまで添えられていた。
入院していた特別室の食事は、厳選された素材に、一流の料理人が作っていたはずだ。
病院食と言えば、味など有って無いようなものが普通なだけに、確かに美味しかったが、フランス料理のフルコースのような料理より、食べ慣れた味の方がつくしの口には合っていた。この料理がタマの気遣いなのか、司の指示なのか。どちらにしても出された料理が、つくしは涙が出るほど嬉しかった。
それから1時間ほどして、つくしは食後に出されたコーヒーを飲んでいた。
司は相変わらずの小食なのか、つくしの食べっぷりを嬉しそうに眺めていただけで、彼に用意されていたのは、デザートの果物とコーヒーだけだった。
食事が終ると、タマは暫く名残惜しそうにしていたが、それではあたしはお邸に戻りますので、後は坊っちゃん頼みましたよ。と部屋を後にしたが、司にしてみれば当然だろ任せろと言わんばかりの態度がタマの笑いを誘っていた。
「坊っちゃん。つくしは退院したばかりなんですからね?あまり無理をさせないで下さいよ?いいですか?優しくしてあげるんですよ?」
まるで、これから起きることを知っていると言わんばかりのタマは、咎めるわけでもなく、つくしに顔を向けた。
「いいかい、つくし。あんたも嫌なら嫌だって言うんだよ?坊っちゃんの言いなりになる必要はないんだからね?・・だけどね、つくし。坊っちゃんほど惚れた女に一途で誠実な男なんていやしないんだよ?道を踏み外したことは仕方がないけど、それはもう済んだこと。あんたも女なら覚悟して受け入れてやっておくれ」
大きな声は年を取っても相変わらずだ。
かつて男女の始まりは子を成すこと。そんなことを平気で言っていた会話が思い出され、タマの言わんとしたことを理解したつくしは、真っ赤になり、嬉しそうに笑うタマの顔から司の秀麗な顔へと目を移した。
タマはじゃあまた来るよ。元気でやっておくれ。そう言い残し、玄関の扉が閉まる音が聞え、気まずい沈黙が今更のように二人の上に降り注いでいた。
まさに今更だ。だが何度も身体を重ねてはいても、それは歓びではなく、苦しみばかりを与えて来た。本気で嫌がっていた女の身体を蹂躙し、生暖かい欲望を放出する行為を繰り返していた。
だが、最後に抱いたとき背中に両腕を回され、包み込まれ、愛してるの言葉と流した涙が司の心の闇を溶かしていた。
あれからの二人は、全てが変わっていた。あの日、心の中に芽生えた彼女に対しての思いといったものが、やがて心の奥底から湧き上がってくる何かに取って変わっていた。一瞬の安らぎともいえたあの瞬間。それは、消して解けなかった二重螺旋のごとく絡み合っていた憎しみが消えた瞬間だった。
取って変わった何か。それはまさに人を愛する心。決して開かないと思われていた心の扉を開いたのは、あの頃と変わらない彼女の思い。
その思いを再び向けて欲しい。
「あの婆さん、相変らず食えねぇ婆さんだろ?」
司はゆったりと椅子にもたれ、口調は楽しそうだが、その目は真っ直ぐつくしの目を見つめていた。
彼がこの世で一番欲しい人。その人をじっと見つめていた。

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司はリムジンの後部座席に乗り込むと、つくしと並んで座り手を握っていた。
すべてが自分のものだといった仕草は、病院を後にする瞬間から現れていた。
誰にも指一本触れさせないといった空気は、見送りに出た医師や看護師たちの誰もが感じることが出来た。もう二度と辛い思いはさせない。何があろうが彼女を守る。その意志は固かった。
その横顔は冷たく、エゴイスティックな美しさがあった。
もちろん、彼の顔は誰のもでもなく、彼だけのものだろう。だが、その顔が優しく微笑む相手がいるとすれば、それは優しく寄り添った女性だけ。
世界中を敵に回しても、彼女を守ってみせる。
そう思わせる牡の強さが感じられた。
退院する彼女に用意した洋服は、長袖のブルーのワンピース。そして揃いのカーディガン。
胸元には、やっと彼女の胸元に戻った土星を模ったネックレスがあった。
そのネックレスにそっと手を触れ、居場所を確認したのは贈り主である司。取り上げていたその輝きは、これからはずっと彼女の胸元を飾ってくれるはずだ。
物に価値を見出さないと言った女が、唯一大切にしていたジュエリーは、今の彼女には幼過ぎるデザインかもしれない。だが、その価値は永遠に変わることのない愛の証。たとえ別れても好きだったからこそ、つくしの手元にあったネックレスだ。もう決してその場所を離れることはないはずだ。
車が向かった先は、世田谷にある道明寺邸ではなく、病院にも会社にも近い高層マンション。財閥が所有するこの建物は、エントランスには警備員が常駐し、監視カメラもある。人の出入りは記録され、指紋認証を行わなければ中に入ることは出来ない仕組みだ。
そして、厳重な入居審査を受けた人間でなければ住む事が許されなかった。
それはプライバシーを守りたい多くの人間にとって、あって当然の審査だ。レポーターやパパラッチから身を守りたい。そう思う人間は多く、財閥が身元の確かな人間にしか居住を許さないことを歓迎していた。
NY時代、騒々しいレポーターから大声で投げかけられる質問の相手などしたことはない。
名誉棄損となる記事があったとしても、気に留めたことはない。だがつくしの場合そうはいかない。司と関わることで、彼女に興味を持たれることは避けたかった。
父親が訪れることがある世田谷の邸に住まわせることは、初めから考えていなかった。警備体制が万全だとしても、それは外部からの侵入に対してであり、内側から起こされるアクションについては想定外だ。たとえ邸が今は司のものであっても、貴の代からいる使用人の中には、司より貴の命令に従う者がいたとしてもおかしくはないからだ。
今思えば、邸の地下に監禁していた頃、もし父親があの邸を訪れたいたとすれば、と思えば恐怖さえ覚えていた。
何年経とうが軟化することのない父親のつくしに対する考え。
何がいったいそうさせるのか。USBメモリの件は別としても、そう思わずにはいられなかった。だがあの男に人間らしい感情があるとは思えず、道明寺のブランドを守るため、会長職を自ら退いた男はNYへ戻ったが、それで決着がついたとは思ってない。だからこそ、傍にいて守る必要があった。
少し痩せ、頬骨が目立つようになっていたつくし。
司と一緒に車を降り、最上階のフロアでエレベーターを降りた途端、嬉しそうな声に出迎えられた。
「つくし・・退院おめでとう・・あんた本当に元気になって良かったよ・・」
「タマさん!」
つくしは目の前に現れた老婆を前屈みになって抱きしめた。
見舞いに来てくれた病院で、ベッドに横になっていたときは気づかなかったが、タマは年と共に小さくなっていた。だが老婆も、自分を抱きしめる女性をしっかりと抱き返していた。
「タマさん・・どうしてここに?」
「どうもこうもないよ。坊っちゃんからあんたの世話を頼まれたんだよ・・さあさあ中へお入り。お腹が空いただろ?どうせ病院で出されるものなんて知れてるからね?あんたが好きそうなものを用意したから沢山お食べ」
まるで遠方からお腹を空かせて訪ねて来た孫を迎えるような言葉。
老婆にとって孫のような存在である司の愛する人は、彼女にとっても孫だ。
「それからつくし。きちんと体力をつけて、もう少し肉をつけて坊っちゃんが抱き甲斐のある身体になんな」
と、言われ、それは孫に対し言う言葉かとつくしは顔を赤らめた。
入院生活で痩せたことは否めなかったが、自分たちがそういった関係にあることを、あからさまに言われ恥ずかしかった。だがかつてタマは、子供を作って既成事実さえ出来れば大丈夫だからね。と言ったことがあった。
「ああ。タマの言う通りだ。おまえちょっと痩せすぎだ。もっと食って出るとこ出してもらった方が楽しめるからな」
おどけて言う秀麗な顔がニヤッと笑い、つくしの肩に腕をまわし、抱く手に力をこめた。
もちろん司の言葉は冗談だ。つくしは入院生活で痩せる前から痩せていた。
それは山荘での監禁生活がそうさせたことは分かっている。
司が無理矢理連れて行ったあの山荘。精神的な不安が身体の不調も招いたはずだ。
隔離された場所での異常ともいえる行為と不安が、体重が落ちる結果を招いたと分かっている。
例え許されたとしても、全てが司のせいだ。今は、その罪を押しとどめるため、深く息を吸い込み、冗談めかした口を開く。
「・・けど、おまえのその顔で胸がデカいってのもなんかアンバランスだな・・。牧野つくしで思い浮かべるのは胸のない女だろ?」
笑いを堪えるタマと顔を赤らめるつくし。
「そ、それもそうね・・でもあ、あたし今から沢山食べて・・太って・・太ってみせるからね!今度から牧野つくしっていえば、胸のデカい女だって代名詞になるくらい大きな胸になってみせるから!」
「そうだよ、つくし。沢山食べてグラマーになって坊っちゃんを悩殺してやんな。いいかい?坊っちゃんが他の女に見向きもしないようなスタイルになっておやり」
長い睫毛の男は、切れ長の目を細め、なんとも言いようがない表情を浮かべ、二人の会話を聞いていた。それは10年振りに、こうして会話が弾んだことが嬉しかった表れだ。他愛のない会話だが、そんな会話を交わすことのなかった男の心に、明るさを運んでくれる声をいつまでも聞いていたいと思っていた。どんな言葉でも、彼女の口を通せば心地よい音楽のように聞こえてしまうのは、長い間、その声を待ちわびていたからだ。
かつて生意気なことを言ったこともある口は、司の世界を変えてくれた。
言葉ひとつで人生が変わる。
愛する人からの言葉ひとつで・・・。
それを10年前、そして今も経験していた。
「タマ、もういいから早くメシ。食わせてやってくれ。・・こいつ昔と同じで腹減ってると機嫌が悪くなる一方だ」
タマがつくしの為に用意したのは、鯖の味噌煮がメインの和食。
豆腐やワカメの入った味噌汁に、蛸とキュウリやミョウガの酢の物。きんぴらごぼうと蓮根のはさみ揚げ。そしてほうれん草の白和えといったつくしが昔からよく食べていた料理。
それは家族で食卓を囲んで食べる家庭料理だ。そして梅干しとたくあんまで添えられていた。
入院していた特別室の食事は、厳選された素材に、一流の料理人が作っていたはずだ。
病院食と言えば、味など有って無いようなものが普通なだけに、確かに美味しかったが、フランス料理のフルコースのような料理より、食べ慣れた味の方がつくしの口には合っていた。この料理がタマの気遣いなのか、司の指示なのか。どちらにしても出された料理が、つくしは涙が出るほど嬉しかった。
それから1時間ほどして、つくしは食後に出されたコーヒーを飲んでいた。
司は相変わらずの小食なのか、つくしの食べっぷりを嬉しそうに眺めていただけで、彼に用意されていたのは、デザートの果物とコーヒーだけだった。
食事が終ると、タマは暫く名残惜しそうにしていたが、それではあたしはお邸に戻りますので、後は坊っちゃん頼みましたよ。と部屋を後にしたが、司にしてみれば当然だろ任せろと言わんばかりの態度がタマの笑いを誘っていた。
「坊っちゃん。つくしは退院したばかりなんですからね?あまり無理をさせないで下さいよ?いいですか?優しくしてあげるんですよ?」
まるで、これから起きることを知っていると言わんばかりのタマは、咎めるわけでもなく、つくしに顔を向けた。
「いいかい、つくし。あんたも嫌なら嫌だって言うんだよ?坊っちゃんの言いなりになる必要はないんだからね?・・だけどね、つくし。坊っちゃんほど惚れた女に一途で誠実な男なんていやしないんだよ?道を踏み外したことは仕方がないけど、それはもう済んだこと。あんたも女なら覚悟して受け入れてやっておくれ」
大きな声は年を取っても相変わらずだ。
かつて男女の始まりは子を成すこと。そんなことを平気で言っていた会話が思い出され、タマの言わんとしたことを理解したつくしは、真っ赤になり、嬉しそうに笑うタマの顔から司の秀麗な顔へと目を移した。
タマはじゃあまた来るよ。元気でやっておくれ。そう言い残し、玄関の扉が閉まる音が聞え、気まずい沈黙が今更のように二人の上に降り注いでいた。
まさに今更だ。だが何度も身体を重ねてはいても、それは歓びではなく、苦しみばかりを与えて来た。本気で嫌がっていた女の身体を蹂躙し、生暖かい欲望を放出する行為を繰り返していた。
だが、最後に抱いたとき背中に両腕を回され、包み込まれ、愛してるの言葉と流した涙が司の心の闇を溶かしていた。
あれからの二人は、全てが変わっていた。あの日、心の中に芽生えた彼女に対しての思いといったものが、やがて心の奥底から湧き上がってくる何かに取って変わっていた。一瞬の安らぎともいえたあの瞬間。それは、消して解けなかった二重螺旋のごとく絡み合っていた憎しみが消えた瞬間だった。
取って変わった何か。それはまさに人を愛する心。決して開かないと思われていた心の扉を開いたのは、あの頃と変わらない彼女の思い。
その思いを再び向けて欲しい。
「あの婆さん、相変らず食えねぇ婆さんだろ?」
司はゆったりと椅子にもたれ、口調は楽しそうだが、その目は真っ直ぐつくしの目を見つめていた。
彼がこの世で一番欲しい人。その人をじっと見つめていた。

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