2017
03.31

Collector 30

Category: Collector(完)
「さて、どうしたものか・・。司はあの女に取り憑かれたか。自分の運命ではない運命に囚われたか・・」

道明寺貴(たかし)の話をうわの空や、おざなりの相槌で済ませる人間はいない。
だが、今の言葉は誰に言った訳でもない。
司が去ったあと、呟くようにして言われた言葉だ。

道明寺財閥の実権はまだこの男にあるのではないかと言われているが、事実、そういった面がある。戦前からある財閥だとしても、貴の時代に大物政治家に食い込み、関係を深めたことは事実だ。政財官が一体となり、鉄のトライアングルと呼ばれ事業を推し進めて行くことが普通だった時代、国益や国民益より省益、企業益が優先された時代、政治家に直接現金を握らせることはなかったとしても、なんらかの利益をもたらすようにした。
その方法として手土産に持参するのは高価な絵画であったり、茶碗であったりした。
そしてその絵画や茶碗は美術商の手により翌日には高額な現金へと変わっていた。

会社の利益が上がるためならどんなことでもする。
そんな考えが企業を経営する人間には必要だ。そして会社のためと言えば大抵のことが許されるのが日本的企業だ。だがダーティー・ビジネスはどこの国にでもある。それはアメリカでもそうだ。現に今のアメリカ政権の中枢を担う閣僚には、ビジネス絡みの人間が多い。

現政権の財務長官には、政治経験など全くなく、アメリカの大手証券会社の共同経営者を務めたような男がなっていた。そんなことは日本では全く考えらなれないことだが、アメリカという国はそう言った国だ。何しろ大統領になった男も政治経験が無ければ、大統領への政治献金の多さで大使になれるようなお国柄だ。
そしてこの国は勤勉と努力によって勝ち取ることが出来るアメリカンドリームを信じる国であり、大っぴらに金を儲けることが悪いとは言わない国だ。

競争原理社会の手本であり、日本のように金を儲けることが悪とはしない国だ。
だからこそ、道明寺はNYに本社を置いている。
そしてわたしが、財閥が築いた財産は、全て次の世代に受け継がれなければならない。
わたしの息子である司へ。そしてその次の世代へ。

だが、まさかアンダー・ザ・テーブルと言われる賄賂の受け渡しを牧野浩が知ることになるとは思わなかった。未公開株を政界、官界へ割り当てることを知られ、そしてそのことをネタに脅してくるようなことをするとは思いもしなかった。

司の口から牧野つくしの父親の名前が出た時点で、息子もあの男について調べ始めたことを知った。
牧野浩は証券会社の支店長付運転手の仕事に就いていた。
その職に就くための身元の保証をした。
あれは息子とあの娘を別れさせるため金を払ったあと、あの父親から仕事に就きたいと言われ、おまけのようなものだと与えた身元だ。

ビジネスに虚業と実業の世界があるとすれば、証券会社は虚業の世界。

虚業の世界_。

実体なき事業と言われ、金融やサービス業がそう呼ばれることがある。
人が直接サービスをしない頭脳労働は楽をして金を稼いでいると言われ、製造業など実業の世界から見れば、人類や社会の進歩に貢献しないように見えるビジネスは、意味がないと思われている。
金が儲かっても、社会がその会社の価値を認めなければ虚業として扱われる。
そして、時の金融相からも『株屋』と呼ばれ信頼されることが低い業界。だが、比類ないほど高い収益性を持つ業界でもある。

あの男が知るはずがなかったことを、知ることになろうとは。
大人しく運転手としての仕事をしていればよかったものを。
そんな虚業の世界で濡れ手に粟のように金を手にする手段を知ったあの男は不運だったとしか言いようがない。

だが元はといえば、あの支店長が悪い。
あの男の不注意があんな事態を招いた。


残酷なようだが、道明寺の家にとってなんの足しにもならない娘は息子の結婚相手には相応しくない。だが息子は牧野つくしを好きだと言った。
あの娘への尽きない執着はいったいどこから来るのか。

息子に言わせれば、初めて会った時から好きだと言いうが、愛だの恋だのと言ったものは、幻想だ。血の繋がりのある息子には道明寺の家を絶やすことなく、次の世代へ引き継ぐ義務がある。子孫に残せないなら大企業である意味がない。

あの娘の話を低次元だと侮辱したが、息子は腹を立て、忌まわしいほどあの娘に入れ上げていた高校生のとき以上に思い入れがあるようだ。
あの頃、向こう見ずなことがあったことは十分承知していた。だが金で解決できることならそれでもよかった。それにそんな資質は男にとって悪くない資質だ。軟弱より好戦的だと言われた方がいい。それに強い男は愛されることがなく、恐れられることで男として敬われるはずだ。それは道明寺という企業の経営者として願ってもないことだ。
だがまさか母親である楓に任せておけない事態が起こるなど考えもしなかったことだ。

得体の知れない感情に溺れた男というのは、我が息子のことなのかもしれない。
だからどうしてもその感情の根源を排除する必要があった。
あのとき確かにあの娘を排除した。
しかし10年経ち再び息子の前に現れるとは思いもしないことだ。

だが有能な部下を揃えていれば、命令を実行に移させることは簡単だった。
ある人物に連絡をとり、牧野つくしを狙わせた。だが失敗したと連絡があった。
年老いた管理人だけならどうにかなると思ったが、司がその場に居たとなると、気づいているはずだ。NYまでわたしに会いに来た息子はあの女に指一本でも触れたら殺すといった視線を向けてきた。

わたしは自分が蛇のように陰険な人間だとは思ってない。
だが司はそうだ。あの男は息子でありながら親のわたしを出し抜こうとした。
本社をNYから東京に移そうとするなどもっての外だ。
息子は、司は牧野つくしと再会し愚かな男になってしまった。
それにしても、司があそこまで女に対し深い感情を抱くような男だとは思わなかったが・・。

企業には裏道、抜け道はいくらでもある。
だが、息子の人生の先が歪んでしまうのは困る。


一流と言われる家柄の男に相応しい一流の女をと思うのが親として考えるのは当然だ。
だから牧野つくしを受け入れる訳にはいかない。

ノックの音が聞え、秘書がウィスキーのボトルと砕かれた氷とミネラルウォーターを運んできた。

「スコッチウィスキーか?」

最近は随分と薄いものしか飲まなくなったが、喉を潤すには丁度いい。
医者には止めろと言われたが、煙草も相変わらず吸っている。
それは恐らく死ぬまで止めることは出来ないはずだ。

「はい。ですがスコッチは色が薄いのであまりお注ぎになりませんようにご注意下さい」

「ああ。分かってる。医者にも少し控えろとは言われているが、どうも長年の習慣は止められそうにない」

貴は好みの分量のウィスキーを注ぎ、氷と水を加えた。

「司様のジェットは先ほど空港を発ったようです。随分と短い御面会のようでしたが、よろしいのですか?」

「たった10分の面会だったとしても、話の中身はそんなもので充分だ」

「牧野つくし様の件ですか?」

「そうだ。相変らず司はあの女から離れることは出来ないようだ」

貴は考える顔になり、水割りを半分ほど一気に喉の奥に流し込み、口の端を微かに歪めていた。






***






司は革張りの椅子に背中をあずけ、デスクの上のシガレットケースから煙草を一本抜き取って火をつけた。吸いたくで吸ったわけではない。それは習慣的ともいえる行為で機械的に吸っていた。

カチカチカチとメトロノームが規則正しくリズムを刻むようだ。
その音は頭の中で執拗に響いていた。
だが時間だけが流れていくこの空間に、音はない。

牧野つくしの父親についての追加報告書が井坂から届けられ、静まり返った執務室のデスクの上に置かれた白いページは開かれるのを待っていた。

司が開いたページに書かれているのは、牧野つくしの父親、牧野浩の当時の経済状態だ。
父親は破産寸前で高利の金を闇金から借りており、返済期日が迫っていたと書かれていた。
そんな中、司の父親から手に入れた5千万の殆どがその返済に充てられていた。
ギャンブルにより積み重なった借金は利息ばかりが加算され、放っておけば増えるばかりだったはずだ。そこへ差し出された5千万が役だったということだ。

そして返済され、残った金は証券会社の口座に残っていた。
それは母親である牧野千恵子の名前で開設された口座だ。
だが金だけがあり、何かを買い付けた様子は見られなかった。

夫である浩は証券会社の支店長付き運転手をしていたが、その証券会社ではなく、別の会社で開設された口座。各金融機関では口座を開設するにあたり、好ましからざる客の調査として、ウォーニング・イエローと呼ばれる顧客検査をするが、牧野千恵子は問題なく開設出来たようだ。証券会社に口座を開くなら、当然だが投資方針も問われるが、千恵子は株式への積極的投資を希望していた。

その意味するところはいったい何なのか?だが千恵子は、この口座を開設後、まもなく交通事故で亡くなっている。結局預け入れられた資金はそのままの形で残されているが、どこかの株を買うつもりだったことだけは確かだ。株に手を出そうとしたのは、夫が証券会社の支店長付運転手を始めたからだということは、容易に想像できる。

司の頭をインサイダー取引が過った。
夫の浩が何らかの方法で手に入れた情報で株を買い付けるつもりだったのか?
だが、株のことなど何も知らない素人が手を出せば、失敗することも多い。
銀行の預金とは異なり、証券会社の商品は絶対安全だと言えるものはなく、どんなものにもリスクが伴う。それを承知で手を出すというのだから、あの夫婦は学ぶことを知らないとしか言いようがない。

牧野つくしが、あいつが安い電卓に数字を打ち込んでは、家計を助けるため働いていたことが頭の中を過った。
あいつが子どもでいられた時期は少なかったはずだ。あの家族の中で一番現実を見ていたのは、あの少女だった。

だが少女らしい憧れなど持つこともなく、ひたすら現実を見つめて生きる日々。
未来を思い描くことはあったのだろうか。
将来への憧れといったものはあったのだろうか。
恐らくあんな両親のもとにいれば、心痛だけが積み重なっていくだけだったはずだ。


人間には、過去と未来の概念がある。
生きていく中で、心に刻まれる過去の情景。
目にする全てが記憶に残るわけではないが、それでも司は思い出していた。

そのへんの女と一緒にしないでと言った少女の姿を。
そうだ、確かに違う。
そのへんの女では太刀打ち出来ない価値がある少女だった。
あの頃の二人は若さと愚かさと、そして衝動も持ち合わせていた。
そしてあの頃、心の中にあったのは、凄まじいばかりの孤独感。
だがそれから逃げ出すことは不可能だった。
そんな中で出会って好きになった少女。


今、父親が牧野つくしに突き付けているのは本物の脅威だ。
もっと早く気付くべきだった。
しかしそれなら、父親があいつを狙っているなら、あの山荘にいる方が安全なのかもしれない。あそこなら周りから誰か近づいてくるなら、すぐわかるはずだ。
今のあの山荘は管理人の木村だけでなく、その分野で最高の男たちを警護として配置している。あの狙撃は牧野つくしに対する暗殺未遂だと捉え、急襲される可能性も捨てきれないと考えていた。

だが相手は自分の父親だとわかっている。
息子が気付いていると知った父親はどんな手段に出るのか。
だが失敗は大きかったはずだ。一度失敗すれば二の足を踏むはずだ。
それとも息子が知ったことで、二の足を踏むか?

管理人の木村と男たちは現状を理解しているはずだ。
そしてあいつも、牧野も自分の置かれた現状を理解しているだろう。
自分が狙われたことを。ただ、誰が狙ったかは理解してはいないはずだ。

司は煙を吐き、煙草をもみ消した。


10年前から取り憑かれたように頭を離れなかった女との哀しい日々があったとしても、過ぎた哀しみがあるとしても、死にたいくらい辛い思い出だったとしても、それでも彼女を忘れることが出来なかったのは、時があの日で止まってしまったのは、彼女に再び会いたかったからだ。生涯彼女に執着することを止めることは出来ないからだ。


別れも、過去も、そして恨みも消さなければならない。
あの日の終わりの言葉も、あの雨の日も、あの夜も、今ではもう過ぎ去ったことだと。
信じればいいはずだ。
愛していると言った彼女の言葉を。
あの日、彼女は弱かったんだと、そうしなければならなかったのだと、あの時彼女の口をついた言葉は16歳の少女の望む言葉ではなかった。追いつめられたが故の言葉。
人を傷つけることが嫌いな少女の哀しき選択。



今のこの感情をなんと言えばいいのか。
今日までの記憶の中にない感情。

思い出すのは、あいつから愛されようと必死だった自分。
今までの自分には誰からも愛情なんて必要がない。
自分ひとりで生きていける。
そんなことを思った時もあった。

だが欲しいのはずっと牧野つくし。

そしてこれからも欲しいのは彼女だけ。

だから今でも、彼女を牧野つくしを愛してる。


そしてその言葉の意味が、低温火傷のように頭にゆっくりと浸透していった。





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2017
03.29

あの日、あの時 最終話

求めていた人生が手に入った日、司は屈託なげに笑う我が子を見ていた。
着飾った人々の間に居るが、動じることなく挨拶をすることが出来る航は、年令のわりに大人びて見えた。

父親がいなかったにもかかわらず、ひねくれることなく、すくすくと成長し、自分によく似た顔が笑う姿を見るのは、この上ない幸せだ。
そんな父親の気持ちを感じ取ったのか、航は隣に立つ司に目を向けた。
黒い大きな瞳は母親譲りで、下から強請るように見上げる仕草も母親そっくりだ。
その瞳と癖のある髪はまさに二人の愛の結晶と言える証拠。
そんな少年のふさふさとした癖のある髪に手を差し入れ、くしゃり、と握れば

「お父さん!髪型が崩れちゃうよ!せっかくきれいにしてもらったのにダメだよ!」
と返された。

「おおっ。悪かったな。航は髪型が気になンのか?」

「気になるよ!だって今日はお父さんとお母さんの結婚式だよ?僕、せっかくきれいにしてもらったのに台無しにしないでよ!」

「そうか。悪かった。でもその髪はお父さんと同じだからな。おまえのおじいちゃんも同じ髪だったがな・・」

「おじいちゃん・・会いたかったな・・」

航が生まれる前、既に他界した司の父親は航にとっては祖父にあたる。
祖父を思い神妙な顔で司を見つめる航はやさしい心の持ち主だ。
航の想いを知った司は胸が詰まる思いがした。このときほど、息子が愛おしく思えたことはなかった。親の心子知らずと言うが、司も親になれば自分の親の気持ちが理解できるようになっていた。

再会によって新しい人生を与えられた二人は結婚式を挙げたばかりだ。
学生時代恋に落ち、8年前の愛情により子供がいることが分かれば迷いはなかった。
初恋の女性を再び人生に迎え入れることができ、司は自分のものとなった二人を守り抜く決意を固めた。その一人が今、目の前で自分を見上げる少年だ。

「航。おまえは今日から道明寺航になった。今日からは名前を間違えるなよ?」

「うん!大丈夫だよ!ちょっと言いにくい名前だけどね!」

新しいNYヤンキースの帽子に書かれた名前は「どうみょうじ わたる」となった。
航は面白いほど知識を吸収していく。今まで身近に男性が居なかったせいか、疑問に思えど母親からは求める答えが得られなかったことを、父となった司に聞いていた。そんな子供に適当な返事が出来るはずもなく、真剣に答えてやらなければならないが、それが教育だと知った。そしてその要求とも言える知識を求める姿は司を刺激した。
子供が望むことはどんなことでも叶えてやりたい。そう思える自分は世に言う子供に甘い父親だと知った。


司はこの結婚式を妻と息子の披露目と考えていた。
そうは言っても大掛かりなものではなく、教会での参列者は家族や友人たちだけだった。
そんな席に現れたのは司の幼馴染みであり、二人の理解者であった3人の男たちだ。
彼らは司がようやく牧野つくしと一緒になれたことに祝福を述べに来たが、それはまるで贈り物を抱えキリスト誕生を祝いに集まった〝東方の三博士″のようだ。

二人が別れを選んだ結果、彼らから離れたつくしだったが、3人は遠くから見守っていた。
彼女は知らなかったが、比較的新しマンションを中古とはいえ手に入れることが出来たのも、出産後再就職が早くに決まったのも、彼ら3人が密かに手をまわしていたからだ。

「牧野。よかったな。」
あきらはつくしにウィンクをした。

「花嫁にキスしてもいいか?」
総二郎が司に聞いた。
だが司の睨みに冗談だ、と言って両手をあげ笑った。

「俺と牧野が結婚すれば航くんは花沢航になってたんだよね?司がいない間にそうすることも出来たんだけどね・・航くん?もし司に飽きたら俺が君のパパになってあげるからね?」

類のからかいの言葉に微笑むのはつくしだが、昔も今も油断が出来ない男だと思うのは司だ。

「類、おまえがいつまで待っても無駄だ。」
司はニヤリとした。

「そんなのわかんないよ?何しろ航くんは牧野に似て賢い男の子だから司がいいお父さんじゃなかったら別のお父さんがいい、なんて言うかもね?ねえ、航くん、もしお父さんが二人いたらどっちを選ぶ?」

「う~ん・・僕お父さんがいい!だって花沢おじさんの髪の毛僕と違うもん!」

司の腕がのび、類に取られてたまるかと、航を大事そうに抱きかかえあげ、言った。

「類!言っとくが航もつくしもおまえに渡すわけねぇだろうが!」

真面目に話しをする類の言葉に、司の米神に筋が浮かんでいたが、これこそが司だ。
幾らビジネスでは大人だとしても、つくしのことになると米神もだが、首筋の血管まで脈打っていた。

「おい、司、類は冗談を言ったに過ぎねぇぞ?マジに取るなって!」





二人は家族、友人から祝福を受け、感謝の言葉を述べていた。

「つくしちゃん、司。本当におめでとう。」

司の姉の椿は昔と変わらない美貌と、完璧なスタイルの持ち主だ。
その椿からようこそ道明寺一族へと言われ、歓迎された。
そして、いつも冷静沈着で髪の毛一本の乱れもないほどの完璧な姿でいるのが司の母親だ。

つくしは楓に近づき、二人の距離は縮まった。

「お義母さま・・」

「あなたの記念すべき日に、こうして会うことが出来て嬉しいわ。」

楓は微笑したがそれは長年会社経営に携わっている間に身に付けた微笑みではない。
その顔に浮かんでいたのは、ビジネスの駆け引きと言える微笑みとは違い心からの笑みだ。

楓は8年前、海外事業の業績の悪化から社長を辞任したが、2年前ホテル部門のトップとして返り咲いていた。
かつて子どもに関心を抱かなかった母親は、財閥の後継者である司とつくしの交際に反対していた。だが息子が一人の女性によって変わっていく姿を間近で見た。そして4年経てば二人の将来を考えると交際を容認した経緯があった。
だが、8年前、事業継続が危ぶまれ、司が政略結婚を選んだことで救われたのが財閥だ。
二人の運命の行き違いはあの日始まったはずだ。
過去、確執があった二人の女性の間に交わされる言葉を周囲は緊張をみなぎらせ、遠巻きに見守っていた。かつて鉄と呼ばれた女性は、今は氷の女王と呼ばれている。
そんな女性の口からいったいどんな言葉がつくしに投げかけられるのか。


「・・あの子は、司はあの時、究極の選択を迫られたと思うわ。でも自分を犠牲にして道明寺の家のため、あなたから離れた。・・昔のあの子なら考えられないような選択をしてくれたことが信じられなかったわ。望まない結婚をしたとき、あなたとのことを諦めた・・そう感じたわ。でもそうじゃなかったのね?あの子は、司はあなたを心の拠り所にしていたのね。その結果、航の特別な時期を一緒に過ごすことが出来なくなってしまったことは、ある意味わたくしのせい・・。つくしさん、わたくしは自分が司に対して逃したことは大きかったと思ってるわ。あの子が小さい頃、傍にいることがなかったから。だから、司は少し歪な性格になったけど、あなたがそれを正してくれたのね。そうでなければあの時、あなたの傍を離れ道明寺を再建しようだなど、考えもしなかったでしょう。つくしさん、今さらだけどあなたには感謝しなくては・・。」

つくしを見る楓の目は母親の目だ。
それは司という子供を見る目だ。
楓は決して司のため孫のため、礼儀正しくつくしに接しているのではない。彼女は心にもない嘘をつくことはしない女性だ。

「それにあんなに可愛い孫まで授けてくれたんですもの。航は司と違って本当に素直な男の子ね?それもあなたの教育がいいからでしょう。あなたとの出会いは高校生の頃だったけど、あなたはわたくしの前でもいつも毅然としていたわ。まさに一本芯が通った子供だったわね?そうでしょ?つくしさん?」

楓は時間をかけ、つくしのことを理解した。
出会った頃、人を判断する基準は家柄と資産だった。そんな基準は一瞬にしてつくしを判断し、そして見下した。だが司は彼女を知り、高校を卒業する頃になれば自分の人生について考え始めた。そして自らの意志で渡米することを決意するに至った。
楓は司をそんな風に変えたつくしがどんな人間であるか。司にとってどんなに必要な女性であるかを理解した。牧野つくしは他人を思いやる心を持ち、生真面目な性格であることを発見した。

かつて楓がつくしに対し下していた判断は見誤っていた。

そして、最近は心を奪われる喜びがある。
それは孫の航の存在だ。

「あの・・お義母様・・わたしは8年間ひとりでいたことを問題にはしていません。それは彼が選んだ人生でしたから・・。それにわたしも彼の背中を押しました。道明寺司としてやるべきことをしなさいって。彼もそれは理解していました。だからわたしは彼と別れました。そうすることが、そうしなければ、彼が後悔すると思ったからです。彼は責任感の強い人です。だから、しないで後悔するようなことはして欲しくなかったんです。だから・・よかったんです。この8年はそれで・・20代なんてそんなものです。人生を決める時なんです。」

司には自分の人生の進む道を見極めて欲しかった。
人生が二つに分かれていたとしたらどちらを選ぶかは彼に決めて欲しかった。
たとえそれが決められた道だとしても、自らの意志で進むべき道を決めて欲しいと・・。

「そう・・そんな風に言えるなんてあなた、強い人ね。だからわたくしにとってあなたは脅威だったのよ?いい?これからのあなたは自分の望んだことを手放してはだめ。望めば叶う人生とはいかないかもしれないけど、もっと多くを望んでいいのよ?あなたの悪い癖は自分で自分を説得してしまうところね?違うかしら?他の人のため、自分を犠牲にすることが悪いとは言わないけど、これからはもっと自分の為の幸せを望みなさい。航のことも司のこともそうだけど、二人ともあなたが幸せなら幸せなのよ?母親の幸せは航の幸せでもあるわ。妻の幸せは司の幸せなの。だから、あなたが幸せにならなければ二人共幸せにはなれないのよ?」

「お義母様・・」

「わたくしの話は以上よ。とにかく、今日はおめでとう。つくしさん、司と航をお願いするわね。」




楓からの言葉につくしの中に熱いものが広がっていた。
高校生だった頃、出会った楓はなにからなにまで完璧な人だと思える女性だった。
そんな女性も今では目元に微笑みを浮かべ、息子の傍で孫を抱きしめていた。
航は祖母の優しい姿しか知らない。子供は屈託がなくていい。素直に祖母に甘えていた。
そしてその素直な心が人を愛する気持ちを育ててくれるはずだ。

夫となった司は片眉を上げ、なにか問いたげにつくしを見ていたが、孫と楽しそうに話す自分の母親が昔とは違うことを知っていた。





時は流れ戻ることはない。

それは二人の愛を止めることが出来ないのと同じ。

だが時は移ろう。

遠ざかった日々に傷つけられたことがあったとしても、走り来る日々が輝ける未来を運んでくれるはずだ。
8年の間に廻った季節を振り返ることはしなくてもいい。
ただそれは優しい思い出として、懐かしい思い出として記憶の片隅に残ればいい。


二人は今、互いの腕の中で愛を見つけ、そしてその愛を育んでいた。
息子が一人いても次の子どもが欲しいと考えているのは夫婦とも同じだった。
そんな二人に輝ける未来は、すぐそこまで来ているはずだ。


互いの心に残るあの日と、あの時の思い出のひとつひとつは、いつまでも変わらないはずだ。
それは二人が出会った10代の頃の思い。
かけがえのない人となった互いの存在。
そして迷い苦しみながら掴んだ互いの手のぬくもり。
8年がまわり道だったとしても、これから先はもう迷うことはないはずだ。
その手を離すことなく、道が果てたとしてもその先まで共に歩いて行きたい。


時が尽きるまで。




< 完 >*あの日、あの時*

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2017
03.27

あの日、あの時 6

会ったことのない父親の突然の帰国。
つくしは焦ることはない、と言ったが司はどうしても我が子に自分が父親であることを一刻も早く伝えたかった。

今日初めて会ったが、それでも我が子からおじさんではなく〝お父さん″と呼んでもらいたいと切望した。そして息子の身体を抱きしめ、抱き上げ、自分の腕の中で笑い声をあげさせたかった。だが7歳になった息子は抱かれるほど小さくはなく、クラスの中でも一番背が高いと聞いた。恐らくだがあの子は自分と同じくらいの背の高さになるはずだ。

そんな息子とその母親の未来は自分と共にある。
司はそれを信じて疑わなかった。
そして父と子といった親子関係を構築するためなら、どんなことでもするつもりでいた。

おじさん、と呼ばれた男が外国に住んでいて帰ってこれない父親と知った息子はどういった反応を示すのか。ついさっきまで母親の友達だと思っていた男が父親だと知る瞬間はどういったものになるのか。

少年の頭は混乱するのではないか。
7歳の少年はこれから話すことを理解することが出来るだろうか。
そしてそれは生まれて初めて会う父親とのドラマチックな対面となるはずだ。
だがいきなり父親になった男は、子供については無知であることは間違いない。
しかし、親子で男同士ともなれば、どこか通じるところがあるのだろう。
実際、マンションの入り口で初めて会った男から握手をしようと言われ、素直に応じたところは、子供の感覚ともいえる直感で、この男の人は大丈夫だ。自分に危害を加えるような人ではないと感じたのかもしれなかった。


「牧野・・航を呼んで来てくれないか?」

二人の間に生まれた息子。
何はともあれ三人が家族になることが第一だ。彼女は航をここまで立派に育ててくれた。
これから先は自分も参加したい。そして航のこれから先の人生を導き、見守ってやりたい。
だが航は迎え入れてくれるだろうか。

自分の子供時代の家庭環境とは全く違う中で成長している息子。
司は使用人にかしずかれるような贅沢な環境の中で育ったが、家庭の暖かさといったものなどなく、冷たい霊廟のような中で成長し、やがて荒んだ人間が出来上がったが、つくしはそれをよく知っている。だからこそ、我が子が特別な存在の子供ではなく、普通の子供として育ったことが羨ましいと思えた。

「・・わかったわ。」

つくしは司の言葉に心を決め、航を呼びに行ったが、会ったばかりの二人がいきなり親子の名乗りをあげることに不安が隠せないようだ。
母親に呼ばれた少年は、大人二人の間に流れる何かを感じとったのか、先ほどまでのはしゃぎっぷりとは打って変わったように静かだった。

「航くん。おじさんから話しがあるんだが聞いてくれるか?」

司とつくしは視線を交わした。

ソファの端に座った航は、隣に腰かけた母親の方へ身体を寄せていた。
こうして息子を見れば、道明寺家の血を、父親である自分の血を受け継いでいることがはっきりと感じられた。大きな瞳は隣に座る母親に似ているが、癖のある髪の毛とキュッと引き結ばれた薄い唇や輪郭は、父親である自分譲りだと感じていた。

「おじさん、さっきのお話しの続き?・・ねえ、おじさんはNYって知ってる?僕のお父さんはその街に住んでるんだ。僕地図で見たけどここからは遠いよね?おじさんはNYに行ったことがある?」

航は自分が呼ばれた理由はおじさんが外国の話しをしてくれるのだと思っているようだ。
司は目の前に座る男の子がまだ会ったことのない父親が住む場所に、いたく興味を持っている様子に心を痛めた。そして、いつか父親に会いに外国へ行くと聞かされ、なぜもっと早くビジネスのケリをつけることが出来なかったかと後悔した。

車の中で交わされた会話の中、お父さんはどんな車が好きなのか、一緒に暮らしていたらどこか連れて行ってくれるのかな、と言われ、思わず自分が、おじさんがどこでも好きな所へ連れて行くと答えていた。
そして行きたい所はどこだと問えば、それはまだ会ったことがない父親がいる街NYだと聞かされ胸が痛んだ。

「NYか?よく知ってるよ。・・おじさんもあの街に住んでたからね。それにおじさんは飛行機を持ってるから行こうと思えばすぐにでも行けるよ。」

「ええっ、おじさん飛行機持ってるの?凄いや!・・でもそれ本物なの?」

「ああ。本物だ。おじさんは仕事が忙しいとき自分の飛行機を使うんだよ。」

「そうなんだ・・凄いね!おじさんってお金持ちなんだね! ねえ、おじさんNYについて教えてよ!お母さんに聞いてもあまりよく知らないって言うんだ!でもおじさんは住んでたんだね?凄いや!・・ねえ、どんな街なの?お母さん、おじさんもしかしたらお父さんのこと知ってるかもしれないね!僕お父さんのこと尊敬してるんだ。まだ会ったことはないけど凄い偉い人で、忙しいお仕事をしてる人で、みんなに好かれている人なんだって!」

航は母親の顔を見たあと、司の口からNYの話を聞くのが待ちきれないといった視線を向けた。
その瞬間、司は感情が激しく揺さぶられていた。
まだ会ったこともない父親に向けられる尊敬と、その天真爛漫さ。そして恐らく母親の影響だろう。他人の言うことを疑うことなく信じる素直な心。その小さな身体から感じられるのは父親に向けられた愛だ。そして自分もまた今まで知らなかった父性愛が芽生えていた。

「・・航くん・・おじさんはね、おじさんが君のお父さんだ。」

少年は少し前まで無邪気な瞳を向けていたが、今は神妙な顔をして司に言った。

「・・えっ?おじさんが僕のお父さんなの?おじさんはお母さんのお友達じゃないの?だっておじさんの名前は牧野じゃないよね?ど、ど・・う・・?」

「おじさんの名前は道明寺司だ。おじさんが、いや俺がおまえの父さんだ。お母さんとはずっと昔は友達だったんだよ。それからおじさんはお母さんと恋人同士になったんだが仕事の関係でNYに住む事になった。だから君がお母さんのお腹の中にいた頃は向うにいた。それからずっと向うで暮らしていた。お母さんとは長い間会えなかったが、やっと今日会うことが出来た。・・それから君にも・・」

司はどんな言葉を使えば、この8年間を我が子に説明できるのか考えられなかった。
頭の中で反芻し、口を開いたが、何を言えばいいのか正直なところ迷っていた。
牧野つくしが、自分にとって唯一無二の存在であることは間違いないが、息子も同じだ。彼の存在は嬉しい驚きとして迎え入れ、出会った瞬間から愛さずにはいられなかった。ただ、残念なのは息子が大きくなっていく成長過程を一緒に過ごすことは出来なかったことだが、これから先、その成長を親として見守りたい。

「・・おじさんが、お父さん・・?」

「ああ。おじさんが、いや俺が航のお父さんだ。ほら、これを見てごらん?」

司は自分とつくしが並んで写っている写真を財布から取り出し、航に手渡した。
そこに写っているのは、まだ10代の二人が仲良く腕を組む姿だった。

「わぁ!これお母さんなの?・・そうなんだね!おじさんがお父さんなんだ!凄いよ!おじさん!僕、お父さんってどんな人かと思ってたけど、おじさんみたいなかっこいいお父さんなら皆に自慢できるよ!」

自分が父親だと司が宣言したあと航は大はしゃぎした。
まだ7歳の航にすれば、二人の婚姻の有無は、理解出来る範疇になかった。

「・・でもどうして帰って来ることが出来たの?お母さんはお父さんはまだ帰れないって言ってたよ?ねえ、どうして?どうして帰れたの?」

上目遣いに司を見る表情はこの子の母親がよくしていた表情にそっくりだ。
だが航の単純な質問にどう答えればいいのか困っていた。

「問題から逃げずに対処することが出来れば物事の解決は早いもんだ。だから父さんは逃げずに対処した結果、帰って来ることが出来たんだよ。」

航の隣に腰かけたつくしは、司の説明に小学生相手に何を?と言った表情を浮かべていたが、黙って聞いていた。おそらく彼女は親子ならあるはずの情の濃さが二人の間に芽生えることを祈っているはずだ。だから父と子の会話に口を挟むことなく、見守っているのだろう。
父親として、子供にどんな態度で接すればいいのか分からない男の初めての父親業を見守っていると言った心境のはずだ。

「いいか航。強い感情ってのを持つことが大切だ。断固たる意志を持って目的を達成する為邁進する。ただ、それをいかに上手くコントロールすることが出来るかが重要だ。感情だけに囚われて動いてるようじゃ、物事は上手く行かないこともある。自分に課せられたことはなんとしてもやり抜くことが重要だ。それが出来てはじめて男として認められるようなモンだ。わかるか?」

「・・・??う~ん・・お父さん、僕、言ってる意味がよく分かんないけど・・凄いね、お父さん!さすが僕のお父さんだ!」

航の眉根が寄せられ、今度は父親である司とよく似た表情が見て取れたが、最後は喜びだけがあった。

司の父親業はまだこれから、と言ったところだろう。
だが3人が家族となり、ごく自然な会話が生まれるのは、そう遠い日ではないはずだ。





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2017
03.25

あの日、あの時 5

「入って、道明寺。」

つくしが玄関の扉を開けると、航は二人の間をすり抜け靴を脱ぎ、真っ先に部屋の中へと入っていった。

7歳の男の子は、おじさんが運転して来た車を見せてもらい興奮していた。
黒いメルセデスは航にとって普段見る車とは異なり高級感に溢れ、優雅で、運転して来た男によく似合っていた。いつも母親からよその人の車に触ってはダメと注意を受けているが、手を触れ、中に乗り込み、ハンドルを触らせてもらうことができ余程嬉しかったのだろう。
おじさんの車って凄いね!を連発していた。

「航!手を洗ってうがいをしなさい!それから・・」

「うん。わかってるよ!宿題でしょ?ちゃんとするから大丈夫だよ!おじさんまだいるんでしょ?僕あとで行くからもっと外国の話を聞かせてね!」

パタパタとスリッパを履いた足音が廊下の左側に消え、ドアがパタンと閉まる音がした。
つい先ほどまでエレベーターの中は、航のお喋りで賑やかだったがドアの向うに消えた途端、あたりがしんと静まった。子供が消えた部屋は恐らくバスルームで、母親の言いつけを守り手洗いうがいをするのだろう。つくしは玄関に脱いで置かれた航の帽子とコートを取り上げ、廊下の先の扉へ向かった。後ろをついて歩く司の耳にガラガラとうがいをする音が聞こえてきた。

司は案内された部屋の中を見渡した。
比較的新しいマンションは、中古で売りに出されていたところを購入したと聞かされた。
廊下の突き当りにある部屋はベランダに面し10畳ほどのリビングと、つづきのキッチンがあり、開け放たれたカーテンから自然光が差し込んでいた。リビングには座り心地の良さそうなソファが一脚置かれ、テーブルの上には花が飾られていた。

この部屋のいいところは眺めのいいところだ。
5階にある部屋から見える景色は、眼下に先ほど横目にした公園が広がっており、その脇に動かない大きな黒い蟲のように司が止めた車があった。

「・・あの子、風邪ひいちゃって・・だからまだ冬のコートを着せてるの。最初はこの季節だから花粉症かと思ったんだけど違ったみたい。」

春とはいえ、まだ少し肌寒いこの季節。つくしはエアコンのスイッチを入れ、手にした航の帽子とコートをソファの端に置き、どうぞ座って。と言ってコートを脱いでいた。
コートを脱いだ後ろ姿は相変わらず細く、昔からスレンダーな体型で肉感的なところがない身体だったが、それは子供を産んでも変わってないようで身体の線は崩れてはなかった。

短いが長いような時間が流れる中、振り向いたつくしは司と向き合っていた。
そんな中、先に口を開いたのはつくしだ。

「珈琲でも淹れましょうか。」
と、つづきのキッチンへと向かい
「道明寺御用達の珈琲は置いてないけどね・・」
と、言いながら珈琲の粉が収められている戸棚を開けた。

この数年、つくしは司についての記事を目にしていた。
自分たちが別れるきっかけとなったのは司の父親が亡くなり、その後アメリカでの事業での失敗から財閥が解体の危機に陥ったからだ。彼は当時社長だった母親から経営を受け継ぎ、会社を立て直すことになった。そのため他の女性と政略結婚をすることになったが、今では会社の立て直しにも成功し、事業規模の拡大にも成功した。そんな男が数ヶ月前に離婚したことを知ったのはつい最近のことだった。

そして日本に帰国したので会えないかと書かれた手紙を受け取った。
だが行かなかった。
と言うより子供のことがあり行けなかった。

それにもしかすると既に子供のことは知られており、子供の権利を主張しに来たのではないかと思っていた。航を跡取りとして自分の元へ引き取りたいと言い出すのではないかと考えていた。8年前に別れた恋人は自分の血を引く子供が欲しいと奪いに来たのではないか、そんな思いが頭の中を過っていた。


「・・あの子は知ってるのか?俺が父親だってことを。」

司は問いただすと言った様子ではないが聞くと、航の帽子を手に取り内側を見た。そこに書かれていた名前は「まきの わたる」。油性マジックで書かれたその名は大切な帽子を無くしたくないと言っているようだ。司が暮らしていた街の球団。NYヤンキースの帽子はどこで手に入れたのか。野球が好きだというなら、いつか一緒に見に行きたい。かつて一度彼女と野球を見に行ったことがあったと懐かしく思い出していた。

「・・航は知らないわ。だって父親は別の女性と結婚してるだなんて言えないでしょ?だからお父さんは外国で暮らしてるって言ったの。」

例え今は離婚していたとしても、7歳の息子に事情を説明するにはまだ幼く無理がある。

「なんで妊娠したことを俺に黙ってた?ひと言言ってくれても良かっただろ?それに、いつ・・わかったんだ?」

司は声を荒げることはなかった。
むしろ、その声は心配そうに聞いた。

「・・・言える訳ないじゃない。想像できるでしょ?道明寺は結婚することが決まっていたのよ?・・それともあの子のことを言わなかったこと怒ってる?それに分かったのは道明寺がNYに戻ってからなの。・・生理が来なくて妊娠検査薬で試してみた・・。それから病院に行って調べたら赤ちゃんが出来たって言われたわ。」

キッチンで珈琲を淹れる準備を始めたつくしは、しなやかな身のこなしで近づいて来た男の言葉を背中越しに聞いた。そしてすぐ真後ろに立つ男に振り向くことが出来なかったが、彼の言葉が過去と現在を一瞬のうちに繋いでいた。

子供が出来たとき、その子とその子の父親と暮らす未来を思い描いた。
だがその未来は叶えられないこと、願いは聞き届けられることはないと知っていた。第一他の女性と結婚している男性に何を言えばいいのか。それに別の道を、道明寺司としての人生を歩めと勧めたのは自分だ。だから現実を直視しなければならなくなったとき、ひとりで結論を出し、結果を受け入れることに迷いはなかった。

やがて息子が大きくなり、外国に住む父親に会いに行くと言ったら止めることは出来ないと分かっていた。それに父親が誰か教えなくとも、いずれ分かることだ。そして知る権利がある。

最近では何故自分の父親は、外国に行ったままなのかと不思議に思い聞いてくることもあった。そうなると、いつまでも嘘をつく訳にもいかず、いつか本当のことを話さなければならないと頭では分かっていた。
あなたのお父さんは、あなたが生まれる前、別の女性と結婚したの。
だから帰ってくることは出来ないのよ。その言葉をいつか口にする日が来ると思っていた。

「人生って面白いもので、なんとかなるものなの。みんな自分で自分の人生を歩んで行かなきゃならないでしょ?」

背中越しに感じる反応は静かだが、正視することなく話しが出来る方がいいのかもしれない。彼の顔見れば涙が出てしまいそうだから。

本当は会えなくって寂しかった。
道明寺への思いを断ち切ることが出来ず、色んなことを内向させ心にくすぶらせる日々が続いたこともあった。だから別れてから付き合いがあった彼の友人達とも離れることにした。近くにいれば彼のことが耳に入るからだ。そして妊娠が分かったとき、あれこれ推測されることは分かっていたから。

家族は娘のお腹に宿った命が誰の子供か知っていたが、すでに別れてしまった相手を追いかけることをしなかった娘の話を黙って聞いた。

『道明寺には道明寺司としての生き方があるから。』
と言った娘の言葉に同意した。
そして当時の財閥の状況も当然知っていた。

生まれた時から父親のいない息子が可哀そうだと思った。だが今は片親の家庭も多い。
妊娠が分かり当時勤務していた会社は辞め、出産後今の会社に再就職をした。
女性が一人で息子を育てているからといって何かを言われるという時代ではない。
息子は利発で外見は父親に似ていた。内面も勝気だが繊細なところもあり嘘をつくことはない。幸い母親に似ず、くよくよと悩んだり考えたりするタイプではない。ためらいや尻込みと言ったことも無縁だ。そんなところは父親譲りだと思っていた。

つくしはコーヒーメーカーをセットすると振り返った。
そして黙って司の顔を見た。








屈託なく話しをしていたが、生活を軌道に乗せることは大変だったはずだ。
昔から弱音を吐くことがなかった女は全てを心の内に溜め込むことが多かった。
8年も前の話だが家族は娘が結婚もせず妊娠したことを喜ぶはずがない。その責任は全て自分にある。道明寺を立て直す為、社員の為、そしてその家族の為とはいえ、別れたことを彼女にすまないと思わなかった訳ではない。そんな自分を言いくるめるように納得させた部分もあった。だが結婚した相手とは割り切った関係だったとはいえ、彼女を8年間一人にしたことが、一人で子供を産み育てさせたことが悔やまれてならなかった。子供のことは待ったなしの責任として親に降りかかってくる。その責任をひとりで背負うことになった彼女に対し申し訳ない思いに囚われていた。


子供が出来たことを知らせなかった理由は、恐らくこうだろう。
人は知らない事柄については悩まなくて済むからだ。だから知らせなかったということだ。
それは彼女の気遣いだと分かっていた。

息子がいることは言葉にならないほど嬉しいが、親子としての失われた歳月が悔やまれる。
失われた歳月は決して戻ることはない。それならこれ以上無駄な時間を過ごすことなく、結婚することが正しいと感じる相手と結婚したい。現に8年前は結婚するはずだった。
あのとき、財閥のことがなければ状況は違っていただろう。親子3人で幸せそのものの未来があったはずだ。夫にもならないで父親になったことが、順序が逆だとしても今更だ。
今から夫になればいい。司はその思いを加速させたい衝動が湧き上がっていた。


「牧野、俺は道明寺という家が求める人生は、道明寺財閥の道明寺司として求められる責任はもう十分果たしたはずだと思っている。これから俺は俺自身が求める人生を手に入れたい。」

緊張感を漂わせているつくしとは反対に、司は穏やかで暖かみを感じさせる声で言った。
彼が求める人生。
8年前別れたあの日から求めていたものがある。

「俺はおまえから離れたつもりはない。いつか必ずおまえの元へ戻るつもりでいた。俺が目指していたものは二つ。道明寺を立て直した時点で俺の目的はひとつ達成出来た。だからこれからは何を目指しているかと云われれば、それはおまえとの結婚だ。・・8年も経っちまって子供がいたことは知らなかったが、それは嬉しい驚きだ。それに誰だって自分の人生の最後は自分で決めたいはずだ。」

8年前、二人が別れを決める前6年間の記憶の中の楽しかったことが脳裏に浮かんでいた。

「なあ、牧野・・俺はあのとき、おまえが背中を押してくれたことで会社を、道明寺を立て直すことを決意した。それにおまえが待っていてくれると思ったから頑張れた。おまえも俺の性格はわかってんだろ?俺はしつこい男だからな。自分の大切なものを手放すつもりはねぇ。地獄だろうがどこだろうが追いかけて行って捕まえてやるって言ったよな?もしお前が他の男と結婚してたとしても、その男から奪ってやるつもりでいた。・・さっき下で子供を連れているおまえを見たとき、正直動揺したが、それでも関係なかった。おまえを取り戻せるなら何でもしてやると思った。牧野って姓なら離婚したんだってことで、その子とおまえを俺のものにしてしまえばいいことだろ?・・けど航が、俺の子だって知って驚いたが、嬉しかった。一人で産んで一人で育ててくれたことに誰が文句なんて言える?文句どころか感謝以外ねぇぞ?俺は17でおまえと出会っておまえ以外の女なんて知らねぇ男だぞ?この8年間、ずっとおまえの面影を抱いて生きてきた。だから人生の最後もおまえで終わるつもりだ。俺の気持ちは8年前と同じだ。だからおまえの元に戻ってきた。」

情熱の相手で初恋の相手である女性は、彼が話終えると泣き笑いといった表情を浮かべ、涙で目を潤ませていた。
つくしはつい先刻、司が子供だけが欲しいのではないかと頭を過ったことを恥じた。
道明寺司という男はそんな男じゃないと。

「・・人生の最後なんて、まだ考えるのは早いわ。だってあたし達には航がいるもの。あの子が大人になるまで人生を終えるつもりはないわ。」

「俺もだ。・・俺が今でもおまえのことを愛しているのはあの頃と変わりない。」

「ええ。そうね。・・もちろん分かってるわ。あたしだってあの頃と変わってないわ。だって毎日道明寺と会ってた。・・あの子を通して。・・でもあたしは特別な人間じゃないわ。母親として特別なことはしてこなかった。あの子を道明寺みたいに特別な子になるように育てては来なかったわ。だから・・あの子は普通の子よ?今の道明寺は巨大なビジネスを成し遂げた・・それに比べたらあたしは・・」

経済的に困窮したことはないが、親子二人生きて行くのは大変だった。
だが何から話せばいいか、何を話せばいいか・・。
記憶に残る場面は幾らでもある。航は産まれた瞬間から注目を浴びたいと泣き叫んでいた。
幼稚園に送って行けばお母さんと離れたくないと大泣きしていた。
一人で自転車に乗れたとき、手を叩いて喜んだ。
転べばまた大泣きしていたが、男の子がいつまでも泣いていてどうするの?と慰めた。

子供を産み育てることを決めたのは自分自身だ。
どんな状況だったとしても道明寺に罪の意識を持って欲しいとは思わない。子供に両親が揃っていなくても幸せになることは出来るはずだ。そう信じて生きてきた。
でも、心のどこかで道明寺がいてくれたら。そんな気持ちがあった。
人生を共に生きてくれる人が、彼がいてくれたら。と。

いいのだろうか・・再び彼と一緒になっても・・


「俺はおまえが大変だったとき、一人でデカい腹を抱えていたとき、それから子供を産んだとき、何もしてやれなかった。いいか?おまえは俺にとっては誰とも比べられねぇ女だ。俺とおまえが初めて出会ったとき、俺はおまえに足もとをすくわれた。あの日からずっとすくわれっぱなしだ。おまえには手も足も出なかったのを覚えてる。・・けどな、手も足も出せなかったとしても今の俺はおまえも航も二人とも欲しい。それからおまえ達の人生の責任を持ちたい。男として、ただおまえのことが好きな道明寺司としての義務ってのはそれ以外考えられねぇ。」

司はつくしの表情の変化の一片も見逃すまいと注意しながら、言葉を継いだ。

「・・だから躊躇う気持ちがあるなら、それは捨ててくれ。8年経っちまったけどまた俺とやり直そう。再会できてよかったって思える日が必ず来る。」

その言葉がつくしの中にあったどこかよそよそしかった態度を崩すと、はじかれたように司の胸に飛び込んでいた。

「・・随分自信たっぷりね?」
と、言ったがその顔は泣き顔になっていた。

「ああ。俺には自信がある。何が起ころうとおまえと航を幸せにしてやる自信がな。」






8年ぶりに飛び込んだ広い胸の中、つくしはシャツの腕に抱かれていた。
あの頃と変わらない温もりと、変わらない匂いがする胸が、自分と息子を守ってくれるはずだと分かっていた。
お互い愛し合っていたが、どうしようもない状態に陥った二人の運命。
自分たちの力ではどうしようもなかったあの時。
だが離れてしまっても互いに相手に対し誠実でいた。
互いが互いにしなくてはならないことを成し遂げ、そしてまたこうして会うことが出来た。
それは二人が強い愛情を持っていたからだろう。

「どんなときでも、背筋をピンとのばしたおまえが好きだ。昔から誰にも媚びなかったおまえが。」

司はつくしを抱きしめ、もう二度と一人にはしない、苦労はさせないと誓っていた。
五感の全てで彼女を抱きしめ、そっと顔を寄せ唇に唇を重ねていた。
航と彼女のために必要なことは何でもするつもりだ。だがその前に航に自分が父親だということを伝えたい。そして息子に受け入れられることを望んでいた。





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2017
03.22

あの日、あの時 4

彼女は男の子と手を繋いでいた。
暫く茫然と二人を眺めていたが、同時に二人を見つめようと瞳を凝らした。
女が春らしいコートを着ていることを頭が理解し、男の子はダッフルコートを着せられ、NYヤンキースの帽子を被っていた。

「道明寺・・・」

「お母さん!この人だれ?」

手を繋いでいる男の子が聞いた。
怪訝そうな顏と澄んだ黒い瞳は昔からよく知る顔だ。紛れもなくお母さんと呼ばれた女の遺伝子を引いているのが見て取れた。司は全神経を男の子に向けた。かつて彼が付き合っていた女性には子供がいて、母として暮らしていることを知った。


ああ、なんてことだろう・・。
彼女は、牧野つくしは既に結婚して子供がいるということか?
二人が過ごした6年のあと、俺が結婚していた8年という歳月の間に結婚し、子供をもうけたということか?

客観的に振り返れば、女にとって23歳からの8年は人生で一番輝いている時だ。その時間をどう過ごそうと俺が何か言う権利はない。
だが二人が別れたあの時の彼女の言葉に、愛情を感じたと思った言葉に、彼女の心はまだ自分にあると錯覚していたのか。会いに来るべきではなかったのだろうか。

ビジネスに於いては、母親譲りの鉄の自制心を持って臨むことが出来る。だが、好きだった女性に自分以外の男の子供がいることに、心を搔き乱された。

彼女に触れる男の手は自分以外にあり得ないと、自分以外の男と一緒にいるなど想像すること自体が辛い。
だが、彼女には彼女の人生がある。それを認めるべきなのかもしれない。
二人の間にあった愛はもう二度と息を吹き返すことはないと思うべきだろう。
何かを言いたい思いはある。だが何を言えばいいのか、どうすればいいのかわからなかった。
伝えたい思いもある。おまえには不滅の愛を誓ったと。他の女と結婚している間もおまえだけを思い過ごしていたと。

そして道明寺司としての義務は果たして来たと・・・。


頭の中に彼女と最後に会った日が思い出されていた。
あのとき長い髪をしていたが、今は肩口で切り揃えられた長さだ。地味な印象はあの頃と変わりなく、顔は驚いた様子だが、視線をとらえた途端、少し困ったような顔をした。
彼女に対し紳士的に振る舞うつもりでいるが、今の状況をどう捉えればいいのか。
手を繋いだ子供とはどういった関係なのか。子供がお母さんと呼んだ以上、分かってはいるが、はっきりとした答えを知りたい。
それに、牧野姓でいるなら離婚をしたということか?

その時、まだ幼い顔が司を見た。
そして不思議そうにつくしに言った。

「ねえお母さん!この人誰なの?お母さんのお友達なの?」

NYヤンキースの帽子を被った男の子は母親の手をギュッと握っていた。
臆することなくこちらを見つめる瞳。そして向けられる敵対心は幼いながらも母親を守ろうとする気合いが感じられた。

司は近づいて男の子をじっと見た。
身をかがめ、目を男の子と同じ高さにした。
そしてそのとき、ひとつの疑念が生まれていた。
気付いたことがある。昔からよく知る顔だと思うのも当然だ。毎朝鏡の中で見かける男を子供に戻せば彼と同じ姿になるはずだ。カエルの子はカエルといった言葉があるが、間違いないはずだ。だが確信があるかと言えば嘘になる。

子供は自分に近づいてきた男に眉根を寄せ、視線を跳ね返すかのように見返した。

「ねえ。おじさん誰なの?僕のお母さんに何の用があるの?」

「俺か?俺は君のお母さんの友達だ。君、何歳だい?」

司は、躊躇いがちにほほ笑み、自分によく似た面立ちを持つ子供に言った。
そしてその言葉の中にはある種の期待が込められていた。

「・・7歳よ。」

答えたのはつくしだった。

「お母さん!僕自分で答えられるよ!いつも言ってるでしょ?きちんと自分で答えなさいって。それに自己紹介をするときは名前から名乗りなさいって言ってるよね?」

少年は帽子を脱ぎ、司に挨拶をした。

「僕、牧野航(わたる)。7歳。おじさんは?」

司はその少年の髪の毛が自分と同じ緩やかな癖があることに確信を得ると結論に達した。
そして彼女に再会したこの瞬間、自分が父親になっていたことを知り、少年に手を伸ばさずにはいられなかった。

「俺か?俺は道明寺司。俺の髪と君の髪はよく似てるな。航くん。おじさんと握手してくれないか?」

「うん。いいよ!」
航は黒い瞳を輝かせ司の手をとった。
「おじさんの髪の毛もおじさんのお父さんと同じなの?僕の髪の毛は僕のお父さんと同じだってお母さんが言ってるんだ。・・・でも僕のお父さんはずっと外国に住んでいて帰ってこれないんだ。だから僕はお母さんと二人で暮らしてるんだ。でもいつかお父さんに会いに外国へ行くつもりだよ!」

本当なら誰かと結婚して外国に居るから会えない。
そう言うべきはずだ。


押し黙ってしまったつくしに、司は言った。

「・・・俺の子供なんだろ?」

彼女は、誤魔化しは苦手な性分だ。
事実は事実として伝えるはずだと司は思った。
そして事実を伝えてくれることを願った。

「・・そうよ・・この子は道明寺の子供よ。」

その言葉はどんな熱烈な愛の言葉より、彼女らしいひたむきな愛し方の現れだ。
二人の世界が傾いたとき、その傾きをひとりで支えたとも言える彼女の行為。
恋人の子どもを一人産み育てることが出来る懐の深さとも言える行為は、誰もが出来ることではないはずだ。そして8年という時間は短くはない。その時間を静かに過ごして来たわけではないだろう。子供を一人で育てることが、ましてや他の女と結婚してしまった男の子供を育てることが、どれほど心に負担がかかることか。ある種の感動が、司の心を覆っていた。教えられなかったことを罪だとは思わない。むしろここまで育ててくれたことを感謝したい。突然親となったことに戸惑いがないと言えば嘘になるが、今は彼女が慈しみ育ててくれた子供がいることがただ、嬉しいと思えた。





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2017
03.21

あの日、あの時 3

アスファルトに出来た水たまりに気を取られることはない。
司は近くの公園を横目に見てマンションに足を向けた。
公園に人がいないのは、雨が上がって間もないからだろう。
太陽が顔を覗かせれば、子供たちの歓声が聞こえるようになるはずだ。
そして早春の陽射しが日々暖かさを増せば、桜の蕾もより一層綻ぶはずだ。



マンションのエントランスはオートロックで部屋の番号を呼び出さなければ入れない仕組みだ。上背のある男はその番号を押すことを躊躇っていた。ここまで来て引き返すつもりはないが、この躊躇いといったものは後ろめたさなのだろう。

昔の自分は決して我慢強い人間とは言えなかった。
だが10代の頃は問題児だったとしても、今の自分は我慢強い人間になっていた。その我慢とは、二人の間にどれほどの時が流れようが、どれほどの距離があろうが、それを超越することだ。離れようとしても離れることなど出来るはずもなく、彼女にかわる女性がいるはずもなく、二人の愛は終わるはずがない。出会ったときからずっと愛しているのだから。

だが出会いから別れまで6年と少し。そして別れから8年後、彼女に会いに来た男は果たしてどの面をして会えばいいのか。

ごく単純に別れたと言えば話しは違うだろうが、いずれ結婚するはずの女を事業継続の為とはいえ、捨てたと思われても仕方がないような別れだった。恐らくだがこの8年間、俺との過去を他人に揶揄されることもあったはずだ。そしてそのことに否応なく向き合わなければならなかったこともあっただろう。そんな中、どんな生き方をしてきたのか。

後ろめたさを打ち消すための心の操作と言ったものは持ち合わせてはない。
NYと東京でのつき合いとはいえ6年のつき合いだった。だが結局は彼女と結婚することは出来なかった結果になったことへの申し訳なさは、8年の歳月のあいだに風化することはなかった。それならこの8年以前に結婚しておけばよかったと思うのだが、当時24歳の自分がそこまで踏み込めなかったのは、自分に自信がなかったのか、それともまた何か別のものがあったのか。もしかすると、あの頃の自分は何か迷いがあったのか。だから人生について明確な地図が描けていなかったのかもしれなかった。そして彼女はその心を見透かしたのかもしれないと思った。

23歳の彼女が言った言葉がいつも頭の中にあった。

『自分が選んだ生き方が間違っているとは思わないで。』

自信に満ちた彼女の口ぶりが、迷いがあった自分の背中を押してくれたと感じた。

そして『道明寺が頑張らなきゃ誰が頑張るの。』

と言って励ます断固たる口調が、一切の不平不満はないと澄み切った光りを宿す大きな瞳が、道明寺司としてやるべきことがあるでしょ?と言っていた。
だからやるべきことは済ませた。

多くの時間をNYで過ごし、例え仕事で日本の地を踏めど、既婚という自分の立場を考えれば彼女に会えるはずもなく、次々と契約を結んでは契約書類を検討しながら、財政面での問題を解決し、道明寺を優良企業としての地位に押し上げるため自分の責務をこなしていた。

だがもういいはずだ。
道明寺司として果たさねばならなかったことは済ませたはずだ。
8年経ってようやく念願がかなうはずだ。
どれだけこの時を待ち望んだか。
やっと牧野つくしに会うことが出来る。

昔の恋人に会いに行く。
世間はそう思うだろう。

人と人との結びつきは結婚といった形ではなく、どんな制約にも縛られないというのなら、心はいつも彼女と一緒だった。だが心が望んでも、実情は望んだこともない戦略的な婚姻関係を結んでいた。しかしそれを解消した今、果たされるべき約束を、二人の結婚の約束を果たしたい。その思いだけで帰国した。

だがインターフォンを押したが応答はなく、彼女と会うことは出来なかった。
そして今後も恐らくバーに現れることはないだろう。それならこの場所へ毎晩通って、毎晩待とうか。そんな思いが頭を過った。そんなことより電話をかければいいものを、それさえも気後れするといったことが我ながら滑稽だ。連絡手段として手紙を選んだのも、彼女を困らせないためだった。

常に人生の底流にあった孤独というものがある。
この孤独を断ち切ることが出来たのは、彼女と付き合っていた間だけだった。だがそれは遠く離れた空の下でのつき合い。そんな状況でも、自分を支えてくれていたのは彼女だけだ。

若さの持つ荒っぽいエネルギーといったものは今、感じられないかもしれないが、若い頃の司は暗い影を持ち、激しい性格の持ち主だと思われていた。そんな男にとって、彼女は気持ちの拠り所であり、心が弱ったとき、黙って抱きしめてくれる存在だった。

例えそれがNYと東京という距離があったとしても、彼女の声を聞くだけで心が癒された。
だが自分を支えていた女性を切り捨て、別の女性と結婚すると言った身勝手な別れから8年が経っている。もしかすると彼女は、別の人間を心に宿しているかもしれない。
自分にとって稀有な存在だった女性は他の男にとっても恐らくそうだろう。実際司の親友もそんな彼女に惹かれていた。


心根の優しい真っ直ぐな女で根性があった。
そして若いのに腹が据わっていた。
大学もアルバイトで稼いだ金で通い、弟の学費も彼女が稼いでいた。

どれくらいその場所にいただろうか。
ぼんやりと遠い昔に記憶を巡らせていたような気がした。だがこれ以上この場所にいてもどうしようもないと、立ち去ろうと後ろを振り向いた瞬間、視線の先、背格好に見覚えがある人物が歩いて来るのが見えた。目を凝らすまでもなく、見間違えることもない8年間会いたかった人の姿を目にすることが出来た。

近づいてくる彼女は変わっていない。あのとき別れたときのままだ。
彼女と再び顔を合わせると思うと緊張する。それはまるで10代の頃、初めてデートをしたときのようだ。あの日の記憶がたちまち甦り胸が熱くなる。
司は徐々に近づいてくる人物に視線を合わせたままじっと立ち尽くしているが、彼女はまったく気付いていなかった。

「・・牧野」

「・・道明寺?」

つくしの目が驚きに大きく見開かれるのを司は見た。
そして、そこで見た光景に彼は言葉を失った。





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2017
03.20

あの日、あの時 2

世界がどんなに変わろうと、決して変わらないものがあるとすればそれは何か。
ひそやかに、音もなく変わるものがあるとすればそれは何なのか?
人は過去の人生の中、思い出として残したいものがあれば、それは何らかの形で心の中に残っている。しかし時が流れれば、全ての思い出は浄化されて行く。
だが彼女に対する思いは、どれほど時が流れようと変わることがなく、自分にとってかけがえのない日々を思い出になど出来なかった。いや、思い出になどしたくはなかった。
そして、あの頃の若く感じやすい心は決して失われることなく、今も心の中に息づいていた。



NYから日本支社へと来て二週間が過ぎた。
その間、司は会社とホテルのバーを往復する毎日に明け暮れた。
取引先との会食は早々に済ませ、長引きそうだと思えば、体調が優れないと嘘を言って断っていた。例え彼女が来なくても、あの場所での時間は誰にも邪魔されたくはなかった。
大切な人を悲しませた場所での時間を。

日本に着いて早々、鍵のかかった引き出しから取り出した小さな箱が頭から離れたことはなかった。今も自室のデスクの上に置かれた小さな箱。
それは随分と昔、イタリアで渡した指輪が入った箱だった。
とりあえず婚約だけでもしないかと、二人で結婚の約束をしたあの日、手渡したものだった。だがあのバーで別れを告げたとき、鞄の中からその箱を取り出され、カウンターの上にそっと置かれた。あの頃、大々的に発表された別の女との婚約発表が、どれほど深く彼女の気持ちを傷つけたかと、今更ながら思わずにはいられなかった。



「・・婚約者の人にあげて・・あ、そうようね、ごめんね。別の女にあげたものなんて失礼よね?」

と言って笑っていた。

カウンターに横並びで座った二人が、互いの顔を見ることなく会話を交わすことに不自然さはない。声だけ聴けば、切実さは感じられず、むしろあっさりとしたものに感じられた。
だが、彼女の顔はそうではないと分かっていた。少し俯いた顔は黒い髪に隠れ分からなかったが、聞こえて来た明るい声の裏側にはいつも意志的な顔をし、前を向いて歩く人間のプライドといったものが感じられた。
わざと明るい声を出し笑った彼女が痛々しかった。
そしてその顔に本物の笑顔が浮かぶことがないことが辛かった。

一番大切だった彼女の笑顔。
どんなに疲れていても彼女の笑顔を見れば安らぐことが出来た。その笑顔は自分が奪ってしまったのだと、感情を抑制させてしまったのは自分だと己を責めていた。だがそんな男の気持ちを察したのだろう。昔から揉め事や争い事が嫌いな女は自分を犠牲にし、言った。

「・・道明寺、自分を責めないで。あたしは今まで幸せだったよ?」

何かを決心した言葉は明瞭で淀みがなかった。
そして渡された小さな箱。
あの指輪は受け取ったままでいて欲しかった。
離れていた男が何もしてやれなかったことへの償いだと、幸せにしてやることが出来なかった男の償いだと、この指輪を売ればかなりの金額になる。だからいざとなれば売ればいいと。
だが持っていることは出来ないと、独り言のように呟く声が聞えた。
そして俺の心の負担を考え、道明寺の生き方が間違っているとは思わないで。そう言われた。

何かを犠牲にしなければ得られないものがあるとすれば、いったいそれは何なのか?

あの日から8年が過ぎ、彼女を傷つけてまでも救わなければならなかった会社は持ち直し、二度と、あの時の轍を踏むことのないようにと、全てに於いて危機感を持ち事業を進めていた。世界経済は刻一刻と変化する。激動といえることはないにしろ、いつ、どこで、何があるか分からない世の中だ。リスクを回避する為の手段は幾つあってもいい。
母親が社長だった頃、すべてを社長の独断で決めていたことも、大組織なるが故、物事の進みに歯がゆさを感じることがあれど、旧態依然とした制度は廃止し、各部門の責任者にある程度の権限を持たせた。
自分の身に何かあったとしても、会社は何事もなかったように回るようにと。


帰国してすぐ、牧野つくしの居場所を調べた。
自宅の住所は分かったが、訪ねる勇気が持てずにいた。
だから秘書から手渡された住所に手紙を送った。
必ず手元に届くようにとの手配を忘れずに。
そして配達された証拠である受け取りは確かにあった。

今更だと言われることはわかっていた。
だがどうしても会いたい。
だからあのバーで待つと手紙を書いた。

だが会いに来てはくれなかった。

いつも生きることにひたむきだった彼女。
彼女から聞かされる言葉は、厳しいビジネスの世界で生きる男にとって心が温まるような言葉ばかりだった。
そんな女性に8年前、自分の都合で別れて欲しいと言って別れた。
だが会いたい。一度手放したものを探しに行くことが許されるのなら、かすかな望みがあるなら、屈託のない笑顔で笑っていたあの時の彼女を抱きしめたい。


彼女の住むマンションの場所は頭の中にある。
そこは比較的新しいマンションで、独身者用によくみられるワンルームマンションではない。近くに公園があり、親子だったり、家族連れが賑わう場所だと聞いていたが、休日である今日、その公園の中に人影はなかった。

早春の今。
桜の花が咲くにはまだ早い。
夜は一睡もできないまま朝を迎えた。まるで子供が遠出する前の緊張から眠れない夜を過ごすかのように眠ることが出来なかった。そして自らの運転でここまで来たが、桜の木の下に車を止め、暫くハンドルを握りしめたまま動くことが出来なかった。もし、このままここで1時間を過ごせと言われても、容易く過ごすことが出来るはずだ。それほど足を外へと踏み出すのが躊躇われた。

ここまで来たんだ。何も急ぐことはないはずだ。
そんな思いもあるが、だからと言ってここでゆっくりする理由もない。
だが彼女が自分の到着を待っている訳ではない。
結局自分はいったい何がしたいのか。彼女に会いたいのではないか。
だが会ってどうするというのか。8年前に彼女を捨て、会社の為とは言え別の女性と結婚した。

あのとき、道明寺の生き方が間違っているとは思わないから。
今の自分が選んだ生き方が間違っているとは思わないで、と言われ、心のどこかでその言葉に彼女を捨てたことを許して貰えたと思っていた。

・・バカな。

そうではないはずだ。
許してもらえるなど考えてはいなかった。


8年前、彼女が去った店のなか、渡された小さな箱を手に何を思った?
男の身勝手とも言える別れの言葉を責めることなく、受け入れ、そしてそんな男に心配をかけまいと毅然とした後ろ姿ともいえる潔さに、彼女の精神の強さを見たはずだ。
彼女はいつもそうだった。
出会った頃から。
他人の為に犠牲になることを良しとするような女性だった。
そんな女性の、嬉しそうに笑う姿が思い出された。彼女が笑えば、自分もつい笑っていた。
彼女が嬉しいと、自分も嬉しいと感じるから。
だが、思考ばかり巡らせても仕方がない。辿り着く場所はいつも彼女のことなのだから。
それなら、直接会いに行けばいいはずだ。何もこの場所でハンドルを握りじっとしている理由はないはずだ。

司は車のドアを開け、足を外へと踏み出した。


雨上がりのアスファルトは水をはじいてはいるが、ところどころに水たまりがあった。
それを避けることなく真っ直ぐ歩けば、革の靴は濡れるはずだ。
今まで自分の前に、そんな水たまりがあることなど気に留めたことなどなかったが、それは常に誰かが前にある道を均していたからだ。
だが、水に濡れようが、泥を被ろうが構わない。

忘れようとしても忘れることなど出来なかった女性に会える。
8年前に途切れてしまった二人の関係を取り戻したい。
今の自分は懐かしさの一歩手前にいる。
鼻先で扉を閉められたとしても、それでも構わない。

かすかな望みがあるなら、この手に掴みたい。

そして同じ時を再び生きていきたい。 
もし、許してもらえるのなら。





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2017
03.19

あの日、あの時 1

「お待ち合わせですか?」

そう聞かれ、男はなんと答えればいいのかわからなかった。
そして仕方なく答えた言葉は、深い声質のゆったりとした口調で返された。

「相手が来るかどうかわからない。」と。


席に着いた男は背が高く、滅多にお目にかかれないほどの美貌に威圧感が漂い、ひと目見て高級だと分かるスーツに身を包んでいた。危険な雰囲気を感じさせる男であるが、育ちの良さは付け焼き刃では身に付かないという言葉の通り、その男には持って生まれた品の良さが感じられた。

金のカフスボタンが付いたシャツの袖口から、薄い金の腕時計を覗かせ、カウンターに軽く腕を乗せた姿は、富と権力を持つ男の何気ない仕草に見え、それだけで絵になる姿だ。
そんな男は時計を気にしながらも、背後にある入口を決して振り返ることはなかった。
そして黙って煙草に火をつけた。


結局その日、相手は現れなかった。
それから毎日同じ時間になると、ホテルのバーカウンターに一人座り、バーボンのオン・ザ・ロックを口に運ぶ。二杯目を頼み、三杯目を頼むと、バーテンダーはもうそれ以上おかわりが注文されることはないと知っていた。なぜなら男は三杯目を最後にいつも帰って行くからだ。

待ち人が現れることがないと分かった男の三杯目のグラスの中は、氷が溶けだしておらず、そのままの形で残っていた。つまり、三杯目はストレートでひと息にあけるのと同じということだ。そんな男に適量といったものは無いのか、酔うことは決してなかった。

そして午前0時にはその場所を去っていた。



一週間が過ぎても、男はバーに通っていた。
そして、時が来るのを待っていた。
だがいったい何の時を待っているというのか。
口の中に苦いものを覚え、その度バーボンで洗い流すことをしているが、その苦さは、あの日の自分の決断だったのかもしれなかった。





第三世界と呼ばれる発展途上国のひとつの国より資産を持つと言われている男がいる。
彼の両親は息子が自分たちの選んだ家の娘と結婚することを望んでいた。
そして事業の拡大と、その事業を継続させるための子孫を作ることを要求していた。
それは生まれたとき決められた宿命とも言える要求で、本人の意見や同意を求められることはなく、既に決められたこととして受け入れろと言われていた。

結婚に恋や愛は必要ないと一蹴し、もし相手が美人だ、聡明だとしても、それは結婚の必要条件とは見なされはしなかった。どちらにしても、彼自身も美人だと言われる女でも恋になど落ちたことはなく、それ以前に人を愛したこともない。
人を愛する。それは家族の中で姉を除き、感じたことなどない感情だった。

そんな男が生まれてはじめて恋に落ちたのは、平凡な女。
彼の容貌にも財産にも興味がないと言ったただ一人の女。
どこにでもいる、ありふれた女子高校生だった。

当時、特権階級意識の強かった男は、その女性が発した痛烈な言葉が胸に突き刺さっていた。
それは世の中の全ては金次第だと思っていた男にとって理解出来ないことだった。

そんな男は彼女のことに興味を持ち、付き纏うようになった。やがて彼女のことを少しだけ理解出来るようになると、打ち解けた会話が交わされるようになり、二人の関係は緩やかだが彼が望む方へと進んで行くように思えた。だが人生は生まれた時から決められており、自由に過ごしているように思えても、見えない鎖とも言えるものが足枷のように嵌められているのは分かっていた。そしてその鎖を断ち切り、前へと進むことが許されるはずもなく、敷かれたレールの上を歩かなければならなかったこの8年があった。

目を閉じると古傷が疼き出すことがある。
あれは丁度8年前、好きだった女との別れを決めたときだ。
NYで大学に通うかたわら家業である道明寺HDの後継者としての人生をスタートし、母親である社長と交わした約束の4年が終り、さらに2年が過ぎたとき、過酷な現実を突きつけられた。

その現実とは道明寺財閥にとって厳しいもので、病に伏していた父親が前年に亡くなり、その後アメリカで新規参入した事業で発生した損失額が莫大なものとなり、負債が資産を上回る債務超過に陥ることになっていた。そんな中、社長である母親は海外事業におけるリスクの軽視といった責任を問われ辞任。そして財閥は解体の危機に陥った。
そのとき両肩にのしかかる重い責任を実感しないわけにはいかなかった。
日本を代表する一流企業の解体、そして倒産の危機に晒され、生き残るためには犠牲が必要だった。
そしてその犠牲は彼の結婚といった形で補われた。


自分のただひとつの愛が去ったのは、自分がそう決断したからだ。
だが自分なりの結論を出しつつも、彼女のことを忘れることは出来なかった。
最後に交わされた会話を今でも思い出すことが出来る。
あの日、NYへトンボ帰りとも言えるタイムスケジュールで東京へ降り立ち、このバーで待ち合わせをした。共に大人になった二人が酒を飲む機会は少なかったが、それでもワインの一杯くらいは付き合ってくれた。

「じゃあ、元気でね。・・お酒、飲み過ぎないでね。・・身体に気を付けて。」

たったそれだけの言葉で別れた二人がいた。

そして逃げるように背を向けていた。


愚かさと共に失って気付く事がある。
あの選択は間違っていたのかもしれなかった。
あの頃からずっと心は彼女のものだった。
彼女の前では、美しいと言われる女を100人集めたところで太刀打ち出来ない程の何かがあった。表面上のことではなく、彼女を好きになったのは、その精神から来るものだった。

彼女と出会った当時、全ての女に対し捻くれたものを持っていた。女など低俗で頭が悪く、醜くく汚い生き物だと思っていた。あの頃、酷く歪んだ人生を歩んでいると本心では分かっていても、周りの人間は、悪辣な態度を取る男を咎めることはなく、むしろどんなことでも受け入れていた。そんな中、正面切って見返す女が珍しく、他人に対しいかなる感情も抱いたことのない男がその女に惹かれていた。

どこが好きなのかと聞かれてもわからなかった。ただ毎日どんどん惹かれていくのだから理由などありはしない。自分がどうかしてしまったとのではないかと自問自答したこともあったが、理由が見つかるはずもなく、ただ彼女が好きだった。

あのとき、暗闇の中から足を踏み出すことが出来たのは、彼女の手を取ることが出来たからだ。今まで生きてきた中で、あれほど幸せを感じたことなどなく、自分の気持ちを隠すことなどしなかった。
そして、終生愛すると誓った人だったが、その人と過ごすことは出来なかった。

だが思い詰める時間が必要なように、誰にだって時間は必要だ。
そんな時間がやがて人生の転機となるようにと、与えられた時間の全てを仕事に費やした。
断固たる決意のもと、事業を立て直すため、彼女の姿や声を意識の外に押し出し、目標とすることを達成させることに邁進した。今まで他人任せであった少額の契約も詳細にチェックし、最終的な許可を与えるのは自らの責任として行っていた。社内にいる敵対勢力は、所詮親の七光りと、丁重このうえないビジネス用語で進言して来る者もいた。決定に厳しい目を光らせる輩もいた。だが、業績が上向いてくると、手腕を認めない訳には行かなくなっていた。やがて両肩にのしかかっていた重い責任の上に、称賛を積み上げることが出来た。
そして、上場廃止寸前だった道明寺HDの株価を以前の水準まで戻し、いやそれ以上に押し上げ、最終的に会社の全体的な支配権を取り戻すことに成功した。


結婚相手の女性は、あなたに憧れていたと言ったが、夫婦としての生活は無く、明らかに失敗と言える結婚。だがそれでもこの8年間過ごさなければならなかったのは、相手の家の財力が必要だっただけだ。だがそれももう終わりだと、離婚の申し立てをする丁度そのとき、邸に帰りついたところで一台の車が駐車されていることに気付いた。
いつもなら街中のペントハウスに泊まるのだが、その日は邸へと車を走らせていた。

その車が誰の車であるか分かっていた。それは妻となった女の恋人の車だ。明かりの灯らない邸の中、何が行われているか想像することは簡単だ。邸の中に入ることなく、車に引き返したところで、これで離婚に関し自分にとっての好条件が整ったと笑いを堪える己がいた。
もともと愛などない相手だ。誰と寝ようが関係なかったが、これでケリをつけることが出来たと、抑えていた笑いを堪えることを止めた。

離婚調停はNYで最高の離婚専門弁護士の手によって行われたが、相手に選択の余地がないほどの条件付けとなった。そして名目上の妻だった女との離婚が成立した。





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2017
03.16

語りつぐ愛~時の指先 番外編~

「やっぱあれか?俺のこと18年も思ってたから男がいなかったんだろ?」
「あのね、道明寺。言ったでしょ?出会った男性はいたの。」
「ああ、その話しは聞いた。けど俺と比べて付き合えなかったってことだろうが?」
「・・・・」
「なんだよ?あの話は嘘か?」
「嘘じゃないわよ。でも・・」
「でもなんだよ?」
「就職してから何度か誘われたことがあったの。付き合って欲しいとか、それこそ結婚を前提にとか言われたこともあったわ。」
「おい、ちょっと待て!!あきらの話じゃおまえは男に見向きせず仕事一筋だったって話しだったぞ?」
「勿論そうだったけど、何もなかった訳じゃないわよ?わたしにだってすることはあったわよ?」


夜が更けて、18年分の借りを自らの身体で返すと言った男と、それを受け取る側の女は、ザ・メープルニューヨークの最上階にある部屋にいた。

感動的な再会は、まさに時が二人を結びつけてくれたはずだ。
抱きしめ合い、互いの存在を確かめ、18年前止まった時計を今に合わせることをした。

そんな中、つくしは自分の歩いてきた人生について振り返ってみた。
司を忘れるため、努力したこともあった。そうしながら仕事にも励み、それでもそれまで生きて来た人生の中で忘れられない人をなんとか忘れようと努力をした。自己研鑽に務め、ホテル内で他の社員に負けないだけの努力をしたからこそ、宿泊課長の地位を掴むことが出来た。

だが、窓の外を過ぎ行く季節に自分の人生を重ね、ただ日々を送ってきた訳ではない。
ただ、自分の人生に愛はないと思っていた。だから他の男性に興味を持てなかった。
仕事に熱中しているように見えたのも、司を忘れようとするためだった。
でも、つくしにだってそれなりの人生があった。

「大学にも行ったし、メープルに就職もしたわよ?それからさっきも言ったけど、社会人になってからは男の人から誘われたこともあるわ。ちょうど道明寺がNYで他の女と仲良くしている頃ね?」

視線が痛い。
司はつくしの話が、現在から突然遠い過去の記憶を呼び起こさせる所へと持って行かれ、言葉に詰まった。
過去の女の事を言われ、思い出すことが鬱陶しく感じるのは仕方がない。
確かに記憶のなかった司の行動といったものは、決して褒められたものではないはずだ。
だが鬱陶しいを承知で思いださなければならないのは、自分が18年も彼女を忘れた罰だと甘んじて受ける以外はないはずだ。

初めての女がつくしではなく、他の女だったということも今は意識的に遠ざけようとしているというのに、司の目の前にいる女は、わざわざその記憶を掘り起こそうとしているのか。
ただ、昔の女は恋愛感情があった訳ではない。だからと言って、それを言ったところで、男の生々しい言い訳にしか取られないはずだ。

若い頃の過ちだ。あの頃の俺は馬鹿な男だ。許してくれとでも言えば、過去は不問に付されるのだろうか。
だが、お互いの過去を冗談交じりに話し、少しばかり棘を含んだ言葉を言われたとしても、それは司が黙って聞かなければならないはずだ。
そんななか、これは未だに信じられないことだが、今でも愛してる人、と言ってくれたことに、歓びを隠せなかったのは紛れもない事実だ。

36歳になった司には、司の価値がある。
厳しいビジネスの世界を歩いて来た男としての価値が。
そして窓際で外の景色を見ている女をベッドへと誘う動作はお手のもの、と、制服である黒いスーツの上着を脱がすことに迷いはない。

「・・道明寺ってやっぱり女性の扱いに慣れてるのね?」

「・・い、いや・・そんなことねぇぞ?」

司はつくしの肩に置いた両手を慌てて離す。
今の牧野つくしは手強い。黒い大きな瞳は時々司を冷静に見据えることがある。
だが、ホテルで一緒に仕事をしていた時のような、冷静で超然とした表情は消えていた。
あの頃の表情も、司にすれば嘘だと分かってはいても、見ていて気持ちのいいものではなかった。何しろ高校生の頃、司が知っていた牧野つくしは、感情が面に現れやすく、誰に対しても感情のまま接してしまうことがあったからだ。

司は決して女の衣服の扱いに慣れている訳ではない。
脱がさなくても自分で脱ぐ女ばかりだったからだ。だが、動きに無駄がなく、何事も完璧にこなしていくところは、大人の男ならではの手際の良さだと言えるだろう。
もうこうなると、司が何をしても、ひと言言われるような気がしてならなかった。

だが、牧野つくしは知らないはずだ。いくら彼女のことを忘れ、恋愛とは無縁の不毛な男女関係しかなかったからと言って、あの頃心に抱いた牧野つくしに対する思いは決して消えることなく、熾火のごとくずっと心の奥で燃えていたということを。そしてその炎は18年経った今、司の心に送り込まれた強い風により、また再び燃え上がったということを。

そんな司が目にしたのは、少し傷ついた表情の牧野つくし。
その表情は少女であったあの頃の面影を感じさせた。
もし見つめることしか出来ないなら、そのまま時間を止めてじっと見つめていたいほどだ。
だがせっかく18年の時を超え、再び巡りあった二人の時間を止めてどうする?と司は自嘲を込め否定した。それに、ただ見つめているだけで済ませる事なんて出来るはずがない。


「まきの・・おまえ、怒ってンのか?俺は過去のことを水に流せとは言わねぇ。いや。言える立場にはねぇ。おまえに辛い想いをさせたのは俺だ。・・けど下でも言ったが、俺たちの時間は他の人間より少ない。話したいことは山ほどある。・・けどな、そんな時間も大切だが、俺は抱き合うことも大切だと思ってる。話し合うより何倍も時間をかけて愛し合った方が心が通じるような気がする。」

あくまでもそれは自然の流れだと言いたいのだが、言い方を間違えたか?

「別に怒ってなんかないわよ?あのね、わたしは別に道明寺が今まで何をしてたとか、誰と付き合っていたとか気にしてないわ。道明寺だってそんなこと説明なんかしたくはないでしょ?・・それに、まともに説明なんかされても悲しくなるだけだもの。ほんと、情けない話しだけどテレビで道明寺の顔をまともに見れるようになったのは、あれから何年もたってからよ?」

やはり今の牧野つくしは手強い。
牧野は隠し事をすることはあったが、元来嘘つきではない。
容赦なく司にぶつけてくる言葉は、彼に忘れられ、前だけを見る努力をしてきた女性の言葉だ。かつて自分のことを雑草と揶揄した女は、まさに逞しく地面に蔓延っていたのだろう。

「なんだか18年たったおまえは神々しいものがある。」

「神々しいってなによ?」

「やっぱりおまえは俺の運命の女だってことだ。俺はおまえを思い出した途端、欲しくてどうしようもなくなったからな。」

司はつくしの顔を見ながら思った。
彼が牧野つくしを忘れ過ごしていた間、彼女は自分の力で宿泊課長の地位を掴み、誰に頼ることなく、自立した人生を送っていた。高校生だったあの頃も、家族の生活を支えていたのは彼女だった。そんな女性に遠く離れていた所にいる男を何年も思い続けていたと言われ、本当なら18年前に幸せにしてやるはずだった女性をほったらかしにしていたことに、負い目を感じていた。ただ、その負い目は、すぐに愛おしさに変わっていた。
そして、その愛おしさと言ったものは、所有欲と支配欲と言ったものが含まれていた。

だから司はつくしが欲しかった。

運命の女である牧野つくしを。

だが決して所有したい支配したいと言ったものではない。ただ、彼女をこれから一生愛し守っていきたいと言った思いがあるだけだ。
あの頃、あっという間に自分の世界を変えた女性を、再びこの手に取り戻すことが出来たことが嬉しく、司はつい事を急いてしまっていた。


「・・道明寺・・わたしが辛辣だと思ってるんでしょ?」

「いや。おまえは悪くない。俺が悪いんだからおまえが何を言おうと俺が黙って聞くべきだ。」

呟くように言われた言葉に司は即座に反応した。
人は傷つけば、性格が悪くなる。そんな言葉もあるかもしれないが、決して性格が悪くなった訳ではない。ただ、牧野は少しだけ傷ついただけだ。
彼はつくしが自分のことを考え一人で過ごして来た18年を思った。
そして、こうして司と再会し、好きだ、愛してると言われることに、まだ戸惑いを感じているということは充分承知していた。それに18年の間、目にし、耳にしたことに心を痛めたということも理解しなければと言葉を継いだ。

「なあ。経験を積んだ俺は嫌か?今の俺は心からおまえが欲しい。心からおまえに触れたいと思ってる。今までの経験でそんなことを思ったことは無かった。生まれてから今までおまえを求めるほど、他の女を欲しいだなんて思ったことはねぇ。俺が欲しいのは牧野つくしだけだ。おまえは何も嫉妬する必要なんてねぇぞ?」

「べ、別に嫉妬なんてしてないわよ・・」

司からしてみれば、可愛い嫉妬に感じられた。
NY時代、タブロイド紙と呼ばれるゴシップ専門の新聞や雑誌に華やかな社交生活と題し、写真が載ったことがある。それを目にすることは日本でも容易いことだ。

「いいや。嫉妬してる。おまえは何ひとつ隠せてない。俺の前で下手は嘘をつくのはもう止めろ。過去は弁解のしようもないし変えられねぇけど、俺はおまえが好きだ。あの頃と変わらずにな。それにこの街にいたころ、潜在意識の中におまえの面影があったんだろうな。黒い髪の女ばかり選んでいたはずだぜ?それくらいどこかでおまえのことを考えていたってことだ。」

司が抱き寄せようと伸ばした手を、つくしはそっと押し戻した。
そして当惑顔で司を見た。

「なんだよ?牧野?おまえ俺の愛を疑うってのか?俺は間違いなくおまえのことを愛してる!証拠を見せろっていうなら、いくらでも見せてやる。なんなら今すぐにでも見せてやろうか。」

だが、返事はなく、しばらく司にとっては耐えがたい沈黙の時間が流れていた。
愛情を疑われたこともそうだが、自分を見つめるつくしの視線が気になっていた。

「・・ねぇ、道明寺聞きたいことがあるの・・わたし、経験がないんだけどそれでもいいの?」

司はそんなことかと、顔が綻ぶのを抑えることが出来なかった。それからは頬が緩んだまま優しくつくしを見つめ、静な声で応じ、彼女の体を抱き寄せた。

「ああ。全然構わねぇ。男にとって初めての女がどれほど嬉しいか、それがおまえで俺がどんなに嬉しいか。」

牧野つくしの可愛らしい嫉妬と当惑がはがれ落ち、信頼を寄せてくれることが嬉しかった。
やはり牧野つくしは、あの頃と変わらず恥ずかしがりやの女だと嬉しくなっていた。
そして、もう決して離さないと二本の腕でがっちり抱きしめ、唇を押し付けていた。


「それにしても俺たちの道のりは長かったな?まあ、俺もおまえもあの頃はまだガキだったが、あの頃の思いは真剣だ。二人とも時間がたっていい年になったが、これから毎日おまえが俺の傍にいてくれたらそれでいい。」

いじらしほど不安を浮かべていた女は、司が目の前で片膝をつき、唇を彼女の手の甲に押し付け、
「おまえがなかなか受け取ってくれねぇから、指輪が拗ねちまってるぞ?」
と、まだ仕事中だからと下では受け取らなかった指輪をポケットから取り出された瞬間、涙を浮かべていた。司は、そんなつくしを見て笑い声をあげたが、立ち上がり、彼女の指にそっと指輪を嵌めた。

「いいか。おまえは俺と結婚するんだ。言っとくが、俺を膝まづかせることが出来る女はおまえだけだからな。」

そして、優しくキスをし、指輪が無事目的の場所に収まったことに、司は胸を撫で下ろしていた。








NYの夜景をバックに抱き合う二人に言葉は要らないはずだ。


翼を思わせる華奢な肩甲骨。
そこから本物の羽根が生えていたとしたらどんな風に見える?
まだ誰のものにもなったことのないその身体は、羽根が生えていたとすればその羽根を広げ、どこかへ飛び去って行ってしまおうとするのだろうか。

司は女の不安が手に取るように分かっていた。
背を向け、着ている物を一枚ずつゆっくりと落として行くその姿に、初めてだと知ったその嬉しさに、不安をぬぐい去ってやりたい思いが湧き上がっていた。
今まで誰のものにもなったことがない女は、ひと前で服を脱いだことはない。
男の前で服を脱ぐのを恥かしがっていると分かっていても、下着に手をかけた女の迷いはなかった。だが全てを脱ぎ捨てたが、振り向こうとしない女はやはり恥ずかしいのだろう。

司は背後から近づき、両腕を身体にまわし引き寄せ、
「綺麗すぎて言葉が出なかった。」
と、うなじに唇を寄せ言った。
瞬間、返事をするかのようにぶるり、と震える身体。
その身体を自分の方に向かせ、右手でうなじを包み込み、ゆっくりと頭を下げた司の唇がつくしの唇に重なった。

まるで初めてキスのした時のような切なさを感じ、抱きしめた身体の細さに、自分とは違う華奢な背中を感じ、護るべき者はこの女だと、牧野つくし以外いないと確信した。
かつて夢見て、切望した二人の愛し合う場面。
高校生だった二人には現実としてはなかったが、今、互いの腕の中にいるのは、大人になった二人。奇跡にも近い再会に、幸せ過ぎて怖いくらいだと感じていた。

司はつくしをベッドの上へ横たわらせ、自分も隣へと横たわった。
16歳の牧野つくしは、すぐに顔を赤らめる少女で、思っていることがすぐに顔に現れるような少女だった。だが18年ぶりに再会した女は、仕事中は感情を隠すことが出来る女になっていた。しかし今、そこにいるのは、昔、彼が知っていた少女だ。司の視線に顔を赤らめていた頃のあの少女が彼の腕の中にいた。

初めてデートに誘ったのは司で、彼を拒絶する女を無理矢理誘うといった行動に出た男だった。一方的な片思いから始まった恋だったが、二人の感情はある時から急激な変化をとげ、二人の取る行動が周囲を巻き込み、ただの高校生の恋愛とは別の重い意味が重ねられていくようになっていた。だが、今の二人はあのとき自分たちの中にあったが、実らなかった思いを成就させようとしていた。

「・・・つかさ・・」
と自分を呼ぶ声が、あの頃と同じ呼び名でなくとも、女が求めているのが紛れもなく自分だと、ずっとあなたを待っていたと伸ばされた腕を身体ごと抱き寄せた。

狂おしい欲望に突き動かされたのは、司の方だったかもしれないが、二人共早くひとつになることを望んだ。二人の息遣いも、胸の鼓動も、あの頃の若かった二人と変わることなく、互いの思いは息づいていた。

牧野つくしにとって初めての男の身体は、予想外のことだったかもしれないが、司にとってもそれは同じだ。自分がどれだけ影響力があるかなど、知りもしないだろう。初めての男の身体をなぞる指先に、背中に爪が食い込むたび、司は身体が震えた。初恋の女性が、自分を初めての男として迎え入れようとしているが、男と女は違うとはいえ、自分が彼女と同じでないことが、申し訳なく思えてしまっていた。

だが互いに我を忘れ、本能に導かれるまま、行けるところまで行けばいい。
指先を身体の奥に差し入れる行為も、舌で湧き出る甘い蜜を味わう行為も、止めることなど出来るはずもなく、目の前にある全てを舐め、食べつくしたい。我を忘れるほど、目の前にいる女が欲しくてたまらない思いが湧き上がり、渇望が止まらない。

「・・つくし、愛してる。おまえは俺を知ってるはずだ・・」

18年前を思い出してくれ・・そんな思いが言わせた言葉。
狂おしいほどの思いとはこういったものだということを初めて知り、一瞬の痛みに上がった叫び声も、そしてその涙も、全てはこれから先もずっと自分だけのものであると分かっていても、今、この瞬間を永遠に瞼の奥深く留めておきたいと願っていた。





「大丈夫か?」

司は身体を起こし、心配そうに聞いた。

「・・うん。大丈夫・・つかさは?」

その問いかけを18年前聞かれたら、どう答えただろう。
今の自分に大丈夫かなどと言われても、まともな答えなど言えないはずだ。
だが若かった自分の姿がそこに見えたとしたら、どう答えたか?
今の自分はあの頃の男ではないが、彼女を愛し始めたあの頃と同じ男であることに変わりはない。

「ああ。特別な思いがして大丈夫なんて言えねぇな。あの時からずっとこうしたかった。まさか、おまえとこんなに長い間離れることになるとは思いもしなかったが、これから先は一生おまえと生きて行けるな?」







二人がこれから年老いて、愛するだの愛してるだのと言った言葉が意味を成さなくなることがあったとしても、一緒にいることが出来る。
そのことが、これからの二人にとって重要だった。
それは18年の時を経て結ばれた二人のこれからがどんな人生になろうと、一緒にいることさえ出来ればそれだけで幸せだと言いたいのだろう。

あの時、果たせなかったおまえを幸せにしてやる。
その約束は、18年経ってやっと果たすことが出来そうだ。
これから先どんな人生になろうが、互いがいればそれだけで幸せだと思える。
あの頃からずっと自分の命より大切だと思っていた愛しい人を、やっとこの腕に抱くことが出来た。司は今、腕の中の女性が何よりも、そして誰よりも大切だと、決してこの思いを止めることなど出来ないと、長い年月の中でも分かっていたはずだ。


すべては、18年前のあの日からはじまったのだから。





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2017
03.14

エンドロールはあなたと~番外編~

家族の中に何でもかんでも否定する人物がいたとする。
もしそれが夫だとしたらどうしたらいいのだろう?
つくしの人生はあの日、変わった。
二人の人生のけじめとして、心に残るセレモニーとして挙げた結婚式。

そう・・・

映画のように抱き寄せられ誓いのキスをしたあの日から全てが変わったとしたら・・






「つくし!そんな重いモン持って歩くんじゃねぇよ!」
「お、重いって・・」
「そうだろうが!俺はおまえに箸より重いものは持たせたくねぇんだ!」

と、言って取り上げられた数枚のDVD。
好きな映画でも見ようと思っていたが、取り上げられ司がプレイヤーにセットした。
これは余りにも大袈裟だが、実際それに近いものがあった。
妊娠中、確かに気を付けることはある。
でも妊娠は病気ではない。普通に生活していれば何も問題ないと言われていた。

だが、ニュージャージーの道明寺邸で式を挙げ、アメリカ大陸を横断し、そして太平洋を渡り、東京へ戻るジェットの機内では絶対安静を持って過ごせとばかりの態度だった夫。
つくしの傍に近づくときは、まるで地雷が埋まった戦場を歩くがごとく用心深い足取りだ。
妊娠初期の段階での激しい行為はお止め下さい、と、止められたことに、NYまでの機内での行為が思い出されたのか、夫は動揺していた。

それに門限、規則、制限。
どういう訳か夫は異常なほどつくしの行動に目を光らせるようになっていた。
まさかこの歳になってそんな言葉を毎日のように聞かされる羽目になるとは思いもしなかったはずだ。
妻が妊娠したとわかった途端、まさに異常ともいえる行動を取るようになった夫。
つくしはソファのうえで、もぞもぞと身体を動かした。
そんなつくしの目の前にあるのは妊娠に関係した本。それは全て夫が購入してきたものだ。

ある日、濃紺のスーツをビシッと着こなす夫が抱えて帰ってきた本の数々につくしは聞いた。

「・・ねぇ。この本どうしたの?」

「どうもこうもねぇ。妻が妊娠したんだ。夫である俺が気を付けることがあるだろうが!」

まさか自分で買いにいったとは思えないだけに、再び聞いてみた。

「これ、まさか司が買いに行ったとかじゃないわよね?」
すると、ニヤッと笑って得意気に上がった片眉。
「アホなこと言うな。俺じゃなかったら誰が買いに行くんだよ?他人に頼むなんてンな無責任なことが出来るか?」

並外れた端正な顔と言われる夫が書店に現れ妊娠に関係した本を買う?
それもいったいどんな顔をして?
もし秘書に頼むとすれば、室長の西田か紺野になるが、あの二人がそんな本を頼まれ、買いに出掛けるところを想像するのも滑稽だ。そんなところにまるで呪文で呼び出されたかのように現れたのが秘書の紺野。

「支社長。マタニティ雑誌から取材の申し込みが来ておりますが、いかがいたしましょう?」

「マタニティ雑誌だと?」

「はい。道明寺夫妻の仲睦まじいご様子を写真に撮らせて頂きたいと取材申し込みが来たようです」



世間には道明寺司が結婚したという話は広く知られていた。
人は他人の秘密を知りたがるものだ。それも隠せば隠すほどに知りたがる。
マスコミは秘密を暴露することに価値を見出す。
だからその逆手を取り、逃げも隠れもしないといった態度で堂々と公表すれば、案外世間は騒がないものだ。司は道明寺HDとしてマスコミ各社、新聞社、雑誌宛に結婚したことをプレスリリースとして発表させていた。

それにしても、目に見えない細胞分裂が始まったのがいつだったかと聞く美貌の夫。
胎児の発達に興味を示した夫の過保護さは、目に余るほどだ。
それに普通、女性が赤ん坊を身ごもると、保護本能がより一層発達すると言われているが、道明寺夫妻の場合、その著しい発達を見せたのは夫の方なのかもしれなかった。

司は妊婦健診のとき、手渡された写真を人差し指で優しく撫で、あの日のことを思い出していた。妻から赤ちゃんが出来たかもしれないと言われた日のことを。あの日の得も言われぬ昂揚感。そして初めて言われた〝お父様″おめでとうございます。奥様は妊娠されていらっしゃいますよ、の言葉に顔が緩んでいた。

〝お父様″奥様は順調です。
〝お父様″お子様は男の子ですよ。
〝お父様、お父様、お父様・・″

〝お父様″と呼ばれただけでどれだけにやけた顔になるかなど、ひと前ではとても見られたものではないはずだ。
〝お父様″という言葉にどれたけ踊らされたことか。
〝お父様″はもはや司にとって魔法の言葉なのだろう。
最近は秘書まで〝お父様″という始末。その方が仕事も捗るのだろう。


「俺は言葉では言い表せないほどおまえを愛してる。それにおまえも俺を愛してるはずだ。そのことに対する反論があれば聞こうじゃねぇか?」

人は誰もが愛する人を守ろうとする気持ちは本能的に備わっていると言われるが、司の場合その本能とも言える部分が、つくしとお腹の子どもに対し、異常に発達しているのだろう。
だが、それは仕方がないのかもしれない。
つくしは華奢な体格だ。それに34歳という年での初産ということも心配だった。
そんな身体に司の遺伝子を持つ子供を宿したとなれば、間違いなく大きな赤ん坊になるはずだ。司は母体になにか起こりはしないか。それが心配だった。だから、時間構わず、それこそ四六時中トイレに行きたい妻が隣に寝ていてもいいという夫。
つくしにしてみれば、真夜中だろうが、その度に起きて手を貸す夫に申し訳ない気持ちでいた。

「・・つかさ・・眠れないでしょ?もしよかったらあたし、別の寝室で休むけど・・」

「アホぬかせ。どこの夫婦に寝室を別にするバカがいる?」

つくしは夫の眠りを妨げてはと気を遣ったつもりだが、司にしてみれば、まるで自分のことを拒絶したかのように取れた。

「おまえのお腹には奇跡が宿ってるんだ。それにお前を一人で寝かせるなんてことは絶対に出来ねぇからな!」


そして、道明寺一族の気品と美貌を受け継ぐ子供がつくしのお腹の中にいると知った、そこはかとない高貴な雰囲気が感じられる司の両親。今はつくしにとっての両親でもあるが、そんな彼らはつくしの身体は世界最大のダイヤモンドよりも価値があるとばかりの態度を取る。

「つくしさん。あなた仕事は程々になさいなさい。広報の仕事は今後社内のことだけで結構よ。社外のことには関わらなくていいわ。あなたのお腹になにかあったら困りますからね。それにしても妊娠していることに気付かないなんて信じられないわね?」

ビジネスの敵には容赦ない。と言われる道明寺楓はため息をついた。
今や、株価収益率や決算報告書より嫁の身体の方が心配だ。
厳密に言えば、孫を守ることの方が大切で、その為なら子ども、いや孫を守る雌ライオンと化すはずだ。その雌ライオンの子どもである司は、例えるにまさに百獣の王ライオンに相応しい迫力を持つ男だ。

「それからいいかしら?今から言っておきますが、孫にはわたくしのことは楓さんと呼ばせますから。・・教育については、わたくしは司のことで大変な思いをしたわ。だから孫の教育についてはつくしさんにお任せします。口出しは一切いたしません。そのかわり司みたいな男に育てないように」

威圧感に溢れる道明寺楓が孫の誕生を待ち浴びていることは勿論だが、父親の道明寺慶は、

「男と女は、相反するところがある相手に惹かれるものだと言うが、孫はいったいどんな組み合わせで産まれて来るんだろうな。司の髪の毛とつくしさんの目か?それとも司の目とつくしさんの髪の毛か?どんな組み合わせでもいいんだが、素直な子どもに育って欲しいものだ」

母親が母親なら父親も父親だ。
自分たちが我が息子にどんな態度を取ったかなど、今はどうでもいいと言った様子で、まさに、孫は我が子よりも可愛いを実践することは決定的だ。そして息子夫婦よりも孫の方が大切だということに間違いはなさそうだ。

そして姉椿。

「つくしちゃん。司から聞いたの。脚が浮腫んで大変だって?」

対し、オーダーメイドの黒いスラックスに白いシャツを着た男は、父親業特訓コースで勉強したことを必要以上に色気を振り撒きながら言った。

「つくし。塩分は控えろ」

まさか司の口からそんな言葉が聞けるとは、誰も思いもしないはずだ。
やがて大きなお腹が邪魔をし、自分で自分の脚首が見えなくなる程になった妻を、益々心配する〝お父様″。

「ねえ、どうしてこんなこと続けるの?」
つくしはふくらんだお腹を両手で覆っていた。
「それは、俺がおまえの夫だからだ」
と、言ってベッドに横になった妻の腰のマッサージをする司。

「辛いんだろ?男の俺が変わってやることはできねぇけど、手伝うくらいのことは出来るぞ?いいか?俺たちの間に出来る子は、きっと利口な子だ。だから早くここから出してくれって暴れ回ってるんだろ?けど今からママを困らせてどうするつもりなんだか」

司は大きな手でつくしの腰をマッサージしながら、語る声の調子は、子供の誕生を待ちわびる父親の喜びを感じさせていた。




妊娠という大変な時期を、一緒に乗り越えようとする夫に励まされ、つくしは比較的軽い陣痛で無事、男の子を出産した。紛れもなく父親似の顔立ちと、こんな髪の毛が濃い赤ちゃんを見たのは初めてだ、と言われるほど豊かな黒い髪の男の子は、道明寺家の気性を受け継いだのか、激しく泣いていた。
司が見下ろすと、本能的に父親だと分かるのか、泣き止むのだが、眉根を寄せ見返す顔は、既に一人前の大人のようにも見えた。

「司!この子はおまえが産まれた時とそっくりだな!おまえもわたしの顔を見てこの男は誰だって眉を寄せたぞ!」

駆け付けた司の父親は、産まれたばかりの孫に息子の誕生を重ね、懐かしそうに言った。








「眠ったか?」

「眠ったわ」

存在感溢れる夫は、名実共にお父様となり、赤ん坊が眠った後の貴重なひとときを大切にしていたが、夫婦のベッドでゆっくり出来る時間が少ないのが実情だ。
赤ん坊はすぐ母乳を求め、目を覚ますはずだと今では理解しており、妻が授乳する姿を見るのも好きだが、夫婦二人だけの時間を無駄にはしたくないと考えていた。

普段から寝るときは裸だったが、妻が妊娠してからはパジャマを着て寝ていた。
着る理由は、と問われれば、妻欲しさに自分を見失うことがないようにと戒めるためでもあるが、普段着慣れない男はそれが鬱陶しくてたまらず、早く元のように裸で眠りたかっただけに、もうそろそろ元の習慣に戻してもいいかと考えていた。
そうなると、ゴージャスな裸の男が妻を求めることになるのは当然だろう。

二人は子供を育てるのがどれだけ大変かといった悲観論者の意見は聞かなかった。
子供の親として、子供と一緒に成長して行きたいと考えていたからだ。
新米パパとママとなった道明寺夫妻。そんな夫は妻にあるものをプレゼントしたいと考えていた。

「つくし、これ開けてみろ」

手渡されたのは細長い箱。ベルベットの中敷きに収められていたのは、チェーンが付いた球体でダイヤモンドがキラキラとした輝きを放っていた。

「俺と二人で土星を見たの覚えてるか?」

「うん。もちろん覚えているわよ?でもどうしたのこれ?」

あれはNYで司の父親に会った後のこと。二人でペントハウスのバルコニーから望遠鏡を使って眺めたことがあった。それは30過ぎた男女の初めての天体観測だった。

「これか?出産祝いのプレゼントのひとつだ。おまえは派手な宝石は嫌いだって言うし、普段身に付けられるものがいいだろ?だからあの日の思い出をネックレスにした。これならそんなに派手じゃねぇし気軽に身に付けられるはずだ」

出産後、夫婦としての営みはまだ再開されてはないが、今日産婦人科の検診があったことは知っていた。そろそろいい返事が聞かせてもらえるはずだと踏んでいた。
そんなタイミングで渡した思い出の夜を形にしたネックレス。

「しゅ、出産祝いのひとつ?・・って司。他に何を・・」

「おお。そうだ。他にもあンぞ?」

司はまた別の、今度は大きな箱をつくしの目の前に持って来たと思えば、次から次へとつくしの前へ箱を差し出した。開ける間もなく、どんどんつくしの膝の上に積み重ねられていく箱。華やかな包装紙とリボンに包まれたそれらは夫の気持ちだと分かっていても、いつもの事ながら度が過ぎるが、今さら言っても無駄だと分かっていた。
夫が妻にプレゼントをして何が悪い?と言われれば返す言葉を失っていた。

「で、どうだったんだ?今日、検診だったんだろ?医者はなんて言った?」

やはり聞きたいのはそのことだ。

「・・うん。問題ないって」

司の行動は早かった。
答えを聞いた途端、つくしはプレゼントを取り上げられ、ベッドの上へ押し倒されていた。


それから始まった二人だけの世界。

「どんなにおまえを愛してるか、言葉じゃ伝えきれねぇ」

では、別の方法で伝えればいいだけの話だ。
夜の間に何を伝えてくれるのか。

「じゃあ、別の方法で伝えて?」

そんな言葉が出るようになった妻が、司は愛おしく思え、自分の幸せを噛みしめていた。



司が与えるキスは、羽根のように軽いキスから始まり、やがて熱っぽく執拗に唇を味わいながら、妻のパジャマを脱がせていた。
視線が巡らされるのは、かつてメトロポリタン美術館で見た裸婦像と同じほど美しい裸。
出産後、豊になった胸が司の唇に含んで欲しいと訴えていた。

両手は乳房を包みこみ、その重みを確かめていた。自分がこれから一生守り、愛すると誓った女性は妻となり、彼の子どもを産んでくれた。
そんな女性の耳元で
「おまえは俺にとって最高の女だ」
と、囁く夫の両手は名残惜しそうに、暫く胸で留まったあと、腰の緩やかな曲線をなぞっていた。そして手の中で柔らかく溶ける身体にキスを繰り返し、彼しか知らない身体の中に分け入った。

「・・あぁっ!!」

高く上がったその声に、単純な歓びを覚え、己の欲望の塊は自制心をなくし、突き進もうとする。だが、ゆっくりと、深く腰を動かし、何度でも愛の楔を打ち、弓なりに反った身体を己の身体に密着させた。そしてその身体を抱え、ごろりと回転してベッドに仰向けとなり、下からその姿を見つめた。

夫の身体にまたがる格好になった妻の、未だに顔を赤らめる姿がなお一層愛おしさを感じさせ、思わず頬が緩んだが、身体の位置を変えた理由は分かってるんだろ、と言いたげに動きを促すも、ひとつになった身体を自分で解き放つことに迷いがあるのが感じられた。

夫婦となった二人の間には、それなりの経験はあるが、まだぎこちなさはある。
夫の前で何がそんなに恥ずかしいのかと問えば、性分だから仕方がないの!と言い返されれば、それまでだ。愛している女は経験無しから始まって、ここまで進歩したのだから良しとしよう。だがなかなか動こうとしない妻の顔を見ていれば、もどかしさに、自分をコントロール出来なくなることは、初めから分かっていた。無理は承知でまたがらせたが、こんな状況では自分の方が持ちそうにない。

司は再び身体の位置を入れ替え、自分が上になると、ひとつになったままの妻をベッドに優しく縫い付けた。
そして目を閉じたまま、あえぎ声をもらす妻に自分を見て欲しいと囁く。

「目を開けて俺を見ろ」

身体も心も常にひとつでいたいから。
もっと深い絆で結ばれたいから。
だからもっと愛し合いたい。
今はそんな思いだけを妻に分かって欲しかった。






物質的な意味で恵まれた子供時代を過ごしたが、家は広く、寒々しいばかりの場所。
だが手に入れた暖かい家庭と、愛する妻と、そして子供。
司の人生の中、考えたこともなかった存在の二人。
他のどんな物とも換えることは出来ない愛おしい存在。

別の方法で愛してると伝えたが、まだ伝え足りないと感じていた。
喉元に感じる黒髪と唇。
そして小さな掌が胸に置かれていた。
両腕でその身体を抱き寄せれば、無意識に身をすり寄せる仕草に己の身体が反応することは仕方がない。
だが司は、今夜はこれまでと決めていた。
本当は二度でも三度でも愛し合いたい思いがあったが、久しぶりの行為で無理をさせる訳にはいかないと、閉ざされた瞼のひとつ、ひとつにキスをした。

「ゆっくり休めよ。つくし・・」

と、呟いた男も、やがて幸せな眠りに落ちていた。





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