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2016
10.30

御礼とお知らせ

皆様こんにちは。

いつも当ブログをご訪問いただき、ありがとうございます。
そして、随分とご無沙汰しております。前回こうしてご挨拶をしたのは8月半ばの暑い季節でしたが、あれから2ヶ月半が過ぎ季節はすっかり秋めいてきました。
今週はもう11月ですね。気づけば今年のカレンダーもあと2枚となり、1年が経つのは早いと感じております。

さて、「恋人までのディスタンス」の連載におつき合いを頂きありがとうございました。
いつも沢山の拍手、またコメントをどうもありがとうございました。大変励みになりました。

今後の予定ですが、今週の連載はお休みします。
日曜日の「金持ちの御曹司」をお待ちの皆様、本日坊ちゃんお休みです。

新連載は来週からとなる予定です。
ただ、今週中にどこかで短編をと思っていますが、拙宅の短編はご存知の通りのパターンです。そうは言っても書けなかった場合は申し訳ございません。
時々連載中に突然短編が入るのは、実生活多忙のため、ストックからお話を持ってきておりました。今後も突然短編という時は思考能力がない時だと思って下さい。
また、今後、毎日更新は難しいこともあると思いますので、そちらも合わせてご了承いただければと思います。

新連載はやはり大人の坊ちゃんのお話しです。原作とは随分と違うかもしれませんが、あくまでもアカシアの妄想坊ちゃんですので、大人の坊ちゃんです。
坊っちゃんとつくしちゃんの大人のラブロマンス(?)、と思って下さい。
ただ、花男ファンの皆様にはそれぞれお持ちのイメージというものがあると思いますので、イメージに合わないという場合はお控え下さい。



それでは、本日が皆様にとって素敵な一日となりますように。

andante*アンダンテ*
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2016
10.29

恋人までのディスタンス 最終話

いつしか習慣となったこの行為。
しかしいつまでたっても恥ずかしがる牧野。
いや。もう牧野じゃなねぇよな。こいつは道明寺つくしになった。

司は隣で寝ているつくしを見下ろすと色々な思いが甦っていた。
唇が腫れているのは頭に両手を差し込んでキスをし続けたから。
胸の頂きが尖っているのは彼が離さなかったから。
抑え気味にコトに及んでいるとはいえ、つい最近まで処女だった女にはまだハードルが高いか?

やり過ぎたか?

昨夜の行為が次々に思い出され、有り余る性欲に手を焼く16歳の若者のような振る舞いに司は思わず恥じ入った。
いい年した男が今更女にトチ狂ってどうする?
そう言われたとしても、狂った相手が妻なんだから何の問題がある?

だが実際、隣にいる女の寝乱れた姿は美しい。
何度抱いてもまた再び抱きたいと思うのは、司が感じている喜びを同じだけ共有させたいからだ。

同じ思いを何度でも。

やさしくキスをするのも、引き寄せて腕の中に抱くのも、最初の触れ合いから全てが愛おしく感じるからだ。今まで誰もそんな気持ちにはさせてくれなかった。
今まで誰ともこれほど体を寄せ合ったことも、ベッドの中でこれほど優しく抱きしめたこともなかった。ましてや女と堅く抱き合って眠るなど考えたこともなかったはずだ。

司の胸に顔を寄せ、片腕をまわし抱きしめるようにして寝ている姿。
その姿に自分がどうかしてしまったのではないかと思えるほどの愛おしさを感じる。

それほど司を変えた女はつくししかいない。





そんなある日、夜更けに目を覚ました司はつくしが隣に寝ていないことに気づいた。
片手を伸ばした先には当然だが誰もいるはずもなく、冷たいシーツの手触りだけがあった。その意味を理解するに時間はかからなかった。上掛けを跳ねのけ寝室を出た。そして明かりの灯る部屋へと向かっていた。
裸で寝ることが当然の司だったが、ベッドから出るときくらい何か着てと言われることを思い出すと、寝室に戻りバスローブに手を通していた。

「どうした?」

司はリビングルームのソファの隅に沈み込むように腰かけたつくしに声をかけた。
その姿はぼんやりと何かを考えているように見えたが声をかけられると、ぱっと表情を変えた。
薄いブルーのナイトウエアまでがよく似合っていると思えるとは、かなりの重症かとひとりごちた。そんな女に穏やかな目で見つめられると、なぜか自分が子供のように感じてしまうということも、どうしたものかと思っていた。

「あ・・ごめんね。起こしちゃった?」
「あほか。気づかねぇわけねぇだろ?トイレかと思ったらなかなか戻ってこねぇから心配するじゃねぇかよ?どっか調子が悪いのか?」
と、隣に腰を下ろすと心配そうにつくしの様子を窺っていた。

気のせいか顔色が少し悪いと感じた司は、まさか自分が激しく求めたからかと考えていた。
つくしは何も言わず黙ったまま膝の上で手を握っていた。何をするわけでもなくじっとしている様子はどうもおかしい。司は再び聞いていた。

「なあ。どうした?具合が悪いならこれからすぐにでも病院に行くぞ。すぐ車を回させる・・」
司はすぐにでも行く勢いだ。だがつくしは首を横に振った。

「ま、待って大丈夫だから。本当に」

意味深な視線を投げかけ、少し考え込むような素振りでいたが、やがていたずらっぽい目で司を見ると何か言葉を選ぶように唇を開いた。

「ち、違うの」
つくしは慎重に言い添えた。
「あのね・・多分赤ちゃんが出来たんだと思うの」

一瞬の間の後、司の中に高ぶるものは、その感情は大きな波となっていた。湧き上がる思いというのは、まさにこのことではないだろうか。胸の中が熱くなり、己の鼓動が高鳴り眩暈まで起こしそうなこの感覚。体の中で今まで刻まれて来た何かが司を突き動かすようだ。それは人間としての本能とも言えるものかもしれない。

自分が父親になることが信じられない。

「つくし・・本当か?」

囁くように呟かれたその言葉。
美しい大きな瞳に微笑みたいのに、吸い寄せられたように見つめるばかりで声も出せないでいた。そればかりか司は自分の顔が真面目くさった顔をしているはずだとわかっていた。

「うん・・多分ね。まだはっきりしないんだけど、そんな気がしていたの。でも多分そうだと思う」

深く息を吸い込むような音が聞えたかと思うと、つくしは思いっきり抱きしめられていた。
腕の中にいるのは妻。そしてそのお腹の中には司が自分のことを言った染色体の幸運の組み合わせがいる。

「この前から生理が遅れてて、それに胸も少し敏感になって・・い、痛いの」

司はソファから立ち上がり、つくしの前で床に膝を着くと彼女の腹部に手を当てた。
それからまるで宝物を見つけたように妻の顔を見上げていた。

「さっきも、急に胸が気持ち悪くなってトイレに行ったの」

世界でひとつだけの大切な宝物を守るように添えられた手。
つくしの顔を見つめる黒い瞳と彫刻のような顔は揺るぎない思いを抱えていた。
今となっては見慣れたその顔も、パーティーで見かけていた頃は冷笑を浮べ、魂の入らないまさに彫刻のようだと思っていた。その顔が今、つくしの前で頬を染めるような表情で彼女を見ている。

つくしは腹部に添えられた司の手の上に自らの手のひらを重ねていた。
大きな左手の薬指に収まる金の指輪の上に重ねられた白く小さな手。
すると司は頭を腹部に近づけると耳を当てた。

「つ、つかさ・・まだ、そんな何も聞こえないから・・」
「・・黙ってろ・・。世間じゃこうやって確かめるのが決まり事なんだろ?それなら俺も父親らしい行動ってのをしなきゃなんねぇだろ?」

つくしが声をあげておかしそうに笑ったので司は驚いてつくしを見つめた。

「そ、そうだけど・・まだ何も聞こえないわよ?」

だが司は暫くそのままの姿勢でじっとしていた。
自分が父親になる。そのことが信じられない思いだった。
そんな司の寝乱れた髪をつくしは手で整えていた。

「あたし達、いいお父さんとお母さんになれると思う?」

顔を上げた司は例のごとく美しい右眉を上げた。
「そうならねぇ理由が見つかんねぇけどな?」

司の言葉には疑問符がつき、冷たいと言われる黒い瞳は温かみを増していた。
それは妻だけに向けられる優しい視線。

「何か不安でもあるのか?」
つくしはゆっくりと首を振った。
「うんうん。ないわよ?」
「だろ?俺たちはいい両親になるはずだ。それに俺たちの染色体の組み合わせは最高だぞ?なにしろ冒険心に溢れる母親なんだ。これからどんなことでも乗り越えていけるはずだ」
「父親はどうなのよ?」
すると司は自分が優位に立っていると言った態度で言った。
「俺か?まあおまえに無いものは俺が全て備えているから、余計な心配は何もするな」
「な、なによその言い方。それにまた偉そうに右眉が上がってるし・・」
「だってそうだろうが。おまえにない美貌も金も俺が持ってるから心配ねぇってことだ」
「また、そんなこと言って!美貌が無くて悪かったわね!それに赤ちゃんに美貌もお金も関係ないでしょ?」

つくしが結婚した相手の名前は道明寺司。

その名前を聞いただけで世間の人々が思い浮かべるのは、ゴージャスな暮らしと世界一ゴージャスな男。だが、つくしはそんなものに心を動かされたわけではなかった。
たとえ生まれた時から最高のものしか知らない男と結婚していたとしても、つくしはごく普通の考え方しかしていない。

しかし、やはりこの男は普通の男とは違う。
ことあるごとに高価なプレゼントを買う男だった。
下手をすれば、体中ジュエリーだらけにされる恐れさえあった。

結婚が決まれば指輪が用意されたが、婚約指輪はその身に危険が及ぶのではないかという代物だ。指輪ごと誘拐されるか、指だけ持っていかれるのではないかという価格の代物。

つくしは普段身に付けることが出来る物を望んだ。
その結果、婚約指輪とは別に贈られたのはネックレス。ずっしりと重みのあるそれは球体で、幾つもの宝石が散りばめられていた。値段は怖くて聞けないが、イタリア、ローマのスペイン広場に近い場所に本店を構える老舗高級宝飾店の特注品と聞けば、それだけで高価なものだとわかるはずだ。いつか、つくしが覗いていた街の宝飾店とは比べものにならない程の価値を持つネックレス。今ではいつもそのネックレスを身に付けていた。

そのうち妊娠による浮腫みのため、左指に嵌められている結婚指輪も外さなくてはいけない時がくるが、そうなった時は指輪をこのネックレスに通して身に付けると決めていた。

果たして、指輪を外すなんてことをこの男が聞いたらどうするか?
それを言うのはまだもう少し先の話だが、つくしはその時のことを考えると笑を堪えきれなかった。

「おまえは俺を捨てる気か!」
とでも言いそうな気がしていた。

そのときつくしは夫の声に我にかえった。
「おい、つくし。これから朝まで起きてる気か?それから今日は仕事休んで病院に行ってこい。まだなんだろ?」
「え・・でも・・そんな急に休むのも・・」
「構わねぇよ。ひとり休んだくらいでどうにかなるわけねぇだろ?うちは人出不足じゃねぇし、一人休んで業務が滞るような部門はねぇからな。それに誰かが休んだからって文句を言うような社員はいねぇはずだが?うちはそんな企業体質じゃねぇ。なあ。俺の為に行ってくれ」

司はつくしをソファから抱き上げ寝室まで運んで行くと、妻が寝付いても東の空が白むまでずっと抱きしめていた。








つくしは結婚と同時に勤めていた不動産会社を退職すると、以前司の母親が口にしていた道明寺グループの中の不動産部門で働くようになっていた。
企業買収に興味はないかと聞かれたことがあったが、働きたいなら道明寺グループの中で働けばいいと言われ、そこなら土日は休みだということもあり転職を決めた。

つくしの新しい職場。
さすがに大企業の中の不動産部門は仕事が違う。
街の不動産屋と違い、つくしの新しい仕事は企業相手のオフィスビル事業部門。
街のランドマークと言われるようなビルを持つ道明寺グループの顧客は大企業が多く、そんな企業を相手に入居に関する契約交渉を行うのがつくしの仕事だった。


そんなある日、つくしは司の執務室に呼ばれた。
そこで紹介された人物は二人の結婚式に参加出来なかったという人物。

「こいつ花沢類。花沢物産の専務。昔の呼び名は三年寝太郎だ」
その名前は耳にしていた。
英徳学園でF4と呼ばれた4人組のひとりのはずだ。


「初めまして。牧野さん」
「類。もうこいつは牧野じゃねぇぞ!道明寺だ!」
「わかってる。わざと言ってみた。それにしても子供みたいにかわいいね」
と、言ってからかわれた。
そしてつくしの全身にさっと目をやると
「どうやら司のおたまじゃくしの元気は相当いいみたいだね?」
と、再びからかわれた。
「かわいくてももう俺の妻だ。類、残念だったな。それにこいつの腹には俺のおたまじゃくしが住み着いてるんだからな!」

花沢類は司と同じで女性に対してさほど興味を示さない男だが、つくしに会ったその態度が余りにも好意的だったため、司はイライラしていた。

「会えてよかったよ。司にもつくしさんにも。じゃあ悪いけど俺、急いでるから。これからパリ行の便に乗らなきゃならないんだ」
「ああ、帰れ、帰れ。さっさと帰れ」

普段はフランス、パリに住む花沢類は親しげにつくしの肩をポンと叩くと執務室から出て行った。

花沢類との関係は、ひと言でいうならライバルでありよき友人。
そんな二人の間で交わされる会話は意味を成さないものが多いが、それは昔からそうだったらしい。
そして花沢類が帰ったあとで、司はつくしに言ったのは、
これ以上おまえの崇拝者を増やす必要はない。のひと言。
そんな口ぶりだが二人の男性の仲は良好のようだ。

つくしの崇拝者。

総二郎、あきら・・そして司の父親。
母親の楓に次いで会わせた父親は
「牧野さん。ようこそ道明寺へ。司と出会ったことは運が悪かったと思って諦めてくれないか」

そんなことを平気で言う男性はどこから見ても完璧な紳士だ。
司の体を成す幸運の染色体の半分はこの紳士から来たかと思えば充分納得出来る。何しろその態度もそうだが、鋭い瞳は父親にとてもよく似ていた。背格好はまさにそっくりで、もし後ろ姿を見ただけで判断するとすれば、髪の毛に混じるグレーだろう。

もうこれ以上男の崇拝者は要らない。

司の父親は運が悪かった出会いを諦めてくれと言ったが、孫の誕生は幸運だと喜んでいた。
いい年した男がいつまでも一人でいるのは好ましくないと考えていたのは、どうやら母親と同じ意見だったようだ。




「それより、その写真ここに飾るの止めてよ・・恥ずかしいじゃない」
「何が恥ずかしいんだよ?失礼な女だな」
「失礼なのは司でしょ?」
「何が失礼なんだよ」
「何がって花沢さんに向かってさっさと帰れだなんて・・」
「類の野郎、おまえに興味を示した。あの男が女に興味を示すなんてことは今まで無かった。それにおまえの腹をジロジロ見やがった!人の女に手ぇ出してみろ、親友だからって容赦するつもりはねぇからな!まさか・・おまえ・・類に興味があるなんて言うんじゃねぇだろうな!」
「そんなことあるわけないじゃない!な、なにバカなこと言ってるのよ!あたしが好きなのは・・」
「なんだよ?誰が好きなんだ?言ってくれよ?」
「も、もちろん、決まってるじゃない。愛してるのは司だけ・・・」

司が目にしているのは、愛しい人の姿とその口から語られる愛してるの言葉。
彼は妻を引き寄せると胸の中に抱きしめた。
そっと、やさしく、お腹を気遣いながら。






二人っきりになった執務室で交わされる会話に隠し事はない。
それは自宅でも同じこと。

執務室の司のデスクに一枚の写真が飾られている。

木製のフレームに入れられた画像とも言える白黒写真。

それはお腹の子どもを写した写真だ。
司のおたまじゃくしが幸運の染色体を運んだ結果がそこに写っていた。
人の形さえまだよくわからないというその写真を、司は毎日眺めて過ごしている。
執務室の高価な革張りの肘掛け椅子の上で、ぼんやりとその写真を手にしている姿を見かけた者はいないはずだ。嬉しそうに頬を染め、まるで幼い子どもが大切な宝物を手にしたようなその姿はとても30半ばの男とは思えないほどだ。

非の打ち所がないと言われるカリスマ経営者。
称賛も羨望も富も全てを持つ男。
そして近寄って来る女には冷たいと言われていた男。

あの道明寺司のそんな姿を見ることが出来るのは、妻であるつくしだけ。


そして、これから生まれて来る子供は間違いなく彼の愛を一身に受けるはずだ。

恐らく迷惑なほど。

そんな日がやって来るのもそう遠くはない。





恋人までの距離(ディスタンス)はいつの間にか縮まっていて、これから新しい家族が増える。

家族が増えるごとに増えるものがある。

それは無償の愛。

これからその愛はもっと増えるはずだ。


二人ともそれを心から願っていた。









<完>*恋人までのディスタンス*
最後までお読みいただきありがとうございました。

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Comment:30
2016
10.27

恋人までのディスタンス 58

「道明寺のお母さんって、思ったとおり綺麗な人だった。男の子ってやっぱり母親に似るのよね?でもやっぱりお父さんも似てるところがあるのよね?」

つくしが肩越しに振り返ったのは手が離せないからだ。

「似てるなんてのは、染色体の幸運な組み合わせだろ?」
「もう・・。もう少しロマンチックな言い方が出来ないの?」
「なんだよそのロマンチックてのは?」
「だ、だから愛の結晶だとか、奇跡の組み合わせだとか・・」
「やめてくれ。あのオヤジとお袋が愛だの奇跡だの言ってる姿は想像が出来ねぇ」

母親の楓以外には会ったことはないが、多忙を極める父親はいい年をした息子が女ひとりに責任を持てないようでは一人前とは言えないと、二人の結婚話は至って平穏に事が運んでいた。
司の父親は道明寺家の当主として、そして道明寺グループの総帥として多忙な日々を送っている。母親の楓が実務的な役割だとすれば、父親は論理的な役割をこなしていた。


30代の男女は何事も一度決めると早かった。まるでこれからの時間を無駄にしたくない。
そして今までの無駄な時間を取り戻そうとするかのように一緒に暮らすことを決めていた。
そう。あのマンションのペントハウスで。
そして今。二人はこうして運ばれてきた荷物を片づけているところだ。

同棲という言葉は使いたくない。そしてもちろんお試しという言葉も。
それならこの二人の生活をなんと呼ぶのだろうか?
つくしの家族は娘の恋人が裕福な男性だと知っても、特段な気遣いはしなかった。
平凡な会社員の父親も専業主婦の母親も、娘の選んだ人生は自分で責任を持てばいいとばかりだ。
ただ弟の進だけは、こんなにカッコいい兄貴が出来るなんてと驚いていた。
ねぇちゃんは雑草なのに道明寺さんは何を間違って摘んだんだろう。珍しい草だとでも思ったんじゃないか?と、そんなことを呟いていた。



道明寺司ほどハンサムな男性には、まずお目にかかることはない。
それは世間の誰もが認めることではあるが、つくしは別にその外見に惹かれたわけではなかった。世間は司のことを洗練された男のように扱うが、それはあくまでも世間に対して見せる顔であって、つくしの前では平気で裸になるし、洗練された部分以外も見せる。

そしてこの男はつくしに対しては心配症で、少し嫉妬深いという性格の持ち主だ。
過剰な愛というものは、ときにつくしを窒息させそうになるが、それは愛しているからだ。
と、そのひと言で片づけられてしまう。

女性はだれでもそうだが、「愛してる」と言われれば嬉しいものだ。
例えそれが過剰な愛だとしても。



司は高校時代の自分が生き急いでいたことは告げていなかった。
あの頃の彼はまさか自分がこんな生き方をしているとは思わなかったはずだ。
女嫌いだったあの道明寺司が、女の隣に立ってキッチンでコーヒーカップを片づけていた。


「それにしてもおまえお袋と渡り合ったのか?」
「わ、渡り合ったというか、話をしただけで別に言い合いをしたわけでもないし・・」

司は次に手にしていたグラスをキッチンカウンターの上に置くと、感心したようにつくしを見た。
「けど、おまえよく一人で乗り込んだよな?」

司の海外出張中に呼ばれただけで乗り込んだわけではなく、お招きを頂いたということを理解してもらいたい。
それに話しをしてみれば、道明寺楓も普通の母親で、なかなか結婚しない息子にヤキモキしていた頃だと聞かされた。
それなのに、そんなことは関係ねぇとばかりの男は、つくしの顔を訝しげに見ている。

「な、なによ・・あたしに向かって偉そうに眉を上げるのはやめて!」
「どっちの眉だよ?」
「ど、どっちって・・右?うんん、左?・・と、とにかくどっちでもいいでしょ?」

司は偉そうにと言われた眉を、右眉をわざと高く上げて見せると笑った。

「あ、右なのね?」
「そんなもん、どっちでもいいだろ?」
「うん。でもね、道明寺のお母さんも同じように右だったわ」

親子で癖が同じだったかと、司がふっとほほ笑んだ。瞬間、つくしの中で緊張が高まった。
それは性的緊張。そしてその顔はつくしだけが見ることが出来るほほ笑み。
結婚によって全人生が変わるというわけではないはずだが、つくしはまるで甘美な波にさらわれたかのように感じていた。

些細なことが甘く感じられるのは、司がつくしの話をきちんと聞いてくれるからだ。
そして新たに知ったのは、驚くほど聞き上手だということだ。人の話を聞いて、的確な意見を述べることが出来る。要するに頭の回転が速いということだ。それは勿論そうだろう。そうでなければ大規模な事業展開など出来るはずがない。






そんな男はさりげなく女性をエスコート出来る。
海外での生活が長かったこともあるが、気づけばいつの間にかつくしの後ろに立っていることがある。そんな時はつくしひとりが緊張感を高めてしまうのだから、いい加減に慣れろと言われる始末だ。

道明寺司が本気の誘惑をすると、こうなるという事例がまさにそれだ。
ある日二人は共に遅い夕食を済ませると、明日の仕事に備え早く休もうという話になるのだが、なぜかいつもその言葉通りになることはない。



「つくし・・」

司はつくしの前に立つと、頬に人指し指の腹を優しく這わせた。
指は頬の膨らみからやがて唇の端に触れると、ゆっくりと唇の上を左右に動いた。
指先ひとつだけを女性の唇に這わせる行為は、どこかエロチックで艶めかしい。
触れる指先にほんの少しの力を込めると、唇が開かれ、その隙間からピンクの舌がチロリと覗く。
その舌先に触れるか、触れないかという指の動き。もしこの指が欲しいのなら咥えてもいいと言わんばかりの態度。そんな時に限って唇の渇きを潤すかのように行われる行為に司の欲望が掻き立てられる。





まだ腫れてない唇。

だがいつも一日の終わりには司のキスでその唇は腫れていた。


鋭い瞳で、だがつくしにだけ向けられる優しい眼差し。

息が荒く、不規則に変わるのが合図となったかのようにつくしを抱き上げると、ベッドルームへと運んだ。



そっとやさしく降ろすのはいつもの行為。
だれにも渡さず、触れさせないと抱きしめた。
これから生涯ふたり一緒に過ごしたい。

つくし?

俺を欲しがって。

欲しいと言ってくれ。

なあ、つくし?

生涯離れねぇと言ってくれ。

俺も一生離すつもりはねぇ。


強烈な欲求は収まるはずもなく、あらゆる部分で牧野を欲しがる。
司はつくしの腰に手を当て引き寄せると己の腰へと脚を回す。
欲しいものはわかっていても、司の情熱の高まりは奪うことを躊躇する。
好きだから。
愛しているから簡単に奪えない。

だがどうしても欲しい。

その気持ちに愛があるから、だから愛し合う行為が尊いものに感じられる。
愛のないセックスはただの獣の行為。
昔の司ならそれでよかった。だが愛を知った男はそれだけでは満足しない。

欲しいのは・・

欲しいものは・・

愛しい女のすべて。奪って、奪い尽くしてもまだ欲しい。

渇望はいつまでたっても収まることを知らず、飢えた獣に成り下がってしまう。

「・・まきの?」

おまえも俺が欲しいか?
そうだろ?
それなら俺と一緒に高みに舞ってくれ。
一緒に空を飛んだろ?

そして、俺と一緒に堕ちてくれ。
どこまで堕ちるかは二人の愛の深さに比例するはずだ。

だから・・

深く責める俺を許してくれ。


彼の人生で最後の女。
本当に愛している女からは1ミクロンも離れていたくない。



司はつくしを抱きしめると、そっと上掛けを二人の上へとかけた。
まるで繭に包まれる蛹のように、ふたりひとつの温もりを求めるように、互いの体を抱きしめ、眠りの彼方へと舟を出す。

牧野・・

牧野・・

愛してる。

だがそのひと言は、すでに寝息を立てる女には聞こえていない。

そんな女を後ろから抱きしめ、深い眠りへ落ちていった。








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Comment:7
2016
10.26

恋人までのディスタンス 57

道明寺楓からつくし宛に連絡があったのは、司が海外出張の最中だった。
突然で申し訳ないが時間を作って欲しいと言われ、迎えの車を差し向けるので来て欲しいと向かった先は世田谷にある道明寺邸だった。

都内有数の高級住宅地におよそ15万1千坪の広さを持つ邸は、入口の門から建物までどのくらいあるのか。邸の中を車で移動しなければならないほどの広大な敷地がつくしの目の前にあった。つくしの頭に過ったのは、この広大な敷地の管理はさぞかし大変だろうという思いだ。視線の先には美しい花々が咲き乱れる花壇があり、庭師と思われる男達が手入れをしている様子が見て取れた。美しい庭だと感心していたが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。
この場所に呼ばれた理由はわかっていた。



「おかけになって」

つくしは楓の正面にある革張りのソファに腰をかけ、女性がティーカップに手を伸ばすのを見ていた。真っ黒な髪をシニヨンに結ってグレーのスーツに身を包み、女王のような佇まいの女性は背筋をぴんと伸ばし、優雅な手つきでお茶を口にしていた。その表情は何を考えているのか窺い知ることなど出来なかった。

そもそもつくしがこの女性の考えていることなどわかるはずがない。
道明寺楓の名は決して軽々しく言える名前ではなかった。
日本、いや世界でも有数の企業である道明寺ホールディングスを率いる女傑。
本来なら、そんな女性とつくしがこうして同じ部屋の中にいること自体が信じられないことなのだから。



しんと静まり返った部屋の中、つくしは司の母親と顔を合わせていた。

「今日はあなたと共通の知り合いの話をしたいと思って呼んだの」

息子のことを共通の知り合いという母親。
アイアンレディと呼ばれる女性は噂どおりの女性なのか。
口振りはまるで仕事の延長であるかのようだ。

「あなたは司とおつき合いをしているのよね?」

口振りとは違い、つくしを見つめる楓の目は母親の目だ。
その目に嘘をつくことは出来ない。つくしは「はい」と返事を返した。
これから何を聞かれるのか、そして道明寺司との付き合いを反対されるのではないか。
そんな思いが頭の中を過っていた。

「司はわたくしのことを何と言ったのかしら?」

口振りは相変わらずビジネスモードのように感じられた。
そんな口振りで話しをする女性に母親として欠陥があるなどと言えるはずがない。
つくしは司の言葉を口にすることを躊躇った。

「あの子はわたくしのことをどう言っていました?牧野さん、遠慮せずに言ってちょうだい」

だがつくしは言わなかった。

「まあいいわ。どうせわたくしを貶めるような言い方をしたのでしょうから。確かにわたくしと司の関係は一時期いいとはいえない関係だったわ。それは紛れもない事実だから否定はしないわ」

つくしは頷きもせず黙って話しを聞いていた。

「牧野さん。人はある一面だけで判断すべきじゃないと思うの。何事も多方面から見ることが必要なの。それを幼いあの子に理解させることは無理だとわかっていても、わたくしは母親でいることよりも仕事を優先したことは否定できないわ。あの頃のわたくしには母親としての顔と道明寺という会社を守るための二つの顔があったわ」

楓はつくしが親子関係について聞いていることを前提として話していた。

「確かにわたくしはあの子が幼い頃から仕事で邸を離れることが多かったわ。でもそれはそうせざるを得なかったからなの。わかってるわ。あの子は、司は恐らくこう言ったんでしょうね。母親として欠陥があると。そうでしょ?牧野さん?」

つくしは躊躇ったが答えることにした。
だがそれは司が口にした言葉をそのまま伝えるということは、しなかった。

「あの、道明寺・・いえ、司さんはそんなことは言いませんでした。具体的な親子関係がどうだという話は一切ありませんでした。でも子供の頃、傍にいなかった母親には、いくつか理由があったということだけは知っていたそうです。それに母親の周りには高い壁が張り巡らされていて、なかなか傍に行くことが出来ないということも話していました。だからその壁を壊すような行動に出た・・それが生意気盛りの自分だったという話でした。あの、あたしがこんな話をするのは、おかしいかもしれませんが、今の司さんはお母さんのことを尊敬しています。あたしは司さんがどんな高校生だったのか知りませんが、過去は過去ですから」

どうしようもない高校生だったとしても、過去は過去だ。

「あの、過去に何があろうと親子です。司さんもいつまでも子供でいたわけではなかったはずです。それに今の司さんはその頃の親子関係なんて気にしていませんから」


すると、それまで硬かった表情が緩んだような気がした。


「ねえ、牧野さん。わたくしたちは最初からきちんとやりましょう」

急に話しのトーンが変わったのはなぜか?
それもいきなり本音を漏らされたような気がしていた。

「最初からですか?」

つくしは驚くしかなかった。
いったい何を最初からすると言うのか。

「そうよ?だってわたくしとあなたは親子になるんでしょ?あなたあの子と結婚するんでしょ?そのつもりならあなたはわたくしの娘になるわよね?」

楓は言葉を切ると、つくしの顔を確認するようにしていた。

娘になるなら関係の構築は最初からきちんとしましょう。
つくしがこの邸に呼ばれたのは、そんな話しのためだとは思ってもいなかったはずだ。
いつかのパーティーほどではないが、骨董品のように値踏みされるものだと思っていた。

「それから、あの子と結婚をするということは、戸惑うことも多いと思うわ。あなたが経験したことがないようなことも沢山起きると思うの。色々なことが。それでもあなたは司と一緒にいてくれるのかしら?」

そこで再び言葉が切れた。

「聞いてるわ。水長ジュンのことも。確かに司は女性関係が華やかだったこともあったわ。
それからあなたが司を殴ったこともね。あなたあの司に見事なパンチをお見舞いしたそうね?あの事は世間に広まることはなかったけど、わたくしの耳には届いていました。パーティーで黒いドレスの女が司に見事なパンチを放ったと」

「あ、あのあれは人違いなんです」
と答え、すぐに言い添えた。
「あれは本当に間違いなんです。司さんには本当にご迷惑をかけたと思います」

道明寺財閥の次期総帥が殴られた。
それも我が息子が女性に殴られたなんてことは母親からすればいい恥だろう。

「あら、いいのよ?あの子は殴られるくらいが丁度いいのよ。あの子には姉がいるんだけど、子供の頃、躾と称してよく殴られていたそうよ?」

非難の言葉を浴びせられると思っていたところに、それどころか肯定の言葉が飛び出すとは、つくしは思っていなかった。

「わたくしの見たところ、あなたは根性がありそうね?それに曲がったことが嫌い。そうよね?それからわたくしは、あなたがどういう人間なのかもっと知りたいと思ってるわ。それにこれから先あなたがどういう人間になるのか。それが楽しみだわ。その先であなたと司がどんな人間になるかがもっと楽しみだわ」

つくしは司の母親が何を言いたいのか、理解しようとした。

それは、未来は自分たちで切り開きなさいと言うことだろう。

「ところで、つくしさん。企業の合併なんて興味ないわよね?もしあなたさえその気なら、
今の会社を辞めて道明寺で働いてもいいのよ?」

その言葉は本気なのか、それとも冗談なのか。
道明寺楓の口振りからは真剣さが窺え、顔には意味深な笑みが浮かんでいた。

そんな顔を見つめるつくしに楓はひと言、言った。


「あなたみたいにパンチの効いた女性が司には丁度いいのよ」







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2016
10.25

恋人までのディスタンス 56

今思えば二人で始めたのは甘い冒険だな。

道明寺司は唇の片側を上げて笑っていた。
つくしは思い返せば、まさに冒険とも言える経験をしたと感じていた。
確かにスカイダイビングは冒険だったが、水長ジュンのこともそう言って笑い飛ばせる男の保護本能と独占欲というのは果たして同じものだろうか?


「引っ越す?それどういう意味なの?」

つくしのマンションで朝食を済ませた二人は食後のコーヒーを飲んでいた。
淹れ立てのコーヒーからは湯気がのぼり、いい香りが部屋中に漂っている。そんな中で司がリラックスした服装でいるのは、恋人のマンションに着替えを用意しているからだ。
いつもは知性を感じさせるようなスーツを着こなす男も、つくしの前では自然な姿で過ごすようになっていた。

すべてが完璧と言われる容姿を持つ男は、つくしの前ではその体を惜しげもなく披露する。
恥ずかしいくらいラフな格好でいるため目のやり場に困ることが多く、何か着て欲しいと頼んだことがあったが一蹴された。
つくしの前では必要以上にセクシーでいたがるのはなぜか?
今もってその理由は不明だった。

あの事件以降、警護の人間がつけられるのは仕方がないとしても、今住んでいるこのマンションから引っ越して欲しいと言われ、つくしは困惑していた。

「ねえ、警備上のことで何か問題があるの?」

もし何か問題があるというのなら、理由を聞きたいと思うのは当然だろう。
確かに道明寺司とつき合うということは、広い意味で標的にされやすいということは理解していた。

「いや、別に問題があるってわけじゃねぇが、問題があるのは俺の方だな」

「道明寺に?何かあったの?」

恋人に何か問題があると聞かされれば心配するのはあたり前だ。特に相手が日本の、いや世界の経済活動を牽引するような男なのだからなおさらだろう。

「俺に問題があるというより、やっぱおまえか?」

「あ、あたし?」

つくしは思わず自らを指差していた。
知らないうちに何か迷惑をかけてしまったのかと訝った。

「ごめん。あたし道明寺に何か迷惑かけてる?」

「迷惑じゃねぇけど、おまえが俺の傍にいてくれたら助かることは助かるな。つまり一緒に暮らさないかってことだ」

司は押し黙ってしまったつくしに言った。

「嫌か?まだ結婚もしてねぇのに俺と一緒に暮らすのは?なあつくし。俺はおまえのことが心配だ。そりゃ警護の人間をつけてはいるが、またいつ変な奴らがおまえに手を出すかわかんねぇからな。それにおまえと俺の休みは同じになる日は少ないだろ?俺は海外への出張も多いし生活が不規則になることもある。何しろ普通の会社員と違って勤務形態なんてのはない立場だ。それに帰って来たときおまえの顔が、おまえの笑顔が見たい」

コーヒーカップ越につくしを見る男はいたく真剣な表情をしていた。
恋人に笑顔で出迎えてもらいたい。
心の安らぎになって欲しい。
恐らくそう言ったことが言いたいのだということは理解できた。

確かにつくしの休日は平日が多い。そして現在の二人はこうして訪ねて来る司と一夜を過ごす日もあれば、長らく会えない日も多い。
ましてや司は海外への出張も多い。となると、二人が会える時間はおのずと少なくなる。
そんな状況の打開策として、道明寺司から一緒に暮らさないかと言われれば、まともな女なら大喜びのはずだ。

だがつくしは迷った。いくら結婚の約束をしたとしても正式なものではない。
一緒に暮らすということは、俗に言う同棲ということだ。
結婚もしていない男女が同じ屋根の下に住むということに、抵抗がないと言えば嘘になるからだ。

「なあ。牧野?俺はおまえと結婚したい。だがおまえは多分俺と結婚することにまだ迷いがあるんだろ?だけど俺たちは結婚するんだ。俺はお試しだなんて言葉は嫌いだが、俺と暮らして俺の全てを知って欲しい。結婚するってことは女にとっては一生の問題だろ?相手の男に人生を委ねるって言ったらおまえは怒るかもしれねぇけど、俺としてはおまえに頼ってもらいてぇってのが本音だ。俺に言わせりゃ、女から頼られねぇ男なんて男じゃねぇからな」

司はひと息おくと、つくしの反応を見ながら言葉を継いだ。

「で、俺たちはこれから一緒に住むが、俺とおまえのスタートはやっぱりあのマンションだ」

あのマンション。
それは司がつくしから買い求めたペントハウスのことだ。

「あの部屋は俺とおまえの新居だ」

引っ越し先が、つくしから買い求めたマンションのペントハウス。
鍵を渡され、まだ何もない部屋を好きな様にコーディネートしていいと言われ、結婚したらあの部屋で暮らそうと言われ思わず涙ぐんでいた。

「本当にあたしでいいの?」

「ああ。おまえじゃなきゃだめだ」

そんな会話が交わされ、最新型のキッチンに一瞬、何を揃えればいいのか。
そんなことがつくしの頭を過ったが、いくら大人の二人とはいえ、人間の結婚は犬や猫のようにはいかない。物事には順序があり、決まりがある。
常識に囚われる女は司の母親のことが気に掛かっていた。

「ねえ、道明寺のお母さん・・ってあの人よね?」

あの人。
言わずと知れた道明寺ホールディングスの代表。
日本の経済を、いや世界の経済を動かすとまで言われる女。
その貴族的ともいえるような顔立ちは多くの経済誌の表紙を飾ってきた。
通称アイアンレディと呼ばれ、写真は人間性を表すかのようにいつも厳しい表情で写っていた。もしもつくしが道明寺司と恋をしなければ、間違ってもその女性と人生が交わることはないはずだ。

「ああ。俺の母親はあの女。おまえも知ってると思うが、俺の母親はかなり癖がある」


そんな女性は息子の恋人のことをどう思っているのだろうか?
恐らく知っているはずだ。息子がごく一般的な女性とつき合っているということを。
だが息子は30代のいい年をした大人の男だ。いちいち口出しをしてくるとも思えないが、何しろ相手はあの道明寺家だ。

最近も新聞記事で道明寺楓の写真を目にすることがあった。アジアのどこかの国の首相とのツーショット写真。企業家として世界のトップと言われる程の活躍だが、社交界でも当然のようにファーストレディだ。彼女が出席するパーティーは超一流と言われ、各界の名士、紳士淑女が集まると言われている。
写真で見る限り面立ちは親子らしくどこか似ているところがある。が、その姿を見たことがないのだからどんな人物なのかは、判断できなかった。

息子である道明寺に言わせれば、″母親として欠陥″があったそうだ。
道明寺が若い頃、問題があったとは聞いていたが、それが親子の対立によるものなのか、単なる若気の至りと言えるものなのか、それとも思春期の暴走だったのか。

どちらにしても、つくしは過去にはこだわらない。
自分も言えた義理ではないからだ。それに前を向いて歩くことが彼女の信条。
道明寺とつき合うと決めた時点で心は決まっていた。
この人と一緒にいたい。そう願っていた。
それについての迷いはない。



だから道明寺楓から連絡があったことに気持の乱れはなかった。
愛する人の母親なのだから、自分もその女性のことを母親と呼べるようになりたい。
そう考えていた。

ただその女性が許してくれるなら。という話だが。

電話の向うから聞こえてきた声は威厳があった。
それはまさにこうあるべきだという声。
その名前を直接耳にする機会がこんなにも早いとは思いもしなかったが、居場所が知られている以上、逃げも隠れもするつもりはなかった。電話がかかってきた理由はわかっているのだから、きちんと話をするべきだ。

「牧野さんね?道明寺楓です」








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2016
10.24

恋人までのディスタンス 55

次の一週間、つくしはプロポーズのこと以外考えられなかった。
道明寺は誰かと結婚するということは、沢山の問題を抱えるということに気づいていないのだろうか。
あの日はこれから経験することばかりに気を取られ、何でもいいから質問しろと言われても思いつかずにいた。

つくしは今まで衝動的に人生を歩んで来たことはなかった。
何事も計画を立ててというわけではないが、それでも行き当たりばったりの人生ではない。
女性も30代で独身ともなれば、将来ひとりで生きていくことを考えるからだ。
だが恋だけは計画など立ててもその通りにいくはずなどなく、ままよ、という訳ではないが期待などしていなかった。

ただこれまでの自分が子供じみていたということだけは、わかっていた。
そんなつくしとの距離を根気よくつめてくれたのは道明寺司だ。
恋に臆病な女がその一歩を踏み出すことが出来なくても、待つと言ってくれた優しさは、つくしが耳にしたことがある道明寺司の態度とは違っていた。
そして、それが本来の男の姿だと知った。

悪い話しは悪ければ悪いほど他人は喜んで信じる。
それが本当か嘘かなど世間は確かめない。それにそのことを否定してこなかったことで、女性関係が派手だと言われていたが、これからは絶対にそんなことはないと強く否定していた。

あの夜は自分の口走った言葉が恥ずかしかった。
よく覚えていないが、恥ずかしいことを口にしたに違いないはずだ。
心臓が止まるほどのあの一瞬は、女性としての生まれ持った本能が解放された瞬間だった。
二人を隔てるものはなく、愛していると熱く訴える黒い瞳がつくしの戸惑いを断ち切ってくれた。体の隅から隅まで見られたという自覚があり、逃げることが出来ない視線に囚われたと感じていた。

今では司が近づくたびに、つくしの胸は激しく乱れていた。
いつも考え過ぎるなといわれるが、考えない方が無理だ。
何しろつくしがプロポーズされた相手は道明寺司なのだから。





***






目覚めたとき、黙って横になりながら隣で寝ている男の顔を眺めていた。
目の前にある顔は思わず手を伸ばして触れたくなるほどの美しさだ。薄闇の中で見ても分かるほどの美しい顔。そして他に類を見ないほどのステイタスを持つ男。そんな男が自分のような平凡な女を好きだと言ってくれた。そのことに驚くと同時に戸惑いを感じてはいたが、つくしは自分が完全に虜になったのだとわかっていた。

それと同時に相手を信じ、愛しているからこそ二人の関係が進んだのだということもわかっていた。

「どうした?」

つくしがぼんやりとしていると、目の前にある顔がほほ笑んだ。
知らぬまに目が覚めていたようだ。

「うん・・」

司は恥ずかしそうに顔を赤らめるつくしの髪に手を差し入れ、しっかり見つめ合えるようにと頭を支えた。

「体は大丈夫か?」

気遣う声はかすれていた。
あれから何度か結ばれたというのに、いつもつくしの体を気にするのは無理をさせているのではないかとの思いだ。恋人となった男はつくしの表情の変化を見逃さまいとしていた。

「また余計なこと考えてるだろ?」

あの朝、ベッドに横たわるつくしに向かって再度結婚の意志を確かめると、全ては俺に任せろとばかりに司は素早く行動を起こしていた。

「俺がおまえに夢中なのはわかってるだろ?それにあんなに大きな喜びを感じたことは今までなかった。いいか。おまえは俺が出会った女の中で一番魅力的な女だ。俺は初めて会ったときからおまえに惹かれてたんだと思う。あの日から色んなおまえを見て来たが今のおまえが一番魅力的だ」

その言葉は全ての女性が恋人から聞きたいと願う言葉だ。
つくしは生まれて初めての経験ではあったが、身も心も結ばれたと感じていた。

髪に差し入れた手はそのままにほほ笑む男は、ゆっくりと顔を近づけると額にキスをした。

「おまえが言葉だけじゃ不安だっていうなら何度でもこの体で示してやるが、どうする?」

返事がない女を独占するかの如く聞く男は、つくしの体に腰を押し付けていた。

その行動に驚きながらも、抵抗はしなかった。
女性として求められることが嬉しかったからだ。長い間恋人もなく、もしかしたらこのままずっと独身でいるのではないかとさえ思い始めた頃の出会い。もし押し返せば黙って引き下がるとわかっていた。司は決して自分の思いだけを押し付けるような男ではない。
そのことは初めての夜に知ったことだ。

だが決して嫌がることはしないとばかりに慈しむ姿が、逆につくしにいたずら心を呼び起こしていた。

「どうするって、断られたらどうするの?」

そう言って司の自制心を試す女は、目の前の男から愛されている自信があるからだ。
警戒心の塊のようだったハリネズミも、司の手の中では針をひそめて懐いていた。

「つくし、おまえ断るつもりか?」

何故かその顔は悲しげだ。
だが一転、ニヤリと笑うと嘘つくんじゃねぇよとばかりに顔をそらして笑い出した。

「俺の体を断るなんざ、おまえくらいだ。俺の体がいらねぇなんて言われたら男としての面目が丸潰れじゃねぇかよ?使えねぇってな?それにまさかおまえ週刊誌に売るなんてこと_」

司は真面目に驚いた表情を作ってみせた。

「な、なにバカなこと言ってるのよ!そんなことするわけないじゃない!」

からかわれているのは、わかっていた。

「へぇ。そうかよ?なら俺に喰われてくれ。おまえがもう許してくれって言うまで愛してやるよ」

司は腕の中から逃れようとしているつくしを引き寄せていた。
そして数分後には、再びベッドで愛を確かめ合った。互いの気持ちはいつまでも変わらないとばかりに慈しむ行為は、まだ慣れないつくしの為だということも充分承知していた。

そして互いの腕の中で再び眠りについていた。








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2016
10.23

金持ちの御曹司~最高の恋人~

社内における司の信条。
それは牧野つくしを見かけたら所かまわず捕まえること。
牧野つくし感知センサーがあるなら社内の至る所に配置するんだが・・。
なんかの動物に罠を仕掛けて生け捕りじゃねぇけど、もし出来るならそうしたい。
けど、あの女を呼び寄せる餌がなかなか難しい。
それにあいつの逃げ足は昔から早い。
とにかく姿を消すのが早い。
気づけば廊下の先のコーナーを曲がるスピードが半端ねぇ。
となると頭脳が必要になる。だが頭脳だけじゃダメだ。躰も必要となる。
つまり頭脳と躰を駆使して捕まえることになる。

頭脳戦。

ああ。まかせろ。
昔の俺は日本語に弱い男だなんてことを言われたが、今の俺は昔の俺とは違う。
数か国語を操ることが出来る多言語対応可能な人間だ。

そんなことを考える司は急に欲しいものができた。
それも今すぐ。
真っ昼間の執務室の中でいつも思い浮かぶのはいとしい女。
司はそわそわと落ち着かなくなった。
今すぐこの部屋を出て牧野つくしのいる海外事業本部に行きたく・・

「支社長、離席はご法度です。御慎み下さい」

西田・・。
その物言いはなんだ?
おまえは時代劇映画でも見たのか?
クソっ!

司はムッとするとパソコンを引き寄せ、保存されているつくしの写真フォルダーを呼び出すとクリックした。
そしてそこに収められている写真を一枚ずつ見ていた。

メシを美味そうに食う牧野。
旅先での楽しそうな笑顔を見せる牧野。
仕事中、眉間に皺を寄せる牧野。
そして、満面の笑顔で笑う牧野。

会いたい。

それなのに・・

なんで同じビルの中にいるのに会っちゃいけねぇんだよ!

クソ!
西田のヤツ何考えてんだ?
仕事が滞るからなんて言うが、俺の円滑な業務遂行は牧野あってのことだろうが!
おまえもそのことは充分理解してんだろ?

それなのにこの部屋から出るなだと?

ふん。
別に構わねぇけど?

それならどうする?
司はわくわくすることを思いついた。
現代人には欠かせないツールがある。
それはインターネット。社内メールの活用だ。
なんの為にメールがあるかなんて知ったこっちゃねぇ。
使えるモンは何でも使うのが現代人の常識だろ?

司はメール画面を開くと素早く指を動かした。

『 愛してる。牧野。 』

あいつにこんなメールを送ったらどうする?
いや。これじゃあ、余りにもありきたり過ぎる。
そんなことを考えながらも司は試しに別の言葉で一行だけ送ってみることにした。

『 おまえが欲しい。今すぐおまえを抱きたい。おまえのアソコに顔を埋めて舐めたい。 』

自分の心に素直になった結果のメールだ。
カチッ。
クリックひとつで速やかに送信された。

司は自分がつくしに会いに行けないなら、と、熱い思いが込められたメールを送ることにした。

『 俺が贈った下着は着けてるか。 』

『 その下着を脱いで今日は一日過ごせ。 』

『 俺はいつもおまえのことを思って硬くなっている。 』



司はメールを送信すると、椅子の背に満足そうにもたれかかった。
テレフォンセックスという言葉があるが、この場合はサイバーセックスか?
社内メールの気軽さはいいが、誰かに覗かれる恐れがある。
しかし司は立場上、彼のメールの内容を監視されることはない。
だが社員の場合は違う。社内メールはセキュリティの関係上、ある程度の割合で監視の対象となっていた。当然だが社員である牧野も監視の対象に含まれていた。


5分後。

司が次のメール内容を考えていたとき、バーンと勢いよくドアが開き飛び込んで来た女。
ドアの開け閉めは静かにしろといつも言っている女は会社ではおかまいなしかよ?
家と会社じゃこんなにも態度が違うなんてどういうことだよ!
おまえが俺のことを言えた柄か?

「ど、どうみょうじ・・あんた・・いったい何考えてるのよ!」

ご丁寧に自分のノートパソコンを抱えて現れた牧野。
メールの成果が今目の前で怒り心頭とばかりの目つきで司を見ていた。

そうか。
あんなメールを送ればいちいち俺が探しに行かなくても牧野は5分でここまで来ることが出来るのか。

「し、仕事中に、な、何考えてるのよ!」

ガバッとパソコンを開くと、いきなり司の鼻先にメールの画面を突きつけてきた。
そこには先ほど司が送った一行が白い画面に浮かんでいた。

「決まってるだろーが。おまえのこと考えて送ったんだからおまえのこと以外考えてるわけねーだろ?」
「そうじゃなくて、どうして社内メールでこ、こんなこと書いてくるのよ!」
「いいじゃねぇかよ。そんなの俺の勝手だろうが。なら携帯ならいいのか?」
「いいわけないじゃない!それに・・会社のメールにこんなこと書くなんて誰かに見られたらどうするのよ!」
「ああ。知ってる。情報セキュリティ部の奴らは社員のメールを見ることが出来るからな。けど俺のメールは見られることはない」
「あんたのメールは見られることはないけど、あ、あたしのメールは見られるわよ!」

社員の中には時々勝手に覗かれてることを知らないヤツもいるらしいな。
けど、そんなことどうでもいいじゃねぇかよ?
それから、おまえのメールは覗かせねぇようにしてあるんだから気にすんな。
それに俺だってこんなメールを送るより、昔ながらのやり方の方が気持ちいいに決まってる。
文字だけで結びつくより体で結びついた方がいいに決まってるだろ?
俺は文字だけ見て呻いてるような変態男じゃねぇからな。



司は立ち上がると執務デスクを回ってつくしの傍らに来た。
反して一歩後ろに下がる牧野。
「な、なによ?」
「逃げんなよ?」
司はつくしが離れる前に腕を掴んだ。
「ちょっ・・あんた何考えてるのよっ!」

だから言ってるだろ?
いつもおまえのことしか考えてねぇってな?
おもむろにつくしの体を抱え上げ、長い脚で部屋を横切るとソファの上へと下ろした。

「ちょっと、ま、まさか・・ど、どうみょうじ?」
「あ?」

バサリと脱ぎ捨てられた上着。
スルリと抜かれたネクタイ。
喉元のボタンをひとつ、ふたつと外すと、つくしへと近づく世界的美貌の御曹司。
スッと細めた目でつくしを見た。

「な、なによ?」
「なによってなんだよ?」
「だ、だから・・か、会社ではそんなことしないっていったじゃない」
「そんなことってなんだよ?それにいつそんなこと言った?」
「えっ?い、いつっていつも言ってる・・」
「そっか。なら先に謝っとく。すまねぇ」

司はこれからすることに対して先に謝った。

「そんなこと言うけどおまえ、あの文章見て俺に抱かれたくなって来たんじゃねぇのかよ?」
ニヤッとほほ笑んだ男は、グッと体を寄せてつくしをソファの背に縫い付けた。
「ば、バカな事言わないで!あ、あんたいったい何考えてんのよ!」
「だから言っただろうが。おまえのことしか考えてねぇって。それに今回は例外適用」
「な、なによそれ!例外なんか・・道明寺は例外ばっかりじゃない!」

つくしの言い分はもっともだ。
どんなことも例外にしてしまうのだからたまったものではない。

「そうか?俺たち例外が多いか?ならルール変えなきゃな?言っとくが異議申立ては出来ねぇからな」
司は言うとつくしの唇を塞いだ。
「っんんん!!」


司はつくしといると安心感を得ることができる。
彼も人間である以上はストレスを抱えることがある。
そんなときは牧野つくしを抱きしめることで癒される。
小さな体に縋るのはそのためだ。
どんなに大きな世界で生きていても、小さな女の傍が一番心の休まる場所なのだから絶対に手放せない。


「おまえと二人っきりになりてぇ」
司は抱きしめていた体を離すと言った。
「い、いま二人っきり・・じゃない・・」

長いキスをされ、呼吸が落ち着かないつくしは息を切らしていた。
シャツに覆われてはいるが、硬い筋肉の体からは熱が伝わってくる。
そんな司の口から語られたのは意外な言葉だった。

「今日は大変な一日だった」

司は言うとソファにドサッと腰を下ろし、首のうしろをこすった。
その声はどこか強張っていた。
何が大変だったのかは語られなかったが、支社長という立場にいれば当然だが抱えている問題も多いし大きいはずだ。
疲れているからこそ、自分を癒してくれる小さな体を抱きしめたかった。

「期待を裏切るかもしれねぇけど、今日はおまえを抱くつもりはねぇ。ちょっと横にならせてくれ」

司はつくしの膝に頭を乗せると、目を閉じた。







柔らかな膝に頭を乗せた男は暫くすると寝息を立てはじめた。
雄々しい男でも時には息抜きが必要だということをつくしは理解していた。
癖のある髪を指で梳きながら、司の匂いを吸い込んだ。

天然のフェロモンと司のためだけの香りは、いつも優しくつくしを包み込んでくれる。
生まれたときから決められた運命に従って生きてきた男ではなかったが、つくしと出会ってからは自分の成すべきことをやり遂げてきた。
避けられない別れを経験したが、今はこうして一緒にいられることが心の底から嬉しかった。

つくしの前だけで見せる子供のような寝顔。
だが大人の男。
若くして責任のある地位にいるのは、彼が優秀だからであって決して身内だからではない。
そんな男は仕事を優先することもあるが、それでもいつも必ず彼女の元へ帰ってくる。
このところ忙しい毎日で、いつも帰りは遅いということを聞いていた。
疲れているのだろう。癒してあげたい。
それがつくしの正直な気持ちだった。


そのとき、突然ぱちりと目を覚ました男。
「なんだよ?俺の顔そんなにじっと見て?」
つくしの顔を見上げるとニヤリと笑った。

「いつもの俺と違うから驚いたんじゃねーのか?」
不遜な笑みは何かを企んでいるかのようだ。

「抱いてやろうか?」
低い言葉にはどんな意味が込められているのか。

その言葉に頷いたつくし。
ただ、抱きしめて欲しかった。
それなのに、

「そうか!なんだやっぱり牧野、おまえ俺が欲しかったのか?」
膝から頭を起こすと、がばっとつくしを抱きしめた。
「ば、バカ!違うわよ・・ただ・・抱きしめて欲しいだけ・・うんうん違う。あたしが・・抱きしめてあげたいの。あんたを」

仕事で疲れた男を自分の腕の中で抱きしめたい。
時に子供のような顔を見せる男を守りたい。
少年の頃と変わらない思いを寄せてくれる男を癒したい。

ふっと緩んだ男の視線。
つくしの顔を覗き込むようにして言った。

「まきの・・おまえのその気持ちは嬉しいが、俺はおまえを抱きたいのが本音だ。いや、そうじゃねぇな。おまえに俺を抱いてもらいたい」

いつになく真剣な口調は何かを求めている。
そう感じさせた。

いつも素直じゃない女が、何故かその言葉に頷いていた。






***







黒い瞳が欲望に煙ると、男の両手がウエストにかかった。
いつも抱くたびに幸福感を味わうのはなぜか。
いや触れるだけで気持ちがやわらいでいた。

これまでも微笑みを向けられるたびにパワーを貰っていた。
牧野を求めるのは本能で、生まれたときから知っていたような気がした。
この世の中で唯一自分のものだと思える存在の女。
司がただ一人、本当の自分の姿を見せることが出来る女。

はにかんだ笑顔も、泣き顔も、全てが愛おしく思えるのは愛しているからこそだ。
二人は硬い絆で結ばれていた。ただ、知り合った頃はそんなことになるとは気付きもしなかったが、司の世界を永久に変えたのは間違いなく牧野つくしだ。

子供のようにシャツのボタンを外されるのも、また留められるのも、牧野の手以外は必要ない。今日は癒されたい。
ただ、それだけだった。




 
数日後のある日。
パソコンに届いた一通のメールに司は頬を緩めていた。

牧野つくしからのメール。

タイトル:untitled (タイトルなし)

『 ・・・・・・ 』

あの女・・・
上等だ。

司は声をあげて笑っていた。
やっぱ最高!
あいつは俺を喜ばすことに関しては世界で一番の女だ。


司に送られてきたメール。

『 道明寺を癒すのはあたしの役目。あたしを癒すのは道明寺の役目。あたし達は二人でチーム。素直じゃないあたしだけど、いつまでも一緒にいてね。 』


ああ。心配するな。
そんなこと言われなくても俺は一生おまえの傍にいて愛してやるよ。
死ぬまで。
いや、あの世に行っても離してやんねぇから覚悟しろ!


それにしてもあの女、指先だけで俺を喜ばすことが出来るってこと知ってるのか?
こうなったらメールのやり取りを毎日の習慣にするか?
癒してくれるメールを毎日送らせるか?

司はつくしのアドレスを呼び出し、キーボードを叩くと送信ボタンをクリックした。

『 素直なおまえじゃものたりねぇよ。おまえはいつまでも意地っ張りでいてくれ。そんなおまえの面倒は俺が一生見てやるよ。 』

その代わり、一生俺を癒し続けてくれ。








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2016
10.22

恋人までのディスタンス 54

『 ご、ごめん。やっぱりシャワーを浴びたいの 』

バスルームへ消える姿を見送った司はつくしの願いを尊重した。
緊張しているのは勿論わかっているが、彼が結婚を申し込んだことへの動揺もあってのことだとわかっていた。イエスと言ったが未来への不安を感じていることは想像ができた。
今夜は目まぐるしい一夜で、どこかで気持ちを落ち着かせたいという思いがあるのだということは、わかった。
そして、その中に司と結婚するということが、身分不相応ではないかと考えてしまったのではないかという思いだ。

牧野つくしが住んでいる世界と司が住む世界は、単に違うどころか全く違う世界だということは、わかっているとはいえ、これからその世界に自分が身を置くことに戸惑いがあるはずだ。そのことを考えるなという方が無理な話だろう。

だが、司はその心配は無用だと言いたかった。
どの世界もそうだが、信念を持つ人間は何事にも流されることはない。牧野つくしには牧野つくしの信念がある。何事にも強い意志を持って、前向きに生きるという信念が感じられる。そんな人間はどんな世界でも生きていけるはずだ。



寝室のドアが開き、バスローブ姿で入口に立つ姿に、口にしようと思っていた言葉がすべて舌先から消えていた。

目に映るのは、司が愛してると伝えた女。
髪は乾かしたのだろうが、まだ少しだけ濡れていた。
殴られた頬はまだ腫れているが、その姿は彼を刺激した。
司は入口に佇んだまま部屋の中へ入って来ることを躊躇うような姿に、心に感じるものがあった。

時間を与えたばかりに、また余計なことを考えている。
そう感じられた。
だが二人の間には、間違いなく生まれたものがある。
それは信頼の二文字と愛だ。

「つくし・・まだ痛むのか?」

司は佇むつくしに近づくと、今夜初めて呼んだ名前とともに頬に手を添えた。

「どうみょうじ・・」

言いかけたつくしは耳まで真っ赤になりながら首を振ったが、反射的に表情が強張ったのがわかった。

「どうした?やっぱりまだ痛いのか?」
司は頬の腫れを気遣った。
「ち、違うの。あ、あたし、どうしたら・・いいのか・・」

やはり司の考えは当たっていた。
それはこれから二人が愛し合うことではない。彼が口にした結婚に対しての思いだということは容易に想像できた。

「つくし。おまえが考えてることはわかってる。俺と結婚するって言ったけどおまえ、早速悩んでるだろ?」

打ち明けられなくても見ればわかる。それは牧野つくしだからだ。
考えることが顔に表れるのは、本人にとっていいのか悪いのかわからないが、ある意味分かりやすい人間だ。

「おまえは俺とおまえの格差を気にしてるかもしれねぇが、裕福さってのは俺にとってはどうでもいいことだ。金があるのはたまたまで、おまえが気にするようなことじゃない。それに金があることが長所だと思う奴らは金に使われている人間だ。本物の金持ちは金があることを自慢するなんてことはしない」

司はつくしの不安が手に取るようにわかった。
誰でも新しい世界に足を踏み入れるときは、不安があり迷いがある。それは司とて同じことだ。だが彼には選択肢がなかった。司の人生は、彼が生まれたときにはすでに決められていた。
その世界は彼にとっては逃げることが出来るものではなかったが、成長するにつれ、自分の運命を受け入れた。
しかし今の牧野には選択肢がある。が、自分から離れて欲しくはない。

「おまえが引き返したいと思うことがあったとしても、俺がおまえを守ってやる。だから俺との未来を悩むのは止めてくれ」

心の中にある不安を払拭出来たかどうか、わからないが、愛し合うことに対しての不安だけは感じさせたくはなかった。

「これから俺たちは愛し合う。そのことについて何かあるなら言ってくれ。例え馬鹿げた質問でも答えてやる」

だが質問はなかった。
もどかしいくらい黙ったままのつくしに対し、司は口を開いた。

「いいか?俺はおまえが聞きたいと思うことはなんでも答えてやる。だから俺と一緒にいることを迷うな。どんなことでもいい。聞きたいことがあればなんでも聞け。まあ、過去の女のことについてはあれ以上のことはないはずだが?」

今、司はつくしが自分を信頼してくれて、寄り添ってくれることだけを望んでいた。
自分の過去は変えることが出来ないが、未来なら二人で作っていくことが出来る。

「道明寺・・あの・・あたしが聞きたいのは・・」
「なんだ?」
「あの、だから・・あたし経験がないから・・」

頬を染め、恥ずかしそうに聞く姿はまるで少女のようで、司にとって守りたいと思える存在以外なにものでもない。将来についての不安より、これから二人が経験することの方に不安があるとは。案外牧野つくしは大物だと、思わず口角が上がって不謹慎なほほ笑みが浮かびそうになるのを抑えた。

司は親指と人差し指でつくしの顎をつまむと唇を唇に重ねた。

「俺を感じてくれればそれでいい」

間をおき、それから瞳を見つめていた。

「おまえ、俺を信頼してるよな?それなら何にも考えなくていい。ただ、俺の体を抱きしめてくれたらそれでいい。おまえのすることはそれだけだ」

抱きしめて、愛を感じて、愛を返してくれればそれでいい。
そして、彼女が持つ慈しみの心を与えてもらえるなら、それは至上の喜びとなって司の心に降り注ぐはずだ。

セクシーな微笑みを浮かべた男はまだ服を着ていたが、シャツを脱ぎ捨て、次にスラックスを脱ぎ捨てると黒い下着が現れた。そして、欲望の証があらわになると、つくしを抱き上げベッドへと運んだ。









間接照明の暗さは、互いの表情を見るには充分だ。
薄明りは、初めてを経験する女の恥じらいを優しく照らしていた。


誰も開くことがなかった包みを開く。
まさにそれは司に与えられた贈り物。
自分のような男がその贈り物を手にしてもいいのかと自問したが、彼女がそれを許してくれたことを神に感謝した。

バスローブの前を開くと現れたのは白い膨らみ。
細い体は女性としての魅力に溢れていた。
まだ、だれも触れたことのない柔らかな肌。
そして、誰も聞いたことのないその声。

愛させてくれたらそれでいい。
その声で、その細い体で、思いを受け止めてくれ。

彼以上に彼女を求める男はいない。
司はこれまでの自分の信条を捨てた。
セックスは所詮男女の肉体の交わりに過ぎないという思い。
適齢期の男女なら、誰もが求める欲求のひとつとしてしか考えていなかった行為。
心を交わすことは重要ではなく、汗と嬌声と欲望にまみれた数時間を過ごすにすぎなかった。そして、頭の中にはいつも冷静な自分がいた。

だが、今夜の彼は違う。
欲しかったものがようやく手に入るという悦びを感じていた。

男の本能は、早く奪ってしまいたいと叫んでいるが、心はそうは言わなかった。
思いもよらぬ事に巻き込まれ心労もあるだろう。
その心をこの体で癒してやりたい。
真綿で包むように愛したい。
そんな思いが溢れるのは、彼女が大切だからだ。

自分の手で全ての災難から守ってやりたい。
大切なものを手に入れれば、誰にも見せることなく仕舞い込みたいと思う男達の気持ちが初めてわかった。
そんなことを考えてしまうのだから、まるで保護者のようだとひとりごちた。


「・・綺麗だ」

その言葉に、うっすらとほほ笑みが浮かんだのがわかる。
細い腕は背中に回され、硬い体を掴もうとしている指先は縋るようで、初めての戸惑いを隠しはしない。
そうだろう。
過去に経験がないのだから戸惑うのはあたり前だ。
だが、その戸惑いもいつかは悦びへと変わるはずだ。
いや。変えてみせる。

「・・・あ・・っ・・」

聞えるのは、まだ知らない世界への入口へ立った戸惑いの声。
司の手は微かに震える体を上からゆっくりと、撫で下ろしていく。
首を、肩を、胸を。
そして脚のあいだの泉へと。

両手で掴めば左右の指が届くほどの細いウエストに、これから行う行為に躊躇いを覚えるほどだ。だが、止めることは出来ない。


欲しかったものを手に入れる男の心境はと聞かれれば、嘘偽りなく答えることが出来る。

手に入れたら決して離しはしない。

それは彼にとってそれは確かな事実。
欲しいものは金で買えると考えていたあの頃の自分に教えてやりたい。
愛があれば、生きて行く上で支えとなると言うことを。
もっと早く愛を知れば、人生が変わっていたかもしれないということを。
もっと早くつくしと知り合うことが出来れば、人生を変えることが出来たかもしれないということを。

「・・つくし・・」

「・・はっ・・あっ!」

太ももの内側を撫でればびくりと震える体はこれ以上ないほど敏感で、その細さを気遣ったウエストを引き寄せずにはいられない。
脚のあいだに手をいれ、指で泉の奥をまさぐれば、声にならない声が上がり、体は天を突くかのように大きく弧を描いて反り返った。

その頂きにある赤い小さな蕾が、食べてくれと言わんばかりに硬く実を結んでいる。

感覚という感覚を目覚めさせてやりたい。

この体の熱を使って。

肩に爪を立てられ、血が滲んでも絶対に離さない。


脚のあいだに下半身を置き、身を乗り出し、細い体に決して重みを与えることなく、口づけを交わす。唇から己の唾液を送る行為に、どこか倒錯じみたことを思い浮かべるのはまだ早いかとそんなことが頭を過る。
喉に鼻を押し付け、舌で味わい、吸い付きながら己の烙印を押すが如く口づけをする。

互いの体の大きさと、触れている太ももの柔らかさを意識しながら、体を下にずらして赤い小さな蕾を舌で味わう。司の頭の上で左右に揺れる女の頭と、己の頭を抱える小さな手は、もっと、と引き寄せようとしているのか、それとも引き離したいのか。

「つくし・・俺が欲しいか?」

欲しいだなんて言えるわけないか。
だが、互いに恋人として受け入れた今、欲しいと言って欲しい。
その口から俺が欲しいと言ってくれ。

ためらいと恥ずかしさとが重なりあった行為だが、互いの鼓動を重ね、心を重ねたい。

「なあ?欲しい?」

「どうみょじが・・欲しい・・の・・」



この手に馴染む黒髪の重さと美しさも、この白い肌も、全てが自分のものだと思えば、決して傷つけることは出来ないと心に誓った。
そしてもちろん、心も決して傷つけないと。

だが、この一瞬だけは、傷つけない訳にはいかない。
俺のものになってくれ、つくし。

小さな体をベッドに縫い付け、熱く濡れた泉の最奥へと己の体を突き入れた。
初めての抵抗を感じたが、鉾先を引き抜くことは決して出来ない。
すがり付き、声を上げ、求めて欲しい。
ただ俺だけを。

「思いっきり抱きつくんだ」

血が滲むほどきつく抱きついてくれ。
小さな爪あとは、奪う純潔の痛みの代償だから。

やがて恍惚の表情を浮かべ、体を硬直させた瞬間、司はこらえていたものを愛する人の体へと一気に注ぎ込んだ。





司は暫く身じろぎが出来なかったが、やがて体を起こすと、つくしの顔を見下ろした。
汗で濡れた髪を顔から払いのけてやると、大きな目を見開いて司を見つめていた。

「つくし。ありがとう。俺は最高の女から最高の贈り物をもらった」


愛する人がいて、愛することが出来る幸せに気付いた男は今、一番幸せだった。








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2016
10.21

恋人までのディスタンス 53

司はつくしを抱き上げると、部屋の中へと足を踏み入れた。
腕の中にいる女を見下ろしながら色々な思いにとらわれていた。
二人ともこれから何が起こるのかは充分理解している。そして互いに深く求め合いたいという思いがあることも知っていた。
軽い体は小さく頼りない。頬の腫れが赤味を帯びているのは仕方がないとしても、顔全体が赤いのは、恥ずかしいと思う気持ちがあるからだろう。そんな女は司の気持ちを掴んで離さない。

今まで周りにいた女たちとは違い、作為的なことはしない。ありのままの姿でいつも彼に接して来た。ときには無謀だと思えるような行動に走ることがあっても、それを傍で見ている司は楽しかった。思わずそんな姿勢に手を貸さずにはいられなくなるところも、この女の魅力だ。
だが決して後ろから追いかけて行くというのではなく、同じペースで走り出したいという思いに駆られていた。

ひとりではなく、一緒に過ごしたい。

これから先もずっと。


出会いは人違い。
親友の元恋人探しから始まったが、あっという間に恋に落ちていた。
他人の恋人探しより、自分の恋の行方の方が気になってしかたがなかった。

小さな女から受けたパンチは見事に決まったアッパーカット。
始まりはあまりにも乱暴だったが、思えばその勢いに呑まれたと言ってもいいのかもしれない。その強烈な一発に彼の心は目覚めさせられた。

どこか人を惹き付ける不思議な魅力を感じさせる女。
それは司限定だと言われても構わなかった。他の人間など惹き付けなくてもいい。
やっと自分だけの女を見つけたような気がしていた。


それは随分と前から探していた自分だけの宝なのかもしれない。
決して初めから光り輝いていたわけではないが、そんなことは司にとってはどうでもいい話だ。華やかさを売りにする人間には用がない。上っ面だけの女はもう充分だった。


池のボートに乗り、急に立ち上がった牧野と一緒に水の中に落ちたことがあった。
そんなことさえ、どこか楽しく感じてしまうということに驚きを隠せなかったが、振り回される自分を滑稽だと感じながらも笑い飛ばしてしまうことが出来た。

冒険をしたいといってスカイダイビングに挑戦したとき、臆病なハリネズミのように上目遣いに見ていた女は、冒険心を満たしてから変わった。新しいことに挑戦することを自ら学んでいた。

新しいことに挑戦をする。

それは今まで手を貸す人間がいなかっただけで、誰かがきっかけさえ与えてやれば自ら挑戦しに行っていたかもしれない。

挑戦するチャンスを与えるのが司以外だったらどうなっていただろうか。果たして今のような関係になれただろうか?いや。なっていなかったはずだ。
牧野を見つけたのが他の誰かだったら二人の関係は今のようにはなっていなかっただろう。
それなら司のハリネズミはずっと冬眠していてくれた方がいい。彼が見つけ出すまで。

だが、司が見つけた牧野は新しいことに挑戦することを決めた。

それは恋。

相手は司。

奇妙なことだが、牧野つくしが心を開いた途端、躊躇したのは司の方だった。
欲しいはずなのに、なぜか手が出せなくなるという状況に陥っていた。
それはただ体の関係を結んでいただけの今までの女と、牧野では立場が違うとい思いが司の中にあったからだ。
大切にしたいと思うものに迂闊なことは出来ない。
それは司が初めて知った感情だった。

『 欲しいものを目の前に躊躇する司の姿を見る羽目になるとは思いもしなかった 』

親友二人に言われた言葉は、まさにその通りなのだから司は苦笑する以外なかった。


世の中には優秀な戦略家と呼ばれる人間が何人もいるが、司もそのうちの一人だと言われていた。だが、ときには戦略など無視して行動することもある。
それは、募る想いが止められないからだ。

クルーザーの中でからかったことを思い出していた。
何も知らない女に男の興奮の印を触らせるという行為。
思いがけず取った自分の行動に司自身も後で後悔するはめになったが、牧野にすればあまりにも衝撃的な行為で、大きな瞳は好奇心というよりもある種の恐怖が浮かんでいた。
30過ぎた恋愛初心者の若葉マークはまだそのままだが、今夜の牧野にもうあの時のような恐怖心は見られない。

余計なことは考えずに大人しく部屋に泊まれと口にし、身を寄せて来たが、黙り込んでいる様子から、何かを考えていることは充分理解出来た。
司の鼓動は煩いほどで、自分でもそう感じるくらいなのだから、腕の中にいる牧野も感じられるはずだ。
そんな二人はこれから互いの鼓動を重ねる。



「まきの・・どうした?黙り込んで?」

考えているのか?迷っているのか?
返事はなかった。

「本当にいいのか?言っとくが男は一度始めたら止めることは出来ねぇんだぞ?」

自分の意志を伝えていた。
だが嫌ならそう言ってくれ。
これからの行為はただ体を重ねるというのではない。
鼓動を重ね、心を重ねる行為であるということをわかって欲しい。
そして熱い気持ちを受け止めて欲しい。この小さな躰で。

「や、止めるってなにを?」
司の顔を窺うような言葉には戸惑いが感じられた。
「ふん。恐いくせによ」
司はつくしの唇に軽く唇を重ね合わせた。

「こ、怖くなんかないわ」
「そうか。恐くないか」

司は声を立てて笑いながら抱えているつくしをさらに抱き寄せた。
強がりを口にする女は、スラックスの中の欲求を理解しているはずだ。
だがそれがどれくらいなのかは、知らないだろう。

初めての女に対してどれだけ優しく出来るか、自分に自信がなかった。
それは腕の中の女を欲しくてたまらないからだ。その思いは伝わっているはずだ。
やがて笑いが司の表情から消え、真剣な眼差しへと変わっていた。

ゆっくりと優しくベッドに降ろされる体は、司のベッドに横たわる初めての女だ。
今まで誰もこのベッド、いや。それ以前に彼のマンションに足を踏み入れたことがある女はいなかった。池に落ちた牧野がこのマンションに来たことがあったが、それが初めて女を招き入れた日だ。

「本当にいいんだな?」

「あ、で、でもあたし、汚いし、汗かいてるし・・できたらあの・・シャワー貸して・・」

ボイラー室の床に座らされた状態でいたつくしは、そのことを気にしていた。

「構わねぇよ。汗なんてこれからどうせかくんだ。それにおまえの体で汚いところなんてあるわけねぇだろ?言っとくが愛し合うってのはきれいごとじゃねぇ。本能剥き出しの男と女の世界だ。気持ちを抑える必要もねぇし、俺はおまえの正直な反応が見たい」

そんな言葉は強い欲望が感じられるが、気遣いも感じられた。

「それから、気が変わったならそう言ってくれ」

上から見下ろす男は、長いまつ毛に隠された黒い瞳でつくしの表情をじっと見ていた。
もし、その顔に迷いがあるなら無理にことを運ぶことはしたくはない。
司はあらん限りの自制心を振り絞っていた。
彼の仕草も態度もいつもと変わりはしないが、心の中では言葉を探していた。

言えない言葉があったわけではなかった。
だが、この言葉はまだ口にしたことがなかった。

愛してる。

耳にすれど、今まで誰にも使ったことがない言葉。
特に彼にとっては決して簡単に口に出来る言葉ではない。
初めて使うその言葉をこれから伝える相手からも同じように返して欲しい。
そう望んでいた。

「牧野、愛してる。だから無理はしなくていいんだ。おまえが本当に俺に抱かれたいと思う時が_」

「あ・・あたしも・・あたしも道明寺を愛してる」

そう言って司を見上げる瞳に迷いは感じられない。真っ直ぐに見返す瞳に彼はつくしの強い気持ちを感じることが出来た。そして司が望んでいる言葉を返してくれた。
今日までつき合ったが、まだその言葉は聞いたことがなかった司にとって、つくしの言葉は何物にも代えがたい大きな贈り物だった。

「本当にいいのか?今の俺はあのときのクルーザーん時みてぇに途中で止めるなんて出来ねぇんだぞ?実際今の俺はおまえが欲しくてたまらない。一度始めたら止めることは出来ないが、それでもいいのか?」

無理をさせるつもりはない。
だが求めるものが目の前にある状態で止めることは男にとっては辛い選択ではある。

「や、止めないで・・。だ、だから、あたしを愛して・・欲しい。無理なんかじゃないから・・」

その言葉を聞いたとき、司は暫く身じろぎも出来ず口も利けなかった。やがて口をついた言葉は彼の熱い思い。

「直感だった」
何が直感だと言いたいのか。
「俺は直感に頼るなんてことはないと思っていた。それにそんなものを信じてもいなかった。だけどどっかでこれから一生おまえと一緒にいたいって感じていた」

下から司を見上げる顔は、心もとなげに見えた。

「悪いが今まで女に対して信頼なんて言葉は思い浮かばなかった。だがおまえに対してはその言葉が浮かんでいた。おまえは人から信頼される女だ。ダチに対しての態度にしても、おまえの仕事ぶりからしてもそうだが、俺は人を見る目はあるつもりだ。何しろガキの頃から大勢見てきたからな。どちらにしても他人を使う人間にはそんな目は必要だ。それに俺は金で買えるようなものは欲しくない」

司はつくしの腫れた頬にそっと触れた。
やがてその指は唇に触れると、顎のラインから脈打つ首筋へと降り、女らしい鎖骨に触れた。

「信頼の二文字は誰でも簡単に手に入るものじゃねぇってことも知ってる。人間関係にしても、仕事にしてもだが長い年月をかけて築かれるものだからな。それが金で買えるものじゃねぇてこともな。俺たちの間にもいつからか、信頼関係が生まれていたはずだ。その関係をこれからも深めて行きたい」

『 信頼関係 』

司がその言葉に確信を抱いたのは、つくしが水長ジュンに放った言葉の中にあった。

『 道明寺はそんな人間じゃない 』

そのひと言だけで信頼されている。そう感じていた。
世間から女に対しての扱いが酷いと言われたことがある男に対して信頼を寄せてくれる言葉。
女の扱いが酷い。それは司が世間に見せる態度がそう感じさせるのだろうが、別に世の中の人間に自分をわかってもらわなくてもいいと言う思いから、否定せず言われるようになったことだ。
確かに今までの彼は女と関係を結んでも夜を明かしたこともなく、唇にキスをすることもなかった。


「牧野。これから先、俺の瞳に映るのは、おまえ以外いない。だからこの先、おまえも俺だけを見てくれ」
少し考えた様に見上げる顔に司は言葉を継いだ。

「なんだよ?その顔は?俺が言ってる意味がわかるよな?俺が言ってるのはこれから先、一生おまえと過ごしたいってことだ。朝も夜もいつも一緒にいたい。そう思うのはおかしいか?」

これから先の未来を見据えて言葉を選んだ。
司はつくしの顔をじっと見つめていたが、何も返されないままの状態に耐えきれなくなり優しく言った。

「断る理由を探してるならそれは受け付けられない。どんな理由があるか知らないが、俺と結婚できない理由があるならそれを教えてくれ。俺が納得するような理由が言えるなら言ってみろ」
司の顔を見上げる瞳が涙ぐんでいるのがわかった。

「おい、泣いてるのか?」

「だ、だって、そんないきなり・・」
つくしは司を見上げたまま、溢れる涙もそのままに言葉を継いだ。
「あたしたちまだ・・そんなにお互いのことを知らない・・」

「もっと時間をかけて知り合えばいいのか?俺たち大人だろ?それにおまえは時間をかけたところでなかなか決めれねぇはずだ。必要ねぇことばっか考えて・・。とにかく俺はおまえを一生守りたい。これから先何があるとしても守りたい。今日みてぇなことがまた起こるかと思うと気が気じゃない。それに守るべき者が出来たら人は強くなれるって話しをしたよな?だから俺を強い人間にしてくれないか?」

「ど、どうみょうじがこれ以上強くなってどうするのよ・・あんなに・・」

つくしは今夜目にした光景を思い出していた。

「俺は人間的なことを言ってる。腕力の話じゃない。俺はひとりの男として、愛する女を守る強さを言ってるんだ。それは心の話だ。おまえに会うまでの俺は、正直女なんてどうでもいいと思っていた。だけどおまえは違う。俺にとっておまえは最高の女だ」
甘いほほ笑みが司の顔に広がった。

「牧野。俺と結婚してくれ」
やさしく言うと、つくしの頭を両手ではさみ、唇に唇を重ねた。

「わかってる。返事は今じゃなくてもいい。なにしろ今日はおまえにとってめまぐるしい一日になったからな」

だが司はつくしが頷くのを認めると、深く染み入るような声で愛してる、つくし。と囁いていた。








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2016
10.20

恋人までのディスタンス 52

蒸し暑かったボイラー室から地上に出た瞬間、風の冷たさを感じたのか、つくしはくしゃみをした。司はそんなつくしを気遣うと、抱いた腕に力を込め、足を速めて車に乗り込んだ。

殴られた頬の赤味は依然としてそのままだが、他に何かされたというわけではないようだ。
だが、心配そうな男の顔に浮かぶのは、水長ジュンに対しての怒りとともに、何故、牧野つくしが自分に連絡をしてこなかったかという思いだ。

「おまえ、水長ジュンが接触して来たら俺に言えって言ったよな?」
「う・・うん・・」
「なんであの女にのこのことついて行った?」
「うん・・」

つくしはうんとしか返事をしなかった。
世間的な基準として自分に好意を抱いていない人間について行くという事が、いかに危険かということを判断することがどうして出来なかったのか。司は理由を知りたいと思っていた。
だがこんな経験をすればもう二度と迂闊な行動はとれないはずだ。

「なあ、なんであの女について行ったんだ?」

答えはなかなか返ってこなかった。

つくしは少し考えて口を開いた。

「あの人がなんだか可哀想に思えたの」

可哀想だから話を聞いてあげたい。
そんな慈愛に満ちた精神が牧野つくしの中にある。
司は理解が出来なかった。

「あんな女のどこが可哀想なんだ!お前を監禁したんだぞ!わかってるのか?こんなもんで済んだからいいようなものの、どんなことになってたかわかったもんじゃねぇだろうが!」

司はとんでもないイメージが次々と頭を過ったことは言わなかった。
手錠やガムテープが用意されていたということは、計画的な犯行だと言えるはずだ。
だが女の考えが浅はかだったからこそ、すぐに見つけることが出来たのは運が良かったとしか言えない。

「・・うん。それはわかってる」

しおらく返事を返す姿に少し言い過ぎたかと思っていたが、言うべきことがあるならこの際だと態度を崩さなかった。

「いや。おまえはわかってない。俺とつき合うってことは、悪いが世間の目に晒されることになることは間違いない。そのことだけはどうしても頭に入れておいてくれ。俺は大切にしたいものは全力で守る。だからもう二度とこんなことにならねぇようにおまえにも身辺警護の人間を付ける。嫌だと言ってもこればかりは譲ることが出来ねぇ。勿論、おまえの仕事に支障が出ねぇように気を付けさせるつもりだ」

司はつくしの腫れた頬にそっと手を触れた。

「痛かったろ?」

小さく頷くつくし。
水長ジュンにあらん限りの力で殴られたのだろうと想像が出来た。
その仕返しは彼の手で返されていたが、痛々しさに心が痛んだ。
自分のせいでこんなことになったという思いが司を苛んでいた。

「怖かったんだろ?」

再び頷いた。

「おまえは他人に頼ることが苦手で自立心が旺盛なのはわかる。だがな、自分ひとりで解決出来ねぇ問題もあるはずだ。困ったことがあれば人に頼るってことも必要だ。それに・・今回のことはそれ以前の問題だ。俺とおまえはつき合い始めたんだろ?俺の昔の女が自分の周りをウロウロするなんて気持ちわりぃと思うだろ?それに関わりなんか持ちたくないはずだ。それなのになんであの女が可哀想だなんて思えるんだ?」

司は半ば呆れたように言ってつくしの目を見つめた。

「道明寺・・あたし。本当にごめん・・ごめんなさい。心配かけちゃって・・」
心からの気持ちを込めてつくしは言った。

「でも、ひとつだけわかって欲しいの。あたしは、あの人のことを嫌いだとかそんなふうに思ってないから。ただ、淋しい人なんだと思う。孤独な人。・・そんな気がする。あの人は大勢の人からちやほやされるんだと思う。だけど本当の自分をわかってくれる人はそう多くはないと思うの。それは多分、華やかな姿に集まって来る人間が多いからなんだと思うの。あの人、自分と道明寺は似てるって言ってた・・」

つくしの言葉が司には理解出来なかった。あんな目に合わされれば、相手に対して同情的な事が思い浮かぶなど考えられないはずだ。
それにどこをどうとれば淋しい人という考えが出て来るのか理解出来ずにいた。

「俺のどこがあの女と似てるって言うんだよ?」

司の冷たくムッとした声につくしは怯んだが言葉を継いだ。

「お願い聞いて、道明寺。あの人は自分も道明寺もお互いに自分が一番な人間・・・そんなことを言ってた。でもあたしは道明寺がそんな人間じゃないことは知ってる。だけどあの人は道明寺とつき合っていても、自分を心の中には入れてくれないって言ってたの。だからあの人も自分を守るため、道明寺を心の中心には置かないようにしてたんだと思うの。だから道明寺には割り切った関係でつき合っているように感じたんだと思う。間違っているかもしれないけど、あたしはあの人が道明寺のことを本気で好きだったんだと思えた・・そう感じたの」


司は何も言わなかった。
例え水長ジュンがそう思っていたとしても、司はそうではなかった。
彼はあくまでも躰だけの関係。そう考えていたからだ。
それに、自分の気持ちはあの女には無かったのだから、わかってやってくれと言われてもどうしようも出来なかった。司の気持ちが動いたのは牧野つくしに対してだけなのだから。


「それに周りにいくら人が沢山いても、本当の自分を見てくれる人がいなかったんだと思う。だから、道明寺なら、自分と同じような人間なら、互いに持ち場を守ればどこか分かり合える・・そんなふうに考えたんだと思うの」


司が思うのは、牧野つくしは物事をいい方にしか捉えないということだ。物事の良い面しか見ようとしない。そんな考え方で生きて来た人間なのだろう。
そんな人間の呼び名は、ずばりお人好しだ。その言葉が意味するのは人を信じやすいということだ。裏を返せば騙されやすいということになる。
そんな女を放っておくわけにはいかない。
今の司にはそのことに対して確固たる気持ちがある。

「なあ、いいか?人間守る者が出来たら強くなれる。そいつを全力で守る為にはどんなことでもしようって気になるもんだ。俺は過去、そんな思いに憑りつかれたことはねぇ。けどな、さっきおまえも見た通りで俺はおまえに手を出す人間は許せねぇ。だからおまえがあの女を許せたとしても、俺は許すつもりはない」

その目はあくまでも真剣で妥協はしないという目だ。

だが、そこまで言うと司は笑った。

「_ってことは俺の弱点はおまえだってことだ。_ったくおまえのせいで俺はもう少しで犯罪者になるところだったな。ガギの頃だって捕まったことなんてねぇのにな」

自嘲気味に笑いながらもつくしを見る目は真剣だ。

「しかしおまえ、すげぇ冒険したよな?」

すげぇ冒険。
確かにそうだ。だがもう二度と経験したくない話しではあるが。

「空から飛び降りたと思えば、今度は地下へ潜ってるんだからな」

司を仰天させたり、挑戦してきたりする女が珍しいと思っていたが、今ではそんな女の虜になっていた。

「おまえには驚かされることばかりだ」
「道明寺だってあんなこと・・」

つくしは司の知らなかった一面を見た。
非情な企業家として知られる男の激しい一面。
それは自分の愛する者に対して向けられる感情のほとばしり。

「いや。おまえの方が俺より数段上だ」

司の視線はつくしをじっと見ていたが、手を伸ばすと膝の上に抱き上げ、そして何も考えられなくなるまでキスをした。

「なあ、牧野。余計なことは考えないで、今夜は大人しく俺の部屋へ泊ってくれ」

司は返事を待った。

やがてつくしは頷き、なにもかもを司に預けるとばかり身を寄せた。








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