「なんだよ?ムカついてるのか?」
「ムカついてなんていません。ただ腹を立てているだけです!」
「腹が減り過ぎて腹が立ってるってのか?」
「違います!」
「じゃあなんで腹が立ってるんだよ?」
そう言われても困る。
何故かこの男といるといつもの自分ではなくなってしまうからだ。
つくしは道明寺司とホテルの最上階のフレンチレストランで向かい合っていた。
この男とは一度食事をした。いや厳密に言えばあれは優紀を交えての事情説明だ。
あの日はじめて道明寺司と優紀は全く関係がないことがわかった。
関係ない男を殴ったことに対し、反省と後悔で酷く落ち込んでいた。そんな状況で出された食事に手をつけるどころかこの男と目を合わすことさえ躊躇われていた。だからあの時は何を食べたか、それとも食べてないのか記憶になかった。
だが今はあの時の反省も後悔も取り消したい気分だ。
何故だかこの男にいいように振り回されている気がしてならなかったからだ。
つくしは向かいの男が美しい所作で食べ物を口に運ぶのを見ていた。
ふたりで激しく言い合いをしていた時には想像も出来なかったほどの優雅さが感じられた。
食事をすればその人の育ちがわかると言われるが、まさにその通りだと思った。
背筋が伸びた美しい姿勢。袖口から覗くワイシャツのカフスにも目が止まったが上品だった。
長くきれいな指を持つ手が優雅な仕草でカラトリーを持っているのは美しい。
目線は下を向いていてカールした前髪が少しだけ目にかかっていたがそれを邪魔くさそうに振り払うことはしなかった。食事中に髪の毛に触ることはマナー違反だからだ。
束の間ではあるが見惚れてしまっていた。この男は黙っていればまさに上流社会のプリンスだ。
「なんだよ?人の口元ばっか見てねぇでおまえも食え」
ちらりと視線をつくしに向けた。
さっきまで感じていた優雅さはどこへやら、口を開けばつくしを挑発して来る元の男に戻っていた。
「おまえまさか俺が食ってるモンが欲しいだなんて言うんじゃねよな?」
「バ、バカな事言わないでくれる?なんであたしがあなたの料理を欲しがらなきゃならないのよ?」
「なら、なんでおまえはさっきから俺のことそんなに見つめてるんだ?」
「べ、別に見つめてなんて・・」
そんなに長く見つめていたのだろうか。慌てて否定した。
「おまえ、自分から俺にキスしといて何も無かったふりなんか出来ねぇからな?」
「あ、あれはあなたが・・」
「俺がなんだよ?おまえに逃げるのかって聞いただけだぞ?」
あのとき逃げるのかという言葉を聞いて思わずこの男にキスをしてしまった。
逃げるという言葉には臆病者という意味合いが込められていたのがわかったからだ。
何故だかこの男に臆病者だなんて、そんなふうに思われたくはなかった。
だからそれを打ち消すためにあんなことをしてしまった。
逃げるのか・・
でもいったいあたしは何から逃げているというのか・・
確かに個人的関心を持たれることが嫌で、そのことに対して逃げようとしていた。
あたしを気に入ったと言って来る道明寺司が本気のはずがないじゃないという思いの方が強かったからだ。それに女性と永続的な関係を築くことを望まない男とつき合うなんてことはつくしには考えられなかった。
「なあ、言いたいことがあるなら言えよ?心の中で何がわだかまってるのか知らねぇけど俺に言いたいことがあれば言えばいい」
その口ぶりは先ほどまでとは打って変わって落ち着いていた。
つくしはためらったが自分を見つめてくる男の視線を受け止めた。
経営者然とし、堂々とした態度はこの男のビジネス上の姿なのかもしれないがある意味で真剣さが感じられた。
だがすぐには言えなかった。
こうして二人でこの男の偽者探しをすることになったが、あたしのことをからかいの対象として見ているのではないかと思っていた。
つくしは手にしていたナイフとフォークを静かに皿に置いた。
「あたしは・・あなたの・・道明寺さんの態度がよくわかりません。い、いったいあたしに何を・・求めているんですか?あたしと遊びたいと思っているならそれは無理ですから・・。 それから・・あたしのあなたに対する態度が・・その、誤解させるようなことだったとしたら申し訳ないんですが・・とにかく、あたしは男性と遊びでつき合うなんてことは出来ない女です。だからゲームをしたいなら他の女性として下さい」
つくしは言うと男の反応を待った。
もうこれ以上何を話していいのかわからなかった。
「なんだそんなことか」
司はそういうとグラスに手を伸ばしている。
「ちょっとそれあたしの水よ?」
つくしは自分の水が見る見る飲み干されていくのを見ていた。
こともあろうに人の飲みかけの水を飲むなんてことが信じられない。
「別に今さらだろ?互いの細菌を共有した仲なんだからな」
「た、互いの細菌って・・」
「そうだろ?キスしたら口ん中の細菌が移るに決まってるだろうが」
つくしは真剣に話しをしたというのに道明寺司は質問に答えるつもりもないし、話しをするつもりはないというのか。
それどころか細菌だとか訳のわからない話しを始めていた。
つくしの眉間に皺が寄った。
「なんだよ?その顔は?俺の細菌がおまえの口の中にうじゃうじゃいるかと思ったら耐えられないってことか?」
この男の細菌があたしの口の中にうじゃうじゃいる。
思わずその状況を想像してしまっていた。
「言っとくが、おまえの細菌も俺の口んなかで増殖してるかもな。おまえの細菌はおまえと同じでうるせんだろうな。それにどうすんだよ?細菌と一緒に腹の虫まで俺んとこ来てたら。」
と言って笑った。
「な、なによそれ!人が真面目に話しているって言うのにそんな話しなんてどうでもいいでしょ!」
つくしは自分の体が熱を持って来ているのを感じていた。
それは怒りなのか恥ずかしさなのかわからなかったがとにかく、人が真面目に話しているのに男の態度に腹が立っていた。
「もう・・いい・・」
足元に置いた鞄を取って立ち上がろうとした。
「座わってろ」
低い声で言われたがその声は無視しようとした。
「悪かった」
その言葉ににつくしは男の顔を見た。
「おまえの反応を楽しんでたことはあやまる。」
司はつくしをじっと見つめていた。
ふたりの目が合った。
「や、やっぱりあたしのこと・・からかうとか遊びの対象だとかそんなふうに見てたんでしょ!」
「おまえを遊びの対象だなんて考えてねぇよ。俺の目的は別にあった」
目的と聞かされてよからぬことが頭を過ったが慌てて打ち消したが聞かないわけにはいかなかった。
「も、目的?」
「なんだと思う?」
「な、なによ?そんなこと分かるわけないじゃない・・やっぱり・・」
からかわれている・・そう思った。
「またなんか余計なこと考えてるんだろ?おまえは・・。まあいい。俺の目的はおまえとのチャンスを作るためだ」
「チャンス?な、なによそれ・・」
「チャンスか?決まってだろ?親しくなるためのチャンスだ」
「ど、どこが親しくなるチャンスなのよ!」
「あ?だからキスしたり、マンション買っただろ?だけどな。キスはキスしたかったからであれは男としての純粋な欲望だ」
「い、いい加減にしてよ・・冗談はやめて・・」
つくしはこれ以上からかわれるのが我慢出来なくなり、司に食ってかかった。
「どうしてあたしなんかに欲望を感じるんですか!あたしだってそこまで初心じゃないわ・・欲望なんて言うけどそれは単なる・・?ちょっと話しが見えないんだけど・・」
「おまえは・・どこまで鈍感なんだ?だから頭が固すぎるって言ってんだ」
司は溜息をついた。
「男が欲望感じるって言ったら好きだからに決まってるだろうが!」
「だ、誰が誰を好きなのよ?」
「俺がおまえを好きだって言ってるんだ」

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あの日はじめて道明寺司と優紀は全く関係がないことがわかった。
関係ない男を殴ったことに対し、反省と後悔で酷く落ち込んでいた。そんな状況で出された食事に手をつけるどころかこの男と目を合わすことさえ躊躇われていた。だからあの時は何を食べたか、それとも食べてないのか記憶になかった。
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何故だかこの男にいいように振り回されている気がしてならなかったからだ。
つくしは向かいの男が美しい所作で食べ物を口に運ぶのを見ていた。
ふたりで激しく言い合いをしていた時には想像も出来なかったほどの優雅さが感じられた。
食事をすればその人の育ちがわかると言われるが、まさにその通りだと思った。
背筋が伸びた美しい姿勢。袖口から覗くワイシャツのカフスにも目が止まったが上品だった。
長くきれいな指を持つ手が優雅な仕草でカラトリーを持っているのは美しい。
目線は下を向いていてカールした前髪が少しだけ目にかかっていたがそれを邪魔くさそうに振り払うことはしなかった。食事中に髪の毛に触ることはマナー違反だからだ。
束の間ではあるが見惚れてしまっていた。この男は黙っていればまさに上流社会のプリンスだ。
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そんなに長く見つめていたのだろうか。慌てて否定した。
「おまえ、自分から俺にキスしといて何も無かったふりなんか出来ねぇからな?」
「あ、あれはあなたが・・」
「俺がなんだよ?おまえに逃げるのかって聞いただけだぞ?」
あのとき逃げるのかという言葉を聞いて思わずこの男にキスをしてしまった。
逃げるという言葉には臆病者という意味合いが込められていたのがわかったからだ。
何故だかこの男に臆病者だなんて、そんなふうに思われたくはなかった。
だからそれを打ち消すためにあんなことをしてしまった。
逃げるのか・・
でもいったいあたしは何から逃げているというのか・・
確かに個人的関心を持たれることが嫌で、そのことに対して逃げようとしていた。
あたしを気に入ったと言って来る道明寺司が本気のはずがないじゃないという思いの方が強かったからだ。それに女性と永続的な関係を築くことを望まない男とつき合うなんてことはつくしには考えられなかった。
「なあ、言いたいことがあるなら言えよ?心の中で何がわだかまってるのか知らねぇけど俺に言いたいことがあれば言えばいい」
その口ぶりは先ほどまでとは打って変わって落ち着いていた。
つくしはためらったが自分を見つめてくる男の視線を受け止めた。
経営者然とし、堂々とした態度はこの男のビジネス上の姿なのかもしれないがある意味で真剣さが感じられた。
だがすぐには言えなかった。
こうして二人でこの男の偽者探しをすることになったが、あたしのことをからかいの対象として見ているのではないかと思っていた。
つくしは手にしていたナイフとフォークを静かに皿に置いた。
「あたしは・・あなたの・・道明寺さんの態度がよくわかりません。い、いったいあたしに何を・・求めているんですか?あたしと遊びたいと思っているならそれは無理ですから・・。 それから・・あたしのあなたに対する態度が・・その、誤解させるようなことだったとしたら申し訳ないんですが・・とにかく、あたしは男性と遊びでつき合うなんてことは出来ない女です。だからゲームをしたいなら他の女性として下さい」
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「た、互いの細菌って・・」
「そうだろ?キスしたら口ん中の細菌が移るに決まってるだろうが」
つくしは真剣に話しをしたというのに道明寺司は質問に答えるつもりもないし、話しをするつもりはないというのか。
それどころか細菌だとか訳のわからない話しを始めていた。
つくしの眉間に皺が寄った。
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この男の細菌があたしの口の中にうじゃうじゃいる。
思わずその状況を想像してしまっていた。
「言っとくが、おまえの細菌も俺の口んなかで増殖してるかもな。おまえの細菌はおまえと同じでうるせんだろうな。それにどうすんだよ?細菌と一緒に腹の虫まで俺んとこ来てたら。」
と言って笑った。
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つくしは自分の体が熱を持って来ているのを感じていた。
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足元に置いた鞄を取って立ち上がろうとした。
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司はつくしをじっと見つめていた。
ふたりの目が合った。
「や、やっぱりあたしのこと・・からかうとか遊びの対象だとかそんなふうに見てたんでしょ!」
「おまえを遊びの対象だなんて考えてねぇよ。俺の目的は別にあった」
目的と聞かされてよからぬことが頭を過ったが慌てて打ち消したが聞かないわけにはいかなかった。
「も、目的?」
「なんだと思う?」
「な、なによ?そんなこと分かるわけないじゃない・・やっぱり・・」
からかわれている・・そう思った。
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「ど、どこが親しくなるチャンスなのよ!」
「あ?だからキスしたり、マンション買っただろ?だけどな。キスはキスしたかったからであれは男としての純粋な欲望だ」
「い、いい加減にしてよ・・冗談はやめて・・」
つくしはこれ以上からかわれるのが我慢出来なくなり、司に食ってかかった。
「どうしてあたしなんかに欲望を感じるんですか!あたしだってそこまで初心じゃないわ・・欲望なんて言うけどそれは単なる・・?ちょっと話しが見えないんだけど・・」
「おまえは・・どこまで鈍感なんだ?だから頭が固すぎるって言ってんだ」
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Comment:8
司は牧野つくしの真剣な顔にほほ笑みを漏らすまいと頬の内側を噛んだ。
この女はまるでわかっていない。
そんな方法で人が探せるわけがない。
ど素人が何をどうしたらいいのかわかってもないくせに、どうするって言うんだ?
司はつくしに自分の偽者を一緒に探せと言ったが本気で言ったわけではなかった。
それはあくまでも口実だ。ふたりの間に人探しという共通の目的を持たせることに意味がある。牧野つくしは自分の友人のために。そして俺は自分の為に。どちらも同じ人物を探しているという連帯感を持たせることが目的だ。
それに人探しなんてのはそれ専門の調査機関に依頼すればすぐに解決する。この女は俺の言うことを真に受けて物事を馬鹿正直にとらえる性格だ。まあその点がこの女の魅力ではあるが。
「あの、道明寺さん。偽者はここであなたの名前を名乗って優紀に声をかけたんだから、やっぱりここから探すべきだと思うんです」
つくしは真剣な態度で言った。
まるでマンションでの出来事など無かったかのようなその態度。
恐らく無かったことにしたいのだろう。
ふたりが訪れたのはメープルのラウンジ。言わずと知れた道明寺グループのホテルだ。
そんな場所で従業員に俺とよく似た人物を見かけなかったかと真顔で聞く女。
そしてその女の後ろに立っているのは当の本人なのだから聞かれた従業員はどう答えればいいのか困惑していた。
もしかしてこれは何かのテストなのかもしれない。
受け答え如何によって何らかの指導があるのかもしれない。
そう思われてもおかしくはないはずだ。
グループのトップに立つ男が自社のホテルにいることは特段不思議ではないはずだ。
司は自分に課した規律は守る男だ。ビジネスはビジネスだ。司が自分に課した規律を守ると言うことは、従業員にも同じことを求める。そのため従業員の誰もが自分の仕事に集中している。そんな中で司によく似た男がいたからと言って気に留めているようでは仕事に集中してないということになる。だいたい道明寺司と視線があって何か言われては大変だと思う従業員の方が多いはずだ。
つくしは自分の後ろに当の本人が立っていては答えてもらえないと思ったのか、あろうことか司をあっちに行ってと追いやった。
「あっちってどっちだってんだ・・」
司はまさか自分のホテルであっちに行けと言われるとは思わなかった。
「あの女、マジで聞いてるのか?」
仕方なくエントランスの柱にもたれて見れば、ラウンジを後にした女は次とばかりにフロントへ向かっていた。
司はそんな女の後ろ姿を見ていた。
やがて踵を返しこちらへ歩いてくる女の足取りは重いようだ。
察するに自分が望んでいたような答えを得ることは出来なかったということか。
「で?俺に似た男はいたのか?」
「答えてもらえなかった・・」
少し落ち込んだ様子で何やら考えているようだ。
どうやら司の仕事に対しての姿勢はホテルの従業員にも徹底されているようだ。
仮に宿泊客ではないとしてもホテルで働く人間が客のことをペラペラと人に教えるようじゃ教育がなってないってことだ。
考え込んでいた女は曖昧な視線を司に投げかけて来た。
「ねえ・・ど、道明寺さんが聞いてくれたら答えてくれるんじゃない?」
期待半分と言った言葉。
だがこのホテルの経営に携わる男が聞けば答えてくれるはずだとの含みがあった。
「なんで俺が俺に似た人間がいたかなんて聞かなきゃなんねぇんだよ?」
「だ、だって探すんでしょ?あなたに似た人を・・」
確かにそう言った手前嫌だとは言えなかった。
「ああ、わかったよ!聞いてやるよ!」
司はつくしの手を掴んだ。
いきなり手を掴まれた女は驚いていたが司はそんなことは気にも留めず、ずんずん歩いて行くとフロントの前を通り過ぎエレベーターの前に立った。
「ちょっと!えっ?なに?」
まるで引きずられるように連れて来られていた。
女が慌てる様子を見て司は満足感を味わった。
何を考えたのかわかったからだ。
どうせ部屋に連れ込まれるとでも思ったんだろ?
「メシ」
「はぁ?」
「先に食事済ませてからでもいいだろ?偽者探しはそのあとだ」
司はつくしの手を掴んだまま見下ろして言った。
「上にレストランがある。なんだよ?なんか文句でもあるのか?」
すると司はにやりと口元を緩めた。
「まさか、おまえ変なこと考えてんじゃねぇのか?」
「な、なに言ってるのよ・・そんなこと・・」
「だったら今なに考えてたのか教えてくれよ?」
司は故意に挑発すると言葉を継いだ。
「おまえ、俺が協力しなきゃ偽者見つけることなんか出来ねぇだろ?いいから黙ってついて来い。どうせ腹減ってんだろ?」
時計の針はもうとっくに12時を回っていた。
いくら朝食を山のように食べていたとしてもこう言えば反論できないと分かっていた。
それに司にしても牧野つくしと時間をかけてゆっくり話しがしたいと思っていた。
「ここで急いだところでどうしようもねぇだろ?どうせどっかでメシ食わなきゃなんねぇんだからな」
そんな言葉に女も納得したようだ。
司の一挙手一投足に慌てる女は相変わらずのハリネズミ女だ。
だがどこをどう突いたら針を出すかはわかって来た。
あとはその針をどうやったら抜くことが出来るかが問題だ。
司は掴んだ手をそのままにエレベーターが来るのを待っていた。

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この女はまるでわかっていない。
そんな方法で人が探せるわけがない。
ど素人が何をどうしたらいいのかわかってもないくせに、どうするって言うんだ?
司はつくしに自分の偽者を一緒に探せと言ったが本気で言ったわけではなかった。
それはあくまでも口実だ。ふたりの間に人探しという共通の目的を持たせることに意味がある。牧野つくしは自分の友人のために。そして俺は自分の為に。どちらも同じ人物を探しているという連帯感を持たせることが目的だ。
それに人探しなんてのはそれ専門の調査機関に依頼すればすぐに解決する。この女は俺の言うことを真に受けて物事を馬鹿正直にとらえる性格だ。まあその点がこの女の魅力ではあるが。
「あの、道明寺さん。偽者はここであなたの名前を名乗って優紀に声をかけたんだから、やっぱりここから探すべきだと思うんです」
つくしは真剣な態度で言った。
まるでマンションでの出来事など無かったかのようなその態度。
恐らく無かったことにしたいのだろう。
ふたりが訪れたのはメープルのラウンジ。言わずと知れた道明寺グループのホテルだ。
そんな場所で従業員に俺とよく似た人物を見かけなかったかと真顔で聞く女。
そしてその女の後ろに立っているのは当の本人なのだから聞かれた従業員はどう答えればいいのか困惑していた。
もしかしてこれは何かのテストなのかもしれない。
受け答え如何によって何らかの指導があるのかもしれない。
そう思われてもおかしくはないはずだ。
グループのトップに立つ男が自社のホテルにいることは特段不思議ではないはずだ。
司は自分に課した規律は守る男だ。ビジネスはビジネスだ。司が自分に課した規律を守ると言うことは、従業員にも同じことを求める。そのため従業員の誰もが自分の仕事に集中している。そんな中で司によく似た男がいたからと言って気に留めているようでは仕事に集中してないということになる。だいたい道明寺司と視線があって何か言われては大変だと思う従業員の方が多いはずだ。
つくしは自分の後ろに当の本人が立っていては答えてもらえないと思ったのか、あろうことか司をあっちに行ってと追いやった。
「あっちってどっちだってんだ・・」
司はまさか自分のホテルであっちに行けと言われるとは思わなかった。
「あの女、マジで聞いてるのか?」
仕方なくエントランスの柱にもたれて見れば、ラウンジを後にした女は次とばかりにフロントへ向かっていた。
司はそんな女の後ろ姿を見ていた。
やがて踵を返しこちらへ歩いてくる女の足取りは重いようだ。
察するに自分が望んでいたような答えを得ることは出来なかったということか。
「で?俺に似た男はいたのか?」
「答えてもらえなかった・・」
少し落ち込んだ様子で何やら考えているようだ。
どうやら司の仕事に対しての姿勢はホテルの従業員にも徹底されているようだ。
仮に宿泊客ではないとしてもホテルで働く人間が客のことをペラペラと人に教えるようじゃ教育がなってないってことだ。
考え込んでいた女は曖昧な視線を司に投げかけて来た。
「ねえ・・ど、道明寺さんが聞いてくれたら答えてくれるんじゃない?」
期待半分と言った言葉。
だがこのホテルの経営に携わる男が聞けば答えてくれるはずだとの含みがあった。
「なんで俺が俺に似た人間がいたかなんて聞かなきゃなんねぇんだよ?」
「だ、だって探すんでしょ?あなたに似た人を・・」
確かにそう言った手前嫌だとは言えなかった。
「ああ、わかったよ!聞いてやるよ!」
司はつくしの手を掴んだ。
いきなり手を掴まれた女は驚いていたが司はそんなことは気にも留めず、ずんずん歩いて行くとフロントの前を通り過ぎエレベーターの前に立った。
「ちょっと!えっ?なに?」
まるで引きずられるように連れて来られていた。
女が慌てる様子を見て司は満足感を味わった。
何を考えたのかわかったからだ。
どうせ部屋に連れ込まれるとでも思ったんだろ?
「メシ」
「はぁ?」
「先に食事済ませてからでもいいだろ?偽者探しはそのあとだ」
司はつくしの手を掴んだまま見下ろして言った。
「上にレストランがある。なんだよ?なんか文句でもあるのか?」
すると司はにやりと口元を緩めた。
「まさか、おまえ変なこと考えてんじゃねぇのか?」
「な、なに言ってるのよ・・そんなこと・・」
「だったら今なに考えてたのか教えてくれよ?」
司は故意に挑発すると言葉を継いだ。
「おまえ、俺が協力しなきゃ偽者見つけることなんか出来ねぇだろ?いいから黙ってついて来い。どうせ腹減ってんだろ?」
時計の針はもうとっくに12時を回っていた。
いくら朝食を山のように食べていたとしてもこう言えば反論できないと分かっていた。
それに司にしても牧野つくしと時間をかけてゆっくり話しがしたいと思っていた。
「ここで急いだところでどうしようもねぇだろ?どうせどっかでメシ食わなきゃなんねぇんだからな」
そんな言葉に女も納得したようだ。
司の一挙手一投足に慌てる女は相変わらずのハリネズミ女だ。
だがどこをどう突いたら針を出すかはわかって来た。
あとはその針をどうやったら抜くことが出来るかが問題だ。
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Comment:7
つくしの心臓は異常な程の早さで鼓動していた。
唇が押し付けられているせいで声はくぐもっていたがつくしは懸命に何かを言おうとしていた。それは紛れもなく「離してよ」と聞こえるはずだ。
こんなふうにキスされるのは、はじめてだ。男の欲望が感じられるようなキス。
逃げようにも逃げられず当然だがマンションのこの部屋に逃げる場所はないし隠れる場所もない。いったいこれから何が起きるというのだろう。つくしはどうすればいいのかわからなかった。
そのとき、突然離れていった唇。
ようやく息が出来るようになったと安堵した。
「いっ・・たい・・・どういうつもりなのよ!」
つくしはあはあと息を切らして男を睨んだ。
とてもではないが軽いキスではなかった。初めてキスをされた時は暗がりで襲われたような気分にさせられたが、二度目のキスは驚くほど甘いキスで唇から漏れたのは甘い吐息。
それはまさに本能的な反応だった。
おまえの負けで俺の勝ち。
そんな言葉を囁かれた。
つくしは眩暈がしそうになっていた。
この男を警戒していたのにまたキスをされるなんて信じられなかった。
道明寺司はつくしの客でもあるが、親友の前からいなくなった男を探すため渋々手を組んだパートナーだ。それだけにこれ以上ふたりの関係に何か起こるようなことだけはどうしても避けなければならなかった。それなのに今の自分は道明寺司の腕に抱かれているではないか。 つくしは男の腕の中で体をひねって離れようとした。
「こ、このままじっとしてるつもりなの?いい加減離してくれない?」
司は自分の腕の中にいる女を離した。その瞬間つくしの体はぐらりと傾いたがなんとか体勢を整えた。いつもよりヒールが低く歩きやすい靴を履いていて正解だったはずだ。
「ど、道明寺さん。これだけははっきりさせておきたいんです。いいですか?あたしとあなたはあくまでも・・し、知り合いというだけでキ、キスするような間柄ではないんですからこんなことをするのは・・」
「おまえが言いたいのは客とのつき合いに個人的感情を持ち込むのはよくねぇってことだろ?」
わかっていてなぜそれに反するようなことをするのか?
「そ、そうです。だ、だからあたしに個人的関心を持つことはしないで下さい」
多くの人間が道明寺司について言っていることは、ただしそれはあくまでも雑誌や週刊誌から手に入れた情報でしかないが、仕事に対しては決断力とビジネスセンスがずば抜けているということだ。そして恋愛に関しては永続的な関係を求めない男。次々に相手を変えるというわけではないが、長く続いた女性はいなかった。そんな男に興味を持たれても困る。
つくしは恋愛には奥手かもしれないが決して何も知らないというわけではない。
「どうかな」司の片方の口角がわずかにあがった。
「なにが・・」
「さっきから聞いてりゃおまえは俺を否定ばかりするけどその言葉のにはふらつきが感じられる。客だからとか、知り合いだとか言ってるけどさっきのキスはどうだよ?」
司はにやりとした。
「それにおまえが頭の固い女で保守的な人間だってことはわかるけど、もう少し女としての人生を楽しむ余裕ってのがあってもいいんじゃねぇのか?」
まるでつくしの人生がかわいそうだと言わんばかりの発言。
「う、うるさいわね!いちいちあなたにあたしのことをとやかく言われる筋合いなんてありません!頭が固いって言うけどちっともそんなことなんてありません!それに女としての人生なら楽しんでますからご心配なく」
余計なお世話よという気持ちで言い返した。
「ふーん。そうか?」
「そうよ!」
「何を根拠にそんなことが言えるんだ?」
「な、何をって何がよ?それに何についてそんなこと言ってるのよ!とにかく、そんなことあなたに関係ないでしょ?」
つくしは頬を染めて司を睨んだ。
「それに・・あなたがそこまで言うなら言わせてもらいますけどね、女としての人生を楽しむなんて、人によって楽しむ基準が違うのよ?ど、どうせあなたは女性と断続的なおつき合いしかしない人でしょ?ひとりの人を愛して永続的なつき合いをするつもりなんてないんでしょ?」
「へぇ。おまえは俺のことよっく知ってんな。けどな、がっかりさせてわりぃけど永続的なつき合いが出来るとか出来ねぇとかそんなもん頭の固い女にわかるのか?」
問い詰められるように言われ、つくしはこれ以上この男と自分との価値観について話し合うつもりはなかった。だから返事はしなかった。
それにこの部屋に連れて来られた目的なんてどうせあたしのことをからかうつもりだったんでしょ?そうとしか考えられない。
「ここにこれ以上いる意味があるんですか?いったいこの部屋で何がしたかったのかわかったものじゃないわ」
つくしにしてみればいつまたキスされるかと思うと落ち着かなかった。
これ以上この男とふたりっきりでいるわけにはい。
つくしは部屋を出ることにした。
「逃げるのか?」
司の目の前でカンカンに怒っていた女はドアの方へと向かっていたがくるりと踵を返し戻って来た。
「逃げるですって?」
つくしは眉間に皺を寄せて司に詰め寄った。
「あたしが何から逃げてるって言うのよ!」
すると司の上着の襟を掴むと自分の方へとグッと引き寄せた。
さっきとはまったく逆の状態でのふたりの立場がそこにあった。
司の顔が女の目の前に近付くと、いきなり唇を奪われていた。
つくしの方から奪った男の唇。
「どうよ!これでもまだあたしが頭の固い保守的な女だって言うつもりなの?キスのひとつやふたつなんてどうってことなんてないんだから!」
常日頃から何事にも前向きに取り組んでいると自負しているつくしは司の「逃げるのか」のひと言に腹がたった。そんな状況で思わずとった自分の行動に気づくまで数秒かかった。
奇妙な空気がそこに流れていた。
すぐ目の前にあるのは、綺麗に整った眉と三白眼の切れ長の瞳。すっと筋の通った高い鼻梁と形のよい口もと。それを呆然と見つめていた。
つくしは今しがた自分がしでかした出来事を頭の中で整理しようとしていた。
今あたしは何をしたの?
男の顔がにやりとほほ笑むとまっ白な歯が見えた。
つくしは掴んだままでいた男の上着の襟から慌てて手を離した。
この男に、道明寺司に自分からキスをしたの?
違う・・いつもの自分じゃなかったはずだ。
気持ちを落ち着けようとしていたがすぐ目の前でほほ笑む男の白い歯が眩しく感じられた。
道明寺という男は自分がどうすれば魅力的に見えるかということを知っているように思えた。だが普段ひと前で歯を見せて笑うなんてことはないはずだ。
その男がつくしの前で笑っていた。
逆につくしの口元はひきつっていた。
刺激的な対決の様相を呈してきたようだ。
そのことを楽しむ余裕があるのは司の方だろう。
男は手に入らないものに意欲をかき立てられるが牧野つくしがまさにそうだ。
司の前にいるのは大冒険をするというわけでもないだろうに、まるで前人未踏のジャングルの入口に立っているような佇まいの女。
どんな獣が出て来るのかと森の奥を窺っているようだ。
まさか俺のことを撃ち殺すつもりか?
もしそうなったとしても撃ち殺される前におまえを喰ってやるつもりだけどな。
冷静さを失った女はまっすぐ司を見ていたが、やがて視線を外すとさっきまでとは打って変わったような静かな声で言った。
「あの・・道明寺・・さん。さっきのことはなんでもありませんから、気にしないで下さい」
「おまえがそう言うなら」
司はとりあえず女の言葉にそう返していた。
「そ、そうです。気にしないで下さい」
だがふたりともそれが本当はそうでないことはわかっているはずだ。
あれだけ派手に言い合っていたふたり。
そんなふたりの間には奇妙な沈黙が流れていた。

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唇が押し付けられているせいで声はくぐもっていたがつくしは懸命に何かを言おうとしていた。それは紛れもなく「離してよ」と聞こえるはずだ。
こんなふうにキスされるのは、はじめてだ。男の欲望が感じられるようなキス。
逃げようにも逃げられず当然だがマンションのこの部屋に逃げる場所はないし隠れる場所もない。いったいこれから何が起きるというのだろう。つくしはどうすればいいのかわからなかった。
そのとき、突然離れていった唇。
ようやく息が出来るようになったと安堵した。
「いっ・・たい・・・どういうつもりなのよ!」
つくしはあはあと息を切らして男を睨んだ。
とてもではないが軽いキスではなかった。初めてキスをされた時は暗がりで襲われたような気分にさせられたが、二度目のキスは驚くほど甘いキスで唇から漏れたのは甘い吐息。
それはまさに本能的な反応だった。
おまえの負けで俺の勝ち。
そんな言葉を囁かれた。
つくしは眩暈がしそうになっていた。
この男を警戒していたのにまたキスをされるなんて信じられなかった。
道明寺司はつくしの客でもあるが、親友の前からいなくなった男を探すため渋々手を組んだパートナーだ。それだけにこれ以上ふたりの関係に何か起こるようなことだけはどうしても避けなければならなかった。それなのに今の自分は道明寺司の腕に抱かれているではないか。 つくしは男の腕の中で体をひねって離れようとした。
「こ、このままじっとしてるつもりなの?いい加減離してくれない?」
司は自分の腕の中にいる女を離した。その瞬間つくしの体はぐらりと傾いたがなんとか体勢を整えた。いつもよりヒールが低く歩きやすい靴を履いていて正解だったはずだ。
「ど、道明寺さん。これだけははっきりさせておきたいんです。いいですか?あたしとあなたはあくまでも・・し、知り合いというだけでキ、キスするような間柄ではないんですからこんなことをするのは・・」
「おまえが言いたいのは客とのつき合いに個人的感情を持ち込むのはよくねぇってことだろ?」
わかっていてなぜそれに反するようなことをするのか?
「そ、そうです。だ、だからあたしに個人的関心を持つことはしないで下さい」
多くの人間が道明寺司について言っていることは、ただしそれはあくまでも雑誌や週刊誌から手に入れた情報でしかないが、仕事に対しては決断力とビジネスセンスがずば抜けているということだ。そして恋愛に関しては永続的な関係を求めない男。次々に相手を変えるというわけではないが、長く続いた女性はいなかった。そんな男に興味を持たれても困る。
つくしは恋愛には奥手かもしれないが決して何も知らないというわけではない。
「どうかな」司の片方の口角がわずかにあがった。
「なにが・・」
「さっきから聞いてりゃおまえは俺を否定ばかりするけどその言葉のにはふらつきが感じられる。客だからとか、知り合いだとか言ってるけどさっきのキスはどうだよ?」
司はにやりとした。
「それにおまえが頭の固い女で保守的な人間だってことはわかるけど、もう少し女としての人生を楽しむ余裕ってのがあってもいいんじゃねぇのか?」
まるでつくしの人生がかわいそうだと言わんばかりの発言。
「う、うるさいわね!いちいちあなたにあたしのことをとやかく言われる筋合いなんてありません!頭が固いって言うけどちっともそんなことなんてありません!それに女としての人生なら楽しんでますからご心配なく」
余計なお世話よという気持ちで言い返した。
「ふーん。そうか?」
「そうよ!」
「何を根拠にそんなことが言えるんだ?」
「な、何をって何がよ?それに何についてそんなこと言ってるのよ!とにかく、そんなことあなたに関係ないでしょ?」
つくしは頬を染めて司を睨んだ。
「それに・・あなたがそこまで言うなら言わせてもらいますけどね、女としての人生を楽しむなんて、人によって楽しむ基準が違うのよ?ど、どうせあなたは女性と断続的なおつき合いしかしない人でしょ?ひとりの人を愛して永続的なつき合いをするつもりなんてないんでしょ?」
「へぇ。おまえは俺のことよっく知ってんな。けどな、がっかりさせてわりぃけど永続的なつき合いが出来るとか出来ねぇとかそんなもん頭の固い女にわかるのか?」
問い詰められるように言われ、つくしはこれ以上この男と自分との価値観について話し合うつもりはなかった。だから返事はしなかった。
それにこの部屋に連れて来られた目的なんてどうせあたしのことをからかうつもりだったんでしょ?そうとしか考えられない。
「ここにこれ以上いる意味があるんですか?いったいこの部屋で何がしたかったのかわかったものじゃないわ」
つくしにしてみればいつまたキスされるかと思うと落ち着かなかった。
これ以上この男とふたりっきりでいるわけにはい。
つくしは部屋を出ることにした。
「逃げるのか?」
司の目の前でカンカンに怒っていた女はドアの方へと向かっていたがくるりと踵を返し戻って来た。
「逃げるですって?」
つくしは眉間に皺を寄せて司に詰め寄った。
「あたしが何から逃げてるって言うのよ!」
すると司の上着の襟を掴むと自分の方へとグッと引き寄せた。
さっきとはまったく逆の状態でのふたりの立場がそこにあった。
司の顔が女の目の前に近付くと、いきなり唇を奪われていた。
つくしの方から奪った男の唇。
「どうよ!これでもまだあたしが頭の固い保守的な女だって言うつもりなの?キスのひとつやふたつなんてどうってことなんてないんだから!」
常日頃から何事にも前向きに取り組んでいると自負しているつくしは司の「逃げるのか」のひと言に腹がたった。そんな状況で思わずとった自分の行動に気づくまで数秒かかった。
奇妙な空気がそこに流れていた。
すぐ目の前にあるのは、綺麗に整った眉と三白眼の切れ長の瞳。すっと筋の通った高い鼻梁と形のよい口もと。それを呆然と見つめていた。
つくしは今しがた自分がしでかした出来事を頭の中で整理しようとしていた。
今あたしは何をしたの?
男の顔がにやりとほほ笑むとまっ白な歯が見えた。
つくしは掴んだままでいた男の上着の襟から慌てて手を離した。
この男に、道明寺司に自分からキスをしたの?
違う・・いつもの自分じゃなかったはずだ。
気持ちを落ち着けようとしていたがすぐ目の前でほほ笑む男の白い歯が眩しく感じられた。
道明寺という男は自分がどうすれば魅力的に見えるかということを知っているように思えた。だが普段ひと前で歯を見せて笑うなんてことはないはずだ。
その男がつくしの前で笑っていた。
逆につくしの口元はひきつっていた。
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そのことを楽しむ余裕があるのは司の方だろう。
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司の前にいるのは大冒険をするというわけでもないだろうに、まるで前人未踏のジャングルの入口に立っているような佇まいの女。
どんな獣が出て来るのかと森の奥を窺っているようだ。
まさか俺のことを撃ち殺すつもりか?
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冷静さを失った女はまっすぐ司を見ていたが、やがて視線を外すとさっきまでとは打って変わったような静かな声で言った。
「あの・・道明寺・・さん。さっきのことはなんでもありませんから、気にしないで下さい」
「おまえがそう言うなら」
司はとりあえず女の言葉にそう返していた。
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Comment:5
開いた唇のから流れ出た言葉は・・・
愛してる・・
「なあ・・誰を?」
つかさを・・
出張から戻った司の前にいるのは自分のベッドに横たわって寝ている愛しい女。
部屋で待っているからと言っていた牧野。
エントランスに靴はあったがリビングにその姿が見えず探せばここにいた。
ベッドの端で本をシーツの上に置いたまま目を閉じていた。
置いたというよりも手から滑り落ちたと言った方がいいのだろう。
いったいなんの本を読んでいたのか。
取り上げてみれば今はやりの恋愛小説だ。
こいつがこんな本を読むなんて珍しいこともあるもんだ。
読書というのは自分の知らない世界へ簡単に身を投じることが出来る。
空想の世界での出来事をわが身の出来事として感じることをしばしの幸せと感じられるなら、それもまた人生の快楽のひとつと言えるはずだ。
つくし・・
司の快楽は目の前に横たわる女。
この女の姿、この女の笑顔、そしてふたりの運命を受け入れてここまで来た。
互いに寂しい思いをしなかった日々はなかった。
だがいつも快活で慈愛に満ちた女は司の全てを黙って受け入れてくれていた。
ふっと緩んだ口もとから漏れ出た自分の名前。
「・・つ・・かさ・・」
どんな夢を見てるんだ?
幸せな夢か?
おまえは俺といて幸せか?
俺は自分が幸せ過ぎて怖いくらいだ。
小さな声で呟かれた自分の名前に彼の雄としての本能が目覚めてきた。
いつも無意識に煽ってくる女に振り回されるばかりだが、今は自分が望めばこの女に好きなことをすることが出来る。
そんな考えに口元が緩んだ。
別にかまわねぇよな?
好きな女を愛することを止めることが出来ねぇんだから。
だがこの瞬間、もしかしたらこいつが目を覚まして俺を見るかもしれない。
物憂げな口調で、お帰りと呟くはずだ。
体をはって守ると決めた女。
その覚悟は出会ったときから俺の心の中にあった。
ふたりが互いを求め愛し合うようになるまで目まぐるしい時が過ぎ、あれから随分と時間が経ったが相変らずこの女を愛おしいと思う心は変わらない。
女の顔も、手も足も全てが彼の崇める対象となっていた。
繰り返し繰り返し何度も愛し合ってはいても求める事を止めることは出来なかった。
この女がいないと息をするのも辛い。
生きて行くのが苦しい。
世の中にある道徳性が偽りのものだと思えるほどにこの女が欲しかった。
それほどの思いをして手に入れた愛しい人。
いつでも、どこにいても欲しい女。
つかさ・・
彼の方へ顔を向け再び小さく呟かれた自分の名前。
その度に俺の顔にはほほ笑みが浮かんでいるはずだ。
「つくし・・・」
体をはって守ると決めた女_
ああ・・
だが別のやり方で守ることも出来る。
守る?
これからすることは守るに値しねぇかもな。
むしろ体を使って攻撃すると言ったほうがいいかもしれねぇ。
こいつがあらわに応えることが出来ないとしても、俺の体は愛することを躊躇することはない。
たとえそれが邪な考えだとしても。
愛の本質は変わらないのだから。
いいだろ?
司はスーツの上着を脱ぐとネクタイを抜き取った。
このネクタイは牧野が選んでくれたストライプ。
シルバーグレーに濃紺とそれよりも薄い紺色、そして黒い線がそれぞれの太さを変えて描かれていた。
司にとっては文句なしに一番のお気に入りだ。
いくら高級なスーツを着ていたとしても、さして高くもないこのネクタイの方が司にとっては数倍の価値があった。
立派なスーツに皺が寄ろうと、このネクタイだけは大切にしていた。
彼にとっては勝負下着ならぬ勝負ネクタイだ。運気が上がって仕事が上手く行く気がしてならない。それに今回のように海外出張に行くときは彼の心の拠り所となっていた。そのせいか、つい結び目に手をやってしまうことが多かった。
司はつくしを見下ろしながら、全てを脱ぎ捨てると隣へ体を横たえた。
声が聞きたい・・
お帰りと言って迎えてくれる声が・・
離れていても電話を通して聞いてきた声が。
精神的な安らぎの気持を与えてくれる声が聞きたい。
安らぎを与え、孤独感を一掃してくれる声が。
欲求不満と見えない何かを取り払って自分の心の内にある感情を呼び起こしてくれる声が聞きたい。
司はつくしの顎に手を添えると顔を近づけ、唇を重ねた。
が、思ったとおりなんの反応もなかった。
「ほんとに昔っからよく寝る女だったよな、おまえは」
口を閉ざすと女の寝顔をじっと見た。
「ま、寝ててもいいけどよ」
司の顔に危険で、邪なほほ笑みが広がった。
硬くなった一物はずきずきと痛んで早く一体化したいと望んでいた。
司はゆっくりとつくしの衣類を脱がし始めた。
ブラウスのボタンを外すと体を持ち上げ肩から布を落とすようにして腕を抜いた。
キャミソールはウエストまで引き下げブラジャーのホックもあっという間に外した。
目の前に晒された白い胸に実るのは小さな赤い果実。
司は欲望を掻き立てられた。
「いいながめだ」
女が奉仕するのが当然だと考える男もいるが俺はそんな男じゃねぇ。
司はつくしを腕に抱え横に倒すと自分のために実っている赤い果実を口に含んだ。
「・・んっ・・」
体をずらしては柔肌に口づけを繰り返した。
甘い匂いが鼻孔を満たした。
司は顔を上げてつくしを見たがまだ目は閉じられたままだ。
いくらなんでもあまりにも目が覚めなさすぎる。
「・・おまえ、なんか飲んでるのか?」
微かにだがアルコールの匂いがする。
この女、いったいどこで飲んだんだ?
まさかここに来る前にどっかで飲んで来たなんてことは・・
司は慌てた。
まさか・・
なぜかそのとき彼の頭の中を過ったのは執務室で自分が妄想していた状況。
それはつくしが秘書となって下着を履かずに社内をうろうろしていたという状況だ。
司はつくしの尻を持ち上げるとスカートのファスナーを下ろし脱がせた。
そこにはきちんと下着をつけたつくしの姿があった。
「おどかすんじゃねぇよ・・」
司はホッとした。
けど、なんでこいつは目が覚めない?
それに微かだがどうしてアルコールの匂いがするんだ?
こいつはアルコールに対しての免疫が低い女だ。
だが何か飲んだ形跡は見当たらなかった。
が、司はつくしの顔を見てムッとした。
なんで起きねぇんだよ!
寝込み襲われてるってのに目を覚まさねぇなんてことがあっていい訳ねぇだろうが!
この女は自分の体に対しての管理がなってねぇ!
司はさっきまでの優しい気持ちはどこへやら、憮然とした態度でつくしを見ていた。
そして彼は決心した。
いったいどこまでヤッたら目が覚めるのか・・
それを確かめることにした。
司はつくしの脚をひらくと布の上から股間に指をあてた。
少し湿り気が感じられるその場所をこすって止めた。
指は動いていないのに濡れが感じられた。
寝てるのに濡らしてんのか?
司は次に下着を抜き去ると茂みをかき分け潤いを生み出す泉を探った。
指を入れるとつくしの体がびくんとして司の体に腕が回された。
「・・うんっ・・」
「なんだよ・・寝てるくせにここだけはすげぇ敏感なんじゃねぇかよ・・」
司が指をもう一本追加するとどこか満足気なため息がつくしの口から漏れた。
中を指で撫で擦するととろとろの愛液が溢れて来た。
司はあまりにも溢れてくるつくしのジュースが勿体ないとばかり、今度は両脚を大きく開くと肩にかけ、両手で腰を持ち上げて溢れ出てくるそれを飲み干そうとした。舌は上とは違う別の蕾を味わった。
「・・・っや・・だ・・めっ・・」
気付いたか?
「ど、どうみょうじ・・?か、帰ってたの・・?」
つくしは目を覚ましたがなにが起きているのかわからないようだ。
「ど・・どうみょうじ・・?」
「ああ。俺だ・・さっき帰った」
何が道明寺帰ったの、だ!
おまえはどこまでヤられたら気づくんだよ!
この女、昔から鈍感すぎるとは思ってたがここまで鈍感だとどうかしてるとしか言えねぇ。
こんなかっこうさせられてるってのに危機感が無さすぎる!
と、言っても俺の部屋の中での出来事だ。許してやるよ。
「ああ・・我が家に戻ってきた感じだ・・」
次に司がとった行動はつくしの顔を見ながら指で襞を押し開いて深々と貫くことだった。
「あっ・・っああっ・・んっ・・!」
司はキスで唇を塞いだ。
塞ぎながらも、囁いていた。
いいんだ、牧野。
もっと・・
ほら、もっと・・欲しがれ・・
欲しって言えよ?
抱きしめて、壊れてしまわないようにそっと抱きしめてやりたい。
唇を重ね、体を重ね、いっそのこと溶け合ってしまいたい。
なあ、俺の全てはおまえのモンだ。
好きなだけ持ってっていいんだぞ?
もっとだ・・
もっと声をあげろ・・
なあ・・
いってくれ・・
司はつくしの口にあえぎながら激しく突きあげた。
そしてつくしの体が痙攣し、絶頂を迎えたとき精を放った。
何度抱いても飽きることのない女。
そんな女の奥深くにいつまでも留まっていたい。
首に唇を押し付けて口づけをすると、自分の腕の中に抱き込んだ。
決して離れていかないようにと願いを込めて。
****
「どうみょうじっ!!いったいどういうつもりなのよ!」
バスルームでの呼び声は寝室にいる司のところまで聞こえてきた。
続いて聞こえたのはバンッという扉が閉まる大きな音。
そしてスリッパを履いた足がパタパタと廊下を走る足音だ。
「な・・なによ!なによこれ!これどうするのよ!」
食べてしまいたくなるほど愛しい女が血相を変えて部屋へ飛び込んで来た。
「・・っ・・るせ・・朝っぱらからなんだよ・・」
「なんだよじゃないわよ!ちょ・・と・・道明寺、なんで・・こんな・・こんな・・こ・・」
わなわなと震える牧野。
「なにがこんなだ?」
「キ、キス・・このキスマークどうしてくれるのよ!」
「驚いたか?」
「お、驚いたどころじゃないわよ?それに・・なんで・・ね、寝込みを襲うのよ!」
つくしが司の腕の中で目覚めたときぐったりとしていた。あれからひと晩中離してもらえなかった。その成果がつくしの言う体中いたるところにつけられたキスのあとだ。
「わりぃかよ?」
「わ、悪いに決まってるじゃない!」
「なんでだよ?出張から帰った彼氏を暖かく包み込んでくれるのが彼女の役目だろ?それともあれか?おまえは俺のこと愛してないのか?」
「そ、そんな問題じゃないでしょ?」
「何だよ?愛してねぇのかよ?」
司は何があっても毎日一度は愛してると伝え、マンションでつくしが待っているときは、必ず愛し合っていた。
だから昨日海外出張から帰ったとき、眠っているつくしを起こしてまで抱きたかった。
「あ、愛してる・・わよ・・でもね。いったい何考えてるのよ!このキスマークだってこんな目立つようなところにつけられたら・・」
つくしはそこまで言うと司の顔を見て口をつぐんだ。
朝日が差し込む部屋の中に見える司の顔は満ち足りた表情で疲れなど感じさせなかった。
海外出張から帰ったばかりだと言うのに浮かんでいるのは満足しきりと言った顔。
献身的で愛情深い男はいつでもつくしのことを一番に考えてくれている。
そんな男が自分を求めて離さないといっているのだから喜ぶべきだろう。
「それにしてもおまえは・・朝の目覚めはそんなにいいのに昨日はなんでなかなか目が覚めなかったんだよ?」
司が色々イタズラしてもなかなか目を覚まさなかった。
それに微かにアルコールのような匂いがしていた。
「え?な・・なんでって言われても・・つ、疲れてたとか・・?」
司は顔を上げてつくしを見たとき、サイドテーブルの上で銀色の紙がくしゃくしゃになっているのに気付いた。
包み紙か・・?
まさか・・・こいつ・・俺がここに置いてあったのを食べたのか?
いつ・・食べたんだ?
「なあ、まきの・・ここに置いてあった・・」
「え?あ・・チョコレートでしょ?甘いものが嫌いな道明寺にしてはなんでチョコレートがなんて思ったんだけど・・ごめんね、本読みながら食べちゃった。それからなんだか急に眠気に襲われてね・・」
催淫剤が練り込まれたチョコレート。
草原を走り回る牧野を仕留めることが頭を過ったことをきっかけに手に入れてみたが
鈍感なこいつにはひとつじゃ効かなかったってことか?
それとも練り込まれた量が少なかったってことか?
いや・・反応が鈍かったってことだよな?
すぐに反応することがなく、覚醒するまで時間がかかったってことか?
確かにあのとき目が覚めた牧野はあれから俺の求めに応じて一晩中ヤリまくった・・
いや愛し合ったじゃねぇかよ。
それもすげぇ精力的。
押し倒した俺の上に馬乗りになったかと思ったら自ら俺の一物を手に取った。
あんなに奔放な牧野を見るなんて・・いや。
見てただけじゃねぇ・・体験するなんてことがこれか先あるのか?
それにあのネクタイ使って手を縛ってくれなんて言い出した。
じゃあ縛ったらどうしたいんだって聞けばおしおきして道明寺。なんて言い出す始末。
こいつ覚えてるのか?それとも・・
「なあ、まきの・・覚えて・・るのか?」
「え?なにを?」
つくしはきょとんとした顔で司を見た。
「だ、だから・・」
「だから?」
「おまえが、その・・俺を・・」
「俺を?」
「俺を襲って・・」
「なっ!なに言ってるのよ!そ、そんなこと・・」
否定はしたが記憶は定かではなかった。
「そうか?それなら証拠を見せてやるよ」
と、言って司はベッドから出ようとした。
つくしは絶対に嘘だと思ったしからかわれていると思った。
だがベッドから出て立ち上がった司の体を見たつくしの顔はひきつっていた。
どう考えてもあれは自分で出来るようなことではなかった。
男の体にも沢山のキスのあとと思えるものがあったのだ。
つくしはごくりと唾を呑んで固まっていた。
司は満足げな顔でつくしに言った。
「ああ?これか?気にすることなんてねーぞ?俺は誰に見せても恥ずかしいだなんて思ってねぇからな」
全裸の男は自慢げだ。
「まきの、これこそ男の夢ってもんだぞ?」
愛しい女に一晩中愛されたことは司にとって何物にも代えがたい夢だったのだろう。
誰に見せても恥ずかしくないと言い切った男はもしかしたらワイシャツの胸をはだけて歩くとでも言うのだろうか?
それとも執務室で来客に向かって自慢するとか?
『 皆さん。これはいとしの牧野がつけたキスマークです 』
とでも言うつもりなのか?
あり得ない話しではなかった。
仲間内ではこの男はことつくしに関しては常軌を逸した行動を取ると知られていたからだ。
司は自分の前で固まっている女の様子をじっと見ていた。
唇が乾燥するのか小さな舌で湿らそうとしていた。その舌は昨日の夜、なんの躊躇いもなくつかさ自身を丁寧に味わっていた。純情だった高校生の頃と違ってそれなりの経験を積んでいるとはいえ、今でもどこか迷いのあるはずの行為も進んで行っていた。
顔を真っ赤にして固まってはいるがおのれの行動を理解していたはずだ。
司は自分の夢がまたひとつ叶ったことに満足していた。
そのとき心に浮かんだのは、この女がいつまでたっても純情なのは仕方がないという思い。
だってそれが牧野だから。

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愛してる・・
「なあ・・誰を?」
つかさを・・
出張から戻った司の前にいるのは自分のベッドに横たわって寝ている愛しい女。
部屋で待っているからと言っていた牧野。
エントランスに靴はあったがリビングにその姿が見えず探せばここにいた。
ベッドの端で本をシーツの上に置いたまま目を閉じていた。
置いたというよりも手から滑り落ちたと言った方がいいのだろう。
いったいなんの本を読んでいたのか。
取り上げてみれば今はやりの恋愛小説だ。
こいつがこんな本を読むなんて珍しいこともあるもんだ。
読書というのは自分の知らない世界へ簡単に身を投じることが出来る。
空想の世界での出来事をわが身の出来事として感じることをしばしの幸せと感じられるなら、それもまた人生の快楽のひとつと言えるはずだ。
つくし・・
司の快楽は目の前に横たわる女。
この女の姿、この女の笑顔、そしてふたりの運命を受け入れてここまで来た。
互いに寂しい思いをしなかった日々はなかった。
だがいつも快活で慈愛に満ちた女は司の全てを黙って受け入れてくれていた。
ふっと緩んだ口もとから漏れ出た自分の名前。
「・・つ・・かさ・・」
どんな夢を見てるんだ?
幸せな夢か?
おまえは俺といて幸せか?
俺は自分が幸せ過ぎて怖いくらいだ。
小さな声で呟かれた自分の名前に彼の雄としての本能が目覚めてきた。
いつも無意識に煽ってくる女に振り回されるばかりだが、今は自分が望めばこの女に好きなことをすることが出来る。
そんな考えに口元が緩んだ。
別にかまわねぇよな?
好きな女を愛することを止めることが出来ねぇんだから。
だがこの瞬間、もしかしたらこいつが目を覚まして俺を見るかもしれない。
物憂げな口調で、お帰りと呟くはずだ。
体をはって守ると決めた女。
その覚悟は出会ったときから俺の心の中にあった。
ふたりが互いを求め愛し合うようになるまで目まぐるしい時が過ぎ、あれから随分と時間が経ったが相変らずこの女を愛おしいと思う心は変わらない。
女の顔も、手も足も全てが彼の崇める対象となっていた。
繰り返し繰り返し何度も愛し合ってはいても求める事を止めることは出来なかった。
この女がいないと息をするのも辛い。
生きて行くのが苦しい。
世の中にある道徳性が偽りのものだと思えるほどにこの女が欲しかった。
それほどの思いをして手に入れた愛しい人。
いつでも、どこにいても欲しい女。
つかさ・・
彼の方へ顔を向け再び小さく呟かれた自分の名前。
その度に俺の顔にはほほ笑みが浮かんでいるはずだ。
「つくし・・・」
体をはって守ると決めた女_
ああ・・
だが別のやり方で守ることも出来る。
守る?
これからすることは守るに値しねぇかもな。
むしろ体を使って攻撃すると言ったほうがいいかもしれねぇ。
こいつがあらわに応えることが出来ないとしても、俺の体は愛することを躊躇することはない。
たとえそれが邪な考えだとしても。
愛の本質は変わらないのだから。
いいだろ?
司はスーツの上着を脱ぐとネクタイを抜き取った。
このネクタイは牧野が選んでくれたストライプ。
シルバーグレーに濃紺とそれよりも薄い紺色、そして黒い線がそれぞれの太さを変えて描かれていた。
司にとっては文句なしに一番のお気に入りだ。
いくら高級なスーツを着ていたとしても、さして高くもないこのネクタイの方が司にとっては数倍の価値があった。
立派なスーツに皺が寄ろうと、このネクタイだけは大切にしていた。
彼にとっては勝負下着ならぬ勝負ネクタイだ。運気が上がって仕事が上手く行く気がしてならない。それに今回のように海外出張に行くときは彼の心の拠り所となっていた。そのせいか、つい結び目に手をやってしまうことが多かった。
司はつくしを見下ろしながら、全てを脱ぎ捨てると隣へ体を横たえた。
声が聞きたい・・
お帰りと言って迎えてくれる声が・・
離れていても電話を通して聞いてきた声が。
精神的な安らぎの気持を与えてくれる声が聞きたい。
安らぎを与え、孤独感を一掃してくれる声が。
欲求不満と見えない何かを取り払って自分の心の内にある感情を呼び起こしてくれる声が聞きたい。
司はつくしの顎に手を添えると顔を近づけ、唇を重ねた。
が、思ったとおりなんの反応もなかった。
「ほんとに昔っからよく寝る女だったよな、おまえは」
口を閉ざすと女の寝顔をじっと見た。
「ま、寝ててもいいけどよ」
司の顔に危険で、邪なほほ笑みが広がった。
硬くなった一物はずきずきと痛んで早く一体化したいと望んでいた。
司はゆっくりとつくしの衣類を脱がし始めた。
ブラウスのボタンを外すと体を持ち上げ肩から布を落とすようにして腕を抜いた。
キャミソールはウエストまで引き下げブラジャーのホックもあっという間に外した。
目の前に晒された白い胸に実るのは小さな赤い果実。
司は欲望を掻き立てられた。
「いいながめだ」
女が奉仕するのが当然だと考える男もいるが俺はそんな男じゃねぇ。
司はつくしを腕に抱え横に倒すと自分のために実っている赤い果実を口に含んだ。
「・・んっ・・」
体をずらしては柔肌に口づけを繰り返した。
甘い匂いが鼻孔を満たした。
司は顔を上げてつくしを見たがまだ目は閉じられたままだ。
いくらなんでもあまりにも目が覚めなさすぎる。
「・・おまえ、なんか飲んでるのか?」
微かにだがアルコールの匂いがする。
この女、いったいどこで飲んだんだ?
まさかここに来る前にどっかで飲んで来たなんてことは・・
司は慌てた。
まさか・・
なぜかそのとき彼の頭の中を過ったのは執務室で自分が妄想していた状況。
それはつくしが秘書となって下着を履かずに社内をうろうろしていたという状況だ。
司はつくしの尻を持ち上げるとスカートのファスナーを下ろし脱がせた。
そこにはきちんと下着をつけたつくしの姿があった。
「おどかすんじゃねぇよ・・」
司はホッとした。
けど、なんでこいつは目が覚めない?
それに微かだがどうしてアルコールの匂いがするんだ?
こいつはアルコールに対しての免疫が低い女だ。
だが何か飲んだ形跡は見当たらなかった。
が、司はつくしの顔を見てムッとした。
なんで起きねぇんだよ!
寝込み襲われてるってのに目を覚まさねぇなんてことがあっていい訳ねぇだろうが!
この女は自分の体に対しての管理がなってねぇ!
司はさっきまでの優しい気持ちはどこへやら、憮然とした態度でつくしを見ていた。
そして彼は決心した。
いったいどこまでヤッたら目が覚めるのか・・
それを確かめることにした。
司はつくしの脚をひらくと布の上から股間に指をあてた。
少し湿り気が感じられるその場所をこすって止めた。
指は動いていないのに濡れが感じられた。
寝てるのに濡らしてんのか?
司は次に下着を抜き去ると茂みをかき分け潤いを生み出す泉を探った。
指を入れるとつくしの体がびくんとして司の体に腕が回された。
「・・うんっ・・」
「なんだよ・・寝てるくせにここだけはすげぇ敏感なんじゃねぇかよ・・」
司が指をもう一本追加するとどこか満足気なため息がつくしの口から漏れた。
中を指で撫で擦するととろとろの愛液が溢れて来た。
司はあまりにも溢れてくるつくしのジュースが勿体ないとばかり、今度は両脚を大きく開くと肩にかけ、両手で腰を持ち上げて溢れ出てくるそれを飲み干そうとした。舌は上とは違う別の蕾を味わった。
「・・・っや・・だ・・めっ・・」
気付いたか?
「ど、どうみょうじ・・?か、帰ってたの・・?」
つくしは目を覚ましたがなにが起きているのかわからないようだ。
「ど・・どうみょうじ・・?」
「ああ。俺だ・・さっき帰った」
何が道明寺帰ったの、だ!
おまえはどこまでヤられたら気づくんだよ!
この女、昔から鈍感すぎるとは思ってたがここまで鈍感だとどうかしてるとしか言えねぇ。
こんなかっこうさせられてるってのに危機感が無さすぎる!
と、言っても俺の部屋の中での出来事だ。許してやるよ。
「ああ・・我が家に戻ってきた感じだ・・」
次に司がとった行動はつくしの顔を見ながら指で襞を押し開いて深々と貫くことだった。
「あっ・・っああっ・・んっ・・!」
司はキスで唇を塞いだ。
塞ぎながらも、囁いていた。
いいんだ、牧野。
もっと・・
ほら、もっと・・欲しがれ・・
欲しって言えよ?
抱きしめて、壊れてしまわないようにそっと抱きしめてやりたい。
唇を重ね、体を重ね、いっそのこと溶け合ってしまいたい。
なあ、俺の全てはおまえのモンだ。
好きなだけ持ってっていいんだぞ?
もっとだ・・
もっと声をあげろ・・
なあ・・
いってくれ・・
司はつくしの口にあえぎながら激しく突きあげた。
そしてつくしの体が痙攣し、絶頂を迎えたとき精を放った。
何度抱いても飽きることのない女。
そんな女の奥深くにいつまでも留まっていたい。
首に唇を押し付けて口づけをすると、自分の腕の中に抱き込んだ。
決して離れていかないようにと願いを込めて。
****
「どうみょうじっ!!いったいどういうつもりなのよ!」
バスルームでの呼び声は寝室にいる司のところまで聞こえてきた。
続いて聞こえたのはバンッという扉が閉まる大きな音。
そしてスリッパを履いた足がパタパタと廊下を走る足音だ。
「な・・なによ!なによこれ!これどうするのよ!」
食べてしまいたくなるほど愛しい女が血相を変えて部屋へ飛び込んで来た。
「・・っ・・るせ・・朝っぱらからなんだよ・・」
「なんだよじゃないわよ!ちょ・・と・・道明寺、なんで・・こんな・・こんな・・こ・・」
わなわなと震える牧野。
「なにがこんなだ?」
「キ、キス・・このキスマークどうしてくれるのよ!」
「驚いたか?」
「お、驚いたどころじゃないわよ?それに・・なんで・・ね、寝込みを襲うのよ!」
つくしが司の腕の中で目覚めたときぐったりとしていた。あれからひと晩中離してもらえなかった。その成果がつくしの言う体中いたるところにつけられたキスのあとだ。
「わりぃかよ?」
「わ、悪いに決まってるじゃない!」
「なんでだよ?出張から帰った彼氏を暖かく包み込んでくれるのが彼女の役目だろ?それともあれか?おまえは俺のこと愛してないのか?」
「そ、そんな問題じゃないでしょ?」
「何だよ?愛してねぇのかよ?」
司は何があっても毎日一度は愛してると伝え、マンションでつくしが待っているときは、必ず愛し合っていた。
だから昨日海外出張から帰ったとき、眠っているつくしを起こしてまで抱きたかった。
「あ、愛してる・・わよ・・でもね。いったい何考えてるのよ!このキスマークだってこんな目立つようなところにつけられたら・・」
つくしはそこまで言うと司の顔を見て口をつぐんだ。
朝日が差し込む部屋の中に見える司の顔は満ち足りた表情で疲れなど感じさせなかった。
海外出張から帰ったばかりだと言うのに浮かんでいるのは満足しきりと言った顔。
献身的で愛情深い男はいつでもつくしのことを一番に考えてくれている。
そんな男が自分を求めて離さないといっているのだから喜ぶべきだろう。
「それにしてもおまえは・・朝の目覚めはそんなにいいのに昨日はなんでなかなか目が覚めなかったんだよ?」
司が色々イタズラしてもなかなか目を覚まさなかった。
それに微かにアルコールのような匂いがしていた。
「え?な・・なんでって言われても・・つ、疲れてたとか・・?」
司は顔を上げてつくしを見たとき、サイドテーブルの上で銀色の紙がくしゃくしゃになっているのに気付いた。
包み紙か・・?
まさか・・・こいつ・・俺がここに置いてあったのを食べたのか?
いつ・・食べたんだ?
「なあ、まきの・・ここに置いてあった・・」
「え?あ・・チョコレートでしょ?甘いものが嫌いな道明寺にしてはなんでチョコレートがなんて思ったんだけど・・ごめんね、本読みながら食べちゃった。それからなんだか急に眠気に襲われてね・・」
催淫剤が練り込まれたチョコレート。
草原を走り回る牧野を仕留めることが頭を過ったことをきっかけに手に入れてみたが
鈍感なこいつにはひとつじゃ効かなかったってことか?
それとも練り込まれた量が少なかったってことか?
いや・・反応が鈍かったってことだよな?
すぐに反応することがなく、覚醒するまで時間がかかったってことか?
確かにあのとき目が覚めた牧野はあれから俺の求めに応じて一晩中ヤリまくった・・
いや愛し合ったじゃねぇかよ。
それもすげぇ精力的。
押し倒した俺の上に馬乗りになったかと思ったら自ら俺の一物を手に取った。
あんなに奔放な牧野を見るなんて・・いや。
見てただけじゃねぇ・・体験するなんてことがこれか先あるのか?
それにあのネクタイ使って手を縛ってくれなんて言い出した。
じゃあ縛ったらどうしたいんだって聞けばおしおきして道明寺。なんて言い出す始末。
こいつ覚えてるのか?それとも・・
「なあ、まきの・・覚えて・・るのか?」
「え?なにを?」
つくしはきょとんとした顔で司を見た。
「だ、だから・・」
「だから?」
「おまえが、その・・俺を・・」
「俺を?」
「俺を襲って・・」
「なっ!なに言ってるのよ!そ、そんなこと・・」
否定はしたが記憶は定かではなかった。
「そうか?それなら証拠を見せてやるよ」
と、言って司はベッドから出ようとした。
つくしは絶対に嘘だと思ったしからかわれていると思った。
だがベッドから出て立ち上がった司の体を見たつくしの顔はひきつっていた。
どう考えてもあれは自分で出来るようなことではなかった。
男の体にも沢山のキスのあとと思えるものがあったのだ。
つくしはごくりと唾を呑んで固まっていた。
司は満足げな顔でつくしに言った。
「ああ?これか?気にすることなんてねーぞ?俺は誰に見せても恥ずかしいだなんて思ってねぇからな」
全裸の男は自慢げだ。
「まきの、これこそ男の夢ってもんだぞ?」
愛しい女に一晩中愛されたことは司にとって何物にも代えがたい夢だったのだろう。
誰に見せても恥ずかしくないと言い切った男はもしかしたらワイシャツの胸をはだけて歩くとでも言うのだろうか?
それとも執務室で来客に向かって自慢するとか?
『 皆さん。これはいとしの牧野がつけたキスマークです 』
とでも言うつもりなのか?
あり得ない話しではなかった。
仲間内ではこの男はことつくしに関しては常軌を逸した行動を取ると知られていたからだ。
司は自分の前で固まっている女の様子をじっと見ていた。
唇が乾燥するのか小さな舌で湿らそうとしていた。その舌は昨日の夜、なんの躊躇いもなくつかさ自身を丁寧に味わっていた。純情だった高校生の頃と違ってそれなりの経験を積んでいるとはいえ、今でもどこか迷いのあるはずの行為も進んで行っていた。
顔を真っ赤にして固まってはいるがおのれの行動を理解していたはずだ。
司は自分の夢がまたひとつ叶ったことに満足していた。
そのとき心に浮かんだのは、この女がいつまでたっても純情なのは仕方がないという思い。
だってそれが牧野だから。

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Comment:12
止まない雨の音が聞こえてくるようだ。
心の中を冷たい風が吹きすさぶ。
既に司の心は奈落の底に落ちてしまっているのだろうか?
まるで暗闇が誘いかけて来るようで、心に巣食うのは女を傷つけてしまいたいという加虐的な思い。だがその反面で慈しんでやりたいという思いがあった。
自分の気持がわからなかった。
あの女の将来も運命もこの手の中にあると言うのに自分の手が震えているのはどうしてだ。
全てをこの手にしたというのに何が足りない?
掴む女の腕はあの頃と変わらない細さ。あの頃感じることが出来なかった体の温もりを全て自分のものにしたというのに何が足りない?
怒りだけが繰り返し襲いかかると唇を重ね体を奪っていた。
果てしなく続く行為と狂ったように女を求めてしまうのはどうしてか。
荒っぽく優しさも愛情も与えてはいないつもりだが、それでも心のどこかにあるのは愛を与えたいという思いなのか。自分の冷たい唇に触れる温もりのある唇が欲しくてたまらなかった。
あの女を自分の傍においておくことで感情の全てが自分に向けられる。
それこそが自分の望んだことだった。
憧景すら覚えた女が自分を捨てたことが許せずにここまで来た。
別の男の傍で暮らしていた女の思考の全てが自分に向けられることを望んでいた。
次にどんな言葉で傷つけてやろうかと考えてしまうのは、あの女の心が自分と同じくらい傷つけばいいと思うからだろう。
復讐は蜜の味というが、その蜜は金があるから買えるというものではなかった。
類の記事を見せたときのあの女の顔が頭の中を過った。
自分の方を見て悲しそうに歪んだ黒い眉。
本当ならその人柄を一番表すはずの大きな瞳の中に写ったどこか得意気な自分の顔。
その瞳に輝きはなかった。口は何も語らなかったが開けば自分を軽蔑する言葉が出るはずだ。
そんな言葉をどこかで期待していたのかもしれない。
罵られればそれだけ返す言葉が増えるからだ。
瞳に怒りを浮かべて睨み返されればもっと酷い言葉を言い放つことが出来るはずだ。
10年だ。それなのにあの女は変わっていない。
もう10年以上たつのに、あの女に憑りつかれていた。
司は執務室の椅子に腰かけると、ほとんど睨みつけるような視線で目の前に置かれた書類を見ていた。彼は昨日ニューヨークから戻ってきたばかりだった。
ニューヨークを訪れた理由は父親に呼び出されたからだ。
その結果は目の前の文書を持っての通知。
司の決めた本社機能の殆どをニューヨークから東京に移す話しは役員会を通らなかった。
いくら今の司に力があったとしてもまだ父親の力に及ばないということか。
役員という役員全てが父親の意向を汲んでいるわけはないだろうが、司の思惑どおりにことは運ばなかった。一朝一夕にして物事が変わることはないと言うことか?
それともまだあの父親の力が怖いのか?名誉職でしかない父親。そうは言っても持ち株比率からすれば、大株主に値する男だ。
役員の間の根まわし、コンセンサスが取り付けてあったということか。
触らぬ神に祟りなし。
道明寺の父子関係にはかかわりたくはないということが本音なのかも知れなかった。
司と父親の間は親子と言えど親しい関係ではないと誰もが知っていたからだ。
あの男がどんな男かわかっている。
冷え冷えとした記憶の中にあるのは道明寺という名前に重きを置き、自分の基準に満たない人間は容赦なく切り捨てるような男だった。
それは邸の使用人から自らの側近にいたるまですべての人間に対してだ。
司は追想の世界を漂った。
子どもの頃からあの男は怪物だと思った。何かに溺れる者は愚かな者だと言った。あの頃の出来事は何事も冷静に計算されたうえに成り立っていた。他人に対して警戒するとこを求められ、信頼することは許されなかった。
道明寺という家に生まれた以上、おまえの人生はおまえだけのものではないと言われて育った。物事の本筋から逸れることが許されない人生が司には用意されていた。
そんな自分の人生の焦点を狂わせたのは他ならぬ司の両親だ。
大切だったものを奪った人間を許すことが出来るか?
誰が自分をこんな男にしてしまったんだ?
司は文書を手にするとライターに火をつけ燃やした。
しばらく手にしていたが、灰皿に放つとオレンジの炎を揺らめかせ灰となった。
「クソジジイ。まだ全てを手放すつもりはねぇってことか?」
司の表情に冷笑が浮かんでいた。
「それでもあんたが手にしている物はいずれ全てが俺の物になる」
ニューヨークで父親の部屋に飾られていた花瓶を壁に投げつけて割ったことがあった。
中国清王朝時代の花瓶。あの父親の眼鏡に叶った花瓶だったのか称賛を込めた言葉を聞かされた。それだからこそ余計に壊したくなっていた。
今、司の執務室に飾られているのはあの時の花瓶を思い出させるような芸術品だった。
古代ギリシャの神話をもとに描かれた絵。
技術がどうこうと論じるつもりはないが目を見張るほどの芸術作品だということは十分理解していた。
取引先が経営するギャラリーでのオープニングセレモニーに参加した司が偶然見かけた絵。
この絵を迷うことなく買っていた。
彼の注意を引いたのはそこに描かれている人物だ。その人物が彼の心を揺さぶった。
それはギリシャ神話の神のひとり。冥府の王ハデスが春をもたらす農耕の女神ペルセフォネをさらって自分の元へと縛り付けようとしている様子が描かれていた。
この王が冥府の中で生きなければならないなら誰かそばにいてくれる女を欲しがったとしても不思議ではなかった。
地獄で一緒に暮らしてくれる女が欲しい。
自分を望んでいるかどうかなど関係ない。鳥かごの中に閉じ込めて一生離さない。
永遠に冥府に閉じ込めておく。この絵はまさにそんな絵だ。
だがこの絵に描かれた冥府の王ハデスの顔には苦悩の表情が窺える。
春を知らせるペルセフォネをさらうことに迷いがあるのか?
春を知らせる女_
あいつの名前はつくし。その名も春の息吹を感じさせる名前だ。
道明寺という地獄にいる俺がハデスならあいつはペルセフォネか?
地獄が俺を縛りつけるならあいつも一緒に縛り付けてやる・・
俺と一緒に堕ちていけばいい。
地獄の果てまで堕ちてくれ。
孤独な抵抗をしていた少年時代の自分はもう存在しない。
この絵を買ったとき司の脳裏を過ったのはそんな思いだったはずだ。
***
ニューヨークの道明寺邸は寒々とした風景に覆われていた。
冬の空気は冷たく凍りつくようで、雪が降れば窓や木々に張り付いてしまうだろう。
雪はまだだが厚い二重ガラスの窓から見える空は雲が低く立ち込めていた。
雪が降るのだろうか。
そろそろフロリダかカリブの島にでも出かけるか。
例えこの街から離れていたとしても仕事は出来る。
男はパソコンを立ち上げると、限られた人間にしか教えていないアドレスへ届いたメールを読んでいた。
「それで?牧野つくしはまだあの山荘にいるのか?」
「はい。司様が通われているようです」
「ヘリでか?」
「はい。あの山荘は都内からですと時間がかかりますが、ご存知のようにヘリなら直ぐに着くことが出来ます」
「それで、あそこの管理はまだ木村か?」
「はい。司様は木村のことは幼い頃から見知っていらっしゃるので信用されているようです。ご自分がいないときは牧野様のことを木村に任せていらっしゃるようです。何しろあの男は警察上がりで銃を使うことにも慣れていますので」
受け答えをする男は髪をきちんと整えた眼鏡姿で葬儀屋のように黒い服を着ていた。
これならいつどこで葬儀があろうと遅れることはないだろう。
表情もそれらしく感情が込められることはなかった。
司の父親は自分の目で見たあの少女の姿を思い浮かべた。
牧野つくし。司とあの娘が10年ぶりだと言うのなら、あの両親が事故で死んでもう10年が経ったはずだ。金の為に娘の心を踏みにじった親など取るに足らない人間だ。
そう仕向けたのは自分だったが・・
それに司にはあの両親の娘は金に弱く軽薄な女だということを植えつけたつもりだった。
だが相変わらず司はあの娘から心が離れることが無いようだ。
あの娘が離れて行ったあとの司についてはいくつものシナリオを描いてみたが、息子は決してシナリオ通りに動く人間ではなかった。
ただ仕事に関しては予想以上に人間になっていた。ビジネスマンとして油断が出来ない人間に仕上がっていた。残忍さと狡猾さは自分に似たんだと思っていた。
そして人を寄せ付けようとしない独特の孤独感が息子にはあった。
だが、どうやらそれもあの娘と接するようになって変わって来た。
あの娘の傍にいたいのか本社機能をニューヨークから東京へ移すなどと言って来るようになっていた。おまけのあの娘に子どもを産ませてその子を道明寺の跡取りにするとまで言い放った。
「いよいよ手を打たないといけないようだな」
これまでの人生で大きなことを成し遂げて来たことがあったが、これから先のことの詳細を説明するつもりはなかった。
そうだ。誰にも話すつもりはない。
息子の人生は、ごく幼い頃から決められていたはずだ。
司のために敷かれたレールは道明寺家にとっての将来を決めるものだったはずだった。
あの娘にさえ出会わなければ、息子は自分の立場を認め、決められた結婚をしていたはずだ。
司の父親とて若い頃には自分の父親に対して反感を抱いたことがあった。
だがいつしか父親の決めた道を歩んでいる自分がいた。
自分のために用意された道を進むことが己の生まれてきた義務だと理解するようになれば、望んでその道を歩んでいた。
そうだ。
だから司とてまだ遅くはない。
道を誤る前に親が息子の進む道を正してやるのが何故悪い?
今の牧野つくしとの関係は所詮情事だと思えばいい。
それも短い情事だと・・・
自分に歯向かったものは皆この世を去ったではないか。
「おまえは日本に行ってもらう」
彼は葬儀屋風情の男に一枚の紙を渡した。
「行った先で何をしたとしても私には関係がない」

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既に司の心は奈落の底に落ちてしまっているのだろうか?
まるで暗闇が誘いかけて来るようで、心に巣食うのは女を傷つけてしまいたいという加虐的な思い。だがその反面で慈しんでやりたいという思いがあった。
自分の気持がわからなかった。
あの女の将来も運命もこの手の中にあると言うのに自分の手が震えているのはどうしてだ。
全てをこの手にしたというのに何が足りない?
掴む女の腕はあの頃と変わらない細さ。あの頃感じることが出来なかった体の温もりを全て自分のものにしたというのに何が足りない?
怒りだけが繰り返し襲いかかると唇を重ね体を奪っていた。
果てしなく続く行為と狂ったように女を求めてしまうのはどうしてか。
荒っぽく優しさも愛情も与えてはいないつもりだが、それでも心のどこかにあるのは愛を与えたいという思いなのか。自分の冷たい唇に触れる温もりのある唇が欲しくてたまらなかった。
あの女を自分の傍においておくことで感情の全てが自分に向けられる。
それこそが自分の望んだことだった。
憧景すら覚えた女が自分を捨てたことが許せずにここまで来た。
別の男の傍で暮らしていた女の思考の全てが自分に向けられることを望んでいた。
次にどんな言葉で傷つけてやろうかと考えてしまうのは、あの女の心が自分と同じくらい傷つけばいいと思うからだろう。
復讐は蜜の味というが、その蜜は金があるから買えるというものではなかった。
類の記事を見せたときのあの女の顔が頭の中を過った。
自分の方を見て悲しそうに歪んだ黒い眉。
本当ならその人柄を一番表すはずの大きな瞳の中に写ったどこか得意気な自分の顔。
その瞳に輝きはなかった。口は何も語らなかったが開けば自分を軽蔑する言葉が出るはずだ。
そんな言葉をどこかで期待していたのかもしれない。
罵られればそれだけ返す言葉が増えるからだ。
瞳に怒りを浮かべて睨み返されればもっと酷い言葉を言い放つことが出来るはずだ。
10年だ。それなのにあの女は変わっていない。
もう10年以上たつのに、あの女に憑りつかれていた。
司は執務室の椅子に腰かけると、ほとんど睨みつけるような視線で目の前に置かれた書類を見ていた。彼は昨日ニューヨークから戻ってきたばかりだった。
ニューヨークを訪れた理由は父親に呼び出されたからだ。
その結果は目の前の文書を持っての通知。
司の決めた本社機能の殆どをニューヨークから東京に移す話しは役員会を通らなかった。
いくら今の司に力があったとしてもまだ父親の力に及ばないということか。
役員という役員全てが父親の意向を汲んでいるわけはないだろうが、司の思惑どおりにことは運ばなかった。一朝一夕にして物事が変わることはないと言うことか?
それともまだあの父親の力が怖いのか?名誉職でしかない父親。そうは言っても持ち株比率からすれば、大株主に値する男だ。
役員の間の根まわし、コンセンサスが取り付けてあったということか。
触らぬ神に祟りなし。
道明寺の父子関係にはかかわりたくはないということが本音なのかも知れなかった。
司と父親の間は親子と言えど親しい関係ではないと誰もが知っていたからだ。
あの男がどんな男かわかっている。
冷え冷えとした記憶の中にあるのは道明寺という名前に重きを置き、自分の基準に満たない人間は容赦なく切り捨てるような男だった。
それは邸の使用人から自らの側近にいたるまですべての人間に対してだ。
司は追想の世界を漂った。
子どもの頃からあの男は怪物だと思った。何かに溺れる者は愚かな者だと言った。あの頃の出来事は何事も冷静に計算されたうえに成り立っていた。他人に対して警戒するとこを求められ、信頼することは許されなかった。
道明寺という家に生まれた以上、おまえの人生はおまえだけのものではないと言われて育った。物事の本筋から逸れることが許されない人生が司には用意されていた。
そんな自分の人生の焦点を狂わせたのは他ならぬ司の両親だ。
大切だったものを奪った人間を許すことが出来るか?
誰が自分をこんな男にしてしまったんだ?
司は文書を手にするとライターに火をつけ燃やした。
しばらく手にしていたが、灰皿に放つとオレンジの炎を揺らめかせ灰となった。
「クソジジイ。まだ全てを手放すつもりはねぇってことか?」
司の表情に冷笑が浮かんでいた。
「それでもあんたが手にしている物はいずれ全てが俺の物になる」
ニューヨークで父親の部屋に飾られていた花瓶を壁に投げつけて割ったことがあった。
中国清王朝時代の花瓶。あの父親の眼鏡に叶った花瓶だったのか称賛を込めた言葉を聞かされた。それだからこそ余計に壊したくなっていた。
今、司の執務室に飾られているのはあの時の花瓶を思い出させるような芸術品だった。
古代ギリシャの神話をもとに描かれた絵。
技術がどうこうと論じるつもりはないが目を見張るほどの芸術作品だということは十分理解していた。
取引先が経営するギャラリーでのオープニングセレモニーに参加した司が偶然見かけた絵。
この絵を迷うことなく買っていた。
彼の注意を引いたのはそこに描かれている人物だ。その人物が彼の心を揺さぶった。
それはギリシャ神話の神のひとり。冥府の王ハデスが春をもたらす農耕の女神ペルセフォネをさらって自分の元へと縛り付けようとしている様子が描かれていた。
この王が冥府の中で生きなければならないなら誰かそばにいてくれる女を欲しがったとしても不思議ではなかった。
地獄で一緒に暮らしてくれる女が欲しい。
自分を望んでいるかどうかなど関係ない。鳥かごの中に閉じ込めて一生離さない。
永遠に冥府に閉じ込めておく。この絵はまさにそんな絵だ。
だがこの絵に描かれた冥府の王ハデスの顔には苦悩の表情が窺える。
春を知らせるペルセフォネをさらうことに迷いがあるのか?
春を知らせる女_
あいつの名前はつくし。その名も春の息吹を感じさせる名前だ。
道明寺という地獄にいる俺がハデスならあいつはペルセフォネか?
地獄が俺を縛りつけるならあいつも一緒に縛り付けてやる・・
俺と一緒に堕ちていけばいい。
地獄の果てまで堕ちてくれ。
孤独な抵抗をしていた少年時代の自分はもう存在しない。
この絵を買ったとき司の脳裏を過ったのはそんな思いだったはずだ。
***
ニューヨークの道明寺邸は寒々とした風景に覆われていた。
冬の空気は冷たく凍りつくようで、雪が降れば窓や木々に張り付いてしまうだろう。
雪はまだだが厚い二重ガラスの窓から見える空は雲が低く立ち込めていた。
雪が降るのだろうか。
そろそろフロリダかカリブの島にでも出かけるか。
例えこの街から離れていたとしても仕事は出来る。
男はパソコンを立ち上げると、限られた人間にしか教えていないアドレスへ届いたメールを読んでいた。
「それで?牧野つくしはまだあの山荘にいるのか?」
「はい。司様が通われているようです」
「ヘリでか?」
「はい。あの山荘は都内からですと時間がかかりますが、ご存知のようにヘリなら直ぐに着くことが出来ます」
「それで、あそこの管理はまだ木村か?」
「はい。司様は木村のことは幼い頃から見知っていらっしゃるので信用されているようです。ご自分がいないときは牧野様のことを木村に任せていらっしゃるようです。何しろあの男は警察上がりで銃を使うことにも慣れていますので」
受け答えをする男は髪をきちんと整えた眼鏡姿で葬儀屋のように黒い服を着ていた。
これならいつどこで葬儀があろうと遅れることはないだろう。
表情もそれらしく感情が込められることはなかった。
司の父親は自分の目で見たあの少女の姿を思い浮かべた。
牧野つくし。司とあの娘が10年ぶりだと言うのなら、あの両親が事故で死んでもう10年が経ったはずだ。金の為に娘の心を踏みにじった親など取るに足らない人間だ。
そう仕向けたのは自分だったが・・
それに司にはあの両親の娘は金に弱く軽薄な女だということを植えつけたつもりだった。
だが相変わらず司はあの娘から心が離れることが無いようだ。
あの娘が離れて行ったあとの司についてはいくつものシナリオを描いてみたが、息子は決してシナリオ通りに動く人間ではなかった。
ただ仕事に関しては予想以上に人間になっていた。ビジネスマンとして油断が出来ない人間に仕上がっていた。残忍さと狡猾さは自分に似たんだと思っていた。
そして人を寄せ付けようとしない独特の孤独感が息子にはあった。
だが、どうやらそれもあの娘と接するようになって変わって来た。
あの娘の傍にいたいのか本社機能をニューヨークから東京へ移すなどと言って来るようになっていた。おまけのあの娘に子どもを産ませてその子を道明寺の跡取りにするとまで言い放った。
「いよいよ手を打たないといけないようだな」
これまでの人生で大きなことを成し遂げて来たことがあったが、これから先のことの詳細を説明するつもりはなかった。
そうだ。誰にも話すつもりはない。
息子の人生は、ごく幼い頃から決められていたはずだ。
司のために敷かれたレールは道明寺家にとっての将来を決めるものだったはずだった。
あの娘にさえ出会わなければ、息子は自分の立場を認め、決められた結婚をしていたはずだ。
司の父親とて若い頃には自分の父親に対して反感を抱いたことがあった。
だがいつしか父親の決めた道を歩んでいる自分がいた。
自分のために用意された道を進むことが己の生まれてきた義務だと理解するようになれば、望んでその道を歩んでいた。
そうだ。
だから司とてまだ遅くはない。
道を誤る前に親が息子の進む道を正してやるのが何故悪い?
今の牧野つくしとの関係は所詮情事だと思えばいい。
それも短い情事だと・・・
自分に歯向かったものは皆この世を去ったではないか。
「おまえは日本に行ってもらう」
彼は葬儀屋風情の男に一枚の紙を渡した。
「行った先で何をしたとしても私には関係がない」

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「おまえが言ってた眺めってこのことか?」
司は大きなガラス窓から外を眺めていた。
「なるほど。これだけの景色があれば部屋がどんなになってたとしても我慢が出来るはずだ」
広々とした空間に大きな窓。降り注ぐ太陽の光りが眩しいくらいだ。
振り向いた司が目にしたのは牧野つくしがツンと顎を上げている姿だった。
実際上げてなくても彼にはそう見えた。それがこの女の意思表示だと確認した。
まさにこの状況に不満がありますと言うことが表れていた。
「道明寺さん・・今日あたしと・・い、一緒にいる目的はあなたの偽者を探すためでしたよね?」
「ああ?そうだが?」
「それならどうしてあたしたちはここにいるんですか?」
「偽者探しは目的のひとつだ。おまえが仕事、仕事ってうるせぇから仕事させてやろうと思ったんだけどな」
鋭い黒い瞳がつくしの瞳を見た。
人探しにかこつけての仕事話しに牧野は困惑しているようだ。
それもそうだろう。この女の言いたいことはよくわかる。
仕事だというなら何も土曜を休みにしてまでここに連れてくる必要なんてないはずだと思っているはずだ。
牧野は顔をしかめないようにしているが眉間に皺が寄っていた。
「だから、どうしてこれがあたしの仕事になるんですか?あたしは不動産業者であってインテリアコーディネーターじゃありません。もしそういった方面の人間をお探しならうちの会社からご紹介することも出来ます」
つくしは司を一瞥すると何が落ち着かないのか広い部屋の中を行ったり来たりしはじめた。
黒いベンツの車内に静けさが立ち込めた中で向かった場所は、司が買い上げたマンション最上階の部屋。俗にいうペントハウスだ。
この部屋に法的に入る為には所有権の移転がまだだからおまえもついて来いとこの女に言った。
それだけの理由であたしを連れて来たのとでも怒っているのだろうか?
俺が鍵を持っていることも不思議に思ったようだが、実のところ所有権が移転してようがしていまいが金さえ払えばこっちのものだ。
それにおまえならこの部屋のインテリアをどうコーディネートするかと聞けばあの態度だ。
「俺はおまえの客だよな?引き渡しが済むまでは担当者が責任持って対応するのがあたりまえだろ?大体不動産業なんてのは人の生活の基盤を売る仕事だよな?人は住まいを起点に生活の基礎を作っていくんだろ?家なんて高い買い物で人生に一度買えるかどうかの大きな買い物だ。大枚叩いて買った人間の人生を左右するようなモンだろ?そんな高い買い物をした人間に対しておまえはいつもそんな対応してんのか?おまえは物件が売れればそれでいいような女なのか?」
つくしは答えない。
「販売代理やってんなら最後まで客の面倒みるのが当然のはずだが?」
司はつくしの返事を待った。
もう!いったいなんなのよ!
つくしは部屋の中を歩き回るのを止めると司を見た。この男に問い詰められたわけではなかったが、つくしは苛立ちを覚えていた。人探しだと思えばマンションに連れてこられ自分の仕事に対して説教までされた。
それに恐らくだが世界中に不動産を所有する男が自分の住まいにこんなに情熱を注いだことは今まで無いはずだ。男の口から大枚叩いてだなんて言葉が出ること自体が不思議だが、男にしてみればもっともな言い分だろう。
そういえばあのとき、ここを購入する目的を聞いてみたが何も答えなかった・・
てっきり投資目的だとばかり思ったがインテリアについて聞かれると言うことは、もしかして誰か住まわせるためだとか・・?
恋人?愛人?
誰だか知らないけどこんな男と住む女性は大変ね。
つくしは相手が金持ちだろうがそうでなかろうが、自分が売った物件に対して誠意をもって対応してきた。不動産を購入する煩雑な手続きもそうだが、客から求められればそれ以外まったく関係のないようなことも面倒を見てきた。
だからこそ、信頼と実績の牧野つくしと呼ばれていた。牧野さんならきちんと対応してくれるから大丈夫。つくしが販売を担当した客はそう言って新たな買い手となる人間を紹介してくれていた。人生最大の大きな買い物を気持ちよくして頂くことが重要だということはよくわかっていた。それこそ大枚叩いてというか、家のローンなんて下手したら死ぬまで払い続けることになるんだから。
だから・・
道明寺司はそんなつくしの足元を見たのだ。
そういうことなら・・
答えるつくしは目の前の男に俺は客だと言われればそのつもりで対応することにした。
「あたしは売りっぱなしであとは知りませんなんてことはしません。あたしが担当したお客様にはご入居まできちんと対応しています。そ、それにお住まいになられてからだってご相談を受ければ対応させて頂いています」
つくしは言い切った。
司は目の前の女が話す様子を面白そうに見ていた。
女をつつくのが実に楽しい。
これはおしゃべりな女が嫌いな男としては異例のことだとわかっていた。
仕事の話し以外しようとしない女だが、それでもどこか楽しいと思えた。
それにしてもこの紋切り口調はともかく自分に対しての態度は相変わらずトゲトゲしい。
だがこの女といることが、なんだか知らねぇけど実に楽しい。
どうすればこの女の態度を軟化させることが出来るんだ?
「あの・・道明寺さん・・本当の理由はなんなんですか?ここに来た目的です」
司はつくしを真っ直ぐに見つめると、指先を自分の唇に当てていた。
まるで俺の唇を見ろとばかりに軽く叩いて見せた。
そうすることで女の視線が自分の唇に向かっているのはわかっていた。
どうやってこの女を手に入れたらいいかと考えていたが、顔を赤らめてこちらを見る女が自分の仕草にどぎまぎとしているのを感じていた。
キスした仲じゃねーかよ。
それなのに何をそんなにこの女は緊張してんだ?
「牧野、おまえどうして俺の前でそんな態度なんだ?」
「そ、そんな態度って・・どんな態度なんですか?」
「俺の前だとハリネズミみてぇなその態度だよ」
「ハ、ハリネズミ?あ、あたしは礼儀正しくしているだけです。ど、道明寺さんこそ、そんな・・態度は止めて下さい。あ、あたし達はいえ、あたしは優紀のために・・あなたは自分のためにあなたの偽者を探すんですから」
つくしは自分の頬が赤くなっているのを意識しないわけにはいかなかった。
「そんな態度ってなんだよ?」
「だ、だから・・」
この男に気に入ったと言われてキスをされたことを思い出した。
「あなた言いましたよね・・あ、あたしのことを気に入ったって・・でもここではっきりさせておきたいんです。いいですか?道明寺さん。あたし達はただの知り合いということで・・」
「俺は別にかまわねぇぞ?おまえが俺を好きだっていうなら付き合ってもいい」
「は?」 つくしはしげしげと司の顔を見つめた。
「遠慮することも、怖気づく必要もねぇからな」
司は訳知り顔でほほ笑みを浮かべた。
「はぁ?なに言って・・」
「そんなに恥ずかしがる必要なんてねぇって言ってんだ。牧野つくし」
「は、恥ずかしがるっていったいなんのこと・・」
つくしはまじまじと司を見つめていた。
動悸がして目をそらすことが出来ずにいた。
訳知り顔でつくしを見る道明寺司の姿にごくりと唾を飲み込んだ。
自分が次にどんな行動を取ればいいのか考えた。
「よし。そんなに言うならこれから俺がテストしてやるよ」
司はそう言ってつくしに近づいて来た。
「て、テストって・・な・・ちょっと一体なに・・なにする・・」
「おまえ、俺のこと好きなんだろ?」
つくしは自分に近づいて来る司から逃れようと足を踏み出したが遅かった。
気付けば男の腕の中に抱きしめられていた。
「ちょっと!なにするのよ!道明寺っ!やっ・・」
「牧野、俺がこれからすることにおまえが反応したらおまえの負けだ」
司は黒い瞳で冷静さを失ったつくしを見つめたかと思えば、激しく唇を奪っていた。
重ねられた唇から漏れたのは甘い吐息。
そして唇を離すとこれでもかとばかりに誘惑の言葉を囁いた。
おまえの負けで俺の勝ち。
司はその言葉のあと満足げな顔で再びつくしの唇を奪っていた。

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司は大きなガラス窓から外を眺めていた。
「なるほど。これだけの景色があれば部屋がどんなになってたとしても我慢が出来るはずだ」
広々とした空間に大きな窓。降り注ぐ太陽の光りが眩しいくらいだ。
振り向いた司が目にしたのは牧野つくしがツンと顎を上げている姿だった。
実際上げてなくても彼にはそう見えた。それがこの女の意思表示だと確認した。
まさにこの状況に不満がありますと言うことが表れていた。
「道明寺さん・・今日あたしと・・い、一緒にいる目的はあなたの偽者を探すためでしたよね?」
「ああ?そうだが?」
「それならどうしてあたしたちはここにいるんですか?」
「偽者探しは目的のひとつだ。おまえが仕事、仕事ってうるせぇから仕事させてやろうと思ったんだけどな」
鋭い黒い瞳がつくしの瞳を見た。
人探しにかこつけての仕事話しに牧野は困惑しているようだ。
それもそうだろう。この女の言いたいことはよくわかる。
仕事だというなら何も土曜を休みにしてまでここに連れてくる必要なんてないはずだと思っているはずだ。
牧野は顔をしかめないようにしているが眉間に皺が寄っていた。
「だから、どうしてこれがあたしの仕事になるんですか?あたしは不動産業者であってインテリアコーディネーターじゃありません。もしそういった方面の人間をお探しならうちの会社からご紹介することも出来ます」
つくしは司を一瞥すると何が落ち着かないのか広い部屋の中を行ったり来たりしはじめた。
黒いベンツの車内に静けさが立ち込めた中で向かった場所は、司が買い上げたマンション最上階の部屋。俗にいうペントハウスだ。
この部屋に法的に入る為には所有権の移転がまだだからおまえもついて来いとこの女に言った。
それだけの理由であたしを連れて来たのとでも怒っているのだろうか?
俺が鍵を持っていることも不思議に思ったようだが、実のところ所有権が移転してようがしていまいが金さえ払えばこっちのものだ。
それにおまえならこの部屋のインテリアをどうコーディネートするかと聞けばあの態度だ。
「俺はおまえの客だよな?引き渡しが済むまでは担当者が責任持って対応するのがあたりまえだろ?大体不動産業なんてのは人の生活の基盤を売る仕事だよな?人は住まいを起点に生活の基礎を作っていくんだろ?家なんて高い買い物で人生に一度買えるかどうかの大きな買い物だ。大枚叩いて買った人間の人生を左右するようなモンだろ?そんな高い買い物をした人間に対しておまえはいつもそんな対応してんのか?おまえは物件が売れればそれでいいような女なのか?」
つくしは答えない。
「販売代理やってんなら最後まで客の面倒みるのが当然のはずだが?」
司はつくしの返事を待った。
もう!いったいなんなのよ!
つくしは部屋の中を歩き回るのを止めると司を見た。この男に問い詰められたわけではなかったが、つくしは苛立ちを覚えていた。人探しだと思えばマンションに連れてこられ自分の仕事に対して説教までされた。
それに恐らくだが世界中に不動産を所有する男が自分の住まいにこんなに情熱を注いだことは今まで無いはずだ。男の口から大枚叩いてだなんて言葉が出ること自体が不思議だが、男にしてみればもっともな言い分だろう。
そういえばあのとき、ここを購入する目的を聞いてみたが何も答えなかった・・
てっきり投資目的だとばかり思ったがインテリアについて聞かれると言うことは、もしかして誰か住まわせるためだとか・・?
恋人?愛人?
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だからこそ、信頼と実績の牧野つくしと呼ばれていた。牧野さんならきちんと対応してくれるから大丈夫。つくしが販売を担当した客はそう言って新たな買い手となる人間を紹介してくれていた。人生最大の大きな買い物を気持ちよくして頂くことが重要だということはよくわかっていた。それこそ大枚叩いてというか、家のローンなんて下手したら死ぬまで払い続けることになるんだから。
だから・・
道明寺司はそんなつくしの足元を見たのだ。
そういうことなら・・
答えるつくしは目の前の男に俺は客だと言われればそのつもりで対応することにした。
「あたしは売りっぱなしであとは知りませんなんてことはしません。あたしが担当したお客様にはご入居まできちんと対応しています。そ、それにお住まいになられてからだってご相談を受ければ対応させて頂いています」
つくしは言い切った。
司は目の前の女が話す様子を面白そうに見ていた。
女をつつくのが実に楽しい。
これはおしゃべりな女が嫌いな男としては異例のことだとわかっていた。
仕事の話し以外しようとしない女だが、それでもどこか楽しいと思えた。
それにしてもこの紋切り口調はともかく自分に対しての態度は相変わらずトゲトゲしい。
だがこの女といることが、なんだか知らねぇけど実に楽しい。
どうすればこの女の態度を軟化させることが出来るんだ?
「あの・・道明寺さん・・本当の理由はなんなんですか?ここに来た目的です」
司はつくしを真っ直ぐに見つめると、指先を自分の唇に当てていた。
まるで俺の唇を見ろとばかりに軽く叩いて見せた。
そうすることで女の視線が自分の唇に向かっているのはわかっていた。
どうやってこの女を手に入れたらいいかと考えていたが、顔を赤らめてこちらを見る女が自分の仕草にどぎまぎとしているのを感じていた。
キスした仲じゃねーかよ。
それなのに何をそんなにこの女は緊張してんだ?
「牧野、おまえどうして俺の前でそんな態度なんだ?」
「そ、そんな態度って・・どんな態度なんですか?」
「俺の前だとハリネズミみてぇなその態度だよ」
「ハ、ハリネズミ?あ、あたしは礼儀正しくしているだけです。ど、道明寺さんこそ、そんな・・態度は止めて下さい。あ、あたし達はいえ、あたしは優紀のために・・あなたは自分のためにあなたの偽者を探すんですから」
つくしは自分の頬が赤くなっているのを意識しないわけにはいかなかった。
「そんな態度ってなんだよ?」
「だ、だから・・」
この男に気に入ったと言われてキスをされたことを思い出した。
「あなた言いましたよね・・あ、あたしのことを気に入ったって・・でもここではっきりさせておきたいんです。いいですか?道明寺さん。あたし達はただの知り合いということで・・」
「俺は別にかまわねぇぞ?おまえが俺を好きだっていうなら付き合ってもいい」
「は?」 つくしはしげしげと司の顔を見つめた。
「遠慮することも、怖気づく必要もねぇからな」
司は訳知り顔でほほ笑みを浮かべた。
「はぁ?なに言って・・」
「そんなに恥ずかしがる必要なんてねぇって言ってんだ。牧野つくし」
「は、恥ずかしがるっていったいなんのこと・・」
つくしはまじまじと司を見つめていた。
動悸がして目をそらすことが出来ずにいた。
訳知り顔でつくしを見る道明寺司の姿にごくりと唾を飲み込んだ。
自分が次にどんな行動を取ればいいのか考えた。
「よし。そんなに言うならこれから俺がテストしてやるよ」
司はそう言ってつくしに近づいて来た。
「て、テストって・・な・・ちょっと一体なに・・なにする・・」
「おまえ、俺のこと好きなんだろ?」
つくしは自分に近づいて来る司から逃れようと足を踏み出したが遅かった。
気付けば男の腕の中に抱きしめられていた。
「ちょっと!なにするのよ!道明寺っ!やっ・・」
「牧野、俺がこれからすることにおまえが反応したらおまえの負けだ」
司は黒い瞳で冷静さを失ったつくしを見つめたかと思えば、激しく唇を奪っていた。
重ねられた唇から漏れたのは甘い吐息。
そして唇を離すとこれでもかとばかりに誘惑の言葉を囁いた。
おまえの負けで俺の勝ち。
司はその言葉のあと満足げな顔で再びつくしの唇を奪っていた。

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Comment:13
つくしは歩きやすい靴で歩道に立っていた。
10時に迎えに行くからといったあの男の言葉を鵜呑みにするわけではなかったが、もし本当に現れるなら部屋の中で待つより外で待っていた方がいい。
家は知られているらしいし、逃げたところでいつかは顔を合わさなければならないと言うのなら、さっさとあの男の偽者探しを済ませた方がいいに決まっている。
それにつくしはマンションでひとり暮らしだ。
そんなところによく知りもしない男が尋ねてくるなんて冗談じゃない。
いくら今日が休みだからと言って装いは決して気安い恰好ではなかった。
いつも仕事で着るスーツに手にしているのはこれまた仕事に使う鞄だ。
そうよ。これは仕事よ!
これはあくまでも仕事の一環で決して遊びなんかじゃないんだから。
「まったくなんて男なんだろ!人の仕事を勝手に・・なんだと思ってるのよ!」
思わず声に出していた。
勝手に休みにされた土曜日。
もうすぐ10時だ。土曜に自宅にいること自体が久しぶりだと言うのに、それが自分の為じゃなくてあの男につき合うためだなんてなんて勿体ない。
これが自分のための一日ならどんなに気分がいいことか・・
そんなつくしの前に現れたのはあの男が乗っていると思われる大きな黒い車。
その車がつくしの立つ歩道の縁石ギリギリに横付けになり道明寺司がにこやかに出てきた。
「なんだよ牧野。そんなに俺に会うのが待ちきれなかったのか?」
「時間の節約のためです」
つくしは降りて来た男の表情とまるで正反対のムッとした表情で言った。
別にこの男に早く会いたくてここで待っていたわけじゃない。だけどそんなことはいちいち説明なんてしなかった。
まるでつくしの服装に示し合わせたような男の服装。
道明寺司は今日もスーツ姿だった。そうか。もしかしたらこの男は他にも用があるかもしれない。今日のこの人探しは時間をかけることなく終るとつくしは見込んだ。
どこをどう探すのかさっぱりわからないが、この男のことだ。見当をつけているのかもしれない。せっかくの土曜日。望んで貰えた休日ではなかったが、それならさっさとその予定を済ませて土曜日しか出来ないようなことをしたい。
昨日あれから買った経済誌に書かれていたのはビジネス界の王道を行く男だとか、経営のカリスマだなんて言葉が躍っていた。そんな言葉が躍る経済誌とは逆に女優との破局が書かれた雑誌の記事はと言えば、女優Sさんが語る道明寺司の魅力がつらつらと書き綴られているだけで、暴露記事でもなんでもなかった。
別にこの男の醜態が知りたかったわけではなかったがなんとなく買ってしまったその雑誌は早々にリサイクル資源として活用されるはずだ。
それにしても三流雑誌の記事は別としてこの若さで経営のカリスマだなんておかしいでしょ?
そんなつくしがムッとした表情のままでいると
「なんだ?車がリムジンじゃないから機嫌が悪りぃのか?さすがに道の狭い住宅地にあの車じゃ無理だからこの車にしたけど気に入らねのか?」
「は?」
「だからリムジンの方がよかったのかって聞いてんだ」
男が乗って来た車は運転手付きのベンツだ。
「だ、誰も車のことなんて気にしてません!そんなことよりも言いたいのはどうして勝手にあたしの仕事を取り上げるようなことをするんですか!」
「別におまえの仕事を取り上げたつもりなんてねぇけどな」
「と、取り上げてるじゃない!あたしは本当なら今日はお客さまを案内して・・」
つくしの目の前に立つ男はそんな話しなんて聞いちゃいねぇよとばかりの態度だ。
胸の前で腕を組み、つくしの様子を眺めていた。
「おまえは朝っぱらから威勢のいい女だな。電話といい声がでけぇよ」
「う、うるさいわね・・」
「もしかして腹がへってんのか?」
「だ、だれが・・ちゃんと朝食は食べたわよ!」
「ならそんなにイライラすることねーだろ?」
つくしは道明寺司を見ていると、あの夜この男にキスされた時のことを思い出していた。
薄暗くなったマンションまでのプロムナードで抱きしれられてキスをされた日へと引き戻されていた。つくしは視線を司の手に落とした。あの手が、力強くつくしを抱きしめたあの手を思い出さずにはいられなかった。
いったいあたしはどうしたと言うんだろう。
この男とかかわるようになってからどうも調子がおかしい。
この男の言い方にいちいち苛立ちを感じてしまうのはどうしてなのか。
でも自分のことよりまず優紀のことよ。つくしは自ら自分に言い聞かせた。今日だって別に会いたくて会ってるわけじゃないんだから無遠慮なもの言いをしたって構わないし、この男に今さらいい印象を与えたいなんて思っていないんだから・・・だから・・威勢のいい女で上等よ!
司はつくしの心の底を見抜こうとするかのように彼女の目をじっと見た。
威勢のいい女は自分の前でドーンと足を踏ん張っていた。
ふん。やっぱおもしれぇ女。
牧野つくしが自分の前で落ち着きを無くすのはどうしてか。
学生時代反抗的だった男は大人になってからは人の気持を読むすべを身に付けていた。
ふたりが会えば喧嘩をすると言うことを前提としているわけではないとわかっていた。
恐らく牧野の恋愛経験値の低さが、この女の男に対する許容範囲を超えているのだろう。
俺みたいないい男に会ったことがねーってことだろ?
司の目の前にいる女は自らトラブルに巻き込まれるようなお人よしの女だ。
たいした美人でもない顔。それにどちらかといえば幼さが残るような体。とても自分のひとつ下の女だなんて思えなかった。服装も司が見たことがあるのは黒のドレスかこのビジネススーツ以外なかった。それに何年も使い込んだようなビジネス鞄。普段司の周りにいるような女なら決して選ばないような地味な口紅の色に抑えた化粧。
どう考えても俺の好みじゃないはずの女。それに自分が求めていたものを持つとは思えなかった女。だがパーティーで見かけていた名前も知らない黒いドレスの女の頃から気になっていた。
会う度に心の底から湧き上がる思いがあった。あの頃感じたのは言葉に出来ない魅力だった。俺が話しかけるまで決して俺の方を見ようとしなかったが、どこかで視線の重みを感じていた。
だからふたりだけでマンションの前で会ったとき、こらえきれずに抱きしめてキスをしていた。
まったく司らしくなかった。
今までなら肉体的関係だけで済ませていたところが、それ以上のつき合いがしたいと望んでいた。そんな中で自分の偽者探しという名目で連れ出すことにしたが、司の過去にあったひねくれた性格は少し違う解釈をしたようだ。
自分が恋に落ちるはずがない。
だからこの女が恋に落ちればいい。
そうだ。
俺に恋に落ちればいい。
司の視線は自分を見つめている女の唇を見つめていた。
そこから視線を瞳に戻すと微笑んでみせた。
俺に見つめられた女は蛇に睨まれたカエルか?
それとも決戦直前の闘犬か?
司の前で自分よりもはるかに背が高い男に向かってやれるもんならやってみなさいよ。
と、ばかりに構える女。
やっぱりこの女はおもしれぇ。
彼の心の中に湧き上がったのはこの女を手に入れるにはどうやったらいいかという思いだ。
その計画をどうやって実行に移すかがこれから自分の腕の見せ所だ。
欲しいという思いと恋に落ちるとではまったく意味が違うはずだ。
そんな思いを心の中に閉じ込めてみたが司の気持はゆらゆらと揺れていた。

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10時に迎えに行くからといったあの男の言葉を鵜呑みにするわけではなかったが、もし本当に現れるなら部屋の中で待つより外で待っていた方がいい。
家は知られているらしいし、逃げたところでいつかは顔を合わさなければならないと言うのなら、さっさとあの男の偽者探しを済ませた方がいいに決まっている。
それにつくしはマンションでひとり暮らしだ。
そんなところによく知りもしない男が尋ねてくるなんて冗談じゃない。
いくら今日が休みだからと言って装いは決して気安い恰好ではなかった。
いつも仕事で着るスーツに手にしているのはこれまた仕事に使う鞄だ。
そうよ。これは仕事よ!
これはあくまでも仕事の一環で決して遊びなんかじゃないんだから。
「まったくなんて男なんだろ!人の仕事を勝手に・・なんだと思ってるのよ!」
思わず声に出していた。
勝手に休みにされた土曜日。
もうすぐ10時だ。土曜に自宅にいること自体が久しぶりだと言うのに、それが自分の為じゃなくてあの男につき合うためだなんてなんて勿体ない。
これが自分のための一日ならどんなに気分がいいことか・・
そんなつくしの前に現れたのはあの男が乗っていると思われる大きな黒い車。
その車がつくしの立つ歩道の縁石ギリギリに横付けになり道明寺司がにこやかに出てきた。
「なんだよ牧野。そんなに俺に会うのが待ちきれなかったのか?」
「時間の節約のためです」
つくしは降りて来た男の表情とまるで正反対のムッとした表情で言った。
別にこの男に早く会いたくてここで待っていたわけじゃない。だけどそんなことはいちいち説明なんてしなかった。
まるでつくしの服装に示し合わせたような男の服装。
道明寺司は今日もスーツ姿だった。そうか。もしかしたらこの男は他にも用があるかもしれない。今日のこの人探しは時間をかけることなく終るとつくしは見込んだ。
どこをどう探すのかさっぱりわからないが、この男のことだ。見当をつけているのかもしれない。せっかくの土曜日。望んで貰えた休日ではなかったが、それならさっさとその予定を済ませて土曜日しか出来ないようなことをしたい。
昨日あれから買った経済誌に書かれていたのはビジネス界の王道を行く男だとか、経営のカリスマだなんて言葉が躍っていた。そんな言葉が躍る経済誌とは逆に女優との破局が書かれた雑誌の記事はと言えば、女優Sさんが語る道明寺司の魅力がつらつらと書き綴られているだけで、暴露記事でもなんでもなかった。
別にこの男の醜態が知りたかったわけではなかったがなんとなく買ってしまったその雑誌は早々にリサイクル資源として活用されるはずだ。
それにしても三流雑誌の記事は別としてこの若さで経営のカリスマだなんておかしいでしょ?
そんなつくしがムッとした表情のままでいると
「なんだ?車がリムジンじゃないから機嫌が悪りぃのか?さすがに道の狭い住宅地にあの車じゃ無理だからこの車にしたけど気に入らねのか?」
「は?」
「だからリムジンの方がよかったのかって聞いてんだ」
男が乗って来た車は運転手付きのベンツだ。
「だ、誰も車のことなんて気にしてません!そんなことよりも言いたいのはどうして勝手にあたしの仕事を取り上げるようなことをするんですか!」
「別におまえの仕事を取り上げたつもりなんてねぇけどな」
「と、取り上げてるじゃない!あたしは本当なら今日はお客さまを案内して・・」
つくしの目の前に立つ男はそんな話しなんて聞いちゃいねぇよとばかりの態度だ。
胸の前で腕を組み、つくしの様子を眺めていた。
「おまえは朝っぱらから威勢のいい女だな。電話といい声がでけぇよ」
「う、うるさいわね・・」
「もしかして腹がへってんのか?」
「だ、だれが・・ちゃんと朝食は食べたわよ!」
「ならそんなにイライラすることねーだろ?」
つくしは道明寺司を見ていると、あの夜この男にキスされた時のことを思い出していた。
薄暗くなったマンションまでのプロムナードで抱きしれられてキスをされた日へと引き戻されていた。つくしは視線を司の手に落とした。あの手が、力強くつくしを抱きしめたあの手を思い出さずにはいられなかった。
いったいあたしはどうしたと言うんだろう。
この男とかかわるようになってからどうも調子がおかしい。
この男の言い方にいちいち苛立ちを感じてしまうのはどうしてなのか。
でも自分のことよりまず優紀のことよ。つくしは自ら自分に言い聞かせた。今日だって別に会いたくて会ってるわけじゃないんだから無遠慮なもの言いをしたって構わないし、この男に今さらいい印象を与えたいなんて思っていないんだから・・・だから・・威勢のいい女で上等よ!
司はつくしの心の底を見抜こうとするかのように彼女の目をじっと見た。
威勢のいい女は自分の前でドーンと足を踏ん張っていた。
ふん。やっぱおもしれぇ女。
牧野つくしが自分の前で落ち着きを無くすのはどうしてか。
学生時代反抗的だった男は大人になってからは人の気持を読むすべを身に付けていた。
ふたりが会えば喧嘩をすると言うことを前提としているわけではないとわかっていた。
恐らく牧野の恋愛経験値の低さが、この女の男に対する許容範囲を超えているのだろう。
俺みたいないい男に会ったことがねーってことだろ?
司の目の前にいる女は自らトラブルに巻き込まれるようなお人よしの女だ。
たいした美人でもない顔。それにどちらかといえば幼さが残るような体。とても自分のひとつ下の女だなんて思えなかった。服装も司が見たことがあるのは黒のドレスかこのビジネススーツ以外なかった。それに何年も使い込んだようなビジネス鞄。普段司の周りにいるような女なら決して選ばないような地味な口紅の色に抑えた化粧。
どう考えても俺の好みじゃないはずの女。それに自分が求めていたものを持つとは思えなかった女。だがパーティーで見かけていた名前も知らない黒いドレスの女の頃から気になっていた。
会う度に心の底から湧き上がる思いがあった。あの頃感じたのは言葉に出来ない魅力だった。俺が話しかけるまで決して俺の方を見ようとしなかったが、どこかで視線の重みを感じていた。
だからふたりだけでマンションの前で会ったとき、こらえきれずに抱きしめてキスをしていた。
まったく司らしくなかった。
今までなら肉体的関係だけで済ませていたところが、それ以上のつき合いがしたいと望んでいた。そんな中で自分の偽者探しという名目で連れ出すことにしたが、司の過去にあったひねくれた性格は少し違う解釈をしたようだ。
自分が恋に落ちるはずがない。
だからこの女が恋に落ちればいい。
そうだ。
俺に恋に落ちればいい。
司の視線は自分を見つめている女の唇を見つめていた。
そこから視線を瞳に戻すと微笑んでみせた。
俺に見つめられた女は蛇に睨まれたカエルか?
それとも決戦直前の闘犬か?
司の前で自分よりもはるかに背が高い男に向かってやれるもんならやってみなさいよ。
と、ばかりに構える女。
やっぱりこの女はおもしれぇ。
彼の心の中に湧き上がったのはこの女を手に入れるにはどうやったらいいかという思いだ。
その計画をどうやって実行に移すかがこれから自分の腕の見せ所だ。
欲しいという思いと恋に落ちるとではまったく意味が違うはずだ。
そんな思いを心の中に閉じ込めてみたが司の気持はゆらゆらと揺れていた。

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金曜日の午後、つくしは外出先から戻る途中、書店に立ち寄ると一冊の経済誌を手に取った。
なるほど。この男は経済誌だけに留まることのない幅広い活躍を見せているようだ。
隣の雑誌には先日別れたという女優とのゴシップが書かれているのだろう。
『道明寺司氏と別れた女優Sさんは語る』そんな記事見出しが目に飛び込んで来た。
女優と付き合うなんて道明寺司という男は案外ミーハーなの?
もしかしてこの女優のファンだったとか?
青年実業家と女優の交際なんて話しはよく耳にするがそんな感じなの?
パトロン関係だったとか?あ、でも青年実業家じゃなかった。
この男は財閥の跡取り息子で御曹司だった。まさに金持ちの御曹司って男だ。
でも今思えばどうして優紀は自分がつき合っていた男がそんな男だなんて思ったんだろう。
よく考えればいくら顔が似てるからって、もう少しわかりそうなものだと思うけど・・
まあ本人が名前をそう名乗ったんだから仕方がないか・・
それにしても一生の不覚と言ってもいいかもしれないほどの失態を演じたためにあの男と一緒に偽者探しをすることになるなんて・・
つくしは道明寺司と渡り合うためには少しでも情報を仕入れておかなければと考えていた。
何しろ色んな意味で油断が出来ない男だからだ。
それにつくしの知らない世界を知る男だ。そんな男は全てにおいて自信たっぷりだ。
つくしは手にした経済誌を見た。どれだけ頭がいいのか知らないがビジネスでは切れる男なんだろう。
それに女性経験も豊富・・
なにしろずうずうしくキスをしてくるような男だ。
キスひとつでガタガタ言うなと言われそうだが、よく知らない男に突然襲いかかられるようなキスだなんてはっきり言って暴行事件に匹敵するんじゃないかと思っていた。
つくしは会社では信頼と実績の牧野つくしと呼ばれている。そう言われるのはお客様からの評価が高いと言うことだ。不動産業にとって信頼をされることは商売をしていくうえで非常に大切な要素のひとつだ。あの不動産屋なら信頼出来る。それがこの業界では重要だ。
つくし自身もそれだけ仕事は手堅くやってきたつもりでいた。だから優紀の元恋人を探すことだってやれば出来ると思っていた。
それなのにあの男が手伝ってやろうかなんて言い出すんだから・・
なにがなんだかわからないままに一緒に問題の男を探すはめになっていた。
あのとき、マンションで優紀に会ったとき、人違いだったし誤解だったことがわかってあの男が何も言わず立ち去ってくれたら良かったのに・・
だがそんなわけにはいかなった。
つくしは経済誌を手にしたまま、棚に平積みされている雑誌を買うかどうか迷っていた。
あの男のゴシップ記事か・・つくしが大して興味がなかったせいか、知らなかっただけなのか、だがこんな記事は今までもあったのだろう。今後の為に一応読むべきだろうか・・
つくしがその雑誌を手に取ったとき、携帯電話が鳴った。
会社の携帯電話ではなく、つくしの個人携帯にかかってきたのは見慣れない番号だった。
いったい誰だろう?
つくしは躊躇いながらも通話表示に指を滑らせていた。
「も、もしもし?」
「牧野か?」
男の声だ。つくしは誰か心あたりを探した。
「道明寺だ」
携帯電話から聞こえて来たのはあの男の声だった。
つくしは自分がこの男のことを考えていた時に本人から電話がかかってきたことに驚いていた。自分でもどうしてそんな行動を取ったとかわからないが思わずさっと周囲を見まわしていた。
もしかしてあの男が近くにいるのではないかという感覚が頭を過ったからだ。
「な、何の用ですか?」
「おまえ明日明後日も仕事だよな?」
土日は不動産屋にとっては書き入れ時で物件案内を希望する客が一番多い曜日だ。
「そ、そうですが?」
「明日おまえの仕事は休みだから」
つくしは一瞬言葉に詰まった。
「明日は俺と偽者探しに出かけるからな」
「はぁ?」
「はぁじゃねえぞ!ちゃんと聞いてるのか?」
「あ、あの、聞いてるけどいったいどういうこと・・」
「どうもこうもねぇだろうが。おまえ俺と偽者探しをするって話しをしたよな?」
「あ、あのね、道明寺さん。あれは・・」
つくしはここではたと気づいた。
どうしてこの男があたしの個人携帯の番号を知ってるのよ!まさか会社の人間が教えたなんてことはないわよね?仕事用の携帯だってあるのに教えたわけ?いくら相手がこの男でも個人情報まで・・・
いや。あり得ない話しではなかった。
あの課長なら簡単に教えてしまいそうだ。
「おい牧野!聞いてるのか?明日おまえの家まで迎えに行くから用意しとけよ?」
「な、なにを用意するって言うんですか!それに言っときますけどあたしは明日お客様を案内する約束があるんです!ご、ご存知ないんですか?不動産屋に土日の休みなんてないんですからね!」
つくしはぴしゃりと言い返した。
「・・ったく、耳元で怒鳴るんじゃねぇよ!おまえの会社の男がなんにも問題なんてねぇって言ってたぞ?」
「だ、誰がそんなこと言ったんですか!」
不動産業界では春と秋とが一番取引が活発になる時だって言うのに誰がそんなこと言うのよ!まさにこれからがピークって時になにを言ってるのよこの男は!だが大体状況を呑み込むことが出来た。課長の中村が言ったに違いない。
「知るか。それより明日10時に迎えに行くから用意しとけ」
知るか?
「む、迎えに行く?なんなんですかそれは!だいたいあたしの家を・・」
つくしが反論する間もなく電話は切れていた。

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なるほど。この男は経済誌だけに留まることのない幅広い活躍を見せているようだ。
隣の雑誌には先日別れたという女優とのゴシップが書かれているのだろう。
『道明寺司氏と別れた女優Sさんは語る』そんな記事見出しが目に飛び込んで来た。
女優と付き合うなんて道明寺司という男は案外ミーハーなの?
もしかしてこの女優のファンだったとか?
青年実業家と女優の交際なんて話しはよく耳にするがそんな感じなの?
パトロン関係だったとか?あ、でも青年実業家じゃなかった。
この男は財閥の跡取り息子で御曹司だった。まさに金持ちの御曹司って男だ。
でも今思えばどうして優紀は自分がつき合っていた男がそんな男だなんて思ったんだろう。
よく考えればいくら顔が似てるからって、もう少しわかりそうなものだと思うけど・・
まあ本人が名前をそう名乗ったんだから仕方がないか・・
それにしても一生の不覚と言ってもいいかもしれないほどの失態を演じたためにあの男と一緒に偽者探しをすることになるなんて・・
つくしは道明寺司と渡り合うためには少しでも情報を仕入れておかなければと考えていた。
何しろ色んな意味で油断が出来ない男だからだ。
それにつくしの知らない世界を知る男だ。そんな男は全てにおいて自信たっぷりだ。
つくしは手にした経済誌を見た。どれだけ頭がいいのか知らないがビジネスでは切れる男なんだろう。
それに女性経験も豊富・・
なにしろずうずうしくキスをしてくるような男だ。
キスひとつでガタガタ言うなと言われそうだが、よく知らない男に突然襲いかかられるようなキスだなんてはっきり言って暴行事件に匹敵するんじゃないかと思っていた。
つくしは会社では信頼と実績の牧野つくしと呼ばれている。そう言われるのはお客様からの評価が高いと言うことだ。不動産業にとって信頼をされることは商売をしていくうえで非常に大切な要素のひとつだ。あの不動産屋なら信頼出来る。それがこの業界では重要だ。
つくし自身もそれだけ仕事は手堅くやってきたつもりでいた。だから優紀の元恋人を探すことだってやれば出来ると思っていた。
それなのにあの男が手伝ってやろうかなんて言い出すんだから・・
なにがなんだかわからないままに一緒に問題の男を探すはめになっていた。
あのとき、マンションで優紀に会ったとき、人違いだったし誤解だったことがわかってあの男が何も言わず立ち去ってくれたら良かったのに・・
だがそんなわけにはいかなった。
つくしは経済誌を手にしたまま、棚に平積みされている雑誌を買うかどうか迷っていた。
あの男のゴシップ記事か・・つくしが大して興味がなかったせいか、知らなかっただけなのか、だがこんな記事は今までもあったのだろう。今後の為に一応読むべきだろうか・・
つくしがその雑誌を手に取ったとき、携帯電話が鳴った。
会社の携帯電話ではなく、つくしの個人携帯にかかってきたのは見慣れない番号だった。
いったい誰だろう?
つくしは躊躇いながらも通話表示に指を滑らせていた。
「も、もしもし?」
「牧野か?」
男の声だ。つくしは誰か心あたりを探した。
「道明寺だ」
携帯電話から聞こえて来たのはあの男の声だった。
つくしは自分がこの男のことを考えていた時に本人から電話がかかってきたことに驚いていた。自分でもどうしてそんな行動を取ったとかわからないが思わずさっと周囲を見まわしていた。
もしかしてあの男が近くにいるのではないかという感覚が頭を過ったからだ。
「な、何の用ですか?」
「おまえ明日明後日も仕事だよな?」
土日は不動産屋にとっては書き入れ時で物件案内を希望する客が一番多い曜日だ。
「そ、そうですが?」
「明日おまえの仕事は休みだから」
つくしは一瞬言葉に詰まった。
「明日は俺と偽者探しに出かけるからな」
「はぁ?」
「はぁじゃねえぞ!ちゃんと聞いてるのか?」
「あ、あの、聞いてるけどいったいどういうこと・・」
「どうもこうもねぇだろうが。おまえ俺と偽者探しをするって話しをしたよな?」
「あ、あのね、道明寺さん。あれは・・」
つくしはここではたと気づいた。
どうしてこの男があたしの個人携帯の番号を知ってるのよ!まさか会社の人間が教えたなんてことはないわよね?仕事用の携帯だってあるのに教えたわけ?いくら相手がこの男でも個人情報まで・・・
いや。あり得ない話しではなかった。
あの課長なら簡単に教えてしまいそうだ。
「おい牧野!聞いてるのか?明日おまえの家まで迎えに行くから用意しとけよ?」
「な、なにを用意するって言うんですか!それに言っときますけどあたしは明日お客様を案内する約束があるんです!ご、ご存知ないんですか?不動産屋に土日の休みなんてないんですからね!」
つくしはぴしゃりと言い返した。
「・・ったく、耳元で怒鳴るんじゃねぇよ!おまえの会社の男がなんにも問題なんてねぇって言ってたぞ?」
「だ、誰がそんなこと言ったんですか!」
不動産業界では春と秋とが一番取引が活発になる時だって言うのに誰がそんなこと言うのよ!まさにこれからがピークって時になにを言ってるのよこの男は!だが大体状況を呑み込むことが出来た。課長の中村が言ったに違いない。
「知るか。それより明日10時に迎えに行くから用意しとけ」
知るか?
「む、迎えに行く?なんなんですかそれは!だいたいあたしの家を・・」
つくしが反論する間もなく電話は切れていた。

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司は牧野つくしに自分の偽者探しを手伝えと言ったが、あの女がこの話しを真面目にとらえたことがおかしかった。
友人に対する心遣いからもそうだが、罪悪感とか義務感とかそう言ったことに敏感な女だということはわかっていた。要は気にし過ぎるところがあるということだ。
司にしてみれば、人探しに時間を割くなど考えられないことだ。それ自体がまったく自分らしくないことだと分かっていた。
他人の空似ともいえる男を探す・・
司の頭の中ではすでにいくつかの可能性が渦巻いていた。
ずうずうしくも自分の名前を使う男。
松岡から聞いた話しの中に特徴的なことがあった。
背は司よりも若干低く、髪型が違う。それに自分よりも少し年上だということだ。
実は以前耳にしたことがあった。
それは彼がまだアメリカにいた頃、友人たちから東京でおまえを見かけたと言われたことがあったからだ。
司はその男がどうして松岡優紀という女に興味を示したのかが気になっていた。
自分に似ているという男の行動。
その男のことがなければ牧野つくしに出会うこともなかったからだ。
「西田。松岡優紀の勤める会社は?」
執務室では表情を変えることのない男はただじっと西田を見た。
秘書の男は上司が言った言葉を確実に実行することが求められていた。
調査対象者が上司とどんな関係にあろうが、決して口を挟むことはないはずだ。
現に今までもそうだった。
牧野つくしのことはあの女の携帯電話を拾った時に調べはついていた。
あの女、『わたしはこのままで何の不満も無いわ』とでも言いそうな暮らしをしている女だった。親友が恋人に振られたらその相手を探すために一生懸命になるような女で自分の恋愛にはさも興味はなさそうな態度。
司がキスしたときも眉間に皺をよせ、まるで岩のように固まっていた。
だが唇を離した途端、まるで山猫みてぇに後ろに飛びのいた。それにあんときも一発お見舞いされそうになっていた。
「はい。松岡さんですが製薬会社にお勤めです。彼女はインフルエンザの治療に関する研究をしていますね」
毎年世界中で流行を繰り返すインフルエンザのウィルスはどんなに薬を開発してもすぐに耐性を持ったものが現れるやっかいなウィルスだ。確実に予防しようと思えばワクチンを打つことが効果的だが、それさえその年流行するウィルスに適合するかどうかわからない。ましてや新型インフルエンザと呼ばれるものは、殆どの人間が免疫を持たないため感染すると世界規模の大流行、パンデミックを起こすことがあった。
仮にワクチン予防が効かず、罹患した場合は抗インフルエンザウィルス薬で治療する以外方法はなかった。今の日本で使われているのは点滴、飲み薬、吸入薬の三種類がある。
はたして松岡優紀が研究しているのはどのタイプの薬なのか?
同じような仕組みを持つ薬の登場はシェアを下げることになるから新薬の開発にも力が入るはずだ。
どちらにしても抗インフルエンザウィルス薬として有名な薬のひとつはすでに特許が切れていた。だが特許期間延長制度に基づき5年間の特許延長が申請され認められている。
その5年の間に新たな新薬を開発しなければ会社としての利益は下がってしまう。
特許が切れた薬はジェネリック医薬品となってしまうからだ。国によっては特許を申請しても認められなかった例もあり、個人で輸入し個人的に使うことも出来る。だがその薬を飲んで何らかの事故が起きてもすべては自己責任となるため、薬に対して余程の知識を持っていることと、何が起きても仕方がないということを理解、納得しておく必要があった。
インフルエンザワクチンの開発に取り組んでいる製薬会社は多い。
ウィルスが人の体内で猛威を振るうのは短期間だが、変異を遂げた新型と呼ばれるものに即座に対応できるワクチンを開発出来た会社が多大の利益を得ることになる。冬の流行に備えるなら遅くても夏までにワクチンの準備が出来ていなければならない。
だが今シーズンに流行るウィルスがどれになるかなどわかるはずもなく、製薬会社としては今年どんなウィルスが流行るのか毎年予想を立てているだろうが、大きな博打のようなものだろう。
「それで、あいつの・・・松岡って女はどんな女だ?」
牧野つくしの親友。
あの女は親友のためならと司との人探しも引き受けた。
「松岡優紀は申し分のない研究者だと聞いています」
「西田、その申し分のないってのはどういう意味だ?」
「はい。優秀な、と言うより研究所に勤めている平均的な研究者だという意味です。研究所はなにも最先端の研究を行っているものだけが勤めているわけではありませんから。ありていに言えば真面目にコツコツと仕事をこなしている女性といったところでしょう」
「理性も分別もある女か・・」
確かに見た目がそんな女だった。
大人しく真面目なタイプの女だ。
それに引き換えあの牧野つくしは自分の信じる道は突き進むタイプの人間だ。
司の目におかしそうな表情が浮かんだ。
正義感に溢れる瞳を自分に向けてきたあの日を思い出していた。
そうだ。牧野に殴られた日だ。
親友が男に捨てられたということに対し自分がなんとかしてあげるとばかりにパーティーに乗り込んでは司の方を窺っていた女だ。
あの女は自分のことより他人のことを考えるような人間こそ騙されやすいということがわかってないようだ。
「だから俺に騙されるんだ・・」
「支社長?なにかおっしゃいましたか?」
「いや。なんでもねぇ・・」
司は心の中でそんな女をおかしく思っていた。
『わたしはこのままで何の不満も無いわ』
その言葉を実際聞いたわけではなかったが、あの女が衝動的になにかをするところが
再び見たいと思っていた。
正真正銘の牧野つくしの姿を見たい。
それは司を殴った時と同じくらいの勢いで自分に向かってくるあの女の姿。
司が女性に求めてきたものは、あの女にはまったくと言っていいほどあてはまらなかった。 それにもかかわらず、あの女は自分の求めている何かを持っているような気がしていた。
だからあの女を気に入った。あの女の何がいったい自分を惹きつけるのか。
それが知りたいと思っていた。
これから始まることは人探しと言うには名ばかりの楽しいパーティーになりそうだ。
司にはそんな確信があった。

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友人に対する心遣いからもそうだが、罪悪感とか義務感とかそう言ったことに敏感な女だということはわかっていた。要は気にし過ぎるところがあるということだ。
司にしてみれば、人探しに時間を割くなど考えられないことだ。それ自体がまったく自分らしくないことだと分かっていた。
他人の空似ともいえる男を探す・・
司の頭の中ではすでにいくつかの可能性が渦巻いていた。
ずうずうしくも自分の名前を使う男。
松岡から聞いた話しの中に特徴的なことがあった。
背は司よりも若干低く、髪型が違う。それに自分よりも少し年上だということだ。
実は以前耳にしたことがあった。
それは彼がまだアメリカにいた頃、友人たちから東京でおまえを見かけたと言われたことがあったからだ。
司はその男がどうして松岡優紀という女に興味を示したのかが気になっていた。
自分に似ているという男の行動。
その男のことがなければ牧野つくしに出会うこともなかったからだ。
「西田。松岡優紀の勤める会社は?」
執務室では表情を変えることのない男はただじっと西田を見た。
秘書の男は上司が言った言葉を確実に実行することが求められていた。
調査対象者が上司とどんな関係にあろうが、決して口を挟むことはないはずだ。
現に今までもそうだった。
牧野つくしのことはあの女の携帯電話を拾った時に調べはついていた。
あの女、『わたしはこのままで何の不満も無いわ』とでも言いそうな暮らしをしている女だった。親友が恋人に振られたらその相手を探すために一生懸命になるような女で自分の恋愛にはさも興味はなさそうな態度。
司がキスしたときも眉間に皺をよせ、まるで岩のように固まっていた。
だが唇を離した途端、まるで山猫みてぇに後ろに飛びのいた。それにあんときも一発お見舞いされそうになっていた。
「はい。松岡さんですが製薬会社にお勤めです。彼女はインフルエンザの治療に関する研究をしていますね」
毎年世界中で流行を繰り返すインフルエンザのウィルスはどんなに薬を開発してもすぐに耐性を持ったものが現れるやっかいなウィルスだ。確実に予防しようと思えばワクチンを打つことが効果的だが、それさえその年流行するウィルスに適合するかどうかわからない。ましてや新型インフルエンザと呼ばれるものは、殆どの人間が免疫を持たないため感染すると世界規模の大流行、パンデミックを起こすことがあった。
仮にワクチン予防が効かず、罹患した場合は抗インフルエンザウィルス薬で治療する以外方法はなかった。今の日本で使われているのは点滴、飲み薬、吸入薬の三種類がある。
はたして松岡優紀が研究しているのはどのタイプの薬なのか?
同じような仕組みを持つ薬の登場はシェアを下げることになるから新薬の開発にも力が入るはずだ。
どちらにしても抗インフルエンザウィルス薬として有名な薬のひとつはすでに特許が切れていた。だが特許期間延長制度に基づき5年間の特許延長が申請され認められている。
その5年の間に新たな新薬を開発しなければ会社としての利益は下がってしまう。
特許が切れた薬はジェネリック医薬品となってしまうからだ。国によっては特許を申請しても認められなかった例もあり、個人で輸入し個人的に使うことも出来る。だがその薬を飲んで何らかの事故が起きてもすべては自己責任となるため、薬に対して余程の知識を持っていることと、何が起きても仕方がないということを理解、納得しておく必要があった。
インフルエンザワクチンの開発に取り組んでいる製薬会社は多い。
ウィルスが人の体内で猛威を振るうのは短期間だが、変異を遂げた新型と呼ばれるものに即座に対応できるワクチンを開発出来た会社が多大の利益を得ることになる。冬の流行に備えるなら遅くても夏までにワクチンの準備が出来ていなければならない。
だが今シーズンに流行るウィルスがどれになるかなどわかるはずもなく、製薬会社としては今年どんなウィルスが流行るのか毎年予想を立てているだろうが、大きな博打のようなものだろう。
「それで、あいつの・・・松岡って女はどんな女だ?」
牧野つくしの親友。
あの女は親友のためならと司との人探しも引き受けた。
「松岡優紀は申し分のない研究者だと聞いています」
「西田、その申し分のないってのはどういう意味だ?」
「はい。優秀な、と言うより研究所に勤めている平均的な研究者だという意味です。研究所はなにも最先端の研究を行っているものだけが勤めているわけではありませんから。ありていに言えば真面目にコツコツと仕事をこなしている女性といったところでしょう」
「理性も分別もある女か・・」
確かに見た目がそんな女だった。
大人しく真面目なタイプの女だ。
それに引き換えあの牧野つくしは自分の信じる道は突き進むタイプの人間だ。
司の目におかしそうな表情が浮かんだ。
正義感に溢れる瞳を自分に向けてきたあの日を思い出していた。
そうだ。牧野に殴られた日だ。
親友が男に捨てられたということに対し自分がなんとかしてあげるとばかりにパーティーに乗り込んでは司の方を窺っていた女だ。
あの女は自分のことより他人のことを考えるような人間こそ騙されやすいということがわかってないようだ。
「だから俺に騙されるんだ・・」
「支社長?なにかおっしゃいましたか?」
「いや。なんでもねぇ・・」
司は心の中でそんな女をおかしく思っていた。
『わたしはこのままで何の不満も無いわ』
その言葉を実際聞いたわけではなかったが、あの女が衝動的になにかをするところが
再び見たいと思っていた。
正真正銘の牧野つくしの姿を見たい。
それは司を殴った時と同じくらいの勢いで自分に向かってくるあの女の姿。
司が女性に求めてきたものは、あの女にはまったくと言っていいほどあてはまらなかった。 それにもかかわらず、あの女は自分の求めている何かを持っているような気がしていた。
だからあの女を気に入った。あの女の何がいったい自分を惹きつけるのか。
それが知りたいと思っていた。
これから始まることは人探しと言うには名ばかりの楽しいパーティーになりそうだ。
司にはそんな確信があった。

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「はぁ~」
つくしは鍵穴に鍵を差し込んだ状態でため息をついた。
施錠すると鍵を抜き取って鞄に収めた。
なんてことなの!
道明寺司と一緒にあの男の偽者を探すことを了承してしまった。
本当は断りたかった。
だが筋の通った断り方など思いつくはずもなく、ましてや自分の感情など二の次だった。
罪の意識に苛まれていたつくしは断れるはずもなく押し切られてしまったというのが正しいのかもしれなかった。
毎日の仕事は順調で、日々の生活もたいして変わりもなく安定した毎日を送っている。
申し分のない毎日だと思ってはいたが恋愛に関しての想像力を働かせる力は殆どなかった。 だからこそ優紀の恋愛があんな形で終わってしまったことが残念でたまらない。つくしは30代の女性にしては恋愛経験が少ないが恋愛に夢を描いたこともあった。
だがどうもうまくいかなかった。いったい何がいけなかったのかと考えてはみても自分では見当もつかなかった。
大台に乗ったとき、頭に描いていた恋愛はもしかしたら本から得た知識が多すぎてマニュアル化した恋愛を求めていたのかもしれないと気づいた。
だからといって今さら冒険をしようとは考えなかった。
そんな中であの男と一緒に人探しをすることはつくしにとってハードルが高かった。
何しろ相手はあの道明寺司だ。世慣れた男だ。世界的企業の後継者で御曹司と呼ばれる男だ。それに恋愛経験も豊富な男という印象があった。恐らく実際にそうなんだろうけど、つくしは大して興味がなかったのだからあまり詳しくは知らなかった。
この偽者探しだってあの男は退屈な人生のひとコマ、単なる余興のひとつなんだろう。
だがつくしはそう簡単には考えられなかった。
つくしのことを気に入ったと言い切ってキスをしてきた男だ。
でもキスした男とはいえ個人的には全く知らない男だ。妙な縁でこんなことになったがいったいこれから自分はどうなるんだろうかと思わずにはいられなかった。
それは心の中でふっと何か小さな塊が動いたような気がしたからだ。
キスなんて軽く受け流せばいいのに、それが出来ないのはその何かのせいなのかも知れなかった。
オフィスに到着したとき、数人の社員がつくしの傍へと寄ってきた。
あのマンションの最上階が売れたという話しを耳にしたのはその時だった。
もちろん買ったのはあの男だ。
つくしにマンションの案内を頼んだ課長の中村は買い手が年配の女性から道明寺司に変わったことにさして驚きはしなかった。
「まあ牧野君、そう驚くことではないよ。道明寺さんは名前を出して欲しくはなかったんだから仕方がない」
その口調は初めから知っていたと言わんばかりだ。
つくしはどうしてもひとこと言わなければ気が済まなかった。
「中村課長?そうはいいますけど男性のお客様に女子社員が案内につくなんてことはおかしいですよね?あれは本来なら男性社員が・・」
「何を言ってるんだ。あの道明寺さんがおかしなことをするはずないだろ?」
中村は地位も名誉もある男が何の問題を起こすのかという目でつくしを見ていた。
「か、課長?でもどんなに立派な人間だって問題を起こすことがありますよ?」
つくしは思わず大きな声を出していた。
事実は言えないが問題は起きている。道明寺司に抱きつかれ、キスをされた。だが元はと言えばこうなってしまったのはつくし自身があの男を殴ったことから始まっていたのかもしれなかった。
「そりゃあ人間誰でも多かれ少なかれ問題は起こすものだ。だけどね、牧野君。相手はあの道明寺さんだ。曲りなりに何かあったとしたら儲けものだよ?」
「な、なんなんですかそれ・・」つくしは怒りを抑えて言った。
「ま、牧野君そんなに怒らなくてもいいじゃないか。たとえ話のひとつとして考えてくれないか?たとえば見初められたとか、そう言ったことだよ。まあ、うちの不動産会社は比較的裕福なお客様が多いから君もそんなお客様に声をかけられたことがあるんじゃないか?」
つくしは思わず目を細めていた。
おおかたの場合、課長の中村はつくしの意見を聞いてくれるし販売能力と業績を評価してくれる。それに会社で決められたルールを守る人間だ。それなのに、今回はまるであの男の意向に沿ったようなことをしているとしか思えない。あの男は牧野つくしを案内に寄こせと言ったに決まってる。それに中村はやはり最初からわかっていたということだろう。
つくしはもうこれ以上中村に何を言っても無駄だと思った。
長い物には巻かれろと言うことなのだろう。要は金持ちのいうことは聞くのが当然なのだろう。
つくしはため息をついた。
正直これからあの男とどう接したらいいのか・・それが問題だ。
あの男は優紀を騙した男じゃないし、これからはもう見知らぬ他人ではない。
そう思うと夕べは頭が混乱して何も考えられずにいたが罪悪感と一緒に義務感がつくしを苛んでいた。

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施錠すると鍵を抜き取って鞄に収めた。
なんてことなの!
道明寺司と一緒にあの男の偽者を探すことを了承してしまった。
本当は断りたかった。
だが筋の通った断り方など思いつくはずもなく、ましてや自分の感情など二の次だった。
罪の意識に苛まれていたつくしは断れるはずもなく押し切られてしまったというのが正しいのかもしれなかった。
毎日の仕事は順調で、日々の生活もたいして変わりもなく安定した毎日を送っている。
申し分のない毎日だと思ってはいたが恋愛に関しての想像力を働かせる力は殆どなかった。 だからこそ優紀の恋愛があんな形で終わってしまったことが残念でたまらない。つくしは30代の女性にしては恋愛経験が少ないが恋愛に夢を描いたこともあった。
だがどうもうまくいかなかった。いったい何がいけなかったのかと考えてはみても自分では見当もつかなかった。
大台に乗ったとき、頭に描いていた恋愛はもしかしたら本から得た知識が多すぎてマニュアル化した恋愛を求めていたのかもしれないと気づいた。
だからといって今さら冒険をしようとは考えなかった。
そんな中であの男と一緒に人探しをすることはつくしにとってハードルが高かった。
何しろ相手はあの道明寺司だ。世慣れた男だ。世界的企業の後継者で御曹司と呼ばれる男だ。それに恋愛経験も豊富な男という印象があった。恐らく実際にそうなんだろうけど、つくしは大して興味がなかったのだからあまり詳しくは知らなかった。
この偽者探しだってあの男は退屈な人生のひとコマ、単なる余興のひとつなんだろう。
だがつくしはそう簡単には考えられなかった。
つくしのことを気に入ったと言い切ってキスをしてきた男だ。
でもキスした男とはいえ個人的には全く知らない男だ。妙な縁でこんなことになったがいったいこれから自分はどうなるんだろうかと思わずにはいられなかった。
それは心の中でふっと何か小さな塊が動いたような気がしたからだ。
キスなんて軽く受け流せばいいのに、それが出来ないのはその何かのせいなのかも知れなかった。
オフィスに到着したとき、数人の社員がつくしの傍へと寄ってきた。
あのマンションの最上階が売れたという話しを耳にしたのはその時だった。
もちろん買ったのはあの男だ。
つくしにマンションの案内を頼んだ課長の中村は買い手が年配の女性から道明寺司に変わったことにさして驚きはしなかった。
「まあ牧野君、そう驚くことではないよ。道明寺さんは名前を出して欲しくはなかったんだから仕方がない」
その口調は初めから知っていたと言わんばかりだ。
つくしはどうしてもひとこと言わなければ気が済まなかった。
「中村課長?そうはいいますけど男性のお客様に女子社員が案内につくなんてことはおかしいですよね?あれは本来なら男性社員が・・」
「何を言ってるんだ。あの道明寺さんがおかしなことをするはずないだろ?」
中村は地位も名誉もある男が何の問題を起こすのかという目でつくしを見ていた。
「か、課長?でもどんなに立派な人間だって問題を起こすことがありますよ?」
つくしは思わず大きな声を出していた。
事実は言えないが問題は起きている。道明寺司に抱きつかれ、キスをされた。だが元はと言えばこうなってしまったのはつくし自身があの男を殴ったことから始まっていたのかもしれなかった。
「そりゃあ人間誰でも多かれ少なかれ問題は起こすものだ。だけどね、牧野君。相手はあの道明寺さんだ。曲りなりに何かあったとしたら儲けものだよ?」
「な、なんなんですかそれ・・」つくしは怒りを抑えて言った。
「ま、牧野君そんなに怒らなくてもいいじゃないか。たとえ話のひとつとして考えてくれないか?たとえば見初められたとか、そう言ったことだよ。まあ、うちの不動産会社は比較的裕福なお客様が多いから君もそんなお客様に声をかけられたことがあるんじゃないか?」
つくしは思わず目を細めていた。
おおかたの場合、課長の中村はつくしの意見を聞いてくれるし販売能力と業績を評価してくれる。それに会社で決められたルールを守る人間だ。それなのに、今回はまるであの男の意向に沿ったようなことをしているとしか思えない。あの男は牧野つくしを案内に寄こせと言ったに決まってる。それに中村はやはり最初からわかっていたということだろう。
つくしはもうこれ以上中村に何を言っても無駄だと思った。
長い物には巻かれろと言うことなのだろう。要は金持ちのいうことは聞くのが当然なのだろう。
つくしはため息をついた。
正直これからあの男とどう接したらいいのか・・それが問題だ。
あの男は優紀を騙した男じゃないし、これからはもう見知らぬ他人ではない。
そう思うと夕べは頭が混乱して何も考えられずにいたが罪悪感と一緒に義務感がつくしを苛んでいた。

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