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2016
07.31

情景 後編

Category: 情景(完)
脳神経外科では世界で一番の腕を持つという医師に一刻も早く手術をしましょうと言われ、 つくしの手術は翌日に決まった。
司は日本での検査画像をネットで送らせていた。

「手術をすれば助かります」

その言葉はふたりにとって未来が約束されたことを意味した。
だが何についても言えることだが、絶対に大丈夫だと言えることなど何もないはずだ。
医療の世界でもそれはよくある話しで万が一ということを考えないわけにはいかなかった。
その夜はもしかしたらふたりで過ごす最初で最後の夜になるかもしれない。

司の住まいであるペントハウスに着いたのはすでに深夜近い時間だった。
明日の手術のために早く眠らなくてはならないと分かっていたがつくしはこの日、自分の身に起きたことを思い出すと眠れそうになかった。

船から下り、司が暮らしている街をひとりで歩き、彼が仕事をしているビルを下から見上げていた。このビルのどこかに道明寺がいる。そう思うとつくしはビルの姿を頭の中に刻みつけた。もう二度と見ることのない風景は記憶の中の情景としていつかこの世を去る日まで頭の中に残るはずだと思っていた。
情景とは心にある感じ起こさせることだというが、つくしにとっての情景はまさにこの街の中にあった。

司と一緒に生きるため手術を受けることを決めたつくし。
つくしはそう思うとひとつの決断をした。

「どうみょうじ・・あのね。お願いがあるの」

もしかしたら今夜が最初で最後の夜になるかもしれない。
ペントハウスに案内されてからずっとつくしの頭の中にあったのはそのことだ。
記憶を失った道明寺が今までどんな暮らしをしていたかは知っている。少年だった頃の面影はあるが今では誰もが認める企業経営者として立派に仕事をこなしていた。
つき合いのあった女性がいたことも知っている。それは男として当然のことだろう。
それに誰かと結婚していたとしてもおかしくはなかった。だが司はまだ独身だ。

生きるチャンスがあるとしても、自分の身に何が起こるのかは手術が終わってみなければわからない。でも道明寺は必ず成功すると言った。信じているじゃなく成功すると言い切った。 その強さはいったいどこから来るのだろう。
でも、その強さからつくしは勇気をもらったはずだ。生きたいという勇気をもらった。
生きて道明寺と一緒に・・出来れば一緒に人生を歩みたい・・
だが、もしも・・・
そう考えれば今しかなかった。

それはつくしにとっては未知の世界だが道明寺にとっては違う。

「どうしたんだ?お願いってなんだ?」

まさかとは思うが手術が怖くなっただなんてことを言うのではないかと訝った。

「あのね・・どうみょうじ・・だ、抱いて欲しいの・・」

つくしの真正面に立つ男は身じろぎもしなかった。
ただ黙ってじっとつくしを見つめていた。

つくしは待った。
司の口からの言葉を。

人生は一度だけだ。もし生まれ変わるとしたらまた道明寺と巡り会いたい。
でもその前に一度だけでいい。道明寺の熱い体に抱きしめられて眠りたい。そうすれば今度生まれて来たときはすぐに道明寺に気づくはずだ。体と心に道明寺を焼きつけたい。
つくしに迷いはなかった。

「まきの・・おまえは本気で言ってんのか?」
司は探るようにつくしの顔を見た。
「も、もちろん本気よ・・だって・・も、もしかしたら今夜が道明寺との・・」唇を噛んだ。

最初で最後の夜になるかもしれないとは口に出来なかった。
言ってしまえば本当にそうなるかもしれないと怖れていた。だから言葉にはしなかった。

司は近くのデスクに置かれていたブリーフケースから一枚の紙を取り出した。

「俺は無責任なことをするつもりはない。これに署名捺印したらおまえを抱いてやるよ」

差し出されたのは婚姻届。

「おまえが俺と結婚するなら抱いてやる」
司は一方の口角を上げるとにやりと笑った。
「なにアホみてぇな顔してんだ?そんなに驚くことか?おまえは昔っから人生を深刻に考え過ぎだ。あんときだって・・・あの雨の日だって・・さっさとどっかへ逃げちまうし、ひとりで全人類の人生背負ってますなんて顔すんじゃねぇよ・・」
何も言わないつくしにゆっくりと諭すように言った。
「おまえが俺と結婚するっていうなら幾らでも抱いてやる。それに・・これから先はそんな時間は幾らでもある」

未来を見据えたその言葉につくしの心が動いた。
それに道明寺が言っていることはつくしとの結婚の話しだ。
結婚するなら抱いてやるだなんて言葉が言えるのは、いかにも道明寺らしいと思っていた。
それに世間では抱いてやるけど結婚は出来ないというのが普通だろう。

「あのね、結婚なんてそんな簡単に決めていいことじゃないでしょ?」

嬉しかった。
口では躊躇ってみせてもつくしは心の底から嬉しかったはずだ。
だが口にはしたくはないが、手術が上手くいかなかった場合のことを考えた。もしなんらかの後遺症が残って道明寺に迷惑をかけることになるかと思うと決断ができずにいた。
それに最悪の事態を想定した場合、道明寺は婚姻届のインクも乾かないうちに妻を亡くしてしまった男となってしまう。

「ぐずぐず言ってねぇでさっさとサインしろ。必要な書類は全部揃ってるしこっちの大使館で提出する。そうすりゃおまえが・・手術が終わって目が覚めたときはもう牧野つくしじゃねぇぞ。目覚めた瞬間からおまえは道明寺つくしになってるからな」

司が一旦こうと決めたら理論がどうのこうのは関係ない。
道明寺という男は昔からそうだったはずだ。

「おまえ、まさか病気を理由に俺との結婚が嫌だって言うんじゃねぇよな?そんな口実なんて許さねぇからな。結婚したくねぇって言うならはっきりとした理由を言ってみろ。俺が納得できる理由を言ってみろよ?」

司は暫く無言でつくしを見つめていた。
瞳の中に気持ちが揺らいでいるのが見え隠れしていた。何か理由を見つけて断ろうとでも言うのだろうか。つくしが司の負担となってしまうことを恐れているのは分かっていた。もしも何らかの後遺症でも残ったらと心配しているのだろう。

「おまえが・・俺の傍にずっといてくれるって言うんだったらおまえの言うことは何でも聞いてやる。月まで行ってうさぎと写真撮って来いって言うなら行って来てやるよ。けどな、まずはこの婚姻届だな。それから・・これだ」

司がポケットの中から取り出したのは二つの小さな箱だ。
ひとつは婚約指輪でもうひとつは結婚指輪だ。

「この指輪を嵌めてくれ。わかってる。手術中は外すことになってるってのはな。だから今夜だけでもいい・・嵌めてくれないか?俺とおまえが夫婦になった初めての夜なんだからな」

全てに於いて拒否権はないようだった。
司の中では失われていた記憶が戻った時点で全てのことは牧野つくしについての一点に絞られているようだ。
だが言わなければいけない。

「どうみょうじ・・あたしには・・あんたにあげるものが何も無いの・・・無いどころか逆にあんたのお荷物になるかもしれない・・」

「俺はどんな牧野でも構わねぇ。おまえと一緒に生きることが出来ればそれでいい。いいか?人はな、生きてるだけでも価値があるんだ。それを俺に教えてくれたのはおまえだろ?」

司は高校時代のことを思い出していた。暴力に明け暮れ、人を人とも思わなかった少年時代の自分の事を。あの頃はケンカ相手が死んでも構わないというような考えの持ち主だったはずだ。そんな時に出会ったのが牧野つくしだ。司に向かって命の大切さを解いた女が自らの命を蔑ろにすることが許されるはずがない。

「まきの・・そのネックレス・・おまえがまだ捨てずに持っていてくれたネックレス・・そのネックレスと一緒に明日は手術が終わるまで病院で待ってる。俺がおまえの傍にいるから大丈夫だ」

つくしの胸にかけられているのは船室から持ち出されたネックレスだ。
それは17歳の司が初めてつくしに贈った思い出の品だ。

「まきの・・サインしてくれるよな?おれは何があろうとおまえを一生守っていきたい」

司が示した婚姻届には既に道明寺司の名前と捺印がされていた。証人の欄にはつくしの親友、松岡優紀と司の良きライバル、花沢類の名前が書かれていた。

どんな道でも光はあるはずだ。
例え死の淵に立っていたとしても目の前に差し出された手を掴んで歩いて行くことが許されるなら、そうしたい。

つくしは勝ち目のないケンカでも受けて立ってきた。それは高校時代、司に赤札というゲームのターゲットにされたあの時からだ。

「サインしたら・・あたしを抱いてくれるの?」つくしは笑いながら念を押した。
「ああ。言っただろ?俺と結婚すればおまえが望むことは何でもしてやるってな」

司は穏やかにほほ笑むと胸元から万年筆を取り出した。
受けて立とうと思った。あの時とは違う意味で病に打ち勝って道明寺との人生にかけてみようと思った。不安がなくなったわけではないが迷いは捨てた。

つくしは婚姻届を受け取ると差し出された万年筆でサインを済ませた。

「よし。これでおまえは今日から道明寺つくしだ」
「まだ受理されてないのに何言ってるのよ?」つくしが笑った。
「だれが不受理なんかにすんだよ?こんなもんは書いた時点で受理されてんだよ!」

司はつくしに向かってほほ笑んだ。
「奥さん。今夜からよろしくな?」
目の前には差し出された司の手。
あのとき掴めなかった大好きな人の手を今こそこの手に掴みたい。

つくしは喜んで差し出された手を掴んだ。
今夜が永遠へとつながる一夜と言うのなら、道明寺の腕の中で永遠の夜を感じたい。

司はつくしを抱きしめると彼女の髪に顔を埋めた。遠い昔に触れた感触は今も変わってはいなかった。だが手術前には頭を剃らなければならない。これから暫くはこのきれいな黒髪ともお別れだ。髪の毛はいつかまた生えて来る。どちらにしてもこれからのつくしの生活は全てに於いて夫として司が守っていくつもりだ。
昔どうしても欲しかった少女は大人になった姿で司の腕の中にいる。
今夜抱いて欲しいというのは、つくしなりの気持の整理の付け方なのかもしれない。
明日、もしかしたら・・という思いだろう。

長い間離れ離れになっていた恋人同士はここに来てやっと結ばれる日が来たようだ。
司はいたわるように優しくつくしを抱いた。だが自分の中にある情熱を抑えることは難しかった。もし今夜が二人にとって最初で最後の夜になるのなら司にとっては一生の思い出となってしまうからだ。慈しみたいという思いと激しく愛し合いたいという思いが交錯するのは仕方がないことなのだろう。
神が二人にお示しになられたのは試練を乗り越えて深く結ばれなさいということなのかもしれない。今、二人の目の前にある試練はこの二人ならきっと乗り越えられるはずだ。そのことを神もご存知だからこそお与えになられた試練なのだろう。
一度は断ち切られた二人の絆が再び結ばれたとき、荒い呼吸を繰り返しながら二人はただ無言で抱き合っていた。

まるで救いを求めているかのように互いの体を求め合った二人。
どうか、明日の手術が無事に終わりますようにと願いを込めて抱き合ったはずだ。


そしてその先には二人の幸せな未来が見えるようにと、願わずにはいられなかった。



「俺はまだおまえに言ってないことがある。俺を許して欲しい」
唐突な発言につくしは聞いた。
「許すってなにを許すの?」
「おまえを忘れちまったこと」つくしのことだけを忘れ、長い間ずっと寂しい思いをさせていたことは男との経験がなかったことでわかったことだ。
「それからこれは俺の頼みになるけど聞いてくれるか?」
「うん、なに?」
「おまえ・・手術受けたあとで俺のこと忘れてたら承知しねぇからな!」
司は自分のことは棚に上げておいてのたまった。
「そ、それは道明寺じゃない!手術して目覚めたらあたしのことだけ忘れてたのはどこの誰だと思ってるのよ!」
「悪かった・・あれは俺がわりぃんだってことは分かってる。けどな、おまえ絶対に俺のこと忘れるなよ?」
「わ、わかったわよ・・忘れないから心配しないで」つくしは笑っていた。
「もしあたしがあんたのことだけ忘れてたら、何でもあんたの言うとおりにしてあげる」
「よし!言ったよな?いや待て。俺の言うことを何でも言うとおりにするってことはおまえが記憶喪失になるってことか?ダメだ、それだけはダメだ。家族の中に記憶が無くなったことがある人間なんて一人いれば十分だ」
「なあ。俺を許すって言ってくれ。これだけはどうしてもおまえの口から聞きたい」

司はどうしてもつくしの口から自分を許すという言葉が聞きたかった。
だがつくしを知らない女だと蹴り出しておいて今になってつくしの元へと現れたのだから普通の女なら身勝手な酷い男だと言って受け入れてはくれないはずだ。
けど牧野は普通の女じゃない。こいつは俺が心の底から惚れた女だ。最終的に蹴り出す前、何度でも邸を訪れては俺のことを心配してくれるような心の広い女だ。
だから許してもらえるはずだ。だがそうは思っていても二人の間に流れた年月は・・・もしかしたらという思いもあった。

「どうみょうじ・・許してあげる。あんたが悪いわけじゃない。それに許すとか許さないとかのレベルじゃないでしょ?あれは・・事故だったんだから。道明寺が悪いなんて思ってないから・・」
その言葉を聞いて安心したのか、「そうか・・よかった・・」と言うと司は目を閉じた。
今日一日で東京からニューヨークまで飛び、つくしを探して船まで乗り込んで来た。
それにつくしの病院での検査にも同行し疲れたのだろう。
閉じられた瞼は恐らく明日の朝まで開かれることはないだろう。

つくしは暫く横になったまま、司の顔を見つめていた。あの頃の面影を探したが、大人になった道明寺の顔には、ただ疲労だけが色濃く感じられていた。

どうみょうじ・・・

あたしのために・・
あんたの貴重な時間を費やしてまで明日の手術に付き合ってくれるんだね。
あたし、闘ってくる。
あの頃はいつも何かと闘ってるって言われてたけど大人になってからは、闘うことは止めていたのかもしれない。
つくしも目を閉じるといつの間にか、深い眠りの中へと落ちていった。
暫くたって目が覚めたとき、自分をにこやかなほほ笑みで迎えてくれた司の為に、つくしは今日一日を人生で最良の日にすることを誓っていた。











新しい一日を安らいだ気持ちで迎えることが出来ることが信じられない。
もう人生の終わりが見えたと思っていたが、道明寺がそれを変えてくれた。
誰かのために生きたいと思うことで体の中に今までにない思いが自然と湧き上がって来ていた。




つくしの手術は無事成功した。
「奥様の腫瘍はすべて取り除くことが出来ました」
頭に包帯を巻かれて手術室から運ばれて来たつくしは意識のない状態ではあったが執刀した医師の言葉に司は胸を撫で下ろしていた。
「それで・・後遺症はどうなんだ?何か問題はないのか?」
いつも堂々とした態度の男でも口ごもっていた。
「お目覚めになられてからでないと何とも言えませんが、恐らく何も問題はないはずです」
「あと・・どのくらいで意識は戻るんだ?」司は聞いた。
「もう少しかかると思いますが傍についていてあげますか?」
「ああ。ぜひそうさせてくれ」
司は妻の命を救ってくれた医師を見送るとつくしの枕元に付き添った。


手術前、病室からストレッチャーに乗せられて手術室へと向かう妻を心配した男の手にはつい先ほどまで妻が指に嵌めていた指輪とネックレスがしっかりと握られていたことを知る人間はいない。
手術室の前で、まるで祈りを捧げるかのような姿勢で椅子に腰かけていた男の手の中に握りしめられていた指輪とネックレス。
司はつくしの左手を取るとゆっくりと指輪を嵌めた。
この指輪はもう二度とこの指から離れることはないはずだと確信していた。
司はつくしの耳元で優しく囁いた。
「愛してる。つくし。これから先は一生おまえと過ごすんだから早く元気になってくれ」

次の瞬間、司が握っていた左手がぴくりと動いた。
「ど、どうみょ・・うじ・・」囁かれるような小さな声がした。
「ああ。俺だ。ここにいる」司はつくしの手をギュッと握りしめた。
「あ、あたしも・・あいしてる・・」
酸素マスクをつけた状態でもはっきりとした声が聞こえてきていた。








二人の間にはこれから永遠の夜が連なっているはずだ。
遠い昔に果たされなかった約束は、今ではもう過去の思い出となっているはずだ。

今の二人が思い浮かべる情景はいったいなんなのか。

それはほんの小さな出来事でしかないはずだが、二人にとっては大切なことなのだろう。

二人にしかわからない情景とは。

恐らくそれは短くも楽しかった高校生の頃の情景だろう。

その情景が心の中にある限り、二人の愛は決して揺らぐことはないはずだ。









< 完 > *情景*

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2016
07.30

イベントのお知らせ~第2弾について~

皆様こんにちは。
暑くなりましたがお変わりございませんでしょうか。

さて、先週に引き続きのお知らせとなりますが、是非ご一読下さいませ。
本日0時公開のあきつくのお話はいかがでしたでしょうか?
お楽しみ頂けましたでしょうか?
本日公開となりましたお話はこちらの皆様のお話となっております。

asuhana様
こ茶子様
Gipskräuter様
みかん様


さて、第2弾はそうつくの愛人となっております。

日時 : 8月6日 (土) 午前0時公開 
なお、参加サイト様は下記の皆様です。

asuhana様
オダワラアキ様
こ茶子様
Gipskräuter様
miumiu様
みかん様

よろしければ、ぜひお立ち寄り下さいませ。
なお、本日の記事はこの記事の下にあります。


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2016
07.30

情景 中編

Category: 情景(完)
つくしは鍵穴に鍵を入れることに手こずっていた。
何度も失敗するのは病気のせいだろうかと思わずにはいられない。ようやく鍵を差し込むことができ、ドアを押し開けると客室の中に入った。
テーブルにイブニングバックを置き、広い部屋の奥まで歩いていくと、ベッドの上に腰を下ろした。処方された薬を飲まなくてはいけない。つくしは何種類もの薬を取り出すとミネラルウォーターのキャップを開けた。

夕食は最高グレードのレストラン。
丸テーブルに座るのはつくしと同じ最高クラスの客室に宿泊をする人間だ。
豪華客船でのラブロマンスが有名になったアメリカ映画があったが、今夜のディナーもそれぞれがドレスアップをし、まさにあの映画のような華やかさがあった。
あの映画は最後に悲劇的な結末を迎えてしまったが、この船にはロマンスも悲劇も待ち受けているようには思えなかった。

案内されたテーブルにいたのは皆、年配の夫婦でリタイアしたその後の人生を楽しむイギリス人だった。つくしが自己紹介をしたとき、日本人の若い女性がひとりで船旅をすることに疑問を持ったようだが、理由は聞かれなかった。ただ同じ旅をする人間として、楽しく語らえればそれでよかったのかもしれない。

これから先の船旅で、夕食はいつもこのメンバーになるがそれで良かった。年配の夫婦はつくしを孫ほどの年齢に思っているのかもしれないが、その扱いに不満はない。人生を自分の倍以上の年を生きてきた人たちとの会話は気を張る必要がないほど楽しいものだと思っていた。 ただ、あなたもこの年になれば分かるわよ?と言われたとき、つくしの脳裏を過ったのは年老いた自分の姿ではなかった。

自分の体に起こっている出来事に気持ちの区切りをつけると言うことがなかなか出来ずにいたが、いざ旅が始まってみれば今まで知り合うことが出来なかった人たちとの語らいや、見知らぬ風景がつくしの心を和ませてくれていた。
大海原の上で風と太陽を感じれば今までに起こったことなどちっぽけなことの様に思えてくるのだから不思議だ。今のつくしは大航海時代に水平線の向うには何があるのかと冒険に乗り出した船乗りのような気分でいた。



イギリスを出航して最初の寄港地はニューヨークだ。この街にはひと晩停泊する。
つくしにとっては苦い思い出だけが残る街でいい思い出などひとつもなかった。
会えるはずもないと分かってはいても、どうしても道明寺に会いたくて一度だけこの街を訪れたことがある。
例え会えたとしても振り向いてくれるはずもなく、つくしのことは最初から存在しなかったかのように消されてしまっているというのに、それでも会いたいと望んだ。

待ちわびた人が今も暮らしている街を部屋のバルコニーから眺めていた。
時刻は昼を少し回った時間。遠くに見える摩天楼のどこかに道明寺がいるはずだ。
だが彼はつくしのことを忘れ、今はもう別の人生を歩んでいた。

同じ街、同じ空の下にいるのなら最後にもう一度だけ会いたい。だがそれが無理だと言うことは分かり切ったことだ。今更会ってどうするというのだろう・・もう時間がないのだから何をしても無駄だと気づいてもよさそうなのに、道明寺のことを未だに忘れることが出来ないということがいかに自分の感情が複雑なのかということを再認識しただけだったのかもしれない。

つくしは部屋の中へ戻ると下船の為の準備に取り掛かった。




司はつくしの乗った客船がニューヨークに寄港していることを知るとすぐに行動を開始した。ジェットに乗り込むと、きつく両手を握りしめていた。そうでもしなければ体が震えて仕方が無かった。
牧野があの街にいると知った今、どうしてもあの街で会いたいと思っていたからだ。
帰国した司がつくしのことを調べれば調べるほど、彼女が取った行動は以前彼が知っていたつくしの行動に似ていた。

つくしが会社を自己都合で退職したということ。マンションを売り払い帰るところが無いということ。親友のもとに届いたあまりにもそっけない手紙。唯一の家族である弟に対しての態度。人に迷惑をかけることを嫌う女は雨が降るあの日、司を残しひとりどこかへ去ってしまっていた。

あの時の態度と似ている。

何かある。そう思っていた。

そんな中、偶然知ってしまった牧野の医療記録。

それである意味自分の人生の方向性が決まったと思った。
牧野を失うわけにはいかない。
あの街には牧野を助けることが出来る医者がいる。司はいつでも手術が出来るようにと医者の手配を済ませていた。牧野を助ける為なら幾ら金を積んでも惜しくはない。
アメリカの医療は超一流だが、金もかかる。日本のように国民皆保険制度は無い。あくまでも個人と保険会社との契約だ。それもかなりの条件があり、契約をしていても適用されないことも多い。
ましてや日本人の牧野がアメリカで手術を受けるとなると、費用は莫大なものとなるはずだ。
あいつの命が助かるなら、どんなことでもするつもりだ。
司はどうしてもつくしには生きていて欲しかった。


司の乗ったジェットが空港に着いたのが午後4時。
つくしの乗った客船が出航するのは午後5時。あと1時間しか時間がない。
車は司を乗せると客船ターミナルまでの距離を1時間もかからずに走った。
そろそろ出航時間が迫っているということもあり、大勢の乗船客が船へと戻って来ていた。
客船は乗船客以外乗り込むことが出来ないはずだが、司には司のルールがある。
それにニューヨークは彼の街だ。港湾関係者に便宜を図らせることも出来るのだろう。
いざとなれば出航時刻を遅らせることも可能だ。



司がつくしを見つけたのは、船がもう間もなく出航しようかという時間だった。

「まき・・の・・」
息せき切って走ってきた男は、はあはあと呼吸を繰り返しながらつくしの前に来ると彼女の両肩を掴んだ。
「す、すぐに船を下りろ」

つくしはいきなり自分の前に現れた男に動揺していた。
何年ぶりかに会ったという男はつくしの名前を呼んでいた。

「た、頼むから・・船を・・下りてくれ・・」
息が上がっていた。

つくしは意味が分からなかった。
いきなり目の前に現れた道明寺に下船しろと言われ、はい。わかりましたと言うほどお人よしではない。第一、この男はつくしのことは忘れ去っているはずだ。
そんな状況でなぜ自分の名前が呼ばれたのか困惑していた。

「まきの・・俺・・」
「あの・・どうして・・」

二人の言葉が重なると重い沈黙が流れていた。
司はひと呼吸おくと、言葉を継いだ。

「なんで黙ってた?」
「な・・なんのこと?」

まったく意味が分からなかった。黙るもなにも、もう何年も会っていない男に対して、ましてや自分のことを忘れた男はいったい何を言っているのだろう。

「おまえ、病気なんだろ?」

司の目は真剣だ。つくしの一挙手一投足を見逃すまいとしていた。
瞳の中の動揺も見逃さないぞとばかり覗き込まれていた。

「いったい・・何のこと?」

司の口から出た病気なんだろうと言う問いかけはつくしにとっては驚くべきことだ。
つくしはしらを切った。どうしてこの男が自分の病気のことを知っているのかが不思議だった。誰にも話してもいなし、医療記録が外部に漏れるなどあってはならないことだからだ。
だがこの男は知っているという。何がしかの手を使って手に入れたのか、それとも偶然知ったのか。

「今さら隠さなくても俺は全部知ってる。おまえのことで知らないことなんてない」

そう言い切っていたが、司はつくしを忘れていたという負い目がある。
離れていた間に何があったのかは知らずにいた。

「あ、あたしの何を知ってるって言うのよ・・」
つくしは小さく呟いた。
「あたしは!・・・」
言葉に詰まった。
この男は何をどこまで知っていると言うのだろうか。それにどうしてこの場所に突然現れたのか。つくしの全てを知ると言う男はいったい何がしたいと言うのだろうか。

「なんだよ?言えよ?言ってくれ」司はせっついた。
「何かいいたいことがあるんだろう?」
両肩を掴んだままつくしの顔を覗き込んでいた。

「言うことなんて何もない・・」今さら何を聞きたいというのか。

「医者にはなんて言われたんだ?」
司は先をせっつくばかりだ。
「なあ、牧野。頼むから・・」

その口ぶりから大方のことは知っていると察した。
もうすぐ船はこの街を離れる。道明寺から解放して貰えるなら真実を伝えておくことも悪くはないはずだ。

「・・・あと半年」つくしは目を伏せた。
「あたし・・あと半年なの・・」

肩を掴まれたまま下を向くと、握り合わせた自分の手をじっと見つめていた。
つくしは司の顔を見る勇気がなかった。今彼の顔を見れば自分の心の内の全てが現れていると分かっているからだ。

「まきの・・頼む。俺の目を見てくれ!」
司の声は心から心配そうだ。
「おまえ・・ちゃんと診てもらったのか?」

「診てもらった・・」小さく呟かれた声。

「医学は進歩している。手術を受ければ助かるんだろ?」

まるで懇願しているかのような問いかけは、つくしに向けられたものなのか、それとも司自身への問いかけなのか、司の言葉はどちらにも取れた。

「・・もういいのよ・・どうせあんたはあたしのことを思い出さないままだし、記憶が戻ってないあんたに話しても仕方がないでしょ」

先程からの司の口ぶりに記憶が戻ったんだと分かっていたが、つくしにしてみればもうどうでもいいことだ。

「俺の記憶は戻ったんだ!だから黙ってないできちんと話しをしてくれ!」

やはりそうだったかと納得した。

「別に黙ってるわけじゃない・・道明寺があたしのことを思い出さないのに話しても仕方がないでしょ?」

例え記憶が戻ったとしても、今のつくしには何も言うことはない。

「ちくしょう!なにを・・おまえ・・なに言ってんだ!俺の記憶は戻ってるんだ!そんなことより、これからでも手術出来るんだろ?すれば助かるんだろ?なあ、牧野っ・・」


うつむいていた顔が上を向くと司の顔を見た。

つくしは泣いていた。


「わかってない・・手術しても絶対に助かるとは言えないのよ?それに・・記憶の戻らないあんたを見ているのは辛かったからもういいの・・これから先もあたしを忘れたままなら、手術はしなくてもいいと思った。あんたの記憶にないあたしがいなくなったとしても、あんたが悲しむこともないでしょ?だからもういいのよ・・もう遅いのよ・・どうみょうじ・・いったい・・何しに来たのよ・・」

今まで何度ひとりで涙を流してきたことか。ひとりになって布団の中で涙を浮かべ、嗚咽をこらえたことが何度あったことか。
泣いてどうなるものではないと分かってはいるが、涙は枯れることなく湧いて出て来た。
どうしてこのタイミングでこの男が自分の前に現れたのか・・

どうして・・

記憶が戻らなければあたしのことなんてずっと知らずにいてくれたのに・・
例えすれ違ってもわからなかったあの時のように・・
それなのに今になってあたしの前に現れるなんて・・
あたしになんか会いに来る必要なんて・・ないはずだ。




違う・・


もっと前に道明寺の記憶が戻ってくれていたら・・・
もっと前に道明寺が会いに来てくれたら・・・
あたしは自分自身でなんとかしようとしたかもしれない。

でも、もう無理だ。手遅れだ。

「いい加減にしろ!女が腐ったような泣き方するんじゃねぇよ」
司が鼻先で笑った。
「いったい何をしに来たかだと?そんなもん分かり切ったことじゃねーか。好きな女を迎えに来たんだ。それがわりぃいことか?それに何ぐずぐず考えてるんだ?おまえ本気で泣きたくなるようなことをしてやろうか?俺がついてるんだ絶対に治してやる。世界で一番の医者がこの街にいるんだ。すぐに手術が出来るように今も病院で待ってるんだぞ?」

司の顔には何が何でもつくしに手術を受けさせるという決意があった。

「おまえまさか、手術するのが怖いって言うんじゃねぇよな?」
彼の言葉はつくしの考えを読んだかのようだ。司は穏やかに話しを継いだ。
「なあ、牧野。頼む・・手術を受けてくれ・・なあ・・俺のために・・クソッ!おまえはそんな臆病な女なんかじゃねぇだろ?」

臆病な女・・
そうなのかもしれない。

「臆病かもしれない・・い、今のあたしはあんたの言うとおり、臆病な女かもしれない。もうこれ以上生きて・・」

つくしが言いかけた言葉は彼女を抱きしめた司の胸元でかき消されてしまっていた。
しっかりと抱きしめられ、司の温かさを体で感じている。
それに覚えのあるこの匂い。胸を満たすこの匂いは17歳の頃から変わらない道明寺の匂いだ。
体が震えているのは、はたしてどちらの方なのか。抱きしめられて目を閉じれば、思い出すのはあの頃の情景。記憶の中に残されているのは笑い合っていた二人の姿。
それは決して忘れることがなかったつくしの知っていた司の姿。

自分を忘れ去ってしまった男は本当にもういないのだろうか?
この手を彼の背中に回してもいいのだろうか?

触れ合いたいと願ってやまなかったはずの司の体は、つくしを抱きしめて・・・震えていた。

あのとき、何も起きなければ今日まではどんな日々をおくることが出来たのだろうか。
二人がいる船の上は否応なしにあの事件を思い出させてしまうが、記憶の中の情景は今ではもうあの日のことを消し去っていた。

つくしは司の背中に恐る恐る手を回した。
その瞬間、司が力強くつくしを抱きしめた。
「手術・・受けるよな?」
何も言わないつくしに聞いた。

つくしは司を見上げると小さく頷いた。
「あ、あたし・・」
望んだ答えが聞けた司の行動は早かった。
「よし。いますぐ船を下りて病院に行く」

「え?で、でも・・あ、あたしの荷物とか・・あのね、あたしの全財産はあの部屋に残っているものしかないの・・」

つくしは思い出に残るようなものは何一つ持ってはいないが、ひとつだけ手元に残しているものがある。それは司に貰ったネックレス。あれだけは処分することがなく残していた。

「大丈夫だ。心配するな。おまえの荷物はすぐに船から下ろす」
司はつくしを抱きしめたままで離そうとはしなかった。
以前より細くなった体が震えるのを感じていたからだ。
「牧野?」
「ふ、不安なの・・もし・・手術が成功しなかったら・・」
つくしは小さな声で呟いていた。

それは紛れもない本当の気持だ。脳の手術は高いリスクを伴うと聞いていた。
もしどこかの神経を傷つければ何らかの障害が残る可能性だってある。
それに当然だが開いてみなければ分からないはずだ。


「絶対に成功する。俺が言うんだから間違いない」
司は微笑んでみせたが急に真顔になった。
「それに最悪の状態になったとしても俺はおまえを離さないし、諦めない。ぜってぇに俺がおまえを助けてやる」
次に司の顔に浮かんだのは不適な笑みだ。
「いいか?俺たちは運命には逆らえねぇ。例えおまえが地獄へ逃げようが天国へ行こうがどこまでも追いかけてって俺の傍へ連れ戻してやるよ。おまえのいない人生なんて考えてねぇからな」

この出会いも運命なのか。

どこまでも追いかけていく・・・

それは遠い昔に聞いた言葉。



道明寺と会ったら・・記憶が戻った道明寺と会ったら言いたいことはいっぱいあったはずなのに言葉が出なかった。
だがこのとき抱きしめられた温もりは、きっと忘れることはないはずだ。


例え何が起ころうとこの腕の中にいれば守ってもらえるような、そんな気がしていた。








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2016
07.29

情景 前編

Category: 情景(完)
***********************
お読みになる皆様へ
こちらのお話はある病についての記述があります。
そう言ったお話がお嫌いな方はお控え下さい。
***********************











ごめんね、急な話しだけど旅に出ることにしたの。
また帰ったら連絡するからね。

親友宛てに届いたのはあまりにもそっけない文面の手紙。
そんな短い手紙が届いたのはある夏の晴れた日だった。




つくしが長年の夢だった船旅に出ると決めたのは半年前。
駅前の旅行代理店の店頭に並ぶクルーズ船が表紙となったパンフレットを手に取ったことは今までに何度もあった。憧れていた船旅。
船旅と言っても4カ月ほどで世界一周をするものから、短いもので言えば隣国の街へのものまで色々ある。
その中でつくしが選んだのは4カ月かけて世界一周をする船旅だった。
いくら有給休暇が残っているとはいえ4カ月も休めるはずもなく、つくしは会社を辞めた。

どうしても今行きたかった。

初めての船旅は、イギリスのサウサンプトン港を出航するイギリスが誇る世界で最も有名な豪華客船での船旅だ。
日本からイギリスまで移動し、そこから乗船する。
この船は出航から3ヶ月目には日本の港にも寄港する。豪華客船の一部区間のチケットを購入し日本から次の寄港地となる東南アジアの国までの旅も出来るが、つくしはそうはしなかった。4ヶ月かけて世界一周をしたいと願っていた。

費用は最低クラスの船室で約250万円。最高クラスともなると1000万円近くになる。
こういった船の乗客は夫がリタイアした年配の夫婦が多い。もしくは一部区間だけの利用をする若いカップルだ。
つくしはどちらにも属さないひとり旅。
独身の彼女が自由になるお金と言えば知れているが、最高クラスの船室のチケットを購入していた。

船では客室のグレードによって食事を取るレストランが決まっている。
最高クラスの客室に泊まるつくしは当然ならが最高グレードのレストランでの食事になる。
豪華客船の中の最高グレードのレストラン。当然だがドレスコードがある。
つくしはこの船旅のために衣装を全部新しくそろえた。今までたいしてお金を使うこともなく、地味な生活だったのだからこの船旅で奮発したと言ってもいいのかもしれない。

全財産を使い切ってしまっても構わない。
今のつくしはそう考えていた。
楽しめるときに楽しめばいい。
人生は一度きりだ。

つくしにとっての人生とは。

長い間待ちわびる人がいた。
だがその人はつくしの元に戻ってくることはなかった。
あれからもう何年が経ったのだろう。
いい加減に二人の関係はおしまいになったんだと納得するしかなかった。



本当にこれでおしまいなんだと分かったのは、半年前のことだ。
会社で受けた健康診断の結果、再検査を受けなさいとの文面が届いたとき、何かの間違いだと思っていた。最近なんとなく感じていたのは、眼が疲れやすく頭痛がするということだ。
単なる仕事のし過ぎで、パソコンの画面を長く見過ぎたせいだろうと思っていた。
再検査を受けなさいと言われたという話しはよく聞くが、検査を受け何も問題がないとわかることもよくある話しだ。

会社は再検査の結果までは知りたがらない。
つくしひとりにもたらされた再検査の結果はあまり芳しいものではなかった。
家族は弟がひとり。それも海外に暮らしていて連絡を取ることはなかった。
この結果を伝えていいものかどうかを考えたが、結局伝えないことにした。もう長い間弟には会っていないし、海外で仕事をしている弟にいらぬ心配をかけたくはない。
彼女は昔から自立心が旺盛な子供だった。人に頼ることが苦手な子供。人に迷惑をかけることに心苦しさを覚える子供。そんな彼女が選択したのは、誰にも真実を伝えることはしないということだ。

人生は短い。そう感じていても不思議はない。どうして自分がこんな運命をたどらなくてはならないのか。今まで何度考えただろう。
人は人生の途中で幾度か過去を振り返ることがある。彼女は数少ない思い出を頭の中に思い描くことで幸せだった時を噛みしめていた。



7年前に一度だけあの人に会った。
ホテルのロビーですれ違いざまに視線を交わしただけで、口を利く事はなかった。
視線を交わしたというよりも、何の興味も映していない瞳が向けられただけだった。
男の記憶は戻ることがなく、つくしのことは忘却の彼方へと捨て去られてしまったようで、あの日を境に彼の口から二度と彼女の名前が出ることはなかった。

もういい。
それでもいい。

今さら思い出されても、もうどうにもならないとわかってしまったのだから。
人生とはどうしてこんなに苛酷なのかと考えずにはいられなかった。


「 脳に腫瘍があります 」


医師から告げられた言葉につくしは息を呑んだ。
最近頭痛が激しくなっていたのはそのせいだったのかと納得していた。
手術すれば助かるはずです。医師からはそう言われた。
ただ・・・
大変難しい場所に腫瘍が出来ていますがその道の専門医に見てもらうことをお勧めします。
紹介状を書きますので、ぜひそちらを受診して下さい。医師はその場で紹介状を作成すると
なるべく早く行って下さいの言葉とともに彼女に手渡してきた。
普段ならどのくらい待たされるのか知らないが、彼女が受診することが出来たのは紹介状が出てすぐのことだ。
ああ・・。そんなに急ぐということは、自分の病気は相当悪いんだなと気づかされた。

診断結果は脳腫瘍。
再検査を受けた時と同じことを言われた。
聞かなければならないことはただひとつだけだ。

「長くてもあと1年の命でしょう。大変難しい場所に出来ています。手術をするとなれば、かなり高度な技術を必要とします。アメリカにこうした分野を得意とする医師がいますが・・・」

耳に入る言葉は頭の中から消えていった。

1年の命・・・

その言葉をどう受け取ればいいのだろうか。
あと1年なのか、まだ1年なのか。
どちらにしても彼女の命は期限がつけられてしまっていた。
1年の間に何が出来る?

神様はどうしてこんな運命を彼女にお与えになられたのだろうか。

彼女が過去に何かしたことへの報いを受けているというのだろうか。

期限があるというのだから仕方がない。
迷い考える時間は残されてはいないはずだ。
自分の残りの人生をいかに有意義に過ごすのかということが彼女の課題となっていた。
思い立ったつくしはすぐに行動に移していた。

全ての財産を処分して現金に換えた。その中には住んでいたマンションも含まれていた。
そのお金で自分に出来ることを選択した。その選択はまちがってはいないはずだ。
数ヶ月かけて船の旅に出る。その旅の途中で命が尽きるならそれでよかった。
船旅では船長の権限で水葬にされることがあると聞いていた。長い船旅で遺体の搬送が困難な場合に限られるがつくしもそうして欲しいと望んでいた。
もしそれが駄目なら遠い異国の地で荼毘に付してくれたらいい。その遺灰を海へと撒いて欲しい。そうすれば誰も自分を忍んで泣くことはないはずだから。
帰る場所のないあたしにはそうして貰えるほうが有難かった。

船旅が人生の最後の場となっても構わなかった。







***








司はいつの頃からか激しい頭痛に見舞われるようになっていた。
医者に見せても何も問題はないという。おそらくストレスによるものだろうとしか返されなかった。だが不意にパニックに襲われそうになることがある。ぐっしょりと汗をかき、目覚めることが幾度となくあった。眠れない夜が続き、体中の神経がぴりぴりとして心が休まることがない。いったい俺はどうしたというのか。
このままでは頭がどうかしてしまうのではないだろうか。

だがその疑問はある日突然解けることになった。

記憶が回復するということは、ある日突然起きるものだとは聞いてはいたが、司にとってはどうして今なのかということだけだった。

執務室で柔らかなレザーの椅子に腰かけ書類に目を通していた。その時、突然頭を過ったのはにこやかな笑顔で自分を見つめる少女の姿。
意識しなくても口をついて出た言葉は記憶の中に埋め込まれていた名前。
牧野つくしの名前だった。

呻き声を抑えることは出来なかった。人が見れば何らかのショックに見舞われたということがはっきりと分かる面持ちだったはずだ。万年筆を持つ右手が小刻みに震えていたが、やがてその手はペンを持つ力さえ失ったようだ。
司の手を離れた万年筆は床に転がった。瞬間、彼はデスクに両肘をつくと両手で顔を覆っていた。


俺には今とは別の人生があったはずだ。

まきの・・


司は目を閉じた。

心のどこかに常にあったはずの名前を口にすれば瞼の裏に甦るのは黒髪の少女の姿。
頭の痛みは去ったが心の痛みだけはそれ以上の痛みとなって司の心を苛んだ。
未来永劫一緒にいようと誓ったはずの女性を忘れ去っていたと罪の意識に苛まれた。

まきの・・どうしてあいつはここにいない?

どうして・・それは自分が残忍なやり方であいつを排除したせいだ。あんな女なんて知らないと蹴り出したのは自分だった。

だが苦悩している時間があるのなら、あいつの身を探すことがまず先だ。
司はぱっと目を見開くと、デスクのうえの受話器を掴んだ。
アメリカ大陸の東から太平洋を挟んだ向うにある国へと向かう準備を整えようとしていた。



ニューヨークからすぐに帰国した司はつくしの行方を捜した。
だが、誰も牧野のことを知らなかった。勤務先はすぐにわかったが、すでに退職していた。
退職理由は自己都合と書いてあったということだった。
かつて彼が知っていたつくしの親友も行先は分からないが旅に出るとだけ連絡があったと伝えてきた。
また帰ったら連絡するから、としか聞いてないというつくしの親友。
自宅を調べれば、売却されていたことがわかった。
不動産屋によれば売主から出来るだけ早く売って欲しいと頼まれていたそうだ。
買い手との値段が折り合わない場合は、値引きにも応じるので出来るだけ早くと言われたと言っていた。それが意味することは現金が欲しいということだろう。
あいつの家族は弟しかいないということと何か関係があるのかと訝ったが、海外で働く弟も姉がマンションを売り払い、旅に出たことは知らずにいた。
誰にも行先を告げることなく忽然と姿を消した牧野。
だが、不動産屋のひと言が彼の疑問を解決した。

「牧野さんは船旅が夢だといっていましたよ」


世界の海にどのくらいクルージングを楽しめる客船が就航しているのか。
調べるのに手間はかからなかった。
その中から牧野つくしという名前を探すことも司にしてみれば容易いことだった。








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2016
07.27

金持ちの御曹司~想う気持ち~

濃紺のスラックスを履き、白いワイシャツの袖を途中までめくり上げたとんでもなくハンサムな男。それが俺、道明寺司だ。
左手首には品のいい腕時計をはめ、右手の指先で煙草を持ち、黄昏た表情で窓の外を眺める。
まるでどこかのコマーシャルにでも出て来そうな光景だろ?

そんな俺は禁断症状に苦しんでる。
欲求不満でムラムラしてる。
お預けくらって死んでしまいそうだ。

司は執務デスクで片肘をつくとパソコンの画面を眺めていた。
仕事に集中が出来ない。
目の前に並ぶ数字がまるで記号のようにしか見えねぇ。
他人の二手先を読まなきゃなんねぇってのにこの体たらくの状況には正直まいってる。
沈着冷静、鋭い刃のごとく切れる頭脳と呼ばれている俺の頭の中は何かの病に侵されているのかもしれない。

そうだ。
この1週間射精してない。
恐らくそのせいだろう。
たまりにたまった精液が脳に影響を与え始めているに違いない。
念の為に言っとくが俺にとって仕事は牧野と同じくらい大切だ。
仕事をきちんとこなしてるからこそ、牧野は俺のことを尊敬してくれる。
仕事は確かに大変だ。世界情勢の変化に機敏に対応することが経営者には求められる。
日々のストレスは相当なものだと思ってくれ。
そんな俺が発狂しないでいれるのは、牧野がいつも傍にいてくれるからで、あいつがいなきゃ俺はとっくに発狂してる。

だから仕事をきちんとこなすためには、牧野が必要だ。
幸い牧野はうちの会社で働いているから会おうと思えばいつでも会える。
と、いうわけで禁断症状が最高潮に達するまえにどうしてもあいつに会わなければならない。
俺がこんな体たらくな状況でいるのが許されるわけねぇ。
これはいわば社としての業務命令だ。

今の俺が求めているもの。
それは長時間におよぶ牧野との激しいセックスだ。

クソッ!

司はズボンの上からムスコをなだめた。
最近の俺はどうやら妄想ばかりが膨らむ毎日で、ムスコも膨らみっぱなしだ。
そんな日があまりにも長く続くと体に支障をきたす。
こんな切羽詰まった気分に追い込まれたのは、たまりにたまった欲求を吐き出すことが出来ないからだ。この状況をなんとなしないことには俺の体が持ちそうにない。

だいたい男って生き物はペニスの目的を達成するために行動していることが多い。
だからって俺の理性がムスコに乗っ取られたってことは一度もないはずだ。
こう見えても俺は紳士だ。いやがる牧野を襲ったことはないはずだ。

なんで右手を使わないかって聞きたいってのはよく分かってる。
それには理由がある。
俺は自分に罰を与えた。
俺がとった愚かな行為に対しての罰として自分で自分を解放することはしてない。
牧野が欲しくてたまらないのは今に始まったことじゃねぇけど、今の俺はどうすればいいのかそればかりだ。


まきの・・
ごめん。許してくれ・・
あんときの俺はどうかしていた。

理不尽な理由であいつを・・・

クソッ!

出来るなら自分で自分の頭を蹴り飛ばしてやりたいくらいだ。
罪の意識がある俺は、牧野が許してくれるまで右手は封印した。


司は受話器を取り上げると今ではすっかり覚えている内線番号を押した。

「海外事業本部牧野です」
明るい声が聞えた。
「まきの・・」
カチャリ。
クソッ!まあいい。
もう一度電話した。
「はい」
「ま、まきのか?」
カチャリ。
クソッ!!簡単にあきらめると思うなよ?
司は再び電話した。
「牧野。切るなよ?今度切ったらそこまで行くからな!」
「あ、あの牧野さんは席を外していますが・・」
男の声が司の耳に届いた。
「てめぇ誰だ!牧野はどこに行った!」
「お、おそらくお昼休みなので食事に出かけたのではないかと」
司は受話器を叩きつけると執務室を飛び出した。

1週間前にケンカをして以来話しをしてなかった。
ああ。俺が悪いんだ。俺の心が狭かったんだ。
分かっている。俺の行動があいつを傷つけたことは十分承知している。
まさかとは思うが、あいつ・・俺と別れるだなんてこと言わねぇよな?
この俺様が捨てられるなんてことがあるのか?
想像すらしたことがないが、あるかもしんねぇ・・・






司はつくしが研修に申し込み、1週間海外に行くことに反対した。
ほんの1週間の話しだというのに大反対をされ、つくしはかっとなって言葉を返してしまっていた。売り言葉に買い言葉で些細な口論となっていた。

だがどうしても行きたいと請われ、しぶしぶ認めたが自分に何の相談もなく決めたことに腹が立った。恐らく司に言えば止められるとわかっていたからだろう。
司の独占欲は尋常ではないからだ。司にしてもそれは自分でも分かっていることだが、原始的なところで求めてしまうのだからどうしようもなかった。
男が元来持っているはずの粗野な肉体的行為が現れてしまうのは、独占欲の強さの表れなのだろう。
その夜はいつもにはない激しさでつくしを抱いていた。



司が乳首に歯をたてて吸うと先端が尖った。
部屋に満ちている音は男女の喘ぐ声とどちらが立てているか分からない水音だ。
ピチャピチャと猫が皿からミルクを飲むような音を立てていたのは男の方だ。

「おまえ、なんで俺のいうことが聞けねぇんだ?」

研修に行ってもいいと言ったがそれでも聞いていた。
自分の所有している女が歯向かったことが気に食わないというのだろうか?
司はつくしを煽った。煽って何も考えることなんて出来なくさせてやると決めていた。
シルクのような肌触りを持つ女に虜になったのは彼が17歳の頃だ。
それ以来、彼女は彼の女だ。
好きで好きでたまらなかったあの頃、どうしても手に入れたくてたまらなかった女。
この世で彼女だけが傍にいればそれでいいと願い手に入れたいとしい女だ。

「・・やっ・・・はっ・・・だめっ・・」

「何がだめだって?おまえのここはだめなんで言ってねぇけど?」

司はつくしの蜜壺に指をつけ、人差し指と中指でVサインを作ると糸がひかれる様を見せつけた。

「こんなになってるのにだめなんか?」

彼女の存在は水や食べ物と同じで司にとっては欠かせない存在。
つくし無では生きていけないとわかっていた。そんなつくしが自分に何の相談もなく海外研修に参加することが何故だか許せなかった。

「うまそうだ・・」

粘液をまとった指先は生々しく光っている。
司は口に含んでみせるとゆっくりと引き出した。
まるで舌なめずりをしている様で、目つきは肉食獣が捕らえた獲物を喰い散らかそうとしているかのようだ。

「随分と困ったことしてくれたじゃねぇかよ?」

脅しとも取れるような言い方につくしは戸惑った。
困ったことと言われてもつくしは困っていないのだから、どう返事をしたらいいのか分からなかった。会社の研修で1週間ロンドンに行くことがそんなに不満だというのだろうか。道明寺という男が急に了見が狭い男に思えてしまっていた。

「誰がロンドン行きを許可したんだ?」

司の手はゆっくりとつくしの首筋を撫でた。首の動脈がぴくぴくとしている様が見て取れたが、指先の力加減が出来ているだろうかなど考える余裕はなかった。

「そいつ、どこのどいつだ?」

つくしの腿のあいだに自分の腿を押し入れると頭をかがめ、硬く尖った乳首を口に含んだ。
赤い実は舌と歯で転がされては息を吹きかけられ、より硬く尖っていた。
舌で先端の周りを舐め回すと、すすり泣く声が漏れていた。
まるで罰を与えるかのような責め苦。
つくしの体に触れる男の体は熱く、怒りの炎までをその身に纏っているかのようだ。

「ど、どうみょうじ・・」

肩に触れられ、潤んだ瞳で見つめ返されたとき、つくしが勝手に決めたことに対して許してやろうかという気も起きたが、何故ロンドン行きを自分に言わなかったんだというわだかまった思いが彼からいつもの優しさを奪ってしまっていた。

理性などとっくに無くしていた。

司はつくしの脚を肩にかけると大きな亀頭で貫いていた。





***





部屋の中でのかすかな音が司の耳に届いた。

「まき・・の・・?」

司はぱっと目を見開いた。

まだ明け方の早い時間につくしはベッドを抜け出すと素早く服を身に着けていた。
自分を呼ぶ声にぎょっとして司を振り返って見たが、ドアに向かって駆け出した。

「ま、まて、まきの・・」

司は慌てた。
何しろ裸の状態だ。このまま出て行くわけにはいかない。
彼は慌ててジーンズを掴んで履いた。

クソッ。

すっ裸でジーンズなんか履いたばかりにジッパーのギザギザした部分がムスコに食いこんでんじゃねぇかと心配になるが、今の俺はそれどころじゃねぇ!

「ま、まきの・・待て!」

司はどんなことをしてでもつくしを捕まえるつもりだ。

つくしは玄関ドアのところで振り返ると

「道明寺なんか大キライ!」と叫んで駆け出した。

つくしの放ったひと言にムスコはショックを受けたようにびくっとした。
司はつくしを追って部屋を飛び出したがその姿は既に見当たらなかった。

ちくしょう!

昔っからだけど、なんであいつはこんなに逃げ足が速いんだよ!
おまえは陸上選手か?オリンピックにでも出るつもりなのか?
おまえの100メートルの記録はオリンピック選手並なのか?
まさか日本人初の9秒台を狙ってるわけじゃねぇよな?

昨夜ことが終わったあと、つくしの口から聞かされたのはロンドン研修を受けることで司がイギリスでどんな仕事をしているのかが分かるかと思ったからだと聞かされた。

あいつ、まだロンドンには行ったことがなかったからな。
この前俺が出張した時も呼ばず仕舞いに終わってたよな。
司はその時点で自分がどれだけつくしの思いをわかってやれなかったのかと深く後悔していた。俺は大失敗をやらかした。それは疑う余地もない事実だ。



***




これが1週間前に二人の間に起きた事の顛末だ。

司は執務室を飛び出したが、つくしがどこに行くかだなんてことは分かっていた。
可能性があると言えばあの場所だ。昼休みに行くといえば決まっている。
エレベーターに乗っている間に考えたのは、これからなんと言ってあいつに詫びを入れようかということだ。磨き抜かれたロビーを走り抜けて行く俺を社の人間は驚いた様子で見ていたが、そんなことはこの際どうでもいいことだ。

あいつの定番の店。
社食もあるが、営業外回りのあいつがよく行くのは社の近くのそば屋だ。
暖簾をくぐり、ガラリと扉を開けて入ればうつむいてそばをすすっている女がひとり。
この際、周りがどう思おうと関係ない勢いで声をかけようかと思ったが、それじゃあ牧野が嫌がることはわかっていた。

「偶然ですね。海外事業本部の牧野さん」

その声に顔を上げた牧野。
二人の目があったがつくしはむっとした表情だ。

「道明寺支社長がこんなそば屋にお越しになるなんてどういう風の吹き回しでしょうか?」
「そばが食べたくなったんです。相席よろしいですか?」

相席もなにも周りの席はいくらでも空いているがそんなことは関係ない。
司は向かいの席に腰を下ろした。

「牧野さんは何を召し上がっているんですか?」
「見ての通りの天ぷらそばです」
見てわかんねぇから聞いてんだろうが!の言葉はグッと呑み込んだ。
「では、わたしもそれをいただきましょう」
「ここ、食券を買うんです」

にやりと笑う牧野。

なに自慢げな顔してんだよ?俺だって食券くれぇ買えるぞ!
そうは言っても司が券売機を使ったことは過去には無かったはずだ。
道明寺ホールディングスの支社長がそば屋の券売機の前で固まる姿はレアものだろうけど
後ろに連なる人の列につくしは仕方がなく立ち上がった。

「あのね、ここにお金を入れて。それからこれ、このボタンを押すの。そうするとお釣りと券が出て来るから、それを持ってテーブルに座るの」
てきぱきと指示をされ大人しく席に着くとすぐに天ぷらそばが出て来たのはさすがサラリーマン相手のそば屋だ。
「これ、やる」
と言ってエビの天ぷらを箸でつくしの器に移して来た。
司にしてみれば、エビの天ぷらにはほど遠い基準のものなのかもしれないが、つくしにしてみれば十分立派なエビだ。
「なあ、まきの・・」
と、小声で呟いたあとに悪かった。と言葉が聞えた。
まさか、このエビが和解のしるしだとでも言うのだろうか?
「エビが喰いたいならいくらでも食わしてやる」
「そうですか。さぞやロンドンにはエビが沢山いるんでしょうね?」
嫌味たっぷりに言われた司は当然だとばかりに頷いた。
「ロンドンだろうが、ニューヨークだろうがおまえが行きたいところで研修を受けたらいい。あの時は俺が・・」
さすがに周りの目が気になるのかつくしは口を挟んだ。
「あ、あの。支社長・・わたしは、道明寺支社長のお役に立てるなら・・どこでもいいんです」

つくしは暫く司の目をじっと見つめていた。
司はつくしの瞳の中に何かを探していた。怒りでもいい、哀しみでもいい、もちろん悦びに溢れた瞳に会いたいという思いはあるが、自分が犯してしまった罪のようなものを感じている司は、強い瞳に戸惑ってしまった。
いったい何を言われるのかと内心気が気ではなかった。まさか別れようだなんてことを言われるのかと思うと目の前のそばは邪魔でしかない。

「牧野、俺は・・」
つくしは司の言葉をさえぎった。
「道明寺・・・道明寺ホールディングスがロンドンでどんな仕事をしているのか勉強させて下さい」
つくしは頭を下げていた。









司にしてみれば、つくしの気持をわかってやれなかった自分が不甲斐ないという思いがしていた。愛する女が自分の仕事を理解しようとしているのに、変な感情が渦巻いてしまったことを反省していた。
道徳観念が人一倍強い女は仕事も真面目に考えてる。
もちろん恋愛も、結婚もそのはずだ。
だからこいつは俺とのことを考えてロンドンへ行くことにしたんだろ?
そうだよな・・
エビで鯛を釣るわけじゃねーけど、こんなエビで牧野が釣れるならエビなんかいくらでも食わしてやる。

「ま、まきの・・」
「道明寺・・支社長・・おそば、のびますよ?」
「あ?ああ。そうだな・・食わねぇとな・・」
「そうですよ?残したりしたらもったいないですからね?」
語尾がきつく感じられた。



あれから二人でたいして美味くもねぇそばを食べて社まで戻ることにした。
途中、司は聞いた。
「なあ、これから散歩にでもいかねぇか?」
「はぁ?なんで散歩?」
「いや、別に深い意味はねぇけどな」
「仕事よ、仕事!昼からも頑張って仕事するんだから」

笑いながらの言葉にどうやら自分のことを許してくれたらしいとわかったとき、司は正直ホッと胸をなで下ろしていた。
司はそのあと、つくしの口から語られた言葉に顔がにやけていた。

「ロンドンだけどね・・」
「もし道明寺も・・出張で行けるなら・・あの一緒に・・あっちの公園でも散歩しない?  ほら、イギリス人って散歩が好きだっていうし、朝のハイドパークとか散歩にうってつけなんでしょ?」

ロンドン市民の憩いの場の公園は、ニューヨークのセントラルパークと同様の巨大な都市型公園だ。確かにそこは朝の散歩にはうってつけだ。

と、いうことは、だ。
同じホテルの同じ部屋ってことだな?

司はすぐにスケジュールを組み直すことに決めた。
どんなことをしてでもつくしがロンドン研修に行く日に自分もロンドン入りすることを決意した。
西田に言って何がなんでもスケジュールを変えさせてやる。
これからの俺の行動は、あらゆる行為は、全てがロンドン行を達成させるために進められることになる。

司はつくしを抱きしめた。
この際この場所が公道でも構わなかった。
司は上を向いたつくしの唇にキスをした。
いいことを教えてやろうか?
このキスは俺たちの仲直りのキスだ。
反省すべきは俺の方だが、そんな俺を暖かく迎え入れてくれるのはやっぱり愛されてるってことだろ?



心地よく合わされた唇に、語る言葉は必要なかった。







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2016
07.25

大人の恋には嘘がある~番外編~

女性との真剣なつき合いを、女性と恋に落ちることを避けてきたという男は、愛する女性と結婚してからは家を空けることを極端に嫌がるようになっていた。
出張するのは仕方がないとしても、極力自宅に帰って愛妻の作った食事を食べたがる。
今では世間の誰もが認める存在となった道明寺夫妻。
二人の相性は完璧で、まるで二枚貝の片割れがもう片方を探し求めていたかのようにピッタリだ。
そんな夫妻の夫に付き従う男は常に冷静だ。

「奥様は逃げも隠れもいたしませんから、いい加減仕事に集中して下さい。お子様はまだお生まれになりません。そのように頻繁にご自宅へお電話されても奥様がご迷惑です。それにそんなに追いかけ回されては奥様が嫌がると思います」

司の顎がぴくりと動いた。

西田の言葉はまさに図星だったのだろう。
どこへ行くにも、何をするにもつくしと一緒がいいとばかりに世話を妬く夫は心配性だった。
まさかという思いだが、結婚するまでの道明寺司と言えば、結婚には一切興味を持たず、女性との付き合いも後腐れなく済ませるような男で、司が第一に考えていることは仕事を成し遂げることだったはずだ。彼の黒い瞳は鋭く、相手の考えなどお見通しだと言わんばかりの態度でライバル会社を蹴落として来た男だ。


それがだ。


「この部屋には愛が感じられない」

西田はその言葉に上司にあたる司を凝視してしまった。
司は黒いピンストライプのスーツに身を包み執務デスクへと斜めに体を預けている。
胸の前で腕を組み、何が気に入らないのかむっとしていた。

「職場に愛が必要なのでしょうか?」
「西田。おまえはわかってない」

いったい何がわかっていないのか。
長年仕えて来たとはいえ、結婚してからの上司の変貌ぶりには驚くほどだ。

「支社長、いえ司さま。いくらゴネても今日の会食には必ずご出席下さい。これまでも何度となくすっぽかされているのですから今夜は必ずご出席をいただきませんと。それに愛が感じられないとおっしゃいますが、パソコンの壁紙は奥様でいらっしゃいますよね」

司のデスクに置かれたノートパソコンの壁紙は愛する妻の画像が設定されていた。

「わりぃかよ?」司は西田を睨みつけた。

「別に悪いとは思いませんが画面を見ながらにやつくのは止めて頂きたい。いいですか?それにメールでの愛の語らいは止めていただきませんと業務に差しさわります」

「な、なんでおまえがそんなこと知ってんだよ!」

「お傍で見ていれば分かります。会議中に画面を見ながらにやつくのは止めて頂きませんと社員が変に思います」

「べ、別に社員に迷惑かけてるわけじゃねーんだからいいじゃねえかよ」

「それに迷惑なのは奥様だと思います。四六時中ところ構わずなのですからお可哀想です」






***






今夜は会食で遅くなると聞いていたつくしは、バスルームの中でシャワーを浴びていた。
司は自分の行動の全てをつくしに伝えてこようとする。
それは結婚する前におまえには嘘をつかないと言ったこととどうやら関係があるようだった。自分の所在をきちんと明かしておくことでつくしに対してなんらやましいことなんて無いと言いたかったのかもしれない。



司はバスルームの外に立つと中の様子を窺っていた。

つくしに見つかんねぇようにしねえぇと・・

会食をさっさと済ませた司はペントハウスへと戻っていた。
司はつくしに気づかれることなく見ていたかったが同時に心配もしていた。
ひとりでシャワーを浴びるなんてことして、濡れた床で滑って転んじまったらどうするんだよ・・
勝手なことしやがって。
とは言っても手を出すとあいつ怒るからな・・

そっと扉を押し入ればつくしはシャワーブースの中にいた。
透明なガラスの中、胸に湯を浴びている様子が丸見えだ。
子どもを宿してからのつくしの胸は以前に比べて大きくなっていた。
あの胸も今は俺だけのモノだが、チビが生まれたらそいつのモノになっちまうってのが残念で仕方ねぇ・・やっぱり両方ともガキのモンになるのか?

クソッ!

司はバスルームのドアにもたれ腕組みをすると、つくしがひとりで体を洗っているところを見るしかなかった。
シャワーの熱でピンク色に染まった肌、そこを流れ落ちる泡・・
あの泡になってつくしの体を包み込みてぇ・・

中に入って一緒にシャワーを浴びたい。
いや、浴びるだけじゃダメだ。
濡れた体のあちこちを洗ってやりてぇ。
特に脚のあいだとか今のあいつの体じゃ洗える状態じゃねぇよな?

司は着ていたスーツを脱ぎ捨てるとシャワーブースの扉を開けた。
触りたくて仕方がない女が目の前にいると思ったら、いてもたってもいられなくなった司は妻の背後に手を伸ばそうとした。
つくしは司に気づくと驚いて悲鳴をあげた。

「つ、つかさ?な、なによ?急にびっくりするじゃない!」
「わりぃ。別に驚かすつもりはなかったんだけどな」
「い、いつ帰ったの?」
「ああ?ついさっきだ」

嘘だ。もう随分と前に帰って妻がシャワーを浴びている様子を見ていた。

「おまえの体、洗ってやるよ」

壁のスペースに置かれていたスポンジを手に取った。

「え?もう洗ったんだけど・・」
「嘘つけ。洗えてねぇところがまだあるだろうが。手が届かねぇところは俺が手伝ってやる」

司はシャワーブースの壁につくしの背中をつけさせると、丸く前に出たお腹へと手を這わせた。

「随分とデカくなったよな?」

大きく丸いボールが入ったような状態のつくしのお腹が愛おしい。
司は床に膝をつくとつくしのお腹にくちづけをした。その瞬間内側からの動きを感じていた。

「チビが暴れてるぞ?」驚いた様子でつくしを見上げた。
「パパがキスしてくれたから嬉しかったんじゃない?」
「そうか?」
「そうよ」

司の目的は妻の体を楽しむことだったが、今はもうそんなことより、お腹の中で暴れまわっている我が子の動きを思うと目を細めていた。





そんな司は妻が自分に背を向けて寝る事が嫌だという。
眠りに落ちる瞬間まで妻の顔を見つめながら眠りにつきたいというほどだ。

「つくし、こっち向いて寝てくれ」

「だ、だってこっちを下にして寝る方が寝やすいんだもの・・」

つくしにしてみれば、大きなお腹に負担がかからないようにと自分にあった寝方だったが、それが司に背中を向けてしまうのだから仕方がない。

「くそっ。なら今日から寝る場所を交換する。そうすりゃあ俺の方を向いて眠るよな?」

司はベッドから出るとつくしが寝ている反対側へと体を横たえた。

「夫に背中を向けて寝るだなんて、おまえは俺のことを愛してないのか?」

「あ、愛してるわよ?ただ、こっちに向いた方が寝やすいからで、つかさのことが嫌いになったとかそんなんじゃないから」

そんな会話など無意味なものだとわかっていても、互いの愛を確かめたいとばかりに交わされる決まり事のようなものだった。
大きなお腹を挟んで見つめ合いながら眠りたい。ただそれだけの思いだ。






二人の愛の結晶は、つくしが産気づいてから間もなく生まれた。

はじめての子どもは男の子で黒い瞳に黒い髪の毛。もちろん癖のある髪の毛だ。
小さな口で一生懸命につくしの乳首をしゃぶる姿はまるで余多ある聖母子像の絵画のようだ。司は授乳している妻の背後に静かに立った。我が子が妻の胸から懸命に乳を飲む姿を見下ろしながら、いろいろな思いが頭を過っていた。

それは生命の神秘。

自分たち二人の命を受け継ぐ子どもがいるという誇らしさだ。

男の子は父親の気配に気づいたのか黒い瞳で父親の姿を探し始めた。
司の姿はつくしに隠れて見えはしないが、いつも香るおなじみの香りが父親の存在がそこにあるということを示していたのだろう。

「坊主は元気か?」

「つ、つかさ、坊主ってなによ?ちゃんと名前で呼んであげてよね?」

「ふん。つくしの胸しゃぶってるうちは坊主じゃねぇか。おい坊主。今はおまえにつくしを貸してるだけだからな!早く大人になってつくしを返せ!」

「もうっ。司。自分の息子にやきもち焼いてどうするのよ?」

そうは言っても二人とも我が子がかわいくて仕方がないと言ったようだ。

「かしてみろ」

司はまだ慣れないとはいえ、息子を抱き上げると肩に預けるようにして背中をトントンと叩いた。その拍子に口から少しだけ白い液体が漏れたようだが気にはしなかった。

「あっ、ごめんね。司の背広に出しちゃったね」

「そんなもん気になんてしてねぇよ」

子どもを抱き背中を優しくさする大きな手。
その大きな手にそっと添えられたのは、いつも司の手を優しく包んでくれる小さな手だ。

「こいつ、あとどれくれぇおまえの胸をしゃぶってるんだろうな?」

「し、知らないわよ。そんなこと」

この子がつくしの胸を司に返す頃には次の子どもがお腹の中にいるはずだ。
それは二人とも望んでいることで互いに口にしなくてもわかっていた。

つくしは司が息子を抱いている姿をしばらく見ていたが、近くのテーブルに置かれていた携帯電話を手に取っていた。

「つかさ、こっち向いて!」

振り向いた瞬間、一枚の写真が写された。

我が子を抱く愛しい人と自分たちの息子を写した一枚の写真。

その写真はこれから先ずっと彼らの寝室の写真たてに飾られることになるはずだ。




道明寺夫妻にとってのはじめての子どもは、父親の腕の中でほほ笑んでいるように見えた。






< 完 >

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Comment:13
2016
07.24

御礼とお知らせ

皆様こんにちは。

いつも当サイトへのご訪問をありがとうございます。
本日は、御礼と今後の予定のお知らせとなります。

「大人の恋には嘘がある」も完結し、とりあえずほっとしているというのが正直なところでしょうか。書き手としては完結させることを目標にしておりますので、早く終えたいという気持ちもありましたが、終わって寂しいなと言う思いもあります。
お読み下さった皆様には沢山のお心遣いをいただき、ありがとうございました。
拍手を頂く、またコメントを頂くということが大変な励みになっておりました。
今はただ、脱力感に見舞われています(笑)と、いう訳で本日の「金持ちの御曹司」はお休みです。日曜日はなに気に御曹司の日になってしまっていますね?(笑)エロ妄想坊ちゃんを楽しみにして頂いている皆様、ごめんなさい。(え?楽しみにしてない?笑)

さて、今後の予定ですが、今月末までゆる~く更新となります。ゆる~くですので、短編か「金持ちの御曹司」となりますがお読み頂けると幸いです。
丁度連載が終わったのと同時に実生活の忙しさも重なる時ですので、そちらを優先させて頂きたいと思います。

当サイトをお読み頂いている皆様はこんな司でもいいよ。という方々だと思いますが
今後もこんな感じです(笑)アカシアはいい大人ですので大人の司くんしか書けません。
また、当サイトは原作とは全く関係のないお話が殆どとなっております。
大人のカッコいい彼が好きです。そしてもちろんつくしちゃんひと筋と言う彼が好きです。
ひたすらつくしちゃんを追い求めて、恋焦がれる。そんな二人が好きでございます。
恐らく8月からのお話もそんな感じですので、それでもいいよ!という心の広い読者様、その節はまたどうぞお越しくださいませ。

さて、おかげ様で当サイトも8月で1周年を迎えることとなりました。
うっかり勢いだけではじめてしまいましたが、早いもので1年となります。
せっかくの節目なのですが、皆様には何のおもてなしも出来ないという状況で申し訳ございません。逆にいつも皆様のあたたかい応援に力を頂いております。ありがとうございます。

今後のお話についてですが、甘い感じの恋愛ストーリーか苦い感じの恋愛ストーリーのどちらかと考えています。
今回ラストは甘い感じで終わりましたが甘すぎたでしょうか?頂いたコメントの殆どに甘い!の声が多かったのですが、甘々つかさクンだめですか?え?イメージが違う?(笑)
妻を溺愛する夫つかさです。そんな彼はこれから生まれてくる赤ちゃんも溺愛してくれることと思います。番外編でそんなお話をご披露出来たらと思っています。
が、アカシアは甘いお話を書くことが苦手です。挑戦してみたい気持ちもあるのですが、甘さ加減が分かりません(笑)

こんな感じのつかつくサイトではございますが、今後もどうぞよろしくお願いいたします。
それでは皆様、本日がよい一日でありますように。
素敵な休日をお過ごし下さいませ。



andante*アンダンテ*
   アカシア

コメントの返信は本日中にさせて頂きますのでもう少々お待ち下さいませ。

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Comment:18
2016
07.23

イベント開催のご案内

皆様こんにちは。
いつもご訪問いただきありがとうございます。
暦の上では一番暑いと言われる大暑を迎えましたが、ここ数日の日本列島は、東と西とでは寒暖の差が激しいようです。
お住まいの地域によっては本格的な夏はこれからというところも多いかと思いますが、皆様方におかれましてはいかがお過ごしでしょうか?

「大人の恋には嘘がある」は最終話となりましたがお楽しみ頂けましたでしょうか?
いつも沢山の拍手応援、コメントをいただきありがとうございました。取り急ぎとなりますが御礼を述べさせていただきたいと思います。皆様には後ほど改めての御礼と今後についてのご案内をさせて頂きたいと思います。

さて、本日の主題ですがタイトルにありますようにイベント開催のご案内となります。
この度下記内容にてイベントを開催する運びとなりました。
当サイト、今まで全く以てイベント等無しのサイトではございますが、この度お誘いを受け、有難く参加させて頂くことになりました。

テーマを決め9人の二次作家がそれぞれの想いをお話しに仕上げております。
暑い中ではございますが、ますます体が熱くなって頂けるようなお話があるはずです。
よろしけば是非お立ち寄り下さいませ。


*****


テーマ 『 愛人 』   9人の魅惑の関係がここに!?

場所‥各サイト様の公開となります
日時‥7/30〜8/20までの毎週土曜日午前0時公開 

参加者リンク *アルファベット順

asuhanaさま(明日咲く花)
Gipskräuterさま(gypsophila room)
ひーさま(ONE HAPPY O´CLOCK)
向日葵さま(je t´aime a la folie)
こ茶子さま(君を愛するために)
蜜柑一房さま(天使の羽根)
miumiuさま(おとなのおとぎばなし)
オダワラアキさま(dólcevitaオダワラアキの二次小説置き場)

第一弾はあきつくの愛人となっております。
日時 : 7月30日 (土) 午前0時公開 
なお、参加サイト様は下記の皆様です。

以下、あいうえお順です

asuhana様
こ茶子様
Gipskräuter様
みかん様


真夏の夜が魅惑の一夜となりますように。
なお、当サイトは司のお話のみ参加しております。
「つかさ至上主義」で彼以外は書けません!!(笑)


では、また後ほど・・・

アカシア拝

なお、本日のお話「 大人の恋には嘘がある 最終話 」はこちらの記事の下にあります。

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2016
07.23

大人の恋には嘘がある 最終話

司はアイスクリームを買ってくるとスプーンを使って食べさせはじめた。

「これじゃまるで雛に餌やってる親鳥みてぇだな」

二人してソファの上でのんびりとしているのは、司が仕事を早く切り上げて来たからだ。

自らを「くそじじい」と言った投資持株会社の会長との昼食会を終えた司は、社に戻ることなくペントハウスへと帰って来た。
くそじじい、と自らを呼ぶ男性とは今では家族ぐるみの付き合いだ。
とは言っても中西部の田舎町から出て来ることは滅多になく、たまにこの街へと出てきてもやはり田舎の街が一番いいと言って早々に帰って行った。
別れ際の挨拶は、今度会うときはつくしさんも是非ご一緒にと言われ、司は思わずでは今度お会いするときには家族3人でと答えていた。

今朝からつくしが食べ物を受付けなくなったことが気になって仕方がなかった司も昼食会を終えると秘書にスケジュールの変更を頼み、時間を作らせていた。
食べた物をすべて吐いてしまうつくしの背中を優しくさする姿はあの時以来だ。真っ青な顔をして吐く妻が痛々しく感じられ、出来れば今すぐにでも変わってやりたいと思うほどだ。
司はまだ微妙な関係でいましょうと言われていた頃、酔っぱらってしまったつくしを介抱した時のことを思い出していた。
濡らしたタオルで優しく口元を拭ってやる姿も今では堂に入っている。

小柄ながら誰よりも司のことを操るのが上手いと言われる女性は、いまや道明寺家にとっては大切な宝物だ。
何しろつくしのお腹の中には司の子供がいるからだ。
司の両親に至っては生まれて来る孫のため既にニューヨークの名門私立学校への入学許可を取り付けているという話しだ。

「つくし、おまえ本当にこんなもんが食べたいのか?」
そう言って我が妻の口元にスプーンを運ぶ司。

「うん。食べたい」

妊娠すると妙なものが食べたくなるとは聞くが、つくしの場合は何故かアイスクリーム。
それも抹茶アイスが食べたいというのだ。
ニューヨークで抹茶アイス。ひと昔前なら難しかったその存在も今では海外でも普通に買えるようになっていた。抹茶がいいなら総二郎でも呼んで茶でも点てるかと思ったが、あくまでもアイスクリームがいいと言うつくし。
今回は急なことで抹茶アイスは市販の物を用意したが、明日からはニュージャージーの邸にいるコックに作らせたものを食べさせてやるつもりだ。
冷蔵庫が抹茶アイスで一杯になるとしても一向に構わない。

それにしても今まで医者にかかったことがなかったと言う妻。
健康診断以外で病院に行ったことがないと言っても妊娠したかどうかは早々にわかりそうなものだと思ったが、意外にそうでもなかった。
もともと生理不順ではいたが、これだけヤル事をヤッていれば出来るのは時間の問題だったはずだ。だが子供は授かりものだ。司の両親も余計なストレスを与えてはいけないと思ったのだろう。子供のことについての口出しをすることはなかった。
30代半ばの二人にとっての第一子は喜ばしいことではあるが、やはりそこは年齢による考慮も必要になるはずだ。


二人の間には言葉にならない何かがあったはずだ。




妻の妊娠がわかった時点から司の気の使いようは尋常では無くなった。
ただでさえ過保護気味な妻への対応が輪を掛けて酷く?いや大袈裟になる一方だった。

「ねぇ・・つ・・つかさ・・大丈夫だから。おろしてくれない?」

世の中の殆どの女性はお姫様抱っこをされて寝室へ運ばれることを夢に見るはずだ。

「ねえ、大丈夫だから・・」

「どこが大丈夫なんだよっ!食べたモン全部吐き出しておいて、腹ン中なんにも入ってねぇ女が自分で歩いて体力使うんじゃねぇよ!これからは俺が抱きかかえて行くから遠慮すんな」

「でも、あたし重いから・・」

司はつくしの言うことなど全く無視だ。
いったいどこまで抱きかかえていくと言うのだろうか?人ひとり抱きかかえて歩いて腰でも痛められたらつくしの方が困ると言いたかったが、この男にそんなことを言っても聞き入れるはずがない。

「ねぇ・・く・車椅子ならどう?」
代案を提示した。

「おまえは俺に抱かれるのが嫌なんか?」

司にとって妻に拒絶されることがどんなに辛いことなのか。
ただでさえ妊娠初期というこの時期、夫婦としての営みを遠慮している司にしてみれば、まるで自分の存在を否定されたかのようだった。
今の司は毎晩妻の傍にすり寄っては、お互いをわかち合う時間が必要だと体に触れたがる。
ベッドに入る時もつくしの着ているものをそっと脱がしては体の変化を確かめるという念の入れようだ。

「それになんで俺がいるのに車椅子なんかが必要になるんだ!」
「で、でも・・司の腰に負担が・・」
「アホかおまえは!それに余計なお世話だ。おまえの体重抱えてるくれぇで腰なんか痛めてたら、本番の時どうすんだよ?」
「ほ、本番?」
「あっ?わかんだろ。」司は笑った。「今までいつもヤッてたんだから。けど今度はちっとヤリ方変えねぇとまずいだろ?下からとかな?」

つくしは返す言葉が見つからないし、もう今更だった。夫となった男は妻を愛するあまり見境がない。つくしを前にすると自制するという言葉など全く関係のない男になっていた。
最後には世の中の女すべてが憧れる男を独り占めしているのだから、俺の言うことを聞けと諭されてしまいそうだった。
取りあえずはやりたいようにさせておくのが一番だとつくしは考えた。

が、口を開いてしまった。

「あ、あのね・・つかさ・・妊娠は病気じゃないんだからそんなに心配しなくても大丈夫なのよ」
「_なんだよ?なんでそんなことがおまえに分かるんだ?」
「なんでって言われても・・」
「俺に言わせりゃはじめて妊娠したおまえがそんなことが分かる方がおかしいんじゃねえか?それとも昔妊娠したことがあんのかよ?」
司は凄みをきかせた。
「ば、バカ!そんなことあるわけないじゃない!」
だいたいこの男は妻相手に凄んでなにがしたいのか・・

司の言うことが正論なのかそうでないのかはよくわからないが、物事の筋道を立てて話しをすると言う点ではもっともな意見だろう。
はじめての妊娠なのだから知らないことだらけなのは本当だ。

「本当に大丈夫だから、し、仕事に戻って?夜つかさが帰ってくるまでの間にな、治ってると思うから・・ね?それに、つわりなんて・・よくある話しで緊急を要するものじゃないんだし・・」
「アホなこというなっ!俺にとっては緊急事態だっ!おまえの腹ン中にいるのは俺とおまえの愛の結晶だろうがっ!」

ベッドの端が沈んで司が腰を下ろした。
司は大きく息を吸った。

「つくし・・俺に心配かけんな」
「つか・・・」

つくしは口を開こうとしたが、司のあまりにも真剣な表情に言葉を呑んだ。

「クソッ!いいか、聞いてくれ。俺はおまえの事となるとどうにも心配でたまんねぇ。おまえが嫌がってもこの部屋ン中に閉じ込めておきてぇ・・。俺はおまえの為だったら何でもしてやるつもりだ。もちろん、腹ン中の子供に対してもだ。何があってもおまえと子供だけは絶対に守ってやる」

司はつくしを膝の上に乗せ、優しく抱きしめた。

「おまえと子供が元気でいてくれたら俺はそれだけでいい」

今は元気な子供が生まれて来てくれたらそれでいいと言う思いしかなかった。
やがてつくしの顔が司の首に押し付けられると、彼は彼女の髪をゆっくりと撫で始めた。
つくしの頬に感じるのは司の脈だ。早い調子で脈打っていた。

「俺はおまえのいない人生なんて考えれねぇからな」

司の声は真剣すぎて怖いくらいだ。
つくしは両腕を夫の首にからませ、苦しくなるほど抱きついて唇にキスをした。

「大丈夫。あたしはどこにもいかないし、司と一緒に人生を歩んでいくことに決めたんだから心配なんて何もないはずよ?」

そう言って笑うつくしを愛おしそうに抱きしめる司にはこれから先、親子3人で、いや、これから先にも増えるであろう家族との姿が見えたはずだ。

「あたし達、また会えてよかった・・」
「ああ。ちょっと時間がかかっちまったけどな」

司は二人が出会った頃を思い出しながら微笑むと、これからは絶対に嘘なんかつかないと誓った。
「愛してる。俺は全身全霊でおまえを愛してる。もしおまえが俺のことを嫌いになったとしても俺はおまえを愛し続けるからな」

その思いは決して変わることはないはずだ。

「いや。俺はおまえに嫌われるようなことなんか絶対にしねぇからな」

つくしに嫌われたら生きていけないとでもいうのだろうか?

司はつくしの顔を引き寄せ、キスをした。
結婚という絆で結ばれた二人はゆっくりとベッドに横たわった。
ただ抱き合うというだけの時間でも、そこには愛がある。互いの鼓動を感じとり、妻の胎内で我が子が育っているということに思いを馳せながら眠りにつく・・そんな夜でも構わない。
親子の絆は一生切れることのない絆。
いつの日か、そんな絆が増えることが楽しみで仕方がない。

だが、今の司にはとって一番大切なのは愛する女性がそばにいてくれることだけだ。

「俺はおまえを永遠に愛すると誓うからな」

「俺はめちゃくちゃおまえを愛してるからな」

「死んでもおまえを離さねぇからな」

毎日何度も繰り返し聞かされる呪文のような言葉に、つくしはまるで魔法をかけられたような気分でいた。

そして・・・

つくしも心の中で同じ言葉を呟いていた。
 
『 あたしは司を永遠に愛すると誓うわ 』

『 あたしはめちゃくちゃ司を愛しているわ 』

『 死んでもつかさを離さないから 』


「なあつくし。今すぐキスしてくれ。じゃねぇと俺、死にそうだ」

言うことがいちいち大袈裟な男は真面目な顔つきでつくしに訴えていた。
つくしは笑うと、司の口元に向かって囁いた。

「いいわよ?司に死なれたらあたしもお腹の子供も泣いちゃうから」

「愛してる。これから先もずっとつくしだけを愛し続ける」

今の言葉が嘘ではないことを証明することは簡単だった。
司のこれから先の生涯において、ひとりの女性以外必要としなかったことは世界中の誰もが知っていた。



二人の出会いは運命だったはずだ。

再会し、ふたたび恋に落ち、今はつくしのお腹の中には小さな命が育っている。

あと半年もすれば二人の愛の結晶が誕生する。

今すぐキスをしろと言う夫には深く甘いキスをした。

「あたしを世界で一番幸せな女性にしてくれてありがとう」

つくしは顔を離して司を見つめほほ笑んだ。

「わかってる。俺も世界で一番幸せな男だ」

お返しのキスは・・・もっと甘いキスだった。








< 完 >
最後までおつき合いをいただき、ありがとうございました。(低頭)
今後の予定につきましては、また後ほどお知らせ致します。

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Comment:20
2016
07.22

大人の恋には嘘がある 52

半年後、二人の結婚式はニューヨークの教会で行われた。
準備に費やす時間が半年間しかないということが、長いのか短いのかわからないが、道明寺家の手にかかれば、何事も滞りなく行われるということはわかっていたはずだ。


招待客は限られた人数で行われた結婚式。どうせ後からプレスリリースがあるんだから知らねぇ人間を大勢呼ぶよりも身内に近い人間だけでやればいいと言ったのは司だ。
見せもんじゃねぇと言いながらも、花嫁の幸せな姿を世間に見せてやりたいと思うのはつくしのことを自慢したいからだ。
ニューヨークスタイルで生きて来た男が伴侶に選んだのはどんな女なのかと思っていたら、
彼が3年も前から片思いをしていた女性だったというのだから、世間がどんな女性なのかと興味を持つのも当然だろう。


白と黒のすっきりとした装いの男とマーメードラインの曲線が体に沿ったドレスを着た女は、やはりすっきりとした印象を与えていた。
ごてごてとした感じを与えることのないドレスは大人の女性にはよく似合っていた。
つくしは父親の腕を取って祭壇で待つ男の傍までゆっくりと歩いて行った。
愛する男に手を取られたとき、これから二人で生きていくことへの不安はなくなっていた。
それはまた男にも同じことが言えた。好きな女を手に入れることが出来た男の顔には満足げなほほ笑みだけが浮かんでいた。



披露宴に招いた客の中に思わぬ人物を見つけたのは司だった。
セントラルパークのベンチでのプロポーズのとき、二人の前に現れた身なりのいい年配の男性が彼らの前に現れた。

「お若いの。プロポーズは成功したようだね?」
相変わらずの呼び方に、司は大きく頷いた。
「ええ。こうして俺の妻になることを承諾してくれました。改めて紹介します。妻のつくしです」

「そうかね、それは良かった。つくしさん初めまして・・ではないね?あのとき一度お会いしていますね。わたしは司君のお母上の楓さんとおつき合いがあるんだが、息子さんが素敵なお嬢さんと結婚しますと聞いてね。ではぜひお祝いをと思いましたが、お相手があなたで嬉しいですな。何しろあの時の司君はつくしさんのことで頭がいっぱいのようで、わたしのことをどこのクソじじいかという目で見てましたから」

自らのことをクソじじいと言うこの男性。

司はあの出会いのあと、この年配の男性が誰であるかを思い出していた。今期最高の利益を上げた投資持株会社の会長だ。普段はアメリカでも中西部の田舎町でひっそりと暮らしている人間で、ニューヨークまで出て来ることは滅多にないという変わり者だ。
今の世の中どこで暮らしていようと、世界はひとつのケーブルで繋がっているのだからと言って生まれ育った町から離れることはなかった。
そんな田舎の変わり者だからこそ、公園でも声をかけて来たのだろう。

「パートナーは大切だよ?それは仕事上でもそうだが、人生におけるパートナーはもっと大切だからね。まあ、これでこれから先の道明寺も安泰でしょうか?ぜひ業績を伸ばして我社の利益になるようにして頂きたいものだ」
「ああ。それからつくしさん?あなた以前金融関係のお仕事についておられたとか・・。
もしこの街でお仕事をお探しならご紹介してあげますよ?」

名誉なことだった。
今となってはつくしもこの男性が誰であるか、知っている。
金融の世界に身を置いたことがある者なら誰でも知っているカリスマだからだ。
だが、つくしはその申し出を丁寧に断った。
そのことについては司も内心喜んでいた。
だが決して妻が働くことが好ましくないと思っているわけではない。
つくしが働きたいというのなら反対をすることはないが、内心では自分を支えて欲しいという気持ちが無きにしも非ずだ。働きたいなら道明寺の中で働けばいいと考えていた。

仕事を辞めたつくしは、この半年の間に司の母親から手ほどきを受けていた。
牧野つくしは道明寺つくしになるのだから学ばなくてはならないことがあると言われたからだ。もちろん、つくしもその点について異論はなかった。
司の母親に主導権を握られることに抵抗はなかったし、道明寺楓は人生の先輩であり、企業経営者としても一流の人間なのだから、学ぶことも多い。

その楓から聞かされた話しの中には司の子供の頃の話しもあった。

『 ああ見えてあの子は、司は甘えん坊なのよ。小さな頃は構ってやれなくて、せめてわたくしの身代わりになればと思ってうさぎのぬいぐるみを与えたんだけど、いつもそのぬいぐるみと一緒に休んでいたらしいの。それから少し素行の悪い時代もあったのよ?それでもあの子はなんとか更生したの』

その話しを司に聞かせたとき、彼は肩をすくめると、あのババァ余計なことまで話しやがってと言ったが、懐かしそうに笑っていた。
なにはともあれ、つくしと自分の母親が仲良くしてくれるのはありがたいと思っているはずだ。
つくしにしても司と結婚を決めたからには、彼の過去に何があったとしても受け入れるつもりだ。


新婚旅行先に選んだのはニューヨークから四時間程で訪れることが出来るカリブ海のケイマン諸島だ。ここはタックス・ヘイヴン(租税回避地)として有名なイギリス領の国だ。
そんな国を新婚旅行先に選んだ司に、もしかして道明寺ホールディングスは節税対策としてこの国に口座があるのではないかと訝ってしまったのは、つくしが結婚するまで金融の仕事についていたからだろう。

南の島の豪華なヴィラはハネムーン仕様に設えられていた。
窓の外に見えるのは、青い空との境目が分からないほどの真っ青な海。
空と海が重なりあう程の場所がこの世の中にあることが信じられなかったが、ここにはきらめくばかりの陽光と海からの爽やかな風が感じられる場所だ。

コバルトブルーの海と抜ける程の青い空。

つくしは隣で眠る男を見た。
司の腕はつくしの体を抱き込むように回されていて、顔には満足気なほほ笑みが浮かんでいる。
しばらくのあいだつくしは非の打ちどころがない司の顔を見ていたが、昨日の夜のことを思い出すと体はかっと熱くなっていた。

「なににやにやしてんだよ?」
司が目を開けた。
濃密な夜の名残りを宿した眼差しがつくしを見つめている。

「べ、別ににやにやなんてしてません!つかさじゃあるまいし・・」
「なんだよ?それ」
司はにやりとしてつくしの口にキスをした。
「昨日は思いっきりかわいがってやったから疲れてるかと思ったら、そうでもねぇようだな?かわいがり方が足んなかったか?」
司はつくしの顎に手を触れ、視線を彼に固定させた。
「あのウエディングドレスを脱がすところを、ずっと想像してたのに着替えちまったなんて勿体ねぇよな?」
「え?」
「だからあのドレスだよ。脱がせるところを考えては楽しんでた。式の最中そんなこと考えてたら不謹慎か?」

_まったくもう・・
結婚式が終わったあと、あのドレスのままでジェットに乗るとでも思ったのだろうか?

「なにがまったくなんだ?聞こえてるぞ?」

つくしは勿論そんなことは冗談だということは分かっていた。
どんな軽口を叩いても祭壇で彼の隣に立ったつくしが見た司の顔は忘れようがなかったからだ。
喜びと誇らしさが浮かんだ顔を忘れることはないはずだ。

「それより今日からおまえのことなんて呼んだらいいんだろうな?奥さんか?それともハニーか?」

結婚したことが嬉しくてたまらない男に昨日の夜はひと晩中愛された。

「つかさ・・この半年で気づいたことがあるの・・」
「なんだ?」
「あのね、つかさは本当は、凄くロマンチックな人なのよ・・」
「_んだよいきなり?」

思えば出会った頃からそうだった。
再び会うようになってからもいつも優しい人だった。
好きになった人にはどこまでも一途に愛を捧げる人だと知ったのは深くつき合いはじめてからだが、その思いを隠すことなく示してくれる。

つくしは胸に湧き上がった感情を込めて優しく囁いた。

「愛してる。つかさ・・」


司は胸が膨らむ思いでいた。
結婚式での眩しいばかりに輝いていたつくしの顔を思い出していた。
そして神の前で述べられた誓いの言葉と口づけを。
この感動は決して忘れることはないはずだ。


司はその思いを込めて妻となった女性を抱きしめていた。








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