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2016
06.30

大人の恋には嘘がある 34

司は母親をねめつけていた。
親子の反目は今に始まったことではない。
楓は他人の前ではビジネスだという姿勢を崩したことはないし司も全く同じだ。
そんな親子の関係は、今ではもう習い事のようなものだった。

他人の前で感情を表すのは賢明でない。
それは企業家としては至極当然の感覚。

ただ、二人きりになると全く別だった。
過去には色々と確執のあった親子関係も、今では互いに感情むき出しで言いたいことを言う親子関係となっていた。それはもう習慣そのものだと言ったほうがいいのかもしれない。

血の繋がりを感じたことはなくても、やはりそこは親子だ。
血が繋がっているからこそ、言いたい放題が言え許されると言うものだ。
今までの二人は感情表現の仕方がよくわからなかった、と言うことだろう。
驚くべき事ではないが、長い間迷子になっていた親子関係はいつの頃からか互いを認めて受け入れるようになっていた。

まずは相手をありのままの存在として受け入れることから始めていた。
自分の母親はこういう人間だ。自分の子供はこういう人間だ。

そう思えば、何も相手に対して求めるものはない。人は求めて与えられなかったときが一番傷つくと言うことは、経験上学んでいた。
司も30を過ぎれば自分の親がどれだけのことをして来たのか理解も出来る。母親から学んだことはビジネスの世界は非情で容赦がなく、この世界で生き延びて行くためには例え世間から冷たい女、鉄の女だと呼ばれても仕方がないと言うことだ。


あるとき、母親に言われたことがある。

『 あなたに関心を払ってあげなくて悪かったわね 』

そんな言葉ひとつでねじ曲がってしまった親子関係が修復できるとは思わなかったが、
それでもやはり親子ということなのだろう。母親にとってはいつまでたっても息子はかわいいということだ。ひとり息子の姿を目にする機会は殆どなかったとしても、心の中にはいつも司の姿があったはずだ。


司は早くに親離れを余儀なくされたと言うことだが、母親にとっては本意ではなかったということも、今の年になれば理解も出来るようになっていた。
当時の状況では、そうせざるを得なかったことを内心では認めていた。
司の母親は会社に対して、従業員に対しての義務を果たしていたのに過ぎなかったと言うことだ。



人は幾つになろうとも、難しくない年頃なんていうものはない。
10代なら10代の、20代なら20代の、その年齢に応じた悩みというものがある。
今の司にとっての悩みはあの澤田智弘をどうやったらつくしの前から排除できるかということだ。




楓は大きくため息をつくとソファに腰を下ろした。
顔からは非難めいた色は消え、代わりに暖かみさえ感じさせるような笑みが浮かんだ。

「あなたも、もういい加減に将来を見据えたおつき合いした方がいいと思うわ」

先程までの冷たさとは打って変わったように穏やかな口調は楓の本心だ。
東京支社の視察と銘打って来たが週刊誌の記事を見て来たことには間違いがない。

「司、ここからは母親として話すわ。ここに来る途中で椿の所に寄ってきたわ。わたくしの唯一の孫は椿が生んだ子供だけよ?」

司の姉はロスでホテル王と幸せな結婚生活を送っていた。

「わたくしの孫はこれから先もあの子だけなのかしら?」

「さあ、どうでしょうね?彼女が俺と結婚してくれたら孫も増えるかもしれませんが」

「あなた、本気なの?その女性に?」

どうしようもなく荒れた少年時代を経て、今はこうして副社長として仕事をこなす息子の姿に正直安堵している。
だが、子供の頃に関心を払ってやらなかったことを今でも後悔していた。
そうした思いからか楓は埋め合わせをすることに決めている。息子の人生伴侶は息子の好きな相手を連れてくればいい。息子の人生で不足していると感じるもの。それは多分家族としての愛情だろうということは理解していた。自分が十分に与えてやることが出来なかったことは後悔していた。


「ああ。本気だ」

「そう。それでその牧野さんって方とはニューヨークで出会ったそうだけど?」

楓は問うような仕草で眉を上げた。

「3年前にうちが買収を仕掛けた会社を取り合った会社側のコンサルタントですよ、彼女は」

「ああ。あの会社の・・・・」

楓は何かを理解したように司を見た。

「牧野さんって方、優秀なんでしょうね?」

「当然だ。俺がバカな女に惚れると思いますか?」

司は机に肘をつき、指の先を組むと顎を支え母親を見た。

「とうとう本気で好きな女性が現れたってことかしら?」

「ああ。そのとおりだ」

司ははっきりと言い切った。

「会いたいわね。その牧野さんに」
 
「近いうちに会えるんじゃないですか?」

司はからかうような笑みを母親に向けていた。







***







近いうちに会える・・

それは自分自身へ言い聞かせた慰めの言葉だったのかもしれない。


司は一連の状況に苛立っていた。
牧野とろくに会う機会もない。
まだデートというデートさえしておらず、ましてや寝てもいない。
文字通り寝るだけ、という状況に陥ったことはあったが気分が悪くなって胸で吐かれたあの事はある意味不可抗力な出来事だ。

ちくしょう・・

それに今では澤田智弘なんて男が牧野を好きだと言い放ち、ライバル宣言までしてきた。
3年もかかってやっと牧野ときちんとした関係を築くことが出来ると考えていた矢先のあの男の出現だ。いまいましい野郎だ。
・・ったく、いらいらするし落ち着かない。
あの男、いったい何を考えるのか知らねぇが、それにしても今の俺のこのざまはなんなんだ?

牧野とデートの約束を取り付けるはずだった日曜はとっくの昔に流れてしまっていた。
毎週月曜には取引残高のレポートを持って来るとはいえ、所詮執務室の中で仕事の延長のような会話しかない。


そんないつもの月曜日だった。

司の目の前に座るつくしは応接ソファの机に前屈みで何やら書いている。

こいつから目が離せない。
言葉は悪いが何とかして早くこいつを自分のものにしたい。そんな気持ちばかりが湧き上がって来ていた。澤田という男の出現が司をそんな気持ちにさせているということだろうか?

司は向かいの席から、気持ち前に乗り出すとつくしの頭の上に自らの顔を近づけた。
爽やかなシャンプーの匂いが鼻腔に広がった。
頭をもう少し下げると、ちょうど顔の高さまで前屈みになっていた。
司の注意は嫌でもつくしの唇に注がれていた。
すぐ横には司の顔があるというのに今のつくしは書くことに集中しているのか気づいていない。

仕事は常に一生懸命がこいつのモットーか?

ふと、司はつくしを追い詰めてみたくなった。今ここでこいつにキスをしたらどうする?
まだ俺のものになっていないことが不安なのか、それともそうならないこいつに罰をあたえようとしているのか?

司は唇をかすかに歪めた。
すると、やっと視線に気づいたのか頭を横に振り向けたつくしは驚いたように司の目を見た。
気付くのが遅いと言いたい気持ちを抑えた司は驚いた表情のつくしを見つめていた。
至近距離でまっすぐな視線で見つめられ、つくしの顔はみるみる赤く染まっていった。

こいつはまさにサバンナでライオンと目があって、黄金の瞳に囚われて動けなくなったガゼルのようだ。その距離はわずかで、目をそらすことも、まばたきをすることも、息をすることもはばかられるほどだ。少しでも動けば頭からがぶりと食べられるのではないかと思っているようで、じっとしたままだ。


司はつくしの瞳に自分と同じ気持ちがあるかどうかを探った。それはキスをしたい、相手が欲しいという気持ち。見つめ合ったまま、まるで金縛りにでもあったかのように動くことが出来ないふたり。

しばらくその均衡が保たれていたが、やがてどちらからともなく近づいていく二人の唇。

司の手のひらがつくしの頬に優しく添えられると、つくしの大きな瞳がゆっくりと閉じられていった。







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2016
06.29

大人の恋には嘘がある 33

つくしは同僚の二人にあれこれと聞かれはしたが、肝心なことを言えずにいた。
あの交流会の日、世間から見れば甲乙つけがたい一流と言われる二人の男性がつくしを巡って火花を散らしていたなんて言ったら、それこそ話しが大きくなりそうだと思ったからだ。
幸いにしてあの時の目撃者は3人の関係性まで知る事はなかったようで、ただ牧野つくしが道明寺司とキスをしていたと言う客観的な事実だけを社内に広めたようだった。

現実問題として3人の関係が今すぐどうこうなると言うわけではないが、澤田は同じ会社の人間で、顔を合わせることは確実だ。
そんなことを考えていれば、長い廊下を前から歩いて来る澤田に出会った。

「牧野、ちょっと話しがあるんだ」

つくしが澤田と言葉を交わすのは、あの交流会以来だった。
ちょっと話しがあると言われ、近くの空室表示のある会議室の中に入った。
パチンと明かりがつけられると、誰もいない広い空間がそこにあった。

「澤田さんお話って、この前のことですか?」

じっと見つめられ、つくしは自分が観察されているような気がしていた。それにしても今まで仕事についての一面しか知らなかった澤田が女性に対してこんなにも積極的だったとは知らなかった。

「牧野、そんなに緊張しなくても大丈夫だ。ここでこれから何かしようとか思ってないから。それにそんなに驚いた顔しなくてもいいだろ?」

澤田は短く笑うと、会議室の中央に置かれた大きな円卓のテーブルに腰をもたせかけた。

今の仕事は部署も違うため直接話をすることはなかったが、やはりこうして話しを始めると、どこか気まずい感じがしていた。
あのとき、はっきりと断ったつもりだが、伝わっていないのだろうか?

「あたし、そんなに驚いた顔してますか?」

自分ではわからないだけで驚いた顔をしているのだろうか?

「ああ。なんか取って食われるんじゃないかって顔してるぞ?」
澤田は短くふっと息をついた。

「それでこの前のことだけど・・」

「澤田さん、本当にごめんなさい」
つくしは頭を下げた。

「ごめんなさいって何に対してあやまってるんだ?」
おもしろそうな表情を浮かべている。

「あの、ですからこの前の交流会でのことです」
つくしは澤田の表情を窺った。

「ああ、あれか。道明寺さんはああ見えても随分と子供っぽいところがあるようだ。それにしても彼の牧野に対しての思い入れは凄いな。ひと前にもかかわらずあんなことするなんて、相当縄張り意識が強い人みたいだけどいつもああなのか?」

つくしはこれには答えなかった。
いつもああなのかと言われても、二人の関係はこれからだと言うところに澤田が現れたのだから何とも言いようがなかった。

「あの澤田さん・・」

「あんなことで俺のプライドがどうとかなるだなんて考えなくていいからな。あの日は道明寺さんの独壇場みたいなものだったけど、キスしたぐらいで俺にチャンスが無くなったって考えてはいないから。キスなんて挨拶みたいなものだろ?まあ日本じゃそうは取らないが。でも牧野もアメリカで生活していたんだからわかるだろ?」

澤田は男としての魅力を総動員させたようなほほ笑みを浮かべていた。


普通の人間なら自分が好意を寄せている女のキスシーンなど見せつけられたら、感情を害するのが当然だろう。だがこの男は違うようだ。
道明寺がどこまでも諦めない男なら、この澤田も同じだということなのか?

つくしにしてみれば、よくわからないうちに道明寺と澤田の二人の男がプライドを賭けて、つくしというトロフィーを勝ち取るための戦いになって来ているような気がしていた。
要するに、つくしと言う案件をどちらが勝ち取るか?
まるでつくしは大型案件・・トロフィー・ディール(案件)のようだ。
ビジネス界での第一線をいく男達は恋も仕事と同じように考えているとは思いたくはないが、なぜかそんな気がしていた。

「なあ、牧野。道明寺さんとつき合うならそれは、それでもいい。だがひとりの人間に決める前にもうひとつある選択肢を利用しないなんて勿体ないとは思わないか?別におまえと道明寺さんは結婚してるわけじゃない。恋愛関係もまだこれからって感じだし、俺ともつき合ってみないか?」



つき合ってみないか・・・・



いったい何が言いたいの?
それはあたしに二股をかけろってこと?
道明寺とつき合いながら澤田さんともつき合うってこと?
つくしはひと言も返すことが出来ず、澤田の言った言葉の真意を探そうとじっと見つめていた。

「道明寺さんが言ってたよな?二人ともまだ寝てないって?」

つき合ってみないか・・・・
この言葉はどう言う意味なのか?

「牧野?」

そのとき、低い振動が聞えてきた。

「ああ、俺の電話だ」

澤田は上着のポケットから電話を取り出した。
「そうか・・」と、画面を見ながら顔をしかめていた。

「悪い、牧野。本当はもっと話しがしたかったんだけど、またゆっくり話そう」

それだけ言うと澤田は背を向け離れて行った。
残されたつくしは会議室で呆然と立ちつくしていた。







***







カツカツとハイヒールの音を立てて執務室に入って来たのは司の母親でもあり、道明寺ホールディングスの社長、道明寺楓だった。
世界各国を飛び回るビジネス界のファーストレディと呼ばれ、一見したところ年齢不詳のような女性。
厳しいビジネスの荒波を何度も乗り越え、向かう所敵なしの不沈艦とまで言われる今の道明寺ホールディングスを作り上げたのはこの女性だ。
そんな女性は息子と言えど、社内ではあくまでも社長と副社長としての立場を求めて接してくる。彼女にとってビジネスはビジネスだ。私情を挟むなんてとんでもないということだろう。
司にしてみても、幼い頃から母親というものは家にいないのがあたり前で育ってきた。
自分を育ててくれたのは姉の椿で、母親はただ自分を生んでくれたという認識しかない。

母親の職業は社長であり、家庭より事業優先で家にいるのを見たことがなかった。
そんな環境で築かれる親子関係はいったいどんなものだったのかと考えずにはいられない。
母親の愛情を肌で感じて育つ。そんな経験のない司は近づいてくる女性が自分の母親であったとしても、血の繋がりなどついぞ感じたことがない。

「予定よりも早かったんですね?」司は書類から顔を上げると万年筆を置いた。

「早かったら悪いかしら?」
楓は手にしていた週刊誌を司の机の上に置いた。

「随分と派手なことをしたものね?あなた、この記事のことで何か話しは無いのかしら?この女性とどういう関係なの?どこの誰なのかしら?」

「どうもこうも見てのとおりの関係ですが?名前は牧野つくしです」
緊迫した空気が流れるなか、親子は視線を合わせた。

「牧野つくし?」楓は整った眉根を寄せた。

「聞いたことがない名前ね?」

「そうでしょうね。彼女はごく普通の生活を送る会社員ですから、知らなくて当然だと思いますが?」

「その人とはどこで知り合ったの?まさかうちの社員だなんて言わないわよね?」

「ご心配なく。違いますよ。彼女とはニューヨークで出会ったんです」

「ニューヨーク?」楓は目を細めた。








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Comment:2
2016
06.28

大人の恋には嘘がある 32

「牧野さんちょっと来て」
「えっ?あの・・なに?どうしたの?待って・・」

二人の女性が左右からつくしに襲いかかった。両側から腕をがっちりと掴まれ問答無用とばかり連れて来られた場所は休憩室。窓際にあるテーブルだ。

会社同士の交流会で道明寺司が牧野つくしにキスをした。
それも大勢の人間の前で派手に抱き合ったらしい。
翌日の会社はその話しで持ち切りだった。つくしの勤める会社からもあの交流会への参加者がいたらしく、いつの間にか広がっていた話。

二人の女性は目の前に座るつくしをまじまじと見つめている。ひとりは年上の女性で川本と言い、もうひとりはつくしと年が変わらない中原だ。
入社以来、気が合った中原とつくしは、よくここで一緒にコーヒーを飲んだりお昼を食べたりしていた。年上の川本からはつくしのチューター(指導者)として1年間仕事についての指導を受けた。が、やはり気が合ったのか親しくしていた。
そんな二人に掴まったつくしは逃げられないと諦めた。



「つくしってやっぱり道明寺さんとおつき合いしてたのね?」と中原は目を輝かせた。

「なんとなく社内で噂はあったから、どうなのかなって思ってたのよ?だってつくしのおかげでうちの会社って道明寺ホールディングスと契約してもらえたわけだし・・」
中原と川本は目を見かわした。

「ねえ?牧野さん。本当はどうなの?」

「そうよ、つくし教えなさいよ?いつの間にそんな関係になってたの?ねえ、道明寺さんってどんな人なの?やっぱり本物はかっこいいんでしょ?」と中原は息をはずませた。

「でも人は見かけによらないって言うの?まさか牧野さんがねぇ・・羨ましいわ。あの道明寺さんだなんて」年上の川本は目をとろんとさせている。

「あたし、年下でも全然構わないわ。でもうちには澤田さんって言うニューヨーク帰りのいい男もいるし・・どっちも捨てがたいわ・・」

「そう言えば・・昨日澤田さんも交流会には行ってたらしいわね?でもそんなことよりももっと凄いことがあるんですよ?つくしは知ってたの?つくしはニューヨークで澤田さんと仕事してたのよね?」
中原は身を乗り出して興奮したように言った。

「澤田さんって澤田ホールディングスの澤田さんだったんだって!驚いたわよね?でも澤田さんってどこか違うって思ってたけど、財閥の御曹司だなんて思ってもみなかった」

ここだけの話しですけどね、と前置きした中原は、耳を貸せと合図をするとひそひそ声で言葉を継いだ。

「澤田さんってゆくゆくは代議士のお父様の地盤を継いで選挙に出るらしいですよ?」

「えっ!じゃあ会社辞めちゃうの?」

「川上さん、声が大きいですっ!」

中原はシーッと言って人差し指を口に当てると休憩室を見まわした。他にも何人かの社員がコーヒー片手に談笑している姿があったが、誰も3人を見ている様子はなさそうだ。

「それよりも、今はつくしと道明寺さんの話しですってば!」
中原の視線がつくしに向けられた。

「ねえつくし、道明寺さんとは・・そういう関係なの?いつからつき合ってるの?結婚は考えてるの?」
中原と川上の表情はつくしが質問に答えるまでここからは帰さないからと言っていた。

矢継ぎ早の質問につくしはなんと答えればいいのか迷った。
しらを切るか、認めるか、はたまた何か理由を見つけて弁明するか。
どちらにしても、何か答えなければとても解放してもらえるとは思えなかった。
ただ質問されただけなのに、昨日のことを思い出して顔が赤らんだ。

「でも一度でいいから、道明寺さんに抱かれてみたいわ・・ねぇ牧野さん道明寺さんってどんな感じなの?」
川上の言葉に恥じらいもなく頷く中原。

「わたしも抱かれたい!道明寺さんの裸・・もう、川上さんやめて下さいよ?想像しちゃうじゃないですか?」

「ちょっと中原ちゃん!スーツの下の体なんて想像出来るの?裸よ?裸!でも胸板なんて厚くって触ると硬いに決まってるわ」
中原と川上は顔を輝かせながら話している。


「道明寺はいい体してる・・・」
中原と川上は口をつぐむと黙り込んだ。

つくしは二人の視線に戸惑った。

「・・・あたし・・何か言った?」
「・・・つくし・・あんた相変らず心の声が漏れてるんだけど・・」
「なに?何か言った?」
「う・・ん・・」
「なに?なんて言ったの?」
「うん・・道明寺さんいい体してるって・・」







****








交流会でのささやかな対決のあと、司は写真週刊誌に二人がキスをしている写真が載ったことを知った。
参加者の誰かが写した写真が流れ出ただろうと言うことは容易に推測出来た。
本来ならそんな写真は握りつぶし、週刊誌に載ることは絶対にないがわざと載せるように仕向けた。

牧野が自分のものだと世間に分からせるためになるなら、それでもいいと思っていたからだ。まあ、あいつは迷惑かもしれないが、いいじゃねぇかよ。この写真じゃ正直なところ顔はわかんねぇんだし、名前も出てない。司はかすかにほほ笑んでいた。冷静に写真を見ながらも顔は満足そうだ。この写真はひとりの男にだけわかりゃいいんだ、あの澤田だけにな。
それより思ったよりよく撮れている。スーツの襟をつかんでるところなんてあいつが俺を引き寄せてキスをねだっているように見える。
澤田をうまく片づけたと思ったが、あの男キスぐらいで諦めるかと言い放ってきた。
司は鼻で笑っていた。
牧野の気持ちは俺に向いてるってのに、あんな男に今さら何が出来るっていうんだ?

司はあのとき、つくしの腰に手を回し、余裕の足取りで会場を後にした。
背中に感じたのはあの男の悔しそうな視線だけだったはずだ。それにこの写真だ。
あの男には人の女に手を出そうだなんて考えは、いい加減にしろと言ってやったつもりだ。


「副社長。よろしいですか?」
西田の声が聞え、司は思考を切り替えた。

「なんだよ?」不機嫌そうに答えた。

「副社長、そんな目でわたくしを見ないで下さい」

「・・ったく、俺がどんな目でおまえを見ようが関係ねぇだろ?」

「それは仰るとおりなんですが、牧野様のことを考えていらっしゃると目つきがお優しくなられるようですのでお立場上、もう少し気を引き締めて頂きませんと示しがつきません」

「余計なお世話だ。いちいちおまえに言われたくねぇよ」
声は笑を含んでいた。

司はつくしと澤田智弘とのことを西田に話していた。週刊誌の件も西田に裏から手をまわして、大々的に載せるようにさせていた。
「まあ、好きな女性が出来た男はたいていそのようなものですが」
西田は言葉を切ると「ニューヨークから社長がいらっしゃるそうです」と、ビジネスライクに言い切った。

「社長が?」司がぐっと顎を引き締めた。

「はい」

「何しに来るって?」

「東京支社の御視察だそうです」








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Comment:4
2016
06.27

大人の恋には嘘がある 31

睨み合う二人の男性を前につくしの困惑は見逃しようがなかった。
およそ32年の人生のなかで、二人の男性が自分を巡って争うなんてことは初めてだし、  
ましてや大勢のひと前でこんな体験をすること自体が初めてだった。

司の執務室では3人だけで誰の目にも触れることが無かったが、ここはそう言うわけにはいかない。
それにまさに一触即発と言った事態が続いている。声をかけて来た初老の男性も二人のただならぬ様子に腰が引けたような状態になっていた。
次の時代を担う二人の青年が見たところ、そう大して美人とも言えないような女性を間に火花を散らしているなんてことが不思議だと言わんばかりの顔をしている。
当然周りにいる人間も皆、興味深そうに見つめていた。

司の方を見上げたつくしの視線はいったいあたしはどうしたらいいのよ?と言っているのが見て取れた。
二人の男性からのあからさまなアプローチに戸惑うのも当然だが、気まずさの漂う中、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったようだ。

「あの、ふ、二人とも・・」
つくしはやけに明るい表情を浮かべて二人を見た。

「今日は交流会でしょ?交流目的なんだからそんなに角突き合わせるようなことをしなくっても・・」

今のつくしには二人の男が睨み合うなか、間に入ってどうにかしなければという思いだけがあったが、ただならぬ緊張感に言葉が途切れた。

二人の男は周りの人間の目もあるという事に気づいたようだ。それに、つくしの困惑がひしひしと感じられたのか一旦は矛先を収めることにしたようだ。だがその場に漂う緊張感は変えられなかった。

「さ、澤田さん、申し訳ないんですがあたしは・・」
つくしは意を決したように口を開いた。

「牧野、俺言ってなかったけど、さっき紹介があったようにうちは家族で会社を経営している。それに親父は代議士だ。別に隠してたわけじゃないんだが・・まぁいずれわかると思ったし、自分から話すようなことでもないと思ったから言わなかったんだ。それにそんなことは、俺にはどうでもいいことで、道明寺さんみたいに自分の権力振りかざしておまえを手に入れようなんてことは考えて無い」

司の会社も澤田の会社もどちらも東証一部上場の大企業だ。
どちらも家族経営だなんてこじんまりした企業ではない。
司は澤田ホールディングスが家族経営の会社だなんて言うなら道明寺ホールディングスも同じだという顔をしてみせた。それに権力振りかざしてと言われ頭に来ていた。

「ふん。おまえのところが家族経営ならうちも家族経営だな」司の声は平坦だった。
「言っとくが誰が権力振りかざしてるって?」
低い声は憤怒が感じられる。

「そうじゃないですか?初めてお会いした時も言いましたよね?牧野を担当にして、おまけに会社まで抱え込んで、卑怯な手を使いますね?そうでもしないとこいつに振り向いてもらえなかったんじゃないですか?」
澤田の視線はつくしに向けられた。

「おい、舐めたこと言ってんじゃねぇぞ?何が卑怯なんだ?俺は牧野の仕事の能力を買ったんだ。おまえが帰国してくる前にな、ちゃんとこいつの仕事に対しての姿勢ってのを見させてもらった上で任せることにしたんだよ!」
司は澤田を睨みつける。
「それで?おまえは牧野が好きだって言うが、こいつはおまえのことが好きだなんて言ったのか?」

「いいえ。牧野からは返事はもらっていません」
司はちらりとつくしを見た。
「だろうな。こいつはおまえには興味がねぇと思うぞ。なあ、牧野?」

つくしは頷きも返事もしなかったが自分の気持ちを正直に伝えることにした。
「あの、澤田さん、こんなこと言うと変に聞こえるかもしれませんけど・・あたしはニューヨークで一緒に仕事をしていた頃から澤田さんのことはあくまでも同僚としか・・いい先輩としか思えませんでした」

「俺といてもなんとも思わなかったってことか?」
「はい」つくしは即座に言った。
一瞬澤田の表情がこわばったように見えたが、すぐに消え去った。
「こんなこと言ったら気分を害されるかもしれませんが、男性として見たことはありませんでした」

つくしは澤田の表情に再びこわばりが浮かんだのを認めると、言葉を選んでいた。なるべく澤田の気持ちを傷つけるようなことは言わないようにと気を使った。

「男の人は女性の外見を重視すると思うんです。だからあたしは澤田さんの基準を満たしているとは思いもしませんでした。それにただの同僚か後輩だって考えてくれてるんだって思っていました。あ、あの別にあたしが自分の外見にコンプレックスを抱いていると言うんじゃなくて、その・・世間一般の男性が女性を選ぶのは外見からですよね?だからあたしがその対象だとはとても考えられなくて・・」

澤田の表情を伺うが、あの一瞬のこわばり以外たいした変化は見られない。
つくしは息をつぐと、先を続けた。

「だから、澤田さんにあたしが真面目に仕事をしてるところが好きだなんて言われて嬉しかったというか、驚いたってのが正直な気持ちなんです。あの、お気持ちは本当に嬉しいんですが、でも澤田さんの気持ちにはお応え出来ません」
つくしはきっぱりと言い切った。

「わからないな。随分とはっきり言うけど、牧野は道明寺さんのことが好きなのか?」

「あ、あの・・」

言葉を選んでいるかのようなつくしの態度に苛立った司が断言した。

「澤田、牧野は俺のことが好きなんだ」

「牧野があなたにそうはっきり言ったんですか?あなたはさっき牧野とは何も無いって言ってましたよね?」

「はっきりもなにも、ありのままの事実を言ったまでだ。何もなかったなんて言ったけど心が繋がってりゃそれでいいだろ?」

何も無かったと思わず口走ったことを後悔していた。澤田をライバルだとは認めたくはないが、司の独占欲は、目の前の男より少しでも好きな女のことを知っていることを望んでいた。

「俺は別にこいつの体が欲しいわけじゃない。心が欲しい。まあ男だから体が欲しいのは当然だが、両方一緒じゃなきゃ意味がねぇからな。体の関係がねぇとつき合ってることにならないってんなら、そのへんの盛りのついたガキと一緒だろ?それともおまえはこいつの体が欲しいのか?体だけ手に入れても心が手に入んなきゃ意味ねぇだろ?」

司がつくしの体を引き寄せると、澤田の体に力が入ったのがわかった。
次の瞬間、司はつくしに覆いかぶさるように顔を寄せると唇を奪い抱きしめた。
いきなりキスをされ抱きしめられたつくしは、思わず司のスーツの襟をつかんだ。

周囲は思わず息をのんだ。
道明寺司と澤田智弘がひとりの女を巡って冷たい火花を散らしていたかと思えば、
道明寺司が女を抱きしめ、唇を奪うという余りにも大胆な行動に目をぱちくりする意外なかった。


「行くぞ、牧野。もうこれ以上ここにいる理由がない」
司はつくしの腕を取った。
「今夜のところは、これで終わりってことですか?」澤田は遠慮なく言い返した。
「キスしたくらいで俺が諦めるとでも思ってるんですか?」
司は澤田の反応から、ある程度のことは見抜いた。
この男の口ぶりからすれば、まだ諦めるつもりはないということを。

「諦めるも諦めねぇもねぇだろ?」
司は険しい目で澤田を見た。
「最初っから牧野は俺のもんだって言ってるんだからな」








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2016
06.26

金持ちの御曹司~悪魔のささやき~

大人向けなお話です。
未成年者の方、またそのようなお話が苦手な方はお控え下さい。
********************************



すらりとして引き締まった男らしい体。
ハンサムだと言われる顔に浮かぶセクシーな微笑み。
非情に罪深いと言われる俺の存在。

誰だ?そんな俺のことを道明寺の種馬だなんていうヤツは?
まあそれを言うならこれぞ血統書つきのサラブレッドだと言ってくれ。
馬と言えば、俺のムスコが臨戦態勢の時は馬並だろうと羨ましげに聞かれるが、他人と比べたことがねぇからわかんねぇな。聞いた話しだが種牡馬になると種付けシーズンには200頭くらい相手にするらしいが、俺が種を付けたいのは牧野だけだ。
他の牝馬なんかじゃ勃たねぇからな。


ちなみにうちには優秀なサラブレッドが二頭いる。
ツクシハニーとツカサブラックだ。
ツクシハニーは元々うちにいた馬だがツカサブラックは牧野のおねだりで買った馬だ。
おねだりっても、まあ・・俺も悪くはないと思った馬だから買ったことに悔いはない。
それにツカサブラックがツクシハニーに惚れこんじまったのを見た牧野が、可哀想に思って買ってくれと頼んできたのもある。元々ツカサブラックは他の牧場からうちのハニーが預けられている牧場に来た馬だ。
あいつ運搬車から降りた途端、うちのハニーに惚れて付き纏い始めたってんだからすげぇいい度胸してる。ツクシハニーにちょっかい出す馬がいる。
そんな連絡を受けて見に行けば、牧野にあの馬あんたに似てるね!なんて言われた始末だ。 俺と馬を一緒に考える女なんて牧野しかいないが、あいつのお願い目線で言われたら買わないわけにはいかねぇ。そんな経緯でうちに来たツカサブラック。

初めの頃は俺に対して反抗的な態度で尻を向けてたが、最近じゃ俺の手から砂糖を食べるようになった。鼻ずらをゆっくりうごめかせながら俺の手の匂いを嗅ぐツカサブラックは
なかなか男前だ。優雅につり上がった目、完璧な頭の形にボディライン。四肢は長く、胸の筋肉もよく発達していてまさにサラブレッドだ。こいつの頭の骨格なんてまさに芸術作品だ。

そのツカサブラックがG1(競馬)宝塚記念に出走する。
宝塚記念は競馬シーズンの上半期を締めくくる重賞レースだ。だからこいつには是非とも優勝させてやりたい。こいつの好きなツクシハニーは三冠馬だからな。やっぱ惚れた女と同じくれぇの箔をつけさせてやりたい。
それはそうと、どっかの大物演歌歌手の持ち馬も出走するらしいが似た様な名前だ。
いいか?馬券を買うときは間違えるなよ?うちのはツカサが付くブラックだからな!

ちなみに馬は人間の気持ちを読み取る力に長けている。
特に恐怖心ってのには敏感に反応する。だから上に乗るヤツが馬に対して恐怖を感じてたら振り落とすこともある。
それに乗馬は忍耐力と優しさが必要だ。
ま、牧野にはこのどちらも備わってるから問題ない。
あいつの忍耐力は人並みじゃない。まさに馬並の忍耐力がある。
昔俺があいつをイジメ抜いてた頃でも平気な顔してた女だからな。
まあ、実際はひとり泣いてたこともあったらしいが・・
その時の復讐なのか、今では時々俺に対して鞭を入れることがあるな。
ま、俺もあながち嫌いじゃないから・・・いいんだが。

牧野に鞭を入れられる・・
そうなると人馬一体ってやつだろ?
乗り手と馬が一体になる。
俺が馬で牧野が人だ。

そんなときは両手で牧野の尻を支えて俺の上にまたがらせて、下から貫いて・・

「俺を乗りこなしてくれ」

まさに馬乗りになる牧野。
そのときの俺は馬並に鼻孔がふくらんで牧野を待ち受ける。
息を止めてゆっくり腰を落としてくる牧野。
そんな牧野のアソコに飲み込まれていく俺のムスコ。
いいか?ここからが重要だ。



「っはぁ・・んっ・・・」
司は下から乳房を持ち上げると親指で硬くなった蕾をもてあそんだ。
「あ・・はっ・・どうみょうじ・・おねがい・・」
「なにがお願いなんだ?」
「おねがい・・いっぱい・・いっぱい突いて?」
「ああ・・わかってる・・」
司はにやりとすると結合部に手を這わせ尖った突起をいじった。
「やぁっあっ・・ん・・」
キュッと締め付けられるムスコ。
「ま、まきのッ・・くそっ・・・」

そんなに締め付けたらまだ何もしてねぇのにイクじゃねえぇかよ!
おまえはそれでいいのか?俺なんにも仕事してねぇぞ?
まあ、いつも俺が仕事ばっかしてんのも不公平だよな?
・・たまにはこいつにも仕事させっか?

「ま、まきのッ・・おれを・・・おれを奪ってくれッ!」

恥ずかしそうに俺を見つめる牧野。今さらなに恥ずかしがってんだよ!
おまえ今までも上に乗ってヤッたことあるだろ?いや・・ないか?
こ、この際どっちでもいいから早くしてくれ!

つくしは司の胸に両手をつき、司の先端だけが入っている状態まで腰を上げた。
それからまたゆっくりと腰を下ろして司を呑み込んだ。
ズブズブと喰われていく馬並と言われる俺のムスコ。

「あ・・ああっん・・」

俺を見つめる牧野の顔はすげぇエロい。
口は半開きで俺のムスコでも咥えてしゃぶりてぇって感じの顔だ。
いつかその口でムスコをかわいがってくれ!

「・・ん・・あっ・・ああ・・」

・・けどこいつ、いつの間にこんな顔をするようになったんだ?
なんか見て勉強してんのか?
俺に隠れてこっそり勉強でもしてんのか?
まさか・・あの山荘のエロ小説はこいつの本だったのか?
管理人の木村のだと思ってたが・・本当は牧野の本だったのか?

「ま、まきの・・俺をいかせてくれ・・」

「ん・・はぁ・・・あっんっ・・」

俺の上でエロく喘ぐ牧野。

つくしは司の言葉に従い何度も同じ動きをくり返しながら背中をのけぞらせた。
ゆっくりと時間をかけて腰が下ろされるたび、結合部からグチュグチュと音がした。

「お、おねがいっ・・ど、どうみょうじっ・・」

もうイク寸前の牧野は我慢が出来なくなったのか俺にお願いしてきた。
クソッ・・結局最後は俺の仕事か・・
仕方ねぇ。愛する牧野のためだ。
司は呻くとつくしの腰を両手でつかんで深く突き上げはじめた。

「どうだ?こうか?もっとして欲しいのか!言えよ!言わなきゃわかんねぇだろ!」
「ああ、ああっ!もっと・・ど、どうみょうじっ・・いい・・すごくいい!」

ああ・・俺もすごくいい感じだ・・それにいい眺めだ。
もうサイコー!
牧野の胸がゆらゆらと揺れるのを見てるのはエロ過ぎる。
司は腰を上下に激しく突き上げると、そそり勃つものから白濁したものを一気につくしの中へ解き放った。









司はベッドの上で寝返りを打ち、目を覚ました。
手を伸ばした先に牧野は・・いない・・・

クソッ!
また夢かよ!
なんでいつもいつもこんな夢ばっかり見るんだ?
あいつとの回数が足りて無いってことなのか?
それに、俺と牧野のお馬さんごっこってのはいつ現実のものになるんだ?

まあいい。
いつか必ず現実のものにしてやるからな!

そんなことはさておき、今夜は随分と早い時間に俺のマンションに来た牧野。
今日は残業せずに済んだの。とかなんとか言いながら話しだした。

「最近いたずら電話が多くて・・」
牧野の口から聞かされたその言葉に心配でぶっ倒れそうになった。
「なんだよそれ?」
「うん・・間違い電話かもしれないんだけどね。受話器を取っても無言なの」
「それに・・」
「それになんだよ?」
「なんかね・・男の人がはあはあ言ってる声が聞こえるの」
「はあはあ?」
「そう。はあはあ」



はあはあ・・・って・・


おい。まさか・・・牧野それは、はあはあじゃなくて、ハァハァの方だろうが?
それエロ電話じゃねぇか?
誰だ!牧野にそんな電話をかけてくる男は!
牧野の耳もとでハァハァ言うなんてどこのどいつだ!
クソッ!俺だってそんなことしたことねぇってのに・・
許さねぇ・・・
どこのどいつか知らねぇが・・
ぶっ殺してやる!

エロ電話・・本当にハァハァだけか?
なんかイヤラシイこと、言われてんじゃねぇのか?
奥さん今日のパンティは何色ですかとか聞かれてんじゃねぇのか?
牧野、本当のことを言え。俺が相手を探し出してぶっ殺してやる!

エロ電話・・・
恋人同士でそんなプレイがあるってのも知ってる。
それはテレフォンセックスってやつだろ?
俺と牧野だったら・・・





執務室で残業中の俺とマンションにいる牧野。



『 牧野、今どんなパンティはいてるんだ?俺が贈った例のパンティか? 』
『 ・・うん。道明寺が贈ってくれたのをはいてるの・・ 』

それはクロッチの部分に穴が開いてる大人仕様のパンティで司のお気に入りだ。

『 いい子だ牧野。いいか?これから俺の言うことには従うんだ 』
『 で、でも・・ 』
『 黙れ!でもじゃねぇだろ?約束したよな? 』

おまえが執務室で関係を持たないだなんて誓約書を書かせたんだから仕方がねぇだろうが! 本当は俺のデスクの上とか、椅子の上とか、ソファとかでヤルつもりがダメだっていうんだからな!俺だっておまえとの約束守んねぇわけにはいかねぇんだし・・これでも譲歩してんだからおまえも譲歩しろ!ビジネスは何事も交渉から始まるだろ?

『 うん・・わかった道明寺・・・ 』
『 よし。目を閉じろ。スカートをまくり上げて脚を開け 』 
『 濡れてるのか?音を聞かせろ 』
『 音って・・ 』
『 おまえの指突っ込んで掻きまわしてみろ 』
『 そんなこと・・ 』
『 俺の言ったことが聞えなかったのか?俺のためにやるんだ。俺をその気にさせてみろ 』
『 だめ・・出来ない・・ 』
『 いいんだ。俺とおまえの二人で楽しむのになに恥かしがってんだ? 』
『 うっ・・んっ・・・ 』

つくしのほっそりとした綺麗な指は広げた脚に挿しこまれると、ゆっくりと出し入れを始めた。ためらいがちだった指も司が耳元で囁く卑猥な言葉にだんだんと大胆な動きに代わってきた。股を覆うレースで出来た三角形の生地はあっと言う間に濡れてぐちょぐちょだ。

『 あ・・アッ・・ああっ・・ 』
『 どうだ?濡れるか?脚をもっと大きくひらけ。俺がそこにいて見えるように・・
おまえの指は俺の指だと思え。言ってみろ、どんなふうに感じてるんだ? 』
『 ああ・・ダメ・・どうみょうじ・・ 』
『 本当のこと言ってみろ?感じてんだろ? 』
『 ああ・・どうみょうじ・・か、感じるわ・・いいっ・・ 』つくしは呻いた。
『 イケナイ子だな。牧野は。いいか?もっと早く指を動かしてみろ。もっとアソコを濡らすんだ 』

容赦なく命じる司。言われたとおりにしたのか、つくしは我を忘れたように出し入れをくり返しながらクリトリスを親指で押しつぶしていた。

『 ど、どうみょうじ・・ね?・・なんとかして・・おねがい・・体が・・おかしくなりそう・・ 』
『 俺が帰るまで我慢できねぇのか? イヤラシ女だな、牧野は! 』
『 が、我慢出来ない・・ね・・お願い・・どうみょうじ・・なんとかしてッ! 』






「でね、道明寺?ねえ、聞いてる?」
「あ?ああ・・き、聞いてる」

実は聞いちゃいねぇ。俺の頭ん中テレフォンセックスのことでいっぱいだ。
それにしてもこいつ、なんでそんなあっけらかんとした顔が出来るんだ?
変態からの電話だろ?気持ち悪くねぇのか?
こいつ・・嫌がってる素振りが全くない!
ま、まさか・・こいつ・・その電話を楽しみにしてるとかねぇよな?
あのエロ小説もそうだが、こいつ意外と変な趣味があんのか?
もしそうなら俺に教えてくれ!
いつでもおまえの相手になってやる。俺がおまえにエロ電話してやるよ!


「実はそのはあはあは犬だったの」
「優紀のところの犬だったの。その犬がコードレスの受話器をいたずらするらしくて、短縮ダイヤルにあたったりして通話になってることがあるらしいの。で、たまたまあたしの番号が入ってる短縮ダイヤルを押すことが多いみたいで・・」

「なんでそんなことがわかったんだ?」

「固定電話なんてあまり使った記憶がないのに料金がかかってるから、おかしいと思って通話記録を取寄せたらあたしの番号にやたらと電話した記録が残ってたんだって」







***








俺は明日からロンドンだ。
イギリスのEU離脱が決まったもんだからこれから忙しくなる。
世界一複雑な離婚協議だと言われるEUからの離脱だ。うちもこれから色々と忙しくなるはずだ。あっちのグループ会社をイギリスから移転する事も視野に入れることになるだろう。
しかしリーマンショック以来の株価の大幅な下げには驚いた。
値幅制限があるとは言え、一日の下げ幅がデカすぎる。
週明けの株価の動きが見ものだな。為替の変動も驚異的な動きだ。
日本は輸出立国だ。円高には参ったがなんとかするしかねぇからな。

しばらくロンドン暮らしになるかもしれねぇけど、ま、エロ電話で我慢してやる。
俺のさっきの妄想が現実になる時が来そうだ!
牧野を電話口でハァハァ言わせてやる!
けどな、我慢出来なくなったらおまえをロンドンまで出張させるからな。
牧野、そのつもりでいろよ?






*G1 宝塚記念 阪神競馬場にて6月26日開催
*値幅制限=株価の極端な上下を避けるため設定した、1日の値上がり額の上限と値下がり額の下限
関連記事はこちらです。『大人の遊び』

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2016
06.25

橋からの眺め 後編

結婚しない女でいくと決めたわけではない。
だが、周りがそう見ているのはわかっている。

OLを長くやっているとそれなりにお金も貯まり、ひとりで暮らしていくことに困りはしなくなっていた。

弟が結婚したとき、両親はあたしに結婚することを求めなくなった。
それまでは帰省するたびに、早く結婚しろと見合いをすすめて来ていたが、それもいつの頃からか言わなくなっていた。あれは確か弟に子供が誕生した頃だったはずだ。
いつまでもかわいい弟だと思っていたが、人生のパートナーを得て子供も生まれれば、もう弟とは思えないほど立派なひとりの男性だった。


ひとりで生きていくことを孤独と思わなくなったのは、いつの頃からだったのだろう。
つくしは自分の人生が流れていく様を淡々とした思いで見つめていた。
ひとりの時間は自分の中の感情と対話ができる時間で、自分の中での大切なものが何であるかを見つけることが出来る時間でもある。
ひとりは頼るものがいない。だから自分の中の自立心が育つ。あたしは昔からそんな人生を送っていた。それは家庭環境や周囲の環境もあったのかもしれない。
頼る人がいなければ、自分で解決をしなければならない。だから、変な意地を張ることを覚えてしまったのかもしれない。

高校生の頃もそうだった。
頼るべき人が出来ても、頼らず意地を張ってしまった。いつも意地っ張りだと言われたていたが、それもまた自分の個性のひとつだからと自ら口にしたこともあった。

本当はなにもかもを犠牲にしてでも守りたいと思ったあいつへの思いがあった。
つまらない意地なんて捨ててしまえばよかった。
だがそのことに気づいた時には・・・もう遅かった。


あたしは道明寺がすき・・

本当はそう伝えたかった。

もし、またいつか会えるときが来たら、あの時の思いを伝えてネックレスを返そう。

そうだ、そのためにも任された事業を軌道に乗せることが必要だ。そうすればニューヨークであいつに会える日が来るかもしれない。
たとえそれが自分の思いに永遠の別れを告げる日になるとしても・・・
最初から二人の恋なんて無理だったのかもしれない。惨めだと言われた暮らしをしていたあたしと、大邸宅に暮らす彼とは違い過ぎていた。垣間見た世界はあたしが暮らす世界とはあまりにも違い過ぎた。だから、あんな結末を迎えてしまったのだろうか?

どちらにしても、今となっては現実をどれだけ変えたいと願っても無理なことはわかっている。人生が逆転することは、きっとないはずだから。






玄関のインターフォンが鳴ったとき、その音は、止まない雨の音に重なったように思えた。
時計の針は9時を回っていて、こんな時間に訪ねてくる人に心当たりはない。
だがこんな時間だからこそ、訪問者には急な用があるのだろうかという思いもある。
つくしは、インターフォンの画面を確認するためソファから起き上がった。
手にしていた資料をテーブルの上へ置くと、壁にはめ込まれた小さな画面をじっと見つめた。そこには思いもかけない人物が映し出されていた。


雨が、雨の音が大きくなったような気がする。


20年経っても変わらない人が、そこにいた。











室内に沈黙が流れている。普段はあまり気にしたことがないような些細な音でも耳についた。壁にかかる掛時計の秒針を刻む音。部屋の中を漂う目に見えないなにか。
それはいつもと違う空気の流れ。

「これ使って」

つくしはタオルを差し出した。
雨に濡れた髪の毛からぽたりぽたりと雫が落ちていた。
差し出した右手の先が少しだけ司の指に触れた。
一瞬、絡み合った二人の視線に指先が疼いた。


司はつくしを眺める。
今彼女が立っているのはリビングのテーブルの近く。
テーブルの上には先ほどまで広げていたのだろう。仕事の資料と思われるものが無造作に置かれていた。

二人は互いの顔を見つめたまま、押し黙っていた。
この場所までは歩いて来たのに、ふいに足が動かなくなっていた。
20年近くも会うことがなかった女性が今、目の前にいる。手を伸ばせば触れられる場所にいるというのに、まるで足が固まってしまったかのように一歩も踏み出せなくなっていた。初恋の女性はパジャマ姿で、青色のカーディガンをはおっている。
司は部屋を見まわす。飾り気のない部屋だ。親友からの手紙にはひとりで暮らしていると書いてあったが確かめずにはいられなかった。だが他の人間の気配はなかった。


牧野がすぐ目の前にいる。

何か言わなくてはと思いながらも何も言えず、黙り込んでしまっていた。
口に出して言わなければ何も伝わることはないとわかってはいても、何故か言葉が出なかった。何か言ってはねつけられることが怖くて言葉が出ない。
持っているもの全てを捨ててまで一緒にいたい。そう願った女性がすぐそこいると言うのに何もできない自分がもどかしく思える。あの頃のほろ苦い思い出が一気に頭の中に甦った。
初めて会ったときは、まさか自分が恋に落ちるなんて思いもしなかったあの頃。
今の自分は初めてこいつに会ったときの17歳の自分に戻ったようにおどおどとしているようだ。そうだ。あの時、心の中ではこいつの太陽のような明るさに戸惑っていた自分がいた。
それは暗闇にいた自分には決して届くことのない陽の光で、こいつの笑顔が眩しかったということ。

怖かった。
そんな牧野が自分のそばからいなくなることが。だが、あのとき司は自ら彼女の手を離すことを選択してしまっていた。

離れてしまってから気付いたのは、心の奥ではずっと忘れられずにいたということ。
その思いは長い間心の奥底にあったが、自らその思いに蓋をして生きてきた。

何か言ってくれないか?
そう問いかけたい思いはあるが、自分から訪ねておいて余りにも身勝手だと気づいた。
言うべきは、話すべきは自分なのだから。


あの日のことを許して欲しい。
もし、今も心のどこかにあの頃の思いがあるならば・・・
俺を受け要れて欲しい。






つくしは目の前にいる長身の男を見つめていた。
20年前に別れたときと変わらないハンサムな男性を。
10代の頃と違い、大人になった道明寺がいる。
癖のある黒い髪に切れ長の三白眼。あの頃は思わなかったがこの時間になるとうっすらと髭が伸びているのが感じられる。テレビや雑誌で見かけるより精悍で大人になった道明寺。
彼の瞳は20年前に出会った頃と同じような表情はしていない。あの頃はどこか冷たい目をした男だった。それでも時折あたしに見せる表情は、優しく語りかけてくれていた。

「お茶・・飲む?」
不意にかけられた言葉。
「あ、ああ」



この人は自分から人に近づくことが下手だった。
どうすれば他人に優しくできるかということを学ぶことがなかったあの頃。
言葉を探しているのはわかっていた。
だから自ら声をかけた。お茶を飲むということが二人の間に流れる空気を和ませてくれるなら、何かのきっかけになるのなら、そう思った。

「どうぞ、座って。安いお茶の葉で申し訳ないけど」
「わるいな」
育ちがいい男はただお茶を淹れただけなのに礼を言う。
リビングのテーブルの上に出された湯呑。
その傍には先ほどまでつくしが目を通していた新規事業の資料が置かれている。

「牧野・・この資料・・」
「ああ。それ?今度うちの会社で立ち上げることになったのよ?うちね、あんたの所に買収されちゃってね。だからこのプロジェクトはあんたのところの下請けみたいな感じなんだけど、あたしが担当することになったの。あたし、こう見えても仕事だけは出来るって言われてて・・」
つくしは話しを途中で止めた。この男がなんのためにここへ来たかを聞かなくてはと思った。
「あ、なにか用があったの?」
まるで昨日の話しの続きでもしているようで、二人の間に20年という歳月など無かったようだ。だが、時は確実に流れていた。
「あ・・・ああ。近くまで来たから、顔が見たくて」
「そう・・」
つくしはゆっくりとほほ笑んで見せた。

二人でお茶を飲んだのは、あの日が最後だった。
10分だけ話しがあると言われ入ったのはファーストフードの店。
そこのコーヒーを口にしてまずいと言って機嫌が悪かったのを覚えている。
まるで昨日のことのように思い出されるあの日の別れ。
道明寺は覚えているだろうか?あの時のことを。


「こうやって・・」
「おまえと何か飲むのは・・あの日以来だな」
「覚えていてくれたんだ・・」
「ああ・・」
忘れたことはなかった。
「あんたあの時、コーヒーが薄くてまずいなんて言って不機嫌だったよね?」
「そう・・だったか?」
司はゆっくり湯呑を口に運ぶ。

コーヒーはブルマン100パーセントじゃないと飲まないと言っていた男だったが今でもそうなのだろうか?
「道明寺は・・」と呼び捨てにしていいものかと考えたつくしは言い直した。
「ど、道明寺さんは今でもブルマンしか飲まないの?」
「あ?ああ・・」
「なんだよ、その道明寺さんっての?」
「だ、だっていい年で呼び捨てなんてね・・おかしいでしょ?」
司と目を合わせ、柔らかな微笑みを浮かべた。
「おまえに道明寺さんなんて呼ばれたら気持ちわりぃ」
「あはは。そっか・・」
笑い声はあの頃と変わらない軽やかな声だ。

そうだ。知り合ったときからお互いにずっと呼び捨てだった。
今思えば、共に幼かったあの頃。
名前を呼ぶことが恥ずかしかったのかもしれない。

「牧野・・あのネックレスは・・・」唐突に切り出された話し。

司は自分が橋の上から川に投げ捨てたネックレスの行方が気にならなかったと言ったら嘘になる。あの時はどうしてあんなことをしたのか・・と後でそのことばかり考えていた。
だがもう20年も前の話しだ。あのときも、流されてしまったと思っていたから探しはしなかった。

「ああ。あれね。返そうと思って大切に保管してたの。ちょっと待っててすぐ取ってくるから」
つくしから返された思いもしなかった言葉。

保管していたということは、まさかとは思うがあの川の中に入って探したのだろうか?
あの日は肌寒かったのを覚えている。
それなのに、お世辞にも綺麗だとは言えないあの川に入って探したのだろうか?
こいつはプレゼントしたネックレスを返すために保管していたと言ったが、20年も処分することなくただ保管しているなんてことがあるのだろうか?

大切に・・保管してた。


どんな言葉を返されるよりも重かったその言葉。
もし、司が思っていることに間違いがないとしたら・・
聞くことが怖かったが、何度か唾を飲み込んだのち、声をかけた。
「まきの・・」
「はい。これ」
差し出された小さな四角い箱はあの当時のままだ。
「あのとき、ちゃんと言えなかったけど・・本当はあんたのことが好きだった」
つくしの口調は確信が込められていた。
「すごく大好きだった・・」

あの頃の、まだ少女だったこいつの面影がちらりと見えたような気がした。
強い意思を持つまっすぐな瞳が、あの頃司を見返してきた時と同じ瞳が、いま目の前にある。

「だけど、言えなくて・・ごめん、あんたのこといっぱい傷つけちゃって・・」
そこから先は言葉を探すようにしていたが、やがてゆっくりと話を継いだ。

「いつか・・あんたに会える日が来たら返そうと思ってた。自分の手で。さよならは・・・
嫌だけど・・もう20年も経ってて今さらだけどね・・あんたのこと、忘れたことは無かった・・」

つくしの口から語られる言葉は司が望んでいた、聞きたいと思っていた言葉。
好きだったと、大好きだったと聞かされ、ふいに希望が湧いてきた。
なぜもっと早く、会いに来ることをしなかったのだろう。
きっかけはあったはずだ。父親が亡くなったとき、母親から言われたことがあった。

『 本当に好きな人と生涯を添い遂げることを考えなさい 』と。

あの日からすでに何年だ?過去とは縁を切ろうとしていた。
過去を振り返ってもどうなるものではないという思いからなのか、親友からの手紙をもらうまでは会おうなど考えもしなかった。
だが、あの頃こいつに変えられた価値観はずっと心の奥にあった。あの恋は間違っていなかったと思っていたはずだ。今までの人生でこみ上げる感情などなかった。こいつを手放してしまってからは、感情を捨て去って来たから、ひとりでも生きてこれた。


だが、一度だけでいい。過去に戻りたい。

いますぐに・・


もしかしたら、今でもこいつは俺のことを好きでいてくれるのではないだろうか?
そんな自分の思いを確かめるには勇気が必要だった。
だがどうしても確かめたい。

「まきの・・もう一度あの橋の上から・・俺とやり直してくれないか?」

胸の奥底から沸いてきた言葉。
否定されることも覚悟の上だった。だが、もしここで言わなければ一生後悔するはずだ。
何かを切望するという気持ちは今まで感じたことがなかった。
そうだ。あの頃、こいつに思いを募らせていたとき以来だ。

「あの橋の上であったことは・・・あの日のことは・・」

その言葉は最後まで言えずにいた。





つくしはただ黙って聞いていた。
無言のまま、大きな瞳から頬をひと筋光るものが流れた。
頬を涙で濡らし、口元は震えている。それはかつて見たことがないほど、美しい顔だった。
決して造形のことを言っているのではない。昔から表面を飾ることなどしなかった女だった。こいつの美しさは心根の美しさだと言うことだ。その心が表情に現れたような気がしていた。
ずっと自分を待っていてくれたのではないか・・・司はそう思わずにはいられなかった。

「あ、あたしも、あの日のことは忘れたことはなかった。どんなに忘れようとしても、道明寺のことを思い出さない日はなかった。いつかまた・・ううん・・」つくしは首を振った。
「一度でいいから、また会いたいと思ってた。だって・・い、今でも道明寺のことが好きだから・・」


司が心の中に描いていた光景は、今、目の前にある。
それは両手を差し出して彼の体を迎え入れようとしてくれる小さな体。
誰にも動かされることのなかった心は、こいつだから動かすことが出来る。
そう。彼女だから・・牧野つくしだから出来ること。
忘れられなかったあの頃の思い。心の中ではずっとわかっていた。
いつかあの頃とは違う最高の自分で会いたいという思いがあったはずだ。何年経っても変わらない思いは決して色褪せることなく、心の中にあった。すべてがまだ新鮮で幼かったあの頃と変わらない思い。それは何年たってもこいつを愛しているという気持ち。今すぐあの頃に戻りたい。聞き間違いでなければ、今でも好きだと言ってくれた。
目の前に差し出された両手は失ってしまったと思っていた愛がまだこいつの中にあるということだろうか?

遠い昔のことは忘れて受け入れようとしているかのように広げられた牧野の腕。
もうこいつと離れることはないし、二度と離すつもりもなかった。


「愛してる」 つくしは心から言った。
あれから何年経とうが思いは昔のままだった。
長い間、愛することを止めることは出来なかった。心の中にはいつも道明寺のことがあったから他の誰かとつき合いたいなど考えたこともなかった。ひとりで生きていくことを孤独だとは考えてはいなかったが、それでも愛する人がそばにいてくれればと考えない日はなかったはずだ。

司は手を差し出すとつくしをしっかりと抱きしめた。

「俺もおまえを愛してる。これから死ぬまでずっと一緒にいたい」

つくしは彼のキスに応じて唇を開いた。


牧野を愛してる。

抱きしめ合えるということがこんなにも素晴らしいことだと、司は初めて気が付いた。
あれから随分と時は過ぎてしまったが、二人で人生をスタートするのは今からでも遅くはないはずだ。20年も手元に置いて大切に保管されていたネックレス。
あのとき、俺が投げ捨てたネックレスはこいつの宝物だったと気づかされた。
今はそのネックレスと一緒に俺の宝がこの腕の中に戻って来てくれた。

もう二度と離したくない。
離れたくない。



今、司の心の中にあるのは、ただそれだけだった。







< 完 > * 橋からの眺め

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2016
06.24

橋からの眺め 中編

「社長、そろそろ・・」

「ああ。わかった」

司は秘書の声に顔を上げた。
ここは眠らない街。東京。
すでに日が暮れていた。

遠い昔、この場所から好きな女性にプレゼントをしたネックレスを投げ捨てたことがあった。
あの日からもう何年が過ぎたのだろうか。失われた時が戻ることは決してないが過去を振り返らずにはいられなかった。
あの時の彼女はどんな格好で、どんな表情をしていた?冬の夜の空気はどんなだった?
遠い日の二人の姿が見える気がした。




『 正直いって、がっかりしたわ 』

『 あたしは、道明寺を・・・ 』

『 泣くな 』

『 泣いても、もう俺は何もしてやれねえ 』





制服姿だった。歯を食いしばり、大きな黒い瞳いっぱいに涙を浮かべ静かに泣いている。
記憶の中の情景は決して消えることなく、司の頭の中に存在していた。
あのとき、彼女の言いかけた言葉の続きはなんだったのか。
二人の心のやり取りは、されないままで終わってしまったのだろうか。
もしかしたらあのとき、彼女の心からの言葉を聞くことが出来たのかもしれないのに遮ってしまったのだろうか?


あたしは、道明寺を・・

その先の言葉はなんだったのか・・



ここから見える風景は都会の街明かりだけで、人の日常が感じられるだけだった。
司がいま立ちつくしているのは街の中を流れる川に架かる細い橋。
今思えばこの橋は二人の人生を繋ぐために架けられた橋のようだった。
人生には渡らなければならない橋がいくつも現れる。長い橋もあれば、短い橋もある。
叩き壊したい橋もある。それでも毎日必ず自分の前に現れるいくつもの橋。
自分を信じてその橋を渡る日々。だがいつか渡る橋もなくなるのだろうか?
人生にはいくつのもの選択肢が用意されている。渡る橋が違えば、自分の人生は今とは違ったものになっていたのだろうか。だが自分の選んだ人生だ。自分で選んでここまで来た。
だからこうしてこの場所に戻って来たのではないか?

都会の喧騒の中、思い出すのは意地やプライドなど捨てても彼女と一緒にいたかったという思い。
あのとき、言うべき言葉は別にあったはずだ。
雨の別れを乗り越えたはずだった。
だが、互いを求め合うことが全てだったあの頃には見えなかったこともある。
間違いを間違いだと認めることが難しかったあの頃。

あの時は少しだけ時間をおくつもりだった。
本当は誰よりもそばにいて欲しい人だったはずだ。
それなのに、あの頃は全てが自分のためだけに動いている。
そんなふうに考える子供だった。
だから少しだけ時間をおくつもりが、いつの間にかこんなに長い時間が二人の間に流れてしまったのかもしれない。



あの日を機に二人は離れてしまった。
彼女は自分のたったひとつの夢だった。世の中の全てを捨ててもいいと思えるほど好きだったはずだった。それまで自分の中に存在しなかった人を愛するという気持ちを教えてくれた人だった。
あのとき、彼女の瞳に写った自分はいったいどんなふうに見えたのだろうか?
恐らく冷たい炎を浮かべ、彼女を見据えていたはずだ。

「社長・・」

秘書の呼びかけに欄干から手を離すと振り返った。

「わかった」

司はゆっくりとした足どりで車の方へと戻っていく。

この橋の上での別れを永遠の別れにはしたくない。
あの時はこの橋の上で泣かせてしまったが、彼女の活気に満ちた明るさは今も昔のままなのだろうか?あの頃の彼女の姿が甦った。笑顔の中に輝く大きな黒い瞳と軽やかな笑い声。
考えるのは彼女のことばかりだ。
なくしたものは何だったのか?彼女と手にできたはずの時間を思うと寂しかった。


川を渡る一陣の風は、彼の癖のある髪の毛を優しく撫でただけで、去っていった。






***






「この仕事を希望したのはどうしてですか?」
「はい。一度海外で働いてみたいと思っていましたので」
「そうですか。ご家族はあなたが海外で働くことに反対はされませんか?」
「反対する家族はいません」


仕事は楽しい。やりがいもある。
キャリアを積むために一度海外で仕事をしてみたいと考えていた。
出来ればニューヨークで働いてみたい。そんな思いが頭の中を過った。

つくしの勤める会社が道明寺ホールディングスの系列となったのはつい最近のことだった。
自分でも滑稽だと思うほど、未だにあいつのことが忘れられなかった。
今でも名前を耳にすると気持ちがざわついてしまう。
あれからもう何年になるんだろう。年を数えることはとっくに止めたはずだが、それでもどこかで歳月を巡っている自分がいた。

仕事をバリバリこなす頭のいい女性として社内では信頼も厚い。
そんな女性が独身で男もいないと必要のない噂が立つ。最近囁かれているのは誰かの愛人ではないか。離婚経験者で男が嫌いになったのではないか。
そんな人々の連想に笑いを禁じえないが、他人が自分のことをどう言っているかなんてどうでもよかった。だが女性が仕事に純粋だと、どうしてそんな目で見られるのか。
女として夢を見ることも大切だけど、現実の方がもっと大切だ。だから仕事に手を抜くなんてことは考えたこともなかった。
女性がひとりで生きていくということは、世間から見れば脛に傷があるように思われるのは仕方がないことなのだろうか?

雨が激しく窓ガラスを叩きつける音がしていた。
そんな音は遠いあの日を思い出させる。
つくしは持ち帰った資料を読もうとしていたが、何故かこんな夜は読む気がしなかった。


あの日の記憶はいつまでたっても薄れることはなかった。


あたしの感情はあの日、時間を止めてしまったのかもしれない。
雨が降るたびに思い出されるあの日の記憶と好きだった男性。


今でも大切にしている思い出はいつもあの日で終わりを迎えてしまう。
冷たい川の中に投げ捨てられてしまったものを、這いつくばって、泥だらけになりながら探して拾い上げた。若かったあたしとあいつ。そして、あのとき突然終わってしまったあたしの恋。
泣いても何もしてやれない、と言われ言葉を返すことが出来なかった。

雨の日の別れは乗り越えたはずだったのに・・

冷たい川の中から拾い上げたものは、命を持たないネックレス。
今は寝室のクローゼットの奥深くに四角い箱に入れられたまま収められている。
ネックレスは一度あいつに返したものだから、本当は宅配便を使ってでも返そうかと思った。でも、出来なかった。そんなことをすれば、あのとき、きちんと終わらせることができなかった恋はあたしの中で永遠に宙ぶらりんになるはずだ。
返すならあいつの目をみて、自分の気持ちを伝えて返したい。
だからこそ、自分の手でもう一度返そうと思った。だが校内で顔を合わせることがないまま道明寺はニューヨークへと旅立った。



ニューヨークは刺激的な街だ。
一度だけ訪れたことがある。大学を卒業する年にアルバイトをして貯めたお金で訪れたことがあった。あいつが暮らす街。高層ビルが乱立する世界で一番刺激的と言われる街。
ネックレスを携えて行ったが会えなかった。
そのとき、いつまでも夢を見ていてはいけないと思った。もうあいつは本当にあたしのことなんて、どうでもいいんだとわかったから。あの日に言われた言葉は本当だったんだと改めて思い知った。

もう何もしてやれない。

あの時やっと・・あいつの言葉を理解した。
それまではどこか甘えていたんだと思う。あいつがあたしを思う気持ちにおごっていたのかもしれない。放っておいても、いつもあたしのことを気にかけてくれる人だったから。
でも気まずい思いをかかえて別れた。だからあの街でもう一度会いたいと思ったが、あいつはあたしの手が届かないところへいた。


醒めない夢を見ることは、あのときにきっぱりと止めた。

だけど、もしこの仕事がニューヨークへの足掛かりになるなら・・
あいつに会いたい。
あの時返しそびれたネックレスを手渡すことが出来れば、きっとあたしはあいつのことを忘れることが出来るはずだ。
一度だけでいいから会いたい。


つくしは自分の住まいが好きだった。小さいけれど住みやすいマンションは就職してからコツコツと貯めたお金を頭金にして購入した自分の城だった。
大きなソファの上で横になると、読む気がしないとテーブルの上に投げてしまった資料を手に取っていた。








運転手が車を降り、後部座席のドアを開けた。

司はすぐには降りることが出来なかった。
外は雨だけでなく、風も出ていた。
東京の空の下に到着したときには雨は上がっていたが、いつの間にかまた降り始めていた。
息づかいまでかき消してしまうほどの激しい雨。
まるであの時の雨みたいだな。と司は口に出して呟いていた。

乗り越えたはずの別れと同じ雨。


いつか、またどこかで会えることが出来るならと思わなかったわけではない。
だが、もしも出会えたとしても、もう遠い昔のことだと一蹴されたらと考えれば一歩が踏み出せずにいた。
言いたいことがありすぎて、何から話せばいいのかと言葉を探してみるが、また後悔するようなことを口にするのではないかと怖れていた。
もしかしたら、彼女に言うべき言葉を持っていないのかもしれない。
泣いてもなにもしてやれないと橋の上で突き放してしまったあの日。
あの場所で彼女から返されたネックレスを川へと投げ込んだ。
あの頃の二人の愛はまだ成長途中で、乗り越えて行かなければならないことが沢山あったはずだ。あのとき、自分がもっと大人だったらと何度思ったことか。


彼女は俺のことを覚えているだろうか。
あんな別れをしてしまった俺を許してくれるだろうか?

それとももう、すでに手遅れなのだろうか・・

司は車を降りると、斜めに降り注いでいる雨の中を歩き出していた。









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2016
06.23

橋からの眺め 前編


司は女にも、その場所にもうんざりしていた。
流行りの場所で、その場所に似合うような女を連れていた。

女に自分の初恋の相手の話しなんてするんじゃなかった。
道明寺さんも若い頃は恋をしたことがあるんでしょ?
何気なく問われた言葉に何の気なしに答えた自分がいた。

「ふられたよ」









『 ふられたよ 』

そう言ったが別れを選んだのは司の方だった。
それは彼女がいる場所から引き離すべきではないという思い。
二人が育った環境はあまりにも違い過ぎた。だから自分と一緒にいれば不幸になる。
あの時はそんなことが頭の中にあったのかもしれない。
だから司は別れを選んだ。


そんな別れから暫くのち、司はひとりこの街へと住まいを変えた。
父親が病に倒れ経営の第一線から退くと、司が跡をついで社長に就任した。
一時は景気低迷のあおりを受け、会社の経営も危ぶまれた時もあったが事業を継続するため、自分を犠牲にして働いた。大勢の従業員を雇用する人間には大きな責任がある。
司の肩には何万人という従業員とその家族の生活がかかっている。そのために冒険するに値するリスクじゃないと言われるような新事業の展開にも目を向けた。

そこからは多忙な日々が続いていく。司の前に見える道は長く険しい山道のようで、山は見えるのに頂が見えない、雲に隠されているかのように姿を見せてはくれない長い道。
平坦な道ではないその道には手を着く場所もなく、ただ転ばないようにと前を向いて歩いて行くことしかできなかった。転べば自分の後に続くものが道を見失うだろう。決してそんなことがあってはならなかった。そんな道もいつか先を見通せる場所に出るはずだ。例え今が五里霧中の現状だとしても、引き返すことは出来ない自分の道。

そんな事業拡張のために費やしたのは10年という長い年月で、気付けば随分と時間が経ってしまっていた。


病に伏していた父親が亡くなり、葬儀のあと優しくも感傷的でもなかった母親が、今までになかったような優しい一面を見せるようになった。鉄の女と呼ばれ恐れられていた母親も年を取ったということなのだろうか?

司は自分の両親の仲がどうなのかということに気を留めたことはなかった。
それでも自分の夫が亡くなった母親はひと回り小さく見えたような気がしていた。
人生の中で何度か訪れる身近な人の死。それは決して避けて通ることができない。
どんな人間にも平等に訪れる死という別れ。彼の母親も今までにも何度か経験はあったはずだ。

「わたしも、いつかあなたと別れる時がくるわ。その覚悟は出来ているとは思うけど、心から愛した人と別れるのは本当に辛いことなのよ」

その言葉は今まで司が知らなかった母親の寂しい一面だった。
結婚して何年たっても夫を心から尊敬していたと初めて聞かされた。
愛について語りはしなかったが、尊敬という言葉に全てが込められているような気がした。
自分の両親の結婚生活はどのようにして成り立っていたのか、気にも留めたことはなかったが、ふたりが長きに渡って生涯を共にしたわけを今にして初めて納得できたような気がしていた。

「振り返れば人生は短いわ。あなたも、そろそろ本当に好きな人と生涯を添い遂げることを考えなさい」

それは遠い昔には決して聞く事が出来なかった母親からの言葉。
まるであの頃、彼が愛した少女との仲を引き裂こうとした事実など忘れてしまったかのような言葉だった。



母親の言葉。
本当に好きな人と生涯を添い遂げる・・・
それは若気の至りだと一蹴された彼女のことを言っているのだということは安易に想像できた。
母親の言葉は彼がこの10年、わき目もふらず、すべてのエネルギーを会社に注ぎ込んできたことに対する労いと償いの気持ちだったのかもしれない。
あの少女と別れなければならないと、仕向けたことに対しての後悔と言うものが母親の気持ちのどこかにあったということなのだろうか?
それとも自分の夫が亡くなった今、母親の心の中に過るなにかがあったのだろうか?

だが、もう随分と時は過ぎ去ってしまっている。
今さら何が出来るというのだろう。
そんな思いを巡らせながら時は過ぎて行った。










司の東洋人らしくない背の高さはしなやかな肢体をより美しく見せ、女たちの注目を浴びた。
もっとも今では青年期を過ぎより男らしく、精悍な顔立ちが人を惹きつけるようだが所詮、面の皮一枚だけの話しであって司にとって外見は持って生まれたというだけのことだった。

そう言えば、自分はいつも仕事ばかりしてきたように思えた。
若い男は情熱を傾けるすべを知っているはずだが、そんなことにもたいして興味はなく、ただ、おざなりのように女を連れていただけなのかもしれなかった。
女との付き合いは失った恋人との代償行為だったのかもしれない。
人は一生のうちに何度恋をするのだろうか?
失ってしまった恋人、それは自らが手を離してしまった女性。
司はその女性に激しい情熱を燃やしていたのにもかかわらず、自ら手放すことが彼女の幸せな未来のためだと信じていた。



そう・・・あのときは・・


そうすることが正しいと思っていた。


司の情熱は昔の恋人と別れたときに消え去ってしまったのだろうか?
他の男達が競って美しい女を手に入れようとしても、司は興味を示さなかった。
そんな彼が情熱を傾けたのは自分の事業のことだけだった。
今の司の人生の中、ただ唯一の悦びはそんな事業に初恋の女性の名前を見つけたときだ。
脳裏に甦ったのは父親が亡くなったとき、母親が言った言葉だった。

『 振り返れば人生は短いわ。あなたも、そろそろ本当に好きな人と生涯を添い遂げることを考えなさい 』



久しぶりに目にした彼女の名前。




その女性の名前を見つけたのはある夏の日の午後だった。






彼女が自分の会社で働いている。
知りたいと思った。
彼女は今どんな暮らしをしているのだろうか?
調べようと思えばすぐにでも調べることが出来たが、何故か躊躇われた。
苗字は変わらないが誰かと結婚しているのだろうか?
もしかしたら子供がいるのかもしれない。
そう考えれば調べることが怖かった。


「いまさら、何を・・・」 司は小さく呟いていた。









そんなとき、遠い異国の空の下にいる自分に届けられたのは親友からの手紙だった。
今の世の中で手紙を書くとは、なんとノスタルジックなことをとは思ったが、電子メールは機械的でそっけないと言う親友。メールのようにタイピングされた文字には書いた人物を想像させるような文字の癖もなく、推敲を重ねたような迷いも見られない。だが手書きの手紙なら書いた人物を想像することが出来る。

右肩あがりの文字の並びだったり、小さな文字を便箋一杯にぎっちりと埋め尽くすように書かれた文字だったり、ときにはそっけない言葉がぽつんと置き去りにされたように書かれた手紙もある。司のもとに届いた手紙は幼い頃過ごした親友からの馴染みのある文字が並んだ手紙。

手紙は空と海を渡り大勢の人間の手を経て司の元へと届けられていた。
自分の手元に届くまでの間に、いったい何人の人間がこの封筒に触れたことだろう。もし差出人の名前が親友の名前ではく、他の人間の名前なら司の手元に届くことはなく処分されていたかもしれない。
執務室のデスクの上に数通の手紙とともに置かれていた親友からの手紙を読んだとき、驚きの声をあげていたかもしれない。
その時の自分の顔はどんな顔だったのだろう。

それは初恋の女性の近況が綴られた手紙だった。
震える手で読み進めた手紙。
手書きの文字にこれほどまでに暖かみを感じたことはなかったはずだ。


何度彼女の夢を見ただろうか?


司の思いは遠いあの日へと帰っていった。




愛は永遠に続くものだと信じて疑わなかったあの頃。
狂おしいまでに愛した女性。
そんな彼女に自分をわかって欲しいと大胆な行動をとったこともあった。
彼女にも自分と同じ気持ちになって欲しいと望んでやまなかった日々。
その願いもいつか必ず叶うと信じていた。

それなのに・・
自分が傷つけばよかったのに、彼女を傷つけてしまった。
ただそれだけが、今でも司の心の中には大きなしこりとなって残っていた。

どこかへ連れ去ってしまいという思いもあったが、自分に対して素直に心を開かない彼女に失望を隠せずにいた自分がいたのも事実だった。

素直に心を開かない。
それが司をもどかしくさせていた。
言葉は気持ちとは裏腹な思いを伝えることもあると言うことを知ったのは、司がもう少し年を重ねてからのこと。若い頃は自分の思いをそのまま伝えるということを当然だと考えていた。その思いはどこから来たのか?それは司の周りには常に彼に付き従う人間しかいなかったからだろう。そして自分が口にした思いは常に叶えられていたからだ。


素直じゃない・・

今思えば、それは彼女らしい意地っぱりな部分だったのかもしれない。


司は親友からの手紙にこの街が東京から一万キロ以上離れていようとも、
彼女が自分のことを忘れていたとしても、いつまでたっても彼女のことが忘れられない自分に嘘をつくことを止めた。
司が自分の心にこれ以上嘘をつくのを止めたとき、
自分がこれからどうすればいいのか、わかったような気がした。
もし、過去など気にせずにいてくれるなら、自分を許してくれるなら、自分の居場所がそこにあるなら・・

彼女がまだ自分を愛していてくれるなら・・

「 会いたい・・ 」

司は今まで何度となく思っていたことを、はじめて口にしていた。
こうして口にしてみれば、彼女に会いに行くことに躊躇いは無くなっていた。
言葉は口をつくことで、魂を持つ。
彼の口から放たれた言葉は、魂からの言葉だったはずだ。


「牧野に会いたい」


迷いは無くなった。
もう一度彼女をこの腕の中に抱きしめたい。
自分の人生には彼女が必要だ。これから先も自分が生きていくためには。
眠れない夜を過ごした長い年月を・・・終わりにしたい。
その日から司は、時間を指折り数えはじめた。それまでは時間の経過などどうでもよかった。
どうせ自分の人生は会社に囚われて終わるだけだと思っていたから。
だが、今は彼女に会える日を夢に見て時間を数えていた。




心に語り切れない思いを抱えた司の乗った航空機は、あの頃愛した女性が待つ街へと翼を向けている。
司は腕の時計を見た。あと2時間。もうすぐ彼女に会える。
座席にもたれ、目を閉じた。
今さら会いに来た理由をどう説明しようかと考えていた。





航空機が東京の空にさしかかったとき、それまで街を覆っていた雨雲は早い速度で移動して行った。
雨足は弱くなり、雲の隙間から夕暮れの太陽が垣間見えた。
彼の前に開けた視界はそれまで自分の心を閉ざすように垂れこめていた、わだかまりという名の雲も一緒に持ち去ってくれたような気がした。
過ぎた思いかもしれないが、心のどこかで彼女が自分のことを待ってくれているのではないか。そう考える自分がいた。それは自分勝手な思いではあるが、それでも、もしそうであるのなら、彼女に伝えたい思いがある。

今でもあの頃と変わらない思いでいる。

それは今でも愛しているという思い。

忘れようとしたが忘れることが出来なかった彼女は、今この空の下にいるはずだ。

早く会いたい・・・心の中に語り切れない思いがある。

ただそれだけを抱えた13時間のフライトは、間もなく終わりを迎えようとしていた。


航空機が到着する頃には、東京の雨はすっかりあがっていた。








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2016
06.22

大人の恋には嘘がある 30

交流会と言っても、いわゆるひとつのパーティーだ。
道明寺ホールディングスと澤田ホールディングス、そして他の企業関係者も招いての大がかりなパーティー。いるのは高級志向で多忙を極める一流企業に勤める集団だろう。

司はやっとの思いで、つくしとのデートの約束を取り付けたと思っていたところへ澤田と言う男の出現にやきもきしていた。
司の前で堂々とつくしが好きだと宣言し、ライバル宣言までした男。

ニューヨークから帰国して以来、じゃれるようにつくしに付き纏っては来たが、微妙な関係から始まっていつも上手くかわされて来ていた。だがホテルで何もなかったとはいえ一夜を過ごし、そこから二人の関係が前進したかと思っていたら、澤田の出現だ。

クソッ!

やっと牧野が俺の気持ちと同じになったと思ったところで澤田の出現に司はイライラしていた。
3年以上眠らせていた欲求に対してのイライラもあるのかもしれないが、それはいつか牧野と思いが通じればなんとかなると思っていたのだから、時間の問題だと思っていた。
ここまで時間をかけて来たんだ。澤田なんかに牧野を取られてたまるか。
司の頭の中にはただその思いだけがあった。

本当はこんなパーティーに参加するより牧野と二人っきりで食事に出かけ、酔わない程度に酒を飲ませて気分よくさせて、それから願わくば今度こそ一緒のベッドで寝たい。
もちろん添い寝じゃない。だが今はそんな場合じゃなかった。

司は毎日気を揉んでいた。
それは澤田とつくしが同じ会社にいるということだ。だがこればかりはいくら司が気を揉んだところでどうしようもなかった。

パーティーには当然だが澤田智弘も来ていた。
背の高さは司よりも少し低いが決して見劣りするような高さではない。
いかにも自信たっぷりで権力を手にしている男という感じだ。つくしと一緒に会社を
訪れた時は本当の自分を隠して司に近づいて来たということだろう。





「道明寺さん、こんばんは」

一流どころの財界人が集まるこのパーティー会場でも澤田は堂々とした態度で司に挨拶をしてきた。いかにも場慣れしている感じだ。

「牧野、この前は話しを聞いてくれてありがとう」

にっこりと笑いかけて来たその笑顔は会えてうれしいよ。と心から言っているようだ。
つくしは思わずぎょっとした。澤田のひと言で隣に立つ男から並々ならぬ熱が感じられたからだ。その熱は恐らく怒りのエネルギーだと思われた。
司は澤田を睨みつけるようにして立っている。

つくしは司からの誘いに応じ今夜のパーティーに参加していた。企業同士の意見交換会みたいなものだと言われ、おまえの今後の仕事のためにも参加した方がいいと思うと言われたからだ。司とつき合いを始めると言うことは、求められる立場があると言うことは理解していた。

ニューヨーク時代も客に招かれパーティーに何度か参加したことがある。
だが今まで参加して来たパーティーはあくまでもビジネスの延長線上にあるもので、仕事絡みのものが殆どだった。だが今夜のパーティーは少し様子が違うようだ。
美しく着飾った人々が行き交うパーティーで、つくしが今まで参加してきたものとは明らかに違っていた。

道明寺とつき合おうと決めた時点で断る理由はなかったから、パートナーとして参加したが、澤田の存在に戸惑いを隠せなかった。いくら澤田が金融業界において優秀な営業マンだとは言え、ある程度のステータスがなければこのパーティーには参加できないはずだから。

「さ、澤田さん、こんばんは。」

つくしは挨拶を返した。だが澤田が話したこの前のことには触れなかった。
なにしろつくしに対して強烈なアプローチをしてきた男のことだ。またここでこの前のことなんてのを話したら、道明寺の逆鱗に触れることは間違いない。

「この前ってなんだ?」
案の定食い付いた。
つくしは微笑したまま答えようか迷っているようだ。
司は苛立ちを募らせた。
つくしに変わって答えたのは澤田だ。

「先日、牧野さんにおつき合いを頂いたんです」
「さ、澤田さん。あの・・」
「へぇーなんだよそりゃ?」司は眉を寄せると澤田を睨んだ。
「何につき合ったって?」
「コーヒーをご一緒したんです。二人だけで」
「あ、あの、澤田さん?」つくしは目をみはった。

確かに二人で飲んだけど、場所は街角のカフェで周りに大勢人がいるのに、どうして二人だけなんてことを言うのだろうか?二人だけだなんて言うとまるで周りに誰もいないように思われてしまう。

「なんでおまえと牧野がコーヒーを一緒に飲んでんだ?」
司は不機嫌そうに口元をこわばらせた。
「ど、道明寺、あのね、ただ、話しをしただけだから。そんな騒ぐほどのことじゃないから。同じ会社の人間として話しをしただけだから・・あの・・」

不信感をあらわにした司の表情は、つくしの言い分を信用していないことはあきらかだ。

「違いますよ。俺と牧野は仕事の話しなんかしてませんから」
澤田は司の不信感をあおるかのように言って見せた。
「さ、澤田さん?」つくしの声が裏返る。
「澤田、おまえ随分と俺に対して挑戦的だな」
険しい口調だった。
二人はまるでこれから12ラウンドを戦うボクサーのように睨み合っていた。
いったいどちらが挑戦者なのだろうか?

「ええ。そうですよ。僕は牧野と二人でコーヒーを飲みながら二人の将来について話しをしたんです」
「澤田さん!な、なに言ってるんですか!そんな話しなんてひと言もしてないです!」
「ああ?そうだった?」
「そうだったじゃありません!」
「はは。冗談だよ。」

澤田はそれまで冗談めいた口調だったが、突然声のトーンが変わっていた。
「道明寺さん。俺は牧野に自分の気持ちをきちんと話したんですよ。
仕事に真面目に打ち込んで来たおまえをいつも見ていたってね。牧野はすごく真面目なんですよ。まあ道明寺さんもそのあたりはご存知かとは思いますが?」

つくしは口を挟もうとしたが男二人に止められた形になっていた。
司が片手を軽くあげ、黙っていてくれという仕草をした。

「牧野は気を緩めるとか楽しむなんてこともなく仕事ひと筋の女ですからね」
澤田は間近で見て来たニューヨークでのつくしの話しをはじめた。

「そんな牧野がある時から、女の表情をするようになったんですよ。普段から感情が表に出やすい女ですからね。ああ、誰か好きな人でも出来たんだと思いましたよ。ちょうどあなたの会社とうちの顧客とがある会社の買収を戦っている時でした。でも二人の関係は短いものでしたよね?」
彼はそこでいったん言葉を切り、何かを思い出すような表情をした。

「いつだったか、牧野が寂しそうな顔をしていた時がありました。道明寺さん、あなたこいつに嘘をついていたんですね?自分が誰だか、本当は誰だか名乗らなかったんですよね?」
澤田は息をつぐと、先を続けた。

「俺は・・あなたが牧野と付き合い始めたとき、もしかしたらうちの情報を牧野から聞きたいが為にこいつに近づいたんだと思いました。でも牧野のことですから、あなたが例え誰だとしても社内の事を迂闊に話すような女だと思っていませんでしたし、牧野もあなたが誰だか知っているものだと思ってました。まあ、うちの顧客の敵対関係にある人間とつき合うのがいいのかどうかという話になると、問題なのかもしれませんが・・所詮、男と女ですからね」
澤田は肩をすくめた。
「こいつ、かなり落ち込んでいましたよ。あなたが本当は誰だか知ってから、あなたに利用されたとか考えたんじゃないですか?それにもしかしたら会社を裏切った・・背信行為にあたるようなことをしたんじゃないかって悩んでもいたんだと思いますよ。道明寺さんのせいで」
澤田はひと息ついた。
「あなた、その時なにしてたんですか?牧野がひとり悩んでいる時に・・こいつの気持ちわかってたんですよね?知ってて見て見ぬふりですか?」



司は辛抱強く待った。
澤田が言いたいことがなくなるまで待っていた。
話しを聞きながら司の顔には凄みが増していった。

「おまえが言いたいのはそれだけか?」司は言った。
「何も知らねぇ他人が口出すんじゃねぇよ。おまえさっき所詮男と女だなんて言ったよな? 確かに牧野は俺とつき合ってた・・けど、何もなかった・・俺もこいつの名誉のために言っとくが・・こいつが俺に自分の会社の顧客について何か喋ったとかもねぇし・・会社に対しての背信行為があったことも一切ない」
「こいつは俺が誰だか知ってからは2度とセントラルパークには現れなくなったしな」

「そうですよね?リスの餌付けに失敗したってことですよね?」
「おい、澤田。おまえはいったい何が言いたいんだ?」
二人の男の間にはただならぬ雰囲気が漂い、凄みがあるどころではなくなって来ていた。

「道明寺さん、澤田さんそんな深刻な顔をされてどうしたんですか?」

まるで一触即発か?という気配に気づいた初老の男性が声をかけた。
気付けばいつの間にか3人の周りにはかなりの数の人間がこちらの様子を伺っていた。

「お二人共そんなに積もる話しがあるなら、一度お席をもうけましょうか?智弘君も久しぶりに日本に帰ってきて、懐かしくて話し込んでしまったんでしょうかね?」

男性は親切心から申し出をした。
それに道明寺ホールディングスの道明寺司が長々と話し込むことに興味を抱いていた。
今までの道明寺司はパーティーに参加しても仕方がなく。と言った感じで他人にあまり興味を示すことはないからだ。

「ああ、道明寺さんは智弘君のことはご存知だったんですね?もしかしてニューヨーク時代のお知り合いですか?お二人ともニューヨークが長かったようですし」

「いいえ。申し訳ないがわたしはこちらの男性がどなたなのか、存じ上げていないんです。 ご紹介頂いてもいいですか?」

「そうでしたか。道明寺さんはてっきりご存知かと思っていましたが大変失礼致しました。
こちらは澤田智弘君。衆議院議員の澤田先生のご次男で、ゆくゆくはお父上の跡を引き継いで選挙に出られると思いますよ。ご実家は澤田ホールディングスですから道明寺さんともてっきりお知り合いかと思っていました」

「そうでしたか。わたしはてっきりどこかの営業マンだと思っていましたので。どうやら
彼はわたしに嘘をついたようですね?改めてよろしくお願いしますよ、澤田ホールディングスの澤田さん?」









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2016
06.21

大人の恋には嘘がある 29

「あの澤田って男には消えてもらう」

まるでマフィア映画のようなセリフに友人たちは笑えなかった。
この男ならやりかねないと思ったからだ。
今では高級スーツを身に纏い、紳士然とした態度を見せる男も昔はケンカ相手の腕の骨の一本や二本平気で折るような男だった。相手の顔の鼻の骨が折れても、自分の顔には一切傷がつかないと言うほど相手からの反撃を許さなかった男。
表沙汰にはなっていないが下手をすれば少年院送りになっていてもおかしくない男だった。
そんな男の言うことだから、真実味が感じられて当然だろう。

「つ、司、おまえ怖ぇこと言うな」
「まさかぶっ殺すわけじゃねぇよな?」

あきらも総二郎もまさかとは思ったが、聞かずにはいられなかった。
だがさすがに33にもなった大の大人が自分の立場を考えずに、いくら好きな女の為とは言え、殴る蹴るの暴行を働くとは思えないが、そうなると誰か人を使ってやらせるんじゃないかと考えないわけでもなかった。

「あの男、やっぱただの営業じゃねぇ・・」

司は執務デスクの椅子にもたれると、靴を履いた足を机の上にのせて足首を交差させた。

あきらと総二郎はどういう意味だ、と問いたげに司を見た。
司の視線は二人には向けられず、机の上に置かれた写真に向けられていた。


司の前に置かれた調査書類。
それは司が澤田について調べさせたもので、今日の夕方近くに彼の手元に届けられた。
取るに足らない存在だと思われていた澤田という男は意外な人物だった。



澤田智弘。33歳。東京都出身。
父親は現職の代議士でその次男。
恐らくだが、父親の地盤を引き継ぐのは次男智弘と書いてあった。
代議士の澤田には大きな企業がバックについている。
それは代議士の長男が社長を務める澤田ホールディングス。
別名澤田グループ。
かつての澤田財閥の流れを汲む企業を中心とする企業グループだ。

元々澤田家は過去に多くの政治家を輩出した一族で政界、財界問わず幅広い人脈を持っていた。戦前は政商と言われ政治や政治家、官僚と結びついて事業を大きくしていった澤田財閥。貿易、鉱業、鉄道など幅広い分野で財をなした財閥だったが戦後のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の命令による財閥解体で一度は解散させられた。だが道明寺ホールディングスがそうであるように持株会社の設立が解禁され、事実上の財閥復活が許されたのが1997年だ。道明寺もそうであるが、澤田も今ではグループを越えた企業同士の合併や交流も盛んだ。

以前は代議士本人が代表取締役社長であったが今は会社関係からは退き、長男に社長の座を譲っている。代議士は経営者出身らしい豊かな見識と指導力に長けていると言われる男で、もしかしたら将来総理大臣も狙えるのではないかとまで言われていた。

澤田智弘はそんな一族のひとりだった。

司は机の上から足を降ろし、調査書類を手に取ると、あきらと総二郎が座るソファに腰を下ろした。

「なるほどな。こんな男だから司の前でも堂々としていたわけだ」
「この男、かなりの自信家だな。それになかなかの男前だ」

二人は司から手渡された書類に目を通しながらそれぞれの考えを話していた。

「まさに司並の自信家だぞ。この澤田って男は。それにどっちも金持ちの御曹司だな」
「まあ歴史の長さじゃ道明寺家の方が歴史はあるよな?それに道明寺も戦前は政商だしな」
「まあ、昔の財閥って言えばどこも政商だろ?政府に金貸しとかしてたんだし」

あきらも総二郎も目の前に座る男に宣戦布告した男が、まさか自分たちと同じステータスを持つ男だとは思いもしなかった。

「そんな男二人が電気ウナギを好きな女を取り合うってのは・・世の中には珍しいこともあるもんだな。やっぱり牧野って女は電気ウナギを操る魔女なんじゃねぇのか?」
「あきら・・やめてくれ・・想像したら腹で茶を沸かしたくなる」
「総二郎、それを言うならヘソで茶を沸かすだ」

あきらは顔をしかめると、おまえは茶人だろう?そんな簡単なことわざを間違えるなんて、と笑っていた。

「いいじゃねぇかよ。固いこと言うな。どっちも似たり寄ったりだろ?」
「まあな。それを言うなら司とこの澤田って男も似たり寄ったりか?」

いい質問だ。
まさにその通りだ。どちらも旧財閥の流れを汲むお家柄で金持ちの企業家。
多分それは澤田本人も意識の中にあったからこそ、堂々とした態度で司に接することが出来たのだろう。そうでなければ一介の営業マンが天下の道明寺ホールディングスの道明寺司の目の前であんなことが言えるはずがない。

「けど、この澤田って男は、代議士の息子でやっぱ将来は政治家に転身か?」
「ああ。どうやらそうらしいぞ。家業に関わってないってものよくある話しだろ?
家業じゃなく他の企業で働いて見識を深めるって話し。それも次男だからなおさらよくある話しじゃねぇか?」

「まあ確かにそうだよな。長男は問答無用で家業を継がせるけど次男は見聞を広めて来いって感じなんだろ?だから澤田も今の会社にいるんだろ?まあうちは兄貴じゃなくて俺が跡を継いだけどな」

総二郎の兄祥一郎は医者として独立しており、実家である西門家とは疎遠になっていた。

「まあ、総二郎の所はしょうがねぇよ。兄貴は医者でお袋さんとは犬猿の仲だしな。
うちは商社だけど、いるぞ?会社辞めて田舎で県会議員や市議会議員やってる父親の後釜に入るってヤツ。それに商社や金融関係の仕事から政治家なんてコースはよくある話しだし、ましてや親が政治家ならレールは既に敷かれているわけで、澤田って言えばでかい労働組合もあるわけだし、どうせその関係先が全面的にバックアップするんだろから当選確実は間違いないってことだろ?」

「司、どうすんだ?」
「この自信満々男はおまえから牧野つくしを横取りしようとしてるんだろ?」

腹で茶を沸かすと言った男はイライラしながら煙草をくゆらせ始めた男に噛みつくように言った。

司は灰皿に煙草を擦りつけると、胸の前で腕を組んで、二人を睨みつけた。

「馬鹿言うんじゃねぇよ!牧野は俺のものだ!あんな男に牧野を取られてたまるか!」

「でもどうすんだよ?澤田は牧野と同じ会社なんだろ?あの男の方がおまえなんかより断然会うチャンスも多いわけで仕事上での接点だってあたり前のようにあるんだぞ?」
「んなもん、言われなくってもわかってるよ!」
癇癪を起したかのように司の声は大きくなっていく。
「あの男の人生を生き地獄にしてやる!」いきなり立ち上がった。

「おい、落ち着け司。座れ。おまえがそんな事言うとシャレにならん。別に牧野が澤田を好きだとかそんなこと言ってるわけじゃないんだろ?」

あきらは雰囲気をやわらげようと、気持ちを落ち着かせようとしていた。
昔から場を和ませるのは自分の役割だと心得ていた。

司はシガレットケースから煙草を抜き、火をつけると、再び吸い始めた。

「なんかあれだ!澤田って男が牧野をあきらめるような事をすればいいんじゃねぇのか?」
総二郎はあきらの意図を汲み取ると話しを引き取った。
「そうだ!牧野のことを嫌いになるとか・・つまり・・」
「つまり?」

あきらも総二郎も互いに何かいい考えはないのかと目で訴えあっていた。
だが二人ともいい考えなど思い浮かばずにいた。


「澤田を片づけるための計画を立てる」司は真顔で言った。
他人の助言など求めないし必要がないとばかりの態度だ。

「まさかムショに入るようなことじゃねぇよな?」
「あきら、心配すんな。おまえらをムショになんか入れるわけねぇだろ?」
司がせせら笑う。
「俺と牧野の決定的なところをあいつに見せる」
「なんだよ、その決定的なところってのは?」

「今度澤田と交流会がある。そんときに牧野を俺のパートナーとして連れて行くつもりだ」

司は澤田の写真を手にすると、グシャっと握り潰した。









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