皆様こんにちは。
いつもご訪問頂き有難うございます。
前回のご挨拶を振り返れば2月末でした。
あれからもう2ヶ月がたち時間が過ぎるのは早いものだと感じています。
さて、世の中はゴールデンウイークに入りましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?
また、世間のお休みに関係なくお仕事をされている皆様、お疲れさまです。
新年度が始まり一カ月が経ちました。環境に変化があった方もいらっしゃるかと思いますが いかがでしょうか?
また、九州地方、特に熊本、大分にお住まいの皆様、この度は大変な思いをされていらっしゃると思います。どうぞ皆様くれぐれもお体にお気をつけてお過ごし下さいませ。
さて、「第一級恋愛罪」いかがでしたでしょうか?楽しんで頂けたでしょうか?
主流とは言えないお話ですが、こんなお話でもいいよの皆様、暖かい目で読んで下さって有難うございました。^^
実は途中で書く意欲が著しく低下した頃がありました。プロットはあったので物語の先が決められないというのではなく、モチベーションの低下ですので自分自身をどう鼓舞するかという状況でした。連載を始めた以上は完結させないとの思いはありましたので、無事完結出来て正直ホッとしております。
そんな中でいつもお立ち寄り下さった皆様の拍手、応援、コメントは大変な励みになりました。完結を迎えることが出来たのも皆様方のおかげです。
本当にありがとうございましたm(__)m
今後ですが、途中で止まっている物語を書かねば・・と思っているのですが、進んでいませんね。申し訳ないです。
一応ですが、新連載はゴールデンウイークが明けてからと考えています。私もゴールデンウイークのお休みに入り、出かけることになりましたのでお休みをさせて頂きます。リフレッシュしてきたいと思います。
次のお話も待ってるよ!と言って下さった皆様、どうもありがとうございます。その言葉で次を書く気持ちになれました。
ちなみに、新連載も主流ではありません。ですがご安心下さい。悲劇的なことは起きません。
お休みの間に何か置いていけらたと思い短編でもと思っていますが、書けなかったらごめんなさい。
最後になりましたが、いつもご拝読頂きありがとうございます。
次に皆様にお目にかかるのは新連載が終わってからになると思います。
それでは、皆様もよい休日をお過ごし下さいませ。
andante*アンダンテ*
アカシア
いつもご訪問頂き有難うございます。
前回のご挨拶を振り返れば2月末でした。
あれからもう2ヶ月がたち時間が過ぎるのは早いものだと感じています。
さて、世の中はゴールデンウイークに入りましたが皆様いかがお過ごしでしょうか?
また、世間のお休みに関係なくお仕事をされている皆様、お疲れさまです。
新年度が始まり一カ月が経ちました。環境に変化があった方もいらっしゃるかと思いますが いかがでしょうか?
また、九州地方、特に熊本、大分にお住まいの皆様、この度は大変な思いをされていらっしゃると思います。どうぞ皆様くれぐれもお体にお気をつけてお過ごし下さいませ。
さて、「第一級恋愛罪」いかがでしたでしょうか?楽しんで頂けたでしょうか?
主流とは言えないお話ですが、こんなお話でもいいよの皆様、暖かい目で読んで下さって有難うございました。^^
実は途中で書く意欲が著しく低下した頃がありました。プロットはあったので物語の先が決められないというのではなく、モチベーションの低下ですので自分自身をどう鼓舞するかという状況でした。連載を始めた以上は完結させないとの思いはありましたので、無事完結出来て正直ホッとしております。
そんな中でいつもお立ち寄り下さった皆様の拍手、応援、コメントは大変な励みになりました。完結を迎えることが出来たのも皆様方のおかげです。
本当にありがとうございましたm(__)m
今後ですが、途中で止まっている物語を書かねば・・と思っているのですが、進んでいませんね。申し訳ないです。
一応ですが、新連載はゴールデンウイークが明けてからと考えています。私もゴールデンウイークのお休みに入り、出かけることになりましたのでお休みをさせて頂きます。リフレッシュしてきたいと思います。
次のお話も待ってるよ!と言って下さった皆様、どうもありがとうございます。その言葉で次を書く気持ちになれました。
ちなみに、新連載も主流ではありません。ですがご安心下さい。悲劇的なことは起きません。
お休みの間に何か置いていけらたと思い短編でもと思っていますが、書けなかったらごめんなさい。
最後になりましたが、いつもご拝読頂きありがとうございます。
次に皆様にお目にかかるのは新連載が終わってからになると思います。
それでは、皆様もよい休日をお過ごし下さいませ。
andante*アンダンテ*
アカシア
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Comment:18
「おい、牧野ちょっと来い」
「なんですか?」
つくしは取材に出ようとしていたところをキャップに呼び止められた。
「なんか不祥事でもあったのか?おまえの彼氏の会社?」
つくしは心当たりがないとばかりに首をふった。
「どうしてですか?」
「広告局の人間がこっそり教えてくれたんだが・・」
「どやら道明寺の会社が一週間全面広告を出すらしいんだ」
「それがあたしと何か関係があるんですか?道明寺ホールディングスくらいの規模なら日替わりで企業広告を出してもおかしくはないと思います」
つくしはそうは言ったものの一週間通しでなんて何かトラブルが起きてのお詫び広告なのかと考えないこともなかった。
「しかしなぁ、掲載料は一日4千万だから七日間だと2億8千万だ」
「に、におく・・?」思わず声がひっくり返ってしまった。
「掲載内容は締め切りギリギリまで待ってくれと言われてるそうだ」
「まあ、ギリギリでも別に構わないが・・一社で一週間通しでの全面広告なんてな。うちの社じゃ前例がない話しだ」
「なんか不祥事があって詫びの広告でも出すんじゃないかって話しなんだ」
同じことをつくしも考えていた。このご時世だ。小さなことも大きな問題に発展することがある。何かあったと思わずにはいられなかった。もしそんなことになったら・・あたしはあいつの会社の取材が平常心で出来るだろうか?つき合ってる男が経営してる会社に取材に・・・それも不祥事の取材だなんて・・
一緒に住んでいるとはいえ、あいつは仕事の話をする事を極力避ける。
仕事と私生活は別だときっちり区別するところはつくしと同じだった。
それに企業の不祥事なんてトップシークレットの最たるものだ!
そんなことをあたしに軽々しく話すはずがない。
バレなければいつまでも隠したいと思う企業も多い。もしかして誰かがリークしたの?
「おい牧野。もしそれが本当なら、うちも取材に行かなきゃならないが・・何か聞いて・・」
「・・ないよな?おまえは仕事とプライベートはきっちり別けるんだったな」
キャップはそれでもチラチラとつくしの顔を窺いながら話しを続けた。
「しかしなぁ・・広告局の連中も代理店からの連絡待ちなんだけどなぁ・・」
「それも来週の月曜の朝刊は二連版広告だぞ?左右見開き中央余白無しのデカいやつだぞ?それもカラーだと!」
「となると、その日の広告料は・・軽く一億か?」
「しかし、おまえの彼氏の会社は本当に噂どおり金持ってるよな?」
いまさらながら、本当に凄いよ道明寺。つくしはそれしか思い浮かばなかった。
「キャップ・・そんな目で見ないで下さい。あたしは持ってませんから」
キャップに話しを混ぜっ返えされてつくしはわざと、にこやかに笑って見せた。
金持ちの彼氏がいるとあたしまで金持ちのように思われるけど、あたしはお金には縁のない生活です。言っときますがあたしは自分のお給料の範囲内で生活してます!
とは言え同棲中で家賃は要らないけど。
「分かってるって!誰もおまえが金持ちだなんて思ってねぇからな?」
「あ・・聞こえてました?」
「俺はコーヒーと煙草を買う金がありゃそれでいいんだよ」
「俺たちブンヤはコーヒーの中で泳いでるか、煙草の煙の中を漂って生きてるかどっちかだからな」
「おい、それから言っとくが仕事中に彼氏といちゃつくんじゃねぇぞ!」
「え?」
「えじゃねぇよ。牧野、そりゃうちの社はおまえの彼氏の口利きで財界のお偉方の取材もしやすくなったけどな、なんでそこにおまえの彼氏まで現れるんだ?」
「さ、さぁ・・あたしにもさっぱり分かりません・・」
本当に分からなかった。
どうしていつもそんなことになるのか・・
司は確かに仕事に一途だ。
仕事が出来てよく働く。
よく働くから仕事が出来るのか?
企業のトップともなると取り巻きも多いはずだが、どうやらそんな取り巻きはいないようだ。だからと言って決してワンマン社長というわけでもない。
父親が会長職に退いてからの半年、新社長として司の株は上がっていた。
でもマンションに帰ってくれば、ごく普通の27歳の男性に思える。
楽な服装でピザを食べるなんてこともある。それはあたしだけが見ることが出来る男の姿。
つくしは記者としての目と恋人としての目の両方で司を見ている自分に気づいた。
それは自分が書き上げたい独占インタビュー記事についての観察眼だろう。
その日が来たら自分の言葉で書いてみせる。
キャップの言う通りなぜか取材で訪れた会社の応接室にいる司。と取材対象者。
どうして司がこの場所にいるのかあたしが理由を聞きたいくらいだ。
「おせぇじゃねぇかよ!」
おせぇじゃねぇかよって・・遅くないですが・・
約束の時間よりかなり早く受付を通りましたが・・?
それにまだ約束の時間でもないのに通されたんですが?
「なんでつ、つか・・えー道明寺さん?」なんて声をかければいいのか迷った。
「なんだよ!俺がここにいちゃ悪いのかよ?」
「あ、あの・・」
いえ、悪いも何も・・
「いいんですよ、牧野さん」
「今日は道明寺社長がわたしにお願いがあるということでお見えになられました」
そう言ったのは取材対象者の製薬会社の会長さんだ。
「丁度これから牧野さんとのお約束でしたので道明寺さんもご一緒でもいいかと思いまして」
「おふたり、ご結婚をされるそうですね?」
「え?」
つくしは司と目を合わせると無言の会話をした。
「いいんだよ、つくし。こちらの会長はご存知だ」
「で、仲人を頼んだ」
「ええっ?」
「だ、だって・・」つくしは大きな目をなおも大きく見開いて司を見ていた。
「あぁ?なにがだってだよ?おまえに任せてたらいつまでたっても結婚式なんて挙げれねぇじゃねえかよ!」
「俺はな、システム手帳に書きたいんだよ!カレンダーに書きたいんだ!」
日取りを決めたいんだよ!
「で、でも司・・色々と忙しいでしょ?そ、そんなにい、急がなくても・・」
「別に急いでなんかねぇよ!おまえがのんびり過ぎんだよ!新婚旅行だって行かなきゃなんねぇんだから、休みの都合もあるだろうが!」
「え?司、休み取るの?」
「当然だ。労働者の権利だからな!」
司は労働者の立場じゃないよ、と言いたかったがこれ以上会長さんの前での醜態は避けることにした。
そんな男が謎の微笑を浮かべてあたしを見たとき、気づくべきだったのかもしれない。
バアーンとドアが勢いよく開きダイニングルームヘ飛び込んで来たつくし。
週明け月曜の朝はつくしの叫び声で始まった。
「ちょっと!こ、これどういうことよ!」
あまりの剣幕に司の口元がぴくりと動いていた。
朝っぱらからうるせぇぞ!朝のひととき、コーヒーくらい落ち着いて飲ませてくれよ!
「どういう事って見りゃわかるだろ?」
「な、なんで・・どうしてこんなことしたのよ!」
「なんでこんなことになってるのよ!」
つくしは手にしていた朝刊を司の前に広げて突きつけた。
そこには一面『俺と結婚してくれ牧野つくし』の文字。
それは二連版広告と呼ばれる見開き全面広告のど真ん中に大きく書かれた文字。
そしてその下に『道明寺 司』。一切の説明が不要な名前。
「け、け結婚してくれなんて、こんな・・し、新聞紙面に載せなくてもいいでしょ!」
「そ、それにあたしはもう・・結婚するって言ったじゃない!」
「い、いったい司は・・なにがしたいのよっ!」
「チッ。うるせぇ女だな。おまえが返事する前から広告出すことは決めてたんだよ!」
「そんなのキャンセルすればいいじゃない!」
「忘れてたんだよ!おまえを手に入れたって思った瞬間、広告のことなんざ、きれいさっぱり忘れてた」
「な、なんで忘れるのよ!!」
忘れてた?
つくしは信じられなかった。
まさかこの男が意図的に忘れるなんてことをしたとは思いたくはなかったが、一億かかるような広告をキャンセルするのを忘れてた?
「わ、忘れてたなんて嘘でしょ?わざとでしょ?これ」
ああ、もう!「大男総身に知恵が回りかね」なんて言うけど、この大きな男は知恵が有り過ぎる!
確かキャップは一週間広告を出すって言ってたからあたしの思い違いじゃなければ・・
明日もこの広告が?
「と、とにかく明日のはまだ間に合うからキャンセル・・」
「な、なんでうちの社はこんな広告を受けたのよ!こんな個人的な広告なんて前代未聞でしょうが!」つくしは独りごちる。
いくらなんでもこんな広告・・莫大な広告費に目が眩んだとしか思えなかった。
広告局局長に文句言ってやる!
「おまえ、自分の新聞社の広告に穴開けるのか?これ一億近い広告だぞ?」
「もし仮にその広告差し止めたとして一億払えるのかよ?」
「そ、そんなの払えるわけがないじゃない!ねえ、明日も同じ広告が・・」
つくしは苛立ちながら呻いた。それからため息もついた。
「ああ。明日も、明後日も明々後日も同じ内容だ。まあスペースはこれの半分だけどな」
「冗談でしょ?お、お願い、止めて・・これせめて別のものに・・あ、あんたの会社の何か他の宣伝にでも使えばいいじゃない?ねぇお願い!これ全国紙なのよ?」
「いいじゃねぇかよ?」
「い、いいわけないじゃない!」
「ニューヨークじゃ普通だ。街角のビルボート(屋外広告看板)やビルのネオンサインでもやるぞ?」
「Will You Marry Me?ってな」
「もちろん新聞でもやるぞ。なんならセスナ飛ばして空から新聞の号外でも撒くか?」
これでこいつが俺のものだって日本中の・・まあ、取りあえずはこの新聞を購読してる人間しか知らねぇけどいいじゃねぇかよ。
司はなぜか笑いがこみ上げてきた。
目の前のつくしは今にも拳を握って飛びかかってきそうな勢いだ。
何がそんなに嫌なんだよ?恥ずかしいのか?
「いいじゃねぇかよ!名前だけしか載せてねぇのに」
「おまえはこうでもしねぇと動こうとしねぇだろうが!なに今さらグズグズ言ってんだよ!」
「もうっ!・・そんな問題じゃ・・」
司は目の前で喚いているつくしを腕の中に抱き寄せると、自らの唇を使って黙らせていた。
何もいうな・・
早く俺と結婚しろ・・
司は目を閉じた。
司の言う通りだ。
あたしはこの男と結婚すると決めたのに、いつまでも具体的な話しを先延ばしにばかりして司の方がやきもきしてる。
でもこの事をきっかけに、いろいろな事が動き出すはずだ。
つくしは司の唇が作り出すリズムにうっとりとしていた。
唇を吸われ、甘噛みされ、すべてを奪い尽くすような舌の動き。
朝から濃厚な口づけを繰り返され頭の中は軽く酸欠状態で何も考えられなくなっていた。
司は唐突に身をかがめると、つくしを抱きあげた。
「なあ、つくし。俺と結婚してくれるって言っただろ?」
「だから早く俺の願いをかなえてくれ」
「えっ?ちょっとつ、司・・どこに行くのよ!」
「ちょっと・・さっき起きたばっかりじゃない!」
「いいんだよ・・俺の願いをかなえてくれるまで何度でもおまえを口説かなきゃいけねぇんだから・・」
だから俺におまえを愛させてくれたらいい。
考える時間がないほど愛してやるから・・・
俺の思いを受け取ってくれ。
***
外では黒いリムジンが待っていて、二人は後部座席に身を落ち着けた。
「そんなに自信を持たない方がいいんじゃないか?」
司が片眉を上げた。
つくしは自分が書いた署名入りの記事を見ていた。
今の二人は互いに尊敬と愛情を抱いていたが、司は仕事に関しては厳しい目であたしを見る。半年後の約束だった独占インタビューは終わっていた。
記事の内容は彼の人生観についてだ。半年前は仕事に関することを聞きたいと考えていたがそれについては他の経済に関連する媒体で目にすることが出来る。
それよりつくしは彼の今までの人生について話して欲しかった。
別にドキュメンタリー番組を作るというわけではないが経営者としての心構えがどの時点で彼の心の中に芽生えたのか。生まれた時から決められていた人生を生きたことをどのように考えているのか。それはつくし自身が知りたいと思っていたことだ。
インタビューの名を借りて聞くことになってしまったが、真摯に語られた話の中で感じることが出来たのは、経営者は孤独な人間だということだった。
逆を言えば経営者は孤独だからこそ出来る職業だ。他人の意見に流されるような人間には無理だ。だから経営者はワンマンになりがちだとも言われる。
だが世間からひとかどの人物と言われるようになるには並大抵の努力では成し得ることは出来ないはずだ。それが例え世襲と呼ばれても。
強い精神力が求められ、全ての判断は自分ひとりの責任となって男の肩にのしかかる。彼が両肩にのしかかっている責任から解放される日はまだ随分と先だ。最低でもあと30年位はかかるかも・・
だって今あたしのお腹にいるこの子が司のような人間になるには30年位は待ってもらわないと・・
つくしは左手の指輪にそっと手を触れた。
今はもう金庫の中に眠らせることは無くなったこの指輪を買った日のことを思い出していた。
「おい、なに見てんだ?」
「これ?」
つくしは鞄の中から取り出した写真を見ていた。
それは二人が初めて出会った時の写真。
「この写真・・うちの社のカメラマンが撮ったの・・」
「あんたと初めて会ったときの・・」
空港のロビーで写された一枚。
司の帰国に合わせ取材に来たつくしが彼の前で転びそうなところを抱き止めた写真。
互いに見つめ合った一瞬をとらえた一枚。
それはカメラマンに老後の楽しみにしろと言われ渡された写真だった。
あの頃のつくしはドンくさいとか冴えない女と言われていた。
カメラマンはそんなつくしがこれからも一人きりの人生を生きるだろうなんてことを思ってのことだったに違いない。可哀想な女にせめてもの思い出をということだったのだろう。
その写真を見ていたつくしと目が合った瞬間、司の微笑みが大きくなった。
含み笑いを洩らしながら話し始めた。
「あんときのおまえ、Bカップだったな・・でパンツは白だった」
「ちょっ・・なに変なこと覚えてるのよ!」
あの頃に比べるとつくしの表情は変わっていた。
愛情は人を美しく見せる。
つくしは司の愛情によって美しく輝く女性になった。
生真面目な女と世界一セクシーな男。
そんな二人の結婚生活はまだ始まったばかり・・
二人の新たな関係が始まったばかりだとしても
これからはいつも二人で一緒にいたい。
つくしはふと何かを思い出したかのように車の窓を開けた。
ゆっくりとガラスが降り、外の空気が流れ込んできた。
出会いから半年。季節は春から夏を通り過ぎ秋を迎える頃だった。
つくしが見た秋の空は高く青く澄み渡り、雲ひとつなかった。
それはまるで二人の心が澄み渡っているのと同じような空だった。
< 完 >

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最後までお読み頂きありがとうございました。また、沢山の応援をありがとうございました。
お陰様でなんとか完結しました。今後の予定につきましては後程お知らせ致します。
「なんですか?」
つくしは取材に出ようとしていたところをキャップに呼び止められた。
「なんか不祥事でもあったのか?おまえの彼氏の会社?」
つくしは心当たりがないとばかりに首をふった。
「どうしてですか?」
「広告局の人間がこっそり教えてくれたんだが・・」
「どやら道明寺の会社が一週間全面広告を出すらしいんだ」
「それがあたしと何か関係があるんですか?道明寺ホールディングスくらいの規模なら日替わりで企業広告を出してもおかしくはないと思います」
つくしはそうは言ったものの一週間通しでなんて何かトラブルが起きてのお詫び広告なのかと考えないこともなかった。
「しかしなぁ、掲載料は一日4千万だから七日間だと2億8千万だ」
「に、におく・・?」思わず声がひっくり返ってしまった。
「掲載内容は締め切りギリギリまで待ってくれと言われてるそうだ」
「まあ、ギリギリでも別に構わないが・・一社で一週間通しでの全面広告なんてな。うちの社じゃ前例がない話しだ」
「なんか不祥事があって詫びの広告でも出すんじゃないかって話しなんだ」
同じことをつくしも考えていた。このご時世だ。小さなことも大きな問題に発展することがある。何かあったと思わずにはいられなかった。もしそんなことになったら・・あたしはあいつの会社の取材が平常心で出来るだろうか?つき合ってる男が経営してる会社に取材に・・・それも不祥事の取材だなんて・・
一緒に住んでいるとはいえ、あいつは仕事の話をする事を極力避ける。
仕事と私生活は別だときっちり区別するところはつくしと同じだった。
それに企業の不祥事なんてトップシークレットの最たるものだ!
そんなことをあたしに軽々しく話すはずがない。
バレなければいつまでも隠したいと思う企業も多い。もしかして誰かがリークしたの?
「おい牧野。もしそれが本当なら、うちも取材に行かなきゃならないが・・何か聞いて・・」
「・・ないよな?おまえは仕事とプライベートはきっちり別けるんだったな」
キャップはそれでもチラチラとつくしの顔を窺いながら話しを続けた。
「しかしなぁ・・広告局の連中も代理店からの連絡待ちなんだけどなぁ・・」
「それも来週の月曜の朝刊は二連版広告だぞ?左右見開き中央余白無しのデカいやつだぞ?それもカラーだと!」
「となると、その日の広告料は・・軽く一億か?」
「しかし、おまえの彼氏の会社は本当に噂どおり金持ってるよな?」
いまさらながら、本当に凄いよ道明寺。つくしはそれしか思い浮かばなかった。
「キャップ・・そんな目で見ないで下さい。あたしは持ってませんから」
キャップに話しを混ぜっ返えされてつくしはわざと、にこやかに笑って見せた。
金持ちの彼氏がいるとあたしまで金持ちのように思われるけど、あたしはお金には縁のない生活です。言っときますがあたしは自分のお給料の範囲内で生活してます!
とは言え同棲中で家賃は要らないけど。
「分かってるって!誰もおまえが金持ちだなんて思ってねぇからな?」
「あ・・聞こえてました?」
「俺はコーヒーと煙草を買う金がありゃそれでいいんだよ」
「俺たちブンヤはコーヒーの中で泳いでるか、煙草の煙の中を漂って生きてるかどっちかだからな」
「おい、それから言っとくが仕事中に彼氏といちゃつくんじゃねぇぞ!」
「え?」
「えじゃねぇよ。牧野、そりゃうちの社はおまえの彼氏の口利きで財界のお偉方の取材もしやすくなったけどな、なんでそこにおまえの彼氏まで現れるんだ?」
「さ、さぁ・・あたしにもさっぱり分かりません・・」
本当に分からなかった。
どうしていつもそんなことになるのか・・
司は確かに仕事に一途だ。
仕事が出来てよく働く。
よく働くから仕事が出来るのか?
企業のトップともなると取り巻きも多いはずだが、どうやらそんな取り巻きはいないようだ。だからと言って決してワンマン社長というわけでもない。
父親が会長職に退いてからの半年、新社長として司の株は上がっていた。
でもマンションに帰ってくれば、ごく普通の27歳の男性に思える。
楽な服装でピザを食べるなんてこともある。それはあたしだけが見ることが出来る男の姿。
つくしは記者としての目と恋人としての目の両方で司を見ている自分に気づいた。
それは自分が書き上げたい独占インタビュー記事についての観察眼だろう。
その日が来たら自分の言葉で書いてみせる。
キャップの言う通りなぜか取材で訪れた会社の応接室にいる司。と取材対象者。
どうして司がこの場所にいるのかあたしが理由を聞きたいくらいだ。
「おせぇじゃねぇかよ!」
おせぇじゃねぇかよって・・遅くないですが・・
約束の時間よりかなり早く受付を通りましたが・・?
それにまだ約束の時間でもないのに通されたんですが?
「なんでつ、つか・・えー道明寺さん?」なんて声をかければいいのか迷った。
「なんだよ!俺がここにいちゃ悪いのかよ?」
「あ、あの・・」
いえ、悪いも何も・・
「いいんですよ、牧野さん」
「今日は道明寺社長がわたしにお願いがあるということでお見えになられました」
そう言ったのは取材対象者の製薬会社の会長さんだ。
「丁度これから牧野さんとのお約束でしたので道明寺さんもご一緒でもいいかと思いまして」
「おふたり、ご結婚をされるそうですね?」
「え?」
つくしは司と目を合わせると無言の会話をした。
「いいんだよ、つくし。こちらの会長はご存知だ」
「で、仲人を頼んだ」
「ええっ?」
「だ、だって・・」つくしは大きな目をなおも大きく見開いて司を見ていた。
「あぁ?なにがだってだよ?おまえに任せてたらいつまでたっても結婚式なんて挙げれねぇじゃねえかよ!」
「俺はな、システム手帳に書きたいんだよ!カレンダーに書きたいんだ!」
日取りを決めたいんだよ!
「で、でも司・・色々と忙しいでしょ?そ、そんなにい、急がなくても・・」
「別に急いでなんかねぇよ!おまえがのんびり過ぎんだよ!新婚旅行だって行かなきゃなんねぇんだから、休みの都合もあるだろうが!」
「え?司、休み取るの?」
「当然だ。労働者の権利だからな!」
司は労働者の立場じゃないよ、と言いたかったがこれ以上会長さんの前での醜態は避けることにした。
そんな男が謎の微笑を浮かべてあたしを見たとき、気づくべきだったのかもしれない。
バアーンとドアが勢いよく開きダイニングルームヘ飛び込んで来たつくし。
週明け月曜の朝はつくしの叫び声で始まった。
「ちょっと!こ、これどういうことよ!」
あまりの剣幕に司の口元がぴくりと動いていた。
朝っぱらからうるせぇぞ!朝のひととき、コーヒーくらい落ち着いて飲ませてくれよ!
「どういう事って見りゃわかるだろ?」
「な、なんで・・どうしてこんなことしたのよ!」
「なんでこんなことになってるのよ!」
つくしは手にしていた朝刊を司の前に広げて突きつけた。
そこには一面『俺と結婚してくれ牧野つくし』の文字。
それは二連版広告と呼ばれる見開き全面広告のど真ん中に大きく書かれた文字。
そしてその下に『道明寺 司』。一切の説明が不要な名前。
「け、け結婚してくれなんて、こんな・・し、新聞紙面に載せなくてもいいでしょ!」
「そ、それにあたしはもう・・結婚するって言ったじゃない!」
「い、いったい司は・・なにがしたいのよっ!」
「チッ。うるせぇ女だな。おまえが返事する前から広告出すことは決めてたんだよ!」
「そんなのキャンセルすればいいじゃない!」
「忘れてたんだよ!おまえを手に入れたって思った瞬間、広告のことなんざ、きれいさっぱり忘れてた」
「な、なんで忘れるのよ!!」
忘れてた?
つくしは信じられなかった。
まさかこの男が意図的に忘れるなんてことをしたとは思いたくはなかったが、一億かかるような広告をキャンセルするのを忘れてた?
「わ、忘れてたなんて嘘でしょ?わざとでしょ?これ」
ああ、もう!「大男総身に知恵が回りかね」なんて言うけど、この大きな男は知恵が有り過ぎる!
確かキャップは一週間広告を出すって言ってたからあたしの思い違いじゃなければ・・
明日もこの広告が?
「と、とにかく明日のはまだ間に合うからキャンセル・・」
「な、なんでうちの社はこんな広告を受けたのよ!こんな個人的な広告なんて前代未聞でしょうが!」つくしは独りごちる。
いくらなんでもこんな広告・・莫大な広告費に目が眩んだとしか思えなかった。
広告局局長に文句言ってやる!
「おまえ、自分の新聞社の広告に穴開けるのか?これ一億近い広告だぞ?」
「もし仮にその広告差し止めたとして一億払えるのかよ?」
「そ、そんなの払えるわけがないじゃない!ねえ、明日も同じ広告が・・」
つくしは苛立ちながら呻いた。それからため息もついた。
「ああ。明日も、明後日も明々後日も同じ内容だ。まあスペースはこれの半分だけどな」
「冗談でしょ?お、お願い、止めて・・これせめて別のものに・・あ、あんたの会社の何か他の宣伝にでも使えばいいじゃない?ねぇお願い!これ全国紙なのよ?」
「いいじゃねぇかよ?」
「い、いいわけないじゃない!」
「ニューヨークじゃ普通だ。街角のビルボート(屋外広告看板)やビルのネオンサインでもやるぞ?」
「Will You Marry Me?ってな」
「もちろん新聞でもやるぞ。なんならセスナ飛ばして空から新聞の号外でも撒くか?」
これでこいつが俺のものだって日本中の・・まあ、取りあえずはこの新聞を購読してる人間しか知らねぇけどいいじゃねぇかよ。
司はなぜか笑いがこみ上げてきた。
目の前のつくしは今にも拳を握って飛びかかってきそうな勢いだ。
何がそんなに嫌なんだよ?恥ずかしいのか?
「いいじゃねぇかよ!名前だけしか載せてねぇのに」
「おまえはこうでもしねぇと動こうとしねぇだろうが!なに今さらグズグズ言ってんだよ!」
「もうっ!・・そんな問題じゃ・・」
司は目の前で喚いているつくしを腕の中に抱き寄せると、自らの唇を使って黙らせていた。
何もいうな・・
早く俺と結婚しろ・・
司は目を閉じた。
司の言う通りだ。
あたしはこの男と結婚すると決めたのに、いつまでも具体的な話しを先延ばしにばかりして司の方がやきもきしてる。
でもこの事をきっかけに、いろいろな事が動き出すはずだ。
つくしは司の唇が作り出すリズムにうっとりとしていた。
唇を吸われ、甘噛みされ、すべてを奪い尽くすような舌の動き。
朝から濃厚な口づけを繰り返され頭の中は軽く酸欠状態で何も考えられなくなっていた。
司は唐突に身をかがめると、つくしを抱きあげた。
「なあ、つくし。俺と結婚してくれるって言っただろ?」
「だから早く俺の願いをかなえてくれ」
「えっ?ちょっとつ、司・・どこに行くのよ!」
「ちょっと・・さっき起きたばっかりじゃない!」
「いいんだよ・・俺の願いをかなえてくれるまで何度でもおまえを口説かなきゃいけねぇんだから・・」
だから俺におまえを愛させてくれたらいい。
考える時間がないほど愛してやるから・・・
俺の思いを受け取ってくれ。
***
外では黒いリムジンが待っていて、二人は後部座席に身を落ち着けた。
「そんなに自信を持たない方がいいんじゃないか?」
司が片眉を上げた。
つくしは自分が書いた署名入りの記事を見ていた。
今の二人は互いに尊敬と愛情を抱いていたが、司は仕事に関しては厳しい目であたしを見る。半年後の約束だった独占インタビューは終わっていた。
記事の内容は彼の人生観についてだ。半年前は仕事に関することを聞きたいと考えていたがそれについては他の経済に関連する媒体で目にすることが出来る。
それよりつくしは彼の今までの人生について話して欲しかった。
別にドキュメンタリー番組を作るというわけではないが経営者としての心構えがどの時点で彼の心の中に芽生えたのか。生まれた時から決められていた人生を生きたことをどのように考えているのか。それはつくし自身が知りたいと思っていたことだ。
インタビューの名を借りて聞くことになってしまったが、真摯に語られた話の中で感じることが出来たのは、経営者は孤独な人間だということだった。
逆を言えば経営者は孤独だからこそ出来る職業だ。他人の意見に流されるような人間には無理だ。だから経営者はワンマンになりがちだとも言われる。
だが世間からひとかどの人物と言われるようになるには並大抵の努力では成し得ることは出来ないはずだ。それが例え世襲と呼ばれても。
強い精神力が求められ、全ての判断は自分ひとりの責任となって男の肩にのしかかる。彼が両肩にのしかかっている責任から解放される日はまだ随分と先だ。最低でもあと30年位はかかるかも・・
だって今あたしのお腹にいるこの子が司のような人間になるには30年位は待ってもらわないと・・
つくしは左手の指輪にそっと手を触れた。
今はもう金庫の中に眠らせることは無くなったこの指輪を買った日のことを思い出していた。
「おい、なに見てんだ?」
「これ?」
つくしは鞄の中から取り出した写真を見ていた。
それは二人が初めて出会った時の写真。
「この写真・・うちの社のカメラマンが撮ったの・・」
「あんたと初めて会ったときの・・」
空港のロビーで写された一枚。
司の帰国に合わせ取材に来たつくしが彼の前で転びそうなところを抱き止めた写真。
互いに見つめ合った一瞬をとらえた一枚。
それはカメラマンに老後の楽しみにしろと言われ渡された写真だった。
あの頃のつくしはドンくさいとか冴えない女と言われていた。
カメラマンはそんなつくしがこれからも一人きりの人生を生きるだろうなんてことを思ってのことだったに違いない。可哀想な女にせめてもの思い出をということだったのだろう。
その写真を見ていたつくしと目が合った瞬間、司の微笑みが大きくなった。
含み笑いを洩らしながら話し始めた。
「あんときのおまえ、Bカップだったな・・でパンツは白だった」
「ちょっ・・なに変なこと覚えてるのよ!」
あの頃に比べるとつくしの表情は変わっていた。
愛情は人を美しく見せる。
つくしは司の愛情によって美しく輝く女性になった。
生真面目な女と世界一セクシーな男。
そんな二人の結婚生活はまだ始まったばかり・・
二人の新たな関係が始まったばかりだとしても
これからはいつも二人で一緒にいたい。
つくしはふと何かを思い出したかのように車の窓を開けた。
ゆっくりとガラスが降り、外の空気が流れ込んできた。
出会いから半年。季節は春から夏を通り過ぎ秋を迎える頃だった。
つくしが見た秋の空は高く青く澄み渡り、雲ひとつなかった。
それはまるで二人の心が澄み渡っているのと同じような空だった。
< 完 >

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最後までお読み頂きありがとうございました。また、沢山の応援をありがとうございました。
お陰様でなんとか完結しました。今後の予定につきましては後程お知らせ致します。
Comment:13
あのときの指輪はつくしの部屋の金庫から俺の部屋の金庫に移され大切に保管されている。
一緒に暮らし始めてわかったことは、つくしは整理魔だったことだ。
それに分別くさい女は物を大切に扱うし無駄遣いを嫌う。
女と同棲をするのは初めてだったが意外といいもんだ。
小うるさいと思うこともたまにはあるが・・
バスルームに入れば俺の歯ブラシの隣にはつくしの歯ブラシがあり、女性特有の洗面道具が並べられている。そしてほのかに香るシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐった。
その香りは俺が男であることを嫌でも意識させられる。
同じベッドに寝て、同じ時間に目覚める生活の毎日にも慣れて来た。
それはまたとない時間。目覚めて最初に見る顔が愛おしくキスせずにはいられない。
キスすれば止めるのが嫌になる。そのうちキスだけじゃ済まなくなって怒られる。
体を隙間もないほど密着させて愛し合いたい・・つくしの中に入りたい・・毎朝その思いだ。
素っ裸でうろうろするのは止めてくれと言うが、俺はそんなことは意識してない。
「おまえ俺のこと愛してるんだろ?」
「あ、愛してるわよ・・」
「なら気にするな」
おまえ、俺の裸にどれくらいの価値があるのか知ってるのか?
この体の価値を教えてやろうか?
まあ、毎晩教えてやってるが・・
この体にどれくらいの保険が掛けてあるか知ってるのか?
総額幾らになると思ってんだ?
まあいい。
それよりも一緒にシャワーを浴びたい・・
その夢はまだ叶えられていないが、申し分のないこの環境が俺を油断させた。
「クソッ!」
司は床に脱ぎ捨てられていたジーンズを手に取ると、長い脚を突っ込んだ。
「どうしたの?」
「ババァが・・いや、母親が日本に帰国した」
ついさっきの電話は司の秘書からだった。調べるまでもない。司の母親は言わずと知れた人物だ。今は司の父親とともにニューヨークで暮らしているが、彼女は世界に名だたるホテルメープルを経営する女傑だった。勿論会ったことは無いが経済誌の表紙を何度か飾ったこともあり、社にも彼女に関する資料がある。それによれば社員からは女帝と恐れられているという道明寺楓。道明寺ホールディングスの中のひとつの会社に過ぎないホテル事業を率いていて利益率はすこぶるいい。と言うことは稼働率もいいということだろう。
客室の室料は利用する日によって異なるが、値段が高い部屋から予約が入るというホテルメープル。ホテル事業の利益の殆どはこうした客室から生まれる。その時々の景気や周囲の状況に応じて値段設定が出来るのが室料だ。例えば世界的なスポーツの祭典が行われるとなれば、室料は一気に跳ね上がる。集客に悩む必要がないホテルを経営するのが道明寺楓だった。
写真で見る限り楓の容貌は司よりも姉の椿の方が似ていると言った方がいいかもしれない。
司は自分の母親がつくしに干渉してくることは分かっていた。当然と言えば当然だ。
それは勿論どこの母親でも同じだろう。何しろ一人息子で財閥の跡取り息子が結婚を考えている女性と、マンションで同棲を始めたというのだから。
これはどんな恋人たちでも越えなければいけない大きな山だった。
二人の間には壁はないが、自分達の前に立ちはだかるものがあるとすれば司の母親だろう。
司は自分のために注がれたコーヒーを受け取ると口にした。
「いいか、つくし。俺のやることなすこと何でも気に入らない女だ」
「だけどな、おまえとのことは俺の一生にかかわる問題だ。あの女に口出しされてたまるかよ!」
***
司の言葉が本当なら、あたし達が結婚するなんてことは無理だ。
彼は二日ほど国内出張へと出かけていた。
「おまえ、ひとりで大丈夫か?」
「え?なにが?」
「なるべく早く帰ってくるけど、ババァには気を付けろよ?」
司はつくしの顔をじっと見た。
「なに言ってるのよ、気を付けろって・・」
「いや・・なんでもねぇ・・」
司の口元が意味ありげにゆっくりとほころんだ。
「じゃあな。いい子にしてろよ」と頭を撫でられた。
それが今朝の出来事だった。
「あなた、牧野つくしさんよね?」
突然名前を呼ばれたつくしは驚いて視線をパソコンから目の前に立つ人物へと移した。
社の近くまで帰り着いたつくしは舗道に面したカフェのテラス席で取材メモをまとめていた。
黒い髪を上品に結い上げた女性はつくしの向かい側の席を示すと座ってもいいかと尋ねてきた。噂どおりの人物が目の前にいる。
「司の母です」
言われなくてもひと目で分かっていた。道明寺楓その人だと。
つくしは礼儀正しく立ち上がると挨拶をしていた。
この人がここに来た理由など考えなくても分かる。
「は、はじめまして。牧野つくしです」
「知ってるわ」楓はつくしに椅子に座るようにと身振りで示した。
「あの・・」
話し出そうとしたとき、司の母親ははっきりとした口調で話し始めた。
「椿から聞きました。あなたには色々とご迷惑をおかけしたみたいね」
「い、いえ。とんでもございません」
つくしは目の前に現れた恋人の母親にどう接すればいいのか考えあぐねていた。
やはりきちんと挨拶をするのが筋というものだろうとつくしが口を開きかけたとき、相手の方がワンテンポ早かった。
「あなた司と結婚するつもりなの?」
司の母親はつくしの目を見つめるとはっきりとした口調で聞いてきた。
「話を聞かせてくれないかしら?」
「は、話って・・あの?」
「あなた司と結婚するつもりなんでしょ?」
それは曖昧な答えなど許さないと強い口調で、イエスかノーかのどちらかの答え以外は必要としないという厳しさが感じられた。世界を相手にビジネスをするなら日本人的な曖昧さは必要ない。余計な話しは必要がないと言う事だろうか。社交的な態度は一切感じられない。
「はい。そのつもりでいます」
つくしは楓の目を見つめ、はっきりと言い切った。
司の母親にとってはあまり愉快な話ではないだろうと慎重に言葉を選んだ。
何しろあたしは道明寺家につり合うような家柄ではない。一般庶民の家庭だ。
「わたし、司さんが好きなんです。だから結婚したいと思っています」
言葉を飾ることはしなかった。この女性はすぐに結果を求める女性だと思ったからだ。
よくある日本語の使い回しを好む人とは思えない。ましてや英語圏で生活していれば、言葉はより短く簡単な言い回しが多い。
「あなた、すっかり司に夢中みたいね。違うかしら?」
つくしは頷いた。質問攻めにされると思い覚悟をしたが、司の母親は声をあげて短く笑っただけだった。その思わぬ反応につくしの戦う気がそがれた。
別に戦いたいと考えていたわけではなかったが、この女性に対する世間の噂がそうさせていたのかもしれない。
何か言われたらと緊張で張りつめていた空気が一気に白けたような気がした。
もっと高飛車な態度でどこの馬の骨かと罵られると思っていたから物足りなさを感じていた。本当ならばよかったと胸をなで下ろしてもいいものだが逆にこの女性の態度が気になっていた。
そんなつくしの疑問に答えるかのように楓は口を開いた。
「道明寺は実力主義を重んじます。この意味がわかるかしら?」
「実力主義ですか?」
「あなた、新聞記者としてはまだまだ駆け出しのようだけど将来はこのまま?」
「はい。できればもう少し仕事をしたいと思っています。も、もちろんそれは・・」
・・ご子息に迷惑がかからないようにするつもりです。
「N新聞社の経済部だったわね?大学でも経済を?」
「はい」
「司はハーバードビジネススクールでMBAを取得してるわ。あなたとは話が合いそうね」
「あの、わたしのことは十分にお調べになられていると思いますが、経済学の専攻で経営学では・・」
つくしはそわそわと落ち着かない気持ちになってきた。
何しろ相手は司の母親でもあり道明寺楓という経済人だ。世界経済の最前線で働くファーストレディと言ってもいいような女性を相手に新聞記者に毛が生えた程度の若い自分がきちんと受け答えが出来るかどうか考えると気持ちが萎えそうだ。
「どうしてあなたは経済学を学ぼうと思ったの?いくらわたくしがあなたのことを調べていても動機までは調べようがなかったわ」
やっぱり調べられていたのね・・
「お調べになられたならご存知だと思いますが、うちはあまり裕福な家庭ではありません。
どちらかと言えばお金とは縁が薄い家庭でした」
「だからこそ、そのお金とのご縁を結ぶためにはどうしたいいのか、お金について知りたいと思ったんです」
「まず相手のことを知らなければ仲良くしようがありませんから」
つくしは自分のことは正直に話そうと思った。
この女性を相手に曖昧な返事は出来ないと思った。
「そう。それで?お金とは仲良くなれたの?」
「いえ。あまり仲良くはしてもらえませんでした」
「あなた、正直ね」
つくしは口ごもり、言葉を探した。
「あの、わたしがどんな動機でご子息と結婚したいか知りたくはないんですか?」
「わたしがお金目当てにご子息と結婚したがっているとはお考えにならないんですか?」
「そうね。もしそうだとしたら、あなたはどうしたらいいと思う?」
「それはわたしが決めることではありません」
つくしは自分と司の立場はお金のある無しに係わらず対等だと考えている。
だが、いくらきれいごとを言っても世間はそうは思わない。若い新聞記者と道明寺ホールディングスの若社長じゃ経済レベルが違い過ぎる。
「あの子は・・司は生まれたときからお金に困ったことなどありません。あなたが知っているかどうか分かりませんが、世の中は全てがお金でなんとかなると思っていました」
「でも、それは高校生の頃までの話よ。卒業してからはあちらの、アメリカの大学でしたからなんでもお金で解決が出来ると言うわけでは無かったわ」
楓はつくしの知らない司を語っていた。
「アメリカは資本主義社会の宗主国ではあるけれど、全てがお金で解決できるわけではないの。それは上流になればなるほどね。あるのよ、あちらでも色んな区別がね。敢えて区別と言うけど、わかるわよね?あなたなら」
「お金欲しさに周りに群がる人間とそうでない人間の区別は出来る子よ、司はね」
楓の言葉が初めて楽しげな調子を帯びた。
「あの子があなたを認めたなら、親のわたくしは文句など言いませんから。言ったわよね?道明寺は実力主義の家です」
「どの道で生きようとその道で一番になればいいんです」
「あなたも経済学の勉強をしたのでしょ?いつか司のサポートが出来るといいわね」
「あ、あの・・わたしなんかでいいんですか?」
楓は頷きも返事もしなかった。
つかの間、張りつめた沈黙が流れた。
「あなた、今の世界の経済情勢を正確に把握してるわよね?」
楓の問いかけにつくしは頷いた。
「そう。ならいいわ」とだけ返された。
***
「つ、つかさ!た、大変・・今日お、お母さんが・・」
勢いよく玄関まで駆け寄ってきたのはエプロン姿のつくしだった。
「チッ。来やがったか・・」
「しかしあのババァ俺がいない隙を狙って速攻来やがったな?」
司はつくしの慌てた様子を面白がっているようだ。
その証拠に彼の口元にはかすかな微笑みが浮かんでいる。
「ちょっと、それどういうことなのよ?」
「ああ。悪りぃな。今日のはおまえの面接だってよ」
「め、面接って何よそれ?」
「嫁としての・・」
しばらく、間があった。
「よ・・嫁?」
「ああ。まあ前もって根回しは色々やっといたから、誰もおまえの評判を落とすようなヤツはいなかったはずだ」
「今までもパーティーに参加してた甲斐があったってもんだ。ジジイどももおまえのこと、気に入ってたぞ。若いのに経済情勢に詳しいってな」
「そうだ。ババァがおまえもMBA取りたいならアメリカでサポートしてやるなんて言ってたけどな。断ったから」
「あのクソババァ、俺からつくしをかっさらって行くつもりかよ!」
つくしが母親に認められたことが司には嬉しかった。多分こいつのあけっぴろげで正直なところが気に入ったんだろう。何しろ俺たちの周りにいる奴らはとことん自分をよく見せて取り入ろうとするような奴らばかりだからな。
「な、なに?どう言うことなのか説明してよ?」
「おまえのこと、気に入ったってよ。金のありがたみが分かる女はこれからの世界経済の変化に柔軟に対応が出来るからってな」
「ったくあのババァは・・」司は忍び笑いをこらえていた。
「なんだよつくし?」
「嫁として・・」
おい、こいつさっきから嫁、嫁っておんなじ言葉の繰り返しだな。
「あれこれ考え合わせて判断したんだろ。おまえのこと気に入ったって言ってたぞ?」
「よかったな・・」
司は真剣な顔でつくしに言った。
「俺の認めた女がババァの目にかなうのは当然だ」
「・・うん」
つくしは幸せいっぱいという笑顔で司を見上げていた。

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バスルームに入れば俺の歯ブラシの隣にはつくしの歯ブラシがあり、女性特有の洗面道具が並べられている。そしてほのかに香るシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐった。
その香りは俺が男であることを嫌でも意識させられる。
同じベッドに寝て、同じ時間に目覚める生活の毎日にも慣れて来た。
それはまたとない時間。目覚めて最初に見る顔が愛おしくキスせずにはいられない。
キスすれば止めるのが嫌になる。そのうちキスだけじゃ済まなくなって怒られる。
体を隙間もないほど密着させて愛し合いたい・・つくしの中に入りたい・・毎朝その思いだ。
素っ裸でうろうろするのは止めてくれと言うが、俺はそんなことは意識してない。
「おまえ俺のこと愛してるんだろ?」
「あ、愛してるわよ・・」
「なら気にするな」
おまえ、俺の裸にどれくらいの価値があるのか知ってるのか?
この体の価値を教えてやろうか?
まあ、毎晩教えてやってるが・・
この体にどれくらいの保険が掛けてあるか知ってるのか?
総額幾らになると思ってんだ?
まあいい。
それよりも一緒にシャワーを浴びたい・・
その夢はまだ叶えられていないが、申し分のないこの環境が俺を油断させた。
「クソッ!」
司は床に脱ぎ捨てられていたジーンズを手に取ると、長い脚を突っ込んだ。
「どうしたの?」
「ババァが・・いや、母親が日本に帰国した」
ついさっきの電話は司の秘書からだった。調べるまでもない。司の母親は言わずと知れた人物だ。今は司の父親とともにニューヨークで暮らしているが、彼女は世界に名だたるホテルメープルを経営する女傑だった。勿論会ったことは無いが経済誌の表紙を何度か飾ったこともあり、社にも彼女に関する資料がある。それによれば社員からは女帝と恐れられているという道明寺楓。道明寺ホールディングスの中のひとつの会社に過ぎないホテル事業を率いていて利益率はすこぶるいい。と言うことは稼働率もいいということだろう。
客室の室料は利用する日によって異なるが、値段が高い部屋から予約が入るというホテルメープル。ホテル事業の利益の殆どはこうした客室から生まれる。その時々の景気や周囲の状況に応じて値段設定が出来るのが室料だ。例えば世界的なスポーツの祭典が行われるとなれば、室料は一気に跳ね上がる。集客に悩む必要がないホテルを経営するのが道明寺楓だった。
写真で見る限り楓の容貌は司よりも姉の椿の方が似ていると言った方がいいかもしれない。
司は自分の母親がつくしに干渉してくることは分かっていた。当然と言えば当然だ。
それは勿論どこの母親でも同じだろう。何しろ一人息子で財閥の跡取り息子が結婚を考えている女性と、マンションで同棲を始めたというのだから。
これはどんな恋人たちでも越えなければいけない大きな山だった。
二人の間には壁はないが、自分達の前に立ちはだかるものがあるとすれば司の母親だろう。
司は自分のために注がれたコーヒーを受け取ると口にした。
「いいか、つくし。俺のやることなすこと何でも気に入らない女だ」
「だけどな、おまえとのことは俺の一生にかかわる問題だ。あの女に口出しされてたまるかよ!」
***
司の言葉が本当なら、あたし達が結婚するなんてことは無理だ。
彼は二日ほど国内出張へと出かけていた。
「おまえ、ひとりで大丈夫か?」
「え?なにが?」
「なるべく早く帰ってくるけど、ババァには気を付けろよ?」
司はつくしの顔をじっと見た。
「なに言ってるのよ、気を付けろって・・」
「いや・・なんでもねぇ・・」
司の口元が意味ありげにゆっくりとほころんだ。
「じゃあな。いい子にしてろよ」と頭を撫でられた。
それが今朝の出来事だった。
「あなた、牧野つくしさんよね?」
突然名前を呼ばれたつくしは驚いて視線をパソコンから目の前に立つ人物へと移した。
社の近くまで帰り着いたつくしは舗道に面したカフェのテラス席で取材メモをまとめていた。
黒い髪を上品に結い上げた女性はつくしの向かい側の席を示すと座ってもいいかと尋ねてきた。噂どおりの人物が目の前にいる。
「司の母です」
言われなくてもひと目で分かっていた。道明寺楓その人だと。
つくしは礼儀正しく立ち上がると挨拶をしていた。
この人がここに来た理由など考えなくても分かる。
「は、はじめまして。牧野つくしです」
「知ってるわ」楓はつくしに椅子に座るようにと身振りで示した。
「あの・・」
話し出そうとしたとき、司の母親ははっきりとした口調で話し始めた。
「椿から聞きました。あなたには色々とご迷惑をおかけしたみたいね」
「い、いえ。とんでもございません」
つくしは目の前に現れた恋人の母親にどう接すればいいのか考えあぐねていた。
やはりきちんと挨拶をするのが筋というものだろうとつくしが口を開きかけたとき、相手の方がワンテンポ早かった。
「あなた司と結婚するつもりなの?」
司の母親はつくしの目を見つめるとはっきりとした口調で聞いてきた。
「話を聞かせてくれないかしら?」
「は、話って・・あの?」
「あなた司と結婚するつもりなんでしょ?」
それは曖昧な答えなど許さないと強い口調で、イエスかノーかのどちらかの答え以外は必要としないという厳しさが感じられた。世界を相手にビジネスをするなら日本人的な曖昧さは必要ない。余計な話しは必要がないと言う事だろうか。社交的な態度は一切感じられない。
「はい。そのつもりでいます」
つくしは楓の目を見つめ、はっきりと言い切った。
司の母親にとってはあまり愉快な話ではないだろうと慎重に言葉を選んだ。
何しろあたしは道明寺家につり合うような家柄ではない。一般庶民の家庭だ。
「わたし、司さんが好きなんです。だから結婚したいと思っています」
言葉を飾ることはしなかった。この女性はすぐに結果を求める女性だと思ったからだ。
よくある日本語の使い回しを好む人とは思えない。ましてや英語圏で生活していれば、言葉はより短く簡単な言い回しが多い。
「あなた、すっかり司に夢中みたいね。違うかしら?」
つくしは頷いた。質問攻めにされると思い覚悟をしたが、司の母親は声をあげて短く笑っただけだった。その思わぬ反応につくしの戦う気がそがれた。
別に戦いたいと考えていたわけではなかったが、この女性に対する世間の噂がそうさせていたのかもしれない。
何か言われたらと緊張で張りつめていた空気が一気に白けたような気がした。
もっと高飛車な態度でどこの馬の骨かと罵られると思っていたから物足りなさを感じていた。本当ならばよかったと胸をなで下ろしてもいいものだが逆にこの女性の態度が気になっていた。
そんなつくしの疑問に答えるかのように楓は口を開いた。
「道明寺は実力主義を重んじます。この意味がわかるかしら?」
「実力主義ですか?」
「あなた、新聞記者としてはまだまだ駆け出しのようだけど将来はこのまま?」
「はい。できればもう少し仕事をしたいと思っています。も、もちろんそれは・・」
・・ご子息に迷惑がかからないようにするつもりです。
「N新聞社の経済部だったわね?大学でも経済を?」
「はい」
「司はハーバードビジネススクールでMBAを取得してるわ。あなたとは話が合いそうね」
「あの、わたしのことは十分にお調べになられていると思いますが、経済学の専攻で経営学では・・」
つくしはそわそわと落ち着かない気持ちになってきた。
何しろ相手は司の母親でもあり道明寺楓という経済人だ。世界経済の最前線で働くファーストレディと言ってもいいような女性を相手に新聞記者に毛が生えた程度の若い自分がきちんと受け答えが出来るかどうか考えると気持ちが萎えそうだ。
「どうしてあなたは経済学を学ぼうと思ったの?いくらわたくしがあなたのことを調べていても動機までは調べようがなかったわ」
やっぱり調べられていたのね・・
「お調べになられたならご存知だと思いますが、うちはあまり裕福な家庭ではありません。
どちらかと言えばお金とは縁が薄い家庭でした」
「だからこそ、そのお金とのご縁を結ぶためにはどうしたいいのか、お金について知りたいと思ったんです」
「まず相手のことを知らなければ仲良くしようがありませんから」
つくしは自分のことは正直に話そうと思った。
この女性を相手に曖昧な返事は出来ないと思った。
「そう。それで?お金とは仲良くなれたの?」
「いえ。あまり仲良くはしてもらえませんでした」
「あなた、正直ね」
つくしは口ごもり、言葉を探した。
「あの、わたしがどんな動機でご子息と結婚したいか知りたくはないんですか?」
「わたしがお金目当てにご子息と結婚したがっているとはお考えにならないんですか?」
「そうね。もしそうだとしたら、あなたはどうしたらいいと思う?」
「それはわたしが決めることではありません」
つくしは自分と司の立場はお金のある無しに係わらず対等だと考えている。
だが、いくらきれいごとを言っても世間はそうは思わない。若い新聞記者と道明寺ホールディングスの若社長じゃ経済レベルが違い過ぎる。
「あの子は・・司は生まれたときからお金に困ったことなどありません。あなたが知っているかどうか分かりませんが、世の中は全てがお金でなんとかなると思っていました」
「でも、それは高校生の頃までの話よ。卒業してからはあちらの、アメリカの大学でしたからなんでもお金で解決が出来ると言うわけでは無かったわ」
楓はつくしの知らない司を語っていた。
「アメリカは資本主義社会の宗主国ではあるけれど、全てがお金で解決できるわけではないの。それは上流になればなるほどね。あるのよ、あちらでも色んな区別がね。敢えて区別と言うけど、わかるわよね?あなたなら」
「お金欲しさに周りに群がる人間とそうでない人間の区別は出来る子よ、司はね」
楓の言葉が初めて楽しげな調子を帯びた。
「あの子があなたを認めたなら、親のわたくしは文句など言いませんから。言ったわよね?道明寺は実力主義の家です」
「どの道で生きようとその道で一番になればいいんです」
「あなたも経済学の勉強をしたのでしょ?いつか司のサポートが出来るといいわね」
「あ、あの・・わたしなんかでいいんですか?」
楓は頷きも返事もしなかった。
つかの間、張りつめた沈黙が流れた。
「あなた、今の世界の経済情勢を正確に把握してるわよね?」
楓の問いかけにつくしは頷いた。
「そう。ならいいわ」とだけ返された。
***
「つ、つかさ!た、大変・・今日お、お母さんが・・」
勢いよく玄関まで駆け寄ってきたのはエプロン姿のつくしだった。
「チッ。来やがったか・・」
「しかしあのババァ俺がいない隙を狙って速攻来やがったな?」
司はつくしの慌てた様子を面白がっているようだ。
その証拠に彼の口元にはかすかな微笑みが浮かんでいる。
「ちょっと、それどういうことなのよ?」
「ああ。悪りぃな。今日のはおまえの面接だってよ」
「め、面接って何よそれ?」
「嫁としての・・」
しばらく、間があった。
「よ・・嫁?」
「ああ。まあ前もって根回しは色々やっといたから、誰もおまえの評判を落とすようなヤツはいなかったはずだ」
「今までもパーティーに参加してた甲斐があったってもんだ。ジジイどももおまえのこと、気に入ってたぞ。若いのに経済情勢に詳しいってな」
「そうだ。ババァがおまえもMBA取りたいならアメリカでサポートしてやるなんて言ってたけどな。断ったから」
「あのクソババァ、俺からつくしをかっさらって行くつもりかよ!」
つくしが母親に認められたことが司には嬉しかった。多分こいつのあけっぴろげで正直なところが気に入ったんだろう。何しろ俺たちの周りにいる奴らはとことん自分をよく見せて取り入ろうとするような奴らばかりだからな。
「な、なに?どう言うことなのか説明してよ?」
「おまえのこと、気に入ったってよ。金のありがたみが分かる女はこれからの世界経済の変化に柔軟に対応が出来るからってな」
「ったくあのババァは・・」司は忍び笑いをこらえていた。
「なんだよつくし?」
「嫁として・・」
おい、こいつさっきから嫁、嫁っておんなじ言葉の繰り返しだな。
「あれこれ考え合わせて判断したんだろ。おまえのこと気に入ったって言ってたぞ?」
「よかったな・・」
司は真剣な顔でつくしに言った。
「俺の認めた女がババァの目にかなうのは当然だ」
「・・うん」
つくしは幸せいっぱいという笑顔で司を見上げていた。

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Comment:2
今の二人を隔てる壁は・・
隣同士に住んでいるマンションの部屋の壁だけだ。
「未来のことなんて考えてなかったが、おまえに出会ってから考え始めた」
「未来?」
「ああ。そうだ。」
馴染みのない確信が生まれたのはいつからだったのか。
「一週間会えない間に色々と考えた」
だが同時に与えるつもりの無かった時間をこいつに与えてしまったことは想定外だった。
こいつの俺に対する影響力は凄い。
会えなかった一週間の俺は手負いの猛獣だなんて言われた。
胃が痛い手負いの猛獣・・
ならこいつは猛獣使いってことになる。
決して飼い馴らすことが出来ない猛獣の俺を意のままに操れるのはこいつだけだ。
そして俺はそのとき初めて知った。
感情で胃が痛くなるということを。
俺はこいつに対しては繊細な神経の持ち主だったと言うことか?
「一緒に暮らそう。隣同士じゃなくて」
「でも・・」
「いいじゃねえか。どうせすぐに結婚するんだから」
「言ったよな?長くつき合えばいいってもんじゃねぇって」
「つかさ・・」
「なあ、俺を愛してるんだろ?」と顔の覗き込めば
「わかってるくせに・・」顔を赤らめた。
「ならいいんだな?」
その答えは小さな声で返された。
いいわ・・と、だけで戸惑いはなかった。
***
部屋の中に差し込んでいるのはカーテンの隙間からの月あかりだけ。
これ以上ないほど頬を寄せて抱き合った二人。
絡められた互いの指先には、決して離したくはないという思いが込められていた。
どうして欲しい?
そう聞いたとき、強く握り返してきた小さな白い手。
二人の求めるものは同じ。
なにが欲しい?
その答えはひとつだけ。
あなたが欲しい・・
ただそれだけ。
今この瞬間に存在するのは二人だけ。
つくしは司に服を脱がされると彼の匂いを吸い込んだ。
ぞくぞくする男の匂い・・
今夜これから起こることで全てが変わる気がしていた。
「会えなかった間におまえがどこかへ逃げてしまうんじゃないかと思った」
司の声は硬く、かすれて聞こえた。
「いいか。俺から離れないでくれ・・」
俺から離れないで欲しい。
「どこにも逃げないから・・」
それが彼の望んだ答え。
司は一瞬だけ目を閉じた。そしてまた目を開くと、そこに浮かんでいたのは紛れもない欲望だった。
たった一週間会えなかっただけだ。
なのにどうしてこんなにもつくしが欲しいんだ?
だが死ぬほど腹を空かせた獣がたったひとつだけ手に入れた獲物のような扱いはしたくない。
司は優しくつくしの唇をふさいだ。
「つくし、おれ達はまだ互いに知らないことが多いがそれは重要な問題じゃない」
薄明かりの中、司はかすれた声で囁いた。
二人の肉体はまだ慣れてきたばかりで、つくしは司の与える情熱を受け止めることしか出来なかった。
手のひらで胸をそっと包み込むと悩まし気に息を吐いて身を震わせている。
まだ慣れないからこその反応は愛おしい。
華奢で柔らかい体が自分の体重で押し潰されてしまうんじゃないかと心配をしても
つくしはそんなこととは逆に司の体の重みを求めた。
それは愛する男の全てを受け止めようとする精一杯の愛情表現。
女が男に向かって体を開くという行為は危険な行為だ。
それは一番無防備な姿をさらすこと・・
こいつは自分は守ってもらわなきゃいけないような女だと思わないでと言うが、女の力なんて本気の男の力には敵わない。
何かあれば女なんて簡単に処分されてしまう。
この女は情にもろい。そんな女は騙されやすい。
情にもろいか・・それはいいことなのか、悪いことなのか俺には分からないがどちらにしても俺が守ってやらなきゃいけないと言うことだけは分かっている。
今は閉じられている大きな瞳のへりに浮かぶ涙は歓喜の涙であって欲しい。
司はつくしの唇に軽く唇で触れた。
「つくし、俺を見ろ」
つくしは司の肩に爪を食いこませたまま浅い呼吸を繰り返している。
閉じられていた瞳が開くと真っ直ぐに司を見上げていた。
その瞳の中に映し出されるのは俺の顔だ。
いとしい女の瞳の中で永遠に愛を語りたい。
俺を見て、俺だけを見てくれと言う思い。
動きを止め、じっとしているとこいつの体の奥が俺を求めているのが感じられる。
吸い付くようで、纏わりついてくる。
つくし・・今夜はゆっくり時間をかけよう。
時間も空間も超えた先にあるのは二人だけの世界。
愛してる・・
これからもずっと・・
永遠に・・
司はゆっくりと腰を動かしだした。

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隣同士に住んでいるマンションの部屋の壁だけだ。
「未来のことなんて考えてなかったが、おまえに出会ってから考え始めた」
「未来?」
「ああ。そうだ。」
馴染みのない確信が生まれたのはいつからだったのか。
「一週間会えない間に色々と考えた」
だが同時に与えるつもりの無かった時間をこいつに与えてしまったことは想定外だった。
こいつの俺に対する影響力は凄い。
会えなかった一週間の俺は手負いの猛獣だなんて言われた。
胃が痛い手負いの猛獣・・
ならこいつは猛獣使いってことになる。
決して飼い馴らすことが出来ない猛獣の俺を意のままに操れるのはこいつだけだ。
そして俺はそのとき初めて知った。
感情で胃が痛くなるということを。
俺はこいつに対しては繊細な神経の持ち主だったと言うことか?
「一緒に暮らそう。隣同士じゃなくて」
「でも・・」
「いいじゃねえか。どうせすぐに結婚するんだから」
「言ったよな?長くつき合えばいいってもんじゃねぇって」
「つかさ・・」
「なあ、俺を愛してるんだろ?」と顔の覗き込めば
「わかってるくせに・・」顔を赤らめた。
「ならいいんだな?」
その答えは小さな声で返された。
いいわ・・と、だけで戸惑いはなかった。
***
部屋の中に差し込んでいるのはカーテンの隙間からの月あかりだけ。
これ以上ないほど頬を寄せて抱き合った二人。
絡められた互いの指先には、決して離したくはないという思いが込められていた。
どうして欲しい?
そう聞いたとき、強く握り返してきた小さな白い手。
二人の求めるものは同じ。
なにが欲しい?
その答えはひとつだけ。
あなたが欲しい・・
ただそれだけ。
今この瞬間に存在するのは二人だけ。
つくしは司に服を脱がされると彼の匂いを吸い込んだ。
ぞくぞくする男の匂い・・
今夜これから起こることで全てが変わる気がしていた。
「会えなかった間におまえがどこかへ逃げてしまうんじゃないかと思った」
司の声は硬く、かすれて聞こえた。
「いいか。俺から離れないでくれ・・」
俺から離れないで欲しい。
「どこにも逃げないから・・」
それが彼の望んだ答え。
司は一瞬だけ目を閉じた。そしてまた目を開くと、そこに浮かんでいたのは紛れもない欲望だった。
たった一週間会えなかっただけだ。
なのにどうしてこんなにもつくしが欲しいんだ?
だが死ぬほど腹を空かせた獣がたったひとつだけ手に入れた獲物のような扱いはしたくない。
司は優しくつくしの唇をふさいだ。
「つくし、おれ達はまだ互いに知らないことが多いがそれは重要な問題じゃない」
薄明かりの中、司はかすれた声で囁いた。
二人の肉体はまだ慣れてきたばかりで、つくしは司の与える情熱を受け止めることしか出来なかった。
手のひらで胸をそっと包み込むと悩まし気に息を吐いて身を震わせている。
まだ慣れないからこその反応は愛おしい。
華奢で柔らかい体が自分の体重で押し潰されてしまうんじゃないかと心配をしても
つくしはそんなこととは逆に司の体の重みを求めた。
それは愛する男の全てを受け止めようとする精一杯の愛情表現。
女が男に向かって体を開くという行為は危険な行為だ。
それは一番無防備な姿をさらすこと・・
こいつは自分は守ってもらわなきゃいけないような女だと思わないでと言うが、女の力なんて本気の男の力には敵わない。
何かあれば女なんて簡単に処分されてしまう。
この女は情にもろい。そんな女は騙されやすい。
情にもろいか・・それはいいことなのか、悪いことなのか俺には分からないがどちらにしても俺が守ってやらなきゃいけないと言うことだけは分かっている。
今は閉じられている大きな瞳のへりに浮かぶ涙は歓喜の涙であって欲しい。
司はつくしの唇に軽く唇で触れた。
「つくし、俺を見ろ」
つくしは司の肩に爪を食いこませたまま浅い呼吸を繰り返している。
閉じられていた瞳が開くと真っ直ぐに司を見上げていた。
その瞳の中に映し出されるのは俺の顔だ。
いとしい女の瞳の中で永遠に愛を語りたい。
俺を見て、俺だけを見てくれと言う思い。
動きを止め、じっとしているとこいつの体の奥が俺を求めているのが感じられる。
吸い付くようで、纏わりついてくる。
つくし・・今夜はゆっくり時間をかけよう。
時間も空間も超えた先にあるのは二人だけの世界。
愛してる・・
これからもずっと・・
永遠に・・
司はゆっくりと腰を動かしだした。

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Comment:2
「まきの・・・」
「どうした?」
そうよ・・この男は裸で寝るんだった。
つくしは目の前にある裸の胸を見つめていた。
突然思い立ったように隣の部屋を訪ねたつくしはさっきまで頭の中で渦巻いていた思いを口に出そうとしていた。
が、つくしの唇は閉じられたままだった。
上半身裸で現れた司につくしは慌てた。
玄関でチャイムが鳴れば何か着て出て来るのが普通だ。
そんな恰好で出て来たらお隣さんを驚かすだけなのに・・
そんな思いが頭の中を過ったがお隣さんは自分だと気づいた。
まあ、このマンションのこの場所まで上がって来られる人間は限られてるし、どうせ部屋のモニターであたしのことを確認しているはずだ。下だけでも履いているからよしとしよう。
つくしは司の胸から視線が外せなかった。
自分の前でじっと動かない男の胸には1ミリたりとも贅肉はなく引き締まっていた。
余りにも近くにいるせいか男の体の熱まで感じられる。その熱は男がいつも身に纏う香り
を立ち上らせ、つくしの鼻孔を満たした。
この熱い胸に何度抱きしめられたことか。まさに世の女性が夢にまで見るような胸だった。
この体で何度興奮の高みに連れて行かれたことか。
思わず目の前の胸に手を伸ばして触れたい思いに駆られたが、堪えた。
そんなことをしに来たんじゃない。
つくしはいつの間にか自分の口がぽかんと開いていることに気づくと慌てて閉じた。
あたしはこの男に対して免疫が出来るなんてことがあるのだろうか?
「おい?つくし・・?」
「えっ?」きょとんとした声が返ってきた。
「どうしたんだ?こんな時間に・・」
こんな時間・・?
つくしは自分が何故この場所に来たかを思い出した。
司の胸ばかり見つめていた視線をぐいっと上げた。
その視線先にいた男の長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳でじっと見つめ返されると思わず頬が赤らんだ。
「ごめん・・眠るところだった?」
「いや・・・」
会話は沈みがちで言葉は少なかった。
つくしは一週間も司と会っていなかった。
会おうと思えばいつでも会えるのに避けていた。
隣に住んでいるのに意識すればこんなにも会えないものだと思った。
朝は努めて早く出社し、夜は遅くまで残って記事を書いた。
とはいえ、記事として新聞紙面に載るものではない。
それは事実を述べるための練習だった。あくまでも客観性が求められるのが新聞記事。
新聞には独特の文章構造がある。要点先述法と呼ばれ、まず結論が書かれその後に詳しい内容が書いてある。だから新聞の記事は全てを読まなくても半分読めば内容はつかめる。
つくしが司に対して行う独占インタビューの記事は主観性が入った記事となる。
だから記事の最後に自分の名前を入れ、責任の所在をはっきりとさせる。
つくしの夢は自分の名前が入った記事を書くことだ。そのチャンスは道明寺がくれた。
つくしはこの一週間の間に司の言った言葉の意味について考えていた。
この男はあたしがインタビュー記事を書き終えたら一緒になろうと言った。
仕事を辞めることを考えた事はないかと聞かれた・・
でも、今のあたしに仕事を辞めるつもりは・・ない。
それでも・・道明寺はあたしを受け入れてくれるだろうか?
本当は勇気も覚悟も今のあたしにはない。
ありのままのあたしを受け入れると言う道明寺は、あたしの我がままを受け入れてくれるだろうか?
「どうしたんだ?」かすれた声が出た。
純粋に驚いた顔をして俺の顔を見ている牧野がおかしかった。さっきまで俺の胸にじっと視線を合わせたまま顔を赤く染めていたかと思えば、今度は緊張した表情で俺を見ている。
その目まぐるしく変わる表情はこいつの心の変化だ。今日は心の声ってやつが聞えないが、顔を見てるだけでも十分わかった。
真夜中に隣の部屋から尋ねてきたこいつはさっきまでベッドで横になっていたはずだ。
だがわざわざきちんと服に着替えて俺の部屋を訪ねて来た。
こいつ何をそんなに緊張してんだ?
「つ・つかさ・・あのね・・」
「このまえの話なんだけど・・」
「つくし、中へ入れ」司はつくしを招き入れた。
そうだった。いつまでも玄関先で立ち話なんかしていたら上半身裸の道明寺が風邪をひく。
つくしは大人しく部屋の中へと足を踏み入れた。
リビングには大きなソファがあるが、どこかへ座るという気にはなれず立ったままでいいと思った。
司はこの一週間つくしをひとりにさせておいたのは失敗だったかもしれないと思っていた。
部屋を訪ねても会えないからと言って放っておくべきじゃなかった。
無理矢理にでも会う手はずを整えればよかったかもしれないと思い始めていた。
こいつが動揺して指輪を返そうとしてきたとき、ふたりの関係に変化があったのは確かだ。
だからその変化が急速なものへと変わらないようにするべきだった。
少し時間を与えれば、その変化も落ち着いたものへと変わってくれるかと踏んでいたが、こいつの今の顔を見ればそれは間違いだったかもしれないと思った。
あの時までは慌てずに緩やかに変化していけばいいと思っていたのに、俺の迂闊な発言で
牧野の気持ちの中に俺の思いとは逆方向へと向かう流れが出来たようだ。
「あの・・道明寺・・つ、つかさ・・この前話したことなんだけど・・」
「あのとき、司はあたしに仕事を辞めるつもりはないかと聞いたけど・・あたしは仕事を辞めるつもりはないから」
「それを言いたかったの・・一緒にならないかって話しだけど・・司と結婚しても奥さんとしての勤めができるとは思えない・・」
ダメだ!ダメだ!
こいつなに言ってるんだ?
俺と一緒にいたくねぇのかよ!
司を見上げているつくしの顔は思いつめたように真剣そのものだった。
あのときは困惑と戸惑いが見てとれたが今はそんな表情はなかった。
司は思わずその真剣な顔に手を触れたくなった。
だが今はただ、自分の手をぎゅっと握りしめていた。
本当はすぐにでも抱きしめてこいつの考えを無理矢理にでも変えてしまいたい気持ちでいた。だがその前にきちんと話しをするべきだと思った。
こいつはいつも考え過ぎなんだよ!
もっと物事を柔軟に考える頭ってのを持て!
「俺とおまえは結婚するべきだと思う」
「えっ?」
つくしは司の口から出た言葉に耳を疑った。
さっきあたしが話したことを聞いてなかったの?
仕事を辞めるつもりは無いって言ったわよね?
「あのときはっきり言わなかった俺が悪かった」
「つい・・気持ちばっか先走っちまった・・」
「聞くが俺の奥さんとしての勤めってなんだよ?」
「道明寺、あたし達知り合ってまだ半年も経ってないのよ?」
確かにそうだ。
けど、時間をかければいいというもんじゃないはずだ。
確かに長くつき合えばお互いを知るチャンスはいくらでもある。
だがそれが決していいとは限らない。だらだらと無駄に長い時を過ごすよりも俺とおまえとが同じ時間の流れの中で互いを知ればいいじゃないか?
今の俺は考えなしに突っ走ってるわけじゃない。
俺の正直な気持ちをこいつに伝えるしかない。
「仕事は続ければいい。おまえが好きなだけ続けたらいい」
「おまえがどんな仕事をしてようが、何をしようが好きなことを続ければいい」
「俺が望むのは、俺を愛してくれることだけだ」
「俺の奥さんの勤めは俺を愛してくれることだけだ」
それだけでいいんだ・・
「だから俺と結婚してくれ」
「あたし・・」それは中途半端な答え。
「独占インタビューでも何でも書かせてやる」
「この一週間おまえのことを考えない時間は無かった」
「知り合って半年だろうが三ヶ月だろうがそんなことは関係ねぇ」
結婚を見据えた長い関係なんて俺たちにはどうでもいいんだ・・
「そんなことを気にするよりこれから二人の仲がうまく行くように努力すればいいんだ」
「半年しかつき合ってないから結婚するのがダメだなんてそんな分別くせぇことを言うな」
「小うるせぇことなんか言わなくていいんだ」
「ど、どうせあたしは小うるさくてドンくさくて分別くさい女です!」
「なんだよ?そのドンくさいってのは?」
「あ、あんたがあたしと初めて会ったときに感じてたことでしょう?」
「そうか?俺はそんなこと思ったことなんて・・」いや、あったか?
なにしろ独り暮らしが長いから小うるさい女には慣れてなくてな。
だけどこれからその小うるさい女にも慣れてやる。
それにおまえに対しての責任と分別のある行動ってのも俺がとってやるよ。
「あたしは・・道明寺とは住む世界が違うのよ」
それは自分に対して言い聞かせているのか、司に向かって言っているのか、つくしはなんとも言えなかった。だがそれはつくしの本音のひとつで、司との結婚を躊躇させるものだった。
「同じ地球のうえに住んでるっていうのに何が違うんだよ?」
世界的な規模で物事を考える男の言い分としては納得できる答えだ。
「け、結婚したとたん、対等な関係から主従関係になるなんて絶対にないからね!」
どういうわけか、つくしはそんなことを口走っていた。
「それに仕事は続けるから・・」
ゴメン道明寺、あたしもう少し記者として働きたいの・・
司はつくしにほほ笑みかけていた。
「ああ。そうしろ。俺は反対なんてしない。逆におまえが俺のことを書きたいって言うならいくらでも書かせてやるよ」
「そ、そう・・それでもいいって言うなら・・」
「結婚してあげる・・」
つくしは思わず目頭が熱くなり涙が零れそうになっていた。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
あたしもあんたを幸せにしてあげる。思わずそんな言葉が出かかった。
今夜こうして話しをするまでは、どこか自分の気持ちに正直になれないあたしがいた。
知らない世界に飛び込むのは正直怖い。この半年で垣間見た世界はあたしが育った世界じゃない。でも道明寺が言うように同じ地球のうえに住んでる人間だと思えば怖くない。
「・・ふん・・してあげるかよ?上等じゃねぇか・・」
司は笑った。男性の笑い声が謎めいてセクシーに聞こえるなんて知らなかった。
「俺はおまえとは対等な関係でいるつもりだ。だから覚悟しとけよ?」
と司が陰のある低い声で言うと、つくしの背中はぞくりとした。
「な、何を覚悟するって・・・」
「きゃっ・・ちょっと!道明寺なに・・」
力強く、大きな手がつくしのうなじに回されると同時に
司は唇を押し当ててつくしの口を塞いだ。
罪深いほどの完璧なキス・・
そんなキスを交わしながら囁かれた言葉は・・
一生今みたいに喋ってろ。俺に遠慮なんかするな。
おまえが傍にいて愛してくれたらそれでいいんだ。
俺の奥さんの仕事なんてのは俺を愛することだけだ・・
それ以上求めるつもりなんかねぇから・・
だから・・結婚しようぜ・・
つくし・・
そして最後に耳元で囁かれた言葉は
『 あまり年をとらないうちに子供が出来たらいいな 』 だった。

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が、つくしの唇は閉じられたままだった。
上半身裸で現れた司につくしは慌てた。
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まあ、このマンションのこの場所まで上がって来られる人間は限られてるし、どうせ部屋のモニターであたしのことを確認しているはずだ。下だけでも履いているからよしとしよう。
つくしは司の胸から視線が外せなかった。
自分の前でじっと動かない男の胸には1ミリたりとも贅肉はなく引き締まっていた。
余りにも近くにいるせいか男の体の熱まで感じられる。その熱は男がいつも身に纏う香り
を立ち上らせ、つくしの鼻孔を満たした。
この熱い胸に何度抱きしめられたことか。まさに世の女性が夢にまで見るような胸だった。
この体で何度興奮の高みに連れて行かれたことか。
思わず目の前の胸に手を伸ばして触れたい思いに駆られたが、堪えた。
そんなことをしに来たんじゃない。
つくしはいつの間にか自分の口がぽかんと開いていることに気づくと慌てて閉じた。
あたしはこの男に対して免疫が出来るなんてことがあるのだろうか?
「おい?つくし・・?」
「えっ?」きょとんとした声が返ってきた。
「どうしたんだ?こんな時間に・・」
こんな時間・・?
つくしは自分が何故この場所に来たかを思い出した。
司の胸ばかり見つめていた視線をぐいっと上げた。
その視線先にいた男の長い睫毛に縁どられた漆黒の瞳でじっと見つめ返されると思わず頬が赤らんだ。
「ごめん・・眠るところだった?」
「いや・・・」
会話は沈みがちで言葉は少なかった。
つくしは一週間も司と会っていなかった。
会おうと思えばいつでも会えるのに避けていた。
隣に住んでいるのに意識すればこんなにも会えないものだと思った。
朝は努めて早く出社し、夜は遅くまで残って記事を書いた。
とはいえ、記事として新聞紙面に載るものではない。
それは事実を述べるための練習だった。あくまでも客観性が求められるのが新聞記事。
新聞には独特の文章構造がある。要点先述法と呼ばれ、まず結論が書かれその後に詳しい内容が書いてある。だから新聞の記事は全てを読まなくても半分読めば内容はつかめる。
つくしが司に対して行う独占インタビューの記事は主観性が入った記事となる。
だから記事の最後に自分の名前を入れ、責任の所在をはっきりとさせる。
つくしの夢は自分の名前が入った記事を書くことだ。そのチャンスは道明寺がくれた。
つくしはこの一週間の間に司の言った言葉の意味について考えていた。
この男はあたしがインタビュー記事を書き終えたら一緒になろうと言った。
仕事を辞めることを考えた事はないかと聞かれた・・
でも、今のあたしに仕事を辞めるつもりは・・ない。
それでも・・道明寺はあたしを受け入れてくれるだろうか?
本当は勇気も覚悟も今のあたしにはない。
ありのままのあたしを受け入れると言う道明寺は、あたしの我がままを受け入れてくれるだろうか?
「どうしたんだ?」かすれた声が出た。
純粋に驚いた顔をして俺の顔を見ている牧野がおかしかった。さっきまで俺の胸にじっと視線を合わせたまま顔を赤く染めていたかと思えば、今度は緊張した表情で俺を見ている。
その目まぐるしく変わる表情はこいつの心の変化だ。今日は心の声ってやつが聞えないが、顔を見てるだけでも十分わかった。
真夜中に隣の部屋から尋ねてきたこいつはさっきまでベッドで横になっていたはずだ。
だがわざわざきちんと服に着替えて俺の部屋を訪ねて来た。
こいつ何をそんなに緊張してんだ?
「つ・つかさ・・あのね・・」
「このまえの話なんだけど・・」
「つくし、中へ入れ」司はつくしを招き入れた。
そうだった。いつまでも玄関先で立ち話なんかしていたら上半身裸の道明寺が風邪をひく。
つくしは大人しく部屋の中へと足を踏み入れた。
リビングには大きなソファがあるが、どこかへ座るという気にはなれず立ったままでいいと思った。
司はこの一週間つくしをひとりにさせておいたのは失敗だったかもしれないと思っていた。
部屋を訪ねても会えないからと言って放っておくべきじゃなかった。
無理矢理にでも会う手はずを整えればよかったかもしれないと思い始めていた。
こいつが動揺して指輪を返そうとしてきたとき、ふたりの関係に変化があったのは確かだ。
だからその変化が急速なものへと変わらないようにするべきだった。
少し時間を与えれば、その変化も落ち着いたものへと変わってくれるかと踏んでいたが、こいつの今の顔を見ればそれは間違いだったかもしれないと思った。
あの時までは慌てずに緩やかに変化していけばいいと思っていたのに、俺の迂闊な発言で
牧野の気持ちの中に俺の思いとは逆方向へと向かう流れが出来たようだ。
「あの・・道明寺・・つ、つかさ・・この前話したことなんだけど・・」
「あのとき、司はあたしに仕事を辞めるつもりはないかと聞いたけど・・あたしは仕事を辞めるつもりはないから」
「それを言いたかったの・・一緒にならないかって話しだけど・・司と結婚しても奥さんとしての勤めができるとは思えない・・」
ダメだ!ダメだ!
こいつなに言ってるんだ?
俺と一緒にいたくねぇのかよ!
司を見上げているつくしの顔は思いつめたように真剣そのものだった。
あのときは困惑と戸惑いが見てとれたが今はそんな表情はなかった。
司は思わずその真剣な顔に手を触れたくなった。
だが今はただ、自分の手をぎゅっと握りしめていた。
本当はすぐにでも抱きしめてこいつの考えを無理矢理にでも変えてしまいたい気持ちでいた。だがその前にきちんと話しをするべきだと思った。
こいつはいつも考え過ぎなんだよ!
もっと物事を柔軟に考える頭ってのを持て!
「俺とおまえは結婚するべきだと思う」
「えっ?」
つくしは司の口から出た言葉に耳を疑った。
さっきあたしが話したことを聞いてなかったの?
仕事を辞めるつもりは無いって言ったわよね?
「あのときはっきり言わなかった俺が悪かった」
「つい・・気持ちばっか先走っちまった・・」
「聞くが俺の奥さんとしての勤めってなんだよ?」
「道明寺、あたし達知り合ってまだ半年も経ってないのよ?」
確かにそうだ。
けど、時間をかければいいというもんじゃないはずだ。
確かに長くつき合えばお互いを知るチャンスはいくらでもある。
だがそれが決していいとは限らない。だらだらと無駄に長い時を過ごすよりも俺とおまえとが同じ時間の流れの中で互いを知ればいいじゃないか?
今の俺は考えなしに突っ走ってるわけじゃない。
俺の正直な気持ちをこいつに伝えるしかない。
「仕事は続ければいい。おまえが好きなだけ続けたらいい」
「おまえがどんな仕事をしてようが、何をしようが好きなことを続ければいい」
「俺が望むのは、俺を愛してくれることだけだ」
「俺の奥さんの勤めは俺を愛してくれることだけだ」
それだけでいいんだ・・
「だから俺と結婚してくれ」
「あたし・・」それは中途半端な答え。
「独占インタビューでも何でも書かせてやる」
「この一週間おまえのことを考えない時間は無かった」
「知り合って半年だろうが三ヶ月だろうがそんなことは関係ねぇ」
結婚を見据えた長い関係なんて俺たちにはどうでもいいんだ・・
「そんなことを気にするよりこれから二人の仲がうまく行くように努力すればいいんだ」
「半年しかつき合ってないから結婚するのがダメだなんてそんな分別くせぇことを言うな」
「小うるせぇことなんか言わなくていいんだ」
「ど、どうせあたしは小うるさくてドンくさくて分別くさい女です!」
「なんだよ?そのドンくさいってのは?」
「あ、あんたがあたしと初めて会ったときに感じてたことでしょう?」
「そうか?俺はそんなこと思ったことなんて・・」いや、あったか?
なにしろ独り暮らしが長いから小うるさい女には慣れてなくてな。
だけどこれからその小うるさい女にも慣れてやる。
それにおまえに対しての責任と分別のある行動ってのも俺がとってやるよ。
「あたしは・・道明寺とは住む世界が違うのよ」
それは自分に対して言い聞かせているのか、司に向かって言っているのか、つくしはなんとも言えなかった。だがそれはつくしの本音のひとつで、司との結婚を躊躇させるものだった。
「同じ地球のうえに住んでるっていうのに何が違うんだよ?」
世界的な規模で物事を考える男の言い分としては納得できる答えだ。
「け、結婚したとたん、対等な関係から主従関係になるなんて絶対にないからね!」
どういうわけか、つくしはそんなことを口走っていた。
「それに仕事は続けるから・・」
ゴメン道明寺、あたしもう少し記者として働きたいの・・
司はつくしにほほ笑みかけていた。
「ああ。そうしろ。俺は反対なんてしない。逆におまえが俺のことを書きたいって言うならいくらでも書かせてやるよ」
「そ、そう・・それでもいいって言うなら・・」
「結婚してあげる・・」
つくしは思わず目頭が熱くなり涙が零れそうになっていた。
こんな気持ちになったのは初めてだ。
あたしもあんたを幸せにしてあげる。思わずそんな言葉が出かかった。
今夜こうして話しをするまでは、どこか自分の気持ちに正直になれないあたしがいた。
知らない世界に飛び込むのは正直怖い。この半年で垣間見た世界はあたしが育った世界じゃない。でも道明寺が言うように同じ地球のうえに住んでる人間だと思えば怖くない。
「・・ふん・・してあげるかよ?上等じゃねぇか・・」
司は笑った。男性の笑い声が謎めいてセクシーに聞こえるなんて知らなかった。
「俺はおまえとは対等な関係でいるつもりだ。だから覚悟しとけよ?」
と司が陰のある低い声で言うと、つくしの背中はぞくりとした。
「な、何を覚悟するって・・・」
「きゃっ・・ちょっと!道明寺なに・・」
力強く、大きな手がつくしのうなじに回されると同時に
司は唇を押し当ててつくしの口を塞いだ。
罪深いほどの完璧なキス・・
そんなキスを交わしながら囁かれた言葉は・・
一生今みたいに喋ってろ。俺に遠慮なんかするな。
おまえが傍にいて愛してくれたらそれでいいんだ。
俺の奥さんの仕事なんてのは俺を愛することだけだ・・
それ以上求めるつもりなんかねぇから・・
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つくし・・
そして最後に耳元で囁かれた言葉は
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Comment:4
「これ以上おまえにちょっかいを出すとどうなるかあの男にわからせてやった」
それは数日前に聞かせた話。
「おまえはもう二度とあの男に煩わせられることはねぇぞ」
牧野は危ぶんだ顔をして何か酷いことをしたのかと聞いてきたが俺の話を聞いて意外とすんなり納得したようだ。
まさか俺がバカなまねして何かしでかすんじゃねぇかと思ったみたいだが就業規則に乗っ取っての処罰ならあたり前だと頷いた。当然だが処分は懲戒解雇だった。
牧野にとってあの男のことは青春時代の苦いひとコマだと考えればいい。
人間誰しもバカなことに遭遇することがある。俺だって10代の頃は牧野には言えないような事もしたものだ。
だが幸いにして人生の全てをかけてもいいと思える女に出会った今だからこそ、過去を振り返ることも余裕で出来るってものだ。
なのに、
「おまえ、つくしちゃんから指輪を返されそうになってるんだって?」あきらが聞いた。
「あの指輪だよな?ストーカー女が取り上げようとしていた例の指輪」
「そうだ」
いつもならこいつらを早々に追い返す俺だが今夜は話をしたい気分だった。
例の指輪はとは、かりそめの関係だった俺たちを本物らしく見せる為と言う名目で買い入れた指輪だ。
俺はあの頃からそんな関係を本物に変えてやるつもりでいたし、事実そうなった。
なのに、あいつ何が気に入らないのか知らないがあの指輪を俺に返そうとしてきた。
今は恋人同士なんだぞ?その男が買った指輪を返すってことの意味はなんなんだよ!
おまえこの指輪に込められた意味を分かった上で俺に返すのか?もちろん俺は受け取らなかった。
「で、つくしちゃんは何が気に入らないんだ?」
「いや・・気に入らねぇってんじゃなくて・・」
「おまえ、彼女に何か言ったんだろう?」
あきらの言い方はまぎれもなく非難の響きがあった。
なんで俺が非難されなきゃならない?
「あいつに仕事を辞めるなんて考えた事はないのかって聞いたら・・」
司にしてみればその問は将来を見据えての問いかけだった。
「なるほどな・・」
あきらは司の答えにすぐに反応した。
「司、彼女がどれだけ自分の仕事に誇りを持ってるか知ってるんだろ?」
「新聞記者になってまだ三年目だぞ?三年目ったら記者の世界じゃ新人に入る。それを辞める気がないかだなんて聞いたら動揺するのも当然だろう?」
「それにおまえの独占インタビュー記事が書きたいが為におまえのかりそめの恋人役を引き受けた女だろ?」
あきらの話はもっともだった。二人の関係の始まりは独占記事が書きたい女との取引からだ。
あいつ俺の言葉に動揺したのか?
「そうだぞ司?それだけ仕事に対しての使命感が強い女だぞ?いきなりそんなこと言ったら・・」同意したのは総二郎だった。
「いや・・いきなりじゃねぇ・・」
「俺との結婚を見据えた上でだ」
「約束の独占インタビュー記事を書き終えたら俺と一緒にならないかってな」
司は照れくさそうにしていたが、心の中では先走り過ぎたのではないかと後悔していた。
「そうか!ついに言ったのか!」
「けどおまえ仕事を辞めろって言ったのか?」
「その記事書かせてやるからそれを最後に辞めろってことだよな?」
あきらのヤツ俺が気にしてるところをガンガン突いてきやがる。
「男が勝手に女の将来を決めちゃまずいよな?今の世の中はそんな時代じゃねぇぞ」
総二郎、茶の世界はどうなんだよ?おまえらの世界は昔から変わらねぇはずだ。
「いや、辞めろなんて言ってはねぇけど・・まあ言葉のニュアンスとしては含まれていたかもしれねぇ」
「ただ俺はあいつを守ってやりてぇんだ。色んなものから」
だってそうだろ?好きな女が傷つく姿なんか誰も見たくはないはずだ。
司の思いはただそれだけだった。
「けどそれをあいつに言ったら、あたしはあんたに守ってもらわなきゃいけないような女じゃないと来た」
「さすが牧野つくしだな。ストーカー女に立ち向かった女だからな」
あきらは思い出したかのように頷いた。
「女ってのは自立してる自分ってのが好きだからな。男になんて頼りませ~んなんてな」
「けどよ、司が彼女のためにこっそり警護を付けてること、俺たちは知ってるぞ?」
あきらも総二郎も互いに頷きあった。
「しかしまあ司も次から次へとあるよな?」
「でもよ、司はそんな自分が好きなんだぜ?」
「つくしちゃんに振り回されてる自分が!」
「司、おまえはM男か?」
「るせぇ!」
司はばつが悪そうに顎をさすっていた。あきらも総二郎も言いたい放題だ。
「それより、その日を境に俺はあいつと会ってない・・」
「おい司、隣だぞ?なんで会えないんだ?」
「知らねぇよ!そんなこと」俺が聞きたいくらいだ。
「あの女忍者か?それとも蜘蛛女か?」総二郎、おまえの世界はどうなってるんだ?
「なんだよそりゃ?」
「いや、窓から糸垂らして出て行くとか・・」
おまえら一度脳の検査でもしてもらえ!
それこそ蜘蛛の巣が張ってるんじゃねえか?
こいつらに話しても後悔が深まるばかりだ。
あのとき仕事の話なんか持ちだすんじゃなかった!
「よし!俺たちでつくしちゃんに話しをしてみるか?」
「馬鹿な男がひとり寂しそうにしてますって?」
「そうだな、何だかんだで司の尻ぬぐいをするのはいつも俺たちなんだからな?」
「だろ?類?」
「俺ヤダよ。司の尻ぬぐいなんて。昔っからいつもだろ?あきらと総二郎で行ってよね?」
ソファに転がって話を聞いていた類はむすっとした顔で部屋を出て行った。
***
「なあ、つくしちゃん、司はつくしちゃんのせいで神経過敏になってるぞ?」
あきらが突然呟いた。
「それどういう意味ですか?」
つくしは総二郎とあきらから呼び出しを受けた。
呼び出されたと言うよりも二人が社の近くに現れた。
つくしは取材に出かけたりでずっと社にいるわけではない。
いきなり訪ねて来られても会えるとは限らない。
だが二人は心得たもので新聞が喜びそうな経済ネタを提供してやるとの話でつくしの時間をもぎ取った。もちろん社を通して話しを持ちかけて来ると言う正攻法で来た。
美作商事の専務が会いたいと言えば断れまいと踏んでの行動だ。
「だから・・つくしちゃんが黙っていなくなるってのが怖いらしい」
「あの司がだ!」
「い、いなくなるって・・なんですかそれ?」
「喧嘩したんだろ?」
「喧嘩なんてしてません。ちょっと意見の相違があっただけです」
道明寺は何でもこの人たちに話すんだから!
「けど、ここ数日は朝の出勤も別なんだろ?司が部屋のチャイムを鳴らしても出てこないから心配してる。もしかしたら元のマンションに戻ったんじゃねぇかとかな」
「そうだよ、あいつ胃が痛いだなんてこと今まで言ったことなんてなかったぞ?」
「そ、そんなの・・そのうちに治ります」
「しかしなぁ・・あれじゃまるで10代の男の恋煩いみたいだ」
つくしは10代の男の恋煩いと言われてもさっぱり分からなかった。
大体この人たちが恋煩いなんて言葉を知っていることが不思議だった。
二人とも遊び人で若い頃から女にモテたと聞いている。あの男もだけど・・
「司がつくしちゃんの仕事について口を挟んだことが気に掛かってるんだろ?」
「つくしちゃんも司のことが好きなんだよな?」
「す、好きです・・・でも・・」今更気持ちを偽るなんてことはしたくない。
「結婚したいって言われたんだよな?」
「仕事を辞める考えがあるかと聞かれたんだよな?」
なんだかこの二人と話していると状況が複雑化しそうな気がしてくる。
「ま、まだそんな結婚するみたいな話にはなっていません!別にはっきりと言われたわけでもないし・・そんなの仮定の話だと思います」
「あのな、つくしちゃん。司は体はデカいがああ見えて案外気の小せぇところがある」
「つくしちゃんの事が心配でしょうがねぇんだよ・・」
「あの、もし仮に・・あたし達が結婚したとしても仕事を辞めるとか・・そんなこと・・」
考えていないとはっきり言えないつくしがいた。
「つくしちゃん、よく聞いてくれ。司がその気になればつくしちゃんが新聞社で働くことが出来なくなるのは確かだ。あいつはそれだけの力がある男だ」
「あいつ、好きなものは絶対にあきらめたり手放したりはしない男だ」
「そのかわり、手に入れたらすげぇ大事にするし大切にする」
「そりゃ司がつくしちゃんに仕事を辞めるつもりがあるか聞いたのは・・あいつが男としての責任をどう果たしていくべきかを考えてのことだと思うぞ?」
「ひとりの人間の人生を背負うわけだからな。まあ今のあいつは何万という従業員の生活を背負って仕事をしてるわけだが・・正直あいつにとって何万の従業員より愛する女の人生を背負ってく方が大切だから色々考えてるわけだ」
総二郎はつくしを安心させようとしていた。
「司の今の望みはつくしちゃんをどうすれば幸せに出来るかってことだからな」
「多分俺が思うに仕事を辞める気があるか、なんて聞いたのは辞めた後のつくしちゃんの身の振り方を考えて言ったんじゃねぇかと俺は思ってる。何しろあいつ道明寺ホールディングスの社長だ。結婚すればつくしちゃんは社長夫人だぞ。現実問題として考えなきゃいけないことも沢山あるよな?だからもしつくしちゃんが仕事を辞めるならそれなりに考えなきゃいけないと思っているから聞いたんだと俺は思う」
「だから悪いが、もう少し考えてやってくれよ」
「司はことつくしちゃんに関しての話しには主語がないから、悪いがよくかみ砕いて聞いてやってくれ。そこは新聞記者として言葉の裏を読むとか表情から感じ取るとかしてやってくれないか?」
「面倒くせぇ男だけど、頼むよ」
つくしはその言葉にようやくこの人たちの本音が聞けたと思った。
***
眠れない。
つくしは仕事をバリバリやっている自分を想像してみた。
道明寺と出会う前の自分だ。
あの頃は仕事が生きがいと言える部分もあった。
あいつの独占記事が書けるならと半年間と言う約束でかりそめの恋人を引き受けた。
・・でもあたし達は本当の恋人同士になった。
約束の半年が来ればインタビューは受けると言った道明寺。
あたしは自分の署名入りであいつの記事が書ける。
道明寺はあたしが記事を書き終えたらその先のことを考えないか、二人の関係を変えないかと言っていた。
どうしよう・・
美作さんと西門さんが言ってたようにあの時のあいつの言葉の真意はもっと別にあると感じていた。
だけどそれには気づかないふりをしたのかもしれない。
なんのことか分からないふりをした。
つき合ってまだ半年も経ってないあたしにいきなり結婚の話をするなんて・・・。
それでもあたしも心のどこかでそんなことを意識していた。
あたしは道明寺が好き。
でもあの二人が言ったように道明寺と結婚すればあたしの生活は今とはかけ離れたものになるはずだ。華やかなパーティーにも沢山参加して来たし、日本の政治経済の中心にいるような人物にも会った。だから結婚すれば求められるものはわかっていた。
結婚を承諾するには勇気と覚悟が必要だ。
寝返りばかりで目が冴えてきた。
つくしはベッドから起き上がるとパジャマを脱ぎ洋服に着替えた。
眠れないなら眠れるように問題を解決するのが一番だ。
つくしは部屋を出ると隣の部屋のインターホンを押した。

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それは数日前に聞かせた話。
「おまえはもう二度とあの男に煩わせられることはねぇぞ」
牧野は危ぶんだ顔をして何か酷いことをしたのかと聞いてきたが俺の話を聞いて意外とすんなり納得したようだ。
まさか俺がバカなまねして何かしでかすんじゃねぇかと思ったみたいだが就業規則に乗っ取っての処罰ならあたり前だと頷いた。当然だが処分は懲戒解雇だった。
牧野にとってあの男のことは青春時代の苦いひとコマだと考えればいい。
人間誰しもバカなことに遭遇することがある。俺だって10代の頃は牧野には言えないような事もしたものだ。
だが幸いにして人生の全てをかけてもいいと思える女に出会った今だからこそ、過去を振り返ることも余裕で出来るってものだ。
なのに、
「おまえ、つくしちゃんから指輪を返されそうになってるんだって?」あきらが聞いた。
「あの指輪だよな?ストーカー女が取り上げようとしていた例の指輪」
「そうだ」
いつもならこいつらを早々に追い返す俺だが今夜は話をしたい気分だった。
例の指輪はとは、かりそめの関係だった俺たちを本物らしく見せる為と言う名目で買い入れた指輪だ。
俺はあの頃からそんな関係を本物に変えてやるつもりでいたし、事実そうなった。
なのに、あいつ何が気に入らないのか知らないがあの指輪を俺に返そうとしてきた。
今は恋人同士なんだぞ?その男が買った指輪を返すってことの意味はなんなんだよ!
おまえこの指輪に込められた意味を分かった上で俺に返すのか?もちろん俺は受け取らなかった。
「で、つくしちゃんは何が気に入らないんだ?」
「いや・・気に入らねぇってんじゃなくて・・」
「おまえ、彼女に何か言ったんだろう?」
あきらの言い方はまぎれもなく非難の響きがあった。
なんで俺が非難されなきゃならない?
「あいつに仕事を辞めるなんて考えた事はないのかって聞いたら・・」
司にしてみればその問は将来を見据えての問いかけだった。
「なるほどな・・」
あきらは司の答えにすぐに反応した。
「司、彼女がどれだけ自分の仕事に誇りを持ってるか知ってるんだろ?」
「新聞記者になってまだ三年目だぞ?三年目ったら記者の世界じゃ新人に入る。それを辞める気がないかだなんて聞いたら動揺するのも当然だろう?」
「それにおまえの独占インタビュー記事が書きたいが為におまえのかりそめの恋人役を引き受けた女だろ?」
あきらの話はもっともだった。二人の関係の始まりは独占記事が書きたい女との取引からだ。
あいつ俺の言葉に動揺したのか?
「そうだぞ司?それだけ仕事に対しての使命感が強い女だぞ?いきなりそんなこと言ったら・・」同意したのは総二郎だった。
「いや・・いきなりじゃねぇ・・」
「俺との結婚を見据えた上でだ」
「約束の独占インタビュー記事を書き終えたら俺と一緒にならないかってな」
司は照れくさそうにしていたが、心の中では先走り過ぎたのではないかと後悔していた。
「そうか!ついに言ったのか!」
「けどおまえ仕事を辞めろって言ったのか?」
「その記事書かせてやるからそれを最後に辞めろってことだよな?」
あきらのヤツ俺が気にしてるところをガンガン突いてきやがる。
「男が勝手に女の将来を決めちゃまずいよな?今の世の中はそんな時代じゃねぇぞ」
総二郎、茶の世界はどうなんだよ?おまえらの世界は昔から変わらねぇはずだ。
「いや、辞めろなんて言ってはねぇけど・・まあ言葉のニュアンスとしては含まれていたかもしれねぇ」
「ただ俺はあいつを守ってやりてぇんだ。色んなものから」
だってそうだろ?好きな女が傷つく姿なんか誰も見たくはないはずだ。
司の思いはただそれだけだった。
「けどそれをあいつに言ったら、あたしはあんたに守ってもらわなきゃいけないような女じゃないと来た」
「さすが牧野つくしだな。ストーカー女に立ち向かった女だからな」
あきらは思い出したかのように頷いた。
「女ってのは自立してる自分ってのが好きだからな。男になんて頼りませ~んなんてな」
「けどよ、司が彼女のためにこっそり警護を付けてること、俺たちは知ってるぞ?」
あきらも総二郎も互いに頷きあった。
「しかしまあ司も次から次へとあるよな?」
「でもよ、司はそんな自分が好きなんだぜ?」
「つくしちゃんに振り回されてる自分が!」
「司、おまえはM男か?」
「るせぇ!」
司はばつが悪そうに顎をさすっていた。あきらも総二郎も言いたい放題だ。
「それより、その日を境に俺はあいつと会ってない・・」
「おい司、隣だぞ?なんで会えないんだ?」
「知らねぇよ!そんなこと」俺が聞きたいくらいだ。
「あの女忍者か?それとも蜘蛛女か?」総二郎、おまえの世界はどうなってるんだ?
「なんだよそりゃ?」
「いや、窓から糸垂らして出て行くとか・・」
おまえら一度脳の検査でもしてもらえ!
それこそ蜘蛛の巣が張ってるんじゃねえか?
こいつらに話しても後悔が深まるばかりだ。
あのとき仕事の話なんか持ちだすんじゃなかった!
「よし!俺たちでつくしちゃんに話しをしてみるか?」
「馬鹿な男がひとり寂しそうにしてますって?」
「そうだな、何だかんだで司の尻ぬぐいをするのはいつも俺たちなんだからな?」
「だろ?類?」
「俺ヤダよ。司の尻ぬぐいなんて。昔っからいつもだろ?あきらと総二郎で行ってよね?」
ソファに転がって話を聞いていた類はむすっとした顔で部屋を出て行った。
***
「なあ、つくしちゃん、司はつくしちゃんのせいで神経過敏になってるぞ?」
あきらが突然呟いた。
「それどういう意味ですか?」
つくしは総二郎とあきらから呼び出しを受けた。
呼び出されたと言うよりも二人が社の近くに現れた。
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「だから・・つくしちゃんが黙っていなくなるってのが怖いらしい」
「あの司がだ!」
「い、いなくなるって・・なんですかそれ?」
「喧嘩したんだろ?」
「喧嘩なんてしてません。ちょっと意見の相違があっただけです」
道明寺は何でもこの人たちに話すんだから!
「けど、ここ数日は朝の出勤も別なんだろ?司が部屋のチャイムを鳴らしても出てこないから心配してる。もしかしたら元のマンションに戻ったんじゃねぇかとかな」
「そうだよ、あいつ胃が痛いだなんてこと今まで言ったことなんてなかったぞ?」
「そ、そんなの・・そのうちに治ります」
「しかしなぁ・・あれじゃまるで10代の男の恋煩いみたいだ」
つくしは10代の男の恋煩いと言われてもさっぱり分からなかった。
大体この人たちが恋煩いなんて言葉を知っていることが不思議だった。
二人とも遊び人で若い頃から女にモテたと聞いている。あの男もだけど・・
「司がつくしちゃんの仕事について口を挟んだことが気に掛かってるんだろ?」
「つくしちゃんも司のことが好きなんだよな?」
「す、好きです・・・でも・・」今更気持ちを偽るなんてことはしたくない。
「結婚したいって言われたんだよな?」
「仕事を辞める考えがあるかと聞かれたんだよな?」
なんだかこの二人と話していると状況が複雑化しそうな気がしてくる。
「ま、まだそんな結婚するみたいな話にはなっていません!別にはっきりと言われたわけでもないし・・そんなの仮定の話だと思います」
「あのな、つくしちゃん。司は体はデカいがああ見えて案外気の小せぇところがある」
「つくしちゃんの事が心配でしょうがねぇんだよ・・」
「あの、もし仮に・・あたし達が結婚したとしても仕事を辞めるとか・・そんなこと・・」
考えていないとはっきり言えないつくしがいた。
「つくしちゃん、よく聞いてくれ。司がその気になればつくしちゃんが新聞社で働くことが出来なくなるのは確かだ。あいつはそれだけの力がある男だ」
「あいつ、好きなものは絶対にあきらめたり手放したりはしない男だ」
「そのかわり、手に入れたらすげぇ大事にするし大切にする」
「そりゃ司がつくしちゃんに仕事を辞めるつもりがあるか聞いたのは・・あいつが男としての責任をどう果たしていくべきかを考えてのことだと思うぞ?」
「ひとりの人間の人生を背負うわけだからな。まあ今のあいつは何万という従業員の生活を背負って仕事をしてるわけだが・・正直あいつにとって何万の従業員より愛する女の人生を背負ってく方が大切だから色々考えてるわけだ」
総二郎はつくしを安心させようとしていた。
「司の今の望みはつくしちゃんをどうすれば幸せに出来るかってことだからな」
「多分俺が思うに仕事を辞める気があるか、なんて聞いたのは辞めた後のつくしちゃんの身の振り方を考えて言ったんじゃねぇかと俺は思ってる。何しろあいつ道明寺ホールディングスの社長だ。結婚すればつくしちゃんは社長夫人だぞ。現実問題として考えなきゃいけないことも沢山あるよな?だからもしつくしちゃんが仕事を辞めるならそれなりに考えなきゃいけないと思っているから聞いたんだと俺は思う」
「だから悪いが、もう少し考えてやってくれよ」
「司はことつくしちゃんに関しての話しには主語がないから、悪いがよくかみ砕いて聞いてやってくれ。そこは新聞記者として言葉の裏を読むとか表情から感じ取るとかしてやってくれないか?」
「面倒くせぇ男だけど、頼むよ」
つくしはその言葉にようやくこの人たちの本音が聞けたと思った。
***
眠れない。
つくしは仕事をバリバリやっている自分を想像してみた。
道明寺と出会う前の自分だ。
あの頃は仕事が生きがいと言える部分もあった。
あいつの独占記事が書けるならと半年間と言う約束でかりそめの恋人を引き受けた。
・・でもあたし達は本当の恋人同士になった。
約束の半年が来ればインタビューは受けると言った道明寺。
あたしは自分の署名入りであいつの記事が書ける。
道明寺はあたしが記事を書き終えたらその先のことを考えないか、二人の関係を変えないかと言っていた。
どうしよう・・
美作さんと西門さんが言ってたようにあの時のあいつの言葉の真意はもっと別にあると感じていた。
だけどそれには気づかないふりをしたのかもしれない。
なんのことか分からないふりをした。
つき合ってまだ半年も経ってないあたしにいきなり結婚の話をするなんて・・・。
それでもあたしも心のどこかでそんなことを意識していた。
あたしは道明寺が好き。
でもあの二人が言ったように道明寺と結婚すればあたしの生活は今とはかけ離れたものになるはずだ。華やかなパーティーにも沢山参加して来たし、日本の政治経済の中心にいるような人物にも会った。だから結婚すれば求められるものはわかっていた。
結婚を承諾するには勇気と覚悟が必要だ。
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Comment:2
木田は自分が所属する広報室の室長から今日は大会議室で朝礼を開くから君も参加してくれないかと言われた。
どうして自分が課長職以上の参加する朝礼に参加しなければいけないのかが分からなかった。
普段なら部長職以上の幹部社員のみを集めての朝礼に課長が参加することも不思議だったし、この朝礼を各フロアにあるテレビで社員全員が視聴できるように流すという試みも今まで無かった。
いや、あると言えば親会社にあたる繊維会社の社長が毎月初めに寄こす録画映像を流すことだけだった。
それが突然、朝礼を生中継で各フロアに放送するなんて何か大きな問題が起きたとしか考えられなかった。皆考えることは同じなのか、それともカメラが入っているせいか私語は少なく居並んでいるどの顔も硬い。
「木田君、悪いね。急に決まったことなんだ」
「いやね、今日はうちの親会社のその上の、道明寺ホールディングスの社長の視察が決まってね。なんでも道明寺社長がうちの朝礼に出たいということなんだよ」
木田に話しかけてきている広報室長は総務部部長も兼任しており幹部社員が集まる朝礼にはいつも出ている。
「あの道明寺社長だよ、まさに雲の上の人だよ?凄いと思わないか?そんな人がうちに視察にお見えになるなんて!」広報室長は興奮を隠せないようだ。
「はい。凄いですよ、室長!」
木田は自分と年が変わらない司が大企業のかじ取りを任され経営している姿に感銘を受けていた。頭もよく、まるでモデルと見紛うばかりの外見で当然ならが金持ちだ。
女性でなくても憧れる存在の男だ。だが道明寺司が子会社の朝礼とはいえ、生でカメラの前に立つなんて行為はメディアへの露出を嫌う男にしては意外だった。
そんな男がこの会社のテレビに映し出されるなんてさぞ女子社員は歓喜することだろう。
何か意図があるには違いないはずだ。もちろん木田は本人を見るのは初めてだ。
恐らくここにいる殆どの人間がそうだろう。
子会社が多く、組織も大きくなると末端の会社まで目を配るのは大変だと思うが、道明寺司という人物はその末端の会社まで気にかけるような男なんだろうか。
まるで木田のその思いが伝わったかのように大会議室の扉が開かれ、長身でゴージャスな顔をした男が颯爽と入って来た。
道明寺司の突然の訪問もそうだが幹部社員を招集するなんて余程のことがあるに違いないと言う思いなのか、居並ぶ者たちは不安と戸惑いを必死で隠そうとしていた。
男はひとつだけ空いている席に着くと始めようとひと言いった。
「おはよう。道明寺司だ。今日は急なことで申し訳ない。
業務開始前とは言え、それぞれに取引各社との予定もあったと思うが参加してくれて感謝する」
声は低くて他人を寄せ付けない冷たさが感じられ、とても感謝しているようには思えなかった。
「今日この朝礼を開いてもらったのは他でもない」
司は大会議室の中を見渡すと目当ての人物を見つけていた。
「実はこちらの会社の広報の木田君だが・・」
「木田君悪いが起立してくれないか?」
木田はその場で立ち上がったが困惑が隠せなかった。
「木田君だが、彼ほど優秀な広報はいないと思ってる。今日はそれを全ての社員に知ってもらいたいと思いこの朝礼を招集してもらった」
幹部社員たちは皆一様に驚いたようで不思議そうな顔をしていた。
もちろん当の本人も驚いた。
それもそうだろう。何故いち社員を紹介するためにこのような朝礼、しかも全社員へのテレビ中継を必要とするのか。
「彼は広報としては一流だな」
「聞けば各メディアでの受けも非常にいいらしい。物腰が柔らかくて特に女性の関係者には受けがいいと聞いた」
「この会社の製品のターゲットは若い女性がメインだ。媒体も若い女性が対象となるものが殆どだ。当然だがプレス関係者も女性が多い。
木田君はそんな女性達にも素晴らしい心配りと思いやりを持って接してくれている」
派手なネクタイしやがって。アパレルの人間ならもっと趣味のいいやつを選べ!
司は自分の精神状態が穏やかだからこそ、こうして話しを続けられるのだと思っていた。
そうでなければ、牧野の話を聞いたばかりの時なら激しい怒りを抑えることが出来なかっただろうと感じていた。
「それにわたしが知るある女性がとても彼の人柄を褒めていた。女性に対しての思いやりが執念深いくらいあるらしい」
「その女性は彼にひとかたならぬ世話になったと言って感謝している」
「自分が男性に対して抱いていた思いを180度変えてくれたと言っていた」
司の持ち上げっぷりに木田は嬉しそうにしていた。
なぜ自分がこんなふうに言われているかなど知りようがないのだから、ただ嬉しそうにしていた。
ちょっと来いと呼ばれ司の傍に行った木田は、男なのにあまりにもきれいな司の顔を見て
思わず顔を赤らめていた。
立ち上がった司は木田の顔を真っ向から見据えた。
こいつ顔なんか赤くしやがって気持ちわりぃ男だ。
木田の頭の片隅にはいつか自分も広報の仕事ではなく、もっと広い世界で仕事がしたいという思いがあった。男なら誰しも上を目指すことが本能だ。大きな世界で実力を試してみたい。
あの道明寺司が自分の隣にいて、自分を褒めてくれているなんて・・
俺が世話をした女って誰だと思ったが、そんなことよりもしかしたら今の仕事じゃなくて道明寺の本社に異動するなんてことも出来るのではないかと考えた。
司は木田の両肩に手をおき、カメラの方へと顔を仕向けた。
「木田君、カメラの向うにいる社員に何か言うことはないか?」
木田はカメラに視線を向けるとレンズの先にいる全社員に向かって語り始めた。
「道明寺社長から過分なお言葉をいただき有難い思いでいっぱいです。こ、これからも会社のために身を粉にして働くつもりでいますので、社員の皆様どうぞよろしくお願いいたします」と、頭を下げていた。
司は声をなごませると
「木田君はデパートの売り場にも顔を出しては販売員に対しての気配りもいいと評判だ」
と、褒め、
「だが、なぜ広報の人間がデパートの売り場まで足しげく出向くのかが不思議だが」
「それにライバル会社の販売員とも仲がいいらしいが」
と、疑問を呈したところで急に声の調子が変わった。
「あれは営業の持ち場だよな?」
地の底から低く響くような声に変わっていた。
「だがそれも仕事熱心の表れだろう。いいことだ。仕事熱心なのは」
司は口元を歪めるとあざけりを込めて言った。
「本当に彼は一流だ。・・・悪い意味で」
「人間は真面目が一番だよな?嘘をつくような人間は軽蔑されて当然だ」
「俺は嘘つきは大嫌いだ」
司の急変に木田は目を剥いて司を見ていた。
「おい木田」
「よく恋愛してる暇があるな」
「おまえ女の尻を追いかけ回しているらしいな」
「勤務時間中にホテルの中をうろついてる理由はなんだ?」
木田はまるで体が固まってしまったかのように身じろぎひとつもしない。
だが動揺しているのか目線だけは左右に動いていた。
司はそんな木田の耳元だけに囁いた。
「おまえが追いかけ回してる牧野つくしは俺の女だ」
「よくもあいつに手をかけてくれたよな?」
その言葉は相当な効果があったようだ。
「ど、道明寺社長・・」顔は真っ青になった。
司はわざとらしく木田の上着に手を伸ばすと襟元を整えてやった。
「スーツはきれいに着こなさねぇとな」
木田のこめかみには汗がにじんできていた。
「おい!こいつの上司は誰だ!」
司は室内にいる人間に向かって声を張り上げた。
「は、はいっ・・わたくしでございます。広報室長の田辺と申しますっ!」
先程まで木田の隣に座っていた男が慌てて司の傍へと駆け寄ってきた。
「おい、おまえ。この男が何をしてるか知ってるのか?」
「な、何をと申しますと・・」
「この男、自社の製品の横流しをしてる。横流しだけじゃねぇぞ?ライバル会社に情報を流していやがった」
急に会議室内がざわついて来た。
「それに自社の製品を倉庫から盗んで自分の女達に与えてる」
何か所からか声があがったが、司がじろりとそちらを睨むと室内は静かになった。
「この会社のデザイン部の企画書がライバル会社で見つかってる」
「なんで企画と製造もやってるこの会社の企画書がライバル会社のデザイン部で見つかるんだ?」
「それにこの男はライバル会社の人間との密会をメープルの一室でしてる」
「領収書までご丁寧に取りやがって経費で落としていやがった」
司の隣に立った木田の体はブルブルと震え出していた。
哀れなヤツだな。けど同情なんてするわけがない。
「経理部長はどこにいる?」
「は、はい!経理の石田です!」
と小太りの男が司のもとへと駆け寄ってきた。
「おまえらはちゃんと見てるのか?領収書があれば確認はとらないのか?」
「まあ、全部取れなんて言わねぇが、抜き打ち検査も必要だ。たまには裏を取れ!」
「も、申し訳ございません!」
マヌケな男だ。この会社の連中は金をドブに捨ててるな。
会計業務をイチからやり直させる必要がある。
ったく、この会社の監査はどうなってんだ!
会計だけじゃねぇ。業務監査はどうなってんだ!
「おい!テレビを見てるおまえら!」
司はカメラ目線になると怒鳴りつけた。
「よく聞いとけ。アパレルの人間だからってな、チャラチャラしてるようならおまえら全員 くそダセェ制服着用にするぞ!」
「いいか!わかったか!」
「以上だ!」
「放送終了だ!カメラ止めろ!」
クソッたれが!司は声に出さずに毒づいた。
***
「なにそれ?」
「面白すぎる・・」
「それマジな話?」
それにしてもこいつら3人はいつもいつもどうしてこんな時間に俺のマンションに集まって来るんだよ!時計は9時を回ったがあいつはまだ隣に帰って来てないからいいようなものの、帰って来たらおまえらさっさと帰れよ!
どんだけ酔っぱらっていようが絶対に帰れ!俺の部屋に泊まっていいのは牧野だけだ!
今の司は子供の頃からの友情よりつくしとの愛情の方が100倍も勝っていた。
よっぽど迎えに行きたかったが今夜のあいつは社のつき合いで遅くなるなんて話だ。
「ああ。もちろんマジだ」
「へぇ~司って好きな女のためにそんなことまでしたの?」
類、おまえもいつか本気で好きな女が現れたらどんなことでもするはずだぞ?
「そんなことってなんだよ!子会社とは言え、うちのグループだ。そんなひとつにはびこる悪を退治して何が悪いんだよ?」
「ひとつでもそんなことを見逃し続けたら将来にはもっとデカい犯罪行為に走るからな」
あいつは俺の目を盗んで牧野にまで手を出そうとした男だ。それだけでも重罪に値する。
今回の件だって牧野絡みじゃなきゃ知らなかったかもしれねぇ。大体あいつ絡みじゃなきゃあんな男のことなんか調べるかよ!
棚からぼた餅じゃねぇがまさにそれだ。
「いや。悪くはないぞ。司の言う通りだ。美作だってグループ会社が山のようにあるけど、そんな中で何か不正を働かれても分かんねぇことが多いからな」
「で、その男の処分は?茶の世界なら破門だな」
ああ、総二郎の言うとおりだ。
「それはあの会社の社長に任せた。子会社とは言え俺にはそこまでする権限はねぇからな」
懲らしめる方法はいくらでもあるがあの会社にも社長はいるんだからそいつが処分を決めるのが正しい。
「なんだ、司のことだから息の根をとめたと思ってた・・」
「そうか・・おまえのことだからコンクリートを抱かせて東京湾に沈めるんじゃねぇかと・・」
「類、総二郎おまえらバカか?今の俺がそんなことするわけねぇだろうが!」
今の俺は昔と違うんだよ!いつまでもガキの頃の俺と一緒にすんな!
「それより、つくしちゃんとの将来はきちんと考えているのか?」
姉ちゃんにも言われたその言葉。司はあたり前だとばかりに頷いた。
「おう!当然だ」
「そうか・・なら頑張れよ司。お兄さんは応援してるぞ!」
「あきら、いい加減そのネタは止めろ。俺には兄貴はいねぇぞ!」
あきらはそうか?このネタは使い古したか?と笑った。
「それより司、その木田って男のことも解決したみたいだし、つくしちゃんとおまえの間にあった・・わだかまりってのはもうないのか?」
「ああ。もう何も無いはずだ・・」
「そうか・・」
ああ。
俺の気持ちは初めてあいつを抱いたときから変わっちゃいない。
いや、その前からだな。抱こうが抱くまいがその気持ちは変わらない。
だからあとはあいつの・・気持ち次第だ・・
司はつのる思いに笑みがこぼれた。

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どうして自分が課長職以上の参加する朝礼に参加しなければいけないのかが分からなかった。
普段なら部長職以上の幹部社員のみを集めての朝礼に課長が参加することも不思議だったし、この朝礼を各フロアにあるテレビで社員全員が視聴できるように流すという試みも今まで無かった。
いや、あると言えば親会社にあたる繊維会社の社長が毎月初めに寄こす録画映像を流すことだけだった。
それが突然、朝礼を生中継で各フロアに放送するなんて何か大きな問題が起きたとしか考えられなかった。皆考えることは同じなのか、それともカメラが入っているせいか私語は少なく居並んでいるどの顔も硬い。
「木田君、悪いね。急に決まったことなんだ」
「いやね、今日はうちの親会社のその上の、道明寺ホールディングスの社長の視察が決まってね。なんでも道明寺社長がうちの朝礼に出たいということなんだよ」
木田に話しかけてきている広報室長は総務部部長も兼任しており幹部社員が集まる朝礼にはいつも出ている。
「あの道明寺社長だよ、まさに雲の上の人だよ?凄いと思わないか?そんな人がうちに視察にお見えになるなんて!」広報室長は興奮を隠せないようだ。
「はい。凄いですよ、室長!」
木田は自分と年が変わらない司が大企業のかじ取りを任され経営している姿に感銘を受けていた。頭もよく、まるでモデルと見紛うばかりの外見で当然ならが金持ちだ。
女性でなくても憧れる存在の男だ。だが道明寺司が子会社の朝礼とはいえ、生でカメラの前に立つなんて行為はメディアへの露出を嫌う男にしては意外だった。
そんな男がこの会社のテレビに映し出されるなんてさぞ女子社員は歓喜することだろう。
何か意図があるには違いないはずだ。もちろん木田は本人を見るのは初めてだ。
恐らくここにいる殆どの人間がそうだろう。
子会社が多く、組織も大きくなると末端の会社まで目を配るのは大変だと思うが、道明寺司という人物はその末端の会社まで気にかけるような男なんだろうか。
まるで木田のその思いが伝わったかのように大会議室の扉が開かれ、長身でゴージャスな顔をした男が颯爽と入って来た。
道明寺司の突然の訪問もそうだが幹部社員を招集するなんて余程のことがあるに違いないと言う思いなのか、居並ぶ者たちは不安と戸惑いを必死で隠そうとしていた。
男はひとつだけ空いている席に着くと始めようとひと言いった。
「おはよう。道明寺司だ。今日は急なことで申し訳ない。
業務開始前とは言え、それぞれに取引各社との予定もあったと思うが参加してくれて感謝する」
声は低くて他人を寄せ付けない冷たさが感じられ、とても感謝しているようには思えなかった。
「今日この朝礼を開いてもらったのは他でもない」
司は大会議室の中を見渡すと目当ての人物を見つけていた。
「実はこちらの会社の広報の木田君だが・・」
「木田君悪いが起立してくれないか?」
木田はその場で立ち上がったが困惑が隠せなかった。
「木田君だが、彼ほど優秀な広報はいないと思ってる。今日はそれを全ての社員に知ってもらいたいと思いこの朝礼を招集してもらった」
幹部社員たちは皆一様に驚いたようで不思議そうな顔をしていた。
もちろん当の本人も驚いた。
それもそうだろう。何故いち社員を紹介するためにこのような朝礼、しかも全社員へのテレビ中継を必要とするのか。
「彼は広報としては一流だな」
「聞けば各メディアでの受けも非常にいいらしい。物腰が柔らかくて特に女性の関係者には受けがいいと聞いた」
「この会社の製品のターゲットは若い女性がメインだ。媒体も若い女性が対象となるものが殆どだ。当然だがプレス関係者も女性が多い。
木田君はそんな女性達にも素晴らしい心配りと思いやりを持って接してくれている」
派手なネクタイしやがって。アパレルの人間ならもっと趣味のいいやつを選べ!
司は自分の精神状態が穏やかだからこそ、こうして話しを続けられるのだと思っていた。
そうでなければ、牧野の話を聞いたばかりの時なら激しい怒りを抑えることが出来なかっただろうと感じていた。
「それにわたしが知るある女性がとても彼の人柄を褒めていた。女性に対しての思いやりが執念深いくらいあるらしい」
「その女性は彼にひとかたならぬ世話になったと言って感謝している」
「自分が男性に対して抱いていた思いを180度変えてくれたと言っていた」
司の持ち上げっぷりに木田は嬉しそうにしていた。
なぜ自分がこんなふうに言われているかなど知りようがないのだから、ただ嬉しそうにしていた。
ちょっと来いと呼ばれ司の傍に行った木田は、男なのにあまりにもきれいな司の顔を見て
思わず顔を赤らめていた。
立ち上がった司は木田の顔を真っ向から見据えた。
こいつ顔なんか赤くしやがって気持ちわりぃ男だ。
木田の頭の片隅にはいつか自分も広報の仕事ではなく、もっと広い世界で仕事がしたいという思いがあった。男なら誰しも上を目指すことが本能だ。大きな世界で実力を試してみたい。
あの道明寺司が自分の隣にいて、自分を褒めてくれているなんて・・
俺が世話をした女って誰だと思ったが、そんなことよりもしかしたら今の仕事じゃなくて道明寺の本社に異動するなんてことも出来るのではないかと考えた。
司は木田の両肩に手をおき、カメラの方へと顔を仕向けた。
「木田君、カメラの向うにいる社員に何か言うことはないか?」
木田はカメラに視線を向けるとレンズの先にいる全社員に向かって語り始めた。
「道明寺社長から過分なお言葉をいただき有難い思いでいっぱいです。こ、これからも会社のために身を粉にして働くつもりでいますので、社員の皆様どうぞよろしくお願いいたします」と、頭を下げていた。
司は声をなごませると
「木田君はデパートの売り場にも顔を出しては販売員に対しての気配りもいいと評判だ」
と、褒め、
「だが、なぜ広報の人間がデパートの売り場まで足しげく出向くのかが不思議だが」
「それにライバル会社の販売員とも仲がいいらしいが」
と、疑問を呈したところで急に声の調子が変わった。
「あれは営業の持ち場だよな?」
地の底から低く響くような声に変わっていた。
「だがそれも仕事熱心の表れだろう。いいことだ。仕事熱心なのは」
司は口元を歪めるとあざけりを込めて言った。
「本当に彼は一流だ。・・・悪い意味で」
「人間は真面目が一番だよな?嘘をつくような人間は軽蔑されて当然だ」
「俺は嘘つきは大嫌いだ」
司の急変に木田は目を剥いて司を見ていた。
「おい木田」
「よく恋愛してる暇があるな」
「おまえ女の尻を追いかけ回しているらしいな」
「勤務時間中にホテルの中をうろついてる理由はなんだ?」
木田はまるで体が固まってしまったかのように身じろぎひとつもしない。
だが動揺しているのか目線だけは左右に動いていた。
司はそんな木田の耳元だけに囁いた。
「おまえが追いかけ回してる牧野つくしは俺の女だ」
「よくもあいつに手をかけてくれたよな?」
その言葉は相当な効果があったようだ。
「ど、道明寺社長・・」顔は真っ青になった。
司はわざとらしく木田の上着に手を伸ばすと襟元を整えてやった。
「スーツはきれいに着こなさねぇとな」
木田のこめかみには汗がにじんできていた。
「おい!こいつの上司は誰だ!」
司は室内にいる人間に向かって声を張り上げた。
「は、はいっ・・わたくしでございます。広報室長の田辺と申しますっ!」
先程まで木田の隣に座っていた男が慌てて司の傍へと駆け寄ってきた。
「おい、おまえ。この男が何をしてるか知ってるのか?」
「な、何をと申しますと・・」
「この男、自社の製品の横流しをしてる。横流しだけじゃねぇぞ?ライバル会社に情報を流していやがった」
急に会議室内がざわついて来た。
「それに自社の製品を倉庫から盗んで自分の女達に与えてる」
何か所からか声があがったが、司がじろりとそちらを睨むと室内は静かになった。
「この会社のデザイン部の企画書がライバル会社で見つかってる」
「なんで企画と製造もやってるこの会社の企画書がライバル会社のデザイン部で見つかるんだ?」
「それにこの男はライバル会社の人間との密会をメープルの一室でしてる」
「領収書までご丁寧に取りやがって経費で落としていやがった」
司の隣に立った木田の体はブルブルと震え出していた。
哀れなヤツだな。けど同情なんてするわけがない。
「経理部長はどこにいる?」
「は、はい!経理の石田です!」
と小太りの男が司のもとへと駆け寄ってきた。
「おまえらはちゃんと見てるのか?領収書があれば確認はとらないのか?」
「まあ、全部取れなんて言わねぇが、抜き打ち検査も必要だ。たまには裏を取れ!」
「も、申し訳ございません!」
マヌケな男だ。この会社の連中は金をドブに捨ててるな。
会計業務をイチからやり直させる必要がある。
ったく、この会社の監査はどうなってんだ!
会計だけじゃねぇ。業務監査はどうなってんだ!
「おい!テレビを見てるおまえら!」
司はカメラ目線になると怒鳴りつけた。
「よく聞いとけ。アパレルの人間だからってな、チャラチャラしてるようならおまえら全員 くそダセェ制服着用にするぞ!」
「いいか!わかったか!」
「以上だ!」
「放送終了だ!カメラ止めろ!」
クソッたれが!司は声に出さずに毒づいた。
***
「なにそれ?」
「面白すぎる・・」
「それマジな話?」
それにしてもこいつら3人はいつもいつもどうしてこんな時間に俺のマンションに集まって来るんだよ!時計は9時を回ったがあいつはまだ隣に帰って来てないからいいようなものの、帰って来たらおまえらさっさと帰れよ!
どんだけ酔っぱらっていようが絶対に帰れ!俺の部屋に泊まっていいのは牧野だけだ!
今の司は子供の頃からの友情よりつくしとの愛情の方が100倍も勝っていた。
よっぽど迎えに行きたかったが今夜のあいつは社のつき合いで遅くなるなんて話だ。
「ああ。もちろんマジだ」
「へぇ~司って好きな女のためにそんなことまでしたの?」
類、おまえもいつか本気で好きな女が現れたらどんなことでもするはずだぞ?
「そんなことってなんだよ!子会社とは言え、うちのグループだ。そんなひとつにはびこる悪を退治して何が悪いんだよ?」
「ひとつでもそんなことを見逃し続けたら将来にはもっとデカい犯罪行為に走るからな」
あいつは俺の目を盗んで牧野にまで手を出そうとした男だ。それだけでも重罪に値する。
今回の件だって牧野絡みじゃなきゃ知らなかったかもしれねぇ。大体あいつ絡みじゃなきゃあんな男のことなんか調べるかよ!
棚からぼた餅じゃねぇがまさにそれだ。
「いや。悪くはないぞ。司の言う通りだ。美作だってグループ会社が山のようにあるけど、そんな中で何か不正を働かれても分かんねぇことが多いからな」
「で、その男の処分は?茶の世界なら破門だな」
ああ、総二郎の言うとおりだ。
「それはあの会社の社長に任せた。子会社とは言え俺にはそこまでする権限はねぇからな」
懲らしめる方法はいくらでもあるがあの会社にも社長はいるんだからそいつが処分を決めるのが正しい。
「なんだ、司のことだから息の根をとめたと思ってた・・」
「そうか・・おまえのことだからコンクリートを抱かせて東京湾に沈めるんじゃねぇかと・・」
「類、総二郎おまえらバカか?今の俺がそんなことするわけねぇだろうが!」
今の俺は昔と違うんだよ!いつまでもガキの頃の俺と一緒にすんな!
「それより、つくしちゃんとの将来はきちんと考えているのか?」
姉ちゃんにも言われたその言葉。司はあたり前だとばかりに頷いた。
「おう!当然だ」
「そうか・・なら頑張れよ司。お兄さんは応援してるぞ!」
「あきら、いい加減そのネタは止めろ。俺には兄貴はいねぇぞ!」
あきらはそうか?このネタは使い古したか?と笑った。
「それより司、その木田って男のことも解決したみたいだし、つくしちゃんとおまえの間にあった・・わだかまりってのはもうないのか?」
「ああ。もう何も無いはずだ・・」
「そうか・・」
ああ。
俺の気持ちは初めてあいつを抱いたときから変わっちゃいない。
いや、その前からだな。抱こうが抱くまいがその気持ちは変わらない。
だからあとはあいつの・・気持ち次第だ・・
司はつのる思いに笑みがこぼれた。

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「なんだよ・・これ・・」
司が目にしたのはつくしの白い腕に色濃く残る痣。
色は紫のようにも見え、藍色のようにも見える。
「どうしたんだっ!何があったんだっ!」
うまい理由が思いつかない・・
だって捻ってこんな痣が出来るわけない。
右腕の手首から肘までの皮膚の柔らかい内側が広範囲に内出血しているのが分かる。
ぶつけた覚えがないのに青あざが出来ていることがある。
心あたりがないのに出来た青あざ。
それは多分机や書類棚の角に体をぶつけていつの間にか出来た青あざだ。
その時は他の事に気を取られていて、ぶつけたことに気が付かないことが殆どだ。
でも腕の内側なんてぶつける場所じゃないし、この場所にはっきりと何かで押さえつけられたような痕が残ることなんてない。
それは意図しないかぎり無理だ。
「こ、これ?な、内出血したみたい」
「えーっとね、今日け、献血に行って・・か、看護師さんがあたしの静脈になかなか注射針が刺さらなくて、何度も刺したり抜いたりして・・」
「看護師さん下手だったのかな・・針を刺したままで動かしたりして静脈を探したみたい・・」
「なんか痛いなぁ~なんて思って時間がたったらこんなになっちゃって・・あたし静脈が浮き出にくくて見つからないから・・何度も・・・」
「ほら、街頭でけ、献血車が止まってるでしょ?あれで・・・」
司はおまえの下手な言い訳なんて誰が信じるかと言わんばかりだ。
「おまえ・・献血なんてしてる暇があったのかよ・・」
「普段から忙しいおまえが、ベッドに寝転がって献血してる暇があんのかよ?」
「う・・」
「それにどう見てもこれが注射針のせいだなんて思えねぇ」
「ぶ、ぶつけたのよ!ほら、えー電車でつり革につかまってて・・・・」
献血じゃなかったらつり革につかまってて?なんだよそりゃ?
司はあまりにも嘘臭い理由に呆れ顔だ。
「なにがあったんだよ?」
心配そうな声が頭の上から聞こえる。
司はすぐ横に立ってつくしの痛々し右腕を優しく掴んでいた。
よく見れば青あざと言うより赤紫か?
つくしは彼を見上げたまま本当のことを話すかどうかを考えていた。
心配そうに自分を見つめている黒い瞳を見ていると何故か申し訳ない気持ちになる。
心配かけてごめんと・・
「これ・・どう見ても誰かに何かされた跡だよな?」
「強く掴まれた・・か?」
「こんな跡が残るくれぇ掴めるのは男だろ?」
「知り合いか?」
黙っているところを見れば知り合いだと察しがついた。
その知り合いってのはなんでおまえにこんな痣をつけることになったんだ?
「誰にこんなことされたんだ?」
「おまえが言わねぇんだったら・・」
「道明寺には・・関係ない・・」
関係ないだなんて言われてはいそうですかなんて引き下がれるかよ!
その言い方なら男だろうと察しがつく。
「関係あるかないかは俺が決めてやるよ」
「そいつがやったのか?」
「誰なんだよ!その男は!」
つくしの体がこわばった。
道明寺は意外と勘が鋭い。この腕を見て何か感じとったのだろう。
その男とは昔の恋人だった男のことで、そんな男のことは口にしたくなかった。
ずっと考えないようにしていて、もう忘れかけていたのに再会してしまった。
腕を掴んだのが男だと白状しても、どうしてこんなことになったのか聞くだろう。
どうして?それはあたしが男の元を立ち去ろうとしたら無理矢理引き留められたわけで・・
なら、どうして無理矢理引き留められたのか聞くだろう。
どうしてと聞かれても引き留めたのは男であってあたしじゃない。
それに別れた男が復縁を迫ってきたなんて言えない。
元彼から復縁を迫られたなんて言ったら別れた理由も聞くかもしれない。
適当に誤魔化せばいいと思うけど、あたしは嘘をつくのが苦手だ。
思い出したくもないあのことを話さないといけないとなると・・
そんなの詳しく話せるわけがないじゃない!
彼氏がベッドで女と絡み合ってたところを目撃したなんて!
簡単に騙せるような女みたいな扱いで、バカにされたようで、男に捨てられたような女なのに・・そんな女があんたの恋人だなんて・・知られたくない。それに余計な心配をかけたくない。
つくしは大きく息を吸い込んだ。
「あの人は関係ない人・・道明寺には関係ない人だから」
「お、お願いそろそろ帰ろうよ・・もうお腹いっぱいだから・・」
つくしは席を立とうとしたが立てなかった。
「逃げんなよ」司の低い声が聞えた。その声につくしは立ち上がるのを止めた。
それは今まで聞いたことがないような声だった。
外見こそクールなイケメンだけどその声に内面はぞっとするような凶暴さが潜んでいるような気がする。もしここで逃げ出したら絶対に追いかけて来るのは目に見えている。
「誰だ、その男は?」
「言わないんだったら・・」
こんな話道明寺としたくないしもうこれ以上昔話なんてしたくなかった。
でも道明寺は納得しそうにない。
「む、昔つき合ってた・・」
昔の男だと?
まさか・・
「偶然会ったの・・お昼を食べに出かけたとき・・」
「なんでその男がおまえの腕に痣を付けるようなことをしたんだ?」
司はつくしの横に立ったままで、つくしは椅子に腰かけたままだ。
威圧しているというわけではないだろうが、体格のいい男に見下ろされていればどうしても威圧感が感じられる。
「なあ・・どうしてこんなことになったんだ?」
「おまえ、何か掴まれて痣を付けられるようなことを・・」
思い浮かべなくていいことが頭を過ったが打ち消すように目を閉じた。
だが次に開かれたときには鋭い光が宿った目でつくしを見ていた。
「まさかその男と・・」
「おまえ、まさか昔の男が忘れられねぇなんて言うんじゃねよな?」
思わず口をついて出た言葉は恋人同士の関係になった女性に言うべきではない言葉だ。
「ひどい・・」
つくしは絶句した。顔が蒼白に変わっていた。
「だからその男をかばってんじゃねぇのか?」
「そうだろうが!昔の男が忘れられないんだろうが!」
「ちがう!」
強い口調で言われ司は一瞬だが押し黙ってしまった。
こいつは嘘をつくのが下手で感情あけっぴろげな女だ。
言ってることは本当だろう。
「なら、言えよ」司の声がやさしくなった。
「話してくれよ、つくし?」
「なんでおまえの腕にこんな痣があるんだ?」
「道明寺に迷惑をかけたくない・・」呟かれた声は小さかった。
昔の男が忘れられないんだろうなんて言われて悲しくなった。
あたしは道明寺のことしか考えていないのに・・
ひとりでいた頃なら強い態度で道明寺にくってかかれた・・・
ひとりでいた頃はこんなに涙もろくなんてなかった・・・
つくしは大きな瞳に涙を滲ませたがこぼれ落ちるのを隠すため、うつむいた。
ポタポタと落ちる涙がグレーのスカートにしみを作った。
「クソッ。泣くな・・」
ひどいと言われ、司もひどい言葉を口にしてしまったとすぐに後悔した。
どうしてあんなことを口にしてしまったのか。
クソッ!
「なあ牧野。・・つくし」やさしい声色でからかうように言った。
「おまえは俺の恋人なんだ。おまえのことを俺が心配するのは当然だろ?」
「さっきはひどいことを言って悪かった。つい・・カッとなっちまって・・悪かった」
司はうつむいたままのつくしに話しかけていたが表情が分からず困惑していた。
「それに何が迷惑になるってんだ?心配事があるなら俺に相談しろよ」
司は席に戻るとうつむいているつくしに聞いた。
「デザートは食べるのか?」
つくしは向かいの席で首を横にふっていた。
「つ、つき合ってくれって言われた・・」とつとつと話し始めた。
「もちろん断った・・逃げようとしたら・・」
「ちくしょう!やっぱりその男がやったんだな?」
つくしはおとなしく頷いた。
昔の男が忘れられないんだろうなんて言っちまったのは完全に俺が悪い。
他の男と街中を歩いている姿を想像して嫉妬してしまったとしか言いようがなかった。
自分が知らない6年前のこいつ。
自分がまだ知らない頃のこいつのことを知っている男が憎いと思ってしまった。
なのにその男じゃなくて、こいつを罵っちまった。
責められるのはこいつの腕に痣なんかつけやがったその男だってのによ!
こいつが誰の女かわかってればそんなことなんて絶対に出来ないはずだ。
今まで嫉妬という感情を持ち合わせたことがなかった司はどれだけ自分がつくしに執着しているのかと言うことに気が付いた。
司は自分が昔から品行方正な坊ちゃんだったなんて思ってもいない。
10代の頃はやんちゃもした。人を傷つけることもした。
こいつはそれを知らないが・・あの頃の俺を知ったらこいつは驚くぞ?
けど、あの頃から決して自分を偽ることはしてない。
そして嘘をつかないことが信念としてあった。
女を傷つけるようなこともした覚えはない。
別れる時もいつもスマートに別れて来たつもりだ。
牧野に手を上げる・・牧野を傷つけるなんてことが許されるか?
ああ。その答えはすぐに見つかった。
こいつが言わなくてもどこのどいつか知らねぇが、すぐに探し出してやる。
***
司はつくしの背中に片手をまわすとそっと優しく抱き上げた。
あれから道明寺系列の病院で診察したが特に異常は見当たらず打撲だと言われた。
全治どのくらいだと聞けば3週間くらいでしょうと言われた。
念のためレントゲンも撮り骨に異常はなかったが、神経の損傷があったら困るからな。
右腕には鎮痛消炎作用のある湿布を貼ったが暫く様子見だな。
これから患部が腫れて神経なんぞ圧迫されるようなことがあったらこいつが困るじゃねぇかよ!右腕だぞ?こいつ記者だぞ?ペンを持つ手が痺れるようなことがあったら困る。
そんなことになったら昔の男ってヤツをぜってぇに許さねぇからな。
こいつは意地っ張りのところもあるが、素直に甘えることも出来る。
まあ、それは最近になってのことだが。
「おまえ、デザート食べなかったけど腹減ってないのか?」
つくしは黙って頷いた。
病院からの帰り牧野はしぶしぶだが相手の男がどんな男かを話し始めた。
聞けばこいつが取材に来たうちの子会社で働く広報の男だった。
なら話しは早い。処分は早いに越したことはない。
それに別れた理由も聞いた。
二十歳で自分の男だと思っていたヤツが他の女とヤッてるところを見たなんて、こいつにとってはかなりショックなことだっただろう。それに自分は男に簡単に騙されるような女だと卑下していたことも知った。だから恋は出来ないと思っていたらしい。
騙されるような思いはしたくないってことか・・
自分が騙されて捨てられたような思いを感じていたから、それを知られたくなかったということも分かった。
ようは女としての自信がないってことだな。それもその昔の男のせいか?
「いいか、つくし。そんな昔の男なんかことで悩む必要なんかないからな」
俺に変な気を使いやがって。俺には何でも正直に話せよ!
おまえが26まで処女だった理由を作った男がそいつ。
その男のせいで男に興味を無くしたんだよな、おまえは。
俺にとってはその男のおかげで・・おまえの初めての男になれたんだからアレだが・・
けど道明寺系列の子会社の社員がストーカーまがいのことをして女を悩ますだと?許せるわけがねぇ。社員教育がなってねぇな。
それも俺の女に手を出す?知らぬが仏ってのはその男のことだな。
そいつには神も仏も居ねぇ地獄行の特急チケットを送りつけてやる。
「うん・・ごめんね・・なんか色々を心配かけて・・」
「逆に俺はおまえの気持ちがわかって嬉しいくらいだ」
だってその男を振り払って逃げようとしてこんな目にあったんだよな?
それって俺の為だろ?
「つかさ・・」
司はつくしをそっとベッドの上に降ろしながら低い声で囁いた。
「愛してる・・つくし」髪を撫でつけると頬に短くキスをした。
「おい、無理しなくていいんだぞ?腕・・」
もう随分と耳慣れてきた低い声が心地よかった。
「大丈夫だから・・」
「だから・・」
ああ、わかってる・・
おまえがそう言う気持ちなら俺もそう言う気持ちだ。
司はつくしの口元に目を落とすとゆっくりと唇を近づけた。

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色は紫のようにも見え、藍色のようにも見える。
「どうしたんだっ!何があったんだっ!」
うまい理由が思いつかない・・
だって捻ってこんな痣が出来るわけない。
右腕の手首から肘までの皮膚の柔らかい内側が広範囲に内出血しているのが分かる。
ぶつけた覚えがないのに青あざが出来ていることがある。
心あたりがないのに出来た青あざ。
それは多分机や書類棚の角に体をぶつけていつの間にか出来た青あざだ。
その時は他の事に気を取られていて、ぶつけたことに気が付かないことが殆どだ。
でも腕の内側なんてぶつける場所じゃないし、この場所にはっきりと何かで押さえつけられたような痕が残ることなんてない。
それは意図しないかぎり無理だ。
「こ、これ?な、内出血したみたい」
「えーっとね、今日け、献血に行って・・か、看護師さんがあたしの静脈になかなか注射針が刺さらなくて、何度も刺したり抜いたりして・・」
「看護師さん下手だったのかな・・針を刺したままで動かしたりして静脈を探したみたい・・」
「なんか痛いなぁ~なんて思って時間がたったらこんなになっちゃって・・あたし静脈が浮き出にくくて見つからないから・・何度も・・・」
「ほら、街頭でけ、献血車が止まってるでしょ?あれで・・・」
司はおまえの下手な言い訳なんて誰が信じるかと言わんばかりだ。
「おまえ・・献血なんてしてる暇があったのかよ・・」
「普段から忙しいおまえが、ベッドに寝転がって献血してる暇があんのかよ?」
「う・・」
「それにどう見てもこれが注射針のせいだなんて思えねぇ」
「ぶ、ぶつけたのよ!ほら、えー電車でつり革につかまってて・・・・」
献血じゃなかったらつり革につかまってて?なんだよそりゃ?
司はあまりにも嘘臭い理由に呆れ顔だ。
「なにがあったんだよ?」
心配そうな声が頭の上から聞こえる。
司はすぐ横に立ってつくしの痛々し右腕を優しく掴んでいた。
よく見れば青あざと言うより赤紫か?
つくしは彼を見上げたまま本当のことを話すかどうかを考えていた。
心配そうに自分を見つめている黒い瞳を見ていると何故か申し訳ない気持ちになる。
心配かけてごめんと・・
「これ・・どう見ても誰かに何かされた跡だよな?」
「強く掴まれた・・か?」
「こんな跡が残るくれぇ掴めるのは男だろ?」
「知り合いか?」
黙っているところを見れば知り合いだと察しがついた。
その知り合いってのはなんでおまえにこんな痣をつけることになったんだ?
「誰にこんなことされたんだ?」
「おまえが言わねぇんだったら・・」
「道明寺には・・関係ない・・」
関係ないだなんて言われてはいそうですかなんて引き下がれるかよ!
その言い方なら男だろうと察しがつく。
「関係あるかないかは俺が決めてやるよ」
「そいつがやったのか?」
「誰なんだよ!その男は!」
つくしの体がこわばった。
道明寺は意外と勘が鋭い。この腕を見て何か感じとったのだろう。
その男とは昔の恋人だった男のことで、そんな男のことは口にしたくなかった。
ずっと考えないようにしていて、もう忘れかけていたのに再会してしまった。
腕を掴んだのが男だと白状しても、どうしてこんなことになったのか聞くだろう。
どうして?それはあたしが男の元を立ち去ろうとしたら無理矢理引き留められたわけで・・
なら、どうして無理矢理引き留められたのか聞くだろう。
どうしてと聞かれても引き留めたのは男であってあたしじゃない。
それに別れた男が復縁を迫ってきたなんて言えない。
元彼から復縁を迫られたなんて言ったら別れた理由も聞くかもしれない。
適当に誤魔化せばいいと思うけど、あたしは嘘をつくのが苦手だ。
思い出したくもないあのことを話さないといけないとなると・・
そんなの詳しく話せるわけがないじゃない!
彼氏がベッドで女と絡み合ってたところを目撃したなんて!
簡単に騙せるような女みたいな扱いで、バカにされたようで、男に捨てられたような女なのに・・そんな女があんたの恋人だなんて・・知られたくない。それに余計な心配をかけたくない。
つくしは大きく息を吸い込んだ。
「あの人は関係ない人・・道明寺には関係ない人だから」
「お、お願いそろそろ帰ろうよ・・もうお腹いっぱいだから・・」
つくしは席を立とうとしたが立てなかった。
「逃げんなよ」司の低い声が聞えた。その声につくしは立ち上がるのを止めた。
それは今まで聞いたことがないような声だった。
外見こそクールなイケメンだけどその声に内面はぞっとするような凶暴さが潜んでいるような気がする。もしここで逃げ出したら絶対に追いかけて来るのは目に見えている。
「誰だ、その男は?」
「言わないんだったら・・」
こんな話道明寺としたくないしもうこれ以上昔話なんてしたくなかった。
でも道明寺は納得しそうにない。
「む、昔つき合ってた・・」
昔の男だと?
まさか・・
「偶然会ったの・・お昼を食べに出かけたとき・・」
「なんでその男がおまえの腕に痣を付けるようなことをしたんだ?」
司はつくしの横に立ったままで、つくしは椅子に腰かけたままだ。
威圧しているというわけではないだろうが、体格のいい男に見下ろされていればどうしても威圧感が感じられる。
「なあ・・どうしてこんなことになったんだ?」
「おまえ、何か掴まれて痣を付けられるようなことを・・」
思い浮かべなくていいことが頭を過ったが打ち消すように目を閉じた。
だが次に開かれたときには鋭い光が宿った目でつくしを見ていた。
「まさかその男と・・」
「おまえ、まさか昔の男が忘れられねぇなんて言うんじゃねよな?」
思わず口をついて出た言葉は恋人同士の関係になった女性に言うべきではない言葉だ。
「ひどい・・」
つくしは絶句した。顔が蒼白に変わっていた。
「だからその男をかばってんじゃねぇのか?」
「そうだろうが!昔の男が忘れられないんだろうが!」
「ちがう!」
強い口調で言われ司は一瞬だが押し黙ってしまった。
こいつは嘘をつくのが下手で感情あけっぴろげな女だ。
言ってることは本当だろう。
「なら、言えよ」司の声がやさしくなった。
「話してくれよ、つくし?」
「なんでおまえの腕にこんな痣があるんだ?」
「道明寺に迷惑をかけたくない・・」呟かれた声は小さかった。
昔の男が忘れられないんだろうなんて言われて悲しくなった。
あたしは道明寺のことしか考えていないのに・・
ひとりでいた頃なら強い態度で道明寺にくってかかれた・・・
ひとりでいた頃はこんなに涙もろくなんてなかった・・・
つくしは大きな瞳に涙を滲ませたがこぼれ落ちるのを隠すため、うつむいた。
ポタポタと落ちる涙がグレーのスカートにしみを作った。
「クソッ。泣くな・・」
ひどいと言われ、司もひどい言葉を口にしてしまったとすぐに後悔した。
どうしてあんなことを口にしてしまったのか。
クソッ!
「なあ牧野。・・つくし」やさしい声色でからかうように言った。
「おまえは俺の恋人なんだ。おまえのことを俺が心配するのは当然だろ?」
「さっきはひどいことを言って悪かった。つい・・カッとなっちまって・・悪かった」
司はうつむいたままのつくしに話しかけていたが表情が分からず困惑していた。
「それに何が迷惑になるってんだ?心配事があるなら俺に相談しろよ」
司は席に戻るとうつむいているつくしに聞いた。
「デザートは食べるのか?」
つくしは向かいの席で首を横にふっていた。
「つ、つき合ってくれって言われた・・」とつとつと話し始めた。
「もちろん断った・・逃げようとしたら・・」
「ちくしょう!やっぱりその男がやったんだな?」
つくしはおとなしく頷いた。
昔の男が忘れられないんだろうなんて言っちまったのは完全に俺が悪い。
他の男と街中を歩いている姿を想像して嫉妬してしまったとしか言いようがなかった。
自分が知らない6年前のこいつ。
自分がまだ知らない頃のこいつのことを知っている男が憎いと思ってしまった。
なのにその男じゃなくて、こいつを罵っちまった。
責められるのはこいつの腕に痣なんかつけやがったその男だってのによ!
こいつが誰の女かわかってればそんなことなんて絶対に出来ないはずだ。
今まで嫉妬という感情を持ち合わせたことがなかった司はどれだけ自分がつくしに執着しているのかと言うことに気が付いた。
司は自分が昔から品行方正な坊ちゃんだったなんて思ってもいない。
10代の頃はやんちゃもした。人を傷つけることもした。
こいつはそれを知らないが・・あの頃の俺を知ったらこいつは驚くぞ?
けど、あの頃から決して自分を偽ることはしてない。
そして嘘をつかないことが信念としてあった。
女を傷つけるようなこともした覚えはない。
別れる時もいつもスマートに別れて来たつもりだ。
牧野に手を上げる・・牧野を傷つけるなんてことが許されるか?
ああ。その答えはすぐに見つかった。
こいつが言わなくてもどこのどいつか知らねぇが、すぐに探し出してやる。
***
司はつくしの背中に片手をまわすとそっと優しく抱き上げた。
あれから道明寺系列の病院で診察したが特に異常は見当たらず打撲だと言われた。
全治どのくらいだと聞けば3週間くらいでしょうと言われた。
念のためレントゲンも撮り骨に異常はなかったが、神経の損傷があったら困るからな。
右腕には鎮痛消炎作用のある湿布を貼ったが暫く様子見だな。
これから患部が腫れて神経なんぞ圧迫されるようなことがあったらこいつが困るじゃねぇかよ!右腕だぞ?こいつ記者だぞ?ペンを持つ手が痺れるようなことがあったら困る。
そんなことになったら昔の男ってヤツをぜってぇに許さねぇからな。
こいつは意地っ張りのところもあるが、素直に甘えることも出来る。
まあ、それは最近になってのことだが。
「おまえ、デザート食べなかったけど腹減ってないのか?」
つくしは黙って頷いた。
病院からの帰り牧野はしぶしぶだが相手の男がどんな男かを話し始めた。
聞けばこいつが取材に来たうちの子会社で働く広報の男だった。
なら話しは早い。処分は早いに越したことはない。
それに別れた理由も聞いた。
二十歳で自分の男だと思っていたヤツが他の女とヤッてるところを見たなんて、こいつにとってはかなりショックなことだっただろう。それに自分は男に簡単に騙されるような女だと卑下していたことも知った。だから恋は出来ないと思っていたらしい。
騙されるような思いはしたくないってことか・・
自分が騙されて捨てられたような思いを感じていたから、それを知られたくなかったということも分かった。
ようは女としての自信がないってことだな。それもその昔の男のせいか?
「いいか、つくし。そんな昔の男なんかことで悩む必要なんかないからな」
俺に変な気を使いやがって。俺には何でも正直に話せよ!
おまえが26まで処女だった理由を作った男がそいつ。
その男のせいで男に興味を無くしたんだよな、おまえは。
俺にとってはその男のおかげで・・おまえの初めての男になれたんだからアレだが・・
けど道明寺系列の子会社の社員がストーカーまがいのことをして女を悩ますだと?許せるわけがねぇ。社員教育がなってねぇな。
それも俺の女に手を出す?知らぬが仏ってのはその男のことだな。
そいつには神も仏も居ねぇ地獄行の特急チケットを送りつけてやる。
「うん・・ごめんね・・なんか色々を心配かけて・・」
「逆に俺はおまえの気持ちがわかって嬉しいくらいだ」
だってその男を振り払って逃げようとしてこんな目にあったんだよな?
それって俺の為だろ?
「つかさ・・」
司はつくしをそっとベッドの上に降ろしながら低い声で囁いた。
「愛してる・・つくし」髪を撫でつけると頬に短くキスをした。
「おい、無理しなくていいんだぞ?腕・・」
もう随分と耳慣れてきた低い声が心地よかった。
「大丈夫だから・・」
「だから・・」
ああ、わかってる・・
おまえがそう言う気持ちなら俺もそう言う気持ちだ。
司はつくしの口元に目を落とすとゆっくりと唇を近づけた。

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つくしにはひとつ気がかりがあった。
思いもかけない人物からかかってきた電話のことだ。
名刺に印刷されている経済部直通の電話番号にかけてきたのは木田哲也だった。
話の内容は取り立てて何か気になるものではなかった。先日はわざわざ取材に来て頂きありがとうございます。記事を読ませて頂きましたなどたわいもない社交辞令だった。
トップ人事の記事を書いただけで何も礼を言われるほどの内容ではなかったはずだ。
製品の紹介記事が書かれていたというわけでもないし、本来ならこちらから取材に応じてくれた礼の電話を入れてもおかしくないと思うが、取材先から礼を言われるとその先に何かあるのではないかと勘ぐってしまう。よくあるのは自社製品を記事にして取り上げてくれないかと言う話だ。
N新聞社は一般紙でいわゆる業界の専門紙ではない。人事の記事は書いても製品の紹介記事を書くことは滅多にない。よほど特筆すべきものがあればだが・・
例えば炭素繊維を使って何か新しい製品が完成したなどだ。
話をした時間は決して長くなく、つくしの受け答えも淡々としたもので互いに会社勤めの人間が交わすようなもので終わった。
木田から電話がかかって来てから数日間、つくしは彼の姿を社の近くで何度か見かけたことがあった。単なる偶然なのかもしれない。つくしの勤める新聞社は人が集まる場所にある。
周囲には商業施設もあり人波が途絶えることはない。
木田を見かけたのは偶然だと思いたい。思いたかった。
でも何故か嫌な予感がした。
確信は出来なかったがある日、いやな予感は確信に変わった。
本人がつくしの目の前に現れたから。
昼食のため外出していたつくしは突然目の前に現れた木田に対し、しゃんと背筋を伸ばし向かい合っていた。
そこはつくしがいつも簡単に食事を済ませることが出来るからと利用しているそば屋の前で、店を出た先で出くわした。
この男がどんな男だったかわかっていれば・・
短いつき合いだったし、踏み込んだつき合いに入る前であたしはこの男の人間性を見誤ったのかもしれない。
「つくし、あの時の返事を聞かせてくれよ?」
「俺、聞いたよな?もう一度つき合わないかって」
木田はついさっきまで話していた話の続きとばかりに突然話始めた。
昼どきのそば屋の前は背広姿のサラリーマンと沢山の紙袋を抱えた買い物客が行き交っている。
木田はやはり派手はネクタイを締めていた。
つくしは広報の男がこんな場所で何をしているのかと訝った。
だが広報だからこそ、一般の内勤社員とは異なる自由に動ける裁量があるのかもしれない。
「どうして俺がこんなところにいるのかって思ってるだろ?」
何も言わないつくしに対して木田は自ら話しをした。
「ホテルで新製品の記者発表があるんだ。ほらあそこのメープルで」
木田が指した方向には豪奢なホテルがそびえ立っている。
「うちは道明寺グループの子会社だから発表会はいつもメープルなんだ」
「よかったらおまえの社も取材に来ないか?」
取材なら相手に対し調子を合わせることが必要になることもある。だが木田に対しては合わせる必要はないと思った。ただ、言わなくてはいけないことと、言いたいことをはっきりとこの男に伝えることが必要だ。
それにこの男は必要以上にあたしに近づいている。他人に近づかれると不快に感じると言われる個人的スペースに入り込み過ぎている。つくしは一歩後ろに下がった。
「うちは専門紙じゃないから行かないと思う」
この男の話の本筋は記者発表についてなどではなく、最初につくしに投げかけた質問の答えだろう。
つくしは言いたいことを穏やかに話だした。
「あの・・哲也・・いえ。木田さん、あたし達は別れたし、それから一度も会ってないし・・」
「この前は取材で・・お世話になったけど・・」
「申し訳ないけど、あたしあんたとはつき合うつもりはないから」
穏やかに話を始めたが言葉尻だけはきっぱりと言い切った。
「じゃあ、悪いけどあたし急いでるから」
つくしは背中を向けて去りかけた。
いつまでもこんな男と話なんかしたくない。あの取材だってあれ以上、一分一秒たりとも一緒の部屋になんか居たくなかったんだから。
「待てよ!」
木田はつくしの腕を掴んだ。それもかなり力強く掴まれていた。
「なんで俺から逃げようとするんだよ!」
なんでってあんたが嫌いだから・・
誠実さの欠片も見当たらないような男なんて大嫌いだから。
「手を離してくれない?」
つくしは強く掴まれた腕に痛みを感じた。さっきより力が込められたような気がしていた。
「今、誰か好きな男がいるのか?」
いるわよ。悪い?あんたなんかと違って誠実な人よ。
見た目はそうは見えないかもしれないけど、あたしには誠実よ。
聞きたいなら教えてあげる。
「どうしてあたしに興味を持ったのか知らないけどあたしは今好きな人がいるし、その人とつき合ってるの」
「だから木田さんとはおつき合いは出来ません」
「離し・・て・・」
つくしは掴まれた腕を振りほどこうとした。
「俺は昔の俺とは違う・・」
そうみたいね。だってあの頃は女の腕を掴んで痛みを与えるようなことはしなかったはずだ。少なくともあたしには・・
「本当に・・そうね・・て、手を離してよ!」
あんたみたいな男に腕なんて掴まれたくない!
万力で締めつけるように掴まれ、腕が痺れてきたつくしは手段が選べなくなったと感じた。
例え周りに大勢の人間がいて注目を浴びても構わないと思った。
「大声をあげてもいいの?」
途端に男の顔色が変わったような気がした。
木田はつくしの声に含まれた真剣さに掴んでいた腕を離した。
「お、俺はつくしのことが好きなんだ!」
思うように事が運ばない苛立ちなのだろうか。声を荒げて言って来た。
「昔はそんなふうに考えてもいなかったでしょ?」
「それから・・もし勘違いなら謝るけど、あたしの傍をうろつくのは止めてくれない?」
つくしはあくまでも強気の態度を崩さずに言い切った。
そうでもしなければこの男が怖くて震えが来そうだった。
つくしは決して後ろをふり返らず、ひたすら前を向いて力強い足取りで歩いていた。
もし振り向いて後ろから木田がついて来ていたらと思うと恐怖で走り出しそうだったから。
な、なによこれ?
道明寺のストーカーの次は・・まさかあたしのストーカー?
今までのあたしの人生に同時に二人の男が現れたことなんてなかったのに・・
つくしは木田を頭から振り払うと急いで社に戻ることにした。
***
つくしはかつてないほどの食欲でもりもり食べていた。
なにしろお昼はかけそばだけで済ませたのでお腹が空いていた。
「しかしおまえは相変わらずよく食べる」
そう言う道明寺はあまり食べない。
よほど燃費のいい体なのか食事の量は少なくて済むらしい。
よく食べるって言うけど、食べろと言ってオーダーを繰り返すのは道明寺だ。
おまえは少し痩せてるからもう少し太れと言われた。
もしかして・・・抱き心地が悪かったとか?
つくしはコホンと咳払いをしてから尋ねた。
「ねえ、道明寺・・じゃない。つ、つかさ・・あ、あたしって・・やっぱり・・」
なんて言えばいい?
胸は小さいし、お尻も小さい・・
「えっと・・」
「おまえの胸も尻も今のままで充分だ」
感情があけっぴろげな女は隠し事が苦手だ。
さっきから美味そうにメシ食ってるけど時々眉間に皺が寄ってる。
そうだ・・見てりゃ右手を口もとに運ぶ度に小さな苦悶を浮かべてる。
「・・つ・・痛っ・・」
「どうした?」
まずい。勘づかれた?
「ううん・・何でもない・・ちょっと腕を捻っちゃって・・」
「大丈夫か?医者に診てもらったのか?」
「だ、大丈夫だから・・あとで湿布でも貼るから大丈夫・・」
まさか偶然出くわした元カレに腕を掴まれて痣が出来てるなんて言えない。
あの出会いは偶然だと思いたいが・・
「バカ野郎!右腕はおまえの商売道具だろうが!」
「ペンが持てなくなったら困るだろが!」
「ちょっと見せろ、すぐ医者に行くぞ」
司は立ち上がるとつくしのスーツの上着を脱がせにかかった。
心配そうな顔で上着を脱がせ、ブラウスの袖口のボタンを外す。
「だ、大丈夫だから。そ、そんなに心配する程のことは・・」
司はつくしが痛みに顔を歪めたのを見た。
何がそんなに心配する程のことがないだと?
「・・痛っ・・」
ブラウスの袖が肘までまくり上げられたとき、司の両眉がつり上がった。

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名刺に印刷されている経済部直通の電話番号にかけてきたのは木田哲也だった。
話の内容は取り立てて何か気になるものではなかった。先日はわざわざ取材に来て頂きありがとうございます。記事を読ませて頂きましたなどたわいもない社交辞令だった。
トップ人事の記事を書いただけで何も礼を言われるほどの内容ではなかったはずだ。
製品の紹介記事が書かれていたというわけでもないし、本来ならこちらから取材に応じてくれた礼の電話を入れてもおかしくないと思うが、取材先から礼を言われるとその先に何かあるのではないかと勘ぐってしまう。よくあるのは自社製品を記事にして取り上げてくれないかと言う話だ。
N新聞社は一般紙でいわゆる業界の専門紙ではない。人事の記事は書いても製品の紹介記事を書くことは滅多にない。よほど特筆すべきものがあればだが・・
例えば炭素繊維を使って何か新しい製品が完成したなどだ。
話をした時間は決して長くなく、つくしの受け答えも淡々としたもので互いに会社勤めの人間が交わすようなもので終わった。
木田から電話がかかって来てから数日間、つくしは彼の姿を社の近くで何度か見かけたことがあった。単なる偶然なのかもしれない。つくしの勤める新聞社は人が集まる場所にある。
周囲には商業施設もあり人波が途絶えることはない。
木田を見かけたのは偶然だと思いたい。思いたかった。
でも何故か嫌な予感がした。
確信は出来なかったがある日、いやな予感は確信に変わった。
本人がつくしの目の前に現れたから。
昼食のため外出していたつくしは突然目の前に現れた木田に対し、しゃんと背筋を伸ばし向かい合っていた。
そこはつくしがいつも簡単に食事を済ませることが出来るからと利用しているそば屋の前で、店を出た先で出くわした。
この男がどんな男だったかわかっていれば・・
短いつき合いだったし、踏み込んだつき合いに入る前であたしはこの男の人間性を見誤ったのかもしれない。
「つくし、あの時の返事を聞かせてくれよ?」
「俺、聞いたよな?もう一度つき合わないかって」
木田はついさっきまで話していた話の続きとばかりに突然話始めた。
昼どきのそば屋の前は背広姿のサラリーマンと沢山の紙袋を抱えた買い物客が行き交っている。
木田はやはり派手はネクタイを締めていた。
つくしは広報の男がこんな場所で何をしているのかと訝った。
だが広報だからこそ、一般の内勤社員とは異なる自由に動ける裁量があるのかもしれない。
「どうして俺がこんなところにいるのかって思ってるだろ?」
何も言わないつくしに対して木田は自ら話しをした。
「ホテルで新製品の記者発表があるんだ。ほらあそこのメープルで」
木田が指した方向には豪奢なホテルがそびえ立っている。
「うちは道明寺グループの子会社だから発表会はいつもメープルなんだ」
「よかったらおまえの社も取材に来ないか?」
取材なら相手に対し調子を合わせることが必要になることもある。だが木田に対しては合わせる必要はないと思った。ただ、言わなくてはいけないことと、言いたいことをはっきりとこの男に伝えることが必要だ。
それにこの男は必要以上にあたしに近づいている。他人に近づかれると不快に感じると言われる個人的スペースに入り込み過ぎている。つくしは一歩後ろに下がった。
「うちは専門紙じゃないから行かないと思う」
この男の話の本筋は記者発表についてなどではなく、最初につくしに投げかけた質問の答えだろう。
つくしは言いたいことを穏やかに話だした。
「あの・・哲也・・いえ。木田さん、あたし達は別れたし、それから一度も会ってないし・・」
「この前は取材で・・お世話になったけど・・」
「申し訳ないけど、あたしあんたとはつき合うつもりはないから」
穏やかに話を始めたが言葉尻だけはきっぱりと言い切った。
「じゃあ、悪いけどあたし急いでるから」
つくしは背中を向けて去りかけた。
いつまでもこんな男と話なんかしたくない。あの取材だってあれ以上、一分一秒たりとも一緒の部屋になんか居たくなかったんだから。
「待てよ!」
木田はつくしの腕を掴んだ。それもかなり力強く掴まれていた。
「なんで俺から逃げようとするんだよ!」
なんでってあんたが嫌いだから・・
誠実さの欠片も見当たらないような男なんて大嫌いだから。
「手を離してくれない?」
つくしは強く掴まれた腕に痛みを感じた。さっきより力が込められたような気がしていた。
「今、誰か好きな男がいるのか?」
いるわよ。悪い?あんたなんかと違って誠実な人よ。
見た目はそうは見えないかもしれないけど、あたしには誠実よ。
聞きたいなら教えてあげる。
「どうしてあたしに興味を持ったのか知らないけどあたしは今好きな人がいるし、その人とつき合ってるの」
「だから木田さんとはおつき合いは出来ません」
「離し・・て・・」
つくしは掴まれた腕を振りほどこうとした。
「俺は昔の俺とは違う・・」
そうみたいね。だってあの頃は女の腕を掴んで痛みを与えるようなことはしなかったはずだ。少なくともあたしには・・
「本当に・・そうね・・て、手を離してよ!」
あんたみたいな男に腕なんて掴まれたくない!
万力で締めつけるように掴まれ、腕が痺れてきたつくしは手段が選べなくなったと感じた。
例え周りに大勢の人間がいて注目を浴びても構わないと思った。
「大声をあげてもいいの?」
途端に男の顔色が変わったような気がした。
木田はつくしの声に含まれた真剣さに掴んでいた腕を離した。
「お、俺はつくしのことが好きなんだ!」
思うように事が運ばない苛立ちなのだろうか。声を荒げて言って来た。
「昔はそんなふうに考えてもいなかったでしょ?」
「それから・・もし勘違いなら謝るけど、あたしの傍をうろつくのは止めてくれない?」
つくしはあくまでも強気の態度を崩さずに言い切った。
そうでもしなければこの男が怖くて震えが来そうだった。
つくしは決して後ろをふり返らず、ひたすら前を向いて力強い足取りで歩いていた。
もし振り向いて後ろから木田がついて来ていたらと思うと恐怖で走り出しそうだったから。
な、なによこれ?
道明寺のストーカーの次は・・まさかあたしのストーカー?
今までのあたしの人生に同時に二人の男が現れたことなんてなかったのに・・
つくしは木田を頭から振り払うと急いで社に戻ることにした。
***
つくしはかつてないほどの食欲でもりもり食べていた。
なにしろお昼はかけそばだけで済ませたのでお腹が空いていた。
「しかしおまえは相変わらずよく食べる」
そう言う道明寺はあまり食べない。
よほど燃費のいい体なのか食事の量は少なくて済むらしい。
よく食べるって言うけど、食べろと言ってオーダーを繰り返すのは道明寺だ。
おまえは少し痩せてるからもう少し太れと言われた。
もしかして・・・抱き心地が悪かったとか?
つくしはコホンと咳払いをしてから尋ねた。
「ねえ、道明寺・・じゃない。つ、つかさ・・あ、あたしって・・やっぱり・・」
なんて言えばいい?
胸は小さいし、お尻も小さい・・
「えっと・・」
「おまえの胸も尻も今のままで充分だ」
感情があけっぴろげな女は隠し事が苦手だ。
さっきから美味そうにメシ食ってるけど時々眉間に皺が寄ってる。
そうだ・・見てりゃ右手を口もとに運ぶ度に小さな苦悶を浮かべてる。
「・・つ・・痛っ・・」
「どうした?」
まずい。勘づかれた?
「ううん・・何でもない・・ちょっと腕を捻っちゃって・・」
「大丈夫か?医者に診てもらったのか?」
「だ、大丈夫だから・・あとで湿布でも貼るから大丈夫・・」
まさか偶然出くわした元カレに腕を掴まれて痣が出来てるなんて言えない。
あの出会いは偶然だと思いたいが・・
「バカ野郎!右腕はおまえの商売道具だろうが!」
「ペンが持てなくなったら困るだろが!」
「ちょっと見せろ、すぐ医者に行くぞ」
司は立ち上がるとつくしのスーツの上着を脱がせにかかった。
心配そうな顔で上着を脱がせ、ブラウスの袖口のボタンを外す。
「だ、大丈夫だから。そ、そんなに心配する程のことは・・」
司はつくしが痛みに顔を歪めたのを見た。
何がそんなに心配する程のことがないだと?
「・・痛っ・・」
ブラウスの袖が肘までまくり上げられたとき、司の両眉がつり上がった。

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世界的にセクシーな男。
その男はセックスの上級者でつくしの恋人。
つくしは一週間前のことを思い出し赤くなっていた。
初めての夜を迎えた翌朝、二人はテーブルでコーヒーを飲んでいた。
それは今まで味わったことがないような満ち足りた気分で飲むコーヒーだった。
つくしは以前、このテーブルで同じようにコーヒーを飲んだことを思い出していた。
かりそめの恋人としてパーティーに連れて行かれ、飲み過ぎで酔っぱらってこのマンションに連れてこられたときのことを。あの時はただひたすら恥ずかしい思いをしたことを。
今ではそれも随分と昔のことのように感じられる。
「どのくらい留守にするの?」
つくしは司の向かいに座ると聞いた。
「一週間くらいか・・」
「そう・・」
司はしばらく無言でつくしを見つめていた。
「つくし、寂しいか?」
名前を呼ばれ、ぱっと嬉しい気持ちがこみ上げて来た。
愛している男の口から聞かされる自分の名前が心地よく聞こえる。
「うん。寂しい」もちろん正直な気持ちだ。
やっと二人の気持ちを確かめ合うことが出来たというのに一週間も離れなければいけないなんて悲劇としか言いようがない。それは向かいに座る道明寺も同じ気持ちだろうか?
「俺も寂しいからそう言ってくれて嬉しい」
とほほ笑んだ男の顔はつくしの答えに満足気な様子だ。
「なるべく早く帰ってくるからいい子でいろよ?」
「いい子って・・あたし・・つ・・司の子供じゃない・・」
真剣に否定しかかってあいつに言われた。
「バカか、おまえは。いい子ってのは・・」
司はつくしをつくづく眺めながら言った。
いい子・・おまえに言ういい子ってのは子供のことじゃない。
恋人に対しても言うんだよ・・親愛の情を込めて言ってるんだ。
おまえは俺のいい子なんだよつくし。
あいつはいい子にしてろよ。
早く帰れるようなら一日でも早く帰るからと言ってニューヨークへ旅立った。
心配しなくてもあたしはいい子でいるから大丈夫よ。
「おい、牧野。なにボケっとしてるんだ?」
「昼間っからなに夢見てるんだ?」
「また愛しい彼氏のことでも考えてるんじゃねぇのか?」
いつものお決まりの言葉で聞かれたつくしはやはりいつも通り答えた。
「ち、違いますっ!キャップそんなことばっかり言わないで下さい!」
「それ、セクハラですからね?」
「いいじゃねぇかよ。おまえ今まで男の事でそんな思いなんてしたことがないんだから、これも経験のひとつだ」
経験のひとつ・・・
その言葉に思わず顔が赤らんだ。
あたし・・経験したんだ・・
「おい!牧野、勝手にどっかに飛んで行くな!」
「最近のおまえはおかしぞ?」
つくしはキャップの言葉を意識半分で聞いていた。
もうすぐ道明寺が帰国して来る・・
あの日からあいつのことを考えない日は無かった。
早く会いたいと思いばかりが募って・・・
「おーい牧野。お前に電話だぞー!」
「は、はい!」
つくしはキャップのいうところの飛んで行っていた意識を引き戻すと電話を取った。
*****
司は両手で濡れた髪を掻き上げた。
あの日、つくしの視線は俺の頭を見ながら本当にストレートになるんだと言っていた。
一緒にシャワーを浴びないかと声をかけたが、処女を脱したばかりの26歳は恥ずかしいからいいとうつむいた。本当はもっと色んなことを教えてやりたいが、それはこれからの俺の楽しみと思っていればいい。
あの夜から一週間がたっていた。
相変らずすれ違いの多い俺と牧野。
あれからすぐにニューヨークへ出張してしまい会えない日々が続いた。
隣同士に住むなんてことは止めて俺と暮らせばいいと言えば
「そんなけじめのないことなんて出来ない」と一喝された。
おまえの言うけじめってのは結婚ってことだよな?
結婚してない男女がひとつ屋根の下ってのが嫌ならすぐにでも俺と結婚してくれ!
そうなりゃ誰に何を言われることもなく俺と住めるだろ?
あいつとつき合い始めたのは、かりそめの恋人が必要だったからだがいつの間にか俺たちは恋におちた。それも先におちたのは多分俺。いつの間にか始まっていた俺たちの恋。
やっと本当の恋人同士になれたのにあれから俺の計画は一向に進まない。
会う暇もなければ計画が進むわけないか・・
俺はこの一週間で牧野の、いやつくしについて知ったすべてを考えた。
あいつと結婚するためにはどうしたいい?
アメリカに帰った姉ちゃんから電話はタイミングがよかった。
こうなった姉ちゃんに相談してみるか?
「つくしちゃんとの取り決めはうまく行ってるの?」それはかりそめの恋人のことだ。
「ああ。すべて順調だ。うまく行ってる」
「俺たち本気の恋人同士になった」
それに対しての返事はコンマ3秒おいて西海岸から歓喜の悲鳴となって聞こえてきた。
姉ちゃんはあいつが気に入っている。ストーカー女と化した姉ちゃんの友人への対応にも感心したようで、思いやりのあるいい子だと褒めちぎってた。
「司、あんたちゃんと真面目に考えているんでしょうね?」
あたり前だろ。真面目に考えてるどころか、結婚したいと考えてるんだからそれを知ったら姉ちゃんどうすっかな?
「ちょっと!司、聞いてるの?」姉ちゃん聞いてるから怒鳴るな!
けど実は聞き流してる。
「司!つくちゃんにはそのまま隣の部屋に住んでもらいなさい」
言われなくてもわかってる。
隣に住んでてもなかなか会えないのに、いなくなったら益々会えなくなる。
あいつも大きな事件が起これば朝から晩まで取材に飛び回ることがある。
それにあいつは勉強熱心だ。
経済部だからと言って日本経済だけを知っていればいいと言うわけにはいかない。
経済はグローバルだ。世界規模で動いている。
どこかの国の選挙もこの国に大きな影響を与えることは間違いない。
日本の経済活動がどうなるかなんてことは俺に聞けばすぐにでも教えてやるのにと思うが仕事とプライベートは別な女。
まあ、確かにそれは言えるよな?ただでさえ仕事漬けの俺にプライベートまで仕事の話なんかされたら気分が悪い。
それにあいつは俺の恋人だと言う立場を利用することを嫌う。
そんなことをすれば今までの俺の女達と同じ立場になってしまうからと。
あの女にとって仕事は自己実現のひとつなんだろうが・・
自立心が旺盛なのもいいが俺に甘えて欲しいのは事実だ。
今朝は早朝出勤だなんて言ってたから真夜中に帰国した俺はあいつの部屋の前で待つ。
この帰国をあいつは知らない。本当は真夜中に訪ねて驚かせてやろうと思ったがさすがに躊躇われた。だから今朝電撃訪問をかけることにした。
司は玄関ドアのインターホンを押そうかどうか迷った。
俺、あいつの恋人だよな?なんでこんなに遠慮してんだ?
そんなふうに自問自答をしている最中にドアが開いた。
「うわっ!びっくりした・・」
「どうしたのよ?」
部屋の前に立つ俺に対しての第一声がびっくり、と、どうしたの?かよ!
もっと他に言葉はないのか?
しかしこいつ・・なんでそんなかわいい顔して俺を見上げるんだ?
自分がどれだけ俺を煽ってるか自覚がねぇだろう?
あれから一週間お預け食ってる俺の気持ちがわかるか?
そんなことを考えていたら思わずしかめっ面で牧野を睨んでいた。
「どうしたもこうしたもねぇだろうが。お、おまえと久しぶりに会えるのがこんな時間しかねぇんだから・・」
「それより、俺に言う言葉があるだろ?」
司は戸口に片手をついて体を支えていた。
言ってくれ、俺の聞きたい言葉を。
おまえの口から言って欲しいんだ。
目の前に立つ男が近すぎてつくしは胸の鼓動が収まらない。
一週間前の記憶があまりにも鮮明すぎてまともにこの男の顔が見れなかった。
「お、おかえり。道明寺・・」
「違うだろうが!」
「え?」
つくしは司をまじまじと見た。
「おまえ、おれの名前呼べって・・」
「お、おかえり。つかさ」
返事がない・・
「ねぇ、なんでそんなに朝から怒ってるの?」
「怒ってなんかねぇよ!」
単なる欲求不満なだけだよ!
「でも・・顔が怒ってる・・」
「とにかくおまえ仕事に行くんだろ?送ってってやる」
てか、送らせろ。
一週間ぶりにこいつと一緒に通勤出来る。
俺の楽しみはおまえと一緒にいられる車内と願わくば俺のベッドのうえ。
帰国したからにはこっちのものだ。一週間分まとめて面倒みえてやりてぇ。
それより
「おまえ、他に俺に言うことはないのか?」
一週間ぶりに会う恋人に対して言うことがあるだろうが!
道明寺がイライラしてる理由は分かる。
二人が初めて結ばれた日からすぐにニューヨークへ出張で一週間も会えなかった。
晴れて恋人同士になったばかりの男女にとっての一週間は長かった。
つくしは早く会いたかったと白状したかった。
言ってもいいのよね?
あたしたちは恋人同士なんだから何の遠慮もいらないのよね?
そのとき司が手を伸ばしてつくしの顎に触れると目と目が合った。
視線だけで囚われてしまったような気がした。
小さな声で呟やかれたのは嘘偽りのない気持ち。
「あのね、早く会いたかった・・」
「俺も・・」
ゆっくりと近づいてくる顔は笑顔に溢れていた。

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その男はセックスの上級者でつくしの恋人。
つくしは一週間前のことを思い出し赤くなっていた。
初めての夜を迎えた翌朝、二人はテーブルでコーヒーを飲んでいた。
それは今まで味わったことがないような満ち足りた気分で飲むコーヒーだった。
つくしは以前、このテーブルで同じようにコーヒーを飲んだことを思い出していた。
かりそめの恋人としてパーティーに連れて行かれ、飲み過ぎで酔っぱらってこのマンションに連れてこられたときのことを。あの時はただひたすら恥ずかしい思いをしたことを。
今ではそれも随分と昔のことのように感じられる。
「どのくらい留守にするの?」
つくしは司の向かいに座ると聞いた。
「一週間くらいか・・」
「そう・・」
司はしばらく無言でつくしを見つめていた。
「つくし、寂しいか?」
名前を呼ばれ、ぱっと嬉しい気持ちがこみ上げて来た。
愛している男の口から聞かされる自分の名前が心地よく聞こえる。
「うん。寂しい」もちろん正直な気持ちだ。
やっと二人の気持ちを確かめ合うことが出来たというのに一週間も離れなければいけないなんて悲劇としか言いようがない。それは向かいに座る道明寺も同じ気持ちだろうか?
「俺も寂しいからそう言ってくれて嬉しい」
とほほ笑んだ男の顔はつくしの答えに満足気な様子だ。
「なるべく早く帰ってくるからいい子でいろよ?」
「いい子って・・あたし・・つ・・司の子供じゃない・・」
真剣に否定しかかってあいつに言われた。
「バカか、おまえは。いい子ってのは・・」
司はつくしをつくづく眺めながら言った。
いい子・・おまえに言ういい子ってのは子供のことじゃない。
恋人に対しても言うんだよ・・親愛の情を込めて言ってるんだ。
おまえは俺のいい子なんだよつくし。
あいつはいい子にしてろよ。
早く帰れるようなら一日でも早く帰るからと言ってニューヨークへ旅立った。
心配しなくてもあたしはいい子でいるから大丈夫よ。
「おい、牧野。なにボケっとしてるんだ?」
「昼間っからなに夢見てるんだ?」
「また愛しい彼氏のことでも考えてるんじゃねぇのか?」
いつものお決まりの言葉で聞かれたつくしはやはりいつも通り答えた。
「ち、違いますっ!キャップそんなことばっかり言わないで下さい!」
「それ、セクハラですからね?」
「いいじゃねぇかよ。おまえ今まで男の事でそんな思いなんてしたことがないんだから、これも経験のひとつだ」
経験のひとつ・・・
その言葉に思わず顔が赤らんだ。
あたし・・経験したんだ・・
「おい!牧野、勝手にどっかに飛んで行くな!」
「最近のおまえはおかしぞ?」
つくしはキャップの言葉を意識半分で聞いていた。
もうすぐ道明寺が帰国して来る・・
あの日からあいつのことを考えない日は無かった。
早く会いたいと思いばかりが募って・・・
「おーい牧野。お前に電話だぞー!」
「は、はい!」
つくしはキャップのいうところの飛んで行っていた意識を引き戻すと電話を取った。
*****
司は両手で濡れた髪を掻き上げた。
あの日、つくしの視線は俺の頭を見ながら本当にストレートになるんだと言っていた。
一緒にシャワーを浴びないかと声をかけたが、処女を脱したばかりの26歳は恥ずかしいからいいとうつむいた。本当はもっと色んなことを教えてやりたいが、それはこれからの俺の楽しみと思っていればいい。
あの夜から一週間がたっていた。
相変らずすれ違いの多い俺と牧野。
あれからすぐにニューヨークへ出張してしまい会えない日々が続いた。
隣同士に住むなんてことは止めて俺と暮らせばいいと言えば
「そんなけじめのないことなんて出来ない」と一喝された。
おまえの言うけじめってのは結婚ってことだよな?
結婚してない男女がひとつ屋根の下ってのが嫌ならすぐにでも俺と結婚してくれ!
そうなりゃ誰に何を言われることもなく俺と住めるだろ?
あいつとつき合い始めたのは、かりそめの恋人が必要だったからだがいつの間にか俺たちは恋におちた。それも先におちたのは多分俺。いつの間にか始まっていた俺たちの恋。
やっと本当の恋人同士になれたのにあれから俺の計画は一向に進まない。
会う暇もなければ計画が進むわけないか・・
俺はこの一週間で牧野の、いやつくしについて知ったすべてを考えた。
あいつと結婚するためにはどうしたいい?
アメリカに帰った姉ちゃんから電話はタイミングがよかった。
こうなった姉ちゃんに相談してみるか?
「つくしちゃんとの取り決めはうまく行ってるの?」それはかりそめの恋人のことだ。
「ああ。すべて順調だ。うまく行ってる」
「俺たち本気の恋人同士になった」
それに対しての返事はコンマ3秒おいて西海岸から歓喜の悲鳴となって聞こえてきた。
姉ちゃんはあいつが気に入っている。ストーカー女と化した姉ちゃんの友人への対応にも感心したようで、思いやりのあるいい子だと褒めちぎってた。
「司、あんたちゃんと真面目に考えているんでしょうね?」
あたり前だろ。真面目に考えてるどころか、結婚したいと考えてるんだからそれを知ったら姉ちゃんどうすっかな?
「ちょっと!司、聞いてるの?」姉ちゃん聞いてるから怒鳴るな!
けど実は聞き流してる。
「司!つくちゃんにはそのまま隣の部屋に住んでもらいなさい」
言われなくてもわかってる。
隣に住んでてもなかなか会えないのに、いなくなったら益々会えなくなる。
あいつも大きな事件が起これば朝から晩まで取材に飛び回ることがある。
それにあいつは勉強熱心だ。
経済部だからと言って日本経済だけを知っていればいいと言うわけにはいかない。
経済はグローバルだ。世界規模で動いている。
どこかの国の選挙もこの国に大きな影響を与えることは間違いない。
日本の経済活動がどうなるかなんてことは俺に聞けばすぐにでも教えてやるのにと思うが仕事とプライベートは別な女。
まあ、確かにそれは言えるよな?ただでさえ仕事漬けの俺にプライベートまで仕事の話なんかされたら気分が悪い。
それにあいつは俺の恋人だと言う立場を利用することを嫌う。
そんなことをすれば今までの俺の女達と同じ立場になってしまうからと。
あの女にとって仕事は自己実現のひとつなんだろうが・・
自立心が旺盛なのもいいが俺に甘えて欲しいのは事実だ。
今朝は早朝出勤だなんて言ってたから真夜中に帰国した俺はあいつの部屋の前で待つ。
この帰国をあいつは知らない。本当は真夜中に訪ねて驚かせてやろうと思ったがさすがに躊躇われた。だから今朝電撃訪問をかけることにした。
司は玄関ドアのインターホンを押そうかどうか迷った。
俺、あいつの恋人だよな?なんでこんなに遠慮してんだ?
そんなふうに自問自答をしている最中にドアが開いた。
「うわっ!びっくりした・・」
「どうしたのよ?」
部屋の前に立つ俺に対しての第一声がびっくり、と、どうしたの?かよ!
もっと他に言葉はないのか?
しかしこいつ・・なんでそんなかわいい顔して俺を見上げるんだ?
自分がどれだけ俺を煽ってるか自覚がねぇだろう?
あれから一週間お預け食ってる俺の気持ちがわかるか?
そんなことを考えていたら思わずしかめっ面で牧野を睨んでいた。
「どうしたもこうしたもねぇだろうが。お、おまえと久しぶりに会えるのがこんな時間しかねぇんだから・・」
「それより、俺に言う言葉があるだろ?」
司は戸口に片手をついて体を支えていた。
言ってくれ、俺の聞きたい言葉を。
おまえの口から言って欲しいんだ。
目の前に立つ男が近すぎてつくしは胸の鼓動が収まらない。
一週間前の記憶があまりにも鮮明すぎてまともにこの男の顔が見れなかった。
「お、おかえり。道明寺・・」
「違うだろうが!」
「え?」
つくしは司をまじまじと見た。
「おまえ、おれの名前呼べって・・」
「お、おかえり。つかさ」
返事がない・・
「ねぇ、なんでそんなに朝から怒ってるの?」
「怒ってなんかねぇよ!」
単なる欲求不満なだけだよ!
「でも・・顔が怒ってる・・」
「とにかくおまえ仕事に行くんだろ?送ってってやる」
てか、送らせろ。
一週間ぶりにこいつと一緒に通勤出来る。
俺の楽しみはおまえと一緒にいられる車内と願わくば俺のベッドのうえ。
帰国したからにはこっちのものだ。一週間分まとめて面倒みえてやりてぇ。
それより
「おまえ、他に俺に言うことはないのか?」
一週間ぶりに会う恋人に対して言うことがあるだろうが!
道明寺がイライラしてる理由は分かる。
二人が初めて結ばれた日からすぐにニューヨークへ出張で一週間も会えなかった。
晴れて恋人同士になったばかりの男女にとっての一週間は長かった。
つくしは早く会いたかったと白状したかった。
言ってもいいのよね?
あたしたちは恋人同士なんだから何の遠慮もいらないのよね?
そのとき司が手を伸ばしてつくしの顎に触れると目と目が合った。
視線だけで囚われてしまったような気がした。
小さな声で呟やかれたのは嘘偽りのない気持ち。
「あのね、早く会いたかった・・」
「俺も・・」
ゆっくりと近づいてくる顔は笑顔に溢れていた。

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