予想外の展開だった。
立ち上がった人物はつくしより頭ひとつ分以上背が高く漆黒の長い髪をもつモデルのような女性だった。
きれいな人だった。
女性から見ても思わずうっとりと見つめてしまいそうな人物だ。
もしかしてこの人が道明寺司の秘密の恋人なのか?
それとも群がる虫の一匹なのか?
予期せぬ出来事につくしの中で緊張が高まった。
女性が歩み出たのでつくしは思わず後ろへ下がった。
迫力負けしそうだと思ったがここで引けばあたしは女じゃないとばかり居直った。
こうなったら受けてたとうじゃないの!
「司、彼女が例の?」
その女性は無表情でつくしの頭の先からつま先まで視線を走らせていた。
あたしとこの男との間に親密さが求められるというのはこの女性に対してなのだろうか?
つくしは息をつめて男が女性の問いになんと答えるのかと待っていた。
「そうだ。かりそめの恋人だ」
「あの・・」つくしの問いかけは無視された。
「牧野、俺の姉ちゃんだ。姉ちゃんこいつが牧野つくしだ」
男の態度は苛立たしげではあったがつくしを紹介する口調にはどこか照れくささが感じられた。
道明寺司の姉の出現につくしは慌てた。
何しろ数日前に咄嗟のこととは言え姉ですと名乗っていた自分が恥ずかしい。
まさかこの男の本当のお姉さんがこんなにきれいな人だとは思わなかった。
あのとき食事を共にしたかわいらしい女性は本当のお姉さんを見れば疑うことなく道明寺司の姉だと信じるだろう。決してあたしを見たときのような不信感いっぱいの目では見ないはずだ。
それくらい姉と弟の特徴はよく似ていた。弟に対し髪の毛がくるくると巻いていないところは違うが二人とも目鼻立ちがそっくりで背が高くてモデル体型だ。
恐らくだが身につけているものは目が飛び出るような値段の洋服で、耳たぶで輝いている大きなピアスはダイヤモンドだと思われた。それはお金持ちの女性が好むファッションスタイルだと感じられた。
この女性は道明寺司の姉だ。道明寺は色んな意味で並たいていの男ではない。
何しろ嫌味で傲慢な男だ。この姉という女性も同じような人間だったらと思うとつくしは気が滅入りそうになった。
「姉ちゃんなんでいきなり現れるんだよ!」
司は不平がましく言った。
「悪かったわね。さっきこっちに帰ってきたばかりなんだもの仕方がないでしょ?」
「何が仕方がないんだよ!」
「だってあんたに電話しても出ないじゃない!どうしてあたしからの電話に出ないのよ?」
「・・ったくうるせぇなぁ」
「あんたお姉さまに向かってなんて口を利くのよ!」
つくしは目の前で繰り広げられる姉と弟の会話を興味津々といった様子でながめていたがいい大人が高級レストランの真ん中で口うるさい立ち話をしているのはいかがなものかと思いはじめていた。周りの客は見て見ぬふりを決め込んではいるが、多分耳をそばだてているはずだ。つくしは自分が仲裁に入った方がいいのではないかと思い声をかけることにした。
「あ、あの・・」小さな声で問いかけてみた。
「はじめまして。司の姉の椿です。聞いているかもしれないけどあたし、普段はロスに住んでいるの」
つくしの問いかけに女性は体の向きを変えると右手を差し出してきた。
やはり海外生活が長いと挨拶のスタイルも自然とそうなるのだろう。
つくしも握手の手を差し出した。
「は、はじめまして。牧野つくしと申します」
「ごめんなさいね、こんなところまで押しかけて」
非礼を詫びられたつくしは椿の態度にほっとしていた。
どうやらお姉さんは普通の人間のようだ。
椿はつくしの手を離すと司のほうに向きなおった。
「ところで司、あんた彼女、牧野つくしちゃんにちゃんと話はしたの?」
その声は先ほどまでの感情をむき出しにした様子とは違い少し抑えたような口調だった。
「いや。話してねぇ」
「なんで話してないのよ?」
「別に理由なんかこいつに必要ないんだよ!」
「なに言ってるのよ!お願いしてるんだからきちんと理由を説明するのが筋ってものでしょ?」椿は感情が高まってきたのか片腕を腰に当てながら話を続けた。
「あんたはいったい何様のつもりなの?あたしはあんたをそんなふうに横柄に育てた覚えはないわよ?」
「姉ちゃんこいつとはギブ アンド テイクなんだよ!」
「なによ?そのギブ アンド テイクってのは?」
「こいつが俺の恋人役を引き受ければ俺はこいつのインタビューに答えることになってんだよ!」
司の声に周りのテーブルの人間たちの目が一斉に向けられた。
どうやらかなり大きな声で話をしていたらしい。
さすがに見て見ぬふりを決め込むことに飽きてしまったのか、今では興味津々の様子で三人を見ていた。
姉と弟は自分達の声がまた大きくなってきたことに気がついたようだ。
椿は軽く咳払いをするといつまでも立ったままで話をするのもおかしいから取りあえず座りましょうと言って腰をかけた。
「なによそのインタビューって?」
「こいつ、新聞記者なんだよ」
「あんた・・新聞記者の女の子に・・・?」椿は目を大きく見開くとつくしをまじまじと見た。
「心配すんなよ姉ちゃん。ちゃんと秘密保持の契約を結んでる」むっとした口調。
「そう・・。それならいいわ。それから・・牧野つくしちゃん・・」
「フルネームで呼ぶのもおかしいわね。つくしちゃんでいいかしら?」椿はやさしく聞いた。
「ねえ、司はつくしちゃんのことをなんて呼んでるの?」
椿は弟を見ると答えを待った。
「あ?」
「だから、つくしちゃん?それともまさか呼び捨て?」
「牧野だ」面倒くさそうに答えた。
「ま、牧野?」
「そうだ。牧野だ」
「あんたたち一応恋人関係なのよね?」
「ああ、そうだ」
「司はまあいいわ。それでつくしちゃんは司のことをなんて呼んでるの?」
「道明寺ですが・・」ちらりとその名前の人物と視線を合わせ暗黙の同意を確認した。
椿はうめくと椅子に深く体をあずけた。
「ねえ、二人ともおかしいとは思わないの?恋人同士がお互いを苗字で呼ぶなんて?」
「こんなところで話を続けるのも・・」
椿は嘆息を漏らすと話を続けた。
「どこかで飲みながら話をしましょう」
「つくしちゃん、こんなことになったのはあたしがお願いしたからなの」

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女性が歩み出たのでつくしは思わず後ろへ下がった。
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その女性は無表情でつくしの頭の先からつま先まで視線を走らせていた。
あたしとこの男との間に親密さが求められるというのはこの女性に対してなのだろうか?
つくしは息をつめて男が女性の問いになんと答えるのかと待っていた。
「そうだ。かりそめの恋人だ」
「あの・・」つくしの問いかけは無視された。
「牧野、俺の姉ちゃんだ。姉ちゃんこいつが牧野つくしだ」
男の態度は苛立たしげではあったがつくしを紹介する口調にはどこか照れくささが感じられた。
道明寺司の姉の出現につくしは慌てた。
何しろ数日前に咄嗟のこととは言え姉ですと名乗っていた自分が恥ずかしい。
まさかこの男の本当のお姉さんがこんなにきれいな人だとは思わなかった。
あのとき食事を共にしたかわいらしい女性は本当のお姉さんを見れば疑うことなく道明寺司の姉だと信じるだろう。決してあたしを見たときのような不信感いっぱいの目では見ないはずだ。
それくらい姉と弟の特徴はよく似ていた。弟に対し髪の毛がくるくると巻いていないところは違うが二人とも目鼻立ちがそっくりで背が高くてモデル体型だ。
恐らくだが身につけているものは目が飛び出るような値段の洋服で、耳たぶで輝いている大きなピアスはダイヤモンドだと思われた。それはお金持ちの女性が好むファッションスタイルだと感じられた。
この女性は道明寺司の姉だ。道明寺は色んな意味で並たいていの男ではない。
何しろ嫌味で傲慢な男だ。この姉という女性も同じような人間だったらと思うとつくしは気が滅入りそうになった。
「姉ちゃんなんでいきなり現れるんだよ!」
司は不平がましく言った。
「悪かったわね。さっきこっちに帰ってきたばかりなんだもの仕方がないでしょ?」
「何が仕方がないんだよ!」
「だってあんたに電話しても出ないじゃない!どうしてあたしからの電話に出ないのよ?」
「・・ったくうるせぇなぁ」
「あんたお姉さまに向かってなんて口を利くのよ!」
つくしは目の前で繰り広げられる姉と弟の会話を興味津々といった様子でながめていたがいい大人が高級レストランの真ん中で口うるさい立ち話をしているのはいかがなものかと思いはじめていた。周りの客は見て見ぬふりを決め込んではいるが、多分耳をそばだてているはずだ。つくしは自分が仲裁に入った方がいいのではないかと思い声をかけることにした。
「あ、あの・・」小さな声で問いかけてみた。
「はじめまして。司の姉の椿です。聞いているかもしれないけどあたし、普段はロスに住んでいるの」
つくしの問いかけに女性は体の向きを変えると右手を差し出してきた。
やはり海外生活が長いと挨拶のスタイルも自然とそうなるのだろう。
つくしも握手の手を差し出した。
「は、はじめまして。牧野つくしと申します」
「ごめんなさいね、こんなところまで押しかけて」
非礼を詫びられたつくしは椿の態度にほっとしていた。
どうやらお姉さんは普通の人間のようだ。
椿はつくしの手を離すと司のほうに向きなおった。
「ところで司、あんた彼女、牧野つくしちゃんにちゃんと話はしたの?」
その声は先ほどまでの感情をむき出しにした様子とは違い少し抑えたような口調だった。
「いや。話してねぇ」
「なんで話してないのよ?」
「別に理由なんかこいつに必要ないんだよ!」
「なに言ってるのよ!お願いしてるんだからきちんと理由を説明するのが筋ってものでしょ?」椿は感情が高まってきたのか片腕を腰に当てながら話を続けた。
「あんたはいったい何様のつもりなの?あたしはあんたをそんなふうに横柄に育てた覚えはないわよ?」
「姉ちゃんこいつとはギブ アンド テイクなんだよ!」
「なによ?そのギブ アンド テイクってのは?」
「こいつが俺の恋人役を引き受ければ俺はこいつのインタビューに答えることになってんだよ!」
司の声に周りのテーブルの人間たちの目が一斉に向けられた。
どうやらかなり大きな声で話をしていたらしい。
さすがに見て見ぬふりを決め込むことに飽きてしまったのか、今では興味津々の様子で三人を見ていた。
姉と弟は自分達の声がまた大きくなってきたことに気がついたようだ。
椿は軽く咳払いをするといつまでも立ったままで話をするのもおかしいから取りあえず座りましょうと言って腰をかけた。
「なによそのインタビューって?」
「こいつ、新聞記者なんだよ」
「あんた・・新聞記者の女の子に・・・?」椿は目を大きく見開くとつくしをまじまじと見た。
「心配すんなよ姉ちゃん。ちゃんと秘密保持の契約を結んでる」むっとした口調。
「そう・・。それならいいわ。それから・・牧野つくしちゃん・・」
「フルネームで呼ぶのもおかしいわね。つくしちゃんでいいかしら?」椿はやさしく聞いた。
「ねえ、司はつくしちゃんのことをなんて呼んでるの?」
椿は弟を見ると答えを待った。
「あ?」
「だから、つくしちゃん?それともまさか呼び捨て?」
「牧野だ」面倒くさそうに答えた。
「ま、牧野?」
「そうだ。牧野だ」
「あんたたち一応恋人関係なのよね?」
「ああ、そうだ」
「司はまあいいわ。それでつくしちゃんは司のことをなんて呼んでるの?」
「道明寺ですが・・」ちらりとその名前の人物と視線を合わせ暗黙の同意を確認した。
椿はうめくと椅子に深く体をあずけた。
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端正な顔を上げて空を見上げる。
なんてことのない風景が広がっている日常。
背の高い男が見る風景は他人より少しだけ違うのかもしれない。
それはうららかな春の朝だった。
彼がハンサムだと言われているのはいつものことだが何故か恋人はいなかった。
だが、そろそろ相手が欲しかった。
それはセックスをする相手ではなく、心が触れ合える相手だった。
特別な人で、愛を分かち合える人。
愛が欲しいと思う。ここ何年もそう考えていた。
夜が更ければ飲み歩いてもみた。
仕事の付き合いとはいえパーティーにも出かけた。
人で溢れる部屋を眺めてみても、そこに見えるのは孤独を抱えたまま生きている人間ばかりだった。
人は皆孤独な生き物なのだろうか?
自分は独り暮らしが長くて孤独がしみついてしまったのだろうか?
『 独り者は早死にする 』
だがそんな言葉は自分には関係がないはずだ。
彼は空っぽな胃にウィスキーを流し込むと早々にパーティーを抜け出した。
彼が生涯を通じて一度も結婚をしなかった理由を知っている人間は少ない。
冷たく人を愛する感情など持ち合わせてはいないと言われる男に結婚という概念はなかった。
彼の過去に何があったのか。
「牧野!」
「道明寺!」
二人はそう呼び合っていた。
出会いは高校生のとき。17歳と16歳で出会った。
学生時代に見られるよくある出会いとはちがっていた。
同級生でもなければ課外活動が同じというわけでもない。
それに帰る方向が同じというわけでもなかった。
二人の人生がぶつかり合ったのは学園の階段を降りた先の廊下。
そこが始まりだった。
まるで運命のいたずらのような出会い。
いや、それは運命のいたずらだったのかもしれない。
二人が出会ったとき、互いの背後に薔薇の花が見えたわけでもないし、ロマンティックで場を盛り上げるような音楽が流れたわけでもなかった。
ロマンティックとは言えない二人の出会い。
だが出会った瞬間に何か感じたのかもしれない。
その何かを理解するには2人とも相当な時間を要したことに間違いはないが、この日を境に彼らの日常は波乱に満ちたものになった。
それはひとりには悪夢で、もうひとりにとっては喜びとなっていたのかもしれない。
やがて彼らの波乱に満ちた生活は、学園中を巻き込んだ恋愛騒動へと変わった。
巻き込まれたのは彼女の方で、巻き込んだのは彼の方だったのか。
癖のある髪の男と真っ直ぐな髪の女。
それはまるで彼らの生きて来た人生を表していたのかもしれない。
ひねくれた性格の男と真っ直ぐに自分の思いを伝える女。
そんな二人が恋人同士だった頃、バカみたいな喧嘩をしたこともあった。
一度は離れた二人だったが時間が経てば1日でも早く、1時間でも早く会いたと思うようになってきていた。
彼女のほほ笑む姿が見たかったから。
彼のほほ笑む姿が見たかったから。
あとで思えば長い人生の中でのひとつの短いストーリー。
二人が一緒に過ごした時間は短かったはずなのに、あまりにも沢山の事件があった。
そんな二人の毎日を言葉で表すなら、恋愛騒動ではなく恋愛事件とでも言ったほうが正しいのかもしれない。
二人は同じような環境で育ったわけではなかった。
彼は大きな会社を経営する家のひとり息子で跡取りだった。
そのことが意味することに決して気づいていないわけではなかった。
逆に分かり過ぎるほど理解していた。
彼が世界にはばたく日が近づいてくると彼女の心は揺れた。
「結婚しよう」彼は彼女に言った。
「今は出来ない」彼女は答えた。
「ほら、行って。早く、行って。あたしはここで待ってるから」
そんな言葉がふたりの最後になった。
彼が飛行機から降りたったとき春の甘い香りがしていた。
それは今が盛りと咲く桜の花の香りだろうか?
よくある春の陽射しが降り注ぎ、目には見えない風が木々の葉をそよがせていた。
季節は何度も巡りあれから何年がたったのだろうか。
彼は彼女の元へ帰ることが出来なかった。
渡米して暫くは守りたい女性の為に力をつけたいという思いで仕事に専念して来た。
だが日本有数の会社を背負う為には、彼が思っていたより時間が必要だった。
傍目には跡取りとして順風満帆な人生を歩んでいると思われていたが、日本の経済状況が二転三転とするうちに彼に求められるものも大きくなって行く。
会社を存続させていく為に今以上の努力が求められた。高い意識を持って臨まなければならない案件が山ほどあり、そんな状況の中で彼女の事を考える時間は奪われて行った。
そうしているうちに時は過ぎ、季節は幾度も巡り今に至る。
彼がニューヨークで暮らしていたとき、何度か満開の桜の花を見たことがある。
仕事で訪れたワシントンD.C.
今から100年以上前に東京から日米友好の印として贈られたソメイヨシノをはじめとする桜が、アメリカの首都ワシントンD.C.の中心部を流れるポトマック川河畔沿いに植えられている。その数は2000本以上で春になると毎年盛大に桜まつりが行われている。
桜は咲けばこそ価値が認められる木だ。普段山々で他の樹木に紛れひっそりとしている山桜も、春になれば自らの存在を示すようにと咲き誇る。今なら山々のいたるところで咲き誇る桜を見ることも出来る。
日本人は桜の木に深い思い入れがある。
それは自分の人生の節目には必ずと言ってもいいほど目にする花だからだろうか?
この季節に帰国をすることが出来たら学園に行こうと思った。
『 あたしはここで待ってる 』
その言葉が交わされた場所・・・
だが今でも待っているとは考えてもいない。
彼の頭の中ではまるで映画が始まったかのように二人の姿が甦った。
あの日、彼女と校庭で会ったとき桜の花が満開を迎えていて、その花の下で彼女が作ってきた弁当を食べたことを思い出していた。
目を閉じれば彼は17歳の頃の自分に戻っていた。二人で出かけた場所は限られてはいたが、それでも動物園での雰囲気を感じ取り、球場での歓声などを思い出すことが出来た。
彼が彼女と一緒に見た桜はそれが最初で最後。
そしてその日が二人の最後となった。
桜の花が散り始める頃になるといつも思い出す言葉があった。
それは・・
彼女が言ったひと言。
『 桜の花が散り始めるとさよならが近づいて来る気がする 』
その言葉の意味はなんだったのだろうかと今でも考える。
まさか・・
彼はなぜか気が急いていた。
桜の花が散り始める前にどうしても、もう一度あの場所に行きたいと思っていた。
だが彼が自分の気まぐれに使える時間は無かった。
彼の1時間は値千金と言われていて、そんな彼との時間が欲しいという人間は世の中に大勢いた。
自由な時間など自分には許されるものではなかった。
だがどうしてもあの場所に行きたい。
かまうものか!
彼は車に乗り込むと運転手に言った。
「英徳学園へ」
***
春休みの学園に生徒の姿は無かった。
最終学年の生徒は卒業し、新学期と入学式を迎えるまでの間の静けさがそこにはあった。
この地を訪れたのは卒業して以来だった。
彼は校庭を歩きながら思い出し笑いをもらしていた。
彼女がよくここで弁当を食べていたことを。
そしてその弁当をからかっては遊んでいたことを。
だがいつしかこの場所は二人で過ごすようになった場所だった。
立ち止まって見上げる桜。
風が木々を揺すっては花びらを落としていた。
「道明寺なの?」
後ろからそう呼びかけられた彼は振り向くことも返事をすることも躊躇われた。
背中から聞こえてきた忘れもしない彼女の声に答えることが恐ろしいような気がして立ちつくしていた。
彼女に約束をしたのに自分は彼女の元へと戻ることはなかった。
二人が再び顔を合わせたとき、彼女はいまにも泣き出しそうに顔をしかめていた。
彼女は彼を叩いていた。
泣きながら、弱々しい手で何度も叩いていた。
彼は叩かれながらもこれは夢だと思った。
夢だと思おうとした。
だが自分の腕の中に夢ではない証拠がいた。
彼女は毎年桜の咲く季節になるとこの場所にやって来ていたということを後から知った。
『 あたしはここで待ってる 』
『 桜の花が散り始めるとさよならが近づいて来る気がする 』
今ようやくこの言葉の意味が理解できたような気がした。
桜が咲いている間はこの場所に脚を運び自分を待っていてくれた。
そして、花が散り始めるとこの場所を離れまた次の年に戻って来ると言うことだった。
彼女は毎年この場所で自分のことを待っていてくれた。
彼は許しを請いたいと思った。
だが今更なにを理由に彼女の許しを求めればいいのかわからなかった。
それでも許してもらえるなら許されたいという思いがあった。
自分が今までずっとひとりだったわけが今わかった。
今でも彼女のことを愛しているということを。
その思いを自分の口から、その言葉を自分が言うことが許されるだろうか?
彼女は急に何かを思い出したかのように彼の腕から抜け出すと校舎の中へと消えて行った。
彼は急いで彼女の後を追った。
「牧野、聞いてくれ!俺は・・」
彼女が立ち止まった場所は二人が初めて出会った場所だった。
そこは階段の下。
「道明寺!ねえ来て?一緒に上ろう?」
「ねえ、早く!」
彼女が手を差し伸べた。
「この一段目は、真木子ちゃんがあんたの上に落ちたとき」
「二段目はあんたに赤札を貼られたとき」
「三段目はあんたに蹴りをいれたとき」
「四段目は・・・」
彼女が語る言葉に、一段上るごとに思い出がひとつ、またひとつと甦ってくるような気がした。自分の手を掴む彼女の手は小さかった。あの頃よりも小さくなったような気がしてならなかった。それは人生の苦労を重ねたせいかもしれないと思った。
「道明寺との思い出は沢山あり過ぎて階段が足りないかも・・。でもね、一番上の段まで行くといいことがあるかもしれない」
彼女は突然彼の手を離すと階段を駆け上がって彼を見た。
「なんだよ?いいことって?」
司は階段を上り始めた。
「ここまで来たら教えてあげる」
「道明寺!そこで止まって!」
司は言われたとおりその段で止まった。
「そのあたりは丁度あたしとあんたが雨の日に別れたあたり」
「いいわ。上って」
司はそう言われてまた一段足を進めた。
階段の踊り場で待つ彼女。
階段は15段を超えていた。
15段は二人の人生のどのあたりに相当するのだろうか?
人生の階段を彼女と一緒に上りたかった。
もし今、振り返れば上ってきた階段に何が見えるだろうか?
それは彼女と過ごせなかった後悔の日々が見えるのかもしれない。
だが司は振り返らなかった。立ち止まりはしなかった。
あと少し上れば彼女がそこにいるから。
許してもらえるならその手をもう一度掴みたい。
『 俺たち二人はこれから永遠に知り合っていくのか? 』
『 あたし達二人はこれから永遠に知り合っていくの 』
彼は知り合ったばかりの頃、交わした会話を思い出していた。
この場所から始まった二人の人生。
あの時の出会いが彼らの運命を決めた。
だから今もこうして二人でここにいる。

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だが、そろそろ相手が欲しかった。
それはセックスをする相手ではなく、心が触れ合える相手だった。
特別な人で、愛を分かち合える人。
愛が欲しいと思う。ここ何年もそう考えていた。
夜が更ければ飲み歩いてもみた。
仕事の付き合いとはいえパーティーにも出かけた。
人で溢れる部屋を眺めてみても、そこに見えるのは孤独を抱えたまま生きている人間ばかりだった。
人は皆孤独な生き物なのだろうか?
自分は独り暮らしが長くて孤独がしみついてしまったのだろうか?
『 独り者は早死にする 』
だがそんな言葉は自分には関係がないはずだ。
彼は空っぽな胃にウィスキーを流し込むと早々にパーティーを抜け出した。
彼が生涯を通じて一度も結婚をしなかった理由を知っている人間は少ない。
冷たく人を愛する感情など持ち合わせてはいないと言われる男に結婚という概念はなかった。
彼の過去に何があったのか。
「牧野!」
「道明寺!」
二人はそう呼び合っていた。
出会いは高校生のとき。17歳と16歳で出会った。
学生時代に見られるよくある出会いとはちがっていた。
同級生でもなければ課外活動が同じというわけでもない。
それに帰る方向が同じというわけでもなかった。
二人の人生がぶつかり合ったのは学園の階段を降りた先の廊下。
そこが始まりだった。
まるで運命のいたずらのような出会い。
いや、それは運命のいたずらだったのかもしれない。
二人が出会ったとき、互いの背後に薔薇の花が見えたわけでもないし、ロマンティックで場を盛り上げるような音楽が流れたわけでもなかった。
ロマンティックとは言えない二人の出会い。
だが出会った瞬間に何か感じたのかもしれない。
その何かを理解するには2人とも相当な時間を要したことに間違いはないが、この日を境に彼らの日常は波乱に満ちたものになった。
それはひとりには悪夢で、もうひとりにとっては喜びとなっていたのかもしれない。
やがて彼らの波乱に満ちた生活は、学園中を巻き込んだ恋愛騒動へと変わった。
巻き込まれたのは彼女の方で、巻き込んだのは彼の方だったのか。
癖のある髪の男と真っ直ぐな髪の女。
それはまるで彼らの生きて来た人生を表していたのかもしれない。
ひねくれた性格の男と真っ直ぐに自分の思いを伝える女。
そんな二人が恋人同士だった頃、バカみたいな喧嘩をしたこともあった。
一度は離れた二人だったが時間が経てば1日でも早く、1時間でも早く会いたと思うようになってきていた。
彼女のほほ笑む姿が見たかったから。
彼のほほ笑む姿が見たかったから。
あとで思えば長い人生の中でのひとつの短いストーリー。
二人が一緒に過ごした時間は短かったはずなのに、あまりにも沢山の事件があった。
そんな二人の毎日を言葉で表すなら、恋愛騒動ではなく恋愛事件とでも言ったほうが正しいのかもしれない。
二人は同じような環境で育ったわけではなかった。
彼は大きな会社を経営する家のひとり息子で跡取りだった。
そのことが意味することに決して気づいていないわけではなかった。
逆に分かり過ぎるほど理解していた。
彼が世界にはばたく日が近づいてくると彼女の心は揺れた。
「結婚しよう」彼は彼女に言った。
「今は出来ない」彼女は答えた。
「ほら、行って。早く、行って。あたしはここで待ってるから」
そんな言葉がふたりの最後になった。
彼が飛行機から降りたったとき春の甘い香りがしていた。
それは今が盛りと咲く桜の花の香りだろうか?
よくある春の陽射しが降り注ぎ、目には見えない風が木々の葉をそよがせていた。
季節は何度も巡りあれから何年がたったのだろうか。
彼は彼女の元へ帰ることが出来なかった。
渡米して暫くは守りたい女性の為に力をつけたいという思いで仕事に専念して来た。
だが日本有数の会社を背負う為には、彼が思っていたより時間が必要だった。
傍目には跡取りとして順風満帆な人生を歩んでいると思われていたが、日本の経済状況が二転三転とするうちに彼に求められるものも大きくなって行く。
会社を存続させていく為に今以上の努力が求められた。高い意識を持って臨まなければならない案件が山ほどあり、そんな状況の中で彼女の事を考える時間は奪われて行った。
そうしているうちに時は過ぎ、季節は幾度も巡り今に至る。
彼がニューヨークで暮らしていたとき、何度か満開の桜の花を見たことがある。
仕事で訪れたワシントンD.C.
今から100年以上前に東京から日米友好の印として贈られたソメイヨシノをはじめとする桜が、アメリカの首都ワシントンD.C.の中心部を流れるポトマック川河畔沿いに植えられている。その数は2000本以上で春になると毎年盛大に桜まつりが行われている。
桜は咲けばこそ価値が認められる木だ。普段山々で他の樹木に紛れひっそりとしている山桜も、春になれば自らの存在を示すようにと咲き誇る。今なら山々のいたるところで咲き誇る桜を見ることも出来る。
日本人は桜の木に深い思い入れがある。
それは自分の人生の節目には必ずと言ってもいいほど目にする花だからだろうか?
この季節に帰国をすることが出来たら学園に行こうと思った。
『 あたしはここで待ってる 』
その言葉が交わされた場所・・・
だが今でも待っているとは考えてもいない。
彼の頭の中ではまるで映画が始まったかのように二人の姿が甦った。
あの日、彼女と校庭で会ったとき桜の花が満開を迎えていて、その花の下で彼女が作ってきた弁当を食べたことを思い出していた。
目を閉じれば彼は17歳の頃の自分に戻っていた。二人で出かけた場所は限られてはいたが、それでも動物園での雰囲気を感じ取り、球場での歓声などを思い出すことが出来た。
彼が彼女と一緒に見た桜はそれが最初で最後。
そしてその日が二人の最後となった。
桜の花が散り始める頃になるといつも思い出す言葉があった。
それは・・
彼女が言ったひと言。
『 桜の花が散り始めるとさよならが近づいて来る気がする 』
その言葉の意味はなんだったのだろうかと今でも考える。
まさか・・
彼はなぜか気が急いていた。
桜の花が散り始める前にどうしても、もう一度あの場所に行きたいと思っていた。
だが彼が自分の気まぐれに使える時間は無かった。
彼の1時間は値千金と言われていて、そんな彼との時間が欲しいという人間は世の中に大勢いた。
自由な時間など自分には許されるものではなかった。
だがどうしてもあの場所に行きたい。
かまうものか!
彼は車に乗り込むと運転手に言った。
「英徳学園へ」
***
春休みの学園に生徒の姿は無かった。
最終学年の生徒は卒業し、新学期と入学式を迎えるまでの間の静けさがそこにはあった。
この地を訪れたのは卒業して以来だった。
彼は校庭を歩きながら思い出し笑いをもらしていた。
彼女がよくここで弁当を食べていたことを。
そしてその弁当をからかっては遊んでいたことを。
だがいつしかこの場所は二人で過ごすようになった場所だった。
立ち止まって見上げる桜。
風が木々を揺すっては花びらを落としていた。
「道明寺なの?」
後ろからそう呼びかけられた彼は振り向くことも返事をすることも躊躇われた。
背中から聞こえてきた忘れもしない彼女の声に答えることが恐ろしいような気がして立ちつくしていた。
彼女に約束をしたのに自分は彼女の元へと戻ることはなかった。
二人が再び顔を合わせたとき、彼女はいまにも泣き出しそうに顔をしかめていた。
彼女は彼を叩いていた。
泣きながら、弱々しい手で何度も叩いていた。
彼は叩かれながらもこれは夢だと思った。
夢だと思おうとした。
だが自分の腕の中に夢ではない証拠がいた。
彼女は毎年桜の咲く季節になるとこの場所にやって来ていたということを後から知った。
『 あたしはここで待ってる 』
『 桜の花が散り始めるとさよならが近づいて来る気がする 』
今ようやくこの言葉の意味が理解できたような気がした。
桜が咲いている間はこの場所に脚を運び自分を待っていてくれた。
そして、花が散り始めるとこの場所を離れまた次の年に戻って来ると言うことだった。
彼女は毎年この場所で自分のことを待っていてくれた。
彼は許しを請いたいと思った。
だが今更なにを理由に彼女の許しを求めればいいのかわからなかった。
それでも許してもらえるなら許されたいという思いがあった。
自分が今までずっとひとりだったわけが今わかった。
今でも彼女のことを愛しているということを。
その思いを自分の口から、その言葉を自分が言うことが許されるだろうか?
彼女は急に何かを思い出したかのように彼の腕から抜け出すと校舎の中へと消えて行った。
彼は急いで彼女の後を追った。
「牧野、聞いてくれ!俺は・・」
彼女が立ち止まった場所は二人が初めて出会った場所だった。
そこは階段の下。
「道明寺!ねえ来て?一緒に上ろう?」
「ねえ、早く!」
彼女が手を差し伸べた。
「この一段目は、真木子ちゃんがあんたの上に落ちたとき」
「二段目はあんたに赤札を貼られたとき」
「三段目はあんたに蹴りをいれたとき」
「四段目は・・・」
彼女が語る言葉に、一段上るごとに思い出がひとつ、またひとつと甦ってくるような気がした。自分の手を掴む彼女の手は小さかった。あの頃よりも小さくなったような気がしてならなかった。それは人生の苦労を重ねたせいかもしれないと思った。
「道明寺との思い出は沢山あり過ぎて階段が足りないかも・・。でもね、一番上の段まで行くといいことがあるかもしれない」
彼女は突然彼の手を離すと階段を駆け上がって彼を見た。
「なんだよ?いいことって?」
司は階段を上り始めた。
「ここまで来たら教えてあげる」
「道明寺!そこで止まって!」
司は言われたとおりその段で止まった。
「そのあたりは丁度あたしとあんたが雨の日に別れたあたり」
「いいわ。上って」
司はそう言われてまた一段足を進めた。
階段の踊り場で待つ彼女。
階段は15段を超えていた。
15段は二人の人生のどのあたりに相当するのだろうか?
人生の階段を彼女と一緒に上りたかった。
もし今、振り返れば上ってきた階段に何が見えるだろうか?
それは彼女と過ごせなかった後悔の日々が見えるのかもしれない。
だが司は振り返らなかった。立ち止まりはしなかった。
あと少し上れば彼女がそこにいるから。
許してもらえるならその手をもう一度掴みたい。
『 俺たち二人はこれから永遠に知り合っていくのか? 』
『 あたし達二人はこれから永遠に知り合っていくの 』
彼は知り合ったばかりの頃、交わした会話を思い出していた。
この場所から始まった二人の人生。
あの時の出会いが彼らの運命を決めた。
だから今もこうして二人でここにいる。

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「おまえは俺の恋人だろ?協力する気はあるのか?」
威嚇するような声が向かいの席から聞こえた。
「もちろん!」
つくしはメニューから顔を上げると男を見た。
「でもあたしたちの立場は対等よね?」
ホテルメープルのレストランの席につき、つくしはこの前の夜のことを思い出していた。
この男が言いたいのはあの夜のことだろうと察しはついた。
あのとき男が席に戻ってきたのは随分と時間が経ってからだった。
仕事の電話が長引いてしまって申し訳ないと詫びた男は何故かその場が和んでいることに不満な様子だった。
男が考えていたのは自分とつくしが一緒に現れることでこの食事は相手の女性が思い描いていたものとは違うということを暗に、いや直接伝えあわよくばその場から追い払おうという魂胆だったのだろう。
だから二人の女性がにこやかに、つくしにとっては顔が引きつる思いだったが、とにかく仲が良さそうに語りあっている様子は自分が望んだ状況ではなかったはずだ。
まさかつくしもこの男に群がる女性と直接対決するとは思ってもいなかった。
だってあくまでもあたしは虫除けであって虫を殺傷する能力まで持ち合わせてはいない。
そこを取り違えてもらっては困る。
それにこの男に群がる女性達と直接対決なんて望んでもいないし、したくもない。
「おまえのあの行動はなんだ?」
「なんの為におまえを同伴させたと思ってるんだ?」
「なんでおまえが俺の姉ちゃんになってあの女を俺に勧めて来るんだよ!」
司は鋭い視線をつくしに向けた。
「あたしって空腹だと妙な考えが頭に浮かんじゃって・・あたしにも弟がいるからつい姉ですって・・」
「それにいい子だったから・・かわいいし、頭も悪くなさそうだし姉という立場から言わせてもらえばあんないい子はいないと思うんだけど」
実際問題姉と名乗ったつくしを見て内心は驚いたことだろう。姉と弟だと言うのに似ているところが全く見当たらない。
道明寺司が180センチ以上の身長なのに自称姉は160センチそこそこと小柄。目鼻立ちがはっきりとしている弟に対して自称姉はどこにでもある平凡な顔立ち。もしかしたら腹違いとか種違いとかそんなふうに思ったかもしれない。
人は思いもよらないものを目にすると何か言わなくてはと思うのだろうか。
お姉さまって髪の毛がストレートで綺麗ですねとか、小柄でかわいいですねとか。
なにしろ相手は道明寺司の姉と名乗った女性だ。なんとか無理にでも褒めてあげようと思う気持ちが働いたようでえらく気を使わせてしまったような気がした。
「だって彼女、あたしが同席しても嫌な顔なんてしなかったでしょ?」
「それはおまえが俺の姉貴だなんて言ったから気を使ってんだよ!そのくらいわかれよ!」
事実としてはその通りだとつくしも思ったが言わなかった。
「けど、あんたみたいに失礼な態度をとる男にあそこまで陶酔するなんてよっぽど物好きな人間だと思うけど」
「誰が物好きなんだよ?言っとくが俺は昔から女には不自由したことがない」
「中坊の頃から女が寄って・・」
「知っています。英徳に在学中からよくもてたと言う話はあの女性から耳にタコが出来るほど聞かされました」
つくしは皮肉っぽく言ってみたが、どうやらこの男は世間の誰もが知るあたり前のことだと受け取ったようだった。
そんなに女と遊んだ経験があるなら今更自分の周りに群がる女をどうしてこんなことまでして、つまりあたしを虫除けにしてまで排除しようとするのか?
女の相手をするのが面倒だと言うけど適当にあしらえばいいじゃない?
今までだってそんなことはあったでしょう?
この男の女をバカにしたような態度をたしなめてやりたいと思ったが、半年後のインタビューを気持ちよく受けてもらえることが大切だ。
これ以上機嫌を損ねるべきではないと踏んだつくしは話題を変えることにした。
「それで、あの彼女とはどうして会うことになったの?」
「あの女の父親の会社がうちと取引がある。一度でいいから娘と会って食事をしてくれとしつこい男だ。けど俺は女と二人で食事なんて冗談じゃない」
「でもあんたこうしてあたしと二人で食事をするためにここにいるんでしょ?」
「おまえは論外だ。女じゃない」
「お、女じゃないだなんて失礼ね!あたしはれっきとした女です」
「おまえは女じゃなくて純然たる仕事相手だ」
「空腹なんだろ?また妙な考えを起こさないように食事をさせてやる」
不毛な論議は止めにしてとつくしは喜んでその提案に従った。
***
「いいか牧野。おまえの役目はわかってると思うが俺の周りに女を近寄らせないためにおまえがいるんだ」
つくしは司が注文した赤ワインを口にしていた。
わざわざメープルのレストランで食事をするのもパフォーマンスのひとつだ。
高級ホテルと言われるメープルのフレンチレストランはプレミアムレストランと呼ばれ人気がある。こだわりの空間と呼ばれる優美なダイニングルームは洗練されていた。
人気がある理由は当然ながら料理の美味さもある。だがそれ以外の理由もあった。
上流階級と称す若い女性達の間ではここで恋人からのプロポーズを受けることが夢でありステータスだ。
ようはロマンティックなデートスポットというわけで、ここで食事をするということは二人の仲がどれだけ親密なものかということを世間に知らしめるためだった。
何もそこまでしなくてもとつくしは思ったが黙って相手の言うことに従った。
サーモンピンクのテーブルクロスが掛けられた丸テーブルの中央には花が飾られ、キャンドルには明かりが灯されていた。
恋人同士の甘いディナーの演出としては申し分がないように思えた。
そして傍から見れば二人は紛れもなく恋人同士が愛を語らいながら食事を楽しんでいるように見えるはずだ。
真実は違うけど。
「せっかくこんなに美味しい料理を食べてるのにあんたと仕事の話なんて・・」
つくしはこのレストラン一押しの鴨料理を口に運びながら言った。
食欲が減退するなんてことは今までなかったがこの男を前にするとどうも食べ物が喉を通るスピードが落ちるような気がする。
「なんだよ?じゃあ仕事以外の話しでもするか?」
「なんならおまえのいう人生にはセックス以外にも素敵なことが沢山あるって話でも聞かせてもらうか?」
司はけだるいほほ笑みを浮かべてつくしを見た。
出た。キラースマイルだ!
「いい。仕事に徹して」つくしの口調は警戒をおびた。
「なんだよつまんねぇな。おまえの人生における素敵なことってなんだよ?」
「い、いいじゃない。なんでも!それより仕事の話をしてよ、仕事の」
この男はアメリカに恋人を残して来た身で寂しいはずなのにいったい何を考えているのかわからなかった。
「今後だがこの先もあんなふうにタヌキ親父が娘を寄こしてくるはずだ」
「あの女は大人しくておっとりした女だったしおまえが姉貴だなんて言っても信じるようなバカな女だからどうとでもなった」
「だが今度からはもっとおまえに色々と頑張ってもらわないと困ることになる」
「だからこそもっと親密さをアピールしなきゃな」
「は?」
気づけば目の前にはディナーの終わりを告げるコーヒーと小菓子が運ばれて来ていた。
二人が交わした会話は確かに日本語だったがつくしには意味がよくわからなかった。
もっと親密さをアピールする?
誰に対して?
群がる虫に対してと考えるのが妥当だろうが、それはあの男の周りに対象となりうる女性がいる場合だけと考えていいのだろうか?
親密さってなに?
親密さの説明を求めたいと思ったが聞くのが怖いような気がしてきた。
つくしは司に断ってトイレに立った。
今夜のあたしは飲み過ぎてなんてないはずだ。
レストルームの鏡に映った自分の顔を見て言葉の意味を考えたがやはりピンとくる思いはなかった。
テーブルに戻ったとき、さっきまでつくしが腰かけていた席にはひとりの女性が待っていた。

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この男が言いたいのはあの夜のことだろうと察しはついた。
あのとき男が席に戻ってきたのは随分と時間が経ってからだった。
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男が考えていたのは自分とつくしが一緒に現れることでこの食事は相手の女性が思い描いていたものとは違うということを暗に、いや直接伝えあわよくばその場から追い払おうという魂胆だったのだろう。
だから二人の女性がにこやかに、つくしにとっては顔が引きつる思いだったが、とにかく仲が良さそうに語りあっている様子は自分が望んだ状況ではなかったはずだ。
まさかつくしもこの男に群がる女性と直接対決するとは思ってもいなかった。
だってあくまでもあたしは虫除けであって虫を殺傷する能力まで持ち合わせてはいない。
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それにこの男に群がる女性達と直接対決なんて望んでもいないし、したくもない。
「おまえのあの行動はなんだ?」
「なんの為におまえを同伴させたと思ってるんだ?」
「なんでおまえが俺の姉ちゃんになってあの女を俺に勧めて来るんだよ!」
司は鋭い視線をつくしに向けた。
「あたしって空腹だと妙な考えが頭に浮かんじゃって・・あたしにも弟がいるからつい姉ですって・・」
「それにいい子だったから・・かわいいし、頭も悪くなさそうだし姉という立場から言わせてもらえばあんないい子はいないと思うんだけど」
実際問題姉と名乗ったつくしを見て内心は驚いたことだろう。姉と弟だと言うのに似ているところが全く見当たらない。
道明寺司が180センチ以上の身長なのに自称姉は160センチそこそこと小柄。目鼻立ちがはっきりとしている弟に対して自称姉はどこにでもある平凡な顔立ち。もしかしたら腹違いとか種違いとかそんなふうに思ったかもしれない。
人は思いもよらないものを目にすると何か言わなくてはと思うのだろうか。
お姉さまって髪の毛がストレートで綺麗ですねとか、小柄でかわいいですねとか。
なにしろ相手は道明寺司の姉と名乗った女性だ。なんとか無理にでも褒めてあげようと思う気持ちが働いたようでえらく気を使わせてしまったような気がした。
「だって彼女、あたしが同席しても嫌な顔なんてしなかったでしょ?」
「それはおまえが俺の姉貴だなんて言ったから気を使ってんだよ!そのくらいわかれよ!」
事実としてはその通りだとつくしも思ったが言わなかった。
「けど、あんたみたいに失礼な態度をとる男にあそこまで陶酔するなんてよっぽど物好きな人間だと思うけど」
「誰が物好きなんだよ?言っとくが俺は昔から女には不自由したことがない」
「中坊の頃から女が寄って・・」
「知っています。英徳に在学中からよくもてたと言う話はあの女性から耳にタコが出来るほど聞かされました」
つくしは皮肉っぽく言ってみたが、どうやらこの男は世間の誰もが知るあたり前のことだと受け取ったようだった。
そんなに女と遊んだ経験があるなら今更自分の周りに群がる女をどうしてこんなことまでして、つまりあたしを虫除けにしてまで排除しようとするのか?
女の相手をするのが面倒だと言うけど適当にあしらえばいいじゃない?
今までだってそんなことはあったでしょう?
この男の女をバカにしたような態度をたしなめてやりたいと思ったが、半年後のインタビューを気持ちよく受けてもらえることが大切だ。
これ以上機嫌を損ねるべきではないと踏んだつくしは話題を変えることにした。
「それで、あの彼女とはどうして会うことになったの?」
「あの女の父親の会社がうちと取引がある。一度でいいから娘と会って食事をしてくれとしつこい男だ。けど俺は女と二人で食事なんて冗談じゃない」
「でもあんたこうしてあたしと二人で食事をするためにここにいるんでしょ?」
「おまえは論外だ。女じゃない」
「お、女じゃないだなんて失礼ね!あたしはれっきとした女です」
「おまえは女じゃなくて純然たる仕事相手だ」
「空腹なんだろ?また妙な考えを起こさないように食事をさせてやる」
不毛な論議は止めにしてとつくしは喜んでその提案に従った。
***
「いいか牧野。おまえの役目はわかってると思うが俺の周りに女を近寄らせないためにおまえがいるんだ」
つくしは司が注文した赤ワインを口にしていた。
わざわざメープルのレストランで食事をするのもパフォーマンスのひとつだ。
高級ホテルと言われるメープルのフレンチレストランはプレミアムレストランと呼ばれ人気がある。こだわりの空間と呼ばれる優美なダイニングルームは洗練されていた。
人気がある理由は当然ながら料理の美味さもある。だがそれ以外の理由もあった。
上流階級と称す若い女性達の間ではここで恋人からのプロポーズを受けることが夢でありステータスだ。
ようはロマンティックなデートスポットというわけで、ここで食事をするということは二人の仲がどれだけ親密なものかということを世間に知らしめるためだった。
何もそこまでしなくてもとつくしは思ったが黙って相手の言うことに従った。
サーモンピンクのテーブルクロスが掛けられた丸テーブルの中央には花が飾られ、キャンドルには明かりが灯されていた。
恋人同士の甘いディナーの演出としては申し分がないように思えた。
そして傍から見れば二人は紛れもなく恋人同士が愛を語らいながら食事を楽しんでいるように見えるはずだ。
真実は違うけど。
「せっかくこんなに美味しい料理を食べてるのにあんたと仕事の話なんて・・」
つくしはこのレストラン一押しの鴨料理を口に運びながら言った。
食欲が減退するなんてことは今までなかったがこの男を前にするとどうも食べ物が喉を通るスピードが落ちるような気がする。
「なんだよ?じゃあ仕事以外の話しでもするか?」
「なんならおまえのいう人生にはセックス以外にも素敵なことが沢山あるって話でも聞かせてもらうか?」
司はけだるいほほ笑みを浮かべてつくしを見た。
出た。キラースマイルだ!
「いい。仕事に徹して」つくしの口調は警戒をおびた。
「なんだよつまんねぇな。おまえの人生における素敵なことってなんだよ?」
「い、いいじゃない。なんでも!それより仕事の話をしてよ、仕事の」
この男はアメリカに恋人を残して来た身で寂しいはずなのにいったい何を考えているのかわからなかった。
「今後だがこの先もあんなふうにタヌキ親父が娘を寄こしてくるはずだ」
「あの女は大人しくておっとりした女だったしおまえが姉貴だなんて言っても信じるようなバカな女だからどうとでもなった」
「だが今度からはもっとおまえに色々と頑張ってもらわないと困ることになる」
「だからこそもっと親密さをアピールしなきゃな」
「は?」
気づけば目の前にはディナーの終わりを告げるコーヒーと小菓子が運ばれて来ていた。
二人が交わした会話は確かに日本語だったがつくしには意味がよくわからなかった。
もっと親密さをアピールする?
誰に対して?
群がる虫に対してと考えるのが妥当だろうが、それはあの男の周りに対象となりうる女性がいる場合だけと考えていいのだろうか?
親密さってなに?
親密さの説明を求めたいと思ったが聞くのが怖いような気がしてきた。
つくしは司に断ってトイレに立った。
今夜のあたしは飲み過ぎてなんてないはずだ。
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Comment:2
「ところで牧野、あの噂は本当なのか?」
「あの噂?」
「おまえは本当に道明寺司と付き合ってるのか?」
「えっ?」
つくしは取材先から編集局に戻って来たところでカメラマンに声を掛けられた。
お昼を食べ損ねたので近くのコンビニでサンドイッチを買いこれから自分の席で食べようとしていたところだった。昼を過ぎたこの時間帯の局内は人影もまばらだ。
なんと答えたらいいのだろう。否定をしたいが否定すればかりそめの恋人であることが知られてしまう。だからと言って堂々と交際宣言をするわけにもいかず、世間にはなんとなく二人が恋人同士ですと言う雰囲気が伝わればそれでよかった。
なにしろあたしの役目はあの男に群がるうるさい虫を追い払う役目だから。
でもあたしみたいな女が虫除けになるのだろうか?その点が不思議だがつくしとしては仕事と割り切ってのことだから虫除けとして役割はそれなりに果たしていくつもりだ。
実体を伴わない虚像でもよかったが、やはりそれなりに顔を出さなければならない場面もあるらしくあれから何回か呼び出しを受けていた。
何がしかのパーティーに行けば相変らずこんなドンくさそうな女の何がよくてと思われているのはわかっていたが、道明寺司を前にしてそんな態度がとれるはずもなく、どうせこの場限りのことだ、不承不承という感じではあるが受け入れてはもらえていた。
つくしにとっては経済界に名の知れた男の同伴者ということはそれなりにメリットもあった。
オフレコとはいえ財界の大物が大勢参加するようなパーティーでは思いもよらぬ話を耳にすることもあった。記事に出来ないのが悔やまれるが仕方がない。
「あたしがあの男と付き合っているのは・・・」つくしは言葉を選びながら話はじめた。
「帰国して日本に友達がいないから、そ、それで・・こうなんか話をしてたら盛り上がって来てまずはお友達として・・」
自分でも何が言いたいのかよくわからなかった。これではまるで大学生がノリのいい合コンで知り合った男と付き合い始めたみたいだ。
こんな話を信じてもらえるとは思ってはいないが、二人の関係を他人にぺらぺらと話すわけにもいかずどうしたらいいものかと考えていた。仕事上の取り決めにすぎない公式な恋人という立場は世に言う仮面夫婦的なものだとは思うが・・
「友達って?おまえらは恋人同士なんだろ?」
「え、あの・・気の置けない友達みないな・・でも・・」
「あのなあ牧野、男と女の間で友達関係なんていうのはまず無い。とくに男は下心がある動物であわよくば的なことを考える生き物だ」
「それにあの道明寺司と付き合うことになったら殆どの女は大喜びすると思うぞ?」
「あたしはその殆どに入らない女です」
「おまえ、それ本気で言ってるのか?」
「もちろんですよ!」
「なんだそりゃ?それじゃあおまえらは付き合ってないのか?」
「い、いえ・・つ、付き合っています!」
「でも男女の仲は水物って言うじゃないですか?だからいつ・・」
「なんだよ?おまえたちは別れることを前提にして付き合っているのか?」
「いえ・・その・・でももしかしたら・・」つくしは考え込むようにして言った。
「まあ、あの道明寺司についての報道はまかり成らんと社主からお達しが出てる手前、うちの社は系列を含めて記事にはしないが、三流処の雑誌社には書かれるぞ?」
「わ、わかってます。でもあたし達なんて言うんでしょうね・・同志?だ、男女の仲を超越してるって言う感じで気が合ったんです」
先輩であるカメラマンのおまえ、それ本当かの視線が痛かったが無視した。
「先輩、あ、あたし自身も驚いたんですよ?あの男が・・いえ道明寺さんがあたしと・・付き合うなんてことになって!」
つくしは自分があの男との交際を否定しているのか肯定しているのか良く分からなくなって来ていた。
***
何が処女喪失したかったらいつでも言ってくれよ!
この男の気を惹こうだなんて考えてもいないしとんでもない話だ。
あの時のことを考えるのは極力避けてきた。
今思い出してもよくもまあぬけぬけとあんなことが言えたものだ。例え世の中に男がこいつただひとりになったとしても誰があんたなんかにお世話になるものですか!
車の後部座席で隣に座るのは道明寺ホールディングスの若き社長で目下つくしのかりそめの恋人道明寺司。
無礼で嫌味で傲慢な態度の男は自分の都合でつくしを呼び出していた。
「金曜の夜、食事だ」
その言葉は命令なのか要求なのか、それとも誘いなのかわらなかった。
「それって命令?」
と一番始めに感じられた思いで聞いていた。
「命令だ。恋人が必要だ」
おまえに会わせたい人間がいるから来いと呼び出され、迎えの車で訪れた先は古い造りの静かなレストランだった。
あたしに会わせたい人間?こんな小さなレストランでとてもではないが大勢の人間が集まってパーティーを開いているようには思えなかった。
つくしが恋人役として駆り出されるのは女性も含め来賓客が多いパーティーばかりだった。
だがここは純然たる取引である二人の関係を見せびらかすような場所には思えなかった。
どちらにしてもあたしは人に見せびらかすような美人でもないが。
「行くぞ」
と声を掛けられたつくしは車の外から差し出された手を取った。
やるなら徹底的に恋人気取りを決めたらしい。
それとも単なる女性に対する礼儀なのだろうか?
脚を踏み出した先は石畳の造りでつくしは石と石の間にハイヒールの踵を取られそうになっていた。
「おまえはきちんと歩くことも出来ない女なのか?」
「歩くときはちゃんと前を見て歩け!」
「いつもはちゃんと前を見て歩いています!」
「だいたいこんな高いヒールの靴なんて普段のあたしには用がないんです!」
案内されて店内を進むにつれて食欲をそそるような香りがしてきた。
係の男性がこちらでございますと指し示した奥のテーブルにはすでに先客がひとりいた。
そこにいるのはそこはかとなく上流階級の匂いがする女性だった。
まさかとは思ったがこれは・・・
「えっと道明寺、もしかして・・あの女性・・」
つくしは隣の男に聞いた。
「遠ざけろ」
「おまえはそのための恋人だ」
「えっと具体的にはどうしたら・・」
「任せるからなんとかしろ」
これから見合いをしようかという男がまさかその席に女性を同伴するなんて普通じゃ考えられないことだ。
つくしは同じ女としてテーブルで待つ女性を気の毒に思った。
あの女性と自分との立場を置き換えてみればそれは十分理解ができた。
どう見ても品が良さそうでおとなしいお嬢様タイプの女性だ。
「でもどうやったら・・」
「適当にやってくれたらいい」
「ちょっと、道明寺さ・・道明寺どこに行くのよ?」
つくしは眉をひそめた。
「まさかあたしだけここに残して彼女の相手をしろってことじゃないわよね?」
「電話だ。これから電話をしなきゃならないところがあるんだ」
「だから俺が戻るまでになんとかしておいてくれ」
「な、なに言ってるのよ!なんとかだなんて出来るわけないでしょ?」
「おまえは俺の恋人だろ?恋人なんだから自分の彼氏を守るつもりで戦ってみろ」
司はつくしを残してどこかへ行ってしまった。
どうしてあたしがあんたを守るために戦わなくちゃいけないのよ!
そんなこと契約に入ってるの?
ひとり残されたつくしは仕方なく女性が待つテーブルへと近づいた。
「あの・・・どうも今晩は」
「・・あなたは誰?」
女性はつくしを不審な目で見た。
つくしが話しかけた女性は艶のある美しい黒髪をした物腰が優しそうな人だった。
彼女の質問になんと答えたらいいんだろう。あの男の恋人としてここに連れてこられたのだからあいつの恋人と答えるべきだろうか?だが今までそのことを公言しなくてもあの男といることでその場にいる人間はおのずと理解させられてきたから自分の口から恋人ですなんて言ったことがない。
それに自分からあの男の恋人だなんて口が裂けても言いたくなかった。
「あ、あたしは・・その・・道明寺司の・・姉です!」
「お、お姉さま?」
女性は驚いた様子でつくしをまじまじと見つめた。
先程まで向けられていた不信感いっぱいの視線が好意的な視線に変わっていた。
「ええ。そうです。姉です。ど、どうみ・・つ、司は緊急の電話が入りまして・・」
「す、すぐに来ますから・・」
「お姉さまがいらっしゃるとはお伺いしていますが今はアメリカで生活をされているとか?」
まずい!本当にお姉さんがいたなんて知らなかった。
「ええ。そうなんですよ?普段はアメリカなんですが今ちょうど帰国していまして・・」
「今日は司がこちらのレストランで食事をするというので、あ、あたしも久しぶりにこちらで食事をしようかと思って弟の車に便乗させてもらったんですの」
あの男の姉と名乗ったからには迂闊なことは言えない。
色々と聞かれたらどうしよう。どうしてあたしは姉だなんて言ってしまったのだろうか。
姉弟なのに似てるところがないなんて言われたどうしよう。
「えっと・・今日は司と食事のお約束をされている・・?」
「ええ。そうなんです。父が席を設けてくれました」
「お、お父様が?」
「はい。お見合いとまでは行きませんが司さんにご無理を申し上げたようです」
あの男自分で引き受けておいてあたしに押し付けるってどういう了見なのよ!
「あのお姉さま、司さんって・・・」
「つ、司がなにか?」息を呑んだ。
「司さんってお付き合いされている女性の方がいらっしゃるとか?」
つくしは自分のことを言われて身が縮む思いがした。
「そ・・そうみたいね・・」
「そうですか。噂は本当だったんですね。わたくしはお見かけしたことが無いのですが最近よくその方とパーティーでご一緒されているとお伺いしました」
「あの・・あなたは・・」
「お姉さま、わたくしは一度司さんとお食事が出来ればそれでいいんです。わたくしも英徳なんですよ?学年は離れていますので在学中にお目にかかることはなかったのですが、ご高名な方でしたのでお噂だけは・・司さんはわたくしの憧れの方なんです!」
「ですからお食事が出来るだけ満足ですの」
「そ、そう・・」
どうやら彼女は悪い人ではなさそうだ。単にあの男に憧れているだけのように思えた。
それはまるでアイドルに熱を上げる高校生のような感覚だと感じられた。
つくしはそれから延々と彼女の話を聞かされていた。
きらびやかな英徳学園の話を聞きながら自分の地味な高校時代を思い出していた。
つくしが卒業した高校は都立でも比較的成績上位の者が入る高校だった。
高校時代は勉強もしたけどバイトもした。裕福な家庭ではなかったがお金がないことが惨めだとは思わなかったのでそれなりに楽しい高校時代だったけど、道明寺司が卒業した英徳学園の話を聞かされると世の中には使っても使い切れないほどのお金持ちがいるものなんだと感心した。
そんな話の中でどれだけ道明寺司が凄い人物だったかと聞かされ続けるのは正直疲れる。
ようやく司がテーブルに着いたときつくしは彼をひと睨みした。
つくしはこれで会話は終わる、自分は解放されると息をついた。
「つ、司、あたしは・・お姉さんはちょっと席をはずし・・・」
しかしそれを言い終わらないうちに司の携帯電話が鳴った。
司は申し訳ないと断り席を立つとまたどこかへ消えた。
「ちょっと道明寺? ・・つ、司待ちなさい!」
つくしは司が消えた方向を睨んだ。
あの男あたしに押し付けたわね!
あとで覚えときなさいよ!
「お、弟は・・・司は忙しいみたいだからもしあたしでよかったら・・ふ、ふたりで先に食事をはじめましょうか?」
つくしは会話が終わりを迎えそうにないと覚悟した。

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「あの噂?」
「おまえは本当に道明寺司と付き合ってるのか?」
「えっ?」
つくしは取材先から編集局に戻って来たところでカメラマンに声を掛けられた。
お昼を食べ損ねたので近くのコンビニでサンドイッチを買いこれから自分の席で食べようとしていたところだった。昼を過ぎたこの時間帯の局内は人影もまばらだ。
なんと答えたらいいのだろう。否定をしたいが否定すればかりそめの恋人であることが知られてしまう。だからと言って堂々と交際宣言をするわけにもいかず、世間にはなんとなく二人が恋人同士ですと言う雰囲気が伝わればそれでよかった。
なにしろあたしの役目はあの男に群がるうるさい虫を追い払う役目だから。
でもあたしみたいな女が虫除けになるのだろうか?その点が不思議だがつくしとしては仕事と割り切ってのことだから虫除けとして役割はそれなりに果たしていくつもりだ。
実体を伴わない虚像でもよかったが、やはりそれなりに顔を出さなければならない場面もあるらしくあれから何回か呼び出しを受けていた。
何がしかのパーティーに行けば相変らずこんなドンくさそうな女の何がよくてと思われているのはわかっていたが、道明寺司を前にしてそんな態度がとれるはずもなく、どうせこの場限りのことだ、不承不承という感じではあるが受け入れてはもらえていた。
つくしにとっては経済界に名の知れた男の同伴者ということはそれなりにメリットもあった。
オフレコとはいえ財界の大物が大勢参加するようなパーティーでは思いもよらぬ話を耳にすることもあった。記事に出来ないのが悔やまれるが仕方がない。
「あたしがあの男と付き合っているのは・・・」つくしは言葉を選びながら話はじめた。
「帰国して日本に友達がいないから、そ、それで・・こうなんか話をしてたら盛り上がって来てまずはお友達として・・」
自分でも何が言いたいのかよくわからなかった。これではまるで大学生がノリのいい合コンで知り合った男と付き合い始めたみたいだ。
こんな話を信じてもらえるとは思ってはいないが、二人の関係を他人にぺらぺらと話すわけにもいかずどうしたらいいものかと考えていた。仕事上の取り決めにすぎない公式な恋人という立場は世に言う仮面夫婦的なものだとは思うが・・
「友達って?おまえらは恋人同士なんだろ?」
「え、あの・・気の置けない友達みないな・・でも・・」
「あのなあ牧野、男と女の間で友達関係なんていうのはまず無い。とくに男は下心がある動物であわよくば的なことを考える生き物だ」
「それにあの道明寺司と付き合うことになったら殆どの女は大喜びすると思うぞ?」
「あたしはその殆どに入らない女です」
「おまえ、それ本気で言ってるのか?」
「もちろんですよ!」
「なんだそりゃ?それじゃあおまえらは付き合ってないのか?」
「い、いえ・・つ、付き合っています!」
「でも男女の仲は水物って言うじゃないですか?だからいつ・・」
「なんだよ?おまえたちは別れることを前提にして付き合っているのか?」
「いえ・・その・・でももしかしたら・・」つくしは考え込むようにして言った。
「まあ、あの道明寺司についての報道はまかり成らんと社主からお達しが出てる手前、うちの社は系列を含めて記事にはしないが、三流処の雑誌社には書かれるぞ?」
「わ、わかってます。でもあたし達なんて言うんでしょうね・・同志?だ、男女の仲を超越してるって言う感じで気が合ったんです」
先輩であるカメラマンのおまえ、それ本当かの視線が痛かったが無視した。
「先輩、あ、あたし自身も驚いたんですよ?あの男が・・いえ道明寺さんがあたしと・・付き合うなんてことになって!」
つくしは自分があの男との交際を否定しているのか肯定しているのか良く分からなくなって来ていた。
***
何が処女喪失したかったらいつでも言ってくれよ!
この男の気を惹こうだなんて考えてもいないしとんでもない話だ。
あの時のことを考えるのは極力避けてきた。
今思い出してもよくもまあぬけぬけとあんなことが言えたものだ。例え世の中に男がこいつただひとりになったとしても誰があんたなんかにお世話になるものですか!
車の後部座席で隣に座るのは道明寺ホールディングスの若き社長で目下つくしのかりそめの恋人道明寺司。
無礼で嫌味で傲慢な態度の男は自分の都合でつくしを呼び出していた。
「金曜の夜、食事だ」
その言葉は命令なのか要求なのか、それとも誘いなのかわらなかった。
「それって命令?」
と一番始めに感じられた思いで聞いていた。
「命令だ。恋人が必要だ」
おまえに会わせたい人間がいるから来いと呼び出され、迎えの車で訪れた先は古い造りの静かなレストランだった。
あたしに会わせたい人間?こんな小さなレストランでとてもではないが大勢の人間が集まってパーティーを開いているようには思えなかった。
つくしが恋人役として駆り出されるのは女性も含め来賓客が多いパーティーばかりだった。
だがここは純然たる取引である二人の関係を見せびらかすような場所には思えなかった。
どちらにしてもあたしは人に見せびらかすような美人でもないが。
「行くぞ」
と声を掛けられたつくしは車の外から差し出された手を取った。
やるなら徹底的に恋人気取りを決めたらしい。
それとも単なる女性に対する礼儀なのだろうか?
脚を踏み出した先は石畳の造りでつくしは石と石の間にハイヒールの踵を取られそうになっていた。
「おまえはきちんと歩くことも出来ない女なのか?」
「歩くときはちゃんと前を見て歩け!」
「いつもはちゃんと前を見て歩いています!」
「だいたいこんな高いヒールの靴なんて普段のあたしには用がないんです!」
案内されて店内を進むにつれて食欲をそそるような香りがしてきた。
係の男性がこちらでございますと指し示した奥のテーブルにはすでに先客がひとりいた。
そこにいるのはそこはかとなく上流階級の匂いがする女性だった。
まさかとは思ったがこれは・・・
「えっと道明寺、もしかして・・あの女性・・」
つくしは隣の男に聞いた。
「遠ざけろ」
「おまえはそのための恋人だ」
「えっと具体的にはどうしたら・・」
「任せるからなんとかしろ」
これから見合いをしようかという男がまさかその席に女性を同伴するなんて普通じゃ考えられないことだ。
つくしは同じ女としてテーブルで待つ女性を気の毒に思った。
あの女性と自分との立場を置き換えてみればそれは十分理解ができた。
どう見ても品が良さそうでおとなしいお嬢様タイプの女性だ。
「でもどうやったら・・」
「適当にやってくれたらいい」
「ちょっと、道明寺さ・・道明寺どこに行くのよ?」
つくしは眉をひそめた。
「まさかあたしだけここに残して彼女の相手をしろってことじゃないわよね?」
「電話だ。これから電話をしなきゃならないところがあるんだ」
「だから俺が戻るまでになんとかしておいてくれ」
「な、なに言ってるのよ!なんとかだなんて出来るわけないでしょ?」
「おまえは俺の恋人だろ?恋人なんだから自分の彼氏を守るつもりで戦ってみろ」
司はつくしを残してどこかへ行ってしまった。
どうしてあたしがあんたを守るために戦わなくちゃいけないのよ!
そんなこと契約に入ってるの?
ひとり残されたつくしは仕方なく女性が待つテーブルへと近づいた。
「あの・・・どうも今晩は」
「・・あなたは誰?」
女性はつくしを不審な目で見た。
つくしが話しかけた女性は艶のある美しい黒髪をした物腰が優しそうな人だった。
彼女の質問になんと答えたらいいんだろう。あの男の恋人としてここに連れてこられたのだからあいつの恋人と答えるべきだろうか?だが今までそのことを公言しなくてもあの男といることでその場にいる人間はおのずと理解させられてきたから自分の口から恋人ですなんて言ったことがない。
それに自分からあの男の恋人だなんて口が裂けても言いたくなかった。
「あ、あたしは・・その・・道明寺司の・・姉です!」
「お、お姉さま?」
女性は驚いた様子でつくしをまじまじと見つめた。
先程まで向けられていた不信感いっぱいの視線が好意的な視線に変わっていた。
「ええ。そうです。姉です。ど、どうみ・・つ、司は緊急の電話が入りまして・・」
「す、すぐに来ますから・・」
「お姉さまがいらっしゃるとはお伺いしていますが今はアメリカで生活をされているとか?」
まずい!本当にお姉さんがいたなんて知らなかった。
「ええ。そうなんですよ?普段はアメリカなんですが今ちょうど帰国していまして・・」
「今日は司がこちらのレストランで食事をするというので、あ、あたしも久しぶりにこちらで食事をしようかと思って弟の車に便乗させてもらったんですの」
あの男の姉と名乗ったからには迂闊なことは言えない。
色々と聞かれたらどうしよう。どうしてあたしは姉だなんて言ってしまったのだろうか。
姉弟なのに似てるところがないなんて言われたどうしよう。
「えっと・・今日は司と食事のお約束をされている・・?」
「ええ。そうなんです。父が席を設けてくれました」
「お、お父様が?」
「はい。お見合いとまでは行きませんが司さんにご無理を申し上げたようです」
あの男自分で引き受けておいてあたしに押し付けるってどういう了見なのよ!
「あのお姉さま、司さんって・・・」
「つ、司がなにか?」息を呑んだ。
「司さんってお付き合いされている女性の方がいらっしゃるとか?」
つくしは自分のことを言われて身が縮む思いがした。
「そ・・そうみたいね・・」
「そうですか。噂は本当だったんですね。わたくしはお見かけしたことが無いのですが最近よくその方とパーティーでご一緒されているとお伺いしました」
「あの・・あなたは・・」
「お姉さま、わたくしは一度司さんとお食事が出来ればそれでいいんです。わたくしも英徳なんですよ?学年は離れていますので在学中にお目にかかることはなかったのですが、ご高名な方でしたのでお噂だけは・・司さんはわたくしの憧れの方なんです!」
「ですからお食事が出来るだけ満足ですの」
「そ、そう・・」
どうやら彼女は悪い人ではなさそうだ。単にあの男に憧れているだけのように思えた。
それはまるでアイドルに熱を上げる高校生のような感覚だと感じられた。
つくしはそれから延々と彼女の話を聞かされていた。
きらびやかな英徳学園の話を聞きながら自分の地味な高校時代を思い出していた。
つくしが卒業した高校は都立でも比較的成績上位の者が入る高校だった。
高校時代は勉強もしたけどバイトもした。裕福な家庭ではなかったがお金がないことが惨めだとは思わなかったのでそれなりに楽しい高校時代だったけど、道明寺司が卒業した英徳学園の話を聞かされると世の中には使っても使い切れないほどのお金持ちがいるものなんだと感心した。
そんな話の中でどれだけ道明寺司が凄い人物だったかと聞かされ続けるのは正直疲れる。
ようやく司がテーブルに着いたときつくしは彼をひと睨みした。
つくしはこれで会話は終わる、自分は解放されると息をついた。
「つ、司、あたしは・・お姉さんはちょっと席をはずし・・・」
しかしそれを言い終わらないうちに司の携帯電話が鳴った。
司は申し訳ないと断り席を立つとまたどこかへ消えた。
「ちょっと道明寺? ・・つ、司待ちなさい!」
つくしは司が消えた方向を睨んだ。
あの男あたしに押し付けたわね!
あとで覚えときなさいよ!
「お、弟は・・・司は忙しいみたいだからもしあたしでよかったら・・ふ、ふたりで先に食事をはじめましょうか?」
つくしは会話が終わりを迎えそうにないと覚悟した。

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挑戦的な視線を注がれてつくしは落ち着かない気持ちになった。
「なんでその年で処女なんだ?」
司は自分のコーヒーを口にした。
「な、なんでって・・たまたまそうなっただけで・・」
「い・・いいじゃない・・そんなことはどうでも・・」
「いや。良くない」
「な、なにが良くないのよ?」
「これからひと前で俺の恋人を装うわけだろ?」
「それとあたしが処・・経験が無いことの何が関係あるのよ!」
感情が開けっぴろげな女は体の方は開けっぴろげではないらしい。
司はここ何年も感じたことがなかった刺激的なものを見つけたように思った。
つつくと体を膨らませて懸命に強がってみせ、威嚇する態度をとるハリネズミのような小動物。危険を感じたらその体を丸めてみせるのか?
ドンくさいと思われた女は今まで自分の周りにいた女とは異なるタイプで、その態度は自分を誘うようなところはまったくない。この女とは半年間かりそめの恋人役を引き受けた見返りとして独占インタビュー契約を結んだとはいえ、どこかに女として下心があるはずだと踏んでいたが・・
自分に対して真っ直ぐな言葉で反論してくる女。そんな女は今までいなかった。
本人はまったく意識せずの行動だろうがそんなところになぜか興味を惹かれた。
もしかしたら自分はそんなところが新鮮で、どこかそそられる思いがしているのかもしれない。
「いくら男と経験がないからって俺の隣でガチガチに緊張してたら変だろう?」
「昨日のおまえの態度はどう見ても恋人同士って感じじゃなかった」
「恋人同士ったらもっと甘い雰囲気があるはずだ」
言われてみればそうだった。
世界を股にかけるような男の恋人として現れたつくしは否応なしに注目の的だった。
慣れないパーティーに付き合い大勢の人間からの突き刺さるような視線は正直辛いものがあった。
どうしてこんな女が道明寺司の隣にいるのかと訝しがる人間がほとんどだったからだ。
それにどう見てもつくしが好きな男性と楽しい時間を過ごしているという感じには見えなかったはずだ。
「なんなら俺が相手になってやろうか、初めてってやつの?」
司はウェーブのかかった黒髪をかき上げすっと目を細めるとつくしを見た。
女を誘惑する手練手管は必要なかった。
彼が視線を投げかけるだけで体を投げ出してくるような女は沢山いた。
整った口もとは緩くカーブを描き引き結ばれていた。
つくしは言葉が出なかった。
ま、まさかご冗談を!
この男の胸に抱かれている自分・・
思わずその場面を想像してしまい、つくしは顔が赤く染まるのが分かった。
脈拍は急上昇して胸がどきどきして体全体が熱を持ってほてっていた。
こ、この男・・
自分の魅力を十分理解しているのか見せ方を心得ているような気がした。
もしかしてとんでもない自信過剰な男?
つくしの目線の先にいる男からくくっと忍び笑いがもれた。
も、もしかしてからかわれた?
危険だ。
この男は昨日まであたしになんか興味がなかったはずだ。
なのにこの突然の変わりようはいったいどうしたんだろう。
つくしは唇を舐めると神経質にならないように振る舞おうとしていた。
相手のペースに飲まれてたまるかと気を引き締めた。
だが目の前にはネクタイを付けずシャツのボタンが三番目まで開けられた状態で座っている男の喉仏が見えていた。
話すたびに上下する男性的な象徴。
つくしの目は思わず司の喉元に釘付けになっていた。
「なんだよ?」
うっすらと口元に笑みを浮かべた。
「もしかして誘ってるのか?」
「さ、誘ってなんかいません!どこをどう取れば誘ってるように見えるんですか!」
昨夜のタキシード姿の黒ヒョウが今は目の前の獲物を前脚で弄ぶライオンのように見えた。
この男は捕食者の雰囲気がする。
「俺とおまえはこれから半年間は恋人だ。かりそめじゃなくてマジで楽しむか?」
つくしはふざけないで!という目で睨らんだ。
だが二日酔いまでとは言わないが酒にやられて思考回路がどうかしてしまったのだろうか。
つくしは司を意識するあまり胸がどきどきしていた。
「この際、はっきりさせておきたいんだけど、あたしはあんたと寝るつもりはないから」
「あたしはかりそめの恋人を引き受けただけで、あんたの性生活の相手を引き受けたわけじゃないから、か、勘違いしないでよね?」
つくしは自分の胸の鼓動が相手に聞こえているのではないかと思っていた。
司を見据える目は本気よ真剣に話しているんだからねと訴えていた。
司は舌打ちをしたいのをこらえた。
「なんだ。冒険する勇気はないってわけか・・そりゃ残念だ」
「じゃあなんだ?おまえは一生処女で終わるってわけか?」
「よ、余計なお世話です!」
司は思わず笑みを浮かべていた。
さっき唇の間から少しだけ覗いたこいつの舌に妙な色っぽさが感じられた。
唇の渇きを潤す為に舐めた仕草。
この女は緊張しているということか。
どういうわけかこの女と話していると笑みがこぼれる。
ならばともう少しこのハリネズミをつついてみることにした。
「哀れだよな。男を知らずに死ぬなんてよ」
「だ、だれが男を知らずに死ぬですって?人生にはセックス以外にも素敵なことが沢山あるんです!」
「へえ。そうかよ。で、なんだよそれは?」
司は試す価値があるものなら教えて欲しいものだとばかりに言った。
「なんであたしがあんたにそんなこと、説明しないといけないのよ!」
「寂しい女はどうやって生きて行くのかと思えば興味も湧くだろ?」
「その分別くささがおまえの年で必要なのか?」
司は手にしたコーヒーカップ越しにつくしを見た。
「ま、どうでもいいか。そんなことは」
司はつぶやき、面倒くさそうな顔をした。
からかわれた・・・
こんな男相手に馬鹿正直に答えるんじゃなかった。
「まあ枯れてしまわない程度に潤いだけは与えたほうがいいんじゃないのか?」
「手伝いが必要ならいつでも申し出に応じてやる」
「試すんなら早い方がいいんじゃないか?」
司はにんまりと笑った。
「どうもご親切なお申し出とご忠告ありがとうございます!」
「道明寺さ・・せいぜい道明寺は使い過ぎて萎れてしまわないようにお気お付け下さい!」
「あほか。これから半年はおまえが俺の恋人役なんだから選択の余地はない。使いたくても使いようが無いんだよ!」
「おまえが使わせてくれるんなら別だけど・・」
にやにやと笑いながら言われつくしは口が利けなかった。
その先は聞きたくない!
「処女喪失したくなったらいつでも言ってくれ」
司は椅子から立ち上がり、俺はこれから出勤だがおまえも仕事に行くつもりなら送るぞとの言葉を残しダイニングルームを出ていった。
言葉を失ったつくしは顔を真っ赤にして心の中で叫んでいた。
くたばれエロ男!

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「なんでその年で処女なんだ?」
司は自分のコーヒーを口にした。
「な、なんでって・・たまたまそうなっただけで・・」
「い・・いいじゃない・・そんなことはどうでも・・」
「いや。良くない」
「な、なにが良くないのよ?」
「これからひと前で俺の恋人を装うわけだろ?」
「それとあたしが処・・経験が無いことの何が関係あるのよ!」
感情が開けっぴろげな女は体の方は開けっぴろげではないらしい。
司はここ何年も感じたことがなかった刺激的なものを見つけたように思った。
つつくと体を膨らませて懸命に強がってみせ、威嚇する態度をとるハリネズミのような小動物。危険を感じたらその体を丸めてみせるのか?
ドンくさいと思われた女は今まで自分の周りにいた女とは異なるタイプで、その態度は自分を誘うようなところはまったくない。この女とは半年間かりそめの恋人役を引き受けた見返りとして独占インタビュー契約を結んだとはいえ、どこかに女として下心があるはずだと踏んでいたが・・
自分に対して真っ直ぐな言葉で反論してくる女。そんな女は今までいなかった。
本人はまったく意識せずの行動だろうがそんなところになぜか興味を惹かれた。
もしかしたら自分はそんなところが新鮮で、どこかそそられる思いがしているのかもしれない。
「いくら男と経験がないからって俺の隣でガチガチに緊張してたら変だろう?」
「昨日のおまえの態度はどう見ても恋人同士って感じじゃなかった」
「恋人同士ったらもっと甘い雰囲気があるはずだ」
言われてみればそうだった。
世界を股にかけるような男の恋人として現れたつくしは否応なしに注目の的だった。
慣れないパーティーに付き合い大勢の人間からの突き刺さるような視線は正直辛いものがあった。
どうしてこんな女が道明寺司の隣にいるのかと訝しがる人間がほとんどだったからだ。
それにどう見てもつくしが好きな男性と楽しい時間を過ごしているという感じには見えなかったはずだ。
「なんなら俺が相手になってやろうか、初めてってやつの?」
司はウェーブのかかった黒髪をかき上げすっと目を細めるとつくしを見た。
女を誘惑する手練手管は必要なかった。
彼が視線を投げかけるだけで体を投げ出してくるような女は沢山いた。
整った口もとは緩くカーブを描き引き結ばれていた。
つくしは言葉が出なかった。
ま、まさかご冗談を!
この男の胸に抱かれている自分・・
思わずその場面を想像してしまい、つくしは顔が赤く染まるのが分かった。
脈拍は急上昇して胸がどきどきして体全体が熱を持ってほてっていた。
こ、この男・・
自分の魅力を十分理解しているのか見せ方を心得ているような気がした。
もしかしてとんでもない自信過剰な男?
つくしの目線の先にいる男からくくっと忍び笑いがもれた。
も、もしかしてからかわれた?
危険だ。
この男は昨日まであたしになんか興味がなかったはずだ。
なのにこの突然の変わりようはいったいどうしたんだろう。
つくしは唇を舐めると神経質にならないように振る舞おうとしていた。
相手のペースに飲まれてたまるかと気を引き締めた。
だが目の前にはネクタイを付けずシャツのボタンが三番目まで開けられた状態で座っている男の喉仏が見えていた。
話すたびに上下する男性的な象徴。
つくしの目は思わず司の喉元に釘付けになっていた。
「なんだよ?」
うっすらと口元に笑みを浮かべた。
「もしかして誘ってるのか?」
「さ、誘ってなんかいません!どこをどう取れば誘ってるように見えるんですか!」
昨夜のタキシード姿の黒ヒョウが今は目の前の獲物を前脚で弄ぶライオンのように見えた。
この男は捕食者の雰囲気がする。
「俺とおまえはこれから半年間は恋人だ。かりそめじゃなくてマジで楽しむか?」
つくしはふざけないで!という目で睨らんだ。
だが二日酔いまでとは言わないが酒にやられて思考回路がどうかしてしまったのだろうか。
つくしは司を意識するあまり胸がどきどきしていた。
「この際、はっきりさせておきたいんだけど、あたしはあんたと寝るつもりはないから」
「あたしはかりそめの恋人を引き受けただけで、あんたの性生活の相手を引き受けたわけじゃないから、か、勘違いしないでよね?」
つくしは自分の胸の鼓動が相手に聞こえているのではないかと思っていた。
司を見据える目は本気よ真剣に話しているんだからねと訴えていた。
司は舌打ちをしたいのをこらえた。
「なんだ。冒険する勇気はないってわけか・・そりゃ残念だ」
「じゃあなんだ?おまえは一生処女で終わるってわけか?」
「よ、余計なお世話です!」
司は思わず笑みを浮かべていた。
さっき唇の間から少しだけ覗いたこいつの舌に妙な色っぽさが感じられた。
唇の渇きを潤す為に舐めた仕草。
この女は緊張しているということか。
どういうわけかこの女と話していると笑みがこぼれる。
ならばともう少しこのハリネズミをつついてみることにした。
「哀れだよな。男を知らずに死ぬなんてよ」
「だ、だれが男を知らずに死ぬですって?人生にはセックス以外にも素敵なことが沢山あるんです!」
「へえ。そうかよ。で、なんだよそれは?」
司は試す価値があるものなら教えて欲しいものだとばかりに言った。
「なんであたしがあんたにそんなこと、説明しないといけないのよ!」
「寂しい女はどうやって生きて行くのかと思えば興味も湧くだろ?」
「その分別くささがおまえの年で必要なのか?」
司は手にしたコーヒーカップ越しにつくしを見た。
「ま、どうでもいいか。そんなことは」
司はつぶやき、面倒くさそうな顔をした。
からかわれた・・・
こんな男相手に馬鹿正直に答えるんじゃなかった。
「まあ枯れてしまわない程度に潤いだけは与えたほうがいいんじゃないのか?」
「手伝いが必要ならいつでも申し出に応じてやる」
「試すんなら早い方がいいんじゃないか?」
司はにんまりと笑った。
「どうもご親切なお申し出とご忠告ありがとうございます!」
「道明寺さ・・せいぜい道明寺は使い過ぎて萎れてしまわないようにお気お付け下さい!」
「あほか。これから半年はおまえが俺の恋人役なんだから選択の余地はない。使いたくても使いようが無いんだよ!」
「おまえが使わせてくれるんなら別だけど・・」
にやにやと笑いながら言われつくしは口が利けなかった。
その先は聞きたくない!
「処女喪失したくなったらいつでも言ってくれ」
司は椅子から立ち上がり、俺はこれから出勤だがおまえも仕事に行くつもりなら送るぞとの言葉を残しダイニングルームを出ていった。
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何故か急に男の態度が変わったような気がした。
かりそめの恋人を演じてもらうにあたって俺たちは何も話はしてなかったよな?
その部分も含めてお互いにもう少し知り合うべきだろうと言われた。
聞きたいことがあるなら答えてやるぞと言われ、では遠慮なくとばかりに質問することにした。勿論オフレコだ。
つくしは熱いコーヒーをひと口飲むと男の表情を見つめた。
「えっと・・では道明寺さん・・じゃなくて道明寺・・」
「・・さっきの話の続きなんですが・・」
司は相変わらずじっとつくしの顔を見ていた。
『 おまえの正常な性生活を維持するために・・・ 』
にやにや男が言った言葉が気になっていた。
正常な性生活?
その意味するところは・・・
「なんだ?」
「ご気分を害されたら申し訳ないんですが・・・」
「言えよ」
「お友達の方がおっしゃていましたけど・・せ、正常な性・・」
つくしは自分の思考が普段なら口にしないようなことを口走ろうとしていたことに気づくと言葉を選んだ。
「あの!かりそめの恋人が必要なのは・・こ、こんなこと聞いたら・・」
「なんだよ?聞きたいことがあれば聞け」
「あなたはゲイですか?」
自分でも驚くほど単刀直入に聞いていた。
アメリカに恋人がいるけど、その恋人の存在を隠したい。
それはもしかして相手が男性かもしれないとつくしは思った。
道明寺司はかっこいい。
女性にもてるくらいだから男性から人気があってもおかしくはない。
それにアメリカのゲイ社会では東洋の男性はもてると聞いた。
「い、いいんですよ?日本でも権利が認められてきましたから。でもなかなか世間は認めては・・」つくしは軽く咳払いをすると言葉を継いだ。
「それに心配しないで下さい。記事になんてしませんから絶対に」
他人の性的嗜好についてはリベラルだと自負していた。
だからもし男性の恋人がいると言われても変な反応を示してしまうことだけはしないようにと思った。だが否定せずいつまでも黙っているところを見ると、もしかしてと言う思いが湧き上がって来た。道明寺司がゲイだなんて・・信じられない思いだ。さぞ世間の女性は残念がるだろう。でもまさか・・?
「それともバイセクシャル?」
つくしは頭の中にあった言葉をそのまま口にすると自分で言っておいて赤面した。
部屋の中に奇妙な空気が流れたような気がして二人とも黙りこんだままだ。
考えてみればあまりよく知らない男性に向かってゲイだのバイだの言うことではない。
「ごめんなさい、よけいなお世話よね。あなたの性・・生活だものね?」
・・まったくその通りだ・・
おまえには関係ない話だ。
この女は今なんて言った?
俺がゲイ?
思わず笑い出しそうになった。
よりにもよって俺のことをゲイだと思ってるだなんてひどく侮辱された気持ちだった。
こいつは俺を怒らせるためにわざと言ったのか?
俺は正真正銘のヘテロ(異性愛者)だ!
司がにやりとした。
「がっかりさせて悪いが俺はゲイじゃないしバイでもない」
さっきまで無表情だった男の顔が変わった。
これで会話の接ぎ穂が出来たとばかりにつくしは聞いた。
「あ、じゃあサドとかマゾとか?」
「あほかおまえは。さっきから聞いてりゃ、どう考えてもおまえは俺に対して何か反感を抱いているように思えるが、俺がおまえに何かしたか?」
「あ、あたしは別に反感なんて抱いていませんが?」
嫌味な男だって思っているだけです。
ただこの男の不興を買って独占インタビューが駄目になるなんてことは避けたい。
どちらにせよこれからの半年間は良好な関係でいたい。
この女についての第一印象はドンくさいのひと言だった。
その印象は昨日まで変わらなかった。
パーティー会場で酒を飲み過ぎた女はわけの分からないことを言ったと思えば、気分が悪いとばかりに座り込んでしまいその場から動くことさえ出来ない始末。
送っていくから家はどこだと聞けばここだと答える女。
ホテルの部屋にでも放り込んでも良かったが、恋人と言う立ち位置の女ひとりをホテルに残していくわけにもいかず仕方なく連れ帰った。
酔って意識のない女をベッドへと横たえるとき見たのは胸元から覗いているレースだった。
胸は大きくはなさそうだが黒のドレスを着た肌はきれいだった。
スカートがまくれ上がって覗いたストッキングを履いた脚の形もよかった。
この女以前はなんの飾り気もない真っ白なパンツだったけど、胸元から覗いているものは女らしかった。
ドンくさい女にも意外と女らしいところがあるもんだと驚いた。
そのとき頭の端に浮かんだのはこの女ベッドではどんなふうなんだ?
真面目で仕事熱心な女は奔放に乱れ叫び声を上げるのかという思いだった。
司はもっと深くこの女について知りたくてたまらなくなった。
とりあえず身体のほうから・・
「おまえ、俺にばっかり答えさせるけど俺の質問にも答えろ」
「男と寝た経験は?」
まさかないはずはないよな?
この女は26だろ?
「そ、そんなことあなたに関係ないでしょ?」
「まあそうだ。俺には関係ない」
「だがおまえも俺がゲイだのバイだの聞いてきたが?」
「で?」
「でってなにが?」
「俺たちは恋人関係にあるんだ。互いの性生活について知ってるのは当然だろ?」
「だからってどうしてあたしの経験を聞く必要があるのよ?」
どうしてあたしがこの男に自分の男性経験を話さないといけないのよ!
なんであたしがこんなばつの悪い思いをしないといけないのよ!
司は顎に手を添えると考える素振りを見せた。
「まさかおまえレズか?」
「ち、違います!」
どうしてこんな質問に答えなければいけないのかと思いつつも仕方なく話した。
「ろ、6年前から大人ですけど?」口ごもった。
「何人と寝た?」
「本当に経験があるのか?」
「し、失礼ね!男とつきあったことくらいあります!」
ただし大惨事になる前に別れたけど。
あれは短いロマンスだった・・
「おい、まさかおまえSMの女王様とかじゃないよな?」
「違います!」
「も、もういい加減にしてよ!どうしてあたしがあんたにそんなこと言われないといけないのよ!」
「あたしは処女なんだからそんなこと出来るわけないでしょ!」
つくしは自分の口から出た言葉にぎょっとした。
どうしよう・・あたし今なんて言った?
「へぇーおまえ処女か」
司はつくしと目が合うなり片方の眉をあげると挑戦的な視線を送ってきた。
しっかり聞かれてる。
お願い。今のは聞かなかったことにして・・・
つくしは目を閉じると忘却の彼方へと旅立とうとしていた。
「そうか。おまえまだ処女なんだ」
司は思わず頬を緩めそうになっていた。

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その部分も含めてお互いにもう少し知り合うべきだろうと言われた。
聞きたいことがあるなら答えてやるぞと言われ、では遠慮なくとばかりに質問することにした。勿論オフレコだ。
つくしは熱いコーヒーをひと口飲むと男の表情を見つめた。
「えっと・・では道明寺さん・・じゃなくて道明寺・・」
「・・さっきの話の続きなんですが・・」
司は相変わらずじっとつくしの顔を見ていた。
『 おまえの正常な性生活を維持するために・・・ 』
にやにや男が言った言葉が気になっていた。
正常な性生活?
その意味するところは・・・
「なんだ?」
「ご気分を害されたら申し訳ないんですが・・・」
「言えよ」
「お友達の方がおっしゃていましたけど・・せ、正常な性・・」
つくしは自分の思考が普段なら口にしないようなことを口走ろうとしていたことに気づくと言葉を選んだ。
「あの!かりそめの恋人が必要なのは・・こ、こんなこと聞いたら・・」
「なんだよ?聞きたいことがあれば聞け」
「あなたはゲイですか?」
自分でも驚くほど単刀直入に聞いていた。
アメリカに恋人がいるけど、その恋人の存在を隠したい。
それはもしかして相手が男性かもしれないとつくしは思った。
道明寺司はかっこいい。
女性にもてるくらいだから男性から人気があってもおかしくはない。
それにアメリカのゲイ社会では東洋の男性はもてると聞いた。
「い、いいんですよ?日本でも権利が認められてきましたから。でもなかなか世間は認めては・・」つくしは軽く咳払いをすると言葉を継いだ。
「それに心配しないで下さい。記事になんてしませんから絶対に」
他人の性的嗜好についてはリベラルだと自負していた。
だからもし男性の恋人がいると言われても変な反応を示してしまうことだけはしないようにと思った。だが否定せずいつまでも黙っているところを見ると、もしかしてと言う思いが湧き上がって来た。道明寺司がゲイだなんて・・信じられない思いだ。さぞ世間の女性は残念がるだろう。でもまさか・・?
「それともバイセクシャル?」
つくしは頭の中にあった言葉をそのまま口にすると自分で言っておいて赤面した。
部屋の中に奇妙な空気が流れたような気がして二人とも黙りこんだままだ。
考えてみればあまりよく知らない男性に向かってゲイだのバイだの言うことではない。
「ごめんなさい、よけいなお世話よね。あなたの性・・生活だものね?」
・・まったくその通りだ・・
おまえには関係ない話だ。
この女は今なんて言った?
俺がゲイ?
思わず笑い出しそうになった。
よりにもよって俺のことをゲイだと思ってるだなんてひどく侮辱された気持ちだった。
こいつは俺を怒らせるためにわざと言ったのか?
俺は正真正銘のヘテロ(異性愛者)だ!
司がにやりとした。
「がっかりさせて悪いが俺はゲイじゃないしバイでもない」
さっきまで無表情だった男の顔が変わった。
これで会話の接ぎ穂が出来たとばかりにつくしは聞いた。
「あ、じゃあサドとかマゾとか?」
「あほかおまえは。さっきから聞いてりゃ、どう考えてもおまえは俺に対して何か反感を抱いているように思えるが、俺がおまえに何かしたか?」
「あ、あたしは別に反感なんて抱いていませんが?」
嫌味な男だって思っているだけです。
ただこの男の不興を買って独占インタビューが駄目になるなんてことは避けたい。
どちらにせよこれからの半年間は良好な関係でいたい。
この女についての第一印象はドンくさいのひと言だった。
その印象は昨日まで変わらなかった。
パーティー会場で酒を飲み過ぎた女はわけの分からないことを言ったと思えば、気分が悪いとばかりに座り込んでしまいその場から動くことさえ出来ない始末。
送っていくから家はどこだと聞けばここだと答える女。
ホテルの部屋にでも放り込んでも良かったが、恋人と言う立ち位置の女ひとりをホテルに残していくわけにもいかず仕方なく連れ帰った。
酔って意識のない女をベッドへと横たえるとき見たのは胸元から覗いているレースだった。
胸は大きくはなさそうだが黒のドレスを着た肌はきれいだった。
スカートがまくれ上がって覗いたストッキングを履いた脚の形もよかった。
この女以前はなんの飾り気もない真っ白なパンツだったけど、胸元から覗いているものは女らしかった。
ドンくさい女にも意外と女らしいところがあるもんだと驚いた。
そのとき頭の端に浮かんだのはこの女ベッドではどんなふうなんだ?
真面目で仕事熱心な女は奔放に乱れ叫び声を上げるのかという思いだった。
司はもっと深くこの女について知りたくてたまらなくなった。
とりあえず身体のほうから・・
「おまえ、俺にばっかり答えさせるけど俺の質問にも答えろ」
「男と寝た経験は?」
まさかないはずはないよな?
この女は26だろ?
「そ、そんなことあなたに関係ないでしょ?」
「まあそうだ。俺には関係ない」
「だがおまえも俺がゲイだのバイだの聞いてきたが?」
「で?」
「でってなにが?」
「俺たちは恋人関係にあるんだ。互いの性生活について知ってるのは当然だろ?」
「だからってどうしてあたしの経験を聞く必要があるのよ?」
どうしてあたしがこの男に自分の男性経験を話さないといけないのよ!
なんであたしがこんなばつの悪い思いをしないといけないのよ!
司は顎に手を添えると考える素振りを見せた。
「まさかおまえレズか?」
「ち、違います!」
どうしてこんな質問に答えなければいけないのかと思いつつも仕方なく話した。
「ろ、6年前から大人ですけど?」口ごもった。
「何人と寝た?」
「本当に経験があるのか?」
「し、失礼ね!男とつきあったことくらいあります!」
ただし大惨事になる前に別れたけど。
あれは短いロマンスだった・・
「おい、まさかおまえSMの女王様とかじゃないよな?」
「違います!」
「も、もういい加減にしてよ!どうしてあたしがあんたにそんなこと言われないといけないのよ!」
「あたしは処女なんだからそんなこと出来るわけないでしょ!」
つくしは自分の口から出た言葉にぎょっとした。
どうしよう・・あたし今なんて言った?
「へぇーおまえ処女か」
司はつくしと目が合うなり片方の眉をあげると挑戦的な視線を送ってきた。
しっかり聞かれてる。
お願い。今のは聞かなかったことにして・・・
つくしは目を閉じると忘却の彼方へと旅立とうとしていた。
「そうか。おまえまだ処女なんだ」
司は思わず頬を緩めそうになっていた。

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Comment:2
つくしは寝起きの頭でぼうっとしていた。
なんだか胃がよじれるように痛い。昨日飲み過ぎた?
ほとんど何も食べずに飲んだのが悪かったのか・・
もうこれ以上お酒は要らない。
コーヒーが飲みたい。いつものコーヒーじゃなくて思いっきり濃いやつが。
さっきから芳しい香りがどこからか漂ってきている。
あたしいつの間にコーヒーをセットしたの?
トイレに起きたとき?
いや待って。トイレになんか起きていないしコーヒーメーカーは壊れていて使えないし使えたとして誰が淹れるのか?
そこまで頭が考え始めたとき、つくしははっきりと目を覚ました。
視線の先に広がる天井に見覚えはなく見知らぬ部屋で大きなベッドに横たわるあたし。
だがいきなりベッドから起き上るのは怖いような気がしていた。
まさかあたしは取返しのつかないことをしたなんてことはないでしょうね?
どこかの男とホテルにしけ込んだなんてことはないでしょうね?
まさか男が隣で寝てるとか?
ああ、やだ・・・。
どこかの男って・・・昨日のあたしは道明寺司のエスコートでパーティーに出かけた。
緊張と空腹のなかでグラスの中身を飲み干したと言うことは覚えているが、そこから先の記憶が定かではない。
血の気が引くような気がして頭の中が真っ白になった。
つくしは恐る恐る隣に視線を向けたが誰もいなかった。
だがもうひとつ確認しなければならないことがあった。
今自分はどんな格好で寝ているかと言うことだ。
つくしは手探りで自分が身につけているものを確かめた。
よかった!どうやらあたしはストリップショーを演じてはいないようだ。
と言うことは何も無かったということだ。
だけど・・・
いったいここはどこなのよ!
****
ああ、嘘・・・
まさかとは思うけどこの扉の向うって・・
手を伸ばした瞬間、ドアが開いたことに驚いて思わずうしろへ飛び退った。
やっぱり。
見あげた視線の先にはあの男がいた。
「起きたか?」
「あのここは・・?」
「俺のマンションだ」
「えっと、道明寺さんのマンション?」
それが意味することはトラブルでしかない。
何故この男のマンションの一室であたしが寝ていたのか。
「あのお聞きしたいんですが、どうしてあたしはここにいるのでしょう?」
「どうしてだと思う?」
「さ、さあ?」
「おまえが酔っぱらって俺に絡んできた」男が冷たい口調で言う。
つくしは嫌な予感がしてきた。
もしかしてやってしまったかとうろたえた。
お酒には弱い体質だった。だから普段の付き合いで飲むものと言えばアルコール度数が低い飲み物ばかりだ。自分が口にしたのはグラスの形から言ってシャンパンか?
口当たりがよくてつい飲み過ぎてしまったのかもしれない。
何しろ道明寺家のパーティーに出されるのは最高級のシャンパンだろうから。
「えっと・・・つまり・・」
「俺は紳士だから女性の扱いは丁寧だ。それにレディが困っているときには手をかすのは当然だ」
恥ずかしずぎる。
それはあたしが希望的観測としてこの男に対して思っていることだ。
まさかこの男に・・・
まさか・・・
「そうだ。おまえが俺に向かって言ったんだ」
やっぱり・・
つくしは深く息を吸った。
「こ、コーヒーを頂けませんか?その・・少しだけでもいいので・・・」
と消え入りそうな声で言った。
ダイニングに案内されたつくしは男が何を言い出すのかとびくびくしながら待った。
「ほら、コーヒーだ」
「あ、ありがとうございます」
出されたコーヒーは芳しい香りがした。
つくしのぼんやりとしていた頭を覚ますにはブラックで飲むのがちょうどよかった。
何か話をしなければと思いながらも、今のつくしが言えることはひとつしかなかった。
「道明寺さん、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
空港ロビーでの失態に続いてのこの有様だ。
もう穴があったら入りたい気分だった。
ふたつ目の穴だけど。
「おまえ面白い女だな。思ってることが全部口から出てる」
「む、昔からよく言われます」
「ふーん」
司はテーブルの上で手を組むとそのまま黙り込みつくしをじっと見た。
彼にとって沈黙はごくありふれたものかもしれないが、つくしにとっては居心地が悪いものだった。
何しろ正直あまりよく知らない男だ。何を考えているのかと怖かった。
密室で男女が一晩一緒に過ごすなんてことは何があってもおかしくないと思うが何かされたと言う形跡も自覚も無かった。
だから今更あたしなんかを襲いはしないと思うけど相手は表情を変えることなく、ただつくしを見ていた。
つくしはこの沈黙に耐えられず気になっていたことを聞いてみることにした。
「あ、あのど、どうしてかりそめの恋人が必要なんですか?」
「お友達には女に煩わされたくないって言っていましたよね?」
「も、もしかして・・アメリカに恋人がいてその方をマスコミから守る為とかじゃないんですか?」
「ご、ごめんなさい。余計なお世話ですよね。どんな理由かなんてあたしが聞く権利はありませんでしたね」
「で、でも、もしそうなら協力しますよ?」
本当はどんな理由でかりそめの恋人が必要かなんて聞くべきじゃないと思うけど
理由も知らないまま演じるよりは演技にも身が入ると思った。
男が表情を変えたわけではなかったが、それでもつくしには彼が面白がっているように見えた。
「あの・・やっぱりそんなこと聞くべきじゃないですよね?」
「わ、忘れて下さい。ごめんなさい」
「・・・恋人同士なんだからひと前で道明寺さんはないよな?」
「はあ・・言われてみればそうですよね・・」
だからと言って何と呼べばいいのだろう?
と言うよりもこの男は何が言いたいのだろうか?
突然の問いかけにつくしはどう返事をしてよいのか迷った。
道明寺くん?同級生じゃあるまいし。
司君?司さん?
「道明寺と呼んでくれ」
司はつくしを見つめたまま極めて物静かな口調で言った。

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なんだか胃がよじれるように痛い。昨日飲み過ぎた?
ほとんど何も食べずに飲んだのが悪かったのか・・
もうこれ以上お酒は要らない。
コーヒーが飲みたい。いつものコーヒーじゃなくて思いっきり濃いやつが。
さっきから芳しい香りがどこからか漂ってきている。
あたしいつの間にコーヒーをセットしたの?
トイレに起きたとき?
いや待って。トイレになんか起きていないしコーヒーメーカーは壊れていて使えないし使えたとして誰が淹れるのか?
そこまで頭が考え始めたとき、つくしははっきりと目を覚ました。
視線の先に広がる天井に見覚えはなく見知らぬ部屋で大きなベッドに横たわるあたし。
だがいきなりベッドから起き上るのは怖いような気がしていた。
まさかあたしは取返しのつかないことをしたなんてことはないでしょうね?
どこかの男とホテルにしけ込んだなんてことはないでしょうね?
まさか男が隣で寝てるとか?
ああ、やだ・・・。
どこかの男って・・・昨日のあたしは道明寺司のエスコートでパーティーに出かけた。
緊張と空腹のなかでグラスの中身を飲み干したと言うことは覚えているが、そこから先の記憶が定かではない。
血の気が引くような気がして頭の中が真っ白になった。
つくしは恐る恐る隣に視線を向けたが誰もいなかった。
だがもうひとつ確認しなければならないことがあった。
今自分はどんな格好で寝ているかと言うことだ。
つくしは手探りで自分が身につけているものを確かめた。
よかった!どうやらあたしはストリップショーを演じてはいないようだ。
と言うことは何も無かったということだ。
だけど・・・
いったいここはどこなのよ!
****
ああ、嘘・・・
まさかとは思うけどこの扉の向うって・・
手を伸ばした瞬間、ドアが開いたことに驚いて思わずうしろへ飛び退った。
やっぱり。
見あげた視線の先にはあの男がいた。
「起きたか?」
「あのここは・・?」
「俺のマンションだ」
「えっと、道明寺さんのマンション?」
それが意味することはトラブルでしかない。
何故この男のマンションの一室であたしが寝ていたのか。
「あのお聞きしたいんですが、どうしてあたしはここにいるのでしょう?」
「どうしてだと思う?」
「さ、さあ?」
「おまえが酔っぱらって俺に絡んできた」男が冷たい口調で言う。
つくしは嫌な予感がしてきた。
もしかしてやってしまったかとうろたえた。
お酒には弱い体質だった。だから普段の付き合いで飲むものと言えばアルコール度数が低い飲み物ばかりだ。自分が口にしたのはグラスの形から言ってシャンパンか?
口当たりがよくてつい飲み過ぎてしまったのかもしれない。
何しろ道明寺家のパーティーに出されるのは最高級のシャンパンだろうから。
「えっと・・・つまり・・」
「俺は紳士だから女性の扱いは丁寧だ。それにレディが困っているときには手をかすのは当然だ」
恥ずかしずぎる。
それはあたしが希望的観測としてこの男に対して思っていることだ。
まさかこの男に・・・
まさか・・・
「そうだ。おまえが俺に向かって言ったんだ」
やっぱり・・
つくしは深く息を吸った。
「こ、コーヒーを頂けませんか?その・・少しだけでもいいので・・・」
と消え入りそうな声で言った。
ダイニングに案内されたつくしは男が何を言い出すのかとびくびくしながら待った。
「ほら、コーヒーだ」
「あ、ありがとうございます」
出されたコーヒーは芳しい香りがした。
つくしのぼんやりとしていた頭を覚ますにはブラックで飲むのがちょうどよかった。
何か話をしなければと思いながらも、今のつくしが言えることはひとつしかなかった。
「道明寺さん、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
空港ロビーでの失態に続いてのこの有様だ。
もう穴があったら入りたい気分だった。
ふたつ目の穴だけど。
「おまえ面白い女だな。思ってることが全部口から出てる」
「む、昔からよく言われます」
「ふーん」
司はテーブルの上で手を組むとそのまま黙り込みつくしをじっと見た。
彼にとって沈黙はごくありふれたものかもしれないが、つくしにとっては居心地が悪いものだった。
何しろ正直あまりよく知らない男だ。何を考えているのかと怖かった。
密室で男女が一晩一緒に過ごすなんてことは何があってもおかしくないと思うが何かされたと言う形跡も自覚も無かった。
だから今更あたしなんかを襲いはしないと思うけど相手は表情を変えることなく、ただつくしを見ていた。
つくしはこの沈黙に耐えられず気になっていたことを聞いてみることにした。
「あ、あのど、どうしてかりそめの恋人が必要なんですか?」
「お友達には女に煩わされたくないって言っていましたよね?」
「も、もしかして・・アメリカに恋人がいてその方をマスコミから守る為とかじゃないんですか?」
「ご、ごめんなさい。余計なお世話ですよね。どんな理由かなんてあたしが聞く権利はありませんでしたね」
「で、でも、もしそうなら協力しますよ?」
本当はどんな理由でかりそめの恋人が必要かなんて聞くべきじゃないと思うけど
理由も知らないまま演じるよりは演技にも身が入ると思った。
男が表情を変えたわけではなかったが、それでもつくしには彼が面白がっているように見えた。
「あの・・やっぱりそんなこと聞くべきじゃないですよね?」
「わ、忘れて下さい。ごめんなさい」
「・・・恋人同士なんだからひと前で道明寺さんはないよな?」
「はあ・・言われてみればそうですよね・・」
だからと言って何と呼べばいいのだろう?
と言うよりもこの男は何が言いたいのだろうか?
突然の問いかけにつくしはどう返事をしてよいのか迷った。
道明寺くん?同級生じゃあるまいし。
司君?司さん?
「道明寺と呼んでくれ」
司はつくしを見つめたまま極めて物静かな口調で言った。

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Comment:3
3人の男性はつくしにとっては全く見ず知らずの人間だ。
だがとても興味深い3人だった。
年は道明寺司と同じくらいに見えた。
多分同じ階級社会の中で育った仲間なのだろう。まるで兄弟のように仲がよさそうに見えた。そんな男達の興味深そうな視線がつくしに注がれていたがつくしのやるべきことは決められているのだから、あの男に笑っとけと言われた通りにほほ笑んでみせた。
「ふーん。公式な恋人なんだ」
「じゃあ非公式もいるわけ?」
その言葉に不意を突かれたような沈黙が流れた。
「おい、類。何を・・」
「いや、いいんだあきら。おまえ達には話をしておいたほうがいいと思うからな」
「この女はかりそめの恋人だ」
「「「かりそめの恋人?」」」
「ああ。そうだ。あくまでも便宜上の恋人関係だ。それも半年だけの」
「またなんでそんな・・?」
「ビジネス契約のひとつだ。俺は帰国早々に女のことで煩わしい思いをしたくない」
「それにやるべきことに頭を集中させたい」
「まあ、司のことだから帰国した途端に女どもが色めき立って、おまえに群がってくるのは分かってはいたが今まで通りに無視しとけばいいんじゃないのか?」
「そうだよ司。なにもこんな・・・」
言葉に詰まったようでその先がない。
つくしは傍で聞いていたが、チラリと視線を向けられて何を言いたいのかわかって思わず目を細めた。
ドンくさそうな女とでも言いたいのだろうか?
「一応お前達に紹介しておく。牧野つくしだ。これからパーティーでの同伴はこの女にやらせることにした」
「よろしく牧野さん。素敵なドレスだね。おれ美作あきら」と言って手を差し出してきたのは最初につくしに気づいた男性だった。優しそうな微笑みを浮かべさりげなく女性を褒める言葉には温かさが感じられた。
つくしは差し出された手をまじまじと見た。日本での挨拶に手を差し出してくる人間は少なくお辞儀の方が多い。この人も海外暮らしが長いのだろうか?つくしは失礼にならないようにと男の手を軽く握った。
「前に会ったことがないかな俺たち?」
と指で黒髪をかきあげ、意味ありげに口元を緩めた男は西門総二郎と名乗った。
「・・・」
「おい、類。挨拶しろよ」
「花沢です」
それは感情が乏しいと思われた男性。
つくしはワンテンポ遅れて挨拶をした男性にぽかんとした顔を向けていた。
しっかりと見てみれば透明感のある瞳と軽やかさが感じられる髪をしていた。
瞳がきらめいて見えるのは気のせいだろうか?こげ茶色に見える髪はサラサラで頭上に天使の輪が見えるようだった。笑えばそのほほ笑みは天使のほほ笑みとでも形容できそうだ。
どこかで見たことがある顔だと思ったがすぐに思い出せなかった。
「はじめまして、牧野です。よろしくおねがいします」
男に見惚れている場合じゃない。つくしは遠慮がちなほほ笑みを返した。
仕事よ、仕事!
「司、ちょっと聞くけど牧野さんとはセックス込みの契約なのか?」
にやにやと興味津々の様子で聞いて来たのは西門総二郎だった。
その発言につくしは手にしていたハンドバッグを落としてしまい慌てて拾い上げた。
司は暫く黙ったままだった。
「総二郎、この契約はビジネスなんだ。なんでセックスが関係してくるんだ?」
「いや。おまえの正常な性生活を維持するためにかと思ったんだが違ったか?」
「そうだよ司。最近おまえの浮いた話なんて聞かないから俺たちは心配してんだぞ?」
「司の性生活ってひとりで何とかしてんの?」
「類、司がひとりで何とかしてるわけないだろ?そんなの想像しただけで笑えるぞ?」
男のひとりが喉を鳴らして笑っていた。
「そんなことあるわけないだろう?司がシャワーブースでひとり・・なんて誰がそんな話を信じるんだよ!」
「じゃあつくしちゃんに仲良くしてもらえば?」
「おっ?オプショナル契約書とか作るのか?」
男が集まってする会話なんて所詮そんなものだとつくしは黙って聞いていた。
不適切な言葉もあった。でもどうしてあたしの名前がそこに上がるのよ!
聞きたくもない話を聞かされてこれはセクハラになるのか?
つくしは顔をしかめると、こんな低俗な会話は無視することにして会場を見渡していた。
このパーティー会場にいる豪華な顔ぶれを見ていると神経がすり減りそうだ。
総理大臣から有名芸能人までと言う幅広い招待客に会えただけでもう一生分の運を使ってしまったかのようだった。
名刺交換をしたいと願う企業経営者も何人もいた。でも悲しいことに今の自分の役割は道明寺司にエスコートされるかりそめの恋人役だった。
そしてにっこりほほ笑むということが、こんなに顔の筋肉を使うものだとは今の今まで知らなかった。
飲まずにはいられない。つくしは近くを通りかかったウェイターからグラスをもらうと中身をあおった。
「それで牧野さんは何をしてる人?」にやにや笑いながらひとりの男が聞いてきた。
「新聞記者です」つくしは答えた。
「し、新聞記者?」素っ頓狂な声がした。
「まじで?」驚いた表情で目を見開かれた。
「司、おまえ何トチ狂ったんだ?新聞記者だなんて俺らの天敵じゃねぇかよ!」
西門総二郎がおまえは正気かという目で司を見ていた。
「いいんだよ、この女は」
「何がいいんだよ?」
「これから半年間の間に知り得たことを記事にすることは出来ないんだ。その代わり半年後に独占インタビューに応じる契約だ」
「それにこいつドンくさい女なんだ」
司はチラリと視線を向けた。
「ちょっと!やめてくれませんか?そのドンくさいって言うのは!」
「いつもいつもあたしのこと・・バカにしてるでしょ!」
「言っておくけどあたしはゆ、優秀な記者です!」
ちょっと自分がいい男だからってその言い方はないでしょ?半年後の独占インタビューが無かったら誰がすき好んでこんな嫌味な男と一緒にいたいだなんて思うの?
世の中の女はどこかおかしいんじゃないの?
まあ、大金持ちの御曹司で社長なんだから自惚れてるのも仕方がないのかもしれないが、この男は性格が最悪よ!
「お友達のみなさん、誤解のないようにお願いします。わたしと道明寺さんはあくまでもかりそめの恋人であってそれもビジネスです。個人的な要素は一切ありません」
つくしの口ぶりには絶対的な自信が溢れていた。
だれがこんな男とそんな関係になるのよ!
司は自分の隣で必死になって弁明をしている女を横目で見ていた。
相変らず威勢がいい女だ。
事実ドンくさそうな女だからこそ、この女に目が止まった。
それに自分になびかない態度も気に入った。それは挑まれているような気にさせられる。
気取った連中ばかりの中にいると息がつまりそうになることがあるが、このちょこまかと動く女が気になって来た。これから半年間はどちらにしても女に煩わされることなく過ごしたいと思っていただけに、こんな女をからかってみるのも面白そうだと思った。
まあ、今の自分に女は必要ないが余興にはなるか?
司は考え込むような表情をしていたがやがて何かを思いついたようだった。
****
「帰るぞ、来い」
つくしは呼ばれたことにすぐには気がつかなかった。
生まれた時からずっとタキシードを着ていましたという感じの男はつくしの鼻先でパチンと指を鳴らした。
「なにボケっとしてるんだ。早く来い」
「ちょっと!ど、道明寺さんっ!ひ、人を・・ぬ・・犬みたいに呼ぶのは止めてくれませんか?」
「おまえ、酔ってるのか?」
「よ、酔ってなんていません!」
つくしはあきらかに呂律が回っていなかった。
その様子に司は目を細めて聞いた。
「おい牧野。何杯飲んだんだ?」
「い、一杯だけ・・・です。あれ?二杯だったかも?」
つくしは目の前で仏頂面をした2人の男に目を向けると自分に言い聞かせていた。
こんな嫌味な男が2人もいるなんて・・道明寺司には影武者でもいるの?
いくらあんたが超一流の企業家だとしても女性に対して優しく出来ないなんて最低よ!
言っときますけどね、あたしだって女性なんですからね!その愛想の良さなんて最高!
これ嫌味だけど・・。
それにね、かりそめとは言え恋人役なんだからもう少し丁寧な扱いってのが出来ないの?
あんたアメリカ帰りでしょ?
海外生活が長い男よね?
あのときだって目の前であれだけ派手に転びそうになった女性に対して、大丈夫かのひと言もなかった。レディが困ってるときに手を差し伸べるのが紳士でしょう?
あたしなんて、大勢マスコミが詰めかけてる前であんな・・・恥ずかしい思いをしたのに。
この男・・・こんなにかっこいいのに・・
つくしには目の前の2人の男が3人に増えたような気がしてならなかった。

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だがとても興味深い3人だった。
年は道明寺司と同じくらいに見えた。
多分同じ階級社会の中で育った仲間なのだろう。まるで兄弟のように仲がよさそうに見えた。そんな男達の興味深そうな視線がつくしに注がれていたがつくしのやるべきことは決められているのだから、あの男に笑っとけと言われた通りにほほ笑んでみせた。
「ふーん。公式な恋人なんだ」
「じゃあ非公式もいるわけ?」
その言葉に不意を突かれたような沈黙が流れた。
「おい、類。何を・・」
「いや、いいんだあきら。おまえ達には話をしておいたほうがいいと思うからな」
「この女はかりそめの恋人だ」
「「「かりそめの恋人?」」」
「ああ。そうだ。あくまでも便宜上の恋人関係だ。それも半年だけの」
「またなんでそんな・・?」
「ビジネス契約のひとつだ。俺は帰国早々に女のことで煩わしい思いをしたくない」
「それにやるべきことに頭を集中させたい」
「まあ、司のことだから帰国した途端に女どもが色めき立って、おまえに群がってくるのは分かってはいたが今まで通りに無視しとけばいいんじゃないのか?」
「そうだよ司。なにもこんな・・・」
言葉に詰まったようでその先がない。
つくしは傍で聞いていたが、チラリと視線を向けられて何を言いたいのかわかって思わず目を細めた。
ドンくさそうな女とでも言いたいのだろうか?
「一応お前達に紹介しておく。牧野つくしだ。これからパーティーでの同伴はこの女にやらせることにした」
「よろしく牧野さん。素敵なドレスだね。おれ美作あきら」と言って手を差し出してきたのは最初につくしに気づいた男性だった。優しそうな微笑みを浮かべさりげなく女性を褒める言葉には温かさが感じられた。
つくしは差し出された手をまじまじと見た。日本での挨拶に手を差し出してくる人間は少なくお辞儀の方が多い。この人も海外暮らしが長いのだろうか?つくしは失礼にならないようにと男の手を軽く握った。
「前に会ったことがないかな俺たち?」
と指で黒髪をかきあげ、意味ありげに口元を緩めた男は西門総二郎と名乗った。
「・・・」
「おい、類。挨拶しろよ」
「花沢です」
それは感情が乏しいと思われた男性。
つくしはワンテンポ遅れて挨拶をした男性にぽかんとした顔を向けていた。
しっかりと見てみれば透明感のある瞳と軽やかさが感じられる髪をしていた。
瞳がきらめいて見えるのは気のせいだろうか?こげ茶色に見える髪はサラサラで頭上に天使の輪が見えるようだった。笑えばそのほほ笑みは天使のほほ笑みとでも形容できそうだ。
どこかで見たことがある顔だと思ったがすぐに思い出せなかった。
「はじめまして、牧野です。よろしくおねがいします」
男に見惚れている場合じゃない。つくしは遠慮がちなほほ笑みを返した。
仕事よ、仕事!
「司、ちょっと聞くけど牧野さんとはセックス込みの契約なのか?」
にやにやと興味津々の様子で聞いて来たのは西門総二郎だった。
その発言につくしは手にしていたハンドバッグを落としてしまい慌てて拾い上げた。
司は暫く黙ったままだった。
「総二郎、この契約はビジネスなんだ。なんでセックスが関係してくるんだ?」
「いや。おまえの正常な性生活を維持するためにかと思ったんだが違ったか?」
「そうだよ司。最近おまえの浮いた話なんて聞かないから俺たちは心配してんだぞ?」
「司の性生活ってひとりで何とかしてんの?」
「類、司がひとりで何とかしてるわけないだろ?そんなの想像しただけで笑えるぞ?」
男のひとりが喉を鳴らして笑っていた。
「そんなことあるわけないだろう?司がシャワーブースでひとり・・なんて誰がそんな話を信じるんだよ!」
「じゃあつくしちゃんに仲良くしてもらえば?」
「おっ?オプショナル契約書とか作るのか?」
男が集まってする会話なんて所詮そんなものだとつくしは黙って聞いていた。
不適切な言葉もあった。でもどうしてあたしの名前がそこに上がるのよ!
聞きたくもない話を聞かされてこれはセクハラになるのか?
つくしは顔をしかめると、こんな低俗な会話は無視することにして会場を見渡していた。
このパーティー会場にいる豪華な顔ぶれを見ていると神経がすり減りそうだ。
総理大臣から有名芸能人までと言う幅広い招待客に会えただけでもう一生分の運を使ってしまったかのようだった。
名刺交換をしたいと願う企業経営者も何人もいた。でも悲しいことに今の自分の役割は道明寺司にエスコートされるかりそめの恋人役だった。
そしてにっこりほほ笑むということが、こんなに顔の筋肉を使うものだとは今の今まで知らなかった。
飲まずにはいられない。つくしは近くを通りかかったウェイターからグラスをもらうと中身をあおった。
「それで牧野さんは何をしてる人?」にやにや笑いながらひとりの男が聞いてきた。
「新聞記者です」つくしは答えた。
「し、新聞記者?」素っ頓狂な声がした。
「まじで?」驚いた表情で目を見開かれた。
「司、おまえ何トチ狂ったんだ?新聞記者だなんて俺らの天敵じゃねぇかよ!」
西門総二郎がおまえは正気かという目で司を見ていた。
「いいんだよ、この女は」
「何がいいんだよ?」
「これから半年間の間に知り得たことを記事にすることは出来ないんだ。その代わり半年後に独占インタビューに応じる契約だ」
「それにこいつドンくさい女なんだ」
司はチラリと視線を向けた。
「ちょっと!やめてくれませんか?そのドンくさいって言うのは!」
「いつもいつもあたしのこと・・バカにしてるでしょ!」
「言っておくけどあたしはゆ、優秀な記者です!」
ちょっと自分がいい男だからってその言い方はないでしょ?半年後の独占インタビューが無かったら誰がすき好んでこんな嫌味な男と一緒にいたいだなんて思うの?
世の中の女はどこかおかしいんじゃないの?
まあ、大金持ちの御曹司で社長なんだから自惚れてるのも仕方がないのかもしれないが、この男は性格が最悪よ!
「お友達のみなさん、誤解のないようにお願いします。わたしと道明寺さんはあくまでもかりそめの恋人であってそれもビジネスです。個人的な要素は一切ありません」
つくしの口ぶりには絶対的な自信が溢れていた。
だれがこんな男とそんな関係になるのよ!
司は自分の隣で必死になって弁明をしている女を横目で見ていた。
相変らず威勢がいい女だ。
事実ドンくさそうな女だからこそ、この女に目が止まった。
それに自分になびかない態度も気に入った。それは挑まれているような気にさせられる。
気取った連中ばかりの中にいると息がつまりそうになることがあるが、このちょこまかと動く女が気になって来た。これから半年間はどちらにしても女に煩わされることなく過ごしたいと思っていただけに、こんな女をからかってみるのも面白そうだと思った。
まあ、今の自分に女は必要ないが余興にはなるか?
司は考え込むような表情をしていたがやがて何かを思いついたようだった。
****
「帰るぞ、来い」
つくしは呼ばれたことにすぐには気がつかなかった。
生まれた時からずっとタキシードを着ていましたという感じの男はつくしの鼻先でパチンと指を鳴らした。
「なにボケっとしてるんだ。早く来い」
「ちょっと!ど、道明寺さんっ!ひ、人を・・ぬ・・犬みたいに呼ぶのは止めてくれませんか?」
「おまえ、酔ってるのか?」
「よ、酔ってなんていません!」
つくしはあきらかに呂律が回っていなかった。
その様子に司は目を細めて聞いた。
「おい牧野。何杯飲んだんだ?」
「い、一杯だけ・・・です。あれ?二杯だったかも?」
つくしは目の前で仏頂面をした2人の男に目を向けると自分に言い聞かせていた。
こんな嫌味な男が2人もいるなんて・・道明寺司には影武者でもいるの?
いくらあんたが超一流の企業家だとしても女性に対して優しく出来ないなんて最低よ!
言っときますけどね、あたしだって女性なんですからね!その愛想の良さなんて最高!
これ嫌味だけど・・。
それにね、かりそめとは言え恋人役なんだからもう少し丁寧な扱いってのが出来ないの?
あんたアメリカ帰りでしょ?
海外生活が長い男よね?
あのときだって目の前であれだけ派手に転びそうになった女性に対して、大丈夫かのひと言もなかった。レディが困ってるときに手を差し伸べるのが紳士でしょう?
あたしなんて、大勢マスコミが詰めかけてる前であんな・・・恥ずかしい思いをしたのに。
この男・・・こんなにかっこいいのに・・
つくしには目の前の2人の男が3人に増えたような気がしてならなかった。

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