「牧野さん!急いで下さい早く!早く!」
つくしは慌ててデスクの上の携帯電話を掴むとスーツのポケットに突っ込んだ。
必要な荷物をかき集めて無造作に鞄に放り込むと部屋を飛び出して行った。
若い女性でチャコールグレーのスーツを着ている。
髪の毛は今どきの女性には珍しく真っ黒できちんと整えられていた。
特別な特徴があるわけでもない平凡な顔立ちだったが、大きな黒い瞳が魅力的だった。
目を疑いたくなる程の高さのヒールの靴を履いているわけではなかったが、それでも走るのは辛かった。この格好は言わば彼女のユニフォームだった。つくしの仕事は信頼性が求められる職業と呼ばれていた。
信頼性とか信用性とかそれはつくしにとって正義感にも相当するものだった。
つくしは自分が正義感に重きを置く人間だと思っていた。
「ご、ごめん。お待たせ!」
車はつくしを待ってアイドリングしていた。
「遅いぞ!もっと早く走る訓練をしておけ!」ドライバーが怒鳴った。
「は、はい。でも逃げ足だけは昔から早いって言われていたんですが・・」
車はつくしが乗り込むとすぐに加速した。
「いいか、牧野。今日は絶対にコメントを取れ!」
「お色気作戦でも何でもいいから喰らい付け!と言ってもおまえにそれを期待するのは無理だな」声を高らかに笑われた。
つくしは認めたくはないが、自分にお色気作戦など絶対に無理だとわかっていた。
恋愛は大惨事になる前に早々に退却していた。だけどいちいちそんなことをここにいる男達に教えてやるつもりはない。
仮に、もしもだが大惨事になる前の時間を取り戻せるなら恋愛以外のことに目を向けるだろう。
苦学して大学を卒業した身で在学中はバイトと勉強に明け暮れたが無事4年で卒業した。
学友たちが青春時代を謳歌していると思われた同時期につくしはせっせとバイトをしていた。だが、そのバイトも今の職業に役立つと思ったから引き受けた。
ゼミの教授から紹介されたバイト。
それは新聞社での資料整理だった。
そのバイトを経験したおかげで今の職業についた。
本を読んで学ぶことは知識として頭には残るが、実践して得たことは身になると言う思いだった。
まさに自分の持つ正義感を生かせる仕事がしたいと思っていたつくしにとってこの仕事につけたことは願いが叶ったと言う思いだった。
「いいか牧野。相手は道明寺ホールディングスの次期社長だ。どんなコメントでもいいからとってこい!」
つくしはため息をついていた。
あんな大物があたしの質問に答えてくれるわけがない。
今まで何人もの先輩記者がインタビューを申し込んでも取材には応じてもらえなかった。
やっと記者として一人前・・とは言い難いが単独で取材に出させてもらえるようになった。
今までは雑用半分、手伝い半分と言ったところだった。
頼まれればなんでも引き受けた。
使い走り、お茶くみ、コピーにと何でもありだった。
あるときは先輩記者の子供のお迎えとして保育園まで行ったこともある。
いくら知り合いです。子供の親に頼まれましたと言われても見ず知らずの人間にはいどうぞ、と子供を引き渡す施設は無かった。
だが、あまりにもお迎えに行くことが多かったため、つくしの身分を明らかにするIDカードまで作られる程だった。子供と接する機会のなかったつくしにとっては戸惑うことも多かったがそれも経験のひとつだった。
夜討ち朝駆けと呼ばれる政治家担当の記者について走り回ったこともある。
だから体力には自信があった。
何しろ政治は夜中のうちにどこかの料亭で決められることがある。
大物政治家は何故か深夜の料亭が好きだ。
高い壁で囲まれたなかでどこかの古株大物政治家が次期総裁候補を決めるなんてこともあるのだろう。
歴史は夜作られる・・まさにそうだと思った。
だが、この夜というのは本当の夜ではないということを後から知った。
夜とは、要は見えない、公に記録されないという意味の暗喩だということを。
数人の大物政治家が集まって決める。
決して表に出ることのないよう秘密裡に決められ人の目に触れる事がない、要はマスコミの目が届かない所で重要事項は決められるということだ。
そしてそのとき決定されたことが今後の政治に影響を与えてくることがある。
だがこれから向かう先は深夜の料亭ではなかった。
空港の国際線ターミナル到着ロビーだ。
帰国して来るのは道明寺ホールディングス次期社長、道明寺司氏だった。

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新連載始めましたのでまた宜しくお願いします。作者都合で申し訳ないのですが「Collector」だけを書くと気持ちが沈んでしまいますので、こちらはラブコメ風味です。←多分・・(笑)
つくしは慌ててデスクの上の携帯電話を掴むとスーツのポケットに突っ込んだ。
必要な荷物をかき集めて無造作に鞄に放り込むと部屋を飛び出して行った。
若い女性でチャコールグレーのスーツを着ている。
髪の毛は今どきの女性には珍しく真っ黒できちんと整えられていた。
特別な特徴があるわけでもない平凡な顔立ちだったが、大きな黒い瞳が魅力的だった。
目を疑いたくなる程の高さのヒールの靴を履いているわけではなかったが、それでも走るのは辛かった。この格好は言わば彼女のユニフォームだった。つくしの仕事は信頼性が求められる職業と呼ばれていた。
信頼性とか信用性とかそれはつくしにとって正義感にも相当するものだった。
つくしは自分が正義感に重きを置く人間だと思っていた。
「ご、ごめん。お待たせ!」
車はつくしを待ってアイドリングしていた。
「遅いぞ!もっと早く走る訓練をしておけ!」ドライバーが怒鳴った。
「は、はい。でも逃げ足だけは昔から早いって言われていたんですが・・」
車はつくしが乗り込むとすぐに加速した。
「いいか、牧野。今日は絶対にコメントを取れ!」
「お色気作戦でも何でもいいから喰らい付け!と言ってもおまえにそれを期待するのは無理だな」声を高らかに笑われた。
つくしは認めたくはないが、自分にお色気作戦など絶対に無理だとわかっていた。
恋愛は大惨事になる前に早々に退却していた。だけどいちいちそんなことをここにいる男達に教えてやるつもりはない。
仮に、もしもだが大惨事になる前の時間を取り戻せるなら恋愛以外のことに目を向けるだろう。
苦学して大学を卒業した身で在学中はバイトと勉強に明け暮れたが無事4年で卒業した。
学友たちが青春時代を謳歌していると思われた同時期につくしはせっせとバイトをしていた。だが、そのバイトも今の職業に役立つと思ったから引き受けた。
ゼミの教授から紹介されたバイト。
それは新聞社での資料整理だった。
そのバイトを経験したおかげで今の職業についた。
本を読んで学ぶことは知識として頭には残るが、実践して得たことは身になると言う思いだった。
まさに自分の持つ正義感を生かせる仕事がしたいと思っていたつくしにとってこの仕事につけたことは願いが叶ったと言う思いだった。
「いいか牧野。相手は道明寺ホールディングスの次期社長だ。どんなコメントでもいいからとってこい!」
つくしはため息をついていた。
あんな大物があたしの質問に答えてくれるわけがない。
今まで何人もの先輩記者がインタビューを申し込んでも取材には応じてもらえなかった。
やっと記者として一人前・・とは言い難いが単独で取材に出させてもらえるようになった。
今までは雑用半分、手伝い半分と言ったところだった。
頼まれればなんでも引き受けた。
使い走り、お茶くみ、コピーにと何でもありだった。
あるときは先輩記者の子供のお迎えとして保育園まで行ったこともある。
いくら知り合いです。子供の親に頼まれましたと言われても見ず知らずの人間にはいどうぞ、と子供を引き渡す施設は無かった。
だが、あまりにもお迎えに行くことが多かったため、つくしの身分を明らかにするIDカードまで作られる程だった。子供と接する機会のなかったつくしにとっては戸惑うことも多かったがそれも経験のひとつだった。
夜討ち朝駆けと呼ばれる政治家担当の記者について走り回ったこともある。
だから体力には自信があった。
何しろ政治は夜中のうちにどこかの料亭で決められることがある。
大物政治家は何故か深夜の料亭が好きだ。
高い壁で囲まれたなかでどこかの古株大物政治家が次期総裁候補を決めるなんてこともあるのだろう。
歴史は夜作られる・・まさにそうだと思った。
だが、この夜というのは本当の夜ではないということを後から知った。
夜とは、要は見えない、公に記録されないという意味の暗喩だということを。
数人の大物政治家が集まって決める。
決して表に出ることのないよう秘密裡に決められ人の目に触れる事がない、要はマスコミの目が届かない所で重要事項は決められるということだ。
そしてそのとき決定されたことが今後の政治に影響を与えてくることがある。
だがこれから向かう先は深夜の料亭ではなかった。
空港の国際線ターミナル到着ロビーだ。
帰国して来るのは道明寺ホールディングス次期社長、道明寺司氏だった。

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Comment:9
『 恨み骨髄に徹す 』
その言葉が誰のためにあるかと聞かれれば道明寺のためと答えるかもしれない。
つくしはゆっくりと目を開けた。
いつの間にか日が昇り、カーテンを開ければこの季節特有の冷たい陽の光が降り注いでいた。外気との温度差があるのか窓の外側はうっすらと水滴の幕を作っていたが内側には結露は見られなかった。
ガラスの窓は複層構造らしく手のひらで触れてみてもあまり冷たさを感じられなかった。
遮熱と断熱効果が高められたガラスが使われているようだった。
気持ちを切り替えてと自分に言い聞かせていた。だがこの山荘にいても自分にすることなどなく、ただぼんやりと外を眺めて過ごすか書棚に並べられた本を読むしかなかった。
そこには難しい本ばかりが並べられていた。
法律や経済に関係するものが多く、こんな本を誰が山荘でわざわざ読むのだろうかと思った。だがそんな中にも狩猟に関する本もありそれこそがこの山荘の目的の為もっともふさわし本だと思われた。
英語で書かれた原書も何冊かあった。道明寺のものだろうか?
道明寺家の山荘だ。だれか他の人間が読んでもおかしくはない。
つくしは可能性にかけた。
どうしたらここから抜け出すことが出来る?
少なくとも山荘の中では自由に歩き回ることが出来た。
窓から見える景色は山々ばかりで他には何もなかったとしても一日中人工照明の明かりのもとで過ごしていた地下に比べれば環境は随分と変わっていた。
この一帯は手つかずの大自然が残る地域だった。
山並みは高くそびえ、空の方が近く感じられる程だった。
夜、窓から空を見上げれば、星が降るほど瞬いていた。
望遠鏡で・・昔星空を見たことを思い出していた。
道明寺は毎日ここへ来るわけではなかった。
ここがどこかはわからないが、都心から遠く離れた山の上まで車を走らせることは容易ではないだろう。
あいつだって仕事がある。
世田谷の邸に閉じ込められていたときと違い、そのことだけはつくしの心に気持ちの余裕を与えてくれていた。
なぜならこの場所にいるのは自分ひとりだから。
誰かが鉄の扉を開けて入ってくるのをびくびくしながら待つことはなかった。
同じひとりでも空が見え、外の気配が感じられるだけで気持ちも違う。
ただ、管理人がこの山荘に通い食事の世話をしてくれていた。
はじめはこの状況なら逃げ出せると思っていた。年老いた男性相手ならなんとでもなると考えていた。
だがそれは無理だと学習させられた。大きく外に開かれた窓の下は崖でひとつだけある入口は決して逃げられないようにと管理されていた。
山荘だと思って甘く見ていたのが間違いだった。山荘だからこそ、冬の寒さや雪の重み、獣の進入にそなえ頑丈な造りになっていた。
***
管理人の男性は年の頃はいくつだろう。
頭には白髪が混じり、歩き方や背中の曲がり具合からタマさんと同じくらいに思えたが、はっきりとはわからなかった。
無口なのは必要以上につくしと話をすることを禁じられているからだろうか。
それとも元々が寡黙なのだろうか。
明け方、太陽が昇る前にここにきて日没と共にどこかへと帰っていく。ここに通いで来ると言うことはこの男性の住まいは近くにあると言うことだろう。この場所がどこなのか連れてこられたときは眠っていて記憶がない。眠っていたのか、眠らされていたのかと言われればそれは後者の方だった。
暖炉にくべる薪を割る音がして目が覚めることもあった。
階上にある小さな窓から覗いてみれば、時々その男性と目が遭うことがあった。
監視されているということはわかっている。その目的もあってこの男性はこの場所にいるのだから。
だが徐々に挨拶以外の話も出ることがあった。
暫くだが道明寺がこの場所にこなかった。
つくしがその理由を尋ねることはなかったがその男性が教えてくれた。
坊ちゃんはニューヨークです。
一週間もすれば戻りますからと。
一週間。
毎日こうして顔を合わせていれば、少しは親しく振る舞えるようになったのかもしれない。
ある夕方、食事の準備をしている男性が話かけてきた。
「どうしてこの場所にいるのかと考えているのではないですか?」
それはつくし自身がと言うことなのか、それともその男性がと言うことだろうか。
つくしは自分の身に起きていることはわかっている。
だがこの場所に連れてこられた意味まではわからなかった。
ではこの男性はその意味を知っていると言うのだろうか?
テーブルにひとり座るつくしは男性を見ていた。
「この場所から人家まで人間の足では行けませんよ」
やんわりと逃げても無駄だと言われた気がした。
言わんとすることはわかっていた。
「ここは人里から随分と離れています。この山には獣が沢山いますから・・」
つくしは思い切って聞いてみた。
「・・道明寺のこと、よくご存知なんですか?」
「ええ。もちろん。坊ちゃんがお小さい時からここには旦那様と御一緒によく狩に来られていましたよ」
「子供のころから狩を?」
だが特段驚くほどのことでは無かったのかもしれない。
狩猟は人間の生命を維持する目的の為に行われるものとそうでないものがあった。
英国では伝統的なスポーツとして考えられている。上流社会では昔から行われていたことで英国王室も以前はロンドン近郊に専用の狩場を所有していた。
だがそんなスポーツ的な狩猟も今では残酷な行為として廃止論が高まっている。
「ええ」
「旦那様はひとり息子の坊ちゃまは全てにおいて一番でなければと言うお考えの方でしたので・・」
「ですが・・あまりにも沢山のことを学ばせたせいか・・その反動でしょう。だんだんと生活態度が荒れてくるようになりましてね・・」
男性は手を休めることなく話を続けた。
「中等部に進学するころには手が付けられなくなりました」
つくしはそこから先の話は耳にしたことがあった。
同級生に大けがを負わせ、退学に追い込む・・傍若無人を絵に描いたように無軌道な学生生活を送っていた司に出会ったのはつくしが高等部2年の時だったから。
「司坊ちゃんは・・」
そこまで言いかけた男性は口をつぐんでしまった。
これ以上話をすることは雇い主のプライバシーにかかわると思ったのだろう。
「少し前ですが・・」
「あなたがここに来る前ですが坊ちゃんとわたしは狩に出ました」
秋から春先まで。
この時期は狩猟シーズン真っただ中だった。
「このあたりには猪も出ますが、カモシカもいます」
おもに灰色の毛で覆われた1メートル程の体長をもつ動物。
崖地を好んで生活していた。
「そのときはカモシカに出会いましてね」
「カモシカは非常に好奇心が強い動物でしてね。わざわざ人に姿を見せに出てくることがあるんです」
「山里だと庭先にカモシカがいた、なんてこともあります」
「お嬢さん、アオの寒立(かんだ)ちと言う言葉をご存知ですか?」
「アオの寒立ち・・?」つくしは首を横に振った。
「アオと言うのはマタギの言葉でカモシカのことです。マタギ・・わかりますか?」
「ええ・・東北地方の猟師さんのことですよね?」
どう説明しようかと言葉を探している男性につくしは言った。
「まあ・・だいたいそんな感じです」
「アオの寒立ちというのは・・特に寒い冬の日にカモシカが周囲を見渡せるような高い崖の上で何時間も立ったまま、動かないことがあるんですがその状況を言います」
「まるでそれは下界を見下ろす森の神の使いのように・・」
男性はひと息ついて言葉を継いだ。
「坊ちゃんとわたしは出会ったんですよ、そんなアオに・・」
「ひどく寒い日でした。じっと私たちの方を見ているんです。美しい立姿でこちらを見ていました」
「坊ちゃんは・・目が離せなくなったようでした。まるでアオに魅せられてアオと話でもしているかのようでしたね。
アオはとても敏捷なんですが射程距離にいましたからいつでも撃つことは出来ました。
ですがニホンカモシカは国の天然記念物に指定されてますから本来は撃つことは出来ません」
つくしは背中に冷たいものが走ったような気がした。
「アオはおどおどとしたところなど無く、黒々とした丸い目でじっとこちらを見ていました。坊ちゃんは何を思ったのか・・・アオの方へ近づいて行こうとしました。相手は崖の上ですから近づくことは出来るはずがないんですが・・まるでアオに呼ばれたようでした」
「それで・・・道明寺は・・そのカモシカを・・」
「仕留めたかどうかですか?」
男性は憂いを秘めた目でつくしを見た。
「いえ。残念ながら。坊ちゃんは撃ちませんでした」
「天然記念物ですのでむやみに捕獲は出来ません。ですが・・ここのお家の方々はそんなことに気を配られるような方々ではございませんが」
「それでそのカモシカはどうしたんですか?」
「暫くじっとしていましたが、急斜面を難なく駆け上がり林の中に姿を消しました」
「逃げましたよ。坊ちゃんの前から」

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その言葉が誰のためにあるかと聞かれれば道明寺のためと答えるかもしれない。
つくしはゆっくりと目を開けた。
いつの間にか日が昇り、カーテンを開ければこの季節特有の冷たい陽の光が降り注いでいた。外気との温度差があるのか窓の外側はうっすらと水滴の幕を作っていたが内側には結露は見られなかった。
ガラスの窓は複層構造らしく手のひらで触れてみてもあまり冷たさを感じられなかった。
遮熱と断熱効果が高められたガラスが使われているようだった。
気持ちを切り替えてと自分に言い聞かせていた。だがこの山荘にいても自分にすることなどなく、ただぼんやりと外を眺めて過ごすか書棚に並べられた本を読むしかなかった。
そこには難しい本ばかりが並べられていた。
法律や経済に関係するものが多く、こんな本を誰が山荘でわざわざ読むのだろうかと思った。だがそんな中にも狩猟に関する本もありそれこそがこの山荘の目的の為もっともふさわし本だと思われた。
英語で書かれた原書も何冊かあった。道明寺のものだろうか?
道明寺家の山荘だ。だれか他の人間が読んでもおかしくはない。
つくしは可能性にかけた。
どうしたらここから抜け出すことが出来る?
少なくとも山荘の中では自由に歩き回ることが出来た。
窓から見える景色は山々ばかりで他には何もなかったとしても一日中人工照明の明かりのもとで過ごしていた地下に比べれば環境は随分と変わっていた。
この一帯は手つかずの大自然が残る地域だった。
山並みは高くそびえ、空の方が近く感じられる程だった。
夜、窓から空を見上げれば、星が降るほど瞬いていた。
望遠鏡で・・昔星空を見たことを思い出していた。
道明寺は毎日ここへ来るわけではなかった。
ここがどこかはわからないが、都心から遠く離れた山の上まで車を走らせることは容易ではないだろう。
あいつだって仕事がある。
世田谷の邸に閉じ込められていたときと違い、そのことだけはつくしの心に気持ちの余裕を与えてくれていた。
なぜならこの場所にいるのは自分ひとりだから。
誰かが鉄の扉を開けて入ってくるのをびくびくしながら待つことはなかった。
同じひとりでも空が見え、外の気配が感じられるだけで気持ちも違う。
ただ、管理人がこの山荘に通い食事の世話をしてくれていた。
はじめはこの状況なら逃げ出せると思っていた。年老いた男性相手ならなんとでもなると考えていた。
だがそれは無理だと学習させられた。大きく外に開かれた窓の下は崖でひとつだけある入口は決して逃げられないようにと管理されていた。
山荘だと思って甘く見ていたのが間違いだった。山荘だからこそ、冬の寒さや雪の重み、獣の進入にそなえ頑丈な造りになっていた。
***
管理人の男性は年の頃はいくつだろう。
頭には白髪が混じり、歩き方や背中の曲がり具合からタマさんと同じくらいに思えたが、はっきりとはわからなかった。
無口なのは必要以上につくしと話をすることを禁じられているからだろうか。
それとも元々が寡黙なのだろうか。
明け方、太陽が昇る前にここにきて日没と共にどこかへと帰っていく。ここに通いで来ると言うことはこの男性の住まいは近くにあると言うことだろう。この場所がどこなのか連れてこられたときは眠っていて記憶がない。眠っていたのか、眠らされていたのかと言われればそれは後者の方だった。
暖炉にくべる薪を割る音がして目が覚めることもあった。
階上にある小さな窓から覗いてみれば、時々その男性と目が遭うことがあった。
監視されているということはわかっている。その目的もあってこの男性はこの場所にいるのだから。
だが徐々に挨拶以外の話も出ることがあった。
暫くだが道明寺がこの場所にこなかった。
つくしがその理由を尋ねることはなかったがその男性が教えてくれた。
坊ちゃんはニューヨークです。
一週間もすれば戻りますからと。
一週間。
毎日こうして顔を合わせていれば、少しは親しく振る舞えるようになったのかもしれない。
ある夕方、食事の準備をしている男性が話かけてきた。
「どうしてこの場所にいるのかと考えているのではないですか?」
それはつくし自身がと言うことなのか、それともその男性がと言うことだろうか。
つくしは自分の身に起きていることはわかっている。
だがこの場所に連れてこられた意味まではわからなかった。
ではこの男性はその意味を知っていると言うのだろうか?
テーブルにひとり座るつくしは男性を見ていた。
「この場所から人家まで人間の足では行けませんよ」
やんわりと逃げても無駄だと言われた気がした。
言わんとすることはわかっていた。
「ここは人里から随分と離れています。この山には獣が沢山いますから・・」
つくしは思い切って聞いてみた。
「・・道明寺のこと、よくご存知なんですか?」
「ええ。もちろん。坊ちゃんがお小さい時からここには旦那様と御一緒によく狩に来られていましたよ」
「子供のころから狩を?」
だが特段驚くほどのことでは無かったのかもしれない。
狩猟は人間の生命を維持する目的の為に行われるものとそうでないものがあった。
英国では伝統的なスポーツとして考えられている。上流社会では昔から行われていたことで英国王室も以前はロンドン近郊に専用の狩場を所有していた。
だがそんなスポーツ的な狩猟も今では残酷な行為として廃止論が高まっている。
「ええ」
「旦那様はひとり息子の坊ちゃまは全てにおいて一番でなければと言うお考えの方でしたので・・」
「ですが・・あまりにも沢山のことを学ばせたせいか・・その反動でしょう。だんだんと生活態度が荒れてくるようになりましてね・・」
男性は手を休めることなく話を続けた。
「中等部に進学するころには手が付けられなくなりました」
つくしはそこから先の話は耳にしたことがあった。
同級生に大けがを負わせ、退学に追い込む・・傍若無人を絵に描いたように無軌道な学生生活を送っていた司に出会ったのはつくしが高等部2年の時だったから。
「司坊ちゃんは・・」
そこまで言いかけた男性は口をつぐんでしまった。
これ以上話をすることは雇い主のプライバシーにかかわると思ったのだろう。
「少し前ですが・・」
「あなたがここに来る前ですが坊ちゃんとわたしは狩に出ました」
秋から春先まで。
この時期は狩猟シーズン真っただ中だった。
「このあたりには猪も出ますが、カモシカもいます」
おもに灰色の毛で覆われた1メートル程の体長をもつ動物。
崖地を好んで生活していた。
「そのときはカモシカに出会いましてね」
「カモシカは非常に好奇心が強い動物でしてね。わざわざ人に姿を見せに出てくることがあるんです」
「山里だと庭先にカモシカがいた、なんてこともあります」
「お嬢さん、アオの寒立(かんだ)ちと言う言葉をご存知ですか?」
「アオの寒立ち・・?」つくしは首を横に振った。
「アオと言うのはマタギの言葉でカモシカのことです。マタギ・・わかりますか?」
「ええ・・東北地方の猟師さんのことですよね?」
どう説明しようかと言葉を探している男性につくしは言った。
「まあ・・だいたいそんな感じです」
「アオの寒立ちというのは・・特に寒い冬の日にカモシカが周囲を見渡せるような高い崖の上で何時間も立ったまま、動かないことがあるんですがその状況を言います」
「まるでそれは下界を見下ろす森の神の使いのように・・」
男性はひと息ついて言葉を継いだ。
「坊ちゃんとわたしは出会ったんですよ、そんなアオに・・」
「ひどく寒い日でした。じっと私たちの方を見ているんです。美しい立姿でこちらを見ていました」
「坊ちゃんは・・目が離せなくなったようでした。まるでアオに魅せられてアオと話でもしているかのようでしたね。
アオはとても敏捷なんですが射程距離にいましたからいつでも撃つことは出来ました。
ですがニホンカモシカは国の天然記念物に指定されてますから本来は撃つことは出来ません」
つくしは背中に冷たいものが走ったような気がした。
「アオはおどおどとしたところなど無く、黒々とした丸い目でじっとこちらを見ていました。坊ちゃんは何を思ったのか・・・アオの方へ近づいて行こうとしました。相手は崖の上ですから近づくことは出来るはずがないんですが・・まるでアオに呼ばれたようでした」
「それで・・・道明寺は・・そのカモシカを・・」
「仕留めたかどうかですか?」
男性は憂いを秘めた目でつくしを見た。
「いえ。残念ながら。坊ちゃんは撃ちませんでした」
「天然記念物ですのでむやみに捕獲は出来ません。ですが・・ここのお家の方々はそんなことに気を配られるような方々ではございませんが」
「それでそのカモシカはどうしたんですか?」
「暫くじっとしていましたが、急斜面を難なく駆け上がり林の中に姿を消しました」
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Comment:2
誰だよ俺のことを凶暴な御曹司だなんていう人間は。
今の俺は昔みたいに怒りに満ちた目で人を見るなんてことはしない。
その代わり目で人を殺すことが出来るんじゃねぇの?
威厳のある冷たい視線ってやつか?
昔あいつは俺の目つきがものすごく怖いなんて言いやがった。
蛇のような目だと!
俺の熱い視線を爬虫類なんかと一緒にしやがった!
首に巻きついて絞めてやろうか!
・・って絞められたのは俺の方だったな、確か。
それに思い出した。
道明寺って犬みたい・・
確か昔、あいつにそう言われたことがある。
俺は保健所の犬か?
それも安楽死寸前の・・
まあ確かにそれは言える。
牧野に見放されたら死んでしまいたくなるに違いない。
いっそひと思いにやってくれ・・だよな。
けどそれじゃあまるで牧野にかまって欲しくてよだれを垂らす犬じゃねぇかよ!
牧野を前によだれを垂らす犬・・
だいたいなんで俺が犬なんだよ・・・
蛇だ犬だって俺をいったい誰だと思ってるんだあいつは!
道明寺司様だぞ!
おまえの愛しの彼氏様だぞ!
チッ・・
舌打ちした。
まあいい。
司はパソコンに向き直るとこれまで集めてきたつくしのデジタル写真フォルダを呼び出した。
フォルダのタイトルは『 秘密の牧野 』
タイトル通り隠し撮りしたあいつ。
そのなかの写真をクリックしては眺めていた。
いいな。これ。
俺を見てにっこりほほ笑む牧野。
その中には先日訪れた厩舎の写真もあった。
ツクシハニーとつくしと俺。
と、ツカサブラック。
司は何枚もの写真をクリックしては眺めていた。
まったくあの女は俺がどんだけのものをおまえに注いでいるかわかってんのかよ?
色んなもん注ぎまくってるけど・・・
まずは愛・・で、アレも注ぎまくって溢れてさせて・・
司はすくっと立ち上がり執務室を出るとエレベーターの中にいた。
たまには羽目を外したい・・・
だろ?
チンと鳴ってエレベーターが到着したのは牧野のフロア。
今日の牧野は残業中。
なにしろインドネシアから帰って来てからが忙しい。
天然ガスの価格は下がり気味。
おまけに電力小売りの自由化で競争が激しくなってくるからあいつの仕事も何だかんだとあるらしい。
それに年度末だ。3月期決算だ。忙しくて当然か?
牧野が残業してんのに俺が先に帰るなんてことが出来ると思うか?
そーいやぁ、この前の報告書はなかなか読み応えがあった。
このクソ忙しいなか急がせて作らせたのに読まずに机に投げたから牧野が怒った。
かわいく口尖らせて怒りやがった。
読んだじゃねぇかよ・・・
あんとき、俺の前には親指を拘束された牧野がひざまずいてナニしてくれたから目の焦点を合わすのもひと苦労・・書かれた文字は象形文字と化した。
けどちゃんと読まなかったらお仕置きされる・・
インドネシアでの仕返しをしようとしたら俺がお仕置きされてるなんて・・
拷問かよ・・
司は一目散にフロアの一番奥、つくしのいる海外事業本部を目指した。
が、つくしの姿は無かった。
司はむっとしてハゲの部長を振り返った。
「おい、牧野はどこいった?」
時代の最先端をいく道明寺ホールディングス本社ビル。
エコ意識たっぷりの俺の会社は消費電力、CO2削減で夜10時以降の廊下の照明は少しだけ暗い。
そんな廊下の先、ひとりエレベーターを待つ牧野がいた。
もうすぐ11時・・女のくせして仕事も体力も男なみの牧野でもこんな薄暗い照明なんかじゃあぶねえだろうが。
いくら社内だからって油断するなよ?
後ろから近づいて羽交い絞めにしてやろうかと思ったけど止めた。
牧野は後ろにも目がついてるんだか俺の気配を敏感に感じ取る。
あいつは超能力者か?
待てよ・・
そうか!その手があったか!
司はにやりとした。
夜更けのエレベーターなんて誰も乗って来るはずがない。
あいつを追いかけて乗り込んでみれば、静に閉まる扉と驚きに目をみはる牧野。
「こんなところでなにしてんの?」うさんくさそうに見やがった。
俺は招かれざる客かよ!
そりゃないだろ牧野。ここは俺の会社だぞ?
おまえが残業してるってのに俺がおまえを置いてさっさと帰るなんて考えてるわけないよな?
俺を追い払うなんて考えるなよ?
司はつくしの腕を引っ張るとエレベーターの壁へと押し付けた。
「陣中見舞い」笑顔で答えた。
「は?なにそれ?」
身の丈いっぱいに背筋を伸ばして俺を睨むがちっちぇこいつ。
チビのくせして昔っから俺に歯向かう女。
上昇するエレベーターの非常停止ボタンを押せば、がくんと揺れて止まった。
一瞬間があいて二人の間に流れる沈黙。
「道明寺なにしてんのよ!」
「好きな女とエレベーターで二人っきりになりたい」低くかすれた声で言った。
「はぁ?」
「仕事のし過ぎで頭どうかしちゃったの?」と眉間に皺を寄せているこいつ。
いったんこいつのことを考え始めると、考えまいとしても考えてしまう俺。
こんな真夜中近くに男と女、それも好きな女といて不純なことを考えない方がおかしいと思えよこの鈍感女!
おまえは俺の偉大さをちっとも理解してない。
頭がよくて、ハンサムで、おまけに金持ちでおまえを愛してる男。
そんな俺が唯一むらむらする女。
ビジネススーツなんかきっちりと着込みやがって、そんな姿にもそそられる俺。
やっぱりこいつは普通じゃない。
悪りぃ・・牧野。
なんだかすげぇ意地悪な気持ちになってきちまった。
「いいスーツだな、それ。よく似合ってる」
と褒めれば頬を赤く染める牧野はセオリー通り。
おまえのそのかわいい顔にいっつも騙されるんだ。
だがな、いつもおまえに舐められっぱなしだと思うなよ?
がばっと抱きついて床に横たえたら驚きにデカい目を見開いてきた。
けどこいつの心臓の音がどきどきしているのはわかった。
なに今更どきどきしてんだよ。
いつもヤッてることじゃねぇかよ。
だがまだ始まったばかり・・
皺になったら困るよなとこいつの上着を脱がせ、ブラウスのボタンを外しながら唾を飲み込んだ。
これって正気じゃねぇよな・・
エレベーターのなかでいやらしいことなんて想像できるか?
下手したら誰かが乗ってくるかもしれない状況だぞ。
人まえでなんて露出狂かよ俺は!
いつもと違うシュチュエーションに舞い上がり見つめ合う俺たち二人。
心も身体も早くひとつになりたくて牧野のブラウスの前をはだけてみれば、こいつの息を呑む音が聞えた。
「い、いいのか。まきの・・」と一応聞いてみる。
はにかみながらも頷く牧野。
まじか!
上着を脱ぎ捨てるとネクタイが消えた。
今のところ俺が優位だ。実にいい感じだ。
前みたいに手や足が出て来る気配はない。
「なあ、なにしたい?」と上から顔を近づけた。
「な、なにって・・」
「ナニだよな?」低い声で聞いてみる。
甘い吐息を吐く牧野。
嫌だとは言わなかったよな?
よっしゃ!!
と、頭ん中に花火が打ちあがる寸前、がくんと揺れ何故か動き出したエレベーター。
まずい・・・遠隔操作が利くんだった。
下と上で思わず見つめ合う俺と牧野。
「ど、ど、道明寺!う、動いてる!」
「だ、誰かエレベーターを動かしてる!」
「な、なんとかして!」
ブラウスの前は全開、スカートはめくれ上がって白い太腿までのぞいて見える。
なんとかって・・おまえどっちをなんとかすんだよ?
俺か?エレベーターの方か?
「どうしろっていうんだよ!」
「な、なにかしてよ!」
つくしはおろおろしていた。
「な、なんでもいいから、は、早く!」
「道明寺!は、早く!ドアが開く・・」
「わかったから!落ち着け牧野!」
あたふたと牧野に服を着せ立ち上がる暇もないから、がばっと覆いかぶさった。
瞬間、チンと音がして開いた先にいたのは保安部の警備員。
「大丈夫ですか!支社長!・・・・と?」
「だ、大丈夫だ」欲情しただけだ。
「こ、こちらのま、牧野さんが閉じ込められて気分が悪くなった」
「気を失って倒れたから人工呼吸・・」
うっ・・
いってぇ・・
そうきたか・・
見事に決まったこいつの膝蹴りは俺の股間を直撃した。
なんでいつもこうなるんだよ!!
専用エレベーターを作るか。
それ用の・・
でもって中はもちろん鏡張り・・だな。
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応援有難うございます。
今の俺は昔みたいに怒りに満ちた目で人を見るなんてことはしない。
その代わり目で人を殺すことが出来るんじゃねぇの?
威厳のある冷たい視線ってやつか?
昔あいつは俺の目つきがものすごく怖いなんて言いやがった。
蛇のような目だと!
俺の熱い視線を爬虫類なんかと一緒にしやがった!
首に巻きついて絞めてやろうか!
・・って絞められたのは俺の方だったな、確か。
それに思い出した。
道明寺って犬みたい・・
確か昔、あいつにそう言われたことがある。
俺は保健所の犬か?
それも安楽死寸前の・・
まあ確かにそれは言える。
牧野に見放されたら死んでしまいたくなるに違いない。
いっそひと思いにやってくれ・・だよな。
けどそれじゃあまるで牧野にかまって欲しくてよだれを垂らす犬じゃねぇかよ!
牧野を前によだれを垂らす犬・・
だいたいなんで俺が犬なんだよ・・・
蛇だ犬だって俺をいったい誰だと思ってるんだあいつは!
道明寺司様だぞ!
おまえの愛しの彼氏様だぞ!
チッ・・
舌打ちした。
まあいい。
司はパソコンに向き直るとこれまで集めてきたつくしのデジタル写真フォルダを呼び出した。
フォルダのタイトルは『 秘密の牧野 』
タイトル通り隠し撮りしたあいつ。
そのなかの写真をクリックしては眺めていた。
いいな。これ。
俺を見てにっこりほほ笑む牧野。
その中には先日訪れた厩舎の写真もあった。
ツクシハニーとつくしと俺。
と、ツカサブラック。
司は何枚もの写真をクリックしては眺めていた。
まったくあの女は俺がどんだけのものをおまえに注いでいるかわかってんのかよ?
色んなもん注ぎまくってるけど・・・
まずは愛・・で、アレも注ぎまくって溢れてさせて・・
司はすくっと立ち上がり執務室を出るとエレベーターの中にいた。
たまには羽目を外したい・・・
だろ?
チンと鳴ってエレベーターが到着したのは牧野のフロア。
今日の牧野は残業中。
なにしろインドネシアから帰って来てからが忙しい。
天然ガスの価格は下がり気味。
おまけに電力小売りの自由化で競争が激しくなってくるからあいつの仕事も何だかんだとあるらしい。
それに年度末だ。3月期決算だ。忙しくて当然か?
牧野が残業してんのに俺が先に帰るなんてことが出来ると思うか?
そーいやぁ、この前の報告書はなかなか読み応えがあった。
このクソ忙しいなか急がせて作らせたのに読まずに机に投げたから牧野が怒った。
かわいく口尖らせて怒りやがった。
読んだじゃねぇかよ・・・
あんとき、俺の前には親指を拘束された牧野がひざまずいてナニしてくれたから目の焦点を合わすのもひと苦労・・書かれた文字は象形文字と化した。
けどちゃんと読まなかったらお仕置きされる・・
インドネシアでの仕返しをしようとしたら俺がお仕置きされてるなんて・・
拷問かよ・・
司は一目散にフロアの一番奥、つくしのいる海外事業本部を目指した。
が、つくしの姿は無かった。
司はむっとしてハゲの部長を振り返った。
「おい、牧野はどこいった?」
時代の最先端をいく道明寺ホールディングス本社ビル。
エコ意識たっぷりの俺の会社は消費電力、CO2削減で夜10時以降の廊下の照明は少しだけ暗い。
そんな廊下の先、ひとりエレベーターを待つ牧野がいた。
もうすぐ11時・・女のくせして仕事も体力も男なみの牧野でもこんな薄暗い照明なんかじゃあぶねえだろうが。
いくら社内だからって油断するなよ?
後ろから近づいて羽交い絞めにしてやろうかと思ったけど止めた。
牧野は後ろにも目がついてるんだか俺の気配を敏感に感じ取る。
あいつは超能力者か?
待てよ・・
そうか!その手があったか!
司はにやりとした。
夜更けのエレベーターなんて誰も乗って来るはずがない。
あいつを追いかけて乗り込んでみれば、静に閉まる扉と驚きに目をみはる牧野。
「こんなところでなにしてんの?」うさんくさそうに見やがった。
俺は招かれざる客かよ!
そりゃないだろ牧野。ここは俺の会社だぞ?
おまえが残業してるってのに俺がおまえを置いてさっさと帰るなんて考えてるわけないよな?
俺を追い払うなんて考えるなよ?
司はつくしの腕を引っ張るとエレベーターの壁へと押し付けた。
「陣中見舞い」笑顔で答えた。
「は?なにそれ?」
身の丈いっぱいに背筋を伸ばして俺を睨むがちっちぇこいつ。
チビのくせして昔っから俺に歯向かう女。
上昇するエレベーターの非常停止ボタンを押せば、がくんと揺れて止まった。
一瞬間があいて二人の間に流れる沈黙。
「道明寺なにしてんのよ!」
「好きな女とエレベーターで二人っきりになりたい」低くかすれた声で言った。
「はぁ?」
「仕事のし過ぎで頭どうかしちゃったの?」と眉間に皺を寄せているこいつ。
いったんこいつのことを考え始めると、考えまいとしても考えてしまう俺。
こんな真夜中近くに男と女、それも好きな女といて不純なことを考えない方がおかしいと思えよこの鈍感女!
おまえは俺の偉大さをちっとも理解してない。
頭がよくて、ハンサムで、おまけに金持ちでおまえを愛してる男。
そんな俺が唯一むらむらする女。
ビジネススーツなんかきっちりと着込みやがって、そんな姿にもそそられる俺。
やっぱりこいつは普通じゃない。
悪りぃ・・牧野。
なんだかすげぇ意地悪な気持ちになってきちまった。
「いいスーツだな、それ。よく似合ってる」
と褒めれば頬を赤く染める牧野はセオリー通り。
おまえのそのかわいい顔にいっつも騙されるんだ。
だがな、いつもおまえに舐められっぱなしだと思うなよ?
がばっと抱きついて床に横たえたら驚きにデカい目を見開いてきた。
けどこいつの心臓の音がどきどきしているのはわかった。
なに今更どきどきしてんだよ。
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心も身体も早くひとつになりたくて牧野のブラウスの前をはだけてみれば、こいつの息を呑む音が聞えた。
「い、いいのか。まきの・・」と一応聞いてみる。
はにかみながらも頷く牧野。
まじか!
上着を脱ぎ捨てるとネクタイが消えた。
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「なあ、なにしたい?」と上から顔を近づけた。
「な、なにって・・」
「ナニだよな?」低い声で聞いてみる。
甘い吐息を吐く牧野。
嫌だとは言わなかったよな?
よっしゃ!!
と、頭ん中に花火が打ちあがる寸前、がくんと揺れ何故か動き出したエレベーター。
まずい・・・遠隔操作が利くんだった。
下と上で思わず見つめ合う俺と牧野。
「ど、ど、道明寺!う、動いてる!」
「だ、誰かエレベーターを動かしてる!」
「な、なんとかして!」
ブラウスの前は全開、スカートはめくれ上がって白い太腿までのぞいて見える。
なんとかって・・おまえどっちをなんとかすんだよ?
俺か?エレベーターの方か?
「どうしろっていうんだよ!」
「な、なにかしてよ!」
つくしはおろおろしていた。
「な、なんでもいいから、は、早く!」
「道明寺!は、早く!ドアが開く・・」
「わかったから!落ち着け牧野!」
あたふたと牧野に服を着せ立ち上がる暇もないから、がばっと覆いかぶさった。
瞬間、チンと音がして開いた先にいたのは保安部の警備員。
「大丈夫ですか!支社長!・・・・と?」
「だ、大丈夫だ」欲情しただけだ。
「こ、こちらのま、牧野さんが閉じ込められて気分が悪くなった」
「気を失って倒れたから人工呼吸・・」
うっ・・
いってぇ・・
そうきたか・・
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Comment:6
皆様こんにちは。
いつもご訪問いただき有難うございます。
雨水も過ぎ春の気配かと思う時もありましたが、朝晩は残寒が感じられます。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
いつもこんな感じの堅苦しい文章で始まる挨拶ですみません(笑)
そしていつもこんな感じの硬質な場所へ脚を運んで頂き有難うございます。
拙宅へお越しの皆様はこんな感じの文体でも大丈夫な方々とは思いますが、今後のお話についても多分こんな感じです(笑)
甘味が少なくて申し訳ないです。
あまり皆様の前でお話をする機会もなくお話だけ淡々と、というサイトですが
皆様からの拍手、応援、コメントはいつも励みになっています。
毎日継続することが出来たのは、日々覗いて下さる皆様方のおかげです。
本当にありがとうございました。
そして今回のお話にも沢山の拍手を頂戴いたしました。
お心遣いありがとうございます。
さて、今後ですが「Collector」の更新と「金持ちの御曹司」シリーズ(別名「エロい御曹司」と自分では呼んでいます)となりますが「Collector」が楽しいお話ではないので明るめのお話も書こうと思っていますが、感じとしては「恋の予感は突然に」のような感じです。
「恋の予感は突然に」は一応コメディですので路線としてはそんな感じです。
「金持ちの御曹司」こちらのお話は、お金持ちの坊ちゃんのお金の使い方をコミカルに書こうと思い始めましたがいかがでしょうか?エロさの方が前面に出てる感もありますが、緩く書いていますので大丈夫でしょうか?(笑)
ちなみに明日2月27日は「金持ちの御曹司」です。
いつもの調子の坊ちゃんですのでイメージが崩れるなど苦手な方には申し訳ないです。
なんとか毎日更新を目指しモチベーションを高めてきましたが、今後は少し更新頻度が落ちるかもしれませんが宜しければ覗いてみて下さい。
投稿がされていないときは、「ああ、疲れ果てて書けなかったのね」と思って下さい(笑)
さて、早いもので今年も2ヶ月が過ぎようとしています。来週は3月ですね。
3月を迎えますと卒業、異動、転勤など何かと忙しいとは思いますが皆様もお身体にお気をつけてお過ごし下さいませ。
最後になりましたが、いつもご拝読ありがとうございます。
今後も皆様に楽しんで頂けるサイトのひとつになれるように精進したいと思います。
andante*アンダンテ*
アカシア
追伸:コメントのお返事はこの土日でさせて頂きたいと思いますので少々お待ち下さいませ。
いつもご訪問いただき有難うございます。
雨水も過ぎ春の気配かと思う時もありましたが、朝晩は残寒が感じられます。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
いつもこんな感じの堅苦しい文章で始まる挨拶ですみません(笑)
そしていつもこんな感じの硬質な場所へ脚を運んで頂き有難うございます。
拙宅へお越しの皆様はこんな感じの文体でも大丈夫な方々とは思いますが、今後のお話についても多分こんな感じです(笑)
甘味が少なくて申し訳ないです。
あまり皆様の前でお話をする機会もなくお話だけ淡々と、というサイトですが
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毎日継続することが出来たのは、日々覗いて下さる皆様方のおかげです。
本当にありがとうございました。
そして今回のお話にも沢山の拍手を頂戴いたしました。
お心遣いありがとうございます。
さて、今後ですが「Collector」の更新と「金持ちの御曹司」シリーズ(別名「エロい御曹司」と自分では呼んでいます)となりますが「Collector」が楽しいお話ではないので明るめのお話も書こうと思っていますが、感じとしては「恋の予感は突然に」のような感じです。
「恋の予感は突然に」は一応コメディですので路線としてはそんな感じです。
「金持ちの御曹司」こちらのお話は、お金持ちの坊ちゃんのお金の使い方をコミカルに書こうと思い始めましたがいかがでしょうか?エロさの方が前面に出てる感もありますが、緩く書いていますので大丈夫でしょうか?(笑)
ちなみに明日2月27日は「金持ちの御曹司」です。
いつもの調子の坊ちゃんですのでイメージが崩れるなど苦手な方には申し訳ないです。
なんとか毎日更新を目指しモチベーションを高めてきましたが、今後は少し更新頻度が落ちるかもしれませんが宜しければ覗いてみて下さい。
投稿がされていないときは、「ああ、疲れ果てて書けなかったのね」と思って下さい(笑)
さて、早いもので今年も2ヶ月が過ぎようとしています。来週は3月ですね。
3月を迎えますと卒業、異動、転勤など何かと忙しいとは思いますが皆様もお身体にお気をつけてお過ごし下さいませ。
最後になりましたが、いつもご拝読ありがとうございます。
今後も皆様に楽しんで頂けるサイトのひとつになれるように精進したいと思います。
andante*アンダンテ*
アカシア
追伸:コメントのお返事はこの土日でさせて頂きたいと思いますので少々お待ち下さいませ。
Comment:11
『 豊穣の女神みたい・・』
とは言ってもらえなかったが、つくしのお腹は益々丸くせり出して来ていた。
夫の家族と過ごして以来、ふたりが愛し合う回数が増えたような気がする。
それはつくしの身体を心配してゆっくりと、時間をかけて愛し合う行為だった。
つくしの顔に手を添え、見つめ合いながらエロティックな言葉を囁いて気持ちを高めていく。
きれいだ、おまえが欲しいと囁きながらも決して無理をさせるようなことはなかった。
ゆっくりと温かく溶け合うような行為だが、それでも静かに命じることは忘れなかった。
丸みを帯びたお腹に語りかけながら口づけをし、鼻をこすりつけた。
それは司が自分の息子にする挨拶だった。
そして崇拝の気持ちを込めて優しく撫でまわす大きな手。
そうしながらもつくしのヒップをつかんで自らの方へとたぐり寄せ、両脚を開かせると優しくさわってきた。
つくしの入り口で少し躊躇したように思えた指は、性器を隠す襞をもてあそび、身体の力が抜け、ほぐれるのを待った。
そしてそんなとき
「おまえのあそこはとびきり美味い」と大きな声でいうものだからつくしに殴られていた。
****
夫婦としての生活も板についてきたとは言え、この仰々しいほどの名前にはなかなか馴染めずにいた。
夫の家族と過ごしたあとで二人の結婚は公表された。
あのとき、二人の男性が庭で交わしていた話はなんだったのか。
理論的に考えれば、やはり自分が父親のようになってしまうのではないかと言う思いが司のなかにはあったのだろう。
親子が自然な形で触れ合って育ってこなかっただけに、自分が親になる前に確かめておきたかったこともあったのだろう。
そして母親も夫と息子との関係が最悪だったことはよく理解していたようだ。
つくしに向かっては息子の自主性を重んじて自由にさせ過ぎたなんてことを言ってはいても、実のところは決していい親子関係ではなかったはずだ。普通の親ならまず自分の息子の自慢話などしないはずだから。あれはあくまでもあたしの為に大袈裟に言ってみたのだろう。
結婚が公表されたことによりつくしの生活は一変していた。
公表直後は色々とメディアにも取り沙汰されていたが、それも一過性のことで喉元過ぎればなんとかで、新聞に書かれるとかそう言ったことはまだない。
結婚する前なら自分が新聞に載るとすれば研究成果が認められた小さな記事程度だと思っていた。だがこれからはそうとも限らない。
そしてこれからは牧野つくしと名乗ることは出来なくなった。
研究所で使う名前に抵抗がないわけではなかった。
今まで書いた論文には牧野の名前。
たかが苗字、されど苗字だ。
道明寺つくし・・どうもピンとこなかった。
『 T研究所 道明寺つくし Ph.D. 』
ただこの名前はつくしのこれからの人生の中で大きな喜びとなることは間違いがないはずだ。
この名前が世界で称賛される日、それは多分そう遠くない未来の話。
道明寺と言う名前になると言うことは、これからはどこかで何かをすればそれはすぐ話題になるらしい。
いくら何でも大袈裟過ぎるのではと思ったが、どうやら全世界が知ることになるらしい。
道明寺という名前はそれだけ大きな力があるということなのだろう。
あのとき、義理の母親の気心が知れない相手以外とはおしゃべりなんてとんでもない、とばかりつくしに対して言いたい放題喋っていたことが理解できた。
『つくしさん、公衆の面前での発言は充分注意なさい』と忠告を受けていた。
あれだけ喋っていた女性は柳眉を逆立て、口元を堅く結び世間が噂をする通りの鉄の女に戻っていた。
ただ、それはあくまでも外部に対しての姿勢であって家族に対しては別だった。
この一族は世界の中での自分達の立場というものを理解している。
風が吹けば桶屋が儲かるではないが、不用意に放ったそのひと言がまったく関係のないようなことにまで影響を及ぼすと言うことだ。
何気ないひと言で会社の株価が下がり、下げ止まらなくなってしまうこともよくある話だ。
つくしの身近なことで変化があったと言えば・・
まずは研究所の人間の対応が変わった。
あのいけすかない経理の男性の態度。
やたらと見合いを勧めてきた初老の理事。
誰もかれもがつくしの傍に寄りたがる。
名のあるお金持ちと結婚すると言うことがこんなにも周囲の人間の態度を変えるとは、ああ、素晴らしき哉、人生!と言いたいところだが不自由なことこのうえなかった。
今まで自分の人生は、コツコツと日常の積み重ねで研究所と自宅の往復で終わっていたが、妊娠、結婚でこんなにも人生が変わるなんて。
女の人生は男で左右されるなんてことを誰か言っていたような気がする。
事実、半年前までまったく知らなかった人が自分に挨拶をしてくるようになった。
一日で何人の見知らぬ人間から挨拶をされたことか!
うちの研究所にはこんなにも人がいたのかという程でつくしは正直疲れていた。
これから先も多分名前も知らないような親戚なんていうのも現れるに違いがなかった。
「道明寺さん、今日はご主人がお迎えにくるんですか?」
「さすがにそのお腹なのに電車で帰るなんてことはないですよね?」
つくしもそろそろ産休に入ろうかという頃だった。
「でも、牧野・・じゃなかった道明寺さんがまさか・・結婚するだなんて、それも妊娠までしていたなんて全然気がつきませんでした」
つくしは机のうえを片づけて帰ろうとしていた。
「牧野さん・・じゃなかった。それにしても道明寺さんって結婚されても相変らずなんですね」
「なにが相変らずなの?」
「だってもうこんなにお腹が大きくなってるのにまだ仕事してるなんて・・奥様なんだからそんなに仕事しなくてもお家でゆっくりされたらいいじゃないですか」
「あたしはこっちの生活の方が好きよ・・」
「またぁ・・だってあのご主人ですよ?あの道明寺司でしょ?大金持ちでセレブの・・」
「それに道明寺さんってあの世田谷の豪邸ですか?」
「ううん?違うわよ?」
「え?違うんですか?」いぶかしそうに聞いてきた。
「うーん、でも今のところも結構素敵な部屋なのよ?」
若い子は何でも遠慮会釈もなく聞いてくるから困る。
その好奇心をもう少し顕微鏡のなかに向けて欲しい。
つくしが机の引き出しに鍵をかけたとき、携帯電話の着信音が特定の相手からのメッセージを伝えてきた。
メールを開いてみれば
「いま着いた。早く来い」
文面は短くそれだけだった。
はいはい。わかりました。すぐに。
つくしは今から行きますとだけ返信を返した。
「じゃあね。お先に失礼します」
と、ひと声かけるとつくしは研究室をあとにした。
司はまさに卒倒しそうだった。
大きなお腹を抱えた女がゆっくりとこちらへ向かって来ている。
転ぶんじゃねぇかと思うと居ても立っても居られない気持ちでつくしの傍へ駆け寄っていた。
いつまでたっても仕事を辞めようとしない女に口出しをしようにも、自分の仕事に誇りを持っているのにそんなことが言えるわけがなかった。
仕事を辞めろとは言わない。なにしろこいつのライフワークである研究もいつかはノーベル賞でも取るんじゃないかと言われているからだ。
まあ、そのうちこんなチンケな研究施設じゃなくてもっと巨大な施設を建てアイツの名前を冠としてつけてやる。
道明寺つくし記念財団研究所とか・・
「どうかしたの?そんなに慌てて」
「あ?世界で一番賢い女を見てた」
「なに?それあたしのこと?」
なかなか姿を現さなかったあたしを見てイライラとした態度が見て取れたけど、背が高くてハンサムな男が自分を見つめて世界で一番賢い女だなんて言ってくれた。
が、間髪置かずに「いや。間違いだ」と訂正された。
「はぁ?なによそれは!」
つくしは司の言葉に本心で言ったのかどうか聞きたくなった。
あたしから賢さを取ったら何が残るのよ!
だが次に司の口から放たれた言葉につくしの胸はときめいた。
「世界で一番いい女だ、おまえは」と微笑みを抑えながら照れくさそうに言った。
へぇ。そう。
賢い女からいい女に格上げしてくれたの?
「ねえ、でも出会ったときは、あの日は厄日だと思ったんじゃないの?まさに仏滅とか」
「厄日どころか、厄介な女に憑りつかれたと思ったな」
出会った頃には決して見せなかった笑顔がそこにはあった。
つくしも妊娠だけを目的にこの男に近づいただけに、こんな事になるとは思いもしなかった。
「ねえ、まさか今更こんな女とか、こんな人生を歩む予定じゃなかったとか言うんじゃないでしょうね?」
「まったく・・・そうだよな。なんで俺がおまえみてぇなチビの嘘つき女と結婚しなきゃならなくなったんだか・・」
その言葉は疑問半分否定半分と言ったところだろうか。
「記憶違いだったらいけないから確認したいんだけど、最初に好きだって言ったのはあんたなんだからね?」
つくしはむきになって言った。
「そうか?」と笑う司。
「それからそのチビの嘘つき女っていう言い方、いい加減やめてくれない?」
「いつまでもお腹の子にそんな言葉、聞かせていて覚えていたら困るじゃない」
「赤ちゃん、聞いてるんだから」
「だよなぁ。おまえの夜の声も聞こえて・・」ニヤリと笑った。
「う、うるさいわよ!」と言いながらもつくしの顔は耳まで赤く染まっていた。
出会ってからのいい思い出も悪い思い出もすべてが許されるような微笑みがそこにはあった。
おかしな理由で結婚するなんてことも世の中探せばいくらでもあるだろう。それも今となっては誰かが何かを言うわけでもなく、人それぞれだとつくしは考えた。
屈みこんできた司に耳元で囁かれたのはさっきの言葉の続きで
「厄介な女だけど世界で一番いい女だ」と惚れ惚れと言われた。
恋なんて予告も無く突然の出来事でまさに人生が一変していた。
そう思ったその瞬間、まぎれもない感情がこみ上げていた。
それは今までの人生で経験したことが無かった感情だった。
こんなふうに自分を愛してくれる人がいるなんて、あたしは世界で一番いい女だ。
< 完 >*恋の予感は突然に*

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そして最後までお付き合い頂き有難うございました(低頭)
今後の予定についてはまた後ほどお知らせ致しますので宜しくお願いいたします。
とは言ってもらえなかったが、つくしのお腹は益々丸くせり出して来ていた。
夫の家族と過ごして以来、ふたりが愛し合う回数が増えたような気がする。
それはつくしの身体を心配してゆっくりと、時間をかけて愛し合う行為だった。
つくしの顔に手を添え、見つめ合いながらエロティックな言葉を囁いて気持ちを高めていく。
きれいだ、おまえが欲しいと囁きながらも決して無理をさせるようなことはなかった。
ゆっくりと温かく溶け合うような行為だが、それでも静かに命じることは忘れなかった。
丸みを帯びたお腹に語りかけながら口づけをし、鼻をこすりつけた。
それは司が自分の息子にする挨拶だった。
そして崇拝の気持ちを込めて優しく撫でまわす大きな手。
そうしながらもつくしのヒップをつかんで自らの方へとたぐり寄せ、両脚を開かせると優しくさわってきた。
つくしの入り口で少し躊躇したように思えた指は、性器を隠す襞をもてあそび、身体の力が抜け、ほぐれるのを待った。
そしてそんなとき
「おまえのあそこはとびきり美味い」と大きな声でいうものだからつくしに殴られていた。
****
夫婦としての生活も板についてきたとは言え、この仰々しいほどの名前にはなかなか馴染めずにいた。
夫の家族と過ごしたあとで二人の結婚は公表された。
あのとき、二人の男性が庭で交わしていた話はなんだったのか。
理論的に考えれば、やはり自分が父親のようになってしまうのではないかと言う思いが司のなかにはあったのだろう。
親子が自然な形で触れ合って育ってこなかっただけに、自分が親になる前に確かめておきたかったこともあったのだろう。
そして母親も夫と息子との関係が最悪だったことはよく理解していたようだ。
つくしに向かっては息子の自主性を重んじて自由にさせ過ぎたなんてことを言ってはいても、実のところは決していい親子関係ではなかったはずだ。普通の親ならまず自分の息子の自慢話などしないはずだから。あれはあくまでもあたしの為に大袈裟に言ってみたのだろう。
結婚が公表されたことによりつくしの生活は一変していた。
公表直後は色々とメディアにも取り沙汰されていたが、それも一過性のことで喉元過ぎればなんとかで、新聞に書かれるとかそう言ったことはまだない。
結婚する前なら自分が新聞に載るとすれば研究成果が認められた小さな記事程度だと思っていた。だがこれからはそうとも限らない。
そしてこれからは牧野つくしと名乗ることは出来なくなった。
研究所で使う名前に抵抗がないわけではなかった。
今まで書いた論文には牧野の名前。
たかが苗字、されど苗字だ。
道明寺つくし・・どうもピンとこなかった。
『 T研究所 道明寺つくし Ph.D. 』
ただこの名前はつくしのこれからの人生の中で大きな喜びとなることは間違いがないはずだ。
この名前が世界で称賛される日、それは多分そう遠くない未来の話。
道明寺と言う名前になると言うことは、これからはどこかで何かをすればそれはすぐ話題になるらしい。
いくら何でも大袈裟過ぎるのではと思ったが、どうやら全世界が知ることになるらしい。
道明寺という名前はそれだけ大きな力があるということなのだろう。
あのとき、義理の母親の気心が知れない相手以外とはおしゃべりなんてとんでもない、とばかりつくしに対して言いたい放題喋っていたことが理解できた。
『つくしさん、公衆の面前での発言は充分注意なさい』と忠告を受けていた。
あれだけ喋っていた女性は柳眉を逆立て、口元を堅く結び世間が噂をする通りの鉄の女に戻っていた。
ただ、それはあくまでも外部に対しての姿勢であって家族に対しては別だった。
この一族は世界の中での自分達の立場というものを理解している。
風が吹けば桶屋が儲かるではないが、不用意に放ったそのひと言がまったく関係のないようなことにまで影響を及ぼすと言うことだ。
何気ないひと言で会社の株価が下がり、下げ止まらなくなってしまうこともよくある話だ。
つくしの身近なことで変化があったと言えば・・
まずは研究所の人間の対応が変わった。
あのいけすかない経理の男性の態度。
やたらと見合いを勧めてきた初老の理事。
誰もかれもがつくしの傍に寄りたがる。
名のあるお金持ちと結婚すると言うことがこんなにも周囲の人間の態度を変えるとは、ああ、素晴らしき哉、人生!と言いたいところだが不自由なことこのうえなかった。
今まで自分の人生は、コツコツと日常の積み重ねで研究所と自宅の往復で終わっていたが、妊娠、結婚でこんなにも人生が変わるなんて。
女の人生は男で左右されるなんてことを誰か言っていたような気がする。
事実、半年前までまったく知らなかった人が自分に挨拶をしてくるようになった。
一日で何人の見知らぬ人間から挨拶をされたことか!
うちの研究所にはこんなにも人がいたのかという程でつくしは正直疲れていた。
これから先も多分名前も知らないような親戚なんていうのも現れるに違いがなかった。
「道明寺さん、今日はご主人がお迎えにくるんですか?」
「さすがにそのお腹なのに電車で帰るなんてことはないですよね?」
つくしもそろそろ産休に入ろうかという頃だった。
「でも、牧野・・じゃなかった道明寺さんがまさか・・結婚するだなんて、それも妊娠までしていたなんて全然気がつきませんでした」
つくしは机のうえを片づけて帰ろうとしていた。
「牧野さん・・じゃなかった。それにしても道明寺さんって結婚されても相変らずなんですね」
「なにが相変らずなの?」
「だってもうこんなにお腹が大きくなってるのにまだ仕事してるなんて・・奥様なんだからそんなに仕事しなくてもお家でゆっくりされたらいいじゃないですか」
「あたしはこっちの生活の方が好きよ・・」
「またぁ・・だってあのご主人ですよ?あの道明寺司でしょ?大金持ちでセレブの・・」
「それに道明寺さんってあの世田谷の豪邸ですか?」
「ううん?違うわよ?」
「え?違うんですか?」いぶかしそうに聞いてきた。
「うーん、でも今のところも結構素敵な部屋なのよ?」
若い子は何でも遠慮会釈もなく聞いてくるから困る。
その好奇心をもう少し顕微鏡のなかに向けて欲しい。
つくしが机の引き出しに鍵をかけたとき、携帯電話の着信音が特定の相手からのメッセージを伝えてきた。
メールを開いてみれば
「いま着いた。早く来い」
文面は短くそれだけだった。
はいはい。わかりました。すぐに。
つくしは今から行きますとだけ返信を返した。
「じゃあね。お先に失礼します」
と、ひと声かけるとつくしは研究室をあとにした。
司はまさに卒倒しそうだった。
大きなお腹を抱えた女がゆっくりとこちらへ向かって来ている。
転ぶんじゃねぇかと思うと居ても立っても居られない気持ちでつくしの傍へ駆け寄っていた。
いつまでたっても仕事を辞めようとしない女に口出しをしようにも、自分の仕事に誇りを持っているのにそんなことが言えるわけがなかった。
仕事を辞めろとは言わない。なにしろこいつのライフワークである研究もいつかはノーベル賞でも取るんじゃないかと言われているからだ。
まあ、そのうちこんなチンケな研究施設じゃなくてもっと巨大な施設を建てアイツの名前を冠としてつけてやる。
道明寺つくし記念財団研究所とか・・
「どうかしたの?そんなに慌てて」
「あ?世界で一番賢い女を見てた」
「なに?それあたしのこと?」
なかなか姿を現さなかったあたしを見てイライラとした態度が見て取れたけど、背が高くてハンサムな男が自分を見つめて世界で一番賢い女だなんて言ってくれた。
が、間髪置かずに「いや。間違いだ」と訂正された。
「はぁ?なによそれは!」
つくしは司の言葉に本心で言ったのかどうか聞きたくなった。
あたしから賢さを取ったら何が残るのよ!
だが次に司の口から放たれた言葉につくしの胸はときめいた。
「世界で一番いい女だ、おまえは」と微笑みを抑えながら照れくさそうに言った。
へぇ。そう。
賢い女からいい女に格上げしてくれたの?
「ねえ、でも出会ったときは、あの日は厄日だと思ったんじゃないの?まさに仏滅とか」
「厄日どころか、厄介な女に憑りつかれたと思ったな」
出会った頃には決して見せなかった笑顔がそこにはあった。
つくしも妊娠だけを目的にこの男に近づいただけに、こんな事になるとは思いもしなかった。
「ねえ、まさか今更こんな女とか、こんな人生を歩む予定じゃなかったとか言うんじゃないでしょうね?」
「まったく・・・そうだよな。なんで俺がおまえみてぇなチビの嘘つき女と結婚しなきゃならなくなったんだか・・」
その言葉は疑問半分否定半分と言ったところだろうか。
「記憶違いだったらいけないから確認したいんだけど、最初に好きだって言ったのはあんたなんだからね?」
つくしはむきになって言った。
「そうか?」と笑う司。
「それからそのチビの嘘つき女っていう言い方、いい加減やめてくれない?」
「いつまでもお腹の子にそんな言葉、聞かせていて覚えていたら困るじゃない」
「赤ちゃん、聞いてるんだから」
「だよなぁ。おまえの夜の声も聞こえて・・」ニヤリと笑った。
「う、うるさいわよ!」と言いながらもつくしの顔は耳まで赤く染まっていた。
出会ってからのいい思い出も悪い思い出もすべてが許されるような微笑みがそこにはあった。
おかしな理由で結婚するなんてことも世の中探せばいくらでもあるだろう。それも今となっては誰かが何かを言うわけでもなく、人それぞれだとつくしは考えた。
屈みこんできた司に耳元で囁かれたのはさっきの言葉の続きで
「厄介な女だけど世界で一番いい女だ」と惚れ惚れと言われた。
恋なんて予告も無く突然の出来事でまさに人生が一変していた。
そう思ったその瞬間、まぎれもない感情がこみ上げていた。
それは今までの人生で経験したことが無かった感情だった。
こんなふうに自分を愛してくれる人がいるなんて、あたしは世界で一番いい女だ。
< 完 >*恋の予感は突然に*

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そして最後までお付き合い頂き有難うございました(低頭)
今後の予定についてはまた後ほどお知らせ致しますので宜しくお願いいたします。
Comment:23
はじめからいやらしいです。
こちらのお話はお読み飛ばし頂いても本編にはまったく影響はございません。
苦手な方、未成年者の方はお控え下さい。
*********************************
「あ・・あん・・つ、つかさ・・」
あえぎを必死におさえようとしたが完璧な唇で舐め回されては抵抗出来なかった。
つくしが丸いお腹にボディクリームを塗る場面に遭遇した司は自らクリームを手にとると両手に馴染ませながら「俺は親父みたいにはならないから心配すんな」という言葉がいつの間にか「ひと晩じゅうかけて塗ってやる」に変わっていた。
「だから裸になれ」司はつくしのパジャマをはぎとると自分も裸になっていた。
「食っちまいてぇ」司がささやいた。
「ここどうしたんだ?こんなに濡らして」
唇での探検は大胆に、そして深くなった。
脚のあいだの濡れた唇を自分の唇とあわせ、押し開いて舌を挿し入れた。
「すげぇきれいだ」
「ああっダメ・・・」
「やわらかくて・・かわいい」ぺろりと舐められた。
「やぁ・・だめ・・あん・・」
「何がだめなんだ?」
唇で舐めまわし、舌を入れ容赦なく吸った。
「はぁ・・ん・・ああん・・我慢・・できない・・」
「ダメだ。我慢しろ」と舌で犯され続けた。
司は顔を離すと濡れて膨らんでいる場所を親指でいたぶった。
「お、おねがい・・つかさ・・」
「おまえセックス基礎講座を受けたよな?俺が教えてやったよな?」
司の黒い瞳が熱を帯びた。
こんなときにそんなことを言うなんて・・
それは心肺蘇生術の名目で受けたような気がする・・
でももう随分と前のような気がする。
「欲しいんならちゃんと言わなきゃわかんねぇだろ?」
「なあ・・」
「どうして欲しいんだ?」
くちゅりと粘着質の音をさせながらつくしの中に指をいれた。
最初は1本、そして2本と増やし・・入れて・・出して・・入れて・・出してと
繰り返しているうちにつくしの息遣いがはぁはぁと短い喘ぎ声となっていた。
「おい、勝手にいくんじゃねぇぞ」
指を潤いに沈み込めると掻き回した。
して欲しいことを口にしろ・・
司の黒い瞳がより一層深く欲望の色を増したような気がするがつくしは声に出す勇気がなかなか出なかった。言葉にならない呟きならいくらでも口をついて出そうだった。
脚のあいだを掻き回され、甘美な言葉と指使いの責め苦でどうにかなりそうだった。
いつまでも指だけでさぐられていたのでは気が狂いそうだ。
「なあ、やらしい言葉ばっか言ってると腹のチビにも聞こえるか?」
つくしは自分のそこが収縮するのを感じた。まさかとは思うが本当は聞こえているのかも?
司はどう思う?と口元をゆがめ笑いを含んだような声で聞いてきた。
つくしは司のゆがんだ口元がやがて不適な微笑みへと変わるのを見た。
そんな不適な口元と黒く輝く瞳につくしは取りつかれたかのように司を求めることしか出来なくなってきていた。
目をそらすことができず、汗ばんだ身体のまま見つめあっていたがひとつになりたいと言う思いは募るばかりだった。
「お、おねがい・・」
「おねがいってなんだよ?」
「い、今すぐ・・・」
「今すぐ愛して・・」
司は低い声で笑った「なあ、愛してるだろ?こうやって」
「なんだよ、おまえすげぇ欲張りな女になってきたよな」
と割れ目を指でなぞられ堅い突起をつままれた。
「あぁ・・ん・・ち、ちがうの・・・だから・・」
つくしは部屋の明かりがもっと暗かったらよかったのにと願った。
多分自分の顔は真っ赤に染まっているはずだ。
「なんだよ?」
「早くしろってか?」
「これが欲しいってことか?」
司は大きくなったものをつくしの潤いへとこすりつけながらつくしが自分の上に乗っている姿を想像したがそれも限界だった。
司はいたわるように優しくつくしの身体を持ち上げ自分の上へと降ろした。
「俺をおまえのなかに入れてくれ・・」
「む、無理よ・・ダメ・・」
「やるんだ、つくし」
男のそれを手にとってみずからの潤いへと導く。
司に教えられたセックス基礎講座の項目にあったのだろう。
つくしは震える手で司のものを握ると物欲しそうに涎を垂らしている先端を自分の濡れたひだの奥へとゆっくりと押し込んだ。
「はっ・・あ・・ん」
ゆっくりと腰を降ろそうとしていたら待ちきれなくなった司に下から突き上げられ、一気に根元まで入れられた。
「やぁっ・・・あぁ・・あん・・」
かわいらしい声で啼かれて自分の上で以前よりも大きくなった乳房を揺らし快感にあえいでいる女。
「クソッ」
司はつくし尻を持ち上げ上下させながら自分を締め付けてくる感触にすぐにもクライマックスを迎えそうになっていた。
「つ、つかさ・・?」
「・・まだ・・終わってない・・」ざらついた声を漏らした。
ゆっくりだぞ、と思いながらももっとお願いと言われれば当然だとばかり「まかせろ」と答え腰を突き上げ揺らしていた。
もう無理だと言われても辞めるつもりなんかなかった。
「大丈夫だ。ムリなんかじゃねぇはずだ」と低い声で囁けばやがてつくしの身体が絶頂を迎え「つ・・つかさ!」と叫ぶように名前を呼び快楽の高みから自分の胸へと倒れこんだとき、司ははじめて自分を解放していた。

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「あ・・あん・・つ、つかさ・・」
あえぎを必死におさえようとしたが完璧な唇で舐め回されては抵抗出来なかった。
つくしが丸いお腹にボディクリームを塗る場面に遭遇した司は自らクリームを手にとると両手に馴染ませながら「俺は親父みたいにはならないから心配すんな」という言葉がいつの間にか「ひと晩じゅうかけて塗ってやる」に変わっていた。
「だから裸になれ」司はつくしのパジャマをはぎとると自分も裸になっていた。
「食っちまいてぇ」司がささやいた。
「ここどうしたんだ?こんなに濡らして」
唇での探検は大胆に、そして深くなった。
脚のあいだの濡れた唇を自分の唇とあわせ、押し開いて舌を挿し入れた。
「すげぇきれいだ」
「ああっダメ・・・」
「やわらかくて・・かわいい」ぺろりと舐められた。
「やぁ・・だめ・・あん・・」
「何がだめなんだ?」
唇で舐めまわし、舌を入れ容赦なく吸った。
「はぁ・・ん・・ああん・・我慢・・できない・・」
「ダメだ。我慢しろ」と舌で犯され続けた。
司は顔を離すと濡れて膨らんでいる場所を親指でいたぶった。
「お、おねがい・・つかさ・・」
「おまえセックス基礎講座を受けたよな?俺が教えてやったよな?」
司の黒い瞳が熱を帯びた。
こんなときにそんなことを言うなんて・・
それは心肺蘇生術の名目で受けたような気がする・・
でももう随分と前のような気がする。
「欲しいんならちゃんと言わなきゃわかんねぇだろ?」
「なあ・・」
「どうして欲しいんだ?」
くちゅりと粘着質の音をさせながらつくしの中に指をいれた。
最初は1本、そして2本と増やし・・入れて・・出して・・入れて・・出してと
繰り返しているうちにつくしの息遣いがはぁはぁと短い喘ぎ声となっていた。
「おい、勝手にいくんじゃねぇぞ」
指を潤いに沈み込めると掻き回した。
して欲しいことを口にしろ・・
司の黒い瞳がより一層深く欲望の色を増したような気がするがつくしは声に出す勇気がなかなか出なかった。言葉にならない呟きならいくらでも口をついて出そうだった。
脚のあいだを掻き回され、甘美な言葉と指使いの責め苦でどうにかなりそうだった。
いつまでも指だけでさぐられていたのでは気が狂いそうだ。
「なあ、やらしい言葉ばっか言ってると腹のチビにも聞こえるか?」
つくしは自分のそこが収縮するのを感じた。まさかとは思うが本当は聞こえているのかも?
司はどう思う?と口元をゆがめ笑いを含んだような声で聞いてきた。
つくしは司のゆがんだ口元がやがて不適な微笑みへと変わるのを見た。
そんな不適な口元と黒く輝く瞳につくしは取りつかれたかのように司を求めることしか出来なくなってきていた。
目をそらすことができず、汗ばんだ身体のまま見つめあっていたがひとつになりたいと言う思いは募るばかりだった。
「お、おねがい・・」
「おねがいってなんだよ?」
「い、今すぐ・・・」
「今すぐ愛して・・」
司は低い声で笑った「なあ、愛してるだろ?こうやって」
「なんだよ、おまえすげぇ欲張りな女になってきたよな」
と割れ目を指でなぞられ堅い突起をつままれた。
「あぁ・・ん・・ち、ちがうの・・・だから・・」
つくしは部屋の明かりがもっと暗かったらよかったのにと願った。
多分自分の顔は真っ赤に染まっているはずだ。
「なんだよ?」
「早くしろってか?」
「これが欲しいってことか?」
司は大きくなったものをつくしの潤いへとこすりつけながらつくしが自分の上に乗っている姿を想像したがそれも限界だった。
司はいたわるように優しくつくしの身体を持ち上げ自分の上へと降ろした。
「俺をおまえのなかに入れてくれ・・」
「む、無理よ・・ダメ・・」
「やるんだ、つくし」
男のそれを手にとってみずからの潤いへと導く。
司に教えられたセックス基礎講座の項目にあったのだろう。
つくしは震える手で司のものを握ると物欲しそうに涎を垂らしている先端を自分の濡れたひだの奥へとゆっくりと押し込んだ。
「はっ・・あ・・ん」
ゆっくりと腰を降ろそうとしていたら待ちきれなくなった司に下から突き上げられ、一気に根元まで入れられた。
「やぁっ・・・あぁ・・あん・・」
かわいらしい声で啼かれて自分の上で以前よりも大きくなった乳房を揺らし快感にあえいでいる女。
「クソッ」
司はつくし尻を持ち上げ上下させながら自分を締め付けてくる感触にすぐにもクライマックスを迎えそうになっていた。
「つ、つかさ・・?」
「・・まだ・・終わってない・・」ざらついた声を漏らした。
ゆっくりだぞ、と思いながらももっとお願いと言われれば当然だとばかり「まかせろ」と答え腰を突き上げ揺らしていた。
もう無理だと言われても辞めるつもりなんかなかった。
「大丈夫だ。ムリなんかじゃねぇはずだ」と低い声で囁けばやがてつくしの身体が絶頂を迎え「つ・・つかさ!」と叫ぶように名前を呼び快楽の高みから自分の胸へと倒れこんだとき、司ははじめて自分を解放していた。

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「本当のこの子は優しい子なの。でも他人に対してどうも高い壁をつくる傾向があってね」
「その壁を取り払ってくれたのがつくしさんなのかもしれないわね」
「もう何年も前から司には結婚するように言い聞かせていたのよ?素敵な女性と早く結婚しなさいってね」
「別れるつもりなんてないわよね?そんなの許しませんからね!」
あれから司の母親と二人っきりになりこんな会話が交わされていた。
世間では司の母親のことを「鉄の女」と呼ぶらしいが、つくしに言わせれば「ブルドーザーのような女」だと思った。
よく喋る。人の話を聞かない。自分に都合の悪いことは聞いても話さない。
ある意味この人の立場になればそれはそれで当然のことなのかもしれない。
企業経営者とは孤独な職業で本音を語ることは少ない。ひと前では仮面を被り続けなければならない。なぜならその一言一句がその企業の株価や業績を左右しかねないからだ。
いちいち他人の言うことに耳を傾けていたら決断というものが出来ないのかもしれない。
だがこれだけつくしに対して本音で話をすると言うことは、すでに家族として受け入れてくれているということだろう。
ならばとつくしは攻勢に出るタイミングをはかっていた。
「あ、あのあたしの仕事なんですが、まだ続けてもいいんでしょうか。つ、司さんはあたしたちの結婚を公表するつもりなんですが・・」
「あなたにおまかせします」
「あなたがそうしたいならそうすればいいのよ」
どう答えればいいのだろう。
はいそうさせて頂きますと答えてもいいのだろうか。
だがいつかは自分の研究を離れて子育てに専念しなければならない日も来るとは思うが
財閥の奥様としてあたしなんかがやっていけるのだろうか?
「先ほども言いましたけど、あなたから何かを奪うつもりはありません」
「それにあなたには生涯を通して成し遂げたい研究があるのでしょ?」
「わたくしはステレオタイプ的な日本人女性を司の妻に迎えたいとは思っていませんでしたから、つくしさんのような方は大歓迎よ」
「あの子も古典的な女性とは上手く行くとは思えないわ」
率直な言葉でずばりと返されつくしは内心苦笑した。
古典的・・それは格式があるとか、風格があるとかと言う意味だろう。
「さあ、つくしさん。そろそろあなたを解放して差し上げるわ。あなたをいつまでも引き留めていては司もやきもきしているでしょうから」母親は静かに言った。
次はいつ東京に帰ってこられるかわからないけれど身体には気をつけなさいと言われた。
さすがに世界のビジネスシーンの最前線で働く女性は違う。
義理の母親となった女性は世間に見せる顔とは別の一面を持ち合わせていると言うことをつくしは理解した。それは世界を舞台に飛び回る女性には必要なことなのだろう。
人間だれだっていい面もあれば悪い面もあるものだ。あの男だっていけしゃあしゃあと
両親とは仲が悪いという印象をつくしに与えていた。あれはあいつの悪い面なの?
まあ、嘘にはついていいものとそうでないものがあるがこの場合どうなんだろう?
つくしは司を探して広い邸の中を探し回ることをせずとも本人を見つけ出すことが出来た。
親子関係にあることが歴然たる事実の男性たちは広い庭の隅で立ち話をしているかのように見えた。
何もあんなところでとつくしは思ったが何か理由があったのだろう。
松の木は庭師によって美しく剪定されていた。
「司、この松はおまえが生まれたときに植えた松だ」
縁起がいい木で昔から男子の誕生の記念にと植樹されてきた松。
松には広い敷地と手入れにお金がかかると言われるが道明寺家にはそのどちらも関係が無かった。
それにこの敷地ならどんなに大きく育っても問題はなかった。
34年前に植えられた松を前に今更何をと思いながらも父親として息子に話をしておきたいと思った。
「司、わたしとおまえの母親の結婚生活が破たんしそうになったことは知っているな?」
父親は息子の顔色を窺った。当時の司がどうだったかということを思えば心穏やかだとは言えなかった。つくしさんには過去のわだかまりなど一切なく今の親子関係は良好だと思わせるような発言をしていたが、今の息子が自分のことをどう考えているのかがはっきりとはわからなかった。
「ああ。もちろんだ」
「あれはおまえが中等部に入ったころだったな」
あの頃の司は暗い目をした少年に育っていた。父親不在の生活が長く続きまるで父親は最初からいないものだと認識しているかのようだった。
父親になりそこねたのが自分だと今なら言えるようだった。
「そう・・だったか?」
「知っておいて欲しいんだが、あれはわたしが悪かったんだ」
「仕事ばかりで妻にかまってやる・・椿とおまえにかまってやる時間が無かった。
いや、こんなことを言えばいい訳にしか聞こえないだろうが・・。無理にでも家族のための時間を作るべきだったと思う」
「いいか、司。妻の言うことにはきちんと耳を傾けて聞いてやるんだぞ?」
「決してなおざりになんてするな。その言葉の端々に感じられる何かがあるはずだ」
「それを感じ取れ」
それは取返しがきかないような事にはなるなとの気持ちを込めていた。
「まあ、つくしさんのような女性ならまわりくどい言い方なんてしないだろうが、女の気持ちは男のわたしたちには知りようがないんだよ」
その点について異論はないと司は思った。
女の気持ちはまるで山の天気のようにころころ変わる。
ころころ変わると言えばあいつの表情と同じだな。
「そう言えばおまえ煙草はやめたのか?」
「ああ。つくしの身体によくないからな」
「そうか・・」
ふたり並んだ体格はほぼ同じで後姿で見分けるなら髪の毛に混じる白いものを探すしかなかった。
司にとって父親といて何かが違うと感じたのは今日が初めてだったのかもしれない。
その何かというのは自分の心が満ち足りていると感じているからだろうか。
今が満ち足りていると感じられるなら、やはり以前はそうではなかったと言うことだろうか。
つくしは庭から邸内へと戻ってきた司の傍へと近づくと聞いた。
「ねえ、お父様と何を話していたの?」
「 あ? 」
「なんでもねぇよ」
司はつくしを胸に抱き寄せただけでそれ以上なにも言わなかった。

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「その壁を取り払ってくれたのがつくしさんなのかもしれないわね」
「もう何年も前から司には結婚するように言い聞かせていたのよ?素敵な女性と早く結婚しなさいってね」
「別れるつもりなんてないわよね?そんなの許しませんからね!」
あれから司の母親と二人っきりになりこんな会話が交わされていた。
世間では司の母親のことを「鉄の女」と呼ぶらしいが、つくしに言わせれば「ブルドーザーのような女」だと思った。
よく喋る。人の話を聞かない。自分に都合の悪いことは聞いても話さない。
ある意味この人の立場になればそれはそれで当然のことなのかもしれない。
企業経営者とは孤独な職業で本音を語ることは少ない。ひと前では仮面を被り続けなければならない。なぜならその一言一句がその企業の株価や業績を左右しかねないからだ。
いちいち他人の言うことに耳を傾けていたら決断というものが出来ないのかもしれない。
だがこれだけつくしに対して本音で話をすると言うことは、すでに家族として受け入れてくれているということだろう。
ならばとつくしは攻勢に出るタイミングをはかっていた。
「あ、あのあたしの仕事なんですが、まだ続けてもいいんでしょうか。つ、司さんはあたしたちの結婚を公表するつもりなんですが・・」
「あなたにおまかせします」
「あなたがそうしたいならそうすればいいのよ」
どう答えればいいのだろう。
はいそうさせて頂きますと答えてもいいのだろうか。
だがいつかは自分の研究を離れて子育てに専念しなければならない日も来るとは思うが
財閥の奥様としてあたしなんかがやっていけるのだろうか?
「先ほども言いましたけど、あなたから何かを奪うつもりはありません」
「それにあなたには生涯を通して成し遂げたい研究があるのでしょ?」
「わたくしはステレオタイプ的な日本人女性を司の妻に迎えたいとは思っていませんでしたから、つくしさんのような方は大歓迎よ」
「あの子も古典的な女性とは上手く行くとは思えないわ」
率直な言葉でずばりと返されつくしは内心苦笑した。
古典的・・それは格式があるとか、風格があるとかと言う意味だろう。
「さあ、つくしさん。そろそろあなたを解放して差し上げるわ。あなたをいつまでも引き留めていては司もやきもきしているでしょうから」母親は静かに言った。
次はいつ東京に帰ってこられるかわからないけれど身体には気をつけなさいと言われた。
さすがに世界のビジネスシーンの最前線で働く女性は違う。
義理の母親となった女性は世間に見せる顔とは別の一面を持ち合わせていると言うことをつくしは理解した。それは世界を舞台に飛び回る女性には必要なことなのだろう。
人間だれだっていい面もあれば悪い面もあるものだ。あの男だっていけしゃあしゃあと
両親とは仲が悪いという印象をつくしに与えていた。あれはあいつの悪い面なの?
まあ、嘘にはついていいものとそうでないものがあるがこの場合どうなんだろう?
つくしは司を探して広い邸の中を探し回ることをせずとも本人を見つけ出すことが出来た。
親子関係にあることが歴然たる事実の男性たちは広い庭の隅で立ち話をしているかのように見えた。
何もあんなところでとつくしは思ったが何か理由があったのだろう。
松の木は庭師によって美しく剪定されていた。
「司、この松はおまえが生まれたときに植えた松だ」
縁起がいい木で昔から男子の誕生の記念にと植樹されてきた松。
松には広い敷地と手入れにお金がかかると言われるが道明寺家にはそのどちらも関係が無かった。
それにこの敷地ならどんなに大きく育っても問題はなかった。
34年前に植えられた松を前に今更何をと思いながらも父親として息子に話をしておきたいと思った。
「司、わたしとおまえの母親の結婚生活が破たんしそうになったことは知っているな?」
父親は息子の顔色を窺った。当時の司がどうだったかということを思えば心穏やかだとは言えなかった。つくしさんには過去のわだかまりなど一切なく今の親子関係は良好だと思わせるような発言をしていたが、今の息子が自分のことをどう考えているのかがはっきりとはわからなかった。
「ああ。もちろんだ」
「あれはおまえが中等部に入ったころだったな」
あの頃の司は暗い目をした少年に育っていた。父親不在の生活が長く続きまるで父親は最初からいないものだと認識しているかのようだった。
父親になりそこねたのが自分だと今なら言えるようだった。
「そう・・だったか?」
「知っておいて欲しいんだが、あれはわたしが悪かったんだ」
「仕事ばかりで妻にかまってやる・・椿とおまえにかまってやる時間が無かった。
いや、こんなことを言えばいい訳にしか聞こえないだろうが・・。無理にでも家族のための時間を作るべきだったと思う」
「いいか、司。妻の言うことにはきちんと耳を傾けて聞いてやるんだぞ?」
「決してなおざりになんてするな。その言葉の端々に感じられる何かがあるはずだ」
「それを感じ取れ」
それは取返しがきかないような事にはなるなとの気持ちを込めていた。
「まあ、つくしさんのような女性ならまわりくどい言い方なんてしないだろうが、女の気持ちは男のわたしたちには知りようがないんだよ」
その点について異論はないと司は思った。
女の気持ちはまるで山の天気のようにころころ変わる。
ころころ変わると言えばあいつの表情と同じだな。
「そう言えばおまえ煙草はやめたのか?」
「ああ。つくしの身体によくないからな」
「そうか・・」
ふたり並んだ体格はほぼ同じで後姿で見分けるなら髪の毛に混じる白いものを探すしかなかった。
司にとって父親といて何かが違うと感じたのは今日が初めてだったのかもしれない。
その何かというのは自分の心が満ち足りていると感じているからだろうか。
今が満ち足りていると感じられるなら、やはり以前はそうではなかったと言うことだろうか。
つくしは庭から邸内へと戻ってきた司の傍へと近づくと聞いた。
「ねえ、お父様と何を話していたの?」
「 あ? 」
「なんでもねぇよ」
司はつくしを胸に抱き寄せただけでそれ以上なにも言わなかった。

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「それでだ、司。いいかげん自分の人生ストーリーを偽るのは止めたらどうだ?」
長い沈黙のなか、司が舌を打つ音が聞えた。
「酷い話よねまったく。どうせ両親に構ってもらえず荒れた子供時代だったとかそんな話でしょうね」
「確かに留守にすることは多かったと思うわ。だからと言って決して子供たちを顧みないような母親ではなかったのよ」
女性はいきなりくだけたように話を始めた。
「わたしが悪いのよ・・どこでどう育て方を間違えたのか・・・・・司の自主性を重んじるばかりに好き放題をさせてしまったのが悪いのよ・・」
「この子はね・・つくしさんに同情して欲しくてそんな話をしたのよ」
「そうでしょ?司?」
と司を見やった。
「あなた・・椿にもそんな話をするように頼んだそうね?」
女性は深々と息をついた。「いい加減にしなさいよ、司」
司は顔をそむけ、低く毒づいていた。
「いくら好きな女性の気を惹きたいからと言ってあたくしたちを悪者にするのは止めて欲しかったわね」
司がつくしに夢中なのは一目瞭然で、だがつくしはそうでもない様子でそれが逆におかしかった。
いつも女性に夢中になられるのは司のほうで、つくしの世話を甲斐甲斐しくやくような息子を見ていると、すました顔をしているのが難しくなってきた。
ここに座れとか、寒くはないかとかつくしに相手にされたいと一生懸命な姿が我が子ながら滑稽だった。
「つくしさん、わたしたちはあなたの味方よ。気に入りました。あなたたちも年齢的に言って子供が先に出来たとか、順序がどうだとかそんなことは言いませんよ。ねえ、あなた?」
「ああ。わたしは一向にかまわない。それに司に絞殺されるまえに話をしないといけないようだ」
何年か前、司の父親は息子を呼び出すと自分の人生について話をした。
息子も財閥の仕事をこなすようになり、そして男としても自分のことを理解してもらえるのではないだろうかという年齢に達した頃のことだった。
司にとって幼い頃から空白となっていた父親の記憶。
まるでその部分の埋め合わせをするようにと息子と話をすることにした。
道明寺財閥という大きな船には大勢の人間が乗っていて、その船は母船であり沢山の船を率いていかねばならないということ。
大海原を航行する大船団を統率する人間として船が全て同じ方向を目指す為には人生の殆どを船のかじ取りに追われてきたこと。
自分でもいい加減嫌気がさすことがあっても、自分のおかれた立場から簡単には逃げ出すことは出来ないということ。
ちょうど司が物心つきはじめた頃から会社は沢山の試練を抱えていて家族のことを蔑ろにしてしまったのだということだった。
船が沈むことは許されないという立場が家族に寂しい思いをさせてしまったのだと。
確かに昔は内部崩壊をし、家族としては機能不全の状態だったが今ではそれも過去の話で
あるということだった。
つくしは隣に座る司が自分を騙していたなんて信じられなかった。
てっきり両親との仲が悪いなんてことを考えていたあたしはなんだったの?
やっぱり企業経営者は画策を練るのが得意ということかと妙に納得していた。
世間は・・いや夫の口から出ることは全てが本当のことではないということ、それを信じた自分は司の手のひらのうえで踊らされていたのだろうか?
司の父親はつくしが大きな目を見開いてあんた何を考えてるの、とばかりの表情を浮かべ息子を見ている姿に思わず笑いだしそうになっていた。
この一見してアンバランスに見える二人の組み合わせは完璧だと思った。
なにしろこのお嬢さんは司を恐れていないのが見ていてわかった。
そして自分たちを目の前にしても堂々としていて物怖じしない。
司にしても遠回しになにか言われるよりも正面切って言われる方が性に合っている。
彼女のユニークさと率直さが司にはぴったりだ。これ以上の組み合わせはないはずだ。
研究職という職業がそうさせるのかもしれないが、世間の色に染まり切っていないような感性が彼女のユニークさの元なのかもしれない。
そんなことを考え、そして生まれてくる孫に思いをはせていた。
司は隣にすわるつくしの手を握って
「ま、そういうことだ」
と悪びれた様子も見せずに言った。
つくしはじろじろとお腹のあたりを見られているのを感じていた。
「つくしさん、今はお腹の赤ちゃんに対して一番大切なことを優先しなきゃならないと思うが?」
司の父親はさとすような声で言った。
「あなた、研究施設にお勤めされているそうね?」母親が言った。
「は、はい。そうです」
「わたしに任せなさい」
と父親にいきなり言われたつくしは何を任せるのかさっぱりわからなかった。
「もし嘘をついた司のことが嫌になったのなら息子と別れて道明寺家の養女になればいい。 つくしさんの為に最新鋭の設備の整った研究施設を造ろうじゃないか」
「それからつくしさんのご両親にはカサブランカでお会いして来たから何も心配はいらないよ。お忙しい方々のようでこれからカイロまで移動だとおっしゃっていたのでお送りしたんだが、つくしさんの事をよろしくとお願いされたからね」
「素敵ね!娘が増えるし孫も出来たなんて!」
「それもこんなに素敵な娘が出来るなんて!孫はどちらなのかしら?男の子?女の子?
どちらにしてもつくしさんに似て頭のいい子になるに違いないわ!」
「つくしさんみたいなお嬢さんを選ぶなんて、司もあながちバカじゃなかったと言うことね?」
「わたくしたち、わくわくしているのよ?ねえあなた?」
ようやく息をついた母親と父親。
つくしはあっけに取られて司の両親を見つめていた。
つくしは口から出かかった言葉をのみこんだ。
お宅の息子さんが昔はどうだったか知りませんが決してバカではありません。
バカはバカのふりなんて出来ませんから。
バカじゃないからバカな真似が出来るんです。
「そうだな!司よくやった!道明寺家にノーベル賞を受賞するかもしれないレベルの人間がいるなんて末代までの誉れだな」
「そうですよ。司、あなたもつくしさんがノーベル賞を受賞したら大変な名誉なことよ!」
司は母親に向かってにやりとした。
「つくしさん、司をいい気にさせないでね」と暗に受賞することを望まれた。
なんとまあ・・・
つくしは頭がずきずきしてきた。
「だから言ったろ?うちの親の見た目を信じるなって」
とかすかに皮肉を帯びたような声色に、つくしは司の言った言葉の意味を理解した。

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長い沈黙のなか、司が舌を打つ音が聞えた。
「酷い話よねまったく。どうせ両親に構ってもらえず荒れた子供時代だったとかそんな話でしょうね」
「確かに留守にすることは多かったと思うわ。だからと言って決して子供たちを顧みないような母親ではなかったのよ」
女性はいきなりくだけたように話を始めた。
「わたしが悪いのよ・・どこでどう育て方を間違えたのか・・・・・司の自主性を重んじるばかりに好き放題をさせてしまったのが悪いのよ・・」
「この子はね・・つくしさんに同情して欲しくてそんな話をしたのよ」
「そうでしょ?司?」
と司を見やった。
「あなた・・椿にもそんな話をするように頼んだそうね?」
女性は深々と息をついた。「いい加減にしなさいよ、司」
司は顔をそむけ、低く毒づいていた。
「いくら好きな女性の気を惹きたいからと言ってあたくしたちを悪者にするのは止めて欲しかったわね」
司がつくしに夢中なのは一目瞭然で、だがつくしはそうでもない様子でそれが逆におかしかった。
いつも女性に夢中になられるのは司のほうで、つくしの世話を甲斐甲斐しくやくような息子を見ていると、すました顔をしているのが難しくなってきた。
ここに座れとか、寒くはないかとかつくしに相手にされたいと一生懸命な姿が我が子ながら滑稽だった。
「つくしさん、わたしたちはあなたの味方よ。気に入りました。あなたたちも年齢的に言って子供が先に出来たとか、順序がどうだとかそんなことは言いませんよ。ねえ、あなた?」
「ああ。わたしは一向にかまわない。それに司に絞殺されるまえに話をしないといけないようだ」
何年か前、司の父親は息子を呼び出すと自分の人生について話をした。
息子も財閥の仕事をこなすようになり、そして男としても自分のことを理解してもらえるのではないだろうかという年齢に達した頃のことだった。
司にとって幼い頃から空白となっていた父親の記憶。
まるでその部分の埋め合わせをするようにと息子と話をすることにした。
道明寺財閥という大きな船には大勢の人間が乗っていて、その船は母船であり沢山の船を率いていかねばならないということ。
大海原を航行する大船団を統率する人間として船が全て同じ方向を目指す為には人生の殆どを船のかじ取りに追われてきたこと。
自分でもいい加減嫌気がさすことがあっても、自分のおかれた立場から簡単には逃げ出すことは出来ないということ。
ちょうど司が物心つきはじめた頃から会社は沢山の試練を抱えていて家族のことを蔑ろにしてしまったのだということだった。
船が沈むことは許されないという立場が家族に寂しい思いをさせてしまったのだと。
確かに昔は内部崩壊をし、家族としては機能不全の状態だったが今ではそれも過去の話で
あるということだった。
つくしは隣に座る司が自分を騙していたなんて信じられなかった。
てっきり両親との仲が悪いなんてことを考えていたあたしはなんだったの?
やっぱり企業経営者は画策を練るのが得意ということかと妙に納得していた。
世間は・・いや夫の口から出ることは全てが本当のことではないということ、それを信じた自分は司の手のひらのうえで踊らされていたのだろうか?
司の父親はつくしが大きな目を見開いてあんた何を考えてるの、とばかりの表情を浮かべ息子を見ている姿に思わず笑いだしそうになっていた。
この一見してアンバランスに見える二人の組み合わせは完璧だと思った。
なにしろこのお嬢さんは司を恐れていないのが見ていてわかった。
そして自分たちを目の前にしても堂々としていて物怖じしない。
司にしても遠回しになにか言われるよりも正面切って言われる方が性に合っている。
彼女のユニークさと率直さが司にはぴったりだ。これ以上の組み合わせはないはずだ。
研究職という職業がそうさせるのかもしれないが、世間の色に染まり切っていないような感性が彼女のユニークさの元なのかもしれない。
そんなことを考え、そして生まれてくる孫に思いをはせていた。
司は隣にすわるつくしの手を握って
「ま、そういうことだ」
と悪びれた様子も見せずに言った。
つくしはじろじろとお腹のあたりを見られているのを感じていた。
「つくしさん、今はお腹の赤ちゃんに対して一番大切なことを優先しなきゃならないと思うが?」
司の父親はさとすような声で言った。
「あなた、研究施設にお勤めされているそうね?」母親が言った。
「は、はい。そうです」
「わたしに任せなさい」
と父親にいきなり言われたつくしは何を任せるのかさっぱりわからなかった。
「もし嘘をついた司のことが嫌になったのなら息子と別れて道明寺家の養女になればいい。 つくしさんの為に最新鋭の設備の整った研究施設を造ろうじゃないか」
「それからつくしさんのご両親にはカサブランカでお会いして来たから何も心配はいらないよ。お忙しい方々のようでこれからカイロまで移動だとおっしゃっていたのでお送りしたんだが、つくしさんの事をよろしくとお願いされたからね」
「素敵ね!娘が増えるし孫も出来たなんて!」
「それもこんなに素敵な娘が出来るなんて!孫はどちらなのかしら?男の子?女の子?
どちらにしてもつくしさんに似て頭のいい子になるに違いないわ!」
「つくしさんみたいなお嬢さんを選ぶなんて、司もあながちバカじゃなかったと言うことね?」
「わたくしたち、わくわくしているのよ?ねえあなた?」
ようやく息をついた母親と父親。
つくしはあっけに取られて司の両親を見つめていた。
つくしは口から出かかった言葉をのみこんだ。
お宅の息子さんが昔はどうだったか知りませんが決してバカではありません。
バカはバカのふりなんて出来ませんから。
バカじゃないからバカな真似が出来るんです。
「そうだな!司よくやった!道明寺家にノーベル賞を受賞するかもしれないレベルの人間がいるなんて末代までの誉れだな」
「そうですよ。司、あなたもつくしさんがノーベル賞を受賞したら大変な名誉なことよ!」
司は母親に向かってにやりとした。
「つくしさん、司をいい気にさせないでね」と暗に受賞することを望まれた。
なんとまあ・・・
つくしは頭がずきずきしてきた。
「だから言ったろ?うちの親の見た目を信じるなって」
とかすかに皮肉を帯びたような声色に、つくしは司の言った言葉の意味を理解した。

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Comment:3
結婚してからはゴシップ誌で自分の姿を見ることがないようにといつも気を付けてきたがここまで堂々としているとかえって何でもないのかもしれない。
世間は他人の秘密を知りたがるものだ。だが秘密でもなんでもなければ誰も興味など持たない。
道明寺家の人間以外で二人が結婚していることを知っている人間はいないはずだ。
なぜならこの秘密は大きすぎるから。
誰かに話せばきっと世間に知られてしまう。
秘密を知る人間は少なければ少ない程いい。
道明寺司が結婚したという事実は大きなニュースになる。
つまりはそのニュースは誘惑が大きいと言うことだ。その事実を知る人間は新聞社や雑誌社から誘惑される。人は自分だけの秘密と言うものをなぜか秘密にしたがらない。
なぜかしゃべりたがる。
『 親しい友人によると 』 とか
『 とある事情筋 』 とか・・
誰だよ事情筋って!
司はつくしを両親に会わせることによって世間に自分たちの結婚を公表しようと考えていた。
もうそろそろあいつのお腹も目立ってくるころだ。
研究所で根も葉も無いような噂の的になることは決していいことではない。
つくしはあたふたとした印象を与えないように落ち着いてと深呼吸した。
すべてにおいて順序が逆だと怒られそうな気がする。
妊娠、結婚、両親への挨拶・・・
まさにすべての順序が逆だった。
世間の噂に聞く道明寺夫妻とはどんな人物なのか・・
こわばってしまう顔をなんとか作り笑いでごまかそうとしていたが目だけは笑うことが出来なかった。
つくしは真正面に座る二人の顔をひたすら見つめていた。
今、自分の目の前にいるのは名家に生まれた者が持つ独特の雰囲気をまとった夫妻だった。
司の両親は二人とも冷淡で子供のことなど顧みなかったと聞いていた。
母親にも父親にも見放されて育った子供時代。
父親不在で育ったため自分は親になる自信がないなど聞かされていた手前、司の父親はどんな人物なのだろうかと想像していた。
せめて事前に写真でも見ておけばよかった。
世界的な企業のトップともなれば写真など探せばいくらでも見つかったはずだから。
だが、どうやら写真は必要がなかったようだ。
いつも自分が目の当たりにしているのと同じ顔の人物がそこにいた。
司の父親は息子と同じように魅力的な男性だった。
とても34歳にもなる息子がいるようには見えなかった。
あらためて近くでまじまじと見ると息子にそっくりでまるで息子がそのまま年をとったようだ。
くるくるの髪の毛はこめかみに多少の白髪が混じるもののかっこ良すぎる!
挑むような視線といい、彫が深く端正な顔立ちなんてまるで3Dプリンターでコピーしたみたい。
といってもコピーは息子の方だけど。
DNAって恐ろしい・・・
人間としての進化の過程でこんなにもそっくりな遺伝子の持ち主なんているのかと驚いた。
是非研究してみたい。
二人で産婦人科を受診しつくしのお腹の中の子供は男の子だとわかっていた。
もしかして、あたしのお腹のなかにいる子供もこんな感じになるの?
髪の毛はやっぱりくるくるしているのだろうか?
そんなことを考えていたら、相手もつくしのことを遠慮なく見つめてきていた。
つくしは自分がまじまじと見つめていることに気が付いて失礼なことをしたと我に返った。
「あの、はじめまして。牧野つくしです」
こわばった顔にこわばった微笑みを張り付けたままで言った。
「牧野さん?あなた司と結婚したんですよね?」
挨拶もまわりくどい言い方も一切なくいきなり事実だけを述べられた。
「え?は、はい。そうです」
「ならなぜ牧野と名乗るんですか?」
その言葉につくしは慌てていた。
「え、あ、あの・・・」
「お、おやじ・・ま、まきのは・・こいつは仕事で牧野を名乗ってるからついクセが・・」
「司、おまえは黙ってなさい」
「わたしはこちらの女性と話をしているんだ。口を出すな」と一喝した。
世界的企業のトップともなると自分の息子に対しての言葉にも容赦はなかった。
時計の秒針の音まで聞こえそうなくらいの静けさが流れるようななか、司の両親は互いの視線を交わしていた。
「つくしさん?」父親の隣に座す女性が話をはじめた。
その女性は黒い髪をきっちりと結い富裕層の女性が好むような上品で優雅な装飾品を身につけているのが見て取れた。歳はいくつ位なのだろう。
どう見ても50歳くらいにしか見えなかった。
目元に多少の皺があったとしてもその皺が決して彼女の美貌を損なっているというわけではなかった。
そしてその美しい面差しは娘である椿に受け継がれていた。
「は、はい!」
「司がわたくしたちのことをどのようにあなたに話したのか見当はついています」
と思いもよらない話題につくしは戸惑った。
それはつくしが予想していた言葉とは違っていたからだ。
名家の御曹司に庶民の娘だなんて格式が違い過ぎてお粗末すぎる。
別れてくれ?別れろ?
そんな言葉を口にされることを予想していたが、何やら話の方向性が違っているように思われた。
つくしは自分の懸念が言葉に現れないようにと言葉を継いだ。
「あ、あのご両親様ともに会社を経営されていると言うことでいつもお忙しくされているとお伺いしています」
「ご挨拶が遅くなり大変申し訳ございません」
つくしはそこまで言うと固唾をのんで息を殺した。
いい歳をしてまともに挨拶も出来ないような人間だなんて思われたくなかった。
「いいのよ。そんなに堅苦しく話さなくても」
「どうせ司のことです。また例の話をしたのでしょうね・・」
司の母親はそこまで言うと指に嵌められた大ぶりな石と同じ輝きを持つイヤリングに手をやっていた。
そして呆れたように司を見ていた。

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世間は他人の秘密を知りたがるものだ。だが秘密でもなんでもなければ誰も興味など持たない。
道明寺家の人間以外で二人が結婚していることを知っている人間はいないはずだ。
なぜならこの秘密は大きすぎるから。
誰かに話せばきっと世間に知られてしまう。
秘密を知る人間は少なければ少ない程いい。
道明寺司が結婚したという事実は大きなニュースになる。
つまりはそのニュースは誘惑が大きいと言うことだ。その事実を知る人間は新聞社や雑誌社から誘惑される。人は自分だけの秘密と言うものをなぜか秘密にしたがらない。
なぜかしゃべりたがる。
『 親しい友人によると 』 とか
『 とある事情筋 』 とか・・
誰だよ事情筋って!
司はつくしを両親に会わせることによって世間に自分たちの結婚を公表しようと考えていた。
もうそろそろあいつのお腹も目立ってくるころだ。
研究所で根も葉も無いような噂の的になることは決していいことではない。
つくしはあたふたとした印象を与えないように落ち着いてと深呼吸した。
すべてにおいて順序が逆だと怒られそうな気がする。
妊娠、結婚、両親への挨拶・・・
まさにすべての順序が逆だった。
世間の噂に聞く道明寺夫妻とはどんな人物なのか・・
こわばってしまう顔をなんとか作り笑いでごまかそうとしていたが目だけは笑うことが出来なかった。
つくしは真正面に座る二人の顔をひたすら見つめていた。
今、自分の目の前にいるのは名家に生まれた者が持つ独特の雰囲気をまとった夫妻だった。
司の両親は二人とも冷淡で子供のことなど顧みなかったと聞いていた。
母親にも父親にも見放されて育った子供時代。
父親不在で育ったため自分は親になる自信がないなど聞かされていた手前、司の父親はどんな人物なのだろうかと想像していた。
せめて事前に写真でも見ておけばよかった。
世界的な企業のトップともなれば写真など探せばいくらでも見つかったはずだから。
だが、どうやら写真は必要がなかったようだ。
いつも自分が目の当たりにしているのと同じ顔の人物がそこにいた。
司の父親は息子と同じように魅力的な男性だった。
とても34歳にもなる息子がいるようには見えなかった。
あらためて近くでまじまじと見ると息子にそっくりでまるで息子がそのまま年をとったようだ。
くるくるの髪の毛はこめかみに多少の白髪が混じるもののかっこ良すぎる!
挑むような視線といい、彫が深く端正な顔立ちなんてまるで3Dプリンターでコピーしたみたい。
といってもコピーは息子の方だけど。
DNAって恐ろしい・・・
人間としての進化の過程でこんなにもそっくりな遺伝子の持ち主なんているのかと驚いた。
是非研究してみたい。
二人で産婦人科を受診しつくしのお腹の中の子供は男の子だとわかっていた。
もしかして、あたしのお腹のなかにいる子供もこんな感じになるの?
髪の毛はやっぱりくるくるしているのだろうか?
そんなことを考えていたら、相手もつくしのことを遠慮なく見つめてきていた。
つくしは自分がまじまじと見つめていることに気が付いて失礼なことをしたと我に返った。
「あの、はじめまして。牧野つくしです」
こわばった顔にこわばった微笑みを張り付けたままで言った。
「牧野さん?あなた司と結婚したんですよね?」
挨拶もまわりくどい言い方も一切なくいきなり事実だけを述べられた。
「え?は、はい。そうです」
「ならなぜ牧野と名乗るんですか?」
その言葉につくしは慌てていた。
「え、あ、あの・・・」
「お、おやじ・・ま、まきのは・・こいつは仕事で牧野を名乗ってるからついクセが・・」
「司、おまえは黙ってなさい」
「わたしはこちらの女性と話をしているんだ。口を出すな」と一喝した。
世界的企業のトップともなると自分の息子に対しての言葉にも容赦はなかった。
時計の秒針の音まで聞こえそうなくらいの静けさが流れるようななか、司の両親は互いの視線を交わしていた。
「つくしさん?」父親の隣に座す女性が話をはじめた。
その女性は黒い髪をきっちりと結い富裕層の女性が好むような上品で優雅な装飾品を身につけているのが見て取れた。歳はいくつ位なのだろう。
どう見ても50歳くらいにしか見えなかった。
目元に多少の皺があったとしてもその皺が決して彼女の美貌を損なっているというわけではなかった。
そしてその美しい面差しは娘である椿に受け継がれていた。
「は、はい!」
「司がわたくしたちのことをどのようにあなたに話したのか見当はついています」
と思いもよらない話題につくしは戸惑った。
それはつくしが予想していた言葉とは違っていたからだ。
名家の御曹司に庶民の娘だなんて格式が違い過ぎてお粗末すぎる。
別れてくれ?別れろ?
そんな言葉を口にされることを予想していたが、何やら話の方向性が違っているように思われた。
つくしは自分の懸念が言葉に現れないようにと言葉を継いだ。
「あ、あのご両親様ともに会社を経営されていると言うことでいつもお忙しくされているとお伺いしています」
「ご挨拶が遅くなり大変申し訳ございません」
つくしはそこまで言うと固唾をのんで息を殺した。
いい歳をしてまともに挨拶も出来ないような人間だなんて思われたくなかった。
「いいのよ。そんなに堅苦しく話さなくても」
「どうせ司のことです。また例の話をしたのでしょうね・・」
司の母親はそこまで言うと指に嵌められた大ぶりな石と同じ輝きを持つイヤリングに手をやっていた。
そして呆れたように司を見ていた。

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土砂降りの雨のなか、車は高速道路を猛烈なスピードで走り抜けていた。
こんな雨のなかでも司は上機嫌だった。
雨は二人の始まりだったから・・・
司はハンドルを握るとアクセルを踏み込んでいた。
山荘へと続く道には雨に濡れた落ち葉があり、車が滑る恐れもあったがスピードを落とすことはない。
カーブがきつく道路は険しい山道だったがアクセルとブレーキを上手く使い分けていた。
まあ仕方がない。雨はいつまでも降り続くわけじゃない。
運転には自信がある。
司はこんな無鉄砲な運転をしてもつくしがまったく気にしていないことに満足していた。
彼は横目でつくしを見た。
彼女は助手席で身動きすることなく穏やかに息をしていた。
窓越しに動くワイパーはフロントガラスを打ちつける雨をかきわけている。
一瞬だけ目を向けたバックミラーの中にあの男の姿が見えたような気がした。
類
不愉快な男だ。
仇敵のように睨み合ったとき、あいつは俺が牧野を手元に置いていることに気づいた。
類は心に思うことを簡単に口にする男ではなかった。
昔から自らのことを表現したり話したりすることはしなかった。
だが牧野に出会ってからあいつは変わっていった。
他人に対し排他的だった男は牧野と出会ってからこの女に魅了されていった。
だがそれは司も同じだ。
牧野つくしがいなくなったと言ったところで類に出来ることがあるのか?
だがあの男、俺にかましを入れてきやがった。
二人とも大きな会社の跡取り息子で社会に出れば司と類の争いはやがては企業経営にかかわる者としての争いとなっていた。いくつかの事業を共同で手掛けていたとしても男同士どこかでライバルとして意識していたのは間違いない。
これまでのところ両社の売上高としては道明寺の方が上だ。
当然と言えば当然だがどちらも巨大なビジネス帝国で分かちがたく結びついている部門もあった。
同じ女を好きになり、ひとりはその女と別れて10年、かたやもうひとりはその女と暮らして10年。自分が分かち合えたはずの10年はあの男が牧野と過ごした10年。
自分の傍らで大人しくしている女の人生から類という男を排除するということは、司にとっては大きな意味を持っている。
何事も遅すぎることはない。
むしろ遅いくらいだ。
司は車を止めるとつくしを両腕に抱き、山荘の中へと足を向けていた。
身じろぎもせず大人しく司の腕の中にいるつくしは夢でも見ているかのように見えた。
そこは大きな山荘。
外部とは遮断されたような環境で司にとっては申し分のない場所。
到着してからつくしを運び入れた部屋には大きな暖炉がありオレンジ色の炎がゆらゆらと揺らめくのが見て取れた。
ここは外部とは隔離されてはいたが、それでも山荘として管理人がいた。
司は前もって用意させておいた食事をつくしと一緒に口にしたかった。
世田谷の地下へと閉じ込めていた時にはそれも出来ずにいたが、これから二人っきりの時間をどう過ごすかは決まっていた。
何度つくしを抱こうが愛の行為とは言えず一方的に自分の欲望を満たすだけの行為。
司はつくしの漆黒の髪を指で梳いてみた。
今は閉じられている大きな瞳でまた自分を見て欲しい。
つくしを服従させることが彼の望みならば、その望みはもうとっくに叶っていた。
静寂のなか、穏やかな呼吸を繰り返しているつくしに対し司は欲望を押さえることが出来なくなっていた。
愛おしいと言う思いの半面の憎しみ。
愛憎相半ばすると言う思いが司の心の中にある。
憎しみのうえに成り立つ満足感というものを手にした今、果たして自分がそれを楽しんでいるのかと言う思いもある。
彼は服を脱ぎ捨てるとつくしの上へと身体を投げ出した。
両腕に抱き、自分の思い通り、どんなことでも牧野にさせることが出来る。
飢えが司を襲っていた。
つくしは身体を横たえたまま、ごく自然な動作で首を横に動かすだけだった。
司はついに彼だけの女を手に入れることが出来た。
決して不当に手に入れたわけではない。
10年間も追い回した獲物と言うわけでもなかった。
たまたまこの女が自分の狩場に飛び込んで来ただけだ。
あの会社が道明寺に対して抱えていた債務を帳消しにしてやった代償として手に入れた女。
つくしが目を覚ましたとき、部屋の中は暖かく誰かの腕の中にいた。
自分がいま誰といるかなど考えなくてもわかっていた。
今更自分の身体に何が起ころうとどうすることも出来ないとわかっていた。
好きとか嫌いとかと言う以前の問題で女として容赦なく現実が突きつけられていた。
はじめてを失ってからこの男の目的をはっきりと意識させられ、行為だけは繰り返されていた。
今のつくしに言えるのは、男の目的は成し遂げられることは無かったと言うことだった。
ストレスで周期が狂うことがあるのはもちろん知っていた。
だがもしかしらたと言う思いも拭えなかった。しかし下腹部に鈍い痛みを感じたとき、それは無いと言うことがわかっていた。
誰もいないこの場所は司にとって好都合だ。
断崖に建つこの山荘は狩猟のために建てられた別荘だ。
「ここは悪くないだろ?」
司はつくしが目を覚ましたことに気付くと言った。
世田谷の地下室で動くことなくただじっとしていたのは、さぞ辛いことだっただろう。
窓がなく外の気配が何も感じられなかった地下と異なり山の上とはいえ外が見えた。
だが外が見えても断崖の上に建つ山荘に出入りできる箇所は限られていた。
司の言葉が聞えたのか聞こえないのか、それとも聞こえないふりをしているのかつくしは何も答えなかった。
つくしは夢でも見たような顔でぼんやりとしていた。
まだ現実が受け止められなかった。
この状況はこれから自分にどんな環境を与えてくれるのか。
そんなことをぼんやりと考えていたとき、突然自分の顔のそばに男の顔があった。
つくしは思わずその顔に視線を合わせていた。
獣のような男の顔は美しかった。
例えその顔に小さな傷あとがあったとしてもだ。
司は低い声でつくしに囁いた。
「牧野、おまえは一生俺と暮らす。俺のそばを離れることは決して許さない」
つくしは何も答えなかった。
「おまえは俺のものだからな」これは警告だ。
つくしは彼を見ていたが、何も言わずに顔をそむけた。
「こっちを見ろ。俺から目をそらすんじゃねぇよ!」
顎をつかまれ、無理やり男の方を向かされ二人は互いの目を見つめ合った。
「なあ、牧野おまえもそうだろ?」
「俺と一緒にいたいだろ?」
それは彼のなかでは不動なことだろう。
「おまえは変わってないな」
司は言い始めた。
つくしは自分の顎をつかんでいた司の手を振り払った。
「どうしてそんなふうに思うわけ?」
「10年も経って何を言ってるの?10年も経てば人は変わる」
司は振り払われた手でつくしの手首を掴んだ。
つくしはその手を振りほどこうとしたが司は手首を握る手に力をこめた。
「いや。変わってない。おまえは昔から泣き叫んで助けを求めるとかそんな女じゃなかっただろ?」
なぜか二人は黙ったままで見つめ合っていた。
こんなことになれば誰しも泣き叫んで助けを求めるはずだ。
だが昔から何に対しても決して怖がることが無い女だった。
学園中から蔑まれ、ののしられても決して弱音を吐くような女ではなかった。
何度も何度も狩損ねた彼の獲物だった。
そしてやっと手に入れたと思ったときには自分の心は惨めに打ち砕かれていた。
今度こそこの女は俺の元から逃げ出すことは出来ない。
彼の獲物は黒い髪をし大きな瞳をした女。
まるでカモシカのようにしなやかな肢体を持つ女。
俺のそばから逃げるならいっそここにある猟銃で撃ち殺してやってもいい。
他の誰かのものになるなら屍になってでも自分の元にいればいい。
つくしは暫く口を閉じたまま何も言わなかった。
そして口を開いたとき、司ははっきりと自分を拒否する言葉を聞いた。
司は恐ろしいほど冷たい形相で立ち上がると何も言わずに一枚の紙をつくしに突きつけた。
「いいもの見せてやるよ」
それは牧野つくしの行方不明届。届け出人は弟、進。
彼はそれを彼女の目の前で引き裂くと燃え盛る炎の中へ投げ入れた。

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こんな雨のなかでも司は上機嫌だった。
雨は二人の始まりだったから・・・
司はハンドルを握るとアクセルを踏み込んでいた。
山荘へと続く道には雨に濡れた落ち葉があり、車が滑る恐れもあったがスピードを落とすことはない。
カーブがきつく道路は険しい山道だったがアクセルとブレーキを上手く使い分けていた。
まあ仕方がない。雨はいつまでも降り続くわけじゃない。
運転には自信がある。
司はこんな無鉄砲な運転をしてもつくしがまったく気にしていないことに満足していた。
彼は横目でつくしを見た。
彼女は助手席で身動きすることなく穏やかに息をしていた。
窓越しに動くワイパーはフロントガラスを打ちつける雨をかきわけている。
一瞬だけ目を向けたバックミラーの中にあの男の姿が見えたような気がした。
類
不愉快な男だ。
仇敵のように睨み合ったとき、あいつは俺が牧野を手元に置いていることに気づいた。
類は心に思うことを簡単に口にする男ではなかった。
昔から自らのことを表現したり話したりすることはしなかった。
だが牧野に出会ってからあいつは変わっていった。
他人に対し排他的だった男は牧野と出会ってからこの女に魅了されていった。
だがそれは司も同じだ。
牧野つくしがいなくなったと言ったところで類に出来ることがあるのか?
だがあの男、俺にかましを入れてきやがった。
二人とも大きな会社の跡取り息子で社会に出れば司と類の争いはやがては企業経営にかかわる者としての争いとなっていた。いくつかの事業を共同で手掛けていたとしても男同士どこかでライバルとして意識していたのは間違いない。
これまでのところ両社の売上高としては道明寺の方が上だ。
当然と言えば当然だがどちらも巨大なビジネス帝国で分かちがたく結びついている部門もあった。
同じ女を好きになり、ひとりはその女と別れて10年、かたやもうひとりはその女と暮らして10年。自分が分かち合えたはずの10年はあの男が牧野と過ごした10年。
自分の傍らで大人しくしている女の人生から類という男を排除するということは、司にとっては大きな意味を持っている。
何事も遅すぎることはない。
むしろ遅いくらいだ。
司は車を止めるとつくしを両腕に抱き、山荘の中へと足を向けていた。
身じろぎもせず大人しく司の腕の中にいるつくしは夢でも見ているかのように見えた。
そこは大きな山荘。
外部とは遮断されたような環境で司にとっては申し分のない場所。
到着してからつくしを運び入れた部屋には大きな暖炉がありオレンジ色の炎がゆらゆらと揺らめくのが見て取れた。
ここは外部とは隔離されてはいたが、それでも山荘として管理人がいた。
司は前もって用意させておいた食事をつくしと一緒に口にしたかった。
世田谷の地下へと閉じ込めていた時にはそれも出来ずにいたが、これから二人っきりの時間をどう過ごすかは決まっていた。
何度つくしを抱こうが愛の行為とは言えず一方的に自分の欲望を満たすだけの行為。
司はつくしの漆黒の髪を指で梳いてみた。
今は閉じられている大きな瞳でまた自分を見て欲しい。
つくしを服従させることが彼の望みならば、その望みはもうとっくに叶っていた。
静寂のなか、穏やかな呼吸を繰り返しているつくしに対し司は欲望を押さえることが出来なくなっていた。
愛おしいと言う思いの半面の憎しみ。
愛憎相半ばすると言う思いが司の心の中にある。
憎しみのうえに成り立つ満足感というものを手にした今、果たして自分がそれを楽しんでいるのかと言う思いもある。
彼は服を脱ぎ捨てるとつくしの上へと身体を投げ出した。
両腕に抱き、自分の思い通り、どんなことでも牧野にさせることが出来る。
飢えが司を襲っていた。
つくしは身体を横たえたまま、ごく自然な動作で首を横に動かすだけだった。
司はついに彼だけの女を手に入れることが出来た。
決して不当に手に入れたわけではない。
10年間も追い回した獲物と言うわけでもなかった。
たまたまこの女が自分の狩場に飛び込んで来ただけだ。
あの会社が道明寺に対して抱えていた債務を帳消しにしてやった代償として手に入れた女。
つくしが目を覚ましたとき、部屋の中は暖かく誰かの腕の中にいた。
自分がいま誰といるかなど考えなくてもわかっていた。
今更自分の身体に何が起ころうとどうすることも出来ないとわかっていた。
好きとか嫌いとかと言う以前の問題で女として容赦なく現実が突きつけられていた。
はじめてを失ってからこの男の目的をはっきりと意識させられ、行為だけは繰り返されていた。
今のつくしに言えるのは、男の目的は成し遂げられることは無かったと言うことだった。
ストレスで周期が狂うことがあるのはもちろん知っていた。
だがもしかしらたと言う思いも拭えなかった。しかし下腹部に鈍い痛みを感じたとき、それは無いと言うことがわかっていた。
誰もいないこの場所は司にとって好都合だ。
断崖に建つこの山荘は狩猟のために建てられた別荘だ。
「ここは悪くないだろ?」
司はつくしが目を覚ましたことに気付くと言った。
世田谷の地下室で動くことなくただじっとしていたのは、さぞ辛いことだっただろう。
窓がなく外の気配が何も感じられなかった地下と異なり山の上とはいえ外が見えた。
だが外が見えても断崖の上に建つ山荘に出入りできる箇所は限られていた。
司の言葉が聞えたのか聞こえないのか、それとも聞こえないふりをしているのかつくしは何も答えなかった。
つくしは夢でも見たような顔でぼんやりとしていた。
まだ現実が受け止められなかった。
この状況はこれから自分にどんな環境を与えてくれるのか。
そんなことをぼんやりと考えていたとき、突然自分の顔のそばに男の顔があった。
つくしは思わずその顔に視線を合わせていた。
獣のような男の顔は美しかった。
例えその顔に小さな傷あとがあったとしてもだ。
司は低い声でつくしに囁いた。
「牧野、おまえは一生俺と暮らす。俺のそばを離れることは決して許さない」
つくしは何も答えなかった。
「おまえは俺のものだからな」これは警告だ。
つくしは彼を見ていたが、何も言わずに顔をそむけた。
「こっちを見ろ。俺から目をそらすんじゃねぇよ!」
顎をつかまれ、無理やり男の方を向かされ二人は互いの目を見つめ合った。
「なあ、牧野おまえもそうだろ?」
「俺と一緒にいたいだろ?」
それは彼のなかでは不動なことだろう。
「おまえは変わってないな」
司は言い始めた。
つくしは自分の顎をつかんでいた司の手を振り払った。
「どうしてそんなふうに思うわけ?」
「10年も経って何を言ってるの?10年も経てば人は変わる」
司は振り払われた手でつくしの手首を掴んだ。
つくしはその手を振りほどこうとしたが司は手首を握る手に力をこめた。
「いや。変わってない。おまえは昔から泣き叫んで助けを求めるとかそんな女じゃなかっただろ?」
なぜか二人は黙ったままで見つめ合っていた。
こんなことになれば誰しも泣き叫んで助けを求めるはずだ。
だが昔から何に対しても決して怖がることが無い女だった。
学園中から蔑まれ、ののしられても決して弱音を吐くような女ではなかった。
何度も何度も狩損ねた彼の獲物だった。
そしてやっと手に入れたと思ったときには自分の心は惨めに打ち砕かれていた。
今度こそこの女は俺の元から逃げ出すことは出来ない。
彼の獲物は黒い髪をし大きな瞳をした女。
まるでカモシカのようにしなやかな肢体を持つ女。
俺のそばから逃げるならいっそここにある猟銃で撃ち殺してやってもいい。
他の誰かのものになるなら屍になってでも自分の元にいればいい。
つくしは暫く口を閉じたまま何も言わなかった。
そして口を開いたとき、司ははっきりと自分を拒否する言葉を聞いた。
司は恐ろしいほど冷たい形相で立ち上がると何も言わずに一枚の紙をつくしに突きつけた。
「いいもの見せてやるよ」
それは牧野つくしの行方不明届。届け出人は弟、進。
彼はそれを彼女の目の前で引き裂くと燃え盛る炎の中へ投げ入れた。

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