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2016
01.31

最後の初恋

彼の美貌は生まれつきのもので、その残忍さは人格形成におけるひとつの通過点だったのかもしれない。
孤独に成長する人間に見られる自己憐憫は無く、むしろ傲慢だった。

そんな彼が恋した相手は人生における未知だ。
彼女は彼にとって未知の存在だった。
上流と呼ばれる家で育てられた彼は、上っ面を繕うような人間ばかりに囲まれて育ったのだから、無為自然として振る舞う彼女は眩しく感じられた。
そして気取りも自惚れもなく、言葉は素直で飾り気がなかった。


いつの頃からか、彼の会話の中にだんだんと彼女の名前が出て来ることが増えてくるようになった。
それは一種の好奇心なのか?
それとも彼女が自分達と同じような人間ではないと言う思いからだったのだろうか?
そんな彼女は学園では孤立していたが、奇妙なことに彼は彼女に対して自分の気持ちを隠せなくなっていた。
だが棘を含んでいる口は、自分の思いを素直に語ろうとはしなかった。





彼が心に秘めた熱烈な思いは、彼女に伝わることはなかった。
なぜならその表現方法は決して良い結果を生むようなものではなかったから。

そしてそんな彼に応じたのは、彼女の無関心と彼に対しての怖れでしかなかった。

彼にとって彼女の愛情を得ようと努力することは、まず人間の愛情が何であるかを理解することから始まった。
周りの人間は彼がそれを理解するようになるまでには、相当な時間がかかるだろうと思っていた。
なぜならば彼自身、愛情というものを与えられたことが無かったから。
だから愛の定義が何であるか理解できないでいた。
もちろん、愛の定義は人それぞれに異なるのだから、何が正しくて何が悪いということを決めることなど誰にも出来はしない。



富と権力に囲まれて育った男は、自分に持てる力を使って彼女の関心を惹こうとした。
高価なものを与えればいいと彼は思った。
そして品物のように彼女の心が買えると思っていた。
だが彼の魂胆なんて彼女には通用しなかった。

俺の何が気に入らないんだ?おまえが望めば何だって手に入れてやる。
そんな彼に対し、彼女が扉の前で振り返って放ったひとことは彼に大きな驚きを与えた。

『あんたなんかにあたしの価値がわかってたまるもんですか!』

まるでそう言われたかのようだった。
価値ってなんだ?人間に価値なんてあるのか?
価値のある人間が俺の周にいるのか? 
当時の彼がそう考えたのは無理もなかった。
彼が目にしていたのは欲にまみれ権力にこびへつらう人間ばかりだったから。
そんな人間は彼にとっては価値をなさなかった。


あのときの彼女はいつもより魅力的で、愛らしくもあり、彼の気持ちが彼女に向かって急速に傾いていくことを手助けしたことにしかならなかった。
そしてそんな彼女の凛とした潔さに、一瞬だが苦々しい思いをしたのも確かだった。
敬意を払われることがあっても蔑まれることには慣れていなかった。
そんな敬意も親の威光を笠に着てと言われていたことは事実だったから。


漠然としたままの思いを抱えた彼は彼女の貧しさを笑い、生意気さをうとましく思った。
だが彼がその夏、生まれてはじめての口づけをしたとき彼は彼女の魅力を理解した。


未知と思われていたものは、彼の心の中ではじめての恋として花ひらくこととなった。



だが、異常とも言えるような彼女に対してのアプローチとは裏腹に彼女が彼に心を許すことはなかった。
自分を拒否されることに我慢が出来なかった彼は、彼女を自らの欲望の世界に引きずりこもうとしていた。それは17歳の少年の性衝動と言えるものだった。
その結果、彼女に顔をそむけられた時は絶望した自分がいた。





あれほど嫌悪していた女という生き物に対してこの男がこび、へつらう姿を見た友人たちはどんなに富があったとしても、どんなに権力があったとしても彼女には砂糖一袋分の価値にしか思えていないのだと思った。
そんな彼の恋はこの先も前途多難だと思われていた。
だが恋は盲目とはよく言ったもので、誰も彼の思いを止めることは出来なかった。



彼が大勢の他人の前で初めて彼なりの愛情を示したことがある。
怒りに駆られた彼は、彼女をめぐっての乱闘事件を引き起こした。
彼を知る人物がその光景を目にしたとき、どう思っただろうか?
彼は自分が恋している女性に対し、他の誰かが手を伸ばして触れることが許せなかった。
例え相手がどんな立場にいる男であろうと彼の気持ちは変わることはなかった。

そして曖昧な恋愛感情だと思われていたものは、やがてひとつの大きな愛へと変わっていった。
まさか自分がこの世の中の常套句として使われる言葉をこれから先、一生、好んで口にするようになるとは思いもしなかった。



「 愛している 」

その言葉が、自分の口をついて出てくるようになるとは思いもしなかった。
自分の気持ちを伝えるのに、もっと気の利いた言葉を言えないものかと自嘲したが、月並みの言葉しか思い浮かばなかった。



あるとき彼は彼女の顔に浮かぶ満面の笑みを見ながら自分の心臓の鼓動を聞いていた。

胸の高まり・・・

それは・・・

まるで彼女の笑顔が、その笑顔だけが、この世の中で一番の重大事だという思いだった。
彼女の幸せこそが自分の幸せだと気づいたとき、彼は本当の意味での愛を理解した。








司の脳裏に甦った彼の人生で一番輝き、生き生きとした日々。
そして愚かだった自分と彼女に出会ってから輝き出した日々を思い出していた。


1月31日の朝、彼はいつものように大勢の人間に見送られて邸を出た。
愛する人からの貴重な包みを見つけたのはその日の朝、ベッドルームへと届けられたひとつの箱だった。

リムジンが1台彼のすぐ前に止まっている。
彼は今朝届けられた箱を手にその車へと乗り込んだ。



司は包装紙を無頓着に破ることはしなかった。
彼はゆっくりと、慎重に手にした箱の包みを剥がしていった。
そして箱の蓋に手をかけると中を覗いてみた。


何だこれ?


なかから出て来たのは封筒に入った1枚のカード。

その文面は短かった。

『 お誕生日おめでとう 』

と書かれたカード。


司は思った。
たったこれだけか?
こんな大きな箱に入っていたのはたった1枚のカードだけ?

司はこのカードの他に何か封筒に入っていないかを確かめてみたが他には何も無かった。
あいつ、カードだけ入れてプレゼントを入れるのを忘れたんじゃねぇのか?
司はそう思った。



だが、そのカードを裏返したとき、彼はこの大きな箱の意味を知った。
司は自分が微笑みを浮かべていることに気づきもせずカードを見ていた。

そのプレゼントはこの箱でもまだ小さいくらいだと思った。
彼はこの箱には入りきらないほどのプレゼントを受け取った。








『 それで、あたしたちいつ結婚するの? 』





そこに書かれていたのは彼が1カ月前、彼女の誕生日にプロポーズした言葉に対する返事。




それは、彼を一番幸せにしてくれる言葉だった。









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司くん、お誕生日おめでとうございます。つくしちゃんとお幸せに。
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2016
01.30

金持ちの御曹司~復讐するは我にあり~

『今後の天然ガスの長期輸入について。
都市ガスの供給は社会的責任を伴う事業である。
効率的な安定供給の為には調達先を増やすべきであり・・・
マレーシアやインドネシアに加えサハリンからの輸入も相当量の・・・』

くそぉ・・・
集中なんて出来るかよ!!


俺は自分の果たすべき役割ってのを充分理解している。
企業経営者としての俺は超一流だからな。
だがなんでこんな日に仕事を持ち帰ったのか後悔している。



ほんの少ししか離れていない場所で牧野が服を脱いでいる。
そんなことを考えると仕事になんか集中できるわけがない。
くそぉ・・・水も滴る牧野の白い身体が目に浮かぶ・・

頭に浮かぶのは熱い湯を浴びている牧野。
両手でいい香りのする泡を作って身体を洗う牧野。
俺があいつの身体を両手で優しく洗ってやりたい・・
色んなところをつまんだり、引っ張ったりして俺がその泡になって牧野の身体を包みたい。
でもって社内で囁かれてる俺の危険な香りってやつも纏わせてみたい・・・
牧野から匂う俺の香かぁ・・・
けど危険な香りってどんな香りなんだ? 天然ガスは無臭だしな・・
二人で泡にまみれてするってのもいいな・・・
バラ色の先端を口に咥えて・・しっとりとした場所に指を突っ込んで・・
でもってその泡がシャワーで流されるとき、あいつの小ぶりだけど形のいい胸をその泡が滑り落ちて消えて行く光景。


くっそぉー!!!


一緒にシャワーを浴びたい・・

無理だ仕事に集中しようとしても、別の部分が鬱血して頭ん中がまとまんねぇ・・
まるでアレで釘でも打てそうだ!

『どうみょうじ・・きて・・?』

そんな声が聞こえる・・・



わけがない・・
けどバスルームでのあらん限りのセックスについて考える。
俺は基本を押さえているつもりだ。
どこをどうすれば牧野が喜ぶかという知識はある。
それをどう生かすかも学習済だ。



司はにんまりした。
頭の中に描いた光景がいま、まさに現実に起こりつつあった。

司はシャツを脱ぎ、椅子のうえに放り投げた。
そしてスラックスを脱ぎにかかっていたとき、つくしがバスルームから姿を現した。

ちっ・・遅かったか・・・

バスルームで思い浮かべていた場面はまさに泡となって流れてしまっていた。

「道明寺そんな恰好でなにしてんの?」
つくしは司が上半身裸で片足をスラックスに入れたままの状態を見て聞いた。
「なんでもねぇよ・・」
皮肉な調子でバリトンの声が答えた。
俺がこんな格好してんのはおまえとシャワーを浴びたいと思ったからだ。
なのによぉ、さっさと出て来やがって・・・
どうすんだよこの中途半端な格好を!
あいつも勝手知ったるなんとかで俺のバスローブなんか着て長い袖のあたりとかくるくると巻き込んでみたりしてなんか色っぽい。
いいよな・・好きな女が俺のモノ着てるってのは・・・
なんか全部俺のモンって感じだよな。
頭から全部喰っちまいてぇ・・・


「道明寺、仕事終わったの?」
終わってねぇよ!終わるわけがねぇだろうが!
おまえが呑気にシャワー貸してなんて言って浴び始めるんだから気になって仕方がなかったんだよ!
あいつに「それ早く決済してもらわないと先に進まないから・・」と言われて持ち帰った書類。
「もう少しで終わる・・」
ってか、終わらせてやる!
仕方なく脱ぎかけたスラックスを履きなおし、脱いだシャツをまた羽織ってみた。
書類とパソコンに目を落としたが、やっぱ無理。
やってらんねぇな・・・
こんな書類いっそ燃やしてやろうかなんて考えたけど牧野に怒られるからやめた。


それよりあいつ、何してんだ?
「おい、牧野なにやってんだ?」
「あーちょっと・・・」
その声は俺のクローゼットの奥から聞こえてきた。
なんだよ、あーちょっとって?

大きなウォークイン・クローゼットの中に牧野はいた。
そこに並ぶのはオーダーメイドのスーツやシャツやおしゃれなネクタイ。
パリッと糊のきいたシャツは洗濯したての匂いがしていた。
そしてジーンズやコットンのシャツも整然と並べられていてひと目でどこに何があるのか
分かるように置かれていた。
俺の物に囲まれている牧野がそこにいた。
「なにやってんだ?」
「ん・・ほら、このまえジーンズのスナップ取れちゃったからつけようと思って持って来たの」
ペタンと床に座ってなにやら手を器用に動かしている。
「そんなことおまえがしなくても・・」

司はオープンカーの運転席で自分の身に起こったことを思い出していた。
ああ・・あん時はすごかった!
俺はマジで死ぬかと思った。
マジで天国にイキソウでどうにかなりそうだった。
ハンドルを握った手は震えがきて・・・ああ、思い出しただけでまた・・


やべぇ・・・

我慢出来ねぇ・・


・・・いいこと思いついた。
ここでもいいか?いいよな?


司はウォークイン・クローゼットの扉を閉じ、電気を消した。
「ちょ、ちょっと、道明寺なにしてんのよ!」
「で、電気つけてよ!」


俺のクローゼットのなか、俺の物に囲まれてる牧野。
バスローブ一枚でちょこんと床に座り込んでる牧野。
「ど、道明寺っ?」
いきなりの暗闇の中、つくしは慌てた。

「ねぇ!道明寺、明かりを・・」
「怖いか?暗闇が?」
「あ、あたりまえじゃない!」
だよな・・
けど、ここは俺んちだ。俺はたとえ暗闇でも何がどこにあるかわかる。
それにおまえの姿もよく見える。
闇は感覚を鋭くさせる。見えない分聴覚、嗅覚が研ぎ澄まされるはずだ。
そして身体中が敏感になる。


「ねぇ!道明寺!そこにいるんでしょ?」
「電気つけてよ!」

反応がなかった。



やだね。

閉じられたクローゼットのなか、暗闇はつくしを混乱させた。
いくら知っている場所とはいえこんなに真っ暗な場所にひとりで取り残されたかと思うと不安になった。

なあ牧野。暗闇と聞いて想像するものは何だ?
孤独とか破滅とか地獄とか死とかだよな?
全部昔の俺が作り出していたもんだよな・・・
そりゃそんなもんに囲まれたら怖えよな。
おまえに出会わなかったら俺はずっとそんな闇のなかで過ごしていたんだろうな。


電気を消して、暗闇にして・・

あんときの復讐の天使にやられたお返しをしてやるからな!
おまえが復讐の天使だったんなら、さしずめ俺は地獄からの使者ってところだな。


暗闇の中でのかすかな音は研ぎ澄まされたつくしの耳には大きく響いた。
ベルトが外される音がして、続いてジッパーの音がした。
徐々にだが目が慣れてきたと思っていたら、どこからか伸びて来た手に結ばれていたローブの紐をほどかれ、つくしは何も身につけていない状態で毛足の長い絨毯のうえに押し倒されていた。
そして衣擦れの音がしたかと思っていたら耳元で低音の甘いささやきが聞こえた。

なあ牧野、インドネシアの暗い森には猛獣がいるらしいじゃねぇかよ?
喰われねぇように気を付けねぇとな・・
頭から骨までしゃぶられて喰われっちまうぞ?
なんでも骨も残らねぇこともあるらしいな・・


そのまえに・・俺がおまえを喰ってやるけど・・
身体の中に牧野を取り込みたい。

飢えが司を襲った。



熱い身体で覆いかぶさって身体ごと牧野を拘束してやった。
でもって両手であいつの身体を持ち上げ四つん這いにさせて自分に引き寄せた。

司は両手をつくしの尻の丸みに這わせるとそこにキスをした。
「やぁっつ!」


やべぇ。
キスじゃなかった・・・
美味そうな尻だったから思わず噛んじまった。

誰か言ってたけど、おまえ猛獣使いって言われてるんだろ?
猛獣使いが猛獣に喰われてるなんざ笑い話だよな。

でもうまくいった。
これから俺は牧野を味わいつくしてやる。
司は甘い復讐に取りかかった。


本当にこいつを喰っちまいてぇ・・・

司はあまりの欲求に身を震わせると一気に貫いていた。
根元まで埋め込んだらぎゅっと締め付けられた。
思わず目も眩むような快感に酔いしれてじっとしてたら

「途中でやめたら許さないから!」
と牧野に怒られた。

やめねぇよ!

司はわざとつくしを待たせていた。
こいつの口から耐えきれなくなってお願いと言う言葉が聞きたかった。
どうだ牧野?あんときの俺の辛さがわかったかよ!

俺は牧野を囚えている。
囚われた牧野。







けど、本当に囚われているのはどっちなんだ?



たぶん、それは俺なんだろうな。




こいつは俺を一生虜にするんだろうな・・・







そして俺は一生こいつから離れられない運命。


欲望が疼きはじめていた。

司はゆっくりと動き出したが、目を閉じると深く激しくつくしを突いていた。








関連記事 オープンカーでの出来事 『優しく殺して』

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2016
01.29

恋の予感は突然に 34

まさかこの男のことでこんなにも頭がいっぱいになるなんてことは考えても見なかった。
子供の生物学的な父親だと割り切っていたけど、知れば知るほど好きになって来た。
あたし達はいきなり夫婦になったから、それ以前の関係が構築されていないからこれから二人でその関係を築いていこうとしていた。


「道明寺に似たらハンサムな子供で、あたしに似たら頭がいい子供だと思う・・」
「そんなもん、両方だったらどうすんだよ?」
「え?ハンサムで頭がいい子?そんなの・・」

あり得る。

この男もあながちバカじゃなかったんだから決して無いとは言えなかった。
どうしよう・・もしそんなことになったらこの子の将来は・・
でも大丈夫よ。あたしみたいな人生は歩ませないから。
あたしがこの子の傍にいて育てるんだから。
勉強だけの人生になんてさせないから。


そのとき二人の前にスポーツタイプの赤いクーペが止まり、ひとりの女性が運転席から颯爽と降りてきた。
その態度は堂々として自信ありげに見えた。
見えたのではない。車を降りてこちらへと歩いてくる態度は自信に満ちていた。
背の高いその女性は長く黒い髪をさっと背中へと払うとヒールの音を響かせながらこちらへと歩いて来た。

「 司!」

その呼びかけにつくしは司の姉の椿さんかと思ったが違っていた。
椿さんよりも随分と若い・・・多分自分よりも若い女性だ。




司はまずいと思った。
そこに現れたのは元恋人だった。
俺の子供が欲しい・・・と言いだしたから別れた女だった。
なんだってそんな女とこんな所で出くわさなきゃなんねぇ?
この女とはきっぱりと別れたつもりだ。
司はなぜか急に息苦しさを感じてきた。
あたりを見回してみても隠れるとこなどなく、迎えの車もまだ来そうになかった。
まさかつくしを置いて逃げるわけにも行かず、司はその場に立ち止まって女が近寄ってくるのを待つしかなかった。
別に突然別れたつもりは無かったし、きちんとけじめをつけて別れたつもりだが・・

仕方ない・・ここは俺が殴られるなり怒鳴られるなり・・
司は覚悟を決めてその場に立っていた。



つくしは滋から聞いていた。
司は女にモテる男だから女の扱いには慣れてると思うわよ?
だからつくしが初めてでもうまくやってくれるわよ?
つくしもはじめはプロの恋人だと思ったくらいの男だから女関係が無かったなんてことは考えたこともなかったし、どんな女とつき合ってたとか興味もなかった。
だが世間では女ったらしだなんて言われていても、その証拠を見たわけでは無かった。
しかしいま目の前で繰り広げられている状況をどう理解すればいいのだろう。
つくしはこれまでに見たこともないような美しい女性を目の前にしていた。



「司!会いたかったわ」
と言って女が司に抱きついてきた。
「な、なんだ?」
司は殴られるか罵倒されるかと思っていただけに言葉が出なかった。

「寂しかったわ。久しぶり!元気だった?」
「酷いじゃない!全然電話にも出てくれないなんて!」
女は真っ赤に塗られた唇を尖らせて言ってきた。
そしてむせ返るような香水の香りが司の回りに漂っている。
「司はあのときあたしが子供が欲しいだなんて言ったから別れようって言ったのよね?」
「あたし、あれは一時の感情の迷いだったのよ・・だからついあんなこと言っちゃって・・司は子供なんて欲しくないものね・・」
「ねえ、だから・・あたし二度とそんなこと言わないからまたやり直しましょ?」

司は自分の隣・・それも少し距離を置いて立つつくしが気になっていた。

ま、まずい・・・
とっくに別れたと思っていたらこの女は俺と別れるつもりがないってことか?

司の頭の中はそんな思いでいっぱいになっていた。


「わ、悪いが俺にはそんなつもりはない」
司はそう言いながら抱きついてきた女の腕を慌てて引き剥がした。
隣を見るのが恐ろしかったが見ないわけにはいかなかった。
思い込みかもしれないがあのでかい瞳が嫌悪に曇った。
なんか・・雲行きが怪しくなってきたのか?
どろどろとした空気が隣から漂って来たように感じられる。

「どうしてよ!もう他につき合ってる女がいるの?」
なんて答えたらいいんだ?司はちらりと隣を見やった。
おまえとの結婚は秘密なんだろ?

『 結婚していることは秘密 』
つくしにそう言われている手前迂闊には言い出せなかった。

「悪いが、二人の関係はもう終わってる」
今はそれしか言えなかった。
隣にいる女と結婚していると言いたかったが言えないでいた。
つくしはといえば、とりすました表情でまるで赤の他人のようなふりをして隣に佇んでいた。
どうしたらいい?こいつ・・何を考えてるんだ?

「そんなこと言わないでよ!あたしたちの身体の相性がどれだけ良かったのか覚えているでしょ?」
「ねえ司は今でもあたしのこと欲しいんじゃないの?」
女はそう言って司の腕に手をかけようとした。

「おい。しつこい女だな!いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ?てめぇのこの手首をへし折ってやろうか!」
司は自分の腕に手の伸ばして来た女の手首を掴むとぎりぎりと締めつけていた。

「その顔に傷を作りたくないならさっさと失せろ!」
この際女をさっさと追い払えるならどんな悪態でもつくつもりだった。

「なによっ!あたしの身体だけが目当てだったの?」
「ひどい男!最低っ!」
女はそんな捨て台詞を残すと車で走り去った。

司は自分の隣に立つ女を見るのが怖かった。
こんな時はなんて言ったらいいんだ?
昔の女と今の女が鉢合わせ・・・
いや今の女じゃない。妻だ!
人生のなかでこんな状況に追い込まれたことは無かった。
神に誓ってもいい。俺はあの女とはきれいさっぱりと別れている。
あのクソ女!!
なあ、俺はおまえのことを真剣に思っている。
「な、なあ・・聞いてくれ・・」


そのときひとりの女性がつくしの隣に立つ男めがけて突進してきた。
「つかさ~!」
背が高くすらりとした長い脚を持つ黒髪の女性。


おい!マジかよ!!

次に現れたのは・・・さっきの女の前に付き合っていた女。
勘弁してくれ!
なんなんだよこのショッピングモールは!

「会いたかった~!」
そう言ってまた抱きつかれていた。









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2016
01.28

恋の予感は突然に 33

よく晴れた休日の午後、つくしは買い物に出かけた。
もちろん一人で・・・のはずだった。

話し合いの結果、やはりこの結婚はまだ世間に公表されるべきではないという結論に至った。だからひと目に触れるような場所での二人の行動は控えなければならない・・・





昨日の夜、司と愛し合って疲れ果てたつくしは午前中をのんびりと過ごしていた。
つくしは司のある一面を見た気がした。
あの男、意外と家庭的なところがあったのだ。
つくしが目覚めたとき、隣に寝ていたはずの男はすでにいなかった。
休日なのに仕事にでも出かけたのかなと思いながらキッチンに足を踏み入れると男が自ら朝食の用意をしていたのだ。
あまりに家庭的な光景につくしは目を疑いたくなった。
今まではどんなに朝食を勧めてみてもどうせ外でブレックファーストミーティングがあるから必要ないと言っていた男がつくしのためにトーストを焼いているではないか!
薄切りのトーストをこんがりキツネ色になるまで焼いてバターを塗って食べる。
そんなつくしの好みに合わせて用意している。

男はいつもどおり隙のない恰好でキッチンに立ってはいたが、その姿はどこか滑稽でいて微笑ましかった。
家にいる時くらいもっと気楽な格好したらいいのに・・
そしてそんな見た目はいつもどおりかっこいい。
そのかっこよさに気づいたのはわりと最近なんだけど・・
なんだかんだと言っても紳士然としてるのはやはり育ちのせいなのかと考えていた。
 
「よう、起きたか?」
「う、うん・・おはよう・・」
「身体は大丈夫か?」
「多分、大丈夫・・」
司はつくしのためにノンカフェィンのコーヒーを用意してくれていた。
つい先日も研究所用にと大量のノンカフェィンコーヒーを用意してくれていた。
そんなに大量には必要ないと思うけど気持ちの表れだと思って受け取った。
だけどそんなに大量には飲めないから研究所の皆さんにもおすそ分けした。

そして話ついでに実はついこの前まで自分の研究室の中ではフラスコでお湯を沸かして飲んでいたなんて話をしたらそんな不衛生なことは二度とするなと怒られた。
でもだいたいの細菌は摂氏100度で死滅するけど?
なんて言ったら耐熱性細菌だってあるだろうが!
と怒鳴られた。
つくしはそのとき司をまじまじと見つめて、どうしてこの男がそんなことを知っているのかといぶかっていたら
「俺だっておまえがどんな仕事をしていて、何に興味があるかくらいは把握してる」
と言われて驚いた。

こんなことも新しい発見だった。
好きな相手のことはなんでも知りたがるような人だったんだ・・


そしてもうひとつ・・。
つくしは大きくため息をついていた。
これも意外な一面だった。

この男は・・・ストーカーだった。

あたしは買い物を楽しみたかった。
それもひとりで・・
「買い物を手伝ってやる」
「俺がアドバイスしてやる」
「なんで俺を追っ払う?」
「親切心から言ってるのに何が不満なんだ!」

あたしはひとりでゆっくりと見て回りたいの。

多分この男は幼いころから超一流のデザイナーの洋服ばかり着こなしてきて
ファッションに対しては鋭敏な目をはぐくんで来たのだろう。
だからあたしが普段着てる洋服なんてごみみたいなものなんだろうけど。
自分の収入の範囲内で、子供と二人暮らしていけるくらいは蓄えなくてはと貯金に励んできたんだから洋服なんてこだわりはなかった。


「ついてこないでよ!」
のひと言でつくしは司を追い払おうとしていた。

「お願いだからひとりで買い物に行かせてよ!今までだってそうだったんだから!」
急に自分の女だと、自分の妻だと意識しはじめた男はつくしのひと言にも動じなかった。
「し、下着を買いたいの」
「だから一人で・・」
「俺が一緒に選んでやる」

結局はひとりになんてさせて貰えなかった。
せっかくの休みなんだからゆっくりしたら?と言っても手伝ってやるの一点張りだった。
どうしてもついて来るなら誰にもバレないようにと変装をしてもらうことにした。
だがあたしの後ろをついて来る背の高い男はどう見ても不審者だった。
だってそれは変装ではなかった。
帽子を目深に被ってマスクをつけた男はどう見ても不審者だ。


ショッピングモールに並ぶ量販店なんてこの男には全く似合わない。
それでもついて行くと言うのだからついて来ればと言えばこの男は意外なことに買い物を楽しんでいるようだった。

だが、つくしが衣類の山を前に買おうか買うまいかと悩み、何かを手にとるたびに買えばいいと言って来るところはファッションセンス以前の問題だ。
とにかく、つくしの手に取るものは何でも買ってやると言う態度だった。
「で?下着はどこで買う?」
「ほ、本当について来る気なの?」
「男の人が女性の下着のお店になんて・・・」
とつくしがまだ話をしている最中に「おい、ここか?」と言って司はつくしの手を掴むとスタスタと下着の販売店に入って行った。

「おまえ、俺の下着眺めてにやにやしてたことがあったよな?」
「ち、違うわよ!あれは・・・その・・派手なパンツだなぁなんて・・」
帽子を目深に被ってマスクをつけた大きな男と小柄な女が下着を見ている姿は周りの人間から見ればさぞや不思議な光景に見えただろう。
つくしはチラチラと視線を向けられているような気がしていた。
逆にこの男が帽子もマスクも外したらそれはそれで注目の的になることは間違いないだろうけど。
こんな店にいて恥ずかしくないのかこの男は?

「おい、これがいい」
と司が指さした先にはレースで出来た黒い下着があった。
この男の下着と同じでどう見ても実用的ではなかった。
「いやよ!そんな下着なんて」
つくしはそろそろマタニティ用の下着も買い揃えなきゃと思いながら店内を見渡していた。
「じゃあこれはどうだ?」
「だからなんで・・・」
とつくしが振り向いて見れば男は総レースの黒いナイティを着たマネキンの前にいた。
ただでさえ女性ばかりの店に帽子を目深に被りマスクをつけた男は完璧な変態だ。
店員に不審者がいると通報される前に出たほうが懸命だと思えてきた。

「ねえ、どう、道明寺・・出よう・・」
「あ?なんでだよっ!」
「またゆっくり・・」
あたしひとりで来るから・・

「なあ、これがいい。俺はこれを着たおまえが見たい」
「やっぱりおまえは黒が似合う・・」
「な、なんで黒なのよ!」
「なんでって俺たちの初めてのとき、おまえ黒の下着だったし、それによぉ白い肌の女は黒の下着がよく似合うんだ」
つくしはその言葉に真っ赤になりながらも男の腕を掴むと店を出た。
これ以上ここにいたら本当に通報されそうだったし、落ちついて買い物なんて出来ないと思っていた。

ショッピングモールを出たところへ車が迎えに来ると言うので二人で待っていた。
司はここならもうこんな変装はしなくてもいいだろうと目深に被っていた帽子とマスクを外していた。
まさかそのタイミングで向う側から走ってきた車の中に見知った顔の人間がいるとは思ってもいなかった。









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2016
01.27

恋の予感は突然に 32

つくしは本当に心肺蘇生が必要になりそうだった。
肺の酸素が底をつきそうで、それでも司にしがみつきキスをしていた。

もっと彼に触れて欲しい。

つくしは司のコロンの香と口の中に送られてくる彼の味に恍惚を感じていた。
この人の唾液ならいくらでも欲しいと思うなんて・・・
人間の唾液には細菌がうようよいるのに・・

司はつくしの思考を読んだかのように身を起こした。
「おまえ、いま何か考えただろ?」
「 え? 」
「どうせまた研究のことでも考えたんじゃねぇのか?」
「ど、どうして?」
「やっぱそうか・・」
司はからかうように言ってつくしの顎を持ち上げた。
「もっと俺に集中できるようにしねぇといけねぇってことか・・」
「で?何考えたんだ?言ってみろよ?」
「あ、あのね・・人間の唾液には細菌が沢山いるの・・」
つくしは小さな声で話した。
「で、でもね、あたし・・い、今までこんなに激しいキスなんてしたことがなかったから驚いちゃって・・つい余計なこと考えちゃって・・」
「でも、あんたの唾液なら・・汚いなんて思わない・・」

もっと欲しい・・・

つくしは恥ずかしさと、戸惑いでそれ以上話せなかった。

「じゃあ・・もっとやるよ・・」
司はかすれた声でつぶやくと可笑しそうにつくしを見た。
「聞こえてる・・おまえのひとり言・・」


司は口を開くと、つくしの唇をむさぼるように覆ってきた。
いいか?今度はちゃんと息しろよ?


司は引き締まった身体でつくしを押し潰すことがないようにしながらも、自分の身体が何を求めているのか伝えることを忘れなかった。
唇を触れ合わせたままで、手はつくしの胸の頂きをなぶり、まだ今は丸みを帯びていない腹部に手を這わせると大きな手でそこをゆっくりと、念入りに撫でまわした。
それはまるで崇拝するかのような愛撫だった。

唇は強引なほどの口づけを絶え間なく繰り返していた。
つくしは送り込まれてくる司の唾液を絡めとるようにして飲み込んでいた。
深く舌を突っ込んでゆっくりと出し入れを繰り返しながら腹部に這わせていた大きな手はやがてつくしの恥丘の茂みをかきわけてきた。
そして優しい指使いで性器のひだを割ると指を差し入れてきた。

「んっ・・・・」
つくしの唇から小さな声が漏れていた。

舌と舌を絡ませたままで司の手は太腿の間の泉へと差し入れられ、やがて指を入れてくると泉の水をゆっくりと掻き回してきた。
舌を出し入れしながらも、つくしの下半身を覆う指でもゆっくりとした出し入れを繰り返す。
なじみのない、そして刺激的なリズムに身体中を興奮が駆け巡っていた。
唇を合わせたまま、口の中で行われるなまめかしい舌の動きと、司の手によって行われている刺激的な愛撫がつくしの身体を熱くした。
ついにはつくしもみずからの舌先を司の唇に這わせていた。


こんなに無防備な姿を見られるのは初めてのとき以来だった。
しだいに身体は司の言いなりになっていた。

司は唇を合わせたままでささやいてきた。
「ゆっくり愛し合おう・・」

二人初めての行為は愛し合って行われた行為ではなかった。
見つめ合うことも、いたわり合うことも無かった。
だが今はお互いに見つめ合い、瞳を覗き込みながらの行為でそれは愛を交わす行為だった。
『愛し合おう・・』
その言葉を聞いたとき、つくしは好きな人とするこの行為がただの性行為ではなく、愛の交歓だと思った。
この気持ちを表現するにはどうしたらいいんだろう・・・
つくしの中ではその気持ちを表現する言葉が見つからなかった。
もしかして、これが愛なの?

『愛し合おう・・』
その言葉につくしは麻酔をかけられてしまったようにぼうっとしてしまっていた。

「おい?」
「おまえまた何か考えてただろ!」
つくしは口を開こうとしたが開けなかった。
ただ潤んだような瞳で司を見上げていた。
「・・・ったくおまえって女は・・」
司は口調を和らげて言った。


それでも司はそんな妻に恋していた。
「よし!ここからは本気でいくからな!覚悟しろよ?」
つくしは自分を惹きつけずにはおかない瞳で見つめられ、ぼうっとしたままで頷いていた。
こいつ、俺が言ってる意味がわかってんのかよ・・
今夜は眠らせないつもりだけど大丈夫か?
司は二度と考える暇なんて与えるものかとばかりにつくしを優しく攻め立てた。
そして決して傷つけることがないようにゆったりと腰を突き上げていた。








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2016
01.26

恋の予感は突然に 31

そんなに緊張するな。
無理なんてしなくてもいいんだ。
そんなことは男に任せておけばいい。
俺が今したいのはさっきのキスの続きだ・・・



そして、おまえは何もしなくていい。



そんなひとことがつくしの気持ちを楽にさせた。
とにかくリラックスするにこしたことはない。

二人の初めてはとっくに終わっていたがつくしにとっての初めての行為は身も蓋もないような行為で、楽しむような行為ではなかったことだけは確かだ。
何が正しくて何が間違っているとかさえも全く考えることもなく、子供を作ると言う目的の為だけの行為だったから。
あの時は無我夢中でとにかく・・変な話だがやることだけやって逃げた。
今考えてみてもよくあんなことが出来たものだと感心していた。
火事場の馬鹿力じゃないけど、生命の種の保存を考えたからそんな行動をとらせたのかもしれない。動物は命を宿す為の適切な時期がくれば本能的に子孫を残そうとする行動に移る。
学習しなくても生まれたときから備わっている本能・・・あたしはその本能が欠けているのかと思っていたけど、そうじゃなかったみたいだ。

キスひとつにしてもそうだった。
多分、自分のキスはまるで高校生のようで、いや今どきの高校生だってもっと進んでいるはずだ。もしかしてあたしのキスは幼い子供のようなキスなのかもしれない。
いい歳してと思われるのはしゃくだけど仕方がない。でもいい大人なんだから出来ないことなんてない。これから学べばいいんだから・・・

それに相手は・・・
好きになった人なんだから。


そして時間はたっぷりあった。



「ねぇ、あの・・ど、道明寺は・・どうしてそんなにキスが上手なの?」
「そんなこと聞いてどうするんだよ?」
司は焦った。どう答えたらこいつに変なイメージを与えないですむのか?
女と遊び歩いていたとか、やりまくってたとか、女のすべてを知り尽くしている・・
そんなイメージを与えたくなかった。
確かに中坊んときからキスはしまくっていた。
ただ、あれは女の方からすり寄ってくるから仕方なく相手をしていただけで、本気の相手なんていなかった。
だがここで間違った言い方をしては元も子もない。

「ああ・・昔・・・」クソッ・・なんて答えたらこいつは納得する?

そうだ!
あれだ!

「じ、人工呼吸の・・・心肺蘇生法の訓練を受けたんだ!」
「え?そうなの!凄いじゃない!」
「ああ。そう・・そうなんだ!」
「どうして訓練を受けたの?」
そ・・・それは・・
くそっ!そんなこと聞くんじゃねぇよ・・
「か、会社で・・」
あれだ!
「会社でAED(自動体外式除細動器)の使い方の訓練があってよ、そんとき救急救命士がきて訓練したんだよ」
「そうなの?あたしも一度受講してみたいと思ってたの」
「そ、そうか・・じゃあ俺が教えてやろうか?」
「え?い、いま?」

つくしはこれから起こることはもっと別なことだと思っていただけに、少しだけがっかりしていた。
せっかく・・・本当のセックスについて学べるかと思ったのに・・
つくしは自分の中に受け継がれてきた学びたいという向学心を強く感じていた。
どんな分野だって、いい先生がいれば・・・もっと・・上手くなる・・はずだと。



司はつくしが自分を尊敬の目で見ているのを感じていた。
こいつは人類の生命科学に係わるような研究をしてる女だったよな?
人間に対する興味ってのは細胞レベルのちっちぇえ分野で興味があるってことだが、それでもやっぱ学者センセーだ。
命を生かすってことには興味をもったみたいだ。

いや、まてよ?と司は思った。
今はこいつの尊敬を勝ち取ってる場合じゃねぇよな?
つい調子に乗って教えてやろうかなんて言っちまったけど蘇生法なんて実はよく知らねぇけど・・・
もっと真面目に聞いとくべきだったか?
くそぉ・・
そんなことは後だ後!
まったくこの女といるといつもどうしてろくなことになんねぇんだ?
初めて会った時だってそうだ。色気もなんにもねぇままで・・こいつと・・・

そうか・・
何も真面目に考えることはねぇよな・・
心肺蘇生法を教えながらっていい考えだよな・・


司はつくしを自分の大きなベッドの上へと誘った。
なんかやりずれぇ・・
そんなデケェ目ぇむいて俺のこと見つめやがって・・
おい、その目・・その上目遣いの目・・
司を見上げるその目は潤んでいるようでその表情は何かを懸念するような色が浮かんでいる。
「ねぇ・・その・・蘇生術も大切なんだけどあたしは・・」
「あたしは、別のことを勉強したいの・・・」
「・・なんだよ?別のことって?」
「だ、だから・・」
「だから?」
「・・・・・た、正しい・・セックスの仕方・・」
つくしはそこまで言うと息を詰まらせて司を見た。




司は言葉もなくつくしを見つめた。
そして破顔したかと思えば大きな声で笑い出した。
「ち、ちょっと!も、もっと真面目に考えてよ!」

「ば、バカかおまえは・・・」
「そんなもん正しいも正しくないもねぇよ」
「じゃあ、なに・・あの・・あの時はあれで良かったの?」
つくしは落ち着かずそわそわしていた。
司は自分のせいでつくしが落ち着きを無くしているのを見て嬉しくなった。
なんだよ、こいつも俺と一緒のこと考えてたのかよ。
そしてつくしがこんなふうになるのは自分の・・自分が考えていることと同じだと思って嬉しくなったと同時に自分達二人の関係がひとつ前に進んだのだとこいつが理解をしたと感じていた。


司はそんなつくしにほほ笑んでみせた。

しょうがねぇよな・・・その思いは決して呆れていたわけではなくやっとつくしが素直になったことに対しての思いだった。
まったくこの女は理屈が多いんだよな・・素直じゃねぇって言うか・・・
司はつくしに考える暇を与えることなく深く口づけをしていた。



二人が身につけていた服はいつの間にか消えていて司の大きな手に引き寄せられたとき、つくしは胸が高まりどきどきし過ぎて不整脈を起こしそうになっていた。
これでは本当に心肺蘇生が必要になりそうだ。


「いいか?心肺蘇生ってのは・・気持ちを込めて・・・こうやって・・」
「胸の真ん中を・・ここだ・・・両乳首のちょうど真ん中のあたりを・・・」
司はそういいながらつくしの乳首を親指で転がすと唇に挟んだ。
「ああっ!」
「こうやって・・・胸の真ん中を押してやるんだ・・・本当はもっと強く早く押してやるんだ・・」
司の手はつくしの胸を両外側から寄せると両方の乳首を交互に口に含んで舌で転がしていた。

「それから・・・気道を・・確保して・・・唇に・・・」
吸い付く・・・
「口を開けろ・・」
司はつくしの頭を抱え込むと唇を優しくついばんできた。
「ん・・」
「口を開けよ・・じゃねぇと・・・俺の息が入らねだろ?」
司は両手でつくしの頭をしっかりと抱え込んで唇を押し付けてきた。
「ん・・・・うぅ・・ん・・・」
つくしが唇を緩めた途端、入れられたのは司の舌だった。
「・・・ん!!?」


噛むなよ・・

舌入れたぐれぇでびっくりしてどうすんだよ・・
おまえもっとすげぇモン入れたらどうすんだよ・・
妊娠中なんだしこの先・・・ずっと出来るわけじゃねぇし・・あれだ。
我慢出来ねぇことだってあるだろ?
けどその前に舌の使い方から勉強だよな・・
おい、どこに行ったんだよ、おまえの舌は・・どっかで立往生してんのか?
つくしの両手は司の頭を掴んだままで固まっている。
息してるのか?
おい、このままじゃ本当に心肺蘇生が必要になるんじゃねぇか?
マジで笑える・・・


まあいいさ・・・



これから少しずつ教えてやるよ・・・







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2016
01.25

恋の予感は突然に 30

つくしはパソコンの電源を落としてから寝支度を始めた。
こんなの絶対におかしい。
つくしはどう考えても納得がいかなかった。
いったいあんたは何がしたいの?
おまえは俺と言う男を全く理解してないと言われた。
そして理解するつもりはあるかとまで言われた。
理解なんて出来るわけがないし理解するつもりもない・・・
だけどそれは口には出さなかった。
これ以上ややこしい話になんてしなくない。

あれほどあたし達の関係がバレないようにお願いしたのに、どうしてあたし達がデートしなきゃならないのよ!
独善的な人間め!
デートだなんてただでさえ複雑な状況をますます複雑にするだけだと思った。
俺たちの関係をバラされたくなかったらデートしろなんて意味がわからない。
確かにあの男から好きだって告白をされ、偽りだと思っていた結婚がにわかに真実味を帯びたものになってきた。
あの朝の男の姿が目にちらついて仕方がない。

あの日、あの男は自分の車であたしを研究所まで送ると言って聞かなかった。
いくら断っても断固として引き下がろうとしない男に今日だけはと自分を納得させて送ってもらった。
これからは車で送迎してやるからと言ってきた男に対してつくしは職場につくなり言ってやった。
「こんなド派手な車で何考えてるのよ!」

じゃあ車を地味なのに変えるから・・なんてことを言い出したから、あたしみたいにただの研究者に車での送迎だなんておかしいと断った。
でも、あたしの身体の心配をしてくれているのだけはわかっていた。妊娠は決して病気ではないのだからその気持ちだけ受け取るからと。もしかしたらこれからお願いすることがあるかもしれないけど、その時はお願いとだけ言った。


***


つくしは届けられた大きな箱を食い入るように見つめた。
箱に敷かれた薄紙に包まれて出て来たのはマタニティドレス・・・?
これはどういう意味なのだろうか?
もしかして、明日のデートで着ろってこと?
まだ膨らんでいませんけど?
それにもし、こんなもの着たら妊婦ですって宣言してるようなものじゃない!
あの男と並んでるあたしがこんなもの着てたら何を意味してるか分かるでしょ?
原因と要因と結果じゃない!
あの男・・・・
こうなったら本人に聞くしかないと思った。
ああ・・そうよ・・そうだった。残念だけどあの男どこかの国に出張してるんだった・・・


***


もしかして、悲劇は緩やかに起きている?

「ねえ、そんなにじろじろ見ないでくれる?食べにくいでしょ?」
「いいじゃねぇかよ。好きな女が食べるところを見ていてなにが悪い?」
「なんか・・監視されてるみたいで・・嫌なの・・」
「そ、それともこれ食べたいの?」
そう言ってつくしが指差したのはソフトクリームだった。

司はどうしてこんな場所でデートなんだと考えたがひと目が少なくて緑の多いところでならと言うことで選ばれたのがこの場所だった。
森林浴がしたい・・・なんだよそりゃ?
それにこのクソ寒みぃのにソフトクリームだぁ?
妊娠すると妙なモン喰いたがるらしいがそれか?
つくしは暖かく着込んですがすがしい空気を深く吸っていた。

確かにひと目は少ない。
そりゃそうだ。本日貸し切りにしたから。
ひと目が少ないってことは逆に考えればやりたい放題ってことか?
けどゴルフ場でゴルフもしねぇってなんなんだ?
いったい俺たちは何をするためにここにいるんだ?


司はつくしが指差していたソフトクリームにいきなり喰らい付いた。
「ち、ちょっと!」
「なんだよ・・食べたいって聞いたのおまえだろ?」
「だ、だからって、いきなり・・」
「甘めぇ・・」
「そりゃ甘いわよ・・あんた甘いもの嫌いだったの?」
つくしは次のひと口をとソフトクリームを口に運ぼうとしたが男が口にした部分を気にしていた。
そして男の視線が自分に注がれているのを痛いほど感じていた。

「こ、これ、あんたにあげるから責任もって食べてよね?」
つくしは手にしていたものを司に押し付けようとしたが、ソフトクリームはボタリと落ちてイタリア製の靴を汚した。

「ご、ごめんなさい・・またあたし・・」
本当にあたしったらどうしていつもいつも・・・

つくしはその場にしゃがみ込むと手にしていたバックの中からハンカチを出して司の靴についた汚れを拭おうとした。
「・・・いいから・・おい・・そんなことしなくてもいいから・・」
「で、でも高い靴なんでしょ・・ご、ごめん・・」

司は突然何を思ったのか、つくしと同じようにしゃがみ込こむとうっすらと笑みを浮かべながらつくしへと顔を近づけてきた。
こうすれば身長差のある二人でも同じ高さで向き合うことが出来た。
そして同じ目線の高さで向き合った。
「え?なに?どうしたの?」
あまりの近さに相手の額に浮き上がった血管まで見えた。
「ご、ごめん。やっぱり怒ってる?」
「怒ってなんてねぇよ・・」
じゃあ、その浮き上がった血管はなに?

つくしは荒い息遣いと鋭い視線の両方が感じられて怖かった。
「嘘・・お、怒ってるんでしょ?」
「お、お願い。近いから!そんなに近くに寄らないで!」つくしは必死になって言った。
「なんで近くに寄ったらダメなんだよ・・・」
黒い瞳は鋭くてつくしの心の奥まで刺すようだった。
「な、なんだか・・・なの・・」
「なんだよ?」
「だ、だから・・・蛇に睨まれたカエルみたいな気分になるの!」
「なんだよ!俺が蛇ってのは!」司が噛みつく。
司の瞳は鋭いままで、その表情はこわばっていた。
そして声は低く・・・まさに蛇が地を這うようで怖かった。

俺がこんなに熱い視線を注いでいるのに蛇ってなんだよ!

つくしは怯みそうになる気持ちを抑えて言った。
「へ、蛇って言うのは旧約聖書の中で女を誘惑して・・禁断の果実を食べるようにそそのかして・・・」 女を堕落させるの・・
「あんたの眼は・・その蛇みたいで・・・」
その瞳が時々あたしを誘惑してるの・・・

「・・近寄らなかったらキスできねぇじゃねぇかよ・・」
司はつくしの頬を指で撫でた。そしてかすかな微笑みが彼の鋭かった目元を和らげた。
「き、キスなんてしないで!だ、だって・・そ、それにそんなに近寄られたら・・」
だってあんたはあたしにとっての禁断の果実・・
そんなことされたら・・
あんたのこと・・
そんなことを考えていたつくしは我に返った。夢想してる場合じゃない。


つくしは自分を見つめるその眼差しにとらわれていた。
お、落ち着くのよ、つくし。必死で自分に言い聞かせた。
だが男はすぐそこにいてその黒い瞳がつくしの視線をとらえて離さなかった。
強烈な男性エネルギーが感じられてやはり蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。
「あの・・」つくしはごくりと固唾を呑んだ。
いつの間にか頬を撫でていた指が手のひらに代わりつくしの頬へと添えられていた。
司はつくしの顔をあおむかせると、口元に唇を近づけた。
そして満足げな吐息を漏らしながら唇を重ねていた。






つくしはそれを許した状態で目を見開いたままでいたが、唇の誘惑に勝てずに目を閉じた。
そうしているうちに頭が朦朧とするような感覚に襲われたつくしは知らず知らずのうちに男へと身体を預けていた。


司はつくしの唇から力が抜けたのを感じ、舌を押し入れようとした途端いきなりつくしに突き飛ばされ後ろへとひっくり返った。
司は一瞬何がおきたのかわからなかったが彼を突き飛ばしたつくしは脱兎のごとく駆け出していた。
「イテェ・・あの女・・ったく何考えていやがるんだ・・」
「こら!お、おまえそんなに走るな!」
司は立ち上がると逃げるつくしを追いかけた。
妊婦なんだろ?そんなに走っていいのかよ!
くそぉ・・あの嘘つき女・・
「逃げ出したりしたらただじゃおかねぇからな!」
背後から聞こえる声は怒号を含んでいてとても愛を告白した相手に言うような言葉ではなかった!
司はほんの数十歩走っただけでつくしを捕まえた。
両腕を掴まれたつくしは男の目に揺れる何かを見ていた。
「なんであんた、あんた、あんなところで、いきなりキスなんてするのよ!」
「悪りぃかよ!したかったからしたんだよ!」
「俺はおまえのことが好きなんだよ!」
「おまえは俺のことどう思ってんだよ!」
司はつくしの腕をきつく掴んだままで言い放った。
こいつ頭がいい女にしては鈍いんだよ!
何度言えばわかるんだ?
司は至近距離でつくしの表情を見ていた。


つくしの頬は燃えるように熱くなった。
何度も好きだと言われおまえの気持ちはどうなんだと問われたつくしは、ただまっすぐ前に立つ男を見つめていた。この人はあたしに何を求めているのだろう。子供が出来たから?子供が欲しいからこんなこと言ってるの?別にあたしじゃなくても他の女の人でも子供は作れるのよ?
そして・・つくしはそんな思いを否定してくれることを願っている自分に気が付いた。
ねえ、あたしに何を求めているの?

「おまえ、子供が出来たからおまえのことが好きだなんて言ってるって考えてるだろ?」
男が浮かべた温かい微笑みとその声はつくしに何かを予感させた。
いくらつくしに経験が少なくてもこの男が何を言いたいのか理解出来た。
今までなんとか無関心を装っていたけどそれももう無理だと思った。
あたしのX染色体がこの男のY染色体を求めているのかもしれない。
つくしは何か言おうとしたが言葉を失っていた。
なぜなら男の視線がつくしの唇に釘づけになっていたからだ。

 
勇敢で嘘つきなこのチビに心を奪われたと気づいたとき、司の気持ちは熱くなった。
そして何かが変化したと思ったとき、男の目に揺れていた何かは情熱の炎となって彼女に襲いかかっていた。
抱きしめられて唇を重ねられたとき、つくしは何がなんだかわからなくなった。
そして自分でもよくわからないうちに唇を動かし、開いていた。
自分の未熟なキスが経験豊かな男にどれだけの影響をもたらすかということは今のつくしにはわかるはずもなく、自分の身体を強く抱きしめてくる男にしがみついているしかなかった。







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2016
01.24

金持ちの御曹司~優しく殺して~

俺が牧野を愛してるって話しはしたか?
そんな俺は今日も草葉の陰・・じゃねぇ、柱の陰からあいつを見つめる。
これじゃまるでストーカーじゃねぇかよ。
俺は牧野のれっきとした彼氏様だぞ!
俺みたいにハンサムなストーカーがいたら逆に俺がストーカーされるはめになりそうだけどよ。だいいち俺がストーカーをするタイプに見えるか?
牧野が俺をストーキングしてくれねぇかなぁ。

俺の理想はマンションの前で俺の帰りを待つ牧野。
『今日は遅かったんですね・・』とか言ってやがんの。
で、俺は『迷惑だから帰れ!』なんて跳ねつけてやる。
そしたら牧野が『どうしてそんなこと言うんですか。あたし道明寺さんが好きなんですっ!』
なんて言うから、『そんなに好きなんなら俺の言うこと何でも聞くか?』ってなわけで
部屋に連れ込んで悪戯する。
まてよ悪戯? なんだよ悪戯って・・・


クソッ!
ああ、止めだ止め!なんでこんなツマンネーことしなきゃなんねぇんだよ!
柱なんかに張り付いてたらどっかのハゲが支社長、うちのビルの柱にはちゃんと鉄筋が入っていますので大丈夫です、なんて言われたぞ。
バカヤロー!なんで俺がそんなこと心配しなきゃなんねぇ?
俺が心配してんのは牧野のことだ。
けどつき合ってることは絶対に内緒。
だいたいこいつは内緒とか秘密が好きだ。
俺はあいつに秘密にしてるようなことは何もねぇぞ!
ケツの穴まで見てもらってもノープロブレムだ。

高校んときだって付き合ってる事は絶対に秘密だとか言いやがるから俺の苦悩の日々が続いてた。
衝動的にあいつにキスしようとしたらいっぱいいっぱいなの、なんて言いやがって俺の方がよっぽどいっぱいいっぱいで溜まりまくってたんだ!
おまえは青少年の性衝動を理解なんてしてなかっただろうが!
高校くらいの男はみんな性少年ってもんでやらしいことで頭ん中いっぱいなんだよ!
おまえをオカズに何度シャワーの下で自分を慰めたと思ってんだ!
俺のムスコなんてもう右手なんて嫌だって泣いてたんだぞ!
溜まったもん吐き出しても吐き出してもおまえを求めて泣いてたんだぞ!


まあいい・・
今の俺には分別とか社会常識とかってものがあるから、いたずらに牧野を怒らせるような行動はしないし、してない。

それに明日久しぶりのデートだもんなぁ。
あいつどんな格好してくるかなぁ・・・
ぜってぇスカート履いてこいよ!
この前の執務室のデスク、アレ良かったよな・・・
鍵も掛けずにヤッてて誰かノックでもしたらマジでやべぇと思ったけど、さすが俺に仕える人間はよくわかってる。
しかしあのスリルがたまんねぇ・・
けど俺は人のモン見るつもりはねぇし、見られるのも好きじゃねぇと思う・・多分。



***




赤いフェラーリのオープンカーを運転していた俺は信号待ちをしていた。
腕時計で時間を確かめれば、待ち合わせにはまだ充分時間があった。
言っとくが俺は時間にはうるさい男だ。
ガキだった頃からあいつとのデートに遅れたことなんてなかった。
何があろうと牧野との待ち合わせに遅れるなんてことは絶対にしない。
一度大阪から帰って来るときジェットが遅れそうになったからこりゃまずいと思って航空管制に米軍が使用してる航空圏域の利用をさせろと言ったことがあったな。
その方が東京上空を大回りすることも待たされることもねぇし30分くらいは時間が短縮できるからな。
やっぱり時は金なりだよな。
緊急事態だからどうしても至急着陸許可が欲しいなんて言ったら意外とすんなり行けた。
まあ、もちろん道明寺って名前がモノを言うことは間違いない。
金で解決できる問題はさっさと金で片づけることの方が楽だ。あの無駄な30分の為に俺が払った金なんて知れてる。
牧野との30分は金なんかじゃ買えねぇからよ。


信号が青に変わるのを待っていたら隣の車がクラクションを鳴らしてきた。
・・んだようるせえな・・赤で止まってんだぞ?
なんだよ、ポルシェかよ・・ミラーなんて擦ってねぇぞ!
うるせえな・・迷惑なんだよ。
なんだよ俺の車と競争でもしてぇのかよ!


「 司!」
スルスルと隣の車の窓が降りて顔を覗かせたのはあきら。
「よう、あきらか!」
「司なに、今日は牧野とデートか?」
「なんでわかるんだよ?」
「なんでってなんでも。おまえの顔にそう書いてある」
「そうか?」
やっぱり幸せってのは滲み出るものなのか?
あきら、おまえも早く幸せになれよ!人様のモノばっかに手ぇ出してもツマンネェぞ!
まさか俺がこんな事をあきらに対して思うなんて考えもしてなかった。
信号が青に変わりあきらは右折、俺はアクセルを踏み込んで真っ直ぐな道へと飛び出して行った。

 
助手席のドアを開け車内に乗り込んできた俺の女。
あんた何でオープンカーなのよって顔してた。
いいじゃねぇかよ、何が不満なんだよ。
信号待ちで止まったのは交差点の一番前。
横断歩道の先で数人の男達が俺の車を羨ましそうに見つめている。
「ど、道明寺っ!ど、どうしよう・・本部長がいる!」
だからなんだよハゲがいたら悪りぃのかよ?
俺に柱の心配はないと声を掛けてきたハゲはこいつの上司。
「み、見つかる!」
出たよ・・・秘密と内緒の俺の存在。
いいじゃねぇかよ。俺と一緒にいるのがそんなに嫌なのかよ!
「ど、どうしよう・・なんでオープンカーなんか乗ってきたのよ!」

しょうがねぇな・・・

俺はこいつの頭を掴んで自分の太腿に押し付けていた。
「ちょっと!道明寺っ!な、なにするのよ!」
つくしは起き上ろうとしたが、司の手は緩むことがなくがっちりと押さえつけてきた。
「隠れたいんだろ?」
「俺がいいって言うまでそうしてろ・・。あ、ハゲが俺に気づいたぞ?」
ホントは気づいてなんてない・・
司は片手でつくしの頭を押さえたままハンドルを握っていた。
「ど、道明寺・・・本部長まだいる?」
「ああ・・まだいるな・・」
いや、もうどっか行った。
でも俺は牧野を太腿に押さえつけたままでいた。
俺の股間に牧野の顔があるなんて・・
視線を落とせばこいつの頬は俺の太腿に押しつけられた状態で髪が俺の膝を覆うように流れていた。
「ね、ねぇ、もういない?」
「あ?」


ところで牧野、この状態で・・・


俺、今日は下着を履いてないなんて言ったらおまえどうするかな・・
ジーンズの中で苦しそうにしてるモノが気持ち盛り上がってきたみてぇだ。
こっち側へ顔を向けてくれたら状況が理解できると思うんだけどよ。
俺の淫らな考えがこいつにわかったらどんなことになるかは想像がついた。
やっぱ、ここでそんなことしたら公然猥褻罪か?
それにどうせまた変態呼ばわりされるってことはわかってる。
地獄へ堕ちろ道明寺って言われるのもわかってる。
ああ、俺は変態だよ!悪かったな!そうなったのはみんなおまえのせいだ!
何度ヘビの生殺し状態にされたと思ってるんだ?
あれで俺の体質がかわっちまったんじゃねぇかって思うほどだ。


「なあ、牧野。ハゲはもうどっか行ったけど、もう暫くこうしててくれないか?」
「な、どうしてよ・・・」
どうしてっておまえを膝に乗せてる感覚が気に入ったから。
信号が青に変わると俺はアクセルを踏み込んだ。
こいつも珍しく俺に言われたままおとなしくしている。
「ねぇ道明寺。あんたの膝に頭を乗せてるなんて、なんだか変な気分」
「こんなこと今まであったかな・・あ、そう言えば・・高校生の時に・・車で引きずり回されて怪我をしたけど、その時そんなことがあったかな?」
「・・そういえば・・なんかやなこと思いだしたんだけどあの時の車もオープンカーで・・・」
こいつなんでそんなことまで覚えていやがるんだ・・
アレは・・
おまえが・・・
いや、俺が悪いんだ・・あんなことになったのは俺の過去が原因だったんだからな。

「・・牧野・・」
「なに?」
「こっちに向いてくれないか?」
つくしは司の膝のうえで身体をよじって向きを変えた。
そして司を見るために顔をうわ向けた。
「どうかしたの?」
下から俺を見あげる牧野はかわいい。
司は満足気にほほ笑んだ。
デニム生地の下が脈打つのが早くなる。
固くなって痛いほどだ。


「・・・触ってくれないか?」

「・・・・なにを?」


一瞬間があったものの俺の言ってる意味がわかったのか牧野の目が驚愕に大きく見開かれた。
やっぱ、まずいよな・・・・思わず口をついて出た言葉。
こいつにあんなことさせるなんて・・
それもこんな場所で・・
と思ったのも束の間、牧野は金属のファスナーのあたりの盛り上がりに手をあてた。
そして俺のジーンズのスナップに手をかけるとゆっくりと時間をかけてファスナーを下ろし始めた。

う、嘘だろ!?

俺は自分の下腹部で起きている状況を理解するのにコンマ3秒くらいの時間を要したように思えた。眼から脳への伝達機能がショートしたように感じていた。
自分から言っといてアレだが・・・
だ、大丈夫かこいつ・・俺は下着をつけてないんだぞ・・
「お、おい・・ま、まきの・・な、何を・・する・・」



司は呻いた。




なんてこった!
それは俺の脳みそが理解出来る許容範囲を逸脱してる行為ってことには間違いない。
なんか夢みてぇなことが起きてるのは間違いがない。
俺は夢を見てるのか?
俺の頭はおかしくなってるに違いない。
まるで魅せられたようにこいつの口元から目が離せない・・

道明寺!あんた・・ちゃんと運転しなさいよ・・・
でないとあたしたち・・

わかってる!!!


け、けどよ・・・
・・・これはヘビの生殺しじゃねぇのか?
こ、こんなところで・・車のなかで・・運転してる俺の・・
これは・・一種の拷問だろ?
おまえのヤッてることは俺たち二人の命に係わることだぞ!
こ、こんな状況で運転に集中なんて出来る・・・わけ・・・が・・・
わ、わかって・・・


ハンドルを握る手が震えてきそうだ。




よすぎる・・・



ちくしょう!
も、もしかしてこれは、あんときの復讐か?
いや、でも俺は牧野を助けに行ったぞ!!
くそぉ・・オープンカーなんて乗ってくるんじゃなかった!
こいつは復讐の天使なのか?
それとも悪魔か?
確かに昔の俺は悪い子供だった。
だからってその報いを・・い、今、受ける運命にあるのか?



ああ・・、俺はおまえからの罰を受ける準備は出来ている。






だから牧野・・・






もっと俺を罰してくれ・・・・









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2016
01.23

Collector 8

Category: Collector(完)
午後10時、類は長いことこの部屋で待たされていた。


「どうぞ、なかへ・・」
使用人たちには個性のないことを求められる。
それが忠実に実践されているのがこの邸だと思った。
類がこの邸へと足を踏み入れるのは司がニューヨークへと旅立って以来だった。

いつも父親に代わり表舞台に顔を出すのは母親の方だった。
その母親が帰国したと聞いて類は彼女に会おうとしていた。
司と連絡を取ろうとしても電話に出ることもなく、人を介して会おうとしても会えなかった。
確かにこの10年、司とは事業での協力が必要となる案件以外は連絡を取ることは無かった。特に牧野のことがあって以来、司は変わってしまったから。
しかし、今は一陳情者が訪れたように門前払いを食らわされそうになっていた。
訪ねて来た相手が花沢物産の専務だったとしてもこの扱いだろうか?
類はあくまでも個人的な要件での面会を楓に求めていた。



歳を重ねていても司の母親はすらりとした体型でかつては真っ黒だった髪は上品なグレーへと変えられていた。決して加齢による変化ではなく、人工的に手が加えられた色だった。
同年代の女性なら老いを感じさせるような色でもこの女性だとその色合いも気品を感じさせた。
人を待たせて気を揉ませる・・・。
相変らずドラマティックな登場の仕方をする女性だ。
類は楓に近づいた。

「花沢さん、お約束した以上の時間は取れませんの。ですから用件だけをお願いしますわ」
この人は相変わらず威厳のある喋り方をして他人を威圧する人だと感じていた。
その楓の後ろでは秘書と思われる男が直立の姿勢で立っている。
そして貴重な時間が無駄になることに腹を立てるかのように眉間にしわを寄せて類を見た。
それならば、早速本題に入らせてもらおうと口を開いた。
「おばさん、牧野つくしを知ってるよね?」
「むかし司が好きだった女性」

「ええ、勿論。それがなにか?」
「牧野がいなくなった」
類はそこまで言うと楓の顔に逡巡する何かを見ようとした。

「それがわたくしに関係あるのですか?」
「司は・・」
「あの子に何か関係があると?」
類が言いかけた言葉を遮るように楓の口から出た言葉にはこれ以上この話しをする意味があるのかと言いたげだった。この人は言葉を飾ることなどしない。
少しの隙も見せようとしないのはさすが道明寺夫人だ。
「 奥様 」
そのひと言で時間がないことを伝えてきた秘書には話しを遮るためらいはなかった。
類の視線は楓の顔から秘書に移った。その視線を受けた男は頬がぴくりと動いていた。


類は楓の心が読めないし、この人が何か知っていたとしても口になど出すはずがないとわかっていた。
散々待たされた挙句、司の母親との面会時間はたったの15分だった。



牧野がいなくなった・・・・
あの人はその言葉に反応を示しはしなかったが、後ろに控えていた男は違ったようだ。


「何かおかしいな」
類は道明寺邸をあとにしながら呟いた。
司の母親ならいくらニューヨークにいたとしても、絶対に何か知っているはずだ。この邸が今は司の物として代替わりしたとしても、ここのことはあの人が一番よくわかっているはずだ。
この邸に流れる空気は昔と少しも変わらない。まるで旧世界のような雰囲気だ。
そう言えば、あの老齢のお手伝いさんはどうしたのだろうか?牧野とはそれなりの付き合いをしていたと思っていたが・・
もし、ここで何かが起こっているならあのお手伝いさんは知っているのでは?
あの当時の二人のこともよく覚えているはずだ。


高校生の牧野に対して司の両親は容赦なかった。
ただの女子高生相手によくもあんなことが出来たものだと思っていた。
所詮子供の戯れなどと高を括ることなどなく、悪い虫は早いうちに捻り潰すに限るとの行動だったのだろう。
事実、英徳学園に在籍する子供達の親は我が子にどこの馬の骨かわからないような輩が
近寄ることを懸念してこの学園に入学させる。
子供達は決して成金には手に入れることが出来ない上流社会への切符を手にこの学園に入学してくる。そしてこの学園には身分による秩序が存在していた。その頂点にいたのが司で、俺もそのひとりだった・・・

上流社会には上流の、下流には下流の生き方があるように区別されて生きる。
区別された社会の中で差別を受けたのは牧野つくしで、それでも司は牧野つくしのことを好きになった。間違った時に間違った場所にいたのが彼女だったのかもしれない。
もしも牧野が司や俺たちと出会わなかったらこんなことにならなかったのかもしれない。



牧野が司との別れを決めざるを得なかったのは自分達家族の為だったと進から聞いた。
両親は娘の気持ちを金に換えた。司の父親からの提案を呑むと言うことはそう言うことだったのだろう。
牧野はどんな親でも親は親。 子供は親を選んで生まれてくるの・・・
わたしが・・・両親のもとに生まれたのはわたしがこの人達を選んだから・・
牧野はそう言って両親を責めることはしなかったらしい。
だが、そんな牧野の両親が夢見た生活は長くは続かなかった。



牧野と連絡が取れないと進から連絡をもらったとき、すぐに司のことが頭をよぎった。
なぜかと言われてもわからないが俺にはそれ以外考えられなかった。
一瞬警察に行ってみようかとも考えたが警視総監でさえ顎で使えるようになった男に係わる問題を取り合ってくれるなんて考えてない。警察に行くなんて愚の骨頂だ。
道明寺HDの代表者が女性を監禁しているなんて失笑を買うだけだろう。
そして、恐らくだが、司の名前が出ただけで迷宮入りにされそうだ。
でも行方不明者届だけはきちんと提出したい。
俺は他人だから届を出すことは出来ないけど、進から届け出を出すように言わなくては。
類の頭に浮かんだのはこの邸の全ての部屋を回りつくしを探したいと思ったことだ。
どこかで牧野が泣いているような気がする・・この邸のどこかで。
明かりの灯る部屋のひとつにいるはずだ・・・

それは昔、遠い昔からいつも感じていたことだ。牧野はひと前では絶対泣くことなんてない人間だけど、あいつの本心はいつも涙で濡れていたはずだ。
何も俺に遠慮して花沢の邸を出ることなんて無かったのに・・・
牧野がひとり暮らしを始めた途に行方不明になるなんておかしいよ。
仕事だって新しく任された部門はやりがいがあって給料も上がったって喜んでいた矢先に自ら姿を消すなんてことは考えられなかった。

牧野の会社の人間に何か知っているかと問い合わせてはみたが、会社の業務とは関係ないことで個人的な事は分からないと杓子定規の答えだった。
牧野の会社についてもっと詳しく調べてみるべきなのか?
後悔しても遅いけど司が帰国したことを知っていた俺が牧野を邸から出したのが悪かったとしか言いようがない。一度司が俺の邸の前から電話をしてきたことがあった。
あの電話の意味を深く捉えなかった自分を殴ってやりたいくらいだ。
牧野と一緒に語り合えていた頃が懐かしい。あの日々はもう帰ってこないかもしれない。
他ならぬ自分のせいで。
またあの父親が何かしたとして今の俺に何が出来るか考えておくべきかもしれないね。
高校生の俺に出来ることは限られていたけど、今の俺には牧野を守るための力はあるつもりだ。ただ、本当に怖いのは司の方だけど・・・

類は車に乗り込む前に邸を振り返るともう一度呟いた。
「やっぱり変だよ・・」









楓は類の車が邸を出て行くところを窓から見送った。

司の母親がニューヨークから帰国してきたのは息子の
・・・昔の恋人に会うためだった。

どうしてこんなことに?
あの娘は花沢邸で暮らしていたはずなのに何故?
今までは司の目に決して触れることなどなかったはずだ。
あの子はニューヨークであの娘は東京。
10年たってどうしてまた・・当然だがこのことは司の父親の耳にも入っている。


東京の動向は例えニューヨークにいたとしても耳にすることができた。
まるで何かに取り憑かれたかのように司の様子が変わったと・・・
内密に調べさせたその結果、あの娘を偶然に見つけた息子はこともあろうか事業取引の名を借りてあの娘を拉致したということだ。
融資をした会社の債権を放棄する代わりにあの娘をよこせなど、どこの世界にそんな経営者がいるのか。常軌を逸しているとしか言いようがない。
今の世の中でそんなことがあるなどとは信じたくはないが、事実として起こってしまったのだから楽観することなど出来ない。

息子が未成年者の頃起こした罪は親の責任でどうとでもなった。
だが今の息子が起こしたことに対して自分達が何か出来るなんてことを思う程常識がないわけではなかった。
思い出したくはなかったが司があの娘に夢中になり始めたとき、あの娘を初めて見た時のことを思い出していた。


息子の18の祝いの席に連れて来られていたあの娘。
『 俺の大事な女 』
あの子は確かそう言った。
どこかの令嬢ではないことなどひと目でわかった。例え着飾っていたとしてもその存在は異質だった。どこの野良猫が紛れ込んだのかと訝ってみれば招き入れたのが我が子だったことにも驚いた。
惚れた女。こいつ以外は考えられないと言ったあの子。
悪い虫は潰してしまえと手を回したがあの時はそれも出来ずにいた。
然りとて手をこまねいてただ見ていただけではなかった。
だが私の力が足りなかったのか、あの子はあの娘との交際を続けていた。
しかし遅かれ早かれ別れるはめになることだけはわかっていた。あの子の父親が黙っているはずがない。私の力で排除できなければあの娘は司の父親が排除に乗り出す。

あの娘は真実の一部を司に語ることになるだろう。なぜ姿を隠し、花沢家で生活をしていたか。いや、語らないかもしれない。



息子があの娘を閉じ込めている。それはあの場所しか考えられない。


この邸は代々受け継がれてきた土地にあり、戦後の一代成金とは違い由緒正しい道明寺家の本家だった。
外周はすべてを高い塀で囲まれ、あちらこちらに監視カメラが設置されている。
決して外から中を覗き込むことができないような作りになっている。
以前は違った。鋳鉄で出来た瀟洒な柵が巡らされ、美しい庭が外からでも見て取れた。
だが息子の代になってから監視カメラを備えた高い塀が造られていた。
今では上空から望むことが出来れば美しい庭とそれに生える荘厳な建物とが見て取れることだろう。
今でも昔の面影を残している道明寺邸の旧居住区画。
この権威を示す建物は帝国ホテルの設計に携わったアメリカ人が設計したと言われていた。
今は使われることはないが、建物自体に文化財的な価値があるためそのままの状態で残されていた。
それこそが司の祖父が戦時中につくらせた地下道のある旧道明寺邸だった。


あの娘に会うことは不可能だった。
セキュリティ装置を施してある扉は息子と信頼のおける使用人以外開くことが出来ない。
開錠されればその報告があの子に届く。使用人など自分の裁量でなんとでもなると考えていたがその使用人とはSPのことだった。
息子の為の特別なSPがあの娘への訪問を拒んでいた。
だが、これで司も母親である私と父親がこのことを知ったということは理解するだろう。

やはりとは思っていたが息子はあの娘に対して異常な程の執着を見せていた。あの場所に閉じ込めて何をしようとしているのか。一生閉じ込めておくことなんて出来るわけがない。それにあの娘の後ろには花沢家の息子の存在がある。
ああ見えて花沢家のひとり息子はしぶとい。簡単には引き下がらない。
面会を求められたときは、やはりこの邸に来たかと感心もしてみた。だがその思いとは別にどうしてあの娘を花沢家にとどめておいてくれなかったのかと。そうすれば息子は犯罪に手を染めることにはならなかったはずだ。道明寺家の後継者として考え方を改めさせなければならない。あの子は道義にもとる行為を繰り返すような人間になってしまったのか。
息子が高校生の頃、あの娘の為なら屈辱的なことも甘んじて受けたと聞いた。
一度踏み外した道を元に戻すことが出来るのはやはりあの娘にしか出来ないのだろうか。

エレガントなスーツに包まれた女性は窓の傍から離れると息子の動向を必ず知らせるようにと秘書に伝え、足早に立ち去った。





***



男は自分の容貌が人目を引くのは知っていた
間違いなく注目の的であるのはいつものことだった。
彼が人目をひくのはモデル並の身長とスタイル、それに際立って美しい顔だけではなかった。男が持っているのは富、権力、豪奢な生活。
そんな男に引き寄せられる人々がいつも感じているのはそのオーラを無視することが出来ないということだ。



司が一緒にいるのは・・誰だろうこの女は。
司が牧野と離れることになって以来生活は荒んで行く一方だったけど、もし牧野が司の傍にいるならこんな女を連れているはずがないよね?
それとも・・?


「なに見てるんだ?」
司はいらついて尋ねた。
「いつかの葬儀以来だと思って」
類はそう言うと司の隣にいる女に目をやっていた。
女は黒く長い髪に大きな瞳をしていた。
誰かに似てるね・・
「類、俺になにか言いたいことがあるなら早く言ってくれ」
「うん。俺、気になってることがあるからおまえに聞くけど・・」
類は司の隣に立つ女に再び視線をやった。
「なんだよ。早く言ってくれ。俺は忙しいんだ」
「以前司に牧野つくしのことを聞かれたけど、あれから・・彼女見つかったの?」
類が目を合わせると司も睨み返してきた。
「類、俺は別にあの女を探していたわけじゃない。興味なんてねぇよ」
「そう・・・」



司はそう言い切るけど俺はその話を信じないよ。
類は正面切って司の顔を見据えた。









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2016
01.22

恋の予感は突然に 29

つくしは寝返りを打とうとしていた。
が、身体が動かない。か、金縛りにあった?
違う・・・
つくしの腰にまわされた腕が彼女の身体を引き寄せていた。

なっ!!
なにっ!!

つくしは自分の背後に張り付いている何か・・ま、間違いない人間だ。
そして・・・目を開いて見ればここは自分の部屋だ。
あれ?あたし昨日は確かリビングのソファであいつを待ってたはずだけど?
それはさておき、ここに入れる人間は限られている。
お邸のお手伝いさんとか・・いや。お手伝いさんがあたしの背中にいるわけがない。
どう考えてみても自分の背中に張り付ているのはあの男だ。
つくしはそのままの姿勢で暫く動きを止めていた。



古今東西、若くて健康な男はみんなアソコをおっ立てて目覚める。
司は自分の腕の中で動いている女を反射的に抱きしめていた。


「ちょ、ちょっと・・な・・何やってんの!」
つくしは抱きしめてきた腕をバシバシと叩いていた。
「いてぇ・・・なにやってるって・・・」
「ちょっと・・は、離して!」
つくしは絡みついてくる腕から逃れようと必死になって身体をよじった。
そしてやっとの思いでその腕から逃れると、ベッドから飛び降りた。

「あ、あんた何してるのよ!」
「あ?なに?」
「な、何じゃないっ!」
つくしは口ごもりながら男の方を見ればのん気そうに頭を掻いているではないか!


司は伸びをしながらあくびをした。
・・・ったく。
人がいい気持ちで寝てるってのによぉ。
「あ・・あんた・・ひとのベッドで何してるのよ!」
「おまえ、よく人のこと非難できるな?」
「おまえだって俺のベッドのなかに裸で突進してきたんじゃねぇの?」
「そ、それは・・」
痛いところを突かれた。つくしはそれを言われると立つ瀬が無かった。
だが、ひとのべッドの中に裸でもぐり込むなんて厚かましいにもほどがある。
「と、とにかくなんであんたがは、裸であたしのベッドに・・いるのよ!」


そこには堅く引き締まった体躯を見せびらかすようにしている男がいた。
「俺たち確か・・夫婦だよな?」
「そ、それは・・」
「な、なによ・・急にそんなこと言い出すなんて・・」
夫婦なのは否定できないけどそれは名ばかりの話で、お互いにそのことは納得したじゃない!
この前だってい、いきなりキスされて、恋したなんて言われて・・
い、いったいどうしちゃったのよ?
あたしたち、いい感じで過ごしてきたじゃない。
だ、男女の仲なんて感じじゃなかったのにどうしたのよ?
それなのにどうして急にあたしに興味なんて持ったのよ?
あんた出会った時からあたしになんて興味は無かったでしょ?


「ねぇ、単刀直入に聞くけど、どうして急にあたしに興味・・を持ったのよ?」
つくしは恐る恐る言葉を口にした。
「・・合格したから」
司はにやりとした。
「はぁ?どういう意味なのよ?な、何に合格したって?」
「まぁ、おまえの場合かろうじて合格って感じか・・?」
つくしはどういう意味なのかわからなかったけど、むきになって言った。

「何がかろうじて合格よ!言っとくけどね、あたしはいつも勉強、勉強で・・決して自慢するわけじゃないけど、合格ラインなんてとっくに飛び越えてましたっ!」
なによ!合格なんて言って!何がかろうじてなのか言ってみなさいよ!
どうせ顔とかむ、胸とかそんなこと言いたいんでしょ!

「高校だって、大学だって・・・あたしには勉強しかないって・・・」
「あほ。そんなにムキになるな」
「合格したのはおまえの人間性だよ」
つくしは色々と茶化されると思っていただけに、まともな答えを返されて何か言われたら抗議してやろうとしていた口を開くことが出来ずに黙ってしまった。

なんだよ、こいつせっかく俺がおまえの人間性を認めてやったって言うのに何が不満なんだよ。
「そ、そう・・・ありがとう」
そ、そっか。そうよね・・・人間性よね・・・
い、いいじゃない?人間性が認められるなんて人として最高のことだ。
「・・・それに・・」
「それに?」
ベッドのふちに腰かけた男に強い視線で見つめられてつくしはどぎまぎとした。
「ああ。それにおまえはかわいい」
つくしは自分の耳を疑った。いま、この男はなんて言った?


「・・・ちょっと聞くけど・・・ど、どうしちゃったの?」
「どうもこうもねぇ。俺はおまえがかわいいと思えるし、好きになった」
「だから・・・」
「だ、だから?」
なぜだかつくしは蛇に睨まれたカエルのように男の視線から目をそらすことが出来なかった。


司はベッドから立ち上がると素早くつくしの傍に来たかと思えばがっちりと抱きしめてきた。
「ぎゃっ!ちょっと!な、なにするのよ!はな、離しなさいよ!」
「や、やめなさいよ!」
裸の身体が密着している感触に驚いたつくしは思わず後ろにのけぞった。
「おまえに対する俺の気持ちをわかってもらうためにはどうしたらいい?」
司はつくしを抱きしめたまま優しく囁いた。自分の気持ちと向き合う覚悟を決めた男にためらいはなかった。こいつに欲望を感じているのにこれ以上なにもないような顔は出来ないと思った。


予想外の状況につくしは答えようがなかった。
「ど、どうするもこうするも・・・と、とりあえず・・は、離して!」
つくしは司の腕からなんとか抜け出して後ろに下がった。
取りあえずは冷静に・・・それからあんたはちゃんと服を着て・・
あたしは・・あたしは・・?

「わ、悪いんだけど急にそんなことい、言われても困るというか・・」
「と、取りあえず何か着てくれない?」
「なんだよ、俺の裸なんて今更だろ?」
「そう言う問題じゃなくて・・お、落ち着かないでしょ?そ、そんな・・派手なパンツ一枚でいられたら・・・」
「いいじゃねぇか、このパンツおまえも気に入ってたんじゃねぇの?」
司の目はおもしろがるように輝いていた。

き、気に入るかっ!何考えてるのよこの男は!
「いいからっ!早く何か着てよ!」
「しょうがねぇ・・・」
何かって言われたってと司は背中を向けると脱ぎ捨ててあったシャツとスラックスに手を伸ばした。


司はゆるりと歩いて近くの椅子に腰かけるとつくしに聞いた。
「おまえなんで昨日はあんなところで寝てたんだよ?」
取りあえず話の流れが他へと方向転換したことでつくしはホッとしていた。
そしてなるべくこの男から遠く離れた場所を選ぶと壁を背にして立っていた。


「寝ようと思って寝たわけじゃないのよ・・あんたに話したいことがあって待ってたら寝ちゃったみたいで・・」
「・・なんだ?」
「あ、あのね・・うちの両親の話なんだけど・・昨日マンションに帰ってみたら両親から手紙が来てたの・・」
こいつのマンション・・・ああ、ローンってので買ったあれか。
こいつのことを調べた時に書いてあったな・・


「言っとくけど、あたしの家族は仲がいいの。でも・・・この結婚・・突然こんなことになったってことは・・まだ話してないの」
「二人ともあたしが結婚して・・おまけに子供まで出来たなんて知ったら大騒ぎするから」
「それに、あたりまえだけど、絶対に相手のことを知りたがる・・」
「あ、あんたが・・相手だなんてばれたら困るのよ・・・」

「それで?おまえの親はどこにいるんだよ?」
そういやぁこいつの両親って何か教えてるって書いてあったのは記憶にあるが・・
「そ、それが今は海外なの・・両親は・・・・昆虫学者なの・・」
「昆虫学者?」
まじか!こいつの両親も学者センセーかよ!
司は足を組むと片手を顎に添え考える仕草を見せた。
それでこいつが浮世離れしてる理由がわかったような気がする。

「そうなの。昨日手紙が届いてね、多分今頃はアフリカのどこかの国でバッタを追いかけてる真っ最中だと思うの」
「なんでどこかの国なんだよ?手紙届いたんだろ?どこの国からなんだよ?」
「あ、あのね、両親が研究しているアフリカのサバクトビバッタって言うのはね・・風に乗って移動するのよ。一日に軽く200キロくらい移動するの。だからそのバッタの移動と共に国を移動するわけで・・・知ってるわよね?バッタの食害について・・」
「何年かに一度バッタが大量発生して農作物を食べつくしてしまう話・・。アフリカはそのせいで食糧難に陥ることもあって国際的な問題なのよ?」

おい、今度はアフリカの食糧事情とやらの国際問題について語り出すつもりか?
司はどうやらまた話が長くなりそうだと踏んだ。

「あたしの両親はその研究で殆どがアフリカ大陸なの・・・だから連絡もなかなか取れないのが普通なのよ・・」
「だからあたしと弟は幼い頃から日本で寄宿舎制度のある学校に預けられて教育を受けたの」


「おまえ、自分の親に結婚したこと言わないってのは・・」
「こんなこと言ったら変だと思われるかもしれないけど、と、とにかく騒がれたくないの・・・それに相手があんただなんて知られたら大騒ぎになりそうだし・・・」
「と、とにかくね・・うちの両親ってちょっと変わってて・・学者バカっていうのかな・・」

おまえも学者バカじゃねぇの?
なんて言ったらまたこいつに怒られるか?
取りあえず話を聞いとくか。

「と、とにかく結婚したなんてことは知られたくないのよ。そんなことが知られて帰国されたら、それにあたしに・・子供が出来たなんてことが知られたら・・」
「・・あんたが意外と頭がいいって・・・・わかってるから・・その、またあたしみたいに・・頭がいい子だったら・・・勉強ばかりさせられそうになると困るから内緒にしたいの。結婚したことがバレなきゃ両親も帰国してくることはないと思うから!今のところ帰国予定もないみたいだし・・奥地に行ったらなかなか連絡手段もないから心配はしてないんだけどね」
「でも絶対にバレないようにしないといけないの!」
「だ、だから今まで以上に・・バレないように・・お願い!」


なんかいいこと聞いた。
これって俺にとってはいいことじゃねぇ?
俺はこいつとの結婚が世間に知られてもいいと思えるようになった。
けどこいつはあくまでも、この婚姻関係をいつか解消しようなんて考えていやがるから内緒にしたがってるし、親にバレるのも嫌ときた。
まぁこいつがこんなんだから両親も変わってるってのはなんとなくわかる。
要は俺の協力がどうしても必要だってことだろ?



それって俺がこいつの弱みってことか?
チャームポイント・・・じゃねぇ・・ウィークポイントだ!
俺に黙ってて欲しいなら、やっぱりそれなりにおまえの協力が必要だろ?
司は思わず緩みそうになった口元を押さえていた。









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