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2015
11.30

まだ見ぬ恋人39

つくしは司と並んで走りながら言った。
「ね・・ねぇ・・どうして・・つ・・つかさも・・走ってるの?」
「あほ。おまえが寝坊したからだろうが・・」
「で、でもそれは・・つ、つか・さ・・が悪い・んだから・・」
と、つくしは廊下を走りつづけながら言った。
「つ、司は・・あとからゆっくり・・来たらいいじゃない!支社長に勤怠管理・・なんてないでしょ?」
「私は遅刻なんて・・」


日曜の夜、明日はつくしと一緒に出勤すると言いはった。
それも地下鉄で・・・
「つ、司はちゃんと迎えに来てもらって出社して」とつくしは断った。
じゃあ、つくしも自分と同じ車で出社すればいいと言うのはいつものことだが、そんな迂闊なことが出来るはずがなかった。
支社長といち女子社員が同じ車で出社するなんてありえない・・・
つくしは車で迎えに来てもらった方が車内で仕事も出来るだろうし、疲れた身体を休めることができるからと言ったが無駄だった。

俺はつくしと地下鉄で出勤すると言って譲らなかった。
いつもなら、もっと早い時間帯で混雑もまだ許される範囲だった。
が、二人して乗り込んだ時間帯の地下鉄の混雑にはさすがに司も辟易したと見えた。
どうして地下鉄に乗りたがるのかと聞いてみれば、おまえと出会ったのが地下鉄の駅だったからと言われた。
が、つくしにはまったく心当たりが無かった。
道明寺みたいな人と出会っていたら印象に残っていたはずなのにね?
それに何故そんなに出会いの場所にこだわるのかが不思議だった。


「つくし・・」
司はつくしが業務をこなすオフィスの扉の前につくとひと息ついた。
「・・な・・に?」
息を切らして答えるつくしの顔を両手で包んで
「浮気すんなよ」と強く短いキスをした。
「ちょ・・バカ・・」
「おまえに首ったけだ」
司の唇がカーブをえがいた。

つくしは小さな声で「わたしも」と呟くとダークスーツに身を固め、有能で危険な雰囲気のする男を見送った。


****


司はつくしのマンションに泊まることが増えた。
週末がめぐってくるたび、もっと一緒にいたいと思う気持ちが二人のなかに芽生えていた。
毎日、少なくとも午前中だけだが互いの顔を見て仕事をする状況はある。
が、A国での未開発鉱区の開発プロジェクトは現地が主導して進めることにより、東京で司の指示を必要とするオペレーションは少なくなってきた。
そしてその状況を見越したように別のプロジェクトが立ち上がり、司の指揮を必要とする案件が持ち上がっていた。
司はそれにともない出張しなければならなかったし、つくしはオフィスで待ち受けている仕事をこなす日々が続いていた。
また暫くは多忙を極める日々が続きそうだった。
いつも何らかの形で毎日顔を合わせていた二人も時間と距離という制約はどうしようもなかった。


どうしようもなかったが・・・

どうしようもなく会いたいと思うことがある。


そう強く思うようになったのはつくしのほうだった。
もちろん司もそうだった。
出張先からでも必ず電話をかけてくる。
お互いにその日あったことを話しあい最後には必ず愛しているの言葉とともに電話をおいていた。
長期出張となると指折り数えて待つあいだに季節が進んでいくスピードのほうが早かった。


もうすぐクリスマスシーズンか・・
南半球は真夏のクリスマス・・
サンタクロースがサーフボードに乗ってやって来る日も近い。
そういえば道明寺は高校生のころサーフィンをするために行ったって話していたっけ。
去年は大使館主催のクリスマスパーティーにひとりで参加した。
やっぱり私は真夏のクリスマスよりホワイトクリスマスの方が好き。
でも雪なんて降らなくてもいい・・
今年のクリスマスは好きな人と一緒に過ごせることがなによりのプレゼントだもの。



暗黙の了解により、司とつくしの二人が付き合っていることはもちろん内緒だった。
最初のうちこそ司は誰かに気づいて欲しい、誰かに自分達の関係を聞いて欲しいという思いだった。
その思いが溢れ、やたらとつくしの傍をうろつくと言う状況を生み出していた。
だが、こうして二人が身体も心も結びつきを強めた今では互いを信頼し、落ち着いた関係で過ごせるようになってきていた。


しかし司が結婚の話を持ち出すたび、つくしは嬉しさを感じると共に本当に結婚できるのだろうかと言う思いにとらわれずにはいられなかった。
司はことあるごとに結婚しようと言ってくれる。
彼にとっては付き合うということは結婚を前提とすると言うことだから、付き合う期間があるならすぐにでも結婚をしたいと言うほどだった。
だが、結婚というのは当人同士だけの問題ではない。
その永続的な関係には肉親の関係も含まれるのだから。
相手は道明寺家のひとり息子だ。
彼の家族がつくしとの永続的な関係を受け入れてくれるかどうかが一番の問題だった。


司は今すぐの結婚が無理なら婚約しようと言いはった。
早く自分達の関係を公のものとして世間に公表しようと主張した。

だがこれから先、将来のことを考えるのであれば二人の関係を今この段階で公のものとするの好ましくないのではと司の姉の口から出た。

「二人ともわかっているとは思うけど、司は日本支社のトップで、つくしちゃんはいち事業部の社員。いくらつくしちゃんが優秀な社員でも、それを許せる人と許せない人がいるのよね・・」
椿はそこまで言うと手にしていたグラスを司に振り向けた。
「ちょっと、司!どうなってるのよ!」

クリスタルのカットグラスに満たされているワインが零れそうになった。
椿は弟とその恋人をまえにしてワイングラスを傾けていた。
「司!あんたお母さんにはちゃんと話をしてるの?」
「あ?あのクソババァか?」
司は憮然とした態度でソファにもたれ掛り長い足を投げ出していた。

「司!つくしちゃんの前でそんな口のきき方をしない!」
「ごめんね、つくしちゃん。こいついつまで経っても母親のことが許せないのよ・・」
椿はためらい、それから言葉を継いだ。
「聞いてるかもしれないけど・・あたし達の母親ってのが厳しい人でね。我が子に対しても容赦がない人間っていうのかな・・」
椿はワインを飲みながらため息をついていた。

「とにかく、きちんと話をしないことには将来つくしちゃんが困るんだからね?」
「いくらあんたがひとりそんなことを言っても結婚ってのはいろいろとあるんだからね?」
「お母さんだって・・いつまでも・・いい?司、ちゃんと話をしなさいよ!」
椿は勢いよく立ち上がるとテーブルから離れた。


司は隣に座るつくしの手を握ると、大丈夫だ何も心配することはないと言った。
「 うん 」つくしは言い司の手を握り返した。
「わたしたち、これからもずっと一緒にいれるといいね」
つくしはほほ笑んでみせた。
「ああ。これから先はずっと一緒にいよう」
司も同じことを言うともう一度つくしの手をぎゅっと握り返していた。






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2015
11.29

まだ見ぬ恋人38

司は長い間抑えていた欲望が頭をもたげるのを感じていた。
ありったけの情熱を込めたようにつくしの唇に口づけをしていた。
つくしの小さなため息さえも許さないように彼女の唇をむさぼった。


「道明寺は・・私は・・経験がないの・・」
つくしは顔を赤くしてうつむいた。
「わかってる」
「どうしていいかわからないの・・・」
本気でそう思っている口調だった。
「自然にわかるだろ・・俺だって・・」
司は穏やかに言葉をいい添えた。
「牧野、本当にいいのか?」
「うん、本当にいいの・・」



司はつくしを抱きしめるとそのままベッドへ誘った。
「怖いか?」
つくしは顔を赤くして首を振った。
だが、これから起こることに戸惑いと不安を感じているのは明らかだった。


「少しだけ・・怖いかも・・」
「俺も・・」
二人は互いの顔によぎる感情を探ろうと見つめ合った。

「道明寺は・・・その・・どれくらい・・」
「牧野・・そんなこと俺に聞くな・・」
「俺は心から愛した女とじゃねえと、こんなことは出来ない。
俺が心から愛した女はおまえが初めてだ・・つまり・・」


つくしは吐息を漏らした「じゃあ・・」
「・・そうだ」
司はつくしの手を取ると自分の頬にあてがった。
そして優しく囁いた。
「俺は待ってたんだ・・いつか心から愛せる女に出会えるってな・・」


「牧野、ショックを受けるなよ?」
司はつくしをベッドの端に座らせた。
そして彼女の目の前で生まれたままの姿になっていた。



司はつくしの前で惜しげもなく自分の身体をさらしていた。
つくしはどこに目のやり場を定めればいいのか分からなかった。
でも、きれいな身体だと思った。
思わず手を伸ばして触れてみたいと思わせるような身体だった。

司はまるでつくしのその思いを感じたかのように言った。
「牧野・・触れてくれ・・触ってくれ・・」

司はつくしが欲しくて気が狂いそうだった。
つくしは目の前に立つ雄々しい身体に手を伸ばすと指先だけでそっと触れた。
そして、その指先をそっと動かした。
司の呼吸はそれだけですでに乱れていた。
そして股間は激しく脈打っているのが感じられた。
「ま・・きの・・」

女は生まれながらの本能で男を誘惑するすべを知っているんだな・・
アダムが裸で歩き回っているとき、イブに誘惑されたように・・
司はつくしをいとおしむ気持ちと自分の欲望の狭間でどうにかなりそうだった。

つくしは初めての経験に戸惑いを隠せないでいた。
司の息遣いが早くなるのが感じられていた。
わ、わたしも服を脱いだほうがいいの・・?
視線を定める余裕もなくただ、司の身体に触れていたつくしだったが司に腕をとられ、立ち上がるとブラウスのボタンをゆっくりと外されていくのがわかった。
膝から下が崩れ落ちそうだった。
そしてブラウスが床に落とされ、スカートのファスナーに手をかけられ取り払われたとき、つくしの身体はベッドのうえへと横たえられていた。


「本当にいいのか?」
「今夜は眠れないかもしれない・・俺も・・おまえも・・」
上から見下ろされ、影になった司の顔は欲望に暗く歪んで見えた。
司はつくしの身体にまたがるとまるで子供の頃に貰ったクリスマスのプレゼントを開ける嬉しさを再び味わうようにゆっくりとつくしの胸を覆い隠していた下着を取り去っていった。


司はつくしの胸へと手をすべらせていくと、その頂きをそっと口に含んでいた。
はじめはやさしく吸っていた司もつくしがあげる声に次第に強く、舌と歯を使ってなぶるように強く吸い始めた。
そうしながらも司の手はつくしの柔らかい身体のすべてを知りたいと容赦がなかった。
「力を抜くんだ牧野。そんなに堅くなってたらおまえが辛い思いをするらしいぞ?」


自分でも抑えきれない何かがつくしの身体のすべてをむさぼっていた。
司はつくしの膝を開くとそこに隠されている自分だけのものを手に入れるため指を滑らせた。
下生えに覆い隠されたそこは、まだだれも足を踏み入れたことがない神秘の泉のように侵入者を拒んでいた。
やがてその泉の奥底から溢れ出て来た潤いは司の渇きを癒した。
溢れ出て来るそのすべてを飲み干すかのように夢中で味わっていた。
そしてその泉が底なしの沼のように変わると司の欲望のすべてを呑み込んでいた。




すべてが取り払われたときは互いの身体に優しく触れ合わせていた手も、やがて力強さを増すと、声をあげ、互いを求め、励まし合いながら二人で未知の世界へと旅立っていった。
そして生まれたままの姿であげた叫び声が今まで知らなかった世界への扉を開いていた。







****




翌朝、つくしはおいしいコーヒーを飲む贅沢を味わっていた。
そして、しぶしぶながら煙草の香りとコーヒーの取り合わせが嫌いではなくなっている自分に気づいた。


カップから立ち昇る豊かな香りはつくしが普段口にしているコーヒーとは雲泥の差だった。
このコーヒーは司が自ら淹れてくれたコーヒーだ。
ジャマイカのブルーマウンテン山脈のコーヒーの木から採取される豆を使ったものだけが名乗ることを許されるブルーマウンテンコーヒー。
コーヒーの王様と呼ばれるこの豆のほとんどは日本向けだった。
が、近年は収穫量が減り店頭で見かけることがなかった。
見かけたとしても高値で販売されており、つくしの日々の生活には許される価格ではない。
そんなコーヒーの王様と呼ばれる香りがつくしのキッチンに漂っていた。


朝、つくしが目覚めたとき、そこにはすでに朝の身支度を整えた司がいた。
「おはよう・・」
「お、おはよう・・つ、つかさ・・」
司はつくしの反応を見ていた。
自分の腕の中で一夜を過ごしたつくしの表情のなかに、以前の不安と戸惑いは感じられなかった。
「つくし・・おまえはもう少しゆっくりしてからでいいから・・」
つくしは普段の朝より長くベッドのなかにいた。

「俺は下に西田が迎えに来ているから先に出るが・・」
「一緒にコーヒーを飲まないか?」
「ど、どうしたのこれ?」
「ああ、メープルから届けさせた」
そこにはペーパードリップ用のドリッパーや細口ポットが用意されていた。
そしてもちろんブルーマウンテンの粉もあった。
「おまえには悪いが、あのコーヒーは飲めねぇな・・」
と昨日つくしが淹れたコーヒーを思い出して笑った。
「いいか?これから俺がおまえにブルマンの旨い淹れ方を教えるから今度からはおまえが俺のために淹れてくれ」


司はつくしを自分とキッチンのテーブルのあいだに立たせると背後から手を伸ばし、つくしの身体を抱き込むようにして実演を始めていた。
「いいか?粉をいれたら・・平らに整えて・・コーヒーの粉だけに湯をかけろ。ペーパーにはかけるなよ?まずくなるからな。で、20秒くらいおいて蒸らすんだ」
「あとは・・・残りの湯を三回くらいに別けて・・こうして・・粉の中心から小さな円をかく・・」
「ひらがなの「の」の字をかく要領だ」
司は慣れた手つきでポットを動かしていた。

「道明寺上手だね」
「フン、男のひとり暮らしを舐めんなよ?」
「変なところで自慢しちゃって・・」
司はつくし反応を楽しんでいた。
「おい、いま俺のこと道明寺って呼んだだろ?さっきみたいに司って呼べよ」
「ほら、ねぇ手元みて、ポットが・・」
「心配するな・・」
司はゆっくりと言った。
「ポットの心配より・・」
司はポットをテーブルのうえに置いた。

「俺の心配をしてくれよ・・つくし・・」
司がつくしを振り向かせるとつくしは恥じることなく司の要求に答えていた。







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2015
11.28

まだ見ぬ恋人37

インターホンの呼び出し音がしてつくしはいぶかった。
こんな夜遅い時間に・・・だが、おおよその見当はついていた。
モニターで確認すれば道明寺がこちらを見つめていた。
予感は当たっていた。

「なに?」
とひと言、冷たい声で答えた。
「話したいことがある」
「私は話しなんてしたくありません。明日会社で会いましょう」
「ま、まて!牧野!」
「なんでしょう?」
「会ってもらえないなら強引にでも入ることは出来るが・・どうする?」

・・・そうだった。
この人はそんなことが出来る立場の人なんだ・・・。
つくしは今更ながらこの人との属性の違いを感じていた。
お金と権力と美貌のすべてを備えたこの人には自分の思い通りに出来ないことなんてないのだと。
つくしは仕方なくセキュリティ自動ドアを解除した。
5分とかからずここまで上がって来れるはずだ。


玄関の扉を解錠する音がした。
扉が開かれたとき、そこにいた牧野は今朝出社したときと同じ服装だった。
「牧野、こんな遅い時間にすまない・・」
「・・どうぞ。こんなところじゃ寒いからなかへ・・」
司が玄関を入るとつくしはキッチンのテーブルへと案内した。
「狭いところだけど、どうぞ・・」


二人で狭いキッチンのテーブルで向かい合って座っていた。
道明寺がこんな時間に訪ねてくる理由なんて知ってる。
二人の女性についてのいいわけに決まってる。
それとも・・別れ話?
やっぱり私と付き合ってみたけど、どこにでもいるつまらない女と思われた?
付き合って二カ月も経つのにキスしか許さない女なんてつまらない?興ざめ?
どんな話になったとしても頭をはっきりさせておく必要がある。
今の私にはカフェインが必要だ。

「こ、こんな時間だけど・・コーヒーでも飲む?」
「 ああ 」司は椅子に背中をあずけた姿勢で呟いた。
「あ、でもいつも道明寺が飲んでいるようなコーヒーじゃないからね?」
つくしはコーヒーを淹れるため席をたった。
そしてキッチンの隅に置かれていたコーヒーメーカーにペーパーフィルターをセットするとコーヒーの粉を数杯すくって入れた。

「道明寺の飲むコーヒーはいつも豆から挽いてるのよね?」
「うちのは・・そんなにいい粉じゃないから・・美味しくないかもしれないけど・・」
つくしは冷蔵庫のなかを覗きこんでいた。
「あ、ミルクがない・・。あ、道明寺はブラックだから必要ないよね?」
つくしはそう言いながらも司の方を見ようとはしなかった。


コーヒーメーカーがゴボゴボと音をたて始めるとコーヒーの香りが部屋のなかに漂いはじめた。
沈黙が二人のあいだを流れていた。
そのうちにゴボゴボと音をたてていた機械の音がポコポコと言う音に変わると、やがて静かになった。

つくしは二人分のカップを用意するとひとつは道明寺の前に置き、もうひとつは両手で包み込むようにして握ぎりしめた。
つくしは座らなかった。
そしてテーブルを挟んだままで司と向かい合っていた。


「仕事モードの牧野は嫌な女だな」
と司は呟いた。
「今日も、昨日も・・おまえは会社で俺を無視して嫌な女だった」
「俺はかわいい牧野のほうが好きだ」
司の声は微笑を含んでいた。


「話しって・・?」
「牧野、この前マンションに来た女だけど・・」
つくしは司の言葉を遮った。
「ど、道明寺!わ、私と別れたいんならはっきり言って!」
つくしは司の顔を正面から見据えて言った。
「や・・やっぱり私なんかと付き合うのは・・・。社会的レベルが違うっていうのか・・。
私はお嬢様でもなんでもないし、家柄だって普通だし・・。ど、道明寺だったら誰でも手にはいるのに・・」
つくしはわななく息を吸い込んで話しを続けた。
「し、仕事は・・嫌な女にならないように努力するから・・まだちょっと無理かもしれないけど・・努力します・・」
「牧野、違うんだ、いいから俺の話しをちゃんと聞け!」
立ち上がった司はテーブルを回り込むとつくしの傍へとやってきた。

「あの女は俺のストーカーだ!妄想女なんだよ!俺の女だなんてとんでもねぇ話だ!」
司は声を高めた。
「あのとき、総二郎が電話してきたのもあの女に気を付けろって警告だったんだよ!
俺はあんな女は見たこともねぇし、そんな女とキスなんかするはずねぇだろ?」
司は訴えかけるように言った。

「そ、そう・・・」
じゃあ今日のあのきれいな女性は?
司はつくしが逡巡しているのを見て取った。
「牧野、おまえが何を考えてるかわかるぞ。今日の女は誰だって考えてるんだろ?」
つくしは小さく頷いた。
「あれは俺の姉貴だ。夕方ロサンゼルスから着いたところだったんだ」
「あのひと・・道明寺のお姉さんなの?」
事態改善は可能か?
「姉ちゃんは親しい人間には抱きつく癖があんだよ・・」
そのうちおまえにも抱きつくようになるぞ!

「・・ほ、本当なの?」
信じられないのか多少の不安が語尾から感じられた。
「ああ本当だ。姉貴なら今すぐにでも会えるぞ?」

つくしは顔からサーっと血が引いていくような感覚に襲われていた。
「あの・・わたし・・ご、ごめん・・道明寺。ごめんなさい」
本気でそう思っている口調だった。


司は息を吐き出すと言った。
「いや・・俺が悪い・・・って言いたいところだけど、俺は悪くねぇぞ!」
「ストーカー女なんて俺は被害者だし、姉貴はおまえが勝手に勘違いしたんだからな!
俺にバスまで追っかけさせやがって!」
「だ・・だって二人とも道明寺に抱きついてたのよ?どう考えてもそう思うわよ!」
つくしは落ち着かない表情になった。

「いーや。思わねえな。抱きついてきたとしても俺は抱きつき返しちゃいねぇからな。
あんな一方通行のハグなんて聞いたことねぇ。セクハラじゃねえかよ!やめてくれよ、あんなドブス女」
司はそういうと意外にも笑いながらつくしが大事そうに手の中に包み込んでいるコーヒーカップを取り上げると悪戯っぽい目をした。
「抱きつかれるなら牧野がいい」
司はつくしから取り上げたコーヒーをひと口くちにした。
そして一転して真顔になると
「・・・これ本当にコーヒーか?」
と苦笑しながら司は呟いた。


「牧野、おまえは臆病な女じゃないだろ?なんで俺と付き合っていくことをそんなに躊躇してるんだ?」
「道明寺・・・わたし・・」
司は手にしていたコーヒーカップをテーブルの上に置くとつくしの身体を引き寄せた。
低く甘い声でささやかれたとき、つくしは気がついた。
これから自分がどんなふうになるのかわかっていた。


「牧野、俺とおまえは違って当然なんだからそんなことは何も心配しなくていいんだ。
 これから二人で折り合いをつけていけばいい・・・」
「言ったはずだ、恋するのに理由は要らないってな。わかったか?俺の言ってることが?」
司はいったん口をつぐんだあと、つくしの頬にそっと手を添えた。

そしてにやりと笑った。
「おまえが逃げても世界の果て、いや地獄の果てまででも追いかけて行くからな!」
それから、真顔になった。
「愛してる・・牧野・・」
「俺はおまえの気持ちが固まるまで、待つつもりでいたけど・・」
司は息を吸い込んだ。

つくしはじっと司を見つめていた。
「・・どうしよう・・わたしも・・道明寺がすき・・・」
つくしは司の腕の中に飛び込んでいた。
なにも考えていなかった。考えたくなかった。
ただ知りたかった・・・そして感じたかった。
つくしの身体は司の身体にぴったりと押し付けられていた。
欲しいと思った。道明寺を。


司はむさぼるようにキスをしていた。
まるでつくしがこの世でたったひとり、人類のなか唯一の女性であるかのように。
そして誰かに取られてなるものかとしっかりと抱きしめていた。







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2015
11.27

まだ見ぬ恋人36

バスの旅は次の停留所で終わっていた。
つくしはバスに乗っていたのと同じ時間を費やすことなく、最寄りの地下鉄の駅から電車に乗っていた。
走るスピードがいつもよりも遅く感じられた。
早く時間が過ぎてしまえばいいのに・・・
つくしは目的の駅で降りるとこの日二度目の疾走を始めていた。


司の姉は弟の初恋がどうしようもない誤解と歪曲により危機にさらされていると聞いてロスアンゼルスから東京へ戻ってきた。
姉の椿は自分の弟が世間で言われるような冷酷な仕事人間ではないし、週刊誌に書かれるような事実はないとよく理解していた。
まだ幼い子供のころからいつも留守だった両親に代わって弟の面倒を見て来たのは自分だった。
子供なのに母親に甘えることも出来ず、子供らしく育つことが出来なかった寂しい子だった。そんな弟は少年時代に入ると不道徳行為を繰り返し生活は荒んでいった。
男女の差はあれど、姉と弟でもこうも違うものかとしばしば思っていた。
それでも椿はそんな弟がかわいいと思えた。
世の中には受け入れてもらえないような弟になったとしても、弟の味方が自分だけになったとしてもこの子を守ろうと思っていた。


ところがそんな椿が司の執務室に入るなり放った言葉は
「あんたって情けない男ね!わかってるの司?」だった。
「なんだよ!」
司は不機嫌そうに言った。
「なんだよじゃないわよ!本当に情けない男ね!」
椿はそういうとツカツカと執務デスクの前までやって来ると司の目の前に両手をついて言い放った。

「あんた、タマあるの?あんたが小さいときはあったけど今もちゃんとそこにあるの?
 それとも縮んで使い物にならなくなった?」
椿は笑った。

「いくら仕事が出来ても女性に対しての扱いが全然だめだわ・・・・あんた総二郎やあきらとつるんでいる割りにはそっちの方は全然ダメね・・・・」
とため息をつきながら言った。
「司、いい?ちゃんと説明しなさいよ!あたしのこともストーカー女のことも!」
椿はくるりと向きを変えると司のデスクから少し離れたソファに腰を下ろした。
そして運ばれて来ていたティーポットから紅茶を注いだ。

「わかってるよ姉ちゃん!俺がそんなにバカな男に見えるのかよ」
司はむきになって言い返した。
牧野・・寂し気な表情をしていた・・
あんな顔をしてる牧野なんて見たことがなかった。

「見えるわよ!だから言ってるんでしょ?」
と紅茶を口にする前に言った。そしてため息と共に聞いた。

「それで、ストーカー女が来たときつくしちゃんと・・一緒にいたってわけよね?」
「ああ、俺が熱出して寝込んでたら牧野が来てくれて・・」
「バカは風邪ひかないって言うけど、あんたはバカじゃなかったってことね」
椿は呟いた。
「姉ちゃん、風邪じゃなくてインフル・・」
司は口を挟むことが出来なかった。

「まあいいわ。とにかくあんたは今まで何かを手に入れるのにこんなに一生懸命になったことなんてなかったんだから・・・。
女嫌いのあんたが好きになった女の子なんでしょ?ようやく本当の自分を見せてもいいと思えるような相手に出会ったんだから欲しい物を手にいれるための努力と根性を見せてごらんなさいよ!」
「いっとくけどね、あんたみたいな男、つくしちゃんを手放したら一生後悔しながら生きるはめになるわよ!わかってんの?」
椿は言葉を切るとティーカップに再び紅茶を注いだ。
「あんたの幸運なんて生まれたときに全部使っちゃったんだからね?」
「姉ちゃん、それどう言いう意味だよ!」
司は反撃した。
「うるさいわね!・・あたしの教育方法が間違ってたのかしら?」
「男はね、惚れて好きになった女に尽くすから男としての魅力が増すのよ?
度量と甲斐性があるように見えるのは・・まあ、あんたは甲斐性はなんとかなりそうだけど・・。
女があの男が欲しい、素敵だって思えるような度量の広い男ってのは自分の人生が充実しているからなのよ?そんなふうに輝いて見える男ってのは大体素敵なパートナーか家族がいるからなのよ。世の素敵な男ってのは、パートナーや家族によって魅力ある素敵な男性に育てられてるの。男は自分ひとりで魅力的になるわけじゃないの。
今のあんたを見てあんたを欲しがるような女はね、あんたの本質なんかどうでもいいのよ。
わかるでしょ?司!今まであんたの周りにはそんな女ばっかりだったんだから」
「あんたつくしちゃんのことが好きなんでしょ?だったら自分の人生が輝くために頑張りなさいよ!」

「・・・それから司、つくしちゃんと話しをして・・それでもだめならあたしのところに連れてきなさい・・。あたしがあんたのことを・・そんな人間じゃないってことを話してあげるから」と椿は穏やかな口調で続ける。
「あんたが初めて好きになった女の子なんだから素敵な人なんでしょ?」

ああ。そうだ・・・
地下鉄で初めて牧野を見たとき恋におちた。
牧野が浮かべたほほ笑みを見て俺もつられてほほ笑んでいた。
あいつがどこの誰だかわかんねぇ時から恋をしてた。
だから探し出してたいした用も無いのに勤務先の大使館まで押し掛けた。
大河原に転職したって聞いたから滋を口説いてうちに転籍させた。
真面目で、人を信じやすく寛大だ。
だからあのストーカー女の言うことも信じたわけだ。
まあ、ちょっと頭が良すぎて堅苦しいところもあったけど、それも時間とともに取れてきた。
キスをすれば熱く返してくれるようになってきた。

司はほほ笑みを浮かべて椿を見た。
「姉ちゃん、牧野は素敵だ」
「俺、牧野と結婚したいと思ってるんだ・・だから姉ちゃん、今度牧野に会ってくれないか?」
「よく言ったわ司!その言葉が聞けて嬉しいわ!」
椿は答えた。

「俺、牧野に会いに行ってくるわ」
司は立ち上がると何かを心に決めたようにゆっくりとドアのほうへと歩いて行った。


****


つくしは自宅に帰るとコートを脱ぎ、ソファに腰をおろした。
目的の駅で電車から降り向かった先のそこは休館日だった。
プラネタリウム・・・そこで一人ゆっくりと星空を眺めながら考えたかった。
つくしは司が自分の乗ったバスを追いかけて来たのを見た。
・・・だからって? 


司はつくしのマンションの部屋に明かりがついているのを確かめた。
バスに飛び乗ったつくしを追いかけてはみたが、追いつくはずがないことはわかっていた。
どこかで降りてはいるだろうが、例え見つけることが出来たとしても今の状況では自分に向き合ってもらえるかどうかわからなかった。

司は女を追いかけるという経験がなかった。
むしろ追い払う経験の方が多かった。
自分に群がって来る女を追い払う方法ならいくらでも知っていた。

司は今日という日が少しでも良くなって終わることを願いながらつくしの部屋のインターホンを押していた。








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2015
11.26

まだ見ぬ恋人35

司は指のあいだに挟んだペンをクルクルとまわしていた。
いつもその指先にあるはずの煙草がなかった。
煙草が不味く感じられるようになって吸う本数が少しだけ減っていた。
そのかわり右手は何か物足りなさを感じたのか、ペンを手にするとクルクルとまわすようになっていた。

牧野が氷のように冷たいほほ笑みを浮かべるようになって三日が経っていた。
挨拶だけは礼儀として返してくれるが、会話は成り立たない。
「 はい 」
「 いいえ 」
「わかりました」
この言葉だけで会話は完結していた。

あと1時間もすれば就業時間も終わる。
牧野も帰宅するだろう。
本当のことを話したいのにあいつは俺の話しを聞くどころか、顔を見るのも嫌だと言う態度だ。
いつまでもこんな調子じゃ埒が明かない。
司は執務室を出るとつくしがいるオフィスへと向かった。



「おい、牧野はどこへ行ったんだ?」
「ま、牧野さんですか?」
苛立った様子で突然現れた司に問われた若手社員は当惑が隠せなかった。
「牧野さんなら資料室に本を返しに行って・・」
司はチャンスとばかり男の話しを振り切って急いで資料室に向かった。

が、つくしの姿はなかった。
また入れ違いか?
司はその足でいま来た廊下を引き返えすとつくしのオフィスへと向かった。
が、やはりつくしの姿はなかった。

「おい!そこのおまえ!」
「は、はいっ!」
「牧野は資料室だって言ったよな?」
「は、はい。ですから資料室に本を返しに行ってそのまま退社しますって・・」
「あぁっ?てめぇ、さっきはそんなこと言わなかったじゃねぇか!」
「で、ですから先ほどは・・支社長が飛び出して行ってしまわれて・・」
クソッたれが!



司がエレベーターを降りたとき、つくしの姿はガラス扉の向う側へと消えようとしていた。
つくしはエントランスロビーから出るところだった。
「牧野っ!」
つくしは自分の名前を呼ばれても振り返ることはしなかった。
「牧野、待てよ!」
つくしは足を止める気配がなかった。
自社のロビーを長いストライドで走り抜ける男に注目が集まった。

「牧野っ!」
司がつくしの腕を捕まえることが出来たのはロビーを出た道明寺HDの正面エントランスだった。
「牧野、話しを聞いてくれ!なあ、話しをしよう」
司はつくしの左腕を掴むと憐れっぽく聞こえるように言った。
つくしは掴まれた腕を振りほどこうとしていた。
「触らないで!離してよ!」
つくしが顔をそむけたので司には彼女の顔の表情が見えなかった。

それは折しも一台の大きな車がゆっくりと車寄せへと入って来たときだった。


「つかさーっ!久しぶりっ!」
ひとりの美しい女性が車から降りてきた。
現れた女性は背が高く、スタイル抜群と言った感じだった。
そしてその女性からそこはかとなく醸し出されるオーラは司と同じだった。

「あんたから電話もらった時は驚いたけど、やっとその気になったんだね?」
と言って力強く司を抱きしめた。

つくしは自分の目の前で繰り広げられる光景に目を疑いたくなった。
こともあろうか、道明寺HDの支社長が自社のエントランスで女性と抱き合っている。
週刊誌に書かれていることは本当じゃないって言葉を信じた私がバカだった。
私なんかよりずっときれいでお金持ちのお嬢様とばかり噂になって・・
今日のこの女性は道明寺のなんなの?
道明寺って・・・

道明寺なんて・・・だいっ嫌いっ!

「は、離せよ!痛てぇよ!ねぇ・・」
司は自分を力強く抱きしめてきたその腕を振りほどこうともがいていた。
そのとき、女性の肩越しに自分を見つめるつくし寂し気な表情に気づいた。
そして視線が重なり合ったとき、つくしはそっと視線を外した。
「さようなら、道明寺」
と小さな声で呟いた。

「お、おい!ま、牧野待てって・・」
司は焦っていた。

つくしは力強い足取りで司のもとから去っていこうとしていた。
が、何か言い足りないのかくるりと振り返った。
「道明寺なんて好きになるんじゃなかった!」
と叫んだ。


くそぉ・・
牧野のやつ、あの女勝手に勘違いしやがって!

「姉ちゃんいい加減にしてくれよ!帰国するたびにいちいち弟に抱きつくんじゃねぇよ!
あいつ・・牧野がまた勘違いしちまったじゃねぇか!」
「え?なに?彼女が例のつくしちゃんなの?」
「つくしちゃんじゃねぇよ!」
新たな問題。
ああ、勘弁してくれよ・・
問題ならもう充分足りてる。 
あのストーカー女についての弁解だってまだなのに、今度は姉ちゃんかよ!
司は視線を椿に戻した。
「姉ちゃん悪りぃ」
そう言うとつくしを追って街へと飛び出して行った。


*****


つくしは駆け出していた。
自分が惨めだった。
好きになった男性が目の前で他の女性と抱き合っている姿を二度も見た。
たった2ヶ月か・・短い付き合いだったな・・
つくしは自分は恋愛に不向きなのかもしれないと思った。
これからどうしよう・・
仕事とはいえ毎日道明寺と正面切って顔を合わせるなんて辛いものがある・・・
このまま自宅に帰りたくなかった・・。
また道明寺が押しかけてくるに決まってる。居留守を使うのも疲れた。


タクシーが通りかかったら呼び止めようとしていたが、バス停が目に止まった。
どこでもいい。そう考えていたときつくしの目の前にバスが止まった。
ドアが開いて乗るか乗らまいかと躊躇していた。
「お客さん、乗るの?乗らないの?」と声が飛んできた。
遠くで自分の名前を叫ぶ声が聞こえる。
「の、乗ります。すいません」
と言って素早く乗り込んだ。
つくしは席に座ることなく発車と同時にポールへとつかまるとうつむいていた。
自分の名前を叫ぶ声が聞こえるなんて、幻聴も甚だしいと思った。
聞こえるはずのない声が聞こえてくるなんてどうかしてる。
その声が聞こえなくなるところまで行けば私の気持ちも落ち着くのだろうか・・

つくしは窓の外へと視線を向けた。

胸が痛んで喉がつまった。
道明寺が、あの道明寺司が、ビジネススーツを着た男が歩道を走っている。
徐々にスピードをあげていくバスに追いつくはずがない。
男の姿は薄闇の中に消えて行くように小さくなっていく・・・
つくしはポールを持つ手が震えていた。



心がちぎれそうだった・・








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2015
11.25

まだ見ぬ恋人34

牧野がドアを開けて入って来た。
いつもに輪を掛けたような早い出社だった。
牧野は・・・いつもと変わらないように見える。
そして向かいの席に座る俺に向かって朝の挨拶をした。

「おはようございます支社長。お加減はいかがですか?」
と杓子定規に言った。
「ああ、おかげ様で」
他の社員の手前、司はさりげない様子で言った。
「そうですか。良かったですね。」
とほほ笑んできた。
が、そのほほ笑みは冷たくていつもの牧野じゃなかった。
胸に突き刺さるような冷たいほほ笑みを返された。
周りの空気まで凍りそうだった。
「ま、牧野・・」
「なんでしょうか!」
思いっきり睨まれた。
こえぇー。牧野ってこんな女だったか?



あの女、総二郎が電話で言ってたミカって女だった。
総二郎はちょっと頭がおかしい、ヤバイ女がいるから気を付けろと俺に警告するために何度も連絡を取ろうとしていたらしい。
あんな女、俺には全く記憶になんてない。
牧野以外の女に興味なんてあるわけがない。
ましてやあんな女とキスなんてするはずがない!
俺のストーカーか?
妄想女かよっ!
どうやって俺のマンションにもぐりこんだか知らねぇが、セキュリティは即クビにした。

クソッ!
あの女!俺に抱きついてきやがって!
牧野以外に触られて気持ち悪くて反吐が出そうだった。
昔の俺だったらその場でぶっ殺してたぞ。

もうこれ以上昨日の記憶をほじくり返そうとは思わなかったので、そのイメージを頭のなかから払拭した。
それよりもこれからのことの方が大切だからな。

俺はこれからどうしたらいいんだ?

『・・もう一度キスして・・』

俺の耳元でささやいてきた牧野の声が聞こえてくるようだ。
数時間前、牧野が俺の身体の下にいて身悶えしていたことが嘘のようだ・・。
牧野にキスして、牧野に触れて・・・


俺のオフィスラブライフはどうなるんだ?
つき合ってる二人が険悪になったとき、それでも平静を装って仕事をしなきゃなんねぇなんて地獄だな・・・
最高に素晴らしい拷問を受けたあとはマジもんの地獄かよ・・

牧野は俺のことをまるで道に落ちた犬のクソのような目で見る。
向かいの席に目をやれば、俺の視線に気づいているはずなのに絶対に視線を合わすものかとパソコンの画面を睨みつけるように見ている。
そして唇はぎゅっと固く結ばれている。

俺は牧野の流れるようなシルキーな黒髪が好きなのに、今日のこいつはきつく固めた団子みたいなのが頭のうえに乗っかってる。
俺に対しての嫌がらせか?
なんか知らねぇが、まったく隙が感じられない女になってる。
携帯にかけても出ねぇ・・・
マンションにも行ってみたが居るのか居ないのか分かんねぇが応答しなかった。
仕事が終わればお疲れ様でしたとばかり、さっさと退社しているらしい。
ああ、そんなのは勤怠管理データを見れば一目瞭然だった。
だから牧野が席を立ったとき、こっそり後をつけて廊下に出たら走って逃げられた!


取り付く島もない・・・
話しなんてとても出来るような状況じゃねぇ。
多分、今の牧野は俺に他の女がいて俺を信じられない、裏切られたという思いでいっぱいなんだろう。
まさに目にしたものがすべてって感じの女だもんな。

こんな状況でまる二日、牧野を真正面に見ながら午前中を過ごした俺は今日も午後からは執務室に戻って来た。
いつもは美味いと感じる煙草がまずい・・
牧野とこのままの状況が続けば俺は知らないうちに煙草をやめることが出来るかもしれないと思うようになった。

どうすりゃいい?


****


司が二人を呼び出したのは助言を求めるためだった。

「誰か死んだのか?」
総二郎は司を見ながら言った。
「司、総二郎から聞いたぞ?」
司は黙ったままだった。
「司、そんな暗い顔するなよ!」
「おまえ、ストーカー女に牧野との初エッチを邪魔されたそうだな?」
あきらは顔に笑みを浮かべると面白そうに聞いた。

「あの女!やっぱ殺してやる・・」
司の顔が怒りに染まった。

「司、お前が言うとシャレになんねぇな」
「なあ、あきら。俺はどうしたらいいんだ?牧野は俺の方を見ようともしない。近寄ろうとしたらまるで汚ねぇものでも見るような目で俺を見る。電話にも出ねぇ・・」
司はそこまで言うと忌々しそうに総二郎を睨んだ。

「総二郎、おまえがあん時、電話なんかしてくるからだ!なんでマンションに電話するんだよ!」司は立ち上がった。
「なにいってんだ、おまえが携帯に出ねぇからだろうが!人が親切に教えてやろうと思ったのによ!」
総二郎も立ち上がった。
「俺は寝込んでてそれどころじゃなかったんだよっ!」
「そんなこと知るかよ!」
二人の男は立ち上がったまま睨みあっていた。

「まあ二人とも落ち着け。な、座れよ。なあ司、まずは牧野に事情を説明してわかってもらうことが第一だろ?」
あきらは少し大きすぎるくらいの声で言った。
「ああ・・けど牧野は俺を避けてるし、口もきいてくれねぇ」
「それなら牧野のダチから話してもらうってのはどうだ?」
あきらはそう言うと同意を求めるように総二郎を見た。

「いいじゃねぇか。滋か桜子にでも頼んで・・」
「ダメだ!あいつらなんてぜってぇダメだ!」
「なんでだよ?」
「アイツらの耳にこんな話が入ったら俺のことなんて捨てちまえって言うに決まってる。
滋なんてぜってぇそう言うぞ!あのサル女!うちを辞めてまた大河原へ戻って来いなんて言い出しかねねぇ・・」

「しかしよ、なんとまあ、あの夜がおまえらの初体験になるところだったって言うんだからどれだけ時間がかかってるんだよ。牧野と付き合いはじめてかれこれ2カ月だろ?」
総二郎に言われ司が頷いた。
「・・ったく運が悪りぃって言うか、タイミングを逃すって言うか・・」
あきらは同情したようにため息をついていた。

「俺に言わせりゃ付き合い始めたその日にさっさとやっちまえば良かったんだよ!」
総二郎の言うことも一理あると思わないわけじゃなかった。
が、牧野のことをそんな軽い女だなんて考えちゃいない。
おまえらの付き合う女とは違うんだよ!牧野はな!
「どうすりゃいいんだ俺は・・」
司は頭を抱えた。
「女の心理を俺に聞くか?」
総二郎はにやにや笑いを浮かべた。
「司、俺たちに女の心理を聞くな。けど女の身体のことならなんでも教えてやるぞ?」

こいつらに聞くんじゃなかった。

「いいか、司。こういうゴタゴタしたことはさっさとすませろ。事情をきちんと説明してわかってもらえ?いつまでも長引くとろくな話しになんねぇからな」
司は頷くと手にしていたアルコールを口にしていた。


****


結局あいつらに話しをしたところで、どうにもならない。

あのとき西田は俺と牧野に気をきかせて帰ったが、今の俺の状態を見ていて見かねたのか、ついに言って来た。
「なにかありましたか?」
司は答えなかった。

「司様、おひとりで考えてもどうしようもない事もあります」
「女性のことに関しては、男の我々が頭を悩ますよりやはり同性の方にご相談されたほうがよろしいかと思いますが」
―――確かに、それは言える。
だがどうする?
俺の周りで牧野のことをよく知っている女は滋か三条の二人しかいない。
ダメだ。あいつらに話しなんかしたら、まとまる話しもまとまらない。

俺のことを理解してる人間に・・・

俺は西田が力説していた孫子の兵法を思い出した。
そこに書かれていたこと・・・


どんなに勇猛果敢な指揮官でもこれだけは必ず行う。
援軍を呼ぶことだ。
だから俺は援軍を呼ぶことにした。
それは明日ロサンゼルスからやって来る。









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2015
11.24

まだ見ぬ恋人33

一時間後、俺は牧野が言うところの病人食と呼ばれるものを食べ終わっていた。
牧野が作ってくれるものなら文句なんてない。
どこから調達してきたのかは知らないがビールとミネラルウォーターしかないような男の住まいには不似合な食材の残りがきちんと密封されて冷蔵庫のなかにある。

つくしは司のマンションの大理石でできたカウンターを拭き終えると彼のそばへとやってきた。

司はソファに腰を下ろすとここの主は俺だと言わんばかりの態度でつくしを隣に座らせた。
そして世の中のすべての女性が心停止になるような魅力的な笑みを浮かべてつくしを見た。


・・・気になる。牧野はどうしてそんなに警戒してるんだ?
こいつに俺の考えていることがばれているとはとても思えないが・・

つくしは67キロの男に突然抱きしめられて驚いた。
同時に司が自分の身体を求めているのもはっきりとわかった。
そしてキスするたびに司が興奮しているのも感じていた。
そんなことは付き合いを始めるまえから知っていたしわかっていた。

そんなに長い時間をかけたキスじゃなかった。
それでも司の唇が離れていったとき、つくしの呼吸は乱れ瞳は潤んでいた。
つくしは口を開き司を見つめると言った。
「お願い・・道明寺・・もう一度キスしてくれる?」

つくしからキスを強請られた司はすっかり興奮していた。
今までのような甘いキスなんて出来るわけがない。
つくしのすべてを味わいたいという思いでキスをした。

つくしは司の首へと手をまわすと自分から身体を押し付けるようにしてきた。

キスはりんごの味がした・・・
食後にりんごを出されたから・・
司はつくしが欲しかった。

司はつくしの身体をソファへ押し倒した。
そしてもっと近づきたいとつくしの身体に上体を浴びせかけるようにした。
身体を押し付けたまま手探りでつくしのブラウスのボタンを探し出すと、ひとつ、またひとつと外していった。
司はその動作がもどかしくてどうにかなりそうだった。
いっそ途中でやめて引きちぎってしまおうかとさえ思ったが、そんなことをしてつくしを怖がらせたくなかった。

自分の指につくしの柔らかい肌が触れたとき、初めて会ったときからそうしたいと思っていたことをしていた。
司は目の前に開かれたつくしの白い胸元へと唇を寄せると、まるで噛みつくようなキスをしていた。
そして自分の物だという刻印のようなキスをした。
きつく、吸い付くように繰り返しキスをされ、つくしの背中はまるで持ち上げられたように反りかえり、胸があがった。

司は唇を離すと息をつき、下腹部の痛みに耐えながらつくしの上にまたがった。
そしてせわしなく自分の着ているシャツを脱ぎ捨てた。
司の身体の下でつくしが身悶えするように動いたとき身体が擦れ、司はコントロールが効かなくなりそうだった。
思わず呻き声が漏れそうになった。
司は苦しそうに息をはずませていた。

「・・道明寺・・」
自分の身体の下に横たわるつくしから名前を呼ばれただけで司の自制心の欠片は吹き飛んでいた。
「牧野・・」





牧野といい雰囲気になってきたとき、電話が鳴った。
携帯の着信音じゃない。


誰だよ、こんなときに!

邪魔すんじゃねぇよ!
そのうち切れるだろうと思ってほっといた。
が、呼び出し音は鳴りやまずに留守番機能が働いた。
マンションの電話番号を知っている人間は少ない。
悪友どもからはほとんどが携帯へかかって来る・・・が
嫌な予感がした。


≪ 司?いねぇのか?ケータイに何度かけても繋がんねぇし・・。
それよりおまえ牧野つくしとどうなってる?もうヤッタのか?
それはそうと、ミカって女がおまえの連絡先を教えろってしつこく言って来てよ。
知ってるのか?その女がいうにはいつだったかおまえとキスしたとき・・ ≫

司はつくしの上から飛び降りると慌てて電話のコンセントを引き抜いていた。


司はつくしを見た。
こいつなに考えてる?

嫌な空気が流れた。

「もう遅いから・・そ、そろそろ帰ります。」
つくしは肌蹴た自分のブラウスのボタンを下から順番にとめていった。
そして立ち上がりスーツの上着を着ると、ソファの背に掛けられていたコートを手にそそくさと部屋を出ていこうとしていた。

「ま、牧野!待ってくれ!違うんだ!」
司はつくしを追いかけた。
「牧野、違うんだ。あの電話は・・」
「お邪魔しました」
つくしは靴を履くと玄関ホールから外へと出ようとしていた。
「ま、牧野・・」
「お見送りは結構ですから・・お身体お大事に」
と、扉を開けたところで女性と鉢合わせになった。


「つかさー!ひさしぶりー。会いたかったわ!」
「だ、誰だおまえ!ど、どうやってここまで上がって来たんだよっ!」
つくしは抱き合う男女の横を通り抜け、エレベーターへと向かっていた。
「あ、おい!ま、牧野っ!待てよ!」
司は自分を抱きしめてきた女の腕を振りほどくと裸足のまま、上半身裸のままでつくしを追いかけた。
「待て!牧野、違うんだ・・」
エレベーターの前で追いついた司は言った。
そしてつくしの肩に触れようとしたが拒まれた。

「違うんだ、あんな女しらねぇ!帰るな牧野!おまえは帰らなくてもいいんだ!」
つくしは下を向いたまま顔を上げない。
「・・・看病してくれる女性がいてよかったですね・・」
と小さな声で呟いて言葉を切ると、顔をあげて司を睨みつけながら言い切った。
「さようならっ!支社長っ!」

つくしは扉の前でじっとしたままで、エレベーターが到着するのを待っている。
そして1分と経たずに到着を知らせる音と共に扉が開いた。
おい、嘘だろ?冗談だろ、牧野?

「つかさー?どうしたの?その女の子だれー?」
部屋の入口付近にいる女から声が飛んで来た。
司は部屋の方を振り返って叫んだ。
「あぁっ?うるせぇんだよっブス!黙ってろっ!」
つくしは飛び乗ったエレベーターのなか、素早くエントランスロビーを示すボタンを押した。
司が振り向いたとき、すでに扉は静かに閉じられようとしていた。

「なあ・・牧野違う・・」
「うまくいくといいですね支社長!」
つくしのその言葉が司の言葉と重なり合ったとき、扉は静かに閉まった。
司はその場に立ったまま、エレベーターが降下して行くのを見送るしかなかった。









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2015
11.23

まだ見ぬ恋人32

司はベッドの上で寝返りを打ちながら吐きそうになる自分を抑えていた。
薄ぼんやりとした照明のなか、目を凝らすとナイトテーブルに置かれた時計を見た。
目を擦った。
いま・・・何時だ?

インフルエンザにかかった。
西田に鬼の霍乱って言われた。

俺は鬼かよっ!
まあいい・・こんなことは滅多とないことだから。
が、自己管理がなってないヤツが仕事の管理なんて出来るわけがない。
そんな事を言っている俺がこんな事になるとは、ザマァねえな・・

さすがにこれじゃあ会社には出れなかった。
少しでも顔を出そうと思ったが牧野にでも移ったら大変だ。

はぁ・・しかし身体がだるい、重い、もう死にそうにつらい。
熱は下がったけどムカつきが取れない。
水でも飲むかと起き上がったところでインターフォンが鳴った。
無視した。
それでもしつこく鳴る。鳴りやむ気配はない。
ったく誰だっ!
セキュリティは何してるんだ!
ここはタワーマンションだぞ?億ションだぞ?
不審人物がいたら追い帰せ!

司はよろよろと立ち上がると応答した。
「テメーだれだよ!」
「あ、あの・・わたし・・牧野です」
「ま、牧野か?」




ドアを開けたそこには愛しい牧野が立っていた。
その後ろに見えるのは銀縁眼鏡をかけた四角四面の俺の秘書だ。

セキュリティは許してやる。
西田も許す。
牧野をここまで連れて来たからな。
「道明寺!だ、大丈夫?」心配そうにつくしは聞いた。
大丈夫じゃない・・
見たらわかるだろ?
シャワーも浴びず、髭は伸びてる。
部屋も・・・
おい、牧野ははじめて俺の部屋に来たんだぞ。
それがこんな有様だなんて非常にまずい・・・
普段からこんな部屋に住んでいるなんて思われたくない。
来るんなら来るって連絡くらいしろよ!

「司様、なにか着ていただいたほうがよろしいかと・・」
「あぁっ?」
「ですから・・そのような格好ですと牧野様が・・」
四角四面が言ってろ!
「司様、何度もお電話したのですが・・」
そうかよ。
返事をする気力なんてねぇよ!

司は黙って寝室に戻ると脱ぎ捨ててあったシャツを身に纏い携帯電話を持ってきた。
見れば確かに着信が連なっている。

「道明寺?」つくしはそっと語りかけてきた。
「大丈夫だ・・・」
と言ったものの頭が重くて何も考えられねぇ・・・
「ねぇ、道明寺、しっかりして!」
俺、どうしたんだ?
牧野が二人・・いる?
「どう・・う・・じっ・・?」





サイアクだ・・・
こんな姿を牧野に見せるなんて情けねぇ・・・
目が覚めたとき、部屋はきれいに片づけられドアの向う側から温かみのあるにおいが流れてきていた。
司はよろよろとベッドから起き上がるとドアまでゆっくりと歩いていった。

「道明寺!起きたの?寝てなくて大丈夫なの?」つくしはタオルで手を拭きながら聞いた。
「ま、まきの・・」とかすれた声で言った。
「西田さんから聞いたの。昨日出張から戻って熱を出したって・・」
つくしは司のそばまで近寄ると心配そうに言った。
「それに何度道明寺に電話をしても出ないから・・に、西田さんにマンションに行ってみましょうって言われて・・」
司は下から見上げるように見つめる牧野に思わず手を伸ばして抱きしめたいと思う気持ちをこらえた。


そしてその思いをおさえるように司はソファに深く腰かけ、だるそうに身体をあずけると目を閉じた。
「に、西田は?」
「うん、西田さんはあとをお願いしますって・・会社に戻ったの」
「おまえは戻らなくてもいいのか?」
「うん。私は・・午後から休みを取ったから・・今日はもう戻らなくてもいいの・・」
つくしは声を落としてささやくように言った。


牧野のその言葉を聞いて俺はつい本音を口にしていた。
「牧野が・・来てくれて嬉しい・・」
「あのね、道明寺、口にあうかどうかわからないけど、お粥を作ったから食べよう?」
司はお粥ってのがなんなのか分からなかったがつくしの気遣いが嬉しかった。
「食べたら薬を飲んで休んでね」
「ああ、わかった・・そのまえに・・シャワーを浴びたい・・」
司はちらりとつくしを見た。
「う、うん。わかった・・。じゃあ・・あとで・・」
つくしは頬を赤らめて頷いた。



バスルームに向かいながらこれまでの二人の付き合いについて思い返していた。
俺たちはまだキスまでの関係だ。
そろそろ進歩してもいい頃だろ?

牧野が俺の部屋に現れるまではこいつの気持ちを優先してやろうと思ったんだが・・
なんてこった!
その決意も揺るぎかけてきた。
牧野を目にした途端、ウィルスなんてどっかに消えちまったみてぇだ。
俺の頭の中は牧野の一糸纏わぬ姿が見たいと言う思いでいっぱいになっていた。
想像しただけでよだれが出そうになっていた。
けど、想像にふけって喜んでいるのにもそろそろ限界が近い。
牧野が俺のマンションまで来たんだ。
このチャンスを生かさなくてどうする?
期せずして得られた幸運を最大限生かさなくてどうする?
おまえそれでも男か、司!


・・・って声が総二郎あたりから聞こえて来そうだ。
ああ、わかってる。
でもな、お前と一緒にするな。
俺は牧野とは一期一会なんかじゃねぇからな。
その時だけだなんて言われてたまるかよ!
俺の場合の恋は一生一回だ!

チクショー。
牧野、かわいいぞ!
なんで今日に限ってそんな可愛らしいカッコしてんだ?
まてよ、こいつ仕事帰りだよな?
なんでそんなひらひらしたブラウスなんだよ!


俺は今まで女を誘惑したことがない。
そんなことする必要もなかったからな!
勝手に寄って来るのもいるが、そんな女どもは蹴散らしてきた。

・・・だから女を口説いてベッドに行くって経験がない・・
俺には未知の分野ってわけだ。
付き合い始めて2カ月だぞ!そろそろだよな?いいよな?


はっきり言おう。
俺の男性ホルモンのすべてが一極集中している。
「うっ・・」
痛いほど鬱血している。
事態がこれ以上悪くなんねぇうちになんとかしねぇとな。

よし!俺は決めた。

司は服を脱ぐと流れ出て来る湯を浴びながら、いらいらの名残と欲求不満を洗い流していた。







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2015
11.22

まだ見ぬ恋人31

つき合う・・そう決心はしたものの、実行に移すのは勇気がいった。
つくしは今まで自分から付き合って欲しいとか、ましてや好きだとか言ったことがなかった。
今までお付き合いした男性と言えば、どちらかといえば物静かな人ばかり・・・
それに社内恋愛なんてはじめてだった。
大使館だったから社内じゃないか・・

しかも相手はつくしの勤務する会社の日本支社長だ。
どんな態度をとればいい?
おまけに、プロジェクトの責任者であるこの人のデスクはつくしの目の前にある。
つくしは当惑した。
それでも私と道明寺は付き合いはじめて二カ月がたっていた。

そして・・わたしと道明寺司が付き合っていることはもちろん内緒だ。

なのに!
この人は!

用もないのにコピー機のそばにくる!
用もないのにシュレッダーのそばにくる!
用もないのに資料室についてくる!

少年のような人だと思ったけど、今では子供のような人だと思った。
「道明寺っ。私は真面目に言ってるのよ?ここは仕事をするところなんだからいい加減・・」
いかにも自分は順番を待っていますとばかり、コピー機の隣に立つ男につくしは小さな声で呟くように言った。

コピー機はセキュリティー対策が施されていて各自の認識コードを入力しなければ使えない。
この人が自分のコードを知っているとはとても思えない。
そもそも自分でコピーなんてしたことがあるのだろうか?
その手に持つ紙はなに?
ちらりと見えたそれは・・・社内通達「東支―総務第72―1124」・・・
それって総務部からのお知らせ・・・?
どこからその文書を?
女子更衣室のエアコン取り換え工事の為のなんとか、かんとか・・・
それをコピーするつもりなのだろうか?
 

シュレッダーだって使ったことなんてあるのだろうか?
つくしは間違えてネクタイまで巻き込むんじゃないかと心配していた。
いや、これは本当の話しだ。
笑い事じゃない。
ガガガガガーーーって巻き込んだ人を見たことがある。
オヤジ臭いからネクタイピンなんて嫌だって言ってた人。
そのひと、パニックになって電源を切るところまで頭がまわらなくて助けてくれっ!
って叫んだからみんなで慌てて助けに行った。
大きなシュレッダーは恐ろしい。


そして、最近では支社長の奇妙な行動に他の社員は訝しそうな視線を向けてくる。
そして気を使う。
コピーならわたしが・・と他の社員が気をつかう。
要は他の社員の仕事を増やしているのだ。


バカを言うな!
俺がほかの社員を悩ませている?
他の奴らは俺のことなんて気にしてなんていないはずだ。

「あのね道明寺。道明寺はこの会社の支社長なんだから俺のことは気にするなって言っても無理なの。みんな気にするから」
「それに、わ、私が席を立つたびに金魚の・・みたいに付いてこられても困るの」
「なんで困るんだよ!」
「だって道明寺が席を立つたびにみんなの視線が集まるもの!」
「こっちだって仕事してるんだ、なにが悪い」


極め付きは社内メールだった。
社内メールの気安さからか、やたらと送られてくるようになった。
新着メールを知らせるマークが表示されるたび、メールの確認をする。

『 忙しいな! 愛してる牧野 』 
無視した。

『 天気が悪いな! 愛してる牧野 』
削除した。

『 愛してる牧野。 どこかに行こう!』
えっ?最後のメールはなに?
思わず顔をあげて向かいの席に座る道明寺を見た。
・・・・ウィンクを返された。

あのね、道明寺。
わかってると思うけど社内メールって監視されてることもあるって知ってるのよね?
・・ま、まさか支社長のメールまで監視されてはいないと思うけど。
私達が付き合ってるのは秘密なんだから!


司のほうはとっくにつくしの気持ちを察していた。
だいいち、最近の牧野は社内で俺と視線を合わせるのを避けている。
まだ付き合うまえ、出張する前は視線をそらすなんてことは無かった。
いいじゃねぇか!
せっかく付き合いはじめたのにデートもままならない。
社内でいちゃいちゃしてなにが悪いんだよ!
と、いうかいちゃいちゃしたいんだよ!俺はッ!
でも真面目な牧野は相手にもしてくれねぇ・・


ゆうべの情景が思い出された。
抱きしめた牧野の感触が思い出された。
抱きしめてキスしたときの感触・・


俺は彼氏だぞ!
かまって欲しいって思ってなにが悪い?
ここは煙草が吸えないのは辛いが牧野がいるからまだ我慢も出来る。
しかしイライラするな。
牧野から煙草を減らせと言われたがそう簡単に出来るわけがなかった。
まあ、午前中だけの我慢だ。
執務室に戻ったら・・・

「あの支社長、『鉱害防止技術と環境保全』と言う本を探しているんですがご存知ありませんか?」
牧野がためらいがちに、丁寧に聞いてきた。

「・・いや。知らないな」
司の指は止まることなくキーボードの上で動いていた。
「おかしいな・・ここに置いてあったんですけど・・」とつくしは首をかしげて司を見た。
俺を疑いの目で見るなよ。


・・・が、その本は俺にデスクの上にある。
あいつが席を立ったとき、向かいの牧野のデスクへ手を伸ばして本を引き寄せると上から紙を一枚重ねた。
この手口は西田に見つかったことがあるが、俺がまたこの手を使うなんて西田も思わないよな?
姑息な手で悪かったな西田!

「そうですか・・」
「では、ちょっと資料室まで行ってきます」

オイ、絶好の機会じゃねぇか!
も、もしかしてさっき送ったメールを見て・・
誘ってんのか?牧野!
資料室には俺と牧野の二人だけ・・・
こういう場面は何百回も妄想した。
牧野も意外と大胆だな・・資料室でかぁ・・
うちの資料室は明るくてきれいだ。
そこらへんの図書館なみに管理されているらしい。
ま、俺は図書館なんて行ったことはないけど巷の噂ではそんなものらしい。
もちろん、俺はこのチャンスを逃すものかと資料室へと向かった。


・・が資料室に牧野はいなかった。
あいつどこに行ったんだ?
しかたないから戻ってみれば、牧野は自分のデスクにいた。
そしてこれ見よがしに本の表紙を俺に見せつけた。
なんだ、ばれてたか・・


社内恋愛ってのはこう言うやりとりが楽しいんだな。
牧野と俺だけにしか通じないやりとりだ。
なんか二人だけの秘密みたいでいいな!
周りは絶対に気づいていないはずだ!
俺は別にばれても構わないけどよ。


でもこれって拷問だよな。
好きな女が目の前にいるのに手が出せない。
でも最高に素晴らしい拷問だ。








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2015
11.21

まだ見ぬ恋人30

帰宅したとき、マンションの前で背の高い男性がこちらを睨んでいるのが遠くからでもわかった。
親指と人差し指でつまんだ煙草の先端が赤く光っている。
司はその煙草を地面へ投げ捨てると足で踏んでもみ消した。

「ど、道明寺さん!どうしたんですか?」
そう言ってつくしが視線を下におろすと煙草の吸殻が目にとまった。
吸殻は・・・沢山あった。
顔をあげて司を見ると険しく、怒りを抑えたように凄みのある表情だった。

「牧野!こんな時間までおまえどこに行ってたんだ!」
司は開口一番、つくしに向かって声を荒げた。
「ど、どこって・・・類と・・」
「あっ?なんだ?類だと?」
司は眉をひそめ鋭い目つきになった。

「・・・なんでおまえが類なんて呼び捨てしてんだ?」
「だ、だから花沢・・類とコンサートに行ってたんです・・」
「コンサートだと?どういうことだよ!わかるように説明しろ!」
司は挑むようにつくしを見つめた。

「だ、だから花沢物産後援のコンサートに誘われて・・行っただけです」
ただそれだけのことにつくしは怒鳴りつけるように言われて困惑した。
そして少し不機嫌そうに言葉を継いだ。
「道明寺さんこそどうしてこんなところにいるんですか?帰国されたばかりでしょ?」
「そうだけどよ・・・ちょっと近くに用があったから・・ま、牧野のマンションは確かこのあたりだったよなって思って・・ちょっと寄ったんだよっ!」


立ち寄る理由なんてなんでもいいじゃねぇか!

「なんだよ!べ、別に待ち伏せしていたわけじゃねぇぞ」
司は眉を寄せた。
つくしは司の足元にある煙草の吸殻を数えていた。
いち、にい、さん、よん・・・・吸殻は・・六本までは数えることが出来たがそれ以上は数えることが出来ないくらい沢山あった。
いったいいつからここで待っていたんだろう・・

つくしは視線を司に戻した。
「そう?待っていたように見えるけど・・・」
司の顔がこわばった。

つくしの言うとおり司は待ち伏せをしていた。
ちくしょう!
ああそうだよ!悪いかよ!
俺は待ち伏せの日本チャンピオン、いや世界チャンピオンだ!
牧野に会いたくてここへ来ることがいいとか悪いとか考えてなかった。
明日になれば会社で会えると思ってはいても自分の気持ちを抑えるなんてことは無理だった。
会社に電話を入れてみれば、牧野は早々に退社をしたと言われた。
仕事熱心な牧野が早々に退社しただなんて、そんなことを聞かされたら気にならないはずがない。
滋達とでも出かけたかと思い滋に電話したら違うと言われた。
気になって仕方がないからマンションまで来てみれば応答はなし。
やっと帰って来たかと思えば、よりにもよって類と一緒だったとは!



つくしは思わず吹き出していた。
なんてかわいい人なんだろう。
なにからなにまで男っぽい人なのに、心はまるで少年のようだ。
この人はどんな物でも手に入れることが出来る、どんな事でも自分の思うままに出来るような人だ。
そして望めばどんな女の人だって・・
そんな人がいかにも悪い事でもしましたと言う感じでつくしの前で大きな身体を縮みこませている。

「ま、牧野」
司は軽く咳払いをした。
「た、体調は大丈夫か?き、気分は悪くないか?あれから気分が悪くなったりしてないか?」
「わざわざそんなことを聞きに?」
「いや・・その・・牧野の乗ったジェットが・・離陸するのを見たら俺もこんなところにいるより、さっさと東京に帰りたいと思ってよ。なんか・・特別な感情つぅのが・・」

司はそういうと照れくさそうに笑ってみせた。
「す、好きな人を見送るっていうのは・・辛いもんだよな・・だから・・
早く牧野に会いたいと思って空港から直接きた・・」
司は今の自分の気持ちを正直に打ち明けた。

つくしは司の目にじっと見入っていた。
「俺は牧野のことが好きだ。だからよ、ぜってぇ類になんか渡したくない」
「チクショー、類の野郎、俺がいねぇ時を狙いやがって!何が紳士協定だ!」
司はイライラしながら言っていた。



・・クスッ
つくしはそんな司の様子をみて、ほんとこの人は少年のような人なんだと思っていた。
「類は・・」
「あっ?牧野、おまえいつから類のこと類って言ってんだよ!」
「え?」
「牧野は類って呼ぶな!類のことを類って呼ぶなら俺のことも司って呼べ!」
「類の野郎、おまえに何か言ったか?」
「・・はい・・好きだって言われました・・」
たちまち嫉妬がこみ上げた。
「クソッ!あいつ・・・ま、まきの、おまえはなんて返事したんだよ!」

「え?返事って・・なにも・・」
「ま、まさか類もお友達から始めようなんて言ってきたんじゃねぇよな?」
「類は・・」
つくしはひと呼吸おいた。
「・・類とは・・何も始めません。類にはただの友達になろうって言われましたから・・」
と言って司を安心させるようにほほ笑んだ。
「そ、そうか・・」
つくしの口調に疑わしいところは感じられず、司は安堵に胸をなでおろした。
「道明寺さん・・わたし・・あの・・」
「ん?どうした牧野」
「あの・・」

なんて伝えたらいいんだろう・・
心臓が激しく脈打っている。
この二週間で自分のなかで彼に対する気持ちが変わっていったのがわかる。
彼が刺されそうになったとき、その気持ちが本物であることに気づいた。
そしてその思いは日増しにつのっていった。
人が人を好きになるのに理由はいらないって言ったけど、本当だ。
はじめはなんとなく気になっていた。
でも、それは滋さんがあんなことを言ったから。
でもいつからだろう・・・彼の仕事に対する姿勢?社員に対しての責任感?
どんなところに私は惹かれたのだろう・・
このひとは・・・なにごとにも一生懸命なんだ。
仕事に対しても・・・そして、きっと恋に対しても。
こんな凄い人が私のことを好きだっていうこと事態が不思議だった。
立場が違い過ぎる・・彼は財閥の御曹司で跡取り息子だ。
周りがいつまでも放っておくわけがない。
週刊誌の記事はでたらめだって言われたころ、あの時は気にもとめて無かった。
でも・・・今は・・気になって仕方がなかった。
そして彼はすぐそこ・・目の前にいる・・・
わ、わたしは大人の女なんだから何をしても許されるわよね?

つくしは目の前で自分の顔を覗き込むようにしている司の上着の前をつかむと、自分の方へと引き寄せた。
そして司の顔が自分の近くまで降りて来たとき、司の唇にそっとキスをした。
その唇からは高価な煙草の香りがした。

「わたし・・道明寺・・のことが好き・・だから、と、友達じゃなくてちゃんとお付き合いします!」
つくしはその言葉を一日中練習していたかのように言っていた。

ふいをつかれた司は自分の身に起こった一瞬の出来事とつくしの告白に呆然としていたが
次第に黒い瞳が輝きを増すと、いつもつくしに向けられていた温かい眼差しが戻った。

司はその言葉が本気かどうか確かめるようにつくしを見つめた。
向こうでの二週間が遠い昔のことのように思えてきた。
「牧野、本当か?」
司の表情は真剣だった。
「は、はい」といってつくしは頷いた。
それから顔をあげると司と目を合わせた。 

司はつくしの腕をつかむと自分の胸元へと引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。
そして熱のこもったキスをした。









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