次の日の夕方には司の要求により生じていた問題のすべてが片付いていた。
つくしは目の前で起きていることにどうしていいのか考えあぐねていた。
******
司はノートパソコンに表示されているメールを読むと返信を打ちはじめた。
そして彼は自分が書いた文章を読みながら考えていた。
未開発鉱区の開発にかかる工費の仮見積もりが出ていた。
どうするか・・・
このプロジェクトは道明寺HDが今まで手がけてきた事業の中でも最も野心的な分野になることは間違いないと思っていた。
近隣鉱区のなかにはすでに資本比率の半分が中国資本にとって代わっているところもある。
日本の産業と経済の発展の為にも道明寺HDでの開発は欠かせないだろう。
もしこの国からの鉄鉱石の輸出がストップすれば日本の経済は今以上に困窮するだろう。
1960年代にここA国の鉄鉱石資源が確保されてから今日まで日本の需要の約60パーセントを賄っている。
だからこそ道明寺でこの産業の一翼を担い、ゆくゆくはメジャー2社の先を行くシェアを日本で得たいと考えていた。
戦後日本の経済回復と発展をけん引した産業は鉄だ。
その頃は国内製鉄所の近代化とともに海外の製鉄原料の確保が大きな課題だった。
今は安価な海外製品にシェアを奪われつつあるが、いつまでも海外に依存していては産業の空洞化を招くのは目に見えている。
花沢物産と美作商事は日本の大手製鉄会社の代理としてメジャー2社との価格交渉をおこなっていた。類はその為の交渉でA国を頻繁に訪れていたわけだろうが・・・
類・・幼なじみだからと言って仕事も女のこともあいつに負けるわけにはいかない。
広いプレジデンシャルスイートのどこかで物音がするのを感じ取った司はメールを保存すると居室から隣のリビングルームへと通じるドアを開けた。
どこかで誰かが歩き回る音と何かを開け閉めする音がしていた。
司はその音のする方へと歩いて行くとひとつの部屋の前で足を止めドアノブをぐっと握りしめると一気に開け放った。
そこには女がいてしゃがみこんでなにかをしていた。
「いったいここで何をやってるんだ?」
低い声がつくしの後ろから聞こえてきた。
司はそこにいるはずがないつくしの姿を見て驚いていた。
「牧野どうやって入ったんだ?」
つくしは驚いて振り返った。
「なにやってるんだじゃないですよ!」
つくしは立ち上がりそして近づいてくる司を見た。
「西田さんに電話して聞いても知らないって言われるし!」
つくしは手にしていた携帯電話を司に向けてきた。
「なんのことだよ?」
司が聞いた。本当になんのことだか分からなかった。
ただどうして牧野がここにいるのかが不思議だった。
「さっき外から帰ってきて部屋に入ろうとしたらカードキーが反応しないからフロントに確認に行ったんです。そうしたらミス牧野のお部屋は変わりましたって言われました!それで新しいカードキーを渡されたので・・」
「そんなこと海外じゃよくある話しじゃないか?」
司は何をそんなに慌てているんだとつくしを見ていた。
「ええ、それはもちろん知ってます。よくあることです」
「で、今度は何号室になったんだ?」
「だからと言ってどうして私の部屋が支社長と同じ部屋になるんですかっ!」
つくしは何を言ってんだこいつはという顔で自分を見る男を見ていた。
「はぁ?なんのことだよ?」
「ちょっと来て下さい!」
つくしは思わず司の腕を掴むと部屋の奥まで引っ張って行った。
「ほら!私の荷物があるじゃないですかっ!」
そう言ってつくしが指差した先には彼女のスーツケースが置かれていた。
「あれ、おまえの荷物?」
「そうですよっ!」
「なんでここにあるんだ?」
「それはこっちが聞きたいです!」
つくしの剣幕に司は心ならずも怯みそうになった。
「フロントで新しいカードキーを渡されてミス牧野のお部屋はこちらですって言われたとき、助かりましたなんて言われたから何のことかと思って聞いたら、ホテルがオーバーブッキングで予約を受けていて私が支社長と同じ会社の人間だからスイートに宿泊している支社長と同じ部屋をシェアして宿泊してくれって!」
「なんだそりゃ?」
司も怪訝な表情で答えると、自分の視線の下に立つつくしを見た。
「そんなのありますか?いくら同じ職場の人間だからって男と同じ部屋ですよ?
トランスファー(近くの他のホテルの手配)をしてくれって言ってもどこのホテルも満室で同じだって言われたんですよ?」
司がなかなか言葉を差し挟むことが出来ないほどつくしは喋っている。
「どうしてこんなアホなことが起きるんでしょうね!」
司はつくしが懸命に話す様子を見ていてなんとも愛らしと思っていた。
「なんで満室になったんだって聞いたら近くのコンベンション施設で国際学会の年次総会の本会議があって世界中から人が集まってきてるんだって・・」
つくしは司がまるで何かの被害者を見るような視線を向けていると感じていた。
「支社長、西田さんはどこですか?西田さんと支社長でこの部屋を使ってもらって私が西田さんの部屋に移ります」
つくしは言い切った。
「西田か?」
「 はい 」
「西田は午後から東部の大河原との合弁会社へ飛んだぞ?」
「 い、いつ?!」
「昼飯すんでからだったな?」
と答えた司の声は至極まじめだった。
「西田さんこれから暫く3人同一行動ですって言ってたじゃないですか!」
なんだか面白いことになってきたぞ。
「そう・・だったか・・?ホテル側としては二部屋も空いたんだからよかったじゃ・・・」
「良くない!」
つくしは即座に反論した。
「どうするんですかっ!わたし泊まるところがないじゃないですか!」
司自身は世界中のどこへ行っても部屋がないなどと言う経験はしたことが無かった。
これは司にとってこれまでの人生中で最も重要度の高い事案に思えてきた。
「いいんじゃねえの?この部屋他にもベッドルームがあるんだし牧野が使っても俺は問題ないぞ?」
司はつくしの切羽詰まった必死さに笑いそうになっていた。
こいつが今までにこんなに感情を出すなんて俺といたときにあったか?
無かったよな・・・
「支社長なに言ってるんですか!私が問題があります。どっかのドラマじゃあるまいし
だ、男性と同じ部屋を分け合うとか、そんな非常識なことが・・」
つくしは赤面しないようにと自らに言い聞かせた。
「じゃあどうするんだ?」
「・・・・・・」
つくしはしばし黙り込んだ。
「まったく知らない人間じゃあるまいし、おまえなに心配してるんだ?」
「いいですか支社長、孔子の教えに『男女7歳にして席を同じゅうせず』と言うことわざがあります」
「牧野も西田から勉強したのか?孔子か!俺も知ってるぞ!君子危うきに近寄らずだろ?」
司は思わず笑いそうになったがこれ以上つくしを苛立たせないように無表情をつくろった。
「違います!」
「他にも知ってるぞ膝を割って話すだろ?」
司は真剣に言った。
「ひ、膝を割ってどうするんですかっ!それを言うなら膝を交えてですけどっ?」
つくしは反感を示すために、皮肉っぽく言った。
「とにかく家族でも親戚でもない男女が一緒に密室にいるなんてことは、も、問題が起きてからじゃ遅いんです!」
つくしは思った。どうしよう!なんでこんな状況に?
ただでさえ滋さんからあんなことを聞かされているだけに意識するなって言うほうが無理なのに。それも最近必要以上にやたらと近くに寄って来るように感じていた。
私だって滋さんにあんなこと言われて意識していないわけじゃないのに・・・
外国でしかも同じ部屋になんて例え無駄に広いスイートでも泊まれるわけがないじゃない!
「牧野、落ち着け。そんなに言うなら俺がフロントに確認してやるよ。どうしてこんな状況になったんだかってな?」
つくしは司がフロントと電話で話す様子を黙って聞いていた。
司は話しを終えたのか受話器を戻していた。
「西田だ」ようやく口を開いた。
「 え? 」
つくしが小さく言うと司は面白がるようにつくしを見た。
「西田だ。あの男がおまえの部屋替えを了承したらしいぞ?」
「でもっ、さっき電話したら知らないって・・・」
二人は互いの顔を凝視した。
司自身も驚いているようだった。
そしてゆっくりと意図的に口角を上げていた。
「そ、そうですか・・」
つくしは弱々しい声で返事をしていた。
そして会話はようやく終を迎えていた。
つくしは手に握りしめていた携帯電話をぼんやりと見つめると自分の鞄のなかにしまった。
太陽が昇るような気持。
とても簡単で、しごく単純で世界中の誰もが知っていることだ。
牧野とこうして話しているうちにこいつの硬さが霧のように消えた。
今までこいつはどこか俺に壁を作ったような態度だった。
今は司が特別の努力を払わなくても会話が自然に弾んだ。
膝を交えるか・・ようはこう言うことだよな? いい言葉だと思った。

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司はノートパソコンに表示されているメールを読むと返信を打ちはじめた。
そして彼は自分が書いた文章を読みながら考えていた。
未開発鉱区の開発にかかる工費の仮見積もりが出ていた。
どうするか・・・
このプロジェクトは道明寺HDが今まで手がけてきた事業の中でも最も野心的な分野になることは間違いないと思っていた。
近隣鉱区のなかにはすでに資本比率の半分が中国資本にとって代わっているところもある。
日本の産業と経済の発展の為にも道明寺HDでの開発は欠かせないだろう。
もしこの国からの鉄鉱石の輸出がストップすれば日本の経済は今以上に困窮するだろう。
1960年代にここA国の鉄鉱石資源が確保されてから今日まで日本の需要の約60パーセントを賄っている。
だからこそ道明寺でこの産業の一翼を担い、ゆくゆくはメジャー2社の先を行くシェアを日本で得たいと考えていた。
戦後日本の経済回復と発展をけん引した産業は鉄だ。
その頃は国内製鉄所の近代化とともに海外の製鉄原料の確保が大きな課題だった。
今は安価な海外製品にシェアを奪われつつあるが、いつまでも海外に依存していては産業の空洞化を招くのは目に見えている。
花沢物産と美作商事は日本の大手製鉄会社の代理としてメジャー2社との価格交渉をおこなっていた。類はその為の交渉でA国を頻繁に訪れていたわけだろうが・・・
類・・幼なじみだからと言って仕事も女のこともあいつに負けるわけにはいかない。
広いプレジデンシャルスイートのどこかで物音がするのを感じ取った司はメールを保存すると居室から隣のリビングルームへと通じるドアを開けた。
どこかで誰かが歩き回る音と何かを開け閉めする音がしていた。
司はその音のする方へと歩いて行くとひとつの部屋の前で足を止めドアノブをぐっと握りしめると一気に開け放った。
そこには女がいてしゃがみこんでなにかをしていた。
「いったいここで何をやってるんだ?」
低い声がつくしの後ろから聞こえてきた。
司はそこにいるはずがないつくしの姿を見て驚いていた。
「牧野どうやって入ったんだ?」
つくしは驚いて振り返った。
「なにやってるんだじゃないですよ!」
つくしは立ち上がりそして近づいてくる司を見た。
「西田さんに電話して聞いても知らないって言われるし!」
つくしは手にしていた携帯電話を司に向けてきた。
「なんのことだよ?」
司が聞いた。本当になんのことだか分からなかった。
ただどうして牧野がここにいるのかが不思議だった。
「さっき外から帰ってきて部屋に入ろうとしたらカードキーが反応しないからフロントに確認に行ったんです。そうしたらミス牧野のお部屋は変わりましたって言われました!それで新しいカードキーを渡されたので・・」
「そんなこと海外じゃよくある話しじゃないか?」
司は何をそんなに慌てているんだとつくしを見ていた。
「ええ、それはもちろん知ってます。よくあることです」
「で、今度は何号室になったんだ?」
「だからと言ってどうして私の部屋が支社長と同じ部屋になるんですかっ!」
つくしは何を言ってんだこいつはという顔で自分を見る男を見ていた。
「はぁ?なんのことだよ?」
「ちょっと来て下さい!」
つくしは思わず司の腕を掴むと部屋の奥まで引っ張って行った。
「ほら!私の荷物があるじゃないですかっ!」
そう言ってつくしが指差した先には彼女のスーツケースが置かれていた。
「あれ、おまえの荷物?」
「そうですよっ!」
「なんでここにあるんだ?」
「それはこっちが聞きたいです!」
つくしの剣幕に司は心ならずも怯みそうになった。
「フロントで新しいカードキーを渡されてミス牧野のお部屋はこちらですって言われたとき、助かりましたなんて言われたから何のことかと思って聞いたら、ホテルがオーバーブッキングで予約を受けていて私が支社長と同じ会社の人間だからスイートに宿泊している支社長と同じ部屋をシェアして宿泊してくれって!」
「なんだそりゃ?」
司も怪訝な表情で答えると、自分の視線の下に立つつくしを見た。
「そんなのありますか?いくら同じ職場の人間だからって男と同じ部屋ですよ?
トランスファー(近くの他のホテルの手配)をしてくれって言ってもどこのホテルも満室で同じだって言われたんですよ?」
司がなかなか言葉を差し挟むことが出来ないほどつくしは喋っている。
「どうしてこんなアホなことが起きるんでしょうね!」
司はつくしが懸命に話す様子を見ていてなんとも愛らしと思っていた。
「なんで満室になったんだって聞いたら近くのコンベンション施設で国際学会の年次総会の本会議があって世界中から人が集まってきてるんだって・・」
つくしは司がまるで何かの被害者を見るような視線を向けていると感じていた。
「支社長、西田さんはどこですか?西田さんと支社長でこの部屋を使ってもらって私が西田さんの部屋に移ります」
つくしは言い切った。
「西田か?」
「 はい 」
「西田は午後から東部の大河原との合弁会社へ飛んだぞ?」
「 い、いつ?!」
「昼飯すんでからだったな?」
と答えた司の声は至極まじめだった。
「西田さんこれから暫く3人同一行動ですって言ってたじゃないですか!」
なんだか面白いことになってきたぞ。
「そう・・だったか・・?ホテル側としては二部屋も空いたんだからよかったじゃ・・・」
「良くない!」
つくしは即座に反論した。
「どうするんですかっ!わたし泊まるところがないじゃないですか!」
司自身は世界中のどこへ行っても部屋がないなどと言う経験はしたことが無かった。
これは司にとってこれまでの人生中で最も重要度の高い事案に思えてきた。
「いいんじゃねえの?この部屋他にもベッドルームがあるんだし牧野が使っても俺は問題ないぞ?」
司はつくしの切羽詰まった必死さに笑いそうになっていた。
こいつが今までにこんなに感情を出すなんて俺といたときにあったか?
無かったよな・・・
「支社長なに言ってるんですか!私が問題があります。どっかのドラマじゃあるまいし
だ、男性と同じ部屋を分け合うとか、そんな非常識なことが・・」
つくしは赤面しないようにと自らに言い聞かせた。
「じゃあどうするんだ?」
「・・・・・・」
つくしはしばし黙り込んだ。
「まったく知らない人間じゃあるまいし、おまえなに心配してるんだ?」
「いいですか支社長、孔子の教えに『男女7歳にして席を同じゅうせず』と言うことわざがあります」
「牧野も西田から勉強したのか?孔子か!俺も知ってるぞ!君子危うきに近寄らずだろ?」
司は思わず笑いそうになったがこれ以上つくしを苛立たせないように無表情をつくろった。
「違います!」
「他にも知ってるぞ膝を割って話すだろ?」
司は真剣に言った。
「ひ、膝を割ってどうするんですかっ!それを言うなら膝を交えてですけどっ?」
つくしは反感を示すために、皮肉っぽく言った。
「とにかく家族でも親戚でもない男女が一緒に密室にいるなんてことは、も、問題が起きてからじゃ遅いんです!」
つくしは思った。どうしよう!なんでこんな状況に?
ただでさえ滋さんからあんなことを聞かされているだけに意識するなって言うほうが無理なのに。それも最近必要以上にやたらと近くに寄って来るように感じていた。
私だって滋さんにあんなこと言われて意識していないわけじゃないのに・・・
外国でしかも同じ部屋になんて例え無駄に広いスイートでも泊まれるわけがないじゃない!
「牧野、落ち着け。そんなに言うなら俺がフロントに確認してやるよ。どうしてこんな状況になったんだかってな?」
つくしは司がフロントと電話で話す様子を黙って聞いていた。
司は話しを終えたのか受話器を戻していた。
「西田だ」ようやく口を開いた。
「 え? 」
つくしが小さく言うと司は面白がるようにつくしを見た。
「西田だ。あの男がおまえの部屋替えを了承したらしいぞ?」
「でもっ、さっき電話したら知らないって・・・」
二人は互いの顔を凝視した。
司自身も驚いているようだった。
そしてゆっくりと意図的に口角を上げていた。
「そ、そうですか・・」
つくしは弱々しい声で返事をしていた。
そして会話はようやく終を迎えていた。
つくしは手に握りしめていた携帯電話をぼんやりと見つめると自分の鞄のなかにしまった。
太陽が昇るような気持。
とても簡単で、しごく単純で世界中の誰もが知っていることだ。
牧野とこうして話しているうちにこいつの硬さが霧のように消えた。
今までこいつはどこか俺に壁を作ったような態度だった。
今は司が特別の努力を払わなくても会話が自然に弾んだ。
膝を交えるか・・ようはこう言うことだよな? いい言葉だと思った。

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Comment:2
二週間がたった。
3人は月曜の朝に東京を出発した。
つくしは社用ジェットに乗るのはもちろん初めてだった。
そして窓の外を眺めながら気持ちを落ち着かせようとしていた。
7時間程のフライトを経て尾翼に「D」のマークをつけたガルフストリーム社のジェットは
空港の北端で停止した。
一台の黒塗りのメルセデスがジェット機に近づくと、運転手が降りて来て直立不動の
姿勢で立っている。
その傍らで空港の係員が機体にタラップをつけるために作業をしている。
そこはA国北西部の港湾都市にあるP国際空港だった。
キャビンのドアが開き、一人の男が外の様子を確認するとキャビンのなかを振り向き頷いた。
ほどなく特徴的な黒い髪をした長身の男が戸口に立つと乾燥した空気と強い陽射しのなか
タラップを降りて来た。
運転手の男は司と彼に付き従う秘書と思わる男と一人の女性を乗せると目的地に向かって動き出した。
彼らよりも先に到着していた旅客機の乗客は長い列にならび、通関手続きを取るはずだ。
空調のきいた涼しい機内から踏み出した大地は年間を通じて降水量が少なく、昼夜の気温差が激しい土地だ。
そして車は真っ赤なベンガラ色のような大地のなか、にぎやかな通りへと進んでいた。
司と西田とつくしは買収先となった鉱山の現地法人を訪れるために北西部の都市を訪れていた。
そしてその街は1960年代から鉄鉱石の積み出し港として栄えて来た港湾都市だ。
車は街路樹の連なる通りに入ると少しスピードを落としていた。
運転手の隣に座っていた西田が後ろを振り返ると話しはじめた。
「支社長、A国は禁煙法が施行されており全面的に禁煙の場所がほとんどです。政府が所有する建物は全面禁煙ですし、こちらの州でも公共施設内での喫煙は出来ません」
西田は司が自分に都合の悪いことはすでに忘れているかもしれないと思い言い添えた。
「ああ、わかってるよ!この国には何度も来てるからわかってるぞ!」
「では、暫く滞在するのですからこの際支社長も禁煙に挑戦されてはいかがですか?」
つくしは司の頑固そうな自信顔を見て黙っていられなくなった。
「そうですよ、支社長ってヘビースモーカーですよね?」
つくしは確信をこめて言った。
司は隣に座るつくしの目をひたと見つめた。
「そうですよって下じゃ煙草は吸ってねぇぞ?」
「吸っていなくても匂いが染みついていますからわかります」
つくしがそう言うと司は急に黙り込んだ。
司のだんまりは西田にとっては悪しき兆候だった。
「支社長、言っておきますがホテルの浴室で煙草を吸うのはおやめください。ペナルティーが課せられますし、換気扇を通じで匂いが拡散しては困ります。子供ではないのですから隠れて吸うなどおやめ下さい。
ご承知かと思いますがホテルは館内はもとより客室も全面禁煙ですので必ず指定された場所でお吸いになって下さい。ホテルによっては敷地内全部が禁煙と言うところもあるくらいですから、まだましだと思っていただきたい」
「クソッ!おい西田、じゃあ禁煙ガムでも買って来い!」
自己修練なんてくそくらえだ!
西田も俺が煙草をやめられない事についてはよく承知してるはずだぞ!
「はい。ご用意させていただいております。煙草が吸えないくらいで周りにあたられては困ります」
「牧野さん、申し訳ございませんがこちらのガムを牧野さんにお預けしますので、支社長がイライラしてきましたら与えて下さい」
西田はそう言うと鞄から箱を取り出しつくしに渡した。
「西田!与えて下さいって俺は畜生か?」
司が言い返した。
「ご不満ですか?」
「いや・・まっ仕方ねぇよな?」
司は一度歯を食いしばると喉元に出かかっていた言葉を飲み込んだ。
司は思った。牧野からガムを与えられている俺か・・・
『 支社長おくちをあーんとしてね♡ 』
『 お、おう。牧野もっと近くに来ないと俺のくちに届かないぞ? 』
・・・・いいんじゃねぇの?
「では、牧野さん申し訳ございませんがよろしくお願いいたします」
「え?あの、ちょ、ちょっと待って下さい西田さん!でもそれは・・・」
「牧野さん、あなたは支社長の部下ですね?」
西田はかすかに眉をあげて言った。
「はい。そうです・・」
「こちらの国にご同行いただいているのも牧野さんに今後の事業展開の勉強をして頂きたいという支社長のご意向もあります。我々は常に同一行動となる訳ですが、わたくしでは目の届かないところもありますからそこはやはり女性としての心配りと言うものが必要ではないかと思いますが」
西田はまるで押しの強いセールスマンのようにつくしに語りかけた。
「はい・・」とつくしは言葉を返すので精一杯だった。
「ではこれからの滞在中よろしくお願いいたします」
********
司は西田の用意周到な計画に感心していた。
二週間まえ、A国から送られてきた調査書類を検討した。
その結果やはり一度現地へ飛んで視察をするべきだと言うことになった。
それを勧めたのは西田だった。
このプロジェクトの潜在的な収益率を考えるなら今、訪問するべきだと。
先行の人間はすでに現地の鉱山の視察に入っていた。
そして今回この新規プロジェクト、未開発鉱区の開拓に関して西田は牧野を俺のサポートに付けてきた。
西田のやつ、いいとこあるじゃねぇか?
ここなら類にも邪魔されることもなく牧野のことを口説けるぞ。
こう言うシチュエーションはなんて言うんだ?
社内恋愛ってか?
それともオフィスラブか?
なんかいいな、その響き!
俺と牧野の二人っきりで遅くまで残業していつの間にかいい雰囲気になって、机の上に押し倒す・・・
あ、やべぇ・・・
牧野っ、おまえ俺の頭ん中じゃとんでもねぇことになってんぞ!
こうして車内で隣に座ってこいつのシャンプーだかなんだか知らないが何かの匂いを嗅ぎ
牧野の髪に顔を埋めてみたい衝動と闘ってるんだから、俺も相当我慢強いんじゃねぇか?
そんな思いが司の頭を駆け巡るうちに彼らの乗ったメルセデスは堂々としたたたずまいのホテルの前で停止した。
A国北西部は大河原との合弁会社の時とは異なり時差は日本より1時間遅くなる。
ホテルに着いた時は現地時間で昼と夜との間ほどの時間だった。
過去に一度も自分でチェックインをしたことがない司はつくしがフロントへと歩いて行く姿を見てあいつどこへ行くんだと思っていた。
「おい西田、牧野はどこへ行ってるんだ?」
「チェックインですが?」
「なんだよそれ?」
司は抑揚のない声で言った。
「ですから、ご自分の宿泊の手続きです」
「西田、なんで牧野だけ自分でチェックインしてるんだ?」
「なぜと言われましても、一般の宿泊客はそのようにするのが常ですが?」
「そのくら俺だって知ってるぞ!」
「ではなにが?」
西田は眉をひそめて司を見た。
「だ、だから牧野の部屋だけどよ?」
「牧野様は司様とはフロアを別にご用意しております」
「なんでだよ!」
「なんでと申されましても、何か不祥事が起きては困りますので」
西田は穏やかに言った。
何だよ不祥事って?司は思った。
「西田、おまえこの出張に牧野を同行させるようにしたのはおまえだよな?その意図はいったいなんなんだ?」
「意図と申しますと?」
西田は辛抱強く聞いた。
「だから!おまえは俺の・・」
「わたくしは司様の初恋を応援してはいますが、ビジネスと恋は一緒にするべきではありません。ビジネスはビジネスです。恋と戦争は手段を選ばないとは申し上げましたがビジネスがおろそかになるようでは応援は致しかねます」
「きっ、禁煙ガムはどうすんだよっ!あいつから貰えっておまえ言ったよなっ?」
司が言葉を差し挟んだ。
「司様、ホテルの部屋の中で牧野様にそのようなことを求められてはあの方も困惑されるどころか不審な思いで司様をご覧になりますよ?ガムが与えられるのはあくまでも公共の施設で煙草が吸えない場合です」
司は黙り込んだ。
「この出張で牧野様のお気持ちがご自分に向くように努力されてみてはいかがかと思いましたがご不満でしょうか?」
司は西田の厳しい目を見ながらことビジネスに関してこの男は融通が利かないということを思い出していた。
そしてあきらめと苛立ちの混じった声で言った。
「ちくしょう!おい西田、ガムはミント味にしろ!」
束の間、静寂の時が流れた。
「 御 意 」
西田はゆっくりと頭を下げた。

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いつも応援有難うございます。
昨日はご心配をおかけ致しました。
そして沢山のお見舞いのお言葉と励ましの拍手を有難うございました。
いつも淡々とお話しか書いていないのに気に留めて頂き有難うございます。
本日は昨日の分とまではいきませんが気持ち長めに書いてみました。
皆様も季節の変わり目ですので体調の変化にはご留意下さいませ。 *アカシア*
3人は月曜の朝に東京を出発した。
つくしは社用ジェットに乗るのはもちろん初めてだった。
そして窓の外を眺めながら気持ちを落ち着かせようとしていた。
7時間程のフライトを経て尾翼に「D」のマークをつけたガルフストリーム社のジェットは
空港の北端で停止した。
一台の黒塗りのメルセデスがジェット機に近づくと、運転手が降りて来て直立不動の
姿勢で立っている。
その傍らで空港の係員が機体にタラップをつけるために作業をしている。
そこはA国北西部の港湾都市にあるP国際空港だった。
キャビンのドアが開き、一人の男が外の様子を確認するとキャビンのなかを振り向き頷いた。
ほどなく特徴的な黒い髪をした長身の男が戸口に立つと乾燥した空気と強い陽射しのなか
タラップを降りて来た。
運転手の男は司と彼に付き従う秘書と思わる男と一人の女性を乗せると目的地に向かって動き出した。
彼らよりも先に到着していた旅客機の乗客は長い列にならび、通関手続きを取るはずだ。
空調のきいた涼しい機内から踏み出した大地は年間を通じて降水量が少なく、昼夜の気温差が激しい土地だ。
そして車は真っ赤なベンガラ色のような大地のなか、にぎやかな通りへと進んでいた。
司と西田とつくしは買収先となった鉱山の現地法人を訪れるために北西部の都市を訪れていた。
そしてその街は1960年代から鉄鉱石の積み出し港として栄えて来た港湾都市だ。
車は街路樹の連なる通りに入ると少しスピードを落としていた。
運転手の隣に座っていた西田が後ろを振り返ると話しはじめた。
「支社長、A国は禁煙法が施行されており全面的に禁煙の場所がほとんどです。政府が所有する建物は全面禁煙ですし、こちらの州でも公共施設内での喫煙は出来ません」
西田は司が自分に都合の悪いことはすでに忘れているかもしれないと思い言い添えた。
「ああ、わかってるよ!この国には何度も来てるからわかってるぞ!」
「では、暫く滞在するのですからこの際支社長も禁煙に挑戦されてはいかがですか?」
つくしは司の頑固そうな自信顔を見て黙っていられなくなった。
「そうですよ、支社長ってヘビースモーカーですよね?」
つくしは確信をこめて言った。
司は隣に座るつくしの目をひたと見つめた。
「そうですよって下じゃ煙草は吸ってねぇぞ?」
「吸っていなくても匂いが染みついていますからわかります」
つくしがそう言うと司は急に黙り込んだ。
司のだんまりは西田にとっては悪しき兆候だった。
「支社長、言っておきますがホテルの浴室で煙草を吸うのはおやめください。ペナルティーが課せられますし、換気扇を通じで匂いが拡散しては困ります。子供ではないのですから隠れて吸うなどおやめ下さい。
ご承知かと思いますがホテルは館内はもとより客室も全面禁煙ですので必ず指定された場所でお吸いになって下さい。ホテルによっては敷地内全部が禁煙と言うところもあるくらいですから、まだましだと思っていただきたい」
「クソッ!おい西田、じゃあ禁煙ガムでも買って来い!」
自己修練なんてくそくらえだ!
西田も俺が煙草をやめられない事についてはよく承知してるはずだぞ!
「はい。ご用意させていただいております。煙草が吸えないくらいで周りにあたられては困ります」
「牧野さん、申し訳ございませんがこちらのガムを牧野さんにお預けしますので、支社長がイライラしてきましたら与えて下さい」
西田はそう言うと鞄から箱を取り出しつくしに渡した。
「西田!与えて下さいって俺は畜生か?」
司が言い返した。
「ご不満ですか?」
「いや・・まっ仕方ねぇよな?」
司は一度歯を食いしばると喉元に出かかっていた言葉を飲み込んだ。
司は思った。牧野からガムを与えられている俺か・・・
『 支社長おくちをあーんとしてね♡ 』
『 お、おう。牧野もっと近くに来ないと俺のくちに届かないぞ? 』
・・・・いいんじゃねぇの?
「では、牧野さん申し訳ございませんがよろしくお願いいたします」
「え?あの、ちょ、ちょっと待って下さい西田さん!でもそれは・・・」
「牧野さん、あなたは支社長の部下ですね?」
西田はかすかに眉をあげて言った。
「はい。そうです・・」
「こちらの国にご同行いただいているのも牧野さんに今後の事業展開の勉強をして頂きたいという支社長のご意向もあります。我々は常に同一行動となる訳ですが、わたくしでは目の届かないところもありますからそこはやはり女性としての心配りと言うものが必要ではないかと思いますが」
西田はまるで押しの強いセールスマンのようにつくしに語りかけた。
「はい・・」とつくしは言葉を返すので精一杯だった。
「ではこれからの滞在中よろしくお願いいたします」
********
司は西田の用意周到な計画に感心していた。
二週間まえ、A国から送られてきた調査書類を検討した。
その結果やはり一度現地へ飛んで視察をするべきだと言うことになった。
それを勧めたのは西田だった。
このプロジェクトの潜在的な収益率を考えるなら今、訪問するべきだと。
先行の人間はすでに現地の鉱山の視察に入っていた。
そして今回この新規プロジェクト、未開発鉱区の開拓に関して西田は牧野を俺のサポートに付けてきた。
西田のやつ、いいとこあるじゃねぇか?
ここなら類にも邪魔されることもなく牧野のことを口説けるぞ。
こう言うシチュエーションはなんて言うんだ?
社内恋愛ってか?
それともオフィスラブか?
なんかいいな、その響き!
俺と牧野の二人っきりで遅くまで残業していつの間にかいい雰囲気になって、机の上に押し倒す・・・
あ、やべぇ・・・
牧野っ、おまえ俺の頭ん中じゃとんでもねぇことになってんぞ!
こうして車内で隣に座ってこいつのシャンプーだかなんだか知らないが何かの匂いを嗅ぎ
牧野の髪に顔を埋めてみたい衝動と闘ってるんだから、俺も相当我慢強いんじゃねぇか?
そんな思いが司の頭を駆け巡るうちに彼らの乗ったメルセデスは堂々としたたたずまいのホテルの前で停止した。
A国北西部は大河原との合弁会社の時とは異なり時差は日本より1時間遅くなる。
ホテルに着いた時は現地時間で昼と夜との間ほどの時間だった。
過去に一度も自分でチェックインをしたことがない司はつくしがフロントへと歩いて行く姿を見てあいつどこへ行くんだと思っていた。
「おい西田、牧野はどこへ行ってるんだ?」
「チェックインですが?」
「なんだよそれ?」
司は抑揚のない声で言った。
「ですから、ご自分の宿泊の手続きです」
「西田、なんで牧野だけ自分でチェックインしてるんだ?」
「なぜと言われましても、一般の宿泊客はそのようにするのが常ですが?」
「そのくら俺だって知ってるぞ!」
「ではなにが?」
西田は眉をひそめて司を見た。
「だ、だから牧野の部屋だけどよ?」
「牧野様は司様とはフロアを別にご用意しております」
「なんでだよ!」
「なんでと申されましても、何か不祥事が起きては困りますので」
西田は穏やかに言った。
何だよ不祥事って?司は思った。
「西田、おまえこの出張に牧野を同行させるようにしたのはおまえだよな?その意図はいったいなんなんだ?」
「意図と申しますと?」
西田は辛抱強く聞いた。
「だから!おまえは俺の・・」
「わたくしは司様の初恋を応援してはいますが、ビジネスと恋は一緒にするべきではありません。ビジネスはビジネスです。恋と戦争は手段を選ばないとは申し上げましたがビジネスがおろそかになるようでは応援は致しかねます」
「きっ、禁煙ガムはどうすんだよっ!あいつから貰えっておまえ言ったよなっ?」
司が言葉を差し挟んだ。
「司様、ホテルの部屋の中で牧野様にそのようなことを求められてはあの方も困惑されるどころか不審な思いで司様をご覧になりますよ?ガムが与えられるのはあくまでも公共の施設で煙草が吸えない場合です」
司は黙り込んだ。
「この出張で牧野様のお気持ちがご自分に向くように努力されてみてはいかがかと思いましたがご不満でしょうか?」
司は西田の厳しい目を見ながらことビジネスに関してこの男は融通が利かないということを思い出していた。
そしてあきらめと苛立ちの混じった声で言った。
「ちくしょう!おい西田、ガムはミント味にしろ!」
束の間、静寂の時が流れた。
「 御 意 」
西田はゆっくりと頭を下げた。

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いつも応援有難うございます。
昨日はご心配をおかけ致しました。
そして沢山のお見舞いのお言葉と励ましの拍手を有難うございました。
いつも淡々とお話しか書いていないのに気に留めて頂き有難うございます。
本日は昨日の分とまではいきませんが気持ち長めに書いてみました。
皆様も季節の変わり目ですので体調の変化にはご留意下さいませ。 *アカシア*
Comment:0
皆様こんにちは
いつもご訪問有難うございます。
昨夜は体調不良のため頭が働かず書くことができませんでした。
本日も朝早くから足を運んで頂いた皆様には申し訳ございませんが
今朝の更新はお休みさせて頂きます。
寒暖差の激しさと季節の変わり目に身体が追いついてないようです(笑)
また明日よろしかったら覗いてみて下さい。
andante*アンダンテ*
アカシア
いつもご訪問有難うございます。
昨夜は体調不良のため頭が働かず書くことができませんでした。
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アカシア
Comment:25
司はパソコンの画面から視線をあげ、つくしに話しかけた。
「なあ、今まで俺についての話しを聞いたことがあったか?」
司は純粋な好奇心から聞いてみた。
「いいえ支社長。初めてお会いしたときお寺の方かと思ったくらいなので」
そう言ってつくしはほほ笑んだ。
俺はそのほほ笑みから目がそらせなかった。
あのとき、地下鉄の駅でたった5分足らずの出会いのときに彼女が見せたほほ笑みだったから。
俺がこいつに聞きたかったのは俺の過去の悪行のコト。
そしてありもしない女性関係のゴシップだ。
俺は真面目な顔をして言った。
「いいか、牧野。俺について三流週刊誌に記事が載ってたとしてもデタラメだからな」
司は断言した。
「シェールガスだかオイルだかうちじゃ扱ってないのにどっかの商社みてぇにまるでうちが大損出したような書き方するような奴らだからな!ま、あの商社は資源バブルに踊らされたようなもんだけどな!」
司は辛辣な口調で言い切った。
「どうしたんですか支社長?私は支社長の下で働いているんですよ?そんな三流週刊誌に書かれるような根も葉もないような話しなんて信じていませんから。だってこんなに毎日朝早くから遅くまで仕事をされているのにね」
つくしはそう言って笑ってみせた。
俺の下?
俺はその言葉によからぬ妄想が頭をよぎっていた。
今こいつ俺の下って言ったよな?
オレの下・・・
オレの・・・・
やめてくれ・・
これまでに俺のハートをわしづかみにしたのは牧野つくしだけだ。
たぶん俺は牧野がなにを言っても気になるんだろうな。
俺は人が口から言うことは信じない。
まずは相手の表情を見る。
そして目の動き。目は口ほどに物を言うと言うからな。
言い方も重要だ。日本語の場合もったいぶったような物言いは最後の最後まで話しを聞かないことには結論は出せない。
身体の動きも重要だ。相手が緊張しているか、嘘をついているかその動きで分かる。
貧乏ゆすりをする野郎なんてのはサイアクだな。
それなりに観察していれば大体のことはわかるものだ。
けどこいつが言うことは文字通り信じるぞ。
でもよ、でけぇ瞳をしたこいつは表面上は大人の女なんだろうが、男のことについては何も知らねぇんじゃねぇか?
無邪気なのか、無神経なのか、無頓着なのかこいつの無意識のうちの意識ってのが恐ろしいんだ。
俺に興味がないのか、それとも興味を持ちたくないのか?
牧野のさっきの言葉で俺の冷静さは窓から飛び出して地上に落下したぞ!
だから戦略をたてることにした。
俺は西田が力説していた孫子の兵法を読んでみた。
そこに書かれていたこと・・・
『 勝ち易きに勝つ 』
勝利が得にくいときに勝ちを得ようとするよりも、勝利しやすいときにしっかり準備して大きく勝利することか。
今はまだ無理すんなってことか?
よし、これで行くぞ!
けどよ?そりゃそれにこしたことはないが牧野が俺のことをどう考えているのかそこからだ。
素直な気持ちで話しをする・・・・
いや、だめだ。
こいつ真面目だからな・・
俺の気持ちをまともに告げたらこいつどうする?
俺は昔ケンカして肋骨を折るような重傷を負ったけどすぐに回復した。
その時に犬なみの回復力だって言ったやつがいたな。
犬は縄張り意識が強い動物なんだろ?
やつらは散歩に行くたびにあちこちに小便かけまくるんだろ?
それは自分の縄張りを示しているんだよな?
だからよ、俺もまずは自分の縄張りを示しにかかるつもりだ。
類なんかに俺の縄張りを荒らさせるわけにはいかないからな。
類との戦いか・・
そして俺は牧野の不用意なひとことに一喜一憂してるわけだな。
*****
「よう!司、久しぶりじゃねえか?」
司は総二郎とあきらが飲んでいたテーブルまでやってくると二人の前に腰かけた。
「司、ここんところ随分とご無沙汰だったな?」
「ああ、A国の件で立て込んでてよ」
司は煙草を取り出すと口にくわえた。
「おい、それはそうと司、おまえ類に宣戦布告したらしいな」
「宣戦布告?なんだよそりゃ?おまえら何いってんだ。日本の大戦はとっくに終わってんぞ!それともあれか?TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉決裂か?」
司は眉をひそめ火をつけようとした煙草を口から離していた。
「で、なんだ?交渉決裂で宣戦布告っつうことは、赤札で召集かけんのかよ?」
司はじっと推し量るように真面目な顔をして聞いた。
「あほか、それを言うなら赤紙だ!」
あきらが声を張り上げた。
「赤札はおまえが貼りまくってたやつだ!」
総二郎が言った。
「司の言ってることマジで意味不明な時があるよな?」
総二郎の隣に座るあきらはそう言うと琥珀色の液体が入ったグラスを司に差し出した。
「でもよ、いや、マジで驚いた」と総二郎は2回も言った。
「類が言ってたけど、紳士協定がどうのこうのってなんだよそれ?」
「フン、あいつの言ってることなんざ知らねぇな」
司はさきほどの吸いかけた煙草を口元へと戻すと火をつけた。
「どっちにしろ、おまえも類もあの牧野つくしに本気ってことか?」
「二人ともどちらが牧野を落とすとかのゲームをしてるとか、遊びってわけじゃないんだよな?」
総二郎が声を落として聞いてきた。
「ああ、マジだ。俺はあいつと結婚してもいいと思ってる」
司は静かに答えた。
「け・・結婚っておまえ、まだ手も握ってないんだよな?」
「いや、それ以前の問題なんだけどよ・・」
司はつぶやいた。
「おい司、おまえは危険な領域に踏み込んでるぞ!」
「そうだよ、俺達はあっちには行かないって話していたじゃないか!」
「あっちってなんだよ?」
司が言った。
「だから!あっちだよ!静が踏み込んだ領域だよ!」
「静を覚えてるよな?昔、類が好きだった静だよ!」
二人の男が鋭く言ってきた。
「あ?静がどうしたんだ?」
「だから、結婚だよ!」
「司、おまえ本当にそれでいいのか?本気か?」
司は挑戦的に唇を引き結んだあと言った。
「当然だろ?牧野とだったらあっちでもこっちでも行くぞ?」
そして司は咳払いをして決意の表情を浮かべていた。
「司、おまえ牧野つくしが初恋の相手だからって何も結婚までしなくてもいいんだぞ?」
「そうだよ、司。言っとくが牧野つくしは間違いなくバージンだぞ?」
二人はなだめすかすように言った。
「それにあの歳でバージンだなんて絶対なにかあるぞ?」
「いや、まてよ総二郎。司だってひとつしか歳がかわんねぇのにチェリーだぞ?」
司はにやりとした。
そしてソファのアームに肘をのせると口を開いた。
「あきら、サクランボが歳に関係あるのかよ?」
答えになっていない答えが返ってきた。

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「なあ、今まで俺についての話しを聞いたことがあったか?」
司は純粋な好奇心から聞いてみた。
「いいえ支社長。初めてお会いしたときお寺の方かと思ったくらいなので」
そう言ってつくしはほほ笑んだ。
俺はそのほほ笑みから目がそらせなかった。
あのとき、地下鉄の駅でたった5分足らずの出会いのときに彼女が見せたほほ笑みだったから。
俺がこいつに聞きたかったのは俺の過去の悪行のコト。
そしてありもしない女性関係のゴシップだ。
俺は真面目な顔をして言った。
「いいか、牧野。俺について三流週刊誌に記事が載ってたとしてもデタラメだからな」
司は断言した。
「シェールガスだかオイルだかうちじゃ扱ってないのにどっかの商社みてぇにまるでうちが大損出したような書き方するような奴らだからな!ま、あの商社は資源バブルに踊らされたようなもんだけどな!」
司は辛辣な口調で言い切った。
「どうしたんですか支社長?私は支社長の下で働いているんですよ?そんな三流週刊誌に書かれるような根も葉もないような話しなんて信じていませんから。だってこんなに毎日朝早くから遅くまで仕事をされているのにね」
つくしはそう言って笑ってみせた。
俺の下?
俺はその言葉によからぬ妄想が頭をよぎっていた。
今こいつ俺の下って言ったよな?
オレの下・・・
オレの・・・・
やめてくれ・・
これまでに俺のハートをわしづかみにしたのは牧野つくしだけだ。
たぶん俺は牧野がなにを言っても気になるんだろうな。
俺は人が口から言うことは信じない。
まずは相手の表情を見る。
そして目の動き。目は口ほどに物を言うと言うからな。
言い方も重要だ。日本語の場合もったいぶったような物言いは最後の最後まで話しを聞かないことには結論は出せない。
身体の動きも重要だ。相手が緊張しているか、嘘をついているかその動きで分かる。
貧乏ゆすりをする野郎なんてのはサイアクだな。
それなりに観察していれば大体のことはわかるものだ。
けどこいつが言うことは文字通り信じるぞ。
でもよ、でけぇ瞳をしたこいつは表面上は大人の女なんだろうが、男のことについては何も知らねぇんじゃねぇか?
無邪気なのか、無神経なのか、無頓着なのかこいつの無意識のうちの意識ってのが恐ろしいんだ。
俺に興味がないのか、それとも興味を持ちたくないのか?
牧野のさっきの言葉で俺の冷静さは窓から飛び出して地上に落下したぞ!
だから戦略をたてることにした。
俺は西田が力説していた孫子の兵法を読んでみた。
そこに書かれていたこと・・・
『 勝ち易きに勝つ 』
勝利が得にくいときに勝ちを得ようとするよりも、勝利しやすいときにしっかり準備して大きく勝利することか。
今はまだ無理すんなってことか?
よし、これで行くぞ!
けどよ?そりゃそれにこしたことはないが牧野が俺のことをどう考えているのかそこからだ。
素直な気持ちで話しをする・・・・
いや、だめだ。
こいつ真面目だからな・・
俺の気持ちをまともに告げたらこいつどうする?
俺は昔ケンカして肋骨を折るような重傷を負ったけどすぐに回復した。
その時に犬なみの回復力だって言ったやつがいたな。
犬は縄張り意識が強い動物なんだろ?
やつらは散歩に行くたびにあちこちに小便かけまくるんだろ?
それは自分の縄張りを示しているんだよな?
だからよ、俺もまずは自分の縄張りを示しにかかるつもりだ。
類なんかに俺の縄張りを荒らさせるわけにはいかないからな。
類との戦いか・・
そして俺は牧野の不用意なひとことに一喜一憂してるわけだな。
*****
「よう!司、久しぶりじゃねえか?」
司は総二郎とあきらが飲んでいたテーブルまでやってくると二人の前に腰かけた。
「司、ここんところ随分とご無沙汰だったな?」
「ああ、A国の件で立て込んでてよ」
司は煙草を取り出すと口にくわえた。
「おい、それはそうと司、おまえ類に宣戦布告したらしいな」
「宣戦布告?なんだよそりゃ?おまえら何いってんだ。日本の大戦はとっくに終わってんぞ!それともあれか?TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉決裂か?」
司は眉をひそめ火をつけようとした煙草を口から離していた。
「で、なんだ?交渉決裂で宣戦布告っつうことは、赤札で召集かけんのかよ?」
司はじっと推し量るように真面目な顔をして聞いた。
「あほか、それを言うなら赤紙だ!」
あきらが声を張り上げた。
「赤札はおまえが貼りまくってたやつだ!」
総二郎が言った。
「司の言ってることマジで意味不明な時があるよな?」
総二郎の隣に座るあきらはそう言うと琥珀色の液体が入ったグラスを司に差し出した。
「でもよ、いや、マジで驚いた」と総二郎は2回も言った。
「類が言ってたけど、紳士協定がどうのこうのってなんだよそれ?」
「フン、あいつの言ってることなんざ知らねぇな」
司はさきほどの吸いかけた煙草を口元へと戻すと火をつけた。
「どっちにしろ、おまえも類もあの牧野つくしに本気ってことか?」
「二人ともどちらが牧野を落とすとかのゲームをしてるとか、遊びってわけじゃないんだよな?」
総二郎が声を落として聞いてきた。
「ああ、マジだ。俺はあいつと結婚してもいいと思ってる」
司は静かに答えた。
「け・・結婚っておまえ、まだ手も握ってないんだよな?」
「いや、それ以前の問題なんだけどよ・・」
司はつぶやいた。
「おい司、おまえは危険な領域に踏み込んでるぞ!」
「そうだよ、俺達はあっちには行かないって話していたじゃないか!」
「あっちってなんだよ?」
司が言った。
「だから!あっちだよ!静が踏み込んだ領域だよ!」
「静を覚えてるよな?昔、類が好きだった静だよ!」
二人の男が鋭く言ってきた。
「あ?静がどうしたんだ?」
「だから、結婚だよ!」
「司、おまえ本当にそれでいいのか?本気か?」
司は挑戦的に唇を引き結んだあと言った。
「当然だろ?牧野とだったらあっちでもこっちでも行くぞ?」
そして司は咳払いをして決意の表情を浮かべていた。
「司、おまえ牧野つくしが初恋の相手だからって何も結婚までしなくてもいいんだぞ?」
「そうだよ、司。言っとくが牧野つくしは間違いなくバージンだぞ?」
二人はなだめすかすように言った。
「それにあの歳でバージンだなんて絶対なにかあるぞ?」
「いや、まてよ総二郎。司だってひとつしか歳がかわんねぇのにチェリーだぞ?」
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Comment:2
つくしはその日の昼食を食べそこなった。
金曜の午後、つくしの机のうえの電話が鳴った。
仕事に集中していた彼女はパソコンの画面を見ながらうわの空で受話器を取った。
「つくし?滋だけど今いい?」
「滋さん?もちろん大丈夫よ」
「ねえ、司そこにいる?」
「支社長?今日はお見えになってないわよ?」
「そっか・・司ったら逃げた?」
電話の相手は小さく呟いていた。
「え?なに?」
「あ、ううん、何でもないこっちの話し!」
「あのさ、つくし今晩空いてる?」
「今晩?うん大丈夫」
「やったね!じゃあ悪いんだけど道明寺での仕事が終わったらこっちに寄ってくれる?」
夕方、道明寺HDのビルから出て来たつくしはお腹がすき過ぎて胃液で胃が痛くなりそうだった。
「つくしお腹すいてるよね?」
「うん、ついうっかり日本時間に合わせて仕事してたら気がついたらもう12時になっててね、あっちは1時間早いでしょ?そうしたら電話がかかってきちゃってお昼を食べそこなったのよ。その後も電話がひっきりなしだったから机の中にあったチョコレートをつまんだだけで・・」
「よーし!じゃあどんどん注文しちゃおうかな!」
滋はウェイターに手を上げて合図をしていた。
「えっと、このメニューのここからここまで全部持ってきて。それからワインとビールとオレンジジュースもお願い」
ウェイターがうなずくのを見て滋はまだ注文しようとしていた。
「ち、ちょっと滋さん?」
「つくし、他になにかいる?」
「こんなに注文して誰が食べるんですか?」
「え?もちろんあたし達だよ?」
「このアイスクリームって美味しそうだけど、カロリー高そうよね?」
彼女はさらに続ける。
「滋さん、もう十分だから!」
つくしは叫んでいた。
ウェイターが立ち去ると滋は話し始めた。
「ねえ、つくし・・司のことどう思う?」
「 ? 」
つくしは一瞬黙り込み、ぽかんとした顔で滋を見た。
「だからっ、道明寺司のことよ!」
「えっ?支社長?滋さんなんでそんなこと聞くの?」
「うーん。それが週初めにね、つくしの今後について聞かれたんだけど・・
うちから道明寺HDへ転籍してくれないかって話しが出てね」
「ええっ?なにそれ、そんな話し聞いてない・・」
つくしは当惑した。
「そりゃそうだよ、今初めて話ししたんだもん」
滋は咳払いをして話しを続けた。
「でね、うちとしてはつくしみたいな優秀な人材を失いたくないって言ったんだけどさ、あの男もたいがいしつこい男でね。もとが粘着質なのよね・・。でさ、つくしの気持ちを聞かなきゃそんな転籍は認められないって言っといたからね。で、つくしはどうする?」
「どうするもこうするも・・なんでそんな話しが二人の間で出たの?」
つくしは口を挟んだ。
「いや・・それがさぁ、例のスイスの企業がいよいよ危ないんじゃないかって話しが出てるのよね。もう株価なんて乱高下しててさぁ。ホントにヤバイんじゃないかって言われてるところ。もうリーマンショックどころじゃないかもよ? でね、そこがA国にもうひとつ鉱山を持っていてね、そこは鉄鉱石の鉱山でさ、鉄鉱石は司のところが扱いが大きいから買わないかって話しが出てるみたいなの。
それにA国も中国資本が入るより日本の企業に操業を続けてもらったほうがいいみたいでね・・。やっぱりA国でも株主の反発とか色々あるみたいなのよね。だからたぶん道明寺で買収することになると思うの。それにこれを足掛かりに未開発鉱区の開発に力を入れたいんじゃないかな?」
滋はビールをひとくち飲んで考えるように言った。
「それにつくしがこのまえ官僚達と話しをしてくれて色々と上手くいったじゃない?
これからはうちと道明寺との合弁会社の方より、司のところ単体の方がA国との取引の比重が大きくなるみたいだし、どうしてもつくしの事が欲しいって言ってきたの!」
「あれはたまたま知り合いだったからで・・」
つくしが話し終わる前に滋が割りこんだ。
「なに言ってんのよっ!どこの国だって人脈を生かすのはビジネスのひとつだよ。
ほら、知り合いの知り合い繋がりってのもあるでしょ?初対面の知らない人間とビジネスをするよりも紹介を受けた人間の方が信頼も得やすいものよ。紹介をされた人間もした人間も仲介相手のメンツとか色々考えて行動するのはどこの国でも同じなんだから」
滋は話しながらも口を動かし次々とテーブルに運ばれてくる料理に手をつけていく。
「うちはつくしがいなくなるとちょっと困るかもしれないけど、始めたころより随分と軌道にのってきたし・・どうかな?
うちもね、色々とあいつの会社にはお世話になっててむげに断れない部分もあってさ・・」
滋はつくしがいなくなるのは残念だけど・・というふうに言った。
「ねえつくし、まさかとは思うけどあいつに何かされた?」
「え?」
滋の目がきらめいた。
「あいつ今はつくしの前で猫かぶってるけど、本当は野獣だからね」
「どういうこと?支社長ってまさかセクハラ男・・」
「やだ、つくし。違うってば!そういう意味じゃなくてね、司はつくしのことが好きなのよ!」
ふたりは一瞬黙り込んだ。
「え?なにつくし気がつかなかった?やだ、ゴメンね。話すんじゃなかったね。でもどうみても司のつくしに対する態度は普通じゃないもん。あの男、つくしの前では紳士ぶってるけど本当は・・・うひひひ・・」
滋は両手を揉み合わせるような仕草をしてみせていた。
*****
つくしのほうでは彼に対して好奇心はあったが好意を感じているかと聞かれればあくまでも上司と部下としか考えていなかった。
少なくとも自分ではそう考えていただけに滋の発言に驚かされた。
そして何日かたつうちに、最近ではつくしの頭のなかに滋の言った言葉が思い出されるまでになっていた。
『 司はつくしのことが好きなのよ 』
滋さんの勘違いなんじゃない?そう言ったとき、滋ははっきりと言い切った。
『 勘違いなんかじゃないよ。一度は好きになった男のことだからわかるの 』
つくしは滋のそんな言葉にも驚かされていた。
そしてつくしはこのタイプの男は危険だと判断していた。
彼女のまえに座っている男はよく見ればまれに見る美貌をまとった男だったから。
つくしは自分があからさまに見惚れているのではないかと気にした。
まるで美しい彫刻を眺めているようだった。
滋に言われるまで彼のことを意識したことがなかった。
向かいの席に座りノートパソコンのキーボードのうえで彼の両手が素早く動いているのを見ていた。
「どうした?」
そう言いながらも司はパソコンの画面を見つめながら手を休めることをしなかった。
「なにか問題でも?」
そう問われたつくしははっとして滋に言われた転籍のことを聞いてみることにした。
「あの、支社長、滋さんから私の転籍の話しを聞いたんですが、それはどういうことでしょうか?」
つくしはおずおずと聞いた。
「ああ?」
司はそのとき初めてパソコンに目を落とすのを止めて顔をあげた。
「滋さんから事情は聞きました。道明寺HDでA国の鉄鉱石の鉱山を買収して事業を継続されるとか」
「ああ、A国通商部からも打診があって今んとこ鋭意検討中だな。一応成り行きで買収案は提示してきたけどな」
「買収されるんですか?」
「おそらくな。あの国も中国資本が出張ってくるのは警戒してるみたいだしな」
司はにやっと笑った。
「今はやりの言い方をすれば日本との戦略的互恵関係を重視してるみたいだな」
「自山鉱比率(*)はどうなるんですか?道明寺が100パーセントになるんですか?」
「ああ。うちが全額出資だからすべてうちのもんだ」
つくしの目は驚きに大きく見開かれていた。
「そうなんですか!凄いじゃないですか。日本の企業で100パーセントの権益を有するなんて初めてですよ!」
つくしは立ち上がるとデスクに身を乗り出していた。
こんな凄い事業にかかわれるなら道明寺HDに転籍して是非一緒に仕事をしたいと思った。
「牧野どうだ?俺と・・いや、道明寺HDに入ってこの事業に加わる気持ちはないか?」
司は椅子にもたれかかると彼女を見つめていた。
それは仕事とはまったく無関係な思いを秘めていた。
*自山鉱比率=出資比率に応じて原料鉱を引き取る比率

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金曜の午後、つくしの机のうえの電話が鳴った。
仕事に集中していた彼女はパソコンの画面を見ながらうわの空で受話器を取った。
「つくし?滋だけど今いい?」
「滋さん?もちろん大丈夫よ」
「ねえ、司そこにいる?」
「支社長?今日はお見えになってないわよ?」
「そっか・・司ったら逃げた?」
電話の相手は小さく呟いていた。
「え?なに?」
「あ、ううん、何でもないこっちの話し!」
「あのさ、つくし今晩空いてる?」
「今晩?うん大丈夫」
「やったね!じゃあ悪いんだけど道明寺での仕事が終わったらこっちに寄ってくれる?」
夕方、道明寺HDのビルから出て来たつくしはお腹がすき過ぎて胃液で胃が痛くなりそうだった。
「つくしお腹すいてるよね?」
「うん、ついうっかり日本時間に合わせて仕事してたら気がついたらもう12時になっててね、あっちは1時間早いでしょ?そうしたら電話がかかってきちゃってお昼を食べそこなったのよ。その後も電話がひっきりなしだったから机の中にあったチョコレートをつまんだだけで・・」
「よーし!じゃあどんどん注文しちゃおうかな!」
滋はウェイターに手を上げて合図をしていた。
「えっと、このメニューのここからここまで全部持ってきて。それからワインとビールとオレンジジュースもお願い」
ウェイターがうなずくのを見て滋はまだ注文しようとしていた。
「ち、ちょっと滋さん?」
「つくし、他になにかいる?」
「こんなに注文して誰が食べるんですか?」
「え?もちろんあたし達だよ?」
「このアイスクリームって美味しそうだけど、カロリー高そうよね?」
彼女はさらに続ける。
「滋さん、もう十分だから!」
つくしは叫んでいた。
ウェイターが立ち去ると滋は話し始めた。
「ねえ、つくし・・司のことどう思う?」
「 ? 」
つくしは一瞬黙り込み、ぽかんとした顔で滋を見た。
「だからっ、道明寺司のことよ!」
「えっ?支社長?滋さんなんでそんなこと聞くの?」
「うーん。それが週初めにね、つくしの今後について聞かれたんだけど・・
うちから道明寺HDへ転籍してくれないかって話しが出てね」
「ええっ?なにそれ、そんな話し聞いてない・・」
つくしは当惑した。
「そりゃそうだよ、今初めて話ししたんだもん」
滋は咳払いをして話しを続けた。
「でね、うちとしてはつくしみたいな優秀な人材を失いたくないって言ったんだけどさ、あの男もたいがいしつこい男でね。もとが粘着質なのよね・・。でさ、つくしの気持ちを聞かなきゃそんな転籍は認められないって言っといたからね。で、つくしはどうする?」
「どうするもこうするも・・なんでそんな話しが二人の間で出たの?」
つくしは口を挟んだ。
「いや・・それがさぁ、例のスイスの企業がいよいよ危ないんじゃないかって話しが出てるのよね。もう株価なんて乱高下しててさぁ。ホントにヤバイんじゃないかって言われてるところ。もうリーマンショックどころじゃないかもよ? でね、そこがA国にもうひとつ鉱山を持っていてね、そこは鉄鉱石の鉱山でさ、鉄鉱石は司のところが扱いが大きいから買わないかって話しが出てるみたいなの。
それにA国も中国資本が入るより日本の企業に操業を続けてもらったほうがいいみたいでね・・。やっぱりA国でも株主の反発とか色々あるみたいなのよね。だからたぶん道明寺で買収することになると思うの。それにこれを足掛かりに未開発鉱区の開発に力を入れたいんじゃないかな?」
滋はビールをひとくち飲んで考えるように言った。
「それにつくしがこのまえ官僚達と話しをしてくれて色々と上手くいったじゃない?
これからはうちと道明寺との合弁会社の方より、司のところ単体の方がA国との取引の比重が大きくなるみたいだし、どうしてもつくしの事が欲しいって言ってきたの!」
「あれはたまたま知り合いだったからで・・」
つくしが話し終わる前に滋が割りこんだ。
「なに言ってんのよっ!どこの国だって人脈を生かすのはビジネスのひとつだよ。
ほら、知り合いの知り合い繋がりってのもあるでしょ?初対面の知らない人間とビジネスをするよりも紹介を受けた人間の方が信頼も得やすいものよ。紹介をされた人間もした人間も仲介相手のメンツとか色々考えて行動するのはどこの国でも同じなんだから」
滋は話しながらも口を動かし次々とテーブルに運ばれてくる料理に手をつけていく。
「うちはつくしがいなくなるとちょっと困るかもしれないけど、始めたころより随分と軌道にのってきたし・・どうかな?
うちもね、色々とあいつの会社にはお世話になっててむげに断れない部分もあってさ・・」
滋はつくしがいなくなるのは残念だけど・・というふうに言った。
「ねえつくし、まさかとは思うけどあいつに何かされた?」
「え?」
滋の目がきらめいた。
「あいつ今はつくしの前で猫かぶってるけど、本当は野獣だからね」
「どういうこと?支社長ってまさかセクハラ男・・」
「やだ、つくし。違うってば!そういう意味じゃなくてね、司はつくしのことが好きなのよ!」
ふたりは一瞬黙り込んだ。
「え?なにつくし気がつかなかった?やだ、ゴメンね。話すんじゃなかったね。でもどうみても司のつくしに対する態度は普通じゃないもん。あの男、つくしの前では紳士ぶってるけど本当は・・・うひひひ・・」
滋は両手を揉み合わせるような仕草をしてみせていた。
*****
つくしのほうでは彼に対して好奇心はあったが好意を感じているかと聞かれればあくまでも上司と部下としか考えていなかった。
少なくとも自分ではそう考えていただけに滋の発言に驚かされた。
そして何日かたつうちに、最近ではつくしの頭のなかに滋の言った言葉が思い出されるまでになっていた。
『 司はつくしのことが好きなのよ 』
滋さんの勘違いなんじゃない?そう言ったとき、滋ははっきりと言い切った。
『 勘違いなんかじゃないよ。一度は好きになった男のことだからわかるの 』
つくしは滋のそんな言葉にも驚かされていた。
そしてつくしはこのタイプの男は危険だと判断していた。
彼女のまえに座っている男はよく見ればまれに見る美貌をまとった男だったから。
つくしは自分があからさまに見惚れているのではないかと気にした。
まるで美しい彫刻を眺めているようだった。
滋に言われるまで彼のことを意識したことがなかった。
向かいの席に座りノートパソコンのキーボードのうえで彼の両手が素早く動いているのを見ていた。
「どうした?」
そう言いながらも司はパソコンの画面を見つめながら手を休めることをしなかった。
「なにか問題でも?」
そう問われたつくしははっとして滋に言われた転籍のことを聞いてみることにした。
「あの、支社長、滋さんから私の転籍の話しを聞いたんですが、それはどういうことでしょうか?」
つくしはおずおずと聞いた。
「ああ?」
司はそのとき初めてパソコンに目を落とすのを止めて顔をあげた。
「滋さんから事情は聞きました。道明寺HDでA国の鉄鉱石の鉱山を買収して事業を継続されるとか」
「ああ、A国通商部からも打診があって今んとこ鋭意検討中だな。一応成り行きで買収案は提示してきたけどな」
「買収されるんですか?」
「おそらくな。あの国も中国資本が出張ってくるのは警戒してるみたいだしな」
司はにやっと笑った。
「今はやりの言い方をすれば日本との戦略的互恵関係を重視してるみたいだな」
「自山鉱比率(*)はどうなるんですか?道明寺が100パーセントになるんですか?」
「ああ。うちが全額出資だからすべてうちのもんだ」
つくしの目は驚きに大きく見開かれていた。
「そうなんですか!凄いじゃないですか。日本の企業で100パーセントの権益を有するなんて初めてですよ!」
つくしは立ち上がるとデスクに身を乗り出していた。
こんな凄い事業にかかわれるなら道明寺HDに転籍して是非一緒に仕事をしたいと思った。
「牧野どうだ?俺と・・いや、道明寺HDに入ってこの事業に加わる気持ちはないか?」
司は椅子にもたれかかると彼女を見つめていた。
それは仕事とはまったく無関係な思いを秘めていた。
*自山鉱比率=出資比率に応じて原料鉱を引き取る比率

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『最善の友、最悪の敵となること多し』
イギリスのことわざだったな。
類は今の俺にとっての敵ってところか。
二人がはじめて会ったのはいつだったか?
英徳の幼稚舎だな。
俺と類、総二郎、あきらの4人はF4と呼ばれ花の4人組と言われた。
あの年頃の結びつきは生涯続くほど緊密だ。
そして俺達4人はそれ以来の竹馬の友ってやつだ。
学生時代はそりゃあ楽しかったぞ。
総二郎は中坊んときから女に不自由したことがない男で
あきらはあいつは年上の女以外に興味を示さなかった。
類は総二郎やあきらと違い女には興味が無かったし、いつも何を考えているか掴みどころが無かったな。
俺か?
俺のことは西田が全部知ってっからあいつに聞いてくれ。
まあ色々とあったけどよ、俺達も社会に出てそれぞれの家業ってやつを避けるわけにはいかなくなった。
総二郎は茶の道ってやつで、あきらは美作商事で専務、類は花沢物産の専務だ。
俺も家業の道明寺HDを背負って立つ身っていうのに収まってるわけだ。
4人のうちの誰かが助けを必要とすればそれが惜しみなく与えられ、それぞれの好みも性格も違うおかげで利害が衝突することは皆無に等しかった。
そんな俺達は独身生活を謳歌してる真っ最中なわけなんだが・・・
「司?」
「お、おう。類どうした?なんか用か?」
司は吸いかけの煙草を灰皿で揉み消すと言った。
「用がなきゃ来ちゃいけなかった?」
それは司がこれまでに何度も聞かされた類の得意な表現方法で仲間うちでは約束があろうがなかろうが訪ねていくのは常だった。
「そ、そんなことねぇぞ」
「司、悪いんだけど西田さんには外で待つように言ってくれない?」
西田はご用がありましたらお呼び下さいと言って部屋を後にした。
「ねえ司、紳士協定って知ってる?」
類は司のデスクの前まで来ると言った。
「 紳士協定? 」
「 そ 」
「なんだよそりゃ?」
司は椅子の背にもたれたままで言った。
「暗黙の了解ってやつ。俺と司でその紳士協定を結ばない?」
「どういう意味だよ?おまえの言ってる意味がよくわかんねぇな」
司が聞いた。
「つまり、俺と司とお互いに牧野つくしに手を出すなってこと」
「はあ?」
「ようするに、相手の知らないところで牧野つくしにちょっかいを出すなって約束のこと」
類は友人の顔を見つめながら言った。
「正々堂々とやろうってこと」
「類、そりゃどういう意味だよ!」
司は挑戦を受けてたつように立ち上がった。
司と類は対照的だった。
彼は挑戦的な瞳で類を見た。
それに対し類はビー玉のような瞳で司を見ていた。
彼らを親友として結び付けてきたもののひとつは互いのテリトリーには決して踏み込まないと言う不文律があったからだ。
「相手の弱点をつくな、ぬけがけするな、意地悪するなってこと。今の司は牧野つくしと一緒に仕事してるでしょ?それって不公平だよね?ぬけがけだよね?」
その時ノックの音が聞こえドアが開いて女がコーヒーを乗せたトレーを運んで来た。
女は落ちついた様子で机にコーヒーカップを置こうとしていた。
「おい!勝手に入ってくんな!そんなもんいらねぇ!出てけ!」
司の一喝に女は慌ててコーヒーを下げると出ていった。
女がドアを閉めて出て行くと話しが中断したことも無かったように類が口を開いた。
「うちがA国で事業拡大しようと考えていたところに大河原が出て来て銅山の採掘権を持っていっちゃったし、牧野つくしまで取られちゃった。もしかして司、今回の合弁事業で牧野を大河原から引き抜こうとしてるんじゃない?」
類は図星でしょ?と言うようににっこりした。
「類!おまえだってこの前牧野つくしとコンサートに行ってたじゃねえか!」
司はいらいらしながら言った。
「ああ、あれ?あれは司が大河原を誘ってパーティーなんかに行くから牧野つくしがひとりぼっちになっちゃったんでしょ?もとを正せば司が悪いんじゃない?」
類は躊躇なく言い切った。
「なに言って・・」
類は片手を上げると司の言葉を制した。
「とにかく司も約束守ってよね?」
「そ、そんなもんなんで俺が約束しなきゃなんねぇんだよ!」
「ふーん。そうなんだ。約束守る気なんてないんだね?」
「ああ、そんな約束する意味が分かんねぇな!」
司は類に食ってかかるように言った。
「わかった。じゃあ俺、帰るよ」
類はそう言うとドアの方へと踵を返していた。
「司、忙しいところ悪かったね」
類はドアの傍まで歩いていくとそれまでよりも穏やかな口調で付け加えると司の返事も待たずに出て行った。
気に入らねぇな。司の黒い瞳が類が出て行ったドアを睨みつけていた。
「花沢様はお帰りになりましたか。牧野様のことで花沢様となにかありましたか?」
西田がドアを開けると同時に言ってきた。
「なんにもねぇよ!西田、俺に会いたいって類だったのかよ?」
「いいですか?老婆心ながら申し上げます」
「あ?西田はババァかよ?」
司はどさりと椅子に腰をおろし煙草を手にとると火をつけ深々と吸い込んだ。
「文字通り取らないでいただきたい。そういう意味ではありません。いいですか?
『彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず』と言う孫子の兵法の言葉があります。
敵を知ると同時に自分自身を知れと言う意味です。状況を分析してから戦いを始めないと勝てません」
西田はひと息つくと話しを続ける。
「昔から恋と戦争は手段を選ばずといいます。たとえ相手が幼き頃からのご友人であっても油断は禁物です。孫子は『友を近くに置け、敵はもっと近くに置け』と言う言葉も残しました。文字通りの言葉ですから花沢様の牧野様に対しての動向を見誤ることのないようにしていただきたい」
司はいつもは冷静な西田の姿をまるで催眠術でもかかったような状態で見ていた。
「おい西田、なんかお前いつもと違うな・・」
「申し訳ございません」と西田は少し息が上がったように言った。

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イギリスのことわざだったな。
類は今の俺にとっての敵ってところか。
二人がはじめて会ったのはいつだったか?
英徳の幼稚舎だな。
俺と類、総二郎、あきらの4人はF4と呼ばれ花の4人組と言われた。
あの年頃の結びつきは生涯続くほど緊密だ。
そして俺達4人はそれ以来の竹馬の友ってやつだ。
学生時代はそりゃあ楽しかったぞ。
総二郎は中坊んときから女に不自由したことがない男で
あきらはあいつは年上の女以外に興味を示さなかった。
類は総二郎やあきらと違い女には興味が無かったし、いつも何を考えているか掴みどころが無かったな。
俺か?
俺のことは西田が全部知ってっからあいつに聞いてくれ。
まあ色々とあったけどよ、俺達も社会に出てそれぞれの家業ってやつを避けるわけにはいかなくなった。
総二郎は茶の道ってやつで、あきらは美作商事で専務、類は花沢物産の専務だ。
俺も家業の道明寺HDを背負って立つ身っていうのに収まってるわけだ。
4人のうちの誰かが助けを必要とすればそれが惜しみなく与えられ、それぞれの好みも性格も違うおかげで利害が衝突することは皆無に等しかった。
そんな俺達は独身生活を謳歌してる真っ最中なわけなんだが・・・
「司?」
「お、おう。類どうした?なんか用か?」
司は吸いかけの煙草を灰皿で揉み消すと言った。
「用がなきゃ来ちゃいけなかった?」
それは司がこれまでに何度も聞かされた類の得意な表現方法で仲間うちでは約束があろうがなかろうが訪ねていくのは常だった。
「そ、そんなことねぇぞ」
「司、悪いんだけど西田さんには外で待つように言ってくれない?」
西田はご用がありましたらお呼び下さいと言って部屋を後にした。
「ねえ司、紳士協定って知ってる?」
類は司のデスクの前まで来ると言った。
「 紳士協定? 」
「 そ 」
「なんだよそりゃ?」
司は椅子の背にもたれたままで言った。
「暗黙の了解ってやつ。俺と司でその紳士協定を結ばない?」
「どういう意味だよ?おまえの言ってる意味がよくわかんねぇな」
司が聞いた。
「つまり、俺と司とお互いに牧野つくしに手を出すなってこと」
「はあ?」
「ようするに、相手の知らないところで牧野つくしにちょっかいを出すなって約束のこと」
類は友人の顔を見つめながら言った。
「正々堂々とやろうってこと」
「類、そりゃどういう意味だよ!」
司は挑戦を受けてたつように立ち上がった。
司と類は対照的だった。
彼は挑戦的な瞳で類を見た。
それに対し類はビー玉のような瞳で司を見ていた。
彼らを親友として結び付けてきたもののひとつは互いのテリトリーには決して踏み込まないと言う不文律があったからだ。
「相手の弱点をつくな、ぬけがけするな、意地悪するなってこと。今の司は牧野つくしと一緒に仕事してるでしょ?それって不公平だよね?ぬけがけだよね?」
その時ノックの音が聞こえドアが開いて女がコーヒーを乗せたトレーを運んで来た。
女は落ちついた様子で机にコーヒーカップを置こうとしていた。
「おい!勝手に入ってくんな!そんなもんいらねぇ!出てけ!」
司の一喝に女は慌ててコーヒーを下げると出ていった。
女がドアを閉めて出て行くと話しが中断したことも無かったように類が口を開いた。
「うちがA国で事業拡大しようと考えていたところに大河原が出て来て銅山の採掘権を持っていっちゃったし、牧野つくしまで取られちゃった。もしかして司、今回の合弁事業で牧野を大河原から引き抜こうとしてるんじゃない?」
類は図星でしょ?と言うようににっこりした。
「類!おまえだってこの前牧野つくしとコンサートに行ってたじゃねえか!」
司はいらいらしながら言った。
「ああ、あれ?あれは司が大河原を誘ってパーティーなんかに行くから牧野つくしがひとりぼっちになっちゃったんでしょ?もとを正せば司が悪いんじゃない?」
類は躊躇なく言い切った。
「なに言って・・」
類は片手を上げると司の言葉を制した。
「とにかく司も約束守ってよね?」
「そ、そんなもんなんで俺が約束しなきゃなんねぇんだよ!」
「ふーん。そうなんだ。約束守る気なんてないんだね?」
「ああ、そんな約束する意味が分かんねぇな!」
司は類に食ってかかるように言った。
「わかった。じゃあ俺、帰るよ」
類はそう言うとドアの方へと踵を返していた。
「司、忙しいところ悪かったね」
類はドアの傍まで歩いていくとそれまでよりも穏やかな口調で付け加えると司の返事も待たずに出て行った。
気に入らねぇな。司の黒い瞳が類が出て行ったドアを睨みつけていた。
「花沢様はお帰りになりましたか。牧野様のことで花沢様となにかありましたか?」
西田がドアを開けると同時に言ってきた。
「なんにもねぇよ!西田、俺に会いたいって類だったのかよ?」
「いいですか?老婆心ながら申し上げます」
「あ?西田はババァかよ?」
司はどさりと椅子に腰をおろし煙草を手にとると火をつけ深々と吸い込んだ。
「文字通り取らないでいただきたい。そういう意味ではありません。いいですか?
『彼を知り己を知れば百戦殆(あや)うからず』と言う孫子の兵法の言葉があります。
敵を知ると同時に自分自身を知れと言う意味です。状況を分析してから戦いを始めないと勝てません」
西田はひと息つくと話しを続ける。
「昔から恋と戦争は手段を選ばずといいます。たとえ相手が幼き頃からのご友人であっても油断は禁物です。孫子は『友を近くに置け、敵はもっと近くに置け』と言う言葉も残しました。文字通りの言葉ですから花沢様の牧野様に対しての動向を見誤ることのないようにしていただきたい」
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「おい西田、なんかお前いつもと違うな・・」
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牧野つくしが俺の会社にいる。
そのとき、司はたったひとつのことしか頭になかった。
『ちょっとここでひと休みしよう・・』
その言葉が出かかっていた。
ストーカーじみた行動をしなくてもいい。
偶然を装ったような出会いを演出しなくてもいい。
そしてここのところ生気溌剌とした気分で目が覚める。
シャワーを浴びスーツに着替えると一も二も無く早々に出社する。
俺が毎日こんなにも早く出社するなんて誰も考えなかっただろう。
あの西田でさえ驚くほどだ。
だがこの早朝出社は決して酔狂などではない。
A国のビジネススタイルは朝型で遅くとも現地時間の8時には仕事を始めている。
早い人間は6時7時から普通に仕事を始めていた。
現地に合わせるとなると、おのずと日本でも早くから出社することになってくる。
日本との時差が一時間はあるため東京でも遅くとも7時には仕事を始めていた。
牧野つくしはそれよりももっと早く出社してきているようだった。
ある日の牧野の出社時刻のデータを見てみるとパソコンへのアクセス開始時間が5時半だった! おい、あたりはまだ暗いぞ!
それ以来俺も超がつくほどの早朝出勤の日々が続いている。
ある日牧野が6時前に出社してきたとき、すでに俺は出社していた。
牧野どうだ?俺だってこんなに真剣にこのプロジェクトに取り組んでるぞ。
それにしてもいつまでこの状態が続くんだ?
まだ立ち上げて間もない合弁会社だからまだ暫くはこんな調子か?
言っとくが類に負けるわけにはいかない。
牧野つくしをめぐっての真剣勝負だと思っているのは俺だけじゃないはずだ。
今まで真夜中過ぎまで総二郎やあきらと飲んでいたのが嘘のような健康的な生活になっちまった。
けどよ、大河原に転職した牧野つくしが俺と仕事をする為にここにいることが重要だった。
A国でのうちと大河原の合弁会社を道明寺の社内に設けていた。
撤退した企業に代わり銅の採掘を手掛けることになり、A国の通商部は両国が政治と通商の両面での協力関係がますます強化されることを希望すると言ってきた。
例のスイス企業が第二のリーマンかと市場が注目しているなか、道明寺と大河原の合弁事業をA国で軌道に乗せるため、そこで以前A国大使館に勤務していた牧野の出番だった。
なんだかんだと言ってもどこの国でも既得権益の話しは出てくるもんだ。
移民局にいたとは言え日本にたびたび来たことのある官僚には知り合いもいたらしく、話しがスムーズにいくこともあった。
こうして俺達は上司と部下の関係になっていた。
だが俺達は職場で出会ったわけではない。
最初の出会いは地下鉄の駅だ。
俺は二人の関係を上司と部下のカテゴリーには分類したくない。
牧野をどうやって口説いたらいい?
そして今、牧野つくしは向かいの椅子に腰かけるとパソコンを開いていた。
おい、眉間に皺が寄ってんぞ!それでも俺は呆然と見つめてしまう。
「牧野さん、そろそろ休憩にしないか?」
ってなんで俺がこんな丁寧に話してるんだ!
今の牧野は大河原からの出向とはいえ俺の部下だぞ!
「道明寺支社長、まだ11時ですよ?」
おい、11時って言ってもおまえ何時から仕事してんだよ?
牧野、今朝は何時に出て来たんだ?
「あと1時間もすればお昼ですから・・」
まるで聞き分けの悪い子供に対してなだめる言うように言ってきた。
「いや、現地時間だと今が12時でランチタイムだと思うぞ?いま食事を済ませておいたほうがいいんじゃないか?」
上司の言うことは絶対だと言う年功序列の日本の会社組織のあたり前で言ってみる。
「そうですね・・」
つくしは言った。
やったぞ!
「じゃあ・・すいません」
牧野が立ち上がった。
おい、牧野どこへ行く?
「牧野・・どこに行くんだ?」
思わず心んなかの言葉がそのまま口から出ていた。
「どこって・・食事に行くんですが?」
牧野はいぶかしげに言った。
「そ、そうか!」
「じゃあ、行ってきます」
つくしはそう言うとドアの前まで歩いていった。
そして思い出したように振り向いた。
「実は午後に大河原へ行く用があるので、このまま外出させていただいてもいいですか?」
それだけ言うとつくしはドアを開けると廊下へと出て言った。
クソッ!
はあ・・・牧野は俺を発狂させたいのか?
司は頭を掻きむしっていた。
ここんところ品行方正、仕事ばっかりで飲みにも行けてねぇ・・。
おまけにこの部屋は禁煙ときたもんだ!
「支社長、そろそろ執務室にお戻りください」
西田が言ってきた。
「午後からは支社長としての業務を遂行していただきませんと」
西田はため息をついていた。
「支社長に会いたいと約束をしている方もいらっしゃいます」
「だれだ?」
司が聞いたが西田は無視した。
「いくら牧野様と一緒にいたいからと言っても支社長としての業務が優先いたしますので
こちらのことは他の部下に任せていただきたい」
どこであれ司様がその場にいるだけで社員に落ち着かない気持ちを抱かせる。
本来の司様は冷酷、非情さが彼の基であり、今まで女性のためにその冷酷さを魅力的な態度で覆い隠すことなどしなかった。
「ああ、分かってる!」
司は煙草が吸えずイライラしたように怒鳴っていた。
「西田、あの答えはいつ出るんだ?」
司は廊下の真ん中を歩きながら聞いていた。
「その答えは4日後には出ます」
「そうか」
秘書は予定表を見ながら答えた。
司は待っていたエレベーターに乗ると51階の執務室へと戻った。
彼は執務室で三本目のタバコを吸っていた。
司の反射神経がわずかに緩んでいたときにドアがノックされ西田が開けに行く。
秘書はコホンと咳をすると告げた。
「花沢様がお見えになりました」

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そのとき、司はたったひとつのことしか頭になかった。
『ちょっとここでひと休みしよう・・』
その言葉が出かかっていた。
ストーカーじみた行動をしなくてもいい。
偶然を装ったような出会いを演出しなくてもいい。
そしてここのところ生気溌剌とした気分で目が覚める。
シャワーを浴びスーツに着替えると一も二も無く早々に出社する。
俺が毎日こんなにも早く出社するなんて誰も考えなかっただろう。
あの西田でさえ驚くほどだ。
だがこの早朝出社は決して酔狂などではない。
A国のビジネススタイルは朝型で遅くとも現地時間の8時には仕事を始めている。
早い人間は6時7時から普通に仕事を始めていた。
現地に合わせるとなると、おのずと日本でも早くから出社することになってくる。
日本との時差が一時間はあるため東京でも遅くとも7時には仕事を始めていた。
牧野つくしはそれよりももっと早く出社してきているようだった。
ある日の牧野の出社時刻のデータを見てみるとパソコンへのアクセス開始時間が5時半だった! おい、あたりはまだ暗いぞ!
それ以来俺も超がつくほどの早朝出勤の日々が続いている。
ある日牧野が6時前に出社してきたとき、すでに俺は出社していた。
牧野どうだ?俺だってこんなに真剣にこのプロジェクトに取り組んでるぞ。
それにしてもいつまでこの状態が続くんだ?
まだ立ち上げて間もない合弁会社だからまだ暫くはこんな調子か?
言っとくが類に負けるわけにはいかない。
牧野つくしをめぐっての真剣勝負だと思っているのは俺だけじゃないはずだ。
今まで真夜中過ぎまで総二郎やあきらと飲んでいたのが嘘のような健康的な生活になっちまった。
けどよ、大河原に転職した牧野つくしが俺と仕事をする為にここにいることが重要だった。
A国でのうちと大河原の合弁会社を道明寺の社内に設けていた。
撤退した企業に代わり銅の採掘を手掛けることになり、A国の通商部は両国が政治と通商の両面での協力関係がますます強化されることを希望すると言ってきた。
例のスイス企業が第二のリーマンかと市場が注目しているなか、道明寺と大河原の合弁事業をA国で軌道に乗せるため、そこで以前A国大使館に勤務していた牧野の出番だった。
なんだかんだと言ってもどこの国でも既得権益の話しは出てくるもんだ。
移民局にいたとは言え日本にたびたび来たことのある官僚には知り合いもいたらしく、話しがスムーズにいくこともあった。
こうして俺達は上司と部下の関係になっていた。
だが俺達は職場で出会ったわけではない。
最初の出会いは地下鉄の駅だ。
俺は二人の関係を上司と部下のカテゴリーには分類したくない。
牧野をどうやって口説いたらいい?
そして今、牧野つくしは向かいの椅子に腰かけるとパソコンを開いていた。
おい、眉間に皺が寄ってんぞ!それでも俺は呆然と見つめてしまう。
「牧野さん、そろそろ休憩にしないか?」
ってなんで俺がこんな丁寧に話してるんだ!
今の牧野は大河原からの出向とはいえ俺の部下だぞ!
「道明寺支社長、まだ11時ですよ?」
おい、11時って言ってもおまえ何時から仕事してんだよ?
牧野、今朝は何時に出て来たんだ?
「あと1時間もすればお昼ですから・・」
まるで聞き分けの悪い子供に対してなだめる言うように言ってきた。
「いや、現地時間だと今が12時でランチタイムだと思うぞ?いま食事を済ませておいたほうがいいんじゃないか?」
上司の言うことは絶対だと言う年功序列の日本の会社組織のあたり前で言ってみる。
「そうですね・・」
つくしは言った。
やったぞ!
「じゃあ・・すいません」
牧野が立ち上がった。
おい、牧野どこへ行く?
「牧野・・どこに行くんだ?」
思わず心んなかの言葉がそのまま口から出ていた。
「どこって・・食事に行くんですが?」
牧野はいぶかしげに言った。
「そ、そうか!」
「じゃあ、行ってきます」
つくしはそう言うとドアの前まで歩いていった。
そして思い出したように振り向いた。
「実は午後に大河原へ行く用があるので、このまま外出させていただいてもいいですか?」
それだけ言うとつくしはドアを開けると廊下へと出て言った。
クソッ!
はあ・・・牧野は俺を発狂させたいのか?
司は頭を掻きむしっていた。
ここんところ品行方正、仕事ばっかりで飲みにも行けてねぇ・・。
おまけにこの部屋は禁煙ときたもんだ!
「支社長、そろそろ執務室にお戻りください」
西田が言ってきた。
「午後からは支社長としての業務を遂行していただきませんと」
西田はため息をついていた。
「支社長に会いたいと約束をしている方もいらっしゃいます」
「だれだ?」
司が聞いたが西田は無視した。
「いくら牧野様と一緒にいたいからと言っても支社長としての業務が優先いたしますので
こちらのことは他の部下に任せていただきたい」
どこであれ司様がその場にいるだけで社員に落ち着かない気持ちを抱かせる。
本来の司様は冷酷、非情さが彼の基であり、今まで女性のためにその冷酷さを魅力的な態度で覆い隠すことなどしなかった。
「ああ、分かってる!」
司は煙草が吸えずイライラしたように怒鳴っていた。
「西田、あの答えはいつ出るんだ?」
司は廊下の真ん中を歩きながら聞いていた。
「その答えは4日後には出ます」
「そうか」
秘書は予定表を見ながら答えた。
司は待っていたエレベーターに乗ると51階の執務室へと戻った。
彼は執務室で三本目のタバコを吸っていた。
司の反射神経がわずかに緩んでいたときにドアがノックされ西田が開けに行く。
秘書はコホンと咳をすると告げた。
「花沢様がお見えになりました」

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偶然は避けられない。
司がつくしの姿を認めたのは大河原滋に埋め合わせを求められたことに始まった。
彼女は背中を向けていた。
彼女は通りかかったウエィターからシャンペンのグラスをもらっていた。
そして彼女が動くたびに艶のある黒髪が揺れ動いていた。
大河原財閥主催のパーティー会場で滋は手をあげて司に合図した。
「あ、来た来た!つかさっ!こっちこっち!」
彼女が振り返った。
俺と目が合うと「あっ」と言うような表情をしていた。
司はパーティー客のあいだを縫うようにして滋たちの元へと歩いて行った。
「つくし、これが今話していた男だよー。あたしの見合い相手だった男、道明寺司って言うの」
「どうも・・」
司が言った。がそれ以上言葉が出なかった。
彼女は滋と三条桜子と一緒にいた。
三条とも知り合いだったか・・
つくしは彼を見上げると挨拶をした。
「道明寺さんこんばんは」
つくしはほほ笑むと薄く頬を染めた。
牧野つくしとここで会えるとは!
「ちょっと!つかさ聞いてる?」
「悪りぃ。ちょっと他のことを考えてた」
司は牧野つくしと会えた嬉しさを隠しきれずにいた。
そして慎重に言葉を選んで話そうとしていた。
「えっ?なになに?つくし、司とは知り合いだったの?」
滋は腑に落ちないような表情でつくしと司を見た。
「この男ひどいのよ!この前大使館でのパーティーでね、つくしのこと話したらあたしのこと放っぽり出して行ったのよ、自分から誘っておいたくせにだよ?」
滋はそう声を張り上げると司に抱きつくようにしてきた。
「やめろよ滋!このサル!黙れ!ああ、ビザの件で世話になってるんだよ!」
司はつくしと知り合ったいきさつを話した。
「そうなんだ!知り合いなら話しは早い!」
「し、滋さん?その話しは道明寺さんに関係はない・・」
つくしは滋の大きな声に負けまいと言った。
「先輩知らないんですか?」
桜子は言った
「なによ、桜子?」
つくしは聞いた。
「だから道明寺さんですよ!道明寺って言ったら・・」
桜子は知っているでしょ?とばかりに言ってきた。
「「よっ!」」
二人の男が声をかけ桜子の話しをさえぎった。
「あきら君!それに西門さんも!来てくれてありがとう!」
滋は笑いながら答えた。
「あれ?類クンは?」
「ああ、あいつは来ないよ。もともとパーティーなんて嫌いだからな」
総二郎が言った。
「そっか・・。そうだよねー。あ、何か飲む?」
ウエィターが立ち止まっていた。
「そうそう、二人ともつくしと会うのは初めてだったよね?」
滋は二人の男に水を向けた。
「こちら、牧野つくし。あたしの大学時代の友達で今は大使館で働いているの」
滋はつくしのほうを向いた。
「「 大使館で牧野って…もしかして大使館の女か?! 」」
二人は声を揃えて言った。
「なによ二人とも失礼な言い方しないでよね!」
滋は快活に言った。
「はじめまして。牧野つくしです」
彼女は言った。
「おっ?君、司に坊主頭にしないんですかって聞いたんだよね?」
総二郎は笑いながら言った。
「え?だって道明寺さんってお寺さんですよね?」
つくしは確信を込めて言った。
「おっ、お寺さんって?つくしったらなにそれ?」
「え?なにか変?」
つしは意外に思って聞き返した。
「変だよぉ!つかさがお、お寺さんだって?」
滋はやや大きな声で笑いだしていた。
「やだ、もうつくしったら。やめてよぉ・・。つ、つかさが坊主頭って・・」
滋は頭に浮かんだ映像がそこに投影されたかのように目を見開いて司を見ていた。
「お、お寺さんって、つかさお坊さんになるの?」
そして笑いが止められないようだった。
司は滋を睨みつけたが、なにも言わなかった。
「つ、つかさ・・い、いつからお寺の跡取り息子になったのよぉ・・」
「だろ?笑えるだろ滋」
総二郎とあきらも一緒になって笑いだした。
「つくしちゃん、司のところは髪の毛があってもいい宗派なんだよ。だから坊主頭にする必要がない・・・」
「てめぇら、黙って聞いてりゃ・・いい加減にしろ!」
司は近くにあったテーブルを拳で突いていた。
「牧野先輩、本当に知らないんですか?道明寺って言ったら日本を代表する企業じゃないですか!」
桜子が慌てて言った。
「え?だって花沢さんが道明寺さんって由緒正しい大きなお寺の人だって・・」
つくしは狐につままれたような顔をして言った。
「花沢さんですか・・。あのね、先輩。花沢さんって人は浮世離れした人なんですがあれでも花沢物産の跡取りなんですよ。で、道明寺さんの幼なじみなんです」
桜子は何も聞かなかったように話しを続けた。
「からかわれたんですよ、先輩は!それに普通道明寺って聞いたらお寺じゃなくて企業の方を思い浮かべるものですよ!」
「だって、ビザの申請に来たときも自営業で、手広くしてる・・・」
「なんですか?先輩名前を聞いて自営業で手広くしてるって聞いたらお寺を想像したってわけですか?」
「・・うん。だってお寺も霊園とか幼稚園とか駐車場とか手広くしてるし・・」
つくしは落ちつきを無くしたように言った。
「・・・ったく。先輩って変なところで鈍感なんですよねっ!」
桜子は諦めたような表情で胸を張って言った。
滋は話しを本題に戻そうと話しはじめた。
「あのね、こんど大河原はA国で銅の採掘をすることになったのよ」
「おまえんとこ、石油事業だけじゃなくて銅の採掘もするのか?精錬もか?」
あきらが聞いた。
「うーん。今までねスイスの会社が取り仕切ってたんだけど、撤退して生産中止になっちゃってね。うちがその後に入ることになったんだ。うん、精錬もするよ!でもそれは日本でするけどね」
「おい、その会社って香港市場も撤退するって噂のあの会社か?」
「うん、そうそう。さずがあきら君!美作商事専務!」
「そこの株って中東の政府系ファンドが大半を持ってたよな?」
あきらが質問した。
「そうなのよ、うちは中東にはパイプもあるしってことでね。でもこの話しはオフレコでお願いね!」
「で、それがなんで司と・・・牧野・・さんと関係があるんだよ?」
総二郎が聞いた。
「うん、道明寺HDと大河原って資源の分野じゃかぶってないじゃない?石油事業も道明寺にないしね!司のところは鉄鉱石は扱ってるけど、銅はないよね?
日本はチリからの輸入が多いんだけどね、チリは他の商社が強いからさ。
今じゃ輸入は中国に抜かれたけど、A国の鉄鉱石も銅も日本を含むアジア向けがほとんどなのよ。で、資源メジャー2社独占を崩してうちと道明寺で比肩するくらい行こうって話。司このまえ話したよね?」
司は無言で滋の話しを聞いていた。
「でね、つくしは大使館を辞めてうちで働くことになったの!」
「 は?」
司は思わず開いた口が塞がらなかった。
「うん、だからね、つくしはA国には何かと詳しいし、これから政府機関と色々とあるわけでしょ?大使館に勤務してたつくしなら色々と顔が効くしうちで働いてもらうことになったの!」
司は思わずその場に棒立ちになってしまった。
「うちへ来てもらうの、大変だったんだからねっ」
滋はひとりごとのように言った。
「つくしにはこれからうちでA国とのパイプ役をしてもらおうと思ってるの。
だから司、合弁事業の件よろしくね!」

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司がつくしの姿を認めたのは大河原滋に埋め合わせを求められたことに始まった。
彼女は背中を向けていた。
彼女は通りかかったウエィターからシャンペンのグラスをもらっていた。
そして彼女が動くたびに艶のある黒髪が揺れ動いていた。
大河原財閥主催のパーティー会場で滋は手をあげて司に合図した。
「あ、来た来た!つかさっ!こっちこっち!」
彼女が振り返った。
俺と目が合うと「あっ」と言うような表情をしていた。
司はパーティー客のあいだを縫うようにして滋たちの元へと歩いて行った。
「つくし、これが今話していた男だよー。あたしの見合い相手だった男、道明寺司って言うの」
「どうも・・」
司が言った。がそれ以上言葉が出なかった。
彼女は滋と三条桜子と一緒にいた。
三条とも知り合いだったか・・
つくしは彼を見上げると挨拶をした。
「道明寺さんこんばんは」
つくしはほほ笑むと薄く頬を染めた。
牧野つくしとここで会えるとは!
「ちょっと!つかさ聞いてる?」
「悪りぃ。ちょっと他のことを考えてた」
司は牧野つくしと会えた嬉しさを隠しきれずにいた。
そして慎重に言葉を選んで話そうとしていた。
「えっ?なになに?つくし、司とは知り合いだったの?」
滋は腑に落ちないような表情でつくしと司を見た。
「この男ひどいのよ!この前大使館でのパーティーでね、つくしのこと話したらあたしのこと放っぽり出して行ったのよ、自分から誘っておいたくせにだよ?」
滋はそう声を張り上げると司に抱きつくようにしてきた。
「やめろよ滋!このサル!黙れ!ああ、ビザの件で世話になってるんだよ!」
司はつくしと知り合ったいきさつを話した。
「そうなんだ!知り合いなら話しは早い!」
「し、滋さん?その話しは道明寺さんに関係はない・・」
つくしは滋の大きな声に負けまいと言った。
「先輩知らないんですか?」
桜子は言った
「なによ、桜子?」
つくしは聞いた。
「だから道明寺さんですよ!道明寺って言ったら・・」
桜子は知っているでしょ?とばかりに言ってきた。
「「よっ!」」
二人の男が声をかけ桜子の話しをさえぎった。
「あきら君!それに西門さんも!来てくれてありがとう!」
滋は笑いながら答えた。
「あれ?類クンは?」
「ああ、あいつは来ないよ。もともとパーティーなんて嫌いだからな」
総二郎が言った。
「そっか・・。そうだよねー。あ、何か飲む?」
ウエィターが立ち止まっていた。
「そうそう、二人ともつくしと会うのは初めてだったよね?」
滋は二人の男に水を向けた。
「こちら、牧野つくし。あたしの大学時代の友達で今は大使館で働いているの」
滋はつくしのほうを向いた。
「「 大使館で牧野って…もしかして大使館の女か?! 」」
二人は声を揃えて言った。
「なによ二人とも失礼な言い方しないでよね!」
滋は快活に言った。
「はじめまして。牧野つくしです」
彼女は言った。
「おっ?君、司に坊主頭にしないんですかって聞いたんだよね?」
総二郎は笑いながら言った。
「え?だって道明寺さんってお寺さんですよね?」
つくしは確信を込めて言った。
「おっ、お寺さんって?つくしったらなにそれ?」
「え?なにか変?」
つしは意外に思って聞き返した。
「変だよぉ!つかさがお、お寺さんだって?」
滋はやや大きな声で笑いだしていた。
「やだ、もうつくしったら。やめてよぉ・・。つ、つかさが坊主頭って・・」
滋は頭に浮かんだ映像がそこに投影されたかのように目を見開いて司を見ていた。
「お、お寺さんって、つかさお坊さんになるの?」
そして笑いが止められないようだった。
司は滋を睨みつけたが、なにも言わなかった。
「つ、つかさ・・い、いつからお寺の跡取り息子になったのよぉ・・」
「だろ?笑えるだろ滋」
総二郎とあきらも一緒になって笑いだした。
「つくしちゃん、司のところは髪の毛があってもいい宗派なんだよ。だから坊主頭にする必要がない・・・」
「てめぇら、黙って聞いてりゃ・・いい加減にしろ!」
司は近くにあったテーブルを拳で突いていた。
「牧野先輩、本当に知らないんですか?道明寺って言ったら日本を代表する企業じゃないですか!」
桜子が慌てて言った。
「え?だって花沢さんが道明寺さんって由緒正しい大きなお寺の人だって・・」
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「だって、ビザの申請に来たときも自営業で、手広くしてる・・・」
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「・・うん。だってお寺も霊園とか幼稚園とか駐車場とか手広くしてるし・・」
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桜子は諦めたような表情で胸を張って言った。
滋は話しを本題に戻そうと話しはじめた。
「あのね、こんど大河原はA国で銅の採掘をすることになったのよ」
「おまえんとこ、石油事業だけじゃなくて銅の採掘もするのか?精錬もか?」
あきらが聞いた。
「うーん。今までねスイスの会社が取り仕切ってたんだけど、撤退して生産中止になっちゃってね。うちがその後に入ることになったんだ。うん、精錬もするよ!でもそれは日本でするけどね」
「おい、その会社って香港市場も撤退するって噂のあの会社か?」
「うん、そうそう。さずがあきら君!美作商事専務!」
「そこの株って中東の政府系ファンドが大半を持ってたよな?」
あきらが質問した。
「そうなのよ、うちは中東にはパイプもあるしってことでね。でもこの話しはオフレコでお願いね!」
「で、それがなんで司と・・・牧野・・さんと関係があるんだよ?」
総二郎が聞いた。
「うん、道明寺HDと大河原って資源の分野じゃかぶってないじゃない?石油事業も道明寺にないしね!司のところは鉄鉱石は扱ってるけど、銅はないよね?
日本はチリからの輸入が多いんだけどね、チリは他の商社が強いからさ。
今じゃ輸入は中国に抜かれたけど、A国の鉄鉱石も銅も日本を含むアジア向けがほとんどなのよ。で、資源メジャー2社独占を崩してうちと道明寺で比肩するくらい行こうって話。司このまえ話したよね?」
司は無言で滋の話しを聞いていた。
「でね、つくしは大使館を辞めてうちで働くことになったの!」
「 は?」
司は思わず開いた口が塞がらなかった。
「うん、だからね、つくしはA国には何かと詳しいし、これから政府機関と色々とあるわけでしょ?大使館に勤務してたつくしなら色々と顔が効くしうちで働いてもらうことになったの!」
司は思わずその場に棒立ちになってしまった。
「うちへ来てもらうの、大変だったんだからねっ」
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彼が刺すような視線を向けた先にいた二人は司が機嫌のいいときよりも苛立っているときのほうが楽しげのようだった。
「なに司、つくしちゃんにSPつけて大使館からつけさせたら変質者だと思われたわけ?」
総二郎は司の執務室のソファのアームに片肘をついた姿勢で半分からかうように言った。
「 ああ 」
司はため息まじりに言った。
「で、彼女、その後どうしたんだ?」
「ああ、もう遅いからうちの車で送ろうかって言ったんだけどよぉ・・断られた」
「ふーん」
あきらはそんなもんだろうと言う感じで返事を返した。
「だけど彼女、司が地下鉄の連絡通路にいて車で送ろうとか言って変だとは思わなかったのか?」
総二郎は疑うような目で司を見た。
「さあな・・・けどよ、よく知らない人の車に乗るわけにはいかないって言われたぞ!」
司はなんとか彼女の気をなごませようと冗談を言ってみたが失敗に終わった。
彼女は笑顔を見せてはくれなかったが、それでも目がきれいだった。
そしてこの前会ったときと同じように控えめだった。
そのとき、司はあきらと総二郎に言われたことを思い出していた。
『おまえのその性的魅力を忘れんなよ。今までが宝の持ち腐れっていうもんだ』
そこで司は女ごころをくすぐると言われるような低いバリトンの声で言ってみたのだった。
だが彼女はお気持ちは有難いですが・・と。
「まあ落ち着けよ、司。確かにおまえは彼女からしたらよく知らない人だぞ?」
総二郎は言った。
「彼女、仕事柄慎重なだけだよ、な?総二郎?」
あきらはちょっと緊張したような顔で言った。
「でもよかったじゃん。その勘違いのおかげて司のこと輝けるナイトに見えたんだろ?」
総二郎は聞いた。
「スゲーな司、よかったな」
あきらは半ば冗談めかして笑った。
「いや。全然よくねえな」
司は憮然とした表情で言うと立ち上がった。
「なにがだよ?」
あきらは納得がいかない様子で言った。
「類のやつ、どんでもねえことを彼女に吹き込んでやがった」
司はぶっきらぼうに言った。
「類が?おい司、類って帰って来たのか?」
総二郎が聞いた。
そして司の言葉の口調は怒りに満ちたような非難が込められていた。
「ああ、あいつ俺達に連絡しなくても彼女、牧野つくしには連絡していやがった!」
司はそう言うと執務室のなかをイライラと歩きまわった。
司はしばらく黙っていたが、そのうち総二郎が聞いた。
「おい、落ち着けよ司。どう言うことだよ?」
「そうだよ、類と牧野つくしって?」
総二郎とあきらは驚いたに違いない。
司は頭の中に類の存在が強く浮かび上がったように言った。
「類のやつ牧野つくしのこと・・・」
あとは言葉にならなかった。
「え?まさかおまえら同じ女にってこと?」
あきらはそう言うとちらっと総二郎を見た。
ややおいて総二郎が言った。
「驚いたな。司だけじゃなくてあの類までが女に興味を持つなんてな。それも司と同じ女だなんてな?」
「おいおい、ますますその牧野つくしに会ってみたくなったな」
あきらは突然普段の口調に戻って言った。
そのとき、受付から類が来社したという知らせを受けた。
類はふらっと司の執務室に足を踏み入れてきた。
彼は司の前に腰をおろすとアームに肘をついていた。
「なに、司?なにから話す?」
類がいきなり切り出した。
司は答えないでいた。
「なにか話しがあるから俺のこと呼び出したんでしょ?」
類がまた質問を繰り返した。
一瞬沈黙が支配した。
「類!おまえ彼女に、牧野つくしに俺のことなんて話したんだよ!」
司は激しい口調で言った。
「なんで、ぼ、坊主頭にしないでいいんですかなんて聞かれたぞ!」
総二郎とあきらは驚愕の表情で司を見た。
「ぼ・・ぼう?ぼうずぅ?つかさが坊主頭かよ?最近の中坊でもしないぞ!」
総二郎が言った。
彼は耳を疑うような顔をしたし、あきらは口がきけない様子でびっくりしていた。
司は類の目にからかいの色が浮かんだのを認めた。
「ねえ司、司のタイプって牧野さんじゃないだろ?」
「・・るせ!類、俺の好みのなにを知ってんだよ?」
司は類を睨みつけた。
「そっか。でもそれが危険なんだよね?司って人のものすぐ取っちゃうから」
「お?そーいやぁ昔、類のクマのぬいぐるみ、取ったよなぁ司くん?」
あきらがからかうような口調で言って来た。
「そ、そんな古りぃ話、しらねぇな」
司は表面上は取り澄ますと眉をひそめてみせた。
「じゃあ、司は彼女のどこが気に入ったっていうの?」
類は落ち着いた声で聞いた。
「あのな類、司は牧野つくしに一目惚れしたんだとよ」
「それも地下鉄の駅で5分足らずの出会いだぜ?」
「へぇ・・・」
類は思慮深い目をして司を見ていた。
彼は総二郎とあきらをちらっと見たがそれ以上なにも言わなかった。
「彼女、司にほほ笑んだらしいぞ?」
あきらは説明していた。
「ねえ司、もう一度聞くけど牧野さんのどこが気に入ったの?」
類は前よりも力を込めて聞いてきた。
「ど、どこって言われても、そんなこと言えねえよ」
司は自分の頭に指を突っ込むと髪の毛をかきまわしていた。
「ふーん。そっか、司は言えないんだ。俺は彼女の好きなところが言えるよ司」
類は友人の顔をじっと見た。
「彼女っておもしろいんだ。何にでも一生懸命だしね。それにクルクル回ってハムスターみたいでかわいいんだ」
類は司に向かって言った。
「る、類と牧野つくしは付き合ってんのか?」
司は半ばどもるように慌てて聞いた。
「ん?違うよ?」
類はきっぱりと言い切った。
「そ、そうか・・」
類はそう言った司の表情にちらっと安堵が漂ったのを見逃さなかった。
彼はソファから腰を上げた。
「うん、違うよ」
心底真剣で真面目な眼差しの表情で類が言った。
「まだ今はね」
その瞬間、司の口からは何も言葉が出なかった。
この二人は幼い頃からの友人だった。
そしてこの二人は容貌も性格も全く違うのに惹かれる女は同じだった。

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「なに司、つくしちゃんにSPつけて大使館からつけさせたら変質者だと思われたわけ?」
総二郎は司の執務室のソファのアームに片肘をついた姿勢で半分からかうように言った。
「 ああ 」
司はため息まじりに言った。
「で、彼女、その後どうしたんだ?」
「ああ、もう遅いからうちの車で送ろうかって言ったんだけどよぉ・・断られた」
「ふーん」
あきらはそんなもんだろうと言う感じで返事を返した。
「だけど彼女、司が地下鉄の連絡通路にいて車で送ろうとか言って変だとは思わなかったのか?」
総二郎は疑うような目で司を見た。
「さあな・・・けどよ、よく知らない人の車に乗るわけにはいかないって言われたぞ!」
司はなんとか彼女の気をなごませようと冗談を言ってみたが失敗に終わった。
彼女は笑顔を見せてはくれなかったが、それでも目がきれいだった。
そしてこの前会ったときと同じように控えめだった。
そのとき、司はあきらと総二郎に言われたことを思い出していた。
『おまえのその性的魅力を忘れんなよ。今までが宝の持ち腐れっていうもんだ』
そこで司は女ごころをくすぐると言われるような低いバリトンの声で言ってみたのだった。
だが彼女はお気持ちは有難いですが・・と。
「まあ落ち着けよ、司。確かにおまえは彼女からしたらよく知らない人だぞ?」
総二郎は言った。
「彼女、仕事柄慎重なだけだよ、な?総二郎?」
あきらはちょっと緊張したような顔で言った。
「でもよかったじゃん。その勘違いのおかげて司のこと輝けるナイトに見えたんだろ?」
総二郎は聞いた。
「スゲーな司、よかったな」
あきらは半ば冗談めかして笑った。
「いや。全然よくねえな」
司は憮然とした表情で言うと立ち上がった。
「なにがだよ?」
あきらは納得がいかない様子で言った。
「類のやつ、どんでもねえことを彼女に吹き込んでやがった」
司はぶっきらぼうに言った。
「類が?おい司、類って帰って来たのか?」
総二郎が聞いた。
そして司の言葉の口調は怒りに満ちたような非難が込められていた。
「ああ、あいつ俺達に連絡しなくても彼女、牧野つくしには連絡していやがった!」
司はそう言うと執務室のなかをイライラと歩きまわった。
司はしばらく黙っていたが、そのうち総二郎が聞いた。
「おい、落ち着けよ司。どう言うことだよ?」
「そうだよ、類と牧野つくしって?」
総二郎とあきらは驚いたに違いない。
司は頭の中に類の存在が強く浮かび上がったように言った。
「類のやつ牧野つくしのこと・・・」
あとは言葉にならなかった。
「え?まさかおまえら同じ女にってこと?」
あきらはそう言うとちらっと総二郎を見た。
ややおいて総二郎が言った。
「驚いたな。司だけじゃなくてあの類までが女に興味を持つなんてな。それも司と同じ女だなんてな?」
「おいおい、ますますその牧野つくしに会ってみたくなったな」
あきらは突然普段の口調に戻って言った。
そのとき、受付から類が来社したという知らせを受けた。
類はふらっと司の執務室に足を踏み入れてきた。
彼は司の前に腰をおろすとアームに肘をついていた。
「なに、司?なにから話す?」
類がいきなり切り出した。
司は答えないでいた。
「なにか話しがあるから俺のこと呼び出したんでしょ?」
類がまた質問を繰り返した。
一瞬沈黙が支配した。
「類!おまえ彼女に、牧野つくしに俺のことなんて話したんだよ!」
司は激しい口調で言った。
「なんで、ぼ、坊主頭にしないでいいんですかなんて聞かれたぞ!」
総二郎とあきらは驚愕の表情で司を見た。
「ぼ・・ぼう?ぼうずぅ?つかさが坊主頭かよ?最近の中坊でもしないぞ!」
総二郎が言った。
彼は耳を疑うような顔をしたし、あきらは口がきけない様子でびっくりしていた。
司は類の目にからかいの色が浮かんだのを認めた。
「ねえ司、司のタイプって牧野さんじゃないだろ?」
「・・るせ!類、俺の好みのなにを知ってんだよ?」
司は類を睨みつけた。
「そっか。でもそれが危険なんだよね?司って人のものすぐ取っちゃうから」
「お?そーいやぁ昔、類のクマのぬいぐるみ、取ったよなぁ司くん?」
あきらがからかうような口調で言って来た。
「そ、そんな古りぃ話、しらねぇな」
司は表面上は取り澄ますと眉をひそめてみせた。
「じゃあ、司は彼女のどこが気に入ったっていうの?」
類は落ち着いた声で聞いた。
「あのな類、司は牧野つくしに一目惚れしたんだとよ」
「それも地下鉄の駅で5分足らずの出会いだぜ?」
「へぇ・・・」
類は思慮深い目をして司を見ていた。
彼は総二郎とあきらをちらっと見たがそれ以上なにも言わなかった。
「彼女、司にほほ笑んだらしいぞ?」
あきらは説明していた。
「ねえ司、もう一度聞くけど牧野さんのどこが気に入ったの?」
類は前よりも力を込めて聞いてきた。
「ど、どこって言われても、そんなこと言えねえよ」
司は自分の頭に指を突っ込むと髪の毛をかきまわしていた。
「ふーん。そっか、司は言えないんだ。俺は彼女の好きなところが言えるよ司」
類は友人の顔をじっと見た。
「彼女っておもしろいんだ。何にでも一生懸命だしね。それにクルクル回ってハムスターみたいでかわいいんだ」
類は司に向かって言った。
「る、類と牧野つくしは付き合ってんのか?」
司は半ばどもるように慌てて聞いた。
「ん?違うよ?」
類はきっぱりと言い切った。
「そ、そうか・・」
類はそう言った司の表情にちらっと安堵が漂ったのを見逃さなかった。
彼はソファから腰を上げた。
「うん、違うよ」
心底真剣で真面目な眼差しの表情で類が言った。
「まだ今はね」
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この二人は幼い頃からの友人だった。
そしてこの二人は容貌も性格も全く違うのに惹かれる女は同じだった。

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司は執務室に戻ると一時間足らずで彼女のことを知る為の情報を手に入れていた。
男が司に報告できた唯一の新しい情報は、牧野つくしに恋人はいないと言うことだった。
司は部屋に入ってきた秘書のほうを見た。
「いったい何を企んでいるのですか?」
西田は言った。
司は答えなかった。
西田は司がなんらかの形であの女性に何かするのではないかと考えていた。
ましてや花沢様があの女性と一緒にいるところを目にされて、司様が平常心でいられるはずがない。
そして西田は道明寺HDの次期トップが犯罪者になるのではないかと懸念していた。
どうか外交問題になるようなことだけは謹んでいただきたい。
ベテラン秘書の彼はとても巧妙とは言えない計画を司が電話で説明するのを注意深く聞いていた。
「だからよ、彼女にSPつけんだよ!」
司が怒鳴った。
「ああ、そうだ」
彼は言葉を切ると灰皿でタバコをもみ消していた。
「あほか。そんなことするわけないだろうが!あくまでも彼女を守るためで・・」
司は説明していた。
「あ?そうか!そう言うのもありだな!」
司はデスクから立ち上がった。
西田はそんな司のことを考えてため息をついていた。
******
二人の男が地下鉄の駅へと向かう長い通路を歩いている。
その日つくしは本国から送り返されてきた書類に目を通すため
遅くまで大使館に残っていた。
大使館を出て一番近い地下鉄への入口までおよそ10分。
つくしは階段を降りるといつもの駅へと向かうべく長い通路を歩いていた。
改札へと向かう静な行列は時間が遅いせいか人もまばらだった。
長い直線の通路はつくしと前を歩く人との距離が遠く離れていることが実感できる。
この駅もこの時間にもなると本当に人が少ないのよね。
でもこの通路で怖い思いをしたことはなかった。
が、そんな彼女の思考を遮るように後ろを歩く靴音が何故だか彼女の歩幅と同じリズムを刻んでいるように思えてならなかった。
意図せずに同じ歩幅で歩くこともある。
でもどう考えてもその靴音は彼女と同調しているとしか思えなかった。
嫌な汗がつくしの背中を流れた。
長い直線の通路の前方はまだ500メートル以上はある。
そしてそこに人の姿は無かった。
靴音はどんどん近くなってすぐそこまで迫っているようだった。
つくしの足に拍車がかかった。
「あっ!」
つくしは小さな段差につま先をひっかけるとよろめいていた。
そのとき、彼につかまえてもらっていなければ顔面から床に倒れこんでいただろう。
「・・・ど、道明寺さん?」
つくしは彼に抱きとめられていた。
「 大丈夫か? 」
司は彼女の目を見て聞いた。
つくしが彼に会うのはこれで3度目だった。
彼女は自分を抱きとめている男を見上げていた。
つくしは彼に会うたびに違う印象を受けていた。
1度目は大使館。2度目は花沢物産がスポンサーになっていたクラッシックのコンサート会場。そして今日。
受ける印象はさまざまだった。
が、彼の目だけはいつも変わらない。
いつも私のことを鋭く見るのはなぜ?
そしてシャツの袖口からののぞく薄い金の時計がとてもお寺の人には思えなかった。
司はつくしを腕に抱きとめて彼女を見ていて分かったことがある。
彼女のシルキーな黒髪と黒くて大きな瞳、かわいらしく上を向いている鼻。
彼女は世に言う美人ではないが、親しみが感じられた。
あきらのヤツ、ビミョーだなんて言いやがって!
道明寺 ―――― やっぱりおかしな名前。
でもきっと由緒正しいお寺なんだろうな。
「道明寺さん?ど、どうしたんですか?こんなところで・・」
つくしは言った。
「ま、牧野さんこそ・・今仕事帰りですか?」
司はそう言うとつくしの身体から手を離した。
「え、ええ。そうなんですが・・・」
つくしはちょっと間をおいた。
「道明寺さんは?この近くでお寺の行事でもあったんですか?」
つくしは聞かずにいられなかった。
またこれかよ・・・
司は自分を見上げているつくしを見て思った。
お寺だのなんだの・・・類は俺のことをなんて話したんだ?
「花沢さんから聞きました。道明寺さんって大きなお寺で由緒正しいおうちだって。
檀家さんも多くて海外への布教も積極的にされていて各国にも檀家さんが沢山いらっしゃってとても忙しいんだって・・」
つくしは感心したように言った。
「すいません、わたし仏教のことはよく分からないんですが・・・」
つくしは申し訳なさそうに言った。
「道明寺さんって・・・その・・坊主頭にしなくていいんですか?」
と彼女は言った。
クソッ!類のやつ! ちくしょう!!

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男が司に報告できた唯一の新しい情報は、牧野つくしに恋人はいないと言うことだった。
司は部屋に入ってきた秘書のほうを見た。
「いったい何を企んでいるのですか?」
西田は言った。
司は答えなかった。
西田は司がなんらかの形であの女性に何かするのではないかと考えていた。
ましてや花沢様があの女性と一緒にいるところを目にされて、司様が平常心でいられるはずがない。
そして西田は道明寺HDの次期トップが犯罪者になるのではないかと懸念していた。
どうか外交問題になるようなことだけは謹んでいただきたい。
ベテラン秘書の彼はとても巧妙とは言えない計画を司が電話で説明するのを注意深く聞いていた。
「だからよ、彼女にSPつけんだよ!」
司が怒鳴った。
「ああ、そうだ」
彼は言葉を切ると灰皿でタバコをもみ消していた。
「あほか。そんなことするわけないだろうが!あくまでも彼女を守るためで・・」
司は説明していた。
「あ?そうか!そう言うのもありだな!」
司はデスクから立ち上がった。
西田はそんな司のことを考えてため息をついていた。
******
二人の男が地下鉄の駅へと向かう長い通路を歩いている。
その日つくしは本国から送り返されてきた書類に目を通すため
遅くまで大使館に残っていた。
大使館を出て一番近い地下鉄への入口までおよそ10分。
つくしは階段を降りるといつもの駅へと向かうべく長い通路を歩いていた。
改札へと向かう静な行列は時間が遅いせいか人もまばらだった。
長い直線の通路はつくしと前を歩く人との距離が遠く離れていることが実感できる。
この駅もこの時間にもなると本当に人が少ないのよね。
でもこの通路で怖い思いをしたことはなかった。
が、そんな彼女の思考を遮るように後ろを歩く靴音が何故だか彼女の歩幅と同じリズムを刻んでいるように思えてならなかった。
意図せずに同じ歩幅で歩くこともある。
でもどう考えてもその靴音は彼女と同調しているとしか思えなかった。
嫌な汗がつくしの背中を流れた。
長い直線の通路の前方はまだ500メートル以上はある。
そしてそこに人の姿は無かった。
靴音はどんどん近くなってすぐそこまで迫っているようだった。
つくしの足に拍車がかかった。
「あっ!」
つくしは小さな段差につま先をひっかけるとよろめいていた。
そのとき、彼につかまえてもらっていなければ顔面から床に倒れこんでいただろう。
「・・・ど、道明寺さん?」
つくしは彼に抱きとめられていた。
「 大丈夫か? 」
司は彼女の目を見て聞いた。
つくしが彼に会うのはこれで3度目だった。
彼女は自分を抱きとめている男を見上げていた。
つくしは彼に会うたびに違う印象を受けていた。
1度目は大使館。2度目は花沢物産がスポンサーになっていたクラッシックのコンサート会場。そして今日。
受ける印象はさまざまだった。
が、彼の目だけはいつも変わらない。
いつも私のことを鋭く見るのはなぜ?
そしてシャツの袖口からののぞく薄い金の時計がとてもお寺の人には思えなかった。
司はつくしを腕に抱きとめて彼女を見ていて分かったことがある。
彼女のシルキーな黒髪と黒くて大きな瞳、かわいらしく上を向いている鼻。
彼女は世に言う美人ではないが、親しみが感じられた。
あきらのヤツ、ビミョーだなんて言いやがって!
道明寺 ―――― やっぱりおかしな名前。
でもきっと由緒正しいお寺なんだろうな。
「道明寺さん?ど、どうしたんですか?こんなところで・・」
つくしは言った。
「ま、牧野さんこそ・・今仕事帰りですか?」
司はそう言うとつくしの身体から手を離した。
「え、ええ。そうなんですが・・・」
つくしはちょっと間をおいた。
「道明寺さんは?この近くでお寺の行事でもあったんですか?」
つくしは聞かずにいられなかった。
またこれかよ・・・
司は自分を見上げているつくしを見て思った。
お寺だのなんだの・・・類は俺のことをなんて話したんだ?
「花沢さんから聞きました。道明寺さんって大きなお寺で由緒正しいおうちだって。
檀家さんも多くて海外への布教も積極的にされていて各国にも檀家さんが沢山いらっしゃってとても忙しいんだって・・」
つくしは感心したように言った。
「すいません、わたし仏教のことはよく分からないんですが・・・」
つくしは申し訳なさそうに言った。
「道明寺さんって・・・その・・坊主頭にしなくていいんですか?」
と彼女は言った。
クソッ!類のやつ! ちくしょう!!

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