2017
09.07

秋日の午後 1

<秋日(しゅうじつ)の午後>
こちらのお話は明るいお話ではありません。
お読みになる方はその点をご留意下さい。
なお、このお話は短編です。
*********************









暦の上ではすでに秋とはいえ、まだ暑い日が続いていた。
司は鎌倉にある道明寺家の菩提寺を訪れていた。
そこは先祖代々の墓があり、司の両親も眠っていた。
そして亡くなった妻もこの墓に眠っていた。

大恋愛の末、結ばれた二人は、60年でも70年でも一緒にいよう。最後まで一緒だと言っていたが、妻の方が先に逝ってしまったのは1年前。沈黙の腫瘍と言われる卵巣がんと告知を受け、それから半年後、妻は静かに旅立った。


妻が大学を卒業すると同時に結婚した二人の間には、3人の息子と娘がひとりいた。
邸の広さを十分使って育った子供たち。
子育ては親としての責任を問われる場面もあったが、その全てが楽しい出来事だった。
そして子供たちと共に成長したのは、彼らを通し学ぶことも多かった親である自分たちだ。


今では子供たちは全員結婚をし、それぞれが家庭を持ち、幸せに暮らしている。
その中で長男が司の跡を継ぎ社長となり、道明寺HDの舵取りを行っていた。
61歳の司は会長の職にあるが、かつて巨大複合企業のトップにいた男の影響力は今でも健在だと言われ、彼がその気になれば子会社から関連会社までの社長の首はいとも簡単に替えることが出来ると言われていた。


そんな男が墓参りに来るのは、月命日の日だ。
納骨を済ませてから今まで一度も欠かしたことはない。その日の為にスケジュールが調整され、どんなに天気が悪かろうと必ず来ていた。


墓は、墓地の中でも一番奥にあり、静かな場所にあった。そして一番よく日の当たる場所だ。
今日も陽射しを浴びた墓石は静かにその場所に佇んでいた。

「おまえの好きな団子を持ってきたぞ」

妻は高校生の頃、和菓子屋でアルバイトをしていたことがあり、甘い物が好きだった。
いつもこうして何か甘い物を持って来るのだが、供えたとしても、カラスのエサになると分かっているが、こうして供えてしまうのは気持ちの問題だ。

「しっかり食べろ。けど食べ過ぎんなよ?」

司は墓石に手を置き言った。
きれいに磨かれている石は一点の曇りもなく司の顔を映していたが、妻の面影はそこにはない。

司は持参した花を手向け、線香に火をつけ、しゃがむと手を合わせた。





静かだ。
秋にはまだ早く、木々の紅葉もまだであり、虫の鳴き声も聞えず、ただ夏よりも柔らかい陽射しが降り注いでいた。
だが空はやはり秋めいており、うろこ雲が広がっていた。そして静かな風が爽やかに感じられた。

「つくし、季節が移り行くのは早いもんだな」

未だに妻が亡くなったことが信じられずにいる。朝目覚め隣に姿が見えなければ、庭にいるのではないかと思ってしまうのは、長年の習慣のせいだろう。

いつも朝早くから庭の片隅に拵えた畑に向かい、水をやり、出来たばかりの野菜を収穫するといった趣味を見つけたのは、50代になってからのことだ。肥料はあれがいい、これがいいと庭師と相談しながら野菜を作る妻の姿が今でも目に浮かぶ。

妻は、採れたての野菜についた虫さえそっと近くの葉の上へ移してやる優しさを持つ人間だった。
そして74億いる人間の中で唯一「おい」と呼べ、「はい」と答える女性だった。
隣でおだやかな寝息を立て眠る姿は、何ものにも代えがたい存在であり、どんな時も傍にいてくれた最愛の人だった。
その女性がいなくなって1年。夜中に目が覚め、隣を見たとき、感じられた温もりがないことが淋しかった。

司は墓に向かって呟いた。

「たまにでいいから出て来いよ」

妻はこんな墓の中で大人しくしているような女ではない。
彼女はじっとしているのが嫌いという訳ではないが、いつも何かをしていた。
そしてそんな時、決まって口にするのが、貧乏性だからじっとしている時間が勿体ないのよ。の言葉だった。それならこんなところでじっとせずに戻ってくればいい。
戻ってきて野菜を育てればいい。採れたての野菜を食わせてくれればいい。
そうだ幽霊でもいいから戻って来い。司は墓参りに来るたび、いつもそう呟いていたが、未だに出て来たことはない。

だがそれもそのはずだ。厳しい現実社会の中、超リアリズムの社会、ビジネスの最前線にいた司が、非現実的と言われる幽霊や魂の存在などといったものを信じていなかったのだから出て来いと言っても、出て来るはずがないと思うが妻には出て来て欲しかった。

「・・・つくし、おまえは今どこにいるんだ?」

そう問いかけてみるも、あたり前だが返事はない。
俺が行くまで大人しく待ってろよ。と言ってみるも、あとどのくらいで会えるのか見当もつかないのだから、まだ暫くはこうして墓の前でひとり呟く日が続くのだろう。
そして妻はこう言うはずだ。
そんなに急いで来なくていいから。ゆっくり来てね。ゆっくりでいいからね、と。





司は腕に嵌めた時計を見た。
11時36分。

いつものように蕎麦でも食べて帰るかと立ち上がった。
それは、まだ妻が生きていた頃からの習慣。
二人で墓参りをした帰り、いつも立ち寄る蕎麦屋があった。

立ち上った瞬間、一瞬身体がぐらりと揺れ、立ち眩みを感じ寝不足かと思う。
だが暫くじっとして呼吸を整えれば、眩暈も収まっていた。

「また来るからな、つくし」

司は再び墓石に手を置き、墓地を後にした。





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2017
09.08

秋日の午後 2

鎌倉は、明治から昭和初期にかけ、皇族や華族、政治家や各界の名士、著名な文化人の別荘地として発展した場所であり、道明寺家もこの地に別荘を構えていた。

海とは反対側の山にある大邸宅と言われる洋館は、戦後に入り幾度か改修工事がされてはいるが、元は昭和初期に建てられたもので、広大な敷地は世田谷の邸ほどではないが、それでも妻に言わせれば無駄に広いことになるらしい。
だが子供たちは、山の中にある緑溢れる場所で走り回ることが気に入ったのか、週末になれば鎌倉の別荘に行こうといい、毎週のように訪れていたことがあった。


「さあみんな、走って遊ぶわよ!」

と、言って幼い子供たちと青々とした芝の庭を駆けまわる妻は、いつも笑っていた。
その笑顔が家族の中心であり、周りの全てを照らす太陽のような存在だった。それはまさに司にとっては沈まぬ太陽だった。

4人も子供がいれば、それぞれにいろんな出来事がたくさん起こるが、子供たちのすべてを覚えていたいの。と言っては自ら写真を撮り、アルバムに貼り付けていくのだから、4人の子供たちの写真は相当な枚数が今でも残されていた。そしてその中には、当然だが父親である司の姿もあった。

司は写真を撮られることは苦手としていた。だが、子供たちとなら躊躇うことなく一緒に撮ることが出来た。だから今では、司の笑顔の写真もかなりの枚数が残されていた。そして子供が大きくなる過程の写真一枚一枚が司にとっては貴重な宝物だ。
その中の一枚、末の娘が初等部に上がったとき親子三人で写した写真は、妻が小学生ならこんな風だっただろうといった姿を彷彿とさせ、英徳の制服を着た娘に妻の姿を重ねていた。

もし、小学生の頃、彼女と出会っていれば人生は何かが変わっていただろうか。ふと、そんなことを思ったが、子供の成長と共に飛ぶように駆け抜けたあの頃、二人は忙しかったが人生を楽しんでいた。






司は、狭い路地の手前で車を止めさせた。
北鎌倉にある蕎麦屋は、車が入ることが出来ない場所にあり、そこから歩いて行くことになるのだが、苦になるような距離ではない。

大きな通りから路地を入り、奥まった場所にあるためか、落ち着いた大人の隠れ家といった雰囲気を持ち、いつ来ても静かだった。
夫婦と娘の3人が働き、5人ほど座れるカウンター席とテーブル席が4席、そして奥に個室になっている座敷が3部屋あった。

その店は蕎麦だけでなく、ちょっとした小料理や酒も出してくれるような店だ。
店主は長野出身だといい、岩手のわんこそば、島根の出雲そばと共に、日本三大そばのひとつとされる信州の代表的な蕎麦である戸隠蕎麦を提供していた。

この店を知ったのは偶然だったが、はじめてこの店を訪れて以来、ここの蕎麦をいたく気に入った妻は、それ以来墓参りの帰りには、必ずこの店に立ち寄るようになっていた。

はじめて訪れたとき、店主は二人のいで立ちから大切にもてなす客だと感じたようで、いつも奥の個室へと通されていた。
個室は6畳ほどの広さがあり、襖を閉めてしまえば、店内の様子を感じさせることのない空間となる。司にとっては狭い空間ではあるが、妻にとってはその狭さが、結婚前に住んでいたアパートの部屋を連想させるようで、居心地のいい場所であったようだ。


古い店ではあるが、いつ来ても隅々まで掃除が行き届き、床の間には季節の花が活けられていた。そして替えたばかりなのか、畳からは青臭さが感じられた。


腰を降ろした司は、出されたおしぼりで手を拭き、座卓の向うに座っていた妻を思い出していた。

「おいしいわ。蕎麦の香りものど越しもとてもいいわ」

そう言って美味そうに蕎麦をすする姿がそこにあった。

「外国の人は音を立てて食べることは嫌うけど、やっぱり麺類は音がないと食べた気にならないわよね?」

屈託なく笑うその顔は、やはり美味そうに蕎麦をすすり、注文したエビの天ぷらを口にしていた。それから、あなたは食べないの?と言って司の前に並べられた料理を見たが、あの時は、さほど腹が減っていなかったこともあったのか、食わないと言えば、食べないなら注文しないでよ、勿体ないでしょ。と言いながら目の前に置かれていた料理に箸をつけていた。

そうだ。妻は出されたものは、どんなものでも美味しいと言って口へ運んでいた。
そんな妻に邸のシェフは、職業上の取って付けた笑顔とは異なり、心から嬉しそうな顔をしていた。

あれはいつのことだったか、長男がまだ幼い頃、出された料理を残そうとしていた。
それはピーマンを使った料理だ。幼い子供は味覚が敏感で、苦みを強く感じることもあってか、ピーマンや香味野菜を嫌う理由はそこにあるのだが、それを見た妻が厳しく叱ったことがあった。残すことはこの野菜を作った人に失礼でしょう?それからこの料理を作ってくれた人にも失礼になるのよ。出されたものは文句を言わず食べなさい。好き嫌いは許しません。

あの日長男は、皿の上にちょこんと乗せられたピーマンを完食するまで食事を済ませることを許されず、妻と一緒にいつまでもテーブルに座ったままでいたことがあった。
見るに見かねた司は、妻が席を立ち、ダイニングルームを離れた隙に皿のピーマンを食べてやったことがあった。あれは恐らく妻も知っていたはずだが、戻って来たとき、よく食べたわね。偉いわよ。と言って誉めていたが、長男は後ろめたさから本当はパパが食べたと言ってしまい、二人で怒られたことがあった。


それからは、子供たちの誰もが、妻の出された料理はきちんと食べなさい。といった精神が当たり前と受け止め、孫たちも祖母であった妻の意思を受け継ぎ、出された料理は全て食べるようになっているが、幼い子供に嫌いな物もちゃんと食べなさいと大真面目で話す妻の姿に、司はいつも耳の痛い思いをしていた。なぜなら、司が幼かった頃、彼が嫌いなものは出て来たことなどなかったからだ。



いつ入って来たのか、座卓には運ばれて来た蕎麦が置かれていた。
ぼんやりと考え事をしていたため、気に留めていなかったのだろう。

それにしても、ここは静かだ。襖の向うには客がいるのだろうか。
そんな気にさせられるが、司が店に入ったとき、カウンターには3人の先客がいた。
だが食事時だというのに、たった3人しか客がいないことに心配した。小さな店だが経営は上手くいっているのだろうか。司がそう思ったのは、妻との想い出の店が無くなって欲しくない思いがあったからだ。

月に一度墓に参り、そして蕎麦を食べる。それが今では司の決まり事となっている以上、この店の存在は彼にとってかけがえのないものとなっていた。


司は出された蕎麦に箸を伸ばした。
何故かすぐ近くに妻がいるような気配がする。

「いるのか?・・・そこに」

座卓の向うから伸ばされた手が、前髪に触れたような気がした。





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2017
09.09

秋日の午後 3

「伊豆の別荘に行ってくれ」

店を出た司は、運転手に言った。
いつもなら蕎麦屋を出れば世田谷の邸に戻るのだが、今日は何故か伊豆の別荘へと気持ちが向いていた。

晴れた午後、思い出すのは二人で過ごしたあの日。
時計の針を逆回転させるように、過去が鮮明に思い出されるのは、年を取った証拠なのだろう。


息子が一人前になったのを機に会長職へ退き、彼をサポートする役目に回り、以前より随分と時間が取れるようになれば、二人でどこかへ行ってみようといった気になり、若い頃出来なかったことをしようと二人で旅に出かけるようになっていた。

それは海外だったり国内だったりしたが、司が社長だった頃、ビジネスとして多くの国を訪れはしていたが、それはあくまでもビジネスであり、訪れたとしても時間に追われるようにその国を後にしていた。だから観光などしたことがなかった。



二人で出かけた海外でどこが一番気に入っていたのか。
そんな話をしたことがあったが、妻はイタリアの古都ヴェローナが気に入ったと言っていた。今でも中世の街並を残す北イタリアにあるヴェローナは、ロミオとジュリエットの舞台として有名な街。

その街でどうしても行きたい場所があると言って連れて行かれたのは、ジュリエットの家だった。何故ジュリエットの家だったのか。
それは、そこにあるブロンズで出来たジュリエットの右胸に触れば幸せになれると言われているからだ。そんな話から、老いも若きも男も女も大勢の観光客が、彼女の胸に触れていた。
そういったことから、ブロンズ像の胸の部分は光り輝いているのだが、妻もその胸に触りたがった。

「今でも十分幸せだけど、これからも幸せで過ごせるようにお願いするの!」

と、言って触れ、

「ねえ、一緒に触ってよ!子供たちに写真を見せたいのよ!」

と言われたが、恥かしくてそんなこと出来るか。と言いたかったが、楽しそうにはしゃぐ妻を見れば、

「俺は十分幸せだ。それに俺が触るのはおまえの胸だけで十分だ」

そんな会話を交わしたのを覚えていた。

対立した家に生まれた男と女の恋愛悲劇は、シェイクスピアによって書かれた切ない愛の物語。若い恋人達が社会的な障壁を乗り越え恋愛を成就させようとする物語は、かつての自分達の恋に似ていたことが妻の興味を惹いたのは間違いないと思っていた。

物語の終盤ロミオは、二人の恋を成就させようと死を偽装し仮死状態にあるジュリエットを死んだと思い込み、自ら命を絶つ。そしてそれを知ったジュリエットも彼を追い、短剣で胸を一突きし、命を絶った。

彼女が、彼がいなければ生きている意味がないからと。

共に相手を想う余り死んで結ばれようとする物語が、何故世界中の女性達の心を惹き付けるのか、あの頃の司には理解出来なかった。だが、今ならその気持ちもわかるような気がしていた。

かつて愛する人がいる世界なら、そこが地獄だろうが構わないと相手を追っていくと言ったのは司だった。

全てを失っても構わない。愛する人さえ傍にいてくれればいいと命を絶った二人。
そんな二人の姿が恋愛における最高の姿と思えるようになったのは、年を取ったからだろうか。そしてどの国の男女も愛する人といつも一緒にいたいと思う心は、いつの時代も不変のものであり、変わることがない。

ロミオが最後にジュリエットに口づけした時の気持ちが今ならわかる。
司も、妻との別れに口づけをしたのだから。

それは永遠の別れではなく、また逢おうといった約束としての口づけ。だが、その時を迎える心の準備をしていたとしても、淋しいものがあった。
最愛の人の死というものは、誰にでも訪れるものだが、実際に経験した人間でなければ、分からないことがあるはずだ。

彼女は昔から意思で動く女性であり、惰性で動くといったことが嫌いだった。
高校生の頃から強い意思を持つ少女だった。だから最期の瞬間まで自分の意思で生きることが出来たのだ。

そんな妻の笑って静かに旅立った姿が、今でも瞼の奥に焼き付いて離れなかった。
思ってもみなかった早すぎる最期の別れ。
その日が訪れることが少しでも先延ばしになればと、ただ手を握ることしか出来ない自分に不甲斐なさを感じたが、それでも最後の一瞬まで笑っていた妻に感謝の言葉しかなかった。

楽しかった。

ありがとう。

そして愛してる。

そう言って旅立った妻に、ただ感謝の言葉しかなかった。




そして今、司は数えきれない想い出を巡っていた。

国内ならどこか好きかと問えば、妻は伊豆にある別荘で過ごす時間が好きだと言った。
それならまたあの場所へ行ってみないか。
今年もあの景色を見てみないか。
そう言って二人で出かけた伊豆の小京都と呼ばれる修善寺は、紅葉の季節が多かった。

子供たちが結婚し、それぞれ家庭を持ち夫婦二人になった頃から、鎌倉の別荘よりも、修善寺にあるこじんまりとした別荘を好んだ。
とは言え妻は、広大な敷地に黒い御影石を敷き詰めた広々とした玄関ホールを持つ純和風の別荘の、どこがこじんまりとしているのか分からないわ、と言っていた。

最後に訪れたのはいつだったかと思う。去年ではないことは確かだ。去年の今頃は哀しみに暮れていた。それなら一昨年だ。
そうだ。あのとき見た紅葉は、火照ったような色だった。妻の頬が赤く染まることがあったが、それ以上に赤く色づいていた。やがてその赤は、地面に堆積し、厚みを増し、全てを覆い隠す絨毯となり庭一面を真っ赤に染めていた。

今、見上げた枝はまだ青々とした葉をつけており、真っ赤な落ち葉の絨毯に変わるのは、11月半ばを過ぎてからの話だ。
これから先、もう二度と妻と一緒に見ることがない紅葉。だがあの時の光景も、そして過去に見た光景も、決して忘れることはない。







「旦那様。お久しぶりでございます。遠いところをようこそお越し下さいました。連絡を受けてお待ちしておりました」

玄関を入ったところで、中で待っていた初老の女が丁寧にお辞儀をした。
もう随分と前に亡くなったが、世田谷の邸に勤めていたタマの親戚筋に当たる女性がこの別荘の管理をしていた。どういった繋がりなのか生前のタマは言わなかったが、よく似た風貌であり、血が繋がっていることが感じられた。

「急で悪かったな。つくしの墓参りに鎌倉まで来たんだが、久しぶりにここへ来たいと思ってな」

「そうでございましょう。つくし奥様はここがお気に入りでしたから。きっとお墓へ参ってこられた旦那様にこの別荘を訪ねるようにおっしゃったんですよ」

タマによく似た老女はいったい幾つになったのか。
司よりも10歳以上は年上のはずだ。この別荘に来たのが2年前だとすれば、あれから年を取っているはずだが、元々年をとっていたせいか、さして老いたような気がしなかった。


さあさあ、どうぞ中へお入りください。お疲れでございましょう。本当に随分とお久しぶりでございます。すぐにお茶をお持ち致します。と言い長い廊下の奥へと消えていったが、背中の曲がり具合は、やはり2年前より傾いているように感じられた。






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2017
09.10

秋日の午後 4

いつの間にか眠ってしまったのだろう。
目が覚めたとき、一瞬ここはどこかといった気にさせられていた。だがすぐに気付いた。
純和風の別荘ではあるが、洋風に設えられた部屋があり、ペルシャ絨毯が敷かれた上にソファセットが置かれ、司はカウチの上で目を覚ましていた。

老女にお茶をお持ち致します、と言われ運ばれて来た茶を飲み、それから目を閉じそのまま眠りに落ちていた。
やはり疲れていたのか。墓地で感じた頭のふらつきを感じ寝不足かと思う。

夜、眠れないことなどなかったが、最近夜中に目が冴え眠れないことがあった。
薄ぼんやりとした明かりのなか、何をするでもなく、ただ天井を眺めているだけの時が流れ、朝を迎えたこともあった。


まだ高校生だった頃、寝起きの悪さに妻に叩き起こされたことがあった。あれは、邸でメイドとして働いていた頃の話。もう何十年も前の話だが、人は年を取れば取るほど過去の記憶の方が鮮やかだというのだから、自分もまさにその通りのことが起きていると実感していた。
それに、年を取った今では、寝起きの悪さといったものは無縁となり、どちらかと言えば、無駄に早く目覚めることもあった。

眠った時間はほんの30分程度のはずだ。
司は腕の時計を見た。3時10分で止まっていた。それはこの別荘に到着した時間だった。
それなら正確な時間は何時かと時計を探したが、部屋の中にそれらしきものは見当たらず、カーテンが開け放たれた窓の外に見える庭に陰りを感じ夕方かと思った。

秋の日はつるべ落としと言い、あっという間に日暮れを迎え短くなる一方だ。
この部屋の外は木立が茂っていることもあり、枝は陽射しを遮るように広がっていた。
そのせいか日暮れが早く感じられ、午後の柔らかい陽射しは山の向うに消えようとしていた。

今日を残して沈む夕陽はどんな色をしていたのか。
果実が赤くなり熟れたその実を落すように山の向うへ落ちて行く。
ふと、そんな光景が頭を過っていた。



夏は夕方になれば蝉の一種であるヒグラシが鳴くと言われるが、その季節は過ぎてしまったのか、山の中の別荘に音は無く、ただひとりぼんやりとカウチに座る男がいるだけだ。
だがもし、ここに妻がいたら何をしただろう。
かつてこのソファにも、寄り添うように座る相手がいた。


子や孫のいる自分が孤独だとは思わない。
それでも彼らにも補えないものがある。
それは、魂の半身ともいえる伴侶を亡くした人間の心の傷を補うことだ。
彼らの存在は、慰めにはなるかもしれないが、心にぽっかりと開いた穴を埋めることは決して出来なかった。誰にでも言えることだが、いなくなった人の代わりになることは出来ないということだ。
妻だから言えること。
妻だから出来ること。
妻にしか出来ないことは沢山あった。




「旦那様が奥様を見つめる目は、まるで恋する少年のようでした」

そんなことを言った老女。

司は妻以外の女に興味を持たなかった。
妻と出会ってから彼女が彼の人生の全てであり、生きがいだった。
だが出会ったとき、全てが異なる二人がいた。互いが歩んで来たそれまでの人生も、周りの環境も、暮らしも全てが異なる二人が恋におちたのだ。だがそれが司にとっては最初で最後の恋だとはじめから分かっていた。だから、どんなことをしても、手に入れたかった女性だった。

あのとき、どこかの少女が落ちて来なければ、二人は出会うことはなかった。
友人達にも呆れられるほどストレートに思いを伝え、受け入れてもらおうとした日々があった。振り返って思えば、あの日現れたのは、天使であり女神だった。
17年間生きてきて、はじめて幸せになりたい、幸せにしたいといった思いを持った。
はじめは自尊心が邪魔をしたが、乗り越えるのは簡単であり、どんなことでも自覚をすれば、歩むべき道が決まるのは早いものだ。
彼女と幸せになるためならどんなことでも出来た。全てを捨てることよりも、全てをこの手に掴むことを望み、今まで持ち合わせていなかった努力するといったことを自身に課した。

そうだ。彼女のためなら何でも出来た。

そんな女性が亡ってはじめてこの場所を訪れたが、想い出は褪せることなく、この場所にもあった。そしてその想い出を語り合う相手がいなくなったことに、哀しみが深まった。





「ねえ、紅葉(もみじ)の天ぷらって食べたことある?」

そう言って紅葉の木の前に連れて行かれたことがあった。

「大阪では紅葉をてんぷらにして食べちゃうんだって。それならこの庭一面に落ちてる紅葉を天ぷらにして食べましょうよ!」

「ツクシだって食べれるんだから紅葉も食べれて当然よね?あ、でもお母様は食べたことがあったと思う?楓さんが紅葉の天ぷらを食べる。なんだかおかしいわよね?ねえ、メープルでも紅葉の天ぷらを出してみたら?」

と、軽やかに笑い、実際に庭に落ちた紅葉を拾い、天ぷらにして食べさせられた。
だが妻が言った紅葉の天ぷらとは、おかずではなく、紅葉に甘い衣をつけて揚げる“かりんとう”のような菓子のことだったらしく、取り寄せてみれば、やはり司の口には合わなかったが、妻は美味しいといって口に運んでいた。

そんなことを思い出せば、心は痛みに打たれるが、刻みこまれた記憶は薄れることはない。
だが今日に限って懐かしい過去ばかりがいくつも思い出されるのは、やはり月命日だからなのか。
毎月必ず来る命日の日。今度は紅葉のてんぷらでも取り寄せてやるかと思う。

だが、ふと思った。
もし、時を遡る列車があれば、それに乗れば、若返り、妻が戻ってくるのだろうか。

そんな非現実的なこと考えたが、幽霊でもいいから会いに来いといった男の淋しさから出た思いだ。
そうなると今がいったい何時なのか知りたくなった。だが、腕に嵌めた時計は時を止め、外の景色は明らかに夕暮れ時を示していた。それなら東京へ戻らなければと思うが、少し迷っていた。明日の予定は午後からであり、これといって急ぐものはない。それなら妻との想い出の場所で一晩過ごすのも悪くはないはずだ。

そうだ。この場所なら、もしかすると妻に会えるかもしれない。
そんな思いが頭の中を過っていた。



司は外の空気を吸うついでに、運転手に今夜はここに泊まると伝えようと、玄関で靴を履き、外へ出た。






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2017
09.11

秋日の午後 最終話

いったい今が何時なのか分からなかったが、外の明るさは、夕方とは思えない明るさがあり、部屋の中で感じた庭の陰りは樹々の悪戯だったのかと思った。

それなら、やはり眠っていたのは、ほんの30分程度であり、老女と会話をした時間を考えても、3時10分で止った時計の針を、せいぜい50分程進めればいいことだと思う。
そう思えば、今の時間は4時前後だと考えれば、この明るさにも納得がいった。

だが時間の感覚がこれほど曖昧になるといったことは今まで無かった。
それに、時計の針が止るといったことも経験したことが無い。

人は時と共に生き、時によって人生を動かして行く。
だからこそ、時は金なり、Time is money、時間を無駄に使うな。といった言葉が頻繁に使われる。司自身、経営者としてそのことを重んじて来た。そして、その言葉を常に実践して来た。

だから、そんな男が考える時計といったものは、自分を律する上でも必要なビジネスアイテムであり、電池で動くクォーツ式ではなく、ゼンマイで動く機械式の腕時計が止るといった状況になどなったことが無い。
だが、ビジネスの最前線から退き、人生の一区切りを迎え、どこか気が緩んでしまったのだろうか。時計の針を常に気にしていた男の時が止ったことが信じられなかった。

どちらにしても、東京に帰ったら秘書に言ってオーバーホールに出そうと思う。
彼女と知り合う前の司なら、どんなに高価なものだろうと役に立たなくなった物は価値などないと捨てていた。だが、物を大切にしろと常々子供たちに言い聞かせていた妻はそんな司を許さなかった。

慎ましやかに育った妻の感覚からすれば、まだ使えそうな物を簡単に捨てるのは、勿体ない以上に罪なことであり、子供の教育にもよくないと言われていた。
だから物を簡単に捨てるなと約束させられた。

だが約束といったものは、約束した相手が亡くなれば、無効となるはずだ。
しかし司は妻と交わした約束を無効にする気はない。
例え約束した相手がいなくなっても、約束は約束だ。それに生きていく意味を教えてくれた大切な人と交わした約束は、どんな約束だろうが破るつもりはない。







広大な別荘の敷地は、門から邸までかなりの距離があり、玄関に辿り着くまで緩やかな坂になっていた。そして司の乗って来た車は、今は玄関から遠く離れたその坂の途中に止められていた。

何故、あんな所へ車を止めているのか。いつも玄関のすぐ前に止められているはずの車が、と思うが、これも運動であり歩くことも必要だと自分に言い聞かせ、そこへ続く小径をゆっくりと歩いていた。

かつてこの小径を妻と歩いたことがあった。
純和風の別荘に相応しく、庭は築山のある日本庭園となっており、小径はそんな庭の中を散策するために造られた道だ。

池には沢山の花菖蒲が植えられているが、6月になればいっせいに咲き揃う花は見事だと言われていた。秋に訪れることが多かったこの別荘だが、6月の雨に打たれる菖蒲を愛でるため訪れたこともあった。だがその花も、もう一緒に見ることは無いのだと思えば、不意に胸を衝かれた。

やはり一人で来るべきでは無かったと。
まだこの場所に一人で来るべきでは無かったのだ。
年を取った二人が、二人だけで過ごしたこの場所は想い出が多すぎる。
妻に会いたいといった思いがこの場所へ足を向けさせたのだろうが、まだここに来るのは早すぎたのだ。

そう思った途端、一陣の風が吹き、広大な敷地に植えられていた木々が一斉にざわざわと大きな音を立てた。
その時、小径の一カ所に強い光り当たり、明るい光りの塊が現れた。
初めは白い石が敷かれた小径に太陽の光りが当たり、強い照り返しが起きたのだと思った。
だが、その中に現れた何かの塊がみるみるうちに形をつくり、人影だと気付いたとき、口をついたのは妻の名前だった。

「つくし・・・」

死んだはずの妻がそこにいた。
亡くなった時よりもずっと若い姿をした妻が。

「司。ねえ、どうしたの?」

懐かしく愛おしい声に、この状況が夢なのか、幻なのか、区別がつかなかった。
今、目の前にいるのは確かに妻だ。心はそれを認めているが、脳は理解出来ずにいた。

そして、纏まりのつかない頭は、妻が何を言っているか理解が出来ずにいた。
もし、夢ならまだ自分は部屋のカウチで寝ているということになる。そして幻なら瞬きを繰り返すうちに消えてしまいそうな気がして、じっと目を凝らし、妻の顔を見つめていた。

「どうしたって・・何がどうしたんだ。・・いや、そんなことはどうでもいい。会いに来てくれたんだろ?俺に会いに。なあそうだろ?」

司は何を口にしていいのか分からず、そこまで言って喉が詰まり、それ以上言葉が出なかった。幽霊でもいいから会いたいと願った最愛の人がそこにいて、話をしていることに胸が熱くなり、目に熱いものが込み上げて来るのが感じられた。

「ねえ、どうしてこんなに早く来たの?ゆっくりでいいって言ったじゃない」

若い姿をした妻は20代の頃の姿で少し怒ったような、戸惑ったような口調で言う。
そんな妻に気味が悪いだとか、怖いといった感情は無い。むしろ愛おしさでいっぱいだ。
そして、二人の距離は互いに手を伸ばせば届くほど近くにいた。
だが何が早いと言うのか。二人の想い出が詰まったこの場所に来たことが早すぎると言いたいのか。

「・・・本当に困った人ね」

ふうっ、と息を吐き、出た言葉は、やはり司に対しての言葉だが、いったい何が困ったというのか分からなかった。
そして気が付けば、司は妻の身体をしっかりと抱いていた。
夢ではない、幻でもない。確かに小さな身体は彼の腕の中にあった。

「つくし・・つくし、会いたかった!」

ギュッと力強く抱きしめる司の背中にそっと回された細い腕は、紛れもなく妻の、つくしの腕だ。

「本当に、困った人ね」

司の胸の中で、くぐもった声で繰り返されるその言葉の意味は、いったいどういう意味なのか。
だが司は、どんな意味だろうと構わなかった。
ただ会いたいと思っていただけで、何が困るのか、そう言いかけたが今は言葉よりも妻の柔らかい唇が欲しかった。
最後に触れた、また逢おうといった約束としての口づけが、早々に叶えられることが喜ばしいことだと感じ、重ねた唇は、あの時と同じ温もりが感じられ柔らかかった。

暫くして顔を上げた司は、妻の顔をじっと見つめていたが、もし、これが夢か幻なら何を話せばいいのかと、迷っている暇はないはずだと口を開こうとした。
だが、その瞬間、妻の1本の細い指が彼の唇を塞いだ。
そして、後ろを振り向いた。

司が妻の視線の先に見たのは一台の車だ。
その車の運転手が後部座席のドアを開け、中に座る動かぬ人物に、懸命に何かを呼びかけている姿が見えた。
そして慌てた様子で携帯電話を取り出し、どこかへ電話をしている様子が見て取れた。


あれは、司が乗って来た車で、運転手は彼専属のドライバーだ。


司は妻の手を握り、大きく頷いた。
こうして妻の手を握っている方が大切だと。




司は心の中で望んでいた。
時が止る日が来たら、妻の手で連れて行って欲しいと。
そして、どうやらその瞬間が訪れたようだ。
時計は3時10分で止ったままだ。
二人の想い出の場所である修善寺の別荘が、彼の旅立ちの場所となった。








「司、もっとゆっくりでよかったのに。ゆっくりって言ったのにせっかちな人ね?でも仕方ないわね」

「ああ。俺は元々気長な人間じゃねぇからな。けどお前のためなら気長にもなれたけどな」

彼女がいたから気長にもなれた。
彼女がいなければ、とっくの昔に死んでいたとしてもおかしくない人間だった。
それに、彼女がいない人生にやり残したことなどない。

「・・・つくし、どこに行く?」

「司が行きたい所ならどこでもいいわよ?」

「そうか。俺はお前が一緒ならどこでもいい。これから先もずっと一緒にいれるならそれで」

「でも本当にいいの?」

と彼女は運転手を振り返り、それから再び司を見た。
その目は真剣で、今ならまだ戻ることが出来るのよ、後悔しない?と聞いていた。
だが司は、後悔するつもりはない。これから先、何年待てば彼女に会えるのか分からないのだ。それに、このチャンスを逃せば、もしかすると二人が再び会うことがないのではないか。そんな思いが頭の中を過っていた。

「ああ、構わねぇ。お前のいる場所なら地獄でもどこでも追いかけて行くって言ったろ?」

「そう?じゃああたしの手を離さないで。ずっと離さないで握っててくれる?」

先に離したのはお前の方だろ、と言いたかったが、もう決して離すつもりはない。

「ああ。離さねぇよ。二度とな」

この場所に戻ることが出来ないとしても構わなかった。
だがこの小径を行けば、夕陽が落ちる頃には二人だけの別の世界があるはずだ。

やがて、二人の前に続く小径に明るい光りが射し、目の前の景色がゆっくりと光りの中に溶けていった。そして、それと同時に、懐かし景色だけが司の脳裏に浮かんでいた。

それは二人が20代の頃。
まだ子供たちが生まれる前の甘いひととき。
大きなお腹を抱え、司を見てコロコロと笑う妻の姿があった。
忘れなかったその笑顔は今、やはり目の前で柔らかなほほ笑みを浮かべていた。





二人で決め、二人が選んだ人生だ。
これまで生きてきた人生に後悔はない。
だが、二人が生きた人生は長いようで短かった。
だから、もう一度二人で新たな人生を送ろう。
そして、二人が一緒なら、一度だけではなく何度でも新たな人生を送りたい。


二人は目を合わせ、頷いた。
これから先の未来もずっと一緒だと。


それは若い恋人同士が、心を弾ませる楽しい約束を交わした瞬間だった。





< 完 > *秋日の午後*

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