司は今でもつくしを愛しているのか、それとも憎んでいるのか自分でもわからなかった。
ただ、こうして毎日朝を迎えるたびに思うことは、自分が自分でいるためにはつくしが必要だということだ。
司の心の中でつくしは昔のままだった。
いつも決して変わることなく、あのときが、あの日の姿で脳裏に甦る。
それは雨のなか、最後に背を向けて去って行く女の姿。
なぜ死人との別れに菊の花が飾られるのか?
薔薇が飾られた別れがあってもいいじゃないか?
真っ赤な薔薇で祭壇を埋め尽くす。
きっと薔薇が飾られた祭壇は充満する弔いの煙を少しは和らげてくれる。
巨大な祭壇と呼ばれる舞台が最後の花道とはな。
司は葬式が嫌いだった。
彼はそれでもしかたがなく葬儀に参列していた。
いっときとはいえ、時の権力者だった男の葬儀だけあって参列者の顔には目を見張るものがあった。
弔問外交だな。
そして、国政とは政治家と官僚との馴れ合いの世界。
だがこの葬儀の主役はその馴れ合いを嫌っていた。
馴れ合ってもらわなくては困るのは企業家で、そんな男は司にとっては迷惑な男だった。
なんのための政治献金だと思ってるんだ。
今の司には当時は無かった力があった。
彼は権力者でもあり実力者でもある。
彼の若さでその地位にのぼりつめたことを不思議に思う人間もいるだろう。
司の母親が、そして父親がそうであったように時の権力者への影響力を持つまでになっていた。
役人の首を替えるなんて簡単なことだ。
そんなことが出来るのも彼が道明寺司だからだ。
人目を引かずにはいられない男の姿は葬儀の場でも目立っていた。
余多の黒い喪服姿の人間がいる中でもこの男は人を惹きつけるオーラを持っている。
冷たい美貌の持ち主と呼ばれる男。
その男は大勢の弔問客のなかを進んでいく。
ちらちらと彼に向けられる視線は沢山あった。
そんななか、一人の喪服の男が司の傍へと近づいてきた。
「司、随分と早いお出ましだね」
類はそう言うと司の隣の席へと腰を下ろした。
「おまえこそ早いじゃねぇかよ、類」
司は類の皮肉を無視した。
「うん、混むのがいやだから。俺、ここ座ってもよかったんだよね?」
「フン」
「ねえ司、今日の主役は道明寺にとっては嫌な人間じゃなかった?」
「ああ。そうだったな。けど死んじまった人間どうこう言っても仕方ねぇ」
「ふーん。司も少し考え方が変わったんだね」
隣り合って座っている男は何の感情も見せずに言った。
「・・・なあ類。欲しかった物が手に入ったらどうする?」
司はそこまで言うと類の反応をうかがった。
「・・俺、欲しいものなんてないからわからないよ」
類は一瞬黙り込んだあと言った。
_____類
いつわりの友の口から紡ぎ出される言葉は______嘘だ。
つくしを見つけたとき、司は本能に導かれるように後をつけた。
女は彼の存在に気付いてはいなかった。
そして目的地はすぐにわかった。
司は携帯電話を取り出すと女の目的地にいる男に電話した。
呼び出し音が鳴り相手が出た。
「なに?」
そのひとことで類が答えた。
「俺だ」
「なんの用?」
「なあ類、俺がこっちに帰ってきてもう半年になる。一度くらいゆっくり会わないか?」
「悪いけどそういう気分じゃない」類が言った。
「今お前の家の前まで来てる」
「・・そう」
「で?俺と会うつもりはないのか?」
「なんの用?」類が再び聞いた。
「牧野のことで」
司はそこまで言うと類の反応をうかがった。
「・・・まきのって?」
「類、覚えてるか?俺が昔し好きだった女だ」
「・・そう言えば、そんな女がいたね・・で?」
「類、あの女どうしてるか知ってるか?」
「知らない。・・どうして俺にそんなこと聞くの?」
類の口調に含まれた何かに司は口を閉ざした。
「いや、なんでもない」
司はしばらく黙ったあと言った。
「もういいんだ」
司はそれだけいうと一方的に電話を切った。
牧野は類のところにいた。
あのとき類は俺が牧野を探しているのを知って黙っていた。
あの日の偽りの友の声が耳元で聞こえて来るようだった。
司の唇は冷笑に歪んだ。
俺が牧野を探していたとき、類は何も知らないふりをして俺から牧野を隠していた。
だから牧野がこんな運命をたどることになったのは類のせいだ。
類が欲しかったものは、俺が欲しかったもの・・・・同じ女だった。
今、ここにこうして隣に座る類は、牧野がどこでどうしているのか知っているのだろうか、と司は短く笑っていた。

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ただ、こうして毎日朝を迎えるたびに思うことは、自分が自分でいるためにはつくしが必要だということだ。
司の心の中でつくしは昔のままだった。
いつも決して変わることなく、あのときが、あの日の姿で脳裏に甦る。
それは雨のなか、最後に背を向けて去って行く女の姿。
なぜ死人との別れに菊の花が飾られるのか?
薔薇が飾られた別れがあってもいいじゃないか?
真っ赤な薔薇で祭壇を埋め尽くす。
きっと薔薇が飾られた祭壇は充満する弔いの煙を少しは和らげてくれる。
巨大な祭壇と呼ばれる舞台が最後の花道とはな。
司は葬式が嫌いだった。
彼はそれでもしかたがなく葬儀に参列していた。
いっときとはいえ、時の権力者だった男の葬儀だけあって参列者の顔には目を見張るものがあった。
弔問外交だな。
そして、国政とは政治家と官僚との馴れ合いの世界。
だがこの葬儀の主役はその馴れ合いを嫌っていた。
馴れ合ってもらわなくては困るのは企業家で、そんな男は司にとっては迷惑な男だった。
なんのための政治献金だと思ってるんだ。
今の司には当時は無かった力があった。
彼は権力者でもあり実力者でもある。
彼の若さでその地位にのぼりつめたことを不思議に思う人間もいるだろう。
司の母親が、そして父親がそうであったように時の権力者への影響力を持つまでになっていた。
役人の首を替えるなんて簡単なことだ。
そんなことが出来るのも彼が道明寺司だからだ。
人目を引かずにはいられない男の姿は葬儀の場でも目立っていた。
余多の黒い喪服姿の人間がいる中でもこの男は人を惹きつけるオーラを持っている。
冷たい美貌の持ち主と呼ばれる男。
その男は大勢の弔問客のなかを進んでいく。
ちらちらと彼に向けられる視線は沢山あった。
そんななか、一人の喪服の男が司の傍へと近づいてきた。
「司、随分と早いお出ましだね」
類はそう言うと司の隣の席へと腰を下ろした。
「おまえこそ早いじゃねぇかよ、類」
司は類の皮肉を無視した。
「うん、混むのがいやだから。俺、ここ座ってもよかったんだよね?」
「フン」
「ねえ司、今日の主役は道明寺にとっては嫌な人間じゃなかった?」
「ああ。そうだったな。けど死んじまった人間どうこう言っても仕方ねぇ」
「ふーん。司も少し考え方が変わったんだね」
隣り合って座っている男は何の感情も見せずに言った。
「・・・なあ類。欲しかった物が手に入ったらどうする?」
司はそこまで言うと類の反応をうかがった。
「・・俺、欲しいものなんてないからわからないよ」
類は一瞬黙り込んだあと言った。
_____類
いつわりの友の口から紡ぎ出される言葉は______嘘だ。
つくしを見つけたとき、司は本能に導かれるように後をつけた。
女は彼の存在に気付いてはいなかった。
そして目的地はすぐにわかった。
司は携帯電話を取り出すと女の目的地にいる男に電話した。
呼び出し音が鳴り相手が出た。
「なに?」
そのひとことで類が答えた。
「俺だ」
「なんの用?」
「なあ類、俺がこっちに帰ってきてもう半年になる。一度くらいゆっくり会わないか?」
「悪いけどそういう気分じゃない」類が言った。
「今お前の家の前まで来てる」
「・・そう」
「で?俺と会うつもりはないのか?」
「なんの用?」類が再び聞いた。
「牧野のことで」
司はそこまで言うと類の反応をうかがった。
「・・・まきのって?」
「類、覚えてるか?俺が昔し好きだった女だ」
「・・そう言えば、そんな女がいたね・・で?」
「類、あの女どうしてるか知ってるか?」
「知らない。・・どうして俺にそんなこと聞くの?」
類の口調に含まれた何かに司は口を閉ざした。
「いや、なんでもない」
司はしばらく黙ったあと言った。
「もういいんだ」
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牧野は類のところにいた。
あのとき類は俺が牧野を探しているのを知って黙っていた。
あの日の偽りの友の声が耳元で聞こえて来るようだった。
司の唇は冷笑に歪んだ。
俺が牧野を探していたとき、類は何も知らないふりをして俺から牧野を隠していた。
だから牧野がこんな運命をたどることになったのは類のせいだ。
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Comment:8
つくしは昨日聞かされた内示に悦びを隠し切れなかった。
それは人事異動通達。
今まで花沢類に色々と世話になっていたがやっと自分らしい仕事が出来ると思った。
この仕事は今の状況からつくしを救い出してくれると思った。
両親は他界し、唯一の身内である弟は遠く離れた土地で彼の新しい家族と暮らしている。
彼らに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
私、頑張る!やるわ! この仕事を一生懸命にやってみせる!
昇進したからお給料も上がる。
類のところで甘やかされていたけどこれからはもう大丈夫。
つくしはふっとため息を漏らしていた。
類といると・・昔のことを思い出さないわけにはいかなかったから。
首にかけた細いチェーンの位置を直し、鍵を掛けるとバスに乗り遅れまいと駆け出していた。
つくしはこの異動を期に花沢邸を出て一人暮らしを始めた矢先だった。
つくしはニューヨークにいるはずの男と会うはめになるとは思わなかった。
まさか!
あの道明寺司がここにいるはずがない。つくしは目を疑った。
自分が勤務する会社に現れた男につくしは逃げも隠れもできない。
大勢の人間を引き連れて広いロビーをどんどんとこちらへ歩いてくる。
一生忘れないだろうと思っていた人がそばに来るのを待った。
どう対処すればいい?
ふたりの距離が縮まってきても、どちらも声を掛けることはなかった。
そして男は黙ってつくしの傍を通り過ぎていった。
まるで初対面の人間のように反応が見られなかった。
17歳の別れから・・・・
涙に濡れたあの日の別れ・・・
一生が過ぎたと思えるほどの時間がたっていた。
だが決して彼の顔を忘れることはなかった。
くせのある髪の毛と端正な顔立ち。
攻撃的な鋭い瞳。
多分30年たってもその印象は変わらないはずだ。
背は高く、体型に合わせたオーダーメイドがその体躯を包んでいる。
そして冷たく感じられるその唇。
・・・・わたしは・・その唇を知っている・・・
だが思い出は・・・遠すぎた・・
そして、私達は沈黙が支配したホテルの部屋で向かい合っていた。
「よう、牧野」
低い声で呼ばれたとき、彼が呼ぶその懐かしい呼び名に心が震えていた。
かつて私が知っていた男は・・・あの別れの前に私と一緒に笑っていた男は・・
そこにはいなかった。
そして私がくちづけをした唇は無慈悲に歪んでいた。
以前は私にだけ見せてくれたそのほほ笑みも、優しい眼差しも今は暗く沈んで見える。
それは見知らぬ他人のようだ。
「道明寺・・思いがけない人と会って驚いた・・」
つくしはそれしか言えなかった。
彼の手に渡った書類によって私の運命の歯車が狂い始めた。
それは、雨の日の別れから・・・10年がたっていた。
あの時からつくしがどれだけ変わったのか。
それは本人にしかわからない。
だが高校生だったころとヘアスタイルも変わり着る物も変わった。
細身だった身体にも変化が見られた。
決して絶世の美女ではないにしても、高校時代とは異なるいきいきした印象があった。
それは彼にも言えること。
だが、外見からひとつだけわかることがあった。
その顔にうかがえるのは残酷で無慈悲な表情。
「おまえを見つけに来た」
いつかそんなことがあるかもしれないと思ってはいたが、まさか類の邸を後にしてすぐに道明寺に会ったのは偶然じゃないと思った。そして、あっさりと言われたその言葉につくしはぞくっとしていた。
「ど、どういう理由か聞いてもいい?」
「 理 由 ?」
「おまえが欲しかったからだ」
簡潔な説明。
「言っただろ?おまえの会社は潰れかかってる」
司は平然と言った。
「俺は長い間おまえを探した。おまえが俺を捨てた理由が聞きたいと思って探したが
俺はニューヨークに行き、自分では探せなかった」
「けど、偶然ってのは恐ろしいもんだよな?俺が融資して潰れかかった会社におまえがいたなんてよ」
低く静に話す声は抑揚がなかった。
「おまえの会社は金の返済の代わりにおまえを提供してくれたってわけだ」
「おまえのお人よしの性格からすれば、会社を潰して従業員が路頭に迷うなんてこと、したくはないだろ?」
その声は静だった。
「そ、そんな・・無関係な話し・・」
「ま、おまえにとっては災難かもしれねえが、会社にとってはラッキーだったってことだ」
「よかったな牧野。人助けが出来て。おまえは何万人と言う人間の生活を救ったんだ」
司は面白がっているかのように言った。
いま目の前で話す男が昔、自分が愛した男と同一人物だとはとても思えなかった。
「信じられない・・」
だが、どうして会社が自分を異動させたのかがわかったと思った。
会社は倒産をまぬがれるために節操もなく道明寺の提案に飛び付いたということを信じないわけにはいかなかった。
つくしは自分の身におきたことが理解できなかった。
ただ無意識に呟くことしかできなかった。
そして震えがとまらなかった。
その視線の先には長いあいだ、忘れることが出来なかった男がいた。

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それは人事異動通達。
今まで花沢類に色々と世話になっていたがやっと自分らしい仕事が出来ると思った。
この仕事は今の状況からつくしを救い出してくれると思った。
両親は他界し、唯一の身内である弟は遠く離れた土地で彼の新しい家族と暮らしている。
彼らに迷惑をかけるわけにはいかなかった。
私、頑張る!やるわ! この仕事を一生懸命にやってみせる!
昇進したからお給料も上がる。
類のところで甘やかされていたけどこれからはもう大丈夫。
つくしはふっとため息を漏らしていた。
類といると・・昔のことを思い出さないわけにはいかなかったから。
首にかけた細いチェーンの位置を直し、鍵を掛けるとバスに乗り遅れまいと駆け出していた。
つくしはこの異動を期に花沢邸を出て一人暮らしを始めた矢先だった。
つくしはニューヨークにいるはずの男と会うはめになるとは思わなかった。
まさか!
あの道明寺司がここにいるはずがない。つくしは目を疑った。
自分が勤務する会社に現れた男につくしは逃げも隠れもできない。
大勢の人間を引き連れて広いロビーをどんどんとこちらへ歩いてくる。
一生忘れないだろうと思っていた人がそばに来るのを待った。
どう対処すればいい?
ふたりの距離が縮まってきても、どちらも声を掛けることはなかった。
そして男は黙ってつくしの傍を通り過ぎていった。
まるで初対面の人間のように反応が見られなかった。
17歳の別れから・・・・
涙に濡れたあの日の別れ・・・
一生が過ぎたと思えるほどの時間がたっていた。
だが決して彼の顔を忘れることはなかった。
くせのある髪の毛と端正な顔立ち。
攻撃的な鋭い瞳。
多分30年たってもその印象は変わらないはずだ。
背は高く、体型に合わせたオーダーメイドがその体躯を包んでいる。
そして冷たく感じられるその唇。
・・・・わたしは・・その唇を知っている・・・
だが思い出は・・・遠すぎた・・
そして、私達は沈黙が支配したホテルの部屋で向かい合っていた。
「よう、牧野」
低い声で呼ばれたとき、彼が呼ぶその懐かしい呼び名に心が震えていた。
かつて私が知っていた男は・・・あの別れの前に私と一緒に笑っていた男は・・
そこにはいなかった。
そして私がくちづけをした唇は無慈悲に歪んでいた。
以前は私にだけ見せてくれたそのほほ笑みも、優しい眼差しも今は暗く沈んで見える。
それは見知らぬ他人のようだ。
「道明寺・・思いがけない人と会って驚いた・・」
つくしはそれしか言えなかった。
彼の手に渡った書類によって私の運命の歯車が狂い始めた。
それは、雨の日の別れから・・・10年がたっていた。
あの時からつくしがどれだけ変わったのか。
それは本人にしかわからない。
だが高校生だったころとヘアスタイルも変わり着る物も変わった。
細身だった身体にも変化が見られた。
決して絶世の美女ではないにしても、高校時代とは異なるいきいきした印象があった。
それは彼にも言えること。
だが、外見からひとつだけわかることがあった。
その顔にうかがえるのは残酷で無慈悲な表情。
「おまえを見つけに来た」
いつかそんなことがあるかもしれないと思ってはいたが、まさか類の邸を後にしてすぐに道明寺に会ったのは偶然じゃないと思った。そして、あっさりと言われたその言葉につくしはぞくっとしていた。
「ど、どういう理由か聞いてもいい?」
「 理 由 ?」
「おまえが欲しかったからだ」
簡潔な説明。
「言っただろ?おまえの会社は潰れかかってる」
司は平然と言った。
「俺は長い間おまえを探した。おまえが俺を捨てた理由が聞きたいと思って探したが
俺はニューヨークに行き、自分では探せなかった」
「けど、偶然ってのは恐ろしいもんだよな?俺が融資して潰れかかった会社におまえがいたなんてよ」
低く静に話す声は抑揚がなかった。
「おまえの会社は金の返済の代わりにおまえを提供してくれたってわけだ」
「おまえのお人よしの性格からすれば、会社を潰して従業員が路頭に迷うなんてこと、したくはないだろ?」
その声は静だった。
「そ、そんな・・無関係な話し・・」
「ま、おまえにとっては災難かもしれねえが、会社にとってはラッキーだったってことだ」
「よかったな牧野。人助けが出来て。おまえは何万人と言う人間の生活を救ったんだ」
司は面白がっているかのように言った。
いま目の前で話す男が昔、自分が愛した男と同一人物だとはとても思えなかった。
「信じられない・・」
だが、どうして会社が自分を異動させたのかがわかったと思った。
会社は倒産をまぬがれるために節操もなく道明寺の提案に飛び付いたということを信じないわけにはいかなかった。
つくしは自分の身におきたことが理解できなかった。
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そして震えがとまらなかった。
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Comment:6
夢のなかで、つくしは見た。
男がひとりこちらに背を向けて立っていた。
そして振り向いたその人は微笑んでいるように見えた。
ううん、違う。
つくしはもぞもぞと身体を動かした。
夢じゃない・・
司はつくしの首に指をあてると、脈を調べた。
そこはトクトクと規則正しく脈打っていた。
女の身体は虚ろな痛みを癒してくれるはずだ・・
女にはやさしくしてやりたい。
甘やかしてやりたい。
驚愕に見開かれていた女の大きな瞳も今は静に閉じられていた。
その瞳のなかに映し出されたいと願っていた昔・・・
一度は自分のものになったと思っていた女。
昔の記憶が鮮明によみがえった。
司は女のもとを離れがたくベッドサイドにたたずんでいた。
この大都会でひとりの女がいなくなったところで何が変わる?
理由は問わずこの街で年間に行方不明になる人間は何百人といる。
そのなかには自ら姿を隠し、探して欲しくないと願う人間もいる。
消してしまいたいと思えるような過去・・
それすらも消すことが許されないならと自ら姿を隠す人間。
未来など必要ないと思う人間には過去も必要ない。
この女はどうして俺の前から姿を消した?
あの母親とこの父親にしてこの子ありと言われる程の人物となった司を目の前にしてつくしは当時を思い出していた。
どんな運命が私達を遠ざけたのだろう・・
「わ、わたしをここに閉じ込めてどうするつもりなの・・」
怯えをさとられないように、そして弱みを見せてなるものかとつくしは言った。
彼女は与えられたシンプルなワンピースを身に纏っていた。
そして、そのとき気づいた・・・ネックレスがないことに。
司はまったく気にする様子がなかった。
「おまえがどこに行こうが、何をしようが誰が気にする?」
両親は亡くなり、弟は遠い土地で暮らしている。
「す・・進がわたしを探すわ・・」
「あの進か? おまえの弟の進か?あの頼りなさそうな弟に何ができる?」
「失踪届でも出すってか?」
「おまえの弟にはそれらしい返事をさせるさ、警察からな!」
司は声を荒げた。
自分のことを何と言われようがかまわなかったが、弟のことを悪く言うのは許せなかった。
両親が亡くなってから二人で支え合って生きて来た。
そして私はあのことがあった後、花沢類のところで世話になり、弟は地方の国立大学での奨学金を得て東京を離れた。
私は類と・・類の好意で花沢邸から大学へと通った。
知識は決して邪魔にはならないから是非行きなさいと言って学費も援助してくれた。
「類・・類が心配する・・」
「進が・・類に連絡するわ!」
司は冷酷ににやりとしながら口元をゆるめた。
「類がどうした?あの男がおまえを探しにくるってか?」
「おまえ、俺と別れてからずっと類の邸で一緒にいたんだよな?だのに類はおまえに手を出してなかったってのもなんでだろうな?」
「それともアレか?類は男として機能してないってか?」
司は嘲笑っていた。
「類のことを悪く言わないで!あ、あんたに何がわかるのよ!」
「類はわたしを守ってくれた・・あんたが・・」
「何から守ったって?」
「ふん、まあいいさ」司はそっけなく言った。
「けど、それでなにが言いたいんだ?類がおまえを探すとでも?」
「勝手に思ってろ」
見透かしたように笑う声で言われつくしの背筋に寒さが走った。
司は何もかもお見通しだと思った。
むかし持っていなかった他人の心を読むということにかけては誰に学んだと言うわけでもなく厳しいビジネスの世界で自ずと身につけた。
ロビーで再会したときから気づいていた。
つくしの落ち着き払ったような態度に隠れた動揺は感じとっていた。
司はつくしを見つけ出すと傷つけたいと言う思いと誰にも渡さない____類になど渡すものかと言う思いが身体の中から沸き起こった。
そして自分から去って行った罰を受けるべきだと思った。
その理由がなんであれ、司のなかには道明寺家に伝わる無慈悲な血が流れている。
道明寺司を軽んじたらどうなるのかこの女はわかっていない。
自分のことを軽くみたのが間違いだったと気づくまで罰を与えてやらなければならない。
忌み嫌っていた両親から受け継いだ冷酷さが自分のなかで動き出していた。
「おまえのせいだ。聞いているのか牧野?おまえがここにいるのはおまえが俺を裏切ったからだ」
司は心の制御がきかなくなっていた。
つくしの手首を荒々しくつかむとぐいっと引き寄せた。
「おまえは俺と別れてから類のところへ行った。類の方がよかったのか?類とヤッてなかったってことは類のなにがいいんだ?おまえは何か手にすることが出来たのか?」
「結局おまえは何も手に入れられず類の邸を出たわけだよな?」
司はつくしの手首をつかんで見下ろしながら片手で彼女の顎をとらえ、強くつかんで固定した。
「牧野、おまえ逃げられると思うなよ? あんとき逃がすんじゃなかった」
司の頭が低く降りてくるとつくしの唇を求めた。
「いやだ!やめて道明寺!」
「おまえ行方をくらました時、俺を裏切ったとは思わなかったのか?俺のことを好きだと言っときながらその足で類のところへ行ったってか?」
口は無理矢理開かされ舌を入れられるとぴちゃぴちゃと音を立てて吸われた。
確かに裏切ったかもしれないと思った・・・でも・・
司は口をつくしの耳元へとつけると言った。
「おまえ知ってっか?今の道明寺がどんなだか?」
司はそう言いながら両手でつくしの身体をまさぐっている。
「昔と違ってよ、まあ昔も今とたいして変わりはなかったけどよ、あのころよりもっと酷いかもしんねぇな」
「国家権力ってやつ?そっちまで手ぇ広げたんだわ。だから・・おまえのこと探すって誰がどうしてくれるわけでもないってこと」
つくしは身体をまさぐるその手から逃れようと身をよじっていた。
「世の中所詮金なんだよなぁ。牧野、おまえもそう思わねぇ?汚ねぇよな。おまえなんかその然したるもんだろ?会社に売られてよぉ」
司は鼻先で笑っていた。
「金は天下の回り物ってのは嘘だな。金は金のあるところに集まるもんだ」
「なあ牧野、俺の10年間、どんだけ金を稼いだか知ってっか?道明寺がどれだけのことをやったか知ったら驚くぞ?」
「けどなぁ。その間、俺は何も持ってなかったな。逆に失ったものの方が多いかもしんねぇな」
司の声は冷やかだった。
虚ろに響く言葉はつくしの頭のなかには入っていなかった。
ただ感じているのはこの男が普通じゃないと言うことだけだった。
身体をまさぐられ恐怖心とともに手の動きに反応を示しているのが嫌だった。
「狂ってる・・あんた・・道明寺おかしいよ・・だ、誰か・・」
叫び声をあげようとしたが、叫ぶ前に司の手で口を塞がれた。
つくしは大きな手で鼻と口を塞がれて息ができない状態で頭がくらくらしてきた。
「長い間類と一緒にいたわりには処女だったってのはおまえにとってはラッキーだったよなぁ」
「まあ、おまえが男を咥え込んでなかったとしても俺はおまえを許すつもりはねぇけどな」
裏切り・・・
あれを裏切りと言うのだろうか?
今のつくしには確かに口には出さなかったが裏切りだったのかもしれないと思った。
姿を隠してから罪悪感に襲われたのだから。
「牧野、裏切りだと認めろよ。そうすりゃ俺も少しは許してやろうかって気にもなるかもしんねぇぞ?」
司の低い笑い声に背筋に寒気が走る。
「そ、そんなに探したの・・?」
「ああ、探したな。おまえ予想以上にうまく隠れたよな。情報操作でもされてるんじゃねぇかってくらい見つからなかった。灯台下暗しっての?まさか類の邸にいるとは思わなかったがな」
司は神妙な顔で話しを続ける。
「類も・・あの男も許せねぇな」
「る、類は何も悪くない・・」
「とにかくおまえには、たっぷりと償ってもらうつもりだ」
「わ、わたしは・・償わないといけないことなんて・・してない・・」
「とにかく探したさ、おまえを・・」
長い沈黙のあと、司は低い声で言った。

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男がひとりこちらに背を向けて立っていた。
そして振り向いたその人は微笑んでいるように見えた。
ううん、違う。
つくしはもぞもぞと身体を動かした。
夢じゃない・・
司はつくしの首に指をあてると、脈を調べた。
そこはトクトクと規則正しく脈打っていた。
女の身体は虚ろな痛みを癒してくれるはずだ・・
女にはやさしくしてやりたい。
甘やかしてやりたい。
驚愕に見開かれていた女の大きな瞳も今は静に閉じられていた。
その瞳のなかに映し出されたいと願っていた昔・・・
一度は自分のものになったと思っていた女。
昔の記憶が鮮明によみがえった。
司は女のもとを離れがたくベッドサイドにたたずんでいた。
この大都会でひとりの女がいなくなったところで何が変わる?
理由は問わずこの街で年間に行方不明になる人間は何百人といる。
そのなかには自ら姿を隠し、探して欲しくないと願う人間もいる。
消してしまいたいと思えるような過去・・
それすらも消すことが許されないならと自ら姿を隠す人間。
未来など必要ないと思う人間には過去も必要ない。
この女はどうして俺の前から姿を消した?
あの母親とこの父親にしてこの子ありと言われる程の人物となった司を目の前にしてつくしは当時を思い出していた。
どんな運命が私達を遠ざけたのだろう・・
「わ、わたしをここに閉じ込めてどうするつもりなの・・」
怯えをさとられないように、そして弱みを見せてなるものかとつくしは言った。
彼女は与えられたシンプルなワンピースを身に纏っていた。
そして、そのとき気づいた・・・ネックレスがないことに。
司はまったく気にする様子がなかった。
「おまえがどこに行こうが、何をしようが誰が気にする?」
両親は亡くなり、弟は遠い土地で暮らしている。
「す・・進がわたしを探すわ・・」
「あの進か? おまえの弟の進か?あの頼りなさそうな弟に何ができる?」
「失踪届でも出すってか?」
「おまえの弟にはそれらしい返事をさせるさ、警察からな!」
司は声を荒げた。
自分のことを何と言われようがかまわなかったが、弟のことを悪く言うのは許せなかった。
両親が亡くなってから二人で支え合って生きて来た。
そして私はあのことがあった後、花沢類のところで世話になり、弟は地方の国立大学での奨学金を得て東京を離れた。
私は類と・・類の好意で花沢邸から大学へと通った。
知識は決して邪魔にはならないから是非行きなさいと言って学費も援助してくれた。
「類・・類が心配する・・」
「進が・・類に連絡するわ!」
司は冷酷ににやりとしながら口元をゆるめた。
「類がどうした?あの男がおまえを探しにくるってか?」
「おまえ、俺と別れてからずっと類の邸で一緒にいたんだよな?だのに類はおまえに手を出してなかったってのもなんでだろうな?」
「それともアレか?類は男として機能してないってか?」
司は嘲笑っていた。
「類のことを悪く言わないで!あ、あんたに何がわかるのよ!」
「類はわたしを守ってくれた・・あんたが・・」
「何から守ったって?」
「ふん、まあいいさ」司はそっけなく言った。
「けど、それでなにが言いたいんだ?類がおまえを探すとでも?」
「勝手に思ってろ」
見透かしたように笑う声で言われつくしの背筋に寒さが走った。
司は何もかもお見通しだと思った。
むかし持っていなかった他人の心を読むということにかけては誰に学んだと言うわけでもなく厳しいビジネスの世界で自ずと身につけた。
ロビーで再会したときから気づいていた。
つくしの落ち着き払ったような態度に隠れた動揺は感じとっていた。
司はつくしを見つけ出すと傷つけたいと言う思いと誰にも渡さない____類になど渡すものかと言う思いが身体の中から沸き起こった。
そして自分から去って行った罰を受けるべきだと思った。
その理由がなんであれ、司のなかには道明寺家に伝わる無慈悲な血が流れている。
道明寺司を軽んじたらどうなるのかこの女はわかっていない。
自分のことを軽くみたのが間違いだったと気づくまで罰を与えてやらなければならない。
忌み嫌っていた両親から受け継いだ冷酷さが自分のなかで動き出していた。
「おまえのせいだ。聞いているのか牧野?おまえがここにいるのはおまえが俺を裏切ったからだ」
司は心の制御がきかなくなっていた。
つくしの手首を荒々しくつかむとぐいっと引き寄せた。
「おまえは俺と別れてから類のところへ行った。類の方がよかったのか?類とヤッてなかったってことは類のなにがいいんだ?おまえは何か手にすることが出来たのか?」
「結局おまえは何も手に入れられず類の邸を出たわけだよな?」
司はつくしの手首をつかんで見下ろしながら片手で彼女の顎をとらえ、強くつかんで固定した。
「牧野、おまえ逃げられると思うなよ? あんとき逃がすんじゃなかった」
司の頭が低く降りてくるとつくしの唇を求めた。
「いやだ!やめて道明寺!」
「おまえ行方をくらました時、俺を裏切ったとは思わなかったのか?俺のことを好きだと言っときながらその足で類のところへ行ったってか?」
口は無理矢理開かされ舌を入れられるとぴちゃぴちゃと音を立てて吸われた。
確かに裏切ったかもしれないと思った・・・でも・・
司は口をつくしの耳元へとつけると言った。
「おまえ知ってっか?今の道明寺がどんなだか?」
司はそう言いながら両手でつくしの身体をまさぐっている。
「昔と違ってよ、まあ昔も今とたいして変わりはなかったけどよ、あのころよりもっと酷いかもしんねぇな」
「国家権力ってやつ?そっちまで手ぇ広げたんだわ。だから・・おまえのこと探すって誰がどうしてくれるわけでもないってこと」
つくしは身体をまさぐるその手から逃れようと身をよじっていた。
「世の中所詮金なんだよなぁ。牧野、おまえもそう思わねぇ?汚ねぇよな。おまえなんかその然したるもんだろ?会社に売られてよぉ」
司は鼻先で笑っていた。
「金は天下の回り物ってのは嘘だな。金は金のあるところに集まるもんだ」
「なあ牧野、俺の10年間、どんだけ金を稼いだか知ってっか?道明寺がどれだけのことをやったか知ったら驚くぞ?」
「けどなぁ。その間、俺は何も持ってなかったな。逆に失ったものの方が多いかもしんねぇな」
司の声は冷やかだった。
虚ろに響く言葉はつくしの頭のなかには入っていなかった。
ただ感じているのはこの男が普通じゃないと言うことだけだった。
身体をまさぐられ恐怖心とともに手の動きに反応を示しているのが嫌だった。
「狂ってる・・あんた・・道明寺おかしいよ・・だ、誰か・・」
叫び声をあげようとしたが、叫ぶ前に司の手で口を塞がれた。
つくしは大きな手で鼻と口を塞がれて息ができない状態で頭がくらくらしてきた。
「長い間類と一緒にいたわりには処女だったってのはおまえにとってはラッキーだったよなぁ」
「まあ、おまえが男を咥え込んでなかったとしても俺はおまえを許すつもりはねぇけどな」
裏切り・・・
あれを裏切りと言うのだろうか?
今のつくしには確かに口には出さなかったが裏切りだったのかもしれないと思った。
姿を隠してから罪悪感に襲われたのだから。
「牧野、裏切りだと認めろよ。そうすりゃ俺も少しは許してやろうかって気にもなるかもしんねぇぞ?」
司の低い笑い声に背筋に寒気が走る。
「そ、そんなに探したの・・?」
「ああ、探したな。おまえ予想以上にうまく隠れたよな。情報操作でもされてるんじゃねぇかってくらい見つからなかった。灯台下暗しっての?まさか類の邸にいるとは思わなかったがな」
司は神妙な顔で話しを続ける。
「類も・・あの男も許せねぇな」
「る、類は何も悪くない・・」
「とにかくおまえには、たっぷりと償ってもらうつもりだ」
「わ、わたしは・・償わないといけないことなんて・・してない・・」
「とにかく探したさ、おまえを・・」
長い沈黙のあと、司は低い声で言った。

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