世の中の富は8人の富豪の手にあると言われるが、その中のひとりと言われてもおかしくないほどの富を持つ男がいる。彼は生まれたとき、銀のスプーンを咥え生まれたと言われていた。
ヨーロッパでは、銀のスプーンを咥え生まれた子とは、裕福な家に生まれたといった意味がある。コロンブスがアメリカ大陸を発見する以前は銀製品の価値が高く、貴重だったことから銀のスプーンと言われるが、今の時代なら、金のスプーンと言い換えてもいいほどだ。
大豪邸に住む男。
生まれつき社会の頂点に立つことを約束された男。
人生の全てが決められている男。
そんな男も昔は手の付けられないほど問題のある男だったとは、誰も想像しないだろう。
かつて、無意味な人生を生き、全身が鋭い刃物のようだと言われていた男が、黒い瞳と黒い髪をした一人の少女に出会ってから、彼女の顔が男の心の中にしっかりと押し付けられていた。それ以来、男はその少女の顔を心の中から消す事が出来なくなっていた。
それからの男は、心ここにあらずで、自分が歩き出す方向を見失ってしまったようになっていた。その様子は、大きな黒い瞳に男の魂が吸い取られたとしか言いようがなかった。
それはまさに一生のうちにあるかないかの恋。
なんの価値も見出すことがなかった男の人生に突然現れた少女。
それまで人の顔など波間を漂うゴミのようなものだと視線を定めることがなかった。
だが、その少女に出会ったその日から、彼は学園の中の人間の顔をひとりずつ見ては、彼女の姿を探していた。
そして見つければ、足を速めて追いかけていた。
何も考えずに待ち伏せしたこともあった。
そんなある日、ベンチに座る少女を見かけた男は、気付かれないように後ろへと近づき、肩に軽く手を触れ
「よう」
と声をかけた。
緊張のあまり、声が高すぎたが、その少女の顔に浮かんだのは、初めは驚き、そして次には恐怖の表情が浮かんでいた。そして走って逃げられていた。
そんな男は、
『 司は恋をしているに違いない 』
と、言われてから変わっていた。
思いを伝えたい一心で、走り去るバスを追いかけたこともあった。
あのとき、子供のように小さな女を抱きしめ、自分の胸に頭を押し付け、思いを伝えていた。
『 おまえじゃなきゃ駄目なんだ! 』
それから彼女の肩に触れても、逃げられることはなくなっていた。
それが17歳の頃の男の話だ。
今の彼の服装は、一分の隙のないピンストライプのスーツに金のカフス。
そして同じく金の薄い時計を嵌めたその男。
ネクタイは生まれた時からすでに絞められていたのではないかというほど良く似合っていた。
声は何度聞いても、ぞくりとしてしまうほど妖艶さがある。
指先に挟む煙草から上るその煙さえ、彼の姿を演出する小道具のようだ。
だが、悪魔めいた妖艶さにそんな小道具など必要ない。
気づかないうちに振りまく男としての魅力は、世の女性にとっては甘い毒だ。
そんな男の細部にわたるその美貌は全て妻のもの。
深みを感じさせる漆黒の瞳は、見つめれば人の心を一瞬にして奪い去ることが出来るが、その黒い瞳の奥に隠された優しさは妻だけのもの。耳元で囁く深みのある声も彼女だけのもの。
身に纏う微かに漂う香りと、その引き締まった体躯も。すべてが妻だけのものだ。
まるでひとつの美術品のような男。
それは恵まれた遺伝なのかもしれない。
何しろ彼は道明寺司なのだから。
男は自分が受け継いだその容姿も富にもさしたる興味はない。
彼は若い頃、道明寺の家など無くなってしまえばいいとほざいていたことがあった。だが、今の彼には少年の頃の想いとは違うものがあった。
あの頃、人として何の目的も持たなかった自分とは違う思いがある。
今は守りたいものがあり、自分の家を誇りに思っている。
そしてこの家で大切なものを守り、慈しむことが人生の喜びとなっていた。
巨大な権力を持ち、常に最上のものに取り囲まれていると言われる男だが、彼が最上とし、大切にしているのは妻だ。
自分自身を分け与えることが出来る唯一の女。
その女は自分が何者であるかを忘れさせてくれ、男が何者であっても、臆することなく意見が言えるただ一人の人間。それは少年と少女として出会った頃から変わらない妻の人間性だ。
世間がどれくらい男を褒めようと、男が褒められたいのはただ一人の女。
そんな女と結婚してもう随分と時間がたったように思うが、彼女を見つけてからの男の人生は、満ち足りたものになっていた。
男の瞳が映し出すのは、愛しい女の姿だけ。
他の女は必要ない。
これから先もずっと。
***
いつも夫の注目を一身に浴びる妻は、慌てていた。
その理由は・・夫へのプレゼントだ。
それは道明寺財閥当主の誕生パーティー。
世界各国の要人からの祝電と贈り物が届き、来賓はこの国のトップといえる政治家から文化人まで幅広い。
かつて誕生日に車が贈られたことがあった。世間一般では考えられないようなことがあるのが、特権を与えられた男の日常だった。
毎年だが1月のこの日が近づくと、周りは色々と騒がしくなってくる。
妻はこのパーティーのため毎年準備に追われるはめになる。
そしていつも頭を悩ませることがある。
なんでも持っている男にあげるプレゼントなんて考え付かない。
それにどうやったら夫に気づかれずに準備が出来る?
高校生の頃と違って今の男は隙がない。
内緒で準備したいのに内緒に出来ない。
それに男と闘って勝とうとするなんて無理な話だ。
何しろ夫は妻の行動に常に目を光らせている。
だが目を光らせているというより、気になって仕方がないのだ。
買い物に行くと言ったら必ず俺も一緒行くと言ってついて来たがる。
ついて来るのは構わないが、そんな男はデパートを貸し切りにするのは当然だが、なんなら店ごと買い取ってやろうか?などと言うのはほぼ口癖となっていた。
そんなとき、妻が必ず口にする言葉がある。
「無駄使いはやめて!」
その言葉を口にされるたび、司の口元がぴくりと動いていた。
分別は年と共にやって来るというが、こと、妻について男には関係ないようだ。
司はこの国の経済を背負って立つ幾つもの企業体のトップにいる男だ。
そして当然のように出向いた先で盛大な歓迎を受ける。
訪問先から贈られる品物も相当数にあたる。
どこかの国の国王から贈られる芸術品と呼ばれるサラブレッドから、油田の利権まである。
そんな男にいったい何を贈ればいいのか。
夫の目を盗んで買い物に出かける時間があるだろうか?
つくしは壁にかけられた時計を見た。
最高のプレゼントを用意しなきゃと思っても、何をあげればいいのか思いつかない。
なにかあげなきゃ、と必死で考えていた。
さすがにもうクッキーは、と、ため息をついた。
高校時代、魚臭いクッキーを焼いてプレゼントしたことがあった。それは当時妻が出来る精一杯の贈り物だった。
今ではその手はもう使えない。何しろ今まで何度もその手法を使ってしまっている。
それでも夫は喜ぶはずだ。妻が差し出すものなら何でも喜んで受け取るのだから。
それが例え街角で配られていたポケットティッシュでも・・・。
今の夫はそんな男だ。
なにしろ、物の価値は値段で決まるのではないと教えたのは妻だ。
それも17歳の頃の話だ。
でもまさか、本当にポケットティッシュを差し出すわけにはいかない。
まるで妻の歩いた跡を崇め歩くようになっている夫。
崇拝ともいえる妻へのその態度。
・・・今年は何か特別なものをプレゼントしたい。
司の喜ぶものをプレゼントしたい。
そんなとき、つくしはやっとあるものを思い付いた。

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それまで人の顔など波間を漂うゴミのようなものだと視線を定めることがなかった。
だが、その少女に出会ったその日から、彼は学園の中の人間の顔をひとりずつ見ては、彼女の姿を探していた。
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緊張のあまり、声が高すぎたが、その少女の顔に浮かんだのは、初めは驚き、そして次には恐怖の表情が浮かんでいた。そして走って逃げられていた。
そんな男は、
『 司は恋をしているに違いない 』
と、言われてから変わっていた。
思いを伝えたい一心で、走り去るバスを追いかけたこともあった。
あのとき、子供のように小さな女を抱きしめ、自分の胸に頭を押し付け、思いを伝えていた。
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それから彼女の肩に触れても、逃げられることはなくなっていた。
それが17歳の頃の男の話だ。
今の彼の服装は、一分の隙のないピンストライプのスーツに金のカフス。
そして同じく金の薄い時計を嵌めたその男。
ネクタイは生まれた時からすでに絞められていたのではないかというほど良く似合っていた。
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指先に挟む煙草から上るその煙さえ、彼の姿を演出する小道具のようだ。
だが、悪魔めいた妖艶さにそんな小道具など必要ない。
気づかないうちに振りまく男としての魅力は、世の女性にとっては甘い毒だ。
そんな男の細部にわたるその美貌は全て妻のもの。
深みを感じさせる漆黒の瞳は、見つめれば人の心を一瞬にして奪い去ることが出来るが、その黒い瞳の奥に隠された優しさは妻だけのもの。耳元で囁く深みのある声も彼女だけのもの。
身に纏う微かに漂う香りと、その引き締まった体躯も。すべてが妻だけのものだ。
まるでひとつの美術品のような男。
それは恵まれた遺伝なのかもしれない。
何しろ彼は道明寺司なのだから。
男は自分が受け継いだその容姿も富にもさしたる興味はない。
彼は若い頃、道明寺の家など無くなってしまえばいいとほざいていたことがあった。だが、今の彼には少年の頃の想いとは違うものがあった。
あの頃、人として何の目的も持たなかった自分とは違う思いがある。
今は守りたいものがあり、自分の家を誇りに思っている。
そしてこの家で大切なものを守り、慈しむことが人生の喜びとなっていた。
巨大な権力を持ち、常に最上のものに取り囲まれていると言われる男だが、彼が最上とし、大切にしているのは妻だ。
自分自身を分け与えることが出来る唯一の女。
その女は自分が何者であるかを忘れさせてくれ、男が何者であっても、臆することなく意見が言えるただ一人の人間。それは少年と少女として出会った頃から変わらない妻の人間性だ。
世間がどれくらい男を褒めようと、男が褒められたいのはただ一人の女。
そんな女と結婚してもう随分と時間がたったように思うが、彼女を見つけてからの男の人生は、満ち足りたものになっていた。
男の瞳が映し出すのは、愛しい女の姿だけ。
他の女は必要ない。
これから先もずっと。
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いつも夫の注目を一身に浴びる妻は、慌てていた。
その理由は・・夫へのプレゼントだ。
それは道明寺財閥当主の誕生パーティー。
世界各国の要人からの祝電と贈り物が届き、来賓はこの国のトップといえる政治家から文化人まで幅広い。
かつて誕生日に車が贈られたことがあった。世間一般では考えられないようなことがあるのが、特権を与えられた男の日常だった。
毎年だが1月のこの日が近づくと、周りは色々と騒がしくなってくる。
妻はこのパーティーのため毎年準備に追われるはめになる。
そしていつも頭を悩ませることがある。
なんでも持っている男にあげるプレゼントなんて考え付かない。
それにどうやったら夫に気づかれずに準備が出来る?
高校生の頃と違って今の男は隙がない。
内緒で準備したいのに内緒に出来ない。
それに男と闘って勝とうとするなんて無理な話だ。
何しろ夫は妻の行動に常に目を光らせている。
だが目を光らせているというより、気になって仕方がないのだ。
買い物に行くと言ったら必ず俺も一緒行くと言ってついて来たがる。
ついて来るのは構わないが、そんな男はデパートを貸し切りにするのは当然だが、なんなら店ごと買い取ってやろうか?などと言うのはほぼ口癖となっていた。
そんなとき、妻が必ず口にする言葉がある。
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その言葉を口にされるたび、司の口元がぴくりと動いていた。
分別は年と共にやって来るというが、こと、妻について男には関係ないようだ。
司はこの国の経済を背負って立つ幾つもの企業体のトップにいる男だ。
そして当然のように出向いた先で盛大な歓迎を受ける。
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どこかの国の国王から贈られる芸術品と呼ばれるサラブレッドから、油田の利権まである。
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つくしは壁にかけられた時計を見た。
最高のプレゼントを用意しなきゃと思っても、何をあげればいいのか思いつかない。
なにかあげなきゃ、と必死で考えていた。
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高校時代、魚臭いクッキーを焼いてプレゼントしたことがあった。それは当時妻が出来る精一杯の贈り物だった。
今ではその手はもう使えない。何しろ今まで何度もその手法を使ってしまっている。
それでも夫は喜ぶはずだ。妻が差し出すものなら何でも喜んで受け取るのだから。
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今の夫はそんな男だ。
なにしろ、物の価値は値段で決まるのではないと教えたのは妻だ。
それも17歳の頃の話だ。
でもまさか、本当にポケットティッシュを差し出すわけにはいかない。
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Comment:10
荘厳な宮殿と言われる邸宅で行われた誕生パーティー。
今更だが、この年になっても執り行われるのは、ひとつのイベントとも言える恒例行事となっているからだ。
見知った顔から、見知らぬ顔まで、大勢の人間の顔が俺に向かって祝いの言葉を述べる。
上品な笑みを浮かべ、美辞麗句を述べるが、ひとつ間違えれば、あほらしく思えるほどの誉め言葉が並べられることがある。当然そんな言葉は耳に残ることはない。
祝ってもらいたいのはただ一人の女。
かつてこの邸の庭で開かれたパーティーで、場違いな人間としてそしりを受けた女は、今では俺の妻だ。
そんな無意味とも言えるパーティーから解放されたこの時間。
東の角部屋で、妻から美しく包装された箱を受け取った。
司が受け取った大きな箱。
彼は随分と昔を思い出していた。
やはり誕生日に大きな箱を貰ったが、中に入っていたのは一枚のカードだけだったことがある。そして、そのカードに書かれていた『お誕生日おめでとう』の文字。
裏を返し、歓びが溢れたときを思い出していた。
そこに書かれていたのは、『それで、あたしたちいつ結婚するの?』の文字。
それは、妻の誕生日にプロポーズをし、その返事として返された言葉だった。
その言葉が一番の贈り物だったことを思い出していた。
・・・こいつ。
まさかまたそんなこと考えてんじゃねぇのか?
ご丁寧に包装された箱の中身はカード一枚なんてことがまたあるのか?
司はそう思いながらも、あのときと同じように丁寧に包みを剥がした。
そして箱の中から出て来たのは一冊の本。
なんでこんな大きな箱に入れたんだ、と、聞けば、それしか見当たらなかったから。と返された。そうだ。そうだったな。あの時も大きな箱にカードが一枚だったからな。もったいないが口癖の妻のことだ。この箱もなんかの再利用なんだろ?
しかし本を贈る意味はいったいなんなのか?
もっと勉強しろ、本を読めといいたいのか?
それとも今流行りの本なのか?
どちらにしても目の前にいる贈り主に聞く必要がある。
「なんだ?これは?」
「えっ?本だけど?」
本には違いない。
しかもご丁寧にカバーまでかけられている。
「・・これがあたしからの誕生日プレゼント・・」
誕生日に本を貰う。
それは司が今までもらったことがない贈り物だ。
それにしても、どうして本をプレゼントしようと思った?
小学生の子供へのプレゼントか?
いや。最近の小学生が誕生日プレゼントに本なんかで満足するはずがない。
それともこの本はプレゼントの一部で他に何かあるのか?
司は訝しく思いながら手にした本を開いていた。
その本は今流行りの本でもなければ、ビジネスに関する本でもない。
本のタイトルは『千夜一夜物語』
別名『アラビアンナイト』と呼ばれるいわゆるひとつの説話の本。
今も世界中で読み続けられている民話、昔ばなし、伝説といった類の本だ。
妻はいったい何が言いたいのか?
ますます意味がわからなかった。
千夜一夜物語とはアラビア語で書かれ、主にペルシャ、今のイランやインド、エジプトあたりが舞台となった物語が収められている。その中でも有名な話というのは、『アリババと40人の盗賊』や『アラジンと魔法のランプ』など、まさに子供が喜びそうな話だ。そして取り上げられることが多いのは、娯楽的要素がある話しが多い。それを今更読めというのか?
だが、「おとぎ話って子供のものじゃないのね?」と、言った妻。
なぜそう感じたのか?
そう思った理由は、この物語が書かれた背景に因るはずだ。
その事を知った妻。
なぜ千夜にも渡り、物語が語られることになったのか。
それは、妻の不貞を見て女性不信となったペルシャの王が妻を処刑し、その後若い処女と一夜を共にしては殺していくことを止めさせるため、大臣の娘が自ら王に嫁ぎ、毎夜王に興味深い物語を語ったことが、この本の主軸として書かれている。つまり、その娘が王に語ったとされる物語が収められているのがこの本だ。だが、王が話に興味を抱かなければ、語り手となった娘も殺されていたはずだ。
千夜一夜物語というのは、残酷な一面を持った物語であるということだ。
そして、実は『アリババと40人の盗賊』も『アラジンと魔法のランプ』もどちらも千夜一夜物語の原本には収録されてないという事実がある。
物語の語り手の名はシェヘラザード。
彼女は話が佳境に入ると、続きはまた明日。と、言って話を打ち切っていた。王は次の話が聞きたいがため、毎夜シェヘラザードを寝所に呼び寄せ、殺すことなく多くの夜を過ごし、その間に子供をもうけ、彼女はやがて王妃となると言った話だ。そして王は、彼女の口から語られる話を聞き、人倫と寛容さを身に付けたと言われている。
千夜一夜物語の中には純愛もあれば、不倫、嫉妬の物語もある。
そして甘い官能的な話しも。
シェヘラザードは、自分が殺されないために、王の興味を損なわないような話を語っていた。
妻は、今夜はあたしがシェヘラザードになるからと言った。
ならば、妻は俺に興味深い話をしてくれるということか?
「・・あのね・・司の誕生日だから、色々プレゼントを考えたんだけど、司は何でも持ってるでしょ?だからあたしがこの本みたいに興味深い話をしてあげたいと思ったの。でも、結局、か、考えつかなかったから、あたし・・司の話す物語の通りのことをしてあげる・・・王様の指示に従って望み通りのことをしてあげるから・・・」
相変わらず何が言いたいのかよくわからない妻の話。
寝室で夫を前に何を照れてるんだか全く理解できねぇ。
恐らく言いたいのは、今日は俺の誕生日だから我儘を聞いてやると言いたいのだろう。
しかしコイツはシェヘラザードの立場を理解してるのか?シェヘラザードが毎晩物語を語ってたってことは、毎晩ヤッてるってことだぞ?おい、もしかして俺たちはこれから毎晩ヤルのか?それに千夜一夜物語は壮大なピロートークだってことを分かってるのか?それも1001夜だぞ?
・・・多分、分かってない。
まあ、
妻が言いたいのは、その王はかつての俺にどこか似ていると言いたいのかもしれない。確かに若い頃、この王のように人を信じることなく、蛮行を繰り返していたことがあった。
そんな俺とつき合い始めた頃、妻は周りから猛獣使いと言われていた。
そして今ではすっかり飼い慣らされてしまった男がいる。
だが、
『今夜は司の誕生日だから。望みを叶えてあげる』
シェヘラザードになると言った妻から聞かされたその言葉。
望みをと言われれば、今の世界そのものを遮断してしまうほど、欲しいものがある。
それをこの本の世界で味合わせてくれると言うのか?
それはこれから千の心躍る夜を過ごさせてくれるということか?
「なんでも言うことを聞くんだな?」
俺の目を見て頷いた女。
・・・こいつ。
男に性的な刺激を与えることが下手だと思っているなら大きな間違いだ。
無自覚だろうが、上目遣いに見るその顔が、どれだけ俺をそそっているかなんて知らないはずだ。昔からそうだ。そんな顔をされるたびに、欲望の波が押し寄せるのを感じ、どれだけその思いを抑えてきたことか。生意気さと、無邪気さをもってしても消し去ることが出来ない仕草ってのがあることを分かってない。今も昔も世慣れする事がない女がいったい何をするつもりだ?
それなら・・
――ちょっとイジメてやろうか?
司は口角を親指でさすった。
「今夜は楽しませてくれるのか?」
恥かしそうに小さく頷く妻。
「今から始めるということか?」
口の両端でゆっくりとひろがっていく微笑みは、楽し気に、そして司はわざとらしく眉を上げた。
「下着を脱いで俺に渡すんだ」

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見知った顔から、見知らぬ顔まで、大勢の人間の顔が俺に向かって祝いの言葉を述べる。
上品な笑みを浮かべ、美辞麗句を述べるが、ひとつ間違えれば、あほらしく思えるほどの誉め言葉が並べられることがある。当然そんな言葉は耳に残ることはない。
祝ってもらいたいのはただ一人の女。
かつてこの邸の庭で開かれたパーティーで、場違いな人間としてそしりを受けた女は、今では俺の妻だ。
そんな無意味とも言えるパーティーから解放されたこの時間。
東の角部屋で、妻から美しく包装された箱を受け取った。
司が受け取った大きな箱。
彼は随分と昔を思い出していた。
やはり誕生日に大きな箱を貰ったが、中に入っていたのは一枚のカードだけだったことがある。そして、そのカードに書かれていた『お誕生日おめでとう』の文字。
裏を返し、歓びが溢れたときを思い出していた。
そこに書かれていたのは、『それで、あたしたちいつ結婚するの?』の文字。
それは、妻の誕生日にプロポーズをし、その返事として返された言葉だった。
その言葉が一番の贈り物だったことを思い出していた。
・・・こいつ。
まさかまたそんなこと考えてんじゃねぇのか?
ご丁寧に包装された箱の中身はカード一枚なんてことがまたあるのか?
司はそう思いながらも、あのときと同じように丁寧に包みを剥がした。
そして箱の中から出て来たのは一冊の本。
なんでこんな大きな箱に入れたんだ、と、聞けば、それしか見当たらなかったから。と返された。そうだ。そうだったな。あの時も大きな箱にカードが一枚だったからな。もったいないが口癖の妻のことだ。この箱もなんかの再利用なんだろ?
しかし本を贈る意味はいったいなんなのか?
もっと勉強しろ、本を読めといいたいのか?
それとも今流行りの本なのか?
どちらにしても目の前にいる贈り主に聞く必要がある。
「なんだ?これは?」
「えっ?本だけど?」
本には違いない。
しかもご丁寧にカバーまでかけられている。
「・・これがあたしからの誕生日プレゼント・・」
誕生日に本を貰う。
それは司が今までもらったことがない贈り物だ。
それにしても、どうして本をプレゼントしようと思った?
小学生の子供へのプレゼントか?
いや。最近の小学生が誕生日プレゼントに本なんかで満足するはずがない。
それともこの本はプレゼントの一部で他に何かあるのか?
司は訝しく思いながら手にした本を開いていた。
その本は今流行りの本でもなければ、ビジネスに関する本でもない。
本のタイトルは『千夜一夜物語』
別名『アラビアンナイト』と呼ばれるいわゆるひとつの説話の本。
今も世界中で読み続けられている民話、昔ばなし、伝説といった類の本だ。
妻はいったい何が言いたいのか?
ますます意味がわからなかった。
千夜一夜物語とはアラビア語で書かれ、主にペルシャ、今のイランやインド、エジプトあたりが舞台となった物語が収められている。その中でも有名な話というのは、『アリババと40人の盗賊』や『アラジンと魔法のランプ』など、まさに子供が喜びそうな話だ。そして取り上げられることが多いのは、娯楽的要素がある話しが多い。それを今更読めというのか?
だが、「おとぎ話って子供のものじゃないのね?」と、言った妻。
なぜそう感じたのか?
そう思った理由は、この物語が書かれた背景に因るはずだ。
その事を知った妻。
なぜ千夜にも渡り、物語が語られることになったのか。
それは、妻の不貞を見て女性不信となったペルシャの王が妻を処刑し、その後若い処女と一夜を共にしては殺していくことを止めさせるため、大臣の娘が自ら王に嫁ぎ、毎夜王に興味深い物語を語ったことが、この本の主軸として書かれている。つまり、その娘が王に語ったとされる物語が収められているのがこの本だ。だが、王が話に興味を抱かなければ、語り手となった娘も殺されていたはずだ。
千夜一夜物語というのは、残酷な一面を持った物語であるということだ。
そして、実は『アリババと40人の盗賊』も『アラジンと魔法のランプ』もどちらも千夜一夜物語の原本には収録されてないという事実がある。
物語の語り手の名はシェヘラザード。
彼女は話が佳境に入ると、続きはまた明日。と、言って話を打ち切っていた。王は次の話が聞きたいがため、毎夜シェヘラザードを寝所に呼び寄せ、殺すことなく多くの夜を過ごし、その間に子供をもうけ、彼女はやがて王妃となると言った話だ。そして王は、彼女の口から語られる話を聞き、人倫と寛容さを身に付けたと言われている。
千夜一夜物語の中には純愛もあれば、不倫、嫉妬の物語もある。
そして甘い官能的な話しも。
シェヘラザードは、自分が殺されないために、王の興味を損なわないような話を語っていた。
妻は、今夜はあたしがシェヘラザードになるからと言った。
ならば、妻は俺に興味深い話をしてくれるということか?
「・・あのね・・司の誕生日だから、色々プレゼントを考えたんだけど、司は何でも持ってるでしょ?だからあたしがこの本みたいに興味深い話をしてあげたいと思ったの。でも、結局、か、考えつかなかったから、あたし・・司の話す物語の通りのことをしてあげる・・・王様の指示に従って望み通りのことをしてあげるから・・・」
相変わらず何が言いたいのかよくわからない妻の話。
寝室で夫を前に何を照れてるんだか全く理解できねぇ。
恐らく言いたいのは、今日は俺の誕生日だから我儘を聞いてやると言いたいのだろう。
しかしコイツはシェヘラザードの立場を理解してるのか?シェヘラザードが毎晩物語を語ってたってことは、毎晩ヤッてるってことだぞ?おい、もしかして俺たちはこれから毎晩ヤルのか?それに千夜一夜物語は壮大なピロートークだってことを分かってるのか?それも1001夜だぞ?
・・・多分、分かってない。
まあ、
妻が言いたいのは、その王はかつての俺にどこか似ていると言いたいのかもしれない。確かに若い頃、この王のように人を信じることなく、蛮行を繰り返していたことがあった。
そんな俺とつき合い始めた頃、妻は周りから猛獣使いと言われていた。
そして今ではすっかり飼い慣らされてしまった男がいる。
だが、
『今夜は司の誕生日だから。望みを叶えてあげる』
シェヘラザードになると言った妻から聞かされたその言葉。
望みをと言われれば、今の世界そのものを遮断してしまうほど、欲しいものがある。
それをこの本の世界で味合わせてくれると言うのか?
それはこれから千の心躍る夜を過ごさせてくれるということか?
「なんでも言うことを聞くんだな?」
俺の目を見て頷いた女。
・・・こいつ。
男に性的な刺激を与えることが下手だと思っているなら大きな間違いだ。
無自覚だろうが、上目遣いに見るその顔が、どれだけ俺をそそっているかなんて知らないはずだ。昔からそうだ。そんな顔をされるたびに、欲望の波が押し寄せるのを感じ、どれだけその思いを抑えてきたことか。生意気さと、無邪気さをもってしても消し去ることが出来ない仕草ってのがあることを分かってない。今も昔も世慣れする事がない女がいったい何をするつもりだ?
それなら・・
――ちょっとイジメてやろうか?
司は口角を親指でさすった。
「今夜は楽しませてくれるのか?」
恥かしそうに小さく頷く妻。
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Comment:7
文句のつけようもない美しい男が、脚を優雅に組むさまは、どこか気だるげで何か誘うような雰囲気がある。
司はソファに腰かけ、妻を見た。
「命令したつもりだが?俺のいう事が聞けないのか?」
今夜は王になっていいと言われた俺。
そんな俺の言葉に妻の背筋がピッと伸びた。
おまえは子供か?と内心で笑いを堪えた。
望むことをしてあげるからと言ったこいつの顔は、いつもと少しだけ違っていた。
だが、恥かしい言葉を何度も囁かれ、言わされ、そんなとき浮かべる羞恥とも言えるその表情と同じで、頬が赤く染まっていた。
いい加減その恥ずかしがるってのを止めてくれねぇか?俺たち夫婦になって何年経つと思ってる?まあ、そんなこと言ったところでコイツの性格が変わるわけねぇか。
だが、俺が望むことならなんでもしてあげるといった妻。
その言葉に歓びを隠せない俺。
これが二人だけの甘いゲームだと分かっていても、顔に浮かぶのは歓びではなく、官能的とも言える表情。元来育ちがいい男には、エレガントな中に見え隠れする粗野な仕草がある。だがその仕草を見せるのは、妻となった女の前だけだ。決して普段は見せることのないその表情は、野性の動物が見せる狩をする直前の飢えた瞳のはずだ。
「どうした?下着を脱いで渡せと言ったが?」
今夜のドレスの胸元は、大きくV字にくれたカシュクール。フロントで交差する柔らかな布地と、裾がアシンメトリーとなったデザイン。身に纏ったその色はサーモンピンク。色白の女はどんな色を着てもよく似合う。
細い身体だが、胸元のドレープが小さな高まりを美しく演出し、歩くたび柔らかく揺れる裾から覗く綺麗な脚が、想像を掻き立てるが、褒める言葉を忘れることはない。
だが口をつくのは本心からで、決して世辞ではない。
そんなとき、いつも思うことがある。
妻と決して離れないようにと楔を打ち込みたい。
過去、一度離れ離れになった時があった。
それはNYで暮らした時。4年の約束が守られることがなく、結局6年となっていた。
だがその6年で10代の問題児だった男は大人になった。
ゆっくりと、たくし上げられるドレスの裾。
そこから覗く細く白い脚がある。だが、決してすべてを持ち上げようとはしない。
少し中途半端な姿勢ともいえる格好で、恥ずかしそうにドレスの奥で手を動かしている。
パーティードレスを身に纏うとき、今では必ずガーターストッキングを履いている。
だから、下着を脱げと言われても、簡単に脱げるはずだ。
ガーター姿のおまえが見たい、と言って以来、その望みを聞いてくれていた。それは脱がせる楽しみのためだけの装い。決して誰の目にも触れることのない場所だからこそ、身に着けさせた扇情的な下着と言ってもいいだろう。
昔のこの女なら考えられなかった。と笑みが漏れそうになる。
今の俺たちは、互いの服を脱がせ合うことがある。
そんなとき、やはり恥ずかしそうに頬を染める妻。そんな女の服を一枚脱がせるたび、露になっていく白い肌にキスを落し、肌がバラ色に染まるのを眺めるのが好きだ。
そして前の晩、バラ色の印をつけたその場所に、再びキスをし、永遠の印として残すことを忘れない。
目の前でじっと見つめる俺に視線を合わすことなく、恥ずかしそうに下着を下ろしたが、足を抜こうとしたとき、下着にヒールがひっかかり、転びそうになる寸前のところを立ち上がって慌てて受け止めた。
「・・あ、ありがとう・・」
もう少しで笑うところだ。
バカ正直な妻は一度約束をしたことはどんなことでも守ろうとする。
それも昔から変わらないコイツの愛すべき人間性。
けど、今夜は無理をするなとは言わない。
だって今夜は俺の誕生日だろ?
望みを聞いてやると言った妻。
それなら聞いてもらおう。
「あの・・これ・・」
慌てて抜き取ったシルクの下着は、俺が選んで身に纏わせたもの。
既に夫の全てを甘受することを待ちわびているかのように、湿り気を帯びていた。俺は受け取った小さな布切れを上着のポケットに押し込んだ。
引き寄せた細い身体は、パーティーで飲んだアルコールのぬくもりが身体中に染みわたり、熱を持っていた。頬は染まって、黒い瞳は未だに戸惑っているが、結婚してからも変わることのない妻の初心さが好きだ。
結婚していても近寄ってくる女はいる。一夜限りの関係でもいい。
その身体に抱かれたいと笑顔を浮かべ、品を作る女たち。当然そんな女たちに興味はない。俺が欲しいのは、昔も今も変わることはないひとりの女だけ。
そしてこれから先も。
少し力の抜けたこの小さな背中をベッドに横たえて愛したい。
柔らかな曲線を描くこの身体が欲しい。現実と想像との両方が頭の中で渦巻く今、ただひとつだけ言えるのは、妻が欲しくてたまらないと言う思い。
そうだ。いますぐ妻が欲しい。
いつにもまして。
司は身体を離し、タキシードの上着を脱ぎ、あいているソファに放り投げ、妻を見た。
そして、タイをむしり取り、シャツを脱ぐ。投げ落とされたシャツは、されるがまま床に広がった。見事に割れた腹筋をさらけ出し、ベルトのバックルを外しながら、片時も妻から目を離さかった。まだドレスを纏ったその姿に、これからそのドレスを脱がす歓びに、まるで自分の大切な持ち物を誰の目にも触れさせたくないと視線を外すことが出来そうにない。そして、妻の瞳に浮かぶ反応を楽し気に眺めていた。
司の瞳。それは獲物を狙うハンターの視線。
そして、微かに香る男の匂いと官能が、目の前に立つ女に与える影響を知っている。
香りとは、遠い記憶の扉を開く手助けとなるほど深く脳内に残るものだ。
昔と変わることのないこの香り。俺だけのために作られ、他の誰も持つことのないその芳香。
初めて会った時から身に纏い、初めて愛し合ったときも、結婚したときも常にあったこの香り。この香りを幸せな香りだと感じて欲しいといつも望んでいる。
俺の前にいるシェヘラザードは物語を語れない。
その代わり、望みのままにしてあげると言った。
テーブルに置かれたワインクーラーからワインを取り、栓を抜いた。
今夜のために用意されていたワイン。
フランス、ボルドーにあるシャトー・ラフィット・ロートシルトのビンテージ。
世界最高峰の赤ワインと呼ばれ、優雅な香りと奥深い味わいがあり、「王のワイン」と呼ばれている。黒い宝石が醸し出すアロマを感じさせ、まさに王にふさわしいワイン。
俺が生まれた年に作られ、俺と同じだけ年月を重ねてきたワイン。
そのワインを二人だけで楽しみたい思いがあった。
そしてその隣に置かれていた、黒いブドウの実。
シャンパンに添えられるのがイチゴとすれば、赤ワインのベストマリアージュは何か?
だが、そんなことは関係ないのかもしれない。
だから添えられたブドウの実を喜んで使うことに決めた。
グラスに注がれた赤ワイン。
ひとくち口に含み、無言で妻に差しだした。
そして、薄い唇の端に、官能的とも言えるものを張り付け、言った。
「物語を始めようか」
司は物語を語り始めた。
「むかし、ある王国にひとりの少女が住んでいた。その少女はブドウを育て生計を立てていた。だが、ある年、ブドウの木が病気にかかって実がつかないことがあった。その少女が育てたブドウは、葡萄酒として王様に献上される決まりになっていた。だがそれが出来ないことになり、怒った王様はそれなら別のものを差し出せと言って来た。だが少女は差し出すものなど何もなかった」
妻の手からグラスを取り上げ、テーブルに戻した。
そして右手を背中にまわし、ドレスのファスナーをゆっくりと下ろした。
望みのままにさせてやると言った以上、約束を果たすと決めたのか、妻はその場にじっとしている。だが、大きな瞳の中に見え隠れするのは、やはり恥じらいとも言える表情。
そして相変わらずの上目遣い。そんな顔で俺を見たらこの先どうなるかわかってんのか?
「差しだすものが無いなら、おまえ自身を差し出せばいいと王様は言った。その少女は王様のその言葉に、召使として下働きをするものだと思い荷物をまとめ、宮殿へと赴いた」
ファスナーを下までおろすと、ドレスは床に落ちた。
すると、ブラとガーターベルト、ストッキングとハイヒール姿の妻が現れたが、大切な部分を覆い隠すものが無いことが心もとないのか、両足をぎゅっとくっつけて、恥ずかしそうに俺を見つめている。そんな顔するからイジメたくなるんだ。
・・ったくこの女・・どうしてやろうか?
いつまでたっても俺を翻弄する女はやっぱりタチが悪い。
司は眉を上げ、話を継いだ。
「だが少女が案内されたのは召使の部屋ではなく、王様の寝所だった。そこで王様は言った。
おまえのことが気に入ったから俺のものにする。これから先ずっとこの宮殿で暮らすんだ。
告げられた少女は驚くしかなかったが、王様の命令は絶対だ。言う通りにするしかなかった」
司は妻の背中にあるブラのホックを器用にはずし、床に落とし、乳房をさらした。
そして、スラックスのジッパーを下げ、脱ぎ捨て、おまえのせいで俺はもうこんなになったと見せつけた。耐えがたいほどの高まった状態だった黒いシルクのボクサーブリーフからは、欲望の塊が首をもたげ、そわそわと欲求不満を訴えているが、もう我慢出来そうにねぇ。
「そして王様は言った。服を脱いでベッドに横になれ。これから俺がおまえのブドウの実を味わってやる。と」
ガーターストッキングだけを身に着けた白い身体を眩しく思いながら、細めた黒い瞳でじっと妻を見つめていた。目の前にある膨らみに見入り、まだ触れていないその感触を思い浮べたが、これからその頂きにある実を味わいたい。
自分だけの果実として。
妻の手をとり、指をすでに硬くなり極限まで張りつめた男としての証に触れさせながら、唇を近づけた。
「・・今夜は俺を楽しませてくれ・・」
ゆっくりと味わう唇。
キスをせず、唇を舌で舐め続け、丹精込めていたぶり、そして焦らしを与えた。
閉じられた瞳と、染まった頬。そして荒くなる息づかい。やがて女の睫毛が震え、柔らかな上唇が下唇と離れた。司はその間に舌を差し入れると、先ほどまでその口に含んでいたワインを味わった。
「・・・んっ・・」
と声が漏れ、その声に己の硬直したそれが硬さを増したのを感じていた。
頭をもたげ、優しく添えられた小さな手の中で早く解放してくれと訴えている。
いつもなら二人で楽しむキスという行為。だが今は妻に対する思慮も忘れ、ただ奪い尽くしたい思いがある。かつて、暗闇の堕天使だと言われた頃のように、自分を制御することなく奪ってしまいたい。内奥にある欲望にブレーキをかけることが出来るはずもなく、その身体を離すことなど永遠に出来ないはずだ。もし、善良な女が俺と一緒に地獄に落ちてくれるなら、すべてを投げ打ってもかまわないほど腕の中にいる女が欲しくてたまらない思いだ。
司はテーブルの上のブドウの実を取ると、言った。
「べッドに横になるんだ」

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司はソファに腰かけ、妻を見た。
「命令したつもりだが?俺のいう事が聞けないのか?」
今夜は王になっていいと言われた俺。
そんな俺の言葉に妻の背筋がピッと伸びた。
おまえは子供か?と内心で笑いを堪えた。
望むことをしてあげるからと言ったこいつの顔は、いつもと少しだけ違っていた。
だが、恥かしい言葉を何度も囁かれ、言わされ、そんなとき浮かべる羞恥とも言えるその表情と同じで、頬が赤く染まっていた。
いい加減その恥ずかしがるってのを止めてくれねぇか?俺たち夫婦になって何年経つと思ってる?まあ、そんなこと言ったところでコイツの性格が変わるわけねぇか。
だが、俺が望むことならなんでもしてあげるといった妻。
その言葉に歓びを隠せない俺。
これが二人だけの甘いゲームだと分かっていても、顔に浮かぶのは歓びではなく、官能的とも言える表情。元来育ちがいい男には、エレガントな中に見え隠れする粗野な仕草がある。だがその仕草を見せるのは、妻となった女の前だけだ。決して普段は見せることのないその表情は、野性の動物が見せる狩をする直前の飢えた瞳のはずだ。
「どうした?下着を脱いで渡せと言ったが?」
今夜のドレスの胸元は、大きくV字にくれたカシュクール。フロントで交差する柔らかな布地と、裾がアシンメトリーとなったデザイン。身に纏ったその色はサーモンピンク。色白の女はどんな色を着てもよく似合う。
細い身体だが、胸元のドレープが小さな高まりを美しく演出し、歩くたび柔らかく揺れる裾から覗く綺麗な脚が、想像を掻き立てるが、褒める言葉を忘れることはない。
だが口をつくのは本心からで、決して世辞ではない。
そんなとき、いつも思うことがある。
妻と決して離れないようにと楔を打ち込みたい。
過去、一度離れ離れになった時があった。
それはNYで暮らした時。4年の約束が守られることがなく、結局6年となっていた。
だがその6年で10代の問題児だった男は大人になった。
ゆっくりと、たくし上げられるドレスの裾。
そこから覗く細く白い脚がある。だが、決してすべてを持ち上げようとはしない。
少し中途半端な姿勢ともいえる格好で、恥ずかしそうにドレスの奥で手を動かしている。
パーティードレスを身に纏うとき、今では必ずガーターストッキングを履いている。
だから、下着を脱げと言われても、簡単に脱げるはずだ。
ガーター姿のおまえが見たい、と言って以来、その望みを聞いてくれていた。それは脱がせる楽しみのためだけの装い。決して誰の目にも触れることのない場所だからこそ、身に着けさせた扇情的な下着と言ってもいいだろう。
昔のこの女なら考えられなかった。と笑みが漏れそうになる。
今の俺たちは、互いの服を脱がせ合うことがある。
そんなとき、やはり恥ずかしそうに頬を染める妻。そんな女の服を一枚脱がせるたび、露になっていく白い肌にキスを落し、肌がバラ色に染まるのを眺めるのが好きだ。
そして前の晩、バラ色の印をつけたその場所に、再びキスをし、永遠の印として残すことを忘れない。
目の前でじっと見つめる俺に視線を合わすことなく、恥ずかしそうに下着を下ろしたが、足を抜こうとしたとき、下着にヒールがひっかかり、転びそうになる寸前のところを立ち上がって慌てて受け止めた。
「・・あ、ありがとう・・」
もう少しで笑うところだ。
バカ正直な妻は一度約束をしたことはどんなことでも守ろうとする。
それも昔から変わらないコイツの愛すべき人間性。
けど、今夜は無理をするなとは言わない。
だって今夜は俺の誕生日だろ?
望みを聞いてやると言った妻。
それなら聞いてもらおう。
「あの・・これ・・」
慌てて抜き取ったシルクの下着は、俺が選んで身に纏わせたもの。
既に夫の全てを甘受することを待ちわびているかのように、湿り気を帯びていた。俺は受け取った小さな布切れを上着のポケットに押し込んだ。
引き寄せた細い身体は、パーティーで飲んだアルコールのぬくもりが身体中に染みわたり、熱を持っていた。頬は染まって、黒い瞳は未だに戸惑っているが、結婚してからも変わることのない妻の初心さが好きだ。
結婚していても近寄ってくる女はいる。一夜限りの関係でもいい。
その身体に抱かれたいと笑顔を浮かべ、品を作る女たち。当然そんな女たちに興味はない。俺が欲しいのは、昔も今も変わることはないひとりの女だけ。
そしてこれから先も。
少し力の抜けたこの小さな背中をベッドに横たえて愛したい。
柔らかな曲線を描くこの身体が欲しい。現実と想像との両方が頭の中で渦巻く今、ただひとつだけ言えるのは、妻が欲しくてたまらないと言う思い。
そうだ。いますぐ妻が欲しい。
いつにもまして。
司は身体を離し、タキシードの上着を脱ぎ、あいているソファに放り投げ、妻を見た。
そして、タイをむしり取り、シャツを脱ぐ。投げ落とされたシャツは、されるがまま床に広がった。見事に割れた腹筋をさらけ出し、ベルトのバックルを外しながら、片時も妻から目を離さかった。まだドレスを纏ったその姿に、これからそのドレスを脱がす歓びに、まるで自分の大切な持ち物を誰の目にも触れさせたくないと視線を外すことが出来そうにない。そして、妻の瞳に浮かぶ反応を楽し気に眺めていた。
司の瞳。それは獲物を狙うハンターの視線。
そして、微かに香る男の匂いと官能が、目の前に立つ女に与える影響を知っている。
香りとは、遠い記憶の扉を開く手助けとなるほど深く脳内に残るものだ。
昔と変わることのないこの香り。俺だけのために作られ、他の誰も持つことのないその芳香。
初めて会った時から身に纏い、初めて愛し合ったときも、結婚したときも常にあったこの香り。この香りを幸せな香りだと感じて欲しいといつも望んでいる。
俺の前にいるシェヘラザードは物語を語れない。
その代わり、望みのままにしてあげると言った。
テーブルに置かれたワインクーラーからワインを取り、栓を抜いた。
今夜のために用意されていたワイン。
フランス、ボルドーにあるシャトー・ラフィット・ロートシルトのビンテージ。
世界最高峰の赤ワインと呼ばれ、優雅な香りと奥深い味わいがあり、「王のワイン」と呼ばれている。黒い宝石が醸し出すアロマを感じさせ、まさに王にふさわしいワイン。
俺が生まれた年に作られ、俺と同じだけ年月を重ねてきたワイン。
そのワインを二人だけで楽しみたい思いがあった。
そしてその隣に置かれていた、黒いブドウの実。
シャンパンに添えられるのがイチゴとすれば、赤ワインのベストマリアージュは何か?
だが、そんなことは関係ないのかもしれない。
だから添えられたブドウの実を喜んで使うことに決めた。
グラスに注がれた赤ワイン。
ひとくち口に含み、無言で妻に差しだした。
そして、薄い唇の端に、官能的とも言えるものを張り付け、言った。
「物語を始めようか」
司は物語を語り始めた。
「むかし、ある王国にひとりの少女が住んでいた。その少女はブドウを育て生計を立てていた。だが、ある年、ブドウの木が病気にかかって実がつかないことがあった。その少女が育てたブドウは、葡萄酒として王様に献上される決まりになっていた。だがそれが出来ないことになり、怒った王様はそれなら別のものを差し出せと言って来た。だが少女は差し出すものなど何もなかった」
妻の手からグラスを取り上げ、テーブルに戻した。
そして右手を背中にまわし、ドレスのファスナーをゆっくりと下ろした。
望みのままにさせてやると言った以上、約束を果たすと決めたのか、妻はその場にじっとしている。だが、大きな瞳の中に見え隠れするのは、やはり恥じらいとも言える表情。
そして相変わらずの上目遣い。そんな顔で俺を見たらこの先どうなるかわかってんのか?
「差しだすものが無いなら、おまえ自身を差し出せばいいと王様は言った。その少女は王様のその言葉に、召使として下働きをするものだと思い荷物をまとめ、宮殿へと赴いた」
ファスナーを下までおろすと、ドレスは床に落ちた。
すると、ブラとガーターベルト、ストッキングとハイヒール姿の妻が現れたが、大切な部分を覆い隠すものが無いことが心もとないのか、両足をぎゅっとくっつけて、恥ずかしそうに俺を見つめている。そんな顔するからイジメたくなるんだ。
・・ったくこの女・・どうしてやろうか?
いつまでたっても俺を翻弄する女はやっぱりタチが悪い。
司は眉を上げ、話を継いだ。
「だが少女が案内されたのは召使の部屋ではなく、王様の寝所だった。そこで王様は言った。
おまえのことが気に入ったから俺のものにする。これから先ずっとこの宮殿で暮らすんだ。
告げられた少女は驚くしかなかったが、王様の命令は絶対だ。言う通りにするしかなかった」
司は妻の背中にあるブラのホックを器用にはずし、床に落とし、乳房をさらした。
そして、スラックスのジッパーを下げ、脱ぎ捨て、おまえのせいで俺はもうこんなになったと見せつけた。耐えがたいほどの高まった状態だった黒いシルクのボクサーブリーフからは、欲望の塊が首をもたげ、そわそわと欲求不満を訴えているが、もう我慢出来そうにねぇ。
「そして王様は言った。服を脱いでベッドに横になれ。これから俺がおまえのブドウの実を味わってやる。と」
ガーターストッキングだけを身に着けた白い身体を眩しく思いながら、細めた黒い瞳でじっと妻を見つめていた。目の前にある膨らみに見入り、まだ触れていないその感触を思い浮べたが、これからその頂きにある実を味わいたい。
自分だけの果実として。
妻の手をとり、指をすでに硬くなり極限まで張りつめた男としての証に触れさせながら、唇を近づけた。
「・・今夜は俺を楽しませてくれ・・」
ゆっくりと味わう唇。
キスをせず、唇を舌で舐め続け、丹精込めていたぶり、そして焦らしを与えた。
閉じられた瞳と、染まった頬。そして荒くなる息づかい。やがて女の睫毛が震え、柔らかな上唇が下唇と離れた。司はその間に舌を差し入れると、先ほどまでその口に含んでいたワインを味わった。
「・・・んっ・・」
と声が漏れ、その声に己の硬直したそれが硬さを増したのを感じていた。
頭をもたげ、優しく添えられた小さな手の中で早く解放してくれと訴えている。
いつもなら二人で楽しむキスという行為。だが今は妻に対する思慮も忘れ、ただ奪い尽くしたい思いがある。かつて、暗闇の堕天使だと言われた頃のように、自分を制御することなく奪ってしまいたい。内奥にある欲望にブレーキをかけることが出来るはずもなく、その身体を離すことなど永遠に出来ないはずだ。もし、善良な女が俺と一緒に地獄に落ちてくれるなら、すべてを投げ打ってもかまわないほど腕の中にいる女が欲しくてたまらない思いだ。
司はテーブルの上のブドウの実を取ると、言った。
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