ビジネスは戦争か?
と、言われればそうだと答える。
世界経済の中枢にいると言われる道明寺財閥。
そしてその重職にある男。
道明寺司。
遠い昔、そんな司と恋人同士になるなんて信じられないと言った女がいた。
それに対し、逃げ回る女をどうにか振り向かせようと必死で努力した男。
自分をよく見せようと、バカなこともした。
どうしたら自分のことをわかってもらえるかと考えると眠れないこともあった。
自分に注目されてもないのに、注目されたくてアプローチをし、相手にされなかったこともあった。そんなとき、司はその女を観察することにした。観察し、どうしたら彼女が自分を見てくれるかと考えた。
まず女を理解するところから始め、次に自分という商品をいかに評価してもらえるかということを考えた。司なりに自分の売り込み方法を考えた。
それは、まさにマーケティング戦略だ。今でこそ経営戦略については彼の得意分野で多方面に渡る戦略を練ることが彼の仕事。
だが当時ターゲットとなる女はなかなか司の思惑通りにならなかった。
それなら、と司が考えたのは釣りの考え方。
それはキャッチ・アンド・リリース。
何しろ牧野つくしは司にとっては希少性が高く、保護すべき対象。
だが、決して逃さないと決めた。
まず、エサを撒いて、慣れさせる。何度釣り針から離れても、また餌を付け、釣り針を投げ込む。やがて魚がその場所が居心地いいと思える環境を作り出すことをした。
そして、その後は誠意を持って接すればいい。当然だが釣った魚に餌は要らないなんて言葉は俺の頭の中にはない。そして最終的には彼女を自分だけの大海で泳がせてやる。
彼女に気づかれないよう、そっと見守る・・。
それも俺の愛のひとつだ。
司はそのとき思った。
人間誠意を持って接すれば、きっとわかってもらえるということを。
信用してくれという言葉があるが、俺もあいつの言葉を信用したから今がある。
「わたしを信じて・・・」
あの言葉を言われたのはいつだったか?
つくしは司の目をじっと見つめて言ったことがある。
「信じて・・」
・・クソッ!
あれはあいつが俺の指輪を返したときに言った言葉じゃねぇかよ!
だが、『 信じて 』この言葉にはめっぽう弱い俺。
あれ以来牧野は、ここぞって時にはこの言葉を言う。
わたしを信じて・・・恋人にそんなこと言われて信じない男がいるか?
過去、司の辞書に「謙虚」という文字はなかったが、今ではある。
だがそれは牧野つくしに対してだけだ。
それなのに、あいつは俺を溢れんばかりの愛で満たしておきながら・・・
俺の願いを叶えてくれねぇことがある。
昨日だってそうだ!
うちのツカサブラックが有馬記念・G1で優勝馬になった。
1枠1番人気のうちのブラック。大歓声を浴び、はずれ馬券が紙吹雪となって舞うスタンドを横目に、12月の芝を余裕で駆け抜けてのゴール。まさに期待通りの勝利。
ゴール直前のスピードは時速65キロくらいあるが、騎手と馬が一体化して駆け抜ける姿は実に美しい。馬はいいぞ、馬は!
俺の馬は大物演歌歌手の馬とよく似た名前だが、馬主に似てうちのブラックの方が男前だ。
あの美しい四肢を見ろ。
引き締まったあの腹にすらりとした脚。完璧な頭の形なんて芸術作品だ。それに、あいつにはツクシハニーって名前の恋人がいる。愛する女がいる男ってのは、頑張るものだ。馬に人参なんかじゃねぇ。恐らくゴール直前、あいつの視線の先にはツクシハニーの姿が見えていたはずだ。
あいつは実によく頑張った。
そうなると、頑張った男には褒美が必要だ。
俺も色々と頑張ってるのは認めてくれるか?
俺はおまえがいるから頑張れる。
馬主である俺はパドックに降り、トロフィーを授与され、記念行事を色々とこなすわけだが、あいつはロイヤルボックスに残るなんて言うんだから、しょうがねぇだろ?
俺の愛を伝えるためにはああするしか手段がなかった。演歌歌手用に用意されていたマイクを奪い取った俺。当然歌なんか歌わねぇ・・けど、言いたいことはあった。
「牧野つくし!俺はおまえを愛してる!」
あのとき、馬を見るために10万人以上の人間がいた。そのうちの何万という双眼鏡は俺に焦点があっていた、がすぐにロイヤルボックスにいる牧野に向けられた。その光景は圧巻だ。
競馬場の中心で愛を叫ぶ。どっかの映画にあったか?
それに別にいいだろ?クリスマスだったんだ。神はその日、人類に愛を伝える為に生まれた。だから俺がおまえを愛してるって叫んでもいいはずだ。言っとくが俺は全世界に向かって叫んでもいいくらいだ。
牧野は俺の突然の行動に驚いた顔をしてたらしいが、いつもあいつの瞳に映ってる感情は、紛れもなく俺が好きだって言っている。
それに、当然だがクリスマス当日のスペシャルプレゼントだなんてのを期待してた俺。
情けねぇ話だが、牧野がくれるっていう物は何でも欲しい俺。
牧野を前にすると反射的に犬になる俺。
気づけばいつの間にか、膝まづいている男。
そこで待てと言われれば、いつまでも待つ男。
思えば昔からそうだった。
けど、おまえの周りでクンクン言ってもいい犬は俺だけだ。
ま、俺の場合はクンクンよりハァハァ言ってる方だな。
だから・・・
今夜は俺をはぁはぁ言わせてくれないか?
クリスマスには熱いキスだけでいいなんて言ったがアレは嘘だ。
「まきの・・オレにプレゼントってなんだ?」
マンションに帰った俺に、プレゼントがあると言った牧野は、小さく頷くと別の部屋へと消えた。
***
「・・ど・・道明寺・・お待たせ・・・」
・・牧野
「ご、ごめん。あんたへのプレゼントって思いつかなくて・・その・・」
・・おまえ、そんな格好していいと思ってるのか?
司の目の前に現れた牧野はサンタガール。
赤と白の切り替えがあるベルベッドで作られたワンピースを神経質そうに撫でつけた。
それにしても何だか中途半端な格好だな?
どうせならもっとセクシーなサンタガールがいいんだが・・
・・まあいい。
なんちゃってでもいい。そこは牧野だからな。
こいつなりの努力ってことだろ?
付き合って随分と経つが、そんな格好をしたのは勿論はじめてだ。
・・けど、わかってたら俺がもっとセクシーなのを用意してやったんだが・・
「・・えっと、可笑しいかな?やっぱり着替えた方がいいかな・・・」
黙り込んだ俺に言う牧野。
・・ああ。そうだな、そうだ。
脳みその一部分は余計なことを言ったが、司は慌ててその思考を追い払った。
そして、その言葉が口から出なくてよかったと息を吐いた。
「・・いや。問題ねぇ。すげぇかわいい・・」
司の唇は、ゆっくりとつくしの唇に落とされる。
そしてそこから始まる二人の夜。
クリスマスが日曜だなんてこと自体が珍しい。
当然だが一日中、二人は一緒にいた。
昼間の喧騒を逃れ、二人だけで過ごす甘い夜。
クリスマスのようなイベントでなくても、甘い夜はあるが今夜は特別だ。
いつもは待つ男も今夜は待てなかった。
鋭く吸い込む息と、ゆっくりと吐き出される息。
男と女の違いを見せつけるのはいつも夜。
背中を向けた女を後ろからそっと抱きしめる男。
その耳元でいつも甘い言葉を囁くのは俺。
愛しい女の口から漏れる言葉は全て記憶している男。
そんな男は上目遣いに視線を向ける女が愛おしくてたまらない。
こいつは俺が好きなその表情を無意識に向けるのだから始末が悪い。
俺はいつまでたってもその表情に惹きつけられてしまう。
二人はいつも見えない糸で結ばれている。
それは17歳と16歳で結ばれた糸。
まだ互いが互いの存在を知らなかった頃に神が結んでくれた赤い糸。
今まで二人にとって困難もあったが、誰も切ることが出来なかった。
俺が持つ全てはこいつのもの。それは俺が望んでいることだ。
クリスマスだろうが、誕生日だろうが、そんなことなど関係なく贈り物をしたがる男。
だがそんな男が、クリスマスには何が欲しいかと聞いたが、何もいらないと答える女。
金持ちの彼氏がいるってのに、何一つ欲しがろうとしない女。
そのことも、俺がこいつに惹かれた理由。誰も彼もが財力と権力に群がったが、こいつはそんなことには気にも留めなかった。逆にあんたが金持ちじゃなかったらよかったのにね。
そんな言葉を返されたことがある。
そんな女が相手だったからこそ、愛はある日突然俺に襲いかかって来た。
だが、いくら人に自分を愛してくれと言っても愛してもらえないことがあるはずだ。
頑張って愛せるものではない。それに愛は努力してするものじゃない。
愛したと、あとで気づくものだってある。
いつの間にか、愛していたと・・・
俺と牧野の間がまさにそれ。
俺ははじめっから愛した。けど、牧野は違う。
だがいつの間にか俺を愛し始めた。
それでいい。始まった二人の愛は不変だから。
俺にとっての恋はこの一度だけ。焦るなって言っても無理。
だが簡単には手に入らなかった恋。だから待つことも学んだ。
どのくらい待てばいい?
どのくらい耐えればいい?
そしてやっと手に入れた甘い囁きと優しく抱きしめてくれる腕。
俺が一番好きな瞬間。
それは、こいつの身体の中でオレが締め付けられること。
そしてこいつの口から″好き″と言われること。
普段恥ずかしいのか、決してその言葉を口にしようとしない女。
いつまでたっても恥ずかしがる女。
そんな女の口から漏れるひとつひとつの言葉が俺にとって最高のプレゼントだ。
モノなんかじゃねぇ。俺が欲しいのは牧野の心だけ。
「んっ・・」
「・・・どうした?」
ゆっくりと、何度も繰り返される甘い口づけに応える女。
「・・すき・・」
小さく囁かれる言葉。
司はそんな女を抱きしめると熱いキスをした。
まるで何日も味わっていなかったかのようで、女の味に飢えているかのようなキス。
だが、どこか意地悪なキス。
「おまえなんで俺と一緒にブラックの表彰式に出なかったんだ?あいつがせっかく優勝したってのに、おまえに祝ってもらえなかったってショック受けてたぞ?」
最近の俺は馬の気持ちがわかる。何しろあいつも愛しい女のために頑張ってるんだ。
その女の馬主である女から祝福してもらいたいって思うだろ?
「だ、だって・・恥ずかしいじゃない・・10万人もいるんだし・・」
「おまえ、いい加減に慣れろ。俺と結婚したら10万人以上の人間の前にだって出ることがあるぞ」
「ご、ごめんね?」
素直にあやまる女。
・・いや。いつも頑固な女がそう素直にあやまれると逆に俺も困るんだが・・
「許してやんねぇ」
と強面に言う男。
だがその顔は笑っている。わざとらしく作られた厳めしい表情。
司の顔は牧野つくしの前だけでほほ笑む。
肉食獣の餌となる女。
その女は頑固なところもある女。
だから時に、謙虚なんて文字は司の頭の中から無くなることもある。
つまり恋愛は戦争ってことだ。何しろこいつの頑固さは昔っから変わらねぇ。
昔、まだ俺に振り向いてくれなかった頃、愛しい女のハートを勝ち取るためには、どんな手段でも用いなきゃなんねぇってことがあった。欲しいものを手に入れる為には努力を惜しまない。だが、何かをすごく欲しいと思ったら待つことも必要だと知った。
こいつと知り合わなければ、待つことを学ぶことはなかったはずだ。
だから俺は列に並んだ。
今まで列に並ぶ必要がなかった男が、おまえが欲しくて列に並んだ。
そして待った。
恋に焦りは禁物だというが、待てないこともあった。
だが待った。
おまえの気持ちが俺に向くようにと。
一人で生きて行くのは嫌だから。
俺の一番相応しい場所はおまえの傍だけだ。
それに俺はクリスマスじゃなくても年中こいつからプレゼントをもらってる。
それは俺だけに向けられる微笑み。
そして温かみと愛情。
・・まきの。
俺を選んでくれてサンキュー。
それが俺にとって一番大きな贈り物だ。
*G1有馬記念 中山競馬場にて12月25日開催
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道明寺司。
遠い昔、そんな司と恋人同士になるなんて信じられないと言った女がいた。
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自分をよく見せようと、バカなこともした。
どうしたら自分のことをわかってもらえるかと考えると眠れないこともあった。
自分に注目されてもないのに、注目されたくてアプローチをし、相手にされなかったこともあった。そんなとき、司はその女を観察することにした。観察し、どうしたら彼女が自分を見てくれるかと考えた。
まず女を理解するところから始め、次に自分という商品をいかに評価してもらえるかということを考えた。司なりに自分の売り込み方法を考えた。
それは、まさにマーケティング戦略だ。今でこそ経営戦略については彼の得意分野で多方面に渡る戦略を練ることが彼の仕事。
だが当時ターゲットとなる女はなかなか司の思惑通りにならなかった。
それなら、と司が考えたのは釣りの考え方。
それはキャッチ・アンド・リリース。
何しろ牧野つくしは司にとっては希少性が高く、保護すべき対象。
だが、決して逃さないと決めた。
まず、エサを撒いて、慣れさせる。何度釣り針から離れても、また餌を付け、釣り針を投げ込む。やがて魚がその場所が居心地いいと思える環境を作り出すことをした。
そして、その後は誠意を持って接すればいい。当然だが釣った魚に餌は要らないなんて言葉は俺の頭の中にはない。そして最終的には彼女を自分だけの大海で泳がせてやる。
彼女に気づかれないよう、そっと見守る・・。
それも俺の愛のひとつだ。
司はそのとき思った。
人間誠意を持って接すれば、きっとわかってもらえるということを。
信用してくれという言葉があるが、俺もあいつの言葉を信用したから今がある。
「わたしを信じて・・・」
あの言葉を言われたのはいつだったか?
つくしは司の目をじっと見つめて言ったことがある。
「信じて・・」
・・クソッ!
あれはあいつが俺の指輪を返したときに言った言葉じゃねぇかよ!
だが、『 信じて 』この言葉にはめっぽう弱い俺。
あれ以来牧野は、ここぞって時にはこの言葉を言う。
わたしを信じて・・・恋人にそんなこと言われて信じない男がいるか?
過去、司の辞書に「謙虚」という文字はなかったが、今ではある。
だがそれは牧野つくしに対してだけだ。
それなのに、あいつは俺を溢れんばかりの愛で満たしておきながら・・・
俺の願いを叶えてくれねぇことがある。
昨日だってそうだ!
うちのツカサブラックが有馬記念・G1で優勝馬になった。
1枠1番人気のうちのブラック。大歓声を浴び、はずれ馬券が紙吹雪となって舞うスタンドを横目に、12月の芝を余裕で駆け抜けてのゴール。まさに期待通りの勝利。
ゴール直前のスピードは時速65キロくらいあるが、騎手と馬が一体化して駆け抜ける姿は実に美しい。馬はいいぞ、馬は!
俺の馬は大物演歌歌手の馬とよく似た名前だが、馬主に似てうちのブラックの方が男前だ。
あの美しい四肢を見ろ。
引き締まったあの腹にすらりとした脚。完璧な頭の形なんて芸術作品だ。それに、あいつにはツクシハニーって名前の恋人がいる。愛する女がいる男ってのは、頑張るものだ。馬に人参なんかじゃねぇ。恐らくゴール直前、あいつの視線の先にはツクシハニーの姿が見えていたはずだ。
あいつは実によく頑張った。
そうなると、頑張った男には褒美が必要だ。
俺も色々と頑張ってるのは認めてくれるか?
俺はおまえがいるから頑張れる。
馬主である俺はパドックに降り、トロフィーを授与され、記念行事を色々とこなすわけだが、あいつはロイヤルボックスに残るなんて言うんだから、しょうがねぇだろ?
俺の愛を伝えるためにはああするしか手段がなかった。演歌歌手用に用意されていたマイクを奪い取った俺。当然歌なんか歌わねぇ・・けど、言いたいことはあった。
「牧野つくし!俺はおまえを愛してる!」
あのとき、馬を見るために10万人以上の人間がいた。そのうちの何万という双眼鏡は俺に焦点があっていた、がすぐにロイヤルボックスにいる牧野に向けられた。その光景は圧巻だ。
競馬場の中心で愛を叫ぶ。どっかの映画にあったか?
それに別にいいだろ?クリスマスだったんだ。神はその日、人類に愛を伝える為に生まれた。だから俺がおまえを愛してるって叫んでもいいはずだ。言っとくが俺は全世界に向かって叫んでもいいくらいだ。
牧野は俺の突然の行動に驚いた顔をしてたらしいが、いつもあいつの瞳に映ってる感情は、紛れもなく俺が好きだって言っている。
それに、当然だがクリスマス当日のスペシャルプレゼントだなんてのを期待してた俺。
情けねぇ話だが、牧野がくれるっていう物は何でも欲しい俺。
牧野を前にすると反射的に犬になる俺。
気づけばいつの間にか、膝まづいている男。
そこで待てと言われれば、いつまでも待つ男。
思えば昔からそうだった。
けど、おまえの周りでクンクン言ってもいい犬は俺だけだ。
ま、俺の場合はクンクンよりハァハァ言ってる方だな。
だから・・・
今夜は俺をはぁはぁ言わせてくれないか?
クリスマスには熱いキスだけでいいなんて言ったがアレは嘘だ。
「まきの・・オレにプレゼントってなんだ?」
マンションに帰った俺に、プレゼントがあると言った牧野は、小さく頷くと別の部屋へと消えた。
***
「・・ど・・道明寺・・お待たせ・・・」
・・牧野
「ご、ごめん。あんたへのプレゼントって思いつかなくて・・その・・」
・・おまえ、そんな格好していいと思ってるのか?
司の目の前に現れた牧野はサンタガール。
赤と白の切り替えがあるベルベッドで作られたワンピースを神経質そうに撫でつけた。
それにしても何だか中途半端な格好だな?
どうせならもっとセクシーなサンタガールがいいんだが・・
・・まあいい。
なんちゃってでもいい。そこは牧野だからな。
こいつなりの努力ってことだろ?
付き合って随分と経つが、そんな格好をしたのは勿論はじめてだ。
・・けど、わかってたら俺がもっとセクシーなのを用意してやったんだが・・
「・・えっと、可笑しいかな?やっぱり着替えた方がいいかな・・・」
黙り込んだ俺に言う牧野。
・・ああ。そうだな、そうだ。
脳みその一部分は余計なことを言ったが、司は慌ててその思考を追い払った。
そして、その言葉が口から出なくてよかったと息を吐いた。
「・・いや。問題ねぇ。すげぇかわいい・・」
司の唇は、ゆっくりとつくしの唇に落とされる。
そしてそこから始まる二人の夜。
クリスマスが日曜だなんてこと自体が珍しい。
当然だが一日中、二人は一緒にいた。
昼間の喧騒を逃れ、二人だけで過ごす甘い夜。
クリスマスのようなイベントでなくても、甘い夜はあるが今夜は特別だ。
いつもは待つ男も今夜は待てなかった。
鋭く吸い込む息と、ゆっくりと吐き出される息。
男と女の違いを見せつけるのはいつも夜。
背中を向けた女を後ろからそっと抱きしめる男。
その耳元でいつも甘い言葉を囁くのは俺。
愛しい女の口から漏れる言葉は全て記憶している男。
そんな男は上目遣いに視線を向ける女が愛おしくてたまらない。
こいつは俺が好きなその表情を無意識に向けるのだから始末が悪い。
俺はいつまでたってもその表情に惹きつけられてしまう。
二人はいつも見えない糸で結ばれている。
それは17歳と16歳で結ばれた糸。
まだ互いが互いの存在を知らなかった頃に神が結んでくれた赤い糸。
今まで二人にとって困難もあったが、誰も切ることが出来なかった。
俺が持つ全てはこいつのもの。それは俺が望んでいることだ。
クリスマスだろうが、誕生日だろうが、そんなことなど関係なく贈り物をしたがる男。
だがそんな男が、クリスマスには何が欲しいかと聞いたが、何もいらないと答える女。
金持ちの彼氏がいるってのに、何一つ欲しがろうとしない女。
そのことも、俺がこいつに惹かれた理由。誰も彼もが財力と権力に群がったが、こいつはそんなことには気にも留めなかった。逆にあんたが金持ちじゃなかったらよかったのにね。
そんな言葉を返されたことがある。
そんな女が相手だったからこそ、愛はある日突然俺に襲いかかって来た。
だが、いくら人に自分を愛してくれと言っても愛してもらえないことがあるはずだ。
頑張って愛せるものではない。それに愛は努力してするものじゃない。
愛したと、あとで気づくものだってある。
いつの間にか、愛していたと・・・
俺と牧野の間がまさにそれ。
俺ははじめっから愛した。けど、牧野は違う。
だがいつの間にか俺を愛し始めた。
それでいい。始まった二人の愛は不変だから。
俺にとっての恋はこの一度だけ。焦るなって言っても無理。
だが簡単には手に入らなかった恋。だから待つことも学んだ。
どのくらい待てばいい?
どのくらい耐えればいい?
そしてやっと手に入れた甘い囁きと優しく抱きしめてくれる腕。
俺が一番好きな瞬間。
それは、こいつの身体の中でオレが締め付けられること。
そしてこいつの口から″好き″と言われること。
普段恥ずかしいのか、決してその言葉を口にしようとしない女。
いつまでたっても恥ずかしがる女。
そんな女の口から漏れるひとつひとつの言葉が俺にとって最高のプレゼントだ。
モノなんかじゃねぇ。俺が欲しいのは牧野の心だけ。
「んっ・・」
「・・・どうした?」
ゆっくりと、何度も繰り返される甘い口づけに応える女。
「・・すき・・」
小さく囁かれる言葉。
司はそんな女を抱きしめると熱いキスをした。
まるで何日も味わっていなかったかのようで、女の味に飢えているかのようなキス。
だが、どこか意地悪なキス。
「おまえなんで俺と一緒にブラックの表彰式に出なかったんだ?あいつがせっかく優勝したってのに、おまえに祝ってもらえなかったってショック受けてたぞ?」
最近の俺は馬の気持ちがわかる。何しろあいつも愛しい女のために頑張ってるんだ。
その女の馬主である女から祝福してもらいたいって思うだろ?
「だ、だって・・恥ずかしいじゃない・・10万人もいるんだし・・」
「おまえ、いい加減に慣れろ。俺と結婚したら10万人以上の人間の前にだって出ることがあるぞ」
「ご、ごめんね?」
素直にあやまる女。
・・いや。いつも頑固な女がそう素直にあやまれると逆に俺も困るんだが・・
「許してやんねぇ」
と強面に言う男。
だがその顔は笑っている。わざとらしく作られた厳めしい表情。
司の顔は牧野つくしの前だけでほほ笑む。
肉食獣の餌となる女。
その女は頑固なところもある女。
だから時に、謙虚なんて文字は司の頭の中から無くなることもある。
つまり恋愛は戦争ってことだ。何しろこいつの頑固さは昔っから変わらねぇ。
昔、まだ俺に振り向いてくれなかった頃、愛しい女のハートを勝ち取るためには、どんな手段でも用いなきゃなんねぇってことがあった。欲しいものを手に入れる為には努力を惜しまない。だが、何かをすごく欲しいと思ったら待つことも必要だと知った。
こいつと知り合わなければ、待つことを学ぶことはなかったはずだ。
だから俺は列に並んだ。
今まで列に並ぶ必要がなかった男が、おまえが欲しくて列に並んだ。
そして待った。
恋に焦りは禁物だというが、待てないこともあった。
だが待った。
おまえの気持ちが俺に向くようにと。
一人で生きて行くのは嫌だから。
俺の一番相応しい場所はおまえの傍だけだ。
それに俺はクリスマスじゃなくても年中こいつからプレゼントをもらってる。
それは俺だけに向けられる微笑み。
そして温かみと愛情。
・・まきの。
俺を選んでくれてサンキュー。
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