一緒に踊ってくれないか?
永遠に。
共に人生のダンスを。
司はようやく女の姿を見つけた。
化粧室へ行くと言ってパーティーを抜け出した女がなかなか戻って来ないことが不安だった。女は昔から彼を心配させることばかりしてきた。いや。彼の方が女については心配し過ぎていることが多いのかもしれない。司はいつも女の姿を目で追っていた。
瞳はいつも女を欲しがっていた。
それは周りの誰もが知っていることで、隠すことのない欲望を含んだ視線。
はじめて視線を交わした瞬間から彼の中にあった想い。
だが、その瞳を受け止めてもらえるまでは随分と時間がかかった。
何故ならその瞳で見つめるたびに驚かせ、怖がらせることばかりだったから。
彼の瞳は見るものを虜にすると同時に恐怖を与えることもあった。
目で人を殺すという言葉があるが、それを体現させることが出来る男だと言われていた。
氷のように冷たく、ナイフのように鋭い視線。そんなことを言われていた時もあった。
だがそんな瞳も今は愛に溢れていた。
彼の瞳に溢れる愛。それは愛しい女を思えばこそ溢れる想い。
そんな瞳が語るのは、人を愛するとはこんなにも素晴らしいことだったのかという想い。
今までいったい何処にいた?
風が冷たい夜だというのに、テラスに佇む女。
眼下に広がる街の明かりを見ているのか、それとも見ていないのか。
大都会の中心部に建つホテルは彼のもので、その中で開かれているパーティーを抜け出した女。彼の目に映る後ろ姿は華奢で、抱き込めばその腕の中にすっぽりと納まるほど小さかった。
どうした?
何を考えてる?
そう思わずにはいられない姿がそこにあった。
静かに近づいた男は自分の上着を脱ぐと、寒そうに震える肩にそっと着せ掛けた。
幅の広い肩を覆っていたタキシードの上着は、女の体の全てを覆い隠してしまうほどだ。
ドレスシャツに蝶ネクタイ、引き締まった腰に巻かれたカマーバンド、そして長い脚を包む黒いスラックス姿の男。その姿はモデルよりもモデルらしい。そんな男の黒い髪が風に乱れると挑発的に見えるのは何故か。
彼は婚約者となった女の肩をそっと抱き寄せると、腰へと手をまわした。
そして優しくほほ笑みかけた。
「中へ入ろう。パーティーを楽しめ」
「誰のためのパーティーなの?」
と司を見上げて柔らかくほほ笑む女。
「俺とおまえのためのパーティーだ」
かつて世の中のルールなど全てを無視していた男。
自分の周りにいる全てのモノに反抗的な態度をとっていた男。
そんな男も愛する女が出来ると変わった。
だがまだその頃愛を知るには、本当の愛を知るには幼かった男だった。
彼の目に映るのは当時と同じ眩しいほどの輝きを持つ女。
キラキラと輝く瞳と豊な表情。それはいつまでたっても彼の心の中に刻み込まれている。
4年間という長い別れを経験し、もうだめかもしれない。そう思ったこともあった。
だがこうして二人は今も一緒にいる。
それは二人の愛の強さを証明してみせたことになる。どんなに離れていても、どれだけ時が流れようと変わらなかった二人の想い。互いを信じる気持ちさえあれば、どんなことでも乗り越えられる。そう信じていた。
「疲れたのか?」
「えっ?」
「無理すんな。こんなパーティーなんかよりおまえの体の方が大事だからよ」
「大丈夫だから・・」
いつもそうやって無理をする女。
だから俺が気を付けてやる。
昔っからこの女は全てのことに対し無理ばかりしていた。
そんなこいつが危なっかしくて、いつも後ろから追いかけていたのは俺。
他人に対して無防備で、それでもいつも周りにいる奴らに気を使い、頼まれれば決してノーとは言わない女。
そんな女が愛おしくて、振り向いてもらいたくて、いつも後ろを追いかけていた。
馬鹿みてぇな別れとか、どうしようもねぇ別れとかあったけど、それでも俺はこの女が忘れられなかった。
他人がどう言おうが、そんなことはどうでもいい。
ただ、この女が俺の傍にいてくれたらそれでいい。
そんな想いを抱えていた高校時代。だからこいつにも、周りの奴らにも迷惑をかけた。
恋の始まりは、春の野火が野原の枯草を燃やすようにゆっくりと、だが確実に彼の心に広がっていた。そして気づけば一気に燃え上がるほどの大火となっていた。
情熱の炎というものがあるなら、それはまさに彼の恋の炎。
一度放たれた炎は決して消えることが無く、今でも彼の心の中にある。
好きだ。
愛してる。
ずっと言ってきた想い。
決して静まることのないこの気持ち。
それは17歳の頃から変わらぬ愛しさ。
本物の愛を知ったあの頃から、いつまでたっても色褪せることのないこの想い。
彼は、司は彼女を心の底から愛している。
司はビジネスと事業計画については自信に溢れている男だと言われるが、こと愛する女のことになると不安を感じてしまうことがある。
どこか体の調子が悪いのではないか。
悩んでいることはないか。
昔の俺なら考えもしないようなことが次々と頭に思い浮かぶことがある。
今夜だってそうだ。
化粧室に行ったままでなかなか戻って来なかった。
探してみればひとりテラスでぼんやりしてるなんて、どう考えても悩みがあるとしか思えない。だが、この女は悩みがあっても自分ひとり抱え込む人間だ。
昔っから何度言ってもなかなか打ち明けようとはしない。
だから俺までイライラしちまう。
そうなると思わず周りの奴らにも当たり散らすことがある。
だから言ってるだろ?
おまえがなんか考え込んでると俺は不安なんだよ。
悩みがあるなら俺に言ってくれないか?
なあ。
ずっと言ってきただろ?
おまえのことが好きでたまんねぇって。
だからおまえのことは俺が一生守って行く。
昔経験したように不安という殻の中に閉じこもるってのは見たくない。
そのとき、ふとした仕草で見せるのはわたしと踊っての合図。
視線を斜め45度上目遣いに向けるのは、こいつの昔からのお願いスタイル。
そんな上目遣いに弱いのはあの頃と同じ。俺の瞳がおまえを欲しがるのと同じで、おまえの瞳も俺が欲しいと言ってるはずだ。
交わされる互いの視線に不思議な力があるのは、あの頃と違って二人が大人になった証拠。
背中に手にまわして踊るのはワルツ。
俺が高校を卒業するときのパーティーで踊ることが出来なかったが、あれからパーティーに出ることがあれば必ず1曲は踊る。
だから俺もこいつも今では息のあったダンスが出来る。
仕草だけで、言葉も会話もなく互いの想いを伝え合うことが出来ることが、今の二人にとってはいいのかもしれない。ヒールを履いても肩に届くか届かないかの背の高さは、俺にとっては一番抱き心地がいい。そんな女を胸の中に抱きしめると、決して離さないという想いを伝えることが出来る。
今夜こうして体を寄せ合って踊るだけで優しい気持ちにさせてくれるのは、この女が俺にかける魔法。
今宵が永遠に続けばいいといつも思うのは決して俺だけじゃないはずだ。
なあ。
俺に伝えたいことがあるんだろ?
おまえ、さっき何を考えてたんだ?
教えてくれないか?
司はつくしの匂いを吸い込みながら、その体を抱きしめていた。

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瞳はいつも女を欲しがっていた。
それは周りの誰もが知っていることで、隠すことのない欲望を含んだ視線。
はじめて視線を交わした瞬間から彼の中にあった想い。
だが、その瞳を受け止めてもらえるまでは随分と時間がかかった。
何故ならその瞳で見つめるたびに驚かせ、怖がらせることばかりだったから。
彼の瞳は見るものを虜にすると同時に恐怖を与えることもあった。
目で人を殺すという言葉があるが、それを体現させることが出来る男だと言われていた。
氷のように冷たく、ナイフのように鋭い視線。そんなことを言われていた時もあった。
だがそんな瞳も今は愛に溢れていた。
彼の瞳に溢れる愛。それは愛しい女を思えばこそ溢れる想い。
そんな瞳が語るのは、人を愛するとはこんなにも素晴らしいことだったのかという想い。
今までいったい何処にいた?
風が冷たい夜だというのに、テラスに佇む女。
眼下に広がる街の明かりを見ているのか、それとも見ていないのか。
大都会の中心部に建つホテルは彼のもので、その中で開かれているパーティーを抜け出した女。彼の目に映る後ろ姿は華奢で、抱き込めばその腕の中にすっぽりと納まるほど小さかった。
どうした?
何を考えてる?
そう思わずにはいられない姿がそこにあった。
静かに近づいた男は自分の上着を脱ぐと、寒そうに震える肩にそっと着せ掛けた。
幅の広い肩を覆っていたタキシードの上着は、女の体の全てを覆い隠してしまうほどだ。
ドレスシャツに蝶ネクタイ、引き締まった腰に巻かれたカマーバンド、そして長い脚を包む黒いスラックス姿の男。その姿はモデルよりもモデルらしい。そんな男の黒い髪が風に乱れると挑発的に見えるのは何故か。
彼は婚約者となった女の肩をそっと抱き寄せると、腰へと手をまわした。
そして優しくほほ笑みかけた。
「中へ入ろう。パーティーを楽しめ」
「誰のためのパーティーなの?」
と司を見上げて柔らかくほほ笑む女。
「俺とおまえのためのパーティーだ」
かつて世の中のルールなど全てを無視していた男。
自分の周りにいる全てのモノに反抗的な態度をとっていた男。
そんな男も愛する女が出来ると変わった。
だがまだその頃愛を知るには、本当の愛を知るには幼かった男だった。
彼の目に映るのは当時と同じ眩しいほどの輝きを持つ女。
キラキラと輝く瞳と豊な表情。それはいつまでたっても彼の心の中に刻み込まれている。
4年間という長い別れを経験し、もうだめかもしれない。そう思ったこともあった。
だがこうして二人は今も一緒にいる。
それは二人の愛の強さを証明してみせたことになる。どんなに離れていても、どれだけ時が流れようと変わらなかった二人の想い。互いを信じる気持ちさえあれば、どんなことでも乗り越えられる。そう信じていた。
「疲れたのか?」
「えっ?」
「無理すんな。こんなパーティーなんかよりおまえの体の方が大事だからよ」
「大丈夫だから・・」
いつもそうやって無理をする女。
だから俺が気を付けてやる。
昔っからこの女は全てのことに対し無理ばかりしていた。
そんなこいつが危なっかしくて、いつも後ろから追いかけていたのは俺。
他人に対して無防備で、それでもいつも周りにいる奴らに気を使い、頼まれれば決してノーとは言わない女。
そんな女が愛おしくて、振り向いてもらいたくて、いつも後ろを追いかけていた。
馬鹿みてぇな別れとか、どうしようもねぇ別れとかあったけど、それでも俺はこの女が忘れられなかった。
他人がどう言おうが、そんなことはどうでもいい。
ただ、この女が俺の傍にいてくれたらそれでいい。
そんな想いを抱えていた高校時代。だからこいつにも、周りの奴らにも迷惑をかけた。
恋の始まりは、春の野火が野原の枯草を燃やすようにゆっくりと、だが確実に彼の心に広がっていた。そして気づけば一気に燃え上がるほどの大火となっていた。
情熱の炎というものがあるなら、それはまさに彼の恋の炎。
一度放たれた炎は決して消えることが無く、今でも彼の心の中にある。
好きだ。
愛してる。
ずっと言ってきた想い。
決して静まることのないこの気持ち。
それは17歳の頃から変わらぬ愛しさ。
本物の愛を知ったあの頃から、いつまでたっても色褪せることのないこの想い。
彼は、司は彼女を心の底から愛している。
司はビジネスと事業計画については自信に溢れている男だと言われるが、こと愛する女のことになると不安を感じてしまうことがある。
どこか体の調子が悪いのではないか。
悩んでいることはないか。
昔の俺なら考えもしないようなことが次々と頭に思い浮かぶことがある。
今夜だってそうだ。
化粧室に行ったままでなかなか戻って来なかった。
探してみればひとりテラスでぼんやりしてるなんて、どう考えても悩みがあるとしか思えない。だが、この女は悩みがあっても自分ひとり抱え込む人間だ。
昔っから何度言ってもなかなか打ち明けようとはしない。
だから俺までイライラしちまう。
そうなると思わず周りの奴らにも当たり散らすことがある。
だから言ってるだろ?
おまえがなんか考え込んでると俺は不安なんだよ。
悩みがあるなら俺に言ってくれないか?
なあ。
ずっと言ってきただろ?
おまえのことが好きでたまんねぇって。
だからおまえのことは俺が一生守って行く。
昔経験したように不安という殻の中に閉じこもるってのは見たくない。
そのとき、ふとした仕草で見せるのはわたしと踊っての合図。
視線を斜め45度上目遣いに向けるのは、こいつの昔からのお願いスタイル。
そんな上目遣いに弱いのはあの頃と同じ。俺の瞳がおまえを欲しがるのと同じで、おまえの瞳も俺が欲しいと言ってるはずだ。
交わされる互いの視線に不思議な力があるのは、あの頃と違って二人が大人になった証拠。
背中に手にまわして踊るのはワルツ。
俺が高校を卒業するときのパーティーで踊ることが出来なかったが、あれからパーティーに出ることがあれば必ず1曲は踊る。
だから俺もこいつも今では息のあったダンスが出来る。
仕草だけで、言葉も会話もなく互いの想いを伝え合うことが出来ることが、今の二人にとってはいいのかもしれない。ヒールを履いても肩に届くか届かないかの背の高さは、俺にとっては一番抱き心地がいい。そんな女を胸の中に抱きしめると、決して離さないという想いを伝えることが出来る。
今夜こうして体を寄せ合って踊るだけで優しい気持ちにさせてくれるのは、この女が俺にかける魔法。
今宵が永遠に続けばいいといつも思うのは決して俺だけじゃないはずだ。
なあ。
俺に伝えたいことがあるんだろ?
おまえ、さっき何を考えてたんだ?
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