2018
06.21

出逢いは嵐のように 50

女性経験が豊富で結婚に興味がない男が、女の方から一時的な関係でも構わないと言われることは、願ったり叶ったりの話のはずだが、それにしても、今まで女からそんな言葉を言われたことはなく正直面食らった。
そして策を弄して男を罠にかけるといったことはしない女のその態度は、潔ささえ感じられた。

司が牧野つくしと姪の夫である白石隆信についての報告を求めたのは、朝の早い時間。
だが、有能な秘書は夕方には牧野つくしについての詳しい報告と、白石隆信のここ1週間の様子を知らせてきた。
そして牧野つくしについての報告は、以前手に入れたものよりも詳しく書かれていた。

家族構成は、今は亡き両親と長野の農協で営農指導員として働く弟。
その弟も真面目な性格で結婚し家庭を築いていた。
そして大学時代の交友関係。その中には女が話したように法学部の男と、経済学部の男が存在したが、法学部の男は弁護士になり父親の法律事務所で働いている。
そして経済学部の二股をかけていたという男は、中堅どころの広告代理店で働いていた。

そして過去に付き合った男はこの二人だと言ったが、確かに社会人になってから付き合っていた男はいないと書かれていた。

そしてパソコンの画像はジーンズにカットソー姿の大学生の牧野つくし。
髪はショートカットで今よりも短く、顎より少し下の長さで両サイドは耳にかけている。
化粧っ気はほとんどなく、人の好さそうな顔をしていた。

やがて大学を卒業した女は、入社後社会人として企業人の意識が芽生えたのか。
社内報に載った歓迎会で写された姿は笑っている画像だが、それは控えめな笑顔といった感じだ。
真面目に働く牧野つくしの評判はよく、期待に応える仕事をする女は貴重な人材といった評価がついていた。やがて同期入社の社員たちのうち、女子社員は結婚して会社を去ったが、牧野つくしは35歳になっても独身で働いていた。

美奈によれば隆信と付き合っているのは1年前からということになるのだが、勤怠管理システムの記録が嘘をつくことは出来ず、過去1年の女の仕事は忙しく、どうしてもしなければならないという残業も多かった。

隆信との逢瀬を重ねていたとすれば、その時間はいつだったのか。
二人の接点は何なのか?二人はどこで知り合ったのか?
1年前牧野つくしはスポーツクラブへ通っていたと書かれているが、隆信はそのクラブへ通ってはいない。
それに営業ではない女は一日中社内といった状況だ。社外に出るとすれば、昼休みか帰宅の時だが、隆信は役員として秘書が付いていて、勝手気ままに動くということは出来ない。
過去1年の隆信の出張履歴を見るが、それに合わせ女が休みを取った形跡もない。

それでも、日曜や祝日には、接待ゴルフだと言って家を出ることもある。
早い時間に車が迎えに来てゴルフクラブを積み込めば、行き先はゴルフ場だと思う。
だがゴルフに行くと言って家を出たが、実際には行かなかった日もあったと考えられる。
と、なると、その日が牧野つくしのマンションに向かったということになるのだろうが、無理矢理作った休日に女の部屋で会っていたということなのか。
それならマンションの防犯カメラの映像を確認すれば分かるはずだが、警察でもない限り、画像を見せろというのは簡単にはいかないはずだが、管理人を丸め込めばいい。
金で解決できる問題は金を使えばいい。有能な秘書は司の意を汲み既に動いているはずだ。

そして牧野つくしが日本を離れている今、偶然なのか隆信は地方都市のマンション建設現場の視察に出かけていて東京にはいない。
今の段階で報告を見る限り、牧野つくしと白石隆信の接点は見当たらなかった。
だがどんなに注意しても隙といったものは必ずある。嘘はいつかバレる。
いや。ごく稀にバレないこともあるが、美奈は妻という立場から夫の異変に気付いたが、こうして牧野つくしを調べている自分は、まるで浮気をした妻の素行調査をしているようだ。だがそれは結婚を望まない男には実際にはあり得ないことだ。
だがこうして女の写真を眺めていると、若い頃の牧野つくしには自然に惹き付けられるものがあった。

そして歓迎会から少し後でグンター・カールソンと出会うことになった訳だが、二人が出会った頃の自分は何をしていたか。
経営の根幹を担う人物として歩き始めた男に、心を許せる女はいなかった。
恋をすることなど考えたこともなく、ビジネスのことだけを考えていた。
だが牧野つくしとグンター・カールソンはその頃知り合い、そして再び出会い友情の絆を結んだようだが、こうしてあの男のことが頭を過ったということは、あの男に嫉妬を感じているとでもいうのか。牧野つくしとは切れることのない友情というものを結んだカールソンに対しての嫉妬なのか。判断がつかなかった。



司はパソコンに送られてきていた報告にひと通り目を通すと、目を閉じ暫くじっとしていた。
朝食を取る習慣のない男は、朝っぱらから美味そうに食事をする女を目の前にコーヒーを飲み、西田から渡された書類に目を通した。
そして時間が来るとペントハウスを後にしたが、車内で今夜牧野つくしと一緒に食事をとる約束をした。それは恋を楽しみたいと言った女と恋人としての初めての食事。
何か食べたい物があるかと訊いたが特にないと言われ、邸から来るシェフの料理が美味いと言った。それならペントハウスでゆっくり食事をするのもいいかと思うも、せっかくのニューヨークだ。レストランでの食事にしようと言った。


閉じていた目を開き、時計を見ると7時を過ぎていた。
約束の時間がある訳ではないが、ニューヨーク滞在は今夜を含めあと二日。
今夜は今までとは違う夜になるはずだ。
そしてその後に男女の仲になるとすれば、いきなりは嫌だと言った女が望んだということになる。

司はパソコンの電源を切ると立ち上った。
そして広い執務室を横切ると、部屋の扉を開け廊下へ出た。





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2018
06.20

出逢いは嵐のように 49

ニューヨーク滞在もあと二日となった。
今日は秘書見習いとして副社長に付き従い出社する予定だ。
昨夜はあれから二人の間に時間と空間が出来たことが、気持ちを落ち着かせるためにも良かったはずだ。
それは付き合うことを決めたキスだけの夜の時間。
その言葉通りでキス以外何もなかったが、つくしの頭の中では、自分が口にした言葉から、そうでないものまで色々なことが渦巻いていた。

恋愛に関する過去の経験は片手でも足りる数しかないというのに、相手は経験豊富な男性だ。そんな男性を相手にいったい自分はどうしてしまったのか。
いつもなら用心を促す声といったものが頭の中に聞こえ、友人には石橋を叩いて渡る前に叩き壊してしまうのではと言われるほど恋や男性については慎重だったはずだ。
それにここ何年も男性を前にしてもドキドキすることなどなかった。
実際副社長から惚れたと言われた時も、戸惑いと困惑の方が先に立つばかりで、まさか自分がこんな風になるとは思いもしなかった。
こんな事を考えるとは思いもしなかった。

もし今ここに三条桜子がいたら、何と言うだろう。
つくしの行動に驚いた後、こんなことを言うはずだ。

『秋の花火ですね。季節を間違えて打ち上がったとしか言えませんね。それも去年の夏に使い切れずに残っていたロケット花火。つまり忘れられていた花火に火を点けてみたら燃え上がったって感じでしょうか』

昨日の夜は、あれから部屋に戻りベッドに入ったが、眠りに落ちることが出来ず、寝返りばかりをうっていた。そしてついに夜明け前には起き出して早々に支度をしたが、どんな顔で会えばいいのか。
どんな顔をして朝食を食べればいいのか。
だがいつまでも部屋の中で考えていたところで何がどうなるものではない。
それに自分の態度と言葉に責任を持つのが大人の女だ。

それにしても、つくしの立場で道明寺副社長と付き合うということは、無謀のような気もするが、だんだんと惹かれていく自分がいた。
そしてそれは、グンターと会いながら頭の中で副社長のことを考えていた自分がいたからで、もしグンターと会わなければ気付かなかったことなのかもしれない。
そしてその後に起きた男に襲われそうになったことが、こうして一歩踏み出すきっかけとなったことは間違いないと言える。
胸が早鐘を打ったのはそれからなのだから。

そして傷付いた靴の代わりに新しい靴を用意してくれたのは、気まぐれだとしても嬉しかった。
ニューヨーク滞在があと二日となった今、もうあの靴を履くことはない。
だから靴が入れられていた箱の中にあった靴用の袋に納めたが、柔らかな本革の靴は、正確な値段は分からないが、ブランドの名前からして最低でも1000ドルはするはずだ。きっと桜子ならこの靴について詳しいはずだ。そしてつくしがそんな高い靴を買うことがないと知っている女は、絶対に訊くはずだ。
その靴。いただいたんですね?と。


つくしは、バスルームまで行くと、鏡を見て髪にブラシをかけた。
真っ黒な髪は、落ち着いて見えるが華やかさには欠ける。いつか桜子が少し茶色にしてみますか、と言ったことがあったが似合わないからと断った。
けれど、副社長と付き合うならもう少しおしゃれにした方がいいのだろうか。それとも、長い金髪の女性と交際したことがあると言われる男性は、髪の色には拘らないのか。
髪をとかし終えると、口紅を取り出した。
淡いピンクは春の色だが、つくしは年中この色だ。季節によって色を変えるといったことはしない。けれど、初夏のニューヨークの街角でビビッドなピンクを塗った女性を大勢見た。すると淡い色というのはこの街に似合わないような気がしてきた。

赤い口紅が似合わないことは分かっている。だが、ビビッドなピンクも唇が浮いてしまうだろう。それなら明るいピンクならどうだろうか。鏡を見ながら考えたが、今更顔立ちが変わることはないのだから、やはり淡いピンクが自分の顔には合っているのだろう。
そう思いながら口紅を塗った。そして鏡から少し離れスーツの皺を伸ばした。
今まで自分がどう見えるなど気にしたことはなかった。
だが、今は気になっていた。












司はシャワーを浴び、バスローブを羽織るとベッドに腰を下ろした。
昨日の夜は、いきなりセックスをするのは嫌だと言って顔が赤くなった女がゲストルームに引き上げるのを見送った。

それにしても過去の楽しかったと言えない恋愛のことを、バカ正直に答えた女は、グンター・カールソンのように金がある男に言い寄られたことを自惚れることもなければ、おかしな見栄を張るといったこともなかった。
そして司と付き合うことを決めたと言ったが、自分の立場は分かっている。
そして二人の間に結婚というゴールが無いことを納得した上での付き合いだと言った。
つまりそれは、然るべき時が来たら別れることを承知で付き合うということだ。

そして司と恋を楽しみたいと言った女は、1年に渡る白石隆信との関係を清算するということだ。そうでなければ司と付き合うことは出来ないはずだ。
それに司も他の男と女を共有するつもりはない。昨日の夜はキスだけで終わったが、牧野つくしを抱くときは、他の男のことなど思い出させないほど燃えるような愛の行為になるはずだ。


それにしても、受動型の恋愛しか経験したことがないというのなら、白石隆信との関係は、隆信の方から声をかけたということか。
道明寺系列の不動産会社の役員である隆信と、産業機械専門商社の女の接点はどこにあったのか。牧野つくしが話した過去に嘘が挟み込まれていたとは思えないが、確証は得ていない。
司はスマホを手に取ると西田に電話をした。

「牧野つくしのことだが詳しく調べろ。......それと白石隆信の最近の様子を連絡させろ」





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2018
06.19

出逢いは嵐のように 48

美奈のこととは別に心の中に居座りそうな何かの正体を知りたかった。
湧き上がっている思いを確かめたかった。
控えめに味見をするようなキスをして、唇を離し女の顔を見れば、瞼を閉じたままの状態でいた。そしてその様子はまるで次のキスを待っているように思えたが、やがて瞳が開かれると黒い瞳は司の顔をボーっと見つめていた。
そして突然何かに気付いたように口を開いた。

「あ、あの_」

だが司は言いかけた女の言葉を遮った。

「何も言わなくていい。感じればそれで」

柔らかな唇は、司が遮ったことで半開きの状態だ。その唇に顔を近づけ再び唇を重ねようとしたとき、二人の息が交じり合うのが感じられた。
すると二人とも一瞬息を止めたが、司は片手で女の顎を掴み、もう片方で身体を引き寄せ唇を重ねたが今度のキスは味見ではない。しっかりと唇を合わせ、舌を差し入れた。
そして司は舌を女の舌に絡めようとした。だがその途端、女の身体に力が入り小さな手が司の胸を押しているのが感じられた。

司はその手を無視してキスを続けようとした。
だが執拗に胸を押し返す小さな手は司のネクタイを掴むと強く引っ張った。だから仕方なく顔を上げたが見下ろす女の顔は真っ赤だった。

「ち…..ちょっと待って!い、いきなり_」

「フレンチキス。恋人になるならこのくらいはするはずだが?それに俺は男と女の間にプラトニックな関係があるとは思わない男だ。付き合うってことは、身体の関係を含めた上のことを言うがお前は違うのか?」

そう言って再び唇を寄せようとしたが、小さな手は再び司の胸を押し返そうとしていた。
だが、いくら押し返したところで厚い胸板に敵うはずはないのだが、女は分からないのか。
なんとか唇を阻止しようとしている様子が可笑しかった。
そしてその手の感触は嫌なものではなく、シャツを通して感じられる手の温もりはフェザータッチといったところだ。

司にとってセックスは相手が好きという感情がなくても出来るものだが、性的に飢えている若者とは違い行き着く先が分からないという状況に陥ったことはない。
そして司は女に溺れ自分を見失うことはないという自信がある。
実際今までもそうであり、牧野つくしに対し抱いている感情が何にしろ、それだけは確かなはずだ。
それに単純な動物的欲望を抑えることがいいことだとは考えてはいない。
だがだからといって手あたり次第という男ではない。
だが御座なりな態度を取ることがほとんどだったはずだ。

そしてこれから牧野つくしと付き合うことは、自分自身が興味を抱き、今までに感じたことがない理解出来ない感情が何であるかを確かめたいという思いと、遠い昔の恋愛話をしたが、それ以外の話はしなかった女に嘘があるかどうかを確かめるためだ。
だから女を抱くことで理解出来ない感情が何であるのか分かるなら、すぐにでも抱きたいと思った。だがその前に女に伝えておくことがあった。
道明寺司と付き合うということは、どういうことかを。


「それから二人が付き合うにあたって言っておきたいことがある」

司はそう言って女の顔をじっと見た。

「俺は付き合ってくれと言ったが結婚相手を探している訳じゃない。将来を約束する関係じゃないがそれでもいいんだな?」

司の問いかけに女は押し黙った。
それは司と付き合うことで、手に入れる物の大きさを測っていて、期待外れだというなら彼との付き合いを考えるはずだ。
だが美奈の夫を捨てさせるためにこうしているのだから、付き合いを止めると言われては困るのだ。
ところがそうではなかった。
牧野つくしの口からは止めるという言葉は出なかった。

「副社長。私は誰かの付属品でいることはしたくありません。今までも誰かの付属品でいたことはありません。自分の足で立って生きてきました。こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、私は副社長のお金には興味はありません。恋愛は受動型ですが人生は受動型ではありません。人に何かをやってもらいたいといった人間ではないと思ってます。
それに副社長の立場から言えば、私との結婚を考えてないとおっしゃられても当然だと思います。立場が違いすぎますから。
それから私は男女交際が結婚を前提でなければ駄目だと考える人間ではありません。
今の私は恋に飛び込んでみたいんです。今までこんな気持ちになった人はいません。…だから副社長との恋を楽しみたいんです」

恋を楽しみたい。
そんな思いもしなかった言葉を訊かされ、司を見つめる黒い瞳に垣間見えたのは、恥ずかしそうにしながらも、恋を夢見る少女ではないがキラキラとした輝きだった。
そして牧野つくしが言った言葉は、何故かすんなりと受け止めることが出来た。

「分かった。それなら早速_」

「ちょっと待って!でも違うの!」

急に慌ててくだけた口調になったのは、司が再び彼女にキスをしようとしたからだ。

「あの、私たち付き合うことに決めたとしても、いきなり….その…..」

恥ずかしそうに言葉を探す様子と、なぜだか知らないが、いちいち赤くなる顔やコロコロと変わる表情に吸い寄せられる。そして司は牧野つくしが何を言いたいのか理解した。
だから言葉を継いだのは司だ。

「いきなりセックスは嫌か?」

その言葉に小さく頷く女の意志は司に伝わった。
だがそれが強い意志なのかと言えば、そうなのだろう。
だがいい年をした大人の男が手を繋ぐだけの付き合いで満足するとは考えてはいないようだ。
ただ、いきなりが嫌だというだけで、きっかけなりそれなりの時間が経てば男の腕の中に飛び込んでくるはずだ。そして司にはそうさせる自信がある。

「分かった。そんなに警戒するな。今夜は俺たちが付き合うことに決めたキスだけの夜ってことだな」

と口にしながら、いずれ身体の関係を結ぶことは間違いないが、壁は簡単に乗り越えられると分かった男は、牧野つくしの赤く染まった顔に笑顔を向けていた。





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2018
06.18

出逢いは嵐のように 47

『今でも私と付き合いたいと思いますか』

司は今までそんな言葉を言われたことはなかった。
それは彼が自分から誰かと付き合いたいといった言葉を口にしたことがないのだから、当たり前なのだが、改めてそう言われると可笑しな気分だった。

だが恋を仕掛けたのは司であり、その網にかかったのが目的としていた獲物なのだから、何も考えずにそうだと言えばいいはずだ。
だが司は牧野つくしの真剣な瞳に、当初の目的とは別の想いを抱き始めたことを否定できなかった。そして牧野つくしが口にした言葉を確かめたいといった思いがしていた。

女の話を訊く限り、男女関係には疎いと言ったが本当にそうなのか。
誰かを傷つけてまで恋をしたくないと言い不倫を否定する女は、果たして本当に言葉通りの女なのか。そう考えると牧野つくしがどんな女か。美奈の言葉ではなく、自分自身が牧野つくしを調査すればいい。今初めてそんな気持ちになった。


「俺は今でもお前と付き合いたいと思ってる。それでお前はどうなんだ?」

女の口から司が好きだという言葉はないが、今の状況は過去の恋愛話の中で曖昧に頷いたことで付き合いを始めた時とは明らかに違うはずだ。
二十歳そこそこの大学生とは異なり、社会に出て何年も経つ人間となれば、思考の深い部分で考えることが出来るはずだ。それに司は、はじめこそ強引な態度だったが、グンター・カールソンが現れてからは距離を置くことをした。

それは、カールソンにお前の女は別の男と不倫をしていると告げるためであり、そしていずれ白石隆信にも同じことを分からせるつもりでいたからだ。
だがカールソンとはただの友人関係だと言い、誰かの幸せを奪ってまで男と付き合うつもりはないと言う倫理観の持ち主は、司の問いかけに何と答えるのか。



「…..怒ってますよね?」

答えは意外な言葉で返された。

「副社長、怒ってるんですよね?怒るのも分かります。私の過去の恋愛は能動的ではありません。思い切ったことが出来ない….つまり恋愛は受動型です。相手が言って来たから付き合ったといったパターンです。恋愛については自分から何かを踏み越えることはしてこなかったんです。同じ年頃の女性よりも数歩遠のいていたんです。
…..いえ、数歩どころじゃないと思います。何十歩も遠のいていたと思います。でもいつまでもこんな状況でいる自分ではいけないと思ったんです。いつの間にかですけど、副社長のことが気になるようになれば素直に自分の気持に向き合ってみることにしたんです。
…..だからお付き合いしたいと思ってます」


質問の答えは最後に返されたが、今の牧野つくしの顔は頬を赤く染め、緊張しているのか、奥歯を噛みしめじっと司を見ていて、放たれた言葉は精一杯の言葉だ。
そしてこんな態度でごめんなさいと言っているように思えた。

そんな女が示すこんな態度とは、今まで誰とも付き合うつもりはないと言っておきながら、掌を返すとは言わなくても、これまでは恐る恐るといった態度で近づいていた獣に対し、急に自らの手で餌を与えたいといった近寄り方だ。
だが同時に言いたいことを言ったことで、安堵とも満足とも言えない表情も見て取れる。
それにしても、司に怒っていると訊いたのは何故なのか。
司の態度に怒りを感じたということか?
黒い大きな瞳は司の反応を窺うように訊いていた。だから司は訊いた。


「どうして俺が怒ってると思うんだ?」

「だってそう見えるんです。グンターも言いましたが、副社長はひと前ではあらわな愛情表現をしない人だって言われました。それに_」

「牧野。お前、俺と付き合うなら軽々しく他の男の名前を口にするな」

司は女が言いかけた言葉を遮った。
それは感情が湧き上がったからだ。
だがその感情にはまだ名前はなかった。けれど、ほんの一瞬今の感情に名前を付けるとすれば、何と付けるのか。だが今はその感情に名前を付ける必要はない。

そしてそれがどんな感情だとしても、司と付き合うことになれば、美奈の夫である白石隆信を含む他の男との関係は一切なくなる。それに本当に牧野つくしが司の予想していた愛人像とはかけ離れた場所にいる女かどうか確かめるためにも、他の男が傍にいることは望ましくない。だから他の男の名前は必要ない。

「お前はカールソンのことは友達だと言った。だがカールソンは違う。あの男はお前から恋人にはなれないと言われるまでお前の恋人になりたかった男だ。お前のことを好きだと言った男だ。女の口から言われるいい人だけど友達だという言葉は、都合のいい言葉だ。お前の中では友達という曖昧な言葉で片付いたとしても、あの男の心の奥底はそうじゃないはずだ」

司はそこまで言うと深く腰掛けていたソファから立ち上がった。
そして司がテーブルの向うからつくしの方へ近づいて行くと、その様子に女は奇妙なほどうろたえた。それはまるで、この場所にいるのが二人だけだということに急に気付いたといった様子だ。そしてつられて立ち上がるではないが、何故か女も立ち上った。
だが立ち上がってみれば前はテーブル。後ろはソファ。そして身体を横に向ければ司が目の前に立っていて、ふたりの距離はわずかだった。

そこで女は何を言えばいいのか考えていたが、思いつかないのか。暫く黙ったまま司をじっと見つめていたが、司は女が口を開く寸前に彼女の頬に手を触れた。そして斜め下から見上げる黒々とした瞳が動揺した様子に笑った。

「俺たち付き合うんだろ?」

だがその問いかけに何と答えればいいのか。
女は考えていたが、ごくりと唾をのみ込んで頷いた。

「そうか。それならまず初めに挨拶が必要だ」

司はそう言うと頬に手を当てたまま、顔を近づけると唇にキスをした。





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2018
06.16

出逢いは嵐のように 46

目的を持って近づいた男に信頼を寄せるようになる。
それがたとえ心理学上の出来事が大きく影響しているとしても、牧野つくしが口にした言葉は、司のことが好きだという意思を示していた。

司は牧野つくしに恋を仕掛けたが、結婚はもちろん婚約の経験もない男は本気で恋をするつもりはなく、あくまでも姪の美奈の願いを叶えるためだった。
そんな男に向かって放たれた男性と付き合った経験が少ないという言葉。それが本当なら美奈の夫との付き合いは、その数少ない内に入るのだろうか。これまでの人生で何人の男と付き合ったのか知らないが、司の視線に頬が赤く染まり、彼に反応しているのが分かる。

人間の本質というのは変わるものではない。
それは生まれ持ったものや育った環境という資質が影響を与える。だから牧野つくしがバカ正直にグンター・カールソンとのデートの結末を話したのは、生まれ持ったものがそうさせたのか。それとも親の教育の結果なのか。
どちらにして牧野つくしが複雑な女ではないことは証明された。
それならと司は思った。
もし今ここで、お前は白石隆信の愛人かと問えばなんと答えるのかと。

だが牧野つくしが司のことが好きだというなら、美奈の夫に近づかないように出来る。
そうだ。牧野つくしを誘惑して付き合うことは、はじめから予定していたことであり、今の司の見地から考えれば何も可笑しいことではないはずだ。
そしてにわかには信じがたいことだが、司は自分の中で湧き上がっている思いを確かめたかった。美奈のこととは別に心の中に居座りそうな何かの正体を知りたかった。
靴を買い与えたこともだが、牧野つくしの存在が心の中で大きくなってきたことに、信じられない思いがしていたからだ。

司はふと、なんの脈略もなく言葉を口にしていた。

「お前は男と付き合った経験が少ないと言ったが、過去にどんな恋愛をした?」

いきなり過去の恋愛経験を問われた女は、えっといった表情をした。
だが司は構わず訊いた。

「俺が訊きたいのは、過去の恋が楽しいものだったか。それとも辛いものだったか。その恋は自分だけのものだったか?そういったことだ」

再び同じ言葉を繰り返した司に、女は束の間逡巡する表情を見せたあと話し始めた。

「私の恋愛は大学生の頃、二人の男性から告白されたことをきっかけにお付き合いしたことです。でもどちらの男性とも長続きはしませんでした。一人は法学部で弁護士志望の人でもうひとりは経済学部の人でした。楽しい恋だったかと問われたら….弁護士志望の人は父親がやはり弁護士で優秀なお家の息子さんでした。それに完璧主義者だったので私とは合いませんでした」

と言った女は笑ったが、その微笑みは若い頃の懐かしい想い出を語るに過ぎず、青春の1ページとも言える経験を語ったに過ぎなかった。だが次に話し始めた男のことについては、表情が引き締まった。

「経済学部の人はあとから分かったんですが他の大学に彼女がいたんです。今思えば強引な人でした。そんな人に会ったことはなかったので正直どうしたらいいのか分かりませんでした。俺の彼女になってくれってバイト先にまで来るようになってしつこく何度も言われて曖昧に頷いてしまったんです。それから暫くお付き合いしたんですが、ある日デートの待ち合わせ場所に行っても来なかったので心配して電話をしたんです。そのとき電話に出たのは女性でした。….彼の携帯にです。あの時は慌てて切りました。
それになんとなく嫌な予感はしてたんです。少し前にデートの約束をキャンセルされたことがあったんですが、その時は男友達が病気になったから彼の代わりにバイトに入るって言われて….だから私はそのバイト先に行きました。でもそこにいたのは友達の方で、病気になんてなってませんでした。当然彼はバイトに出ていませんでした。嘘をつかれたんです。
その日は他の大学の彼女と会っていたんです。つまり二股を掛けられていたんです。…それから彼の携帯に出た女性ですが、その女性が別の大学の彼女だったんです。次の日の朝、思い切って彼に電話をしたんですが出たのはやはりあの時電話をとった女性でした。それでその時言われたんです。健一ならシャワー浴びてるから出れないって…….」

短い間を置いた女は、司が何も言わなかったことで、話を継いだ。

「これが私の過去の恋です。でもそれが恋だったのかと自分自身に問えば、今となっては分かりません。ただ思ったのは二股を掛けられるって自分に魅力がないからだと思いました。でもそんな私でも少しのプライドってものがあります。だから別れたあと、自分に出来ることを頑張ろうと思ったんです。つまり勉強することしか残されてないと思ったんです。それに私は誰かの大切な人を奪うようなことはしません。したくありません。誰かを傷つけてまで恋をしようとは思わないんです」

そこまで言うと牧野つくしは黙った。
司はそこまで話しを訊き、まるで詰まっていたものを一気に流したような顔をした女に詰問するではないが、女の言葉尻を掴まえ言った。

「お前は誰かを傷つけてまで恋をしようとは思わないそうだが、不倫についてはどう思う?」

女は思案の顔になった。
それは司が不倫という言葉を出したことに、自分がその立場にいることを考えたのかと思った。だがそれは単に口の動きを止めただけであり、そこから先の言葉は、先ほどと同じで思うことをはっきりとした言葉で言った。

「私は奥さんがいる男性と付き合いたいとは思いません。でも感情というものは、決められた化学実験のようにこの液体とこの液体を混ぜればこの反応が現れる。答えはこれだという答えはないと思うんです。人間の感情はビーカーの中で混ぜて作られるものじゃないですから…絶対にとは言えないかもしれません。それでもダメなものはダメです。過去に自分が傷付いたから言えることかもしれませんが、他に付き合っている人がいる男性や結婚している男性と付き合いたいとは思いません.....傷つくのも辛い思いをするのも自分ですから」

司はその答えに牧野つくしの本質に触れた気がした。
まっすぐな瞳が語る混じり気のない言葉は本心を語っている。
司はこれまで女と真摯な姿勢で会話をしたことがない。だがこうして牧野つくしと時間をかけ話してみれば、その言葉は自分の意思を確実に伝えて来た。
そしてそんなことを考えていたとき、逆に訊かれた。

「….あの副社長にお尋ねします。今でも私と付き合いたいと思っていらっしゃいますか?それとも.....もういいとお考えですか?」





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