社内における司の信条。
それは牧野つくしを見かけたら所かまわず捕まえること。
牧野つくし感知センサーがあるなら社内の至る所に配置するんだが・・。
なんかの動物に罠を仕掛けて生け捕りじゃねぇけど、もし出来るならそうしたい。
けど、あの女を呼び寄せる餌がなかなか難しい。
それにあいつの逃げ足は昔から早い。
とにかく姿を消すのが早い。
気づけば廊下の先のコーナーを曲がるスピードが半端ねぇ。
となると頭脳が必要になる。だが頭脳だけじゃダメだ。躰も必要となる。
つまり頭脳と躰を駆使して捕まえることになる。
頭脳戦。
ああ。まかせろ。
昔の俺は日本語に弱い男だなんてことを言われたが、今の俺は昔の俺とは違う。
数か国語を操ることが出来る多言語対応可能な人間だ。
そんなことを考える司は急に欲しいものができた。
それも今すぐ。
真っ昼間の執務室の中でいつも思い浮かぶのはいとしい女。
司はそわそわと落ち着かなくなった。
今すぐこの部屋を出て牧野つくしのいる海外事業本部に行きたく・・
「支社長、離席はご法度です。御慎み下さい」
西田・・。
その物言いはなんだ?
おまえは時代劇映画でも見たのか?
クソっ!
司はムッとするとパソコンを引き寄せ、保存されているつくしの写真フォルダーを呼び出すとクリックした。
そしてそこに収められている写真を一枚ずつ見ていた。
メシを美味そうに食う牧野。
旅先での楽しそうな笑顔を見せる牧野。
仕事中、眉間に皺を寄せる牧野。
そして、満面の笑顔で笑う牧野。
会いたい。
それなのに・・
なんで同じビルの中にいるのに会っちゃいけねぇんだよ!
クソ!
西田のヤツ何考えてんだ?
仕事が滞るからなんて言うが、俺の円滑な業務遂行は牧野あってのことだろうが!
おまえもそのことは充分理解してんだろ?
それなのにこの部屋から出るなだと?
ふん。
別に構わねぇけど?
それならどうする?
司はわくわくすることを思いついた。
現代人には欠かせないツールがある。
それはインターネット。社内メールの活用だ。
なんの為にメールがあるかなんて知ったこっちゃねぇ。
使えるモンは何でも使うのが現代人の常識だろ?
司はメール画面を開くと素早く指を動かした。
『 愛してる。牧野。 』
あいつにこんなメールを送ったらどうする?
いや。これじゃあ、余りにもありきたり過ぎる。
そんなことを考えながらも司は試しに別の言葉で一行だけ送ってみることにした。
『 おまえが欲しい。今すぐおまえを抱きたい。おまえのアソコに顔を埋めて舐めたい。 』
自分の心に素直になった結果のメールだ。
カチッ。
クリックひとつで速やかに送信された。
司は自分がつくしに会いに行けないなら、と、熱い思いが込められたメールを送ることにした。
『 俺が贈った下着は着けてるか。 』
『 その下着を脱いで今日は一日過ごせ。 』
『 俺はいつもおまえのことを思って硬くなっている。 』
司はメールを送信すると、椅子の背に満足そうにもたれかかった。
テレフォンセックスという言葉があるが、この場合はサイバーセックスか?
社内メールの気軽さはいいが、誰かに覗かれる恐れがある。
しかし司は立場上、彼のメールの内容を監視されることはない。
だが社員の場合は違う。社内メールはセキュリティの関係上、ある程度の割合で監視の対象となっていた。当然だが社員である牧野も監視の対象に含まれていた。
5分後。
司が次のメール内容を考えていたとき、バーンと勢いよくドアが開き飛び込んで来た女。
ドアの開け閉めは静かにしろといつも言っている女は会社ではおかまいなしかよ?
家と会社じゃこんなにも態度が違うなんてどういうことだよ!
おまえが俺のことを言えた柄か?
「ど、どうみょうじ・・あんた・・いったい何考えてるのよ!」
ご丁寧に自分のノートパソコンを抱えて現れた牧野。
メールの成果が今目の前で怒り心頭とばかりの目つきで司を見ていた。
そうか。
あんなメールを送ればいちいち俺が探しに行かなくても牧野は5分でここまで来ることが出来るのか。
「し、仕事中に、な、何考えてるのよ!」
ガバッとパソコンを開くと、いきなり司の鼻先にメールの画面を突きつけてきた。
そこには先ほど司が送った一行が白い画面に浮かんでいた。
「決まってるだろーが。おまえのこと考えて送ったんだからおまえのこと以外考えてるわけねーだろ?」
「そうじゃなくて、どうして社内メールでこ、こんなこと書いてくるのよ!」
「いいじゃねぇかよ。そんなの俺の勝手だろうが。なら携帯ならいいのか?」
「いいわけないじゃない!それに・・会社のメールにこんなこと書くなんて誰かに見られたらどうするのよ!」
「ああ。知ってる。情報セキュリティ部の奴らは社員のメールを見ることが出来るからな。けど俺のメールは見られることはない」
「あんたのメールは見られることはないけど、あ、あたしのメールは見られるわよ!」
社員の中には時々勝手に覗かれてることを知らないヤツもいるらしいな。
けど、そんなことどうでもいいじゃねぇかよ?
それから、おまえのメールは覗かせねぇようにしてあるんだから気にすんな。
それに俺だってこんなメールを送るより、昔ながらのやり方の方が気持ちいいに決まってる。
文字だけで結びつくより体で結びついた方がいいに決まってるだろ?
俺は文字だけ見て呻いてるような変態男じゃねぇからな。
司は立ち上がると執務デスクを回ってつくしの傍らに来た。
反して一歩後ろに下がる牧野。
「な、なによ?」
「逃げんなよ?」
司はつくしが離れる前に腕を掴んだ。
「ちょっ・・あんた何考えてるのよっ!」
だから言ってるだろ?
いつもおまえのことしか考えてねぇってな?
おもむろにつくしの体を抱え上げ、長い脚で部屋を横切るとソファの上へと下ろした。
「ちょっと、ま、まさか・・ど、どうみょうじ?」
「あ?」
バサリと脱ぎ捨てられた上着。
スルリと抜かれたネクタイ。
喉元のボタンをひとつ、ふたつと外すと、つくしへと近づく世界的美貌の御曹司。
スッと細めた目でつくしを見た。
「な、なによ?」
「なによってなんだよ?」
「だ、だから・・か、会社ではそんなことしないっていったじゃない」
「そんなことってなんだよ?それにいつそんなこと言った?」
「えっ?い、いつっていつも言ってる・・」
「そっか。なら先に謝っとく。すまねぇ」
司はこれからすることに対して先に謝った。
「そんなこと言うけどおまえ、あの文章見て俺に抱かれたくなって来たんじゃねぇのかよ?」
ニヤッとほほ笑んだ男は、グッと体を寄せてつくしをソファの背に縫い付けた。
「ば、バカな事言わないで!あ、あんたいったい何考えてんのよ!」
「だから言っただろうが。おまえのことしか考えてねぇって。それに今回は例外適用」
「な、なによそれ!例外なんか・・道明寺は例外ばっかりじゃない!」
つくしの言い分はもっともだ。
どんなことも例外にしてしまうのだからたまったものではない。
「そうか?俺たち例外が多いか?ならルール変えなきゃな?言っとくが異議申立ては出来ねぇからな」
司は言うとつくしの唇を塞いだ。
「っんんん!!」
司はつくしといると安心感を得ることができる。
彼も人間である以上はストレスを抱えることがある。
そんなときは牧野つくしを抱きしめることで癒される。
小さな体に縋るのはそのためだ。
どんなに大きな世界で生きていても、小さな女の傍が一番心の休まる場所なのだから絶対に手放せない。
「おまえと二人っきりになりてぇ」
司は抱きしめていた体を離すと言った。
「い、いま二人っきり・・じゃない・・」
長いキスをされ、呼吸が落ち着かないつくしは息を切らしていた。
シャツに覆われてはいるが、硬い筋肉の体からは熱が伝わってくる。
そんな司の口から語られたのは意外な言葉だった。
「今日は大変な一日だった」
司は言うとソファにドサッと腰を下ろし、首のうしろをこすった。
その声はどこか強張っていた。
何が大変だったのかは語られなかったが、支社長という立場にいれば当然だが抱えている問題も多いし大きいはずだ。
疲れているからこそ、自分を癒してくれる小さな体を抱きしめたかった。
「期待を裏切るかもしれねぇけど、今日はおまえを抱くつもりはねぇ。ちょっと横にならせてくれ」
司はつくしの膝に頭を乗せると、目を閉じた。
柔らかな膝に頭を乗せた男は暫くすると寝息を立てはじめた。
雄々しい男でも時には息抜きが必要だということをつくしは理解していた。
癖のある髪を指で梳きながら、司の匂いを吸い込んだ。
天然のフェロモンと司のためだけの香りは、いつも優しくつくしを包み込んでくれる。
生まれたときから決められた運命に従って生きてきた男ではなかったが、つくしと出会ってからは自分の成すべきことをやり遂げてきた。
避けられない別れを経験したが、今はこうして一緒にいられることが心の底から嬉しかった。
つくしの前だけで見せる子供のような寝顔。
だが大人の男。
若くして責任のある地位にいるのは、彼が優秀だからであって決して身内だからではない。
そんな男は仕事を優先することもあるが、それでもいつも必ず彼女の元へ帰ってくる。
このところ忙しい毎日で、いつも帰りは遅いということを聞いていた。
疲れているのだろう。癒してあげたい。
それがつくしの正直な気持ちだった。
そのとき、突然ぱちりと目を覚ました男。
「なんだよ?俺の顔そんなにじっと見て?」
つくしの顔を見上げるとニヤリと笑った。
「いつもの俺と違うから驚いたんじゃねーのか?」
不遜な笑みは何かを企んでいるかのようだ。
「抱いてやろうか?」
低い言葉にはどんな意味が込められているのか。
その言葉に頷いたつくし。
ただ、抱きしめて欲しかった。
それなのに、
「そうか!なんだやっぱり牧野、おまえ俺が欲しかったのか?」
膝から頭を起こすと、がばっとつくしを抱きしめた。
「ば、バカ!違うわよ・・ただ・・抱きしめて欲しいだけ・・うんうん違う。あたしが・・抱きしめてあげたいの。あんたを」
仕事で疲れた男を自分の腕の中で抱きしめたい。
時に子供のような顔を見せる男を守りたい。
少年の頃と変わらない思いを寄せてくれる男を癒したい。
ふっと緩んだ男の視線。
つくしの顔を覗き込むようにして言った。
「まきの・・おまえのその気持ちは嬉しいが、俺はおまえを抱きたいのが本音だ。いや、そうじゃねぇな。おまえに俺を抱いてもらいたい」
いつになく真剣な口調は何かを求めている。
そう感じさせた。
いつも素直じゃない女が、何故かその言葉に頷いていた。
***
黒い瞳が欲望に煙ると、男の両手がウエストにかかった。
いつも抱くたびに幸福感を味わうのはなぜか。
いや触れるだけで気持ちがやわらいでいた。
これまでも微笑みを向けられるたびにパワーを貰っていた。
牧野を求めるのは本能で、生まれたときから知っていたような気がした。
この世の中で唯一自分のものだと思える存在の女。
司がただ一人、本当の自分の姿を見せることが出来る女。
はにかんだ笑顔も、泣き顔も、全てが愛おしく思えるのは愛しているからこそだ。
二人は硬い絆で結ばれていた。ただ、知り合った頃はそんなことになるとは気付きもしなかったが、司の世界を永久に変えたのは間違いなく牧野つくしだ。
子供のようにシャツのボタンを外されるのも、また留められるのも、牧野の手以外は必要ない。今日は癒されたい。
ただ、それだけだった。
数日後のある日。
パソコンに届いた一通のメールに司は頬を緩めていた。
牧野つくしからのメール。
タイトル:untitled (タイトルなし)
『 ・・・・・・ 』
あの女・・・
上等だ。
司は声をあげて笑っていた。
やっぱ最高!
あいつは俺を喜ばすことに関しては世界で一番の女だ。
司に送られてきたメール。
『 道明寺を癒すのはあたしの役目。あたしを癒すのは道明寺の役目。あたし達は二人でチーム。素直じゃないあたしだけど、いつまでも一緒にいてね。 』
ああ。心配するな。
そんなこと言われなくても俺は一生おまえの傍にいて愛してやるよ。
死ぬまで。
いや、あの世に行っても離してやんねぇから覚悟しろ!
それにしてもあの女、指先だけで俺を喜ばすことが出来るってこと知ってるのか?
こうなったらメールのやり取りを毎日の習慣にするか?
癒してくれるメールを毎日送らせるか?
司はつくしのアドレスを呼び出し、キーボードを叩くと送信ボタンをクリックした。
『 素直なおまえじゃものたりねぇよ。おまえはいつまでも意地っ張りでいてくれ。そんなおまえの面倒は俺が一生見てやるよ。 』
その代わり、一生俺を癒し続けてくれ。

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牧野つくし感知センサーがあるなら社内の至る所に配置するんだが・・。
なんかの動物に罠を仕掛けて生け捕りじゃねぇけど、もし出来るならそうしたい。
けど、あの女を呼び寄せる餌がなかなか難しい。
それにあいつの逃げ足は昔から早い。
とにかく姿を消すのが早い。
気づけば廊下の先のコーナーを曲がるスピードが半端ねぇ。
となると頭脳が必要になる。だが頭脳だけじゃダメだ。躰も必要となる。
つまり頭脳と躰を駆使して捕まえることになる。
頭脳戦。
ああ。まかせろ。
昔の俺は日本語に弱い男だなんてことを言われたが、今の俺は昔の俺とは違う。
数か国語を操ることが出来る多言語対応可能な人間だ。
そんなことを考える司は急に欲しいものができた。
それも今すぐ。
真っ昼間の執務室の中でいつも思い浮かぶのはいとしい女。
司はそわそわと落ち着かなくなった。
今すぐこの部屋を出て牧野つくしのいる海外事業本部に行きたく・・
「支社長、離席はご法度です。御慎み下さい」
西田・・。
その物言いはなんだ?
おまえは時代劇映画でも見たのか?
クソっ!
司はムッとするとパソコンを引き寄せ、保存されているつくしの写真フォルダーを呼び出すとクリックした。
そしてそこに収められている写真を一枚ずつ見ていた。
メシを美味そうに食う牧野。
旅先での楽しそうな笑顔を見せる牧野。
仕事中、眉間に皺を寄せる牧野。
そして、満面の笑顔で笑う牧野。
会いたい。
それなのに・・
なんで同じビルの中にいるのに会っちゃいけねぇんだよ!
クソ!
西田のヤツ何考えてんだ?
仕事が滞るからなんて言うが、俺の円滑な業務遂行は牧野あってのことだろうが!
おまえもそのことは充分理解してんだろ?
それなのにこの部屋から出るなだと?
ふん。
別に構わねぇけど?
それならどうする?
司はわくわくすることを思いついた。
現代人には欠かせないツールがある。
それはインターネット。社内メールの活用だ。
なんの為にメールがあるかなんて知ったこっちゃねぇ。
使えるモンは何でも使うのが現代人の常識だろ?
司はメール画面を開くと素早く指を動かした。
『 愛してる。牧野。 』
あいつにこんなメールを送ったらどうする?
いや。これじゃあ、余りにもありきたり過ぎる。
そんなことを考えながらも司は試しに別の言葉で一行だけ送ってみることにした。
『 おまえが欲しい。今すぐおまえを抱きたい。おまえのアソコに顔を埋めて舐めたい。 』
自分の心に素直になった結果のメールだ。
カチッ。
クリックひとつで速やかに送信された。
司は自分がつくしに会いに行けないなら、と、熱い思いが込められたメールを送ることにした。
『 俺が贈った下着は着けてるか。 』
『 その下着を脱いで今日は一日過ごせ。 』
『 俺はいつもおまえのことを思って硬くなっている。 』
司はメールを送信すると、椅子の背に満足そうにもたれかかった。
テレフォンセックスという言葉があるが、この場合はサイバーセックスか?
社内メールの気軽さはいいが、誰かに覗かれる恐れがある。
しかし司は立場上、彼のメールの内容を監視されることはない。
だが社員の場合は違う。社内メールはセキュリティの関係上、ある程度の割合で監視の対象となっていた。当然だが社員である牧野も監視の対象に含まれていた。
5分後。
司が次のメール内容を考えていたとき、バーンと勢いよくドアが開き飛び込んで来た女。
ドアの開け閉めは静かにしろといつも言っている女は会社ではおかまいなしかよ?
家と会社じゃこんなにも態度が違うなんてどういうことだよ!
おまえが俺のことを言えた柄か?
「ど、どうみょうじ・・あんた・・いったい何考えてるのよ!」
ご丁寧に自分のノートパソコンを抱えて現れた牧野。
メールの成果が今目の前で怒り心頭とばかりの目つきで司を見ていた。
そうか。
あんなメールを送ればいちいち俺が探しに行かなくても牧野は5分でここまで来ることが出来るのか。
「し、仕事中に、な、何考えてるのよ!」
ガバッとパソコンを開くと、いきなり司の鼻先にメールの画面を突きつけてきた。
そこには先ほど司が送った一行が白い画面に浮かんでいた。
「決まってるだろーが。おまえのこと考えて送ったんだからおまえのこと以外考えてるわけねーだろ?」
「そうじゃなくて、どうして社内メールでこ、こんなこと書いてくるのよ!」
「いいじゃねぇかよ。そんなの俺の勝手だろうが。なら携帯ならいいのか?」
「いいわけないじゃない!それに・・会社のメールにこんなこと書くなんて誰かに見られたらどうするのよ!」
「ああ。知ってる。情報セキュリティ部の奴らは社員のメールを見ることが出来るからな。けど俺のメールは見られることはない」
「あんたのメールは見られることはないけど、あ、あたしのメールは見られるわよ!」
社員の中には時々勝手に覗かれてることを知らないヤツもいるらしいな。
けど、そんなことどうでもいいじゃねぇかよ?
それから、おまえのメールは覗かせねぇようにしてあるんだから気にすんな。
それに俺だってこんなメールを送るより、昔ながらのやり方の方が気持ちいいに決まってる。
文字だけで結びつくより体で結びついた方がいいに決まってるだろ?
俺は文字だけ見て呻いてるような変態男じゃねぇからな。
司は立ち上がると執務デスクを回ってつくしの傍らに来た。
反して一歩後ろに下がる牧野。
「な、なによ?」
「逃げんなよ?」
司はつくしが離れる前に腕を掴んだ。
「ちょっ・・あんた何考えてるのよっ!」
だから言ってるだろ?
いつもおまえのことしか考えてねぇってな?
おもむろにつくしの体を抱え上げ、長い脚で部屋を横切るとソファの上へと下ろした。
「ちょっと、ま、まさか・・ど、どうみょうじ?」
「あ?」
バサリと脱ぎ捨てられた上着。
スルリと抜かれたネクタイ。
喉元のボタンをひとつ、ふたつと外すと、つくしへと近づく世界的美貌の御曹司。
スッと細めた目でつくしを見た。
「な、なによ?」
「なによってなんだよ?」
「だ、だから・・か、会社ではそんなことしないっていったじゃない」
「そんなことってなんだよ?それにいつそんなこと言った?」
「えっ?い、いつっていつも言ってる・・」
「そっか。なら先に謝っとく。すまねぇ」
司はこれからすることに対して先に謝った。
「そんなこと言うけどおまえ、あの文章見て俺に抱かれたくなって来たんじゃねぇのかよ?」
ニヤッとほほ笑んだ男は、グッと体を寄せてつくしをソファの背に縫い付けた。
「ば、バカな事言わないで!あ、あんたいったい何考えてんのよ!」
「だから言っただろうが。おまえのことしか考えてねぇって。それに今回は例外適用」
「な、なによそれ!例外なんか・・道明寺は例外ばっかりじゃない!」
つくしの言い分はもっともだ。
どんなことも例外にしてしまうのだからたまったものではない。
「そうか?俺たち例外が多いか?ならルール変えなきゃな?言っとくが異議申立ては出来ねぇからな」
司は言うとつくしの唇を塞いだ。
「っんんん!!」
司はつくしといると安心感を得ることができる。
彼も人間である以上はストレスを抱えることがある。
そんなときは牧野つくしを抱きしめることで癒される。
小さな体に縋るのはそのためだ。
どんなに大きな世界で生きていても、小さな女の傍が一番心の休まる場所なのだから絶対に手放せない。
「おまえと二人っきりになりてぇ」
司は抱きしめていた体を離すと言った。
「い、いま二人っきり・・じゃない・・」
長いキスをされ、呼吸が落ち着かないつくしは息を切らしていた。
シャツに覆われてはいるが、硬い筋肉の体からは熱が伝わってくる。
そんな司の口から語られたのは意外な言葉だった。
「今日は大変な一日だった」
司は言うとソファにドサッと腰を下ろし、首のうしろをこすった。
その声はどこか強張っていた。
何が大変だったのかは語られなかったが、支社長という立場にいれば当然だが抱えている問題も多いし大きいはずだ。
疲れているからこそ、自分を癒してくれる小さな体を抱きしめたかった。
「期待を裏切るかもしれねぇけど、今日はおまえを抱くつもりはねぇ。ちょっと横にならせてくれ」
司はつくしの膝に頭を乗せると、目を閉じた。
柔らかな膝に頭を乗せた男は暫くすると寝息を立てはじめた。
雄々しい男でも時には息抜きが必要だということをつくしは理解していた。
癖のある髪を指で梳きながら、司の匂いを吸い込んだ。
天然のフェロモンと司のためだけの香りは、いつも優しくつくしを包み込んでくれる。
生まれたときから決められた運命に従って生きてきた男ではなかったが、つくしと出会ってからは自分の成すべきことをやり遂げてきた。
避けられない別れを経験したが、今はこうして一緒にいられることが心の底から嬉しかった。
つくしの前だけで見せる子供のような寝顔。
だが大人の男。
若くして責任のある地位にいるのは、彼が優秀だからであって決して身内だからではない。
そんな男は仕事を優先することもあるが、それでもいつも必ず彼女の元へ帰ってくる。
このところ忙しい毎日で、いつも帰りは遅いということを聞いていた。
疲れているのだろう。癒してあげたい。
それがつくしの正直な気持ちだった。
そのとき、突然ぱちりと目を覚ました男。
「なんだよ?俺の顔そんなにじっと見て?」
つくしの顔を見上げるとニヤリと笑った。
「いつもの俺と違うから驚いたんじゃねーのか?」
不遜な笑みは何かを企んでいるかのようだ。
「抱いてやろうか?」
低い言葉にはどんな意味が込められているのか。
その言葉に頷いたつくし。
ただ、抱きしめて欲しかった。
それなのに、
「そうか!なんだやっぱり牧野、おまえ俺が欲しかったのか?」
膝から頭を起こすと、がばっとつくしを抱きしめた。
「ば、バカ!違うわよ・・ただ・・抱きしめて欲しいだけ・・うんうん違う。あたしが・・抱きしめてあげたいの。あんたを」
仕事で疲れた男を自分の腕の中で抱きしめたい。
時に子供のような顔を見せる男を守りたい。
少年の頃と変わらない思いを寄せてくれる男を癒したい。
ふっと緩んだ男の視線。
つくしの顔を覗き込むようにして言った。
「まきの・・おまえのその気持ちは嬉しいが、俺はおまえを抱きたいのが本音だ。いや、そうじゃねぇな。おまえに俺を抱いてもらいたい」
いつになく真剣な口調は何かを求めている。
そう感じさせた。
いつも素直じゃない女が、何故かその言葉に頷いていた。
***
黒い瞳が欲望に煙ると、男の両手がウエストにかかった。
いつも抱くたびに幸福感を味わうのはなぜか。
いや触れるだけで気持ちがやわらいでいた。
これまでも微笑みを向けられるたびにパワーを貰っていた。
牧野を求めるのは本能で、生まれたときから知っていたような気がした。
この世の中で唯一自分のものだと思える存在の女。
司がただ一人、本当の自分の姿を見せることが出来る女。
はにかんだ笑顔も、泣き顔も、全てが愛おしく思えるのは愛しているからこそだ。
二人は硬い絆で結ばれていた。ただ、知り合った頃はそんなことになるとは気付きもしなかったが、司の世界を永久に変えたのは間違いなく牧野つくしだ。
子供のようにシャツのボタンを外されるのも、また留められるのも、牧野の手以外は必要ない。今日は癒されたい。
ただ、それだけだった。
数日後のある日。
パソコンに届いた一通のメールに司は頬を緩めていた。
牧野つくしからのメール。
タイトル:untitled (タイトルなし)
『 ・・・・・・ 』
あの女・・・
上等だ。
司は声をあげて笑っていた。
やっぱ最高!
あいつは俺を喜ばすことに関しては世界で一番の女だ。
司に送られてきたメール。
『 道明寺を癒すのはあたしの役目。あたしを癒すのは道明寺の役目。あたし達は二人でチーム。素直じゃないあたしだけど、いつまでも一緒にいてね。 』
ああ。心配するな。
そんなこと言われなくても俺は一生おまえの傍にいて愛してやるよ。
死ぬまで。
いや、あの世に行っても離してやんねぇから覚悟しろ!
それにしてもあの女、指先だけで俺を喜ばすことが出来るってこと知ってるのか?
こうなったらメールのやり取りを毎日の習慣にするか?
癒してくれるメールを毎日送らせるか?
司はつくしのアドレスを呼び出し、キーボードを叩くと送信ボタンをクリックした。
『 素直なおまえじゃものたりねぇよ。おまえはいつまでも意地っ張りでいてくれ。そんなおまえの面倒は俺が一生見てやるよ。 』
その代わり、一生俺を癒し続けてくれ。

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