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2015
10.15

まだ見ぬ恋人1

高層のオフィスビルに入ると心地よい空調システムのおかげで一息つくことが出来た。
司が無人のエレベーターに乗り込み35階のボタンを押すとドアは静に閉まった。
そして鏡面仕上げされた壁に映る自分の姿を確認していた。
いつもと何も変わりがないように見える。
しいて言えば癖のある髪の毛が少しだけ乱れているくらいか。
彼を乗せたエレベーターのドアは目的のフロアで音もなく開いた。

目の前には社名の金文字が刻印された黒色のプレートが壁面にかかり、重厚なドアが見える。
そのドアまで数歩でたどり着くとインターフォンを押す。
ドアはセキュリティ対策が万全に施されていて外からは簡単には開かない。

道明寺HDが所有する調査会社はこのビルの中に本社がある。
司は自らの足でこの会社を訪れていた。

彼がエレベーターを降りたころ、すでに中ではひとりの男がドアの向こう側で待っていた。

「道明寺支社長、わざわざお越しいただかなくてもこちらから支社の方へお伺い致しましたのに」
「いや、いいんだ。個人的なことだ」
司はそう言うと向かい側の椅子に座る男に話し始めた。

「探して欲しい人物がいる」
彼は少し考えながら言葉を選んだ。
「お話下さい」
男は警察庁あがりだ。人探しならこの男の右に出る調査員はいないだろう。
彼は手元に用意したファイルに書き込む為にペンを取り出していた。
「名前は不明、性別は女・・・歳の頃は俺と同じくらい」
「それで?どうぞ続きをお話下さい」
「髪は黒くて肩の下くらいの長さ、背の高さは160くらいか?」
「どうぞ続きを」
「ベージュのコートに赤い傘だ」
司は答えた。

「道明寺支社長、少しお伺いしたいのですがよろしいですか?」
男は手にしたファイルをテーブルに広げたままで司に言った。
「率直にお伺いいたします。その方は・・どういう調査対象になるのでしょうか?」
司は黙ったまま答えなかった。
答えなかったのではなく、答えられなかった。
彼は立ち上がると窓の傍まで行き、背を向けた姿勢のまま低い声でこう言った。
「うちの会社にとっての最重要人物だ」
男は考えた。
この女性が道明寺HDにとっての最重要人物?
「支社長、もう少し具体的な・・」
「あ?地下鉄の駅で会った」
司はいきなり切り出した。
「地下鉄の駅ですか?」
「ああ」
「どこの駅ですか?」
「議事堂近くだ」
司はじりじりして言った。
「大使館やコンサートホールがある辺り・・・ですか?」
「そうだな・・」
司は振り返ると黙って男を見た。
「やってくれるよな?」
彼は苛立ちが声に出るのを抑えながら言った。
「も、もちろんです。支社長直々のご依頼とあれば何をおいても調査致します」
男はきっぱりと言った。

司と男との会話はたったそれだけだった。
男は考えていた。
この東京にいったいどれだけ支社長と同じ年頃の女性がいると思っているのかと。
それでも彼の依頼を断ることは出来ない。
そんなことをすれば命取りになる。
何がなんでもその女性を探さなくては!


*******


あきらが司の執務室を訪ねたのは特段の用があったわけではなかった。
いつものように一方的に呼び出されただけだった。
「司、いちいちおまえの都合で呼び出されちゃこっちも困るんだ!」
そう言いながら彼は用意されたコーヒーを口にした。
「なんだよあきら、そんなツレネーこと言うなよ」
「俺も専務って立場があるんだから、勝手気ままに動いていいわけじゃないんだ」
彼は自分の腕時計を指さしながら言った。
「で、なんだよ今日は!」
「あきら、おまえのところの調査会社って人探しは得意か?」
司はあきらの目の前に座ると同じく目の前のコーヒーに口をつけた。
「なんだよ、藪から棒に?」
「探して欲しい人間がいる」
そう言うとコーヒーカップをソーサーに戻した。
「司、おまえのところも調査会社があるだろ?」
あきらはソファにもたれかかると腕を組んだ。
「ああ、勿論そっちは手配済みだ」
「そうか・・・。で、なに?取引絡み?」
「いや、違う」
「じゃあれか?取引相手の弱みを握るとか?」
あきらは組んでいた腕をほどくと身を乗り出すようにして聞いてきた。

「いや。それも違う」
「じゃあなんだよ?」
「 女だ 」
司は答えた。
「 女? 」
「そうだ・・」
「やっぱりあれか?取引相手の女関係か?」
あきらは合点が言ったように聞いてきた。
「いや・・違う」
「だからなんだよ!司はっきり言えよ」
あきらは苛立ちを抑えつつも言い切った。

「俺が・・・惚れた女だ」
「おまえが・・・惚れた女?おまえがか?まじかよ?」
あきらは何度も確認するように聞いていた。
「悪いかよ!」
「お、女嫌いのおまえが・・?」
司の向かいの席であきらは腹を抱えて笑いだしていた。
「見合い相手もボコるくらいの女嫌いのおまえが?」
いったん笑い出したあきらはその笑いを止めることが出来ず、その可笑しさからか両目の端から涙を流しながら笑っている。

司はあきらが驚くのも無理はないと思った。
俺が女に惚れるなんて自分でも信じられない思いだったから。
だからこそ彼女を探し出さなくてはいけないと思っていた。









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2015
10.16

まだ見ぬ恋人2

あれから2週間がたったがどちらからも何の連絡もなかった。
うちの調査会社と美作商事の調査会社を使って調べさせている。
が、意外と難しいもんだと思ってみるがもう少し待ってみるか。


パーティーの盛り上がりに花を添えるように3人の男達が通路の奥へと進んで行く。
司たちが奥に進むにしたがって、他の客は彼らの進路を開けて行く。
薄暗いクラブのなかで行われている内輪のパーティーに総二郎は和服姿で現れた。
「おい総二郎、ここのところ女断ちしてるんだって?いったいどういう風の吹きまわしだよ?」
あきらが聞いた。
「ここのところ忙しくてな」
そう言いながらも遠巻きにこちらを見ている女達に対し笑顔を振りまいている。
「それより聞いたぞ司、おまえ女を探しているそうだな?」
総二郎は話しながらもウエィターに手で合図を送っている。
「そうなんだよ、総二郎。なんでも司は一目惚れしたらしいぞ?」
「マジか!司が女に一目惚れってどこのお嬢だよ?」
総二郎が尋ねた。
「それが・・」
あきらは笑いを噛み殺した。
「なんだよ?司のお眼鏡にかなった女だろ?」
「それがなんと、地下鉄の駅で見かけた女なんだと!」
ついにあきらが笑い出した。
「げっ。なんだよそれ?それに司が地下鉄って、なんだよそれ?」
「お、俺だって地下鉄くらい乗るぞ?それがなにか問題か?」
「おい司、そんなに睨むなよ!」
あきらが司の肩をたたいた。
「いやいや、司君。地下鉄云々の問題じゃなくて。なにか問題か以前の問題だろ?」
総二郎は真面目な顔をして言ってきた。
「そうそう、相手のことなんてなーんにも分かんねぇんだからな」
あきらの言い分はもっともだった。
「ま、とにかくだ。司に気になる女が現れたってことが重要だな?」
総二郎は言った。
「そうそう。司がやっと女に目覚めたってことが重要だよな」
二人の男たちはこれ以上おかしい事はないとばかりに笑っていた。

司は悪友二人が自分のことを話しながら酒を飲んでいる姿を見て自分が女を探しているなんて事をあきらの耳に入れたのは迂闊だったかと思い始めていた。


「で、その女は誰なんだ?」
総二郎は尋ねた。
「それが・・」
「調べさせてる」
あきらが言いかけた言葉を遮えぎって司が言った。
「その女、俺をみてほほ笑んだんだ」
「それって司の幻想じゃねえの?」
総二郎が言った。
「本当か?本当におまえを見てほほ笑んだのか?おまえの後ろに誰かいなかったか?」
あきらはいたずらっ子のような目で言った。
「いねぇよ!」
司は強い視線であきらを睨みつけた。


「で、どうしたんだ?」
総二郎はウエィターが運んできたグラスを受け取ると口へと運んでいた。
「お、おう。女はそのまま次の電車に乗っていっちまった」
「で、司はどうしてたんだ?」
「お、俺か?」
「そう。おまえは?」
「俺は・・・ただ突っ立ってた」
「なんだよそれ?もっとなんかあっただろ?」
総二郎が呆れたような顔をして司を見た。
「女は反対側のプラットホームだぞ?どうすりゃよかったんだよ!」
「あほか。そこから待っててくれとか叫べばよかっただろうが!」
「おっ!そうか!いいこと言うよな総二郎」


総二郎が呆れたような顔をしているのを見てあきらが言った。
「なあ、司ってなんかキャラ変わってないか?」
「そうだよな、こいつ女なんて近寄るなブス!見るなブス!って感じだったよな。それもつい最近まで・・」
「だよな・・・」
あきらはにやりと笑った。
「司がこんなふうになるんだから、俺達もその地下鉄の女ってのに会ってみたいよな」
総二郎は笑いを噛み殺した。
二人は思わず笑い出しそうになっていた。


司は女の事を考えているのか黙り込んでテーブルに置かれていた酒の入ったグラスを手に取ると、一気に飲み干してしまおうとしていた。

「しょうがねぇな。こうなったら俺もひと肌脱ぐか。司君のチェリー卒業の為にもな!」
総二郎のその言葉に司は氷の塊を喉に詰まらせそうになっていた。








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2015
10.17

まだ見ぬ恋人3

次の一週間、なんとかもう一度彼女と会いたいと司は毎日のように駅に現れた。
秘書の西田は何も聞かず黙って指示に従った。
こうして、彼女に対する思いは情熱に変わりついには執念となった。
それまで司は女に対しての想いなど口にしたことがなかった。

手がかりはベージュのコートに赤い傘。 いや、これは持ち物だから替えがきく。
手がかりは肩の下までの真っ直ぐな黒い髪。 そして・・・大きな瞳だった。
服装が変わっていたとしても、もう一度会えば必ずわかる。
声が聞ければよかったと思った。そうすればもっと多くのことがわかったはずだ。
総二郎が言ったとおり、あのとき声をかけておけばよかった。


西田がこっちへ向かってきた。
「支社長、そろそろお戻り下さい」
司は腕時計を見た。
「 ああ 」
「お気の毒ですが・・」
西田は言った。
「西田、おまえホントに気の毒だと思っているか?」
「支社長がこうしてここに現れると色々と問題がおありかと・・」
「なにがそんなにおかしいんだ、西田?」
西田が笑いながらたしなめた。
「いえ、ただこんなにもまわりに女性が集まるとお探しの方が見つかるのも早いのではないかと」
司は敢えて返事もせずに黙って階段を上がった。

司がこの駅のプラットホームに現れるようになって女性乗客の数が急に増えていた。
夕刻の帰宅時間帯にイケメン男性が現れるホームとして女性利用客の間で話題になっていた。
ちらちらとこちらへ視線を向ける者もいれば、堂々と写真を撮る者までいた。


今日も時間切れか・・・
そう思いながら階段を上る彼が視線を向けた先、数段前をのぼるベージュのコートを着た長い黒髪の女の姿をとらえた。
司は階段を駆けのぼるとひとつめの踊り場で女に追いついた。
そして女のコートの後ろを掴んでいた。
彼は驚いた表情で自分を見上げている女を見ていた。
違う・・・
「申し訳ない。人違いだ」
彼は失望を表したような声で謝罪していた。

司は時間が許す限り彼女を見かけた同じ時間に同じ場所に立つ。
ただし、あの時とは違い彼女が立っていたプラットホーム側に立つ。
運がよければまた彼女と会えるはずだ。
司はそう信じていた。

地上に出たところで運転手が後部座席のドアを開けて待っていた。
「おかえりなさいませ」
司は車に乗り込む寸前に今来た道を振り返った。
彼はあの日に目にした女性の姿をもう一度探していた。
そして、後部座席に乗り込んだ。
「西田」
「はい」
「調査会社から連絡はないのか?」
司は責めるように言った。
「まだです」
そして西田は間をおいて答えた。
「もう少し時間がかかるのではないでしょうか?」
司は黙っていた。


******


恋なんていつから始まったなんてことは言えない。

執務室へ戻っていた司は謎めいた笑みを浮かべると立ち上がった。
そして彼はタバコに火をつけるとライターをおいた。

司は落ち着かない気持ちで窓の方へ歩いて行った。
外はあの日と同じように雨が降り出していた。
彼の手元にはたった今、調査会社から届けられた封筒があった。
そして中から何枚かの写真を抜き出して眺めた。
彼女だ。
ついに見つけた。
粒子は粗いがあの日の女性だった。
司はクリスタルの灰皿に灰を落としながら彼女の写真を眺めていた。








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2015
10.18

まだ見ぬ恋人4

翌日、司が出社して最初に呼んだのは調査を依頼していた男だった。
そしてその男が帰って行ったのはまだ業務の始まる1時間も前だった。
次に彼がしたのは二人の男に電話をかけることだった。
夕方の6時に二人はやってきた。
男達は車の後部座席を降りると大股でビルの中へと入って行った。


「おい司、女の正体がわかったって?」
あきらは執務室に入ってくると開口一番に言った。
「 ああ 」
「で、どこの誰だ?」
あきらはソファに腰かけると聞いた。
「 あ? 」
「だから、女の素性がわかったんだろ?」
総二郎がせかすように言った。
「早く教えろよ」
「 ああ 」
司はデスクへと近づき引き出しを開けた。
そこから封をしていない封筒を取り出すと二人に写真を手渡した。
「名前は牧野つくし」

「「つくしぃ~?」」
「おい、なんだそりゃ。つくしだなんて雑草の名前じゃないか?」
あきらが言った。
「茶会に出す精進料理でおひたしくらいにはなりそうだけどな」
「それに、なんかビミョーな顔だな・・」
あきらは手元の写真に目を落としながら言った。
「うるせぇ!彼女のほほ笑みはこの世のもんじゃねぇんだよ!」
司が怒鳴った。
「おい司、落ち着けって。この世のものじゃないって、それじゃあ死んでるぞ?」
総二郎がなだめるように言った。
「しかし、よく調べがついたな」
「さずが司ン所の調査会社だな。うちの連中はなにやってんだよ」
あきらはため息をついた。
「どうやって調べがついたんだ?」
総二郎が探りを入れるように聞いた。
「ああ。駅まで来てるってことはその道中の足取りをたどればいいってことでその時間帯の近隣の防犯カメラからあたったそうだ」
司が言った。
「そうだよな、今はどこでもカメラで見張られてるからな。それで?」
あきらが促した。
「で、この駅の入口につながる道に面したビルにある防犯カメラを片っ端からあたっていった。ま、警察じゃねえからなかなか協力をしてもらえなかったらしいから時間がかかったらしいけどよ」
司はにやりと笑った。
「そうか。で?」
「ああ、それでだ。足取りを逆にたどって行った先の建物から彼女が出てくるところを確認出来た」
「よかったな司。で、どこの建物から出て来たって?」


「A国大使館だ」
つかさが言い切った。
「「 大使館? 」」
二人の男は素っ頓狂な声を返してきた。
「ああ、彼女はそこから出て来た」
司は二人を見たままでうなずいた。
「大使館か?いったい彼女なに者なんだ?」
あきらが訝るように聞いてきた。
「大使館の移民局で査証課にいる」
「イミグレか・・」
総二郎がつぶやいていた。
「なんだよそれ?」
司が聞いた。
「イミグレーションの略だよ!おまえNYに居たんだろ?そのくらい・・」
「まあまあ、総二郎。とにかく、大使館勤務の牧野つくしってことはわかったってことだろ?」
「そうだ」
司は言った。
「じゃああとは簡単じゃん」
あきらは問題は解決したとばかりに一服しようとタバコに火をつけようとした。
「あほ。大使館なんてよほどの用がなきゃ行くことなんてないぞ?それに大使館なんて治外法権だぞ?日本にあってもその敷地は日本じゃないし、外交特権もある。当然だがガードは堅いし警備も厳しいな」
総二郎が顔をしかめた。
「ああ、そうだな」
司は言った。
「そうだよな。それに大使館勤務の女性相手に何かあって外交問題にまでなったらヤバイしな」
あきらは悪い予感を打ち消すように言った。
「いいか司、おまえ気を付けろよ?」
総二郎は司に向き直った。
「なにをだ?」
「なにをって、おまえ言っとくけどくれぐれも外交問題だけにはするなよ?おまえは夢中になるとまわりの事が見えなくなる性格だからな」
総二郎はつとめて冷静に言った。
「おい司、A国のビザは持ってるよな?おまえ何度か行ってたよな?」
あきらが言う。
「ああ、あそこの国は資源大国だからな。うちも取引があるし鉄鉱石のほとんどがあの国からの輸入だ」
司が答えた。
「よし!いいか司、おまえビザの更新に行け!いいか?自分で行くんだぞ。今までは西田にまかせっきりだったろうけど自分で行って彼女に会ってこい!」
総二郎はそういうと隣にすわる司の肩を叩いた。








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2015
10.19

まだ見ぬ恋人5

大使館の前で一人の男が建物を見上げていた。
約束の時間、11時のはるか前から司はその場所に立っていた。
早くからここに来たが待てない理由は無かった。
彼女に会うまで1ヵ月かかったんだ。
あれから数日のうちに司は大使館の査証課へのアポイントメントを取り付けていた。
なぜなら窓口申請は完全予約制だったからだ。

*****

「査証課の牧野さんは?」
司は聞いた。
「失礼ですが、お約束は?」
警備の男は胡散臭そうに聞き返した。
「ああ、ビザの申請の件だ」
「そうですか。ではこちらの用紙にお名前を記入してください。それからそちらの入口からお入りください」

司は大使館の中へと足を踏み入れた。
「11時からの約束だ。道明寺、道明寺司だ」
「道明寺さんですね?そちらへおかけになって少しお待ち頂けますか?」
そう言った女がドアを開け奥へと戻ろうとしていたちょうどその時、入れ替わるように彼女が現れた。
「お待たせいたしました。道明寺さんですね?」
「あ、ああ」
彼女だ!牧野つくしだ!落ち着け俺。冷静にやるんだぞ。
司は悪友たちに言われた言葉を思い出していた。

『 いいか司、最初が肝心だからな 』
『 司、おまえのその性的魅力を忘れんなよ。今こそその魅力を使え!』
『 今までが宝の持ち腐れっていうもんだ 』
『 色んな意味でおまえの持ってるものは超一流なんだからな!』
『 どんな女だっておまえになびかないはずがない 』

「では、こちらへどうぞ」
彼女が下げているIDカードにはT.MAKINOと書かれていた。


『 人を見かけで判断してはだめよ 』
彼女の母親はいつもそう言っていた。
はじめて彼を見たのは大使館の自分の職場で、ビザ発給申請のために訪れたときだった。
つくしはその男を観察していた。仕事柄どうしてもそのような目で見てしまう。
書類に記載されている発給要件は満たされている・・・
裕福なビジネスマンらしさが彼の態度に見て取れた。
背が高く、均整のとれた身体つきをしていた。
そして温かみのない冷たい目をしているように感じられた。
そして何故か睨まれているように感じていた。
このひと、どうしてそんな目でわたしを見ているの?

道明寺さんか。
実家はお寺かな?
つくしは彼から提出された書類を広げて見ていた。
「はい。では道明寺司さん。書類はすべて揃えていただいていますね?」
つくしはそれから数分間、彼に質問をしていた。
「ビザは商用ですね?」
つくしは聞き返した。
「そうです」
司は応じた。
「最後にひとつお伺いしますが、お仕事はどのようなことを?」
つくしは目を通していた書類から目を上げた。
「自営業です」
司は低い声で答えていた。
そうか・・・もしかしてお寺って自営業?
「そうですか。どんな内容のお仕事か聞いてもいいですか?」
「手広くやってます」
司は答えた。
「そうですか。ご繁盛されているんですね」
つくしは書類に目を戻した。お寺も多角経営の時代だものね・・・
彼女は愛想笑いを浮かべた。
「では、申請書類は受付致しましたので。審査期間は約1ヵ月くらいかかります」
そして彼女はにっこりほほ笑んで言った。
「ご苦労さまでした」


*******



「おい、司どうだった?」
あきらがポケットからタバコを取り出しながら言った。
「なんか話しはしたか?」
総二郎はテーブルの反対側にいる司に言った。
「いや、ダメだ・・」
司はウイスキーの入ったグラスを置き、真顔で言った。
「仕事は何してるか聞かれて自営業だって答えちまった」
「なんだそれ?世界に名だたる道明寺HDをつかまえて自営業だと?まあ、あながち間違いでもないけどな。で、おまえの名前を聞いても反応なしか?」
あきらは乾杯の仕草をするようにグラスを掲げてみせた。
「 ああ 」
司はあきらが掲げたグラスに答えるように、グラスを手にすると掲げてみせた。
「道明寺って聞いて寺だと思ったんじゃねえの?」
「はぁ?牧野つくしって日本人だろ?それにおまえの名前を聞いてもピンとこないってどういう女だよ?」


「いやいや逆に面白いよな、つくしちゃんって!」
総二郎はそう言うと笑った。
「総二郎!なに勝手に名前で呼んでんだよ!」
「そんなに怒るなよ司」
あきらがたしなめた。
「で、どうすんだよ?」
「ああ、ビザが降りるにはあと1ヵ月はかかるそうだ」
司は淡々と答えた。
「それまでに・・なんとかしないとな司!だって次に堂々と彼女に会えるのは1ヵ月後ってことだろ?」
会話が途切れたところで司はため息とともに頭を抱えていた。


「なあ総二郎、『地下鉄の女』あらため『大使館の女』ってどうだ?」
「なんかサスペンスドラマみたいだな?」
「 だろ? 」
あきらがにやりと笑みを浮かべた。

『犯人はあなたね!道明寺っ!』
『そうだ、俺が殺したんだ。よく見破ったな牧野っ!』

こいつら二人してなにクネクネしてんだ!
小芝居してる場合かよ・・・おまえらぶっ殺すぞ。
「おまえら笑うんじゃねえよ!」
司は再び頭を抱えていた。








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