本日の『金持ちの御曹司』は『l'oiseau bleu』 *ririko*様の『オジ恋。』とのコラボ企画。
『オジ恋。』の西田秘書と御曹司のコラボをお楽しみ頂ければと思います。
***************************************
司は朝から3杯目のコーヒーを口に運んでいた。
時間はまだ9時を少しだけ回った時間だ。
それなのに既にもう3杯目のコーヒーを必要とするのはなぜか?
理由はただひとつ。
欠勤はゼロ。遅刻もゼロ。早退もしない。
至って真面目な司の秘書はムダな時間ゼロの男だ。
西田は以前にも増して時間管理を徹底してくるようになった。
司はそんな西田が疎ましかった。
久しぶりに牧野と昼飯でも食いに行こうかと思えば、
『司様の自由裁量における時間の割り当ては金輪際認められません』
と言ってきた。
司の秘書は最近婚活を始めたらしく、定時で上がらせてくれと言って来るようになった。
そのせいで彼のスケジュールはぎっちりと詰め込まれるようになっていた。
少し前までなら牧野を探して社内をうろついても大した文句など言わなかった男がやたらと時間を気にする男になっていた。それもこれも5時の定時を目指すためだ。
そんな西田が司に放った言葉。
『西田、本日から婚活オジ恋はじめます』
オジ恋・・
オジ恋だと?
何がオジ様だ!
ただの中年オヤジの恋だろーが!
西田!!
てめぇの都合で俺の自由を奪うのはやめてくれ!!
そう言いたい衝動をグッと抑えたのは司にしても西田には幸せになって欲しいと思うところがあったからだ。あとふた月くらい我慢すれば元の状態に戻るはずだと司は踏んでいた。
そうだ。早いこと元の状況に戻ってもらわなくては、司にしてもつくしを探して社内を自由に歩き回ることが出来ないからだ。
あの男、西田の野郎はどこに行くにもついて来るようになった。
今まではあいつの目を誤魔化して牧野の元へ行けたのにどこへ行こうにもついて来る。
西田!おまえは金魚のフンか!
そんな西田の名前が敏行だと知ったのはつい最近だ。
西田敏行だと?西田の親は生まれたての子どもが将来どこかの俳優と同じ名前になるかなんてことは思いもつかなかっただろうが、今のこの男はあの俳優に似てるとか似て無いとかは関係なく名前だけで誤解を招くことは間違いがなかった。
イメージってのは恐ろしいものだからな。
この男とは長いつき合いだがいつも苗字の呼び捨てで名前なんか気に留めたことはなかったというのが正直な気持ちだ。
敏行か・・こいつ子どもの頃はなんて呼ばれてたんだ?
トシちゃんとか、トシ坊とかそんなモンだろうと予想はつくが、念のために聞きてみた。
「おい、西田。おまえガギの頃なんて呼ばれてたんだ?」
司の問いかけに答えた西田は西田でございますとそのまんまだった。
その西田は定期的にスポーツジムに通うようになってから腹も引き締まったらしく、スーツは以前よりサイズダウンをしたらしい。
おまけに何考えてんだか知らねぇけど、社交ダンスまで習い始めたとかで官能的になりましただなんてことまで言って来た。
なにがどう官能的なんだか知らねぇが、俺から言わせればいつもと同じ西田だけどな。
しいて言えば銀ブチ眼鏡が金ブチになったってことか?
それになんでも最近流行りのオンラインゲームも得意だとかで受付で4人の女に囲まれて携帯見せてる西田を見たときには思わず目を疑った。
あの西田がだ!!
いつも忌々しいほど落ち着き払ったあの西田がだ!!
今まで女に縁が薄かった男が4人の受付嬢からキャーキャー言われているのを見た日はまさに青天の霹靂だった。
それよりも今までのように勝って気ままに執務室を出入りすることを制限された司はイライラしていた。それなら秘書の男をイライラさせてやると決めた司は手にしていたカップをデスクの上に置いた。
「おい、西田。おまえ女と最後につき合ったのはいつだ?」
「支社長、わたくしの女性遍歴が気になるのですか?」
「アホか。気になんかなんねぇよ!」
「ではお聞きにならないで頂きたい」
西田は愛用の黒革の手帳をめくっていた。
司にとっては閻魔帳のような西田の手帳。そこには司のあずかり知らぬことも書いてあるはずだ。幼い頃から慣れ親しんだ男とはいえこの男のことの全てを知っているわけではなかった。そこで司はこの男について問いただすことに決めた。
「西田、言っとくが今の質問は女なら誰でも聞きたがるもんだ。もしおまえが誰かと真剣につき合うようになったら、相手の女は絶対に聞いてくるぞ?おまえどう答えるつもりなんだ?」
西田は司を見た。
「それにおまえ・・女の前でその木で鼻を括ったような喋りなんかしてたら嫌われるぞ」
司にしてみれば長年自分に仕えて来た男のそんな喋り方など気にしてはいなかったが、自分の経験から女には優しく甘い言葉をかけてやることも必要だとわかっていた。
言葉は大切だ。口に出さなければ伝わらないことが沢山ある。それは司の過去においても経験済みだった。昔、日本語が不自由だと言われていた男も今では数か国語を話せる男となっていたが愛を囁くにはやはり母国語が一番だ。
「それから言っとくが、女に対して、なんらかの説明をしなきゃなんねぇとか、弁明をしなきゃなんねぇってことは山のようにあるからな」
司は自業自得と言われるような経験をして来ただけに自らの経験を語り始めた。
彼にとっては人生の一大事、とばかりの経験だ。
最近の司は常につくしの後を追いかけては弁明と釈明に追われていた。
突然執務室を駆け出して行ったかと思えば暫く帰ってこない。
おまけにデスクに向かったままなにやらぼんやりと考え事をしていたと思えば、にやりとほほ笑んでいる。
「西田、おまえその髪は地毛だよな?植毛じゃねぇよな?」
西田は髪が薄くなりかけた中年親父ではなかったが司はもしかしたら自分の秘書がカツラなのかもしれないと思ったことがある。西田はいつも乱れることない整髪された頭をしていた。もしカツラなら西田のためにもっといいカツラを用意してやるつもりでいた。
「おまえ、セックスしたことあるんだよな?」
40を過ぎた男に向かってのあるまじき質問。
「まさかまだ童貞ってことはねぇよな?」
司は朝っぱらから執務室で話す内容ではないなど思いもしなかった。
「いいか?西田。もしおまえが初めてっていうなら俺が協力してやってもいい」
いったい何を協力すると言うのか。
「そうだ。いいものやる」
と言って司が自分の財布の中から取り出したのは大人の男女がつき合いを望むなら準備万端、抜かりなく持っておくべきものだ。
「あ?西田のとサイズが合わねぇか?」
司は西田の下腹部に目をやった。まるでサイズを推し量るかのようなその視線。
「まあ、持ってないよりはマシだけどな。おまえも男ならこんくれーの備えぐれぇしとけよ」
司は立ち上がると西田の手に小さなパッケージを押し付けた。
「西田、それから下着には気を使えよ?いざって時に困るからな。セクシーさを追求するなら俺の愛用してるメーカーのボクサーブリーフがあるからおまえにやるよ。あれは牧野もお気に入りで上からでも可愛がってくれんだ」
上から可愛がるとはいったいどういった可愛がり方なのか。
今の司の頭の殆どはいつの間にかつくしのことでいっぱいだった。
そんな司はトイレに行くだけだからついて来るなと言うと執務室を出て行った。
司は廊下を歩きながら考えていた。
西田が女とつき合うことが想像できなかった。
しかしなんであいつは急に結婚したいだなんてことを考え始めたんだ?
あの男は道理をわきまえてるはずだ。無茶はしないとわかっているがそれでも司は思った。
西田がどっかの悪い女に騙されるんじゃねぇかと心配していた。
「トシちゃ~ん。あたしこの鞄が欲しいの」
「こちらの鞄でございますか?」
水商売の女に掴まって貢がされる西田。
「西田さん。あたし西田さんが好きなの。だから研究のために協力して欲しいの」
「良子さん・・」
堅物の大学教授に告白される西田。
「いったい何を協力すればよろしいのでしょうか?」
「あなたの優秀な頭脳を見越してお願いがあるの。だから・・この試験管にお願い」
と言ってエロ本と試験管を手渡される西田。
これじゃあ西田はモルモットじゃねぇかよ!
「西田衛門之助。苦しゅうない。面をあげよ。我が姫を嫁に取らせるぞ。良きにはからえ」
「お殿様、わたくしには勿体ないことでございます」
と頭を畳に擦りつける西田。
時代劇かよ!
司は化粧室に入り小便器の前に立つと僅かに首を左右に振った。
彼が想像した西田の婚活は恐ろしく悲惨なものだった。
女に貢がされ、モルモットにされ、嫁ぎ先の決まらない女を押し付けられる西田。
そして最後に司の頭を過ったのは・・・
まさかとは思うが女に調教される西田。
あの男にそんな趣味があるとは思えねぇが、あの冷たそうに見えるメガネの奥には計り知れない欲望が眠っているのかもしれねぇ・・・
司はふと自分自身を見た。
西田の調教?
その言葉に反応を示したムスコはいったい何を望んでいるのか。
司の体がブルッと震えた。
だが今は自分のことよりあの男のことだ。
司は思考を西田に戻すと息をついた。
西田のことだ。
恐らく子どもの頃から優等生と言われてきた男だ。
道に外れるようなことはした事がないはずだ。
いや。別にアッチの趣味が道に外れたなんてことは言わねぇけど、
あの男が?
調教される?
命令されることが好きだ?
あいつがか?
普段からあれだけババァに抑圧されてるって言うのにこれ以上なにを求めてるんだ?
あの男は真性のマゾか?
司の頭の中を過る光景は彼自身が今まで経験したことがないことだった。
「西田。」
女は命令した。
「何が欲しいか言ってごらん?」
西田は女の前で両手両足をついた姿勢で頭を上げた。
トランクス一枚、四つん這いで背中を反らし目の前の女を見つめていた。
「女王様・・」
黒革のボンテージ衣裳の女は身を屈め、西田の頬に息がかかるほど顔を近づけると顎を掴んだ。
「言いなさい西田。言わないとあげないわ」
西田は答えなかった。
「そう。言わないつもりなのね?」
女は顎から手を離すと西田の頬を平手打ちした。
バシッ!
指のあとがくっきりと残るほどの強さだ。
そうだ。これこそ私が求めていたものだ。
もっとぶって欲しい。
女の手の中にある鞭で叩いて欲しい。
西田は鞭で打たれたときの鋭い痛みがたまらなく好きだ。
意地悪な鞭で思いっきり叩かれたい。
それに高いヒールで踏みつけられたい。
赤い蝋燭に火を灯し、溶けた蝋を背中に垂らして欲しい。
西田は今頃になって気づいた。
普段命令されることに慣れてしまっていた自分にこんな趣味があったとは・・
どうして今までそのことに気づかなかったのか・・
自分は命令されることが快感だったのだ。
女はもう一度西田の顎を掴むとグッと力を込めた。
「どう?言う気になった?」
「っ・・つ、椿さま・・」
司はギョッとした。
おい!なんでここでねーちゃんが出て来るんだよ!
いくら暴力的な姉とはいえ、西田と椿がそんな関係に陥ることなど信じられない。
司は今自分がいる場所がそんな事を思い浮かばせたんだと思いたかった。
冗談じゃねぇぞ!!
ねーちゃんと西田がそんな関係になるなんて許せるわけねぇだろうが!
司は急いで自分自身を収めると執務室へと踵を返した。
慌てるあまり危うくムスコがジッパーに挟まれそうになっていた。
バンッと扉を開けた先にいたのは姉の椿と西田。
司は思わず姉の手元を見たがそこには何も握られてはいなかった。
「司。あんた西田の婚活に協力してあげてるんでしょうね?」
椿は険しい声で司に言った。
「あたしは西田にFACE BOOKをするように勧めたけど、あんたは何を勧めてるのよ?」
「ああ?・・ああ俺か・・?」
姉と弟は西田の婚活を応援してやることになっていた。
だが今のところ確実に女と親しくなるようなチャンスには恵まれていないはずだ。
司はふっと思いついた。
西田の誕生日っていつなんだ?
こいつの誕生日パーティーでも開いてやって女を集めればいい。
そうすりゃあ習い始めたダンスを口実に女の手を握ることも出来るし親近感も湧くはずだ。
「ねーちゃん・・。に、西田の誕生日パーティーを開くってのはどうだ?」
司は西田の婚活を道明寺家の力を持ってなんとかしてやりたいと思っていた。
「司、あんたいいこと思いついたわね?」
椿は司の背中をバシッと叩いた。
相変わらず姉の平手は力強い。
その手で西田の頬を平手打ちし、鞭を持って叩いているところを想像してしまった司は慌ててその思考を振り払った。
司の前には喜んで身を投げ出す女たちがごまんといるが、西田はそんな経験などないはずだ。それに西田の仕事の性格を考えれば自分が主役になることも永遠に来ないはずだ。
それならこの男が主役となっていい思いをさせてやるのも悪くはない。
司にしてみれば、自分とつくしの幸せな姿を見ているうちに西田も婚活を始めることにしたのではないかと思っていた。
司とつくしがここまで来るのに幸せの後押しをしてくれたのは西田だ。
プレッシャーに押し潰されそうになった司を支えてくれたのはこの男だった。
陰ながらいつも二人を応援してくれていたのもこの男だ。
秘書もそうだが大勢の人間に支えられて結ばれた司とつくし。
司とつくしの絆は永遠だ。
そんな絆をこの男にも持たせてやりたい。
司は鉄仮面の男からその仮面が外れる瞬間を見たいと心から思っていた。
*ririko*様記事へはこちらからどうぞ。→『オジ恋。~金持ちの御曹司の秘書Ver~』
公開は6時からです。西田目線の妄想御曹司のお話です。楽しいですよ?(笑)
*Special thanks to *ririko*様*

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時間はまだ9時を少しだけ回った時間だ。
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欠勤はゼロ。遅刻もゼロ。早退もしない。
至って真面目な司の秘書はムダな時間ゼロの男だ。
西田は以前にも増して時間管理を徹底してくるようになった。
司はそんな西田が疎ましかった。
久しぶりに牧野と昼飯でも食いに行こうかと思えば、
『司様の自由裁量における時間の割り当ては金輪際認められません』
と言ってきた。
司の秘書は最近婚活を始めたらしく、定時で上がらせてくれと言って来るようになった。
そのせいで彼のスケジュールはぎっちりと詰め込まれるようになっていた。
少し前までなら牧野を探して社内をうろついても大した文句など言わなかった男がやたらと時間を気にする男になっていた。それもこれも5時の定時を目指すためだ。
そんな西田が司に放った言葉。
『西田、本日から婚活オジ恋はじめます』
オジ恋・・
オジ恋だと?
何がオジ様だ!
ただの中年オヤジの恋だろーが!
西田!!
てめぇの都合で俺の自由を奪うのはやめてくれ!!
そう言いたい衝動をグッと抑えたのは司にしても西田には幸せになって欲しいと思うところがあったからだ。あとふた月くらい我慢すれば元の状態に戻るはずだと司は踏んでいた。
そうだ。早いこと元の状況に戻ってもらわなくては、司にしてもつくしを探して社内を自由に歩き回ることが出来ないからだ。
あの男、西田の野郎はどこに行くにもついて来るようになった。
今まではあいつの目を誤魔化して牧野の元へ行けたのにどこへ行こうにもついて来る。
西田!おまえは金魚のフンか!
そんな西田の名前が敏行だと知ったのはつい最近だ。
西田敏行だと?西田の親は生まれたての子どもが将来どこかの俳優と同じ名前になるかなんてことは思いもつかなかっただろうが、今のこの男はあの俳優に似てるとか似て無いとかは関係なく名前だけで誤解を招くことは間違いがなかった。
イメージってのは恐ろしいものだからな。
この男とは長いつき合いだがいつも苗字の呼び捨てで名前なんか気に留めたことはなかったというのが正直な気持ちだ。
敏行か・・こいつ子どもの頃はなんて呼ばれてたんだ?
トシちゃんとか、トシ坊とかそんなモンだろうと予想はつくが、念のために聞きてみた。
「おい、西田。おまえガギの頃なんて呼ばれてたんだ?」
司の問いかけに答えた西田は西田でございますとそのまんまだった。
その西田は定期的にスポーツジムに通うようになってから腹も引き締まったらしく、スーツは以前よりサイズダウンをしたらしい。
おまけに何考えてんだか知らねぇけど、社交ダンスまで習い始めたとかで官能的になりましただなんてことまで言って来た。
なにがどう官能的なんだか知らねぇが、俺から言わせればいつもと同じ西田だけどな。
しいて言えば銀ブチ眼鏡が金ブチになったってことか?
それになんでも最近流行りのオンラインゲームも得意だとかで受付で4人の女に囲まれて携帯見せてる西田を見たときには思わず目を疑った。
あの西田がだ!!
いつも忌々しいほど落ち着き払ったあの西田がだ!!
今まで女に縁が薄かった男が4人の受付嬢からキャーキャー言われているのを見た日はまさに青天の霹靂だった。
それよりも今までのように勝って気ままに執務室を出入りすることを制限された司はイライラしていた。それなら秘書の男をイライラさせてやると決めた司は手にしていたカップをデスクの上に置いた。
「おい、西田。おまえ女と最後につき合ったのはいつだ?」
「支社長、わたくしの女性遍歴が気になるのですか?」
「アホか。気になんかなんねぇよ!」
「ではお聞きにならないで頂きたい」
西田は愛用の黒革の手帳をめくっていた。
司にとっては閻魔帳のような西田の手帳。そこには司のあずかり知らぬことも書いてあるはずだ。幼い頃から慣れ親しんだ男とはいえこの男のことの全てを知っているわけではなかった。そこで司はこの男について問いただすことに決めた。
「西田、言っとくが今の質問は女なら誰でも聞きたがるもんだ。もしおまえが誰かと真剣につき合うようになったら、相手の女は絶対に聞いてくるぞ?おまえどう答えるつもりなんだ?」
西田は司を見た。
「それにおまえ・・女の前でその木で鼻を括ったような喋りなんかしてたら嫌われるぞ」
司にしてみれば長年自分に仕えて来た男のそんな喋り方など気にしてはいなかったが、自分の経験から女には優しく甘い言葉をかけてやることも必要だとわかっていた。
言葉は大切だ。口に出さなければ伝わらないことが沢山ある。それは司の過去においても経験済みだった。昔、日本語が不自由だと言われていた男も今では数か国語を話せる男となっていたが愛を囁くにはやはり母国語が一番だ。
「それから言っとくが、女に対して、なんらかの説明をしなきゃなんねぇとか、弁明をしなきゃなんねぇってことは山のようにあるからな」
司は自業自得と言われるような経験をして来ただけに自らの経験を語り始めた。
彼にとっては人生の一大事、とばかりの経験だ。
最近の司は常につくしの後を追いかけては弁明と釈明に追われていた。
突然執務室を駆け出して行ったかと思えば暫く帰ってこない。
おまけにデスクに向かったままなにやらぼんやりと考え事をしていたと思えば、にやりとほほ笑んでいる。
「西田、おまえその髪は地毛だよな?植毛じゃねぇよな?」
西田は髪が薄くなりかけた中年親父ではなかったが司はもしかしたら自分の秘書がカツラなのかもしれないと思ったことがある。西田はいつも乱れることない整髪された頭をしていた。もしカツラなら西田のためにもっといいカツラを用意してやるつもりでいた。
「おまえ、セックスしたことあるんだよな?」
40を過ぎた男に向かってのあるまじき質問。
「まさかまだ童貞ってことはねぇよな?」
司は朝っぱらから執務室で話す内容ではないなど思いもしなかった。
「いいか?西田。もしおまえが初めてっていうなら俺が協力してやってもいい」
いったい何を協力すると言うのか。
「そうだ。いいものやる」
と言って司が自分の財布の中から取り出したのは大人の男女がつき合いを望むなら準備万端、抜かりなく持っておくべきものだ。
「あ?西田のとサイズが合わねぇか?」
司は西田の下腹部に目をやった。まるでサイズを推し量るかのようなその視線。
「まあ、持ってないよりはマシだけどな。おまえも男ならこんくれーの備えぐれぇしとけよ」
司は立ち上がると西田の手に小さなパッケージを押し付けた。
「西田、それから下着には気を使えよ?いざって時に困るからな。セクシーさを追求するなら俺の愛用してるメーカーのボクサーブリーフがあるからおまえにやるよ。あれは牧野もお気に入りで上からでも可愛がってくれんだ」
上から可愛がるとはいったいどういった可愛がり方なのか。
今の司の頭の殆どはいつの間にかつくしのことでいっぱいだった。
そんな司はトイレに行くだけだからついて来るなと言うと執務室を出て行った。
司は廊下を歩きながら考えていた。
西田が女とつき合うことが想像できなかった。
しかしなんであいつは急に結婚したいだなんてことを考え始めたんだ?
あの男は道理をわきまえてるはずだ。無茶はしないとわかっているがそれでも司は思った。
西田がどっかの悪い女に騙されるんじゃねぇかと心配していた。
「トシちゃ~ん。あたしこの鞄が欲しいの」
「こちらの鞄でございますか?」
水商売の女に掴まって貢がされる西田。
「西田さん。あたし西田さんが好きなの。だから研究のために協力して欲しいの」
「良子さん・・」
堅物の大学教授に告白される西田。
「いったい何を協力すればよろしいのでしょうか?」
「あなたの優秀な頭脳を見越してお願いがあるの。だから・・この試験管にお願い」
と言ってエロ本と試験管を手渡される西田。
これじゃあ西田はモルモットじゃねぇかよ!
「西田衛門之助。苦しゅうない。面をあげよ。我が姫を嫁に取らせるぞ。良きにはからえ」
「お殿様、わたくしには勿体ないことでございます」
と頭を畳に擦りつける西田。
時代劇かよ!
司は化粧室に入り小便器の前に立つと僅かに首を左右に振った。
彼が想像した西田の婚活は恐ろしく悲惨なものだった。
女に貢がされ、モルモットにされ、嫁ぎ先の決まらない女を押し付けられる西田。
そして最後に司の頭を過ったのは・・・
まさかとは思うが女に調教される西田。
あの男にそんな趣味があるとは思えねぇが、あの冷たそうに見えるメガネの奥には計り知れない欲望が眠っているのかもしれねぇ・・・
司はふと自分自身を見た。
西田の調教?
その言葉に反応を示したムスコはいったい何を望んでいるのか。
司の体がブルッと震えた。
だが今は自分のことよりあの男のことだ。
司は思考を西田に戻すと息をついた。
西田のことだ。
恐らく子どもの頃から優等生と言われてきた男だ。
道に外れるようなことはした事がないはずだ。
いや。別にアッチの趣味が道に外れたなんてことは言わねぇけど、
あの男が?
調教される?
命令されることが好きだ?
あいつがか?
普段からあれだけババァに抑圧されてるって言うのにこれ以上なにを求めてるんだ?
あの男は真性のマゾか?
司の頭の中を過る光景は彼自身が今まで経験したことがないことだった。
「西田。」
女は命令した。
「何が欲しいか言ってごらん?」
西田は女の前で両手両足をついた姿勢で頭を上げた。
トランクス一枚、四つん這いで背中を反らし目の前の女を見つめていた。
「女王様・・」
黒革のボンテージ衣裳の女は身を屈め、西田の頬に息がかかるほど顔を近づけると顎を掴んだ。
「言いなさい西田。言わないとあげないわ」
西田は答えなかった。
「そう。言わないつもりなのね?」
女は顎から手を離すと西田の頬を平手打ちした。
バシッ!
指のあとがくっきりと残るほどの強さだ。
そうだ。これこそ私が求めていたものだ。
もっとぶって欲しい。
女の手の中にある鞭で叩いて欲しい。
西田は鞭で打たれたときの鋭い痛みがたまらなく好きだ。
意地悪な鞭で思いっきり叩かれたい。
それに高いヒールで踏みつけられたい。
赤い蝋燭に火を灯し、溶けた蝋を背中に垂らして欲しい。
西田は今頃になって気づいた。
普段命令されることに慣れてしまっていた自分にこんな趣味があったとは・・
どうして今までそのことに気づかなかったのか・・
自分は命令されることが快感だったのだ。
女はもう一度西田の顎を掴むとグッと力を込めた。
「どう?言う気になった?」
「っ・・つ、椿さま・・」
司はギョッとした。
おい!なんでここでねーちゃんが出て来るんだよ!
いくら暴力的な姉とはいえ、西田と椿がそんな関係に陥ることなど信じられない。
司は今自分がいる場所がそんな事を思い浮かばせたんだと思いたかった。
冗談じゃねぇぞ!!
ねーちゃんと西田がそんな関係になるなんて許せるわけねぇだろうが!
司は急いで自分自身を収めると執務室へと踵を返した。
慌てるあまり危うくムスコがジッパーに挟まれそうになっていた。
バンッと扉を開けた先にいたのは姉の椿と西田。
司は思わず姉の手元を見たがそこには何も握られてはいなかった。
「司。あんた西田の婚活に協力してあげてるんでしょうね?」
椿は険しい声で司に言った。
「あたしは西田にFACE BOOKをするように勧めたけど、あんたは何を勧めてるのよ?」
「ああ?・・ああ俺か・・?」
姉と弟は西田の婚活を応援してやることになっていた。
だが今のところ確実に女と親しくなるようなチャンスには恵まれていないはずだ。
司はふっと思いついた。
西田の誕生日っていつなんだ?
こいつの誕生日パーティーでも開いてやって女を集めればいい。
そうすりゃあ習い始めたダンスを口実に女の手を握ることも出来るし親近感も湧くはずだ。
「ねーちゃん・・。に、西田の誕生日パーティーを開くってのはどうだ?」
司は西田の婚活を道明寺家の力を持ってなんとかしてやりたいと思っていた。
「司、あんたいいこと思いついたわね?」
椿は司の背中をバシッと叩いた。
相変わらず姉の平手は力強い。
その手で西田の頬を平手打ちし、鞭を持って叩いているところを想像してしまった司は慌ててその思考を振り払った。
司の前には喜んで身を投げ出す女たちがごまんといるが、西田はそんな経験などないはずだ。それに西田の仕事の性格を考えれば自分が主役になることも永遠に来ないはずだ。
それならこの男が主役となっていい思いをさせてやるのも悪くはない。
司にしてみれば、自分とつくしの幸せな姿を見ているうちに西田も婚活を始めることにしたのではないかと思っていた。
司とつくしがここまで来るのに幸せの後押しをしてくれたのは西田だ。
プレッシャーに押し潰されそうになった司を支えてくれたのはこの男だった。
陰ながらいつも二人を応援してくれていたのもこの男だ。
秘書もそうだが大勢の人間に支えられて結ばれた司とつくし。
司とつくしの絆は永遠だ。
そんな絆をこの男にも持たせてやりたい。
司は鉄仮面の男からその仮面が外れる瞬間を見たいと心から思っていた。
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