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2024
03.27

Sin 最終話

Category: Sin(完)
夜の病室はカーテンが閉められている。
暗闇の中で器械が緑色の点滅を繰り返している。
司はカーテンを開けた。
窓を開けると生ぬるい春の風が頬に触れ、月明りが寝ている彼女を照らし出した。

司は待合室で待つ夫に手術は成功した。
身体に巣食った腫瘍は完全に取り去ったと言った。
だが司が夫だと思っていた男は彼女の夫ではなかった。

「私はつくしの母方の従兄です。つくしは一人暮らしで家族はいません。ですので、私が入院の保証人になりました」

苗字が変わっていたから結婚していると思っていた。
だが今は離婚してひとりだという。
そして子供はいない。

「それからつくしには、せっかく高名な先生に診てもらえる紹介状を書いてもらえたのだから、手遅れにならないうちに行くように言ったんです。だけどつくしは、従妹は地元の病院で充分だと言って、なかなかこちらの病院に行こうとはしませんでした」

行こうとはしなかった。
それは彼女の中にも昔の恋人に診察されることに特別な感情があったということか。
それに離婚後も旧姓のままでいるのは、かつて司がなんとかして彼女に連絡を取ろうとしたことから、結婚している司が妻を裏切らないように、間違った道に踏み込まないように予防線を張ったのか。
そして彼女は自分の命の期限を知っていて、最後にもう一度、司に会いたいと思ったのか?

___もしかして彼女は今でも司のことを?

司は胸が詰まる思いがした。

「でも先生に手術してもらえて良かったです。先生、つくしを助けて下さって本当にありがとうございました」

だが今、司が見ているのは刻々と天に召されていく彼女。
司は嘘をついた。
転移があったのだ。
しかし、そのことを告げなかった。
転移の場所は神の領域で司の手が届かない場所。
だがもっと早く司の元に来ていれば助けることができた。
しかしこの先、彼女は自分を失っていく。
治療に使われる薬の副作用で髪の毛は抜け落ちる。
喉に穴を開けられ身体のあらゆる場所にチューブを挿し込まれ、生からも死からも逃げることが出来ない状況におかれる。その結末は残酷で絶望的で司はその苦しみを知っている。
だからこれ以上彼女が苦しむことがないように処置を施した。


好きだ。
好きだ。
彼女が好きだ。
あの頃と同じで今でも好きだ。
再会してからその思いが身体中を駆け巡った。
旅立とうとしている彼女に対し恋心を抑えることが出来ない。
それは最初の恋は最後の恋にすべきだったということ。
だが、その恋を終わらせたのは司だ。

司は白衣のポケットから注射器を取り出した。
それを自分の左腕に刺した。
中身は鼓動の動きを止めるに相応しい量の液体。
いつかは終わる人生。
それなら彼女と一緒に終わりたい。
愛しい人に再び巡り会えた人生に悔いはない。
そして自分の命は誰にも繋がらない命だが、こうすることで彼女とは生死を超えて繋がることができる。
だが、彼女は共に旅立つことを許してくれるだろうか。
傍にいることを許してくれるだろうか。
いや。許してくれなくてもいい。
遠い昔、地獄の底まで追いかけていくと言ったのだから許しは必要ない。
それに、彼女を棄て、お腹の子供を見棄てた男は業火に焼かれて当然だ。

司は彼女の身体にかけられている布団を捲った。
隣に身体を横たえると、微かなぬくもりが伝わった。
こめかみに唇を押し付けると血のぬくもりを感じた。

「身勝手だった俺を許してくれ」

司は呟くと目を閉じた。




< 完 > * Sin *
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2024
03.26

Sin 4

Category: Sin(完)
どこかで幸せに暮らしていることを祈っていたが、15年振りで見る彼女は変わっていなかった。
司は医者だ。仕事柄感情を出すことなく常に冷静な表情を浮かべている。
そんな司を前にした彼女は、いかにも彼女らしい笑顔を浮かべ「元気そうで良かった」と言ったが、彼女は自分が医師である前に、昔の恋人の診察を受けることについて特別な感情はないのか。
過去にこだわりはないのか。
あの頃のことは遠い過去なのか。
しかし、不治といわれる病を抱えている人間とは思えない物静かな目に、司は彼女への感情を見抜かれそうだった。あるいは、もう見抜かれているのかもしれない。
それは意識の底に眠らせているだけで、別れてからも司の中で彼女はいつもそこにいたということ。ふたりが恋人同士だったことが風化することはなかった。
だが結婚している彼女にすれば、司とのことは永遠に抹殺したい。葬り去りたいことなのか。
そんな彼女に幸せな結婚なのか?と訊いてみたかった。
だがふたりの間に流れた遠い時間を自嘲すれば訊けなかった。
その代わり、「変わらないな」と言った。
すると彼女は「いいえ。変わったわ。あの時より年を取ったわ。もうおばちゃんよ」と言って「変わらないのはアンタの方でしょ?」と言って笑った。




眩しいライト。
青い手術着を着た男。
司が見ているのは麻酔をかけられ手術台に横たわる彼女。
意識のないその身体に緊張はない。
司は愛した人の身体に鋭いメスを入れる。
それは己の脳髄を刺し貫かれるより辛いこと。
だが、司なら彼女を助けることが出来る。
指先が司を裏切ることはない。
そして彼女の夫も司の腕を信じている。

「先生。どうかつくしを助けてやって下さい」

ひとまわり年上の男の髪には白いものが混じっていた。



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2024
03.25

Sin 3

Category: Sin(完)
司は人生の中で一番愛した女性と別れてから女を好きになったことがない。
ふたりが別れた理由は司にある。
司は優秀で将来を嘱望されている若い医師。
治療を担当した患者に気に入られ娘と結婚して欲しいと言われた。
娘は都内でも有数のお嬢様学校に通う大学生。
父親は大手出版社の経営者。
あの頃。司の父親が経営する会社は窮地に立たされていた。
娘の父親は娘と結婚してくれるなら力を貸そうと言った。
会社を助けようと言った。
それに困難と言われる数々の手術を成功させることで、司にはそれまで無かった医師としての野心が芽生え始めた。

司は恋人を棄て結婚した。
何かあっても何もないふりをして笑っていた彼女。
誰かに幸せにしてもらうのではなく幸せは自分の心が決めると言った彼女。
別れを告げたときの彼女は、そうなる事が分かっていたのか。
何も言わなかった。
後から知ったのだが、そのとき恋人は妊娠していた。
だが子供が生まれることはなかった。
そして司の結婚生活が長く続くことはなかった。
それは頭の中には彼女がいたから。
だから妻となった女のことを愛することが出来なかった。

自責の念が司の心を引き裂く。
慟哭の風が激しく身体を揺さぶる。
ひとつの命を失わせるにいたった責任は司にある。
離婚した司は渡米する前にひと目彼女に会いたいと、彼女が暮らすアパートを訪れた。
だが彼女の姿はなかった。引っ越し先は分からなかった。
無意識に動く指が、空で覚えている11桁の番号を押していた。
だがその番号に繋がることはなかった。
そしてふたりは15年の歳月を経て医者と患者として再会した。




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2024
03.24

Sin 2

Category: Sin(完)
「ねえ、先生。今夜は来てくれる?」

看護師はパソコンの画面を見ている司の肩に触れながら言った。

司は新堂つくしのレントゲン写真を見ていた。
彼女の身体に巣食っている腫瘍は簡単には切除できない場所にある。
しかし司なら切除出来る。
そして失敗しない。

「ねえ先生、聞いてる?今夜は来てくれるんでしょ?」

「悪いが今夜はすることがある」

「え~つまんない。今夜は先生と一緒にいたかったのに!」

この病院の看護師は司に抱かれたがっている者が多い。
だから司は望み通り抱く。
だがそれは感情が伴うことのない行為で心が入ることはない。
それに抱いた瞬間から忘れてしまうのだから女の顏など覚えてない。
それでも、看護師たちは自分だけは特別で他の女とは違うと思っている。
そして女たちは皆、自分の欲望に正直だ。

「じゃあ先生キスして」

唇はただの器官に過ぎない。
だから司にとってキスは意味のない行為。
そう思う司だが、かつては好きでもない女と唇を重ねることに嫌悪感を抱いていた。

女の腕が司の首に回された。
ゆっくりと顏が近づいてきて唇が司の唇に触れた。
そして押し付けられた唇の間から舌が押し入り、唇を貪った。
瞬間、瞼の裏に新堂つくしの顏が浮かんだ。




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2024
03.23

Sin 1

Category: Sin(完)
こちらのお話は明るいお話ではありません。
お読みになる方はその点をご留意下さい。
*********************










「新堂さん。お入りください」

看護師が患者の名前を呼んだ。

「こちらにどうそ」と言われた患者は椅子に座った。
そして「先生。お願いします」と言われた司は見ていたパソコンの画面から、ゆるりと顏を向けた。すると見覚えのある顏がそこにあった。
そこにいたのは昔の恋人。
高校時代に付き合い始め、一緒にいたいと結婚の約束をしていた女性だ。



彼女は地方にある病院の紹介状を持っていた。
司はまさか昔の恋人を診察することになるとは思いもしなかった。
それに彼女も…..
いや、道明寺という名前は日本に幾つも無い。だから自分を診察するのが、かつての恋人だということは分かっていたはずだ。

司はこれまで外科医としてアメリカで働いてきた。
そこは世界の最先端の医療技術が集まる場所。
そこで超一流と言われる医師たちと多くの患者の命を救ってきた。
そして10年ぶりに帰国して、都内にある私立の総合病院で勤務することになった。

司は紹介状に目を落とした。
そこに書かれていたのは、彼女が治る見込みが極めて低いと言われる病を患っているということ。だが、その病を治す腕があると言われるのは、天才外科医と呼ばれる司。
そんな司の元に彼女は来た。
そして彼女の名前が牧野ではなく新堂なのは、結婚しているからだ。




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