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2019
06.23

それが夏のはじまり

1年で最も昼が長い夏至。
夏という字から、その日が夏であるように思えるが、まだ梅雨は明けてはおらず、南から湿った空気が流れ込んで雨が降る日が続いていた。
だがジェットから見るその日の空は、夏空と見まがうばかりの青い空が広がっていて、街の景色は完璧な夏を思わせた。

男が1万キロを飛び越えて降り立った街の名は東京。
そこは男の故郷であり恋人が住む街。
時刻はもう間もなく13時を迎えるところだった。

男はこの日、心の真ん中を占める最愛の人にあることを伝える為にここに来た。
それはこの日が男にとって意味のある日だから。

かつてこの日に二人は、夫婦岩で有名な伊勢の二見興玉(ふたみおきたま)神社を訪れ、大勢の男女が海水に身を沈め、みそぎをする様子と岩と岩の間から昇る朝日を見た。
それは夫婦の末長い幸せを祈る契の神事。
男と女はまだ結婚してはいなかったが、縁結びのパワースポットと言われるその場所で近い未来の結婚を約束した。
だがそれから3年の歳月が流れ、会うこともままならない日々が続いていた。

会社で重責を担う男と、ごく普通の会社員の女。
二人の間には全く違う時の流れがあった。
だが男が東京に降り立ったのは、その時の流れを変える時が来たからだ。
だからその思いを抱えた男は昼下がりのビジネス街で昼食を食べ終えた女が現れるのを待っていた。
そして彼の前に現れた女はテイクアウトのコーヒーを片手に彼を見ると驚いた顔をした。

「え?どうしたの?なんで?なんでアンタがここにいるの?」

「なんでだと思う?」

「え?全然分かんないんだけど….」
と言って彼をじっと見る女に司は言った。

「会いたかったから会いに来た」

「え?どういうこと?アンタまさかあの時みたいに昼休みを使って来たなんて言わないわよね?」

それは女がまだ大学生で男の方も大学生と会社の跡取りとしての仕事をこなしていた頃の話。
清掃のアルバイトをしていた女は足を滑らせ頭を打った。
そして病院に運び込まれたと連絡を受けた男は、すぐさまジェットに乗り込み東京を目指した。
あの時、ミラノにいた男は昼休みを使って会いに来たと言ったが、その昼休みの時間の長さに二人は笑った。

あれから歳月は流れ、女は大学を卒業し働いていた。
そして男はビジネスの才能を開花させると次々に任される事業を軌道に乗せた。
生まれ持っていたと言われるその才能は、母親から受け継がれたと言われているが、男自身もビジネスを成功させるための努力は怠らなかった。
それは自分のためでも会社のためでもない。
それは愛する人を守る力が欲しかったから。
自分が力を持てば、その分だけ女を守ることが出来るからだ。
だがビジネスを成功させればさせるほど忙しさが増し、自分の時間というものを持つことが難しくなった。
そして、無理矢理もぎ取ったと言えるこの時間はミラノからではなくニューヨークからもたらされた時間。
今の男の生活の拠点はニューヨークだ。
それにこの時間はあの時とは違い昼休みではない。

「あほう。今の俺はあの頃の俺とは違う」

「え?じゃあどういうこと?どうしてアンタがここにいるの?」

「ごちゃごちゃとうるせぇな。そんなに俺がここにいることが不満か?」

「そんなこと言ってないわよ。ただ突然現れたからびっくりしたって言うのか。驚いたっていうのか…」

今までの二人に与えられた時間は長くて3日。
短い時は数時間というもの。
だから女が驚いた顔をして男を見ても仕方がない。
そしてその驚いた顔の裏にあるのは、「どれくらいここにいることが出来るの?」の言葉。
だが今の男はその思いに答えるよりも言いたいことがあった。

「あほか。お前は。びっくりも驚いたも同じ意味だろうが。それに俺たちが会うのに理由が必要か?理由がなきゃ俺たちは会っちゃいけねぇのか?」

その言葉に女は首を横に振ったが怪訝な顔をしていた。
だがそれもそのはずだ。
昨日の夜の電話ではニューヨークにいたはずの男が、東京に来ることも伝えず突然目の前に現れるのだから驚いて当然だ。
けれど男はその驚いた顔が笑顔に変わる瞬間を見たかった。

「俺がここに来たのは日本に来てお前に言わなきゃいけない用事があるからだ」

男は女が手にしていたコーヒーを取り上げた。
するとそこに黒服の男が現れ男の手に握られた紙コップを受け取った。
そして男は女の前に手のひらを差し出した。

「お前、昔俺が言ったことを忘れてねぇよな?俺はお前を手にいれなきゃ一生安心することはねぇってな。だから今度こそお前を手に入れに来た。牧野。待たせたな。お前を迎えに来た」

それは迷いがない眼差しと強い声。
差し出された手のひらの中央にあるのは、金色の金属で出来た根付カエル。

「これ…..」

「そうだ。このカエルはあの神社でお前が俺に買ってくれたお守りだ」

それは、かつて二人が夏至の日に訪れた二見興玉神社で御祭神の使いとされるカエルをお守りとして販売していたものを買ったが、カエルに「帰る」という意味を重ね、大切な人が無事に帰るようにという願いが込められていた。

女は男の健康と安全を祈りそのお守りを買い男に渡した。
そして男はそのカエルを大切にしてきた。
だから金色のカエルは、あの日のままの輝きで男の手の上にあった。



甘えたり、甘えられたりするのが苦手な性格の司の恋人の瞳は揺れていた。
それは涙でその瞳が滲んでいたから。

「無事帰る。俺はまたこうしてお前の元に帰ってきた。今までも何度もそうして来た。けどこれからは向うで、ニューヨークで俺の帰りを待っていてくれないか?だから牧野。受け取ってくれるよな。このカエルを」

そっと伸ばされた手と、「うん」と言ったのは同時。
司はその手を取ると自分の手で包んだ。
そしてもう二度と離さないと言った。





プリズムの季節にはまだ早かったが、ここから二人にとっての夏が始まるはずだ。
そしてこれから毎年迎える夏は、梅雨のない青空の下での夏。
そこで二人は新しい暮らしと未来を築いていくことを決めた。
だが未来は何が待っているか分からない。
それは誰にも分からなかったが、二人は一緒にいられるだけで幸せだ。
だから顏を寄せ、指を絡めると優しいキスをした。





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2019
06.16

ロングシュート~続・子の心、親知らず~<後編>

僕は花沢類さんとの会話から父がスポーツ万能であることを知った。
父は背の高さは185センチあると言うが、そんな父は高校時代、母を巡って親友である花沢さんとバスケで決着をつけることにしたことがあった。
父と母には恋愛事件と呼ばれるものが数多くあるが、それは母が学園を退学するかどうかが掛かっていた試合であり、F4と呼ばれる仲間のうち、父と西門さんと美作さんがひとつのチーム。そして花沢さんと青池さんと母がひとつのチームを組んでの試合。

つまりそれは僕の知らない父と母二人のドラマのひとつということになるが、どう考えても自分のチームが負けると思った花沢さんは、勝つため父を精神的に動揺させラフプレーを誘い得点を稼いだと言った。
それは母を愛する父を嫉妬させたということだが、やはり父のチームの勝ちは間違いないと言われ、あと10秒で試合が終わるという時に何故か父は勝ち試合を放棄した。
花沢さん曰く、父はそういった形で母に対する愛情と自分に対する友情を示したと言った。
つまり勝敗を付けることをせず問題を問題としないことを選んだということだが、それはまるで青春時代を描いた少女漫画のような世界。
そんな父がいたことを知り、僕は父にプレゼントするものを決めた。

それはバッシュ。
つまりバスケットシューズ。
でも僕は野球少年だったからバスケットシューズについては詳しくない。だから幼馴染みの元バスケ部員に訊いたが、「お前。道明寺司にバッシュかよ?全然似合わねぇな」と笑われたが、僕はどうしてもバスケットシューズを父に贈りたかった。
何故なら僕は父が必死になった姿を見たいと思ったから。
花沢さんと母を巡って行われたバスケ試合は、訳のわからない父のプライドをかけた試合だったが、父の必死の姿があったはずだ。
今でこそ優れた経営者と呼ばれる父だが、僕は父の若かった頃の必死さを見たいと思った。
父の青春時代の1ページを。









「父さん。父の日の僕からのプレゼント。高いものじゃないけど受け取ってくれる?」

「サンキュ祐。贈り物に値段は関係ない。心が込められていればそれが一番だ」

僕が差し出した箱を嬉しそうな顔をして受け取った父は、包み紙を外した時点で中身がバスケットシューズだと分かると片眉を上げ、「どうしてこれを俺に?」と言った。

「どうしてだと思う?」

「さあな。どうしてだ?」

父は箱からシューズを取り出し眺めていた。

「うん。父さんはスポーツ万能だって花沢さんから訊いたけど、野球ってイメージじゃないんだ。僕の中での父さんのイメージはバスケ。だから僕とバスケの対決をしてくれないかと思って。それにバスケならうちの庭にコートがあるし、二人でも出来るしキャッチボールより面白いだろ?」

道明寺司という男はチームプレーよりも、ましてや飛んで来る球を待つよりも一人で相手の陣地を責めるスタイルが似合う。
だから僕はそう言って父の顔にどんな表情が浮かぶかと見ていたが、そこに浮かんだのはニヤリとした表情。そして、
「いいだろう。俺も最近身体を動かすことが減った。運動不足解消には丁度いい。ひと汗かくか」と言った。






邸の広い庭にあるのはバスケのコートもだがテニスコートもあった。
だがテニスをする父をイメージするのは、野球と同じでやはり難しい。
けれど、今では母を相手にテニスをする姿を見ることがあるが、母はテニス初心者で父の相手としては物足りないはずだ。
それでも、「ヘタクソ!どこ見て打ってんだよ!ボールはラケットの中心で打つもんだ!」と言いながら母の方向が定まらないボールを打ち返す父は楽しそうだ。


「それで?祐。1対1のゲームってことだが、お前俺に勝てると思ってるのか?」

どちらが多くシュートを打つことが出来るかで決まるバスケの試合。
30代半ばの父とまだ10代の僕とでは、明らかに若い僕の方が優位なはずだ。
だから負けるはずがないと思った。
だから父の余裕の発言に僕はムッとした。

「当たり前だろ?僕の方が若いんだ。勝つに決まってるよ」

だが移動速度の速いドリブルをする父の姿は30代半ばの男のものではない。
それはまるでボールが手に吸い付いているようなドリブル。
そして見事に決めるダンクシュート。得点は父の方がリードしていた。

「祐!お前俺より若いんだろうが!もたもたするな!もっとしっかり走れ!」

「汗で滑ったんだよ!」

僕は顔に流れる汗を手で拭った。

「ぬかせ。汗のせいにするな!そんな足腰で俺に勝てると思ってるのか?」

見事なハンドリングを見せる父の姿は、やはり30代の男とは思えなかった。
だがそうは言っても時間が経つにつれ、若い僕のとの体力の差は徐々に出て来た。
そしてリードを許していた得点はわずかとなり同点になった時点で残り時間は10秒。
このまま同点で終わるか。
それとも___。

どちらが勝つにしても、それはどちらが多くシュートを決めることが出来るかだが、僕はドリブルしていたボールを父に奪われた。
残り時間はあと5秒。
すると父はかなりの距離があるにもかかわらず、その場でボールを頭の上に構えた。
そしてバッグボードに向かってシュートを打った。
それは梅雨の晴れ間の濃い青空にオレンジ色の放物線を描きながら飛んでいく見事なロングシュート。
ボールはバッグボードに命中すると鉄のリングの中に入った。と同時に残り時間はゼロになった。

たった5秒で決まる勝敗。
けれどその5秒のために戦った時間は5秒以上。
そして勝負に勝った父は満足そうな表情を浮かべたが、すぐに何かを考える表情に変わり口をついた言葉は静かだった。

「俺がお前と母さんと離れていた時間は5秒じゃなかった。18年もの間、母さんを忘れ離れていた俺の時間は長かった。記憶が戻った途端その長さに愕然とした。だがお前に近づいてその時間は過去のものになった。それに今の俺の手の中には大切なものが二つある。それはお前と母さんのことだが、俺は失った過去よりも二人と暮らせるこれからの未来が楽しみだ」

父が母と離れていた時間。
それは父が僕と離れていた時間でもある。
そして戻ることのない時間は父が母と僕に出会うまで歩んだ遠回りの時間。
だが父は遠回りした分だけ大人だ。そんな父の口から語られる言葉は、そこら辺にいる大人と違い重みがあった。
それに父が母と再会してから母を思うその姿には失っていた18年分の愛情と、その歳月を感じさせない深い絆を感じることが出来た。

「祐。お前あと5秒だってとき諦めただろ?いいか。勝負は最後の最後まで諦めるな。たとえ残りが5秒だろうが1秒だろうが最後の最後まで相手に食らい付け。そうすることで見えるものがある。俺は昔試合の途中でゲームを投げ出したことがある。あの時はそれで良かったと思えたが、今思えば勝敗をつけておくべきだったと思っている。何しろ相手は類だ。中途半端なことをしてあの男に笑われることだけは避けるべきだった。それにあの男、ああ見えて根に持つ男だ」

と言って笑ったが勘のいい父のことだ。僕がバスケをしたいと言ったとき、あの時の試合のことが頭を過ったはずだ。それに僕とゲームをすることにした父は、僕が何を考えているのか分かったような目をしていた。だから花沢さんの名前が口をついたとしか思えなかった。
それにしても、母にまつわる花沢さんのことになると機嫌が悪いことこの上ない。


「それにしてもこんなに汗をかいたのは久し振りだ。どうだ?これからプールで軽くひと泳ぎして汗を流すか?」

「父さん冗談は止めてくれよ。バスケだけで充分だよ。それにこれ以上身体を動かしたらぶっ倒れるよ!」

プールで軽くひと泳ぎと言う父の体力は、やはり30代の男のものではない。

「そうか。止めとくか。それならシャワーで済ませるか」

僕が頷くと父は一緒に戻るか?と言ったが「もう少しここでクールダウンするよ。だから先に戻っていいよ」と答えた。すると父は、「じゃあな、先に戻ってるぞ」と言って邸へ足を向けた。











僕が父と出会ったのは大人になってから。
だから精悍な顔をした父を父というよりも一人の男性として見ていた。
そしてつい今しがた見た父の顔は高校生の頃の父の顔。
子供の僕を相手に絶対に負けないというその態度は、どこか子供っぽかった。
つまり青春時代の父は今も父の中にいて、時々顔を覗かせることがあるということを知った。


日曜の東京の空は梅雨を忘れたように青い。
僕は足元に転がっているボールを拾うと頭の上に構えた。
そしてついさっき父がロングシュートを決めたようにボールを投げた。
するとボールは父が投げたのと同じような放物線を描いた。それなのにシュートを決めることは出来なかった。

「なかなかやるよな。中年親父のクセに」

そう呟いた僕はそれなら来年はゴルフで対決しようと思った。
大学生になってから父に教えられ、めきめきと上達したゴルフの腕。
たが父はまたきっとこう言うはずだ。

『お前俺に勝てると思ってるのか?』

負けず嫌いの性格で子供の僕にもムキになる父。
それはどこか少年のような父の姿。
けれど僕はそんな父が好きだ。

それにしても、父の日に自分の父親に勝負を挑む息子というのも、父にとってはやっかいな息子なのかもしれない。
けれど、親子が離れていた間の溝を埋めるという訳ではないが、これが僕と普段は忙しい父にとってのコミュニケーション手段のひとつだったと父も分かっているはずだ。


僕はもう一度ボールを拾った。
そして今度こそはという思いで投げた。
すると今度は見事に決まったロングシュート。
もしここに父がいたらどんな顔をするだろう?
きっと片眉を上げ「やるな」と言ってニヤリと笑い「けど、まだまだだな」と言うはずだ。




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2019
06.15

ロングシュート~続・子の心、親知らず~<前編>

Father’s Day Story
***********







ある日、僕の前に突然現れた父。
そして父は母の日に18年振りに再会した母と3ヶ月後に結婚した。
もちろん、そのことに僕は反対しなかった。
ただ、いい年をした大人の男が、これまたいい年をした大人の女と結婚するのに盛大な式を挙げる必要があるだろうか?そのことを口にした僕に父は、

「おい。祐。結婚式ってのは一生に一度しか挙げねぇものだ。それに俺たちの結婚は恥ずかしいものじゃない。だからちゃんとした式を挙げて世間に母さんのことを知らせる。それが俺の母さんに対する誠意だ」

その言葉通り父は母と教会で式を挙げると、メープルの一番広い宴会場で盛大な披露宴を開いた。そこに招かれたのは各界の著名人と言われる人々。
それにしても、まさかそこに現役の内閣総理大臣が列席するとは思いもしなかった。
それはまさに道明寺司の妻に対する並々ならぬ決意とでも言おうか。この先何があっても妻を離さないといった思いと共にこの結婚に文句がある人間がいれば容赦しないといったものが感じられた。

そして父と暮らすようになって知ったことがある。
たとえばそれは寝る時は裸で寝るということ。
歯磨きはミントフレーバーだということ。
いつも付けるコロンは決まっていて、それは高校時代から変わらないということ。
意外なことだけど好き嫌いは無いということ。だから母が作る料理は何でも食べるということ。
誰もが振り返る男でクールに見えるけど、何故か玄関に脱いだ靴下がカタツムリのように丸まって落ちていることがあるってこと。
つまり経済誌の表紙を飾る父は誰が見ても大人の男でビジネスマンの顔をしているけど、僕や母の前にいる父は全くの別人にしか思えなかった。
そして父という人間は、包容力のある大人の男と我儘な男が同居しているということを知った。

それにしても母は父のどこに惹かれたのか。
二人のキャラクターは全くといって言いほど違うのに、何故この二人が愛し合うようになったのかが不思議だった。
けれど父と結婚した母は、そんな父を上手くコントロールしていた。

そして家族となった僕には父に対しての気遣いというものがあったが、気遣いというのは想像力が必要で、僕の父に対する気遣いとは、広大な邸の中に作らせた母専用の台所にいる母がエプロン姿で立ち振る舞っているとき、そっと席を外すこと。

僕は生まれてからずっと母の傍にいた。だからそれだけ母のことはよく分かっているつもりだ。けれど父と母の付き合いは高校時代の1年にも満たない時間。
それは僕の知らない二人のドラマがあった時間だが、それは余りにも短い時間。
だから父と母が二人でいるための時間を少しでも持つことが出来るならと、親子とはいえ男同士の義理がそうさせた。

それにしても、あの道明寺司がエプロン姿の妻の後姿に目を細め嬉しそうにしているとは世間の誰も想像すらしないはずだ。だが父は間違いなく、そういった種類の人間だ。
つまりそれは妻を溺愛するタイプの男ということ。
それを結婚して10ヶ月たった今、改めて思うのは僕の父は親バカならぬ妻バカだということだ。

そして父と母が再会を果たしてから1年と1ヶ月。
僕にとっては初めての父の日が来た。去年の父の日は出会って1ヶ月ということもあり、何かをしようというところまで気が回らなかった。
だが今年も母の日が終り巡って来た父の日。
そして、ここで僕は父に初めての父の日の贈り物をすることにした。
だが欲しい物は何でも簡単に手に入れることが出来る父に何をプレゼントすればいいのか。
正直僕は悩んだ。髭剃り?ポロシャツ?万年筆?ありきたりな物しか思いつかなかった。
そんな中、僕は父の親友の花沢類さんからある話を聞かされた。



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2019
06.09

おとうと

Category: おとうと
司、結婚おめでとう。
こうしてあらたまって手紙を書くのは初めてだと思うわ。だからどこか恥ずかしい思いもあるけど、訊いて欲しいことがあるからこうして筆を取りました。

あなたは私にとってはじめての弟。
そしてたったひとりの弟で私はあなたにとって唯一の姉。
だって私たちには他に兄弟姉妹はいなのだからそれは当然なのだけど、そのことについて幼い頃のあなたは思うことがあったのね。兄が欲しいと私に言ったことがあったわ。
それは男勝りの姉が嫌だったからかしら?それとも一緒にキャッチボールをしてくれる男の兄弟が欲しかったということかしら?
どちらにしても、私しかいなかったのだから、あなたは仕方なく私を受け入れたのかもしれないわね。

あなたと初めて会ったのは、あなたがまだ病院の保育器の中にいた頃。
病院を訪れた私は、保育器の中でスヤスヤと眠るあなたを見てホッとしたわ。
それがどうしてだか分かる?だって道明寺の広い邸の中で子共は私ひとりだけ。
今のあなたなら分かると思うけど、あの邸の広さの中で子共がひとりで過ごす時間は果てしないものがあったわ。だから弟が出来た私には仲間が出来た気がしたの。
あの広い邸で共に過ごす仲間がね。
だけどあなたは私の仲間じゃなくて弟。だから一緒に遊ぶことはなくて面倒を見ることが私の日常になったわ。
だからといって、そのことが嫌だということは全くなかったわよ。
だってあなたは私の大切な弟。母のお腹の中にいるのが弟だと分かった瞬間から私はあなたに会えるのを待っていたんですもの。

ところで覚えているかしら?少し大きくなったあなたは自転車に乗りたいと言った。
それはあなたと同じ年頃の子供が親に支えられて自転車の練習をしているところを見たからだけど、私は男の子であるあなたが自転車に興味を持つことを不思議だとは思わなかったわ。
だから邸の庭で自転車に乗るあなたの後ろを支えたわ。
本来ならそれは父か母の役目。でも二人ともこの国にいなかったのだから仕方がなかったわね?私があなたの母親代わりになってもう何年もたっていたから、当然のように自転車の後ろを支えたわ。
だけど負けず嫌いなあなたは、いつまでも手を離そうとしない私にこう言ったの。

「ねーちゃん!いい加減離せよ!俺はもうひとりで乗れるんだからな!」

だから私は手を離した。
するとあなたの乗った自転車は数メートル走ったところで横倒しになったわ。

世間はあなたのことを挫折を知ることがなく育った人間だと言うけれども、私はあなたが何度も挫折を味わった、心が傷つけられたことを知ってるわ。
自転車のこともそうだったけど色々あったわね?でもあなたは負けず嫌いな分、努力をしたわ。
あの時、涙目になったあなたは倒れた自転車を起こすとすぐにまた乗ったわ。
乗れなかった自分が悔しかったのか。歯を食いしばり自転車に乗る練習を始めた。
そしてひとりでペダルを漕ぐ事が出来るようになってからは、自転車に興味を無くしたわ。
でもそれはそうよね?いくら広い庭とはいえ、庭は庭であって外の世界とは違う。
自由に外を走り回ることが出来ないことは、あなたも理解していた。だから自転車という課題を克服したあなたは自転車に乗ることを止めた。

それからあなたの興味の対象は色々あったけれど、家の跡取りであるあなたの自由になる時間は殆どといってもいいほど無くなったわね?
それにあなたの周りには大人ばかりいたから子共らしい夢を見る時間は殆どなかった。
未来は決められていて家庭教師から教えられることは大概すぐに理解をしたけれど、人の心を思いやるということだけはなかなか理解出来なかった。
そして理解出来ないまま年を重ねたあなたは自分の手が血に染まっても平然とする子供になった。
そして、私が結婚してこの邸を出て行った後のあなたは手の付けられない状態になったと訊いたわ。

あの時一番に思ったのは、私の姉としてあなたに接した態度が間違っていたのではないかということ。あなたはたった一人の私の弟で私たちは姉弟。父と母以外で唯一血のつながった肉親。だから何があっても私があなたの味方であることは間違いないのだけど、他人に暴力をふるい人に迷惑をかけるようになったあなたに私は心を痛めたわ。

ところで司。どうしてあなたの名前が司という名前になったのか知っているのかしら?
あなたは沢山の人の人生を背負う人間になる。
つまり将来責任を伴う立場の人間になる。人の上に立つ人間になるから司という名前が付けられたの。それから、あなたの名前を考えたのは母よ。

母は、あなたの傍にいたいといった思いもあったはずよ。
でもそれは無理だってことは分かっていた。母が出産するタイミングは道明寺にとって今後の事業展開の行方を占うと言われていたビッグプロジェクトが成功するかどうかの瀬戸際に立たされていた頃だったから。だから母が新聞に目を通すとき見ていたのは家庭欄よりも経済欄。そしてあなたを産むとすぐに仕事に復帰した。
だからあなたがベビーベッドの中で屈託のない笑顔を浮かべていたのを見ていたのは、母よりも私の方が多かった。

でもね司。
私は姉であって母親ではなかった。どんなにあなたを気に掛けていても私は姉。
だから子は親の鏡だと言われた言葉にハッとしたことがあったわ。だってあの頃の母は、あの通りの人間だったもの。
それから母には言えないけど、もし私があなたの母親ならあなたはあんな風にならなかったはず。そうよ。あなたが人を人とも思わない態度でいた少年の頃のことよ。
私が母親だったら、あなたのねじ曲がった根性をあの時以上の力で叩き直してやったわ。
でも、そんなあなたが出会った女性が私の代わりにあなたの根性を叩き直してくれた。
あなたが結婚する女性は、あなたの歪んだ心を吹き飛ばす力があった。
そしてあなたを変えてくれた。生きる意味を教えてくれたわ。

だから司。
これからのあなたは私の弟以前につくしちゃんの夫という立場を大切にしなさい。
それからどんな未来があなた達に待っているか、二人の前は絶えることなく新しい扉が現れ、その扉の向こうに何があるかは分からないけど、二人には今の気持ちを大切にして変わらずいて欲しいの。
でもどんな未来が訪れたとしても二人はきっと大丈夫だと思ってるわ。
だって、あなたたちは嵐の中を生きてきたんですものね。
それに私の知っている弟は妻が一番で、あの頃の母のように会社一辺倒にはならないわよね?だから心配はしてないけど__

椿が、そこまで書いたところで部屋の扉をノックする音と彼女を呼ぶ声が聞こえた。

「椿様。お時間です。そろそろご出発なさいませんと飛行機の時間に間に合いません」

「分かったわ!でももう少しだけ待っててもらえないかしら?」

さてと。迎えが来たから私からの手紙はここで終えるわね。
それから私があなたに手紙を書くのはこれが最初で最後になるはずだけど、この手紙をあなたが読むのは何時かしらね?
忙しいあなたのことだから、移動中の車の中かジェットの中なんでしょうけど、さすがに秘書に代読はさせてないわよね?
それから結局何が言いたかったのかと言うと、要するに結婚するあなたに姉として愚痴を言いたかったってことかしらね?

ところで今この邸の庭にはツツジの赤い花が咲いているけど、結婚式を挙げる南の島にはどんな花が咲いているのかしら?
でもどんなに美しい花が咲いていても、あなたの目に映るのはたったひとつの花。出会った頃はまだ硬い蕾だったけど、今は大きな花を咲かせたわね?

それから、あなたの自転車が捨てられることなく残ってたの。チェーンは錆びているけど交換すれば乗れるそうよ。だからもしあなたたちの子供が生まれて自転車に乗りたいと言ったら使えるわね?だって物を大切にするつくしちゃんのことですもの。乗れるんだったら使うって言うかもしれないから。

あ、それからもういい年なんだから、うっかりだとしてもひと前で私のことを「ねーちゃん」って呼ばないように気を付けなさいよ。
でも、そうは言っても私のことを「ねーちゃん」と呼ぶのはあなただけだもの。だからやっぱり私はあなたに「ねーちゃん」と呼ばれることが嬉しいわ。それにこれから先も何があってもあなたは私の大切な弟なのだから。

じゃあね。本当にそろそろ行かなきゃ。
結婚式の日。あなたとつくしちゃんに会えるのを楽しみにしてるわ。
それから誰よりもあなたの幸せを祈っているわ。


あなたの姉、椿より。




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2019
06.02

High Pressure

Category: High Pressure
経験がものを言う。
秘書の仕事の中にはそういったものが多いのが事実。
だからこそ西田は道明寺楓の第一秘書として長年仕事をすることが出来た。
そして道明寺楓の秘書という仕事に非常に大きなプレッシャーを感じていたのは若かった頃の話だが、西田はその頃のことを思い出していた。


大学を卒業し配属されたのは秘書課。
それは思いもよらぬ部署。
何故なら西田は理系の出身であり希望をしていたのは海外事業部。そこで日本の技術を生かしたビッグプロジェクトに係わることを希望していた。
だから秘書という仕事を与えられ戸惑った。そして何より当惑を覚えたのは、何年か経つと彼女の息子の世話をしろと言われたことだ。
日本の最高学府を卒業した申し分ない学歴を持つ男が秘書とは言え、仕える女性の息子の世話をすることに何故自分がという思いがあった。

それに西田は独身であり子供と接した経験が殆どなかった。だから子供の世話と言われた時、どうすればいいのか悩んだ。
それに相手はただの子供ではない。相手は道明寺財閥の跡取りで一人息子だ。
もしその子供に何かあれば西田は首が飛ぶどころではない。文字通り命が無くなる恐れがあった。

だから西田は考えた。
子供にどう接すればいいかを。だが考えただけではどうにもならない。
子供のいない中年に差し掛かった男と生意気盛りの小学生では頭の作りが違う。
それならと西田は、学ぶべきことがあるはずだと書店で未成年の心理教育についての本を数冊買い求め熟読し内容を頭に叩き込んだ。そして子供の心を理解しようと努力した。
だが西田の努力の甲斐もなく子供は彼の想いとは全く別の少年へと変わっていった。

それは少年が初等部の高学年に差し掛かった頃。血まみれで帰宅したと報告があった。
だから西田は少年が怪我をしたと思った。だがそれは少年の血ではなく他人の血。
つまり喧嘩をして相手に大怪我を負わせその返り血を浴びただけだと知ったとき、西田の頭にはある予測が過った。それは少年が将来恐ろしい人間になるのではないかという思い。
そして西田の思った通り少年は中等部に入学すると中学生らしからぬ事件を起こすようになり、西田はその後始末に追われることになった。

だが仕方がないことだと思った。
この家では愛情は金で支払われるもので、少年は親の愛というものを与えられたことがなかった。家族の絆というものはなく、あるのは空虚な空間。
だから愛情を与えられなかった少年が暴力的な大人になったとしても仕方がないことだと思った。

だが西田は思った。自分の仕事が少年の世話をすることなら、どんなことがあってもこの少年の守らなければならないと。
それに男の子というものは女の子に比べ成長が遅い。だから今は過渡期でありいずれ少年も年を重ねれば変わるはずだといった思いを抱いていた。
だが少年が唯一心を許していた姉が海外へ嫁ぐと少年は以前に増して荒れた。
そしてその分だけ西田の仕事も増えた。

それにしてもあれから何年経ったのか。
西田はいつもと変わらぬ朝を迎え、マンションの部屋の窓を開け、いつもはほとんど見上げることがない空を見上げていたが、そこには良く晴れた空が広がっていた。

男の一人暮らしは殺風景なもので、元々部屋の中を飾る趣味のない男の部屋にあるものと言えばベッドとデスク。そして作り付けの箪笥と言った程度で生活上最低限のものしか置かれてなかった。だから散らかることもなければ、訪ねて来る者もいない男の部屋の空気はいつも乾いていた。

だが、そんな西田にも趣味があった。
それはジグソーパズル。
自分のペースでピースを組み合わせることが出来るそれは海外出張が多い男にとっての唯一の楽しみであり、リビングのテーブルに置かれた作りかけのパズルの完成は間近で、残されたピースはあと僅かだ。
だが一度そのパズルをテーブルから落とし大きなため息をついたことがあった。


西田は朝の支度を始めた。
トレードマークとなっている銀縁のメガネをかけ、豊かだが白髪が目立ち始めた髪に櫛を入れ後ろへ撫でつけた。そして背広を着たが、その姿は誰もが見慣れた道明寺司の懐刀と呼ばれる男の姿だ。

道明寺司。
西田は今、その男に仕えている。
その男こそ道明寺楓の息子であり彼が後始末に追われていた少年だが、少年は今では母親である社長の跡を継ぎ数年前社長に就任した。そして社長となった男は今日晴れて華燭の典を挙げる。

相手は荒れていた高校時代に恋をした女性。
その女性と出会ったことで少年は変わっていった。だが二人の間には目には見えないが大きな、そして高い壁があり若い二人の間に立ちはだかった。それは格差というものだが西田は二人の愛の行方を見守った。
深く愛し合うことを始めた二人がその壁を乗り越えていく姿を。
そして二人は結ばれた。

そして時間はかかったが今日という日が巡ってくると、西田は道明寺司の最愛の人をエスコートする役目を仰せつかった。
3年前に亡くなった彼女の父親の代わりにヴァージンロードを歩く役目を。
だがそれは西田にすれば大きなプレッシャー。
仕事ならプレッシャーなど感じない。だが長年二人を見守って来た男にとっての花嫁の父の役目はそうはいかなかった。
それに未婚の男が、ましてや自分が仕える男の妻になる女性をエスコートして男に引き渡すなど考えもしなかったことだ。

だが西田は男から言われた。

「俺たちを一番近くで見守ってくれたのはお前だろ?それに俺もつくしもお前がこの役目をするのに一番相応しいと思っている」






西田はパズルに残されていた最後のピースを嵌めた。
収まる場所に収まった小さな欠片。それがなければその絵は完成しなかった。
そしてその欠片でなければその絵は完成しない。
つまり物事の収まるべき場所というのは、初めから決められているということ。
それは運ばれる命である運命は変えられるが、宿った命である宿命は変えられないと言うのと同じ。
つまりあの二人が結ばれるのは宿命だったということ。

だが決して順調とは言えなかった二人の交際。一度別れを決めたことがあった。
けれど宿命を頭上に頂く二人は、これから先の人生を共に過ごすことを決めた。
そして以前西田がパズルをテーブルから落としたのは、二人が別れを決めたという話を耳にした時だった。あの時はバラバラになったパズルはもう二度と元には戻らないのではないかと思った。だがパズルのピースはひとかけらも失われることはなかった。


西田は改めて完成されたパズルを見た。
そこにあったのは真夏の空の景色。
高くて届かないと思っていた愛を二人が掴んだ時、その視線の先に見えたはずの風景。
真っ青な空と海が交わる景色は、かつて二人が訪れたことがある南の島のリゾート。
6月の花嫁はそこで結婚式を挙げる。
晴れた青空の下、仕える男に最愛の人を引き渡すことを求められる男は、プレッシャーを感じながらもそっと微笑んだ。



< 完 > *High Pressure*
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