2018
04.14

天涯の刻 ~残照 番外編~

Category: 残照(完)
<天涯の刻(てんがいのとき)>
*天涯=空のはて 








「そう言えば父さん、最後まで母さんの傍を離れなかったよな」

「そうだな。あの人は母さんが自分のことを覚えてなくてもそれでも良かったんだ。何しろ母さんは父さんにとって俺たちとはまた別のたった一人のかけがえのない人だったんだから。
恐らく今の父さんは母さんの魂の傍で安らかに過ごしているはずだ。それにいつか父さん言っただろ?人生は愛だって。あの父さんがだぞ?あの人の口から真面目な顔で人生は愛だって言葉を聞くとは思わなかったが実際そうだった。父さんの中では俺たちより母さんが一番で母さんを愛することが父さんの生きがいだったんだから、俺たちなんてその愛の副産物くらいにしか考えてなかったんじゃないのか?」

「…そうかもしれないな」

そんな会話を交わしているのは、道明寺家の兄弟ふたり。
彼らは父親によく似た風貌を持っているが、性格は母親譲りだと言われていた。







道明寺司が亡くなったのは半年前。
高校生の時、導かれるように妻に巡り会った彼らの父親は、病を患った最愛の妻と5年間過ごし、それから5年後息を引き取ったが、亡くなったのは桜が散るのと時を同じくしてのこと。朝起きてこない主を心配したメイドが様子を見に行ったが、その時にはすでに旅立っていた。享年72歳。心不全だった。

そして時の流れは確実に季節の移り変わりを示し、窓の外に見える庭の木々は色付き秋を迎えていた。
そんな秋の日の午後。
息子たちは父親が数多く残した写真の整理のため、東の角部屋へと足を踏み入れた。
そこは彼らの両親が暮らした場所。母が医師から入院を勧められるまで二人はこの部屋で暮らしていた。

若い頃、写真を撮られることが嫌いだったという父親。
だが結婚してからは、子供たちの成長と共に写真に写ることが増えたが、妻が病を患ってからは、その数が急激に増えたのは思い出作りのためか。息子たちがソファに腰かけ見ているのは、きちんと整理されアルバムに貼られた写真。ゆっくりと捲っていたが、二人は改めて父親の母親に対する想いを感じ取っていた。

写真の中の父は、心配そうに母を見つめる姿が多い。
父の隣に写る母は、夫のすぐそばにいるのだが、心は彼方へと向いている表情をしているものもあった。それは意識や記憶が薄れていく病のせい。誰にでも起こり得る可能性のある病は、他人事とはいえない病。だが子供たちは信じられなかった。自分達の母親がまさかといった思いだった。だが一番堪えたのは父親だった。

子供たちは両親がどれだけ深く愛し合っていたのか知っていたから、夫婦がこれからどうやって時を過ごそうと考えているのか。そのことを父親に訊いたとき、『見守っていく。それが夫の役目だ』と言い笑っていた。だが心の中は嵐が吹き荒れていたはずだ。

夫のことが分からなくなった妻と過ごした5年はどういったものだったのか。
子供である自分たちとはまた違った思いがあったはずだ。
それはきれいごとでは済まされないこともあった。
本人がその病に罹ったことを告げられたとき、絶望があったははずだ。
進行していく病を止めることは出来ず、自分が失われていく過程を記録に残すではないが、日記がつけられていたが、初めの頃はしっかりと書かれていた文字も、やがてミミズがはったような文字に変わり書けなくなった。そして衰えていく脳と比例するように体力も奪われ最期は病院で静かに息を引き取った。


コロニアル様式の邸の中で異質な空間と言われる和室に置かれた仏壇にある母の位牌。
いつだったか父が仏壇の前で黙って座っているところに出くわしたことがあった。
静かに何かを祈るような姿に声を掛けるのが躊躇われたが、振り向いた父親は『どうした?母さんに会いに来たんだろ?入れ』と言ったが、夫婦ふたりの時間を邪魔したようで『いいのか?』と思わず訊いたが父は『構うもんか。息子が会いに来たのに嫌がる母親がどこにいる?』と言い正面を譲ってくれた。

少しずつ自分の夫のことを忘れていく母親は、会うたびあなたは誰を繰り返していたが、そのたびに父は同じ言葉を繰り返していた。

『俺は道明寺司だ。お前の夫だ』

繰り返されたその言葉。
訊かれることに慣れたとしても、告げるたび切なさが積み上げられていったはずだ。



「ああ。これだこれ。この写真だ」

兄弟はそれぞれに父親のことを思い出しながらページを捲っていたが、兄はそう言って見つけた写真に声を上げた。

「母さんと父さんが能登に行った時の写真だ。あの旅のことだけどな。母さんまだ自分の意思がはっきりしてた時に父さん宛に書いた手紙があったそうだ。だけどそれは遺書だった」

「ちょっと待ってくれ。どういうことだ?俺聞いてないぞ?」

弟は兄の言葉に驚いた。
自分たちの母親が遺書を書いていたという話は初めて聞いたからだ。

「悪い。俺も父さんが亡くなる少し前に訊いたからな。お前に言おうか迷ってるうちに父さんが亡くなったから言えずじまいだった」

父親は弟や妹に話すかどうかは、お前が決めればいいと言って兄だけにその事実を伝えた。

「それで、どんなことが書いてあったんだ?」

「ああ.....母さんは自分が父さんのことを忘れ、俺たち家族のことを忘れて生きることが辛いって内容だったらしい。それであの海で死ぬつもりだったらしい。でも母さんが自分で自分の命を絶つなんてことが出来るはずがない。だから父さんも本気にはしてなかった。だけど本気だったんだよ….母さんは。自分が自分じゃなくなるのが辛かったんだ」

兄弟は二人が寄り添った写真を見ていた。
それは父親が母親を連れ最後の旅行に出たとき撮られた写真。
能登半島の冬の風物詩と呼ばれる『波の花』をバックに撮られた写真の母は微笑んでいて、しっかりとカメラのレンズを見つめる瞳があった。
その瞳は兄弟が知る母親のまっすぐな強い瞳。
だがその写真が撮られた夜。母親は入水自殺をしようとしたという。だが父親はそれを許さなかった。それもそのはずだ。あの父親がいくら妻の意思だからと言っても、母が逝くことを許すはずがない。

「けど晩年の父さんは一生分の幸福を味わってたんじゃないか?
母さんが子供みたいになってもそれは苦しみなんかじゃなかった。むしろ楽しみを分かち合ってたんじゃないか?俺はそう思う。あの二人高校生の頃出会って離れ離れの恋をして、それから結婚しただろ?NYと東京で離れた4年があったから若者らしい付き合いは経験しなかったはずだ。だから母さんがああなってからの父さんは、高校生のような気分だったはずだ。世話を焼きたがる父さんの姿なんてまさにそうだろ?それに俺たちは二人の子供だけど俺たちも全く知らない夫婦だけの関係ってのもあったはずだ。あの二人は幸せだったはずだ。特に父さんは幸せだったはずだ。だから今ごろ空の上で母さんに迎えられて喜んでるはずだ。それこそ子供みたいにな」

たとえ子供でも親のことについては知らないことがある。
それは自分達が親になり理解できることだが、夫婦には夫婦でしか分からない何かがある。
だがそうでなかったとしても、そうだったはずだと願う気持があった。

そして父親は、妻が亡くなってから毎年冬の能登へ足を運び、あの時と同じ旅館に泊まり『波の花』を見ていたが、恐らくそこにあの日の妻の姿が見えるのだろう。亡くなった存在だとしても、その姿を感じるのだろう。
そして『能登はやさしや土までも』と言われるほど能登の人は優しい。
その土地の持つ空気や人に癒されるのだろう。能登から戻ってきた父親の顔は東京にいる時の顔とは明らかに違い、向うで母さんに会えたと言ったことがあった。
もしかすると、妻の魂の一部は能登の海にいるのかもしれない。そんな思いなのだろう。


「ほら。こっちの写真見てみろよ?これ、母さんがブドウ狩りに行きたいって言ったことがあっただろ?能登の冬の次の秋だ。母さん俺たちが子供のころ行ったブドウ畑のことを言ったんだと思うが、何しろ意識も記憶も行ったり来たりだったが、父さん母さんを連れて山梨へブドウ狩りに出掛けただろ?これその時の写真だ。あの時、母さん摘み取ったブドウの実を潰してその汁で父さんの顔を紫に塗ってはしゃいだそうだ」

それは同行した看護師から訊かされた話。

『奥様はそれはもう楽しそうにされていました。もちろん旦那様もです。お二人とも子供のようでした』

妻の小さな白い手でブドウの汁を顔中に塗られ笑っていたとういう父親。

「父さんは母さんが好きなようにすればいいって考え方だったから決して止めようとはしなかった。その時の父さんはブドウの新しい食べ方を知ったって笑っていたそうだ」

両親の若い頃の話を訊いたことがある。
彼女が微笑むなら他に何もいらない。彼女が輝くことならどんなことでもしてやりたいと言ったという父親。だから二人の間に意思疎通が成り立たなくなっていても、言葉を越えた何かを夫である男は肌で感じていたということだ。

「そうだな。父さんは亭主関白に見えるけどいつも母さんを見ていた。それは目に見える表面上のことじゃない。心の中でいつも母さんの姿を追っていた。心はいつも母さんのことで一杯だった。だから最後に母さんを送ったときの唇の形、つくし、少しだけ待ってろって言った。その後は多分….俺もそのうち行くからなって….声に出さずにそう言ってた」

荼毘に付される前、白い花を棺の中に落とし横たわった妻に囁いたと思われる言葉。
最愛の人の魂を空の彼方へ送る儀式は父にとっては永遠の別れではない。
それは一時離れ離れになるだけ。
命ある者なら誰にでも訪れる自然の摂理を迎えただけ。

「…そうか。それに父さん、空の上に着いたら着いたで言ったはずだ。お前俺のこと忘れてねぇだろうなってな。地上じゃ最後に俺のこと忘れやがってあんときの仕返しかってな」

「そうだな。父さん絶対に言ってるはずだ」

高校生の頃、父が母のことを忘れたことがあったと訊いたが、母親がその仕返しとして父を忘れたとすれば、今頃は空の上で大げんかになっているはずだ。

そして母が旅立ったとき、父の顔には思慕といったものはなかった。涙を流すことはなかった。だから歓送とも言える見送り方だった。そう思えた。
そして父の心を縛っていた命は身体から解き放たれ最愛の人の元へ旅立った。
今二人は青い空のどこかにいて顔を見合わせ笑っているはずだ。


「つくし。遅れちまってすまねぇ。子供たちが色々と面倒なことを言いやがるから、すぐには来れなかったんだ」と。



父の晩年は決して孤独ではなかった。
心の中には、いつも母の面影があったはずだから。
そして今は最愛の人と空の上から子供たちや孫を見下ろしながら言っているはずだ。



「お前ら幸せに暮らせよ」と。


兄弟が目を落したアルバムの中には幸せそうな笑みが溢れていた。





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2018
04.12

あの頃の想いをふたたび 最終話

「それで、本当に殴ったの?」

「ええ。本当に殴ったんです」

「さすが!勝手に忘れといて思い出したからまた付き合いたいだなんて言う男を簡単に許しちゃ駄目だもの」

「そんなこと言うけどさ、何も忘れたくて忘れた訳じゃないんだし、その後は平謝りだったんだろ?許してもらえたんだろ?」

「はい。悪かった。ごめんを繰り返されていましたから、許してはいただけたということでしょう。ですがかなり強烈なパンチだったようで暫くは顔に青あざを作られていましたから」

「あの顔に躊躇なく青あざを付けるとは。流石だな」

「でもさ。一発殴られただけで済んだならそれで良かったと思ったんじゃねぇの?だって俺たち子供の頃、悪さしたらゲンコツで頭のてっぺんグリグリされてすげぇ痛かった覚えがある。何しろ母さんはパン生地を捏ねることが筋力トレーニングになってるからな。ま、父さんが母さんの作ったパンが食べれるのも、俺たちが生まれたのも、その一発があったからだろ?そう考えたら殴られた父さんには感謝するしかねぇよな。それにしてもあの夫婦。未だに子供の前でも平気でイチャイチャするからいい年していい加減にしろって感じだぜ」










リビングルームにいたのは、二人の少年とひとりの少女。
そして彼らより年上のビジネススーツの男性。
男は少年少女たちが退室したあと、運ばれて来ていたコーヒーを口に運ぶと、思わず出た昔ばなしに目を細めた。


男は優秀な弁護士で、顧問弁護士を務める道明寺HD社長宅で道明寺司が現れるのを待っていた。
彼は東京大学法学部を首席で卒業した後、ハーバード・ロー・スクールを卒業。NYの弁護士資格を取得し道明寺HDのNY本社へ就職した。
今では秘書の西田に次ぎ社長の傍にいると言われる男。
そんな男は小学5年生の時、全国規模のIQテストで1位だった。つまり男は日本中の小学5年生の中で一番頭がよかったということだ。

当然だが子供は頭の回転が早く、勉強は小学生のレベルでは物足りないと思っていた。
遊びにしても会話にしても、同世代の子供とでは噛み合わなかった。
つまり同級生の子供たちは、彼には物足りない存在だった。

そして相手の頭の中が見えると言えば、頭がおかしいと言われるかもしれないが、相手が何をしたいか。何を考えているか分かった。
勉強にしてもそうだが、数字が並ぶ教科書は数ページ捲っただけで全てを理解することが出来た。
世の中には天才と言われる人間が何人かいるが、彼はそういった部類に入る人間だった。

そして彼は当時母親と二人で小さなアパートに暮らしていた。
父親は少年が幼い頃、交通事故で亡くなり、それからは母親が朝から晩まで働き生計を立てていた。
だから彼は鍵っ子と呼ばれる男の子で、小学校に入ると鍵は首から下げ持ち歩いていた。
あれは小学1年生の冬の寒さが厳しい日。鍵を無くしアパートの部屋に入れなくなった。
いつもなら6時半には帰って来る母親が、その日に限って帰りが遅くなると言われていて、8時を過ぎるからと言われていた。となるとそれまで部屋に入ることは出来なかった。

だが部屋の前で母親が帰って来るのを待つか。
それともどこかで時間を潰すか。
だがどこかといっても、彼は行き場所を持たなかった。だから公園のベンチで暫く時間を潰した。

だが6時を過ぎるとお腹が空いてきた。だから少年は考えた。公園を出るといつも前を通る小さなパン屋へ向かった。そこは母親がいつもパンを買う店。
少年も幼い頃、何度か母親に連れられて行ったことがあった。だが小学生になり、自分ひとりで行動できるようになれば、行くことはなかった。だが何故かそこへ足が向いた。

その店は7時まで開いていて、店の中は温かそうな光が溢れていた。そしてお腹が空いていたから、持っていた小銭の中からパンをひとつだけ買おうと中へ入った。だがパンは売り切れていて買うことが出来なかった。
いくら頭がいいと言われる子供でも、お腹が空くことを止めることは出来ない。
寒さとひもじさというものは、子供にとって辛いことだ。家には入れない。お腹は空いた。
惨めだった。





「ねえ?よかったらこれ。持って帰る?これ試作品….あ、えっとね。お試しで作ったの。だから食べてみない?勿論お金は要らないから心配しないで」

そう言って声を掛けてきたエプロン姿の女性。
大きな黒い瞳に優しい笑顔がしゃがみ込み、これどうぞ。と言って沢山のパンが入った袋をくれた。
それが牧野つくしとの出会い。

「ねえ、僕。どうしたの?こんな時間にひとりで大丈夫?お母さんは?」

覗き込まれるように言われ、相手の考えていることが分ると思っていた少年は、その時ばかりは目の前にいる女性の問いかけに返す言葉が何も見つからなかった。



あの日以来、毎日パン屋に寄りパンを買うようになったが、そんな少年の行動は疑問に思うところがあったのだろう。
名前と住所を訊かれ、親に連絡がいった。
だがその時、交わされた会話の中に『それではお母さんがお帰りになるまで奥の部屋でお勉強させましょうか。お帰りになる途中でうちに寄って下さい。全然構いませんから』と彼女が言ってくれたと後になって母親から訊いた。

そして母親は、夕暮れどき子供がひとりでふらふらとしているよりも、パン屋の奥で大人しくしてくれているのなら助かりますと言ったそうだ。
それからは、学校が終わるとパン屋へ行き、時に手伝いらしきことをして、しなくてもいい勉強もした。

そして牧野つくしから貰ったパンが、お試しパンだとしても、忘れられない味となった。
試作品と言われたパンはメロンパンだと言われたが、メロンの味はしなかったし、メロンの形でもなかった。
だが大人になり知ったのだが、幼い頃、母親から見せられた緑色の楕円を『これがメロンなのよ?』と言われ信じていたが、実はそれはメロンではなく瓜だったと知ったのは中学に入学してからだ。
だからそれまでは、彼女が時々渡してくれていたメロンパンはどうしてメロンの味がしないのかと疑問に思ったが、それは訊かなかった。
何故なら、このパン屋はメロンパンに使われるメロンの何かが買えないのだと単純に思っていたからだ。

だが母親が決して嘘をついていたのではない。「メロン瓜(マクワウリ)」という名前で売られている立派な瓜も存在するからだ。つまり瓜はメロンの親戚であることに違いはない。

そしてあの時、牧野つくしが袋一杯に手渡してくれたメロンパンは、紛れもなくメロンの味がすることは、瓜とメロンの違いを知ったとき理解した。



そして見ず知らずの少年に問わず語りに語られた彼女の恋の話。
それは少年の頭を見ての発言。

「癖のある髪を見ると思い出す人がいる」

いつだったか。あれは窓越しに、突然降り出した雨に大勢の人間が慌てて駆け出した姿を見た時だ。

「あたしの好きだった人は雨に濡れると髪がストレートになるの。面白いわよね?髪の毛に癖のある人って水に濡れただけで髪型が変わるんだから。でもね、普段はくるくる捲いててね。櫛なんか通りにくそうに見えるんだけど、実は細くて柔らかい髪なの」

そう言って懐かしそうな顔をしたが、それは今でもその人が好きだから出来る顔だと思った。牧野つくしはパンを捏ねる毎日で恋人がいないことは知っていたが、それは今でも癖がある髪の毛を持つ男のことを思っているからだと知った。

それは、牧野つくしが小学生の子供でも分かるほど、愛に溢れた顔をしていたからだ。
そして首にかけたネックレスに手をやり、静に泣いている姿を見たことがあったが、次の日には笑っていた。元気に仕事をしていた。
いつだったかそのネックレスについて訊いたことがある。
お守りなのかと。
すると、そうよ、と答えた。


そんな時、現れたのがあの男だった。










「忙しいところ悪いな。松本」

「いえ。とんでもございません。私は社長の顧問弁護士ですから、いついかなる時も対応させていただきます」

広いリビングルームに颯爽と現れたのは、道明寺HD代表取締役社長である道明寺司。
とっくに中年の域を超えた男だが、ソファに腰を下ろし脚を組む姿は青年の頃と変わらずスマートだ。だが彼の持つオーラは強烈で簡単には人を寄せ付けない。ただ、妻と子供たちには桁外れに甘い。そんな男に呼び出される人間は家庭での男を知らないのだから、呼び出されたことに恐怖を覚える。

「おおそうだ。これはつくしから預かって来た。今日お前が来るならメロンパンを渡してくれってな」

道明寺司もメロンパンが好きなのかと言えば、そうでもない。
そもそも彼はメロンパンの存在を知らなかった。だが牧野つくしが焼くパンならなんでも食べるという男は、メロン風味のクリームが入ったパンを本当に美味そうに食べる。
だがこっそりと甘い物は苦手だと囁かれたことがある。だが妻が焼いたパンは喜んで食べるのだから、愛とは何でもありの世界だ。


「ところでうちの子供たちに面白い話をしたそうだが?」

「申し訳ございません。弁護士が顧客のことを軽々しく話すことはご法度ですが、つい口車に乗せられまして。特にお嬢様は好奇心が旺盛で、どんなことでも最後まで訊かなければご納得されないところがあります」

「それで、つい話をしたって?」

「はい。大変申し訳ございません」

「お前、賢。申し訳ねぇなんて思ってねぇだろ?」

「いえ。決してそのようなことは」

「嘘つけ。大体あれだけ饒舌だったお前が、弁護士になって誰にも負けたことがない男がどうやったら15歳の娘の言葉に打ち負かされる?どう考えてもおかしいだろうが。多分お前のことだ。いつかつくしを取られたことへの復讐をしてやろうと思ったんだろ?父親の権威を失墜させようと企んだんじゃねぇのか?」

松本賢は笑うしかなかった。何故なら、道明寺司が言ったつくしを取られたことへの復讐だろうの発言が本心からではないにしても、当たらずといえども遠からずだからだ。

牧野つくしは賢の初恋の人だ。それは小学生が担任の教師を好きになることと同じだとしても、メロンパンの味を教えてくれた人は賢にとって守ってあげたい人になっていた。
だが小学生の自分が大人の彼女を守るなどどだい無理な話。だから彼女の恋を応援したかった。

賢はあの日。パン屋の近くにいた男が誰だかすぐに分かった。
パン屋の方を窺う背の高い癖のある髪の男が牧野つくしの好きだったと言った人だとすぐに分かった。それは頭のいい少年ならではの勘というものが働いたのだ。
そして声をかけ話をしている中で確信した。
目の前にいる男こそ牧野つくしが過去形で話をした髪の毛がくるくるした男だと。
だから彼女に会いに行くよう発破をかけた。
賢には、二人が別れた理由など知りようもなかったが、牧野つくしが時折見せる寂しそうな顔の意味を理解した。今でも別れた男を好きなのだと。そしてネックレスはその男からの贈り物だと感じていた。



あの日、賢は二人が店で抱き合っている姿を見ていた。
それは公園で道明寺司を見送った後、すぐにパン屋へ向かい、二人の女性から止められたが、裏へ続く扉を少しだけ開き覗いていたのだ。
そして10年も牧野つくしの事を忘れていた男は、彼女に殴られることを望み、彼女はその言葉通り男を殴った。それも本気で殴ったから男の身体がのけ反った。

そして賢は、覗いていたことを気づかれ二人に怒られた。
それから牧野つくしが恋人に向かって、賢はとても頭のいい子なの。だけど母子家庭で大変なの。と言えば、言われた男は分かったと頷き、それから中学、高校、大学と学費はすべて俺が出すから英徳学園へ行けと言われ、自分の可能性を伸ばせと言われた。

当時11歳だったが、あの日から二人のおかげで広い世界を知った。
多くのことを勉強した。
世界中に大勢の友人を得た。
そして20年経った今では道明寺家と家族同然の付き合いをしていた。
だからつい子供たちにも彼らの両親のことを喋ってしまった。
だがそれは、揺るぎない二人の愛を伝えたかったから。
そして二人の間に生まれた子供たちはみな賢い。


「賢。今日来てもらったのは他でもない」

「はい。何か問題がありましたか?」

「ああ。大きな問題だ」

賢は大きな問題だと言われ話を訊こうと今以上に居住まいを正した。
一体どんな問題が持ち上がったのか。だがどんな案件だろうと顧問弁護士として最善を尽くす。そして絶対に負けないという自信がある。事実今まで携わった案件で負けはない。
だが目の前の男の口元には笑みが浮かんでいた。

「賢。お前見合いする気はないか?いや実はいいお嬢さんがいるんだが、一度会ってみないか?お前もいい年だろ?幾つだ31か?そろそろ身を固めろ。結婚はいいぞ?家族を持つってのは最高だぞ?子供ってのは小さい頃は不思議な生き物だが可愛いもんだ。特に娘はかわいいぞ」

賢はまさかと思った。
急な呼び出しに何事かとNYから帰国してみれば、見合い話のためとは。
そして何故か罠を掛けられたではないが、嫌な予感がしていた。
そしてかつて道明寺司が言っていた言葉を思い出した。

『俺もつくしと一度仲人ってのをやってみたい』

「なあ賢。おっさんの言うことを一度くらい聞いてみたらどうだ?会うだけだ。会って気に入れば付き合えばいい。結婚はその先だが嫌なら断ればいい。ま、お前も今じゃ立派なおっさんだ。そろそろ人生の幸せについて考えてみるのもいいんじゃねぇのか?おっさん?」

そう言った男の口元は嫌味たらしく笑っていた。










「ねえ?賢はどうだった?お見合いするって?」

「さあな。考えさせてくれって言ったが、どうだろうな?」

「司も意地悪ね?賢にその気も無いのに無理やりお見合いさせたら反撃されるわよ?あの子めちゃくちゃ頭がいいんだから」

「分かってる。あの坊主最初っから俺が誰だか分って近づいて来たんだからな。それも俺の髪の毛と勘だろ?IQの高い人間は人の心まで読めるのかって驚いたぜ」

司は昼間あったことを話していた。
それはつくし抜きで語れた見合いの話。
彼女がいなかったのは、結婚した頃手に入れたパン屋が建て直され、今日はリニューアルオープンのため顔を覗かせていたからだ。
今は店でのパン造りも運営も後輩の山下由香利に任せているが、それでも時々顔を覗かせ、店に並べられるパンを幾つか作ることを楽しみにしていた。
そして今は閉店後戻って来ると、着替えをしながら賢のことを訊いていた。

「それにしてもあいつもいい男になったな。初めて会った時はクソガキ以外の何者でもなかったが、考えてみればあいつに背中を押してもらったようなモンだ」

二人がこうして一緒にいることが出来るのは、賢のおかげと言ってもいい。
だから賢にも幸せな家庭を築いて欲しい。
そして賢が子供を連れあのパン屋に遊びに来てくれる日が来ることを二人とも願っていた。

「それで?賢はメロンパン喜んでた?」

「ああ。NYにあんなパンは売ってねぇからな。懐かしい味です。いただきますってコーヒーと一緒に喰ってたぞ?」

「そう。良かった。子供のころ口にした味って一生忘れられない味覚として残るのよね」

司は妻のその言葉に強く同意したい思いだ。
彼にとって一生忘れられない味は妻とはじめてしたキスの味。
熱海の海に浮かんだクルーザーの中で偶然重ねた唇。
彼女がつけていた口紅の味とは別の甘さが感じられたのを覚えている。

「そうだな。俺の忘れられない味はお前のその唇にはじめてキスをした時の味だが、あの頃の俺たちはまだガキで恋なんてよく分からなかったが、今ならはっきりと言える。ここまで来る間に別れもあったがあの日のキスはこれから先、生きている限り忘れることはない」

それから暫くはその唇の味を思い出しながら過ごした。
そんな風に恋は少しずつ前へ進んだ。そして今の二人は夫婦となって20年が過ぎたが、それでも遠い日の想い出を忘れることなく語ることが出来るのは、互いが互いを大切に思っているからだ。
だから賢にもメロンパンの恋ではなく、彼に相応しい恋をして欲しい。

「メロンパンの恋か….」

「え?なに?司何か言った?」

「いや。何でもねぇ。気にすんな」

ウォークインクローゼットの中にいる女には聞こえなかったようだが、司はひとり笑っていた。
それは彼の優秀な顧問弁護士を虜にする女は、見合い相手の女だからだ。
何故なら彼女は賢に負けないほど頭がいい。そしてただ頭がいいだけではない。女性としての魅力にも溢れている。長い黒髪と強い意思を感じさせる瞳を持ち、何事にも前向きだ。
その女性は、姉の2番目の娘。NYで勤務する賢を見初め紹介して欲しいと叔父である司に言ってきた。

誰にでもかけがえのないという人間がいるはずだ。
人生を共に歩んでくれる人が必要だ。
そしてそんな相手を見つけたら逃さないと思うのは、どうやら道明寺家の血筋らしい。
司は人生に於いてかけがえのない人を見つけることが出来た自分を幸運な人間だと思っている。そしてそんな男は我儘なところもあるが、それを許してくれる女は妻だ。
だからこれから先もずっと傍にいて、時に我儘な夫を叱って欲しいと思う。

「あ。そうそう。司のメロンパンもあるから、食後に食べようね!」

「ああ。喰おう。お前が作ったメロンパンは最高に美味いからな」

そして甘いメロンクリームが入ったパンを食べさせられることに慣れてしまった男は、これ以上ないほど幸せを感じていた。




< 完 >*あの頃の想いをふたたび*

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2018
04.11

あの頃の想いをふたたび 7

『あたしに何の用があるのか知らないけど用があるなら早く言って』

それは無造作に言い捨てられた言葉。
司の前で硬い表情を浮かべた女の言葉は、ぞっとするほど冷たいものだった。
遠い昔、心からの笑顔を向けてくれたことがあった。しかし今は違う。
だが司がこの場所に現れた理由なら分かっているはずだ。
かつて彼女に対し冷たい態度をとり続けていた男が突然目の前に現れれば、その男に何が起こったのか理解出来るはずだ。だがそれは己の思うことだけであり、相手に自分の考えが伝わると考える方がおかしいのだ。
自分がこうだからお前も分るはずだと思うことは、傲慢であり独善的な考えなのだ。
それでは彼女に出会う前の自分ではないか。そんな勝手な自分にうんざりしつつ、司は率直に自分の気持を伝えることにした。

「牧野。俺は10年前お前のことを忘れたが、思い出した。あの日忘れてしまった全てを思い出した。俺は今でもお前のことが好きだ。愛してる」

たったこれだけの言葉を言うために、2週間以上迷うということは、10年前の自分なら考えられなかったことだ。
だが彼女のことを忘れてしまった男の後悔というものは、彼女に会いに行く勇気をいとも簡単に奪っていた。それは今更何しに来たのと言われるのが怖かったから。
何度訪ねて来ても拒絶するばかりで彼女の言葉に耳を貸さなかったのは、自分なのだから。




そして司は返事を待っていた。
『愛してる』の言葉に返される言葉というものを。
だが彼女は随分長い間、何も言わなかった。
その沈黙は巨大なビジネスを切り回してきた男にとって恐ろしいほど長い時間。全てに於いてトップに立つことが当たり前の人間は追いつめられた経験などなく、今までどんな人間を前にしても鼓動が波打つことはなかった。

だが今は高い崖の上で追いつめたれら人間のような気持だった。
だから何かひと言でいい。願わくば崖の上から離れることが出来るきっかけとなるような言葉が訊きたいと思う。
だが早く何か言って欲しいと望む反面、訊きたくない言葉もあった。
けれど、何を言われても仕方がないのだ。
司が10年間生きてきた世界は、彼女が生きてきた世界とは異なる価値観を持つ世界。
そんな世界で暮らす男を彼女は軽蔑しているはずだ。
だから拒絶され徹底的に軽蔑されたとしても仕方がないのだ。
最愛の人を忘れたのは司なのだから。
彼女の愛を捨てたのは自分なのだから。

そして崖の上から飛び降りろに等しい言葉を言われたとしても、受け入れなければならないのが今の司だ。飛び降りて傷だらけになるならまだいいが、死ねと言われることだけは勘弁してもらいたい。何しろこれから彼女を愛したいのだから、死んでしまっては元も子もない。

そして、司が牧野つくしのことで反芻できる過去は10年前のまだ高校生だった頃の1年にも満たない短い時間。二人の間に流れた時間が長すぎたと言われれば、確かにそうだ。
あの賢という少年が生まれた頃から今の年齢になるまでの時間というのは、人の生き方を変え、考え方も変えてしまうだけの時間だ。
だから彼女が今どんな女性になっているのか。話をしてみるまで分からなかった。
だが短い言葉の中に感じられたのは、当たり前の事だがあの頃とは違い彼女も大人の女性になったということだ。
そんな司の思考が伝わったのか。
ゆっくりと彼女の口が開かれた。

「愛してるなんて言葉を軽々しく口にして欲しくない。道明寺は10年前にあたしを好きでもなんでもなくなった。あんたの視界にいていい女じゃなくなった。だから…あたしはあんたに会いにくのを止めた。でもそれはもう済んだこと。終わったことだから。いくら好きだと言われてもあんたと同じ返事は出来ないわ」

牧野つくしは恋には奥手だった。
司はそんな彼女を目の前に10年前の情景を思い出していた。
それは関係を結んだ南の島での朝の光景。互いにはじめてだった少年と少女の朝はぎこちなく、明ける夜に大丈夫かと問えば、大丈夫と返された。そして黙って抱き合っていた。
思えばなんという貴重な時間だったことか。
本当ならあの日から彼女だけを守らなければならかった。それが司のすべきことだったはずだ。だが守るどころか傷つけるだけ傷つけた。


「それに道明寺には道明寺の人生がある。今のあたしはあの頃のあたしじゃない。あんたの記憶から排除されたあたしは…. あの頃とは別の人生を歩んでる。お互いに10年も経てば昔の恋なんて、あの頃の恋なんて今さらでしょ?それにふたり共ももういい大人じゃない?道明寺はあたしのことを今でも愛してるって言うけど、それはどうしてなの?この10年の間に素敵な人は沢山いたはずで、何も高校生の頃の短い付き合いがあった女のことを今更好きだなんて思わなくてもいいのよ?」

あの頃。彼女は自分のことだけ忘れてしまった男を見舞うたび深い落胆を味わい、それでも何度も何度も足を運んだ。そして恋人だと思った男の不実を目の当たりにし、やがて来ることはなくなった。

それは落胆して諦めたということ。

そうしなければ自分が自分でなくなるから。そして、立ち直った。
立ち直り強く生きてきたのが目の前にいる牧野つくしという女性だ。

司は昔の牧野つくしも好きだが、今の彼女も好きだ。いや。あの頃と同じだ。
自分の足で大地を踏みしめ司に向かって自分の意見をはっきりと告げてきた女は今も昔も変わっていない。ただ10年という年を経てまろやかな曲線を描いていた顎のラインはほっそりとしているが高校生の頃の面影はそのままだ。そして自分を見つめる黒い瞳の中にある強い意思といったものも変わらない。
彼の、司の愛しい人は何年経とうが人間としての本質は変わってはいない。
それなら司は彼なりの誠意を見せるしかない。

「牧野。あの頃の俺はお前に対しては自分とは思えねぇほど慎重だった。
お前のことは誰よりも大切で絶対に失いたくない存在だった。けど俺はお前を、….お前のことを忘れちまった。そんな俺のこと許してくれ。身勝手な頼みだがお前を忘れた俺を許してくれ。十年一昔って言葉があるが、今の世の中は時間が経つのは早すぎるくらい早い。だから考え方によっては、10年前はついこの前だと思えば長くはない。だから俺がお前を忘れてしまったのは、ほんの短い間だと思ってくれ。いや、昔のことは忘れてはじめて出会った者同士ってことで俺と付き合って欲しい。いや。いきなり付き合って欲しいとは言わねぇ….友達からでも知り合いからでもいい。そこからスタートしてくれ」

そこで司は息つぎをして、さらに続けた。
本来なら息をする暇など無くてもよかった。どうにかして自分の気持を分かってもらおうと必死だった。

「お前、パン職人になったんだよな?この店もお前の物になるそうだな?オーナーから買い取るんだってな?それなら俺は客として、この店の客としてここのパンを、お前が焼いたパンを毎日買に来る。俺の生命を維持してくれるのはお前のパンで、ここは俺にとって生命を維持するために必要な場所だ。俺が生きていくためにはこの場所が必要ってことだ。だから毎日でもここに来てパンを買う。そしてお前に会う。会いたいからパンを買う」

10年振りに再開したかつての恋人。
だが司が一方的に捨てた女。
そんな司を彼女が何とも思っていなかったとしても、構わなかった。
なぜなら、また振り向かせる努力をすればいいからだ。その努力は高校生の頃経験した。
金で買えない物などないと信じていた男の鈍感な頭に蹴りを入れられた瞬間から彼女の心が欲しくなった。はじめの頃は力でねじ伏せるような行動を取った。だが振り向いて貰えなかった。
それから司は自分の愚かさを知り、彼女の愛を得ることが出来るなら己の全てを捨ててもいいと思えるようになった。
たとえ愚かな行為だと言われる事でも、彼女のためならどんな事でも出来た。
だから10年経った今、また同じことをすればいいだけだ。

「牧野。愛ってのは何でもありだ。愛はカッコつけるもんじゃねぇ。俺はお前を好きになった時それを知った。いつだったか何人かの男に殴られたが、お前のためなら殴られようが蹴られようが構わなかった。それに俺は大勢の女にモテたいと思わない。お前だけだ。お前だけにモテればいい。それは昔からそうだっただろ?お前に出会う前は女に興味なんぞなかった。けどお前と出会ってからはお前だけしか目に入らなかった。俺が認めた女はお前だけで他の女のことは女として認めてねぇ。だからお前の全てが俺のものになればいいと望んだ。それに俺の全てをお前にやりたいと思った。それがあの夜だったはずだ。けど俺はお前を忘れちまった。そのことについて弁解は出来ねぇ。どんなに責められても構わねぇ。もしお前に許されるならどんなことでもするつもりだ。俺を殴って許せるならそうしてくれ。けど殴るだけで足りねぇって言うならお前の気持が収まることをしてくれ。
牧野…俺はお前だけにモテればそれでいい。お前だけが俺を好きになってくれれば他に何も必要ない」


司は目一杯自分の気持を伝えた。
そして彼女の返事を待った。いや待つつもりなど無かった。
牧野つくしの記憶を取り戻した男は、あの頃と同じハンターだが、28歳になった男はそれなりに知恵もついた。今の司は言葉が大切なことも分っているが、もっと確実な方法で彼女の気持を確かめる方法も知っている。

それは牧野つくしを抱きしめてキスをすること。
たとえ好きな男がいたとしても、キスをすれば分る。もし心がその男にあるとすれば、殴られることは確実だ。
だがそうでなければ、それは司の今までの経験の中で繰り返されたキスとはまったく違うキスとなるはずだ。

「牧野。まき_」

と司が呼び掛けたとき、つくしの口から言葉が漏れた。

「それなら……せて」

だがその言葉ははっきりと聞こえなかった。
だから司は訊いた。

「牧野、なんて?今なんて言った?」

「殴らせてって言ったの。あんたを殴らせて欲しい」

司は一瞬呼吸するのを忘れた。
それは彼女が言ったその言葉がどこへ繋がっているのだろうかと考えたからだ。
そして湧き上がる思いは彼女に殴られれば許されるのだろうかという思い。
そんなことで許されるのなら何度でも殴ればいい。

「ああ。構わねえ。それで俺のことを許してくれるなら何発でも殴れ。何度でも殴れ。好きなだけ殴れ。右の頬でも左でも構わねぇ。腹だろうがケツだろうが好きな場所を好きなだけ蹴るなり叩くなりしてくれ」

司の前に立つ女は、かつて恋をするなら対等じゃなきゃ嫌だと言った。
だがそんな女が可愛らしいと思えた。
意地っ張りだったが、その意地の張り具合は彼女の照れであり、男に甘えることが下手なだけなのだから。
そして司は思う。彼女を失ってから自分の周りにいた女たちは迎合するばかりで自分の意見を持つ人間はいなかった。退屈な女ばかりだった。そんな女たちが鬱陶しいと感じたのは、心の奥深くに牧野つくしの存在があったからだと今なら分かる。


「言っとくけど、あたし毎日重いパン生地を持ち上げて捏ねる作業を繰り返しているから昔より腕の力は強いと思うの。でも…..あんたの顔が変わったらあたしが責任を取ってあげる。あたしが….あんたがどんな顔になったとしてもあたしがあんたを幸せにしてあげる」

彼女の口から放たれる言葉に嘘はない。
それが挑戦的な態度ならなおさらだ。
その態度は宣戦布告と言われたあの時の態度と同じに見えた。と、いうことは、彼女の心は決まっているということだ。
何しろ彼女は一度自分が決めたことは最後までやり通す女なのだから。
敵が何人いようと、最後まで戦ってやるという強い意思を持った少女だったのだから。

「上等だ。責任持って幸せにしてくれ」

司は自分がひたすらひたむきな目で彼女を見つめていることを分かっていた。
と、同時に自分のひたむきな思いが伝わったことを理解した。

「…..牧野…ごめん。悪かった….俺はお前じゃなきゃ駄目だ。お前以外の女じゃ駄目だ。だから俺を幸せにしてくれ」


そして、うん、と小さな声が頷けば、後は女の頬を伝う涙をそのままに抱きしめてやることしか出来なかった。





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2018
04.10

あの頃の想いをふたたび 6

「バ、バイトの募集ですか?」

「ああ。店の表に貼ってあるだろ?まだ募集してんのか?」

「え?ええ…まだ募集中ですが…あの….あなたが…..うちでアルバイトですか?」

「ああ。そのつもりだが悪いか?」

司の問いかけに答えたのは牧野つくしの向う側にいる女性。
アルバイトをしたいと現れた男に、しどろもどろになりながら答えるのは、彼がアルバイトとはかけ離れた生活を送っている人物だと知っているからだ。

つまりそれは、司のことを知っているということだ。
そして道明寺HDの副社長がなぜ庶民が利用するような小さなパン屋を尋ねて来たのか。
なぜアルバイトに興味を持ったのか。
半信半疑といった口調でバイトをするのかと尋ねた女性は、男の言葉にどう答えればいいのか考えあぐねているのが分かった。

だがその時、司の前で動くことなくじっとしている女は、間違いなく緊張した姿勢で目の前に立つ男を見つめていた。





「牧野先輩?明日なんですけど、老人ホームから頼まれてるパンは何時に焼き上がればいいんでしたっけ?」

そう言って調理場から出て来たのは、つくしの後輩にあたる四つ年下のパン職人の山下由香利。
23歳の由香利は高校を卒業後、料理の専門学校を卒業し、大手のベーカリーで働いていたが、午前2時から出勤という激務から解放されたいとその会社を辞めた。
それは丁度高齢の店主がパンを捏ねる作業が負担になりはじめた頃で、誰か雇おうと職安に出した求人に応募して来たのが彼女だった。

そして1年前このパン屋に就職した。
そんな彼女が店先に見たのは、いつもなら先輩パン職人の牧野つくしとパートの女性の二人だけのはずだが、そこに1人の男性がいることに気付いた。

男性は背が高く、髪の毛に特徴がありモデルのようなという形容詞だけでは言葉として不十分な美貌を持つ男性。広い肩を包み込む濃紺のスーツは、誰が見ても吊るしなどではなく一流テイラーの仕立てだと分かるもの。そして近寄りがたいオーラが感じられるが、それは超一流と呼ばれる人間だけが持つ不可侵性。
もし誰かが断りもなく男性に近寄ろうとすれば、その身体が一刀両断されてもおかしくはない雰囲気があった。
その男性の傍にいることが出来るのは、彼が心から信頼した人間だけ。心を許した僅かな人間だけだ。だが遠くから見惚れることなら許されるはずだ。
そして由香利はそんな男を知っていた。

「…..え?嘘!なんで?どうして道明寺司がここにいるの?なんで?え?なんで?パン買いに来たの?え?嘘!まさか信じられない!どうしよう!うちの店に道明寺司がいる!嘘みたいにカッコいい….あのあたし英徳じゃなかったけどF4のファンだったんです!それも道明寺つか…いえ、道明寺さんの大ファンだったです!嘘みたい!でも本物ですよね?道明寺さんですよね?やだどうしよう!どうしたらいいの!?」

由香利の声は若い女性独特の高い声で興奮していたが、それでも店の入口に佇む男の視線は彼女に向けられることはなかった。
その視線は彼の真正面で微動だにしない女性に向けられていた。と、そのことに気付いた由香利は、男が閉店後の店に駆け込みでパンを買いに来たのではないことを理解した。

それは、自分がひとしきりはしゃぎ終えると、その場の空気がピンと張りつめていることを感じたからだ。そして男の視線がひとりの女性に定められたまま全く動こうとしないこともだが、見つめられている女性の表情が、いつもの彼女の表情ではないと分かったからだ。

それはいつもの明朗さといったものはなく、動揺と困惑が一緒になった顔。美人というよりも可愛らしいという言葉が似合う顔はいつも笑顔を浮かべていたから、由香利は今まで見たこともない表情を浮かべたつくしが心配になった。

「あの…..どうしたんですか?牧野先輩?」

由香利は男の視線が向けられたつくしに訊いたが返事はなかった。

「ゆ、由香利ちゃん。ここはいいからあっちに行きましょう?裏で手伝って欲しいことがあるの。ほら、お客さんにプレゼントしようと思って焼いたクッキーがあるじゃない?由香利ちゃんが焼いてくれたあのクッキー。あれね。ひと袋に何個くらい入れたらいいと思う?あたし迷っちゃって相談しようと思ったの。だから今からいい?いいわよね?」

と言ったパートの女性は由香利よりも一回りも年上だけのことはあり、断固たる声色で有無を言わせない強さがあった。彼女は男が視線をじっとひとりの女性に向けていることの意味を察していた。だから由香利をこの場所から連れ出そうとしていた。

「え?で、でも牧野先輩?え?あの….」

ちょっときょとんとした表情を浮かべた由香利はつくしの方へ視線を動かした。

「由香利ちゃん。あのね、こちらの方は牧野さんのお客様みたいなの。だから向うへ行きましょう?明日の老人ホームのパンは…..ええっと….10時までに届ければいいの。だからそんなに急がないから大丈夫。ね?あっちに行きましょう?」

由香利は束の間逡巡したが、そう言われ返事をする間もなく腕を引っ張られ扉の向うへ連れて行かれた。

そして扉がバタンと音を立て閉められると、店の中にはふたりの人間が残された。









騒々しさが去った後の静けさというのは、息詰まるような重苦しさが感じられた。
そして急に静まり返った店の中は、さほど広くなく、どちらかと言えば狭い方だ。
そんな空間に閉じ込められた訳ではないが、まるで密室の中にいるように感じられたのは司だ。

それは自身が緊張していることもだが、彼女の沈黙が怖かった。
何か言って欲しいと思った。だが、口を開かなければならないのは自分であり、謝らなければならないことがあるはずだ。だからなんとか口を開いた。

「…..牧野」

掠れた声しか出なかった。
本人に向かってそう呼んだのは、南の島で二人にとっての初めての夜を過ごし船が港に着いたとき以来だ。
牧野行くぞ、と手を伸ばした瞬間が最後だった。
だが差し出された手を掴むことは無かった。
あれから10年。その名前を口にすることは無かったが、彼女のことを思い出した瞬間、圧倒的な強さでのしかかってきた忘却という罪の重さにそれまで過ごした10年という時間が、世界が一変した。そして怒涛のように押し寄せて来た後悔に心臓が凍りついた。

それは彼女に対し行った己の言動に対しての嫌悪。
司が始めて好きになった女性だった。
地獄の果てまで追いかけると言った女性だった。
だが拒絶した。見下した。罵倒した。
そんな男は、大バカ野郎の自分が彼女に対し取り返しのない行動を取ったことを許してもらうためには何をすればいいのか。
そしていつもなら言葉を選ぶことなどないが、今は選ばなければならないはずだ。
だから言葉が出なかった。だが彼女のことはあの頃と変わらず好きだ。
いや。あの頃以上に好きだ。それは10年間心の奥にあった潜在的な思い。それが10年経って甦った。

「…牧野、俺は_」

「道明寺。冗談は止めて。アルバイトしたいだなんて下手な嘘をつかないでくれる?それから….いったいあたしに何の用があるのか知らないけど用があるなら早く言って」





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2018
04.09

あの頃の想いをふたたび 5

つくしの起床時間は朝4時20分。
住むアパートは職場であるパン屋から自転車で片道5分の場所にある。
顔を洗い、身支度をして自転車に乗り5時に店に着くと仕込みを始める。
真冬には日の出には程遠い暗闇の中を自転車を漕ぐ事になるが近いこともあり苦にはならなかった。

パン屋によっては、2時や3時といった時間から仕込みを始めるところもある。だがつくしの店は焼き上げるパンの数が多くないため、仕込みの時間も短くて済む。そして開店時間の9時までひたすらパンを焼き上げる作業をする。
そして今日も営業時間の終わりである19時を過ぎれば、いつものように店頭に並べられたトレーから売れ残ったパンを集めていた。

高校を卒業しこの店で働きはじめて9年。
家族同様の付き合いをしている店主は夫婦ふたり暮らしで跡継ぎはいない。
ある日、店主が店を継ぐ人間がいないんだが、やる気があるかと言われ二つ返事で受けた。
そしてここを買い取るための資金は、長年この店と取引がある信用金庫に融資を申し込んでいて審査が通るよう祈っていた。
そして家族同様の従業員はつくしの他に同じパン職人である四つ年下の女性と、販売を担当するパートの女性がひとり。つまり街の小さなパン屋は夫婦と従業員3人で切り盛りしていた。

就職先にパン屋を選んだのは、もともと食べることが好きだったこともあるが、自分が作ったものを人に食べてもらいたいといった思いもあった。それなら何がいいかと考えたとき、経験がある無しに関わらず、専門的な資格も必要がないことからパン職人になろうと思った。手で生地を捏ねる作業は力がいるが、体力には自信があった。それに朝早く起きることが苦痛だとは思わなかった。むしろ朝早く起きることで得をしたように感じていた。

それは早起きは三文の徳と言う言葉があるように、太陽が昇る前に活動することで、昇り来る朝日を最初に浴びることが幸せであるように思えたからだ。
そして時に思う。
かつてその太陽が沈む様子を南の島で眺めたことを。
ただの女の子とただの男が砂浜に腰を下ろし沈む太陽を眺めていたことを。
それは世界がここしかなくて、二人だけのような時間で、ロマンチックな恋愛がからきし駄目だった少女が恋を認識した瞬間だった。だがその恋は突然終わりを迎えた。それは理不尽な出来事の結果であり二人うちの一人は自分の意思として選んだ別れではなかった。


つくしはなんとはなしに窓の外を見た。
日が暮れ始めた歩道を歩く人々は帰宅を急いでいるのか。わき目を振ることなく真っ直ぐ前を向き歩いている。
所々にある街灯の明かりが下を通り抜ける人の顔を照らし見えることもあるが、こちらを見ることはない。

この9年間。数えきれないほどしてきたパンを集める作業。
そして数えきれないほど立ったこの場所。
何かを待っていた訳ではないが、それでもこの場所で何かを待っていた。
いや。何かを待っていたのではない。誰かを待っていたと言った方がいい。

それは、もしかしてあの人が記憶を取り戻し会いに来てくれるのではないかといった微かな希望がなかったとは言えなかった。背の高い男性のシルエットにもしかしてと思ったことがあった。雨の降る日に傘をさすことなく飛び込んで来る人がいればもしかしてと思ったことがあった。だがそれは初めの頃だけだ。1年が過ぎ2年が過ぎ、やがて3年も過ぎればテレビや雑誌であの人のことを見る機会が増えれば増えるほどそれはもうないのだと。失われてしまった自分の記憶が戻ることは決してないのだと理解するようになっていた。
そして身の程といったものを改めて認識した。

それはテレビや雑誌で見る男の住む世界には恋というものはなく、真似事のようなことすらなかった。つまりそれは遊びであり、結婚する相手というのは本人の意思とは関係なく決められるということ。それが財閥の後継者としては当たり前のことであり周知のことなのだ。

そして彼のような男は庶民の娘など歯牙にも掛けないということ。世界的な財閥の跡取り息子とごく普通の.....いやそれよりも下の家庭に育った少女とでは、はじめから住む世界が違っていたのだ。

だがそれは知り合った頃言われていたことだ。
分っていたことだ。
だから仕方がないのだ。
これが運命なら受け入れるしかないのだ。
運命がそれぞれ別の方を向いているならその道を進むしかないのだ。
二人の道が交差したのは人生の中のほんの一瞬の出来事でこれから先、交わることは絶対にないのだから。
だから再出発をすることにした。
下を向き現れることのない人のことを考えるのは、時間の無駄であり前進あるのみだと気持ちを入れ替えた。そしていつか自分の店を持つという目標を定めた。それがもう間もなく叶うはずだ。だから窓の外に背の高い人影を探している場合ではない。



「ねえ。牧野さん。もうすぐこのお店のオーナーになるけど、楽しみよね?融資の審査結果もそろそろ分るのよね?でも大丈夫。牧野さんなら問題ないから。絶対に大丈夫よ」

レジを閉める作業をしている女性に声をかけられ、つくしは振り向いた。

「そう思う?そうだといいんだけど。世の中には絶対なんて言葉はないから結果が出るまで何とも言えないけどね?」

「うんうん。牧野さんなら絶対大丈夫。それにオーナーも言ってたじゃない?牧野さんにならこの店を安心して譲れる。うちの味は牧野さんが引き継いでくれたんだから彼女がいなくなったらこの街の朝の食卓から美味いパンが消えるぞって信用金庫さんを脅してたじゃない?
まあそれは冗談だけど。絶対大丈夫だと思うわ。で、その先のことを考えればうちは固定客が多いけどこれからは益々頑張らなきゃね?牧野さんの焼くパンの評判は誰に訊いても凄く美味しいってことだから心配してないけど、新規開拓じゃないけど近くの集合住宅にチラシでも配る?」

と、言った女性はつくしが働き始めた頃からパートで働いている30代の主婦だが、いつもこうやって頼もしい発言をしてくれるムードメーカー的存在だ。

「そうよね….。新しいマンションも建ったみたいだし、そこの管理人さんにお願いしてチラシを置いてもらうのもいいかもしれないわね?」

「それから新しくバイトを雇う件だけど、人来ると思う?今って人手不足でしょ?うちの時給で来てくれる人いると思う?18歳以上だから大学生でもいいと思うけど、どうかしらねぇ?だって入口に張り紙して1ヶ月になるけど応募者ゼロ。これじゃ全然ダメよね。もしかして張り紙が目立たない?インパクトが弱い?もっと派手に書く?働いてくれる方はパン食べ放題とか!何かいい方法考えなきゃねぇ。何しろ今のオーナー夫婦が引退しちゃうと働き手を二人失うわけで、仕事を3人で回すとなれば忙しいわよね?はぁ~参るわね。でもなんとかやらなきゃね!うん。働くのみだわ!」

今の世の中、働き手が確保できなくて会社が立ち行かなくなるといった話があるが飲食や販売、サービス業といった分野は特に人手不足と言われている。
だからこの店がアルバイトを募集するにあたっての時給で働いてくれる人が現れるのかと問われても分からなかった。
だがその時給以上は出せない。その代わり賄いではないが、焼きたてのパンは食べ放題だ。
だから働いてくれる人が現れるまで待つしかないのだが、パートの女性が言うとおり現れなければ仕方がない。暫くは3人でという状況が続くだろう。

「ねえ、牧野さん。でもさ。もし来てくれる人がイケメンの男の人だったらどうしよう!あたし仕事にならないかも。ほらイケメン俳優に似てるとか……あと….ほらあの人…..よくテレビや雑誌で取り上げられてるイケメンの副社長がいるじゃない?ほら、えーっとあの人よ、あの人!道明寺HDの副社長!あの人みたいな人でもいいわ!」

女性の口から飛び出した道明寺HD副社長という言葉に一瞬だけ胸が弾んだ。
だが、まさかという思いと共に笑いが込み上げた。
それはタキシードや高級なスーツではなく、店の名前が入ったエプロン姿の男がにこやかな笑みを張り付けながら客の対応をする姿。パンを袋に入れ、レジを打ちお釣りを渡す姿。
そんな姿を想像したとき、それは絶対にあり得ないことだからと言って声を上げて笑った。
本当に笑えた。
お腹の底から笑えた。
その名前を訊くことが辛いこともあったが、今はそうではない。だからこそこんなにも笑えるのだと思った。伸ばされた手を掴むことが出来なかったが、今はそれで良かったのだと思う。所詮住む世界が違った人なのだから。












「ここで働きたいんだがバイトの募集はまだしてるのか?」

背後で自動扉が開いた瞬間、香るのはパンの匂いとは別の香り。
と、同時に目の前にいる女性の口がポカンと開き、視線はつくしの後ろに注がれた。


振り向いたその先にいたのは、さり気ないという言葉が全く似合わない男だった。





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