2016
05.11

大人の恋には嘘がある 1

つくしは今朝もパソコンの中で上げ下げを繰り返すある会社の株価の動きを見ていた。
黒い画面はいくつかに分割をされ株価の動きや経済に関するニュース、それに株価チャートなどが表示されていて市場(しじょう)の状況が瞬時に見て取れる。黒い画面に黄色い数字が点滅を繰り返しながら刻々と変わる値段と出来高。
東京市場が開いて既に30分が過ぎようとしていたが株価は寄り付きからさほど変わらずそれでも売り買いは活発に行われていた。今のところは極端と思われる大量の売りも買いもない。

「牧野、例の会社のTOBの件だけど・・」
「なに?どうしたの?何か問題が?」

つくしは同僚の話を聞きながらも目は刻々と変わる株価の動きを追っている。

「先方からもう少し買い取り価格を上げて欲しいと連絡が来た」

TOB、株式の公開買い付けの価格を上げて欲しい・・
つくしの会社はある企業の買収を手掛けていた。公開買い付けとは決められた期間に、決められた株数を一定の価格で買い取りますと宣言し、不特定多数の投資家から株を買い集める行為だ。市場を通さずに行われるTOBの価格は現在の価格よりも高い価格を設定するのが一般的だ。その方が投資家から応募してもらいやすい。TOBを仕掛けられた会社は、TOBに対して賛同するか賛同しないかの意志を示すが賛同しない場合は敵対的TOBとなりその行く末は会社の乗っ取りだ。株式の過半数を取得することが出来れば経営権が取得できる。

「・・そう。わかった。相談してみるわ」

つくしはそうは言ったものの困ったと思った。
株式の買取り価格を上げろと言ってきたのは買収先の大口株主で機関投資家だった。
相談するのは買収を仕掛けた会社でつくしは買収するにあたっての実務を請け負っている代理交渉人だ。交渉し、契約書を作成し、融資を行い、最終的に相手の会社に網をかける準備をする。買収先の会社の大口の株主は機関投資家と呼ばれる生命保険会社や銀行などの金融関係の大企業が多い。もちろん大口の株主の中には個人も含まれている。
そんな大口の株主の彼らが持つ株式の大半がこちら側に流れることによって買収も容易くなることは確かだ。価格を上げるべきなのか?適正な価格だと思ったんだけど・・

「それからどうやらライバルも現れたみたいだぞ?」

ライバル・・それはこの買収を阻止しようとする会社のことだろう。
第三者でホワイトナイトと呼ばれ敵対的買収を仕掛けられた会社を買収者に対抗して友好的に買収する会社だ。

「で、ホワイトナイト気取りなのはどこなの?」
目はパソコンの画面上で点滅を繰り返しながら変わる株価を見ていた。
「道明寺ホールディングスだ」
つくしはその名前に初めて男の顔を見た。

「・・そう・・道明寺HDが・・」
「まあどこかが乗り出して来ることは想定内だからな」

あの会社も同じ獲物を狙う鮫ってことか・・
と言ってもただの鮫じゃない。あの男の場合は人食い鮫だ。
道明寺HDの買収方法はなかなか手が込んだことをしてくれる。
今までも何度か道明寺HDに買収を阻まれたことがあった。

「しかしまたなんで道明寺なんかがあの会社に興味があるのか不思議だよな・・」
「じゃあ、一応この資料渡しておくから」
「うん。ありがとう・・」

つくしは同僚の男性社員から資料を受け取るとパラパラとめくり始めた。
道明寺ホールディングスか・・
やっぱり出て来た。
敵は大きいわね。

道明寺司か・・
つくしは資料の中の司の顔写真を指で弾いた。
道明寺ホールディングスの副社長・・
写真の男は無表情にこちらを見据えている。
この男には負けられない!
二人が初めて会ったのは3年前のニューヨークだった。
今まで何度こいつの会社に邪魔をされたか・・
その度に思ったのはこの男は傲慢だと思った。
傲慢で、意地悪でいけすかない男だった。
でも傲慢と自信は紙一重と言うけど・・
それにしてもこの男について金儲けは第二の天性と言われている。
なら第一の天性ってなに?
女に対してとか?もしかしてとんでもないプレイボーイとか?
どちらにしてもあいつは意味もなくあたしを苛立たせる名人だ。


そもそも今回の買収劇の始まりは半年前にさかのぼる。


「おい、チビ」
懐かしい声だった。つくしは驚いて振り向いた。
道明寺司・・道明寺ホールディングスの副社長で超がつくほど男前。
漆黒の髪に世の芸術家が喜んでその形を模ってくれるような造作のお顔。
背が高くモデル並のスタイルで足の長さはつくしの胸の高さくらいまでありそうだ。
何が悔しいって男なのにその睫毛の長さ!ビューラー要らずできれいにカーブなんか描いちゃって男のくせに無駄でしょ!
それに内側から滲み出るのは育ちのいい人間ならではの品だ。口さえ開かなきゃ超絶いい男なのに・・
それにしてもどうしてこの男がこんな所にいるのよ?この男はニューヨークで優雅な独身貴族の生活を満喫してるはずだ。
なのに何故このセミナーにこの男が来てるのよ!

ホテルメープルにあるバンケットルームは同時通訳の設備も完備されていて国際的な会議にも対応が可能だ。その会場で行われたのは海外の投資環境についてのセミナーだった。
どうりでさっきから周りの女性陣の様子がおかしかったはずだ。だけどどこからこの会場に入ってきたんだろう?VIP専用の秘密の出入り口とか?そう言えばこのホテルって道明寺グループのホテルだったわね。誰もが憧れる五つ星の高級ホテルでラグジュアリー感満載だ。




司はつくしより年上で、企業経営者で女に悪態をつくことはとっくの昔に止めていた。
いい大人の男が女相手に悪態をつくことがいかにバカげたことだと知ったのはもう随分と前になる。他人に悪態をついて喜んでいるのはガキだけだ。
なのに何故かつくしにだけは悪態をつく。
3年ぶりだった。3年経っても相変わらずの態度だ。
3年もたてばお互いに変わったといってもいいはずだ。

「チビ、久しぶりだな」
「道明寺副社長、お変わりなくお元気そうで良かったですね?」
つくしは辛辣なほほ笑みを浮かべた。
「おまえも・・」
「それからあたしの名前はチビではありません。牧野です」
「ふん。相変らずチビのくせして態度がデカいのは昔のままか」
司はするりとつくしの言葉に含まれた棘をかわした。

つくしは目を細めると司を睨みつけた。
司はつくしが昔と変わらない態度に笑いそうになった。
相変らずこのチビっ子は態度だけはデカい。どんなに自分を大きく見せようと頑張ったところで知れているのにこの態度。背筋をピンと伸ばし、両脚踏ん張ってるところなんて何に対して虚勢をはってんだか。なんだよ?それとも俺を威嚇してるつもりか?


「道明寺副社長も3年も経てば少しは大人になったかと思いましたが相変らずお口は悪いようで」
「なんだよその言い方は?牧野のくせして俺のことまだ恨んでるのか?」

恨むもんですか!誰があんたなんか!
それになによ!その牧野のクセしてって!
つくしはいきなり背を向けると司の前から立ち去ろうとした。
身長が160センチしかないつくしは180センチ以上の人間の前では・・恐らく185センチくらいあるかと思われるこの男の前では見下ろされてしまい、どうしても委縮しそうになる。もっとヒールの高い靴を履いてくるべきだったと後悔していた。
そうすればこいつの足を踵で思いっきり踏みつけてやるのに。

司はいきりたった。
この女!俺を無視する気か?
「おい、待てよ!」
「待ちません!」
つくしはスタスタと歩いて行く。
「待てよ!牧野!」司は長い脚を駆使すると数歩でつくしに追いつき横に並んだ。
つくしは司に付き纏われるのは嫌だった。
「俺、ニューヨークから帰って来たからまたよろしくな?」
「それにおまえにやって欲しいことがある」

か、帰って来た?なんでこの男が帰って来るのよ!
あんたなんか一生ニューヨークにいればいい!
それにいきなり何を言いだすかと思ったらあたしにやって欲しいことってなんなのよ!

「いったい何がよろしくですか?それに、いったい何をやって欲しいって言うんですか?
あたしに道明寺副社長のお役に立てることがあるとはとても思えません」
つくしは歩みを止めることなく歩き続けていた。

「それに道明寺副社長がお望みになる物なんてあたしは持ってませんから!」
司はつくしの隣を歩きながら、チラッとつくしの表情を窺った。
こいつあの時から比べたら少し痩せたんじゃねぇか?
いや。大人っぽくなったってことか?


司の望みは3年前から決まっていた。

「欲しいものか?」
「おまえだ」
「おまえが欲しい」






寄り付き(よりつき)=株式市場が開いてから最初に成立した売買。その時ついた値段。
出来高(できだか)=株の売買が成立した株数

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2016
05.12

大人の恋には嘘がある 2

「望まれても困ります。あたしは売り物ではありません」
つくしは立ち止ると司に言い放った。

司はこんなふうにつくしを追いかけている自分にイライラしていた。
3年前からそうだった。
俺と牧野つくしとは3年前この女のニューヨーク時代、ある会社を巡ってバトルを繰り広げたことがある。あの頃はよく顔を合わせたものだ。ただしお互いに敵同士だったが・・

あの時はこの女が代理交渉人を務める会社が負けて俺が狙っていた会社は道明寺HDのものになった。
何故こいつの会社が負けたのか。それは情報不足だったってことだ。
買収案件は買収する企業の内部情報を知ることが大事だってことを知らないはずがないと思ったが、あの当時のこの女はまだ自分ひとりで大きな山を登るには経験が不足していたとしか言いようがなかった。それに予想外の対応ってのにまで手が回らなかったようだ。どこの会社にも後ろ暗い秘密ってのがあるもんだ。
例えば表向きになってない借入とかだ。そんなことも会社を買い叩くには必要だがな。

「別におまえが売り物だなんて言ってねぇぞ」

売ってるなら幾らでも金を積んで買いたいくらいだが。
司はまたこうしてつくしとやり合えることが嬉しかった。今まで自分に対して率直なもの言いをする女はいなかった。しかも自分がこれほどまでに好奇心を覚えた女は牧野つくし以外にはいなかった。このちっちぇえ女が斜め45度下から見上げる姿がなんともいえず司は庇護欲が掻き立てられていた。が、この女はいつも強気だけどな。


話しの本題がまったく見えない。つくしは眉をひそめ苦虫を噛み潰したような顔になっていた。この男いったい何が言いたいんだか・・欲しいもの じゃなくて して欲しいこと でしょうが!いったいあたしに何をして欲しいって言うのよ!
つくしは話しを切り上げるために話題を変えた。

「道明寺副社長はどうして日本に帰ってこられたんでしょうか?」

つくしは司が策略に長けた経営者であることは身をもって学んでいた。
今度は東京で何か案件でも抱えているのだろう。

「それになんですか・・その・・」
念のためだ。後々バカな勘違いをされては困る。
つくしは司の言葉の真意を探るように聞いた。
「おまえが欲しいの意味か?」
「牧野おまえなんか勘違いしてねぇか?おまえの能力が欲しいって意味で言ったんだ」
「欲しい会社があるからおまえに代理人になってもらいたいと思ってな」
「3年前と比べて少しは知恵もついてるんだろ?なかなか優秀だってことは聞いてる」

能力が欲しいだなんて言ったが本当はこの女が欲しかった。
司はあまりあれこれと考えることはやめにしてストレートに思いを伝えようとした。
それは文字通りおまえが欲しいと。だが今はまだ時期尚早か?
何しろ、今のこいつは妙にトゲトゲしい。

今までの俺は欲しいと思えば奪い取ってきた。あくまでも冷静かつ早急に。
それは金も女もだ。それに自分の前に立ちはだかるものは全て自分で排除してきた。
だが何故か牧野つくしに対してはどうも調子が狂う。
ある意味でこの状況は笑える。何事も意のままにすることに慣れているこの俺が女ひとりに手をこまねいているなんて、いったい俺はどうしちまったんだ?
それも3年も前の女にだ。

「その、欲しい会社を買ってどうするんですか?」この男は何か企んでいるに違いない。
「道明寺副社長、あなたはあのとき・・あの買収の二の舞を演じるつもりですか?」
「なんだよ二の舞って?」
「それじゃまるで俺が失敗したみてぇじゃねぇかよ?」
「あなたはあの時、あの買った会社をバラバラにして売り払ったじゃない!」
つくしがアメリカで代理人を務めていた会社と道明寺HDが競い合った結果、道明寺側が手に入れた会社だ。
「なにが悪いんだよ?ビジネスの世界は非情だってことぐらいおまえも分かってるだろうが?」
確かにそれはそうだ。
「ビジネスはビジネスだ」
「だいたいな、企業買収に失業なんてのはつきものだろ?」
司はつくしに言い聞かせるように言った。牧野つくしが気にかけていたのは買収先如何によってはリストラが進み大勢の失業者が出ることだった。

「あの会社の業績は下がる一方で長く持たない。潰れるのを待つだけだってのはおまえも分かってたよな?」
たとえ会社を一時的に救えたとしてもあの会社は無理だった。なら利益の出る部門だけでも生かした方がいいに決まっている。潰れてしまってからでは従業員の退職金も払えなくなる可能性が高い。いくら法律で従業員の給与が保護されているからと言っても無い金は払えない。

「そ、それは・・」
「それでもあの会社は再生出来ると思っていました。だから・・」
「なんだよ?おまえのところが代理人をしてた会社の方がもっといい方法でも考えついてたのか?あんな会社はどこが買っても同じ運命だったんだよ」
「会社なんてのは経営者の腕次第だ。あの会社は経営者の先を見る目がなかったってことだ」
情け容赦がない口調でビジネスはビジネスだと割り切っていた。これ以上昔の話をしても何の生産性も生み出さない。

「それより・・なんで俺から逃げたんだよ・・」


あの頃のつくしはニューヨークで初めての大きな仕事を任されることになって緊張もしていたが希望も抱いていた。それにあの時は知り合った男がまさかつくしが手掛けていた買収案件に関係する男だとは知らなかった。
つくしが代理人を務めていた会社はある会社を欲しがった。同じように別の会社もその会社を欲しがった。ひとつの会社に対し二つの会社が綱引きをした。

結果はつくしが代理人を務める会社が負けたわけだが、勝った会社側は道明寺HDでまさか自分がセントラルパークで親しく挨拶を交わすようになった男が道明寺の副社長だったなんてことが信じられなかった。それを知ったのはつくしの会社が負けた時だった。

二人の間に何かがあったわけではない。司はつくしに興味を抱いた。
それはあくまでも世間慣れした男の一興にすぎないとうクールな態度だったはずだ。
それがいつの間にか恋に落ちてしまったのだからどうしようもなかった。

些細な偶然で知り合った二人。セントラルパークの中にあるコーヒースタンドでテイクアウトを頼んで小銭を出そうとしたつくしは財布を持ってくるのを忘れていることに気が付いた。そのときたまたま後ろから現れた男性が困っていたつくしにコーヒーをご馳走してくれた。
つくしは借りたお金は返しますから、今度の日曜にこの場所に来て欲しいと頼んだ。
それからだった。日曜日の同じ時間にコーヒースタンドに行けばいつもこの男がいた。

あとから知った・・敵対する会社の・・それも副社長だと・・
知らなかったじゃ済まされない問題だった。だが二人が会っていたなんてことは誰も知らない話しでつくしが社内の情報を道明寺側に洩らしたとかそんなことは一切なかった。

でも後から考えないわけではなかった。もしかしてこの男はあたしがどういう立場の人間かを知った上で何か情報が欲しくてあたしに近づいたんじゃないかと。
この男はあたしが自分に敵対している会社の代理人と知っていて近づいた・・何か情報を得るために利用された・・そんなことを考えれば自分が惨めになるようで悔しかった。
あれ以来男なんか!と言う目で見るようになっていた。

「まあとにかく俺は東京支社で仕事をすることになったから、これからもおまえとは顔を会わせることになるだろう」
「それにおまえに代理人を頼む件もあることだし、またそのうちにゆっくり時間を取って話でもするか?酒でも飲みながら?」

「お、お酒なんて飲みませんから・・」

あの買収劇の後も道明寺HDとの会社の奪い合いがあった。
つくしはこの男が自分の立場を明らかにしてからはコーヒースタンドには行かなかった。
この男も自分が誰だか知られてからは開き直ったかのように買収の邪魔をしてくるようになった。何度も邪魔をされ悔しい思いをした。
その頃から傲慢でいけすかない男だと思い始めた。でもコーヒースタンドで会っていた頃は傲慢だとか思わなかった。
それに・・確かに素敵な男性だとは思ったけどプレーボーイだなんて思えなかった。
今では第二の天性が金もうけだとか言われてるけど、あの時はそんな風には思えなかった。


何もニューヨークで生きなければいけないなんて考えてもいなかった。
つくしは会社からの異動の内示に快く応じ東京へと戻ってきたのが3年前、道明寺HDとの会社の奪い合いに何度か破れ、苦々しい思いをしていた頃だった。
会社はつくしが失敗したとは考えてはいなかったようだが、つくしはどうしても自分の気持ちの中にやましさがあった。道明寺の副社長と・・関係を持ちそうになったなんて・・

あれから3年が過ぎまたこうして司と再会を果たしたつくしはもう二度とこの男に振り回されることだけは避けたかった。
だけど、どう見てもあの頃より素敵になっていた・・あの頃は傲慢でいけすかない男だったけど・・


3年ぶりの再会の後、あの男が欲しい会社があるから代理人になって交渉してくれと言っていた会社は、今はつくしが代理人を務めている会社がTOBを仕掛けている最中だ。


こうして二人はまた3年前と同じように敵対関係になっていた。









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2016
05.13

大人の恋には嘘がある 3

司は別に自分の立場を明らかにしなかったのは決してわざとではなかった。
3年前のセントラルパークでの出会いは本当に偶然だった。
パークの中のコーヒースタンドでの出会い・・
ペントハウスから見えるセントラルパークはまるで自分の庭のように見える。
滅多に訪れることがなかったがあの日曜日は気が向いたのか足を向けていた。

別にコーヒーが飲みたくてスタンドに立ち寄ったわけではなかった。
たまたま長い黒髪を持つ後姿の女に目が止まったからだ。自分のすぐ目の前を歩いている女がスタンドに立ち寄った。ニューヨークで見かける長い黒髪の女は東洋系だ。この街は中国系が多い。だから特段珍しいというわけでもなかったが、なぜか司の興味を惹いた。
近づいて会話を聞いてみれば、財布を忘れたと話しをしているのが聞えた。話す発音とイントネーションから同じ日本人だと気づいた。
普段の彼なら気にも留めないことだが気が向いたというのかポケットに突っ込んであった10ドル札を差し出していた。
18の年からあの街に住んで12年だったが見知らぬ人間に金を差し出したことは今までなかった。


司は3年前の出会いを思い出しながらつくしの到着を待っていた。
俺はかつてこんな愚かなことをした覚えがなかったはずだ。
決して衝動に走ることなどなく、仕事に対しては冷静に物事を進めてきたつもりだった。

司はつくしの会社に連絡を入れると牧野つくしを道明寺ビルまで来るようにと呼びつけた。
突然の呼び出しに驚くのは当然だろう。買収劇の真っただ中に敵対する相手からの呼び出しだ。何をおいてもやって来るはずだと分かっていた。
もちろん俺のスケジュールは無理矢理空けさせた。
インターコムが鳴り、秘書が牧野の来社を告げて来た。

「ついに来たか・・」

あのチビは重戦車じゃあるまいし何を怖がる必要がある?
だがドアの向うから現れたのは武装した女だった。

「失礼いたします」

つくしは一礼するとにっこりと微笑んだ。
司は執務デスクの椅子に腰かけたままで近づいて来るつくしを見ていた。
パリッとしたチャコールグレーのスーツを着ている女の髪は肩口で切りそろえられている。
手には黒い鞄が握られていて、ほほ笑みを張り付けたまましっかりとした足取りでこちらへと向かって来た。
おい、牧野つくし。おまえはいつもそんな笑顔で仕事してんのか?
そうだ・・最高の笑顔で武装した女。最高の営業スマイルだ。
あの頃、俺と顔を合わせれば露骨に嫌な顔してたじゃねぇかよ?
確かにおまえは3年前とは違い随分と成長したようだな。
けどこいつの周りの空気には殺気が感じられる。

「道明寺副社長今日はお時間を取って頂きありがとうございます」

呼び出されたとはいえ相手は大企業の副社長だ。つくしはへりくだった。
つくしは司から話したいことがあると言われ、例の買収の件と踏んでいた。
今回の買収案件はどう考えてもこの男の会社が欲しがるような会社ではなかったはずだ。
なのにどうしてこんな手の込んだ邪魔をするのか・・そうとしか思えなかった。
つくしはてっきり道明寺側の代理人と話しをするものだと思っていたが、部屋には司しかいなかった。
その司の口から開口一番聞かされたのはつくしにとって驚くべき内容だった。

「牧野さん。うちは今回の買収からは手を引く事にしました」
「は?」
つくしの口から出たのはまさに感情そのままの言葉だった。
司のいかにもビジネスだという口調につくしの口はあんぐりと開けられ怪訝な顔をした。
ちょっとこの男なに言ってるの?まさにそのひと言に尽きる。

「あの、道明寺副社長、御社はあの会社のホワイトナイトとしての立場を辞されるということですか?」

あんたの会社が出てきてから株主たちの考えが変わったんだから!
道明寺HDの傘下に入るならTOBで手持ちの株を売るよりももっと株価が上がるはずだなんて言い出して・・本当ならもっと応募があってもいいはずの株が予想していたよりも集まらない。あたしがどれだけ大変な思いをしてると思ってんのよ!
それを今更やっぱり買収を止めます?なんなのよ!
いったいこの男は何がしたいのよ!

「あの会社はおまえの顧客にくれてやる」
「はあ?」眉間に皺が刻まれた。
「3年間日本でよく頑張った褒美だ」
「おまえもあの時より随分と上手くやれるようになったじゃねぇかよ?」

司は今のつくしの実力がどれほどのものか、3年間でどれだけのビジネスセンスを身につけることが出来たのかを試すために欲しくもない会社を手に入れようかと考えていたところだった。ホワイトナイトを買って出たのは今のつくしがどんな対抗策を打ってくるのか、どれだけの知識を身につけたかを試すためだった。

褒美に会社をくれてやる?
あまりのことにつくしは口を開けたが言葉が見つからず、再び閉じた。
数秒待ってからまた開いた。

「ちょっと!それどう言う意味なのよ?」
「あぁ?おまえがどれだけ実力を身につけたか試したかった」
「そこでだ。改めて俺がおまえの顧客になってやる」
つくしは目の前の男が一瞬何を言っているのか分からなくなった。

「ちょっと!なに勝手なこと言ってるのよ!あの会社をくれてやる?」つくしは声を荒げた。
「あんたあたしをなんだと思ってるのよ!あたしの・・この苦労を・・」

この男あたしの今までの苦労をなんだと思ってるのよ!
つくしは司の執務デスクにバンッと両手をつくと彼の至近距離で思いっきり睨みつけた。

「いい加減にして!」
「いいじゃねぇかよ!うちはこの件から手を引くって言ってんだ。この件は
おまえがうちを・・道明寺に勝って案件を成功させたってことになる」
「おまえ今までうちと争って勝ったことが無かったよな?だから俺がおまえのキャリアに・・」司は椅子の背もたれにもたれたままだったがつくしのあまりの剣幕に話すのを途中で止めた。
「あ、あんた・・あたしをバカにするのもいい加減にしなさいよ!」
「こんなことして何が面白のよ!」

面白いわけがない。
だがこうでもしなければ牧野つくしと接点を持つことがなさそうだった。
この買収劇は手っ取り早かったからの手段だった。
牧野がホワイトナイトとして買収に対抗してくる道明寺HDに勝ったとなれば、こいつのキャリアに箔がつくだろ?うちはあんな会社欲しくもねぇし。
この半年どうやったらこいつとこうして会えるかと思って考えた末の作戦だった。
それにキャリアに箔をつけてやれば喜ばれると思ったが・・
半年前にホテルで会ったとき、もっとゆっくり話がしたかったがそれも出来なかった。思わずからかうような口を利いてしまい、まともに話しをしなかったのが悪かったか?

この作戦は失敗か?
司は自分の目の前にいる女がデスクについた両腕をワナワナと震わせているのを見た。
知的な顔に浮かぶのは激しい怒りしか見えなかった。

「ニューヨークでのことだって・・あたしが誰だか知ってて・・あたしを騙そうとしたんでしょ!」
セントラルパークのコーヒースタンドでの出会いだ。
「別に俺はおまえを騙そうだなんて思ってなかった」
「なによ!じゃあなんで本当のことを話してくれなかったのよ!」

いつの間にか話がすり替わったように感じられたが、司は自己弁護をしないわけにはいかなかった。
「俺が道明寺の副社長だなんて言ったら女どもは態度を変える」
「う、嘘の名前なんて名乗って・・ばれなかったらいつまで偽名を名乗るつもりだったの?」
「あ、あたしをベッドに誘ってもそのまま偽名を使い続けるつもりだったんでしょう!」

つくしは思わず口にした言葉は言わなくてもいいことだと気づいた。
もう3年も前のことなのに・・・つくしは平静さを取り戻そうとひと呼吸おいた。

「・・あたしは本当の名前を名乗ったのに、あんたは本当の名前は名乗らなかった・・」
「牧野・・」
「仕事だって・・会社名までは名乗らなかったけど金融関係だって言った」
「例えあんたがあたしのことを知らなかったとしても、あんたのことだから当然あたしのこと調べたんだろうけど・・」
「あんたは本当のことなんて何ひとつ話してくれなかった・・」
「なあ牧野聞いてくれ・・」
つくしは首を振った。

「今日のお話しは・・買収を断念されるというお申し出があったということでよろしいですね?」
「ではわたくしはこれで失礼致します」
つくしはそれだけ言うと背中を向けて執務室を出て行こうとした。

「待てよ牧野!俺はおまえの能力が欲しいだなんて言ったが、あれは嘘だ」

嘘? 
この男はいったい幾つ嘘をつくつもり?
つくしはぱっと振り返って司を見た。

「俺はおまえのことが好きだ」
「能力じゃなくておまえが欲しい」

この思いは決して嘘なんかじゃない。







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2016
05.15

大人の恋には嘘がある 4

つくしは司の執務室でのやり取りを思い返していた。
つい感情的になって言わなくてもいいことまで口にしてしまっていた。

あたしはニューヨークで道明寺に会って彼に惹かれた。
直感といってもいいのだろうか?
それはコーヒー代として10ドルを手渡されたときからだった。
返さなくていいと言われたけど次の日曜にまたここに来てほしいと頼んだ。
それからだった。日曜日になればあのコーヒースタンドへと足が向くようになり、同じ時間に顔を会わせるようになっていた。

そんなことが幾度かあったのち、待ち合わせては出かけて行くようになっていた。夕食をとりながら話したのはどこの出身なのか、どうしてこの街に住むことになったのか、仕事は何をしているのかというアメリカ人がパーティーで出会った初対面の人物に聞くようなごく一般的な内容だった。
つくしは正直に答えた。東京の出身で仕事の為にこの街に住むようになった。仕事については金融関係だとしか答えなかった。だがウォール街があるこの街に住む日本人で金融関係だと名乗れば仕事の内容についてはおおよその見当はつくはずだ。
特に自分が大きな会社の経営者ともなれば、相手が金融関係者だと知ればそれなりに興味を示すはずだ。

つくしはその時のことを思い出して顔をしかめた。
道明寺司の目的がなんだったとしても、あの男は自分の目論見を隠して近づいて来たんだとしか思えなかった。名前は偽名、仕事も嘘。唯一正直に言ったのは東京出身だと言うことだろう。

だんだんとあの男に惹かれていく自分がいたことに間違いはなかった。
漠然とした思いだったがあの頃の二人には人として大きな違いは無かったはずだ。
でもそれはあたしひとりがそう感じていただけだったのかもしれない。今となればあたしが感じていた漠然とした思いは、あの男が生まれ持った何かがそう感じさせていたのかもしれない。
あの男が道明寺の副社長だと分かってからはセントラルパークへは行くことがなくなった。

確かにあたしは道明寺司に惹かれていた。
あの男に惹かれたのはニューヨークに来てまだ誰ともつき合っていなかったから、と無理矢理こじつけた。それにその頃は仕事に一生懸命で男性と知り合う時間もチャンスも無かった。そんなときあの男と知り合ったから何かの運命を感じてしまっていたのかもしれない。
不思議だと思った。それまでは正直男性とつき合うくらいなら一人でいた方が楽だんなて考えているところもあったからだ。
でも道明寺との仲もあっけなく終わった。


今回道明寺HDがホワイトナイトとして敵対的な買収の妨害を買って出たのは、あたしに仕事を依頼するための判断材料だったと言われたじろいた。
それに仕事の能力ではなくあたしが欲しいと言われた。
あのとき振り返って見たあの男の目にはゆるぎない自信が感じられた。
その自信は何に対してなの?
その根拠のない自信がどこから来るのか聞きたかった。
まあ企業経営者なら自分に自信がなければ経営なんて出来ないことは確かだ。

あの日、道明寺司は顧客になってやると言ってきた。
その言葉どおりに道明寺HDから会社に正式な依頼があったと聞いた。


「牧野、良かったよな?道明寺HDが手を引いてくれて」
「ええ・・そうですね」

向かいの席に座る先輩社員の言葉につくしはパソコンのキーボードを打つ手を止めた。
道明寺HDがホワイトナイトを買って出ていた会社の友好的買収を取りやめたことは、つくしが交渉代理人を務めていた会社に優位に働いた。多くの株主からTOBへの応募があり経営権が必要となるだけの株式が集まった。

「これでやっとおまえも一人前か?」
「それ、どういう意味ですか?」
「あの道明寺が買収から手を引くなんて、どうしたんだろうな?おまえ何か道明寺が手を引くような情報でも持っているのか?」
「そんなものありません。ただの気まぐれなんじゃないですか?」
「あそこの副社長の」

本当の理由を知ったらつくしの目の前でコーヒーを噴き出しかねない。
あんな会社どうでもよかったけどあたしの能力を試す為にちょっかいを出して来ただなんて!あの男、ひとの苦労を何だと思ってるのよ?敵なら敵らしく最後まで戦いなさいよ?
今思い出しただけでも頭に来る。

「それに部長の話だと道明寺HDの道明寺副社長から直々にコンサルタント契約の依頼があったそうだ」
「凄いじゃないか牧野。あの道明寺司だぞ?」
「なんですか?あの道明寺司って?」
つくしは嫌な予感がした。

「おまえの仕事ぶりが気に入ったんだと」
「嫌われればよかった・・」小さな呟きだった。
「なんだって?」
「忌み嫌われればよかった・・」
「おまえ何言ってんだ?客に嫌われてどうすんだよ?」
男性は手にしていたコーヒーをぐっと飲み込むと、つくしの方へ身の乗り出すようにして来た。

「いいか牧野。コンサルタント契約がされただけで年間いくら金が入ってくると思ってんだ?取り扱う案件が無くても決まった金が入るなんて大変なことだぞ?」
「ただでさえ、他社と少ない案件の奪い合いなのに道明寺HDが顧客になるってんだから凄いことだぞ?大型の買収なんかやってくれたら相当な手数料だぞ?」
「うちのビジネスは手数料ビジネスだ。常に走り続けないと金にならないんだぞ?それが道明寺HDとコンサルタント契約をしてもらえるなんて大変なことだぞ?」

向かいの席の男性は一気に喋ってからふぅっと、ひと息つくと小さな声で呟いていた。

「でもなんでだろうな・・」
「何がですか?」

「担当は牧野つくしでとご指名だそうだ」







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2016
05.16

大人の恋には嘘がある 5

月曜の朝、つくしは道明寺ビルに足を踏み入れると受付で名前を名乗った。

「おはようございます。牧野様。どうぞこちらを」
「重役フロアにはあちらのエレベーターでお上がり下さい」

と言われ手渡されたのは外部からの訪問者に対して付与されるビジター用アクセスカードだった。名前や所属する企業名、顔写真が印刷されていてこのカードで誰がどこの部門に出入りしたかが分かる。俗に言う社員用IDバッジだ。
セキュリティレベルに応じて入れる場所が決まっているはずだが果たしてどのレベルまで入れるのか?つくしは胸元にプラスチックで出来たカードを留めるとエレベーターへと向かった。早速このIDカードを使うことになった。重役フロアに直通のエレベーターはどうやら特別な人間以外は乗ることが出来ない仕組みになっているようだ。

いよいよ避けられない事態がやって来た。再会してからはいつかこんな日が来るのではないかと思っていた。緊張していないと言えば嘘になる。正直言って緊張している。
大丈夫よ!あたしは冷静よ!と自分に言い聞かせた。
いま、つくしが抱えている案件はただひとつ。道明寺HDとコンサルタント契約を結んだ会社から言われたことは、とにかく道明寺HDのコンサルタントとして頑張れということだけだった。
いったい幾らの契約料でうちの会社はあたしを人身御供に出したのか?
今朝のつくしは一流とまでは言わないが、つくしなりの勝負服を着ていた。
勝負服・・いったい何に対して勝負をしようと言うのか・・
つくしは背の高い男を目の前にして委縮しないようにと、いつもより踵が高いハイヒールを履いていた。戦う女じゃないけど、やっぱり戦ってる?
どうしてあたしの人生はいつも戦ってばかりなんだろう。
これって生まれ持った性格なんだろうか?

エレベーターを降りた先にいたのは道明寺司の秘書の男性だった。
歳の頃は40半ばと言った感じだろうか。
銀縁のメガネをかけ、濃紺のスーツを皺ひとつなく着こなしている。

「牧野様。本日からよろしくお願いいたします」
「お、おはようございます。こちらこそよろしくお願いいたします」

ではどうぞと案内され副社長室まで続く廊下はつくしにとってまるで地獄への道案内のようだった。
でもこうなれば前進あるのみだ。副社長室のドアは目の前だ。

いきなり内側からドアが開いた。

「おはよう牧野」歯切れよく言われた。
「今日からよろしくな」

つくしはいきなり目の前に現れた男に思わず声を上げそうになった。
び、びっくりするじゃない!なんでこの男がドアの前に立ってるのよ!
高価なオーダーメイドのスーツを好む男はモデル顔負けのスタイルでつくしの前に立っている。

ダメだ。冷静に、冷静に・・
つくしはこれから何があっても決して短気は起こすまいと決めていた。
この前ここに来た時は思わず感情的になってしまい理性を失ってしまったとしか言えなかった。
感情が顔に現れ易いと言われていたが、最近では随分と上手く仮面を被ることが出来るようになって来たはずだった。だけどそれはこの男に再会するまでだった。
もう二度とあんなまねはしないようにしないと・・
つくしは最高の営業スマイルを浮かべようと努めた。
だけどこれがなかなか難しい・・この前は出来たのに何故か今日は上手くいかなかった。
そんなのあたり前だ。
おまえが欲しいだなんて言って来た男を前に平常心で接する方が無理だ。
何もなかった、聞かなかったふりをするしかない。

「おい、ボケっと立ってる場合じゃねぇぞ!早く中へ入れ」
つくしは部屋の中へと招き入れられると、いきなり手にしていた鞄を取り上げられた。
「ちょっと!なにするのよ!」
「重そうだから俺が預かってやる」
「余計なことしないでよ!返して!」
「いいじゃねぇかよ、別にすぐそこに置いとくんだから」
司は自分のデスクの上へとつくしの鞄を置き、ソファに座るように促した。

「コーヒーでいいか?」
「え?あ、はい」

つくしは座れと言われ革のソファへと腰かけた。
司はデスクの上の内線ボタンを押すとコーヒーを2つ持って来いと指示をしていた。

司はつくしについて調べていた。
家族は両親と弟。
今は仕事が生きがいかと言えるような女。
男とつき合うくらいなら仕事にのめり込む方がマシってやつだな。
いま、つき合ってる男はいない。これが一番重要だ。
俺もやっと日本に帰国することが出来たんだ。これから時間はたっぷりある。
何も焦ることはないはずだ。こいつが日本に帰国してからどうしているか気になっていた。 あるときからセントラルパークのコーヒースタンドに現れなくなったこいつ。
気持ちは分かる。確かに俺が仕事絡みで敵対している会社の副社長だなんて知って驚くなと言う方が無理だ。それにタイミングが悪かったと言うか、こいつの会社の顧客とうちの会社が対立することが多かった。
ビジネスはビジネスだ。いくら相手が好きな女でも手を緩めるわけにはいかなかった。
だがこいつの目には俺が酷い男だと映っているのは分かっていた。
どうしよもねぇよな・・あのときは。
今だって俺の前に座る女は硬い表情のままだ。

「おまえも俺と仕事するのは気が向かねえってのがあるかもしんねぇけど
 社会人なら分かるよな?例えどんな仕事でも仕事は仕事だ」
「それに人は困難に打ち克つたびに強くなるって言うだろ?」

あんたは困難か!
思わずこの男に突っ込んでしまいたくなった。
まあある意味そうだろうけど・・

「とにかくだ。おまえは俺の専属コンサルタントだからな?」
「は?」
「だから俺のだ。俺専属のコンサルタントだ」
「いったいなんの話をしてるの?」
「道明寺HD本体の方はおまえの会社に任せたが、おまえは俺の専属だ」
「な、なにそれ?か、会社じゃないの?」

ドアがノックされ、秘書の男性が2人分のコーヒーを持って現れた。
「どうぞ、牧野様」
「あ、ありがとうございます」
つくしは取りあえずコーヒーを運んできたことに対して礼を述べたが、司の言葉の意味を考えるのに精一杯でコーヒーどころじゃなかった。

司は出されたコーヒーには手を付けず、ソファにゆったりともたれかかりつくしをじっと見た。
「牧野、遠慮するな」
こいつと一緒にコーヒーを飲むなんてセントラルパークのあの時以来だよな。

つくしはやっと言葉の意味が理解出来たかのようで、じろりと司を睨んだ。
「あんた・・うちの会社とどんな取引をしたのか知らないけどね?会社に戻ったらそんな取引無効にしてやる」
いったいうちの会社何考えてるのよ!節操がなさすぎるでしょうが!
これじゃあたしは本当の人身御供じゃない!道明寺司個人のコンサルタント?なによそれ!
あたしはてっきり会社のコンサルタントだとばかり思っていた。
この男の資産が幾らあるか知らないけどね?なんであたしがそんなことしなきゃいけないのよ!

「契約破棄なんか出来ねぇぞ?」
「そんなことしたらおまえの会社、大変だよな?」

こ、この男あたしの足元見て・・
こうなったらあんたの資産、目減りさせてやる!
覚悟しなさいよ!

つくしはコーヒーと一緒に運ばれて来ていた水に目を留めた。
おもむろにグラスを掴むと、立ち上がり、
司の顔に向かってぶっかけた。









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