2016
03.30

Don’t Say Goodbye

端正な顔を上げて空を見上げる。
なんてことのない風景が広がっている日常。
背の高い男が見る風景は他人より少しだけ違うのかもしれない。
それはうららかな春の朝だった。

彼がハンサムだと言われているのはいつものことだが何故か恋人はいなかった。
だが、そろそろ相手が欲しかった。
それはセックスをする相手ではなく、心が触れ合える相手だった。
特別な人で、愛を分かち合える人。
愛が欲しいと思う。ここ何年もそう考えていた。


夜が更ければ飲み歩いてもみた。
仕事の付き合いとはいえパーティーにも出かけた。
人で溢れる部屋を眺めてみても、そこに見えるのは孤独を抱えたまま生きている人間ばかりだった。
人は皆孤独な生き物なのだろうか?
自分は独り暮らしが長くて孤独がしみついてしまったのだろうか?

『 独り者は早死にする 』

だがそんな言葉は自分には関係がないはずだ。
彼は空っぽな胃にウィスキーを流し込むと早々にパーティーを抜け出した。


彼が生涯を通じて一度も結婚をしなかった理由を知っている人間は少ない。
冷たく人を愛する感情など持ち合わせてはいないと言われる男に結婚という概念はなかった。

彼の過去に何があったのか。






「牧野!」

「道明寺!」

二人はそう呼び合っていた。
出会いは高校生のとき。17歳と16歳で出会った。
学生時代に見られるよくある出会いとはちがっていた。
同級生でもなければ課外活動が同じというわけでもない。
それに帰る方向が同じというわけでもなかった。
二人の人生がぶつかり合ったのは学園の階段を降りた先の廊下。
そこが始まりだった。
まるで運命のいたずらのような出会い。
いや、それは運命のいたずらだったのかもしれない。


二人が出会ったとき、互いの背後に薔薇の花が見えたわけでもないし、ロマンティックで場を盛り上げるような音楽が流れたわけでもなかった。
ロマンティックとは言えない二人の出会い。
だが出会った瞬間に何か感じたのかもしれない。
その何かを理解するには2人とも相当な時間を要したことに間違いはないが、この日を境に彼らの日常は波乱に満ちたものになった。
それはひとりには悪夢で、もうひとりにとっては喜びとなっていたのかもしれない。

やがて彼らの波乱に満ちた生活は、学園中を巻き込んだ恋愛騒動へと変わった。
巻き込まれたのは彼女の方で、巻き込んだのは彼の方だったのか。
癖のある髪の男と真っ直ぐな髪の女。
それはまるで彼らの生きて来た人生を表していたのかもしれない。
ひねくれた性格の男と真っ直ぐに自分の思いを伝える女。

そんな二人が恋人同士だった頃、バカみたいな喧嘩をしたこともあった。
一度は離れた二人だったが時間が経てば1日でも早く、1時間でも早く会いたと思うようになってきていた。
彼女のほほ笑む姿が見たかったから。
彼のほほ笑む姿が見たかったから。
あとで思えば長い人生の中でのひとつの短いストーリー。
二人が一緒に過ごした時間は短かったはずなのに、あまりにも沢山の事件があった。
そんな二人の毎日を言葉で表すなら、恋愛騒動ではなく恋愛事件とでも言ったほうが正しいのかもしれない。





二人は同じような環境で育ったわけではなかった。
彼は大きな会社を経営する家のひとり息子で跡取りだった。
そのことが意味することに決して気づいていないわけではなかった。
逆に分かり過ぎるほど理解していた。
彼が世界にはばたく日が近づいてくると彼女の心は揺れた。


「結婚しよう」彼は彼女に言った。

「今は出来ない」彼女は答えた。

「ほら、行って。早く、行って。あたしはここで待ってるから」

そんな言葉がふたりの最後になった。







彼が飛行機から降りたったとき春の甘い香りがしていた。
それは今が盛りと咲く桜の花の香りだろうか?
よくある春の陽射しが降り注ぎ、目には見えない風が木々の葉をそよがせていた。

季節は何度も巡りあれから何年がたったのだろうか。
彼は彼女の元へ帰ることが出来なかった。
渡米して暫くは守りたい女性の為に力をつけたいという思いで仕事に専念して来た。
だが日本有数の会社を背負う為には、彼が思っていたより時間が必要だった。
傍目には跡取りとして順風満帆な人生を歩んでいると思われていたが、日本の経済状況が二転三転とするうちに彼に求められるものも大きくなって行く。
会社を存続させていく為に今以上の努力が求められた。高い意識を持って臨まなければならない案件が山ほどあり、そんな状況の中で彼女の事を考える時間は奪われて行った。
そうしているうちに時は過ぎ、季節は幾度も巡り今に至る。


彼がニューヨークで暮らしていたとき、何度か満開の桜の花を見たことがある。
仕事で訪れたワシントンD.C. 
今から100年以上前に東京から日米友好の印として贈られたソメイヨシノをはじめとする桜が、アメリカの首都ワシントンD.C.の中心部を流れるポトマック川河畔沿いに植えられている。その数は2000本以上で春になると毎年盛大に桜まつりが行われている。

桜は咲けばこそ価値が認められる木だ。普段山々で他の樹木に紛れひっそりとしている山桜も、春になれば自らの存在を示すようにと咲き誇る。今なら山々のいたるところで咲き誇る桜を見ることも出来る。
日本人は桜の木に深い思い入れがある。
それは自分の人生の節目には必ずと言ってもいいほど目にする花だからだろうか?



この季節に帰国をすることが出来たら学園に行こうと思った。

『 あたしはここで待ってる 』

その言葉が交わされた場所・・・
だが今でも待っているとは考えてもいない。
彼の頭の中ではまるで映画が始まったかのように二人の姿が甦った。
あの日、彼女と校庭で会ったとき桜の花が満開を迎えていて、その花の下で彼女が作ってきた弁当を食べたことを思い出していた。
目を閉じれば彼は17歳の頃の自分に戻っていた。二人で出かけた場所は限られてはいたが、それでも動物園での雰囲気を感じ取り、球場での歓声などを思い出すことが出来た。
彼が彼女と一緒に見た桜はそれが最初で最後。

そしてその日が二人の最後となった。



桜の花が散り始める頃になるといつも思い出す言葉があった。

それは・・

彼女が言ったひと言。

『 桜の花が散り始めるとさよならが近づいて来る気がする 』

その言葉の意味はなんだったのだろうかと今でも考える。

まさか・・

彼はなぜか気が急いていた。
桜の花が散り始める前にどうしても、もう一度あの場所に行きたいと思っていた。
だが彼が自分の気まぐれに使える時間は無かった。
彼の1時間は値千金と言われていて、そんな彼との時間が欲しいという人間は世の中に大勢いた。
自由な時間など自分には許されるものではなかった。


だがどうしてもあの場所に行きたい。

かまうものか!


彼は車に乗り込むと運転手に言った。

「英徳学園へ」





***





春休みの学園に生徒の姿は無かった。
最終学年の生徒は卒業し、新学期と入学式を迎えるまでの間の静けさがそこにはあった。
この地を訪れたのは卒業して以来だった。
彼は校庭を歩きながら思い出し笑いをもらしていた。
彼女がよくここで弁当を食べていたことを。
そしてその弁当をからかっては遊んでいたことを。
だがいつしかこの場所は二人で過ごすようになった場所だった。
立ち止まって見上げる桜。
風が木々を揺すっては花びらを落としていた。





「道明寺なの?」

後ろからそう呼びかけられた彼は振り向くことも返事をすることも躊躇われた。
背中から聞こえてきた忘れもしない彼女の声に答えることが恐ろしいような気がして立ちつくしていた。
彼女に約束をしたのに自分は彼女の元へと戻ることはなかった。

二人が再び顔を合わせたとき、彼女はいまにも泣き出しそうに顔をしかめていた。
彼女は彼を叩いていた。
泣きながら、弱々しい手で何度も叩いていた。
彼は叩かれながらもこれは夢だと思った。
夢だと思おうとした。
だが自分の腕の中に夢ではない証拠がいた。


彼女は毎年桜の咲く季節になるとこの場所にやって来ていたということを後から知った。

『 あたしはここで待ってる 』

『 桜の花が散り始めるとさよならが近づいて来る気がする 』

今ようやくこの言葉の意味が理解できたような気がした。
桜が咲いている間はこの場所に脚を運び自分を待っていてくれた。
そして、花が散り始めるとこの場所を離れまた次の年に戻って来ると言うことだった。

彼女は毎年この場所で自分のことを待っていてくれた。

彼は許しを請いたいと思った。
だが今更なにを理由に彼女の許しを求めればいいのかわからなかった。
それでも許してもらえるなら許されたいという思いがあった。
自分が今までずっとひとりだったわけが今わかった。
今でも彼女のことを愛しているということを。
その思いを自分の口から、その言葉を自分が言うことが許されるだろうか?

彼女は急に何かを思い出したかのように彼の腕から抜け出すと校舎の中へと消えて行った。
彼は急いで彼女の後を追った。
「牧野、聞いてくれ!俺は・・」
彼女が立ち止まった場所は二人が初めて出会った場所だった。

そこは階段の下。

「道明寺!ねえ来て?一緒に上ろう?」
「ねえ、早く!」
彼女が手を差し伸べた。

「この一段目は、真木子ちゃんがあんたの上に落ちたとき」
「二段目はあんたに赤札を貼られたとき」
「三段目はあんたに蹴りをいれたとき」
「四段目は・・・」

彼女が語る言葉に、一段上るごとに思い出がひとつ、またひとつと甦ってくるような気がした。自分の手を掴む彼女の手は小さかった。あの頃よりも小さくなったような気がしてならなかった。それは人生の苦労を重ねたせいかもしれないと思った。

「道明寺との思い出は沢山あり過ぎて階段が足りないかも・・。でもね、一番上の段まで行くといいことがあるかもしれない」
彼女は突然彼の手を離すと階段を駆け上がって彼を見た。
「なんだよ?いいことって?」
司は階段を上り始めた。
「ここまで来たら教えてあげる」
「道明寺!そこで止まって!」
司は言われたとおりその段で止まった。
「そのあたりは丁度あたしとあんたが雨の日に別れたあたり」
「いいわ。上って」
司はそう言われてまた一段足を進めた。

階段の踊り場で待つ彼女。
階段は15段を超えていた。
15段は二人の人生のどのあたりに相当するのだろうか?
人生の階段を彼女と一緒に上りたかった。
もし今、振り返れば上ってきた階段に何が見えるだろうか?
それは彼女と過ごせなかった後悔の日々が見えるのかもしれない。
だが司は振り返らなかった。立ち止まりはしなかった。
あと少し上れば彼女がそこにいるから。
許してもらえるならその手をもう一度掴みたい。


『 俺たち二人はこれから永遠に知り合っていくのか? 』

『 あたし達二人はこれから永遠に知り合っていくの 』

彼は知り合ったばかりの頃、交わした会話を思い出していた。


この場所から始まった二人の人生。
あの時の出会いが彼らの運命を決めた。


だから今もこうして二人でここにいる。






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