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2016
02.29

第一級恋愛罪 1

「牧野さん!急いで下さい早く!早く!」

つくしは慌ててデスクの上の携帯電話を掴むとスーツのポケットに突っ込んだ。
必要な荷物をかき集めて無造作に鞄に放り込むと部屋を飛び出して行った。
若い女性でチャコールグレーのスーツを着ている。
髪の毛は今どきの女性には珍しく真っ黒できちんと整えられていた。
特別な特徴があるわけでもない平凡な顔立ちだったが、大きな黒い瞳が魅力的だった。
目を疑いたくなる程の高さのヒールの靴を履いているわけではなかったが、それでも走るのは辛かった。この格好は言わば彼女のユニフォームだった。つくしの仕事は信頼性が求められる職業と呼ばれていた。
信頼性とか信用性とかそれはつくしにとって正義感にも相当するものだった。
つくしは自分が正義感に重きを置く人間だと思っていた。

「ご、ごめん。お待たせ!」
車はつくしを待ってアイドリングしていた。
「遅いぞ!もっと早く走る訓練をしておけ!」ドライバーが怒鳴った。
「は、はい。でも逃げ足だけは昔から早いって言われていたんですが・・」
車はつくしが乗り込むとすぐに加速した。

「いいか、牧野。今日は絶対にコメントを取れ!」
「お色気作戦でも何でもいいから喰らい付け!と言ってもおまえにそれを期待するのは無理だな」声を高らかに笑われた。



つくしは認めたくはないが、自分にお色気作戦など絶対に無理だとわかっていた。
恋愛は大惨事になる前に早々に退却していた。だけどいちいちそんなことをここにいる男達に教えてやるつもりはない。
仮に、もしもだが大惨事になる前の時間を取り戻せるなら恋愛以外のことに目を向けるだろう。
苦学して大学を卒業した身で在学中はバイトと勉強に明け暮れたが無事4年で卒業した。
学友たちが青春時代を謳歌していると思われた同時期につくしはせっせとバイトをしていた。だが、そのバイトも今の職業に役立つと思ったから引き受けた。
ゼミの教授から紹介されたバイト。
それは新聞社での資料整理だった。
そのバイトを経験したおかげで今の職業についた。
本を読んで学ぶことは知識として頭には残るが、実践して得たことは身になると言う思いだった。
まさに自分の持つ正義感を生かせる仕事がしたいと思っていたつくしにとってこの仕事につけたことは願いが叶ったと言う思いだった。
「いいか牧野。相手は道明寺ホールディングスの次期社長だ。どんなコメントでもいいからとってこい!」


つくしはため息をついていた。
あんな大物があたしの質問に答えてくれるわけがない。
今まで何人もの先輩記者がインタビューを申し込んでも取材には応じてもらえなかった。

やっと記者として一人前・・とは言い難いが単独で取材に出させてもらえるようになった。
今までは雑用半分、手伝い半分と言ったところだった。
頼まれればなんでも引き受けた。
使い走り、お茶くみ、コピーにと何でもありだった。
あるときは先輩記者の子供のお迎えとして保育園まで行ったこともある。
いくら知り合いです。子供の親に頼まれましたと言われても見ず知らずの人間にはいどうぞ、と子供を引き渡す施設は無かった。
だが、あまりにもお迎えに行くことが多かったため、つくしの身分を明らかにするIDカードまで作られる程だった。子供と接する機会のなかったつくしにとっては戸惑うことも多かったがそれも経験のひとつだった。

夜討ち朝駆けと呼ばれる政治家担当の記者について走り回ったこともある。
だから体力には自信があった。
何しろ政治は夜中のうちにどこかの料亭で決められることがある。
大物政治家は何故か深夜の料亭が好きだ。
高い壁で囲まれたなかでどこかの古株大物政治家が次期総裁候補を決めるなんてこともあるのだろう。
歴史は夜作られる・・まさにそうだと思った。
だが、この夜というのは本当の夜ではないということを後から知った。
夜とは、要は見えない、公に記録されないという意味の暗喩だということを。
数人の大物政治家が集まって決める。
決して表に出ることのないよう秘密裡に決められ人の目に触れる事がない、要はマスコミの目が届かない所で重要事項は決められるということだ。
そしてそのとき決定されたことが今後の政治に影響を与えてくることがある。



だがこれから向かう先は深夜の料亭ではなかった。
空港の国際線ターミナル到着ロビーだ。
帰国して来るのは道明寺ホールディングス次期社長、道明寺司氏だった。








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新連載始めましたのでまた宜しくお願いします。作者都合で申し訳ないのですが「Collector」だけを書くと気持ちが沈んでしまいますので、こちらはラブコメ風味です。←多分・・(笑)
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2016
03.01

第一級恋愛罪 2

車は空港の駐車場に回ることなく、到着ロビーの正面エントランスに横づけされた。
バーンと車のスライドドアが開くと同時に声が飛んでいた。
「牧野!ぼけっとするな!走れ!喰らい付け!」
「は、はいっ!」
つくしはこんなヒールの靴を履いて走るなんてことを想定していなかった。
もう少し低めの靴を選ぶんだったと後悔していた。
もしくはデスクの足元の奥の方に押し込んであるスニーカーにでも履き替えてくればよかったのかもしれない。
まるでニューヨークのできる女性たちが通勤のときだけ履き替えるように。
今日の予定に空港の中を走り回るなんてことは含まれていなかった。
が、時すでに遅しだ。
走るしかない!!
つくしは車から飛び降りるとICレコーダーを右手に駆け出していた。


急遽帰国が決まった道明寺ホールディングスの次期社長の到着に空港の国際線到着ロビーは既に黒山の人だかりだった。
まるでどこかの国の王様かロックスターが来日したかのような騒ぎだった。
もちろん、つくしも知らないわけがない。
新聞、雑誌、テレビでは見たことがある。だが本人を見るのはもちろんはじめてだった。

道明寺氏が民間機で帰国したのには訳があった。
普段は自社のプライベートジェットを利用する。
だが、今回の帰国は次期社長への就任会見のためだ。
要は空港でマスコミにその姿を見せることが披露目のひとつと捉えているようだった。

イメージ戦略を考えているならそれは妥当なことだろう。
実に効果的なイメージ戦略だと思われた。
何しろ道明寺司氏は眉目秀麗な男性らしい。
それは媒体を通してしか本人を知らないつくしでもわかった。

次期社長お披露目のファーストコンタクトとして空港の到着ロビーを選ぶなんて道明寺ホールディングスのマーケティング担当もなかなか色っぽい演出を考えたものだ。
イケメン経営者を表に出すことで女性に親しみを持ってもらおうという戦略か?
航空機から小麦粉まで扱うような会社で女性をターゲットにするなんてこの会社の事業戦略はどうなっているのかと思わず考えてしまった。
いや。どんなものでも購買力があるのは女性の方だ。
今後競争環境は目まぐるしく変わるだろう。その中で女性を味方につけるということはある意味賢い選択なのかもしれない。
家庭の会計はほぼ女性が握っている。外食をするにしても車一台買うにしても女性の意見が重要視されるのが事実だ。
可処分所得が多いのは独身の女性だが、このイケメン次期社長の力が発揮されるのはどちらに対してなのだろう。
今期の決算発表が今から待ち遠しい。いや就任はこれからだから来期か。




つくしは今日まで自分の目標に向かってひたすら努力して来た。
それはいつか自分の名前で書いた記事が新聞紙面に載ることだ。
まだ駆け出しの記者だがなんとかしてコメントを取りたいという思いだった。
道明寺ホールディングスの次期社長の記事が書けるなら靴擦れのひとつやふたつ出来てもなんともない・・・たとえ風呂場で沁みる思いをしたとしてもだ。

カメラマンの男性がつくしに追いついた。
「牧野、どうだ?来たか?」
「い、いえ。ま、まだだと思います。でもなんとか間に合いましたね」
走ったせいで息があがっていた。

「来たぞ!」
つくしの右手にはICレコーダー、左手には名刺入れが握られていた。
何がなんでもコメントが欲しい!
つくしは到着ゲートから出てくる人物を今か今かと待ちわびていた。


来た!



大勢の黒い服の男達の一団が見えて来た。
その大勢の男達に囲まれてひときわ背の高い男が出て来るのが見えた。

「牧野!いいか、ここからが勝負だぞ!他社の奴らに負けるな!」
「も、もちろんよ!そんなこと言われなくてもわかってるわよ!」
先輩に向かって思わず強気の発言が口をついた。

「いい写真お願いします!」
このチャンス、是非ともものにしたい。
つくしは他社の記者に負けまいと争った。
だが圧倒的な数で男の記者が多かった。
ヒールの靴でつま先立ちをしてみても前が見えるわけがなかった。
背が低いと思われるのが嫌でヒールのある靴を履いているわけではないが、男達にはかなわなかった。
もちろん女性記者もいないわけではなかった。
それは女性記者というよりも、女性リポーターと言った方がいいだろう。
それも若くてかわいらしい女性たちばかりだ。
イケメン次期社長見たさに沢山のテレビカメラと一緒に現れた。

あんなちゃらちゃらした女になんて負けるもんか!
つくしはこれから繰り広げられるコメント争奪戦に備えるため気合いを入れた。








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2016
03.02

第一級恋愛罪 3

つくしは「よしっ!」と気合を入れると大勢の人間の渦の中へと飛び込んだ。
小さな声ですみませんと言いながらも力づくで人の波をかき分けて、押しのけて渦を抜け出すと集団の一番前へと出ることが出来た。
記者としての誇りを胸に何が何でも道明寺司からひと言もらいたかった。
いや。ひと言じゃだめだ。「あ?」とか「は?」じゃだめだ。

つくしは頑固だとよく言われる。一念岩をも通すではないがこうと決めたらやり通すことが自分の生きる道だと思っていた。
しかし記者として単独での仕事が今話題の人物、道明寺司だなんてついていると言っていいのか悪いのか疑問だった。
聞くところによれば大のマスコミ嫌いだとか。
ならなぜこんな派手な演出をと思うが戦略なら仕方ないのだろう。
あたしはコメントがもらえればそれはそれで大金星だ。


道明寺氏は高校卒業後アメリカへと渡るとそのまま向うで過ごして来た男だ。
当然ながら語学は堪能で頭もいいのだろう。大学は確か・・そうだ、ハーバード大だ。
ニューヨークのコロンビア大学じゃなくてボストン近郊の・・
確か最終学歴はハーバード・ビジネススクールだ!
ハーバードビジネスレビューに寄稿していたこともあった。どれだけ頭がいいのよこの男は!
イケメンで頭が良くて、でも性格は?
パーソナリティーについてはあまり聞いたことがなかった。
ある意味私生活は謎の人物として通っていた。
謎のイケメン社長か・・・いかにも女性週刊誌が喜びそうな人物像だ。
でもうちの新聞にはそんなことは関係ない。イケメンだろうが不細工だろうが顔は関係なんてない。必要なのは経営者としての能力だけだ。




***





航空機が滑走路へと着陸し、機内アナウンスが東京の天候と気温を告げていた。
司は客室乗務員たちの過剰な見送りを受け、重い足どりでボーディングブリッジからターミナルへと入るとこれから待ち受けるであろう事態を想像すると頭が痛くなった。



司は周囲をぐるりと見まわしていた。
マスコミが大挙して押し寄せるとは聞いていたがこれ程だとは思わなかった。
社のマーケティング戦略とかで新社長就任を大々的に宣伝したいとの連絡を受けたのは帰国前日だった。
『新社長の帰国を大々的に報道してもらうため、マスコミ関係各位に情報を流しました』

自社のジェットを使わずに、あえて民間機での帰国を演出してきたのもマーケティングの連中だった。民間機なんぞ乗ったことが無かった。
誰が考えた設計だか知らないがいちいち席が区切られていることが気に食わない。
自由に歩き回ることさえも出来なかった。おまけに呼びもしない客室乗務員が何度も自分の傍へとやってくるのが煩わしかった。
こんな窮屈な思いをさせられてまで民間機で帰ってこいとは!
ファーストクラスとはいえ所詮民間機だ。不便なことこのうえなかった。

だがマーケティングの連中の言い分はこうだ。
ファーストクラスの乗客は当然ながら優先搭乗、優先降機。
司は搭乗した民間機から一番はじめに姿を現す乗客で大勢の人波を後ろに従えて出て来る姿は企業トップとして絵になるからと言われた。
彼の乗った民間機が太平洋上空高度1万メールで日本の領空に入ったとき、司はこれから待ち受けることを考えるとうんざりしていた。

民間機も民間機だがにっこりほほ笑んでマスコミの奴らの前に姿を現せかよ!
なんだよそりゃ?
ニューヨークを立つ前、当然のようにスチール写真の撮影もあった。宣伝素材として新社長の顔を使いたい・・

あほらしい。
モデルじゃあるまいし。


ともあれ司がロビーに姿を現した途端、カメラのフラッシュの洪水と矢継ぎ早に声がかかった。
「道明寺さん!お帰りなさい!この度の帰国は次期社長就任のためとか?」
「道明寺さん!今後道明寺ホールディングスの事業戦略は前社長の方針とは変わるということでよろしいのでしょうか?」
「道明寺さん!こっちにお願いします!」
「道明寺さん!」

初めて乗った民間機のせいで疲れていた。
まるで悪夢のフライトだ。
こんな状況で笑えるかよ!




***





来た!


道明寺ホールディングスのイケメン次期社長だ!

決して足早に通り過ぎるというわけではなさそうだ。
あえてマスコミに顔を売ろうとしているようだった。
迎えの人間だろうか。鷹揚に片手を挙げて挨拶を交わしている姿が見て取れた。
つくしは後ろから押し寄せる人の波に負けまいと、なぎ倒されないようにとヒールのある靴で踏ん張った。

嘘みたい。

かっこいい。

目が離せない。

確かにハンサムだ。

二度とお目にかかれないとしたらなんとしても瞼に焼き付けておきたい顔だ。
こんなかっこいい男が次期社長だなんてあの会社が羨ましすぎる。
どうしてこんなかっこいい男が次期社長なのかと聞きたい。

ゆっくりと、だが確実にこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
いつもなら標的とした人間に駆け寄るだろうマスコミ関係者たちはその場で立ち尽くしていた。
ロビーで彼の到着を待っていた群衆はまるでそこに目に見えない規制線があるかのように、その場から前へとは動こうとはしなかった。自主規制?いや違う。
立ち入り禁止区域につきとか進入禁止とかまさにそんな感じだった。
そこで待てと言われた犬のように足が動かなかった。

オーラだ。オーラが違う。
今までつくしが見て来た政治家とはまた違うオーラがある。
近寄りがたいというのはこう言うことなのだろうか。
この男性に対しては怖気づいてしまうと言う言葉が似合う。
そして圧倒的な支配力が感じられた。まさにカリスマと言う言葉がぴったりだ。



優に180センチ以上あると思われる体躯は高級そうなスーツに包まれていた。
広い肩幅にきっちりと沿うように作られたスーツは当然ながら彼の為だけのものであることは一目瞭然だった。
歩幅は大きくて脚の長さが強調されていた。
黒い瞳と豊かな黒い髪は癖があるようだがすっきりと整えられている。
世界中の誰が見ても完璧だと思うような顔立ちは神様の気まぐれで作られたとかいうものでは無かった。
こんなに素敵な男性は見たことがなかった。
つくしの視線は思わず全身を眺めてからまた顔に戻っていた。

ちょうどそのとき、後ろから押されてつくしはよろめいた。
「ちょっと、押さないで!」
毎度のことだが取材は陣取り合戦だ。コメントをもらおうと思うなら集団の最前列に立たなければ無理だ。
カメラだっていい場所じゃなきゃいい写真は撮れない。
つくしの横にはカメラマンの男性がカメラを構えて待っている。
「おい牧野、踏ん張れよ!」
「ええ、わかってます。大丈夫です」
右手にはICレコーダー、左手には名刺入れ。準備万端いつでも来いだ。
つくしは近づいてくる取材対象に照準を定めた。









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2016
03.03

第一級恋愛罪 4

つくしは踵の高い靴に気を取られながらもなんとかバランスを取っていた。
まっすぐに立ち男達の集団がこちらへ近づいてくるのを待っていた。
どんどん近づいてくる姿に思わず見とれそうになったが、そんな場合ではない。
あたしはこの男からなんとしてもコメントをもらわなければならない。

「どうみゅ・・」噛んだ。

「ど、道明寺さん!道明寺さん!この度の帰国は新社長就任の為とお伺いしていますが
今後の御社の方針は以前とは変わると言うことでしょうか!」

目が合った。
少なくともつくしはそう思った。
無表情に見える彫の深い顔が確かにつくしを見た。
だが、それはほんの一瞬のことでもしかしたら自分の錯覚なのかもしれなかった。
スッと視線を外されつくしの前を通り過ぎようとしていた。

いけない!

つい男に目を奪われていたがこのまま何のコメントも取れないなんて悔しい。
あたしったらなんてバカなんだろう。
いくらかっこいいからと言ってぼけっと見惚れている場合じゃない。
前の恋愛でわかってるはずなのに!
男は身の破滅だってわかってるはず。男に現を抜かしている場合じゃないでしょ、つくし!
相手は取材対象者よ!

はじめてひとりで取材に出させてもらえたのだから期待に答えなくては。
このまま手ぶらで、何のコメントももらえないままでは社になんて帰れない!
つくしはなんとか自分に注目してもらおうとしていた。
問題はこの男の気をひくための気が利いた言葉を探したが見つからなかったことだ。
取材に詰めかけているのはテレビの女性レポーターもいて皆若くてきれいだ。
やっぱりあたしにお色気作戦は無理だと納得した。

でも諦めるにはまだ早い。
このロビーは広い。多分この男を迎えに来た車はあたし達が降りた場所のあたりにいるはずだ。だとすれば3分くらいは時間があるはずだ。いくら脚が長いからと言ってもそんなに早くは歩けるはずがない。だが2分が勝負と見た。

「道明寺さん待って下さい!ひと言だけお願いします!」

と、右手のICレコーダーを差し出し男の方へ一歩を踏み出したとき、そこに落ちていたのはどこかのバカが残したチューインガムらしきものだったのかもしれない。
つくしの靴の踵はその粘着質の食べ物に一瞬だが引き留められていた。
その感覚に何かを求め手を伸ばし前のめりになった瞬間、目の前の男の腕を掴んでいた。
右手のICレコーダーは音を立てて床に転がり、左手の名刺入れは放物線を描くように宙を飛んで行き、つくしの名刺がそこらかしこに散らばった。

つくしの片方の靴は床に残されたままで身体だけが男の腕の中へと収まっていた。
それもしっかりと抱き留められていた。
それは一瞬の出来事で自分の身にいったい何が起きているなどと考える余裕は無かった。


し、しまった・・・
失態だ!
やっぱりあんな踵の高い靴なんて履いてくるんじゃなかった。
いくら店員がお勧めだ、今ニューヨークで話題のデザイナーの靴だと言われても、もう二度と買わない。確かにこの仕事は見た目も大切だけど、清潔感が保てるならそれでいい。
もう情けなくてついうめき声が口から漏れそうになっていた。
そして突然、自分が今置かれている状況に気づいたつくしはうろたえていた。

「す、すみません!」ひと呼吸おいてつくしは慌てて謝罪した。


司は思わず女を受け止めたままひと言も口を開かなかった。
小さなかたまりが自分の腕のなかに飛び込んできた。
見下ろせば女が自分のスーツの袖を掴んで司を見あげていた。

司は自分の腕の中に飛び込んできた女をすばやく品定めしていた。
いつも自分の回りにいる女のタイプとは違った。
黒髪で細身・・胸は・・小ぶりだな・・Bカップか?いやAか?
まあ、俺の手に収まる程度でも問題はない。
デカい方がいいとは思うが、感度も重要だ。

一瞬、その状況に何が起きたのかと立ち尽くしていた群衆はわっとつくしの周りを取り囲んだ。
いや、厳密にはつくしの周りではなく、つくしと男の周りだ。

空港の到着ロビーで抱き合い見つめ合う男女。それはどう見ても長い間、離れ離れになっていた男と女が懐かしさのあまり抱擁しているように見えた。
さっきまでそこに存在した目に見えない規制線はあっという間に消えて無くなっていた。

ふたりの周りでは眩しいほど沢山のフラッシュがたかれていた。
「道明寺さん、その方はどなたですか?」
「ご関係は?」
「恋人との再会ですか?」

司は何を言ってるんだお前はという顔で声のする方を見た。
が、あまりにも多くのカメラのフラッシュの点滅にその声の主は見えず眩しさに目を細めただけだった。
そこでようやく司は今の状況に気がついた。



空港のロビーで女を抱きしめて沢山のマスコミに囲まれている。



拷問にも等しいと思われる民間機を降りた矢先の出来事。
俺は時差ボケか?
民間機なんて乗ったもんだから頭がどうかしてるのか?
抱き留めた司の手は無意識に女の尻へと降ろされた。
その瞬間腕の中の女の身体がびくんと反応した。









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2016
03.04

第一級恋愛罪 5

「道明寺社長!」
司付の警護の人間がふたりの周りに集まったマスコミの人間を排除しようとしていた。
「道明寺社長、早くこちらへ!」
そこまで言われて司は我に返った。
腕の中にいる女は驚いた表情が顔に張りつたかのようになっていた。
その表情は司と似たり寄ったりだろう。
くちが半開きで黒い大きな目をまん丸く開いて自分を見ていた。

「社長!早くこちらへ!」
「あなたも早く!」
「え?は?な・・なに?」
「緊急事態ですので・・」
つくしはあっと言う間に黒い服装の男達に囲まれたかと思うと、まるで波に流されるがごとくどこかへと連れていかれようとしていた。

つくしは我に返ったと思ったらどこかへと連れ出されようとしている状況に慌てた。
「ちょ、ちょっと待って!待って!」
「な、何なんですか!」
「説明している暇はありませんので、とにかく早くこちらへ」
「あの・・あの・・」
何がどうなったのかさっぱりわからなかった。
さっきから聞こえるのは自分の名を叫ぶカメラマンの先輩と、女性の嬌声だ。
いや~ん、とか。キャーとか。
どうして嬌声が?若い女性リポーターか?

つくしは何がなんだか分からないまま、片方の靴は床に残したままで半ば引きずられるようにして空港ターミナルを出ると大きな黒い車へと押し込まれていた。
ロビーから車までの移動時間は、つくしがさっき予想した通りきっかり2分程かと思われた。







スカートからのぞく足は細くて・・・下着の色は白か・・



なんだ、白か・・・

司は車内で隣に座った女の下着が丸見えになっていることを告げるべきかどうか迷った。
「なあ・・」
つくしははっとした。
なあ、と呼ばれたのは・・あたしのこと?
今自分が置かれた状態が理解出来ずにいた。
何がなんだか理解できないうちに、いつの間にか道明寺司と一緒に男の車の後部座席に収まっていた。
つくしはまるで困った犬のような顔で男を見た。
耳が垂れ、しょんぼりとうなだれたような顔だった。

あたしのICレコーダーは?名刺入れは?
ああ・・あのICレコーダーは高かったのに・・それにあの名刺入れ・・ひと前で恥ずかしくないようにと時間と値段をかけて吟味して買ったのに・・・


「社長、牧野様のお名前はもう知れ渡ってしまっていますね」

つくしは、はっとしてその声がした方を見た。
大きな車の後部座席と前方部を隔てていた仕切りがするすると降りてきたと思ったら、眼鏡をかけた男がこちらを見ていた。
「ど、どうしてあたしの名前を・・」
その疑問に答えるかのように、その男が無言で一枚の紙を差し出した。
それは紛れもなく、つくしの名刺だった。
つくしが司の腕に掴まったときに手放した名刺入れがまき散らした自分の名刺だった。

群衆の前で失態を演じた女はN新聞社・経済部・牧野つくしと知れ渡ってしまった。
取材に行ってのこの失態につくしは頭を抱えた。
失態を演じた相手はこともあろうか、取材対象の道明寺司・・
それもかなりの大物財界人・・
どうしよう・・もう社にあたしの席はないかもしれない。
つくしの頭のなかには色んなことが渦巻いていた。
もしかしたら販売局に飛ばされるのだろうか・・
それとも新聞配達をしろとか言われるのだろうか・・

販売局は各地にある新聞販売店の世話をするところで、記事を書く部署ではなかった。
なんのためにここまで努力してきたのか・・
「なあ・・」
「は、あぅ・・はい!」
思わず舌を噛んだ。が、何を言われるのかと気が気じゃなかった。
「おまえ、パンツ丸見え」
「え?」
「だから、スカート・・」
つくしは自分の下半身に目を向けたがきちんとスカートを履いているではないか。
だが、はたと気づきお尻に手をあててみれば、見事にずり上がっていた。
慌てて腰を浮かし、スカートを元の正しいと思われる状態へと戻した。

もうやだ・・・
抱きつくは、下着は丸見えだはで恥ずかしいを通り越して死にたいくらいだった。
こんなのいつものあたしじゃない。

「社長・・もうアップされています。さすがに目撃者も大勢いただけに拡散するスピードが早い・・」
眼鏡の男はタブレット端末を差し出してきた。
「な・・なにこれ!」
つくしは隣の男が受け取る前に端末を奪い取ると画面に釘づけになった。

『 道明寺ホールディングスの次期社長、道明寺司氏、空港で熱い抱擁 』
『 相手のお女性は新聞社勤務のMさん 』
『 今回の帰国は彼女のためか? 』
そんな言葉とともに二人の男女が抱き合う様子がアップされていた。

つくしはめまいを覚え、額に手をあて呻いていた。


そのとき、つくしの上着のポケットの携帯電話が振動すると同時に着信音を奏でていた。
つくしは端末を隣の座る男に押し付けるようにすると、慌てて電話に出た。
今はもう自分が何をしているのか、何がしたいのかわからずパニック状態に陥りそうだった。

「も、も、もしもしっ?」
「は、はい。そ、そうです・・・」
「えっ!そ、そう・・ですが・・」
「は、はい。わかりました・・・はい・・はい。わかりました。失礼いたします」
と最後は日本人らしく相手が目の前にいないのにもかかわらず何度も頭を下げていた。









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