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2023
07.09

浪漫飛行~唇に微笑みを~

『トランクひとつだけで浪漫飛行へ In The Sky
  飛びまわれ このMy Heart 』
懐かしい曲に導かれて…..

*********







空港に迎えに来ていたのは白いリムジンのロールスロイス。
そこはパスポートもビザも要らない場所。
上着を脱ぐとネクタイを外した。
靴下を脱ぎ棄てると、靴を脱いだ。
腕時計を外すと放り投げた。
そして「よし!行くぞ!」と言った男は隣に立つ女の手を掴むと、砂浜を海に向かって走り出した。

「え?ちょ__ちょっと!いきなり__!!!」

と叫んだ女は戸惑いながらも男と一緒に走りだしたが、その足は速かった。
何しろ女は昔、追いかける男を振り切って逃げたことがある。
あのとき、足の早さは誰にも負けないと豪語した。
やがて女は男の手を振りほどき、砂に足を取られることなく男より先に波打ち際まで行った。
そして靴を脱ぐと躊躇う事なく水の中に足を踏み入れた。
するとすぐに波が足を包み込んだ。

「ねえ!早く来なさいよ!気持いいわよ!」

女は振り返り、はじけるような笑い声で言った。
だが、女が海に背を向けている間に波は突然盛りあがると、浜に襲いかかってきた。

「きゃー!この服、昨日買ったばかりなのに!」










誰もいない砂浜。
ふたりの目の前にあるのは大きく広がる眩いばかりの海。
台風のせいで昨日まで高かった波も今日は比較的穏やかだ。
だが時に大きな盛りあがりも見せていた。

「もう….あんたっていつまでたっても強引なところは変わらないわね?」

恋人は呆れたように言った。

「いや」司は小さく微笑むと「変わるもなにもこれが俺だ。それにお前も強引な俺が好きなはずだ」と言った。そして「それで?何があった?」と言葉を継いだ。

司はここ最近、落ち込んでいる恋人の姿を見ていた。
だから恋人を連れて道明寺が所有している南の島を訪れた。
ここはプライベートアイランドで、今この瞬間この島にいるのは、司と恋人と使用人だけで他には誰もいない。

「俺はお前には落ち込んでいる姿は似合わないと思っている」

「だからここに連れてきてくれたの?」

「ああ」

司は自分を見上げる恋人の頬に手を当てた。
すると唇を噛んで躊躇っていた恋人は「実は…….」と言って話し始めた。






砂浜に座ったふたり。
司は恋人の話に耳を傾けていた。

「そうか。廃刊が決まったか」

「だから違うの。廃刊じゃなくて休刊。うちの雑誌は廃刊じゃなくて休刊なの。いい?廃刊は完全に雑誌がなくなって二度と復活しないって意味だけど、休刊は継続して発行するのが難しいだけで、復刊する可能性があるってこと。そこのところ間違えないでくれる?」

「分かった。分かった。休刊な。だがどのみち、お前が記事を書いている雑誌は半年後には世の中に出ることは無くなるってことだろ?」

「うん…..社内では噂があったけど、ついにその日が来たみたい」

司の恋人は大学を卒業して新聞社に就職すると文化部に配属された。
文化部は文字通り文化的な読み物を届ける部署。政治部、経済部、社会部といった部の記者とは違い、夜討ち朝駆け、つまり事件や事故によって昼夜問わず現場に駆け付けることはない。
恋人は自分の配属先が文化部に決まると「残念!経済部だったらあんたの記事が書けたのに」と言ったが、司はそうならないように、また、恋人が危険な現場に出掛けることがないよう配属先について手を回したことは秘密だ。
そして恋人は数年経って系列の出版社が発行しているリベラル路線を売りとする老舗週刊誌の記者になった。だがその週刊誌も売り上げ部数の減少により廃刊が決まった。

「もう私ショックで…….」

週刊誌に移った恋人が名前入りの記事を書くようになってから3年。
週刊誌の読者といえば中年男性がターゲットだと言われているが、恋人が異動した週刊誌は、女性や主婦も読者層と捉え、政治や経済、難しいと言われる社会問題も分かりやすく書く事で女性の支持も得ていた。
そしてそれらの記事を書いていたのが恋人。
新聞社にいた頃の文化的な記事とは違い、様々な記事を書くことになった恋人は仕事が楽しいと言った。だからよけい廃刊が堪えるのだ。

「半年後かあ……私、次はどこに異動になるのかなあ…..」

恋人はため息をつくと、遠くに目をやった。

「どこだろうな。けど、どこに異動になってもお前は記者を続けるんだろ?」

「うん。続けたいと思ってる」

そう答えた恋人は隣に座る司をまっすぐ見た。
だから司も恋人のまっすぐな視線を受け止めた。

「それでね、結婚なんだけど、もう少しだけ待ってもらってもいい?」

結婚の約束をしている恋人は申し訳なさそうに言った。
司は早く彼女と結婚したかった。
その思いは出会った時から変わらない。
そしてその思いは恋人も知っている。
だが司は恋人の思いや考えを否定することはしない。
それに立ち止まるのも人生。
もし恋人が少し立ち止まりたいと言うならそうすればいい。
だが前へ進むのが人生。
そして運命が彼女を捕まえ司の前に連れてきた。
しかし当然ながら当たり前の愛などない。
だからこれから先、約束された喜びも、約束された哀しみも、すべてをふたりで分け合うつもりでいる。

「しょうがねぇなぁ。待ってやるよ」

「本当?」

暫く黙ってから答えた司に、恋人は安心し微笑みを見せた。

「ああ。本当だ。待ってやるから安心しろ」

司は本心からそう答えた。
それから恋人の頭に手をやり、髪の毛をクシャクシャにした。
それは恋人を安心させる仕草。
だが、同時に司自身を安らかにする仕草だ。

「ねえ?あそこに見えるコテージまで競争しない?ま。私が勝つと思うけどね?それにお腹が空いたわ」

走ることなら負けないという恋人だが、彼女が食事をしていないこと司は思い出した。
そして空には夕闇が迫ってきていた。

「ご安心下さい、お客様。このツアーには食事が含まれております」と、司は胸に手を当て、添乗員よろしくふざけて言った。

「それで?そこには私が気に入りそうなものがある?」

恋人はおどけた態度の司に面白そうに尋ねた。

「ああ。ある」

「そう?何があるの?」

コテージにいるシェフが作るのは、牛肉の赤ワイン煮やサーモンのパイ包み焼きといった膝にナプキンを必要とするもの。
だが恋人が食べたいものは、そういったものではない。
だから司は、「お前の好きなメープルの特製オムライスを作らせよう。それにとびきり甘いデザートがある」と言った。

恋人は甘いものが大好きだ。
だからふたりが行く先には彼女が好きそうな甘いものが必ず用意してある。

「ねえ。サービスはそれだけ?」

恋人の目が面白そうに輝いた。

「いいや。お前の望みを叶えるのが俺の仕事だ。俺のサービスに限りはない」

恋人を永遠に独り占めできるなら司はどんなことでもする。

「本当?それじゃあ私の望みを叶えてくれる?」

「ああ。言ってみろ」

すると恋人は司の耳に唇を寄せた。
司はニヤリと笑った。
立ち上ると彼女を抱き上げ、吸い寄せられるように頭を下げた。
唇が唇に触れると、じらすように左右に揺らした。

恋人が司の耳に囁いた言葉。
それは___
明日の朝、あんたのワイシャツに包まってベッドを占領したい。

司は今夜、胸の中のありったけの愛を彼女に注ぐつもりだ。
そんな男は一瞬、恋人の唇から唇を離した。
すると恋人は頭を起こして司の唇に自分の唇を強く密着させた。
それはまるで早くしてと言っているようだ。

かつては司がキスをするたびに顔を赤らめていた恋人。
だが今の恋人は違う。
大人になったふたりは互いの気持をぶつけ合うことに迷いはない。
互いの身体に自分という存在を、しっかりと刻みつける行為を恥ずかしいとは思わない。
そして時に恋人は驚くほどの情熱を見せることがある。
だから愛する人を腕に抱き目覚めること以上に満ち足りた時はない。
それに、身体をすり寄せて満足の吐息を漏らす恋人の姿は愛おしい。

「牧野」

司は恋人の目を見つめ名前を呼んだ。
そして唇に微笑みを浮べ言った。

「愛してる」




< 完 > *浪漫飛行~唇に微笑みを~*
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