「ねえ。このモデル。カッコいいと思わない?」
「そう?顏がクドイと思うんだけど」
「そんなことないわよ。この顏のどこがクドイのよ?」
「だってほら阿部寛っぽいじゃない?あの顏がクドクないって言うなら誰をクドイって言うのよ」
「確かに阿部寛はクドイと思うわよ?でもこのモデルは阿部寛ほどクドクないわよ」
「じゃあ誰レベルよ?」
「そうねえ…..北村一輝じゃない?」
「北村一輝?北村一輝も阿部寛も似たり寄ったりの顏の濃さだと思うけど?」
「そうかなあ…..でも言われてみれば確かにそうかも。あの二人どっちも濃厚。濃い顏してる!二人が並んでいるところを見たら胸やけするかもね。ねえ。それはそうと、うちの支社長もモデル並の顏とスタイルしてるわよね!」
「それを言うなら道明寺支社長はセクシーさとワイルドさを兼ね備えたイケメンよ!それに支社長の顏はクドイっていうのとは違うのよね。目鼻立ちがはっきりしてるけど、あの彫りの深さは品と美しさを備えているもの」
「うんうんその通り!それに道明寺支社長って脱いでも凄いんでしょ?ただでさえゴージャスなのに、さらに鍛え上げた肉体美の持ち主なんて、道明寺支社長の恋人が羨ましい!あたし硬い腹筋と彫刻のような胸に抱かれるなら1億円出してもいいわ!」
「1億円?なにあんた1億持ってるの?」
「まさか!でもそれくらい出しても価値があるってこと。ほんと。恋人が羨ましいわ!」
恋人は蟻と同じで甘いものが大好きだ。だからこの場所にいると思ったがアイスクリームの自動販売機が置かれているその場所に姿はなかった。
その代わりいたのは女子社員がふたり。だから彼女たちの会話に耳を傾けていたが、司は阿部寛という社員も北村一輝という社員も知らない。だが、どうやらクドイ顏をしたふたりの男は女性社員の間では有名らしい。だから執務室に戻ったら社員のデータを検索してみようと思った。
それにしても、何故女性社員は司の身体に興味があるのか。
確かに体脂肪6パーセントの司の身体は鍛え上げられている。だがそれを知っているのは恋人だけであり、他の女の前で裸になったことは一度もない。
それにこれから先も他の女の前で裸になるつもりはない。
そして司は過去に一度だけモデルをしたことがある。
あれは姉の頼み事。姉の椿は結婚してロスで暮らしているが、夫はホテルを経営している。
そのホテルのブライダル部門のカタログモデルなのだが、前からではなく後ろ姿の写真が欲しいと言われた。他ならぬ姉の頼みだ。それに後ろ姿だけならと引き受けたが、モデルを引き受けたことは恋人には内緒にした。
司は執務室に戻ると、社員名簿から顏がクドイと言う阿部寛と北村一輝を探した。だがそんな社員は見当たらなかった。その代わり目に止まったのは市村正親という部長職の男。何故か写真の下に趣味はミュージカル鑑賞と書かれていた。
そう言えば、つい最近、司は恋人と一緒にベトナムを舞台としたミュージカルを見たが、劇場で部長職の男に似た男を見かけたような気がする。
そしてあの日。舞台を見終えたふたりは、メープルで遅いディナーを取ると、最上階にある司の部屋で愛し合った。
そんなことを思い出しながら司は目を閉じた。
司は駐車場に車を止めると建物の3階に上がり部屋のチャイムを鳴らした。
すると中から女が出てきて司の全身を眺めた。
そして「あなたが代わりの人ね?私がカメラマンの牧野です」と言った。
司は親友の類に頼まれてこの部屋を訪ねたが、そこは牧野フォトスタジオ。
類はファッションモデルで今日はこのスタジオで撮影に臨むことになっていたが、急病で撮影に臨むことが出来ないからと司に代役を頼んできた。
「ゴメン。今朝起きたら熱が40℃近くあってフラフラで立っていられないんだ。だから悪いんだけど俺の代わりにスタジオに行ってくれない?セレクトショップの洋服のカタログ撮影だから、ちょっとポーズを取ればいいだけで簡単だよ。カメラマンには司が行くって連絡しとくから。それに司なら充分モデルとして勤まるから」
確かに司はこれまで何度もモデルにならないかと声を掛けられたことがある。
だが司は自分の姿を売り物にするつもりはなかった。
だが幼馴染みの親友がどうしても仕事に穴を開けることは出来ないから代役を頼むと言ってきた。だから引き受けたが、「じゃあさっそくお願いね」と言われて案内された場所に用意されていたのは、テーブルの上に乗った大きなダンボール箱。
「あなたが身に着けるは、あの箱の中に入っているわ。それから安心して。沢山あるけど全部じゃないから。あなたのサイズに合うものだけ選んでくれたらいいから。
それからこの会社の商品はバラエティに富んでいるから、あなたの好みで選んでもらって構わないわ」
司はそう言われ箱に近づくと蓋を開けたがギョッとした。
サイズが合うも無いもない。司が開けた箱の中にあるのは色とりどりの下着。
恐る恐る一枚だけ取り出したが、それはかろうじて股間を覆うだけのヒョウ柄のブリーフ。
そしてもう一枚取り出したが、それは生地が薄くハンカチほどの重さしかない紫色のブリーフ。さらにもう一枚取り出して見たが、それは前だけを覆い尻の部分は布がない紐状の赤いヒラヒラの物体。そしてその赤いヒラヒラの物体に絡まっているのは、メタリックブルーのメッシュのブリーフ。女性は箱の中はバラエティに富んでいると言ったが正にその通り。どれもこれも奇抜な物ばかりだ。いや、それ以前にこれは類の言ったモデルの仕事とは違う。
「くそっ。類の野郎……」
類は昔から確信犯的なところがあったが、熱を出して撮影に臨めないと言った仕事は、セレクトショップの洋服の撮影などではなく下着カタログのモデル。
そして恐らく類は本当は熱など出しておらず、ただ事務所が受けたこの仕事をこなしたくないから、熱が出たと言って司に代役を頼んできたのだ。
「それから撮影だけど、今回は下着のアップの部分をメインで撮るのでよろしくね。そうねえ…..枚数は20枚くらいかしら。つまり20種類の下着を選んで欲しいの」
司はそう言われてカメラマンの牧野という女をまじまじと見た。
「おい、ちょっと待ってくれ。アップって….それに20種類って…」
女の言う通りなら、司はあられもない下着を付けた局部をアップで20枚以上撮影されるということだ。それに間近でその部分をジロジロと見られるということだ。
「聞いてない?」
「聞いてないもなにも俺は今日来るはずだった男の代役で詳しい説明は何も受けてない!」
「あらそうなの?それなら説明するわ。今回は男性下着メーカーのカタログの撮影なの。
その会社はマネキンじゃなくて生身の男性に自社の下着を付けてもらって撮影することを望んでいるの。それに下着の撮影だってことはモデル事務所にも伝えてあるし、一番カッコいいモデルを寄越して欲しいって頼んだわ。だから花沢さんというモデルさんも下着の撮影だってことは知っていたはずよ?あなたも花沢さんと同じ事務所なのよね?だからてっきり聞いてると思ったんだけど?」
「いや。俺はあの男と同じ事務所のモデルじゃない。それどころかモデルじゃない。あの男のただの友人だ!」
司は叫んだが、女は司の顏を見つめ、それから頭から爪先まで眺めまわした。
「あらあなたモデルじゃないの?でもあなたもモデルが出来るくらい素敵よ。だから自信を持ってもいいわよ」
女はそう言うと次に部屋の隅を指さした。
「着替えはあのカーテンの後ろでしてね。それからシェービングが必要なら、バスルームに案内するから言ってね」
「シェービング?」
シェービングとは剃ることだが、まさか___
「ええ。ムダ毛の処理よ。写ったら困るもの。それからスタジオは隣の部屋よ。着替えが終ったら来てちょうだい」
「おい!ちょっと待て!俺はこの仕事を引き受けるとは言ってない!」
司はそう言ったが女は司を部屋に残すとバタンと扉を閉めた。

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「そう?顏がクドイと思うんだけど」
「そんなことないわよ。この顏のどこがクドイのよ?」
「だってほら阿部寛っぽいじゃない?あの顏がクドクないって言うなら誰をクドイって言うのよ」
「確かに阿部寛はクドイと思うわよ?でもこのモデルは阿部寛ほどクドクないわよ」
「じゃあ誰レベルよ?」
「そうねえ…..北村一輝じゃない?」
「北村一輝?北村一輝も阿部寛も似たり寄ったりの顏の濃さだと思うけど?」
「そうかなあ…..でも言われてみれば確かにそうかも。あの二人どっちも濃厚。濃い顏してる!二人が並んでいるところを見たら胸やけするかもね。ねえ。それはそうと、うちの支社長もモデル並の顏とスタイルしてるわよね!」
「それを言うなら道明寺支社長はセクシーさとワイルドさを兼ね備えたイケメンよ!それに支社長の顏はクドイっていうのとは違うのよね。目鼻立ちがはっきりしてるけど、あの彫りの深さは品と美しさを備えているもの」
「うんうんその通り!それに道明寺支社長って脱いでも凄いんでしょ?ただでさえゴージャスなのに、さらに鍛え上げた肉体美の持ち主なんて、道明寺支社長の恋人が羨ましい!あたし硬い腹筋と彫刻のような胸に抱かれるなら1億円出してもいいわ!」
「1億円?なにあんた1億持ってるの?」
「まさか!でもそれくらい出しても価値があるってこと。ほんと。恋人が羨ましいわ!」
恋人は蟻と同じで甘いものが大好きだ。だからこの場所にいると思ったがアイスクリームの自動販売機が置かれているその場所に姿はなかった。
その代わりいたのは女子社員がふたり。だから彼女たちの会話に耳を傾けていたが、司は阿部寛という社員も北村一輝という社員も知らない。だが、どうやらクドイ顏をしたふたりの男は女性社員の間では有名らしい。だから執務室に戻ったら社員のデータを検索してみようと思った。
それにしても、何故女性社員は司の身体に興味があるのか。
確かに体脂肪6パーセントの司の身体は鍛え上げられている。だがそれを知っているのは恋人だけであり、他の女の前で裸になったことは一度もない。
それにこれから先も他の女の前で裸になるつもりはない。
そして司は過去に一度だけモデルをしたことがある。
あれは姉の頼み事。姉の椿は結婚してロスで暮らしているが、夫はホテルを経営している。
そのホテルのブライダル部門のカタログモデルなのだが、前からではなく後ろ姿の写真が欲しいと言われた。他ならぬ姉の頼みだ。それに後ろ姿だけならと引き受けたが、モデルを引き受けたことは恋人には内緒にした。
司は執務室に戻ると、社員名簿から顏がクドイと言う阿部寛と北村一輝を探した。だがそんな社員は見当たらなかった。その代わり目に止まったのは市村正親という部長職の男。何故か写真の下に趣味はミュージカル鑑賞と書かれていた。
そう言えば、つい最近、司は恋人と一緒にベトナムを舞台としたミュージカルを見たが、劇場で部長職の男に似た男を見かけたような気がする。
そしてあの日。舞台を見終えたふたりは、メープルで遅いディナーを取ると、最上階にある司の部屋で愛し合った。
そんなことを思い出しながら司は目を閉じた。
司は駐車場に車を止めると建物の3階に上がり部屋のチャイムを鳴らした。
すると中から女が出てきて司の全身を眺めた。
そして「あなたが代わりの人ね?私がカメラマンの牧野です」と言った。
司は親友の類に頼まれてこの部屋を訪ねたが、そこは牧野フォトスタジオ。
類はファッションモデルで今日はこのスタジオで撮影に臨むことになっていたが、急病で撮影に臨むことが出来ないからと司に代役を頼んできた。
「ゴメン。今朝起きたら熱が40℃近くあってフラフラで立っていられないんだ。だから悪いんだけど俺の代わりにスタジオに行ってくれない?セレクトショップの洋服のカタログ撮影だから、ちょっとポーズを取ればいいだけで簡単だよ。カメラマンには司が行くって連絡しとくから。それに司なら充分モデルとして勤まるから」
確かに司はこれまで何度もモデルにならないかと声を掛けられたことがある。
だが司は自分の姿を売り物にするつもりはなかった。
だが幼馴染みの親友がどうしても仕事に穴を開けることは出来ないから代役を頼むと言ってきた。だから引き受けたが、「じゃあさっそくお願いね」と言われて案内された場所に用意されていたのは、テーブルの上に乗った大きなダンボール箱。
「あなたが身に着けるは、あの箱の中に入っているわ。それから安心して。沢山あるけど全部じゃないから。あなたのサイズに合うものだけ選んでくれたらいいから。
それからこの会社の商品はバラエティに富んでいるから、あなたの好みで選んでもらって構わないわ」
司はそう言われ箱に近づくと蓋を開けたがギョッとした。
サイズが合うも無いもない。司が開けた箱の中にあるのは色とりどりの下着。
恐る恐る一枚だけ取り出したが、それはかろうじて股間を覆うだけのヒョウ柄のブリーフ。
そしてもう一枚取り出したが、それは生地が薄くハンカチほどの重さしかない紫色のブリーフ。さらにもう一枚取り出して見たが、それは前だけを覆い尻の部分は布がない紐状の赤いヒラヒラの物体。そしてその赤いヒラヒラの物体に絡まっているのは、メタリックブルーのメッシュのブリーフ。女性は箱の中はバラエティに富んでいると言ったが正にその通り。どれもこれも奇抜な物ばかりだ。いや、それ以前にこれは類の言ったモデルの仕事とは違う。
「くそっ。類の野郎……」
類は昔から確信犯的なところがあったが、熱を出して撮影に臨めないと言った仕事は、セレクトショップの洋服の撮影などではなく下着カタログのモデル。
そして恐らく類は本当は熱など出しておらず、ただ事務所が受けたこの仕事をこなしたくないから、熱が出たと言って司に代役を頼んできたのだ。
「それから撮影だけど、今回は下着のアップの部分をメインで撮るのでよろしくね。そうねえ…..枚数は20枚くらいかしら。つまり20種類の下着を選んで欲しいの」
司はそう言われてカメラマンの牧野という女をまじまじと見た。
「おい、ちょっと待ってくれ。アップって….それに20種類って…」
女の言う通りなら、司はあられもない下着を付けた局部をアップで20枚以上撮影されるということだ。それに間近でその部分をジロジロと見られるということだ。
「聞いてない?」
「聞いてないもなにも俺は今日来るはずだった男の代役で詳しい説明は何も受けてない!」
「あらそうなの?それなら説明するわ。今回は男性下着メーカーのカタログの撮影なの。
その会社はマネキンじゃなくて生身の男性に自社の下着を付けてもらって撮影することを望んでいるの。それに下着の撮影だってことはモデル事務所にも伝えてあるし、一番カッコいいモデルを寄越して欲しいって頼んだわ。だから花沢さんというモデルさんも下着の撮影だってことは知っていたはずよ?あなたも花沢さんと同じ事務所なのよね?だからてっきり聞いてると思ったんだけど?」
「いや。俺はあの男と同じ事務所のモデルじゃない。それどころかモデルじゃない。あの男のただの友人だ!」
司は叫んだが、女は司の顏を見つめ、それから頭から爪先まで眺めまわした。
「あらあなたモデルじゃないの?でもあなたもモデルが出来るくらい素敵よ。だから自信を持ってもいいわよ」
女はそう言うと次に部屋の隅を指さした。
「着替えはあのカーテンの後ろでしてね。それからシェービングが必要なら、バスルームに案内するから言ってね」
「シェービング?」
シェービングとは剃ることだが、まさか___
「ええ。ムダ毛の処理よ。写ったら困るもの。それからスタジオは隣の部屋よ。着替えが終ったら来てちょうだい」
「おい!ちょっと待て!俺はこの仕事を引き受けるとは言ってない!」
司はそう言ったが女は司を部屋に残すとバタンと扉を閉めた。

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Comment:3
「くそったれめ」
司は言語道断の下着に毒づいた。が、再び箱の中に手を突っこみ、ヒョウ柄のブリーフを摘まみ上げるとニヤリと笑った。
「おもしろそうだ」
司は牧野という女がカメラマンとしてのキャリアがどれくらいあるのか分からなかったが、年は30歳くらい。そしてその女が裸に近い男に慣れてない。男のセクシーな姿に慣れてないと見た。
それは司が下着を手にしたとき、頬を赤らめたからだ。つまり女は平然を装ってはいたが、小さく存在感のなさすぎるブリーフとは名ばかりの布を司自身が満たした姿を想像して頬を赤らめたということ。だから司はこの撮影がおもしろくなりそうだと思った。
***
司は着替えを済ませるとハンガーラックに掛けられていたローブを羽織った。
そして廊下に出るとスタジオだと言われた隣の部屋の扉を開けたが、カメラマンの女は司に背中を向けカメラをいじっていて、司が部屋に入ってきたことに気付いていなかった。そしてそこに撮影を手伝う助手の存在はなかった。
司は女の後ろ姿を見つめた。
それからゆっくりと女に近づき真後ろに立った。
それは手を伸ばせば触れる近さだ。
「よう。着替えたぜ」
その声に女は振り返ったが、司がすぐ傍に立っていたことに驚いていた。
「ええっと、早かったのね?」
「ああ」
司は短く返事をして女を見つめた。
すると女は咳払いをして「シェービングは必要なかった?」と訊いた。だから「その必要はなかった」と答えたが、前だけを覆い尻の部分は布がない紐状のもの。つまりTバッグを身に着けるなら必要になるが、はなから履くつもりはなかった。だから必要ないと答えた。
「それじゃあ撮影に入りましょう。さっきも説明した通り今回は下着のアップがメインなの。だけど全身の写真も何枚か必要だから、まずそっちから撮影しましょう」
司はそこに立ってと言われ寝室の背景幕が下ろされた場所に立つとローブを脱ぎ捨てた。
身に着けているのは股間を覆うだけのヒョウ柄のブリーフ。
薄い布が引き締まった腰の低い位置を覆っていた。
「で?俺はどうすればいい?」
と言った司は両手を腰に当て見られるがままにしたが、それは溝を刻んでいる腹の筋肉を見せ付ける姿。その様子に女は顏を赤くした。そして30秒ほど黙った後で言った。
「ど、どうすれば?そ、そうね、それじゃあポーズをお願い」
「分かった。それで?どんなポーズを取ればいい?」
「ええっと、ここは寝室という設定だから、あなたは朝、目が覚めてベッドから起きたって感じかしら」
「朝、目覚めたところか?」
「ええ」
「そうか。だがそうなると問題がある」
司は真剣な顏で言った。
「何が問題なの?」
女は心配そうに訊いた。
「俺は夜寝るときは裸だ。だから朝目覚めた時も裸ってことだ。つまりあんたの言う設定なら俺は裸になる必要がある」
その言葉に女は真っ赤になった。
司は笑みが浮かぶのを隠し確信した。思った通りこのカメラマンは男の裸に慣れてないのだと。だから司は女がどぎまぎするのを楽しむことにした。
司はヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
すると女は「ちょっと待って!ぬ、脱がなくていいから!脱いじゃダメ!脱ぐ必要ないから!」と言ったが、その声はパニックめいた叫び声。
それに対し司の声は断固としていた。
「なんでだ?撮影とはいえある程度のリアルさは必要なはずだ。それに俺はプロのモデルじゃない。だから気持を入れるためには裸から_」
「設定を変えるわ!だから脱がなくていいの!ええっと……そうね、あなたはこれから仕事に行くビジネスマンでこれから出勤のためにワイシャツを着るところ。ワイシャツを着てネクタイを締めてスーツを着るの。その前の支度を….そうよ!髭を剃ろうとしているところを撮るわ!」
女はそう言うと背景幕を変えた。

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司は言語道断の下着に毒づいた。が、再び箱の中に手を突っこみ、ヒョウ柄のブリーフを摘まみ上げるとニヤリと笑った。
「おもしろそうだ」
司は牧野という女がカメラマンとしてのキャリアがどれくらいあるのか分からなかったが、年は30歳くらい。そしてその女が裸に近い男に慣れてない。男のセクシーな姿に慣れてないと見た。
それは司が下着を手にしたとき、頬を赤らめたからだ。つまり女は平然を装ってはいたが、小さく存在感のなさすぎるブリーフとは名ばかりの布を司自身が満たした姿を想像して頬を赤らめたということ。だから司はこの撮影がおもしろくなりそうだと思った。
***
司は着替えを済ませるとハンガーラックに掛けられていたローブを羽織った。
そして廊下に出るとスタジオだと言われた隣の部屋の扉を開けたが、カメラマンの女は司に背中を向けカメラをいじっていて、司が部屋に入ってきたことに気付いていなかった。そしてそこに撮影を手伝う助手の存在はなかった。
司は女の後ろ姿を見つめた。
それからゆっくりと女に近づき真後ろに立った。
それは手を伸ばせば触れる近さだ。
「よう。着替えたぜ」
その声に女は振り返ったが、司がすぐ傍に立っていたことに驚いていた。
「ええっと、早かったのね?」
「ああ」
司は短く返事をして女を見つめた。
すると女は咳払いをして「シェービングは必要なかった?」と訊いた。だから「その必要はなかった」と答えたが、前だけを覆い尻の部分は布がない紐状のもの。つまりTバッグを身に着けるなら必要になるが、はなから履くつもりはなかった。だから必要ないと答えた。
「それじゃあ撮影に入りましょう。さっきも説明した通り今回は下着のアップがメインなの。だけど全身の写真も何枚か必要だから、まずそっちから撮影しましょう」
司はそこに立ってと言われ寝室の背景幕が下ろされた場所に立つとローブを脱ぎ捨てた。
身に着けているのは股間を覆うだけのヒョウ柄のブリーフ。
薄い布が引き締まった腰の低い位置を覆っていた。
「で?俺はどうすればいい?」
と言った司は両手を腰に当て見られるがままにしたが、それは溝を刻んでいる腹の筋肉を見せ付ける姿。その様子に女は顏を赤くした。そして30秒ほど黙った後で言った。
「ど、どうすれば?そ、そうね、それじゃあポーズをお願い」
「分かった。それで?どんなポーズを取ればいい?」
「ええっと、ここは寝室という設定だから、あなたは朝、目が覚めてベッドから起きたって感じかしら」
「朝、目覚めたところか?」
「ええ」
「そうか。だがそうなると問題がある」
司は真剣な顏で言った。
「何が問題なの?」
女は心配そうに訊いた。
「俺は夜寝るときは裸だ。だから朝目覚めた時も裸ってことだ。つまりあんたの言う設定なら俺は裸になる必要がある」
その言葉に女は真っ赤になった。
司は笑みが浮かぶのを隠し確信した。思った通りこのカメラマンは男の裸に慣れてないのだと。だから司は女がどぎまぎするのを楽しむことにした。
司はヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
すると女は「ちょっと待って!ぬ、脱がなくていいから!脱いじゃダメ!脱ぐ必要ないから!」と言ったが、その声はパニックめいた叫び声。
それに対し司の声は断固としていた。
「なんでだ?撮影とはいえある程度のリアルさは必要なはずだ。それに俺はプロのモデルじゃない。だから気持を入れるためには裸から_」
「設定を変えるわ!だから脱がなくていいの!ええっと……そうね、あなたはこれから仕事に行くビジネスマンでこれから出勤のためにワイシャツを着るところ。ワイシャツを着てネクタイを締めてスーツを着るの。その前の支度を….そうよ!髭を剃ろうとしているところを撮るわ!」
女はそう言うと背景幕を変えた。

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Comment:2
司は用意された髭剃りを手にバスルームの背景幕の前にいた。
そしてカメラのレンズを見つめていた。
いや。カメラの向こうにいる女を見つめていた。
「ええっと、あなたの名前は__」
「道明寺司だ」
「では道明寺さん。あなたの状況は朝起きて下着を付けて髭を剃っているところよ」
と言った女はファインダーを覗いた。
だから司は言われた通り髭を剃るポーズを取った。
すると女はシャッターを切り始めた。
「なあ」
司は髭剃りを顎に当てたまま言った。
「なに?」
「あんたの名前は?」
「牧野よ」
「ちがう。下の名前だ」
「つくし。牧野つくしよ」
「つくし?変わった名前だな?」
「ええ。よく言われるわ。でも私は気に入ってるわ。つくしは雑草でどんなに踏まれてもへこたれない。何度踏まれても起き上がる植物。だから私も名前のつくしのように逞しく生きたいと思ってるの」
「へえ。それであんたカメラマンになってどれくらいだ?」
「このスタジオを構えたのは3年前よ。でもその前にアシスタントとして助手を務めていたわ」
「それで裸に近い男の身体を撮るのは初めてか?」
「そ、そんなことないわ。これまで何人もの裸に近い男性を撮影したわ。ええ何人もね」
と女は言ったが、その声には間違いなく嘘が感じられた。
女が言う裸に近い男性というのは、きっと赤ん坊だ。
「はい。髭剃りシーンは終了。次はワイシャツを着るところを撮るわ」
女はほっとした様子でカメラから離れた。
そしてハンガーラックに近づくと、その中から白いシャツを選んできて司に差し出した。
だが司はシャツを受け取らなかった。
「なあ。あんたは下着のアップの部分をメインで撮るって言ったよな?それなのに裸の俺に服を着させるってのはクライアントの希望と反対じゃあねえの?」
司はニヤリと笑った。
すると女は火照った頬をして、「わ、分かってるわよ。だけどものには順序ってものがあるわ。だからまず着衣を撮影して次に下着を撮るの。だから早くこれを着て!」と言ってシャツを押し付けたが、その様子からやはり女は裸に近い男に慣れていないようだ。
それにしても分かりやすい反応をする女だ。
そして司は自分を雑草と呼ぶ女に興味を惹かれた。
「ものには順序か…..」
司はシャツを受け取った。
だがすぐに脇に放り投げると前に出た。
「な、何?」
「分かってるんだろ?」
「何が?」
「俺があんたに惹かれてることだ。だってそうだろ?こんなピッタリのブリーフじゃ勃起は隠しようがないんだから」
司の興奮は髭を剃っているポーズを取っている時から隠しようがなかった。
そして女もそれを知っている。気付いていた。だができるだけ見ないようにしていた。
「それにあんたも俺に惹かれてる」
「ひ、惹かれてる?そんなことないわ!あなたの勘違いよ!」
「いや。そうだ。俺があんたに惹かれているのと同じで、あんたも俺に惹かれてる」
司はさらに前へ出た。
すると女は後ろに下がったが、そこにはテーブルがあった。
ほぼ裸の司は牧野つくしを追いつめた。
「ど、どうして私があなたに惹かれてるって言うのよ」
司は唇の片方の端を上げた。
「これだ」
司は牧野つくしを逃がさないように、彼女の身体を挟む形でテーブルに手を着くと唇を重ねた。
抵抗されることはなかった。だから一旦唇を離し、もう一度重ねた。
そして脈打つペニスを擦りつけ低く掠れた声で言った。
「牧野つくし。俺と付き合ってくれ」
司は牧野つくしと愛し合う光景を想像して更にペニスが硬くなるのを感じた。
「ダメ。あなたとは付き合えない」
司はこれまで女からの交際の申し込みを断ったことはあった。
だが断られたことはない。
それは女に交際を申し込むのは牧野つくしが初めてだから。
だから、これまで女にフラれた経験のない男はバッドで頭を殴られたような衝撃を受けた。
「何故だ?理由を教えてくれ」
司はどんな女も自分に従うのが当たり前だと思っていた。
「理由?あなたとは知り合ったばかりよ。お互いのことを全く知らないわ。だから付き合うことは出来ないわ」
「そんな理由か。それなら俺のことを知ってくれ。お前には俺の全てを知って欲しい。俺はお前に隠し事は一切しない。だから俺は全てをさらけ出す」
司はそう言うとヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
その瞬間、女は悲鳴を上げて司を突き飛ばした。
「それから言っとくけど私は自信過剰な男は嫌いなの。女は間違いなく自分を好きになる。どんな女も自分に身を投げ出してくるって思い上がっている男は大嫌いなの!それにひと前ですぐにパンツを脱ごうとする男とは付き合えないのよ!」
「待て!待てよ!」
司はスタジオを出て行こうとする女を追いかけた。
だが女の逃げ足は早く追いつくことが出来なかった。
だから司は叫んだ。
「俺はお前以外の女の前でパンツを脱ぐことはない!だから牧野!俺を棄てないでくれ!」
「支社長」
「………」
「支社長」
「………」
「支社長!」
司は西田の声に目を覚ました。
「パンツがどうのとおっしゃっていましたが、どうかされましたか?」
「いや…..なんでもない」
「そうですか。それならよろしいのですが、お薬が必要ならご用意いたしましょうか?」
「いや。必要ない」
司はそう言うと西田がデスクに置いていった封筒を手に取った。
それにしてもおかしな夢を見たものだ。
だがそれはデジャヴ。
恋人と知り合ったばかりの頃、自信過剰だと言われたことがある。
だがどんな女も自分に身を投げ出してくるなど考えたこともない。
それにひと前でパンツを脱いだことはない。
けれど彼女に乱暴しようとしたことがあった。
しかし司は見た目とは違って繊細なところがある男だ。
好きな女に泣かれれば気持が落ち込むし、嫌いと言われれば悲しい。
だからあのとき彼女に泣かれ、手に優しく力がこもった。
司は封筒の中身を取り出した。
出てきたのは姉の椿から送られてきたロスのホテルのブライダル部門のカタログ。
『あんたがモデルをしてくれたパンフレット。まだ倉庫の中にあったから送るわね。記念に持っておきなさい』
昔、姉に頼まれ恋人に内緒で撮った写真。
後ろ姿の司は白いタキシード姿で海を眺めていた。
司は己のその姿の隣にウエディングドレスを着た恋人の姿を思い描く。
恋人の手が司の腕に添えられ、ふたりでオーシャンブルーの海を眺めている姿を。
そしてふたりは靴を脱ぎ裸足になると、タキシードとウエディングドレスのまま砂浜に駆け出すのだ。
きらめきの先へと___
ネクタイを締め、革靴を履いていても、背広の下にあるのは恋人への熱い思い。
どこにいても、何をしていても片時も恋人の事を思わない時はない。
心は恋人だけに向けられていて他の女に興味はない。
そして恋人の前では自分を飾る必要がない。
だから心が裸になれるのは恋人の前だけだ。
「それにしてもあいつ。どこをうろついてる?」
司は呟いた。
そのとき携帯電話の短い着信音が鳴った。
それは恋人からのメッセージ。
『ねえ、10階の自販機コーナーに新しいアイスの自販機が入ったの!
道明寺が入れてくれたんでしょ?ありがとう!さっき期間限定のバニラを食べたけど、すごく美味しかった!』
司はしまったと思った。
そうだ。恋人から某アイスクリームメーカーのアイスを買うため、昼休みにコンビニまで走るという話を聞いたとき、そのメーカーの自販機を入れろと西田に言ったのだが、そのことをすっかり忘れていた。
司は膝を叩いた。そうだ。社内にある全てのアイスクリームの自販機を支社長室のある最上階のフロアに移動させればいい。そうすれば甘い物に目がない恋人は、このフロアに上がって来ることになる。つまり司は恋人の姿を求め社内を歩き回る必要が無くなるということだ。
だが社内を歩きまわることが無くなるのも少し寂しいような気がした。
それは、仕事をしている恋人の姿をそっと見つめる楽しみが失われるからだ。
だから自販機はそのままにすることにした。
司は西田を呼ぶと言った。
「悪いが10階の自販機コーナーにあるアイスの自販機から期間限定のバニラを買ってきてくれ」
恋人が美味いと言うものは、とりあえず食べてみるのが司だ。
それは恋人の思いを共有するためだが、実はそのせいで最近体重が1キロばかり増えた。
だがそんなことは大したことではない。何しろ歳月は過ぎ去るのみ。過ぎてから、しなかったことを悔いても間に合わないのだから。
それに躍動するリズムに合わせて踊れば体重はすぐ元に戻る。
だが、固くなった身体でロックを踊れと言われても身体は言うことを聞かない。
司は背広の上着を脱いだ。
そして軽く肩を回すと書類に目を通し始めた。

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そしてカメラのレンズを見つめていた。
いや。カメラの向こうにいる女を見つめていた。
「ええっと、あなたの名前は__」
「道明寺司だ」
「では道明寺さん。あなたの状況は朝起きて下着を付けて髭を剃っているところよ」
と言った女はファインダーを覗いた。
だから司は言われた通り髭を剃るポーズを取った。
すると女はシャッターを切り始めた。
「なあ」
司は髭剃りを顎に当てたまま言った。
「なに?」
「あんたの名前は?」
「牧野よ」
「ちがう。下の名前だ」
「つくし。牧野つくしよ」
「つくし?変わった名前だな?」
「ええ。よく言われるわ。でも私は気に入ってるわ。つくしは雑草でどんなに踏まれてもへこたれない。何度踏まれても起き上がる植物。だから私も名前のつくしのように逞しく生きたいと思ってるの」
「へえ。それであんたカメラマンになってどれくらいだ?」
「このスタジオを構えたのは3年前よ。でもその前にアシスタントとして助手を務めていたわ」
「それで裸に近い男の身体を撮るのは初めてか?」
「そ、そんなことないわ。これまで何人もの裸に近い男性を撮影したわ。ええ何人もね」
と女は言ったが、その声には間違いなく嘘が感じられた。
女が言う裸に近い男性というのは、きっと赤ん坊だ。
「はい。髭剃りシーンは終了。次はワイシャツを着るところを撮るわ」
女はほっとした様子でカメラから離れた。
そしてハンガーラックに近づくと、その中から白いシャツを選んできて司に差し出した。
だが司はシャツを受け取らなかった。
「なあ。あんたは下着のアップの部分をメインで撮るって言ったよな?それなのに裸の俺に服を着させるってのはクライアントの希望と反対じゃあねえの?」
司はニヤリと笑った。
すると女は火照った頬をして、「わ、分かってるわよ。だけどものには順序ってものがあるわ。だからまず着衣を撮影して次に下着を撮るの。だから早くこれを着て!」と言ってシャツを押し付けたが、その様子からやはり女は裸に近い男に慣れていないようだ。
それにしても分かりやすい反応をする女だ。
そして司は自分を雑草と呼ぶ女に興味を惹かれた。
「ものには順序か…..」
司はシャツを受け取った。
だがすぐに脇に放り投げると前に出た。
「な、何?」
「分かってるんだろ?」
「何が?」
「俺があんたに惹かれてることだ。だってそうだろ?こんなピッタリのブリーフじゃ勃起は隠しようがないんだから」
司の興奮は髭を剃っているポーズを取っている時から隠しようがなかった。
そして女もそれを知っている。気付いていた。だができるだけ見ないようにしていた。
「それにあんたも俺に惹かれてる」
「ひ、惹かれてる?そんなことないわ!あなたの勘違いよ!」
「いや。そうだ。俺があんたに惹かれているのと同じで、あんたも俺に惹かれてる」
司はさらに前へ出た。
すると女は後ろに下がったが、そこにはテーブルがあった。
ほぼ裸の司は牧野つくしを追いつめた。
「ど、どうして私があなたに惹かれてるって言うのよ」
司は唇の片方の端を上げた。
「これだ」
司は牧野つくしを逃がさないように、彼女の身体を挟む形でテーブルに手を着くと唇を重ねた。
抵抗されることはなかった。だから一旦唇を離し、もう一度重ねた。
そして脈打つペニスを擦りつけ低く掠れた声で言った。
「牧野つくし。俺と付き合ってくれ」
司は牧野つくしと愛し合う光景を想像して更にペニスが硬くなるのを感じた。
「ダメ。あなたとは付き合えない」
司はこれまで女からの交際の申し込みを断ったことはあった。
だが断られたことはない。
それは女に交際を申し込むのは牧野つくしが初めてだから。
だから、これまで女にフラれた経験のない男はバッドで頭を殴られたような衝撃を受けた。
「何故だ?理由を教えてくれ」
司はどんな女も自分に従うのが当たり前だと思っていた。
「理由?あなたとは知り合ったばかりよ。お互いのことを全く知らないわ。だから付き合うことは出来ないわ」
「そんな理由か。それなら俺のことを知ってくれ。お前には俺の全てを知って欲しい。俺はお前に隠し事は一切しない。だから俺は全てをさらけ出す」
司はそう言うとヒョウ柄のブリーフに手を掛けた。
その瞬間、女は悲鳴を上げて司を突き飛ばした。
「それから言っとくけど私は自信過剰な男は嫌いなの。女は間違いなく自分を好きになる。どんな女も自分に身を投げ出してくるって思い上がっている男は大嫌いなの!それにひと前ですぐにパンツを脱ごうとする男とは付き合えないのよ!」
「待て!待てよ!」
司はスタジオを出て行こうとする女を追いかけた。
だが女の逃げ足は早く追いつくことが出来なかった。
だから司は叫んだ。
「俺はお前以外の女の前でパンツを脱ぐことはない!だから牧野!俺を棄てないでくれ!」
「支社長」
「………」
「支社長」
「………」
「支社長!」
司は西田の声に目を覚ました。
「パンツがどうのとおっしゃっていましたが、どうかされましたか?」
「いや…..なんでもない」
「そうですか。それならよろしいのですが、お薬が必要ならご用意いたしましょうか?」
「いや。必要ない」
司はそう言うと西田がデスクに置いていった封筒を手に取った。
それにしてもおかしな夢を見たものだ。
だがそれはデジャヴ。
恋人と知り合ったばかりの頃、自信過剰だと言われたことがある。
だがどんな女も自分に身を投げ出してくるなど考えたこともない。
それにひと前でパンツを脱いだことはない。
けれど彼女に乱暴しようとしたことがあった。
しかし司は見た目とは違って繊細なところがある男だ。
好きな女に泣かれれば気持が落ち込むし、嫌いと言われれば悲しい。
だからあのとき彼女に泣かれ、手に優しく力がこもった。
司は封筒の中身を取り出した。
出てきたのは姉の椿から送られてきたロスのホテルのブライダル部門のカタログ。
『あんたがモデルをしてくれたパンフレット。まだ倉庫の中にあったから送るわね。記念に持っておきなさい』
昔、姉に頼まれ恋人に内緒で撮った写真。
後ろ姿の司は白いタキシード姿で海を眺めていた。
司は己のその姿の隣にウエディングドレスを着た恋人の姿を思い描く。
恋人の手が司の腕に添えられ、ふたりでオーシャンブルーの海を眺めている姿を。
そしてふたりは靴を脱ぎ裸足になると、タキシードとウエディングドレスのまま砂浜に駆け出すのだ。
きらめきの先へと___
ネクタイを締め、革靴を履いていても、背広の下にあるのは恋人への熱い思い。
どこにいても、何をしていても片時も恋人の事を思わない時はない。
心は恋人だけに向けられていて他の女に興味はない。
そして恋人の前では自分を飾る必要がない。
だから心が裸になれるのは恋人の前だけだ。
「それにしてもあいつ。どこをうろついてる?」
司は呟いた。
そのとき携帯電話の短い着信音が鳴った。
それは恋人からのメッセージ。
『ねえ、10階の自販機コーナーに新しいアイスの自販機が入ったの!
道明寺が入れてくれたんでしょ?ありがとう!さっき期間限定のバニラを食べたけど、すごく美味しかった!』
司はしまったと思った。
そうだ。恋人から某アイスクリームメーカーのアイスを買うため、昼休みにコンビニまで走るという話を聞いたとき、そのメーカーの自販機を入れろと西田に言ったのだが、そのことをすっかり忘れていた。
司は膝を叩いた。そうだ。社内にある全てのアイスクリームの自販機を支社長室のある最上階のフロアに移動させればいい。そうすれば甘い物に目がない恋人は、このフロアに上がって来ることになる。つまり司は恋人の姿を求め社内を歩き回る必要が無くなるということだ。
だが社内を歩きまわることが無くなるのも少し寂しいような気がした。
それは、仕事をしている恋人の姿をそっと見つめる楽しみが失われるからだ。
だから自販機はそのままにすることにした。
司は西田を呼ぶと言った。
「悪いが10階の自販機コーナーにあるアイスの自販機から期間限定のバニラを買ってきてくれ」
恋人が美味いと言うものは、とりあえず食べてみるのが司だ。
それは恋人の思いを共有するためだが、実はそのせいで最近体重が1キロばかり増えた。
だがそんなことは大したことではない。何しろ歳月は過ぎ去るのみ。過ぎてから、しなかったことを悔いても間に合わないのだから。
それに躍動するリズムに合わせて踊れば体重はすぐ元に戻る。
だが、固くなった身体でロックを踊れと言われても身体は言うことを聞かない。
司は背広の上着を脱いだ。
そして軽く肩を回すと書類に目を通し始めた。

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