俺はホテルのコーヒーラウンジで女性を待っていた。
俺がその女性と出会ったのはクリスマスイブの日。
日本一の女子高生を決める大会で彼女の虜になった。
つまり彼女は俺の初恋の人。
だが5歳の俺とは12の年の差があった。
そして彼女には心に思う男がいた。
あのときの俺は、どうしても彼女と一緒にクリスマスを過ごしたかった。
何故なら俺の両親は忙しい人たちで日本にいないことが多く、俺はその年のクリスマスもひとりで過ごすことが決まっていた。だからクリスマスに彼女の元を訪ね、フランス料理を食べに行かないかと誘った。
だが断られた。
それは彼女にデートの予定があったから。
だが彼女は寂しそうにうつむいた俺をデートに連れて行ってくれた。
デートの相手は背の高いクリクリ頭の男。
そして男は日本を代表する財閥の後継者。
だが俺も資産数百億を擁する会社の後継者。
だから俺は男に対抗意識を燃やした。
俺は、ふたりは恋人同士なのかと訊いた。
だが彼女は否定した。
けれど俺はその時の彼女の態度と口ぶりから男のことを思っていると感じた。
それは必要以上に強く否定したから。それに男を否定しながらも、彼女の頬がほんのり朱に染まっていたからだ。
そして俺がどんなに自分をアピールしても12の年の差は大きく、彼女は俺のことを子供としか見てはくれなかった。
だが俺は相手の男のバカさ加減に呆れた。
何しろアメリカの首都をニューヨークだと言い切るような男だ。
だから聡明な彼女には似合わないと思った。
そして男は、まだ子供だった俺に対しムキになって反論を繰り返した。
だから俺は目に口惜し涙を浮かべた。
すると彼女は、男に向かって大人げないことをするなと言った。
今思えば5歳の俺は生意気な子供だった。ませた子供だった。
しかし彼女は、そんな子供だった俺を嫌がることなく世話をやいてくれた。好きなパフェを食べさせてくれた。動物園へ連れて行ってくれた。
だから、一緒にいたクリクリ頭の男の存在は別にしても、その年のクリスマスは記念すべき最高のクリスマスだった。
そして今の俺は18歳。
12歳年上の彼女は30歳。
「リュウ!お待たせ!久し振り!元気だった?」
「つくし!」
俺の名前は葉山龍介。
だから彼女は俺のことを「リュウ」と呼ぶ。
そして俺も出会った頃と変わらず彼女のことをつくしと名前で呼ぶ。
だがそのことが不満な人間がひとりいる。
それは資産が数百億円の葉山コンツェルンを小企業と言ったあの男だ。
「おい。龍介。お前いい加減俺の妻を呼び捨てにするのは止めろ」
「いいじゃない司。あたしはリュウからつくしって呼ばれるのは好きよ。今更『さん』付けや苗字で呼ばれたら気持ち悪いもの」
「だがな_」
「だがも、けどもナシ。リュウは昔のまま、あたしのことをつくしって呼んでくれていいの」
あのとき一緒にいた男は、今は彼女の夫で5歳の男の子の父親だ。
そして彼女のことを呼び捨てにするなと言っておきながら、俺ことを龍介と呼び捨てにする。
紆余曲折を経て結婚した彼女と男。
ふたりが結婚するまでの間、まだ子供だった俺は彼女と男の間に何があったのかを知らずにいた頃もあった。
だがやがて中等部に進んだ俺は彼女に連絡を取って会っていた。
だから彼女が沈んだ顏をしていた頃を知っている。
あれは彼女が大学を卒業して出版社で働いていた頃だ。アメリカで暮らしていた男のことが週刊誌に載った。
『道明寺ホールディングスの後継者である道明寺司氏。アメリカ人女性と結婚を視野に入れた交際か?お相手の女性はボストンの資産家令嬢』
その記事を読んだ彼女は、俺を心配させないように無理矢理笑顔を作っていた。
だが口元は笑っているのに、頬は天気雨にでも遭ったように濡れていた。
だから俺は大丈夫かと訊いた。すると彼女はまっすぐな瞳で言った。
「リュウ。人はその個性に合った出来事に出逢うことになっていると言った人がいるの。
それは出来事の方が人を選ぶということ。あたしはこれまでも色々な出来事や問題に向き合ってきたわ。でもそれは、あたしに乗り越える力があるからなの。つまりあたしが出逢う出来事は神様があたしの個性に合うと思って出逢わせたと思っているの。だから大丈夫。あたしは乗り越えるから」
その言葉を訊いた俺は、彼女の男に対する深い思いを知った。
だが彼女がそう思えるのは、男から彼女に向けられている揺るぐことのない思いがあるからだと知った。男は週刊誌の記事が出た後、それを打ち消すように彼女との婚約を発表したのだ。
そして彼女はシンデレラが一夜限りの舞踏会に出掛けたように場違いな経験も沢山したが、今は男の妻として誰もが認める存在だ。
困難を乗り越えた彼女は、道明寺司の妻として尊敬される女性になった。
俺はそれまで出遭った出来事がその人の人間性をつくるのだと思っていた。
だが彼女の話を聞いて、人にはそれぞれの個性に相応しい出逢があるのだと知った。
だがそれなら、俺が彼女と出逢ったのも俺の個性に相応しい出逢いだということになるが、残念ながら赤い糸で結ばれた出逢いではなかった。
彼女の相応しい出逢いは道明寺司という男。
だからその男と結婚したのは運命なのだ。
「それでリュウ。明後日出発なのよね?」
「うん」
「そっか…..寂しくなるわね」
高校を卒業した俺はニューヨークにある大学へ進学するため明後日渡米する。
だから彼女にさよならを言いたくて連絡をしたが、ニューヨークの大学は男が卒業した大学だ。つまり僕は男の後輩になることになる。
「何が寂しくなるだ。龍介の住まいは俺たちのペントハウスの隣のブロックだ。会おうと思えばいつでも会える。だが、そうは言ってもお前は方向音痴だ。隣っても逆の方向へ行きかねねぇ」
葉山家は道明寺家のペントハウスの隣のブロックにペントハウスを所有している。
だから男の言う通り会おうと思えばいつでも会うことができる。
だが今の彼女は日本で暮らしていて、ニューヨークのペントハウスに来るのは半年に一度程度。
そして彼女は天性の方向音痴で行く先々で迷子になる。実際男を追って行ったニューヨークでも迷子になったことがある。
だからどんなに近い場所だとしても必ず夫である男が同行する。つまり俺が彼女に会いたいと言えば、間違いなく男も付いてくるだろう。それに男は妻を溺愛していて、片時も目を離したくないといった態度を取ることで有名だ。だから現に男は俺を前にしても、俺の存在など忘れたように話していた。
「もう、司は心配性なんだから」
「俺の心配性はお前に対してだけだ。だってそうだろうが。この前のロンドンでもそうだ。デパートの中でトイレに行ってくるって言って迷子になったのは誰だ?」
「だからそれは曲がるところを間違えただけでしょ?」
「お前なあ、曲がるところ間違えたって言うが、俺はすぐ近くにいた。だからどこをどう曲がれば別のフロアに出ることになる?」
「だからそれは、あのデパートが広すぎるからよ」
「広いっていっても世田谷の邸ほどの広さはねえだろうが。それに俺に内緒で買い物をしようとするからだ」
「だってあの時は司の誕生日だったのにプレゼント日本に置き忘れてきちゃって…..だから買おうと思ったのよ。あのデパートなら同じ物が置いてあると思って探してたの。そうしたらどこにいるのか分からなくなって……」
俺はふたりの会話を聞きながら男の顏を眺めていたが、そこには俺の知らない男の顏があった。
それは言葉使いがぶっきらぼうに聞こえても、男の目は最愛の人を見つめる目で優しさに溢れているということ。そして俺は初めから勝ち目がないことは分かっていたが、それでも初めて男に会ったとき、12歳年上ぐらいどうってことないと言った手前、負けたくなかった。
だから虚勢を張ったのだ。だがどう考えても俺が男に勝てるはずはないのだ。
それは喧嘩するほど仲がいいという言葉があるからだ。
当時5歳だった俺は、その言葉の意味が分からなかった。だが時が経てば経つほどその言葉の意味を理解した。あの時のふたりはまさにソレだったということを。
そしてこのふたりは結婚した今も、あの頃と同じで言いたいことを言い合うが、いつか俺にもそういった相手が現れるだろうか。
「つくし。俺チョコパフェ食べてもいい?」
「え?うん、いいわよ」
「龍介。お前相変らずチョコパフェか?それにしてもよくそんな甘いモンが食えるな」
「いいだろ。俺甘いものが好きなんだからさ。それに向うに行ったらチョコパフェ食べれなくなるんだから食べ収めだ」
俺はそう答えたが、ここ何年もパフェを食べていない。
だが今日は食べたい気分だ。
だって今日は旅立ちの日。
つまり初恋の人とのさよなら記念日なのだから。
< 完 > *さよなら記念日*

にほんブログ村
俺がその女性と出会ったのはクリスマスイブの日。
日本一の女子高生を決める大会で彼女の虜になった。
つまり彼女は俺の初恋の人。
だが5歳の俺とは12の年の差があった。
そして彼女には心に思う男がいた。
あのときの俺は、どうしても彼女と一緒にクリスマスを過ごしたかった。
何故なら俺の両親は忙しい人たちで日本にいないことが多く、俺はその年のクリスマスもひとりで過ごすことが決まっていた。だからクリスマスに彼女の元を訪ね、フランス料理を食べに行かないかと誘った。
だが断られた。
それは彼女にデートの予定があったから。
だが彼女は寂しそうにうつむいた俺をデートに連れて行ってくれた。
デートの相手は背の高いクリクリ頭の男。
そして男は日本を代表する財閥の後継者。
だが俺も資産数百億を擁する会社の後継者。
だから俺は男に対抗意識を燃やした。
俺は、ふたりは恋人同士なのかと訊いた。
だが彼女は否定した。
けれど俺はその時の彼女の態度と口ぶりから男のことを思っていると感じた。
それは必要以上に強く否定したから。それに男を否定しながらも、彼女の頬がほんのり朱に染まっていたからだ。
そして俺がどんなに自分をアピールしても12の年の差は大きく、彼女は俺のことを子供としか見てはくれなかった。
だが俺は相手の男のバカさ加減に呆れた。
何しろアメリカの首都をニューヨークだと言い切るような男だ。
だから聡明な彼女には似合わないと思った。
そして男は、まだ子供だった俺に対しムキになって反論を繰り返した。
だから俺は目に口惜し涙を浮かべた。
すると彼女は、男に向かって大人げないことをするなと言った。
今思えば5歳の俺は生意気な子供だった。ませた子供だった。
しかし彼女は、そんな子供だった俺を嫌がることなく世話をやいてくれた。好きなパフェを食べさせてくれた。動物園へ連れて行ってくれた。
だから、一緒にいたクリクリ頭の男の存在は別にしても、その年のクリスマスは記念すべき最高のクリスマスだった。
そして今の俺は18歳。
12歳年上の彼女は30歳。
「リュウ!お待たせ!久し振り!元気だった?」
「つくし!」
俺の名前は葉山龍介。
だから彼女は俺のことを「リュウ」と呼ぶ。
そして俺も出会った頃と変わらず彼女のことをつくしと名前で呼ぶ。
だがそのことが不満な人間がひとりいる。
それは資産が数百億円の葉山コンツェルンを小企業と言ったあの男だ。
「おい。龍介。お前いい加減俺の妻を呼び捨てにするのは止めろ」
「いいじゃない司。あたしはリュウからつくしって呼ばれるのは好きよ。今更『さん』付けや苗字で呼ばれたら気持ち悪いもの」
「だがな_」
「だがも、けどもナシ。リュウは昔のまま、あたしのことをつくしって呼んでくれていいの」
あのとき一緒にいた男は、今は彼女の夫で5歳の男の子の父親だ。
そして彼女のことを呼び捨てにするなと言っておきながら、俺ことを龍介と呼び捨てにする。
紆余曲折を経て結婚した彼女と男。
ふたりが結婚するまでの間、まだ子供だった俺は彼女と男の間に何があったのかを知らずにいた頃もあった。
だがやがて中等部に進んだ俺は彼女に連絡を取って会っていた。
だから彼女が沈んだ顏をしていた頃を知っている。
あれは彼女が大学を卒業して出版社で働いていた頃だ。アメリカで暮らしていた男のことが週刊誌に載った。
『道明寺ホールディングスの後継者である道明寺司氏。アメリカ人女性と結婚を視野に入れた交際か?お相手の女性はボストンの資産家令嬢』
その記事を読んだ彼女は、俺を心配させないように無理矢理笑顔を作っていた。
だが口元は笑っているのに、頬は天気雨にでも遭ったように濡れていた。
だから俺は大丈夫かと訊いた。すると彼女はまっすぐな瞳で言った。
「リュウ。人はその個性に合った出来事に出逢うことになっていると言った人がいるの。
それは出来事の方が人を選ぶということ。あたしはこれまでも色々な出来事や問題に向き合ってきたわ。でもそれは、あたしに乗り越える力があるからなの。つまりあたしが出逢う出来事は神様があたしの個性に合うと思って出逢わせたと思っているの。だから大丈夫。あたしは乗り越えるから」
その言葉を訊いた俺は、彼女の男に対する深い思いを知った。
だが彼女がそう思えるのは、男から彼女に向けられている揺るぐことのない思いがあるからだと知った。男は週刊誌の記事が出た後、それを打ち消すように彼女との婚約を発表したのだ。
そして彼女はシンデレラが一夜限りの舞踏会に出掛けたように場違いな経験も沢山したが、今は男の妻として誰もが認める存在だ。
困難を乗り越えた彼女は、道明寺司の妻として尊敬される女性になった。
俺はそれまで出遭った出来事がその人の人間性をつくるのだと思っていた。
だが彼女の話を聞いて、人にはそれぞれの個性に相応しい出逢があるのだと知った。
だがそれなら、俺が彼女と出逢ったのも俺の個性に相応しい出逢いだということになるが、残念ながら赤い糸で結ばれた出逢いではなかった。
彼女の相応しい出逢いは道明寺司という男。
だからその男と結婚したのは運命なのだ。
「それでリュウ。明後日出発なのよね?」
「うん」
「そっか…..寂しくなるわね」
高校を卒業した俺はニューヨークにある大学へ進学するため明後日渡米する。
だから彼女にさよならを言いたくて連絡をしたが、ニューヨークの大学は男が卒業した大学だ。つまり僕は男の後輩になることになる。
「何が寂しくなるだ。龍介の住まいは俺たちのペントハウスの隣のブロックだ。会おうと思えばいつでも会える。だが、そうは言ってもお前は方向音痴だ。隣っても逆の方向へ行きかねねぇ」
葉山家は道明寺家のペントハウスの隣のブロックにペントハウスを所有している。
だから男の言う通り会おうと思えばいつでも会うことができる。
だが今の彼女は日本で暮らしていて、ニューヨークのペントハウスに来るのは半年に一度程度。
そして彼女は天性の方向音痴で行く先々で迷子になる。実際男を追って行ったニューヨークでも迷子になったことがある。
だからどんなに近い場所だとしても必ず夫である男が同行する。つまり俺が彼女に会いたいと言えば、間違いなく男も付いてくるだろう。それに男は妻を溺愛していて、片時も目を離したくないといった態度を取ることで有名だ。だから現に男は俺を前にしても、俺の存在など忘れたように話していた。
「もう、司は心配性なんだから」
「俺の心配性はお前に対してだけだ。だってそうだろうが。この前のロンドンでもそうだ。デパートの中でトイレに行ってくるって言って迷子になったのは誰だ?」
「だからそれは曲がるところを間違えただけでしょ?」
「お前なあ、曲がるところ間違えたって言うが、俺はすぐ近くにいた。だからどこをどう曲がれば別のフロアに出ることになる?」
「だからそれは、あのデパートが広すぎるからよ」
「広いっていっても世田谷の邸ほどの広さはねえだろうが。それに俺に内緒で買い物をしようとするからだ」
「だってあの時は司の誕生日だったのにプレゼント日本に置き忘れてきちゃって…..だから買おうと思ったのよ。あのデパートなら同じ物が置いてあると思って探してたの。そうしたらどこにいるのか分からなくなって……」
俺はふたりの会話を聞きながら男の顏を眺めていたが、そこには俺の知らない男の顏があった。
それは言葉使いがぶっきらぼうに聞こえても、男の目は最愛の人を見つめる目で優しさに溢れているということ。そして俺は初めから勝ち目がないことは分かっていたが、それでも初めて男に会ったとき、12歳年上ぐらいどうってことないと言った手前、負けたくなかった。
だから虚勢を張ったのだ。だがどう考えても俺が男に勝てるはずはないのだ。
それは喧嘩するほど仲がいいという言葉があるからだ。
当時5歳だった俺は、その言葉の意味が分からなかった。だが時が経てば経つほどその言葉の意味を理解した。あの時のふたりはまさにソレだったということを。
そしてこのふたりは結婚した今も、あの頃と同じで言いたいことを言い合うが、いつか俺にもそういった相手が現れるだろうか。
「つくし。俺チョコパフェ食べてもいい?」
「え?うん、いいわよ」
「龍介。お前相変らずチョコパフェか?それにしてもよくそんな甘いモンが食えるな」
「いいだろ。俺甘いものが好きなんだからさ。それに向うに行ったらチョコパフェ食べれなくなるんだから食べ収めだ」
俺はそう答えたが、ここ何年もパフェを食べていない。
だが今日は食べたい気分だ。
だって今日は旅立ちの日。
つまり初恋の人とのさよなら記念日なのだから。
< 完 > *さよなら記念日*

にほんブログ村
スポンサーサイト
Comment:3